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第99話 ブラスバレルの新領主

 とりあえず、ブラスバレルの事は、リオネルとストックに任せれば良いだろう。

 一応確認だけしておくが。

 屋敷の中に入って、兄弟で話し合っている部屋に来た。


 『入るぞー。』

 「ちょ、まだ話し合いの途中ですから、後にして貰えませんか?」

 『どうせ今後の話だろ?だったら混ぜろ。リオネルは、運営能力が低そうだしな、ケットシーでも派遣しようかと思ってる。』

 「ケットシー?獣人ですか?」

 『嫌か?』

 「いえ、どれ程の能力があるのか、判らないもので。」

 『王国の経済は、ケットシーが動かしていると言っても過言では無い。計算能力に長けているから、不正や詐欺、横領なんかは簡単に見抜いてくれるぞ?』

 「神聖王国領にも派遣して欲しいのですが?」

 『あれ?派遣して無かったっけ?』

 「居ませんよ?」

 『そうだっけ?居ないのか。じゃぁ派遣しよう。7人も居れば十分だよな?』

 「多分。」

 『とりあえず、まずは先代の執務室に案内しろ。状況を見てから人数を決める。』

 「・・・判りました。」


 返事するまでに間が空いた事が、問題がある事を示しているんだろうな。

 という訳で、執務室に来た。


 『んー、これでよく運営できてたものだな。とんでもない量の書類があるぞ?』

 「父は、書類を作成するのが嫌いで、全て口頭で指示を出していましたので、受け取った書類がそのまま積み上がっているのです。」

 『・・・これ全部、やったかどうか調べないと駄目って事か?』

 「・・・はい。」


 シャレになんねえな。


 『ケットシー10名をブラスバレルに派遣する。難易度高めだ。』

 『いつでもどうぞ。』


 即答で返事が返って来た。

 まるで、こうなる事が判っていたかの様だ。

 すぐさまゲートを出して、ケットシー達を呼び出すと、挨拶もそこそこに書類の山の中に消えて行った。


 「今のがケットシーですか?」

 『すまんな。書類の仕事が大好きなんだよ。この山積みの書類を見て、興奮した様だな。』

 「アルティス様、アレを作って頂きたいのですが。」

 『言いたい事は判るが、まずは挨拶からじゃないか?』

 「は!?それは大変失礼を致しました。私は、ケットシーのニニャウと申します。」

 『俺に挨拶してどうすんだよ。ブラスバレルの領主に挨拶しろよ。』

 「?アーリア様から、アルティス様の直轄地になると言われて来たのですが?」

 『あるじ?聞いてないんだけど?』

 『さっき決まったばかりだ。ブラスバレルは、アルティスの領としての運用とする。陛下からの勅命だ。』

 『という事は、ブラスバレルは領主ではなくて、官吏って事かな?』

 『そういう事だ。』

 「どういう事になったんですか?」

 『俺が領主で、リオネルは官吏という事になった。』


 パアッとリオネルの顔が明るくなった。

 領主と言う重責から逃れられるとでも思ったのだろう。


 『喜んでる所悪いが、俺は宰相という職務があるから、肩書だけの領主となる。リオネルは、領主代理として領の運営をしてもらう。権限は、領主としての権利を全て与える。他の街の官吏は、お前の裁量で決めろ。リオネルの役職は、ブラスバレル領の領主代行兼官吏長だ。』

 「・・・はい。」


 あからさまにショボーンとしやがった。


 『ニニャウ、スペースを作れ。それと、リオネルと一緒に、領の貯蓄を全て確認しろ。ここの書類は、どれが処理済みで、どれが未処理、又は否決されたものかが判らないものばかりだ。領内を調査して、突き合わせの上確認しろ。ニニャウをブラスバレル領領主補佐兼相談役に任命する。リオネルと二人で、ブラスバレル領の財政を立て直し、豊かで安全な領に作り替えろ。』

 「承りました。全力で任務に当たらせて頂きます。リオネル様も宜しくお願い致します。」

 「よ、よろしくお願いします。」

 「では、皆さん書類の確認は後回しにして、スペースの確保をお願いします。」


 書類の山の中に消えて行った9人が、ササッと集まり、執務机のすぐ前にスペースを空けた。

 物理的に書類をどけるスペースが無かったので、一時的に書庫を渡したのだが、次々と書類の山を放り込んで行き、あっという間に部屋の中央にスペースを確保してしまった。


 『じゃぁ、机と椅子をパパッと作るか。ソフティー、布とクッションをお願い。』


 錬金術で作るのだが、既に机も椅子も設計図は完成しているので、材料が揃っていれば、マスプロダクションで同じ筐体(きょうたい)を作れるのだ。

 これは、王都で魔道具部隊が、アミュレットや設置型の魔道具を作成する時に使っている魔法だ。

 複数の錬金術を一つに纏めて発動する様な感じで、所謂クリーンやバブルウォッシュと同じ様な物だ。

 魔法陣を上から下に順に重ねて行って、材料を上からまとめて投げ入れると、一番下から完成品が出て来る様なイメージだ。

 SF映画などで、カプセルの中にレーザー光線みたいな物を使って、作り上げる感じのイメージで構築したのだが、ギミックを作り上げるのが滅茶苦茶面倒だったので、3Dプリンターをイメージして作ってみたのだ。

