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第96話 ブラスバレル家の謀反

 第1中隊とガウスを引き連れているので、隣接するアンセアリス領までポータルで飛んで、そこからは徒歩での移動になる。

 徒歩とは言っても、普通に走らせるが。

 取敢えず、領主の館を訪問する事にした。

 ここの元領主は、アンセアリス子爵だったのだが、宰相暗殺未遂と内乱罪で絞首刑に処された為、現在は王都で暇していた子爵が領主として任命されている。


 「止まれ!何者だ!?」

 『俺は、バネナ王国宰相のアルティスだ。領内を兵が通過するので、領主に挨拶に来た。取り次いでくれ。』

 「さ、宰相様でしたか!し、失礼しました!直ぐに伝えてまいります!門の中へお入りください!」


 通常は、先触れを派遣して連絡するのだが、思い付きで行動したので特に先触れは出しておらず、貴族は普通、徒歩では来ないので、門番はかなり驚いた様だ。

 だが、宰相が小さな獣なのは周知の事実である事から、疑う事も無く門の中に入れたのだろう。

 エントランスに行くと、入り口の前に領主夫妻と執事が直立して待っていた。


 「ようこそおいで下さいました。私は、アンセアリス領を任されました、ウェルス・ポバティと申します。隣は妻のプロスぺラスでございます。」

 「紹介にあずかりました、プロスぺラス・ポバティと申します。宰相閣下にお会いできて光栄に思います。」


 んん?金持ちなのか貧乏なのか判らない名前だな。


 『突然の訪問にも(かかわ)らず、対応して頂き有難く思う。この度は、隣の領に用事があってな、アンセアリス領を通過する為、挨拶に参った次第、歓待の必要は無い。』

 「左様でございますか。ですが、折角お会いできましたし、中でお茶でも飲みながら、お話でもいかがでしょうか。」

 『うむ、領内の様子など、話を聞かせてくれ。』

 「では、中へどうぞ。ご案内は、こちらの執事が致します。」

 「執事のブリスと申します。応接室までご案内致します。」


 幸福・・・、いい名前だが、こいつの種族はホーンネッドクォーターとなっている。

 簡単に言えば、魔族のクォーターという事。

 いつも、魔族魔族と言っているが、それは通称であり、正式にはホーンネッドレースと言う種族名?だ。

 有角族って意味なんだけど、羊蹄(ようてい)族や犀角(さいかく)族、羚羊(れいよう)族、馴鹿(じゅんろく)族も含まれるみたいだから、魔族と呼んだ方が判り易いんだよ。

 古い呼び方だから、大昔に角有(つのあり)角無(つのなし)で対立した事でもあったのかもね。


 『よろしく頼む。騎士のリズは私の護衛だから、同行させてもらうよ。他の者は庭で待機させてもよろしいか?』

 「ええ、ご自由にして頂いて構いません。」


 本当に自由にしろとか言うと、筋トレとか始めて衆目の的になりかねないから、座って待つ様に言っておいた。

 建物の中に入ると、以前来た時とは様変わりしていて、赤と金と白で彩られていて、派手だが落ち着いた雰囲気で抑えられていて、何と言うか、微妙。


 「こちらの部屋でございます。旦那様、アルティス閣下をお連れ致しました。」

 「入れ。」


 応接間は、廊下と打って変わって、青い落ち着いたカーペットに白を基調として、白金をアクセントに使った調度品が使われていた。

 白に銀色って、洗練された色って感じで、何か落ち着く。

 子爵家の騎士が護衛として立っているのだが、うん、弱い。


 「ささ、お席へどうぞ。お茶は飲まれますか?」

 『部下に用意させるので、気にしなくていい。』

 「畏まりました。」


 さっさと本題に入ろう。


 『さて、あまり長居する気も無いので、早速話を聞こうか。悩みがあるんだろ?』

 「・・・お見通しですか。実は、隣のブラスバレル侯爵家から、領を守ってやるから金を払えと言われまして・・・。」

 『あぁ、無視していいぞ。今から行く先がブラスバレル領だ。貴族は、とかく爵位で優劣を付けたがるが、今の爵位なんて物は過去の栄光の名残でしかないからな。本来は、優秀さの証であるべき物なんだが、先祖が優秀でも今は違うからな。来年度からは、一度爵位をリセットして、競わせる方式に変えるんだよ。元の爵位が欲しければ、我武者羅(がむしゃら)に働いて、結果を残さなければならないという事だ。まぁ、試験に受からなければ、意味は無いがな。』

 「しかし、ブラスバレル家と言えば、武官の家柄ですし、兵力もかなりの数を揃えているのですよ?」


 兵力が多い?その割に全然噂にも上がってないんだよなぁ。

 魔族が攻めて来ても、全く音沙汰なかったし。


 『魔族が攻めてきた時、怯えて領内に閉じこもっていたじゃないか。大した事は無いだろ。雑魚の数を揃えていたって、被害が増えるばかりで、戦果を挙げられないと言っている様な物。ホリゾンダル家に(せがれ)を送り込んでいたが、剣も真面に扱えないクズだったぞ?』

 「あの3男の話ですよね。あれは、ブラスバレル家の落ちこぼれと言う話ですし、参考にならないかと思います。」

 『ほう、どれ程の強さなのか興味が湧くな。』

 「話によると、1級冒険者よりも強いという噂があります。」

 『へー、誰より強いんだろ?』

 「誰とは?」

 『1級とは言っても、ピンキリだからな。実力者ではあるが、冒険者ランクなんてものは、強さの基準にはならないからな。地道にコツコツ小さな功績を積み上げて、1級になった者もいれば、オーガを倒したと嘘をついて1級になった者もいるし、本当に実力のある者なんて、一握りしかいないと思うぞ。』

 「はぁ、ウルファ・スティングレイを殺したとの噂があります。」


 強さの指標とするには、丁度いい人材ではあるが、そんな嘘を振り撒いてもすぐにバレるって、判らないのかな?


 『死んで無いぞ?』

 「え?」

 『我が軍にいるぞ。ここには連れて来ていないが、ちゃんと生きている。そうか、ウルファを連れて行った方がいいのか。今呼んでやろう。ウルファ、ブラスバレル家がお前を殺したって噂を流しているらしいぞ?』

 『聞いてますよ、その噂。会った事も話した事も無いんですがね。』


 あれ?会った事も無いのに、殺したって言いふらしてんの?馬鹿じゃね?


