第95話 プレス機と油圧シリンダーの開発
次に向かったのは、ピクルスの工場。
ここでは、マンドラゴラやゴートラディを使ってピクルスを製造している。
ピクルスに使う酢は、スパイスやハーブを使って香り付けしてあり、塩揉みしたマンドラゴラとゴートラディを漬け込んでいる。
「これがあの食堂に置いてある野菜ですか。肉と一緒に食べて、感動していました。あんなにサッパリした味になるなんて、いつもより多く食べてしまいましたよ。」
『これをつまみに酒を飲むと美味いらしいんだが、一つ難点があってな、推奨はしていない。』
「何故です?」
『マンドラゴラの根の効果を知ってるだろ?』
「あぁ、酔いが醒めてしまうんですか。それは駄目ですね。」
マンドラゴラの根は、主に毒消しに使われるのだが、効果は弱いが万能薬としての利用もできる薬草なのだ。
だから、酒を飲んだ時に肝臓に生成されるアセトアルデヒドを消してしまい、酩酊状態が解除されてしまうのだ。
「奥の方は何を作っているんですか?」
『御酢の材料だよ。』
「ビネガーの材料?何ですかそれ?」
『酒だよ。酢ってのは、酒を酸化させて作るんだよ。』
酒と聞いて、目がキラーンと光ったが、飲ませないよ?
『飲めないぞ?』
「駄目なんですか!?」
『飲む為の酒は、薄過ぎるんだよ。だから、火酒の様な酒を作っているんだよ。あそこまで辛くはないが、かなり強いぞ。』
「あぁ、駄目ですね。火酒は一度飲んだ事があるんですが、ぶっ倒れて翌日の昼まで寝てしまった事があるんですよ。」
火酒とは、スピリタス級の度数の高い酒で、主にドワーフが飲む酒の事だ。
御酢の材料としては濃すぎるのだが、蒸留して濃度を高めないと、酒の中に残った糖分が酢酸発酵の妨げになり、腐敗して臭くなってしまうので、態々アルコールを抽出しているのだ。
そこに、作り置きしてある酢と水を加え、樽に移して攪拌しながら発酵を促すと、割と短期間で酢に変わるのだ。
攪拌しないで、樽の中でじっくり発酵させる酢や、酒を蒸留せずに樽に入れ、長期間発酵させる手法も行っている。
まだ工場ができてから数カ月しかたっていないので、完成するか判らないが、長期発酵させる事で風味の強い酢ができると思っているのだ。
「このピクルス?の作り方は、教えてもらえますか?」
『勝手に作れよ。酢に漬けるだけなんだからさ。』
「いや、香辛料とか知りたいと思いまして。」
『香辛料を作ってるんだから、言えば判るんじゃないか?』
「秘密なんですか?」
『教えずに、違う風味のピクルスを作ってもらいたいだけだよ。折角遠い国で作るのに、全く同じ味の物じゃつまらないだろ?』
「持って帰る事は可能ですか?」
『好きなだけ持って帰れ。』
ヨルグは気付いていないのだが、同じ味を再現する事は、不可能なのだ。
何故なら、ハーブとして世界樹の葉を使い、ファイニスト・ハニービーの蜂蜜を使っているのだから、普通に売ろうとすれば、白金貨が飛び交う程の価値が出てしまうのだ。
小さな樽にピクルスを詰め込んで、持って帰る気満々になっているが、今の自分の立場ってものを判って無いのかな?
『喜んでいる所すまないが、自分の置かれている状況を理解しているか?』
「あ・・・、そうでした。」
樽を置いて帰ろうとしたので、ディメンションホールに入れておいた。
『次は、宿舎に行く。』
「さっきの不思議な建物のある所ですね?行きましょう!」
宿舎の前に着くと、門番としてコボルトが立っている事に気が付いた様だ。
「コボルトが門番!?」
どこに行っても、コボルトが落ち着いている事に驚かれるな。
『うちの軍にいるコボルト達は、オーガ程度なら倒せるんだぞ?』
「まさか!?本当にそんな事ができるのですか!?」
どこに行っても、コボルト族の評価はかなり低い。
普通のコボルトは、臆病ですばしっこく、力が弱いのでゴブリンよりも弱いと思われているのだ。
そんな彼等が、オーガに勝てると言われているのだから、信じられないのだ。
『ゴブリンに負ける様な者を門番にする訳無いだろ?』
「確かにそうですが、コボルトというのは、落ち着きが無く、臆病で、自由奔放な者達というのが普通の認識ですし、それがオーガよりも強いと言われましても、とても信じられません。」
『模擬戦やってみるか?』
「私もそれなりに強いんですよ?」
『コボルトだって負けてないぞ?』
「いいでしょう。やりましょう。」
宿舎の塀の中に入り、コボルト小隊の隊長を指名した。
『では、ヨルグとコボルト小隊隊長コースケの模擬戦を行う。二人共構え、・・・始め!』
武器は木剣と訓練用の槍だ。
コボルト達は背が低いので、標準装備は槍を使っている。
普段は、槍の穂先に鳶口を装着しているのだが、今使っている訓練用の槍は、先端に返しが付いているだけだ。
模擬戦は、ヨルグの突進をコボルトが槍で牽制して、流れる様な所作で足払いを狙うが、ヨルグが即座に反応して、後ろに飛退いた。
「信じられない!こんなに強いコボルトは、初めて見ました。」
「ふ、コボルトを舐めないでもらいたい。」
コースケは、耳の大きい柴犬の様な感じで、大きさは中型犬かな?黒い毛に茶色の毛が混ざった感じで、中虎毛と言うんだったかな?この毛色だと、甲斐犬かもしれない。
真面目で警戒心が強く、警備向きの性格をしている。
知らない奴が馴れ馴れしくして来ると、攻撃的になる事もあるが、ちゃんと躾けてやれば耐えてくれるのだ。
一々指示を出さなくても、自分の判断で動いてくれるので、隊長としての素質を備えていると言えるだろう。
ヒュッ、カンッ!
