第94話 ケモナー共和国からの使者
ケットシーの教師役は、暇な奴が順番にやっているから、今回のケットシーの名前は知らないんだよね。
で、何かに負けたとかで、お昼休みに王城に戻って行ったよ。
もの凄い大慌てでね。
何か、ケットシーの長年の疑問だか何だかで、円周率を聞いて、自分達の考えていた数値と違うとか思ったのかな?
まぁ、円周率なんて、古代エジプトとかバビロニアとか、その辺の文明では3くらいとされていたらしいし、多少違っていたとしても、そんなに変わらないよね。
お昼ご飯は、ペルグランデスースの肉とダブルホーンディアの肉を提供したので、いつもより豪勢な食事になったみたいだよ。
だけど、流石にルシール一人では、きつかったみたいだ。
最近は、子供達が手伝っていたから、一人で作るのは久し振りだったみたい。
もう一人派遣するか聞いたら、必要無いって言われたよ。
子供達に教えながら料理するのが楽しいらしい。
午後は、立体図形の展開図を作らせたよ。
黒板の図形だけでは、判り辛いと思ったからね。
4面体とか6面体とか、それを魔法じゃなくて木材を切って作らせるんだよ。
正三角形とか正方形で作る分には良いんだけど、三角錐とかになると、辺の長さをどうするかとか、色々計算が必要になって来るから、サインコサインタンジェントという言葉と、計算式を教えておいたよ。
まぁ、苦手だったので、教えられるのはここまでだな。
一応、数学の本は存在しているので、それを渡しておいたよ。
ケットシーは、お昼休みが終わっても来なかったので、一人呼びつけて先生をやらせたよ。
午前中に居た奴は、円周率を知った為か、数学マニアのケットシーと、喧々諤々議論をぶつけ合ってるってさ。
どこの世界に行っても、研究者ってのは考え始めると、他の事が疎かになるらしい。
その研究が、仕事に関連している事であれば問題は無いのだが、自分の趣味でやっている事であれば、それは問題だな。
気になるのは判るが、仕事が終わってからやるべきだな。
『仕事を放棄したケットシーは、処罰する。両手を後ろに回して、計算ができない様にしてやれ。』
「それは・・・、厳しい処罰ですね。」
『仕方ないだろ?仕事を放棄したんだから、放置する訳には行かないし。』
「仕方ない、そうですね。はい。」
取敢えず教室の方は、ケットシーに任せてあるので、外で魔法を見せたい子の成果を見たり、相談に乗ったりした。
『リシテアは?』
「あちらでこっそり見てますよ?」
『リシテアおいで?』
俯いて、口をもにょもにょさせながら近づいて来た。
『どうした?』
「ご無沙汰してます。」
『ん、偉いな。元気してたか?』
「うん。」
我儘はすっかり鳴りを潜め、怖がるような素振りを見せながら、挨拶をして来た。
だが特に怒られる事も無く、逆に挨拶を褒められたので、緊張が解れ始めた様だ。
『ヒマリアに甘えすぎたりはしていない?』
「うん、大丈夫。お姉ちゃんもお友達がたくさんできて、喜んでた。」
『そうか。それは良かった。いっぱい勉強して、ヒマリアの為に仕事を手伝える様になるんだよ。』
「うん!頑張る!」
リシテアの元気が戻ったのは良いんだが、アイツが居ないな。
『ウルチメイトは?』
「え?戻ってきてないよ?」
あれ?戻さなかったっけ?
『ウルチメイト、どこにいるんだ?』
『ひぃ!?』
『何だ?何か疚しい事でもしているのか?』
『してません!してません!』
『じゃぁ何だよ?』
『い、いやぁ、ヒマリアさんのお店を手伝っているので、またブートキャンプとか言われると、困るなぁと思いまして。』
『リシテアには会ってないのか?』
『リシテアさんから、来なくていいと言われてしまいましたので。』
『そうか。じゃぁ、ヒマリアの店に行くか。』
『え!?来るんですか!?』
『来られると困る何かがあるのか?』
『いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ、なな何もありませんよ?』
『ソフティー、ヒマリアの店に行こう。』
『あいさー』
ヒマリアの店に来ると、ガラッガラだった。
もうすぐ夕飯の時間帯になると言うのに、客が一人も居ないのだ。
『何だこれ?』
「あ、アルティス様・・・、お客さんが来なくなっちゃったの。」
『ウルチメイトが居るからだろ?お前、魔大陸に行って、アリエンの為に働け。』
「ええええ!?何でですか!?」
『何でも何も、魔族のお前が、そんな恰好で店に居たら、普通の人間は怖くて来れねえよ。』
「私のせいで客が来ないと言うんですか!?」
『じゃぁ、お前は、ヒマリアの作るご飯が不味いから、客が来ないと言いたいのか?』
「え!?違いますよ!そんな事は絶対にありません!」
『じゃぁ、何が原因で客が来なくなったと思ってるんだよ?』
「それは、ソバトが怖いからじゃ無いですか?」
「そんな事ないよ?ソバトさんが作るご飯は、美味しいんだよ?」
『まさか、ウルチメイトが料理をしているなんて事は無いよな?』
「作ってますよ?」
『お前は、魔大陸に行け。今すぐ!』
「何でですか!?」