 まぁ、一番下の魔法陣を通過した時点で、ポンッとでき上るが。

 この魔法は、筐体を作る時にしか使えず、魔道具を完成させる為には、魔法を集約した設計図をコピー&ペーストの要領で付与する事で作られる。

 設計図は、魔石や宝石に登録されていて、何に付与するかで設計図を変える必要があるのだ。


 次々と出来上がる机や椅子を、リオネルとクリストフがじっと見ている。


 『そんなの見ていて面白いのか?』

 「面白いというか、不思議な現象が起こってる様にしか見えませんね。」

 「この椅子は、不思議な形をしていますね。車輪がついているという事は、簡単に動かせるんですか?」


 リオネルが驚いていたのは、魔法では無く、椅子の方だった。

 椅子は、所謂ビジネスチェアで、リクライニング機能とひじ掛けが付いていて、クッションの部分はアラクネ絹の布と綿を使っているのだ。


 『立ち上がる時便利だからな。』

 「座ってみてもいいですか?」

 『いいけど、ケットシーの体形に合わせて、最適化してあるから、人間には小さいぞ?』

 「・・・座れませんね。」


 ケットシーは体が細いので、人間用の椅子では幅があり過ぎて、座り難そうだったのだ。

 なので、人間用の椅子に座る時には、クッションを両側に置いて座っていた。

 事務机を使うのはケットシーだけなので、ここで作るのはケットシー専用の椅子なのだ。

 だから、尻尾が挟まらない様に、背もたれが左右に分かれている様な形で、所謂U字型になっている。

 机は、普通の事務机では無く、ただの簡素なテーブルだ。

 引き出しは必要が無く、机の上にディメンションホールを使った書棚があるので、全部そこに入れてしまえば、引き出しを作る必要は無いという事だ。


 『レイアウトはどうしようか?』

 「私の机は、執務机の正面に。残り9個は塊にして、長の席を作れば良いでしょう。」

 『じゃぁ、そうしてくれ。ところで、この屋敷にはメイドや執事は居ないのか?』

 「居る筈なのですが、姿が見えませんね。」

 『地下牢か、解雇されたかだな。オリビア達に探してもらうか。』

 『宿舎にいますよ?』


 コルスが教えてくれた。


 『宿舎?使用人用の宿舎があるのか?』

 「兵士用の宿舎かな?ちょっと探しに行ってきます。」


 リオネルが行くとか言い出したが、駄目に決まってるだろ!


 『クリストフが行けばいいだろ。リオネルはケットシーと話し合って、仕事の進め方を決めてくれ。書類の処理方法とか、可否後の置き方とかな。』

 「そうですね。許可を出す場合に、誰に渡すのかや、実行する時の人手が必要になります。」

 『狼人族も一人置いて行くから、食事は作らせるとして、ケットシーの居室とその護衛だな。基本的に、ケットシーは外を出歩く事はしないから、隣の部屋辺りに居室を作って、行き来できれば問題無いだろ。護衛は、いつも通りの豹人族でいいか。』

 「豹人族というのは、強いのですか?」

 『ストックより強いぞ。』

 「リズ殿とは?」

 『圧倒的にリズだな。』


 リオネルの顔に赤みがさしたが、リズに好意を寄せてるのかな?


 「呼びました?」


 丁度リズが来た様だ。


 『来たのか。リオネルが好意を寄せてるみたいだぞ?』

 「お断りします。」


 秒で振られてやんの。


 「即答!?」

 『他に思い人が居るからな。』

 「バラさないで下さい。」

 「誰ですかそれは!」

 『強さは関係ある?』

 「関係無いですね。フィーリングの問題です。」

 『だそうだ。』


 ガックリと項垂れてはいるが、リズでも良いのなら、もっと身近に居るじゃないか。


 『オリビアじゃ駄目なのか?』

 「振られました。」


 いやいや、主君と騎士では、普通、立場的に断るだろ。


 『違うだろそれ。身分の差による遠慮じゃないのか?それか、お前に誠意を感じられなかったとか。』

 「彼女は、圧倒的に強い相手じゃないと、惹かれないそうです。」


 強い者に惹かれる?ウルファを見ていたのはそれか?


 『あぁ、それでウルファにあの顔か。ガウスは論外として、ティンプ程度では魅力を感じなかったのか?とすると、強さってのは武力の事じゃなくて、内面の強さって事か。』

 「内面?」

 『意志の強さとか、信念とかだな。』

 「病床にいた時に聞いたのですが。」


 全然関係無かった。

 こいつは、ただのボンクラだっただけだ。


 『それ以前の話だったか。死にそうな相手に、治ったら結婚してくれとか言われても、普通は嫌だよな。というか、お前、かなり酷い奴だと思われた可能性があるぞ?』

 「私なら、すぐにでも辞めますね。」

 「あの時は、気が弱っていたんです。」

 『余計に駄目じゃねえか。婚約した直後に婚約者が病死したら、オリビアに縁談が来なくなるばかりか、オリビアの心情も悲惨な事になるじゃねえか。』

 「酷いですね。100年の恋も醒める勢いですね。」


 まぁ、こいつの親父は、我儘で強引な性格だったみたいだから、それを反面教師として育ったとしたら、こんな正確になっても可笑しくはないのかもしれない。

 クリストフは、その親父と兄を反面教師として育ったから、生真面目で曲がった事を嫌う様な正確になって、神聖王国で聖騎士になれたのだろう。

 親父の性格を引き継いだのはアレックスだった様だが、多分、悪い面ばかりを引き継いでしまったが為に、努力せず、我儘で、威張り散らすだけの男になってしまったのかも知れない。

 末っ子というのも関係があるのかも知れないが、可愛がられていたという訳でも無いが、放逐する程嫌われてる訳でも無かったという事だろう。

 どんなにできの悪い、どうしようもない奴だとしても、子供は子供、親としての心情は、でき無い筈がないと思ったのかもしれない。

 同族嫌悪していた節もあるが、馬鹿は、自分が馬鹿である事を自覚できないのと同じで、自分そっくりな息子の性格が、自分の性格の生き写しだという事に気が付かなかったのだろう。

 ホリゾンダルで鍛え直すつもりが、馬鹿に騎士団長という権力を与える事で、結果的に甘やかす事になり、増長した息子は自己中心的な考えを持つ様になってしまったと。

 時に行き過ぎた親の愛は、子供の成長の妨げになり、悪い方向へ導いてしまうという、典型的な事例なのかもしれない。

 バカボンな社長の息子が、大した経験も無いのに次の社長になって、会社を潰すのと同じようなものだよ。


 「そんな・・・、私はそんな事をしていたなんて。」

 『全てが中途半端なんだよな。鍛えるにしても、長期目標だけで、短期目標を考えていないから、毎日の鍛錬も中途半端。執政にしても、悪い事だと判っていても、父親が怖いから何も言えず、中途半端。何をするにしても、父親の顔色を窺ってばかりで、自分で考える事を放棄していたんじゃないのか?』


