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第97話 暴走の原因

 「我が屋敷内で、何をなさっておいでですかな?」


 屋敷のエントランスから、白い制服に金糸の刺繡で着飾った、馬鹿っぽい騎士が登場した。

 ワイングラス片手に、下品な台詞のやられ役でよくいるタイプにしか見えないが、こいつがモミジの言っていた、騎士の隊長なんだと思う。


 『ん?お前はこの街の官吏なのか?』

 「何を仰ってるのか判りかねます。ここは、我がブラスバレル国が占領したのですよ。」

 『離反したという話は聞いていたが、まさか本当に国を興したとはね。王城には、何の連絡も通告もなされていない様だが?あぁ、バネナ王国軍が怖くて言えないのか。愚かな事だ。』

 「ふん、奇襲して一夜にして落とそうと思っていましたが、バレてしまった様ですね。ただ、宰相のあなたがいらしたのであれば、願ったり叶ったりですね。ここで大人しく死んでいただきましょう。」


 何を言ってるんだか判らないが、こいつは数万の兵が王都に向かって来ても、王都の誰もそれに気が付かないとでも言いたげだな。

 現実を知らない馬鹿の夢物語だという事に、全く気が付かないとか、真面な精神とは到底思えないな。


 『うーん、周りに居る俺の部下を見て、勝てると思ったって事で良いのかな?てことは、お前には無理だ。』

 「獣風情が何を言う。人間の手を借りなければ、何もできないだけでしょう?」


 リズから殺気が漏れ始めた。


 『まぁ、一部に於いては当て嵌まるが、この場では、俺が手を出す程では無いという事だ。』

 「アルティス様、制圧しますか?」


 リズが堪え切れずに聞いてきたが、殺していいですか?では無い所だけは、評価していいかな。

 だが、たったの二人で、片方は目立つ服装のまま茂みの中に隠れているつもりで、弩を構えている時点で、マヌケな事が露呈している事に気が付いていないのだ。


 『んー、放置で良いんじゃないか?』

 「あははははは、怖気づいたって事ですね。」


 こいつに見合う力量の奴が居ないだけなんだよな。

 ここにいるメンバーは、全員圧倒的過ぎて、話にならないのだ。

 

 『どうしてもやりたいって事か。この程度の力量だと・・・中隊長が丁度いい感じなんだが、ここに居ないな。ストック、お前がやれ。』

 「ありがとうございます!生きていれば、何でも良いですよね?」


 すっげーニッコニコで前に出て来たな。

 生きていればいい、まぁそうなんだが、やり過ぎるのも困る・・・、まぁ、向こうがやる気満々なんだからいいか。


 『そうだな。それでいい。』

 「何だ?下っ端が私に勝てるとでも言いたいのかい?」

 『後ろの弩の援護が無ければ戦えない奴が言う台詞か?姑息にも程がある。まぁ、弩の方は、既に制圧させてもらったから、存分に戦ってくれ。』


 背後に居た弩持った奴は、狙いに集中し過ぎて、近づいたウルファの存在に気が付いていなかった様だ。

 後頭部というか、延髄(えんずい)に一撃入れられて、気絶させられた様だよ。

 あれ、色んなところでよく見るんだけど、軽く手刀でトンって感じの描写が多いでしょ?本気で叩くと本当に危ないから、できないだけなんだよ。

 素人の一撃でも死ぬ事があって、寸止めもできないから軽くトンってやってるのだ。

 実戦では、割と強めに首と頭蓋骨の付け根辺りを狙ってドスッてやるから、良くて脳震盪、悪くて死という事になる。

 ウルファの場合は、魔力を乗せてトンッてやるんだけど、首が折れるんじゃないかってくらいの衝撃が伝わって来るらしい。

 そして、その魔力にはパラライズが乗ってるらしく、痺れて動けなくなるんだそうだ。

 ウルファ曰く、脊椎(せきつい)にパラライズを掛けると言っていた。

 おっかねぇな。


 「ふん、あれは、私の援護では無く、貴方の事を狙っていただけ。殺せなかったのは残念ですが、まあいいでしょう。私がこの手で殺れば良いだけですから。」

 『そうか。できたらいいな。頑張れー。』


 そこそこ煽り耐性があった様だが、他人事の様に応援してやったら、蟀谷(こめかみ)に青筋が出た。


 「吠え面かかせてやる!」

 「良いから、早くやろうぜ?待ってるんだけど?」

 「煩い!雑魚は黙ってろ!」

 キンッ!


 軽くあしらってやるとばかりに、剣を抜き様に逆袈裟で振り抜こうとした様だが、ストックに届く前に剣で止められた。

 表情は、馬鹿なっとでも言いたげだが、馬鹿はお前だよ。

 そう来ると判ってるんだから、防がない訳が無い。

 剣速もそれ程早い訳でも無く、ストックも表情を変える事無く受け止めた。


 「中々やるようだな。」


 何が?


 「良いでしょう。相手をして差し上げますよ。かかって来なさい。」


 その言葉を聞いたストックが、右腕だけを動かした。


 シュシュシュッ!

 「ぐはっ!」


 ストックの怒りの3連撃は、反応される事なく、男の右肩、左肩、両太腿に傷を付けた。

 普段からアラクネ達と訓練しているだけあって、屁っ放り腰の棒立ち相手には、綺麗に手加減が決まった様だ。


 「くそっ!魔道具を使うとは卑怯な!」


 使って無いが?


 「お前如きに使う訳が無いだろ?自分に都合のいい解釈しかしてないから、実力の差も理解でき無ぇんだよ。」

 シュッ

 「ぎゃああああ!腕が!僕の腕が!」

 「煩い。」

 ドゴッ


 ストックが鳩尾に一撃入れたら、気絶してしまった。


 『話にならんな。全員こんなんだったらどうしよう?』

 「うえぇ、怖い事言わないで下さいよ。」


 全員が苦虫でも潰したかの様な顔になった。


 『だって、こいつは、前線基地司令官って事だろ?』

 「他の街も制圧されてるって事は無いですか?」

 『可能性はあるが、この街が王都までの最短ルート上にあると考えれば、ここが要衝って事になるだろ?という事は、それなりの実力者が派遣される筈。で、コイツって事だな。』