『魔族の味覚と、人間の味覚は違うんだよ!お前ら魔族の料理は、不味い!』
「ガーン!」
ウルチメイトは、床に両手を付いて項垂れた。
魔族の味覚は、人間と比べると、とても薄味で素材の味が、そのまま感じられる味になるのだ。
魔族は、人間の作る食事は普通に食べるのに、作らせると塩味の感じられない物ばかりを作るのだ。
そうなった理由は諸説あるが、一番は塩があまり採れないのが原因とされている。
最近まで、魔族領に大量にあったのは、世界樹が崩壊してできた塩で、魔族にとってはとても苦いと感じる塩なのだそうだ。
世界樹を目の敵にしていたらしいから、塩を盗られない様に、味覚を変えられた可能性もあるが、魔大陸には鉱山が少なく、岩塩も殆ど産出されていない事から、塩を使うという文化が発達しなかった様だ。
また、魔族の体自体も、殆ど塩分を必要としない為に、塩で味を付ける事が必須では無いのだ。
人間の場合は、塩分が筋肉を動かすのに必須な栄養素なので、塩を舐めると美味しいと感じて、食料に塩を混ぜて食べる様になったのだ。
殆どの種族は、塩が無ければ生きていく事ができないのだが、魔族はマナがあれば生きていける為、塩味を美味しいと感じても、必須栄養素として認識しなかったのだろう。
だから、魔族に料理を作らせると、殆ど味のしない料理しかできないのだ。
『アリエン、ウルチメイトを送るから、使ってやれ。』
『え?要りませんが?』
『問題があるって事か?』
『すぐサボるので、悪い影響が出るんですよ。』
『じゃあ、ウルチメイトをこき使ってやれ!』
『了解しました。』
『ウルチメイト!アリエンの為に、誠心誠意、全力でアリエンの為に働け!』
「はい!」
ウルチメイトは、未だに隷属から解放していないので、命令に背く事ができないのだ。
こいつを信用するとか、有り得ないから。
今も、荷物をまとめて背中に背負い、店から出て行こうとしているのだ。
『歩いて魔大陸に向かうつもりか?』
「はい!」
『それ、何年かかるんだよ。テレポートで飛ばすに決まってんだろ?』
「はい・・・。」
しかめっ面では無いものの、もの凄く嫌そうな顔をしている。
『しっかり働けよ!』
シュン
店の外から、中を覗き込んでいた人々が、ウルチメイトが消えたのを見て、店の中に行って来た。
アイツが居ると、クソ不味い食事が出て来るので、中に入るのに躊躇していたのだろう。
「あのー、ウルチメイトさんは、もう来ないんですか?」
『アイツは魔大陸に送ったから、もう来る事は無いぞ?』
わあっ!
続々と客が入って来た。
ヒマリアは、ウルチメイトが作った料理を鍋に戻し、味付をしてから並べ直す様だ。
「アルティス様、ありがとうございました。ウルが頑張っていたから、強く言えなくて困っていたんです。」
『早く相談してくれればよかったのに。』
「呼んだら、追い出そうとしているのが、判っちゃうから。」
『・・・それもそうか。』
帳簿を見せてもらったのだが、約半月の間、殆ど収入が無い状態だった様だ。
半月で気付いて良かったぜ。
「アルティス様は、晩御飯はどこで食べるのですか?」
『ヒマリアに作ってもらおうかと。』
「すぐに作るね!」
敬語を練習している様だが、まだまだだな。
まぁ、まだ子供だから、仕方ないよね。
育ち盛りだから、栄養状態が正常に戻れば、ぐんぐん成長している様で、年相応の体格になりつつある様だ。
初めて見た時は、10歳前後かと思っていたんだけど、思春期くらいの年齢だったみたいだ。
出張に行っていた間に、ひと悶着あったらしいし、間違い無いだろう。
そのひと悶着の時にコルスが居たらしいのだが、あいつ、女の癖に放っておけば治るとか言って、全然役に立たなかったらしい。
がさつな奴だ。
『アルティスさん、何か言いましたか?』
『別に?』
『何を言ったんですか?』
『何で言った前提なんだよ。』
『別に?と答える時は、白を切っている時ですから。』
『・・・、お前がヒマリアのアレをがさつに答えたと聞いたからな。』
『がさつとは何ですか?普通に答えただけですよ?』
『初めての事なんだから、対処の仕方くらい教えてやれっての。そんな事すらできないから、がさつな奴だと思われるんだよ。』
『私は、そうしたんですがね。知らなかっただけですよ!』
『セバス執事は、教えてくれなかったのか?』
『訓練中だったので、念話できなかったんですよ。』
『あぁ、訓練だからと済ませる所がガサツって事だな。まぁ、コルスだしな。』
『くっ!』
酷い言い方だと思うかも知れないが、自分がそうしたからと、他人が困っているのに手助けしないのは駄目なんだよ。
困っている人が居たら、判りそうな人に連絡するのがベストなんだよ。
自分の知らない事を聞かれて、それを毎回スルーしていたら、その内誰からも頼りにされなくなるだけだよ?
暗部だからと言って、人間性まで失って欲しく無いんだよ。
因みに、その頃は、コリュスに特製干し肉を与えていたので、呪いの異臭はしていなかった様だ。
で、あげるのを止めた途端に再開した様だ。
一度、コリュスを締め上げようかな?