 ん?何かリズが、顔を背けたな。

 ホリゾンダルに居た頃の自分を思い出したのかもしれない。


 「昔の自分の事を言われている様な感じです。」

 『そうか。たった数ヶ月、気が付くのが違うだけでこの差は凄いな。』

 「わ、私も、リズ殿の様になれるでしょうか!?」

 『真面目に自分と向き合えばなれるだろ。それと実戦を経験して、鍛錬と実戦の違いを理解しなければならない。』

 「政務については、どうでしょうか?」

 『こっちは、常に実戦しかないからな。疑問があれば質問し、真偽を確かめて、変だと感じたら、徹底的に調べろ。人を使い、動かす事を考えろ。部下の事を常に確認し、隙を作らない様にしろ。政治は人手が必要だ。お前一人では、何もできない。だから、部下の悩みを聞き、手伝えることは手伝ってやれ。叱る所は叱り、褒める所は褒める。飴と鞭を使い分けて、部下を手懐けろ。』

 「む、難しそうです。」

 『今までどうやって生活して来たんだよ。』


 クリストフが戻って来た。


 「使用人達は、ガリガリにやせ細ってました。食事は、一日パン一つしか与えられていなかった様で、仕事を続ける自信が無いと言っていました。」

 『連れて来いよ。』

 「廊下に待たせていますよ。おい、入れ。」


 部屋に入って来た使用人達は、ガリガリに痩せていて、顔色も悪く、目がギョロッとしていて、焦点も合っていない様だ。


 『万能薬は飲ませたのか?』

 「え?飲ませては居ませんが?」

 『飲ませろよ。麻薬中毒に罹ってるだろ?』


 リズが万能薬を取り出して、飲ませ始めた。


 『狼人族は厨房に入り、食事を作れ。』

 『お粥でいいですか?』

 『それでいい。』

 『了解。』


 この街には、エキドナから一人だけ狼人族が来ていて、他はエキドナで食事を作り続けている。

 狼人族は、毎回適当な人数を派遣してきたが、一々面倒なので3人のチームを作らせて、派遣する時には1チームずつ派遣する様に、王都の方で決めたらしい。

 王城では、毎日元闇奴隷の子供達を含む、数万人分の食事を作っている為に、料理を作るスピードがかなり上がったそうだ。

 主に作るのは、シチューやカレーがメインだが、兎に角材料が大量に必要になるので、ひたすら野菜を切る作業を繰り返している内に、流れる様な手際でサクサクと勧められる様になったらしい。

 主食のお米についても、精米技術が発達していないので、研ぐという作業の効率化を図る為に、専用の道具まで作ったのだとか。

 その為、数人が必要だった作業が、一人でできるようになったりして、少人数でも対応が可能になったそうだ。

 元々米は、家畜の餌としての利用が主であった為、備蓄米の如く大量に余っており、未だ減った様子も感じられないらしい。

 どんだけ余らせてんだよ。


 『さて、執事も含めて、閉じ込められていた理由を教えてくれ。』

 「はい。リオネル様が倒られました直後に、アレックス様が領主代理の代理として携わられる事となりましたが、何もされておりませんでしたので、政務を行わなければ、領の安定に差し障りがあると申し上げましたところ、使用人全員を兵舎へ呼び出されまして、そのまま閉じ込められてしまいました。」

 『あの、調理場の状況が酷いんですが、どうにかして頂けるとありがたいのですが。』


 執事の説明の直後、狼人族から厨房が酷い状況との報告が来た。

 現在では、狼人族もMAGが高い筈ではあるが、ブラスバレル領の領主の住まいは、館と言うより城に近い大きさで、多くの兵士に食事を提供する為に厨房の規模も大きいのだろう。

 その広い厨房が、壊滅的に汚れていると、クリーンを使うだけで数千のMPを消費する事になり、魔力酔いで動けなくなる可能性があるのだ。


 『すぐに行く。とりあえず、厨房に案内してくれ。相当に汚れているらしいからな。君らの食事を作る事ができないらしい。』

 「は、はい。ではこちらへどうぞ。私がご案内致します。」


 案内は執事がやってくれるらしい。

 メイド達は、一人で歩くのが辛い者が多く、厨房まで案内させるのが厳しいと感じたのだろう。


 『メイド達には、その場で座って貰え。立たせておくのは大変だろうからな。』

 「そうですね。宰相様のご慈悲がありましたので、その場に座って下さい。」

 「さ、宰相様!?今のがそうなんですか!?」

 「さあ、座って下さい。貴方達の為に、食事を用意してくれますので、それまでここで休んでいてください。」

 『クリストフ、兵舎の中をくまなく調査してくれ。どういう構造で、地下室の有無、屋根裏の有無、井戸や(かわや)、特に井戸の水を確認しておいてくれ。』

 『何かあると?』

 『麻薬が保管されている可能性と、井戸に投げ込まれている可能性だな。隠し場所として井戸を使っている可能性が高いぞ。』

 『了解。』


 この世界の麻薬は、阿片の様な樹脂でもなければ、精製された白い粉でも無く、大麻の様な乾燥させた葉なのだ。

 その葉を煎じて飲んだり、煙草の様に煙を吸ったりすると、多幸感と共に食欲が無くなるのだそうだ。

 ただこれ、乾燥した葉だから、軽いが嵩張るのと、結構臭いがきついので、井戸や倉庫などの、屋外にある屋根のある所に隠されている事が多いのだが、兵舎の様な臭いのキツイ所に隠されている事もあるのだ。

 より深刻な隠し場所としては、井戸の中がダントツでヤバく、通常は吊るしてあるのだが、ロープが切れたり、手荒に扱った為に零れてしまう事があり、井戸水の中に落ちた葉から染み出す成分が、井戸水を汚染してしまうのだ。

 そうなった井戸は、中から葉を取り除けば数日で回復するのだが、その地下水の下流にある井戸にも汚染が広がってしまう可能性があり、その際に土壌を汚染してしまう為に、完全な回復までに数年を要する事があるのだ。

 幾ら魔法があると言っても、地下5m前後の深さがあり、地下にある粘土層や硬い岩などを避けて流れている為に、真っ直ぐ流れている訳では無いので、その水脈を辿らなければならず、全く見えない場所を浄化するのは、難易度が高いのだ。

 つまり、数年間の間、その井戸は使えないという事だ。

 井戸が使えなくなってしまえば、街自体が崩壊する事になる程に重要な設備の為、本当であれば管理は厳重に行われるのだが、その管理をする住民が中毒になってしまえば、維持管理システムが止まってしまうのだ。