 「本拠地には、総大将がいるんですよね?」


 リズの言葉におっ?って顔をしているが、それは(ぬか)喜びだぞ。


 『アレックスの可能性大。』

 「帰っていいですか?」


 リズが項垂れて、心底嫌そうに言った。


 『まぁそう言うなって。少しは真面な奴だって、いるかも知れないだろ?』


 チラリとこちらに向いたが、項垂れたまんまだな。


 「そう言えば、あの魔法師はどこに居るんです?」


 ストックが話題を変えた。


 『門前の方に居たぞ?』

 「指示も無いのに?」

 『止めても居ないが。』

 「自由過ぎません?」

 『まぁ、聖騎士の(さが)って奴だよ。ああいうのに慣れてないんだよ。』

 「私だって慣れてる訳では無いですよ?」

 『だが、スルー出来る程には耐性が付いてるだろ?聖騎士には、そういう耐性は無いんだよ。自分達の正義を信念で貫く、それが聖騎士の本分だからな。』

 「止めに入るとかですか?」

 『どうだろな。ああいうのは、神聖王国には無かっただろうし、怒りをぶつけるだけの理由が知りたいだけかも知れん。』

 「知ってどうするんですか?」

 『知らん。何か考えがあるんだろ。アイツも馬鹿じゃないから、あれをやる必要性も理解している筈だ。そして、自分の実家が起した騒動で、民が怒りに震えている事を実感している筈だ。』

 「暴走しませんか?」

 『心配なら、見に行って来い。』

 「ちょっと行って来ます!」


 ストックが走って行ってしまった。

 ああいう、仲間を思いやる事のできる奴ってのは、士官として大成する可能性が高いんだよ。

 一つの事に固執する事も無く、常に視野を広く保ち、切り替えが早いというのは、騎士としては優秀な部類に入る。

 まだ成人して間もないのに。

 余程いい環境で育ったんだな。

 将来が楽しみだ。


 「アルティス様、官吏殿が気が付かれました。」


 官吏を助けて治療した後、見守っていたウルファが報告しに来た。


 『おう、そうか。とりあえず、全員捕縛して中に入ろう。』

 「既に全員に首輪着けてありますよ。」


 え?リズ?


 『・・・いつからそんな優秀になったんだ?』

 「前からですが?」

 『そうだっけ?』

 「酷く無いですか?」

 『そうだっけ?』

 「やったのは、ストックとウルファだけどな。」

 『リズ?』

 「報告しただけですが?」

 『それもそうだな。』

 「あんたらのその会話、何か意味があんのか?」


 ガウスが俺とリズの会話について聞いてきた。


 『あるぞ?』

 「どんな?」

 『言い負かしたら、串焼きを買って来てもらえる。』

 「買ってきて欲しいのなら、俺が買って来るが?」

 「じゃぁ、私、門の近くの串焼きを5本ね。」

 『俺は、雑貨屋の前の塩焼きを1本ね。』

 「俺と官吏殿の分として、甘み屋の串焼きを20本買って来てくれ。」

 「・・・お前等酷くねえ?」


 ウルファまで頼んできたから、いじけちゃったよ。

 

 『何言ってんだよ、これでも大分減らしたんだぞ?』

 「元は何本だったんだ?」

 『全部の店で1本ずつ』

 「あ!それいいですね!私それで。」

 「俺一人じゃ持ちきれねえと思うが?」


 仕方ない、揶揄うのをやめて、真面目な話をするか。


 『それもそうだな。じゃぁ、全部の串焼き屋に金貨1枚渡して、みんなに振る舞えって行って来い。』

 「最初からそう言えよ。」


 ガウスは、にやけて走って行った。

 1分も経たない内に、露店のあった方向から歓声が聞こえて来た。


 「アルティス様、ありがとうございます。」

 『さ、中に入ろうぜ。あ、リズとウルファは、連中を地下牢に放り込んでおいてくれ。』

 「アルティス様って、結構人使い荒くないか?」

 「今更?」

 「薄々は感じていたんだが、ここまでとは・・・。」

 「この程度は、まだ軽い方ですよ?」

 『ウルファは、それ終ったら報告な。ギルドの件の進捗を教えろ。』

 「うっす。」


 建物の中に入ると、エントランスの奥にある彫像の持つ槍に最後の一人が引っかけられていた。


 『モミジ、ご令嬢はどこに?』

 『自室へ戻られました。何かを探しておられる様でした。』

 『ありがとう。』

 「あの者は、どうやって降ろせばいいのでしょうか?」

 『ガウスに頼めばすぐですよ。そんな事より、ご令嬢が自室に戻られた様です。お会いになりますか?』

 「ご令嬢・・・、おりませぬが?」

 『あれー?違うの?執務室に捕らえられてたみたいなんだけど?』

 「息子なら一人居りますが?」

 「父上!」


 階段の上から姿を現したのは、成人前の若い男の子だった。

 歳は、大体12くらいだろうか。

 まぁ、確かに姿は男の子なんだけど、この骨格は・・・。

 まさか、コイツもトランスジェンダー?


 『アルティス様、地下牢に奥方とご子息が居られました。』


 リズからの念話だ。

 地下牢に居たという事は、コイツは誰だ?


 『モミジ、官吏を守れ。』

 『はっ!』

 『[鑑定]あぁ、懐かしの変身の魔道具か。すっかり存在を忘れていたよ。』

 「チッ、バレたか。だがもう遅い!死ね!」

 パキッ!


 鑑定したら、子息のフリをした暗殺者だった。

 暗殺者は、官吏の腹にナイフを突き立てようとしたのだが、モミジのナイフでナイフを真っ二つに斬られてしまい、切り落とされて床に落ちたナイフを凝視しながら固まってしまった。


 パチン!

 「一体どうなってるんですか?」

 『二番煎じだな。奥方と本物は?』

 「すぐ後ろに・・・、何をしてるんですか?」

 「刺されそうになったので、制圧しました。」

 『つまり、この館の中には本物の官吏は居ないという事だ。』

 「・・・どうやって防いだというのだ!?ミスリル合金のナイフなんだぞ!?」

 『ミスリルが一番硬いと思ってる時点で、どうしようもないな。』

 カキンッ!