ヒマリアが作ってくれたのは、カレーだった。
「あのね、カレー作ったんだけど、どうしてもとろみがつかないの。」
『これはこれで良いと思うよ?ルーを作る時に小麦粉をバターで炒めて、カレー粉を混ぜるんだよ。それをシチューに混ぜるととろみのあるカレーになるんだけど、これはこれで、完成していると言えるよ。これに茹でた野菜とか、ソテーした肉を入れれば、ヒマリアのオリジナルカレーになるんじゃない?』
「それでもいいの?」
『良いも何も、料理ってのは、アレンジしてなんぼなんだよ。もちろん定番の作り方でも良いんだけど、パフェーラで定番のカレーは幾らでも食べられるじゃん。このカレーは、ヒマリアの店でしか出していないから、オリジナルのカレーとしてメニューに加えてもいいんだよ。ヒマリアのスープカレーって命名しよう。』
このカレー、出汁がダッシュバードを使っているから、あっさりしていて食べやすい。
もったり系のカレーも美味いけど、あっさりサラサラ系のカレーも美味しい。
あ、ダッシュバードってのは、家畜化された鳥系の魔物で、ダチョウサイズの鶏で、翼が4枚もあるのに飛べない鳥なんだよ。
どう進化したらそんな風になるのか判らないが、翼が上下に分かれている?鳥版の複葉機みたいな感じなのだ。
だが、体が重すぎて、滑空すらできないらしい。
でも、逃げ足は速くて、短距離なら馬より早いらしい。
短距離ならってところがミソなんだけどね。
家畜化された鳥は何種類か居て、卵用の鳥の場合、一度に数十個の卵を産むそうだよ。
ただ、有精でも孵る確率が低すぎて、殆ど増えないそうだ。
『各領の視察にでも行くかな。未だに税率を勝手に決めてる馬鹿も居るみたいだし、粛清の旅にでも出るか。』
「ケモナー共和国にも行くんですか?」
『どうだろ?獣王帝国から話が行っていれば行くかもだけど、その辺の進捗は、連絡が来てないんだよね。』
「最近、ケモナー共和国の人が、良く来るんですよ。」
ソバトが、ケモナー共和国の動向を教えてくれた。
多分、獣王帝国から話が行ったのだろう。
国境付近の領との仲は悪いが、中央の方には獣人も居て、仕事もしていると言われて、調査に来ているのだと思う。
国境には特に何も無い為、隣国から入って来る事については、特に問題になる事は無い。
コソコソと城内に侵入したり、盗みを働いたりしなければ、スパイ認定などしないので、堂々と隣国の者が視察に来ている事は、よくある事なのだ。
ケモナー共和国との国境沿いの領が、ケモナー共和国と仲が悪いのは、ケモナー共和国の方から魔獣が度々侵入してきて、農作物を荒らす事がある為、領主がいちゃもんを付けているのだ。
自分達が責任を負いたくないが為に、隣国のせいにしているだけなのだが、貴族としての責任を果たしていない所が駄目なんだと、全然気づいていないんだよね。
『何か聞かれたりするのか?』
「最初の頃は、よく聞かれましたね。でも、この街には獣人は居ませんし、王都に行けばたくさん居るって言ったら、聞かれなくなりましたぜ。」
『そうか。』
「お、丁度来ましたぜ。」
ソバトの見ている方を見ると、マントを羽織った二人組が店に入って来た所だった。
その二人は、首を動かさずに目だけを動かして、厨房の中を探る様に見ていたが、俺と目が合うと一瞬驚いて、すぐに目を伏せた。
『ふむ、ちょっと話しかけてみるか。』
「暴れないで欲しいんですが?」
『俺を暴れん坊みたいに言うなよ。暴れそうなら、パラライズでもかけて大人しくさせるさ。』
「それは、既に暴れてるんじゃ?」
『剣を抜いても、傍観して欲しいのか。判ったよ。』
「あ、違いますよ?対応してくれても構わないです。」
『どっちなんだよ。』
「食器やテーブルを壊さない様に暴れて下さい。」
『最初から壊すつもりは無いが?』
「・・・。」
ウザ絡みしてたら、そっぽを向かれてしまった。
ヒマリアは苦笑してるよ。
さて、ケモナーの使者と話してくるかな。
『ちょっといいかい?』
料理を食べている二人の目の前に行って話しかけたら、マントの下で剣に手をかけたのが判った。
『剣から手を放してくれないか?俺は話をしたいだけなんだから。』
「・・・判った。何が聞きたい?」
『厨房の中に入りたいのか?』
「!?」
『この料理をどうやって作っているのか、知りたい?』
「何故それを!?」
『厨房の中をしきりに見ていたからな。レシピが知りたいのなら、教えてやるぞ?』
「・・・見返りは?」
『んー、何が良いかな?ケモナー共和国との和平交渉とか?』
「俺達にそんな権限はない。」
『じゃぁ、取り次いでくれよ。バネナ王国の宰相が、ケモナー共和国との和平交渉を望んでいると。』
「亡命では無く?」
なんで宰相の座を蹴って、亡命なんてしなきゃならんのだ。
『冗談きついな。王の次に連なる権力者が、それを捨てて亡命なんてする訳が無いだろ?』
「だが、バネナ王国では、差別が酷いと聞いているが?」
『宰相の俺がこんな成りなんだから、そんなもん無くすに決まってるだろ?』
「宰相は、タダ働きとも聞いている。」
『あぁ、それは合っているな。だが、俺自身は金なんて使えないし、資産ならあるし、特に何も困っていないからな。』
「その資産の倍をやると言ったら?」
『無理だな。俺の資産は、ケモナー共和国の国家予算を遥かに超えている。1000年分もらったって足りないかもな。』
ケモナー共和国の二人の顔が、悪巧みを考えた様に鋭くなった。
「あんたを攫って連れて帰った方が、俺達には好都合だな。」
『それも無理だな。君等は、俺に触る事もできないし、仮に俺を攫ったとしたら、ケモナー共和国は滅亡する。』
「あんた、面白い事を言うな。ケモナー共和国に勝てると?」
『ケモナー共和国には、ワイバーンを一人で倒せる奴はいるか?』
