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あの日見た君は

作者: Valentine

僕はある日交通事故にあった。


事故の障害で記憶喪失になってしまった僕は家族も友人…ましては恋人のことも忘れてしまう。

そんな時窓にとある人物が座ってた。

「やっほー渚くん」

「誰?」

「さぁ?私は誰でしょう」

あの日見た君は凄く嬉しそうな顔をうかべていたんだ。

それから君が毎日僕を見に来る日々が始まる。

来る日も来る日も病室の窓に座る君はまるで小鳥のようだった。

僕の名前は…思い出せない。

いつからか、思い出せない記憶が沢山ある気がするまま生活している。

ある日を境に僕はベットの上にいた。

病室の端にあるベット。

窓側の花瓶にささる百合の花がゆらゆらと風に吹かれて揺れている場所。

そして謎に花瓶と置かれた赤い箱。

話によると僕は交通事故に会い記憶喪失をしてしまった様だ。

家族も、自分も、友人も、過去も何も覚えていない。

この胸に空いた穴がどれほどまでに満たされた人生を送っていたかを物語っている。

夜咲(やざき)さん。お食事を持ってきましたよ」

1人の看護師がそう誰かの名前を呼びながら入ってくる。

いや誰かの名前じゃない。

僕の名前だ。

(なぎさ)さん大丈夫ですか?貴方の名前は夜咲 渚ですよ」

不思議そうな顔で名前を呼びながら見てくる。

無理もない…いつも自分の名前を覚えるのにすぐ忘れてしまうから呼ばれるたんびに困惑してしまつ。

「大丈夫です。すみませんいつも」

「お気になさらず」

看護師はそう僕に笑顔を向けると病室を後にした。

僕の目の前に病室食が置かれたが今はとても美味しそうとは思えない。

この胸に空いた虚空が僕が生きるの邪魔をする。

お父さん、お母さん、友人…そして…恋人。

みんな忘れてしまったんだ。

まともにご飯が食べれると思うか?

まぁと言ってもお腹は空くから食べる事は食べるけど。

僕はふと窓の方を見た。

窓の縁に置かれた白い花瓶、僕の目を照らす太陽。

白いカーテンが風に踊らされる。

空が澄んでいてすごく綺麗だ。

まるで僕の心の中のように綺麗さっぱり。

……

何考えてんだか。

僕はそんなことを思いながらいつも通り置かれたトレイにあるスプーンを持ち上げ、スープを啜った。

やっぱり味が薄い。

僕は濃い味の方が好きなんだ、きっと。

僕の口には合わない。

この献立の時はスープを1口、パンを1口…口の中で絡ませシチューの様にして食べるのが一番好きだ。

パンが水分を吸ってとろみがついてとても美味しい。

あぁ…いつ僕の記憶は戻るんだろうか。

そんな事を考えてると突然誰かに話しかけられた。

「やっほ渚くん」

僕の事をそんな風に呼ぶのは珍しい。

全く…誰だ僕の事をそんな呼び方をするやつ…は…って…は?!

間違いないこの人…!


窓の縁に座ってる!

