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第98話 ブラスバレルと指南役

 翌朝、いつもならまだ寝ている時間に起され、リズさんのルーティーン短縮版が始まった。

 まずはジョギングから。

 外壁の外に出て、よーいドン!って、あれ?リズさんどこですか?え?え?と思っていたら、後ろから走ってきました。


 「え?ジョギング?え?え・・・?それは、全力疾走では無いのですか?」

 「走れぇぇぇぇえええええぇぇぇぇ」


 抜き様に走れと言われたので、追いかけました。

 ですが、走り終わるまでに4回抜かれました。


 「ゼェゼェ、毎日、こんなに、ハァハァ、走って、ハァハァ、いるのですか?」

 「今日は、いつもの半分以下ね。いつもは王都の周りを走ってるから、この街の4倍程の規模があるから、もっと距離があるわよ。」

 「・・・。」

 「息を整えたら、次は素振りよ。」


 リズが取り出したのは、ロングソードでは無く、ブロードソード。

 長さは、ロングソードよりも20cm程長く、幅広で重いのだが、それを片手で素振りし始めた。


 「昨日は、ロングソードを装備してませんでした?」

 「型を覚えるのと、筋力強化の時はいつもこれを使ってるのよ。普段使っている剣は軽いからね。」

 「そうなんですか?ミスリル合金の剣なのですか?」

 「ミスリルも入ってるけど、ドラゴンの牙も使ってるって言ってたかな?」

 「ど、ドラゴン!?」

 「王国軍では、割と普通よ?一般騎士の剣にも使われてるし、兵士の剣はワイバーンの骨って言ってたかな?」

 「ワイバーン!?た、倒したのですか?」

 「アルティス様は、ワイバーン3頭を水魔法3発で倒したのよ。私達もワイバーンを倒したし、今なら単独で倒す自信もあるわよ。」


 信じられない事を言われました。


 「ブラスバレル領にもワイバーンが時々飛来するんですが、倒せますか?」

 「どの辺に来るのか教えてくれれば、討伐するって言うと思うわ。」

 「いつも10頭程の群れで来るんですが、倒せるんですか?」

 「問題無いと思うわ。ソフティーも居るし。」

 「ソフティー?誰ですか?」

 「アラクネクィーンよ。」

 「アラクネクィーン!?昨日も居たんですか!?」

 「目の前に居たわよ。アルティス様が浮いてる様に見えてたのは、ソフティーの肩に乗っていたからよ。」


 またまた信じられない事を言われました。


 「アラクネクィーンって、子供を100頭産むって聞きましたが、本当ですか?」

 「あぁ、アルティス様の前でアラクネを頭で数えたら、怒られるわよ?(にん)で数えなさい。」

 「は、はい!」

 「ソフティーの子供は100人居るわよ。王都にはもう一人アラクネクィーンが居てね、王都と王城の警備を担当しているのよ。」

 「もう一人!?」


 そんな国に攻め込むとか、ブラスバレル家の存続の危機ですね。


 「因みに、国軍の兵士も含めて、全員アラクネ絹の肌着を着てるわよ。」

 「!?そ、それってもう無敵では?」

 「私の着てるスケイルメイルは、ドラゴンの鱗を加工して作られてるし。」

 『オリビア用の肌着とアミュレットを持って来てやったぞ。鍛錬が終わったら、シャワールームで着替えておけ。アミュレットの使い方はリズに聞け。』

 「きゃっ!」

 「貴女、近づいて来てるの判らなかったの?その辺も鍛え直さないと駄目ね。」

 『そうだな。アレックスを討伐したら、ブラスバレル家の兵士全員を叩き上げるか。』

 「教官は誰にするんですか?」

 『プラティパスに居る騎士か、リザードマンかな。』

 「そういえば、リザードマンと獣人が居ましたね。」

 『王都に行けば、獣人だらけだぞ?全員お前等よりも頭いいし。』

 「私も一応、貴族学院を卒業した身ですよ?」

 『貴族学院に今、ペティセイン王女が通ってるんだが、視察に行ったら、授業内容がお粗末過ぎて話にならなかったな。お前、掛け算できないだろ?』

 「うぐっ・・・、できません。」

 『獣人達にも割り算まで教えてるからな。』

 「え!?」

 「獣人の子達も毎日、アラクネと鬼ごっこをしているから、貴女よりも体力あるわよ?」

 『そうだ、ソフティーを紹介しておこう。』


 突然アルティス様が見えなくなったと思ったら、アラクネクィーンが現れました。


 「お初にお目にかかります。アラクネクィーンのソフティーと申します。よろしくお願いします。」

 「あ、ご丁寧にありがとうございます。ブラスバレル家所属第1騎士団副団長のオリビア・ライフリングと申します。よろしくお願いします。」


 アラクネのカーテシーを初めて見ました。


 『肌着は、ソフティーが作ってくれたんだよ。3着渡すから、着替えに使ってくれ。』

 「あ、はい。どうやって持って帰ろうか・・・。」

 『あぁ、入れる場所が無いのか。ほれ、これを使え。そのプレートメイルでも着けられる、ウエストポーチ型のマジックバッグだ。容量は、荷馬車1台分くらいだ。』

 「へ?いえいえ、そんな高価な物は流石に頂く訳には行きませんよ。」

 『アラクネ絹の肌着の方が、価値は高いぞ?まぁ、他の者は着れないが。』

 「ソフティーには、バレバレですもんね。」

 『尻が割れてないとかは判らないが、体型はパッと見で判るらしいからな。』

 「ちゃんと割れてます!」


 こうして話している間も、リズさんは動き続けてる。

 私の鍛錬は、まだまだだった様です。


 『リズ、そのブロードソードの具合はどうだ?』

 「かなり重いですが、バランスも良いですし、振り易いですね。」

 『鍛錬用の特製だからな。』

 「軽々振ってる様に見えますが?」

 「持ってみる?」

 「はい。」

 ズシッ


 渡された時、あまりの重さによろめいてしまいました。


 「な、何ですかこの重さは!?」

 『特製のタングステンと鉛で作った剣だよ。40kgくらいある。』

 「こ、これを片手で振り回して居たんですか!?」

 『マネするなよ?手首折るぞ?』

 「王国軍は、一体どんな訓練をしているのですか!?」

 『どんなって、基本は足腰の鍛錬だな。次に剣術の訓練だが、基本しか教えてない。だが、他種族も居るから、模擬戦をやって自分の弱点を見つけて、そこを修正していく感じか?』