 「なんだ!?バリアか!?」

 『ソフティー、解除していいよ。』


 スゥーっと何も無かった空間に、ショートソードを足で受け止めたソフティーが現れた。

 表情は特に無く、官吏の方を向いても居ない。


 「あ、あ、あら、くね・・・」


 話を聞こうとしたら、ソフティーの殺気に当てられて、気絶してしまった。

 仕方ない、打てる手を打つとしようか。


 『エキドナに居るバネナ王国軍は、全員速やかにゴーグルを装備し、簡易鑑定を起動する事。未だブラスバレル軍が潜伏している可能性あり。』

 『うわわわ、目の前にいる奴の殆どが、ブラスバレルからの移住者ってなっています。』

 『全員、官吏の屋敷に来い。今日はここで寝よう。』


 屋敷に来た兵士達に夕飯をあげながら、それぞれの報告を聞いてみた。

 すると、詳しく市民から話を聞いたクリストフの報告が、一番参考になった。


 「まずは、門横の投石についてですが、始めはいくら何でもやり過ぎだと思っていたのですが、どうも集まって来たのは、全員ブラスバレル領からの移民でして、憎しみを話してはいましたが、殆どが演技でした。石を投げる時も、頭では無く上半身を狙う事が多くて、石が当たった個所に内出血痕が出ると、皆焦った様な表情をしていました。」

 『エキドナの出身者は居たのか?』

 「時々現れる程度ですね。子供が怪我をさせられたという人が、エキドナの住人だった様です。」

 『この街は、ブラスバレルの領民に占領されたと見ていいな。』

 「はい。」


 この街は、浸透策によって、乗っ取られてしまった様だ。

 同じ国の人間だが、ブラスバレルがバネナ王国からの独立を宣言した為に、他国人として扱ったのだろう。

 平民だけであれば、そんな事をするのは不可能に思えるのだが、軍人が官吏の屋敷を占拠してしまった為に、ブラスバレル人には後ろ盾が付く事により、強引に事を進める事が可能となった様だ。


 「路地裏には、孤児がたくさん居ました。」

 「串焼きの屋台の連中も、慣れない事をしているって感じだったから、振舞わせるんじゃなくて、マジックバッグに全部放り込んで、路地裏の孤児に分け与えてやったぜ。」

 『ナイスだガウス。大人たちは見かけたか?』

 「あぁ、路地裏の奥の方に、地下通路に繋がる家があってな、そこの地下に隠れているって、孤児が教えてくれたぜ。残念ながら、俺には狭すぎて入る事はできなかったがな。」


 地下というのは、下水用の地下道か、スタンピードが発生した時の避難場所か何かだと思う。

 下水であっても、避難場所であっても、地下道には街の外に続く道は無く、外に出られるのは下水だけだ。


 『判った。孤児は、孤児のフリをする子供達と考えた方が良さそうだな。この屋敷を、エキドナの市民に使って貰おう。全員が入る程のスペースは無いが、天幕を使って、雨露をしのげる様にしてやった方が良いだろう。』

 「守りはどうしますか?」

 『コボルトと兵士、リザードマンと狼人族で十分だろう。』

 「過剰戦力だな。」


 当然だよ。

 現状維持なんてする訳ないからな。


 『最終目標は、エキドナをエキドナ市民の為に取り戻す事として、治安維持をさせれば過剰では無くなるな。それと、街の結界だが、ボロボロなんだよなぁ。コルス、結界を張れる奴は、オロシ以外にも居るのか?』

 『オロシの弟子が3名程います。オロシが休暇を利用して、その3名を育成していますね。』

 『呼んでくれ。それと、プラティパスの方も調べておいてくれ。同じ様な状況だったら、官吏の屋敷を制圧して、エキドナと同様にプラティパスの市民に開放して、兵団、コボルト、狼人族とリザードマンで警護、警ら隊を組織して、プラティパスを取り戻してくれ。』

 『アンセアリス領の他の街も調べますか?』

 『可能ならやってくれ。』

 『了解』


 ブラスバレルが、どの辺まで浸透しているのかは判らないが、国境周辺は確認する必要があるだろう。

 ただ、領主も取り込まれている可能性が出て来たんだよなぁ。


 『あるじ、兵士をアンセアリス領の各街に派遣して、官吏の確認をお願い。編成は任せるよ。それと、エキドナに中隊1、コボルト50、狼人族3、リザードマン20を駐屯させる。フル装備で編成お願い。あと、天幕を20程用意しておいて。魔道具部隊に寄生虫用の魔道具にイレーズを登録して、作成する様に頼んでおいて。』

 『深刻なのか?』

 『うん。かなりね。』

 『判った。』

 『あと、また襲撃があるかもしれないから、王都の守りは任せたよ。』

 『判った。留意する。』


 これだけの規模で事を進めるとなると、普通に領主の命令だけで行うのは無理がある。

 以前から、ブラスバレルは横柄な態度を取っているとは思っていたが、言霊か閾下知覚による影響があったのかも知れない。

 だとすると、既に国中にその魔の手が広がっている可能性も考慮する必要があるかも知れない。

 フーリッシュ伯爵が親玉と考えるとして、たった一人でこれだけの広範囲に亘る策略を行えるか?正直、厳しいと言わざるを得ない。

 長期間に亘って行ったとして、何十年もかけて浸透させるにしても、テレビもネットも無いこの世界で、広めるのは容易な事では無いのだ。

 一気に広められるチャンスがあるとすれば、領主会議辺りだろうとは思うのだが、領主から民衆に何かが広まる事は殆ど無く、魔道具を持たせたとしても、魔石では範囲が狭く、使用時間も短い筈だ。


