第93話 エンペラーの展示と孤児院でお勉強
自分の執務室に戻って来た。
中に入ると、ドアから机までの通路以外が全て書類に埋まっていた。
『・・・ちょっと気が滅入るな。当然と言えば当然なんだけど、これはヤバい。』
『窓が全然見えないね。』
『ここにある書類を一本に積み上げたら、城よりも高くなるんじゃないか?』
『確かに。』
『愚痴ってても仕方ないか。ソフティーも手伝って。』
『あいさー』
一応、ケットシー達が、分類してくれているので、一度波に乗って来れば、ホイホイと片付けられる様になって来る。
決済の方法は、承認と否認のハンコを押す道具と、承認用の魔道具を使っている。
ハンコを押す道具は、魔道具では無く、機械的に押したボタンに応じていずれかのハンコを押す仕組みで、ハンコはシャチハタ式だ。
インクは、魔力を含んだ特殊なインクを使用していて、陛下に渡した専用の魔道具ペンに使っているインクとほぼ同じ物で、使用者の魔力を登録してある。
これは、偽造防止のための措置で、魔力鉱石の粉末が混ざっているので、このインクだけでも白金貨数枚の値段が付く。
承認された書類は、承認用の魔道具に入り、同じインクを使ってサインが書き込まれる。
ペンが持てないので、自分では書けないのだ。
サインが書きこまれた書類は、陛下の執務室に転送されるて、陛下の承認が得られれば、予算の計上が可能となる。
否認された書類は、ケットシー達の元へ戻り、申請者へ騎士団が送り届ける事になる。
手元に来ている申請の殆どは、各領内での公共事業の許可を求める物で、偶に税収減により生活が苦しいので、給金を増やして欲しいという要望が混ざっている。
公共事業についても、橋を作りたいとか、街道を整備したいというのは解るのだが、試算が甘かったり、べらぼうな金額で書かれていたりと、否認されるケースが目立つ。
中には、公共事業のついでに、領主の屋敷の修繕費を組み込んでいたり、彫像を買うとか、絵画を買うという、馬鹿げた内容が含まれたものもあるのだ。
公共事業の内容については、主に、他領へ続く街道の整備や、強力な魔獣の討伐等があげられるのだが、壁の内側の補修や修繕は認めていない。
それをやるのは、領主の役目だからだ。
街中に設置する彫像の購入や、領主の館に飾る絵画の購入?論外だよ。
あぁ、もう一つ仕事があったね。
馬鹿な要求をして来た貴族に対して、調査を暗部に依頼する事だ。
生活費が無いなんて、無駄遣いしているに決まっているからな。
一度覚えた贅沢を止めるのは、かなり大変な事なのは判っているが、それを低い税率のせいにするのは、領主としての資格が無いと言われても仕方がない。
現に、税収が最下位だった3領が、今は王都に次ぐ税収となっているのだから、でき無い訳が無いのだ。
特に、農業以外の産業が殆ど無いヨークナル領もが、今は税収が増大しているのだ。
そんな前例があるのだから、言い訳なんて意味を成さない。
砂漠のど真ん中で、農業ができず、水も無く、魔獣が多くて絶望しか無いと言うのであれば、発展できない可能性もあるが、バネナ王国内には砂漠は無いのだ。
あるとしたら、北側の魔王軍に蹂躙された荒れ地くらいだ。
だが、北側の領地でも徐々に税収が増えてきているのだ。
主に、甘藷から作られる砂糖と酒がメインだが、干し芋などの保存食も売れているので、徐々にだが人々が集まりだしている様だ。
また、元闇奴隷の子供達も、次々と隙間産業を生み出したり、鍛冶や生活道具の制作などを頑張っているそうだ。
子供でもできるのだから、血統云々言ってる連中ができないなんてある訳ないよね。
『ふう、そろそろお昼か。何か、全然減った気がしないな。』
『お腹が?』
『書類が。』
『二つの山が減ったよ?』
『午後は、もっとペースをあげないと、この部屋を綺麗にするのに、半年はかかりそうだな。』
たったのひと月留守にしただけで、半年かかる仕事が積み上がるって、普通に仕事しても減る気がしないな。
ここの部屋にも、ケットシーを連れて来るか。
『とりあえず、食堂に行こう。その後で、ケットシーに少し相談してみよう。』
『わーい!おっひるーおっひるー。』
食堂に行く途中で、食糧庫にディメンションホールの中に溜め込んだ肉類を放り込んできた。
食堂のメニューは、定食や麺類、シチューとカレーは常時提供されている様だ。
草食系獣人用には、専用メニューがあり、豆と野菜のサラダや、牧草なんて物も用意されている。
特に最近は、大麦若葉が人気なのだそうだ。
栄養豊富で柔らかく、ほんのり甘みもあるのだとか。
前の世界では、飲みやすい青汁に使われていたり、牧畜用の餌に使われていた記憶があるので、備蓄倉庫に眠っていた大麦を、水耕栽培で毎日育てて提供している。
種を撒いて、水を掛けておけば、1週間で収穫できるので、かなり経済的な食料になっている様だ。
ただ、その大麦若葉に塩を振り掛けて、ご飯のおかずにして食べているのは、ちょっと興味がある。
「アルティス、仕事に戻ったのか?」
『うん。あんなに溜まっているとは、思っても居なかったよ。』
「あぁ、あれは殆どが出兵に関する資料と経費の書類だから、貴族関連の書類を片付けたら、後は早いと思うよ。」
『経費関連?騎士の手当てとかかな?』
「それもあるが、ベーグルから送られて来た書類もある様だぞ?アメリア達では処理できない分という事だろうな。」
『あぁ、そう言う事ね。』
オーベラル連合は、それぞれの国家が運営しているので、こちらで決済する事と言えば、派遣部隊の手当てと給金の事くらいだが、ベーグルは属国なので、ケットシーが主な業務を行っているとはいえ、重大な要件ともなれば、勝手に決める事等できず、代理に任命したアメリアにしても判らない事だから、こちらに回って来るのだろう。
当分の間は、ベーグルにもちょくちょく行って、仕事を熟さなければならないという事だ。
ヨートンとマッドフォレストは、それぞれ新王に丸投げで、問題は無いと思うが、そうもいかないだろうなぁ。
「都市国家群の方は、もう行かないのか?」
『用が無いからね。』
「北西側の方がきな臭い様だぞ?」