 『そうか、じゃぁ、これからブラスバレル領に行くから、お前も来い。』

 『はい。装備も何も無いですが、このままでいいですか?』

 『問題無い。装備は俺が持ってる。ゲートを開くから、すぐに来い。』

 『はい。』

 『[ワープゲート]』


 部屋の中に出したゲートから、ウルファが訓練着の姿で現れた。


 「こ、この方はもしかして・・・。」

 『こいつがウルファ・スティングレイだ。こちらの方は、アンセアリス領主のウェルス・ポバティ子爵殿だ。挨拶を。』

 「ウルファ・スティングレイと申します。お見知りおきを。」

 「おお、アンセアリス領主ウェルス・ポバティです。かの有名なウルファ・スティングレイ殿とお会いできるとは、何と幸運な!」

 『ブラスバレルとは、会った事も話した事も無いと申しているが、どこからあんな噂が出たのやら。』

 「そうですね、ウルファ・スティングレイと名乗る獣人が来たとかで、その者と対戦して勝ったとの噂ですね。」

 『対戦?模擬戦ではなく、決闘でもしたと?』

 「決闘とは聞いておりません。」


 幾ら貴族とは言え、決闘でも無いのに人を殺したとあっては、普通に罪に問われても可笑しくない行為だぞ?(ことわり)に爵位は関係無いからな。


 『ブラスバレル、取り潰し確定かもしれんな。』

 「そうなのですか!?」

 『幾ら貴族とは言え、人殺しをしたとなれば、犯歴が付くからな。爵位は免罪符では無いんだよ。』


 貴族には、貴族用の法律が存在していて、どの国にも必ずあるのだ。

 その貴族法には、犯罪者の処罰でもない限り、殺人は罪になると明記されているのだ。

 他にも殺人扱いにならない方法はあるのだが、貴族同士という制約が付くので、冒険者を殺していい理由にはならないのだ。


 「名門であってもですか?」

 『関係無いな。それで許されるのは、王しか居ない。王は、国内であれば、絶対的権力者だから、殆どの罪は(ゆる)される。だが、それも完璧では無く、国民の総意があれば、王を裁く事は可能だ。だから、理由無き殺人が赦される道理など無いという事だ。』


 名門というのは、過去から続く栄光を継続している場合のみに有効な称号だが、落ちぶれた瞬間に、名門は名門では無くなるのだ。

 そして、そんな物は当然の如く、免罪符になどなり得ない。


 「実は、ブラスバレル侯爵から、アルティス宰相殿と会う機会があったら、殺せと命令されていたのですが、国の為に断罪するという事になるから、殺人には問われないと言われておりました。」

 『その場合は、俺が何か、国を傾ける様な大罪を犯したという証拠が必要だな。物的証拠では無いが、ジャッジメントかクライムキャリアで確認したとかだな。』

 「ブラスバレル侯爵の判断では無理という事ですよね?」

 『侯爵に裁く権利も、法を作る権利も無いからな。決定権は陛下にしかない。まぁ、自領に閉じこもって、権力を振り(かざ)していると、段々と自分が王にでもなった様に感じて来るんだろうな。』

