やきもち
「有翔、なに拗ねてるの?」
「拗ねてない」
「拗ねてるじゃない」
ぷくりと頬を膨らませて、部屋のすみでクッションをかかえてじいっと楓大を見てくる。かと思えば目が合うとふいっと逸らされる。どこからどう見ても拗ねている。もしくはふてくされている。態度でも表情でも不満を表していて、恰好いい有翔が可愛く見えてきた。そんなことを言ったらまた拗ねるだろうから、口にしないけれど。
「有翔」
「……」
呼びかけるとまた頬を膨らませる。
幼馴染の有翔とは、つき合って一年になる。もともと有翔は小さい頃から楓大を好き好きと追いかけていてそれに応えた形ではあるが、なぜこんなに地味な楓大を有翔のようなイケメンが追いかけたのかは今でも謎だ。有翔曰く、誰にも取られたくなかったから、らしい。誰が取るというのだろう。
高校二年の今、有翔とは落ちついた関係を築けていると思っている。だから有翔がこんなふうに拗ねるなんて珍しくて、少しおかしくなる。昔はよく「俺以外と仲良くしないで!」とひとり占めされたな、なんて思い出してみたりして。
「ね、テスト勉強はじめようよ。これじゃうちに寄った意味ないでしょ」
「別にしなくても問題ないし」
さらに膨れる有翔に、つい苦笑する。
「しなくて問題ないのは有翔だけ。僕はやらなくてもできる頭じゃないの」
ローテーブルでノートを広げると、ちら、とこちらを見た有翔がじりじりと寄ってきた。楓大の隣に移動し、ぽすんと肩に頭をのせてくる。
「なんで石井先生とふたりきりになったの?」
やっぱりそれか、とまたおかしくなった。たぶんそうだろうなと思ったらそのとおりだった。
「掃除と片づけのため。たまたま手が空いてたのが僕だったんだよ」
今日の掃除の時間に、生物担当教諭の石井から準備室の片づけを頼まれたのだ。
「……俺以外とふたりきり、嫌」
肩にのったままの顔を見ると、目が合った。縋るような瞳でじいっと見られて、やはり可愛いと思ってしまう。こういう顔を見せられるとたまらない気持ちになる。甘え上手というのか、有翔はべったりと寄りかかりすぎない甘え方をする。楓大が負担に感じないようにと配慮しながら甘えているのかと考えたことがあるが、そうでもない。昔から有翔の甘え方は重すぎず、だからといってさらっとしていない。適度に重い。
「俺が楓大のこと大好きなの知ってるよね。他の誰かといるとやきもち妬く」
「有翔……」
「こんなふうに縛るみたいなこと言うのも本当は嫌だけど、でも楓大を捕まえてたい」
自身の中でこんなふうに葛藤しているなんて知らなかった。思わぬ事実を知れたことに少し嬉しくなる。
「僕はどこにも行かないよ」
「楓大に行く気はなくても、楓大を奪おうとしてるやつはたくさんいる」
「誰が」
「……石井先生とか」
あの人は目つきがやらしい、と唇を尖らせるから噴き出した。楓大なんかをそんな目で見るのは有翔だけだ。
有翔の目には楓大がどう映っているかわからない。それだけ特別に思ってくれているのだと思うと嬉しいけれど、等身大の自分との違いにむずがゆくもなる。
「楓大の好きな人は誰?」
「知ってるでしょ?」
「わからない」
むいとまた唇を尖らせるので、髪を撫でてあげた。こうすると有翔は少し目を細める。その表情が優しくて、胸がどきどきするのだ。有翔のどんな表情にも目が惹きつけられるし、心が疼く。
「有翔だよ」
軽く唇を重ねると、への字に曲がっていた有翔の唇が徐々に緩んでいく。両手が伸びてきてきつく抱きしめられた。有翔にもたれるように腕の中におさまり、軽く目を閉じた。
「石井先生、今大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。どうだった?」
翌日、昼休みに生物室に行くと、石井は準備室にいた。
「作戦成功でした。有翔、すごくやきもち妬いてくれました」
「それならよかった。彼氏にやきもち妬かせたかったなんて、ちょっと悪い子だね」