『小競り合いに首を突っ込むつもりは無いよ。闇奴隷の保護をするにしても、今居る闇奴隷をどうにかしないと、身動き取れなくなるからね。』
あるじが気にしているのは、都市国家群北西部の情勢が、危ういって話だ。
そもそも、都市国家群の中では、常日頃から戦争や小競り合いがあって、コロコロと国名が変わるので、正直覚えていられないのだ。
国の数も、正確に何カ国あるのか把握できていないし、その辺に闇奴隷が居たとしても、可哀想だけど手が出せる状況ではないのだ。
保護した闇奴隷の数もまだまだ多く、成長の早い獣人族が多いので、早めに手を打たなければ、バネナ王国も危ないのだ。
小さな子供の内はいいが、大人の体形になってしまえば、食事の量が倍増し、力も強くなるので、そうなる前に仕事を身に着けさせたり、勉強を教え込む必要があるのだ。
体力については、コボルトとアラクネが鍛えているので全く問題が無いのだが、仕事を見つけるという事については、早々に始めなければならない。
獣人族というのは、子供の頃にはスポンジの様に吸収してくれるのだが、大人になると一気に覚えるのが苦手になってしまうのだ。
常識やモラルを教え込まなければ、大人になってからではゴロツキ予備軍になってしまう。
「その辺は、コボルト達がビシバシ教え込んでいるから、大丈夫じゃ無いか?」
『じゃぁ、手に職をつけさせないとだね。』
「それも、ケットシーが頑張ってるぞ?冒険者志望も多いが、建具や大工、荷馬車を作る子もいるな。」
『そうなんだ。冒険者志望の子は、武器の扱いを学ばせてるの?』
「そうだな。魔法師もそれなりにいるし、既にパーティーを組んでいるのもいるぞ。」
『ほえー、じゃぁ、野営の訓練とか、依頼の選び方とか教えてるの?』
「それはやってないな。そうだな、やっておいた方が良いな。」
『教えておいてよ。あと、簡単な錬金術もね。』
「ポーションの作り方だな。教えよう。」
冒険者と言っても、実際に依頼を完遂するには、それなりの技術と技能が必要になって来る。
例えば、森の中での野営などが重要だ。
小さな森であっても、中に入れば魔獣が多く、夜行性の魔獣も多い為、野営のやり方を覚えておく必要がある。
普通の冒険者の死亡理由の半分が、野営中に魔獣に襲われた事であり、魔獣以外にも野盗や毒虫や毒蛇なんかも気を付ける必要があるのだ。
軍隊では、テントを張って寝るので、あまり気にせずに寝られるのだが、冒険者の野営ではそうはいかない事が多い。
例えば、交代で見張りをするにしても、少人数では数時間ごとに交代する必要があり、焚火の火を絶やさない事が大切だ。
だが、そもそも焚火ができ無ければ意味が無く、薪の準備や食料の確保、野営を始めるタイミングなど、気を付ける事がたくさんあるのだ。
森の中では、夕方から野営の準備を始めるのでは遅すぎるし、水場の近くで野営するのも危ない。
森の中は、木々がある為に薄暗くなる時間が早く、16時までに野営の準備を終わらせて居なければ、薪を探すのも困難な状況になる。
生木、つまり生えている木を切っても、水分が多すぎて薪には向かず、落ちている枯れ木が燃やせるかどうかの判別や、火口にできる物を探すのも必要だ。
特に、夾竹桃の様な毒を持つ木が多いので、枯れ枝を見つけたら、周囲に毒のある木が無いかを調べる必要があるのだ。
間違って燃やしてでもしたら、最悪死に至る可能性があり、軽くても麻痺や酩酊状態になり、身を危険に晒してしまう可能性がある。
また、トレントの様な魔獣が近くに居ない事も条件の一つであり、野営する場所の周辺に、鳴子の様な魔獣の接近を知らせる物を仕掛ける必要もあるのだ。
魔獣除けの様な魔道具や薬剤を使う手もあるが、それらは持続時間が短く、一晩で3個程使う事になるので、低ランクでは買う事も儘ならないだろう。
他にも、万が一、魔獣に襲われた時の対処についても、知識と経験が必要になる。
例えば、月が見えない場合、目視で闇に紛れた魔獣を見つけるのは困難になり、対処方法や戦い方を知らなければ、死ぬ確率は増大する。
魔法を光らせればいいという訳でも無いので、戦い方を覚える必要があるのだ。
魔獣というのは、火にはあまり近づいて来ないのだが、魔法には集まって来る習性がある。
つまり、暗いからといって、ライトを浮かべたりすると、遠くの魔獣を呼び寄せてしまったりするのだ。
更に、夜目の利く獣人が仲間に居る場合、その手の魔法を使うと、かえって死角が多くなり、戦いにくくなってしまう事があるのだ。
それと、明るい焚火の近くで戦えば、戦ってる最中に焚火の火を消してしまう危険性がある為、松明を持つか、カンテラ等を利用して明かりを確保する必要もある。
万が一、焚火が消えてしまった場合、暗闇で焚火を再開するのは非常に困難な為、最低限の火種位は確保しておく必要があるのだ。
他にも色々と気を付ける事があるのだが、大勢いるのと少人数では、やる事も気を付ける事も全然変わって来るので、生き残る為にもそれらを体験しておく必要はあるのだ。
「そうだな。最近は軍としての行動が多いから、野営の事をすっかり忘れていたな。」
『滅多に無いにしても、昼間闘うのと、夜中闘うのでは全然違うって事を知っておかないと、実際にそういう目にあってからじゃ、遅いからね。』
「うむ。」
今食べている所は幹部用の食堂で、テーブルの上座には陛下がいて、その斜め前にはペティが、俺とあるじの会話を聞きながら食事をしている。
ペティが大人しいのは、食事のマナーをお勉強中なのだとか。
貴族学院には卒業試験があって、合格しなければ留年が確定するそうだ。
その試験項目の一つに、マナーがあるそうだ。
そして、最近のペティは、その食事のマナーが荒れて来たらしい。
その原因となっているのは、ポテトフライやポテチ、野菜スティック等であり、本来ならば何でもかんでもナイフとフォークを使って食べなければらない所を、ペティは面倒くさいと言って、ガッツリ手で食っていたそうだ。
それを陛下に見つかってしまった為に、今、練習をしているらしい。
というか、ポテチをフォーマルマナーで食べるのって、初めて見た。
とりわけてもらったポテチを一枚ずつ、フォークの上に乗せて食べてるよ・・・。
めんどくさ!