 「どうやってコントロールしているんでしょうか?それが不思議でならない。」

 『一つの指示だけ出して、後は自由にさせてるだけだと思うぞ。意図的に動かれると、バレるからな。』

 「一つの指示?」

 『普通に暮らせってだけだよ。』

 「でも、ブラスバレル軍に仲間意識を持っているんですよね?」

 『そこを言霊とかで、親近感を持たせる様にしてれば、良いだけだ。』

 「でも、そんなに上手く行きますか?」

 『上手くかかった奴だけを連れて来ればいいだろ?』

 「ああ、そっか。」


 ブラスバレルの領民を使って占領させるとしても、ブラスバレルの領民全員が領主の言いなりという訳では無い。

 言霊や閾下知覚で操れる人ばかりという訳でも無いのだから、上手くかかった人員だけを集めて送り込めば良いだけの事。

 軍の連中にしても、プライドが高く、誉め言葉で増長しやすい者を選んで送り込めばいいだけだ。

 ブラスバレルからすれば、領内から厄介者を追い出せる、いい口実になった事だろう。


 『上手い事考えたな。うちもやるか。』

 「どこに送り込むんですか?」

 『ケモナー?』

 「和平交渉が難しくならないですか?」

 『うーん、送り込める先が無いな。』

 「諦めましょう。」


 下らない話をしていると、王都から念話が来た。


 『アルティス、準備できたぞ。』

 『ありがとー、ゲート出すね。[ワープゲート]』


 部隊を招き入れ、ここでの任務内容を伝えた。


 「つまり、この屋敷の警備と街からブラスバレルの領民を追い出す、そう言う事ですか?」

 『元々の住民の保護もだぞ。メインはそこだ。』

 「あ、はい。この魔道具はどう使えばいいのですか?」

 『街の軒下とか見つかり難い所に設置して、起動すれば後は放置で良い。』

 「コボルトにやらせるのでは駄目なんですか?」

 『背が低いから、高い所に設置できないだろ?』

 「確かに。」

 『まずは、路地裏に行って、官吏の屋敷で炊き出しをやるから、集まれって言って来てくれ。それと、路地裏にも設置してこい。』

 「了解。」

 『狼人族は炊き出しの準備だ。コボルトは、まずは天幕の準備をしてくれ。リザードマンは、屋敷の敷地内の警備だ。』

 「了解。」


 まずは、この街を元の状態に戻す事から始めるよ。

 プラティパスはその後だ。


 屋敷の外では、狼人族が炊き出しの準備を開始し、既に作っておいた鍋を竃に置いて、温め始めた。

 路地裏からは、続々と人々が出て来て、屋敷の敷地内に入って行く。

 それを遠巻きに見る集団が、徐々に近づいて来た。


 『手の空いている者は、領民の警護を頼む。屋敷の門の上にも、一つ魔道具を設置しておいてくれ。』


 ガウスが魔道具を一つ手に取り、門の方に歩いて行った。


 「本当にこんな物で、どうにかなるのかねぇ。えっと、設置して魔力を流すだけだったよな。」


 ガウスは、門扉の支柱の上に魔道具を置き、魔力を流し込んだ。

 すぐ近くには、ブラスバレルの領民が手に棒やナイフを持って近づいて来ていたが、魔道具に魔力を流した瞬間、劇的に状況が変わった。


 「あれ?俺は一体何をしようとしていたんだ?」

 「この棒は一体・・・、ここは何処だ?」


 屋敷に向かう人々のすぐ近くまで来ていた民衆が立ち止まり、キョロキョロと周囲を確認し始めた。


 「本当に効果があったな。こりゃすげえ。」

 『効果あったな。門の明かりは使えないから、カンテラを代りにぶら下げておいてくれ。』

 「イレーズを使ってるから、こっちが使えなくなるのか。不便だな。」

 『そうだな・・・、いっその事、設置する魔道具を夜だけ光らせるか。』

 「そんな事できるのか?」

 『設置する場所に依って変える必要があるが、夜の街灯として使えるのなら、態々外す奴も居なくなるだろ。』

 「そういうもんかねぇ。」


 魔道具は、効果範囲に隙間なく設置するのではなく、要所要所に設置しておくだけで問題は無い。

 人通りの多い所に設置しておけば、勝手に歩いてくるのだから、勝手に解除されてくれるのだ。

 ついでに、寄生虫とブレインモルトも除去してくれて、微弱だがヒールの効果もある為に、この魔道具の近くを歩けば、小さな傷は全て治るのだ。

 官吏の屋敷は、街の中心部にある為、壁では無く柵で囲んであり、柵は石柱と地面で支える形になっている為、門の真裏にある柱と、屋敷の左右にある柱にも設置してもらった。

 屋敷の敷地内にエキドナの出身者達が集まったからか、街の各所からブラスバレルの領民が屋敷に向かって近づいて来たが、魔道具の効果により次々と正気に戻る人々が現れ始めた。

 1時間も経たない内に、屋敷の周囲には、困惑する人々で溢れかえり、ごった返してきた。


 「正気に戻った人は、住んでいた家には帰らないみたいですね。」

 『常識的に考えて、他人の家に勝手に上がり込んで、寝るなんて奴は少ないんだろうな。』

 「そうなると、ブラスバレルの領民が寝る場所も必要になるんじゃないですか?」

 『放置で良いだろ。今までの事も覚えてるんだし、正気じゃ無かったとしても、良心の呵責に(さいな)まれるだろう?で、その原因が何なのかを考えれば、ブラスバレルの悪行だという事を思い出す。その後の結果は、こいつら次第だよ。』

 「救済しないんですか?」

 『明日向かえばいいだろ?どうせ元からそのつもりなんだから。』

 「今夜は野宿させるって事ですか?」

 『当然だ。』

 「ちょっと可哀想な気もします。」

 『そうか。』


 正直、責任をブラスバレルの領民に背負わせるのも少し違う気もしている。

 だが、長期に亘り、虐げていた事も事実であり、虐げられていたアンセアリスの領民の気持ちにも配慮が必要とあれば、ブラスバレルの領民をこの時点で救済するのはどうかとも思う。

 これは、気持ちの問題であり、強権を発動して無理やり進めるよりも、対立した場合にのみ介入するだけにした方がいいとも思うのだ。

 タイミングを間違えれば、怒りの矛先がこちらに向かないとも限らない為、慎重に見極めなければならないだろう。


 『アルティス様、エキドナの住民の一部が、ブラスバレルの領民を襲撃しようとしていますが、どうしますか?』

 『何としても止めろ。暴力は駄目だ。エキドナの住民に事情を聞いて、犯人が判るのであれば、探し出せ。』

 『了解。』


 こうなる事は判っていた。

 だが、暴力で解決するのは駄目だ。

 気持ちは判る。

 だが、洗脳されている時なら兎も角として、解除された今、襲撃などをすれば、襲撃した側に犯罪歴が付いてしまうのだ。

 それだけは、何としても阻止しなければならない。


 『事情を聞いたんですが、お子さんを殺されたそうです。』


 最悪だ。


 『犯人を捕縛しろ。首輪を着けて、ジャッジメントの判定を見るんだ。』

 『刑期13年と出ました。』

 『重犯罪奴隷にするから、それで怒りを収めるよう説得してくれ。今攻撃をしたら、犯罪歴が付いてしまう。』

 『何とか説得してみます。』

 『ある程度落ち着いたら、館の門前に連れて来てくれ。』

 『了解。』


 この手の話は、慎重にならざるを得ない。

 良くある話としては、罪人が確定したとしても、被害者を名乗るものが実は全くの無関係だったとか、無関係では無いが友達の話だとか、噂話を聞いてでっち上げたとか、色々なパターンが存在しているのだ。

