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第2話『秘密学園』

「ここが……」


目の前にそびえ立つ近代的な校舎を見上げ、俺、神田京介は息を呑んだ。昨日、俺を保護した黒髪の女性――六本木ろっぽんぎ つぼみ先輩に連れてこられた場所は、表向きは「私立クロノス・アカデミー」という名の進学校。だが、その実態は全く異なる。


「驚いたか? ここは、君のような『クロノ・アビリティ』――時空や因果律に干渉する特殊能力に目覚めた若者を保護し、育成するための機関だ」


蕾先輩は、相変わらずクールな表情で説明する。昨日、俺を襲った「黄昏の蛇」のこと、そして世界に眠る超古代文明の遺産「セブン・レリック」を巡る争いのことも、移動中の車の中で聞かされた。正直、まだ頭が追いついていない。


「俺に……そんな力が……」


昨日の出来事は現実だったのか? ゴミ箱や看板が吹き飛んだのは、俺の力が暴走した結果?


「君の能力はまだ不安定だが、間違いなく覚醒の兆候を見せている。ここでは、その力を正しく制御し、役立てるための訓練を行う」


アカデミーの内部は、外観以上に未来的だった。壁にはホログラムの案内表示が浮かび、生徒たちは腕に装着した端末で情報をやり取りしている。すれ違う生徒の中には、指先から小さな火花を散らしたり、教科書を宙に浮かせながら歩いている者もいる。完全にSFの世界だ。


「す、すげぇ……」


思わず声が漏れる。


「浮かれている場合じゃない。今日から君もここの一員だ。まずは担任教師への挨拶と、能力測定、それから……」


蕾先輩が淡々と説明していると、背後から慌てたような声が聞こえた。


「あわわっ、すみません! 遅刻だぁ……!」


ドタドタと走ってきた小柄な男子生徒が、俺のすぐ横で盛大にすっ転んだ。派手に教科書やノートが宙を舞う。


「い、痛たた……。だ、大丈夫ですか!?」


俺が手を差し伸べると、彼は顔を上げた。丸眼鏡の奥の瞳は、困ったように垂れている。


「あ、ありがとう……助かるよ。僕は秋葉あきば 大和やまと。君は?」


「神田 京介。今日からここに……」


「へぇ、転入生! 僕も少し前に来たんだ。よろしくね、京介くん!」


大和は人懐っこい笑顔で握手を求めてきた。その時、散らばった彼のノートの一冊が、ひとりでにふわりと浮き上がり、彼の手元に戻ってきた。


「……え?」


俺が驚いていると、大和は照れたように頭を掻いた。


「あはは、これは僕のクロノ・アビリティ。『電磁力操作』ってやつで、ちょっとした金属とかなら動かせるんだ。まだヘタクソだけどね」


指先からパチパチと小さな静電気のような火花を飛ばして見せる。


「彼も君と同じチームに配属される予定だ。秋葉、自己紹介はそこまでにして、早く行くぞ」


蕾先輩が、少し呆れたように割り込んできた。


「は、はいっ、蕾先輩!」


大和は慌てて立ち上がり、俺たちは蕾先輩に続いて歩き出した。



担任教師への挨拶、そして能力測定を終えた。俺の初期能力は「限定的な未来予知」と「微弱な念動力」と判定された。どちらもまだ不安定で、制御はほとんどできないらしい。蕾先輩や大和に比べると、あまりにも頼りない力だ。