ペティも手掴みで食べたいのか、手が小刻みに震えている。
ポテトフライに至っては、長い物は一口サイズに切り分けて、食べているのだ。
そして、そのすぐ横で監視している陛下は、ポテチを一枚ずつ手で食べている。
『陛下はやらないんですか?』
「私は、お客様の目の前では、ちゃんとできますからね。」
『でも、ペティにだけやらせておいて、目の前で手掴みというのは、ちょっと良くないと思いますよ?』
口に放り込みそうだった一枚を皿に戻し、ナイフとフォークを使って食べ始めた。
目は鋭くこちらを見ているが、教育をするのなら、教える側がお手本を見せないと駄目だよね。
『ペティにはお土産があるから、後で渡しに行くね。』
「あら、それは憂いしいですわ。夕刻になれば暇ができますので、その頃においで下さいませ。」
『言葉遣いも王女殿下になってる!?似合わねえ。』
「あら?アルティス宰相は、王女に対してざっくばらん過ぎでは無いかしら?」
陛下がここぞとばかりに反撃してきた。
『大変申し訳ございませんでした。王女殿下にあられましては、ご機嫌麗しゅうございます。後ほどお部屋までお届けに伺いますので、それまでお待ち頂けます様、お願い致します。』
ペティは必死に笑いを堪え、陛下は笑みを浮かべているが、目が笑っていない。
あるじは・・・、顔を真っ赤にして、声を出さない様に笑ってた。
食堂を出て、ケットシー達の部屋にやって来た。
『おつかれさん。書類の件だけどさ、貴族の案件であっても、試算が適当だったり、街中の改修工事とか彫像設置とか、絵画購入とか屋敷の修繕は全部否決で処理してくんない?』
「我々で弾いてしまうと、しつこい苦情がもの凄いんですよ。」
『あぁ、斬り捨てていいよ。』
「それは、騎士の方に言って下さい。我々は苦情を言って来る方とは会わないので。」
『言っておく。まぁ、否決の理由と、宰相の指示って書いておいて。それと、不服なら直接宰相に言えと書く事も忘れない様にね。』
「畏まりました。では、執務室にある書類とここから持って行かれた書類の中から、その手の申請を全て抜きますね。」
『お願いするよ。』
書類が10分の1に減った。
『凄い減ったー!?』
『やはりそうだったのか。全く、無駄に紙を使いやがって。』
「紙が売れそうですね。」
『紙を作る時に、低品質と中品質と高品質と最高品質の4種類作ってよ。最高品質のは、高品質の紙に装飾を付けるだけでいいからさ。』
「装飾ですか?」
『縁にリーフ模様とか、罫線を書くとか、紋章を入れてやるとかだね。』
「どの様にして作るのですか?まさか手書きでしょうか?」
『あぁそうか。えっと、金属製のロールを用意して、そこに模様を紙の幅に合わせて浮き彫りにするんだよ。それで、上にインクを染み込ませたロール、下に印刷するロール、その下に紙を通せば、同じ模様を何枚も印刷できるよね。紙のサイズを規格化して、同じサイズで統一するんだよ。作る時に切れ端ができるけど、再度溶かせば再利用できるでしょ?』
「紋章を入れる時は?」
『紋章を入れる場所に穴を開けておいて、そこに紋章を彫った印を嵌め込めるようにすれば、変えられるよね?』
「素晴らしい!早速作ってもらいましょう!」
簡単な活版印刷だけど、方法さえ判ってしまえば、簡単にアレンジもできるし、大量に印刷する事も可能になるから、売れるだろうなぁ。
売れるという予測は、需要と供給を見れば判る話で、需要側に派手好きがいるが、供給側に派手な物を出せる業者が居ない。
ともなれば、それを供給してやれば良いだけの話で、失敗しない為に地味な装飾と、承認欲求を満たす為の紋章を印刷するという付加価値を付ければ、飛びつく連中は多いだろう。
そして、装飾を初めから派手にしないのは、こちら側の思っている派手さと、貴族側の欲しい派手さが違っていた場合、調整が難しくなるのだ。
例えば、白黒のサンプルを見せて、色を変えられると説明をすれば、自分の家柄の色を指定して来るかもしれないし、金色に近い色が良いと言ってくるかもしれないのだ。
それらの要望を細かく調べる事ができれば、市場調査が自然とできるというものだ。
それと、この世界には、風に靡く様な金箔を作る技術が無いので、それを印刷できれば、爆発的流行も視野に入るのだ。
まぁ、金の含有率0%の金色の塗料作ればいいか。
紋章の印刷も刺激にはなるのだが、規模が違うだろう。
自分の家の紋章が、一番目立つところに入り、アピールができるのだから、やらないという選択肢は無いのだ。
そして、その自尊心を刺激した後で、派手な装飾の中心にある地味な紋章を見せれば、紋章のカラー変更も確実に売れるだろう。
職人が手作りしているとか言いながら、裏で印刷しているとかね。
アルティスの説明を黙って聞いているケットシー達は、なんて腹黒い方だと思って聞いていた。