思わず僕はスープを吐き出しそうになった。

「ゲホゲホ…君…何してるの。此処三階だよ?」

「え?んって…ちょっとそんなに引き攣らなくてもよくなーい?」

花瓶が置かれて丁度いいぐらいの窓の縁で外に足を遊ばせながら僕に背を向け座る少女がいた。

黒い髪をなびかせ、どこか見覚えのある髪飾り。

首を斜めにしながらこちらを見ている。

不思議にも目障りな程に白いカーテンと踊るその髪の黒がとても鮮やかだった。

「そんな所にいたら危ないよ」

「大丈夫、死なないから」

「そういう問題なの?」

僕の忠告にサラッと否定する彼女にあまり印象を意だけなかった。

「どうして君はそこにいるの。それに僕の名前を読んで…僕の友達?」

「まぁ〜…そんな所?」

不思議そうに首と足を揺らしながら話す彼女に呆れも感じてくる。

「降りた方がいいよ」

「私に死ねと?」

「違うよ」

話が通じないのかこの人。

オーバーに捉えすぎな気がするんだけど。

「あははっ、やっぱ君面白い」

僕はこの人が嫌いぃ…。

「なーにその「こいつ嫌い」みたいな顔は」

「おみとうしかよ」

「私に隠し事なんてむーだ!君の事なんでも知ってるんだから」

自信ありな顔であおるその眼と口。

どうしよう、凄く蹴飛ばしたいとか思う。

「今日の調子はどう?元気?」

「え?あ…」

唐突に現れたと思ったら調子を聞いてくるとか何者なんだこの人。

「元気だよ。それより早く…」

降りた方がいい…なんて言葉をいい切る前に…と言っても彼女には届かないだろうけど。

「元気?ならよかたぁ!」

「喋ってる途中に割り込むのやめてくれるかな」

思わず僕は苦虫を噛み潰した様な気持ちになってしまう。

扱いにくい人だ。

「ねぇねぇケガは無い?」

「怪我?あぁ…見る限り少し打撲してるぐらいだけど」

「そっかぁ〜それならよかったよ」

何を聞いてきてるんだ?この人は。

「ねぇ風がすごく気持ちよくて空がきれいだと思わない?」

僕の言葉を待たずに喋りたい様に喋る少女。

よく見ると制服姿…高校生が何をしている。

制服の胸のリボンが風を言い訳に彼女の胸を撫でた。

「それはそうだね。認める」

「君もそう思う?」

嬉しそうに彼女は足をパタパタとしている。

高校生と言うより小学生レベル。

一通りわらった後彼女は夢を語る子供のように言った。

「私ね。この街の景色がすごく好きなんだ」

「そうなんだ」

「鳥が自由に飛んでおばさんおじさんも優しくて、素敵な人もいて、友達にも恵まれて、そんな輝いてるこの街が大好きだったんだ」

「そう…なのか」

「君も体調良くなったら眺めてみるといいよ!」

確かに病室から見える街並みだけでも綺麗だとは思っていた。

街の中を歩けるようになれば少しは記憶だって戻ってくれるだろう。

会話が途絶え、彼女は静かに窓の外を眺めていた。

「〜♪」

鼻歌を呑気に歌いながら。

やけに今日は風が強いから窓を閉めたいのに彼女がいるから閉められない。

ぼけーとしながら鼻歌を聴いていると彼女は突然言い出した。

「〜♪…さて!また明日くるね。渚くん」

「もう来なくていいよ」

「やーだね。また来てやるんだから」

べろを出しながら舐めた態度の彼女を見てるとなんだか苛つく。

「あぁ…好きにし…うっ」

僕の言葉を遮る様に強い風が病室を抜ける。

思わず僕は目をつぶってしまった。

風がカーテンや僕の服に命を吹き込む。

だがそれも一瞬のこと。

1、2秒経てばいつもの病室へ。

「まぁ、好きにしろ…って…どこいったんだよあいつ…」

風に飛ばされたのかなんなのか…強い風の後彼女の姿はそこにはなかった。

なんなんだほんと。

彼女が座っていた場所にあったのはあいも変わらず百合が咲く花瓶と小さな赤い箱。


あの少女は僕の幻覚なのかなんなのか…。


この日はそれ以降僕の前に姿を現す事は無かった。


次の日…。


僕はふとテレビの電源を転がったまま付けた。

この病院には各ベットの横にテレビが置いてある。

あいにくこの部屋は僕だけがいるみたいだから音量を上げて見ていても誰からも文句言われることは無い…はず。

見た事がないはずなのに見覚えのある交差点がテレビに映し出されている。

「○○市にある桜通りの交差点で人身事故…トラック運転手の居眠りか」

淡々とした口調の女性のナレーターが映像と共に解説をしている。

「また同じ内容か」そんな客観的な気持ちで僕はテレビの内容を目にいれていた。

このニュースは少なくとも僕が記憶にある範囲で1週間近く前から流れている。

「交差点を歩く男女二人に大型トラックが猛スピードで衝突。男女の内、女性は死亡が確認されており、男性は救急搬送となりました。トラック運転手は「寝ぼけていた」と容疑を…」

