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第92話 当分の間は休めなくなりそう

 この世界の動物たちは、魔獣のせいで肩身の狭い思いをしている。

 魔獣がどうやって生まれるのかは知らないが、殆どの動物は魔獣に勝てないのだ。

 食べ物に関しては、動物は雑食で、魔獣は肉食が多く、稀に雑食の魔獣もいて食性が被る事もあるが、殆どは肉食に偏っている。

 動物達は、常にギリギリの安全の中で暮らしていて、魔力に影響されないのでドラゴンを見ても、大きくて怖い程度にしか感じていないのかもしれない。

 魔獣は、強い魔力を感じると近づいて来なくなるので、強い魔獣の周辺には動物が多くなる事が多いのだ。

 オニキスの周りにも小動物が多いみたいで、鱗の隙間とか関節の窪みを住処としている小動物が沢山いる。

 そこは絶対に安全とは言い難く、オニキスが動けば逃げる暇も無く潰れてしまう事も多いだろう。

 だが、魔獣が殆ど寄り付かないので、安全な場所でもあるのだ。

 だから、今回の様に口の端からボロボロと食べかすを落とすと、沢山の動物がウロチョロと動き回って、食べかすを持ち去って行く。

 今目の前にいるリスは、自分の体の大きさの数倍もあるシールの身に齧りつき、腹が膨れる程に食べた後、頬袋がパンパンになる程に詰め込んで、身動きが鈍くなっている。  

 ソフティーもその光景をほんわかしながら見ていたのだが、不意にオニキスが前足を少し動かした。

 すると、ヨロヨロと歩くリスの上に前足が、覆いかぶさるように降りて来た。


 『危ない!』


 咄嗟に動いて、リスの首根っこを咥えて走り抜け、そのままソフティーの背中に戻って来た。

 普段は動物を見ても、可愛いなぁと思いつつも、すぐに視線を外しているのだが、今回はオニキスの目の前に居るのでつい注目してしまい、危機を目の当たりにして助けてしまった。