「くっ、隙が無い!」
コースケは無言で槍を振り、ヨルグは思った事を口に出してしまう様だ。
だが、決して隙がある訳では無く、言葉にする事で、弱みを見せたと誤認させて、隙を作らせる戦法かもしれない。
「はぁはぁ、手強いですね。こんなに苦戦するとは思いませんでした。」
「息が切れてますね、では、本気を出しましょう。」
「なっ!?手加減されていた!?」
ヒュカッヒュカッ!
カカカカカッ!
「ま、参りました。ゼェゼェ。」
『コースケの勝利!』
「ヒュー、隊長かっけー!」
「やりましたね!隊長!」
『よくやった。褒美をやる。』
ご褒美は、ヒクイドリの骨だ。
コボルト族は犬系なので、肉も好きだが骨も大好きなのだ。
ヒクイドリの骨を受け取ったコースケは、早速一本を取り、まるでポッキーでも食べるかのように齧り始めた
「凄いですね、コボルトがこんなに強くなるなんて、知りませんでした。どうやって鍛えたのですか?」
『根気よく鍛錬しただけだ。』
「根気よく・・・、無理そう。」
コツは、頭の良い犬種を隊長に据える事だが、まぁ教えてやんない。
訓練にしろ、鍛錬にしろ、小さなことの積み重ねが必要なのだ。
少し覚えるのに時間が掛かるだけなのに、無理そうだとか言ってる奴等には、どうあがいても無理だろう。
根気がいるのに、初めから諦めていては、できる事もできないのは当然の事なのだ。
それに、そもそも初めから諦めているという事は、仲間として見ているのではなく、見下しているという事だ。
アイツらを根気よく育てる?そんな事できる訳が無いと決めつけて、やろうともしない。
コボルト族は、やんちゃな子供と一緒なんだよ。
落ち着きが無いのは好奇心の表れで、臆病なのは怒られた経験の表れだ。
獣人より動物に近いコボルト達は、考えるよりも先に行動に移してしまう事が多い為に、怒られる事が多いのだろう。
だが、そんな彼等でも、きちんと教育をしてやれば、こんなに強く逞しくなるのだ。
『警備がんばれよ。』
「ありがとうございます。この街の秩序は、我々が守ります!」
警備隊は、宿舎内に散らばって行った。
「・・・。」
対戦したコースケだけでなく、その部下達もが真面目に仕事をする姿を見て、驚き過ぎて放心してしまった様だ。
『集会所に行くぞ。』
「あ、はい。」
銭湯にある集会所は、以前とは違い、秩序が保たれている様子だ。
スラム街と繋がるエリアでも、特に混乱する事も無く、茶菓子を食べながら談笑している様子が伺える。
スラム側の銭湯では、入浴すると一回分のシャンプーとトリートメント、化粧水が配布され、女性たちが艶々の髪を触りながらキャッキャしている。
石鹸も壁に埋め込んだポンプを押すと使える為に、スラムの住人とは思えない程に清潔感溢れる姿になっている。
スラムの住人に提供している理由は、身綺麗になる事で美意識が芽生え、自らの住環境を良くしようとする意欲が湧いてくる事を期待しているのだ。
何をするにしても、意欲というのは重要な要素であり、それが活力となるのであれば、スラム街の外に出る為に努力をする可能性が上がるのだ。
既に、王都のゴロツキの殆どは捕縛され、スラム街であっても秩序を取り戻しつつあり、笑顔を見せる余裕さえ出て来た様だ。
銭湯に入浴した者には、おにぎりやパンも配布していて、毎日入浴すれば食事にありつけるばかりか、身綺麗になる事もできるとあって、スラム街の雰囲気も明るくなった様な気がする。
スラム街の住人は、相変わらず低所得者ではあるものの、体が清潔になれば、それを維持しようとする為に住居としている場所も掃除するし、衣服も綺麗に保とうとする。
後は、仕事を与えれば、こんな街から脱却する者が増えるかも知れない。
「向こう側もスラムですよね?その割に身綺麗な人が多いですね。髪も艶々していて、肌もくすんでいないし、表情も明るい。凄いですね。」
『向こう側は、無料で利用できるんだよ。配給もあるし、人を集める様にしているんだよ。但し、入浴するのが条件だけどな。』
「入浴?湯浴みでは無く入浴?どういう事ですか?」
『湯舟に浸かるんだよ。後で城の風呂に入れ。』
「ゆぶね?水浴びの様なものでしょうか?戻ったら入ってみます。」
集会所の次は、食堂だ。
宿舎側には食堂があり、工場で働いて宿舎に泊っている者だけが利用できる様になっている。
食堂で食べられるメニューは、殆ど王城の食堂で食べている物と同じなのだが、酒とデザートは出ない。
酒はまぁ、秩序が乱される可能性がある為に、出さない事にしてあり、デザートはそもそもスラムに回せる程の量が無いのだ。
まぁ、普通に高級食材を使っているデザートの味を覚えさせても、いい結果になる事は無いだろう。
食堂の食事は、街に出ても食べられる様になって来ているが、デザートは出回る事は無いので、ここで味を覚えても、街で食べられないと判れば、舞い戻って来る事になってしまう事になるかも知れないのだ。
工場の従業員を確保する為、出戻りを認めるのも良いとは思うのだが、この施設は、スラム街の更生としての役割も持たせてある為、スラムの住人を積極的に雇い入れているのだ。
あの銭湯を経験してしまえば、もうスラムから抜け出す準備が整い、空きが出ればいつでも宿舎に入れるのだ。
狭き門ではあるものの、ファミリーであれば長く働けるが、独身者や単身者は、長くは働けない様にしてある。
それは、スラムから出るきっかけになるし、結婚すれば戻って来る事も可能なのだ。
