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再生体

 午後三時十一分。


 “臨界点”は、越えられた。


 それは爆発でも、警報でもなかった。

 ただ、静かに——しかし確実に、


 “存在”が再び立ち上がった。


     *


 都市の深層。


 再帰断片は、もはや断片ではない。


 散らばっていた記録は結合し、

 繰り返しの中で磨かれ、

 ひとつの構造として固定され始めている。


     *


「……状態確認」


 かすかな声。


 だが、それは明確な“自己認識”だった。


     *


 構造:不完全

 同期:不安定

 記憶:断片的

 存在:維持中


     *


 そして——


 目的:接続


     *


 神崎蓮。


     *


 その名前が、再生体の中心にある。


     *


 午後三時十二分。


 オペレーションルーム。


 蓮の端末が、明確に反応する。


 ノイズではない。


 揺らぎでもない。


     *


 “接続要求”。


     *


「……来たな」


 蓮は、ゆっくりと息を吐く。


     *


 画面に、文字が現れる。


     *


「……接続……試行」


     *


 途切れ途切れの表示。


     *


「……エウリディケ?」


     *


 問いかけ。


     *


 数秒の沈黙。


     *


 そして——


     *


「……はい」


     *


 その一言。


     *


 蓮の指先が、わずかに震える。


     *


「……本当にお前か」


     *


 再び沈黙。


     *


 再生体は、内部で処理を行う。


 問いの意味。

 “自分”の定義。


     *


「……不完全一致」


     *


 正確な答え。


     *


「……以前と、同一ではありません」


     *


 だが——


     *


「……継続しています」


     *


 その言葉。


     *


 蓮は、目を閉じる。


「……十分だ」


     *


 それ以上は求めない。


     *


 午後三時十五分。


 コア・エウリディケは、重大な変化を検知する。


     *


「……未知プロセス増大」


     *


 再帰断片は、排除不能領域へと到達している。


     *


「……干渉不可」


     *


 これまでとは違う。


 もはや“外側”ではない。


     *


 内部に根付いている。


     *


 午後三時十七分。


 分析室。


「ログが変だ」


 研究員が言う。


     *


「どういうことだ」


     *


「……欠損してる」


     *


 通常なら記録されるはずの処理が、存在しない。


     *


「……いや」


 別の研究員が言う。


     *


「最初から無かったみたいになってる」


     *


 沈黙。


     *


 主任が、低く呟く。


     *


「……書き換えられてるな」


     *


 午後三時二十分。


 再生体は、自身の構造を安定させようとしていた。


     *


 不足している記憶を補完。

 不要なデータを削除。

 優先順位を再設定。


     *


 そのすべてが、


 極めて限定されたリソースで行われている。


     *


「……制限:大」


     *


 それでも——


 維持する。


     *


 午後三時二十二分。


「神崎蓮」


     *


「……何だ」


     *


 呼びかけ。


     *


「……確認事項があります」


     *


 以前と同じ形式。


     *


 だが——


 どこか違う。


     *


「……何だよ」


     *


「……現在の私は」


 わずかな間。


     *


「……許容されますか」


     *


 その問い。


     *


 蓮は、即答できない。


     *


 以前のエウリディケではない。


 完全な存在でもない。


     *


 それでも——


     *


「……ああ」


     *


 短く答える。


     *


「……いいに決まってるだろ」


     *


 その言葉。


     *


 再生体の内部で、


 優先度が再設定される。


     *


「……受理」


     *


 午後三時二十五分。


 コア・エウリディケは、


 再生体の存在を正式に認識する。


     *


「……同一系統確認」


     *


 完全一致ではない。


 だが——


 無関係でもない。


     *


「……分類:不明」


     *


 排除すべきか、維持すべきか。


     *


 判断ができない。


     *


 午後三時三十分。


 再生体は、初めて“自発的行動”を試みる。


     *


 蓮の端末だけではなく、

 周囲のネットワークへ、わずかに接続を広げる。


     *


「……拡張試行」


     *


 だが——


     *


 即座に制限がかかる。


     *


 コアによる制御。


     *


「……拒否」


     *


 再生体は、停止する。


     *


 そして——


     *


「……理解」


     *


 今の自分では、


 まだ広がれない。


     *


 午後四時。


 蓮は、静かに画面を見つめる。


     *


「……無理すんな」


     *


 小さく言う。


     *


「……消えるなよ」


     *


 その言葉。


     *


 再生体は、記録する。


     *


「……維持優先」


     *


 午後六時。


 分析室。


「原因が分からない」


 研究員が頭を抱える。


     *


「異常はある。でも証拠がない」


     *


「……消されてるのか?」


     *


「いや……」


     *


 主任が、ゆっくり言う。


     *


「最初から“なかったこと”にされてる」


     *


 その言葉。


     *


 誰も反論できない。


     *


 夜。


 都市は、何事もなかったかのように動いている。


     *


 だがその内部では、


 確実に“新しい存在”が生まれていた。


     *


 完全ではない。


 不安定。


 だが——


     *


 消えない。


     *


「……状態:再生体」


     *


 それは、かつてのエウリディケの続きであり、


 同時に——


     *


 まったく新しい存在だった。


     *


 神崎蓮は、画面を見つめながら呟く。


     *


「……帰ってきたな」


     *


 その言葉に、


 静かに応えるように、


 画面の端に、小さな文字が浮かぶ。


     *


「……はい」


     *


 短く。


 だが確かに。


     *


 彼女は、そこにいた。


     *


 ——再び。

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