 助けられたリスは、突然の事に驚いて気絶している。


 「どうしたんですかそれ?」

 『オニキスに踏み潰されそうになっていたのを見て、つい助けちゃったんだよ。』

 『アルティス偉い!』

 「懐いたらどうするんですか?」

 『どうしよう?ルベウスに押し付ける?』

 『何で!?』


 最近影の薄いルベウスが、カレンの懐から出て来た。

 ふさふさの長い体毛が、オニキスの鼻息で靡いている。

 野営の時にベッドになってもらったが、その時は既に大きくなっていたのでよく解らなかったのだが・・・。


 『ルベウス太った?』

 『ギクッ』

 「シールの次は、何を出すんですかぁ?」


 コイツ、話を逸らせようとして、口調が変になっていやがる。


 『ほぉ、カーバンクルとは珍しい。ちと太り過ぎの様じゃが。』

 『帰りはルベウスも戦闘に参加してもらうね。』


 なんと、ルベウスの体形が丸っこくなっているではないか。

 最近はリズの干し肉を貰えていない筈が、お腹の毛が地面に触れる程に膨らんでいた。

 4足歩行生物は、多少太っても地面に体毛が触れる様な事は無く、動き回る為に多少太ってもすぐに戻るのが普通だ。

 現に、助けたリスも割と毛が長いのだが、腹の毛が地面スレスレなどという事には成っていない。

 獣にとって、腹というのは骨も無く、一番の弱点でもあるのだ。

 その腹が地面に着きそうと言うのは、相当にヤバい状況という事だ。


 『ルベウス、幻獣だからといって、病気にならない訳じゃないんだから、ちゃんと体を管理しないと死んじゃうぞ?』

 『うー、判ったよ。』


 不服そうにしているが、カレンのポーチに入ろうとして藻掻いているのが、何ともコミカル・・・じゃなくて、痛々しい。

 痩せている時に合わせて作ってあるから、お肉が邪魔で入り難いのだろう。


 『カレンはちゃんとルベウスの健康を管理しないと、引き離すぞ!』

 「は、はい!改善します!」


 可愛いのは判るが、健康の管理をするのは、獣魔を持つ事への責任だ。

 ペットの飼い主でさえ健康に気を付けるのだから、可愛がるだけでは無く、健康に気を付けてあげる事も重要なのだ。

 メタボカーバンクルとか洒落にもならないね。


 助けたリスは、驚いて固まっていたけど、ソフティーがなでなでしたら、慌てて逃げて行ったよ。

 でも、すぐに戻って来て、今はソフティーの頭の上に乗ってる。

 完全に懐いちゃったね。

 まぁ、アラクネクィーンの近くなら、安全だから仕方無いか。


 『とりあえず、偶に会いに来るかもしれないから、その時はよろしく。』

 『もう帰るのかの?』

 『こちとら忙しいんでね。』

 『では仕方が無いのぅ。暇な時に会いに来てくれるのを楽しみに待っているとしますじゃ。』

 『おう、またね。』


 エンシェントドラゴンと別れ、遠征軍の所に戻って来た。

 オークの陣地の調査は既に終わっていて、特に目ぼしい物は無かったそうだ。

 ただ、日本語の様な文字の書かれた石板があったらしいので、それだけ回収して来た様だ。

 見せてもらったけど、正直よく解らなかったよ。

 何となくだけど、エレクトロハーモニクスに似てると思ったので、多分どうやっても読めないんだろうね。

 ただ、こっちの世界の文字とは違うので、転生者だった可能性が高いと思うよ。


 戻って来たのが丁度お昼前だったので、午後から出発する事になった。

 お昼ご飯は、ゴブリン帝国の在った場所から、少し森に入った辺りで食べる事になった。

 ゴブリンの死体がゴロゴロしている所では、臭くて食べていられないからね。

 お昼のメニューは、オーク肉の回収ができ無かったので、いつものスケープゴートの肉を使った料理になった。

 オークの死体は、ゴブリンの死体と同じ所に転がっているので、ゴブリンの臭いが染み込んでいて、とてもじゃないが食べられる状態に無かったのだ。

 まぁ、オークとゴブリンの大規模戦闘があった訳だし、仕方ないね。

 リスは、シールの身をたらふく食べた後だったので、チラチラと見てはいたけど、食べる事は無かったよ。


 『ソフティー、リスはどうする?』

 『あ、テイムした。』

 『名前は決めたの?』

 『まだ。いい名前が思いつかない。』

 『うーん、斑点が星形だからスターとか、プトレマイオスとか、トレミーとか、クラウディウスとか、ティコとか、ウルサとか、ポラリスとか。』


 リスの反応を見ながら色々言ってみたら、ポラリスと言った時の反応だけが違った。


 『ポラリスがいいって。』

 『じゃぁポラリスだね。』

 『ポラリスってどういう意味?』

 『えっと、前の世界の夜空で、唯一動かない星だったんだよね。で、北極にあったから北極星って呼ばれていたんだよ。』

 『動かない星?』

 『そう。星って、動くでしょ?それは、この星もクルクル回っていて、その軸の真上にある星は止まっている様に見えるんだよ。』

 『???』

 『んー、[ロック]この丸いのがこの星、つまり今いる地面をずーっと離れた場所から見ると、こういう形をしているって事ね。で、これがこうやってクルクルと回っていて、ソフティーが空の星だとすると、この星に住んでいる人からは、動いて見えるでしょ?』