 「実行に移さなくて良かったです。」


 準備していただけでは、罪にならないからな。


 『実行しても無理だったけどな。』

 「え?」

 『状態異常耐性と毒無効だし、武力ではそこの騎士では、俺に触れる事すらできないからな。魔法も殆ど効かないし、どうやっても無理だ。』

 「渡された毒と言うのが、ヒュドラの毒らしいのですが、それでも効かないのですか?」

 『ヒュドラ?シーベルト平原の原因になってる奴だよな。あそこの街道が安全になったのは、俺の魔法の効果だ。』

 「何と!?」

 『で、その小瓶の毒は、ヒュドラでは無く、魔毒というものだな。』

 「魔毒!?」


 魔毒と言う言葉に反応したのは、リズだ。


 『リズ、抑えろ。』

 「しかし、魔毒ですよ?」

 『子爵は使って無いし、蓋を開けた瞬間、子爵はそこの騎士と共に死ぬ。我々は死なないが。』


 魔毒というのは、簡単に言えば毒ガスだ。

 効果は、使われるまで判らないが、対策をしていないと確実に死ぬという、非常に危険な毒なのだ。

 その毒ガスは、色付きの気体なので、拡散する前に結界で遮ってしまえば問題は無いのだ。

 万が一、影響があったとしても、万能薬があるので問題は無い。

 魔毒は、天然の毒では無く、猛毒を原料にして、錬金術で合成された毒で、作る時に作成者も対策をしていなければ死んでしまうのだ。

 対策というのは、ヘルメットの様な物を被るか、換気した空気が自分の方に来ない様にするとかだ。

 ベンチレーションで、外の空気と入れ替えてしまうというのも、一つの手だな。


 「この毒はどうしたら・・・」

 『この中に入れてくれ。こちらで処理する。』


 ディメンションホールを出して、その中に入れてもらった。


 『さて、ブラスバレル侯爵に会いに行くかな。』

 「楽しみですね。」

 「そうですね。」

 『ポバティ子爵、他に何か困りごとがあれば、今の内に教えてくれ。帰りは別の領を通るから、ここには寄る事は無いからな。』

 「ブラスバレル領に隣接する街に、侯爵の軍が屯していて、困っていると報告が来ておりまして・・・。」

 『判った。対処しておく。では、出発しよう。』

 「あの。」


 ウルファが困った顔を向けて来た。

 そういえば、装備を渡していなかったな。


 『あぁ、装備か。子爵、ウルファに部屋を貸してやってくれ。着替えるそうだ。』

 「畏まりました。」


 ウルファの着替えが終わったら、ブラスバレル領に向けて出発だ。


 『よし、走るぞ。』

 「あれ?アルティス様も走るんですか?」

 『最近、体が鈍ってる気がしてな。俺も走る事にした。』

 「その前に、何でウルファが居るんだ?」


 ガウスがウルファに気付いて聞いてきた。


 『今から行くブラスバレルと、何やら因縁があるらしいからな。っと、走りながら話すぞ。』

 「出発するぞ!」


 領主邸の門を出て、全員で走り始めた。


 「俺は、ブラスバレルに殺されたって噂があるんだよ。」

 「・・・へえ、そいつは面白れぇ。どんな強い奴なのか楽しみだな。」

 「ガウスには、物足りない程度よ。」

 「知ってるのか?」

 「貴族なんて、口ばっかりで、本当に強い奴なんて居ないから。」

 「あぁ、よく街で絡まれてるもんな。」

 『何だソレ?』

 「街に出ると、貴族から息子と結婚しろとか、雇ってやるとか言われるんですよ。」

 『あぁ、そう言う事ね。カレンとリズは、バネナ王国軍の将軍職だから、地位的には侯爵くらいなんだけどな。』

 「へえ、大将はその上?王族?」

 『王族に近いと言えるな。公爵くらいだよ。まぁ、侯爵以上公爵未満ってところだな。』

 「??よく解んねえ。」

 『ペティより下だけど、侯爵より上。』

 「ペティ?王女さんの事か。リズさんは判ったが、俺等はどうなんだ?」

 『ガウスとウルファは、騎士と同格だよ。爵位で言うと、伯爵くらいかな?』

 「結構高いんだな。」

 『俺の直属だからな。騎士団と混成部隊とお前等は、変人揃いだから、扱いにくいそうだぞ。』

 「変人って、酷くねえ?」

 「言い得て妙だな。」

 「ウルファてめぇ!認めるんじゃねえよ!」


 ワイワイ喋りながら走るアルティス達を、第1中隊の面々は、必死になって置いて行かれない様に食らいついていた。


 「はあはあ、なんで、あの人達は、走りながら、普通に、話せるんですか?」

 「ん?寧ろ、何で君等はそんなに息切れしてるんだ?」

 「はあはあ、普段は、こんな速度で、走ってないから、ですよ。」

 「それはいかんなぁ。毎日全速力で走らないと、強くなれないぞ?」

 「はあはあ、騎士の人達は、毎日、こんな速度で、走ってる、んですか?」

 「そうだな。元々はハーフプレートを着てて、装備もこんなに軽く無かったからな。ホリゾンダル領から、王都まで走って狩って、走って狩ってを繰り返していたからな。ロックリザードを狩ったり、ゴートキャトルを狩ったり、スケープゴートの大群を狩ったりしてたな。」

 「ロックリザード!?はあはあ、あれって、狩れるんですか?」

 「あそこに居るリズ将軍なんか、ミスリルリザードを狩った一人なんだぞ?」

 「ええー!?」

 「凄い!」

 「かっこいい!」

 「あのガウスさんの横の人も強いんですか?」

 「あの人は、ウルファ・スティングレイだぞ?」

 「ま、マジですか!?」

 「お、俺達、とんでもない所にいるんじゃ・・・?」

 「今更か?」


 そんな会話を続けながら走り、アンセアリス領都の隣街のプラティパスに到着した。


 『この街で休憩しよう。』

 「アルティス様は疲れていませんか?」

 『何とも無いな。』

 「あんな変則的な動きしてたのに、マジかよ。」


 アルティスは、走りながらソフティーと遊んでいた。

 ソフティーは、アルティスを捕まえたら干し肉をあげると言われたので、必死に捕まえようと頑張り、アルティスは捕まらない様に避けまくっていたのだ。


 「ソフティーの糸を全部避けてたな。」

 「視えてたのか?俺は全然糸が視えなかった。何かを避けてるのは判ったんだが。」

 「ガウスじゃ視えないだろ。俺は獣人だから、視えるんだよ。」

 「私は視えてましたよ?」

 「リズさんは別格だよ。後で一戦お願いしたいんだが。」

 「いいですよ。ウルファの実力も見てみたいですし。」

 『何でウルファには敬語なんだ?』

 「え!?べ、別に他意は無いですよ?」

 『ふーん、そうなんだ。』


 街に入る審査待ちの行列に並んでいると、門の方から兵士が一人近づいて来た。


 「あの、バネナ王国軍の方ですか?」

 「はい。そうです。」

 「では、こちらへどうぞ。領主様から連絡を頂いていますので、並ぶ必要はありません。領主様からは、夕方に到着すると言われていましたので、こんなに早く来るとは、思っても居ませんでした。」

 「あぁ、走ってきましたからね。」

 「え?は、走って来た!?領都からですか!?馬車で1日の距離ですよ!?」

 「我々は、毎日走ってますから。」

 「す、凄いですね。ははは。あ、審査は必要ありません。それと、領内の街を自由に出入りできる札をお渡ししますね。これがあれば、どの街でも並ぶ必要は無くなります。」

 「ありがとうございます。確かに受け取りました。」

 「えっと、人数は・・・?」

 「あー、25人ですが、アラクネは入れますか?」

 「え?アラクネ?どこに・・・?」

 「目の前に居ますよ。アルティス様が乗っているんです。」

 「・・・見えないままであれば、問題ありません。こちらの方がアルティス宰相様ですか?」

 「そうです。」

 「あ、キャリス様を助けて頂き、ありがとうございます。」

 『ん?知り合いなのか?』

 「はい。幼馴染で、子供の頃はよく遊んでいました。子爵様と一緒に捕縛されたと聞いて、心配していたのですが、お咎め無しになったと聞いて、安心しました。」

 『そうか。キャリスは今、孤児院で先生をしている。元気に過ごしているから、安心してくれ。』

 「そうですか。良かったです。・・・では、私はこちらで失礼します。プラティパスへようこそ!」

 『ありがとう。名前教えてくれ。キャリスに会ったら、伝えておくから。』

 「あ、私は、テックと言います。」

 『テックだな。判った。リズ、これを渡してくれ。』

 「アルティス様からの褒美です。常に身に着けておく様に。」


 テックは、この街の警備隊の小隊長の様で、胸元には階級を示すマークが付いている。

 歳は、キャリスと同じくらいだと思われるが、16歳前後で小隊長とは、優秀なのだろう。

 キャリスの心配をしていた通り、性格的にも良い奴だと思ったので、簡易的なアミュレットの効果を持つ腕輪を渡しておいた。

 プラティパスの街は、そこそこ活気のある街で、経済活動が活発なのが窺える。

 メインストリートには、串焼きや団子の様な菓子が売られていて、待ちゆく人々には笑顔が浮かんでいる。


 『良い街だな。』

 「そうですね。活気があって、不自然なくらいに笑顔で溢れていますね。」


 そう、不自然なくらいなのだ。

 この街は、特に何の変哲も無いし、特に特産がある訳でも無いのに、賑わっているのだ。

 別に、賑わう事が無いという訳では無いのだが、隣の領都がそれ程賑わっている訳では無いので、とても不自然に思えるのだ。


 『ちょっと聞いて来てくれよ。何かあったのかを。』

 「兵達に調べさせましょう。」


 兵士達にお小遣いを渡して、屋台に聞き込みに行かせてみると、この街の近くに小規模の森があり、そこにハニービーの巣があるらしく、この街の官吏がハニービーの為に花を育てているのだとか。