「そんな事できる訳が無い。バネナ王国には、できる奴がいるとでも?馬鹿は休み休み言え。」
『居るんだよなあ、数千人。というか、ケモナー共和国の連中は、信じていないのか?それとも聞いた事が無い?』
「噂は聞いている。だが噂だ。信じるに値しないな。」
『セイレーンからも聞いてない?』
「我が国は、セイレーンとは敵対している。」
『何故に?勝てないだろ?』
「セイレーンは、バネナ王国と友誼を交わしたと聞いた。バネナ王国と我が国は敵対しているのだ。つまり、セイレーンは敵の仲間だ。」
『その程度の事で敵対するとか馬鹿らしい。人間至上主義と大して変わらないじゃないか。例え、敵対国と友誼を交わしていようと、そんな事関係無いだろ?自分達も友誼を交わせばいいだけの話じゃ無いか。器が小さいな。我が国は、獣王帝国とも友好条約を交わしたが、貴国は獣王帝国とも敵対するのか?』
「・・・。」
「おい、こっちの負けだ。連れが不躾な事を言って申し訳ない。私は、ケモナー共和国情報省対外調査部のヨルグ・サーベイと申します。獣王帝国から話がありましたが、彼等の言う事が本当の事かを調べる為に来ました。王都周辺の調査は済みましたが、その先をどうしようかと考えていた所です。もしよろしければ、王都を視察させて頂けませんか?」
「おい!そんな事許してもらえる訳が無いだろ!?」
『別に構わないぞ?王城に招待するよ。まずは、飯を食え。それと、隠し持っている魔道具を出せ。』
ヨルグ・サーベイの連れが、啞然とした表情になった。
それより、この二人の腰のバッグから、何やら不穏な魔道具の気配を感じるのだ。
何かを企んでいる事は解るのだが、王城に着いた途端にゲートを出されては困るので、念を押しておこうと思う。
「何故それを?」
『嫌な予感がするのと、腰のバッグから強い魔力を感じるからな。自爆用かゲートの魔道具辺りだろ?あわよくば、王城の中に入ってゲートを開いて、一気に攻め込もうとか思って無いよな?やっても良いが、死者を増やすだけだぞ?実行に移す前に、我々の実力を見た方が無難だと思うがな。』
「・・・、いやはや、そこまでお見通しとは。判りました。軍の実力を見てから判断しましょう。」
『それが正解だ。それと、我が国が貴国との和平を望むのは、闇奴隷を解放して回ったおかげで、獣人の子供を多く抱えているのでね、できれば獣人の子を親元にかえしてあげたいと思っているんだよ。それは可能か?』
「種族に因りますね。多産の種族だと、難しいと思います。」
『そうか。多産じゃない種族なら可能という事だな?』
「居るのですか?」
『居るな。獣王帝国ではないと言われた子供が、数十人居るな。』
「ここ数カ月で、上層部の子供が多数行方不明になっています。できれば種族を教えて欲しいのですが?」
『見た方が早いだろ?会わせてやる。』
「そうですか。」
『カレン、元闇奴隷の子の中で、多産じゃない種族の子を集めておいてくれ。』
『了解』
『では、店の裏に来てくれ。そこにゲートを出す。』
「判りました。」
厨房の中を通り、ソフティーと合流して、裏庭に出た。
『ソフティー落ち着いて。二人も落ち着いてくれ。剣から手を放してくれ。』
「あ、ああ、アラクネクィーン・・・、ほ、本当に、大丈夫なのか?」
『駄目だったとして、剣を抜いた瞬間に死ぬぞ?ミスリル程度では、傷一つ付けられないからな?』
「・・・判りました。」
『アルティスごめんなさい。』
『大丈夫だよ。』
「アラクネクィーンが喋った!?」
『王城には、もう一人アラクネクィーンが居るから、剣は絶対に抜かない様に気を付けてくれ。』
「もう一人!?アラクネクィーンは、世界に一人では無いのか!?」
『それは通説って奴だな。現に二人居るんだから、信じてもらうしかないな。』
「ワーキャット族とワーウルフ族も居ると聞いているが、それは本当か?」
『居るぞ。元四天王のミュールと、元1級冒険者のウルファ・スティングレイ、氷狼族のクール・カラーリット、ハーフギガントのガウス、有名どころはこんなもんか。』
「ヤバいぞヨルグ、軍を呼び寄せても勝てる気がしない。」
『ゲート出すぞ。[ワープゲート]』
ブォン
「は!?魔道具を使わないで発動した!?」
『そんな物必要無い。俺のMAGは1万を超えているからな。』
「・・・。」
二人共、驚き過ぎて黙り込んでしまった。
そのままゲートを通り抜け、王城の訓練場に出た。
「アルティス様、そちらは?」
『ケモナー共和国の情報部の方々だ。』
「まぁまぁですね。」
『見定める前に、自己紹介をしろよ。』
「そうでした。アルティス様専属筆頭騎士のカレンです。」
「っ!こ、これ程とは・・・。ケモナー共和国情報省対外調査部のヨルグ・サーベイと申します。」
「同じく、ケモナー共和国情報省対外調査部、ポルカ。」
『ふむ。敬語を忘れる程に気になる事があると?』
「その筆頭騎士とやらの実力を知りたいんでね。」
『そうか。斬りかかってもいいが、死ぬ気でやらないと、首が飛ぶぞ?』
「へえ、俺はこれでも、剣聖に師事していたんだ。そんな簡単にやられるかよ。」
『カレンは剣聖なんだが?』
「はあ!?」
『まぁ、試してみればいい。』
「私は木剣でいいですよ。」
「舐めんな!!」
ポルカが剣を抜いて、斬りかかった。
カン!
ポルカの剣は、どうみてもミスリル合金なのだが、カレンはどうやったのか判らないが、木剣でその剣を受け止めた。
カンッカンッカンッカンッ!
何度も打ち込むポルカに対し、カレンはその場から一歩も動かずに、木剣で受け止め続ける。
金属対木材なのだから、木剣がささくれても可笑しくない筈が、削れる事も、折れる事も無く、ミスリル合金の剣を受け止めている。
「くそっ!」
カッ!