「全くバカなのか。いや、そこまで無理させる日本もおかしいな」

「法廷では…」

「たく…また…」

僕はそんなことを思いながらベット横のテレビに手を伸ばし静かに消した。


ただ僕が同じ内容のテレビに飽きたからと言う訳では無い。

また来たんだ…。

彼女が。

「やっほー渚くん」

「またいつの間に。君死んでるみたいだよ」

「な!それどういう事?!」

おっと、ようやく僕の方を向いて座り始めた。

よいしょと言いながら窓の外に投げてた足を彼女は病室に投げた。

よっぽど今の言葉が気に触ったのか、あぐらをかきながら彼女はその小さな頬をふくらませた。

「幽霊みたいってことだよ。いきなり現れていきなり消えるなんて」

「幽霊…かぁー」

彼女はそんな事を言いながら空を眺めた。

「幽霊なんて居るわけないけどな」

それにぼくが水を差すように言うと彼女はまた面白いぐらいに反論して来た。

「何それ私の存在がない…と言うか居ないみたいな言い方しないでよ!」

「慌てて落ちないでくれよ」

彼女は全身で感情を表現するのが得なようだ。

今度は足をまたおろしてバタバタさせながらその綺麗な革靴を病室の壁を蹴り続けていた。

今日の彼女は初めから内側を向いて座っている。

「うるさいからやめてくれる?」

「冷たいよ。だからモテないんだよ渚くん」

「一言余計だ。てか君は誰なんだ」

そう僕が言うと彼女は何かを思い出した様に瞳を揺らした。

「…変な事を聞いたか?」

僕は不安になったが彼女がその瞳を揺らす答えは僕が思ってたのとは違った。

「大丈夫!ただ…ようやく聞いてくれたって思って」

「なんだよそれ」

僕は呆れたまま毛布をどかし、ベットの上に座り構える。

人の話を聞くんだ。

こんな人でも話をまともに聞いてあげないのはこっちから聞いときながら失礼になる。

「さぁ教えてもらおうか。君のこと」

そう僕が言うと彼女は嬉しそうに目を開き自己紹介を始めた。

本当に感情の起伏がすごい人だ。

話始める前に彼女はコホンと咳を挟んだ。


「私は神崎(かんざき) 心羽(ここね)。高校生よ。君の知り合い…だからここに居るの」

「君がそのドヤ顔で高校生と言い張るのはなんだか面白いな」

「どういう意味よ」

「言葉通りだ」

「えー?」

神崎 心羽…上手く思い出せないが俺を知ってるなら本当に知り合いなんだろう。

「心羽さんは僕の知り合いだよね。僕の状況は知っててここにいるんだよな」

「そうよ。だから大丈夫」

「全然大丈夫じゃないしなんならナースコールを押してやっても…」

そう言いながら僕がナースコールに手を伸ばすと彼女は見た事ない程慌てふためき僕のその手を止めた。

「何よ?!私が不審者みたいに見えてるの?」

「それ以外には見えないが?僕の関係者なら面会の形で来るはずだけど」

「とーにーかーく!押さないで!」

うるさい人。

病院はこんな大きな声を出していい場所じゃないのを知らないのか。


「これ、君にあげる」

彼女は突然記憶を無くしたように急にスンっと落ち着き何食わぬ顔である物を差し出してきた。

「これは…?」

渡されたのは赤い髪飾り。

太陽に照らされて赤く輝く花の髪飾り。

「君にあげる」

「僕は髪飾りとかつけるほど髪は長くないしましては男なんだけど」

「男の子でもつける人はいるよ?」

「「僕は」つけない」

「とーにーかーく!もらって。と言うか君に貸すからまたいつか返して」

押し付けられた髪飾りは妙に温かみを感じた。

この人の気持ちでも入っているのか疑う程僕の心を包む温かさがある。


「わかった、わかった。貰うよ…」

「はい!よく出来ました!」

「君の事をそこの窓から落としても僕文句言われないよね」

「絶対やめてくれる?」

「僕が落とす前に落ちそうだけど」

変わった人だ。

「こらこら…さて!また明日くるね!」

「来なくてもいいよ」

たく…僕にどれだけ迷惑かければ気が済むんだ…?