 定期的に蜂蜜の採取が可能になった為、蜂蜜を求めて商人が集まる様になり、街の物価が下がったのだそうだ。

 物価が下がった理由としては、商人が多く集まるという事は、他の街で購入した品物をこの街で売り、蜂蜜を大量に買い付けて行く為に、持って来た品物を多く売りたい。

 だが、他の商人と品物が被ると、安く売らなければならなくなり、結果的に様々な日用品や塩が安く手に入る様になった、という訳だ。

 蜂蜜は官吏が売り捌いているのだが、普通より安い価格で販売している為に、商人は多少足が出る程度でも、蜂蜜を積み込むスペースを確保する為に売ろうとするのだ。

 この街で損切りをしたとしても、蜂蜜を売り捌けば損失を取り戻せるどころか、大きく儲ける事ができる為に、何とかして荷車を軽くしようとするのだ。


 『この街の官吏は、頭が良いのかもしれないな。ちょっと会ってみるか。』

 「では、官吏の屋敷に向かいましょう。」

 『兵士達には、裏通りや目立たない場所の調査を頼んでおいて。必要なら荒事も許可する。バネナ王国軍の誇りを胸に、堂々と任務を遂行しろとね。』

 「ガウス達はどうしますか?」

 『自由にさせておけばいいんじゃないか?立ってるだけでトラブルに巻き込まれそうだけど、そこは自分で何とかするだろ。』

 「了解しました。」


 ウルファもいるし、大丈夫だろ。

 官吏の屋敷には、リズと一緒に向かった。


 「ようこそお越しくださいました。アルティス宰相閣下にお会いできて光栄に存じます。」


 官吏の名前は、クレスト・アクロバットという名で、飛び跳ねそうな家名だね。


 『この街の好景気は、貴殿の施策によるものと聞いたので、少し話をしてみたいと思ったまで。特に歓待は必要ないが、話を聞かせてくれ。』

 「あー、はい、では、応接間へどうぞ。」


 何か歯切れが悪いな。


 「お茶はお飲みになりますか?」

 『特に必要無い。』

 「そうですか。では、施策についてですね。実は、私の案では無いのです。警備隊のテックという者が私の幼馴染なのですが、ハニービーの巣を発見し、駆除しようとした私を制止して、蜂蜜を使って町おこしをしようと言われまして、蜂蜜の値段もテックが決めたのです。」

 『ほう、あの男が。中々優秀な部下を持ったじゃないか。大事にしてやれ。』

 「ですが、蜂蜜を安く売り過ぎているのでは無いかと、心配でして。」

 『街の景気が良いのは、良い事じゃ無いか?街に活気があるという事は、民の購買意欲が高まるだろ?すると、店が儲かり税収が増える。店の収入が増えれば、賃金も上がり、民の収入が増えれば税収も増える。これに何の問題があると言うのだ?』

 「それが、それ程税収が増えていないのですよ。」

 『何故?』

 「徴税官の話によれば、誰も彼もそれ程儲かっていないと言って居るそうです。」

 『書類をちゃんと計算して確認しているか?』

 「・・・。」

 『徴税官が嘘をついていたらどうするんだ?お前の仕事は、書類の確認だ。それができ無いのであれば、お前は官吏から罷免される事になる。俺に相談が来れば、爵位も剥奪するかもしれないな。』

 「ひっ!?わわ、私は、その、け、計算があまり得意では無く、この様な仕事には不向きでして・・・。」


 とんでもない奴だった。

 だが、寧ろ話を聞きに来て良かったとも思える。

 コイツに計算を教えられる者が居れば、問題は無くなるという事で、本人にできないのであれば、別の者にやらせるという選択肢を増やせばいいのだ。


 『キャリスに相談してみるか。』

 「キャリス?お知り合いなのですか?」

 『寧ろ、お前が、俺とキャリスが知り合いである事を知らない方が、不思議に思えるんだが?』


 あ、視線が斜め下に向いた。


 『[鑑定]・・・、本物の官吏はどこだ?』


 リズが剣に手をかけた。


 『殺すなよ?腕の一本程度なら許す。』

 「ひいいいぃぃぃ!」


 鑑定してみたら、目の前に居るのはブラスバレル領の兵士で、官吏では無かった。

 魔力感知で探ったが、それらしい魔力は居ない様だ。


 「んだよ、もうバレたのかよ。やっぱ、下っ端じゃ全然役に立たねえな。」


 偽官吏の背後にある本棚が横にずれて、大柄なマッチョ男が現れた。


 『本命って訳でも無さそうだな。』

 「殺していいですか?」

 『お前ねぇ、ゴキブリじゃないんだから、見た瞬間にホイホイ殺そうとすんじゃないよ。あれでも一応人間なんだからさ。』

 「てめえ!誰と喋ってんのか知らねえが、相手を見て言葉を選ぶ事を手取り足取り教えてやるぜ!」

 「キモイので、やっぱり殺していいですか?」

 『生け捕りで。』

 「舐めやがって!」

 シャッ

 カランカランカラカラ

 「え?け、剣が掴め・・・ぎゃああああ!指が!」


 マッチョが剣を抜き、そのまま水平に薙ぎ払おうとした瞬間、リズがマッチョの指を切り落とした。

 マッチョの剣は、勢いで指と共に部屋の隅に飛んで行き、床に転がった。

 マッチョは、痛みを感じていないのか、飛んで行った剣を見つめたまま手をニギニギしてから、自分の右手の親指以外が無い事に気が付いた様だ。


 『ポーションをかけてやれ。こいつは、色々と知ってそうだから、案内をしてもらおう。もう一人の方は、パッチンして放置で良いだろ。あ、腕立て1000回やれって命令しておいて。』