 ゴーグルの簡易鑑定では、クライムキャリアは確認できるが、ヴィクティムオブクライムは確認できないのだ。

 ヴィクティムオブクライムとは、犯罪の被害者の事を指し、今回の場合は、直接の被害者では無く、間接的な被害者という扱いになる為、犯人の犯罪歴を直接確認しなければ、本物か偽物かの判断を付けられないのだ。

 犯罪歴は、鑑定を使えば詳しく内容を確認する事が可能で、殺人であれば被害者の名前を確認する事が可能なのだ。

 犯罪歴の詳細確認は、入市チェックの時に使用する魔道具でも可能で、王城には犯罪歴を消す魔道具も存在している。

 犯罪歴の消去は、主に安楽死に加担した場合の殺人や、過剰防衛による殺人などに適用される。

 だが、復讐による殺人には使えない為、今回の様なパターンで殺人を犯してしまえば、犯罪奴隷として捕縛しなくてはならなくなるのだ。

 但し、復讐が全て犯罪歴として残る訳では無く、子供が殺された直後に犯人に復讐をした場合などは、犯罪歴に残らない。

 要は、相手に反撃の余地が有るか無いかで変わるという事だ。


 『連れて来ました。』


 案外すぐに落ち着いた様だ。

 その事から考えても、被害者側は偽物っぽいな。

 普通に考えても、本当に自分の子供を殺されたのであれば、その程度で怒りが収まる訳が無いもんね。


 『こいつらが被害者?』

 「はい。そう申しております。」

 『殺された子供の名前は?』

 ビクッ


 「ち、チックだ。」


 殺人の犯歴を見ても、そんな名前は載ってないな。

 近い名前としたら、チリクという名前か。

 こいつは、愛称しか知らないって事だな。

 しっかし、この罪人の方は、6人も殺してるのに、何で13年で収まってるんだ?後で細かく調べるか。


 『本名は知らないのか?』


 汗をダラダラ流し始めたな。

 だが、このままではただの偽証にしか過ぎず、嘘をついた方にしても、リスクしか無いんだよな。


 『まぁいい。賠償として何を求める?』


 キター!とばかりに、満面の笑みでこちらを向いて、言い放った。


 「白金貨50枚くらいでギリギリ許せます!」


 そう言い放った瞬間に、コイツの称号に詐欺師が生えた。


 『捕縛しろ。』

 パチン

 「な、何で!?」

 『お前は親でも無ければ、親戚でも無い。ただの知り合いか、顔と愛称だけを知ってる、赤の他人だ。金を要求した時点で、お前は詐欺師に成り下がった。だから捕縛したんだよ。理解できたか?』


 口をパックリ開けて驚いた後、ガックリと俯いて引き摺られる様に牢屋に連れて行かれた。

 詐欺師の取り巻きは、連れて行かれる様子を眺めていたが、ハッと気が付いて、その場から逃げようと後ろを振り返った。

 だが、そこにはリザードマンが二人立ちはだかっており、逃げる事ができなかった。


 『さて、アイツの取り巻きの貴様等は、何の為にここに来たんだ?』

 「え、えーっと、アイツが子供を殺されたって言ってたから、や、野次馬?として着いて来ただけです。」

 「俺は、この男に娘を殺されたんだ!」

 「私は、この男に妻を殺されました。」

 「私は、この男に妹を殺されました。」

 『名前は?』

 「メリーだ。」

 「メリーです。」

 「メイリーです。」


 この3人の内、二人は詐欺師で、最後の一人だけが本当の名前を知っていた。


 『この二人は捕縛、お前の名前は?』

 「タバサです。」

 『出身は?』

 ビクッ


 人を欺く奴ってのは、回を重ねる毎にどんどん巧妙になって行く。

 金を稼げそうなネタを持っている者が居れば、様々な事を聞きだす為に、親身になって相談に乗ってやる様なフリをする。

 多少の金がかかっても、それは先行投資だと思って出してやる。

 そうやって、思い出やエピソードを聞き出し、そいつを排除する。

 後は、混乱に乗じて成りすますだけだ。

 周りに知り合いが居なければ、成りすましなんて簡単にできてしまうのだ。

 だが、戸籍なんて物が無い世界では、自分の出身地なんて物をホイホイ喋る奴は少ない。

 ましてや、知り合ったばかりの親切な男に、迂闊に話すなんて事をする訳が無い。

 同じ街出身の筈が、土地勘も無く、有名な店も有名な名士も知らず、住んでいるのが宿屋ともなれば、疑いを持つのは当然の話。

 全ての住民が持ち家に住んでいる訳では無いが、長く住んでいるのであれば、集合住宅や借家に住んでいた方が安上がりなのだ。

 冒険者であれば、おかしなことでは無いと言えるのだが、身なりは冒険者に見えず、武器は小さなナイフだけ。

 荷物や装備を宿屋に置きっ放しにするなど、普通の冒険者なら絶対にやらないし、持ってるのに身に着けない奴も殆ど居ない。

 居るとすれば、相当な実力者だけだ。

 普通の市民が、そんな細かい事を気にするか?してるよ。

 この世界では、平和ボケしている奴なんて、生きていけないんだから。

 みんな必死にあらゆる情報を集めて、取捨選択をしている。

 だから出身地をバラす様な事は、本当に信じられる者以外には絶対にしない。

 エキドナ出身と言えば良い?エキドナ出身者がエキドナ出身者にそんな事を言うか?それは、東京出身者に東京出身だと言っている様な物で、必ずと言っていいが、東京のどこ?と聞かれるのだ。

 そして、当然の如く地区名があり、地元民しか知らない俗称もある訳だ。

 地元民が商業地区を商業地区と言うなんて事は無い。

 何が言いたいかと言えば、犯人はブラスバレル出身者で、タバサもブラスバレル出身者なのだ。

 洗脳でエキドナ出身者を排除しろと命令されていた者が、ブラスバレル出身者を殺す?たとえそこに深い事情があったとしても、符丁でも言えば回避できる筈で、洗脳状態にあるならば、猶更だ。