ザクッ
最後は、カレンが剣を絡め捕って、ミスリル合金の剣が地面に突き刺さって終わった。
「参りました。」
『お疲れさん。カレンの木剣は、全く傷付いていないな、どうやったんだ?』
「剣の腹を受け止めただけですよ?」
『あぁ、それで毎回手首を反していたのか。さすがだ。』
「ありがとうございます。」
「剣聖に守ってもらえるとは、安心ですね。」
「アルティス様は、私より強いんですよ。」
「・・・え?」
『まぁ、魔法使い放題だからな。』
「魔法抜きでも勝てませんが?」
『バラすなよ。』
「すみません。」
「あははは・・・。」
凄い汗をかいてるな。
アラクネクィーンと剣聖に守られているだけだと思っていたら、剣聖よりも強かったと知って焦り出した様だ。
これで、軍隊を送り込もうなんて思わないでいてくれると、有難いんだけどな。
『そんな事より、子供達の方を見てくれよ。』
「そ、そうでした。」
ポルカが視界の外に行って休憩でもするのかと思いきや、魔力反応を感じて振り返ると、そこにはゲートが開いていた。
『緊急招集!訓練場南側に集合!!』
ゲートの向こうから、髭もじゃのオッサンが出て来て、その後にぞろぞろと武器を持った獣人や人間が20人程出て来た。
「あらら、やる気ですか。」
『模擬戦に負けた腹いせか?セコ過ぎるんだが、まぁ良いだろう。たったの20人で何ができるか、思い知ってもらおう。』
髭もじゃは、周囲に視線を走らせると俯いて、片膝をついた。
「・・・ポルカ、聞いてないぞ?悪いが、儂ではそこの嬢ちゃんにすら勝てん。貴様は、儂を呼び出して何をさせようと思ったのだ?」
「し、師匠!な、何を言っているんですか!?」
「貴様には、ここを取り囲む者達の気配が判らんのか!我が国の全軍をもってしても、勝てないと断言できる程の殺気が判らんのか!?」
『ほぅ、一応わかる様だな。』
「我が兵が20名しか出て来ないのは、お主の術によるものか?」
『誰に話しかけているのか知らんが、名乗りもせず、偉そうな口を利く賊に答える義務はねえな。』
「これは失礼した。儂はケモナー共和国軍将軍、イーゼル・マンセルと申す。して、お主は?」
『俺は、バネナ王国宰相のアルティスだ。で、先程の質問の答えだが、ゲートの向こう側に結界を張らせてもらった。まぁ、全軍来てもらっても負ける事は無いんだが、ここは王城なんでね。騒ぎを起こされては困るんだよ。』
「ぬ、失礼致しました。度重なるご無礼、ご容赦願います。」
『許そう。だが、貴様等は何をしに来たのか、嘘偽りなく申せ。』
「この者らの手引きにより、王城を一気に落とすべく参った次第、貴国の戦力を見誤っておりました事を実感しております。」
「しょ、将軍!?暴れないんですか!?」
「少しでも身動きをとれば、射抜かれるぞ。武器を下ろして跪け!」
将軍にはバレている様だが、今の配置は、エルフ隊50名が城のバルコニーと、空中のエアボードの上に乗り包囲しているのに加え、コボルトと豹人族、リザードマンが包囲陣形で配置、近衛騎士が近くの扉の前をガッチリ固め、侵入者23名の背後には、暗部がナイフを片手に身を潜めている。
全員殺気を抑えてはいるものの、剣聖の称号をもつ将軍には、包囲する兵の練度の高さと統率、エルフ達の弓を引く弓弦の軋む音が、まるで死の宣告の様に感られている事だろう。
先程から、膝が小刻みに震えているのが見えるのだ。
「俺が先手を打つぜ!」
将軍の背後に居た兵士が、アルティスの方に一歩を踏み出した。
バスッ!
兵士のつま先に触れるか触れないかのギリギリの所に、矢が3本同時に突き刺さった。
「うわぁっ!?」
周りの兵士も同調して動こうとした瞬間に、暗部達のナイフの刃先が、兵士達の首元に当てられた。
『動いたら死ぬと思え。リズ、子供達を下がらせろ。』
「はっ!」
『さて、イーゼル・マンセル殿、将軍でありながら兵を統率できていない様だが、ちゃんと訓練はしているのかな?このまま一触即発の状況を維持したいとは思わないんだが、兵の武器を捨ててもらってもいいかな?』
「武器を捨てろ。」
将軍が剣を鞘ごと腰から外し、放り投げた。
それを見た兵士達も、同様に剣を放り投げた。
アルティスは、子供達が十分に離れたのを確認して、少しだけ殺気を放った。
「くっ・・・、これ程とは・・・。」
ドサドサドサ
将軍は体をこわばらせるだけで済んだ様だが、兵士達は気を失ってその場に倒れた。
「私が来る必要は無かった様だな。」
『問題無いよ。そこのオッサンが、ケモナー共和国の将軍らしいよ。』
「そうか。私は、バネナ王国軍将軍のアーリア・モースケルだ。我が国は、貴国との友和を望んでいるのだが、有無を言わせず攻めて来るとは思っても居なかったな。この責任をどう取るか、上層部に確認してもらえると助かるのだが?」
「わ、我が国へ至急戻り、議会を説得します。その上で、使節団を受け入れる準備をすると誓います。」
「では、その様に頼みます。少しでも敵対の意思を見せれば、即座にこちらも反応する事になる。」
『国境沿いの馬鹿貴族は、速やかに大人しくさせておこう。カレン、国境沿いに派遣する部隊を編成し、速やかに派遣しろ。馬鹿貴族には、歯向かえば斬り捨てると言っておけ。剣を向けて来る様であれば、両腕を切り落とせ。』
「了解」
「苛烈ですな。」
『国内はまだ混乱状態にあるからな。前王の頃の影響がまだ響いているんだよ。暫らくはまだ混乱が続くが、軍を派遣して落ち着かせる事にする。貴国へのちょっかいをやめさせると誓おう。』
「判りました。では、ゲートで戻り次第、速やかに議会へ連絡を致します。」
気を失った兵士とポルカを連れて、将軍はゲートをくぐって行った。
残ったのは、ヨルグ・サーベイただ一人。
彼は、人質兼使節として残るのだろう。
『残ったという事は、連絡係としてかな?とりあえず、魔道具は渡してもらおうか。』
「まずは、ポルカの暴走をお詫びいたします。魔道具はお渡しします。それと、子供達の確認もさせて下さい。」