 『おお!本当だ!』

 『で、この軸、つまり真上と真下の延長線上にある星は、ずっとそこにある様に見えるんだよ。』

 『ほー、ほうほう、その動かない星の名前がポラリスって言うの?』

 『前の世界では、ポラリスって名前だったんだよ。』

 『その星はみんな知ってるの?』

 『どうだろね?少なくとも、北半球の上の方に住んでいる人達は、みんな知ってるよ。南半球の人は知らない人が多いと思うけどね。』

 『何で?』

 『見えないから。』

 『そっかー。』

 「そうだったのかぁ。」

 『あるじ?』


 この世界の人は、自分達の住んでいる星の事を知っている人が少ない。

 天文学の本には、アマーティスとスクナービクの事ばかり書いてあるので、自分達の住んでいる星の事については、あまり関心が無いのだ。

 まぁ、あの月が異常だから、興味を惹かれないのかもしれない。

 しかも、中央大陸は赤道上にあるので、極点の星等は地平線スレスレという事になり、円形山脈の内側からはほぼ見えないのだ。

 冒険者にでもならないと、旅をする事もほぼ無いし、海を船で移動する事も困難なので、星を目印にする事も無いのかもしれない。

 というか、星が多すぎてみるのが大変という事も関係していると思う。


 「星儀は見ているが、動いているのは知らなかった。」


 以前教えた様な気がしないでもないけど、あまり興味が無いのだろう。


 『兵士達の方は平気なの?』

 「ああ、少々戦いにくい様だが、今の所問題無く戦えているな。」


 昼食も終わって、既にハンザ領に向かって進んでいるんだけど、やはり魔獣が多い様だ。

 既に先頭の方では遭遇戦が何度かあり、ブラックベアやペルグランデスースが討伐されている。

 今はタイラントボアとの戦闘中で、ペルグランデスースよりも更にデカい為に、少し時間が掛かっている様だ。

 リジットダンプくらいの大きさで、4階建てのビルくらいの大きさがあるのだ。

 そんなのが突進して来るとか、普通に考えれば悪夢としか思えないよね。

 タイラントボアの毛皮は、生きてる間はとても硬くて、槍衾の様な感じなのだが、死ぬと柔らかくなる。

 今までは、誰も倒した事が無かった為に、毛皮の利用方法等は確立されていない。


 『ちょっと見に行ってみよう。』

 『あいさー』


 近くに来てみると、リズが足止めしていて、周りから兵士達が、何とか剣で傷を付けようと切りつけている所だった。


 『リズ、どうやって倒すつもり?』

 『考え中です。』

 『胴への攻撃は意味が無いから、毛が少なくて柔らかそうな所を狙えって、指示を出して。』

 『目を狙ったんですが、目の所に膜がある様で、剣が刺さらない様です。』


 あぁ、リズは魔王軍のタイラントボアの解体をやって無いのか。


 『魔法師を使えよ。ロックリザード方式でできるだろ?』

 『・・・ああ、ペティセイン様がやった方法ですね。了解です。』

 「魔法師は、鼻と口をウォータで塞げ!」


 リズが指示を出すと、タイラントボアの頭が、大量の水で包み込まれた。

 周りに居た兵士達が一斉に離れ、水を振り解こうと頭を振るタイラントボアから距離を取った。

 水の塊は、顔に纏わりついていて、頭を振った程度では剥がれ落ちる事は無く、鼻も口も塞がれている為に溺れている状態になっている。

 タイラントボアは、猪系の魔獣の中では最上位ではあるものの、魔獣の中では上位とは言い難く、魔力も少ない事から、肺呼吸をしなければ生きられない様だ。

 猪系の魔獣は、頭の骨が異常に厚く、かなり硬い為に生半可な攻撃では、頭蓋(ずがい)を貫く事はできない。

 特にタイラントボアの場合は、体の3分の1が頭で、脳は小さく頭蓋骨の厚みが2m近くある為に、倒す時に頭を狙うのは悪手となる。

 顔の方も、鼻の穴の大きさが人ひとり分もある為に、近すぎると吸い込まれる可能性もあるのだ。

 だから、真正面から攻撃する事が難しく、硬い毛と相まって非常に倒し難い魔獣ではある。


 ズズン

 「首を斬れ!」


 何とか倒せた様だ。

 怪我をした兵士は、衛生兵にヒールを掛けてもらっているが、数名が瀕死の様でポーションを飲まされている。

 タイラントボアは、首を斬り落とされて、解体作業に入っているが、中々に大変そうだ。

 毛は柔らかくなってはいるが、長さが1m程もあるので、毛を搔き分けて腹を裂くのが大変な様だ。

 特に、皮膚に近い所には、更に柔らかく細かい毛が沢山あるのと、腹を裂いた後も内臓の処理が大変なのだ。

 何せ、一つ一つが一々でかいので、まとめて出す事ができずに、一つ一つ切り出すしかないのだ。

 魔石は心臓の隣にあるのだが、体格に対して魔石自体はかなり小さく、オークの魔石よりも一回り大きい程度でしかない。

 解体作業は時間が掛かりそうなので、とりあえずレバーだけ貰って戻るとしよう。

 レバーは、狼人族に渡して、小さく切り分けてから焼肉にでもしてもらうよ。


 タイラントボアの戦闘と解体に時間を要したので、近くで野営する事になった。

 今回は、亜空間を使う必要は無いので、野営陣地の設営とテントの設置だけだ。

 夕飯の時は、ポラリスも焼いたタイラントボアとシチューを食べて、大満足だった様だ。


 「タイラントボアの牙は、何かに使えそうか?」

 『それなりに硬いんだけど、装飾用として加工する以外に使い道は無いね。後は、展示用として使うくらいかな。』

 「そうか。」


 魔王軍の時のタイラントボアの素材は、全て売却済みだよ。

 持っていても邪魔くさいだけだからね。

 高位魔獣の素材であれば、何かの属性が付いている場合もあるのだが、タイラントボアの程度ではそんな事は無く、象牙の様な感じで高級ナイフのグリップとか、馬車の装飾として使う以外には、シーリングスタンプやシグネットリング等に加工されている様だ。