『言いたい事は解るよ。だけど、露店で売ってるお菓子や串焼きじゃないんだから、受注するとなれば100枚どころか、1000枚単位での注文になるかも知れないんだよ?職人が1枚1枚丁寧に10分かけて描いたとすると、1000枚描くのに1年以上かかるんだよ?』
「まぁ、そうなりますね。ですが、嘘をつくのはどうかと思いますが。」
『嘘なんてついてないだろ?原版は職人が作るんだから。』
要は言い方次第という事で、職人が一つ一つ丁寧に作っていますと言えば良いのだ。
紙は1枚1枚という数え方で、原版が一つ一つという数え方になるので、何をとは言わずに説明するのだ。
作っている風景も、原版を作る工程の一つを見せるだけだ。
暫らくは、秘匿して儲けるつもりだ。
納品時に、納税義務も果たさせるが。
この手の商売には、商人は介入する事ができないので、丁度いい。
何故なら、貴族家の紋章の付いた紙は、その紋章の持ち主の貴族にしか使う事ができない為、商人が代理で購入する事ができ無いのだ。
代理で購入を希望する場合、その商人は、貴族の代理で来た事を証明する必要があり、委任状では無く、紋章入りの何かを与えられていなければならない。
つまり、その商人を貴族御用達と認定する必要があり、認定すると経費がかかる為に、殆ど認定される事が無いのだ。
認定にかかる経費とは、認定税を納めなければならないという事に加え、近隣貴族に知らせなければならないという事。
御用達を認定するという事は、それだけ資金に余裕があるという事だから、国としては金を取るのは当然で、近隣貴族への連絡をする為に、お土産と共に使者を送る事になり、白金貨が飛んで行く事になるのだ。
また、商人の方も、金払いの悪い貴族の認定など要らない為、利害の一致を見なければ認定なんて物を認める事は無い。
御用達認定されると、商売に関連しない事でもホイホイ屋敷に呼び出され、相談事に答えなければならなくなる為、噂が流れると、その領に寄り付かなくなるのだ。
商人が来なくなれば、その領の経済に悪影響を及ぼす事になりかねず、貴族はその手の噂話が立つ事を恐れているのだ。
「つまり、商人が貴族の紋章入りの紙を要求する事は無い、という事ですか。」
『商人は、商会の紋章入りの紙を欲しがるだろうな。傘下に入れと要求して来る可能性もあるが、国営だと判れば問題無いだろ。』
「貴族本人が来れば、同時に納税義務を果せという脅しもやると。」
『脅しとは失礼な。』
「暴挙に出た場合はどうされるので?」
『王城内で交渉すればいいだろ?武器を取り上げるんだから。』
「それでも、暴れられたら太刀打ちできませんよ?」
『兵士を警護につかせればいいだろ。』
「畏まりました。それで計画書を作成しましょう。」
うんうん。
「それからですね、冒険者ギルドについてなのですが。」
『うん?何かあったっけ?』
「取りまとめる組織が無ければ、経営が成り立たないという所があるそうです。そういう所はどうしますか?」
『閉鎖すればいいんじゃ?』
「そういう訳にはいかないかと思われますが。」
『じゃぁ、規模を縮小すればいいだろ?儲からないのであれば、儲かる様に仕向けるのが経営だ。ギルドだけ無駄に規模がデカくて、碌な仕事が無いから儲からないって事なら、縮小するしかないだろ?』
「領主の反発があるようですが?」
『じゃぁ、領主に金を出させればいいじゃ無いか。出資してもらえよ。できないなら縮小だと言えば良いだけだろ?』
「我儘は許さないという事ですね?」
『当然だろ。』
何言ってんだこいつ?
「その地域には、シールドモウル等が多く発生する様ですが、縮小すると対応できなくなる可能性があると、報告が上がってきております。」
『じゃぁ、ギルドマスターの給金を下げろ。儲からないのなら、責任者の給金を削れ。そして、領主にも金を出させろ。それが嫌なら、領内を発展させろ。というか、領の財政状況と、ギルドの収支報告を出させろよ。小出しの情報じゃぁ判断つかないだろ?言いたい事があるなら、最初に必要な情報を全部出せって言っておけ。』
「拒否した場合はどうされますか?」
『勝手に潰れろ。そもそも、国に頼れると思ってる時点で駄目だ。冒険者ギルド本部は制圧したが、国営にした覚えはない。独立組織なんだから、ギルド本部の上層部を挿げ替えて、健全運営体制を執れる様に、徹底的に指導しろ。ゴチャゴチャごねる様なら、潰してしまえ。近くのギルドでフォローしたらいいだろ?』
「騎士団を使っても宜しいでしょうか?」
『バンバン使え。遠慮する必要なんか無い。』
「畏まりました。」
『コルス、フォローよろしく。』
『了解しました。』
冒険者ギルドの事なんてもう終わったと思っていたが、そうはならなかったらしい。
冒険者の育成機関を別で作るか?