『そうだな。該当者がいた場合は、返還するタイミングを計らなければならないが、まずは本人達の意思を確認しなければな。』
「意志ですか?戻りたいのではないでしょうか?」
『どうだろうな。少なくとも、帰りたいと泣く子は居なかったと思うぞ。』
「帰りたがらない可能性があると?」
『友達がたくさんできただろうし、自由の無い生活に戻るよりも、ここでの生活の方が楽しいと思えば、嫌がる子も居るんじゃないかな?』
「まずは、確認からですね。」
冷静に話している様だが、手が震えている。
自分の相棒の暴挙を止められなかったのだから、俺の一言一言に戦々恐々とした思いだろう。
普通なら、殺されても可笑しくない状況にいるのだから、声だけでも冷静に話しているのは、それだけの度量があるという事だ。
手が震えているのは、突っ込まない事にしてやろう。
『あ、緊急招集解除。皆ありがとう。』
さて、ケモナー共和国に行くきっかけができたから、連絡を待って交渉に行くとしますかね。
ヨルグ・サーベイは陛下に謁見した後、一応来賓として扱うという事で、軟禁ではなく行動範囲を指定した上で、自由行動をして貰う事になった。
子供達の確認は、夕方に室内でやってもらったのだが、40人中38人が要人の子供だという事が判った。
だが、全員戻りたくないらしく、困り果てていた。
そりゃそうだ、家に帰ればそこには自由が無く、折角できた友達とも離れ離れになり、つまらない日常が待っているのだから、そんな所には戻りたくは無いだろう。
ここにいれば、毎日友達と一緒に遊んで、美味しいご飯が食べられて、ベッドはアラクネ絹製のマットレスに掛け布団、こんないい環境から出たいとは思う訳が無い。
とかく、貴族の子というのは、親との繋がりが弱く、どちらかと言えば、乳母の方が繋がりが強いだろう。
生みの親より育ての親という事だ。
翌朝、ヨルグが再び子供達の下へ向かい、説得を試みた様だが、驚いた様子でアルティスの所にやって来た。
「アルティス殿!お目通り願いたい!」
『どうぞ。』
「失礼します。今朝、子供達の下へ行ったのですが、一体どうすればあんな事になるのですか!?」
『何の事を言っているのか判らないな。』
「勉学ですよ!掛け算まで使いこなしているなど、我が国ではあり得ない程の学力ですぞ!?」
『驚き過ぎて、口調が可笑しくなってるぞ?』
「驚きますよ!?」
『我が国では、国民の識字率をあげる為の施策を行っている。行く行くは、成人前の子供全員に掛け算・・・いや、割り算まで教え込むつもりだ。』
「わ・・・、割り算!?」
『教えると困るのか?』
「い、いえ、そんな事はありませんが、誰それ構わず教えるなど、有り得ない話だと思いまして。」
『何故だ?』
「国民が有能になり過ぎてしまえば、国が乱れる原因を作ってしまいます!」
『何を馬鹿な事を言っているんだよ。国が乱れるのは、政府が馬鹿だからだよ。国民の頭が良くなっているのに、国民を統べる者が馬鹿では、その地位から引き摺り降ろしたいと考えるのは、当然の事だろ?それを国が乱れるとか、国が進化しようとしているの間違いだろ。馬鹿馬鹿しい。』
「それでは、内戦が起こってしまいます!」
『起こる前に、馬鹿は退陣すりゃいいだろ?地位にしがみ付こうとするから内戦が起こるんだよ。馬鹿と老害は、とっとと国政から身を引けば、若くて頭の良い者が治政に携わる事ができて、国が良くなる方向に向かう事ができるじゃないか。』
ケモナー共和国は、共和制なのに貴族がいて、議員でも無く、経営者でも無いのに権力を持っているという、訳の判らない状態にある。
その貴族達は、家柄が良いというだけで、国から金を貰い、国に対して何の貢献もしないのに威張り散らしているのだそうだ。
国も、その連中に何かをやらせている訳でも無く、無駄に税金を食いつぶしているのだから、反抗勢力が出て来ても仕方が無いだろう。
そんなのが居る時点で、国が国としての機能を全うしていないと言っている様な物だからな。
議会の議員は、自分達の地位と名声だけを求め、家柄を良くするだけの為に働き、国民の事を全く見る事無く政治を行っている。
そんな国の状況を国民が良い状況とは思っておらず、国としては末期と言っていいだろう。
こいつは、国の機関に属しているが為に、国を存続させる為だけに尽力しているのかも知れないが、その考えは間違っているとは思わないのだろうか?
『お前は、誰の為に働いているんだ?議員の為か?国民の為か?』
「もちろん国の為ですよ!」
『その国とは誰の事を指しているんだ?』
「え・・・?」
『国を運営しているのは議会だ。だが、その議会が存続していられるのは、国民が働いて税を支払っているからだ。税を支払う国民が居なくなれば、議員に給金が支払えなくなり、議会の運営などできなくなるだろ?では、国というのは、何を指しているんだ?国とは誰の事だ?議長か?確か、国家元首は居ないんだったよな?』
「誰・・・?」
ケモナー共和国には、国家元首という役職が無い。
リーダーが居ない訳では無く、議長が最終決定権を持っているのだが、議会で議論をしなければ何も決まらず、議長も決断を下す事ができないのだ。
だが、選出では無く、持ち回りで議長を決めている為に、陣頭指揮を執るものが居らず、議会が間違った方向に向いている時に、それを止める勢力が居なければ、そのまま突き進んでしまうのだ。
決めた事を命令する者も明確に決められておらず、議会は既に老人の集まりの様になっているのだろう。
そして、気に入らない事があれば、自分達が万能だと誤った認識の下、間違った選択をして、突き進むのだ。
昨日の将軍が乱入してきたのが、その突き進んだ結果なのだ。
そして、その元凶である議員は選出されたのではない為、議員の刷新ができないというのだ。
それは、過去に国を作った者達の子孫が、年の功だけで議員をやっているのだ。
どこぞの元老院みたいだな。
『さて、仕事も終わったし、視察にでも行くかな。ヨルグも行くか?』
「はい。同行させてください。」