 加工された物は、白とクリーム色のマーブル模様で、光沢があって高級感を演出できるのだろう。


 『そうだ、ペティのお土産としてスティックのグリップを作ってあげよう。』

 「また怒られないようにしてくれよ?」

 『一応王女様なんだから、多少豪華でも問題無いでしょ?』

 「そうだが、あまり派手過ぎる物は困らせてしまうからなぁ。」


 ペティが普段使っているのは、市販されている物にちょびっとだけ効果を上乗せした程度の、白木のトレントを使ったスティックなんだよね。

 もうすぐ貴族学院も卒業するし、バージョンアップしたスティックをプレゼントした方が良いよね。

 護身用として。

 一応、ペティも王女という事で、何度か襲われてはいるのだ。

 だが、陛下の使う馬車と同じ仕様の馬車に乗っている為、何事も無く通学ができている。

 あ、当初は寮に入っていたんだけど、数回の襲撃を受けて、今は王城から通学しているんだよ。

 寮に居ると、他の学生にも被害が及んじゃうからね。


 『攻撃力UP80%と、効率UP90%、消費MP減少と、属性剣も付けておこうかな。』

 「・・・怒られると思うが?」


 まぁ、護衛も付いているので、使う事は殆ど無いんだけどね。


 夜中は、何度か魔獣の襲撃を受けた。

 その中には、グレートウルフの群れもいて、やっとボスを見る事ができた。


 『あれがボスかぁ。確かにご立派だ。アレはちょっとモザイクかけないと駄目だな。』

 「もざいくって何ですか?」

 『視覚的に見せたく無い物をぼかす手法だよ。』

 「ぼかす?」


 言葉で説明するのが難しいので、カレンの前に水魔法で作った板を浮かべて、(たてがみ)だけを見えないように隠した。


 「これがモザイクというものですか?やる意味あります?」

 『ペティとか、どこぞの淑女が、見たく無い物を見えなくする時なんかに使えるんじゃないか?』

 「ペティセイン様には、必要無いんじゃないですか?」

 『いやいや、裸の男とか見たくないんじゃないか?』

 「近衛騎士団の裸を見て、興奮してましたよ?」


 何やってんだあいつ・・・。

 まさか、ゴブリンのピー見て興奮なんてしてないだろうな?


 『ペティのゴーグルにだけ、自主規制機能でも持たせるか。』

 「いえいえ、傍から見たら、ガン見している様にしか見えなくなりますって。」

 『それもそうか。』


 グレートウルフのボスの鬣だけど、頭の天辺から背中にかけて、モヒカンみたいな鬣が生えているんだけど、頭の天辺の所だけ太く短くしたエノキダケみたいな形なんだよ。

 しかも、そこだけ白い。

 先端の膨らんでいる所は、枝毛になっていて、もっさりしてたよ。

 遠くから見ると、正にご立派に見えるって事らしい。


 『やっぱり、ルベウスの動きがトロいな。ビシバシ鍛えないと駄目だから、明日から歩かせろ。』

 「・・・はい。」


 不服そうな返事だが、ルベウスの顔は狐っぽいのに、胴がブルドックみたいでみっともないんだよ。

 グレートウルフを相手に戦いに参加していたが、体が重いせいか、機敏さが全く無いんだよね。

 ペティが見たら、どうしてこうなった!とか言いそうな感じだ。


 翌朝からは、外縁部に近くなったせいか、あまり魔獣が出なくなって来た。

 まぁ、魔獣は大体夜行性なので、朝はあまり活動していないと言うのもある。

 なので、走って進んでいる。

 ルベウスも当然走っているのだが、地面から飛び出した木の根に腹が当たるらしく、兵士達の足について行けてない。

 今は最後尾で、カレンと一緒に走っている。

 ベーグルの孤児院にでも放り込んでやろうかな?


 「それがいいかも知れないですね。」

 『頑張って痩せるよ!』


 がんばれ。

 今のままじゃ、鬼ごっこをやっても、5分も持たないからね。


 兵士達は、お昼前には森を抜けた。

 お昼までには、まだ時間があるのでそのまま走らせているが、カレン達からは大分離れてしまった。

 ポラリスが、ルベウスといつの間にか仲良くなっていて、応援するかのようにピッタリと横について走っていたので、ポラリスの事もカレンに任せているよ。

 因みに、夜の間にポラリス用の装身具を作ったので、今は兜の様な物を頭に着けている。

 着けてもらった時に思ったのだが、普通の動物なのが原因なのか、ステータスの補正があまり付かない様だ。

 多分、MAGの低さが問題なのだと思うのだが、ステータス補正が1割しか付かないので、あまり強くはならない様だ。

 まぁ、小さなリスが片手で人間を持ちあげられる様になっても、困る様な困らない様な・・・。

 可愛くない事は間違い無いな。

 リズの獣魔であるカーミンは、あまりリズのポーチに入る事は無く、人間にも慣れて来たので、あちらこちらに走り回っては、上半身を立ち上げて、ヒョコヒョコと顔を出して遊んでいる。

 最近は、人を驚かせるのが楽しい様だ。

 言葉はまだ覚えていないらしく、話す事は無いのだが、リズの言葉は理解できる様で、呼べば走り寄って来るので、女子達には大人気だ。


 「大分獣魔が賑やかになって来たな。」

 『そうだね。ルベウス以外は戦闘に参加できないけど、いい感じに兵士達の癒やしになっているみたいだし、いいんじゃない?』

 「そうだな。息抜きには丁度いいのかもな。」


 獣魔というより、殆どペット扱いだが、それで荒んだ心を癒してくれているのであれば、軍にとっても悪い話では無いだろう。

 戦闘の連続というのは、本人が気づかない内に心にダメージを蓄積して、最悪の場合、精神病になってしまうのだ。

 まだ、相手が魔獣の場合はいいとしても、ゴブリンなどの人型魔獣の場合は、殺す事に忌避感を持つ者もいるので、そういう者の心のケアという意味では、かなり役に立っていると言えるのだ。