『そうだ、冒険者の育成をする学校を経営不振のギルドに作ってやれよ。寄宿舎も経営させてさ、食堂と銭湯も付けて、冒険者の学校を出た奴は、冒険者登録を5級から始められるとかにしたら、集まるだろ?』
「先生役が居ないかと思われますが?」
『冒険者を引退した奴を雇えばいいだろ?元1級とか2級の奴』
「中々に扱いにくいらしいです。」
『ウルファ、お前、王都の冒険者ギルドで、冒険者育成学校の教師役を育成しろ。対象は、元1級と2級、Sも来るなら受け入れてやれ。』
『はい。設立準備は誰に頼めば宜しいでしょうか?』
『ウッドライ・ソニック、フロスト・トコトリエ、それとグリフィス・ストーンブリーツに手伝ってもらえ。』
『了解。』
ウルファが指導役をすれば、文句は無いだろう。
各地の育成学校の建設も同時に進めておけば、教師が育つ頃には完成すると思う。
育成学校を作る場所については、赤字経営のギルドのある場所で問題無い。
どうせ、雑用とか害獣を退治する様な仕事しか無いのだから、初心者を集めてやれば経営が成り立つはずだ。
ただ、そんな寂れた街にギルドを建てたのは、何でなんだろうな。
「育成学校の建築費は、どちらに請求するのですか?」
『そんなもの、領主に出させろよ。街の為に手筈を整えてやってるんだから、金くらい出せっての。出さない様なら、隣の領に打診しろ。』
「畏まりました。次に、子供の識字率の向上についてですが。」
『まだあるのか。学校な、基本は教会にやらせる方向で検討してくれ。教会にとっては、悪い話では無い筈だ。信者を増やせるし、神父の候補も確保できるかもしれないんだからな。』
「教会ですか。反対する者も多くなるかと思いますが?」
『入信を勧めなければ問題無い。あくまでも勉強を教える場としての話だ。』
「教会に作る理由は?」
『各地にあるだろ?神官は暇だろ?寄付が集まらないらしいから、国から金を出してやれば食えるようになるし、教え子に飯も出せる。ボロい教会の修繕費も出す理由を作れる。道徳も教えられる。広いスペースがある。まだ理由が欲しいか?』
「いえ、もう結構です。では、教会に作るという事で進めます。」
『まだあるか?』
「はい。ベーグルの事になりますが、ベーグルの税収をバネナ王国に収める時の額を決めて欲しいのですが。」
『2割だ。当分は、国内の事に金を使わせろ。それと、沖にある無人島に刑務所を作れ。基本は犯罪奴隷として労働をやらせるが、労働に向かない奴、罪を重ねる奴、逃げたがる奴に漁業をやらせる為の場所だ。』
「逃亡しませんか?」
『セイレーン達に見張ってもらえば、問題無いだろ。シーアに相談して見てくれ。』
「畏まりました。」
ケットシーとの話を終えて、書類の処理業務に戻ったが、あっという間に終わってしまった。
ベーグルの書類の方も大した話では無く、議員達がネガティブキャンペーンをしているという内容だった。
こちらからの指示は、蹴散らせと言うだけだ。
そもそも、国が滅び、今までの政権がダメダメだったから、こちらが建て直してやると言っているのだ。
それが嫌なら、出て行けって話だ。
国民を追い出すのか?いやいや、元々ベーグルは、内陸にあった国だ。
今の首都は、元々エアシャー王国という都市国家があって、そこを攻め落としたベーグルが、敵国に囲まれていないエアシャーに遷都したのだ。
だから、厳密に言えば、議員の殆どはエアシャーの国民では無いという事だ。
ベーグルは、海を目指して真っ直ぐ攻めて来たので、細長い国土の国になっていて、隣国の都市国家との境界線も定まっていない。
その国境線をどこにするかが定まっていないから、都市国家群で戦乱が絶えない原因になっているのだ。
まぁ、明確に決めたとしても、バネナ王国やマルグリッド王国でさえ、明確な国境線など無いのだから、殆ど意味が無いと言える。
そもそも、壁で区切っても、魔獣がボコボコ穴を開けるので、壁を作るだけ無駄なのだ。
そして、国境付近には荒野しかないので、利用価値が薄く、大体この辺という程度でしか決めていないのだ。
明確に川などで遮られているのであれば、そこが国境になるのが普通なのだが、大森林地帯などがあると管理が大変なので、隣国同士で押し付け合い、結果、大河の向こう側に緩衝地帯としての大森林を、バネナ王国が受け持つ事になったのだ。
つまり、領土を拡げても魔獣に対応しなくてはならない為に、小国家が広い領土を持っても、管理が大変になって疲弊していくだけなので、都市国家群が揉めていること自体が馬鹿らしい話だという事だ。
ベーグルがバネナ王国の飛び地になった事により、隣接する都市国家は、攻める事ができないばかりか、潤沢な資金によって攻め込まれる心配をしなくてはならなくなった。
だが、面倒くさいので攻め込む気は無く、和平交渉の準備を進める予定である。
で、ネガティブキャンペーンの内容が、攻め込めという話なのだそうだ。
負けたばかりなのに、まだ戦争をしたいと言う意味が判らないな。
『アメリア、ネガティブキャンペーンをやってる連中に武器を持たせて、隣国に攻め込んでもらえよ。』
『あっはっはっはっはっは、いい考えですが難しいですね。マスター商会が扇動した人々なんで、死なせる訳には行きませんね。』
『議員って書いて無かったか?』
『そっちは蹴散らしました。今は市民がやってるんでさぁ。』
『洗脳の疑いは?』
『ありますが、簡易鑑定には出ないですね。』
『範囲指定で、イレーズをかけてみろ。閾下知覚を刺激されている可能性がある。』
『ヴァイス、目の前のデモ隊にイレーズをかけてみな。』
『正気に戻って、帰って行きやした。』
『適当に範囲を決めて、イレーズをかけてやれ。魔力酔いになったら誰かと交代して、魔道具作れるなら作って置いておけ。』
『了解。』
何が起こってるんだ?フーリッシュ伯爵がやったとでも言うのか?
