EP 11
「天魔の海老天丼と、操り人形の糸」
ジュワァァァァッ……!
ポポロ村の『ルナキン』の厨房から、香ばしい油の匂いが漂ってくる。
「お待たせしましたー! ポポロ村名物、裏メニュー『天魔特上・海老天丼』大盛り三つ、お待ち!」
「「「いただきまーす!!」」」
テーブルにドンッ!と置かれたのは、巨大な丼からはみ出すほどの特大天ぷら。
ビアラ、リリス、そしてロードの三人が、目を輝かせて割り箸を割った。
「んん〜っ! サックサクの衣の中に、プリップリの身が詰まってる! なにこれ、最高に美味しいエビじゃん!」
「本当ですぅ! 天界の神聖な食事(激マズ豆ハンバーグ)より、下界の虫のお肉の方が美味しいなんて……神様って何なんでしょうか!」
「ハフッ、ホフッ……タレも醤油草の甘辛いヤツでご飯が進むで! すんません、イモッカのお湯割り追加や!」
世界を滅ぼしかけた神話の兵器『死蟲機』。
その成れの果てを、彼らは完全にただの「高級シーフード」として消費していた。
親父(佐藤太郎)が持ち込んだ『天丼』の概念と、アナステシア世界の逞しすぎる食欲が融合した結果がこれだ。
「……まぁ、美味いんだけどさ」
俺も普通サイズの天丼を平らげながら、お茶をすすった。
味は確かに極上の伊勢海老だ。だが、俺の意識は食事よりも、テーブルの端に置いた『黒い金属の塊』に向いていた。
「ヒエン、お前さん食べないのか?」
向かいの席に座ったネギオが、ポポロシガーを吹かしながら尋ねてくる。
「いや、美味しくいただいたよ。それより気になってるのはこっちだ」
俺は黒い金属――先ほど広場で真っ二つにした『死甲虫型』の体内から回収した、動力炉のパーツを指差した。
「ただの虫が偶然村に迷い込んだなら、あんな統率の取れた陣形は組まない。あの死蝿型たちは、明らかに『空からの制圧』を目的とした爆撃機の動きをしていた。……誰かが、明確な意思を持ってこいつらを操っていた証拠だ」
「操ってた? んなことできる奴がいるのか?」
「それを今から調べる」
俺は右手に小さく【神鍛冶】の炎を灯した。
鍛冶師の仕事は「作る」ことだけじゃない。「どう作られているか」を逆算して解体するのも、重要な技術の一つだ。
炎をメスのように細く絞り、コアの金属装甲をミリ単位で剥がしていく。
精緻な魔力回路が露わになり、その最深部に……奇妙な『魔法陣』が刻まれているのを見つけた。
「これは……『糸』だ」
「糸?」
「あぁ。コアに直接、微弱だが極めて強靭な『魔力の糸』が繋がっている。こいつらは自律行動していたわけじゃない。遠く離れた場所から、この見えない糸を通じてマリオネットみたいに操られていたんだ」
俺がそう言うと、隣で天丼を掻き込んでいたロードの動きがピタッと止まった。
「……にいちゃん。その魔力の糸の先に、何か『顔』みたいなモン、刻まれてへんか?」
「顔? ……あぁ、魔法陣の端に、ピエロみたいな『道化師の仮面』のマークが微かに刻印されてるな」
その瞬間、ロードが「ゲホッ!」とむせ返り、慌ててお茶を飲んだ。
その顔には、先ほどまでののんきなトカゲの表情はなく、神話級の存在としての『焦り』が浮かんでいた。
「あかん。にいちゃん、それはあかんで」
「心当たりがあるのか、ロード」
「……『魔人ギアン』や」
ロードは声を潜め、周囲を警戒しながら語り始めた。
「神話の時代、死蟲王サルバロスが率いていた軍勢の最高指揮官や。デカい鎌を持った道化師の格好しとってな、手から魔糸を放って何万もの死蟲機を『操り人形』にしてたんや。性格は最悪で、敵をジワジワ絶望させるんが趣味のド変態やで」
「天魔窟の幹部クラスってことか。でも、そいつらは親父と母さんたちが封印したはずだろ?」
「封印が解けかかっとるんかもしれん。あるいは、デュアダロス(邪神)の封印を見張っとるはずの四神の連中が、また社内恋愛の泥沼で仕事サボっとる隙に、ギアンが外に干渉し始めたか……」
ロードの言葉に、俺は納得した。
母さん(不死鳥)が最近「過労死するー!」と毎日キレていたのは、他の連中がサボって世界のバランスが崩れかけていたからか。
「じゃあ、この村を襲ったのはその『ギアン』って奴の仕業なのか?」
ビアラが天丼の尻尾をガリガリと噛み砕きながら尋ねる。
「おそらく、威力偵察か物資の強奪だろうな。この村は地下帝国ドンガンと密輸ルートが繋がってる。最新の魔導兵器や、高カロリーな農作物を狙って『駒』を動かしてきたんだろう」
ネギオが葉巻の灰を落とし、低い声で言った。
「……チッ。俺の村(畑)を、ピエロ野郎の遊び場にされたってことか。気に食わねぇな」
「同感だ」
俺はコアから『道化師の魔法陣』の部分だけを切り出し、別の鉄クズ(フォークの残骸)と合わせて炎で包み込んだ。
カンッ! カンッ!
軽く叩いて形を整え、手のひらサイズの『方位磁針』へと打ち直す。
「ヒエン君、それ何?」
「『糸』が繋がってるってことは、この魔力回路は確実に『操り主』の座標を向くはずだ。回路の指向性を増幅させて、ギアンの居場所を指し示すコンパスを作った」
コンパスの針(道化師のマークが刻まれた針)は、ブルブルと震えた後、ピタリと北東の方角を指し示した。
「北東……ルナミス帝国の首都方面、あるいはそのさらに奥にある『アバロン魔皇国』との国境地帯か」
俺が呟くと、ビアラがニッと笑って拳を鳴らした。
「行くんでしょ、ヒエン君? 私の美味しい食事の時間を邪魔したピエロ野郎、トンファーでボコボコにしてお仕置きしないとね!」
「私も行きますぅ! 天界に帰ったら説教されるので、悪の幹部を倒してルチアナ先輩に『私、頑張りました!』ってアピールするんです!」
「ワイは行かんで! 絶対行かん! ギアンなんて面倒臭い奴と関わったらパチンコ打つ時間が減るわ!」
ロードが全力で首を振って逃げようとするが、俺はガシッとその尻尾を掴んだ。
「お前が逃げたら、誰が俺たちを背中に乗せて移動するんだよ。それに、ギアンを放置したら、この世界から『パチンコ屋』も『ポポロシガー』も全部破壊されるぞ?」
「……ッ! それはあかん!! ワイの至福の時間が!!」
究極のぐうたらは、究極の娯楽を守るために戦うことを決意したらしい。
「よし、決まりだな」
俺は完成したコンパスをポケットにしまい、立ち上がった。
父が創り、母が護った世界。
そこに湧き出た神話の時代の『バグ(死蟲の残党)』。
「とりあえず、コンパスの指す方向へ行ってみよう。途中で面白い金属が見つかるかもしれないしな」
ただの鍛冶師(俺)と、最強のウサギ、ポンコツ女神、そしてぐうたらな竜。
異端だらけのパーティーは、美味しい海老天丼で腹を満たし、新たな目的地へと旅立つ準備を整えたのだった。




