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第5話『確率迷宮』

「ここが……次のレリック反応が出ている場所……」


俺、神田京介は、目の前に広がる光景に言葉を失った。錆びついた観覧車、色褪せたメリーゴーランド、不気味に口を開けたお化け屋敷。数年前に閉鎖された遊園地「ドリームランド」。だが、その雰囲気はただ寂れているだけじゃない。空気が歪んでいるような、奇妙な圧迫感がある。


「『境界領域』……時空が不安定になっている場所だ。物理法則が正常に機能しない可能性が高い。各自、最大限の警戒を」


六本木蕾先輩が、特殊ゴーグルを装着しながら厳しい声で告げる。そのゴーグルには、空間の歪みやエネルギーの流れが表示されているらしい。


「ぶ、物理法則が正常じゃないって……どういうことですか?」


秋葉大和が、不安そうに周囲を見回しながら尋ねる。彼の腕の端末も、異常なエネルギー反応を示すアラートを鳴らしていた。


「文字通りの意味だ。重力が逆転したり、時間が伸び縮みしたり、ありえないものが見えたりする。一歩間違えば、元の世界に戻れなくなる危険すらある」


「ひぃぃ……! そ、そんなところにレリックが……?」


「レリック自体が強力な時空間エネルギーの源だからな。その影響で、周囲の空間が不安定化し、『境界領域』を形成することは珍しくない。行くぞ、反応は園の中央エリアからだ」


蕾先輩を先頭に、俺たちは錆びたゲートをくぐり、廃墟と化した遊園地へと足を踏み入れた。足元の地面が、時折ゼリーのように柔らかく感じられる。不気味だ……。


「うわぁ! なにこれ、面白い!」


突然、背後から弾んだ声がした。振り返るまでもない。この状況を楽しめる人間なんて、一人しか知らない。


「し、渋谷さん!? またいるんですか!?」


案の定、渋谷サキが満面の笑みで立っていた。今日は探偵みたいなチェック柄のケープを羽織っている。どこから湧いて出てくるんだ、この子は。


「だって、京介くんたちが面白そうな場所に行くって言うから、ついてきちゃった! ねぇ、ここ、なんかフワフワしてない?」


サキは、ぴょんぴょんとその場でジャンプしている。すると、彼女の体が一瞬、ありえない高さまで浮き上がり、ゆっくりと落下してきた。


「わーい! 無重力体験みたーい!」


「なっ……!?」


俺と大和は目を丸くする。


「渋谷! ふざけるな! ここは遊び場じゃない!」


蕾先輩が鋭く叱責するが、サキはどこ吹く風だ。


「えー? でも楽しいじゃん! 蕾先輩もやってみなよ、ほら!」


サキは蕾先輩の手を引っ張ろうとするが、即座に振り払われる。


「……いい加減にしろ。任務の邪魔をするなら、実力で排除する」


蕾先輩から、本気の殺気が放たれる。さすがのサキも一瞬動きを止めた……かと思いきや、


「むぅ、蕾先輩はノリが悪いなぁ。じゃあ、あたしが案内してあげるよ! こっちの方が近道っぽいもん!」


サキは、蕾先輩が示していた方向とは全く別の、薄暗いアーケード街のような方角を指さした。


「待て、そっちは危険なエネルギー反応が……!」


蕾先輩の制止も聞かず、サキは「お宝探し、レッツゴー!」と駆け出してしまった。


「ああっ! もう!」


俺たちは、仕方なくサキの後を追う羽目になった。



サキが選んだルートは、案の定、めちゃくちゃだった。


「見て見て! ゲームコーナーだよ! これ、まだ動くかな?」


サキは、埃をかぶったUFOキャッチャーのボタンを勝手に押した。すると、突然けたたましい音楽が鳴り響き、アームが暴走してガラスを突き破った。


「きゃはは! 壊れちゃった!」


「さ、サキさん! 余計なことしないでください!」


大和が悲鳴を上げる。


次に通りかかったのは、鏡の迷路「ミラーハウス」だった。


「わー、鏡がいっぱい! あたし、何人いるかなー?」


サキは楽しそうに鏡の前でポーズをとる。だが、鏡に映る像は、微妙に歪んでいたり、一瞬だけ別の何かに見えたりする。


「な、なんだか気持ち悪いですね……」


大和が呟く。俺も同感だ。鏡の中の自分の目が、笑っていないように見えた。


「迷ってる暇はない。早くここを抜けるぞ」


蕾先輩が先を急ごうとした時、サキが「あ!」と声を上げた。


「ねぇ、あの鏡、なんか光ってない?」


サキが指さす先を見ると、迷路の奥にある一枚の大きな鏡が、確かに微かに明滅しているように見えた。


「あれは……もしかして!」


蕾先輩が駆け寄る。俺たちも後に続いた。鏡に近づくと、表面に複雑な模様が浮かび上がり、閉ざされていた隠し通路が開いた!