 パチン

 「貴様は、腕立て1000回終わるまで、この部屋から出るな。」


 この命令の意味は、計算というか数字が苦手な者というのは、1000回を数えるのがほぼ不可能なので、部屋から出る事ができなくなるのだ。

 文系っぽい貧弱な体の偽官吏には腕立て伏せ自体が難しく、途中で回数を忘れれば、リセットされてまた最初からになる。

 数字が苦手というのが嘘だったとしても、腕立てで足止めが可能という事だ。

 因みに、バネナ王国軍の鍛錬では、偶にやっている。

 毎日やらせると、大胸筋ばかりが鍛えられて、見掛け倒しになるだけなので、偶にやるだけなのだ。

 使える筋肉は必要だが、魅せる筋肉は不要って事だ。


 「落ちてる指はどうします?」

 『一応拾って、入れておいて。』

 「はい。[アポート]」


 雑に集めて、マジックポーチに放り込まれた。

 マッチョの手には既に、下級ポーションが振り掛けられて、出血が止まり、痛みも軽くなっている。

 だが、リズを見る目は怯えきっていて、小刻みにブルブルと震えているのだ。


 『よし、官吏のいる所に案内しろ。』

 「・・・。」

 「早くしないと、首と体がおさらばするぞ。」

 「こ、ここ、この街には、居ない。です。」


 リズが横目で睨むと、慌てて語尾を付けたが、睨んだ理由はそこじゃないんだよなぁ。


 『どこに居るんだ?』

 「と、隣町のエキドナの街に、い、居ます。」

 『同じ国の隣の領なのに、官吏を連れ去るとか、野盗か何かか?』

 「ぶ、ブラスバレル様は、国からど、独立すると、宣言されました。」

 『あーるじー、ブラスバレル領から、独立宣言とか通告は届いている?』

 『そんな物は届いていないな。そんな話があるのか?』

 『独立を宣言したそうだよ?』

 『陛下にも伝えるか?』

 『んー、取敢えず保留で。アレックスかもしれないし、あぁ、クリストフも呼び寄せておくか。』

 『アレックス?生きてるのか?』

 『さぁ?死んだとは聞いてないよ?』

 『ケイン様に聞いておこう。』


 ケイン様ってのは、元ホリゾンダル伯爵ね。

 一応王様だけど、血縁が無いから王位を継げないんだよね。

 だから、王だけど殆ど公爵扱いなのさ。

 今は、ホリゾンダル領の運営を王都から見守っているのだ。


 『聞いてみたら、いつの間にか居なくなっていたそうだ。死んだとの報告もあった様だが、メイド達が死んだという事を知らなかったから問い質したら、知らない間に居なくなっていたそうだ。』

 『判った。』


 逃亡したと聞いても、特に驚きはしない。

 元々、そういう事をやる奴だと思っていたので、ソフティーを見て錯乱したとしても、それは一時的な事で終わらせられる性格なのだ。

 だから、ふとした瞬間に意識を取り戻して、逃げる事もあるだろうと思っていたのだ。

 ホリゾンダル領に居座る可能性もありそうだが、アラクネが居る可能性のある所に居られる程の度胸は無いので、逃げた場合はブラスバレル領に戻る事が考えられるのだ。

 それを見越して、両腕を切り落とす提案をしていたのだが、流石に却下されてしまった為にそのまま幽閉するという対応になったのだ。


 『クリストフ、今大丈夫か?』

 『どうされました?』

 『ブラスバレル家の事なんだが、どうやら独立を宣言したらしくてな。』

 『何ですって!?そんな馬鹿な!あり得ない!何故そんな事に!?』

 『それを確認する為に、ブラスバレル領に行くんだが、お前も来い。』

 『はっ!同行させて頂きます!』


 クリストフは、元神聖王国の聖騎士団に所属していた魔法師で、ブラスバレル家の次男だ。

 武家のブラスバレル家にあっては、魔法師の次男は当主としては不適格だった為に、放逐された身であったのだ。

 その頃は、王都が愚王によって酷い状況になっていた事もあり、東には行かず、西にある神聖王国に向かったそうだ。

 そこで、聖騎士になるべく修行を積んで、聖騎士になって1年経った頃に神聖王国が滅亡という憂き目にあったのだ。

 ただ、聖騎士団は特に問題が無かった為に、解体されず存続する事になった為、今も聖騎士として職務に励んでいるのだ。

 国が変わり、仕事内容も大きく変わったのだが、神聖王国時代の仕事に比べれば、今の方が充実していると思えるらしい。


 「クリストフ・ブラスバレル参上致しました。」

 『久しぶりだな、息災か?』

 「おかげさまで、楽しく仕事に励んでおります。」

 『そうか、それは良かった。中々神聖領に行けないから、心配はしていたんだけどな。』

 「問題ありません。こちらには、色々と噂話が聞こえて来ていましたので、団長共々皆驚いておりました。」

 『何かあったっけ?』

 「ベーグル軍3万を一瞬で消し飛ばしたとか、テラスメル高原を平定したとか、オーベラル連合を滅ぼしたとかですね。」


 おいおい、話に尾ひれがついて、破壊し尽くしたみたいになってんじゃねえか。


 『随分な言われ様だな。ベーグル軍は消し飛ばして無いし、テラスメル高原を平定して無いし、オーベラル連合を滅ぼしてなんかいないぞ?』

 「違うのですか?」

 『俺を何だと思ってんだよ。破壊の王じゃないんだぞ?そんな事する訳無いだろ?ベーグル軍3万は制圧しただけで、死者は数名だけだ。テラスメル高原は、攻め落としはしたが、闇奴隷を救出して、ドワーフを戻しただけだ。オーベラル連合は、4カ国ともちゃんと残ってる。あ、いや、ルングベリだけ滅亡したな。』

 「ルングベリ神聖王国ですか?神聖王国に何か恨みでもあるんですか?」


 何でそうなる!?


 『無えよ!ルングベリは、ドラゴンに支配されていて、王族は既に死んでいただけだ。』

 「ドラゴンに支配?ドラゴンって魔獣ですよね?できるのですか?」

 『魔獣だが、高位の魔獣だから、社会性はあるし、人族の真似もできるんだよ。ただ、竜人族を従えてルングベリを攻め落とし、王族を殺害して支配しつつ、ラクガンスキルにあった、古代竜の復活を目論んでいた様だ。』