 つまり、殺されたメイリーはエキドナ出身者で、タバサは偽者、本当のタバサは殺されたか、どこかに監禁されているという事だ。


 「え、エキドナ出身ですよ?何を突然聞くんですか?」


 明確に嘘をついた瞬間、こいつの称号に、詐欺師が生えた。


 『捕縛しろ。』

 パチン

 「結局、全員捕縛されてしまいましたね。」

 『この街は、未だにブラスバレルに支配されている状態だからな。』


 こんな奴しか居ないのか?という感想は無い。

 人々の心が荒んだ状態というのは、こういう奴が増えるものなのだ。

 占領した側も、占領された側も、強いストレスを感じていて、どちら側にも自由が無く、抑圧という強い力の下で必死に生きているのだ。

 洗脳から解放されたとしても、それだけで安心できる訳では無く、再びブラスバレル軍が戻って来て、占領されるかも知れないと思っているのだ。

 だって、バネナ王国軍の強さを全く知らないのだからね。


 「夕闇が迫ってきていますが、外壁の方も守りますか?」


 リズが確認を取りに来た。


 『門番だけでいいだろ。』

 「来たら蹴散らしていいのですか?」

 『良いけど、多分難しいと思うから、来たら応援を呼べ。』

 「そんなに沢山来ると予想しているんですか?」

 『さっきのアレみたいなのが大挙して押し寄せて来る。』

 「リザードマンに任せましょう。」


 リザードマンを指名したのは、リザードマン達は黙して語らずというのが多いので、ウザ絡みをしてくる相手には、ピッタリなのだ。

 寡黙という訳では無い様で、人間を相手に話しかけると、ほぼ確実に怖がられるので、ショックを受ける様だ。

 本来は社交的な性格なので、逃げられたり怯えられる事を酷く嫌うのだ。

 だから、ウザ絡みしてくる人間が煽って来ると、人間側から話しかけて来たと感動するらしい。

 今回の編成の中には、マシンガントークのリザードマンは含まれていないので、とても静かに佇んでいるだけなのだが、それでも近づいてくる者は殆ど居らず、怖いもの知らずの子供以外は来ない様だ。

 こういう所に娯楽になりそうなマシンガントークの奴を連れて来れば、娯楽として見ていられるんじゃ?と思うかも知れないが、話す内容が面白くないと、飽きられるのも早いんだよね。

 王城では、毎日食堂の片隅にぐるぐる巻きにされたリザードマンが転がされてるんだよ。

 煩いからね。


 『あ!』

 「どうかされました?」

 『マシンガントークのリザードマンだけの部隊を作って、ブラスバレルに送り込んだら良くない?』

 ブフッ


 近くにいたリザードマンが吹き出した。


 「とんでもない嫌がらせですね。ブラスバレル侯爵が疲弊するまで、時間がかかりそうですよ?」

 『とっ捕まえてから同じ部屋に閉じ込めるか。』

 「発狂する未来が視えます。」


 どんだけ酷いのかと思うが、寝ていても寝言がマシンガントークなのと、大体30分毎に叫び声をあげるので、とてもじゃないが煩くて眠れないのだ。

 サイレントをかければ静かになるのかと思いきや、突然起き出して、寝ている奴を起こして回り、身振り手振りをしながら何かを訴えて、自分は寝るという奇行に出るのだ。

 翌日の朝に、首吊りの刑に処されているのを見て、焦ったよ。

 まぁ、リザードマンは首に鱗があるから、首を吊った程度では死なないんだけどね。

 一応、余りにも煩いので、1時間一言も話さなかったら、金貨1枚をあげると言ったら、マシンガントーク全員が挑戦する様になったのだが、成功者はいまだ0人だ。


 『うーん、駄目かぁ。どうにか活躍できる場所を提供してやりたいんだけどなぁ。』

 「活躍してるじゃ無いですか、露店で。」

 『あれは、単なるパフォーマーだからな。その内飽きられるだろ。』

 「結構人気な様ですよ?」


 今、王都で人気なのが、叩いて被ってじゃんけんぽんをマシンガントークのリザードマンがやっているのだが、ギャーギャー騒ぎながらハリセンで叩き合っている。

 ハリセンは、紙では無く革製で、防御はヘルメットでは無く盾を使っているが、合間合間のトークが面白いので、毎日結構な金額を稼いで来るのだ。

 まぁ、飽きられるまでは、まだまだ時間が掛かるって事だね。

 その内見に行ってもいいかも?


 『まぁ、昼間見てる分には良いんだけど、夜がなぁ。』

 「夜は牢屋にでも放り込んでおけばいいのでは?」

 『酷っ!』


 酷い事を言ったのが、リザードマンってところが始末に負えない。


 パンッ!


 門の方から信号弾が上がった。


 『あんなの渡してあったっけ?』

 「いえ、我々のでは無い様です。」

 『何か変化はあるか?』

 「今まで隠れていた者達が、外に出て来た様ですが、イレーズの効果で次々と正気を取り戻している様ですね。」

 『そうか。中隊は応援に行ってやれ。殺さず、全員捕縛しろよ?』

 「はっ!中隊集合!門へ応援に向かうぞ!」

 「多すぎじゃ無いですか?」

 『お勉強だよ。』

 「どっちの?」

 『んー、両方?』

 「何で疑問形なんですか。」


 一方、応援に向かった中隊が門の前で見たのは、地団駄を踏む敵の指揮官と、地面に倒れ伏す騎士達だった。


 「くー!なんで私の兵があんなのに負けるのよ!早く何とかしなさい!」


 何とかしろと言われても、自分達より圧倒的に強い騎士達が、手も足も出せずに負けた相手に何ができると言うのか。


 「指揮官殿、我々が何とかできる相手では無いのではないですか?」

 「貴方達には、ブラスバレル軍のプライドという物が無いの!?」

 「そう言われましても、我々よりも圧倒的に強い騎士殿が、ああもあっさりと倒されてしまっては、どうする事もできないと存じあげます。」

 「判ったわ。私が直接手を下す事にするわ。」


 ブラスバレル軍の指揮官が、防具を着けた馬から降りて、剣を抜いた。


 「えっと、どんな状況なんです?」

 「魔道具を使って、空に光魔法を撃ったのが、中に居る者への合図だった様ですが、何も起こらないので痺れを切らして、強引に入ろうとしたのを阻止しただけです。」

 「あぁ・・・、我々は必要ですか?」

 「背後の兵が押し寄せて来ると、少々厄介かも知れませんね。」

 「じゃぁ、門を守ってますので、安心してやっちゃって下さい。」

 「ありがとうございます。」


 中隊長は、少し下がって門の真下で待機する事にした。

 ブラスバレル軍の指揮官は、ゆっくりと歩いて門の前に立ちはだかるリザードマンに近づいた。

 敵の指揮官は、自分の得意とする間合いである、相手との距離が5m程と言う所で立ち止まったが、そこはイレーズの魔道具の効果範囲のギリギリ外側だった。


 「少し下がります。」


 リザードマンが一歩下がった。

 敵の指揮官は、リザードマンが恐れをなして下がったのだと思い、一歩前に出た。


 「・・・。」

 ガシャン!