まずはスラム街の工場だ。
ここには、味噌と醤油の工場と、ピクルスと御酢を作る工場もある。
初めは、ワインビネガーを使っていたのだが、そもそもワインの質が悪い為に品質にバラつきがあるのと、水増しされている率が高い為に、ピクルスがカビ易いという事例が何度かあった為、酒を作るついでに御酢も作る事にした。
原料も製法も同じなので、特に分ける必要も無く、同じ所で作れるのだ。
御酢は、酒を酸化させればいいので、日本酒を作って甕に移して放置しておけばできあがる。
ついでに、みりんも同時に作れるので、その内、肉じゃがや筑前煮なんかも作れそうだ。
『ふむ、宿舎も特に問題が起きている感じは無いな。』
「あの四角い大きな物は、一体何なのですか?」
『宿舎だぞ?工場で働いている者が住んでいる場所だ。』
「何でできているんですか?継ぎ目も無いし、石材も使われている様子が無い。大岩を削り出したとか?」
『コンクリート製だな。消石灰を使って建てたんだよ。』
「しょうせっかい?」
『その内見せてやるよ。今は作る必要が無いから、消石灰は畑に撒くだけだからな。』
「畑に撒く?肥料ですか?」
『畑ってのは、野菜を育てていると、段々酸性になって来て、収穫量が落ちて来るんだよ。栄養も偏るんだけどな。その畑に消石灰を混ぜ込む事で、中性に戻せるのと、野菜が栄養を吸収し易くなるんだよ。』
「収穫量が減るのは、神の加護が薄れるからでは無いのですか?」
『なんだそれ?神の加護が薄れる?ジジイの頭じゃあるまいし、年月を経る事で薄れる訳無いだろ?』
「ジジイの頭・・・ブホッ!」
『一つの畑で、毎年同じ作物を育てていれば、その作物に必要な栄養素が減って来るから、輪作って言って、別の作物を育てるんだよ。収穫した後の茎とか根は細かく砕いて畑に混ぜ込んでやれば、次の年には別の野菜を育てられる。4年目は、消石灰を撒いて休ませる。そうやって、4年で1サイクルさせる様にすると、収穫量を維持する事ができるんだよ。』
「米の畑は毎年作れるのは何故なのですか?」
『苗を植える時には水で満たすんだけど、水に栄養が混ざっているのと、収穫した後に肥料を混ぜて休ませて居るんだよ。いくら肥料を撒いても、肥料が馴染まないと駄目だからな。』
「我が国では、年々収穫量が減って来て、食料を他国から輸入しなければ、全然足りなくなってきているのです。シャーマンに頼んで祈祷をして貰っているのですが、全く効果が無く、困っているのです。」
『シャーマン・・・、そんなのが居るのか。祈祷では改善は望めないな。下水はどう処理をしているんだ?』
「げ、下水ですか?その、所謂排泄物の話でしょうか?」
『そうだよ。』
「スライムに処理させてますが?」
『街から離れた場所に貯めて、刈り取った藁と混ぜて発酵させるんだよ。それを翌年の肥料として使えば、多少は収穫量の足しになると思うぞ。』
「臭く無いのですか?」
『最初だけだな。』
「臭いのはちょっと・・・。」
ゆっくり歩きながら、一番手前の醤油工場の前に来た。
『中に入る前に、そこの扉の服を着ろ。』
「着替えるのですか?」
『そうだよ。汚いからな。俺とソフティーはバブルウォッシュで十分だが、お前の服は汚過ぎるんだよ。』
ムッとした表情になったが、実際そうなのだから仕方が無い。
金持ちだろうが、庶民だろうが、服なんてあまり着替える事が無い。
特に旅に出ている場合は、自宅に帰るまで着替えるなんて事は殆どしないのだ。
汚れれば洗う事はあるが、多くて週に一度洗うかどうかってところだ。
そんな奴が、麹カビを使って発酵させている施設の中に入って来れば、当然余計な物を中に引き入れる事になり、下手をすれば、腐敗する原因になってしまうのだ。
俺とソフティーは、服なんて着ていないので、魔法で体を洗えば済んでしまうのだが、人族は違うからな。
着替えるのを待って、帽子をかぶらせて、マスクを着けさせればやっと中に入る準備が整う。
入り口には、除菌室があり、その中で体に着いたゴミやばい菌を綺麗に落としてから、工場の中に入るのだ。
『この扉から中に入るが、一人ずつだ。先に俺とソフティーが入るから、鍵が開いたら中に入れ。魔道具の動作を待って、止まれば鍵が開くから前に進め。注意する事は、この中に入ったら、目を瞑れ。』
「見るな、という事ですか?」
『そうじゃない。目に染みるんだよ。涙が止まらなくなるから、魔道具が止まるまで目を開けるな。』
実際は、目に染みる事は無いのだが、強い光がでるので、目を閉じさせるために言ったのだ。
太陽を直接見るのと同じで、一時的に目が見えなくなるからね。
除菌室を通り抜けると、エルフが待っていた。
「アルティス様、いらっしゃいませ。今日は視察に参られたのですか?」
『あぁ、ケモナー共和国の者が来ているから、工場の見学だ。』
「ほう、かの国でも味噌と醤油の開発をしていた筈ですので、驚かれるかも知れませんね。」
待っていたのは、ここの工場長のアニュアル・アコーンで、醤油の研究も行っている。
自分の事務室の中には、塩や豆の種類を変えて熟成中の醤油がたくさん並んでいるそうだ。
話していると、ヨルグが除菌室から出て来た。
「中々に厳重なのですね。」
『ここには、重要な物があるからな。このエルフは、ここの工場長だ。』
「この工場で指揮をしているアニュアル・アコーンと申します。」
「あ、私はケモナー共和国のヨルグ・サーベイと申します。お世話になります。」
「では、案内を致します。上の方の通路は、危険なのでお見せできませんが、作業をしているのを下から見て下さい。ここでは、醤油を醸造しています。」
「醤油!?作れるのですか!?」
「はい。既に何かの料理で食しておられるとは思いますが、私の部屋で味見して行って下さい。」
「行きます!」
工場長の部屋に入ると、所狭しと壺が置いてあり、濃厚な醤油の匂いがしていた。
『これ全部試作品か?』