いたずらに笑まれ、たしかに悪い子かも、と自分でも思った。
有翔は基本的に楓大の交友関係に口出しをしないから、ときどき寂しくなる。他の誰かといるとやきもちを妬くとか、自身以外とふたりきりになるのは嫌とか、そういうことも実はなかなか言ってくれないのだ。そう思っているのだろうなと感じる視線を受けることはあるのに、有翔は微笑みに変える。信じてくれているのだとわかっても、正直にすべて話してくれたっていいのに、と思うことがあった。
そんな愚痴を石井につい零したのだ。石井は話しやすくていろいろな相談にのってくれる先生だからなんとなく言ってみただけなのに、やはりきちんと聞いてくれて、今回の『やきもち作戦』にも協力してもらったのだ。
「また協力してください。有翔にひとり占めされるの、くせになりそう」
「そうだね」
こんなふうに思うなんて、やはり自分は悪い子だ。でもいつまでも抱きしめられて「楓大は俺だけ見てて」と繰り返されたことを思い返すと、頬が緩む。
「じゃあ、僕からプレゼント」
「え?」
石井が準備室の奥にある大きな棚を指さす。なんだろうとその棚の裏を覗き込む。
「……!」
そこにはなぜか有翔がいた。じとっとなにかを言いたげな視線をまっすぐに向けてくる。
「あ、有翔……えっ、石井先生……あれ? どこ行ったんですか?」
慌てて棚から離れると、石井の姿がない。
「楓大」
逃げようとしたのがばれたようで、背後から名を呼ばれてびくんと背が伸びる。おそるおそる振り返ると、綺麗な笑みを満面にたたえた有翔が目の前にいる。いつの間にか距離を詰められていた。
「『作戦』の詳細から聞かせてくれるかな?」
にっこりと笑まれて顔が引き攣った。
しかもお仕置きまでされるなんて思わなかった。
◇◆◇◆◇
「――ていうことがあったんだ」
石井が微笑ましく報告すると、向かい合う数学担当教諭の山崎はあきらかに面白くなさそうにした。眉をぎゅっと寄せて、苦い顔をしている。
学校を出たところでなかば強制的に車に押し込まれ、山崎の自宅に連れていかれた。石井が文句を言わないのは、いつものことだからだ。
「だから俺とのランチタイムはなしになったわけ?」
「そういうことだね」
ネクタイのノットを緩める石井の手を、山崎が掴む。掴まれた力強さを躱すように手を握り返し、微笑みかける。
「可愛いよね、高校生って本当に純粋」
「ふうん」
やはり面白くなさそうな山崎に、噴き出しそうになるのをこらえる。こういうところが可愛くてたまらないのだ。
「やきもち妬かれたいんだって。どう?」
「は? やきもちくらい俺だって……」
「僕が他の人とふたりきりになってもいいの?」
「させると思うか?」
触れそうになった唇も躱すと、山崎の表情がいっそう苦々しいものになった。なんとなく今日は山崎を翻弄したい気分だ。いつもすぐにベッドに押し倒されてなだれ込むけれど、少しくらいは、じらしたっていいだろう。けっこう悪い男かもしれない。自分に苦笑しつつ、山崎の手から逃れる。逆にそれが山崎の闘志に火をつけたようだ。
「俺の愛って軽く見られてる?」
「え?」
「わからせてやらないといけないかな」
「え、え……?」
足払いをされ、左脚の支えがなくなる。かくんと崩れそうになった身体を支えたのは、山崎の腕だ。石井の腰を抱き、にやりと悪人顔で笑む。数学担当のくせにやたら身体能力が高いのを忘れていた。
「やきもち妬かせたかったんだろ?」
「や、山崎先生?」
「明日が日曜日でよかったな。俺の気持ち、じっくり教えてやるよ」
こういう男だった、と今さら思い出す。それでも石井が逃げ出したら逃がしてくれるのもわかる。両腕を伸ばして山崎の首にまわし、顔を引き寄せる。
「じゃあ、たくさんわからせて?」
「…………はあ」
こうやって結局俺が負けるんだよな、なんてぼやいているから、おかしくて噴き出す。そう簡単に勝たせてあげない。
終