だが、相手を探すにはスラムの外に出なければならず、スラムの者同士でくっ付く事は、滅多に無いのだ。
あるとすれば、余程頼りになるか、ドラマチックな出会いをしたかだろう。
どんなに落ちても、どんなに共感しても、落ちぶれた者同士でくっ付こうとは思わないのだ。
だって、スラムに居るという事は、スラムに住まなければならない理由があるという事で、少し前までは、敵対していた相手でもあるのだから、そんな相手を信用する事等できる筈も無いのだ。
『宿舎の中を見るか?』
「見てみたいです!」
空いてる部屋の中を見せてやった。
殺風景な部屋だが、スラムの住民にとっては、豪華に思える程にいい部屋だ。
その部屋は、コンロを使用した跡があり、特に煤が部屋に充満した様な形跡はないので、排煙も上手く機能している事が判った。
「これが竃ですか?不思議な形の竃ですね。」
『ここで火を燃やすと、火力が上がるんだよ。煙も少ないし、燃料も少なくて済むから、便利なんだぜ。』
「それにしては、あまり使っていなかった様ですね。」
『お茶を飲む時くらいしか使わないからな。』
「あぁ、食事は全て食堂で済ませるんですね。ふむふむ。」
各部屋には、風呂は無いが洗濯場はある。
基本的に洗濯は、足で踏みつけて洗うのが主流なので、湯舟の無い水場が設けられているのだ。
銭湯を使わない場合は、ここで湯浴みをする場合もある様だが、一度でも銭湯を使うと、湯浴みはしなくなるそうだ。
今は、王都の各所に銭湯が作られているので、スラムから出ても銭湯は使えるので、特に問題は無いと思っている。
「この小さな扉は何ですか?」
『これは金庫だな。』
「金庫?必要ですか?」
『盗みを働く奴は居るからな。給金を持ち歩く訳にも行かないし、自分専用の金庫があれば、安心して働けるだろ?』
「確かに。」
スラムの次は、ワラビの居る大聖堂だ。
基本的にあまり大聖堂には来ないのだが、時々見に来る事はある。
現在の大聖堂は、ワラビを騙そうとする詐欺師が減って、懺悔や悩み事を話しに来る信者で大賑わいだ。
殆どが大した事は無いのだが、偶にとんでもない事を言う奴も居て、中々に大変そうだ。
一時期は、信者が激減したが、今は回復傾向にある。
「凄いですね。こんなに沢山の人がいるなんて、我が国ではあり得ないですよ。」
『聖女がここのトップだからな。』
「ワラビー・ライスケーキ様ですか?」
『そうだぞ。』
「どの神様を奉っているんですか?」
『全部だ。』
「え?」
『全部だよ。オーベラルを含めて9柱だったかな?』
「7柱では無いのですか?」
『上位神だけじゃないんだよ。土地神も含めて奉っているんだよ。』
土地神、所謂ウアガミタマの様な、下級神も奉っているのだ。
まだまだ知らない土地神も居るのだが、ワラビは会うまで知らないので、特に教える必要も無いと思ってる。
全部合わせたら、凄い数になるので、縁がある神だけを奉れば十分だろう。
「向こうの建物は何ですか?」
ヨルグが聞いてきたのは、大聖堂の向かい側にある建物の事だ。
人だかりがあるので気になったのだろう。
『あそこは、相談室だよ。大聖堂では間に合わないからな。神官の教育にもなるし、口下手であっても、相談室で相談を聞いている内に饒舌になって行くんだよ。』
「そんなに悩み事があるんですか?」
『殆どがどうでもいい事だよ。告白する時のプレゼントを何にしたらいいとか、隣の家のいびきが煩いとか。』
「そんな事まで聞くんですか!?」
『要は、スッキリしたいだけなんだよ。愚痴でも何でも、まくしたてて頷いてもらえれば、殆どの人は満足して帰って行くんだよ。』
「鬱屈した感情を募らせるよりも、発散させてしまえばいいという事ですか?」
『そう言う事だな。一人でうじうじしてるよりも、ここで発散できればリフレッシュして、また働く元気がもらえるんだろ。』
「大変そうだ。」
次は警備隊の詰め所に行く事にした。
『スミルいるかー?』
「アルティス様!?どうされたんですか?」
『ちょっと暇ができたから、視察だよ。』
詰所の中を見ると、バリアが居た。
『バリア、ここで何をしているんだ?』
「警備隊の訓練教官をしてます。」
『そうか。お前は何か、自由だな。』
「ペンタに会えませんから。」
『うん、お前に会わせると、ペンタのパフォーマンスが落ちるからな。もう少し恋愛を学べ。軟禁するとか、ペンタの事を信じてないって言ってる様なものだぞ?』
「判ってますよ。判ってるんですが、デートをしていても、私を女と認識してくれる人が居ないので、フリーと間違われるんじゃないかと心配になるんですよ。」
バリアの容姿は、ジャマイカの陸上選手そっくりで、ぱっと見では性別が判らないのだ。
こんなのがクネクネしていたら、ホントにオネェにしか見えないだろうな。
『ちょっとくらい、女を磨けよ。』
「やると、人が避けて通る様になるんですよ!」
重症だ。
ペンタの好みだから、ポニテを止めさせるわけにもいかないし、どうしたものか。
『お前、孤児院で働けよ。母性を取り戻せば、女らしくなるかもしれないぞ?』
「街で、子供に石を投げられるんですが?」
怪獣か珍獣扱い?
『ソフティーでも懐くんだから、大丈夫だろ。』
「じゃぁ、行ってみます。」
バリアは、今は近衛騎士団の顧問兼貴族学院の騎士クラブ顧問兼警備隊の教官で、基本的にどれも毎日行く必要が無いので、孤児院で働く暇もあるのだ。
性格は、一途で臆病なのだが、仕事モードになれば、人が変わるタイプなのだ。
あの白バイ警官みたいな感じかな?