 敵の指揮官が剣を落とした。


 「わ、私は何を・・・?ここはどこだ?」


 中隊長は、ブラスバレル軍が洗脳状態にあるという事を知り、魔法師達に指示を出した。


 「敵軍に対し、イレーズをかけろ!魔道具を持ってる者は、敵軍の中に投げ入れろ!」

 「イレーズの魔法は、範囲ではなくて単体用なので、あの人数に一度にかけるのは無理なんじゃ・・・?」

 「魔道具持ってます!投げ入れるのは無理なので、これを持って突撃してもいいですか?」

 「くっ、仕方ない!3名だけ突撃しろ!必ず守ってやるんだ!」

 「はっ!」


 魔道具を防具の胸の位置に貼り付け、起動させて突撃した。


 「お、おい!待て!我々は何かの間違いで来たのだ!」


 指揮官は、自分に向かって3名が走り寄って来るのを見て、両手を上に上げて無抵抗の意志を示したが、3名が自分を避けて走り抜けたのを見て、後ろを振り返った。

 背後には、自分の愛馬と地面に倒れ伏した部下、そして大勢の兵士が困惑の表情を浮かべながら、立っているのが見えた。


 「武器を降ろせ!抵抗するな!」


 その命令が、どんな結末を招くのか判らないが、何があっても自分が全責任を負うつもりで叫んだ。

 だが、3人の兵士が近づくと、自分の引き連れて来た兵士達に異変が起こった。


 ガシャン


 最前列にいた兵士が、武器を落としたのを皮切りに、次々と兵士達が武器を取り落とした。


 「あー、貴殿は、ブラスバレル軍の指揮官でよろしいでしょうか。私は、バネナ王国軍第2師団第1連隊第1中隊隊長、アレンと申します。少しよろしいですか?」

 「一体何が起こっているというのだ・・・。」

 「指揮官殿?」

 「す、すまぬ。少し気が動転してしまった。私は、ブラスバレル軍第2騎士団副団長のオリビア・ライフリングと申す。どうやら醜態を晒してしまった様だ。」

 「いえ、お気持ちは理解できます。何が起こったのか、訳が分からないと云った処ですよね?ここはエキドナの街の西門前です。今、エキドナの街には、アルティス宰相が滞在しておりまして、ご案内させて頂きたいので、先に騎士の治療と兵士達への指示をして頂きたいのですが。」

 「何!?宰相殿が滞在されておられるだと!?まさか、我々は、宰相殿が滞在されている街を攻撃しようとしたという事か!?」

 「その件も含めまして、宰相様から説明してもらおうかと思っています。」

 『この時間に外は危ないだろ?中に入って貰え。』

 「だそうです。」

 「承知致しました。ご指示に従います。」


 ブラスバレル軍を全員門の中に入れ、門扉を閉じた。

 既に日は沈み、外には暗闇が広がっている為、外壁の外に居るのは、危険な状態になっているのだ。

 普通は、暗闇になる前に篝火や魔法で光源を維持するのだが、洗脳状態にある彼女等には、そんな常識的な事もできなかった様だ。

 ブラスバレル軍の計画では、信号弾を見た市民が、街中で暴動を起こし、その混乱に乗じて攻め込むつもりで居た様だが、予定が狂った為に一般常識でもある光源の確保すらもできなくなる程に、混乱してしまった様だ。

 門の中に入ったブラスバレル軍は、門前の広場で騎士と兵士が待機し、指揮官のオリビア・ライフリングだけが官吏の屋敷に赴いた。


 「ブラスバレル軍オリビア・ライフリング殿をお連れ致しました。」

 「入れ。」


 部屋に入ったオリビアは、アルティスの目の前に跪き、(こうべ)を垂れた。


 「ブラスバレル軍所属、第二騎士団副団長、オリビア・ライフリング参上致しました。」

 『頭をあげろ。堅苦しい挨拶は要らない。楽にしろ。まずは、今回の件について説明してやる。現在、ブラスバレル侯爵家は、バネナ王国からの離反(りはん)を宣言し、独立する事を宣言したと、ブラスバレル軍の騎士が言っていた。まだ、侯爵本人から聞いた訳では無い為、この件については、一時的に保留としている。陛下にも特に通告は届いていないらしいから、明日、直接話を聞きに行く予定だ。次に、貴殿らが兵を率いて来た理由についてだが、貴殿らは洗脳状態にあったと推察する。』


 オリビアは、大きく目を見開き驚いた直後、目を泳がせながら下を向いた。


 『覚えている事を全部話せ。ブラスバレル領は、我が国の一部であるので、たとえ領主が独立を宣言したとしても、領民にまで被害を出す訳には行かないんだ。だが、ブラスバレル領に隣接する近隣の街では、ブラスバレル領民による弾圧が確認されており、元の住民が下水道に追いやられている状況にある。これは、かなり前から計画的に実行されて来た事が考えられるのだが、覚えている範囲で良いから、何があったか話してくれ。』

 「ま、まずは、洗脳されていたとは言え、宰相様が滞在為されている街へ攻め込もうとした事に対し、心よりお詫び申し上げます。」

 『許す。洗脳に抗う事はとても難しく、貴殿等(きでんら)にかけられていた洗脳は、精神魔法とは別の手法を用いて施されたものである事を確認している。無意識に洗脳されやすい状態に持ち込まれたものであり、それに抗うのはかなり厳しいと言わざるを得ない。だから、今回の件については、不問とする。』

 「ありがたき幸せにございます。要請に応じて、私の知る限りの事をお話致します。ところで、今日は何日ですか?」

 『2月の2の週13日だったっけ?』

 「そうですよ?覚えてないんですか?」

 『あんまり気にしてないな。』

 「・・・3か月前からの記憶が曖昧ですね。ブラスバレルが可笑しくなり始めたのは、半年ほど前からです。それまでは平和だったのですが、街中で暴れる者が徐々に増えて来まして、原因が全く判らなかったのですが、昨年の年の瀬にアレックス様がご帰還されてから、一気に悪化したのです。」