『コルス、ベーグルの情報はあるか?』
『うーん、主だった動きは無い様ですが、民衆を扇動した者が、何か魔道具を使用しているという話が上がってきています。』
『奪い取って、作成者を調べてくれ。フーリッシュ伯爵か、別の奴か。言霊を魔道具にした可能性もあるが、効果としては弱いからな。それを使う意味が判らないんだよな。』
『マスター商会って、かなり大規模ですよね。』
『捕まえる前にイレーズをかけてみてくれ。もしかしたらがあるかも知れん。』
『了解。』
せこい手だが、あちらこちらでやられると、非常に面倒くさいな。
魔法で消去できるのは良いが、別の魔法も消去されるのが難点だ。
例えば、カンテラの光を魔法で出していた場合、イレーズをかけると消えてしまうのだ。
イレーズは魔法の効果を消去する魔法なので、その場で使われている魔法の効果が消えてしまうという事だ。
ただ、直ちに命に関わる様な事にはならないので、夜間であれば松明やかがり火があれば問題無いので、民衆が誘導されているのであれば、その程度の問題は考慮する必要は無いと言えるかもしれない。
『アルティスさん、効果あった様です。捕縛済みの者にかけたら、捕縛されている事に困惑して、泣き出してしまった様です。』
『うーん、そんなに強くかけられる物なのか?魔法では無い方法で洗脳されている所に、閾下知覚を刺激する効果を使ったのかなぁ・・・?判らん。』
『どうしますか?』
『アジトが判るのなら、踏み込んでもいいかも知れないな。怪しいと思える奴だけ捕縛してみよう。』
『了解。』
怪しいと思える場所は確認していたらしく、ベーグルの各所で一斉に開始したらしい。
そして、翌朝にはデモ隊が来なくなったそうだ。
『コルス、報告をお願い。』
『はい。昨夜の内に各地にあるアジトに踏み込みまして、200名を捕縛、約5000名の民衆を解放しました。その5000名の民衆の内、マスター商会のメンバーの者が1000名程居たのですが、正気に戻ったのか散り散りに逃げていった様です。』
デモ隊要員として4000名程がいて、1000名がマスター商会の下っ端として操られていた様だ。
200名が、正真正銘マスター商会の手の者って事だ。
『200名はどうやって洗脳していたんだ?』
『真っ暗な部屋の中に閉じ込めた人々に、大音量で嘘を吹き込み、その上で言霊を使って操っていた様です。』
『そうか。その方法を教えた奴がいるって事だから、何としても探し出してくれ。』
『了解。』
真っ暗な部屋に閉じ込めて洗脳する方法は、かつて日本で問題を起こしたカルト集団が使っていた手法だ。
どういう理屈なのかは知らないが、人間は暗闇に放り込まれると思考能力が低下するらしいから、操り易くなるんだと思うよ。
他の種族は、基本的に夜目が利くのが多いのと、夜目が利かなくても嗅覚や聴覚で判断できるので、暗闇が弱いと言うのは無い事が多い。
ゼロではないんだよね。
『アルティスの旦那は、こっちに来ないんですかい?』
『暇ができたら行くつもりだよ?』
『劇団が、良い感じに仕上がって来たから、見て欲しいんですがね。』
『そうか。数日後には行くよ。』
『お待ちしておりやす。』
アメリアの口調が、また元に戻りつつある様だ。
それはいいとして、劇団の方が仕上がって来たみたいだから、一度見に行ってみようと思うよ。
エアシャーで公演してみて、観客の反応を見てみたい。
ブーイングが出無ければ、会場の設営を訓練して、興行に回らせても良いと思うし。
と、そんな事を考えていたら、書類が送られて来た。
『どんな内容かなー?・・・。否決だ。こんなもん。』
何かと思えば、キュプラが専用の部屋が欲しいと言い始めたので、部屋を割り当てて欲しいという内容だった。
ほぼ確実に、コレクションの保管場所になるだけなんだから、駄目に決まってる。
『アルティス、ハンザ領に兵士を迎えに行きたいんだが?』
『こっちからゲート出すから、タイミングを教えてよ。』
『判った。』
テレポートは、あるじは使えないのだが、シークレットポータルを王城の地下に作ったので、それを使って貰うよ。
態々大聖堂まで行って使うのは、時間がもったいないからね。
安全面を考慮して、シークレットポータルを使えるのは、許可証をアミュレットに登録した者だけにして、ポータルに乗ると出て来るインデックスにも、許可証が無いと王城が表示されない様にしてあるんだよ。
抜かれない保証は無いけど、そもそもインデックスに表示されなければ、繋がっている事を知る術が無いので、知られるまでは安心だと思うよ。
あるじと一緒に行かなかった理由は、ポツポツと書類が送られて来るのと、孤児院に行きたいからだ。
そもそも、緩衝地帯にはオブザーバー参加だったので、式典やらに参加する必要が無いんだよね。
貸与品の回収についても、マジックバッグがあるので、ディメンションホールを出す必要も無いし、魔法師部隊のなんやかんやは、軍部に丸投げでいいしね。
『アルティス、ゲートを出してくれ。』
『はいよー。ケットシーは2名、兵士の装備回収に立ち会ってくれ。返却漏れが無いかチェックよろしく。』
ゲートも出したので、書類の確認に戻って来ると、シーアからの提案が来ていた。
内容は、バウンドパイク領の内海で、高速船の運用をしたいという内容だった。
バウンドパイク領の内海には、全部で8つの街があり、その各街への航路を高速船で結びたいそうだ。
現在は、ギレバアンとカレースパンを結ぶ航路以外は、小型船による短距離航路しかない為、経済発展が進まないと考えているらしい。
『考えとしてはいいかも知れないけど、ちょっとこの試算は甘い気がする。』
基本的に、港町というのはどこも余り代わり映えしない所が多く、特産品が海産物だけという所も少なくない。
そこでしか獲れない物があればいいのだが、同じ内海の中では、どこに行っても同じ物しか無く、海運が成り立たない事が多いのだ。