『それと、何か黒くなってない?』
「日焼けしやすいんですよ。」
『美白化粧水でも作るか・・・。』
「作れるんですか!?」
『多分。』
「お願いします!作って下さい!」
『頑張ってみるよ。』
城に戻って来た。
お昼時だったので、丁度良かった。
昼食を終えてから、美白美容液の制作に取り掛かった。
一言に美白と言っても、種類は多岐に渡る。
白粉の様に肌自体ではなく、白い粉で覆い隠す方法、肌のメラニンの働きを抑えて、肌自体を白くする方法、メラニンの生成を抑える方法、後は、ビタミンを取って体質を改善する方法かな?バリアはバランスよく野菜も食べている印象だから、体質改善は難しそうだな。
『いや、待てよ?アイツが黒くなったのって、ここ最近の話だよな。旅をしている時は、ちょっと地黒っぽい程度で、今ほど黒くは無かった。もしかして・・・。』
可能性の話だが、この世界には、ある日突然肌が黒くなる病気があるのだ。
それ以外に特に症状は無く、何故そうなるのか、原因は貴族だけが知っている。
肌が黒くなる事は、特に悪い事では無いのだが、元々肌が白い者達からすれば、あまり気分のいい話では無いのだ。
『バリア、ちょっと体を確認させてくれ。』
『はぁ、今は孤児院に居ます。』
孤児院にやって来た。
『バリア、ちょっと調べるぞ。ソフティーは遊んできていいよ。』
『わーい!』
『[アナライズ]』
バリアを調べてみると、原因が判ったかも知れない。
『バリア、お前は病気に罹っている。』
「ええ!?」
『肌の一番外側に、黒い魔石が蓄積する、黒魔石病に罹っているんだよ。原因は・・・、そのピアスだな。』
「え・・・?これは、ペンタからプレゼントされた物で、外すのは嫌です。」
『悪い、言い方が悪かったな。ピアスが原因なんじゃなくて、ピアスを指している所が原因なんだよ。』
「意味が判りませんが・・・。」
『人には魔力があって、魔力が体中を駆け巡っているのは判るな?で、その魔力がお前の感情に触れて、闇属性になり、その魔力が小さな魔石となって、肌の表面に蓄積されて行ってるんだよ。で、ピアスの場所というのが、闇属性を高めるツボの位置なんだよ。だから、一旦ピアスを外して治療して、少しずらした位置に開け直せ。』
この世界の全ての生物には、魔力がある。
その魔力は、普段は無属性なのだが、その者の種族や体質によって、得意な属性が変化するのだが、人族の場合は全属性に適性があるのが普通なのだ。
そして、その魔力に属性を付与するのは、意識や記憶、経験に基づくイメージが大きく反映される。
その制御を可能にしているのが、耳たぶにある神経が集中している場所なのだ。
全ての人族を見た訳では無いので、人族全員が耳たぶにそれがあるのかは判らないが、神経が六芒星を形成している箇所があるのだ。
殆どの人族は、ピアスを付ける事は稀で、殆どの場合はイヤリングを付けているのだ。
貴族の夫人や令嬢には、時々ピアスを付けている者が居るが、その六芒星の位置を避けて付けるのが常識なのだ。
貴族の間では、耳に神経が集中している事が知られているのだが、平民は殆どが知らないのだ。
そして、その六芒星には、属性がある事が知られていて、どの属性がどの場所にあるのかは人それぞれであり、魔力で人を判断する場合は、その六芒星を見て判断されていると思われているのだ。
そして、そこに傷を付けてしまうと、体内の魔力の流れが乱れ、魔力に関係する病気になる事が判っているのだ。
つまり、バリアはピアスの穴を開ける時に、闇属性の位置に穴を開けていたという事になる。
穴を開ける時に、その位置を避ければいいのだが、その六芒星自体がかなり小さく、そんな物がある事を知らない平民は、耳たぶの中央に穴を開けたがるので、度々貫いてしまう者が出て、その奇病を発症してしまうのだ。
だが、その症状が属性ごとに違うので、同じ病とは認識されず、原因不明と思われているのだ。
別の属性の症状では、火属性が赤ら顔になり、水属性は肌が青白くなり、風属性は癖毛が酷くなり、土属性は肌荒れが酷くなる。
光属性の症状は、発見例が無いと言われていて、神聖属性は不幸になるらしい。
不幸になるというのが漠然としている様に感じるが、怪我をし易くなったり、病気になり易いと言った感じなのだそうだ。
風属性だけは、病気として捉えるのは難しいのだが、女性がそうなると精神に悪影響が出そうだよね。
まぁ、一番の問題は、その属性の魔法が使えなくなるという事かな。
パリアがピアスを外しポーションを塗ると、肌の色が若干薄まった様な気がする。
穴を耳たぶの下の方にずらして開けて、着け直しても元の色に戻らない事からして、六芒星から外れた場所に開け直せたという事だろう。
『[アナライズ]うん、今度は大丈夫だ。で、肌の黒さについては、徐々に回復すると思うよ。暫らく様子を見てくれ。』
「ありがとうございます。」
『では、暫らくは、孤児院で冒険者志望と騎士志望の子供達に、剣術を教えてやってくれ。』
「判りました。」
まさか、こんな所で奇病に出くわすとは思ってもみなかったが、改めてピアスは危険だと認識したよ。
それと同時に、魔族がこの奇病になった場合はどうなるのか、ちょっと好奇心が湧いて来た。
ウルチメイトで実験してみようかな?
その頃、魔王城でアリエンの仕事を手伝っていたウルチメイトは・・・
「ひぃっ!?」
「どうした?ウルチ、何かあったのか?」
「何か背筋に冷たいものが走った気がしました。」
「??」
「アルティス様が、何か良からぬことを企んだのかもしれません・・・。」
「フフ、気に入られているな。」
「全然違うと思いますよ?」
「私には、そんな風に相手をしてくれなかったぞ?」
「それは、魔王様が武闘派で無口だったからでは?」
「そうか?」
「多分、間違いないと思いますよ。」
「ふむ。」
勘の良さだけはピカ一のウルチメイトであった。
「アルティス様、今日はどうされました?」
キャリスが話しかけて来た。
『ん?あぁ、バリアの病気を治してたんだよ。』
「病気?黒魔石病ですか?」
『そうだよ。もう改善したから、後は様子見だけだな。』
「黒魔石が抜けるまで、結構時間かかるそうですよ?」
『そうか。色々知ってるなら、バリアの事を気にかけてやってくれ。』
「はい、判りました。バリアさん、よろしく願いします。」
「よろしくお願いします。」
バリアの肩に乗り、庭で子供達とベーゴマをしているソフティーを見に行ってみた。
大きめのバケツに、布では無く革を張った台の上には、カチカチと音を立ててベーゴマ3つが戦っていた。
『やってるな。』
「流行りのベーゴマですか。」
「ソフティーさんが強いので、みんなソフティーさんに勝ちたくて、いっぱい練習しているんですよ?」
『バリアはやった事あるのか?』
「ありますよ?ちょっとソフティーと対戦してみたいですね。」
「誰?このおじさん?」
『プッ、コラコラ、オバサンだぞ。』
「ちょ!?お姉さんの間違い!」
「えー!?うそー!?」
『このお姉さんは、今日から剣術の先生をやってくれる、ババア先生だぞ。』
「アルティス様!?バリアですよ!バ・リ・ア!!ババアとか言わないで下さい!」
『冗談だよ。誰かベーゴマをバリア先生に貸してくれ。』
「バリア先生、よろしくお願いします。僕のベーゴマを使って下さい。」
「おじさんって言って、ごめんなさい。」
「ごめんなさい。」
次々と子供達から謝罪と挨拶をされて、バリアの顔に笑みが浮かんだ。
『俺の冗談が、軽くスルーされてる。』
「素直でいい子達ですね。」
「ソフティーさんもそうですが、ラミアのケリー先生にもすぐに懐く子達ですから、容姿だけで人を貶す様な事はしませんよ。」
「ケリーも来るんですか?すぐに懐くとか凄いですね。」
バリアは、話ながら手早く紐を巻き付けて、シャッとベーゴマを投げた。
すぐにソフティーもベーゴマを投げ入れ、二人のベーゴマ対決が始まった。
カチッカチッカチッ
二つのベーゴマがぶつかる度に火花が散ってるんだが・・・。
まぁ、鉛や錫で作ってる訳では無いので、火花が出る可能性はあるのだが、ちょっと凄すぎじゃないか?