数日後…


「やっほー」

「はいはい。ほらあげる」

「ありがとうね〜」

彼女は今日も来る。

どうやらスナック菓子が好きみたいで来る時には僕が見舞感謝的な物としてあげていた。

彼女はボリボリと音を立てながら下品にも物を含んだままその口を開く。

「ねぇ渚くんって何処まで覚えている?」

「ん?あぁ……」

何処まで…どれを覚えているかもよく分からない状態で聞かれても困る。

けど僕が出せる答えは…

「ほとんど覚えてないよ。家族と恋人がいた事、友達がいたこと。高校生であること。高校では優等生で成績上位に常に入る程頭が切れる人だったらしいな」

「へー」

興味無さそうだ。

実際こんな僕が優等生というのも彼女がいると言う事も信じ難い。

お世辞にも僕はイケメンとは言えないのだ。

自分では。

「なら優等生くん」

「やっぱ蹴っていいか?」

ほら見た事か。

女子に向かってこの態度のやつに彼女がいる訳。

「私は誰でしょう」

「…?」

…は?

なんてむちゃくちゃな。

当てられるはずがないだろう。

記憶が無いと言ったばかりじゃないか、からかっているのか?

この気持ちが伝わったのか彼女が弁解を始める。

「別に煽っていないよ。ただの問題」

この人の遊びに付き合ってあげるか…。

「黒の妖精」

「ぶっぶー」

「魔法少女」

「ぶっぶー。本気で当てる気ある?」

「夢見がちの自意識過剰なお姉さん」

「違うよ〜本当に優等生ちゃん〜?」

うざったくなって来た。

その覗き込む様な歪んだ笑顔にポテチをなげつけたいぐらいだ。

「君は油のようにひつこくて良いね。スナック菓子とお似合い」

「はぁ?!」

流石の彼女も目ん玉が出そうになっていた。

率直にいうなら最高に面白い。

「面白い」

まずい。

本音が声に出てしまった。

「この…!」

バスン!

「っ!」

「あははっ!いい気味!」

爆笑する彼女と見えない視界。

ベタベタする感覚と漂う胸焼けしそうな臭い。

この人…僕の顔に食べかけのスナック菓子の袋を投げつけやがった。

「…」

「最高!写真撮ってもいい?」

見えなくてもわかる。

ニヤニヤしながら僕を指さして笑う心羽さんが。

「…だぁ〜ま〜れっ!」

グシャ!

ふん、僕もなげつけてやった。

僕に1回投げつけたせいで形を保てない袋はひらひらと病室床へと落ちて行く。

綺麗な黒髪が油まみれになって顔もベチャベチャになっている。

彼女はやり返されると思わなかった様で唖然とした顔で虚空を眺めていた。

「やられたらやり返す」

僕が誇らしげに返すと彼女は意外な姿を見せた。

「…本当に、君ってやつは」

え?

彼女はなんと僕にやられたのに微笑んで顔を赤らめたのだ。

なんだ、変態なら変態ですって早く言ってくれればよかったのに。

「変態か」

冷静に突っ込む僕には目もくれず彼女は笑っていた。

「…」

なんだか気味悪く感じた僕は何も言わずに静かに空の袋と散らかった食べカスを片付ける事に。

少し、本音を言うなら懐かしい気もしたが気持ち悪いが今は勝つ。

「…また来るね。渚くん」

嬉しそうに心羽さんは言うとまた一瞬にして僕が掃除してる隙に姿を消した。

「あ、まっ…」

その声の後に靡くのはやっぱりカーテンだけ。

…やっぱり、僕は幻想でも見ているんじゃないか。

底知れない虚無と何故か孤独が僕の首を絞めあげる。

「…少しは楽しみにしてるんだな、僕も」

そんな言葉がふと漏れ出すぐらいにはこの入院生活の暇つぶしに彼女はなっていた。

楽しくないと言えば嘘になる。


とはいえ…今日は少し話が違う。

どうすんだよ…この油でベトベトの僕の顔と服は……!!