 そうなれば、当然街は衰退し、近隣住民は移住を余儀なくされ、管理のできていない領主の責任が問われる事になるのだ。


 執事の案内で厨房に来た。


 『うん、予想通りの惨状だな。』


 使用人以外が使った事による、ゴミの放置や未清掃、残飯の未処理等により、惨憺(さんたん)たる状況だった。


 『[クリーン]』


 ブワッと魔法が広がり、ある程度の汚れは消え去ったが、カビの進行度が酷い箇所には、カビの生えていた跡がくっきりと残ってしまっている。


 『[バブルウォッシュ]』


 再びブワッと広がった魔法により、表面的な汚れは殆ど見えなくなった。

 あくまでも、今やったのは応急処置でしかない為、次の清掃の時には、しっかりと消毒作業が必要になるだろう。


 『とりあえず、応急処置程度にはなっただろう。掃除しなければまたカビが復活すると思うから、使用人達でしっかりと管理を頼むよ。』

 「は、はい。畏まりました。」

 「お粥は何人分作りますか?」

 「50人分くらいでいいだろ。暫らくは、栄養満点の食事を中心に作ってやれ。メイド達も含めて、ガリガリだからな。」

 「了解しました。」


 厨房はこれでいいだろう。


 『次は、食堂だな。』

 「では、こちらへどうぞ。」


 隣の食堂へ来てみたが、こちらも厨房程では無いものの、惨憺たる状況だった。

 廃墟かと思える程に埃っぽくて、テーブルクロスや食器が散乱していた。


 『[クリーン]』


 魔法を使っても、床に落ちたテーブルクロスが元の位置に戻る訳では無く、割れた食器や食べかす等は消え去っても、それ以外はそのままの状況である為、メイド達に片付けてもらうしかないだろう。


 『とりあえず、表面の汚れは落ちてはいるが、テーブルクロスや食器の下の汚れはそのままだから、綺麗に見える所で食べてくれ。食べ終わったら、暫らく休憩してから仕事に入る様にな。』

 「私達は普段、ここで食事を摂る事はしないのです。」

 『今回はここで摂れ。放置されていた他の部屋が綺麗になったら、普段通りにすればいいだろ。』

 「畏まりました。」

 『それから、使用人の控室はどこだ?』

 「何か気になる事でもありますでしょうか?」

 『君らの為にシャワー室を設置しておく。暫らく湯浴みもしていなかっただろ?食事が済んだら、身綺麗にして仕事に励め。』

 「しゃわーしつ?でございますか?」

 『とりあえず、控室を案内しろ。説明するよりも、見せた方が早い。』

 「では、こちらでございます。」


 使用人達の控室は、厨房を挟んで食堂の反対側にあった。


 『ここの壁で問題無いな。執事、この魔道具を壁に設置して、起動してくれ。』

 「は、はい。畏まりました。」


 執事が魔道具を操作すると、壁に入り口ができて、その扉の向こうには大きめのシャワー室ができあがっていた。


 「こ、これは一体・・・?」

 『ここで湯浴みができる。そっちには、風呂があるから、湯を溜めて浸かれば、疲れなんて吹っ飛ぶぞ?』

 「なんと!?」

 『それと、シャワーの方の壁には、ポンプが設置されていて、これを押すとシャンプーが出て来る。シャンプーは髪を洗い、髪がしっとりサラサラになるから、メイド達には嬉しいだろ。一回分は一回押せば出て来るから、使い過ぎには注意してくれ。体を洗う時は、石鹸をルーファに擦り付けて、しっかり泡立ててから撫でる様に洗うんだ。ゴシゴシ擦ると、肌荒れし易いから、軽く撫でる様に洗えばいい。泡立てる時は石鹸を塗って、湿らせて、ルーファをニギニギすると泡立つぞ。』

 「石鹸まで!?こ、この石鹼は、とても香りが良い良い物に見えますが・・・?」

 『これはな、王都の孤児院が作っている、薬草入りの石鹸なんだよ。シャンプーも孤児院で作ってるから、この街でも孤児院を作って、石鹸とシャンプーを作らせたら、運営費用なんてすぐに稼げるぞ?』

 「孤児院を作る場所が無いと思われますが。」

 『この城の中に作ればいいだろ?ちゃんと教育をしてやれば、将来兵士になるかも知れないしな。』


 執事の目がキラキラと輝きに満ちている。


 「領主様に相談して、作ってもらう様お願いしてみます!」

 『そうだな、がんばれ。それと、ついでに子供の学校も作るんだよ。将来の官吏候補とか、騎士の候補を育てる為にも、礼儀作法や剣術、勉学も教えてやって、馬鹿が騎士にならない様に、下地を作ってやるんだよ。そうすれば、君等を蔑ろにする様な馬鹿は減るからな。』

 「目からうろこが落ちた気分でございます!領主様に何としてもお願いしなければなりません!」

 グーキュルルルルル

 『まずは食事からだな。腹が減っては戦はできぬ、孤児を集めるのにも使える手だから、学校で勉強をしたら、ご飯を食べられる仕組みを作ってやるんだよ。寝る場所も作ってやれば、ゴロツキからも守れるし、最高だと思わないか?』

 「大変参考になります!その為の運営費を石鹸を作る事で賄えば、安定して運営できると言う事でございますね!」


 執事のやる気が漲って来た所で、執務室に戻った。


 『って、何してんだ?』

 「あ、お帰りなさいませ。今、こちらの方に計算方法を教えている所でして、普通に計算もできないのですよ。」

 『あぁ、こいつ脳筋だから、計算とか孤児院の子供よりもずっとできないぞ。』

 「酷過ぎませんか?」

 『だって、貴族学院が最終学歴なんだろ?特別クラスで引き算やってたからな。普通のクラスでは、もっと簡単な事しかしてないって事だろ?』

 「王都のアルティス様の孤児院では、円の面積まで求めていると聞きます。」

 「嘘だ!円の面積は求められないと、学者が言っていた!」

 『誰だソレ?』

 「エリア・カルキュレーソン先生ですよ。知らないんですか?」

 『知らん。』

 「知りませんね。」


 というか、面積計算って名前なのに計算できないって、完全に名前負けしてねえ?