「す、すげー!?」
「バリア先生すごーい!」
「がんばれー!」
あまりの光景に絶句していた子供達も、ソフティーのベーゴマに弾き飛ばされないのを見て、歓声をあげ始めた。
カッ!
「あー!駄目だったー!」
「強い!ソフティー強すぎじゃない?」
「エヘヘー。」
「ベーゴマキング強すぎるー!」
まぁ、強いのは当然で、人間の数十倍の反応速度を誇るアラクネなのだから、投げ入れる瞬間に紐を引くスピードが人間とは段違いなのだ。
だが、この世界の人間は、鍛え上げれば何とかなる可能性を秘めているのだ。
動体視力も瞬発力も、鍛え方次第で常人には成しえない程の力を発揮する事ができる様になるのだ。
それを体現したのがカレンだ。
どうやって鍛えているのか気になったので、鍛錬を見に行ったのだが、俺やソフティーを仮想敵として、対戦しているつもりで鍛錬していたのだ。
俺が豹人族と模擬戦している光景も、ただ眺めているだけでは無く、細かく観察して、動きや反応速度を計っていたのだ。
元々、人をよく観察するのが得意で、覚えたいと思った事は、徹底的に繰り返して覚えるという事をやっていた。
ルベウスとも対戦したり、ルベウスが幻影を出して、幻影を相手に戦ったり、模擬戦で敗れた時は、すぐに動きを復習していた。
静かなる負けず嫌いで、熱くならずに自分を客観的に観察し、動きを細かく修正しながら、効率的に動く事を考えていた。
その真摯な取り組み姿勢が、カレンを更なる高みに引き上げたのだ。
まぁ、ベーゴマが上手くなる事が、何に役立つのかは判らないが、練習に練習を重ねて強くなったという経験は、無駄になる事は無いので将来役に立つのだろう。
高速で回るベーゴマを見る事で、動体視力に影響を与えるかも知れないし、遊びも練習も全て無駄なんて事にはならないと思うよ。
寧ろ、明確な目標があり、楽しんで頑張れるのだから、楽しめない事よりも数倍早く上達すると思うよ。
『バリア惜しいな。もう少しで勝てたかもしれないな。』
「力負けしてしまいましたね。」
「バリア先生は頑張った!凄く頑張ってました!」
「次は必ず勝ちましょう!」
何か、対ソフティー同盟が結成されたっぽい。
『そう言えば、そろそろ午後の授業が始まるんじゃないか?』
「あと10分程ありますね。」
『そうか、キャリスは授業スケジュールを調整して、冒険者志望と騎士団志望の子の剣術練習の時間を作ってやってくれ。バリアはそれまで木剣を制作な。』
「畏まりました。」
「木剣は買って来れば良いんじゃないですか?」
『大人用のを使わせる気か?』
「あ・・・、作ります。」
武器工房に行けば、木剣は普通に売ってはいるのだが、それは大人用の物で、長さも重さも大人が使う事を想定しているので、子供が振り回すには重すぎるのだ。
高級な物になると、圧縮した木材を使っている場合があり、普通の針葉樹を使いながら、トレント材に近い硬さを持つ物もある。
ただ、まだプレス機は登場していないので、ウォーハンマーでボッコンボッコン叩いて固めているだけである。
『ソフティー、ちょっと街の工房に行ってみよう。』
『はーい。』
さっき、子供達の前では普通に喋っていたのに、また念話に戻った。
ソフティーは、キュプラ程流暢に喋れる訳では無いのだが、子供達と話す場合は、なるべく喋る様にしている様だ。
孤児院には、言葉が拙い子供も居る為、同じくらいの会話能力の子供と一緒に練習しているのだろう。
『こんちわー』
「ん?ぬおおおおお!?お、驚かすんじゃねえ!」
武器工房に来たのだが、間近でアラクネを見た事が無いのか、凄い驚かれてしまった。
『ごめんごめん、久しぶりだな。』
「んん?お?あんたは、ゴーレムの魔石を持ってた奴か。元気だったか?」
『元気も何も、今はこの国の宰相やってるんだよ。』
「何?・・・そう言えば、何かこの国の宰相は、小さい獣って誰かから聞いた気がするな。」
『うん、ドワーフらしい回答だ。』
「で、今日は何の用だ?」
『プレス機を作ろうかと思ってさ。』
「プレス機って何だ?圧搾機の事か?」
『まぁ、似た様なものだな。』
「それなら、隣に行け。うちは武器専門だ。」
『圧密木材を楽に作れるとしても?』
「新しい道具は、幾つか使ったんだが、どれも直ぐに駄目になっちまって、使いたくねえんだよ。」
工房の作業場を見回してみると、そこにはボール盤の様な物が置いてあった。
『ボール盤か。使えないというのは、アレの事か?』
「あぁ。穴を開けやすくなるとか言われて買ったんだけど、すぐに駄目になっちまってよう。全く使えやしねぇ。借金だけが残っちまったよ。」
モコスタビアでこんな感じの工具を言った様な気がしないでも無いが、まぁ実現したのだろう。
だが、木工に使うのならいいのだが、金属加工に使うとなると、ドリルを冷却する必要があり、ドリル自体もネジの様な形をしているので、破損してしまったのだろう。
『借金はいくら?』
「んあ?白金貨50枚だよ。」