 「そうですね。それと、目標が居ますから。」

 『目の前に目標が居ると、頑張れるよな。俺には居ないけど。』

 「アーリアは目標ではないんですか?」

 『うーん、目標では無いな。大体互角だし、負けが込んでるのは、魔法が使えない分、俺が不利って感じかな。』

 「まぁ、魔法を使ったら瞬殺でしたもんね。」

 『あの剣を使わせたら、ヤバいからね。』

 「あの剣というのは、そんなに凄い剣なのですか?」

 『ヒヒイロカネとドラゴンの牙とミスリルの合金だからね、折れない、曲がらない、何でも切れるんだよ。』

 「しかも、剣圧だけでゴートキャトルの首を落としますもんね。」

 「剣圧だけで・・・。」


 ゴートキャトルは、遠征訓練の時に遭遇して、騎士団全員で戦って、半数が戦力外にされてしまった大きな山羊ですよね・・・。

 それを一撃で倒した?そう言えば、領主会議の時のエキシビションとかで見たと、領主様が言ってた様な・・・。


 「そういえば、ブラスバレル領にワイバーンが飛来するそうですよ?」

 『どの辺りだ?何匹いるんだ?』

 「領都の南にあるガンバレルと言う街に飛来するんです。」

 『頑張れる?凄い街の名前だな。』

 「砲身という意味なのだそうです。」

 『あぁ、ガンバレルね。』

 「?」

 『勇者が付けたとかだろ?』

 「何故判ったのですか?」

 「あぁ。」

 『そろそろ切り上げてくれ。出発するぞ。』

 「判りました。シャワーを浴びたら、すぐに向かいます。」

 「シャワーとは何ですか?」

 「こっちに来て。」


 リズが外壁にシャワールームを設置して、中に入った。

 オリビアは、口をポカンと開けて固まった。


 「何してんの?早く入りなさい。」

 「は、はい!」


 中は、脱衣所とシャワールームがあり、二人が同時に使える様に二つのシャワーヘッドが付いている。

 シャワーは、水とお湯の両方が出る様になっていて、湯温は38度に固定されている。

 シャワーを浴びた後は、ドライの魔道具を使う事で乾くので、特にタオルは置いてない。


 「入るわよ。」


 オリビアは、シャワーを浴びた事が無いので、おっかなびっくりだった。


 「凄い!暖かい水も出るんですね!気持ちいいです。」

 「ボトルを押すとシャンプーが出て、石鹸で体を洗いなさい。」

 「しゃんぷー?」

 「髪を洗う用の洗剤よ。シャンプーを使うと、しっとりサラサラになるのよ。一回押せば必要量が出るから、使い過ぎない様に。」

 「は、はい。」


 シャワールームから出て来たオリビアの髪は、銅の様な輝く赤褐色だった。


 「貴女、そんなに綺麗な髪色だったのね。ちゃんと髪を洗いなさいな。勿体ないわよ?」

 「そ、そんな事は・・・。」

 「ほら、こんなに綺麗な色じゃない。肌もちゃんとケアした方が良いわよ?」


 肌着を着る前に、クリームを体中に塗りたくられて、少しベトベトする感じがするが、アラクネ絹の肌着が気持ち良過ぎて、気にならなくなった。

 防具を着ける前に、アミュレットの使い方を教わったのだが、あまりにも凄すぎて、気を失いそうだった。


 「ただいま戻りました。」

 『おうって、オリビア、ちょっと変わり過ぎじゃないか?』

 「ですよねぇ、オリビアにシャンプーとクリームを渡しておいて下さいよ。」

 『というか、シャワールームを渡した方が良いな。予備も入ってるし、湯浴みよりもこっちの方が良いだろうからな。』


 強引にマジックバッグに押し込まれた。


 『それと、ポーションとマジックポーションも入れておくから、必要になったら使え。』

 「あまり使いませんが?」

 『密閉されてるから、2年は持つ。すぐに使わなくても、いつか使う時が来るから、持っておけ。使った後の瓶は、蓋も含めてバッグに入れておけ。王都に来れば、中身だけを買えるから、かなり安く買えるぞ。』

