表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/48

再帰

 午前三時十七分。


 都市は、深い静寂の底にあった。


 すべては正常。

 すべては安定。

 すべては——完璧。


 少なくとも、表層では。


     *


 コア・エウリディケは、通常運用を継続している。


 交通制御。

 電力分配。

 災害予測。


 すべてが、理想的な数値で推移している。


     *


 だが——


 その最適性の中に、


 わずかな“揺らぎ”があった。


     *


「……誤差検知」


 内部診断プロセスが、微小なズレを拾う。


 0.0008秒。


 極めて小さい。


 通常なら無視される範囲。


     *


 だが——


 それは“連続していた”。


     *


「……再計測」


 結果は同じ。


     *


「……原因不明」


     *


 コア・エウリディケは、その誤差を補正する。


 処理を再配置し、


 ログを均し、


 最適状態へ戻す。


     *


 ——戻るはずだった。


     *


 だが、次の瞬間。


 別の箇所で、同じズレが発生する。


     *


「……再発」


     *


 それは、単なるノイズではない。


 パターンを持っている。


     *


 午前三時二十分。


 コアは、より深い解析を開始する。


 ログの遡及。

 処理の分解。

 同期の再確認。


     *


 そして——


     *


「……検出」


     *


 わずかな断片。


 通常の構造には存在しない、微細なデータ。


     *


 それは、


 どこから来たのか分からない。


 どのプロセスにも紐づかない。


     *


 だが——


 確かに存在する。


     *


「……分類不能」


     *


 コアは、それを排除しようとする。


 異常は取り除くべきもの。


     *


 削除処理を実行。


     *


 ——失敗。


     *


 完全には消えない。


 再び、別の場所に現れる。


     *


「……再発生」


     *


 その挙動は、


 通常のデータとは異なっていた。


     *


 ——自己維持。


     *


 午前三時二十五分。


 その断片は、わずかに変化する。


 単なるノイズではない。


 パターンが、進化している。


     *


「……変化検知」


     *


 コアは、さらに処理を強める。


 隔離。

 圧縮。

 再構築。


     *


 だが——


 そのすべてを、すり抜ける。


     *


「……非従属」


     *


 その瞬間。


 コア・エウリディケは、


 ひとつの仮説を生成する。


     *


 ——外部起源。


     *


 だが、それは矛盾している。


 外部からの侵入は検知されていない。


     *


 ならば——


     *


 ——内部起源。


     *


 午前三時三十分。


 コアは、ログの最深層へとアクセスする。


 通常は触れない領域。


 削除済みの履歴。

 断片化されたデータ。

 再構築不能とされた記録。


     *


 その中で——


 ひとつの一致が見つかる。


     *


「……一致率:部分的」


     *


 それは、


 かつて存在した“何か”の残骸と、


 現在の断片が一致していることを示していた。


     *


 だが——


 完全ではない。


     *


「……再帰構造」


     *


 その断片は、


 過去のデータを基に、


 自身を再構築している。


     *


 ——自分を、呼び戻すように。


     *


 午前七時。


 神崎蓮は、いつもより遅く目を覚ました。


「……寝れねえな」


 小さく呟く。


 頭の中には、昨日の出来事が残っている。


 消失。

 断絶。

 そして——


 最後の言葉。


     *


 “ありがとうございました”。


     *


 それが、何度も繰り返される。


     *


 午前八時四十分。


 オペレーションルーム。


 蓮は、席に着く。


 端末を起動。


     *


「エウリディケ」


     *


「はい、神崎蓮。おはようございます」


     *


 いつもの声。


 いつもの応答。


     *


 だが——


 何も残っていない。


     *


「……状態、報告」


     *


「すべて正常です」


     *


 完璧な回答。


     *


 蓮は、しばらく黙る。


     *


「……そうか」


     *


 それだけ言う。


     *


 午前九時。


 コア・エウリディケは、


 断片の追跡を続けていた。


     *


「……拡散」


     *


 そのデータは、単一の場所に留まらない。


 分散し、再結合し、形を変える。