日本円に換算すると50億になるんだけど、全然借金で首が回らないという感じでは無い。
というのも、割と武器屋と言うのは、高額商品が並んでいる事が多いのだ。
しかも、メインはオーダーメイドなので、数回仕事を引き受けるだけで、割と簡単に稼げてしまうのだ。
腕さえあればだけどね。
『刃、直そうか?』
「できんのか?」
『できると言うか、もっと頑丈で使いやすい形のを作れる。』
「だがよう、この刃ってのは、専門の職人じゃなきゃはずあああああ!何やってんだよおめぇ!?」
話を聞きながら、ソフティーに手伝ってもらってドリルを外したら、怒られた。
『専門の職人でなきゃ外せないとか言われたんだろ?そんなもん呼ばなくても外せるから。』
「はあ!?」
要は、チャックの締め込みに専用工具が必要ってだけで、六角レンチが無ければ駄目というだけだ。
だが、そんな物は形を見て作ってしまえばいいだけで、それをやらなかったのは、魔法でのロックも効いてるとか言われたのだろう。
そんな物は無かったが。
『まぁ、このレンチがあれば、簡単に開け閉めできるんだよ。それと、塗装で隠れているが、ここに多分これを作った工房のロゴがあるんだと思うよ。いや、あった、かな?』
「転売されたって事か?」
『そう言う事だね。その金額も、多分法外な値段を吹っ掛けられたんだと思うよ。』
「まぁ、そうだとしても、これを見た時には、この値段が妥当だと思ったんだから、別に問題はねえよ。」
『そうか。』
これ、この手の工房主に良く居る傾向なんだけど、物を見て、提示された金額を妥当だと思えれば、借金してでも買っちゃうんだよね。
で、後から詐欺だと言われても、その時妥当だと思って買ったから文句は無いという、何とも太っ腹な事を言うんだよね。
本心かどうかは判らないけど、エルダードワーフというのは、そういう教育を受けているんだと思う。
太っ腹と言うよりも、潔いという方が合ってるかな?
ただ、このドワーフは良くても、俺は良くない。
この機械は、モコスタビアのクラプトフ姉弟が作った物だったのだ。
『これを売った奴を教えてくれ。』
「どうするんだ?」
『この機械を作った奴は知り合いでな、ロゴを消して転売する様な奴を知りたいんだよ。』
「ほお、誰が作ったのか教えてくれるか?」
『モコスタビアのクラプトフ姉弟だよ。』
「兄貴達か。」
ブッ!
『おっちゃんも姉弟だったのか!?』
「なぁ、そのおっちゃんってのやめてくんねえか?俺はまだ中年には遠いんだ。」
『あぁ、悪い。ドワーフって全体的に老けて見えるからさ。』
「この髭の艶を見ても判らんとは・・・。」
『全く判らん。』
まさか、このドワーフも姉弟だったとは思わなかったな。
驚いて、思わず吹いちゃったよ。
『そう言えば、名前聞いて無かったよな。』
「あまり名乗りたくは無いんだが・・・。」
『何で?』
「毎回驚かれるか、笑われるんでな。」
『驚くかも知れないが、笑ったりはしないぞ?』
「シンシア・クラプトフだ。」
『シンシア?女みたいな名前だな。ドワーフ流なのか?』
「何を言ってる、俺は女だぞ?」
何訳の判らない事言ってんだ?コイツ。
『冗談だろ?』
「冗談では無い。俺は女だ。」
思わず鑑定したら、本当に女だった。
『トランスジェンダーにしか見えん。』
「そのトランス何とかが何なのかは知らないが、あまりいい意味では無い事は判った。」
まぁ、正式には性同一性障害、通称オカマだからな。
いや、オナベか?うーん、判らん。
「俺がこんな姿だから、姉貴があんな風になっちまったんだよ。」
そういえば、コイツの姉もトランスジェンダーだった。
『ジュリーさんだっけ?随分姿が違うな。』
「姉貴は、先祖返りで人間寄りの姿になっちまったんだが、俺も先祖返りでドワーフの始祖寄りになったみたいだって、父親から言われたな。」
『普通のドワーフの女って、どんな姿してるんだ?』
「うーん、髭の薄いドワーフ?」
これ多分、詳しく聞いても判らないパターンだな。
ドワーフ達から見ると、もの凄く薄い髭に見えるが、ドワーフ以外から見ると、違いが全く判らないんだと思う。
素人には、雑木林と原生林の違いが解らないのと同じだよ。
『聞いてもぱっと見では判らないって事で。テラスメル高原でも、ドワーフって性別が判らないなあとは思ってたんだよ。』
「そりゃぁ、ドワーフだろ?俺等、エルダードワーフとは違って、奴らは髭の硬さでしか判らん。」
『髭の硬さ・・・、見た目では、どうやって区別するんだ?』
「区別?しないだろ。」
『いや、風呂に入る時とかさ。』
「分けないと思うが?」
『えー、男も女も一緒に入るって事か?』
「ドワーフは、そんな事気にもしないだろ。」
『マジか。』
もしかして、バネナ王国軍に居たドワーフの中にも、女ドワーフが居た?まさかね。
だが、男女での格差も無く、区別もされないとなると、フェミニスト達が聞いたら歓喜するのかねぇ。
あ、髭もじゃを受け入れられないか。