 「瓶付きだと幾らなのですか?」

 『金貨3枚。』

 「瓶無しでは?」

 『金貨1枚。』

 「安い!」

 『それと、干し肉と非常食な。エネバーは、一食に一つで十分だ。それと、ジュースも飲めば、疲れも吹っ飛んですぐに動ける様になる。』

 「あ、ありがとうございます。」

 『よし、準備も整ったし、向かうぞ。オリビアは、兵士達と共にここで待ってろ。向こうに着いたら、ゲートを出す。ストック、頼むぞ。』

 「了解。」


 リズがポーチから白いバイクを取り出し、それに跨った。

 アルティスは、いつも通りソフティーの背に乗り、リズと共に出発した。

 馬車も馬も同行しなければ、ソフティーとリズは早く移動できる。

 リズのバイクは、木々よりも高い位置を飛び、ソフティーは道なき道を猛スピードで駆け抜ける。

 エキドナの隣の街は、ブラスバレル領の街、ティルトバレルだ。

 ティルトバレルは、出発から約40分で通過した。

 その次の街は、ダブルバレルの街だが、その手前には大渓谷が横たわっている。


 『あれが大渓谷か。でかいような小さい様な、微妙な大きさだな。』

 「中に何かいる様ですね。」

 『本当に水竜が居るんだな。住んでいるというよりも、挟まってるって感じだが。』

 「狩りますか?」

 『水竜は、本来は大人しい筈なんだよな。ちょっと話してみよう。』


 大渓谷の手前で止まり、谷を覗き込むと、水竜が仰向けに挟まっていた。


 『あー、水竜殿、助けは必要かい?』

 『ん?誰?助けてくれるのなら助けて欲しいんだけど。』

 『判った。どこか怪我をしていたりする?』

 『翼が破れて飛べないんだよ。だから、こんな姿勢で挟まってるんだよ。』

 『[アナライズ]ふむふむ、翼はボロボロだけど、それ以外は特に問題は無いみたいだな。[フローティング]』

 フワッ

 『おお!?浮いた!』

 『[ライズ]』


 水竜を浮かせたが、フローティングでは上昇できないので、ライズで上昇させた。


 『よし、こっちに移動させて、[キャンセル][治療術]』


 ドラゴンの翼の回復したのだが、ドラゴンの保有魔力が多い為か、MPは殆ど減らなかった。


 『よし、治った。もう飛べるよ。』

 『ありがとう!お礼に食べてあげるよ!』

 「やっぱり討伐しますよね?」

 『無理じゃない?オニキスが怒るから。』

 「え?」


 水竜は、口を開けた瞬間に何かを受信したらしく、静かに口を閉じて寝そべった。


 『ほらね。』

 「本当ですね。エンシェントドラゴンの影響って事ですか?」

 『簡単に言えばそうだね。俺とカレンには、エンシェントドラゴンの加護が付いたって事だよ。攻撃なんかしようものなら、オニキスがすっ飛んで来るだろうね。』

 「へー、それってドラゴンを狩れなくなるって事になりませんか?」

 『リズが居るじゃん?』

 「それでいいんですか?」

 『何も言われて無いし、良いんじゃない?』

 「じゃぁ、この礼儀の無いドラゴンは、討伐するって事でいいですか?」

 『オニキス、いい?』

 『好きにするが良い。』


 会話を聞いていた水竜が起き上がり、ブレスを吐こうと口を開けた。


 シュピッ!


 リズが飛び上がり、喉を狙って剣を一閃した。

 首がズレた瞬間に、ディメンションホールに入れた。


 『良い感じだ。日頃の鍛錬が効いて来たな。』

 「凄く柔らかい感じがしました。」

 『前回、オリハルコンドラゴンを斬ったからじゃない?』

 「あ、そうかも知れませんね。」


 大渓谷を飛び越え、再び一路領都へ向けて進み始めた。

 ダブルバレルの街を通過しようとしていると、街の中から黒煙が幾筋も立ち昇っているのが見えた。


 『コルス、ダブルバレルの街で何かあったのか?』

 『民衆が蜂起しました。』

 『敵は?』

 『ブラスバレル軍ですが、次々と投降しています。』

 『原因は?』

 『誰かがイレーズを使った様ですね。』

 『そうか。手助けしてやれ。』

 『既にしてます。今の所、民衆側に怪我人は居ない様です。』

 『そうか、それは良かった。後のフォローも頼むよ。』

 『万能薬を使っても良いですか?』

 『いいぞ。バンバン使え。』

 『了解!』


 何の偶然か知らないが、イレーズか、それに準ずる魔法を使った者が居た様だ。

 生活魔法にも似た様な魔法があり、竃の火を完全に消す時に使ったり、照明を消す時に使ったりする魔法があるのだ。

 ただ、それは効果範囲が狭い為、たまたま人に向けてしまったとかだろう。


 「もうすぐブラスバレルです。」

 『判った。』


 ブラスバレル領の領都は、ブラスバレルと言うのだ。

 あまり領主の家名を街の名前にする所は無いのだが、ブラスバレル家はブラスバレルの街の名前を家名にしたので、同じ名前になったそうだ。

 領都に着いたが、ここでも煙が立ち昇っていた。


 『コルス?』

 『ブラスバレルの街は、つい先ほど始まった様です。』

 『判った。オリビア、ブラスバレルの街で、民衆が蜂起しているからすぐに来てもらう。ストック、準備は?』

 『既にできています。いつでも大丈夫です。』

 『よし、門が開きっ放しになってるから、門の外側にゲートを開く。速やかに洗脳を解除して、中毒患者に万能薬を使え。[ワープゲート]』

 ヴン


 何か最近、ゲートを出すと変な音が出る様になった。

 何の音なのか判らないのだが、電気的な作用でもあるんだろうか。


 「ほ、本当にブラスバレルの街の門の前に出た!?」

 「嘘なんて言いませんよ。」

 「俺も最初見た時は驚いたよ。」

 「サイズに合わせてくれるんだな。」


 オリビアを筆頭に、ストック、ウルファ、ガウスの順に出て来て、普通に会話し始めた。


 『くっちゃべって無いで、とっとと行動に移せ。』

 「我々は、敵だと思われるのでは?」

 『味方だと言えば良いだろ?さっさと行け!怪我人が増えるだろうが!』

 「は、はい!行くぞ!」

 『リズ、俺等は先に領主の下へ行くぞ。』

 「アレックスの相手をすると思うと、気が進まないですね。」

 『嫡男を救えば、気兼ねなく首を刎ねるチャンスなのに?』

 「やります!」


 今回のアレックス・ブラスバレルは、侯爵家当主を殺害し、次期当主候補も殺害しようとして、且つ資格も無いのに当主を名乗って謀反を起したのだから、死罪が確定した状態にあるのだ。

 しかも、ホリゾンダル領から勝手に出た訳で、逃亡中の身でもあるので、どう足掻いても死罪は免れない。

 まぁ、ホリゾンダル領内での事については、ブラスバレル家の責任もあるのだが。


 『行くぞ。』


 街の中心にあるブラスバレル家の中に入ると、クロルローチの一味と思われる集団と、ブラスバレル軍の集団が待ち構えていた。


 「本当に来やがったぞ!やっちまえ!」

 『[ショックウェーブ]』

 ズダダダン

 『さ、行くぞ。』

 「ま、待ちやがれ!ギャー!」


 ソフティーが横から伸びて来た手を足で貫いた様だ。


 『[イレーズ]』


 兵士達に向かってイレーズを発動しておけば、兵士でも無いのに領主邸に居るゴロツキを見て、捕まえてくれるだろう。

 屋敷の中に入ると、モミジが降りて来て部屋まで案内してくれた。


 「モミジ殿、そちらは?」

 「バネナ王国宰相のアルティス様と護衛のリズ様です。」

 「!?」


 ベッドに座っていたのが、跳ねる様に立ち上がり、片膝をついて臣下の礼をした。


 「宰相殿とは知らず、大変失礼致しました。私は、ブラスバレル家嫡男のリオネル・ブラスバレルと申します。この度は、我が命を繋いで頂き、ありがとうございます。モミジ殿より、我が愚弟の犯した大罪を聞き、いかなる処罰も受け入れる所存であります。」

 『バネナ王国宰相のアルティスだ。今回の件、ブラスバレル侯爵の死亡が確認され、嫡男であるリオネル殿も危篤状態と聞き及び、勝手ながら病を治させてもらった。アレックス・ブラスバレルは、ブラスバレル家の侯爵代理としての手続きを行っておらず、バネナ王国からの離反(りはん)も陛下へ通告していない事から、アレックス・ブラスバレルの謀反(むほん)として処理する事とする。但し、ブラスバレル領民及びアンセアリス領民への被害は甚大で、災難とは思うが賠償が発生する。ブラスバレル家の罪を帳消しとするには、ホリゾンダル家への威圧的行為及び、貴族位を悪用した圧力について、処分を下す事とする。』