 「それを阻止したと?」

 『したな。』

 「どうやって?」

 『リーダー格のレッドドラゴンを少し前に倒して居たんだよ。だから、阻止したのはその時だな。』

 「普通、ドラゴンが居ても、手を出そうとはしないものなんですが?」

 『何で?勿体ないだろ?薬の材料だぞ?』

 「・・・、アルティス様らしいです。」


 クリストフが苦笑いになった。


 『あ、倒したのは俺じゃ無いぞ?カレンだ。』

 「その方には、お会いした事はありませんが、とても強い方なのですね。後ろの方とどちらが強いのですか?」

 『ん?リズは、カレンより少し弱いな。』

 「アルティス様、行かないのですか?」

 『あぁ、そうだな。先に進みながら話そう。』


 リズが号令をかけると、それぞれ一人ずつのブラスバレル軍兵士を捕えて戻って来た。

 連れて来られた兵士達は、強い筈の隊長が捕らえられているのを見て、諦めた顔になった。


 『何を拾って来たんだ?』

 「絡まれたんだよ!こんな不細工なペットなんか要らねえよ!」


 アルティスの台詞に反応したガウスが怒鳴ると、リズの手が剣に乗せられた。


 「わあ!?待て!待って下さい!すまん、ちょっと言葉遣いが悪かった!」


 ガウスが慌てて釈明して頭を下げた。


 「ガウス・・・。で、アルティス様、そいつは?」

 『切り替え早いな。こいつは神聖領の聖騎士団のクリストフ・ブラスバレルだ。』

 「ほう、コイツが黒幕って事ですかい?」


 ウルファの質問に答えたら、ガウスが食いかかって来た。


 『違うよ。ブラスバレル家に行くから、連れて行くだけだ。クリストフは、バネナ王国軍の一員だから、仲良くしろよ?』

 「神聖王国領聖騎士団所属のクリストフ・ブラスバレルです。よろしくお願いします。このメンバーの中では、私は中堅くらいですかね?」

 「そうだな、そっちの騎士の後ろのは、兵団の連中だ。まだヒヨッコだが、あんたより少し弱い程度だな。」

 「ヒヨッコより少し強い程度・・・」


 クリストフは、あんまりな評価に愕然とした。


 『まぁ、ヒヨッコとは言え、ゴブリン帝国と戦ったからな。実戦経験がある分、実力はあるんだよ。しかも、こいつ等は士官候補だからな。』

 「ゴブリン帝国?まさか、伝説のゴブリンエンペラーを倒したとか言わないですよね?」

 『倒したが?リズが。』

 「は?」

 『オークエンペラーも居てさ、倒したんだよ。カレンが。』

 「はあ!?」

 「展示してあるらしいから、王都に戻ったら見に行こうぜ。」

 「はあああ!?」

 『はあはあうるせえな、何に興奮したんだよ。』


 3人が、ジト目でアルティスを見た。


 『さて、俺はソフティーの背中に戻るけど、エキドナまで走れー』

 「ええ!?ここからだと、馬車で1日かかりますよ!」

 『それは、何か問題が?』

 「え?私は魔法師なんですが・・・。」

 『だから?』

 「・・・、いえ、何でもありません。」

 『よし、じゃあ出発!』


 ブラスバレル領との境に近いエキドナの街に到着した。


 『少し時間かかったな。』

 「そうですね。足の遅い連中が居ましたからね。」


 背後には、兵士とクリストフが折り重なってへばっている。

 プラティパスで捕まえた連中は、邪魔くさいので一時的に王都の留置場に放り込んである。

 初めは背負わせて走らせようと思ったのだが、自分一人でもきついのに、無駄な筋肉だらけのブヨブヨ達磨を背負うのは、厳し過ぎた様だった。

 しかも、逃げる為に首を締め上げてくるので、全員鳩尾に一発入れてから、牢屋の中に放り込んでおいたのだ。

 だが、自分の身だけになっても、山を越えるルートはきつかった様だ。


 『鍛え直さないと駄目だな。』

 「そうですね。」

 「待って・・・、魔法師もやるんですか?」

 『当たり前だろ?近づかれたら何もできないでは、死ぬしか無いじゃねえか。』

 「い、いや、そうそう近づかれたりはしませんよ?」

 『モミジ』

 「はい。」

 「・・・。」


 アルティスの指示により、モミジのナイフがクリストフの顔の前に突き出され、クリストフは生唾を飲み込んだ。


 『近づかれているな。』

 「鍛えれば、今のに気が付くと?」

 『そうじゃない。足腰がしっかりしていれば、咄嗟に上半身を逸らすとか、飛退く事ができるだろ?気が付いても何の抵抗もできずに、グッサリ刺されたんじゃぁ意味が無いって事だよ。鎧来ているから大丈夫?暗殺者ってのは、隙間にナイフを突き立てて殺すプロなんだよ。今のお前なら、後頭部に一撃だな。』

 「飛退くだけなら、できますが?」

 『反撃できる体制を保てるのか?』

 「い、いやぁ、それは・・・。」

 『たかが数メートル飛退いた程度では、一瞬で追いつかれてコケた所を急所にズブリだぞ?』


 隠密性で言えば、暗部の子達は超一流の腕前だが、武力で言えば他国の密偵の方が、力は上の場合が多い。

 これは、密偵の潜入に対して、どこに重きを置くかによって、性質が変わる物なのだ。

 例えば、暗部の場合は情報収集を目的にしている為、自衛の為の武力はあるが、正面切っての戦闘には向いていない。

 対して、他国の密偵の場合は、暗殺を主目標として、情報収集はついでにというものだ。

 情報収集に重きを置いている場合もあるが、その完成度は低い。

 何故低いのかと言えば、そう育てていないからだ。

 多角的に情報を探る観察者の視野は広く、一つの目標に向かって邁進する暗殺者の視野は狭い、そういう事だ。

 そんな暗殺者に狙われれば、対抗する手段無くして逃げ延びる方法は、万に一つも無い。

 唯一の方法は、打ち勝つ、ただそれだけ。

 打ち勝つには、打ち勝つ為の実力が無ければならず、その実力をつけるには、心技体の全てが必要という事だ。

 それらを身に着けるには、鍛える以外に方法は無い、という事だ。


 「守ってもらうという選択肢は無いのですか?」

 『一人の時を狙われたらどうするんだ?一日中見張られたいのか?風呂の中も、トイレの中も。』

 「・・・。」

 『お前一人を守り抜く為には、最低でも二人が必要になる。お前自身がそれ程の価値のある人材なのか?ただの聖騎士の一人でしかない、お前の為に二人の命を懸ける価値が、そこにあるのか?』

 「・・・いえ、ありません。」

 『ではどうするんだ?死を受け入れるのか?死に抗うのか?どっちだ?』


 クリストフの後ろでは、士官候補の兵士達が、今までの鍛錬の意味を理解して、後悔した様に地面に手を付いて絶望している。

 入隊してから、毎日毎日辛い鍛錬をやらされてきたが、手を抜ける所では手を抜いて、真剣に取り組んで来なかった。

 それでも遠征軍では活躍できたし、自信もついた筈だった。

 だが、突然クリストフの背後に現れた少女に驚き、強張った体は身動き一つ取れなかったのだ。

 気配に気づかず、警戒心も無く、自分より強い人が近くにいれば安心だとばかり思っていた。

 それが、目の前で音を立てて崩れ去ったのだ。

 クリストフとアルティスの話を聞いていて、それが自分達にも当て嵌まる事だと感じていた。


 『兵士達も身につまされる思いだろ?お前等にも関係する話だからな?士官になる以上は、お前等も真っ先に狙われる存在なんだよ。軍隊というのは、組織的に動くのが基本だから、指揮官が必ず存在している。その指揮官を真っ先に狙うのは、戦争では常套手段だ。指揮が乱れれば殺すのは容易いからな。指揮官のフリして、同士討ちさせる事も可能になるしな。』