そういう意味で言えば、カレースパンと他の街を結ぶ航路は、利益が見込めると思うのだが、ギレバアンの方はそうでもないだろう。
領都ではあるが、街の中心部に聖域がある以外に、領主が住んでいる屋敷があるという事くらいしか無いのだ。
基本的に、平民には旅行などという文化は無く、観光という分野を発展させても、人の移動が商人か冒険者くらいしか無いので、収益が見込めるとは思えないのだ。
そして、一番の問題は、高速船は大型化できないという点だ。
いくらベタ凪しかないと言っても、水中翼船を大型化すると、船体の重さが増えて浮き上がれなくなってしまい、水の抵抗を軽減できなくなってしまうのだ。
浮き上がらないとなれば、モーターボートの様な乗り心地になり、大きな荷物を運搬すること自体がリスクになり得るのだ。
特に、振動は生鮮食品や、振動に弱い物を運ぶことが困難になってしまう為、セイレーン達がやりたい運用自体ができなくなる可能性が高いのだ。
『これは、この試算では否決だな。理由を書いて差戻っと。』
ペンは握れないが、文字を書く事は可能だ。
サイコキネシスでペンを操作すれば文章も書けるのだが、この魔法は、精神的に疲れるので、ただのサイン程度では使わない様にしている。
クネクネしたルーン文字っぽい文字なので、幅とか傾きとか、細かい違いしかない部分が多くて、遠隔操作で文字を書くのが難しいのだ。
タッチペンでタブレットに署名するみたいに、書き味が無いので、難しいんだよ。
速攻でシーアから念話が来た。
『駄目なんですか?』
『あの試算じゃ駄目。全然意味が無い。考えなければならないのは、何を運んで、どうやって利益を出すかだ。セイレーンが頑張れば、運行はできるとは思うよ。でも、セイレーンにだって生活があって、その分の給与が必要になる。それが安いとしても、船の維持費用だったり、港の整備だったり、事故が起こった時の保険だったりも盛り込む必要があるんだよ。魔大陸との航路の場合、そもそも馬車の数も少ないし、馬を運ばないからね。内海の場合は、馬ごと馬車を運ぶんでしょ?そんなでかい船で高速船は作れないんだよ。』
『領主から、輸送力の強化と、内海の街での交易をしたいって言われたんですが、無理そうですか?』
『そもそも、海産物以外の交易品ってあるの?ギレバアンから干し肉を運んだとして、帰りの荷物は?カレースパンから塩やカレーパンを運んだとして、帰りは?交易というのは、往復で考える必要があるんだよ。帰りが空荷というのは、駄目だよね。ギレバアンとカレースパンしか儲からないのでは、発展なんて見込めないよ。』
『領主に相談してみます!』
マサヒト・ホルフウェーブも色々と考えてる様だが、ちょっと考えが甘いね。
迂回する必要が無くなるというのは、それだけでも有難いと言えるのかもしれないけど、それを商売とするには、それなりの利用客が必要になる。
その利用客が年間で数十人、数百人では、話にならないんだよ。
『さてと、孤児院にでも行くかな。』
『わーい!』
ソフティーは、子供達に大人気だから、久々に触れ合えるのが楽しみの様だ。
俺も楽しみだよ。
孤児院に居る子供達は、勉強も魔法も楽しく学べているから、教えればギュンギュン吸収して覚えてくれるから、教える方も楽しいんだよね。
あ、でも先に博物館にエンペラーを渡さないと。
『先に博物館に寄って行くよ。』
『えー!?』
『エンペラーを渡さないと、邪魔くさくってね。』
ディメンションホールを開く度に、インデックスの上位に表示されるから、目立つんだよね。
一度気になり始めると、止まらないのさ。
勇者博物館で冷凍エンペラーを出すと、職員がぶっ倒れた。
それはいいとして、解凍するとすぐに腐り始める為、プリザーブとプリベントスポイレッジをかけて状態を維持すると共に、腐敗を防いだ。
ただ、魔法で腐敗を防いでも、雑菌や寄生虫による腐食は進むので、一度アブソリュートゼロで凍らせて、アンチバイオティクスとバーミフォージ、ターゲット・ユースレスモルト・イラディケイションを使ってから、アラクネガラスで包み込んだ。
『あー、めんどくさ。』
『もう終わり?』
『まだだよ。[ピュリフィケイション]』
最後に浄化を使うと、周囲の空気が変わった気がした。
何かの影響があったのかもしれないが、それが何なのかは判らない。
だが、オークエンペラーも、ゴブリンエンペラーも、元々が強力な存在である為、その存在に惹かれて悪い物が寄って来る可能性があるのだろう。
後で、ワラビにもお願いして、変な物が寄り付かない様にしてもらった方がいいかも知れない。
『ワラビ、勇者博物館にエンペラー2体を展示するから、セイクリッドフィールドで展示エリアを守ってくんない?』
『永久保存するという事でしょうか?』
『そうそう、永久保存する。』
『畏まりました。結界を設置いたします。』
『頼んだよ。』
孤児院にやって来た。
『ただいまー。』
『ただいまー!』
「あらあら、アルティス様、ソフティー様お帰りなさいませ。どうぞ中へお入り下さいませ。」
「わー!アルティス様お帰りなさーい!」
メイドがアルティスに気付くと、その声に反応した子供達が集まって来た。
「アルティス様お帰りなさいませ。遠征ご苦労様でした。」
「アルティス様お帰りなさい。お元気そうで何よりです。」
リリーとキャリスもやって来た。
『ソフティー、リリーとキャリスの方に移るから、遊んできていいよ。』
『わーい!』
既に幼年の子達に囲まれていたので、リリーの肩に乗り移った。
アルティスが移動すると、あっという間に子供達が背中に乗り込んできて、庭に出て行ってしまった。
教室に居た男の子達も、つられる様に出て行ったので、外でベーゴマ大会が始まるのだろう。
「全く、仕事も放りだしてしまいましたね。」
『まぁ、今日はいいんじゃないか?』
「ソフティーさん、ベーゴマキングですもんね。」
『そうそう。日夜勉学に励みながらも、休憩時間に練習してたんだろ?成果を見せる機会を与えてもいいだろ。』