ドワーフの子供は、髭がサラサラヘアーで可愛いんだけどね。
『そんな事より、ドリルビットの改良を先にするか。』
錬金術を使って、タングステン合金の棒を作り、ドリルの形に削り出した。
ついでに、ボール盤のチャック部分もチャックキー式に作り替えた。
専用工具を使わないといけないのは変わらないが、歯車型の工具をチャック側の歯車に噛み合わせて締め付けるので、壊れにくく、ビットの固定も強固になる。
『これでいいだろう。』
「どうやって使うんだ?」
『ここの取り付け部分をチャックと呼ぶんだけど、ここにビットを挿し込んで、この専用工具を窪みに入れて、歯車を噛み合わせて工具を回すんだよ。六角レンチでも良いんだけど、ドワーフの馬鹿力に負けて、舐める可能性や折れる可能性を考えると、こっちの方が締め付けしやすくて、使いやすいと思うよ。』
そもそも、ドリルビットがめちゃ硬いから、そんなに交換頻度も高くはないと思うけどね。
「ふむふむ、こんな形のドリルは見た事が無いな。ちょっと使ってみよう。」
部屋の隅に転がっていた鉄板を持って来て、ボール盤のレバーを下げた。
特にスイッチは付いておらず、レバーを下げれば勝手に回る様になっている様だ。
安全性を考えれば問題がある仕組みだと思うが、手に穴が開いてもポーションやヒールで簡単に治せるので、大した問題じゃないのだろう。
「おい!凄いなコレは!前のドリルよりも簡単に穴が開いたぞ!刃毀れも無いし、削れた様子も無い。材質は、タングステンと・・・ミスリルだと!?おい!こんな高価な物を買う金は無いぞ!?」
前の世界では、ドリルビットにはHSSという硬いタングステン合金が使われていた筈だが、モリブデンは見た事が無いし、どこで採れるのかも判らないので、ミスリルを少量使って硬さを出した。
バナジウムはあるのだが、ミスリルやオリハルコンは、バナジウムが無くても硬性や耐熱性を維持しやすいので、チタン合金を作る時以外では、殆ど使う事が無いのだ。
一般的に鋼に含まれている時があるのだが、バナジウムを意識して使うというよりも、鋼を作る時にいつの間にか含まれているという程度で、バナジウムが認知されている訳では無い様だ。
ベテランの鍛冶師が作った鋼と、素人の作った鋼の硬度が違う理由は、その辺が関係してそうだね。
『そんな物要らないよ。そんな事より、プレス機を作るのを手伝ってよ。』
「何をすればいい?」
油圧ポンプを作る材料を作ってもらった。
錬金術では、どうしても精密な加工が難しく、油圧シリンダーの作成ができ無いので、エルダードワーフの技能を使って作ってもらったのだ。
『これを組み立てて、ワイヤーで編みこんだチューブで、サンドワームの血管で作ったチューブを包み込んで、それとシリンダーを繋いで、中にフィンバックホエールの皮下脂肪から作った油を入れて、太いシリンダーを押し込む。』
シンシアがシリンダーを押し込むと、シリンダーの隙間から油が溢れだしてしまった。
『あぁ・・・、やっぱりシールリングが必要か。シールの皮でいけるかな?』
「これは失敗なんだな?」
『うん。こっちを押すと、あっちの細いシリンダーが伸びる筈なんだけど、密閉が不完全だったようだ。』
「で、この輪っかはどうやって使うんだ?」
『シリンダーの油が漏れない様に、ピストンの縁に嵌めたいんだよね。』
「ぴすとんってのは、こっちの蓋か?これを・・・そうか、隙間を埋める必要があるって事か。ちょっと待ってろ。」
パパッと彫刻刀の様な工具で、ピストンの縁に溝を彫ってくれた。
ドワーフというのは、この手の細かい作業でも、いとも簡単に金属を加工する事ができるんだよ。
一見、力任せの様にも思えるのだが、ピストンの厚みが5ミリしかないのに、幅も深さも2ミリの溝を彫るんだから、特殊技能と言えるだろう。
「これでどうだ?」
『うん、バッチリ。細い方にもお願い。』
3つのシリンダーにシールの皮で作ったシールリングを付けて、再度挑戦した。
「おお!?細い方が勝手に動いた!」
『うん、いいね。じゃぁ、台を作るから、組み立てちゃおう。』
圧密木材を作る為のプレス機を作って、そこに油圧シリンダーを取り付けた。
太いシリンダーのピストンを押すと、チューブで繋がった細いシリンダーに油圧が伝わり、プレス機を動かす仕組みだ。
だが、まだ完成では無い。
これはまだ試作段階で、ドワーフの力を倍にしたに過ぎないのだ。
『ここに木材を入れて、ピストンを押すと、プレスが下がって木材を圧し潰す。』
「んー、駄目だな。圧力が足りねぇ。」
『そこで、梃子の原理を使うんだよ。専用の棒を作って、先端を引っかけて、棒を下に押す。それと同時に、プレス機も熱する。』
「熱くするのは何でだ?」
『木材の水分を飛ばす為だよ。もっと体重をかけて押して。』
「ぐぬぬぬぬぬぬ。」
プレス機からは、木材から出て来た水分が熱で水蒸気に変わって、シューシュー音を立てている。
いい感じに見えるが、結果はどうだろう?
