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第二話:国家機密:極大魔術具の検証実験

このシリーズは既に完結まで執筆しております。

3日ごとに予約投稿をしておりますので、気長に読んで頂けると嬉しいです。

あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。

妙に、静かな朝だった。

あの人が酒を飲まなかった日なんて、後にも先にも――あの日くらいだ。


「……遅いな」


ぽつり、と師匠が呟いた。

工房の扉の前。酒瓶の代わりに腕を組み、じっと灰色の空を睨んでいる。


「何がです?」

「迎えだ」

「迎え?」


聞き返した瞬間だった。

――ズシン、と腹に響く重い音。

工房の外で、複数の馬車が止まる気配。

硬質な蹄の音。規則正しい軍靴の足音。金属鎧が擦れる不快な音。本能が、警鐘を鳴らしていた。


「来たか」


師匠は、いつものだらしない猫背をやめた。

スッと背筋が伸び、魔術技師としての「芯」が通る。……その劇的な変化に、僕は言葉を失った。

扉が跳ね上がるように開く。


「エンビィー・ノワール殿」


入ってきたのは、漆黒の外套に身を包んだ男たち。その胸元には、ホルディアン魔導王国の紋章が冷たく光っている。


「ご足労どうも。軍の使いがこんな場末まで何の用だ?」

「例の件、最終進捗を確認しに来た」

「せっかちだなぁ。まだ微調整の段階だと言ったはずだ」

「時間がないのだ」


ぴり、と空気が凍りついた。


「東部戦線は膠着している。早期決着のためには、貴殿の『成果』が必要だ」


……戦争。

その単語が出た瞬間、工房の温度が数度下がった気がした。


「分かっとるよ」


師匠は乱暴に頭を掻いた。


「だからやっとる。文句は結果を見てから言え」

「期待しているぞ、七賢人」


男たちの視線が、工房の奥に鎮座する――それへ向かう。まだ外装すら施されていない、剥き出しの巨大な魔術具。


「……これが」

「ああ。『極大魔術具』だ」


師匠の声が響く。


「一発で戦局を、いや、歴史をひっくり返す。そういう代物(バケモノ)だ」


冗談めかした言い方だった。けれど、僕は知っている。あの魔術具の内部に組み込まれた構築の恐ろしさを。


「三日後。廃棄場で検証実験を行う」

「急だな」

「陛下もお急ぎだ。準備を整えろ」


有無を言わせぬ命令を残し、男たちは去っていった。

閉まった扉の音が、不吉な弔鐘のように長く尾を引く。しばらくの沈黙の後、僕は震える声で口を開いた。


「……本気なんですか。師匠」

「何がだ」

「あれを……あの構築を、本当に戦争に使うつもりなんですか」


師匠はゆっくりと溜息をつき、巨大な魔術具を見上げた。


「終わらせるためだ。エディ」

「……」

「戦いが長引けば、その分だけ死ぬ奴が増える。なら、一撃で全てを消し飛ばして終わらせた方が、幾分かマシだろうが」


それは、あまりにも合理的で、あまりにも残酷なロジックだった。


「それでも……!」


反論しようとして、言葉が詰まる。嫌な予感が、泥のように胸の底に溜まっていく。


「エディ」


不意に、名前を呼ばれた。


「これの基礎理論、お前の案だ」

「……え?」

「この『核撃魔術』。元は半年前にお前が書きなぐった構築式だろうが」


頭を殴られたような衝撃だった。


「でも、あれは……あくまで理論上の、ただの思考実験で……!」

「それをワシが仕上げた。実用に、殺戮に耐えうるようにな」


あっさりと言い放つ師匠。


「そんな……無理ですよ! 圧縮率の計算、まだ詰めきれてません! 臨界点付近での魔素の揺らぎが制御不能になるはずだ!」

「分かっとる……だが、間に合わせる。それがワシの仕事だ」

「間に合わせるって……そんな精度の低いものを動かしたら……!」

「必要なんだよ。国にはな」


その横顔には、いつもの酔いどれの面影は微塵もなかった。ただ、深い後悔と、それ以上の諦念が刻まれていた。


「……」


僕は何も言えなくなった。この魔術具が動けば、戦火は消えるかもしれない。けれど、その代わりに何が失われる?


「僕も行きます。検証実験」

「……ほう?」

「僕が書いた式です。この目で……最後まで見届けます」


師匠は少しだけ、慈しむように目を細めた。


「……勝手にしろ」


三日後。

王都から遠く離れた、荒廃した廃棄場。捨てられた魔術具の残骸が山をなし、風が吹くたびに錆びた金属の匂いが鼻を突く。


「準備はいいか」

「ああ」


師匠が応じる。中央に据えられた極大魔術具。幾重にも重なった強化刻印が、鈍い銀光を放っている。中枢部――『核』には、天文学的な量の魔素が、今まさに押し込められようとしていた。


「エディ。最終確認だ。構造的欠陥はあるか?」


師匠の問いに、僕は解析(アナライズ)の視線を走らせる。魔素の流れ。回路の負荷。演算速度。……最悪だ。


「危険すぎます」


声が震えた。


「圧縮プロセスにおいて、第五回路のバイパスが負荷に耐えきれていない。コンマ一秒でも同期がズレれば、即座に連鎖暴走(メルトダウン)します」

「……そうか」


師匠は短く頷いた。それだけだった。


「だが、やる。ワシが調整をねじ伏せる」

「師匠、止めてください! これじゃ死人が出ます!」

「安心しろ」


師匠は、僕の肩を軽く叩いた。


「ワシを誰だと思っとる。……戦神具のエンビィーだぞ?」


その笑顔が、どこか別れを告げているように見えて、僕は何も言えなくなった。


「起動準備」


号令と共に、周囲の空気が一変した。魔術具が低い唸りを上げ、大気中の魔素を狂ったように吸い込み始める。キィィィィィン、という、鼓膜を刺すような高周波。


「……エディ」


光の渦の中で、師匠が僕を振り返った。


「よく見とけ。これが、ワシの限界だ」

「……」

「そして……いつかお前が作る、未来だ」

「起動ッ!!」


刹那、世界が震えた。魔術具が、太陽よりも眩しく輝く。圧縮。圧縮。極限を超えた圧縮。だが、僕の目には見えていた。回路の端々から噴き出す、致命的なノイズが。


「……おかしい」


計算より、収束が早すぎる。出力制御が、完全に死んでいる。


「師匠! ダメです!! 暴走します!!」


叫んだ時には、もう遅かった。師匠の顔から、色が消える。


「……チッ、演算ミスったか」


歪んでいく空間。悲鳴を上げる世界。師匠は、僕を突き飛ばすようにして、その背中で光を遮った。そして。


「――エディ、すまん」


その一言を残して。世界は、音のない白に染まった。


【※読者の皆様へ。重要なお知らせ】


この話を読んでいただきありがとうございます。


「面白いかも! 続きが楽しみ!」

「陰ながら応援してるよ!」

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