「落ち込むなって、京介くん。僕だって最初は全然ダメだったんだから」


大和が励ましてくれるが、気分は晴れない。これから、こんな力で黄昏の蛇とかいう奴らと戦うことになるかもしれないなんて……。


「基礎訓練は厳しいぞ。覚悟しておくことだ」


蕾先輩の言葉が、さらに重くのしかかる。


午後は、アカデミーのカフェテリアで昼食をとることになった。広々とした空間には多くの生徒がいたが、どこか張り詰めたような空気も感じられる。


「なあ大和、ここの生徒って、みんな能力者なんだよな?」


「うん、そうだよ。戦闘系の能力者もいれば、僕みたいなサポート系、あとは分析や研究専門の人もいるみたい」


「なんか……すごい世界に来ちまったな」


俺たちがそんな話をしていると、聞き覚えのある、やけに明るい声が響いた。


「あーっ! 京介くんにメガネくん、それにツンツンお姉さんも発見!」


声のした方を見ると、人混みをかき分け、満面の笑みで手を振りながら近づいてくる少女がいた。昨日会った、あの……。


「し、渋谷さん!?」

「サキさん!?」


俺と大和が同時に声を上げる。渋谷サキは、アカデミーの制服を着ていない。ラフなパーカーにスカート姿だ。なんで一般人がこんなところに?


「やっほー! 奇遇だねー、こんなところで会うなんて!」


サキは当然のように俺たちのテーブルの空いている席にどっかりと座った。その席は、さっきまで別の生徒が座っていたはずなのに、まるでサキのために用意されていたかのように、タイミングよく空いたのだ。


「奇遇って……君、ここの生徒じゃないだろう? どうやって入ったんだ?」


俺が尋ねると、サキはキョトンとした顔で答えた。


「え? なんか、門のところで『通してくださーい』って言ったら、たまたま警備の人が他の人と話し込んでて、気づかれなかったみたい? ラッキー♪」


「そんなわけ……!」


大和がツッコミを入れる。アカデミーの警備は厳重なはずだ。そんな簡単に侵入できるわけがない。


蕾先輩は、警戒心を露わにしてサキを睨みつけている。


「あなた……昨日の。一体何者なの? ここがどういう場所か分かっているの?」


「んー? なんかすごそうな学校だよねー。あ、見て見て! 今日の限定デザート、最後の一個ゲットしちゃった!」


サキは、トレーに乗せたプリンアラモードを嬉しそうに見せびらかす。それは、俺がさっき買おうとしたら、目の前で売り切れてしまったものだった。


「うっ……俺が狙ってたやつ……」


「あはは、ごっめーん! 早い者勝ちなのだ!」


サキは悪びれもせず、スプーンでプリンをすくい、幸せそうに頬張っている。


「ねぇねぇ、京介くんたちはこれから何するの? なんか面白いことするなら、あたしも混ぜてよ!」


「面白いことって……これから訓練だけど」


「えー、訓練? つまんないのー。そうだ! このプリン、一口あげるから、代わりに今日の訓練サボっちゃおうよ!」


とんでもない提案をしてくる。


「さ、サキさん! そんなことできるわけないじゃないですか! 蕾先輩に怒られますよ!」


大和が慌てて窘める。


「むぅ、メガネくんは真面目だなぁ。つまんないのー」


サキは頬を膨らませる。


蕾先輩は、深いため息をついた。


「渋谷サキ、と言ったか。あなたの存在はアカデミーにとってイレギュラーだ。本来なら即刻拘束対象だが……昨日の件もある。今回だけは見逃すが、二度と敷地内に無断で立ち入らないこと。そして、神田と秋葉に妙なちょっかいを出すな」


「えー、なんでー? 京介くんたち、面白そうなのに」


サキは不満そうだ。


「これは警告だ。次はない」


蕾先輩の冷たい視線に、さすがのサキも少しだけ肩をすくめた……かのように見えたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「はーい、分っかりましたー。じゃ、あたし、もう行くね! プリン美味しかった!」


そう言うと、サキは空になったプリンの容器を持って、嵐のように去っていった。


「……なんなんだ、あの子は……」


俺は、サキが座っていた席に残された、微かな甘い香りに戸惑いながら呟いた。


「京介くん、気をつけて。あの人、普通じゃないよ。なんかこう……周りの『運』みたいなものを、全部吸い取ってる感じがする……」


大和が、少し怯えたように小声で言った。


蕾先輩は、何も言わずに窓の外を見つめていた。その横顔は、いつも以上に険しく見えた。


渋谷サキ。ラッキーガール? いや、どう考えても、ただの幸運なんかじゃない。彼女の存在は、これから始まる俺のアカデミー生活に、さらなる波乱を呼び込む予感しかしなかった。

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