 全くその通りだと思った。

 先の遠征軍でも、同士討ちしそうになった魔法師に指示を出す事によって、それを防いでいた場面を見ていたのだ。

 局面をよく見て、細かく指示を出す事によって、自分達に有利になる様に仕向ける。

 ただ闇雲に撃つだけでは、味方を危険に晒し、自分をも巻き込む事になるのだ。

 自分の身を守れなければ、味方の事も守れない。

 そう考えれば、厳しい訓練に意味がある事を理解できるのだ。


 「理解できたか?」

 「はい。理解できました。サボってた自分を殴り飛ばしてやりたい気分です。」

 「じゃぁ、毎朝の鍛錬、頑張ってこなせ。」

 「はい!」


 アルティスがガウスの方を向くと、目を逸らされた。


 『ガウスも理解できたか?』

 「・・・おう。」

 『ウルファ、ガウスを鍛え上げろ。』

 「了解。俺のやり方でいいですか?」

 『任せる。』

 「ガウス、覚悟しろよ?」


 ガウスは、王城に来たばかりの頃に、ミュールやフィーネ、リザードマンや豹人族と模擬戦をやったそうだ。

 結果は、全敗。

 一人佇むウルファにも挑んだが、気が付けば地面に転がされていた。

 アーリアやカレンに対しては、目を合わせただけで無理だと悟った。

 唯一勝てそうだと思ったのがエルフだったのだが、それにも勝てなかった。

 落ち込んでいる所に、コボルト達がやって来た。

 当然模擬戦を申し込んだが、惨敗だったのだ。

 翌日から始まった鍛錬を真面目にこなし、武器の訓練にも励んでいたが、ある時、リザードマンに辛くも勝つ事ができたのだが、それが駄目だった。

 その翌日から、鍛錬には身が入らず、訓練も適当にこなす様になり、停滞する様になった。

 今回、久しぶりにアルティスと会う事になったが、いつもの鍛錬と変わらないと感じていた。

 だが、クリストフの顔の前にナイフが出て来た瞬間に、衝撃を受けてその場に硬直してしまったのだ。

 その後の話を聞いて、ウルファを見て、リズを見た。

 隙が無い。

 兵士と話をしている第二騎士団の二人を見ても、隙が全く見当たらないのだ。

 少し目を離していた隙に、ナイフを翳した少女は居なくなり、最早気配すらも感じられない。


 「俺は、兵士達と同じレベルだ。」


 その呟きは、アルティスには聞こえていた様だ。

 ウルファが俺を鍛える、そう聞いてやる気が出た。


 『よし、それではエキドナに入るぞ。今日はここに泊る。』


 列に並ばずに門番に話しかけ、札を見せた。

 門番は、札を見て怪訝な顔をしたが、そのまま中に入れてくれる様だ。

 だが、中に入ると、捕らえた連中と同じ鎧を着けた集団に囲まれた。


 「お前等はこっちだ。言う事を聞かねえと、痛い目を見るぞ。」


 集団の中央に居た男が、横柄(おうへい)な態度で言い放った。


 「だそうですが、どうしますか?」

 『捕まえて案内させよう。ストック、お前は宿を探してくれ。』

 「了解。」


 第二騎士団の一人が歩いて行こうとすると、一部が前を塞いだ。


 「ああ?俺達とやろうってのか?」

 「そう言っている。さっさとかかって来い。」


 問いかけに対し、リズが挑発した。


 「やっちまえ!」


 集団が一斉に前に出ようとした瞬間、ウルファの横薙ぎの一閃がひらめいた。


 ドシャッ

 「あ、ウルファズルい。」

 「リズさん、無用な殺傷は駄目ですよ。」

 「失礼な。殺すつもりなど微塵も無いのに。」

 「腕を斬り落とすつもりだったでしょ?」

 「まあ、その程度は。」

 「弱い者虐めは、負け犬のやる事ですよ。強い者は、余裕を見せてやれば、それだけで十分。無駄に血を流させては、ポーションが勿体ない。」

 『最後の台詞で台無しだな。前半はかっこ良かったのに。』

 「そ、そうですよね。」

 『リズにはそうでもないみたいだな。』

 「そそそそ、そんな事は無いですよ!?」

 「そんな事より、どうすんだ?これ。」

 『首輪着けて、隅っこに正座させておけよ。許しが出るまで反省させるって事で。』

 「街の人に殺されそうですよ?」

 『大丈夫だろ。自動回復効いてるみたいだし、チンプと兵士3人で、殺したがる人から話を聞いておけ。投石と殴打用のこん棒を用意しとけよ?』

 「ちょっ!ティンプですよ!ティンプ!チンプじゃ無いですよ!?」

 ブフッ


 集まっていた民衆と兵士が吹き出した。


 「もう!」

 「おい、並べるぞ!手伝え!」


 ブラスバレル軍の兵士達は、上半身の防具を脱がされ、正座した状態で門横の壁際に正座した状態で並べられた。

 正面には、門の周辺から集めて来た小石が詰まれ、1m程の長さの棒が並んでいる。


 「これ、投げても良いのか?」

 「どうぞ。思い切り投げつけてやって下さい。できれば、恨みの理由もお聞かせ願えると有難いです。」

 「俺は、こいつらに家を壊されたんだ。修理するのに金貨2枚もかかったんだよ!」

 「うちは、こいつらに家を荒されて、食料を全部持ってかれたんだよ!」

 「俺の娘を返せ!」

 「あたいの息子は、こいつらに殴られて、今も怪我で寝てるんだよ!まだ小さいのに!」

 『怪我人が居る家に行って、状況を確認してこい。ポーションで治せる様なら、バンバン使え。足りなくなったら、連絡しろ。』

 「了解!」


 ワーワーと一気に騒がしくなったその場を離れ、下っ端と思われる一人に案内をさせた。

 リーダー格は、的役として残さないと駄目だからね。

 警備隊と思われる集団が、正面から走って来た。


 「何をやっている!やめんか!」

 「アルティス宰相の許可の下やっている。邪魔をするな。」

 「はあ?アルティス宰相だと?そんなのどこに居るんだ?」


 リズが殺気を出した。


 「ひっ!?」

 『リズ、抑えろ。』

 「アルティス様をそんなの呼ばわりしたんですよ?許せる訳が無い!」

 『お前は、少し冷静に対処する事を覚えろ。』

 「むー。」

 「ここは俺が説明しておきますよ。」

 『そうか、では、ウルファに任せる。』


 警備隊の相手はウルファに任せ、メインストリートを中央の屋敷の方に向かって歩いていくと、高級そうな宿からストックが出て来た。


 「あ、アルティス様、丁度良かった。宿なんですが、官吏の屋敷に居るブラスバレルの兵が許可を出さないと、貸せないそうです。」

 『そうか。じゃぁお前も合流しろ。官吏の屋敷に向かうぞ。』

 「こいつはどうする?」

 『あー、もう要らない、いや、餌になるからいいか。連れて行こう。』

 「りょーかい。」

 「向こうも気が付いた様ですよ?」

 『そうだね、中々良い目をしている。だが・・・、それだけだな。さあ、進もう。』


 街の中央にある、官吏の屋敷前に到着した。

 門の向こう側には、既にブラスバレル軍が30名程待ち構えている。

 その中央には、官吏と思しき2名が座らされている。


 「あーぁ、我々に背いたせいで、こいつらが死ぬ事になるなぁ。」

 『ウルファ、守れるか?』

 『お任せあれ。』

 「おい!何とか言ったらどうなんだ!それとも、ビビッてお漏らし中かな?」

 『三下(さんした)の様な台詞をありがとう。中々に面白い。人質が居ないと、我々には勝てる気がしない、そう言う事だろ?雑魚だな。』

 「なっ!?なにおぅ!構えろ!・・・ぶっ殺せー!」

 『リズ、ガウス、相手してやれ。』

 「おう!」

 「畏まりました。」

 『ストックは、二人の治療を頼む。』

 「りょーかい。」


 アルティスの挑発により、逆上したブラスバレル軍が突撃してきた。


 ガシャン!