それからも彼女は何度も何度も僕の前に現れた。

ここの病室の窓は完全に心羽さんの窓…みたいな認識が自然と僕の中に染み付いてくる。


現れては「今日の天気はー」とか「さっき道端に居たお婆さんがね〜」とか普通の雑談を喋って居た。

ある日はオカリナを持って来て演奏する程には彼女も何故か馴染んでいた。

何とも不思議なことに彼女が現れる時は看護師も来なければ先生も来ない。

彼女の風が吹く時は完全に無法地帯と化すこの病室が僕は好きだ。

馬鹿騒ぎする時もあれば時には「渚くん」と僕の事を名指しでいじる時もある彼女。

おかげで僕は「自分の名前を覚える」事が出来た。

僕は夜咲 渚。

覚えた…と言うか思い出したというかどちらが正しいのかは知らないけど自己認識はするようになった。

彼女に唯一感謝すべきところかもしれない。




ある日の事だった。

彼女が現れ始めて2ヶ月程たった時だろうか。

突然彼女は現れなくなったのだ。

「…」

雀が鳴いて、木々が揺れるのを眺めているとまたパッと彼女が出てくるんじゃないか…そんな事思うが今日も来ない。

来るかもしれない…けどそんな期待は当たる事も無く何時までたっても彼女は現れない。

何時からかだろうか、彼女の席だった窓には小鳥が止まるようになっていた。

いや彼女が居たからうるさくていられなかったのか、思い返すと彼女と入れ違いで止まるように。


あれから二週が経つ。

今日も彼女が背中で塞いでよく見えなかった太陽が僕のベットを照らす。


僕は髪飾りを手に握りながら彼女の事を考えていた。

「馬鹿な事だ」と思いながらも彼女を思う気持ちが抑えられない。

心配…なんだろうか。

手に転がる程のこのゼラニウムの髪飾りを僕は何を思ったのか裏返す。

背中を向けた髪飾りに僕は違和感を覚える。

「…?」

何か…くぼみの様なものがある事がわかった。

多分これは蓋だ。

髪飾りを振っても特に音はならないがこの髪飾りは妙に厚みがある。

ただのピンの髪飾りでは無い。

僕は女性ほど長くは無いが入院中に伸びた爪でその蓋に引っ掛け、ずっと気づかなかったそれを外した。

蓋を外した瞬間僕は思わず息を飲んだ。

そして、彼女の全てを思い出した。



中には1枚の写真が入っていた。

女性が男性を後ろからハグをしてこちらに笑顔を向けている写真だ。

男性の方は驚いた顔をしている。

……

これは…僕達だ。

彼女…心羽は僕の恋人だった。

あの日、あの日交差点で僕達はトラックに突っ込まれたんだ。

その時気付くのが早かった心羽が僕の事を突き飛ばしたおかげで僕は一命を取りとめることが出来た。

けどその代わり彼女だけがトラックの冷たい鉄の下敷きに…。

即死だったんだ。

それを目の前で感じとったのと地面に強く頭を打ったことで僕は気を失い、ここに来た。

その時の怪我が下半身麻痺。

それが…僕が今ここにいる理由。

僕は荒れた呼吸のまま窓を見つめた。

けどそこには心羽は居ない。

誰も…初めからいなかった気がした。


ずっとずっと…居たのは一匹の小鳥だけ。

「あの日見た君は…」

「ようやく〜?」

「心羽!」

「それは君があの日に誕生日だからってくれた髪飾りだよ。何時か返してね?まだ返さなくていいから」

「心羽!!」

「君が生きててよかったよ」

彼女の声が何処から聞こえた気がした。

聞こえたんだ。

今、そこに居た君の声が聞こえた。

行かないで、行かないでくれ。

「待って!!」

彼女が喋ってたよりも大きな声で叫んでしまっていたのか、慌てた様子で看護師が入って来た。

「夜咲さん!大丈夫ですか?!」

「心羽!まって!」

窓に向かってすがる僕を看護師数人が叫び声に気付きとめに入る。。

そして聞きたく無いし思い出したく無かったが看護師達の口からもやっぱりあの日のトラック事故で僕だけが生き残り、彼女だけが死んでしまった事を伝えられた事を思い出す…。