普段、午前中は掃除に始まり、授業や厨房の手伝いで子供も大人も忙しいのだが、今日はまぁ免除って事でいいだろう。
遊びたい年頃なのだから、あまり根を詰め過ぎても良いとは言えないよね。
『トークン制は順調か?』
「はい。みんな頑張ってトークンを集めていますよ。最近では、ご褒美にアーミーラプトルの唐揚げが出て来るので、やる気満々ですね。」
『そんなの出て来るのか。エルフの森の方で増えてるのかな?』
「いえ、そこそこ大きい巣を見つけたので、適度に間引いて養殖しているそうですよ。」
『へー、それは凄いな。』
「餌は、オークだそうです。」
『え?エルフの森にオークいるの?』
「いえ、オークの森で獲って来るそうです。」
『あぁ、獲りに来てるのか。』
「今回の遠征でも大量に獲られたのではないのですか?」
『今回は無いなぁ。ゴブリンエンペラー対オークエンペラー軍だったから、ゴブリンの死骸の中に沈んでてさ、全然駄目だったんだよね。』
「あららー・・・、って、ゴブリンエンペラー!?オークエンペラー!?」
「た、戦ったんですか!?」
『リズがゴブリンエンペラーと戦って、カレンがオークエンペラーと戦ったんだよ。中々に強かったよ。』
「中々・・・。」
『勇者博物館に展示してあるから、暇な時に見に行ってみると良いよ。本邦初公開だからね。』
「「絶対、見に行きます!!」」
ゴブリンエンペラーは伝説で、オークエンペラーは存在すら想定されていなかった存在だから、その実物が見られるとなれば、見に行きたい人は多い様だ。
ワラビの結界があれば、安全が確保できそうだし、ちょっと宣伝してみるのも良いかもね。
リリー達の案内で、上級クラスの見学に来た。
既に掛け算も割り算もそこそこ計算できる様になったからか、あまり活気が無い。
『計算方法が判ると、単位が大きくなっても問題無く解けるからなぁ。分数とか図形の計算をやったらいいんじゃないか?』
「あ!アルティス先生だ!」
「おお、救世主が来てくれました。」
『何だよ、救世主って。』
「最近は、割り算にも飽きて来たらしく、活気が無くなってまして・・・。」
『分数は?』
「はぁ、簡単な物なら既に・・・。」
『じゃぁ、三角関数とかかぁ。俺もあんまり得意じゃなかったんだよなぁ。図形の角度の計算とか、辺の長さの割り出しとかで良いんじゃないか?』
「ほうほう、角度とは何ですか?」
あれ?角度って知らないの?まぁ、商人じゃ使わないか。
『そうだな、円を書いて、十字に線を入れてくれ。』
「はい。」
『この円が360度、中心にある4つの角度は、それぞれ90度。この十字の線と円の線の接点二つを線で結んで、ここの角度は何度になると思う?それと、この円の直径というのがこの縦の線で、半径がこの中心から円の縁まで。仮にこの半径が10センツだとすると、この斜めの線の長さは?』
新しい計算を知る事ができる為か、部屋の熱量が上がって来た。
『まずは基本から始めようか。まず正方形、この内角の合計が360度だ。平行四辺形、これの内角の合計は360度。じゃぁ、三角形の内角の合計はなーんだ?』
「360度?」
『残念、180度だ。』
「なんでー??」
『三角形というのは、四角形の角から対角線を引くとできるから、頂点が90度なら、対角線を引いたここの角の角度は?』
「45度」
『そう、じゃぁ、45度足す45度足す90度は?』
「180度!」
『そう。じゃぁ、この45度が一つ判らない場合の計算方法は?』
「90度引く45度?」
『違うよ。90度足す45度で、135度。これを180度から引く。何でそうするのかと言うと、逆に90度の部分が判らない場合、45度から45度を引いたら0度になっちゃうよね?』
コクコク
『これは、一番単純な計算だよね。ちょっと変化すると、どうなるか。色々計算してみよう。6角形の角を線で結んで三角形が6個できるね?このそれぞれの角度を考えてみようか。この図形の計算は、色々な所で使う事ができるから、どんどん覚えて行こうね。』
「はい!」
とは言ったものの、こうなると小数点以下も教えないと困るんだよなぁ。
どうしたものか。
『ケットシーは、小数点以下って教えられる?』
「それはどんな数値ですか?」
『1割る10の答えとか。10分の1を数値に変えるとか。』
何か、ケットシーの目がキラキラしてるよ。
やっぱり、この世界には小数点以下って無いのかぁ。
「一応、計算としてはありますよ?それをご存じとは思いませんでしたが。」
『どうやって表していたんだ?』
「0・1といった感じです。」
『中黒か。まぁ、それで問題無いだろう。四捨五入とか切り捨てとかは?』
「どういう事ですか?」
『四捨五入ってのは、0・15なら0・2、0・14なら0・1にするって事。』
「4以下を0として5以上を1つ繰り上げるという事ですか。それを何処で使うのでしょうか?」
『うーん、あんまり使わないっちゃ使わないんだけど、例えば、150枚の干し肉を銀貨1枚で売ると、単価は銅貨1・5枚になるよね?つまり、銅貨1枚と銭貨50枚だ。だけど、銭貨なんてそんなにたくさん持ちたくないから四捨五入して銅貨2枚と考えると銀貨2枚になる。そんな感じだ。』
「あまり上手い商売の方法では無いですが、理屈は判りました。それをどう教えるのですか?」
『小数点以下を教える時に、どうしても割り切れない場合があるでしょ?その場合に小数点以下を2桁とかで切る時に使うんだよ。』
「際限なく導き出すのではなく、途中で切ると。答えがズレて来ませんか?」
『1より小さいんだから、大した誤差でも無いだろ?』
「まぁ確かに。割り切れないという事で言えば、我々ケットシーの長年の課題でもある、円周の長さを計算する事はできますか?」
『円周率か。昔覚えたんだよなぁ。3・1415926535897だったかな。もっと続くんだけど、覚えているのはここまでだな。この円周率と直径を掛けるんだよ。ってどうしたんだ?』
「・・・我々の負けです。」
『何が?おーい!固まるなよ!?』