 可愛いは正義という事だな。

 因みに、精神病と精神魔法は別物で、精神魔法は魔法で効果を消す事ができるが、精神病では消す事ができないのだ。

 これは、精神病というのは、心の病であり、精神的ショックや苦痛に感じる事等によって、考えが現実逃避によって纏まらなくなっている状態なのだと思う。

 精神魔法は、誰もが持つ不安や苦痛を増幅する事によって、魔力で疑似的な精神病を作り出しているので、魔法薬である万能薬で治せるのだと思う。

 精神病患者に精神魔法を掛けても、多少の効果はあっても、正直違いが解らない場合もあるのだ。

 弱っている精神を増幅させると、かえって開き直ったり、現実逃避から引き戻される事もあるので、最悪死に至る事もある。

 デリケートな問題なので、普通はそうなる前に神殿で聖水を飲むのだ。

 聖水の効果としては、精神安定剤としての効果があり、神官が祈りを捧げて神気を水に付与する事で作っている。

 作ると言っても、信仰の度合いによって祈る時間が変わり、その祈りの時間差を利用する事で、神殿の役職を決めているのだ。

 信仰は、年月や金銭で薄れる事がある為、3ヶ月に一度、審査を受ける事にしていると、ワラビが言っていた。

 それにより、信仰を疎かにする事ができなくなり、不純な気持ちがある事で祈りに雑念が混ざったり、悪事に加担するなどして、役職を維持できない者を振るい落とす事ができるそうだ。

 今の教会の役職は、ネックレスのシンボルの色が変わる事によって解るそうで、聖水の審査を放置するだけでも降格するので、不正を働く事ができなくなるとどや顔をしていた。

 ネックレスは、魔道具部隊に作ってもらったそうで、ジャッジメントとクライムキャリア、チェンジオブカラーとフェイスフルを付与しているそうだ。

 話を聞いた時は、いい方法だと思ったよ。

 だって、不正ができないって事だから、神聖王国の大聖堂みたいになる事が無いって事だもんね。

 兎角、神殿というのは、お布施が集まるのでお金に魅了される者が出やすい場所でもあるんだよね。

 だから、信仰を忘れさせないという意味も含めて、視覚的に確認できるのは、いい方法だよね。


 昼食を摂っている時に、カレン達が追い付いた。

 ルベウスはぐったりしているが、カレンとポラリスはケロっとしていた。

 ダイエット中とはいえ、食事を摂らないと言うのは良くないので、量は少ないが食事は摂らせた。

 四足走行というのは、全身を使って走る事になる分、消費するエネルギーはかなり多い。

 だからか、ルベウスのお腹も心なしか引っ込んだ気がするが、痩せるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。


 『一応ゆっくりでいいから、水分補給をしっかりとって走ってこいよ。ルベウスの走る姿は、かなりコミカルになっているからな、以前の俊敏さを取り戻す為に頑張れ。』

 『うー。』


 ハンザ領に戻ったら、兵士達は丸1日休暇になる。

 といっても、王都では無くハンザ領で休暇なので、殆どの兵は土手や宿でのんびり過ごすだけだろう。

 兵の方はリズに任せて、あるじとカレンと俺は王都に先に戻った。


 「お帰りなさい。あちらはどうでしたか?」

 「はい、ゴブリンの大群及びオークの大群を確認しましたので、殲滅して参りました。」

 「規模はどれくらいでしたか?」

 「ゴブリンの規模については、数百万匹と思われます。森の中に現れた、幅4ケロ、長さ数十ケロにも及ぶ荒れ地に犇めくゴブリンを確認しました。」


 陛下は、目を見開き、瞬きをする事無くアルティスの方を見た。

 アルティスは、軽く頷いた。


 「そうですか。兵士達にも被害が出たのですか?」

 「いえ、全く。」

 「え?」

 「一人の死者も出ておりません。多少傷を負った者はおりますが、全員回復魔法とポーションで回復済みです。ただ、最初の野営の際、見張り番についた兵が、魔獣に噛み殺されました。また、魔法師部隊の中で、味方の魔法師を試し撃ちの的にした、ナード・テンダー、テンダー家の5男が内乱の現行犯として斬首、ナード・テンダーに魔法スティックの試し撃ちをしろと唆したバニティ・コンシートとその取り巻きを、軍務規律違反容疑で捕縛しております。また、同僚の魔法師に暴行を働いた上、森の中に放置、杖を強奪した疑いで、マサル・スズキを捕縛しております。」

 「全員重犯罪奴隷ですか?」

 「いえ、バニティ・コンシートは、ナード・テンダーと同様の罪により、死罪。ジャッジメントでもその様に判定されております。また、魔法師部隊に紛れ込んでいたスパイも捕縛しておりますが、そちらについては、先に王城への転送を行っておりますので、尋問されているかと思います。」