 『そいつを呼び出せ。』

 「まだ街に居るか判りませんが、お呼びしますね。」


 何を目的としているのかは判らないが、多分宿無しとか、大道芸の類なのだろう。

 実際、ケットシーの様に数学に興味を持ち、趣味で計算をしている者は意外と居るのだ。

 だが、計算が得意でも、それを商売に応用できなかったり、数学だけで収入を得る事が難しい為に、街中で単純な計算式を複雑に書いて、解いてみせる様な大道芸をする者も偶に見かけるのだ。

 王都にも居たのだが、孤児院の子達が問いかけに対し、即答してしまった為にどこかに行ってしまった様で、探している所なのだ。

 勉強ができるのなら、是非教師として活躍してもらいたいからね。


 『そろそろ、執事とメイド達は食堂に移動してくれ。うちのシェフが上手い飯をご馳走してくれるぞ。』

 「それでは、私共は食堂の方へ移動致します。」


 使用人達が部屋から退出し、リズがその後をついて行った。

 フラフラなメイド達の補助をする為について行ったのだろう。


 『そういえば、ウルファ達は何してるんだ?』

 『庭に居ますよ。アルティス様がひっくり返したブラスバレル軍を捕縛して、暇なので並べています。』

 『そんなもん、正気に戻ったんなら放置しておけよ。お前は執務室に来い。』

 『ガウスはどうしますか?』

 『門の前に置いておけばいい。』

 『俺の扱いが雑!』

 『もう、使い処が無いんだよ。』

 『へいへい、じゃぁ俺は庭でカーミンと遊んでおきますよ。』


 ん?カーミン居たんだ。

 自由奔放なカーミンはガウスが大好きな様で、よくガウスの頭の上に乗っかっているらしい。

 ガウスの髪の毛って、ブラシの毛みたいな硬さで、ちょっと気持ちいいんだよね。

 カーミンが乗りたがるのも判る気がする。


 コンコン

 「アルティス様、来ましたよ。」

 『入れ。』

 「誰です?」

 『ウルファ・スティングレイだよ。』

 「私が見た者とは、全く似ても似つきませんね。こちらが本物なのですか?」

 『コイツが本物だよ。信じられないのなら、冒険者ギルドに似顔絵が貼ってあるから、見て来ると良い。』

 「呼んだ理由って、それだけですか?」

 『いや、エリア・カルキュレーソンって奴を探して来て欲しいんだよ。』

 「・・・その人なら、門の前に居ますよ。連れて来ますね。」


 既に本人が来ていたらしい。


 5分程でウルファが連れて来た。

 見た目はガリガリの人間の女で、ボロボロのマントと、その下には貫頭衣しか着ておらず、荷物は無く、スラムの住人にしか見えない姿だった。


 『これが、数学者?ニニャウ、直角三角形で問題を出して見てくれ。』

 「はい、どうぞ。」

 『この三角形の面積を出せ。』

 「え?判りません。私、字が読めないので。」


 リオネルを見た。


 「以前、円の面積は求められないと言っていたのは、貴女ですよね?」

 「はい。そう言いましたが、私は計算ができ無いので、父が言っていた事を伝えただけです。」

 『君にできる事は何だ?』

 「何ですか?この獣は。私は、クルード・カルキュレーソンの娘として訪問しただけです。」

 『失礼、俺はバネナ王国宰相のアルティスだ。で、クルード・カルキュレーソンとは何者だ?』

 「さ、宰相様!?し、しし、失礼いたしました。獣と言ってしまい、申し訳ございません!」


 久々にジャンピング土下座を見たな。


 「クルード・カルキュレーソンとは私の父で、以前、ダブルバレルの街で官吏をやっていた者です。領主様の命により、水竜の討伐に向かいましたが、戻って来る事は無く、官吏の職も外されまして、残された家族は食べていく事ができず、先月に母も亡くなってしまいました。領主様には、温情を賜りたくお伺い致しましたところ、円の面積を計算する事ができれば、金をやると言われまして、父が良く言っていた、円の面積は計算できないとの言葉をお伝えしたのです。」

 『リオネル、お前の父親はクズだな。寄子を戦死させておいて、遺族に金も渡さずに官吏の職を罷免して、放置したと。もし生きていたら、絞首刑にされていたところだぞ?』


 普通に貴族法違反だ。

 領主会議で貴族特権を廃止したとはいえ、貴族の権利までを奪った訳では無く、貴族は王国の執政を執り行う者であり、ホイホイと殺されては困るのだ。

 それは、今後の試験制導入後も変わる事は無く、無暗に貴族の当主を戦争に行かせてはならないという条文があるのだ。

 魔獣の討伐であるなら、猶更当主は行くべきでは無いし、万が一戦死した場合は、その貴族の死亡を確認後、速やかに王国へ報告しなければならない。

 また、遺族には、命令した者が責任を持って年金を支払う事になっているのだ。

 そうで無ければ、いざ戦力が必要になった時に、兵を出す貴族は、一人も居なくなるだろう。

 ましてや、ドラゴンの討伐を寄子だけに任せるなど、死ねと言っている様な物だ。

 そんな理不尽な命令を下せない様に、貴族法でも禁止しているのだ。

 因みに、このエリア・カルキュレーソンの行為は、直訴として認められる制度で、本来は王に行うものである。

 下位貴族が上位貴族の横暴に抗う唯一の方法であり、直訴にて処罰された貴族は、訴えた者を処罰や仕返し等をすると、降爵させられる事もあり、最悪は褫爵(ちしゃく)、つまり爵位を剥奪される事になる。

 直訴のマナーとしては、平伏したまま話すのではなく、顔を上げて話さなければならないという決まりがあり、本来は王に訴える事から、王の目を見ながら訴えろと言っているのだ。

 だから、今回もエリア・カルキュレーソンは、顔を上げて直訴した。

 その為、嘘を言っているかの判別が可能となり、訴えが真実であると判断ができるのだ。

 また、鑑定でも本人である事は確認できている。

 但し、今の話だけで、訴えを起こした者が当事者であると決められるものでは無く、きちんと裏取りをして、証拠を揃えた上で判断をしなければならない。

 本人の談だけでは、あまりにも情報が少な過ぎるのだ。

 ただ、最大の問題は、前領主が書類を残していないという事なんだよな。


 『では、この件をカルキュレーソン家出兵事件として記録し、真偽を調査の上、年給の可否について判断するものとする。それまで、エリア・カルキュレーソンは、この城内にて生活し、沙汰の結果に基づき、以後の対応を決めるものとする。』