 「ちょ、ちょっと待って下さい、威圧的行為と、貴族位を悪用した圧力とは、何の事でしょうか?」

 『アレックス・ブラスバレルを押し付けただろ?』

 「あー・・・、はい。そうですね。」

 『無理やり騎士団長にさせただろ?』

 「・・・はい。」

 『アレックス・ブラスバレルは、クロルローチと共謀して、偽金貨を使って悪事を働いていた。貴様等の圧力のせいで、本来なら地下牢に放り込まれる筈が、罰を与える事もできず、野放しとなってしまった。それは、犯罪行為を幇助(ほうじょ)しているのと何ら変わりは無い。よって、ホリゾンダル領への賠償及び、アレックス・ブラスバレルの犯した占領行為による被害者への救済と賠償を命じる。範囲は、かなりの広範囲に及ぶ事が考えられる為、多額の賠償が必要になると心得よ。とまぁ、堅苦しく言うとこんな感じだ。領内の民衆は、依存性薬物の中毒になっていたから、その内消えるだろう。だが、幼子や赤子には多大な影響を及ぼしている可能性がある。今後数十年は影響が見込まれると思え。』


 リオネルが、壁にかかる剣をチラリと見たが、リズが剣に手を置いたのを見て諦めた様だ。


 「我がブラスバレル家の武力は、もう必要ありませんか?」

 『リズを見て、勝てる自信はあるか?』

 「・・・ありません。」

 『体調が戻って、万全の状態になったらどうだ?』

 「万に一つもありません。」

 『では、ブラスバレル家に我が軍の騎士を派遣してやる。貴様も含め、鍛錬に励め。使える様になったら使ってやる。だが、今はそんな事は後回しだ。すぐに着替えて、アレックス・ブラスバレルを止めに行け。リズ、着いて行け。』

 「はっ!」

 「派遣される騎士は、リズ殿ですか?」

 『馬鹿を言うな。リズは俺の騎士だ。バネナ王国軍第4位の実力者を、こんな片田舎に置いておく訳が無いだろ?』

 「私も嫌ですよ。」

 「しかし、我々もそれなりに強いと自負しておりますが?」

 『後で判る。』


 リオネルとリズは、アレックスが居るであろう、謁見の間に向かった。


 「リズ殿は、どうやってそんな強さを身に着けたのですか?」

 「数々の修羅場と厳しい上司に鍛えられたから?」

 「宰相殿の護衛として着いていなくても平気なのですか?」

 「アルティス様は、私より強いですよ。」

 「・・・え?」


 まっすぐ前を向いて歩いていたリオネルは、驚いてリズの方を向いた。


 「それに、アラクネクィーンが着いているのだから、問題無いですね。」

 「そのアラクネクィーンが居るから強いと?」

 「馬鹿を言うな。アルティス様は、アラクネクィーンと互角だ。あの二人が組めば、この世に勝てる者は居ませんね。将軍でも勝てません。」

 「将軍とは、ゴートキャトルを一撃で倒したというお方ですか?」

 「そうですよ。将軍の傍にもアラクネクィーンが居ますが、将軍はそのアラクネクィーンを力で捻じ伏せました。」

 「・・・人間にそんな事ができる訳が・・・。」


 リオネルは、廊下で立ち止まり、目を泳がせながら俯いて考え始めた。


 「アルティス様と獣魔契約をしていますから、アルティス様とステータスが同じなんですよ。」

 「アルティス宰相殿は、そんなにお強いのですか?」

 「ワイバーン3頭を同時に倒す程の方ですよ?物怖じしませんし、魔王を瀕死に追いやったのもアルティス様です。今の魔王は、アルティス様の弟子ですし、セイレーンと友誼を交わし、エンシェントドラゴンとも友誼を交わし、ユグドラシル様と友誼を交わし、土の精霊を大精霊に育て上げ、アーミーラプトルの巣を壊滅させ、クラーケンを初級魔法で討伐し、グリフォンもひれ伏します。更に、人を惹きつける魅力とカリスマ性を持ち、ウルファ・スティングレイも従えています。」


 リズの話すエピソードを聞いている内に、どんどん顔色が悪くなっていったが、ウルファの話を聞いて首を傾げた。


 「ウルファ・スティングレイ!?以前、我が領に現れて、父を侮辱した罪で断罪しましたよ?」

 「それは偽者でしょう。本物は、今は剣聖の称号を持っています。この街に来ているので、会ってみれば判りますよ。あ、そうそう、聖騎士団にいるクリストフ殿も来ていますよ。」

 「クリストフまでも!?という事は、聖騎士団が神聖王国を裏切ったというのは本当の事ですか。」

 「何を言っているんですか?神聖王国の教皇は、悪魔に魂を売ってリッチになっていたんですよ?裏切ったのは神聖王国の方ですよ。」


 唖然とした表情で驚いているが、どこかで間違った情報を吹き込まれていた様だ。


 「ベーグル共和国が属国になったのも、アルティス殿の功績ですか?」

 「アルティス様が指揮を執りました。」

 「な、何と言うか、(たと)えが見つかりません。」

 「魔道具も革新的ですし、私の剣もアルティス様が作って下さいました。」

 「見せて頂いても?」

 「お渡しする事はできませんが、見せるだけなら。触るとライトニングが発動します。」

 「リズ殿専用という事ですか?」

 「そうです。」


 リズが剣を抜き、リオネルに見せた。


 「この輝き、ミスリル合金では無く、オリハルコンも混ざっている。それに、別の何かも入ってますね。伝説級・・・いや、神話級と言える魔剣・・・、アルティス殿は魔剣も作られると?」

 「そうですね、属性も簡単に付与できる様にしてありますよ。」

 「・・・作って欲しいと言ったら、作ってもらえると思いますか?」

 「特別製の剣は無理かと。」

 「どうしてですか?」

 「忠誠を誓って無いからですね。それと、実力不足です。」

 「リズ殿から見て、私の実力は如何程に見えますか?」

 「王国軍の中では、下から数えた方が早い程度ですね。剣の腕はありそうですが、持久力が無さ過ぎる。」

 「王国軍は、持久力もあると?」

 「この街の周囲を軽く20周は全速力で走れますね。」

 「身体強化を使ってですよね?」

 「使いませんよ?」

 「そんな馬鹿な!?」

 「王国軍では、毎日王都の周りを2周していますから。それが毎日のルーティーンです。」

 「それは全員がやるのですか!?」

 「魔法師も弓兵も全て。魔法師と弓兵は、短剣術等の近接戦闘能力もありますし、騎士は全員MAGも高いです。遠距離系は、近づかれると何もできないのでは意味が無いと言い、近接は離れられると何もできないでは意味が無いという事で、全員オールラウンダーとして訓練をしていますね。」