「はい。豆の種類が多いですから、色々試しています。アルティス様に教えて頂いた、駄目な豆を抜かしても20種類程ありますから、塩の種類も海塩や岩塩、水の種類も変えて試しております。」
『凄いな。順調に育っているのか?』
「そうですね、順調といえば順調かと思いますが、既に捨てましたが、失敗作も多いですね。」
『どんな感じの失敗だ?』
「全く発酵が進まなかったり、芽が出てきてしまったり、黒いカビが生えてしまった物もあります。」
『芽が出た?蒸かしてるんだろ?』
「はい。全てスチームで加熱してあります。ですが、芽が出た物もあったのです。」
『それは、本当に豆の芽なのか?別の植物の可能性もあるんじゃないか?』
「火豆という豆なのですが、どうも耐性があった様で、多少スチームしただけでは駄目だった様です。今は十分にスチームしてから使用していますので、芽は出なくなりました。」
『あぁ、あの辛い豆か。成功すれば独特の醤油になりそうだな。醤油に拘らなくても、豆板醤とか作れそうではあるな。』
「豆板醤の話は後で聞くとして、まずは味見をどうぞ。」
小さな皿に少しずつ取り分けた醤油を舐めて行く。
「これは、試作品だからこんなに少量しか出せないんですか?」
『違うぞ?塩分が高いから、コップで飲むのは危険なんだよ。ちょっと舐めれば、それで十分だしな。』
「舐めれば判る?では、舐めて・・・しょっぱ!?だが、塩とは違う風味がある。これが醤油・・・醤油というのは、長期保存は可能ですか?」
『できないくは無い。だが、風味はかなり変わるのと、水分が抜けて行くから、味が濃くなり過ぎてエグ味が出て来るな。』
「昔、醤油を作ったという者が居りまして、その者が作った醤油というのは、臭くて苦くてしょっぱい液体でした。」
『それは、腐敗した塩水だな。』
「やはり・・・、それを味見した者の一人が死んでしまったのですよ。」
『腐敗した塩水は毒だからな。毒耐性が無かったか、飲んだ量が多かったか。いずれにせよ、臭いのと苦いのは駄目だ。』
「ここもかなり臭いと思いますが?」
『この匂いに慣れていない者には、臭く感じるという事だ。だが、焼いたら化けるんだぞ?香ばしい美味そうな匂いになる。』
ディメンションホールから、スケープゴートの薄い肉を取り出し、ファイアで炙ってから醤油を塗り、更に炙ると香ばしい匂いが部屋中に充満した。
ジュル
「凄く美味しそうな匂いになった・・・。これが醤油・・・。」
『アニュアル、3等分して試食してみてくれ。』
「アルティス様は要らないので?」
『ソフティーの反応で判る。』
「判りました。」
「美味い!これ、醤油を塗って焼いただけですよね?こんなに美味しくなるなんて、これは持ち帰らねば!!」
『作り方教えてやるぞ?』
「ええ!?良いのですか?」
『獣王帝国にも、魔族にも、エルフにも教えてあるからな。寧ろ、ケモナー共和国でも作って、色んな味の醤油を楽しみたいじゃん?発酵させるから、発酵度合いや気温の変化でも味に違いが出るんだよ。将来、各国で醤油の味を競うコンテストとかやってみたいじゃん?』
「しかし・・・、レシピを売れば、各国が買うと思いますよ?」
『そんな小銭稼いでどうするんだよ、醤油も味噌もただの調味料だぞ?どうせ売るのなら、名物料理を作るとか、甘くするとか辛くするとか、他とは違う味に仕上げて、それを売った方が儲かるぞ?目の前の小銭に気を取られて、大局を見誤れば、儲かるチャンスを逃す事になるぞ?』
「でも、作り方が判ってしまえば、我が国が発祥と言い始めるかも知れませんよ?」
『そんな簡単な話では無いんだよな。我が国だって、紆余曲折あってここまで作り上げたんだから、作り方を知ってるからすぐ作れるのかと言えば、そうはならないんだぞ?まぁ、元祖だなんだと言い始めたら、獣王帝国が何と言うかな。世界中を敵に回したいのなら宣言してもいいが、どうするかは任せるよ。』
「議会の者が言いそうなんですよね。」
『嘘をついて、信用を無くすことがどれだけ不利益に繋がるか、身を以て体験してみればいい。特に、ケモナー共和国は、獣王帝国とバネナ王国に挟まれていて、エスティミシスとは国交が無いんだろ?食料の輸入も途絶えたら、何人が餓死するのかね。獣人が多数を占めるのに、怒らせたらどうなるのやら。』
「そうならない様に努めます。」
アニュアルが、小冊子にまとめたレシピを渡すと、パラパラとページをめくり、あるページで止まった。
「あの、モルトファンガスという茸ですが、我が国に居るのは、多分違う種類の物になると思うのですが、どうすればいいのでしょうか?」
『バネナ王国で狩ればいいだろ?あんなの、腐る程居るんだから。』
「ケモナー共和国にいるモルトファンガスも使ってみたいですね。」
「それが・・・、我が国のミノタウロス族の崇める神の眷属なので、狩るのは難しいと思われます。」
『ミノタウロス族?魔獣では無いのか?』
「戦闘民族ではありますが、一応人族です。」
ミノタウロス族というのが居るのか。
会ってみたいな。
『そのミノタウロス族の崇める神って何なんだ?』
「マッシュヘッドという魔獣を神として崇めているのです。」
『それ、ただ単に勝てない相手とかじゃ無いよな?』
「さあ?」
マッシュヘッドとか、どんな魔獣なんだろうか?
取敢えず、醤油工場に長居しても仕方が無いので、味噌工場に移動した。
「アルティス様いらっしゃいませ。醤油工場にいらしたと聞きましたので、お待ちしておりました。」
味噌工場の工場長は、デュー・コルディセプスという名だ。
各工場の工場長は、培養所の職員がやっているのでは無く、別の者が任命されている。
培養所の職員は研究家気質の為、人に指示を出すのが苦手な者ばかりで、一人で黙々と研究するのは得意だが、それ以外はからっきし過ぎて、研究に専念できないからと、エルフを新たに呼び寄せたのだ。
人間にしろ、エルフにしろ、十人十色なのは変わらないのだ。
『じゃぁ、案内を頼む。』
「畏まりました。」
ここでも工場長が、独自に実験をしていたり、味見したりで、ヨルグは全く同じ反応だった。




