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第7話『学園暗影』

「『歪曲の鏡』の解析、進捗はどうだ、秋葉」


アカデミーの研究棟、最先端の機材が並ぶ一室で、六本木蕾先輩が厳しい視線をモニターに向けていた。中央の解析装置の中には、回収したレリック『歪曲の鏡』が設置され、複雑な光を放っている。


「それが……かなり難航しています。エネルギー構造が複雑すぎる上に、内部に記録されていると思われる情報も、何重ものプロテクトがかかっていて……」


秋葉大和は、目の下に隈を作りながら報告する。ここ数日、彼は寝る間も惜しんで鏡の解析に取り組んでいたが、目覚ましい成果は上がっていないようだ。


「渋谷サキに関する映像データは?」


「……あの時映し出された断片的なもの以外は、今のところ何も。鏡自体が、意図的に情報を隠蔽しているような……そんな気配すら感じます」


俺、神田京介は、その会話を少し離れた場所で聞いていた。あの日以来、サキはぱったりと姿を見せなくなった。アカデミー内はもちろん、街中でも見かけない。まるで、最初から存在しなかったかのように。


(渋谷さん……大丈夫かな……)


あの時の、怯えたような瞳が忘れられない。彼女が抱える秘密の一端を垣間見てしまったせいか、妙に気にかかる。


「サキさんのこと、心配だね、京介くん」


俺の心を見透かしたように、大和が声をかけてきた。


「ああ……。なんか、放っておけないっていうか……」


「分かるよ。あの人、滅茶苦茶だけど、悪い人じゃない……と思うし」


「……油断するな。彼女が何者であれ、我々とは違う世界の住人だ。深入りは危険だ」


蕾先輩が、釘を刺すように言った。だが、その声には、いつもの冷たさだけでなく、わずかな懸念のようなものが含まれている気がした。



鏡の解析が進まない一方で、アカデミー内部には、じわじわと不穏な空気が広がり始めていた。


「なあ大和、最近、風紀委員の連中、やけに俺たちのこと見てないか?」


昼休み、カフェテリアで食事をしていると、俺は小声で大和に尋ねた。腕章をつけた風紀委員たちが、少し離れたテーブルから、明らかに俺たちを監視している。


「う、うん……僕も感じてた。特に京介くんと蕾先輩のこと、よく見てる気がする……。『歪曲の鏡』の一件で、何か疑われてるのかな……?」


大和は不安そうに視線を泳がせる。


「それだけじゃない。この前、研究棟の機密データ保管庫に、不正アクセスがあったらしいんだ」


俺はさらに声を潜める。これは、研究部の友人からこっそり聞いた話だ。


「えっ!? それって、まさか……」


「ああ。レリック関連のデータが狙われた可能性があるって。犯人はまだ捕まってないらしいけど……」


内部にスパイがいる? それとも、黄昏の蛇がそこまで侵入している? どちらにしても、気持ちの悪い話だ。


「どうにも、きな臭いな……」


蕾先輩も、いつになく険しい表情で呟いた。


「あの日、黄昏の蛇の幹部が言っていた『情報は得た』という言葉が気になる。奴らは、鏡そのものよりも、サキさんの情報に価値を見出したのかもしれない……。そして、その情報をアカデミー内部から得ようとしている者がいるとしたら……」


蕾先輩の言葉に、俺と大和は顔を見合わせた。もし、サキさんの情報が黄昏の蛇に渡ったら? あの過去の映像が、彼女にとってどれほど重要なものかは分からない。だが、悪用される可能性は高い。


「何か……俺たちにできることはないかな?」


俺が言うと、大和が頷いた。


「サキさんのこと、もう少し調べてみない? アカデミーのデータベースなら、何か手がかりが……」


「いや、待て」


蕾先輩が制止した。


「アカデミーのデータベースは、現在、最高レベルの警戒態勢にある。不正アクセス事件の後、監視の目も厳しくなっている。下手に動けば、我々が疑われるだけだ」


「じゃあ、どうすれば……」


「今は、迂闊に動くべきではない。だが、警戒は怠るな。周囲の状況に常に注意を払い、何か異変があればすぐに報告しろ」


蕾先輩の言葉に、俺たちは頷くしかなかった。息苦しいような、見えない何かに監視されているような感覚。アカデミーという安全なはずの場所に、不気味な影が忍び寄っているのを、ひしひしと感じていた。



その日の放課後。俺は一人、訓練場で自主トレーニングに励んでいた。少しでも能力を制御できるようにならなければ。焦りが募る。


(渋谷さん……今、どこで何してるんだ……)


サキのことが頭から離れない。もし、彼女が黄昏の蛇に狙われているとしたら? あの時、俺は彼女を守れたのか?


「……集中しないと」


雑念を振り払い、念動力で訓練用の金属球を浮かせようとした、その時だった。


ヴ―――――――――――ッ!!


アカデミー全域に、耳をつんざくような、けたたましい警報音が鳴り響いた! 同時に、天井の非常灯が赤く点滅し始める。


『緊急警報! 緊急警報! コード・レッド! 全エリアで敵性存在を確認! これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない! 全生徒は直ちに臨戦態勢に入れ!』


けたたましいアナウンスが、何度も繰り返される。


「敵性存在……!? まさか!」


訓練場の扉が開き、武装した警備スタッフや、戦闘系のクロノ・アビリティを持つ上級生たちが飛び出してくる。


「おい、一年! 早く避難しろ!」

「いや、こいつ、神田京介か! 戦えるな!? 戦闘に参加しろ!」


状況が全く飲み込めない。黄昏の蛇が……アカデミーを直接襲撃!? こんな、真正面から!?


「京介くん!」


息を切らして、大和が駆け込んできた。彼の腕の端末は、夥しい数の敵性反応を表示している。


「大変だよ! 黄昏の蛇が、大勢で……! 学園のあちこちで戦闘が始まってる!」


「なんだって!?」


ドォォォン!


訓練場の壁の一部が、爆発と共に吹き飛んだ! 土煙の中から、黄昏の蛇の戦闘員たちが姿を現す。


「見つけたぞ、アカデミーの雛ども!」


「クソッ! 来やがった!」


俺は咄嗟に念動力で瓦礫の盾を作り、大和を庇う。


「蕾先輩は!?」


「分からない! さっきまで一緒だったんだけど、警報と同時に……!」


状況は最悪だ。サキはいない。蕾先輩ともはぐれた。そして、アカデミーは今、戦場と化している。


「やるしかない……!」


俺はポケットの中の『時の羅針盤』の欠片を強く握りしめた。熱いエネルギーが、指先から体へと流れ込んでくる。


「大和、援護を頼む!」

「う、うん!」


アカデミーに忍び寄っていた影は、ついにその牙を剥いた。裏切り者の存在も、サキの行方も、何もかもが分からないまま、俺たちの戦いは、かつてない規模で始まろうとしていた。

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