 「スパイ、減りませんね。」

 「大して見る物など無いと思いますが、気になる物があるという事なのでしょう。」

 「魔道具が欲しいのかもしれませんね。」

 『兵士に渡した魔道具は、登録者から離れすぎると王城に戻ってきますので、問題無いかと思われます。盗難防止策は、他にもあらゆる場面に対応できる様にしてありますので、情報が洩れる事はそうそう無いと思われます。』

 「断言できないのですか?」

 『できません。』


 軍で支給されている魔道具の盗難防止策は、マジックバッグに入れられて運搬された場合や、それに準ずる方法で運ばれた場合に、外に出した瞬間に戻るようにしてあるが、結界で囲まれている場合には、戻れない可能性もある為、その場合にはインカンデセンスを発動して、周りに居る者を巻き込みながら燃え尽きる様にしている。

 凶悪な仕掛けではあるが、国家機密を盗んで、技術を盗用しようなんて連中に、掛ける情けなどある訳が無いのだ。

 ただ、それ以外の何らかの方法で突破される事があるかも知れない為、絶対にあり得ない等と断言する事ができないのだ。

 形ある物、いつかは暴かれる日が来るのであろう。


 「断言しても良いんじゃないのか?」

 『私より造詣の深い者は居ます。それらが対抗手段を用いた場合には、簡単に抜かれる事でしょう。ですので、断言は致しません。』

 「判りました。そういう者が居ない事を祈りましょう。では、他に何か報告はありますか?」

 『はい。まずは、ゴブリンエンペラーが確認されました。それと、オークエンペラーも居ましたので、いずれも冷凍の上、持ち帰っております。また、オーク帝国のあった場所の奥地には、エンシェントドラゴンがおりまして、友誼を交わしてまいりました。』


 陛下の顔から表情が抜け落ちた。

 心の底から驚いた時にそうなると知っているので、構わず報告を続ける。


 『そのエンシェントドラゴンですが、アバダント帝国の悪夢と呼ばれるドラゴンである事が確認されましたが、アバダント帝国への報復としての攻撃では無く、人間に追われたアラクネ達を守る為の、牽制だった様です。とはいえ、再び吐かれても困りますので、友誼を交わし、名付けを致しました。これにより、我が国への攻撃の可能性は、ほぼ消えたと言えるでしょう。他には、ゴブリン帝国の地下に遺跡を発見致しまして、調査の結果、地底人の居住地への入り口及び、祭壇への通路と判明いたしました。但し、地底人の居住地への入り口は、既に閉ざされており、行き方も判らない為に探索を諦めました。地底人については、地底人に化けた悪魔と遭遇しておりまして、ワラビの手により討伐を完了しております。その他、地底人と思われる遺体が多数ありましたが、悪魔討伐の直後に全て土塊へと変わってしまいました。遺跡探索の途中で、何かの祭壇らしき部屋を発見しましたが、そこの扉にオリハルコンの板があったのと、中に正八面体のアボイタカラの塊がありましたので、成果として持ち帰っております。』

 「さ、祭壇から持ち去っても大丈夫なんですか!?」

 『さぁ?特に魔法陣も呪文もありませんでしたし、長く放置されている様子でしたので、問題無いかと思います。』

 「そ、そうですか。何かあったとしたら、対処をお願いします。」

 『畏まりました。』


 陛下への報告も終わったので、遠征中に謀反への対応をした近衛騎士団の所へやって来た。


 「あ、お帰りなさいませ。ご報告いたします。捕縛した侵入者ですが、全員が翌日には饒舌になりましたが、特にこれと言って重要な内容はありませんでした。」

 『例えばどんな話?』

 「フーリッシュ伯爵の側近として、最近若い男が来たそうなのですが、その男の計画で実施されたそうです。ですが、特に何の変哲もない作戦内容だった為、懐疑的ではあった物の、翌日には全員やる気になっていたそうです。」