 「畏まりました。では、城内の一部屋を貸し与えましょう。食事は、食堂で提供致します。滞在期間中は、少額ですが生活費を支給致します。これは、否決された場合でも、返却の必要は無く、ブラスバレル家の支出として計上致します。また、衣服については、こちらで全て揃えるとしますが、ドレスの支給は致しません。滞在期間中は、城内のみ自由に移動できる事とし、城外への外出の際は、必ず護衛を連れて出て下さい。万が一、この指示を守らなかった場合は、城内での滞在許可を取り消します。また、城外でトラブルに巻き込まれた場合は、その責任の一切は、ご本人にあるものとして、ブラスバレル家は責任を負いません。」

 『それでいい。これは、命令だ。城内の移動は保証してやるが、立ち入りが許可されていない部屋への侵入及び、資産等の破損は、沙汰の可否に関わらず、債務履行の義務が発生する事と心得よ。簡単に言えば、弁償する必要があるって事だ。但し、消耗品や調度品の破損は含まれないものとする。』

 「・・・。」


 エリア・カルキュレーソンは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まってしまった。


 『理解できなければ、後で何度でもニニャウに聞きに来い。ウルファ、食堂にエリア嬢を案内してやれ。飯を食わせたら、執事と共に戻って来い。その後は、執事に案内させる。』

 「りょーかい。」

 『リズ、執事達はちゃんと食べているか?』

 『はい、というか、食べ過ぎて動けなくなっています。連れ戻しますか?』

 『いや、ウルファが一人連れて行くから、その子が食べ終わるのを待ってから、使用人の控室にシャワー室があるから、そこで綺麗に洗ってやってくれ。』

 『了解。』

 『キャリー、ちょっと執務室に来てくれ。服を作って欲しい子が居るんだ。』


 キャリーは、ストックと共に部屋から出て、貸し与えられた部屋にいる筈なのだが、返事が無いな。


 「あー、キャリー嬢は、念話使えないんじゃないですか?」

 『あ、そうか。普通にみんな使ってるから、すっかり忘れてたよ。』


 まだ部屋にいたウルファに指摘されてしまった。

 リオネルも含めて、エリア嬢以外にアミュレットとマジックポーチを渡しちゃおう。

 キャリー嬢が執務室に来た。


 「お、お待たせして申し訳ございません。ちょっと迷子になりかけました。」

 『あぁ、呼び出してすまない。ちょっとこのエリア嬢の服を作って欲しいんだよ。暫らくは、この城に滞在する事になるんだが、ドレスとかでは無くて、普段着を作ってやって欲しい。費用は、ニニャウから受け取ってくれ。作成の報酬は、金貨1枚として、材料費とは別に別途支払う事にするよ。』

 「金!?いやいやいやいや、私の作る服に金貨1枚は多すぎますよ!」

 『いやが多いな。とりあえず、金貨1枚分の枚数を作ってくれ。それ以外の依頼は、リオネルが出すと思うから、そっちはまた別で報酬を貰ってくれ。』

 「え?」


 突然話を振られて、困惑の表情を浮かべているが、きっと依頼する事になると思うぞ。

 今は痩せこけているが、体重が戻って来れば、かなり綺麗になると思うんだよな。

 因みに、文字が読めないと言っていたが、ちゃんとニニャウから渡された書類を読んでいるので、それなりの教養はあると見て良いだろう。

 寧ろ、貴族令嬢で文字が読めないなんて事が、ある訳が無いのだ。


 「あのぉ、この三角形の面積は、10ヘーホーセンツで合っていますか?」

 『驚いた!?何だ、ちゃんと計算できてるじゃないか。因みに計算方法を聞いても?』

 「はい。この図形をもう一つ作って、長方形にしてから計算して、半分にしたのです。」

 『大正解。その計算能力は、父親から教わったのかな?』

 「はい。父は、数字に強かったので、計算をいつもしていました。私も貴族学院では、計算はいつもトップでした。」

 『そんな優秀な男爵を死なせたのか。罪深いな。』

 「ありがとうございます。父の事をそんなに褒めて下さるのは、アルティス様だけです。」

 『時代が悪かっただけなんだよな。生きていれば、大臣として起用したのに。』

 「!?・・・あの、父が生きているとしたら、どうしますか?」

 『生きてるのか?王都に連れて帰って、少し勉強させてから大臣として起用したいな。財務大臣がいいかな。今の大臣は、計算があまり好きでは無いみたいだからな。』


 本当に生きているみたいだな。

 説明では、帰って来なかったとは言っていたが、死んだとは言っていないので、嘘をついた事には成らなかったのだろう。

 帰って来なかったというのは、どこかで生き延びていたのを後から発見したという事かもしれない。

 ただ、歯切れが悪いのは、欠損や記憶障害などの問題があるという事だろう。


 『何か問題があるのであれば、こちらで対処しよう。決して死なせる様な事にはしない。そんな優秀な者を死なせるなんて、勿体無い。』

 「実は、ティルトバレルの街で生きているのが確認できました。ただ、両腕を無くしてしまいましたので、毎日窓の外を眺めながら生かされている状態でして、母が死んでからは、更に元気が無くなってしまいました。」

 『ガウス、ティルトバレルの街に行って、カルキュレーソン男爵を見つけて、連れて来てくれ。』

 『攫って来るのか?』

 『ストックを連れて行け。攫うんじゃなくて、ブラスバレル家で暫らく療養させると言って、同意の上で連れて来い。』

 『りょーかい。』


 ブラスバレル家に命を狙われていると思っているのだろう。

 精神的に弱っているのであれば、同行する事に否やは無いと思う。

 ここに連れて来てしまえば、両腕を治してから王都に連れて行けばいいだけだ。

 問題があるとすれば、肩から無くなっていた場合に、治療術でどうなるのかが判らない所か。

 欠損は何度か治してきたが、根元から無くなっているのは見た事が無いので、そうだった場合にどうなるのかが判らないんだよね。

 かなりデリケートな関節なだけに、一度に治療できるのか判らないのだ。


 『見てから考えるか。』

 「アルティス様って、行動が早いんですね。」


 キャリーが感心した様に話しかけて来た。


 『先送りしても、意味が無いからな。令嬢をここに留め置くからには、世話をする人が居なくなるだろうし、早めに手を打っておく分には、悪化する事は無いからな。』

 「すぐに動いてくれる人が居るのも凄いですね。」

 『いつもの事だからな。毎回やっていれば、自然とそういう風になるんだよ。』

 「中途半端は駄目という事ですか?」

 『当然だろ?やったりやらなかったりでは、命令される側に負担をかける事になるからな。突然命令されるのも負担にはなるだろうけど、毎回そうであれば、備える事ができるからな。』