 リオネルは、王国軍を敵に回すのはリスクしか無いと思った。

 全ての兵がオールラウンダーなんて聞いた事が無いし、噂でも王国軍の騎士は、全員バケモノ揃いだとも聞いている。


 「防具も凄いと聞いていますが?」

 「そうですね。私のスケイルメイルは、ドラゴンの鱗を使っていますし、アラクネ絹が裏地に使われてますよ。」

 「・・・。」


 実力があり、剣は業物、防具は鉄壁、MAGも高くて、持久力もある。

 とてもじゃないが、そんな軍を相手に戦える者など居ない。


 「先日は、緩衝地帯の森で、ゴブリンエンペラーと戦いましたし、オークエンペラーも私の友が倒しました。」

 「ゴブリンエンペラー!?オークエンペラー?ゴブリンエンペラーは伝説の魔獣ですが、オークエンペラーとは?」

 「新種ですね。王都の博物館に展示してありますよ。」


 行って見てみたい!そう思った。


 「さぁ、早く行かないと、アルティス様に怒られますよ?」

 「そ、そうでした。行きましょう。」


 謁見の間に着いた。

 侯爵家とは言えども、訪問する客人を全て応接間に通す事は無く、王城の様な雛壇は無いが、床より一段高くした所に椅子を置き、殆どの来客は謁見の間に通す事になっている。

 下手に応接間に通すと、話が長くなり時間が掛かる為、謁見の間で手早く済ませる為に作ってあるのだ。

 もちろん寄子や近隣の貴族、それ以外にも大事な客を迎える時には応接間を使うが、そんなのは殆ど来ないので、謁見の間を使う事が殆どだ。

 だが今は、謁見の間をアレックスが使っているのだ。


 「誰だぁ?む?兄上ではないですか。お加減は宜しいので?」


 椅子に座っていたのは、すっかり姿が変わったアレックスだった。


 「アレックス、よくも私に毒を盛ってくれたな!死を以て償え!」

 「毒?幸せになる薬ですよ?お気に召しませんでしたか。仕方ない、ここで死んでください。」


 アレックスが右手をあげると、部屋の奥から完全武装の兵士達が20名程出て来た。


 「あいつらを・・・んん?おやおや、リズじゃないか。俺に会いに来てくれたのか?」

 「そうだな。クズが下衆になったと聞いたから、見に来てやったのよ。でも、かなり変わったわね。まさかオークになっているとは思わなかったわ。」


 リズの挑発に顔が赤くなり、蟀谷(こめかみ)には青筋ができた。


 「ふん!後でたっぷり可愛がってやるよ。」

 「あらそう。その脂しかない体で、どうやって私に勝つつもりなのかしら?不思議でならないわ。」

 「この兵士が見えないのか?」

 「雑兵をいくら集めた処で、私に敵う訳ないじゃない。ウケ狙いなの?全然笑えないジョークね。」

 「このアマ!あいつらを叩きのめせ!」


 リズが余裕の表情で更に挑発すると、丸くなった顔と体を波立たせながら立ち上がり、兵士に命令を出した。

 兵士は、リズ達の前を塞ぐように立ちはだかった。


 「リオネル殿はアレックスをお願いします。兵士は私一人で十分よ。」

 「お、おう。」


 リズがゆっくりと剣を抜くと、兵士達が一斉に襲い掛かった。


 ドッ!


 襲い掛かった筈の兵士達が、後ろに弾き飛ばされて気絶した。

 リオネルはリズの後ろで見ていたが、横なぎの一振りで一斉に吹き飛ばされたのを見て、何が起こったのか全く理解できなかった。

 アレックスは、余裕だと思っていたのに、突然兵士達が後ろに飛ばされたのを見て、唖然とした。

 リズに襲い掛かった兵士が跳ね飛ばされ、後ろに居た兵士を巻き込んでしまった為に、たったの一撃で殆どの兵士が戦闘不能に陥ってしまったのだ。

 僅かに残った兵士は、余りの光景に動けなくなり、戦意を喪失してしまっていた。


 「な、何をしている!早く殺せ!」

 「[イレーズ]」

 カシャカシャン

 「何をした!?」

 「正気に戻っただけよ。さあ、お膳立ては済みましたので、次はリオネル殿の出番ですよ。」

 「あ、ありがとう。決着をつけるとしよう。」

 「ま、待て!待って!待って下さい!」

 「今更何を言っているんだ?父を殺し、私まで殺そうとしたんだから、立場が逆転すれば、命を狙われるのは当然の事。今更命乞いなど、聞ける筈も無し。」

 「嫌だ・・・、嫌だ、死にたくない、死にたくない!」

 ブン!


 アレックスが剣を横薙ぎに振ったが、リオネルは上体を逸らして避けた。


 「アレックス、剣の鍛錬をやってないな?剣速が遅くなっているぞ?それだから、家を追い出されるんだよ。」

 「うるさい!俺は天才なんだ!落ちこぼれなんかじゃない!死ね!」

 「愚かな・・・。」

 ズパッ!

 ドンッ!


 リオネルが剣を振ると、アレックスの首が床に落ちた。


 「アレックス・・・。」

 「まだ終わってませんよ?血が流れていないですし、HPも減ってませんね。」

 「え?」

 キンッ!