この「手遅れ」の感覚と共にこの記憶は僕のすべてを奪い去った…。


僕の頭の中は真っ暗だ。

取り乱し始めた後の事は覚えてない。


僕はしばらくして落ち着きを取り戻す。

記憶があるのはここからだ。

「きっと、そこに居たのは夜咲さんを見守っていたんですよ」

「そうですよ」


看護師たちの慰めの言葉は僕の頭に入るが心には入ることは無い。

僕の涙が止まると看護師達は仕事へと戻る。

仕方が無い事とはいえ少し薄情ささえも覚えた。

また同じ病室に僕だけが残される。

静かに窓が僕を眺めた。





「あの日見た君は…僕の恋人だったんだね」





僕はそれからすぐに記憶のほとんどが戻り、気が付かなかったが後遺症として残るだろうと言われていた下半身麻痺が奇跡的に治り退院する事が出来た。

でも彼女が居た時に立ち上がったり、喋ったり出来たのはなぜなんだろうか。

あの看護師に止められた日も。



心の中では忘れてしまった罪悪感と感謝、そして彼女にまた逢いたいと思う3つの気持ちが喧嘩している。


僕は退院した日、この暗い病院を外から眺めた。

この病院を見ていると暗い心が苦しくて孤独で泣き出してしまいそうな僕を後悔が指をさして笑う。

明日逢えたらその時は素直な気持ちで逢いたい。

僕が君を忘れた分、思い出した僕を見て君はおそらく僕を叩くんだろう?


僕は赤い髪飾りを頭に着けてバック片手に弱々しい手を空へと伸ばした。

「心羽、ごめんね。ありがとう」

……




"ずっと大好き"





…おかしいな、今日は雨が降ってないはずなのに…視界が滲む。

熱い雨が僕の頬を通り抜ける。

震える体は僕の足にまで伝染し、崩れ落ちてしまった。

「もう一度笑って見せてよ。心羽」


空の鳥となった彼女は僕の救いだった。

そしてその反面僕の心の棘にも成って居た。



また一緒に笑え合えたら…次は君と笑う事が出来たら…


僕は幸せだって言えるは。


君のその笑顔が僕の救いだったんだ。

後悔しても泣いてももう戻らない。

僕が見た君は君の最後の思い。

最後まで見守ってくれた君の思い。

あと1回で良い、僕を見て笑ってくれ。

馬鹿な僕を。

「渚」

親の冷たい声が僕を呼ぶ。

あの人とは違う冷たい声。

「何泣いてるの。もう戻ってこないんだから」

最低と思ってしまうその言葉に返す気力すら僕には残されていなかった。



_________



家についた僕は自分の部屋で髪飾りを独り眺める。

帰るまでの道のりはほとんど覚えていない。

まだショックが消えないんだ…。

赤く艷めき、僕の心を穿つそれは彼女の心臓の様。

窓の外をふと見ると庭の木の上に誰かいる気がした。

「…!」

夜で見えないはずなのに、何故か見えたんだ。




僕はその懐かしい感覚を頼りに窓に向かいその硬い窓力技でこじ開けた。

探し求めた宝石の様に。

夢のように…!




ガタン!!



……見つけた。

「…心羽っ」

「やっほー!渚くん。私をしっかり思い出してくれたんだって?君の為に命まで投げた私の事を」

「心羽…」

「あぁ?!ちょっと!泣かないでよ!」

「心羽、ごめんな」

「取り敢えずぅ〜…その汚い涙と鼻水拭いてくれる?君の顔が見えないよ?」

「酷いな…相変わらず」

「あははっ!ごめんね!渚くん」



彼女はあの日の様に足をパタパタさせながら僕に笑って見せた。



「私は神崎 心羽。二度と忘れんじゃないわよ?このバカ渚っ…私の分も生きやがれ」


その言葉と笑顔を最後に彼女が僕の前に現れる事は無くなった。

それが、彼女の最後の言葉。

僕にとって最後の声夢。


彼女は僕の命の恩人であり、大切な人だ。

大丈夫、僕ならやれる。

君の分まで僕が生きてみせるから。

君が生きられなかった分、僕が生きるから。

君のその願い、しっかり聞き受けたから。

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