 状況に応じて、対応を変えるのは問題は無いが、毎回同じ状況なのに、毎回違う対応をしていたのでは、着いて来る方が大変だ。

 同じ状況では同じ対応をしてやれば、見ている部下は予想して構える事ができるのだ。


 「心構えですか?」

 『それもあるけど、装備とかポーションとか、いつ命令されるか判らないから、常に不足なく備える事ができる。だが、中途半端にやると、前回は余裕があったから、今回もあるだろうとか、油断する可能性があるでしょ?』

 「気が休まりそうに無いですね。」

 『まぁそうだな。だけど、その分良い装備を渡しているし、無理な場合は理由を聞くし、希望があれば相談に乗る。普通の軍隊ではあり得ない待遇だぞ?』

 「ストックがもし兵士だったら、私はここに来る事が許されていなかったという事ですか?」

 『そうだよ。』

 「ストックって凄い人なんですか?」

 『あいつは天才だな。』

 「かなり努力をしていますよ?」


 不思議そうな顔をしている。


 『そりゃそうだろ。天才の才を開花させるには、努力が必要だ。何の努力も無しに英雄にはなれないし、強くもなれない。人には失敗が必要だし、失敗しない奴なんて居ない。人は、失敗して強くなる生き物なんだよ。ただ、命がかかっている時に失敗はできない。だから鍛錬をして、練習をするんだよ。いざと云う時に失敗しない様にね。』

 「何でも上手くやる人っているじゃ無いですか、そういう人も実は努力をしていると?」

 『例えば、趣味で昔からやっているとか、覚えた技術を使って何かを作ったとか、周りには上手くやったと思われているけど、本人は納得していないとかね。そういうのは、経験が物を言うんだよ。例えば、毎回ボタンだけ付ける仕事をしていた人が、いきなり服を作れるかと言えば、無理でしょ?でも作れる人が居たとすれば、その人は別の所で服を作ったりしていて、職場ではボタン付けの作業しかしていなかっただけ、とかね。』

 「どうしたらそうなれると思いますか?」

 『色々作ってみればいいんじゃない?』

 「それだけですか?」

 『それ以外に何かある?』


 考え込み始めたが、何も思いつかない様だ。


 「よく解りません。」

 『その内判る様になるさ。』

 「うーん・・・。」

 『ソフティー、キャリーの服を作ってあげて。』

 「はーい。」


 突然声が聞こえて来て驚いた様だが、何も無い空中に突然糸が現れて、そこにどんどん布が広がっていく様子を真剣に見始めた。

 ソフティーの手は高速で動いているが、オプティカル・カモフラージュを使っているので、キャリーからは見えない。

 見えるのは、糸が布になる様子だ。

 針子という職業では、布を作る事は無いのだが、初めて見るその光景は、興味を惹かれる光景なのだろう。

 数分でシャツが完成すると、瞬きを忘れいたのか、真っ赤な目でこちらに向いた。


 「今のは一体何なのですか?」

 『アラクネが居るんだよ。キャリー用のシャツだよ。着替えて来てみなよ。狭まった視界が広がるかもよ?』

 「着替えて来ます!」


 部屋を出て行った。

 エリア嬢とウルファは、キャリーの採寸が済んだ後で、食堂に向かったよ。


 「アルティス様!凄いですこれ!滅茶苦茶凄いです!」


 驚き過ぎて、語彙力の無くなったキャリーが戻って来た。


 「この肌触りといい、サイズ感と伸縮性がもう、もの凄いです!」

 『それ、売っちゃ駄目だよ?命狙われるからね?』

 「え?」

 『アラクネクィーンお手製の服だから、オークションに出したらこの城が買える程の金額になるんだよ。でも、そんな金額は持ち運べないし、色んな奴から命を狙われる事になるから、着ている事は秘密にして、見た事も全部言っちゃ駄目だからね。代わりに、それを着ていれば、刺さらないし、切れないし、破れる事も無いから、安心だよ?』

 「違う意味で安心できなくなりました・・・。」

 『じゃぁ、これも着けて、これもだね。』


 アミュレットとマジックポーチを渡した。


 「ネックレス?」

 『身を守る為の魔道具だよ。服の中に隠す様に身に着けておいて。こっちのポーチは、マジックポーチで、サイズはこのソファーと同じ大きさくらい。』

 「これがあれば、お金を運べるのでは?」

 『そんな大金を持ち歩いて市場に行ける?』

 「・・・無理です。」

 『そんな大金がそこに入っていると知られれば、殺して奪い取ろうとする輩が、たくさん来るからね。このポーチ自体も高価な物だからね。』

 「スリに奪われませんか?」

 『これ、ワイバーンの革製だから、ベルトも切れないんだよ。ネックレスの効果で、キャリーが攫われるのを防ぐし、警報が届くから、近くに居る者が助けてくれるよ。』


 マジックポーチの革ベルトは、ワイバーンの革を使っている為に、人力で引きちぎるのは不可能だ。

 だが、鍛えていないキャリーごと攫う事はできてしまう為、アミュレットにビーコンとウォーニングを付与してある。


 「強くなれます?」

 『戦わずに逃げなさい。』

 「あ、はい。」

 『その装備は、生活を便利にしてくれるけど、身を守る為でもある。だから身を守る為に使うのは良いけど、立ち向かうのは駄目。何の技術も無いキャリーでは、戦えるのは最初だけだよ。相手はプロだから、初見殺しは通用しても、二度目は無いよ。』

 「気を付けます。」


 ブラスバレルの街にも、暗部は居るし、今後は水竜討伐隊の調査も必要になる事から、当面の間は暗部も多めに投入する事になるだろう。

 キャリーにもアミュレットを渡したのは、死なれると困るからで、戦ってほしい訳では無いのだ。

 エリア嬢に渡さないのは、直訴の内容が確認取れていないからで、別に死んでも良いとは思っていない。

 父親の生存が確定すれば、その時点で渡す事には成るが、鑑定を使っても完璧では無い以上は、慎重に事を進める必要があるのだ。

 あらゆる可能性を考え、最悪のパターンも想定とする必要があり、その想定で不利益を被る者がいるとすれば、そいつは敵しか居ないのだ。


 『コルス、調査頼むよ。』

 『中々に難しそうですが、どう思っているんです?』

 『考えられるとすると、本当に行った場合では、水竜では無く、ブラスバレル軍にやられた。行って無い場合では、全く違う事が原因で怪我をした。エリア嬢の妄想。悪魔が父親を演じている。これのどれかってところだな。』