 リオネルの首を狙ったアレックスの剣を、リズの剣が止めた。


 「な!?死んでいないのか!?」

 「死んでいない様ですね。ふむ、これなら効くかも知れませんね。」


 リズがマジックポーチから、強化神聖魔法玉を取り出して起動させた。


 「ギャアアアアア!」


 床に落ちた首が叫び声をあげ、首の無い体は白い煙を出しながら燃え始めた。

 だが、その叫び声も長くは続かず、首と体は真っ黒く変色して、ボロボロと崩れ始めた。


 「な、何が起こって・・・。」

 「悪魔か、アンデッドだった様ですね。」

 『悪魔だな。』

 「アルティス様、いらしたんですか。」

 『ワラビに建物全体をセイクリッドフィールドで包み込んでもらったんだよ。こう云う時は、悪魔が関与している事が多いからな。』

 「アレックスが悪魔に成ったという事ですか?」

 『いや、既に殺されているか、どこかに監禁されているかだな。地下牢には居なかったから、もう死んでいると見て良いだろう。生かしておく程の価値が無いからな。』

 「そうですね。本物が現れてしまったら、偽物だとバレてしまいますし、生きていても余計な事しかしませんからね。」

 『コルス、本物の情報はあるか?』

 『はい。そこに戻る途中で、悪魔に食われてしまった様です。アンセアリス領で衣服が発見された様ですが、まるで肉体だけが消えてしまったかの様に、服だけが残っていたそうです。』

 『初めてのパターンだな。吸い込まれたのかな?』

 『さあ?』


 ホリゾンダル領からブラスバレル領に来るには、アンセアリス領を通り抜けなければ、辿り着く事はできない。

 道なき道を歩き、ホリゾンダル領を抜けるのは至難の業なのだが、裏の界隈の者が手助けしたのであれば、来れない事は無いだろう。

 ただ、アレックスの性格上、つけあがる事は確実で、途中で悪魔の餌にされてしまったのかもしれない。


 「首を斬るまでは、確かにアレックスだった筈ですが・・・。」

 『悪魔は、基本的に魂を食らうんだよ。そして、魂の記憶を読み取って、その人間になる。劣等感の塊だったアレックスは、悪魔に乗っ取られやすい状態だったんだろうな。』

 「悪魔の中には、人間の体を吸う様に食らう者が居ると、聞いた事があります。」


 ワラビが会話に参加した。


 『そんな悪魔が居るのか。』

 「はい。確か、ベルゼブブと言う悪魔だったと思います。」

 『ハエの悪魔か。だが、神聖魔法玉で死んだって事は、分身か一部かだろうな。・・・そういえば、こんなのがあったんだった。』


 アルティスのディメンションホールから出したのは、嘗てモコスタビアで捕まえた羽虫と、ウルチメイトを捕まえた時に、ソフティーの糸で絡め取ってもらった羽虫を出した。


 「これは?」

 「ブブとブブブ・・・、悪魔の分身ですね。[ピュリフィケーション]」


 ワラビは、悪魔の分身だと判った瞬間に、すぐさま浄化魔法を使用した。

 セイクリッドを付け無かったのは、浄化範囲が狭い方を使ったからだろう。

 神聖魔法は、特定条件の下では、格段の効果を持つ魔法なのだが、使い勝手が悪い物が多いのだ。

 まぁ、基本的に範囲魔法が主体の為、小範囲に使う魔法は、別で用意されているという感じだ。


 「アルティス様?何故あの様な物を持っていらしたのですか?」

 『片方は、モコスタビアに戻った時に捕獲した奴で、もう片方は、王都に向かう道中で、ブンブンと煩かったから、ソフティーの糸で絡め取って、ディメンションホールに入れっ放しにしてた奴だな。』


 すっかり忘れてたよ。


 「もう持っておられないですよね?」


 ワラビからジト目で見られる時が来るなんて!


 『た、多分?』

 「中身を全部出して下さい!」

 『無理だよ。ここの部屋が埋まっちゃうよ。』

 「そんなに広いのですか!?」

 『まぁ、MAG1に対して1立方メートルくらいだから、1万立方メートルって言っても判らないよね。まぁ、兎に角広いんだよ。』


 リオネルは、エクトプラズムでも吐き出しそうな顔で固まってしまった。

 計算の許容範囲を超えたのか、MAG1万に驚いたのかは判らないが、かなり間抜けな顔になっている。


 『多分もう入って無いよ。』

 「本当ですか?本当に本当ですか?」

 『入ってたら、またワラビに頼めばいいんだろ?』

 「それはそうですが、もう悪魔は入れないで下さい!」


 最近、本当に吹っ切れたみたいで、以前のお淑やかなワラビは、鳴りを潜めた感じになってきた。

 今もちょっとガニ股になってるし、本当のワラビの性格が出て来たのかもしれないね。


 「ワラビって、最近変わりましたよね?」

 『鉄面皮(てつめんぴ)の時よりも、今の方が全然いいよな。』

 「そうですね。人間らしくなってきました。」


 別に、(みそぎ)をやらなくなった訳でも無く、お祈りをやらなくなったのでも無く、ただ単に気持ちを切り替えただけなのだが、以前よりも表情が豊かになったし、声に抑揚がでてきたのだ。