 「早く開けろ!」


 突撃してきたブラスバレル軍は、門を蹴り飛ばそうとした様だが、思いの外、門が頑丈だったらしく、ビクともしない門扉(もんぴ)に勢いを止められてしまった様だ。

 というか、門扉って普通、内側に開く物なんじゃね?


 「ブフッ!門に止められてんぞ?面白え連中だな!」

 「門扉は普通、内側に開く物ですよ?知らないんですか?」


 門扉をゲシゲシ蹴っていたが、リズに冷静につっこまれて、ピタッと動きが止まったかと思ったら、数歩後ろに下がって、門扉を開いた。

 騒ぎを聞きつけて集まって来た民衆が、その光景を見てクスクス笑ってる。


 「てめえら!こいつらをぶっ殺したら、次はてめえらの番だ!覚えてろよ!」

 「プププ、恥ずかしプププ、頼むから笑わせてくれるなプププ。」

 「武器も持たない民に八つ当たりとは、底が知れますね。はぁ、ガウスに任せますよ。」

 「ああ?真面目にやらねえと、あんなのに馬鹿にされちまうぜ?」

 「どうでも良いですよ。どうせ雑魚ですし。」

 「まあな。」

 「ぶっ殺せ!女は(なぶ)り殺してやれ!」

 「うおおおお!」

 「あ、そう言えば、殺していいんだっけ?」

 「今聞きます?それ。」

 「殺すなよ。」

 「うっす。」


 ガウスもリズも、剣で捌きながら普通に会話してるよ。

 流石に視線を逸らしたりはしていないのだが、全てを剣の腹で受け流して、たたらを踏ませている。

 というか、弱すぎじゃね?


 『さっさと終わらせろよ。まだ中に残ってんだからさ。』

 「怒られちまった。」

 「早く倒してくださいよ。」

 「力加減が難しいんだよ!」

 「大丈夫ですよ?刃を当てなければいいだけの、簡単なお仕事です。」

 ゴッ!


 リズに何度も斬りかかっていた男が、鈍い音をたてて吹っ飛んだ。


 「こうです。判りました?」

 ドンッ!

 「こうか?」

 ゴッ!

 「こうです。もう少し力を弱めた方がいいですね。」

 ドゴッ!

 「こうか?」

 ゴッ!

 「そうですそうです、そんな感じですよ。」

 ドゴッ!

 「何か、瀕死になってるんじゃねえか?」

 ゴッ!

 「生きてれば問題ありませんよ。」

 「な、なんなんだよお前等はー!?」

 「そう言えば名乗り忘れてましたね、バネナ王国アルティス宰相の護衛をしています、リズと申します。」

 「俺は、バネナ王国軍のガウスだ。よろしく、なっ!」

 ゴスッ!


 最後に残ったリーダーらしき男は、ガウスの下からの一撃を食らい、4階建ての屋根より高い所まで打ち上げられて、建物の屋根の上に落ちて、4階にあるバルコニーに落ちた。

 門から建物までの距離は、約50m程離れているから、結構な距離を飛んだんだな。

 門の内側に入ると、背後からは野次馬達の歓声が聞こえて来た。


 「うおおおお!強えー!」

 「ブラスバレルを倒してくれー!」

 「姫様を助けてくれー!」

 『姫様?官吏の娘かな?モミジ判る?』

 『はっ、官吏の執務室に、ご令嬢が囚われております。』

 『助けられそう?』

 『ブラスバレルの騎士がいるので、どうでしょう?』

 『騎士はその一人だけ?』

 『いえ、全部で3人居まして、一人は隊長と呼ばれていました。一人だけ執務室でご令嬢の見張りをしていますが、残り二人はエントランスへ向かいました。』

 『じゃぁ、眠らせちゃいなよ。それで、ご令嬢を別の部屋に連れて行ってあげて。』

 『了解。』


 屋敷の前庭には、瀕死のブラスバレル軍が多数転がっていて、ストックとウルファが、リズが練習で大量に作った下級ポーションを飲ませていた。

 リズの作ったポーションは、リズの気分に呼応するかの様に、美味しい物もあれば、苦い物もあるという、当たり外れの大きいポーションなのだ。

 どうやったら味を変えられるのか、教えて欲しいのだが、本人にも判らないらしい。

 ストックは、ポーションを飲ませる時に、必ず口を手で塞いで飲ませているので、不味い奴に当たりまくっているのだろう。

 飲まされた奴は、気絶していた筈が急にジタバタと暴れ出して、その後ぐったりとするのだ。

 死んだのかと思ったが、HPが半分まで回復しているので、問題無い様だ。


 「何か、ポーションを飲ませてる筈なんですが、毒を盛ってる様に見えるので、ビクビクしちゃいますよ。」

 『リズ特製の練習ポーションは、濃縮したマジックリーフみたいな味がするからな。苦くて渋くて舌がピリピリするんだよ。』

 「はぁ、毒では無いんですよね?」

 『ちゃんと回復してるぞ?仕草は死んだ様に見えるがな。』

 「可哀想に。」

 『お前が言うのか?』

 「あははははは。」


 今回、ガウスが持って来た武器は、バスタードソードなのだが、身長が3m近くもあるガウスが持つと、幅広のブロードソードにしか見えないんだよな。

 だから、リズに教わりながら3人まとめてとか2人まとめて倒していた。

 前半の受け流しの時も、一人を受け流している時に他の奴が斬りかかって来ると、受け流し途中の奴を弾き飛ばして次の奴の剣を受け流すから、ポンポン人が飛んで行ってたのだ。

 リズが全然やる気を出さないから、早くしろと言ったら、リズに受け流されてしまった様だ。

 ま、結果として早く終わったから良いんだけどね。

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