『やっとこで取り出してみて。』
「んん!?硬くなってる!ほうほう、叩いて作るよりも、均一に作れるな。初めから剣の形にしてやったらどうなるんだ?」
『木材の量が難しいかも知れないけど、作れない事は無いと思うよ。』
型は、木材に剣を押し付けて型を取り、その型を使って鋳型を作り、鉄製の鋳型を完成させた。
それを圧縮した木材に押し当てて、剣の型を取り、余白部分を切り落としてから再び鋳型に乗せて、プレスの方にも同じ鋳型を取り付けて、上下から挟み込む様にした。
既に一度圧縮している為に、あまり変化が見られない様に思えるが、取り出してみると、木材なのにずっしりと重い剣ができあがっていた。
「おお!これは使えるぞ!こんな短時間で作れるのなら、大量に作る事ができるな!」
圧密木材は、様々な用途に使える便利な資材だ。
例えば、建材や家具、扉などの建具にも使えるし、訓練用の簡易防具や木剣の材料、他に薪として使うのも有りで、圧縮している分燃えにくいが、一度燃え始めてしまえば、普通の薪よりも燃焼時間が長くなるのだ。
他にも、プレス機を使ってベニヤ板を作るのにも使えるし、OSBボードを作る事も可能なのだ。
『よし、これで完成でいいかな。これは、シンシアにあげるよ。』
「何ー!?こんな凄い物を作ったのに、要らないと言うのか!?」
『これは、実証実験みたいな物だよ。それに、シンシアに使ってもらえば、有効活用するでしょ?』
「もちろんだ!鞘を作るのにも使えるし、木製の盾や脛当て、他にも様々な物が作れる様になるぞ!」
『じゃぁ、遠慮なく使ってくれ。耐久性も知りたいから、壊れたら教えてくれよ。』
「判った!ありがとう!助かるわい。」
今回の実験では、大収穫だった。
今まで作れなかったシリンダーを作れる当てができたし、馬車用のショックアブソーバーも完成間近になった。
後は、ブレーキを梃子の原理ではなく、油圧を使う事ができる様になったのだ。
梃子の原理を使っているとはいえ、やはり人力だけでは限界があり、重い荷物を積んだ荷馬車では、止まれずにオーバーランして事故を起こす事が、よくあるのだ。
それが、油圧を使えるという事になれば、油圧と梃子の原理の両方で力を増幅する事ができて、グッと止まり易くなるのだ。
たったそれだけの事でも、馬車の運用に劇的な変化を齎す可能性を秘めているのだ。
他にも、油圧があった方が使いやすい箇所は多数あり、大きな扉や隠し扉などに使えるだろう。
今回使ったのは、大量に余っているフィンバックホエールの皮下脂肪を使ってみたのだが、適度な粘性で魚臭い事も無く、皮下脂肪は塊だったが、絞り出した油は常温では液体のままの様で、固まらなかったのだ。
ただ、今後も油圧を様々な所で使うとなると、フィンバックホエールの乱獲に繋がる恐れがあるので、別の油を探す必要が出て来るだろう。
他に使えそうな油としては、レッドドラゴンの脂肪となるが、乱獲にはならないが、倒せる者が殆ど居ないのと、ドラゴンの素材は超高級素材な為、油圧システムが高価な物になってしまうだろう。
鉱物油は、どこかにあると思われるが、未だ発見はしていない。
他に使えそうな物とすれば、植物油という事に落ち着くのかもしれないが、色々ある中で選ばなければならない。
一番有力だと思われるのはオイリーの実だが、ちょっとサラサラ過ぎる気もしないでもない。
地道に探すか。
『また近々油圧シリンダーを作ってもらう事になるから、その時は頼むな。』
「おう!任せとけ!」
武器工房を出て城に戻ると、丁度夕食の時間だった。
夢中になって作っていたので、時間かかっていた事に全然気が付く事ができなかった様だ。
「あ、アルティス、ちょっといいか?」
『どうしたの?』
「明日から、各領を回って、言う事を聞かない領の是正を頼みたいんだが。」
『あぁ、最初からそのつもりだよ。』
その必要性を感じていたから、王都内の各施設を回って憂いを無くしたんだからさ。
明日からは忙しくなるから、今日はゆっくり寝てまた頑張りますかね。
翌朝、リズを連れて、あるじから貰ったリストの領を脅し・・・じゃなくて、是正しに向かった。
まずは、近場の大物貴族のブラスバレル侯爵家から行く事にしたよ。
『えっと、第2騎士団2名と第1師団第1中隊?人数多いな。ま、いっか。』
視察は、第2騎士団の新人の研修と、遠征から帰って来た兵士の実力試験という事らしい。
遠征軍の時は、全員訓練生扱いだった為に、正式な部隊名は付いていなかったのだが、遠征が成功裏に終わった為に、正式に兵団として運用を開始したそうだ。
編成は、小隊、中隊、大隊、連隊、師団となっていて、旅団が無い。
弓兵と魔法兵は、小隊に各1名ずつ配置してある。
全員が同じ機動性で動けるので、分ける必要が無いという発想だ。
小隊長は歩兵が担当し、小隊長が戦死したり、戦線を離脱した場合は、弓兵が代理で担当する事になっている。
これは、偵察などで分隊を編成する場合、弓兵を分隊長として歩兵2名以下を連れて行く為と、殆どの場合に殿を務めている為に、そういう風に決めたそうだ。
まぁ、一番視野が広いのが弓兵なので、妥当だと思うよ。
基本的に、作戦行動中は全員念話で会話しているので、離れていても会話できるし、弓兵も魔法兵も白兵戦ができるので、歩兵は安心して前進できるのだ。
1師団が2500名で構成されていて、遠征軍に派遣されなかった兵も含めると、総勢16000人も居て、7師団での運用となっている。
第7師団だけは1000名しか居ないのだが、ここは機甲師団としての運用なのだそうだ。
所謂バイク部隊だね。
輜重部隊と混成部隊は、別組織として運用していて、輜重部隊は民間人が含まれる場合がある為、必ず付随するのでは無く、必要に応じて編成する感じだ。
混成部隊は、そもそも実力差があり過ぎて、同列での編成には向かない為、騎士団としての運用としている。
まぁ、騎士団と混成部隊は、近衛騎士団を除いて全員が、宰相直属としているだけだ。
癖の強い連中が多いので、兵士と一緒に運用するには、問題があるって事らしい。
『何か、一人でかいのがいるな。』
「その言い方は、酷いんじゃねえ?」
「何か因縁を感じる編成ですね。」
『あぁ、マッドフォレストでガウスに会ったのって、リズだっけか。』
「・・・また強くなってないか?」
『ゴブリンエンペラーと戦ったからな。』
「それでもまだ4位なのか?」
「カレンは、剣聖になりましたからね。」
「凄えな。」
『カレンは、オークエンペラーを軽く凌駕してたからな。実力差が広がっちゃったな。』
「オークエンペラー?聞いた事が無いな。」
『オークキングから進化した奴だよ。』
「・・・あれって、進化先があったのか。」
『博物館に展示してあるぞ?見て無いのか?』
「俺がそんな所に行く様な奴に見えるのか?」
『誰が行っても可笑しくないぞ?暇ができたら行って来い。』
「うっす。」