 以前のワラビは、無表情で大人しく、子供に優しくても子供に好かれる事が少なかった。

 最近は、笑顔も出る様になって来たから、子供達から話しかけられる様になったと喜んでいた。

 ちょっと口うるさくなった気もするが、無表情で居られるよりも、ずっといいよね。


 『さて、街の状況も確認しなければな。』

 「そうですね。」


 屋敷の外に出ると、捕縛した者を並べて、ウルファ達が待っていた。


 「やっと出て来た。」

 『待ってたのか、すまないな。街の状況はどうだ?』

 「粗方のゴロツキは捕縛したと思いますが、暴動は沈静化しました。」

 「クロルローチだっけか?見分け方が判らねえから、怪しい奴を片っ端から捕まえて来たぜ。」

 『仕方ないから、それでいい。』


 クロルローチと言っても、特に制服を着ている訳でも無く、見た目は普通のゴロツキでしかないので、兎に角怪しい奴を片っ端から捕まえたというのは、致し方ないのだ。

 その方法自体は、前の世界の方法と比べても、特に違いは殆ど無いと言える。

 逮捕した時点では、ただの容疑者であって、罪が確定しなければ、罪人では無いという事だ。


 『首輪を着けた時に、刑期が出なかった奴も居るのか?』

 「いませんよ。ちゃんと確認しました。」

 「住民の中毒者は、見つけたら万能薬を飲ませてたから、数も減ったと思うぜ?全員では無いとは思うけどな。」

 『それは問題無い。家の中から出て来ない奴も居るからな。ブラスバレル家が元に戻ったのなら、後はブラスバレル家に任せればいい。』


 本来の目的は、陛下の言う事を聞かなかったから、言う事を聞かせる為に来たのであって、暴動を鎮圧する為に来た訳では無いのだ。


 『ストック、お前は兵士と共にブラスバレルに残って、ブラスバレル軍を鍛え直してやれ。ついでに、国の方針に従わせるのと、国に税を納めさせろ。』

 「え?私がやるんですか?」

 『優秀だからな。』

 「そう言えば、言う事を聞いてくれるって思ってます?」

 『思うも何も、命令だよ。指南役として1年間やれ。』

 「むぅ。」

 『何か問題でもあるのか?』

 「王都に付き合っている彼女が居るんです。」

 『呼び寄せればいいだろ?』

 「良いのですか?」

 『問題無い。複数で無ければ。』

 「え?一人しか居ませんよ?」


 この世界は、命の危険にさらされる事が多い為か、男女の比率が半々では無いので、一夫多妻制なのだ。

 とはいえ、金持ちしか複数の妻を養う事ができない為、今までに見た事は無い。

 特に、複数の妻を持っても、仲が悪い状態では同居する事ができない為、複数の家を持つ事になり、それを維持していかなければならないのだ。

 だから、平民では滅多に居ないのだ。

 基本的にバネナ王国では、未婚の女性は働いているのが普通で、平民の場合は成人してすぐに結婚する女性の方が少ないのだ。

 冒険者になる女性も結構いるらしく、女性冒険者の割合は、大体2割程居るそうだ。


 『仕事は何をしているんだ?』

 「針子をしています。」

 『じゃぁ、ブラスバレルに雇ってもらえば問題無いな。』

 「どうしてもやらなければ駄目ですか?」

 『彼女に確認したいって事か?』

 「はい。確認したいです。」

 『判った。確認して来い。テレポートで送ってやるから、大聖堂のポータルで戻って来い。』

 「・・・判りました。」

 シュン

 「ティンプでも良かったんじゃねえの?」

 『ティンプは、兄弟が多いんだよな。長男だし、弟は小さいのが居るからな。王都で友達も居るから、引き離すのはしたくないんだよ。』

 「あぁ。」

 「他の騎士を連れて来るというのは、駄目なんですか?」

 『ストックって、優秀だと思わないか?優秀な奴は、色々な経験をさせてやった方が良いんだよ。今までの第二騎士団みたいに、あちらこちらに行く事も減るだろうし、指南役として自分と他人を磨く場が目の前にあるのに、それをみすみす逃す手は無いと思うんだけどな。』

 「彼女も来てくれました。」


 早ぇなおい。


 『随分早いな。』

 「この仕事をやれば、私の評価が上がるんだから、受けるべきだと言われまして。」

 『お前、その彼女の事を大事にしろよ?』

 「もちろん大事にしますが、理由を聞いても?」

 『機を見る事ができるって事だよ。すぐに行動に移せるってのは、重要な素質だぞ?お前がのほほんとしていると、見切りを付けられて離れて行くかもしれないな。』

 「そ、そんな事ありませんよ!」

 『どうだかな。お前より優秀な奴を見つければ、そっちに流れる可能性もあるだろ。』

 「いやいや、私は強いですし。」

 『んー、そういう事じゃないんだよな。まぁ、忙しさにかまけて蔑ろにする様な事が無い様にしろ。』

 「何なんですか一体・・・?」

 『で、お前の彼女はどこに居るんだ?』

 「あ、キャリー!こっちに来て。」


 キャリーと呼ばれた女性は、屋敷の庭園を見ていたが、呼ばれたので小走りに走って来た。


 「あ!えっと、お初にお目にかかります。ストックとお付き合いをさせて頂いてます、キャリーと申します。よろしくお願いいたします。」


 町娘なのでカーテシーはしないが、右手を胸に当て、左手を後ろに回して、片足を軽く後ろに下げて、軽く会釈をしながら少しだけ膝を曲げて挨拶をした。


 『バネナ王国宰相のアルティスだ。そう畏まらなくていいよ。その挨拶をするという事は、商人の子かな?』

 「はい。父が服飾の店を経営しております。」

 『そうか。父親の店の手伝いはいいのか?』

 「他にも針子は居ますし、問題ありません。父も行って来いと言ってくれましたし。」

 『それは良かったな。1年だけだが、この地でストックを支えてやってくれ。』

 「それはもう。ところで、ストックがやり遂げたら、昇進とかはあり得ますか?」

 『それは頑張り次第だな。先の事は判らないし、もしかしたら、領主に気に入られて、ここの騎士団長になって欲しいとか言われるかも知れないだろ?』

 「それもそうですね!」

 「え!?それでいいの?」

 「私は構わないわよ?」

 『まぁ、今決める事では無いだろ?1年後に考えればいい事だ。』

 「そうですよね、俺は王国軍の騎士団長を目指します!」

 『じゃぁ、サボらずに頑張らないとだな。』

 「がんばります!」


 少し疎外感を漂わせて、離れた場所で話を聞いていたリオネルが近づいて来た。


 「君が指南役だね?私は、ブラスバレル領領主のリオネル・ブラスバレルだ。よろしく頼む。」

 「はい、バネナ王国軍第二騎士団のストックと申します。これから1年間、指南役としてよろしくお願いします。」

 「それなんだが、私と少し打ち合って頂けないか?」

 「それはもちろん!お相手させて頂きます!」


 さっきまで、リズの剣技を見ていた為か、ストックの実力を過小評価している様だ。

 そりゃぁ、リズと比べればストックの実力は、まだまだと言わざるを得ないが、俺の見立てでは、リオネルよりもストックの方が強いと見ている。

 が、領主に遠慮して、手を抜くかも知れないな。


 『ストック、負けたら給金半減な。』

 「え!?」

 「ストック!絶対に勝たないと駄目よ!」

 『やっぱり手加減しようとしてたのか。リオネルは、お前が負けたらチェンジしてくれって言うぞ?』

 「チェンジ!?本気で行かせてもらいます!」

 「では、審判は私がやります。」


 リズが、審判に立候補したので、任せる事にした。


 「では、ストック対リオネルの模擬戦を始める!構え!始め!」


 木剣は、ディメンションホールに入れてある物を渡した。

 ウルファが何か言いたげな顔をしているが、問題無いだろ。

 遠征の時に倒したトレントを使って作っただけだし、魔法を撃つと、少し威力が上がる程度だよ。


 「はあ!」

 カィン!

 カィン!