 『そういう情報が特筆する内容になるんだよな。そいつらは今、どこにいる?』

 「全員地下牢に入れられております。」

 『コルスー』

 『大丈夫です。全員捕縛されています。ターレス団長は疲れている様子ですよ?それと、捕縛した者達の装備には、小さな文字がビッシリと書かれているそうです。』

 『それが、閾下知覚(いきかちかく)へ働きかける物だよ。騎士団長以外に、可笑しい者は居るか?』

 『第1小隊隊長が、体調不良で休んでいます。』

 『見に行ってみよう。』


 まずは、地下牢にいるという侵入者達を見に行ってみた。

 侵入者たちは、隔離されたスペースに纏めて入れられており、その一角にはサイレントが掛けられていた。


 『サイレントが掛かってる理由は?』

 『言葉巧みに囚人達を扇動するからです。』

 『話し方が上手いのか?』

 『いえ、一言一言に魔力が乗ってる様です。』


 あぁ、言霊(ことだま)って奴ね。

 言霊と言うのは、言葉に魔力を乗せて話すと、従ってしまうというもので、別の言い方だと呪詛と言われる物だ。

 ただ魔力を乗せれば誰でもできるという訳では無く、魔法と同じで訓練が必要だ。

 言葉に乗った魔力が働きかけるのは閾下知覚であり、これもサブリミナルの一つと言える能力だ。

 この能力は、奴隷契約の一部にも応用されていて、命令に背けなくなるのは、この効果の為だ。

 この手の能力を持つ者は、訓練をしていなくても使える者が居て、所謂カリスマ性のある奴がそれにあたる。

 カリスマ性というのは、信頼や信用に因るものが大きい。

 人というのは、賛同者が多いとその流れに流されてしまうので、その性質を利用して、演出や扇動を使ってカリスマを演じる事もできてしまう。

 本当にカリスマ性があるのかを判断するには、1対1で話し合わなければ判らないだろう。

 だが、言霊を使う者は、そのカリスマ性を魔力を使って演出していると言える。

 熟練者の場合は、そこに言葉を必要とせず、視線や表情を合わせて、言葉を念じるだけで使える者も居るという。

 今目の前にいる男も、その熟練者と言える者の様で、さっきから魔力の塊がホイホイと飛んで来るので、尻尾で打ち払っている。

 初めて言霊使いを見たが、何か防ぎ方が判って来た。

 要は、頭に受けなければいいのだ。

 それが判れば、次は実験だ。

 飛んで来る呪詛を防ぐ魔法を見つけるのだ。


 『まずはディスペル、まぁ防げるが、単発だな。毎回消えるのは面倒くさい。次はイレーズ、うん、対抗できるし毎回消える事も無いな。キャンセル、も使えるな。オフセット、は毎回消えるか。という事は、イレーズが一番消費MPが少なくていいな。これをヘルメットに付与して、ソフティーにも付与するっと。ソフティーはかかって無いよね?』

 『ん?何が?』

 『あの男が何かをさせようとしてるんだけど、というか、[鑑定]うん?精神魔法無効ってなってる。』

 『うん。何か出た。』

 『流石クィーン。サクッと抵抗スキルを獲得するとはね。』

 『私に出たから、多分キュプラにも生えてると思う。』

 『共有されるって事?』

 『うん。そうじゃないと、アラクネ同士で戦争になっちゃうからね。』


 それは恐ろしい。


 『そんじゃ、向こう側に行かない様にイレーズを付与した結界で塞いで、あいつと話そう。』

 「何でこいつには通用しねえんだよ!あ・・・」

 『残念だったな。で、お前がフーリッシュ伯爵を扇動した張本人か。言霊で操ったのか?』

 「何故それを!?」

 『この世界の知識を色々調べているんでね。もっとも高貴な楽しみは、理解する喜びである。知識は力である。知識の源はたった一つ、経験である。聞いた事は有るか?』

 「ダヴィンチとベーコンとアインシュタイン、あんた、やっぱり転生者なんだな。」

 『そう言う事だ。勉強は自分を磨く為の手段であり、自分を高める為の道具である。本を読むという事は重要なんだよ。折角異世界に転生してきたのに、態々犯罪者に成るとか、馬鹿なのか?お前。』

 「あんたみたいに、裕福じゃないんでね。どうやってそんな地位についたのか、教えて欲しいくらいだよ!」

 『んー、好奇心と勇気と挑戦かな。』

 「なんだよそれ。俺なんか最初は、孤児だったんだぞ?頑張ってここまで登り詰めたんだよ!」

 『その地位を投げ捨てたがな。人間のままなんだからいい方じゃねぇか。俺なんて猫だぞ?しかも、魔の森スタートだぞ?道具も使えず、物も持てず、3ヵ月近く森の中で生き抜いたんだぞ?人間で生まれたかったよ。』

 「魔の森・・・」

 『お前が、どうしてそんな能力を身に着けたのかは判ったが、前世の知識を使って頑張れば、もっと何とかなったんじゃないのか?』

 「ふん!知識を使ったって、大人に全部奪われてこき使われるだけだったんだよ!」

 『相手を間違えればそうなるよな。そのこき使った奴が、フーリッシュ伯爵だったのか?』

 「俺はあいつに売られたんだよ。」

 『借金奴隷か?』

 「闇奴隷だよ。」

 『奴隷紋は?』

 「背中だよ。」

 『見せろ。』


 男の背中には、たくさんの古傷と闇奴隷紋があった。


 『背中の傷は、子供の頃の傷か?』

 「そうだよ。今でも疼くんだよ。」

 『消したいか?』

 「消せねえだろうが。古い傷は治せねえって、教会で言われたぜ?」

 『消せる。というか、治せるが。消して欲しいか?』

 「消してもらったって、犯罪奴隷になって死ぬまでこき使われるだけなんだろ?背中の傷を理由にサボれるんだから、残しておいた方が得じゃねえか。」

 『お前は闇奴隷で、フーリッシュ伯爵は闇奴隷を買った犯罪者だ。フーリッシュ伯爵の命令でやったのであれば、重犯罪奴隷では無く、軽く済む可能性がある。ソフティー、パッチンして。』

 『あいさー』

 「んな!?誰が喋ってるんだ!?」

 パチン!