「おおっ! すごい、サキさん! よく見つけましたね!」


大和が感心したように言う。


「えへへ、なんかキラキラしてたから、気になっただけだよ? ラッキー♪」


サキは得意げに胸を張る。結果オーライではあるが、肝が冷える。


隠し通路を抜けると、そこは奇妙な空間だった。時間の流れがおかしいのだ。俺たちの動きが妙にスローになったり、逆に早送りになったりする。


「うわっ! 早送りモードだ! あはは、面白い!」


サキは、わざとコミカルな動きをしてはしゃいでいる。


「さ、サキさん! 油断してると、歳を取っちゃったりするかもしれませんよ!」


大和が真剣な顔で警告するが、サキは「えー、やだー、お肌の曲がり角はまだ先がいいー」と、どこまで本気か分からない返事をしている。


「集中しろ! 時空間の歪みが強くなっている! レリックが近いぞ!」


蕾先輩の声に、俺たちは気を引き締める。


やがて、俺たちは広場のような場所に出た。中央には、朽ち果てた巨大なティーカップのアトラクションがある。その一つの中から、強いエネルギー反応が発せられていた。


「あった……! あれだ!」


俺たちが目標に近づこうとした瞬間、周囲に濃い霧が立ち込めてきた。


「霧……? 急にどこから……」


「注意しろ、ただの霧じゃない! 幻覚作用がある!」


蕾先輩の警告通り、霧の中にぼんやりとした影が見え始めた。それは、可愛らしい動物のようにも、不気味な化け物のようにも見える。


「わー! 可愛いウサギさんだ! こっちおいでー!」


サキが、霧の中の影に向かって手を振る。


「待て、渋谷! それは罠だ!」


蕾先輩が叫ぶが、遅かった。サキが近づいた影は、突然巨大な口を開け、鋭い牙を剥き出しにした!


「ひゃっ!?」


さすがのサキも驚いて飛び退く。幻覚のモンスターが、次々と霧の中から現れ、俺たちを取り囲んだ!


「くっ、実体がない!? 攻撃が……!」


蕾先輩の攻撃も、大和の電磁パルスも、幻覚には効果がないようだ。


「どうすれば……!」


俺が焦っていると、サキがポケットから何かを取り出した。それは、色とりどりの金平糖だった。


「えいっ!」


サキは、金平糖をモンスターに向かって投げつけた。もちろん、物理的な効果はないはずだ。しかし――。


金平糖が幻覚に触れた瞬間、ポンッという軽い音と共に、モンスターの姿が掻き消えた!


「え?」


俺たちは呆気にとられる。


「あれ? 消えちゃった。なんだ、つまんないのー」


サキは、何事もなかったかのように、残りの金平糖を自分の口に放り込んだ。


「今のは……一体……?」


大和が呟く。


「……確率操作、か? 幻覚という『不確定な存在』の出現確率を、ゼロにした……?」


蕾先輩が、険しい表情で推測する。


「さあ? あたしが金平糖あげたら、満足して帰っちゃったんじゃない?」


サキはとぼけた顔で言う。だが、俺は見逃さなかった。金平糖を投げた後、彼女が一瞬、ふらりとよろめき、額の汗を拭ったのを。


「……渋谷さん、大丈夫?」


俺が声をかけると、サキは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「へ? なにがー? 全然平気だよ! それより、あそこのティーカップにお宝があるんでしょ? 早く行こーよ!」


サキは、何事もなかったかのようにティーカップに向かって駆け出した。


俺たちは顔を見合わせる。彼女の能力は、間違いなく単なる幸運じゃない。そして、その力には、何らかの代償が伴うのかもしれない。


渋谷サキ。彼女の存在そのものが、ここよりも、よっぽど複雑で、予測不能だ。俺は、警戒心と、ほんの少しの心配を抱きながら、彼女の後を追った。

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