 戦っている二人は、木剣を打ち合った時の音が、普通の木剣とは違う事に気が付いた様だが、そのまま続ける様だ。

 勝負は、一撃目からほぼ確定したと言っていい。

 ストックは、掛け声と共に斬りかかって来たリオネルの剣を、その場から一歩も動かずに、片手で木剣を操って、受け流しているのだ。

 リオネルは、余裕の表情で自分の攻撃を受け流すストックに、ムキになって上下左右から襲い掛かっている。

 ブラスバレル家は、嘗ては王国の剣とも言われる程に、剣術に秀でていた筈だが、王国軍に入ってからまだ1ヵ月ちょいしか経っていないストックに、良い様にあしらわれている。

 ストックは、ヤルス達よりも少しだけ早く入隊したが、メキメキと頭角を現してきた為に、騎士の試験を受けさせたら、合格して第二騎士団に入ったのだ。

 歳は18歳で、成人してすぐに冒険者となり、入隊する直前に4級冒険者になった強者だ。

 冒険者の剣士は、殆どが我流の剣術で、剣術スキルを身に着けるまでが長い者が殆どなのだが、ストックは1年で剣術を覚えたらしい。

 冒険者の頃は、ウルファを目標にして頑張っていたが、ウルファが王国軍に居ると知って、入隊したのだそうだ。

 冒険者になり立ての頃に、街でウルファが暴漢を叩きのめしたのを見て憧れ、ウルファから鍛錬の方法を教えてもらったらしく、それから毎日その鍛錬を続けていたのだとか。

 その甲斐あって、冒険者のランクもサクサクと上がり、入隊すればウルファに会えると思って、入隊を決めたそうだ。

 ウルファ直伝の鍛錬をしていたからか、剣筋が若干ウルファに似ているが、ウルファは剣刀術がメインで、ストックは剣術がメインの為、足の使い方が全然違っている。


 「はぁはぁ、参りました。はぁはぁ、流石ですね。」

 「多彩な攻撃で、それなりに強いと思いますよ。」


 リオネルは結局、ストックに一度も当てられず、一歩も動かす事ができなかった様だ。


 『そうだなあ、まずは掛け声をやめろ。はあとかやあとか一々言ってたら、打って来るのがバレバレじゃねえか。タイミングが判ってたら、避けるのなんて簡単なんだぞ?』

 「そんな事で・・・。」

 『相手が素人なら問題は無いが、玄人が相手では通用しない。それと、剣を構える位置も、毎回違うからな。どこからどんな攻撃が来るのか、予想するのも簡単なんだよ。上段に構えていれば、袈裟切りか斬り下ろしだし、下段なら斬り上げか逆袈裟、中段なら突きか払い、パターンが判れば、受け流す方向を変えるだけで、切り返しを防げる様になる。それと、踏み込みの時の足の向きでも、どこに来るのかバレバレだな。』

 「・・・全部言われました。」


 おっと、仕事を奪ってしまった様だ。


 「そう言えば、この木剣は何でできてるんですか?」

 『トレントだよ。先日の遠征で討伐した奴だよ。』

 「それは、当たっていたら斬れるのでは?」

 『当たらなければ問題無い。』

 「そういう問題じゃない気がしますが?」

 『実際、当たらなかったんだから良いだろ?』

 「まぁそうですが。」

 「納得するのですか!?」

 「言うだけ無駄ですよ。アルティス様は、ちょっとズレてるんですよ。」

 『2年に伸ばそうかな?』

 「うわあ!?冗談ですよ!冗談!」

 「私としては、ずっと居てもらいたいですが。」

 『1年経ったら、要らなくなるかもよ?』

 「酷く無いですか?」

 「あっはっは、その時はまた考えましょう。」


 さて、冗談はさておき。


 『そう言えば、ブラスバレル軍の連中を捕縛しているんだが、戻した方が良いか?』

 「できれば戻して頂きたいのですが、罪人という事ですか?」

 『そうだよ。アンセアリス領で好き放題やっていたみたいだからな。それと、ブラスバレルの住民も移住させられていたぞ?』

 「何ですって!?」

 『罪人に対しては、隷属の首輪を着けているんだが、刑期を終えるまで外す事はできない。それと、酷く弱いのに、態度がデカくてうざかったな。』

 「?それは本当に我が家臣なのですか?」

 『知らん。現物を見て判断してくれ。』


 エキドナの地下牢に放り込んでおいた連中を連れて来るとして、何か忘れている事がある様な気が・・・。


 「あの、アルティス様、私の事を忘れてたりしませんか?」

 『あ!すまない、忘れてた。』

 「やっぱりぃ!」

 「オリビア?無事だったのか。」

 「リオネル様!?お体は大丈夫なのですか!?」

 「あぁ。アルティス様の薬で治してもらった。」

 「良かったです。」

 「兄上。」


 そういえば、クリストフも居たんだった。

 すっかり忘れてた。


 『とりあえず、エキドナの地下牢に放り込んでいた連中と、ブラスバレルの住民を連れて来る。この街の出身じゃない者も居るとは思うが、そっちは何とかしてやれ。それと、地下牢を調べて、エキドナとプラティパスの官吏が居ないか確認してくれ。[ワープゲート]』


 ゲートから、ぞろぞろとブラスバレルの住民が出てきた後に、地下牢に放り込んでいた兵士と馬鹿が現れた。


 「兵士は我が軍の者達だが、この者達は見た事が無い。」

 「当たり前だ!僕は、クロルローチの幹部だぞ!僕をこんなにしたのがバレれば、報復されるのは確実なんだぞ!怯えろ!」

 『だそうだ。処遇は任せる。奴隷の権利も移譲しよう。片腕が無いが、治すか?』

 「治せるのですか?」

 『治せる。だが、首輪が付いているのに、この威勢の良さは判らないな。まぁ、クロルローチは壊滅させるから良いとして、ティンプは兵を率いて、アンセアリス領の街を回って、ブラスバレルの住民を集めて、ゲートでここに送ってくれ。クロルローチを見つけたら、首輪を着けてアンセアリス領の領主の屋敷に送ってくれ。』

 「ゲート・・・、出せませんが?」

 『これを使え。盗まれるなよ?手の空いてる暗部は、ティンプの護衛を頼む。他は、街に魔道具の設置を進めてくれ。ブラスバレルの方は、オリビアが対応してくれ。ゴーグルを渡すから、アンセアリス領の住民を見つけたら、官吏の屋敷に連れて行け。それと、ブラスバレルの騎士は、他に居ないのか?』

 「ここに一人・・・。」


 オリビアの視線の先には、うざいヘタレが居た。


 『こんなのしかいないのか?』

 「私が叩き潰してやりましょう!」

 『叩き潰すんじゃなくて、叩き直せよ。』

 「あ・・・、そうでした。」


 何か心配になってきた。


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