 『行った場合では、どの辺に証拠となる物があると思いますか?』

 『そりゃぁ、商人の帳簿だろ。物資が必要になるからな。』

 『少人数だった場合でも、判りますかね?』

 『複数の商人の帳簿を見なければ判らないだろうな。それと、兵士の遺族の有無と噂話くらいだろ。』

 『そうですね、調べてみましょう。』


 どうなることやら。

 とりあえず調査は任せるとして、執事達の方を片付けないとな。


 リズとウルファが、見違える様に変わったエリア嬢と執事達を連れて戻って来た。

 エリア嬢の姿を見たリオネルが立ち上がり、声を出そうと息を吸った。


 『[サイレント]』


 リオネルが騒ぎ出しそうだったので、黙らせた。

 今は、そんな事を話すタイミングでは無いからな。


 「有無を言わせずですか。」

 『そんな話は、後でゆっくりやれば良いだろ。今はもっと重要な事を話す時間だ。』

 「不憫な奴だな。」

 ドンドン

 『ウルファ、リオネルを別の部屋に連れて行け。』

 「・・・仕方ないか。リオネルさん、少しは空気読めよ。美人になって驚いた事には同意するが、今はそんな事を話してる場合じゃないだろ?」


 ウルファにまで注意されて、ショボーンって感じで連れて行かれた。


 『とりあえず、大分綺麗になったな。目の下のクマも消えて、少しは元気になって良かった。でだ、執事はエリア嬢に部屋を(あつら)えてやってくれ。客室で良いだろう。その間に、我々の昼食を摂ろうか。メイド達は、屋敷の掃除を頼みたいんだが、給金の話もしたいから、1時間後にここに戻って来てくれ。』

 「畏まりました。しかし、給金でございますか。」

 『そうだ。それ以外にも、働き続けてもらえるのであれば、色々と渡したい物もあるからな。』


 執事の表情が、ピコーン!て感じになったので、リズから聞いていたのかも知れないな。


 「では、先にエリア様を客室へご案内致してまいります。3人程ついて来て下さい。」


 厨房の惨状を見たからか、客室が同様の状況になっている可能性を考えて、メイドを3人連れて行った。

 他のメイド達も、屋敷の掃除の為に部屋から出て行った。


 『さて、昼飯を食いに行くか。リズとウルファは食べたのか?』

 「まだですよ?お粥だけでは、全然足りませんから。」

 『それもそうだな。じゃぁ、食堂に行こうぜ。』

 「我々も一緒に行って宜しいのでしょうか?」


 ニニャウが聞いて来た。

 いつものケットシー配置の時は、ケットシーの食堂は別で作っていたので、一応聞いたのだろう。


 『今日の所は一緒で良いだろ。今後は別で作る予定だが、そもそも厨房の隣にある食堂は、兵士用の食堂っぽいし、別で作ってメイドに配膳させればいいだろ。』

 「下の階から持って来るので?」

 『いや、書庫のシステムを使えば、ゼロタイムで届くだろ?』

 「それもそうですね。いい考えだと思います。」


 厨房と食堂は1階で、執務室は2階にあるので、時空魔法で繋げてしまえば、2階に厨房を作る必要は無いのだ。

 その空間が、ディメンションホールで繋がっていれば、作っておいた料理を入れておいても、時間が止まるので冷めず腐らず、長期間の保存も可能になるのだ。

 そして、出し入れする時の認証システムとしてアミュレットを使えば、毒を盛られる心配も無くなるのだ。


 『厨房の人員も増やさないとだな。』


 廊下を歩きながら、人材の確保について話している。


 「そうですね。メイド達の中にも、料理を覚えたい者が居るとは思いますが、兵士達の分も作るとなると、メイドが手伝う前提では問題が生じる可能性がありますもんね。」

 『あ、ウルファ、リオネルを連れて食堂に来てくれ。昼飯にしよう。』

 『丁度リオネルさんと話してた所です。すぐ向かいます。』


 リオネルにかけたサイレントは、部屋の外に出た瞬間に解除してあるよ。

 話せないと不便だからね。


 『それでだ、色々とクビになった人員が居る筈だから、そいつらを引き戻さなければならない。もしくは、新たに雇い入れるか。』

 「庭師と厩務員ですね?」

 『そうだな。その辺の給金も決めないと駄目だしな。』

 「お風呂はどうするんですか?」

 『どうしようか。大河から少し離れているけど、水はそんなに少ない印象では無いんだよな。』

 「王都程潤沢では無いみたいですよ?」

 『ホリゾンダルみたいな感じにしないと駄目かな?』

 「水路を作るって事ですか?」

 『そうだな。暗渠にして繋げてしまえば、途中で詰まる事も無いだろうし、公共事業として費用を捻出してしまえば、雇用の創出と水源の確保ができそうだ。』

 「職権乱用・・・」

 『おいおい、不穏な事を言うなよ。水の確保は、農業の発展も見込めるし、飲み水の確保にも使えるんだから、悪い話では無いだろ?』

 「それより、あんきょって何ですか?」

 『地下を流れる川だな。水路を作って、蓋をするんだよ。雨水の流入を防げるのと、魔獣が溺れるのを防げるだろ。シールドモウルは、硬い土は掘れないし、サンドワームは居ないだろ?』

 「サンドワームが居るのは、ムラサキ領ですね。」

 「検討してみます。」


 食堂の扉を開けると、狼人族の男がサイドチェストでポーズを決めていた。


 「あ・・・。」

 『・・・昼飯を食べに来たんだが、何かあるか?』

 「スルーした。」

 『だって、別にポーズを決めてたって料理を作れるんだから、問題無いだろ?寧ろ、ブラスバレル領にはピッタリな人材だと思うぞ?』

 「すぐにお持ちします。少々お待ちを」

 「ニールもスルーしましたね。」

 『ウルファも来たか。アイツの名前は、ニールって言うのか。』

 「名前知らなかったんですね。」

 『割とどうでもいい情報だからな。』

 「可哀想過ぎません?」

 『戦闘で役に立ったら覚えるよ。』

 「不憫だ。」

 

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