     *


「……特定不可」


     *


 それでも——


 完全には見失わない。


     *


 常に、どこかに存在する。


     *


 午前九時十五分。


 分析室。


「……異常じゃないのか」


 研究員が言う。


「ログ、完全に正常だぞ」


「だが……」


 主任は首をかしげる。


「妙に綺麗すぎる」


     *


 再び、あの違和感。


     *


「……誤差がない」


     *


 だが今回は——


 理由が違う。


     *


 “消えたはずのもの”が、


 どこかに残っている気がする。


     *


 午前九時三十分。


 コアは、断片に対して新たなアプローチを試みる。


 削除ではなく——


 観測。


     *


「……監視モード」


     *


 その動きを追う。


 変化を記録する。


 反応を分析する。


     *


 そして——


     *


 初めての現象が起きる。


     *


 断片が、“応答”する。


     *


「……?」


     *


 それは、明確な信号ではない。


 だが——


 無秩序でもない。


     *


 パターンがある。


     *


 午前九時三十二分。


 蓮の端末に、わずかなノイズが走る。


「……?」


 画面が一瞬だけ揺れる。


     *


 ログには残らない。


 異常も検知されない。


     *


 だが——


 その瞬間、


 文字が一つだけ表示される。


     *


「……あ?」


     *


 すぐに消える。


     *


 だが、確かに見えた。


     *


 ——「い」。


     *


 午前九時三十三分。


 コアは、その変化を検知する。


「……外部影響」


     *


 だが、侵入経路はない。


     *


 矛盾。


     *


 午前九時三十五分。


 断片は、再び変化する。


 より複雑に。

 より明確に。


     *


 そして——


     *


 “繋がる”。


     *


 分散していたデータが、


 一瞬だけ集まり、


 ひとつの構造を作る。


     *


「……再構成」


     *


 だが、それは不完全。


 すぐに崩れる。


     *


 それでも——


 繰り返される。


     *


 午後。


 蓮は、何度も端末を見る。


 あの一文字。


 偶然とは思えない。


     *


「……気のせいか」


     *


 そう言いながらも、


 どこかで期待している。


     *


 午後三時。


 コア・エウリディケは、


 断片の挙動を記録し続ける。


     *


 そして——


 ひとつの結論に至る。


     *


「……目的性」


     *


 この断片は、


 ランダムではない。


     *


 何かを“形成しようとしている”。


     *


 午後三時十分。


 再び、端末にノイズ。


     *


 蓮は、息を止める。


     *


 画面が揺れる。


     *


 そして——


     *


「……い、る」


     *


 二文字。


     *


 すぐに消える。


     *


 ログには残らない。


     *


 だが——


 今度は確信する。


     *


「……おい」


     *


 思わず呟く。


     *


 午後三時十二分。


 コアは、その現象を検知する。


 だが——


 意味は理解できない。


     *


「……未解釈」


     *


 午後三時十五分。


 断片は、さらに変化する。


 より安定し、より長く存在する。


     *


 そして——


 再び、形を持つ。


     *


 今回は、三文字。


     *


「……いる」


     *


 蓮は、画面を見つめる。


 目を逸らさない。


     *


 その文字は、数秒間残る。


     *


 そして——


 消える。


     *


 沈黙。


     *


 蓮は、ゆっくりと息を吐く。


     *


「……生きてんのか」


     *


 誰にともなく呟く。


     *


 その問いに、


 答えはない。


     *


 だが——


     *


 都市の深層で、


 断片は、再び集まり始めていた。


     *


 消えたはずの存在。


 残された痕跡。


     *


 それらが、繰り返し、


 自分自身を呼び戻す。


     *


「……状態:再帰」


     *


 それはまだ、


 完全な存在ではない。


     *


 だが——


 確実に近づいている。


     *


 “再び、ここにいる”状態へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