 あぁ、やっぱり戻っていたのか。

 治安が悪化したのは、繋がりのあった連中も連れて行ったんだろうな。


 『俺達が魔族を排除した辺りかな?』

 「14月の1の週辺りだったと思います。」

 『神聖王国に行ってる時か。』

 「アレックス様が戻られてすぐ、オスカー様が病に倒れられて、領主代理になったリオネル様も年明けに倒れてしまわれました。それで、アレックス様が領主代理として実権を握られてからは、急激に治安が悪化しまして、我々騎士団も治安維持に駆り出される程で、寝る暇も無い程に忙しくなりました。」


 まぁ、アレックスならやりかねないな。

 ゴロツキも協力したんだろう。

 

 『アイツが今は領主をやっていると?アイツ、何とかローチと繋がって無かったっけ?』

 「クロムローチですね。」

 「違うわよ、クロルローチですよ。」

 『G集団な。』

 「その名前、よく聞いてましたね。その頃急速に勢力を拡大し始めたゴロツキ集団で、怪しげな薬を売り捌いているという話でした。」

 『ブラスバレルに行ったら、ついでに殲滅するか。』

 「そうですね。」


 モコスタビアでは、偽金貨をばら撒いていたんじゃなかったっけ?麻薬にまで手を伸ばしたのか。

 あの時壊滅に追い込んだと思ってたけど、残党が残ってたって事か。

 今度は、徹底的に潰してやらないと駄目だな。


 「そんな簡単には行かないのではないですか?我々も追ってはいましたが、尻尾すら掴めない程に巧妙に隠れていまして。」

 『まぁ、真正面から突っ込んだらそうなるわな。』

 「その内、兵士の中にも少し様子の可笑しい者が出始めて、調べ始めたのですが、我々騎士団もその毒牙に罹ってしまった様です。」


 多分、飲み水に混ぜられたんだろうな。


 『判った。では、早速手を打っておこう。コルス、ブラスバレルは調べてる?』

 『はい。既にクロルローチのアジトを監視しています。領都は既に手中に収めている様ですが、他の街は徐々に侵食されつつある様です。』

 『その手法は?』

 『井戸に魔薬ではない依存性の高い薬を入れている様です。』

 『そうか、犯人に首輪を着けて、周辺の街を先に浄化してくれ。領都の方は、俺達が到着してから入れてくれ。そうしないと、大量に入れられる可能性があるからな。』

 『了解。』

 「なっ!?既に調査に入っている!?」

 『もちろんだ。我々だけでは、手が足りないからな。情報はあっても困らないし、寧ろ無いと困る。情報は宝だ。だから、事前に徹底的に集めるんだよ。』

 「もしかして、領主の様子も判るのですか?」


 まぁ、そこは知りたいと思うよな。

 オリビアの主君だもんな。


 『コルス、判る?』

 『はい。現当主のオスカー・ブラスバレルは、既にお亡くなりになっています。嫡男のリオネル・ブラスバレルは、重体ですがまだ生きています。』


 オリビアの顔色が悪くなった。


 『中毒か?』

 『はい。』

 『持ちそうか?』

 『厳しいかと。』

 『連れ出せるか?』

 『可能です。』

 『よし、万能薬を使え。領都から連れ出して、亜空間に入れておけ。』

 『了解。』


 オリビアは、そのやり取りに驚き、口をポカンと開けて固まっていた。


 『驚いた顔をしているな。』

 「決断の早さと手際の良さに驚いています。」

 『のんびりしていたら、死んでしまうかも知れないからな。最速で移動すれば明日の朝には領都に着くが、貴殿には少し待っていてもらわねばならんな。』

 「今から行くのですか!?」

 『いや?明日の朝だが?馬では無いからな。4時出発で7時には着くよな?』

 「そうですね。間の街をスルーして、領都を目指すのであれば、問題無いかと。」

 「待ってくれ!途中には大渓谷があるのですよ!?」

 『問題無い。』


 大渓谷とは、ブラスバレル領にある巨大な亀裂で、勇者が四天王を討つ為に放った技でできたと言われる谷だ。

 幅は最大50m程あり、深さは約100mあると言われている。

 底の方に行けば行くほど狭まっており、最深部には湖があるとか無いとか。

 誰も調べていないので、そういう噂があるってだけだ。

 過去には、エンシェントドラゴンが住んでるなんて噂もあった様だが、あの大きさでは入りきらないので、嘘だ。

 まぁ、湖の話の方は、飛び越えようとする者を水竜のブレスが撃ち落としたという目撃例があるので、そういう噂が立ったらしい。

 ただ、幅50mしかないのに水竜が住み着くとは思えないよなぁ。

 しかも、鉄砲魚の様に撃ち落とすとか、無いだろ。

 そんな事があったら、どうやって橋を架けたんだって話になる。

 飛び越えるのは駄目で、橋を架けるのは平気なんて、そんな馬鹿な話は無い。

 どうせ、建設費をケチったから、釣り上げる為に嘘をついたんだろう。


 「一体どうやって・・・」

 『飛び越えるぞ?』

 「水竜のブレスで撃ち落とされるという噂があるのですよ?」

 『ドラゴンのブレスが、そんな程度な訳無いだろ?当たったら、ワイバーン程度なら爆散するだろうよ。』


 言われて初めておかしい事に気が付いた様だ。

 寧ろ、何でそんな事にも気が付かなかったのか、不思議でならないが。


 クー・・・


 オリビアの顔が真っ赤になった。


 『飯食って寝るか。』

 「そうですね。持って来させます。」


 夕飯は、煮込みハンバーグだった。

 オリビアは、始めて食べる料理に興味津々だった様だが、リズよりも少ない量しか食べなかった。


 『もっとたくさん食べてもいいぞ?』

 「も、もうお腹いっぱいです。」

 『そうか。』


 あまり食べないのは、リズと比べて運動量が少ないんだろうね。

 リズやカレンは、毎朝のルーティーンを汗びっしょりになるまでやるから、毎食の食べる量が多いんだと思うよ。


 『寝床は用意する。ただ、明日の朝は、リズと一緒に鍛錬をしろ。』

 「はぁ?」

 『そこそこ鍛えている様だが、全然足りてない。我々の鍛錬を見て、体験してみろ。』

 「・・・判りました。」

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