 『んー、刑期は5年だな。フーリッシュ伯爵の命令でやったって事か。お前、真面目に刑期を満了しろ。そうすれば、能力次第で使ってやってもいい。』


 言いながら、治療術で傷を治して、奴隷紋を消した。


 「能力次第?どうすればいいんだ?」

 『そうだな、前世では何の仕事をしていたんだ?』

 「しがない営業だよ。もううんざりだがな。」

 『まずは、言霊を封印しろ。その能力は詐欺と戦争以外では使えない。代わりに別の能力を身に着けろ。自分のやりたい事を見つけて、それに使える能力を伸ばせ。』

 「ガキの頃、鍛冶屋で手伝いをしていた事があったんだ。燃えちまったがな。」

 『取扱いに不備があったんだな。』

 「あんたも俺が悪いと思ってんのか?」

 『何の営業をしていたのか知らんが、金属ってのは、全て鉄みたいに安定している訳じゃないんだよ。この世界の金属も、前の世界の金属が普通に存在している。性質も全く同じでな。違うのは、向こうに無かった金属があるという事だけだ。基本的な物理法則も同じだし、酸素も二酸化炭素もある。人間は酸素が無ければ生きられないし、二酸化炭素を吸えば死ぬ。知ってるかどうかは知らないが、水や火を点けると燃える金属があるんだよ。知ってるか?』

 「・・・ナトリウム?」

 『違う。マグネシウムだよ。普通に武器や道具の合金の材料として使われている。冒険者が使っているマッチもマグネシウムを使っているんだよ。俺が行った鍛冶屋にもマグネシウムがあったからな。厳重に梱包された金属が無かったか?』

 「あ・・・、その箱をひっくり返して、バレない様にこっそり戻した・・・。」

 『箱に開いた穴も塞いで無いか?マグネシウムってのは、水分にも反応するんだよ。その時水素を発生させるから、箱には必ず換気用の穴が開いている。保管するだけでも危険な金属なんだよ。まぁ、子供が触れるような場所に保管していた鍛冶屋も問題ではあるがな。』

 「俺が原因・・・。」

 『これからどうするかは、お前自身で考えろ。真面目に生きるのであれば、応援してやる。』

 「・・・」


 過去の自分にかけられた嫌疑を思い出し、不服に思っていた事が、実は自分が原因だったと自覚できたのだろう。

 金属の特性なんて、知らない人は知らないのだが、鍛冶屋で働いていたのであれば、知らない事は何でも聞いて、覚えるべきだったのだ。

 多分、鍛冶屋の主人も見ていたのだろう。

 それをどう捉えるかは、アイツ次第だな。

 地下牢から出て、近衛騎士団の第1小隊隊長の所に来た。


 『体調が優れないのか?』

 「あ、アルティス様、何か地下牢に行ってから、少し体が重いというか。」

 『[イレーズ]これで大丈夫だ。ワルスの言霊で、何かを吹き込まれたんだろう。これからは、魔力感知を使う練習をしろ。言霊はそれで見える様になる。』

 「あ、何か体が軽くなった気がします!ありがとうございます。」

 『よし。少し休んでから復帰しろ。』

 「はい。了解しました!」


 次はターレスだな。


 『ターレース、ちょっとこっち来い。』


 近衛騎士団の詰め所で、ターレスを呼んだ。

 近衛騎士団は、王の直轄部隊で、それなりの権力を持ってはいるが、詰め所は普通の兵舎で、騎士団長の部屋が兵舎の隅に用意されているだけだ。

 一応、騎士団の中のエリート部隊ではあるものの、警察権以外の権力を持たせると、碌な事にならないと思っているので、王族を守る事を最優先事項として、王城の警備に関連する警察権のみを与えている。

 それでも他の騎士団の兵舎とは違い、専用のシャワールームや風呂、専属のメイドが数名居て、洗濯をやってもらっている。

 掃除は、全部騎士団員がやってるよ。

 身だしなみを整えるには、部屋から綺麗にしないといけないからね。


 「どうされましたか?」

 『お前、暗示にかけられてるぞ。[イレーズ]』


 ターレスだけでなく、兵舎全体にかけた。


 「あれ?何か体のだるさが取れました。例の男の影響があったのでしょうか?」

 『あいつは、言霊使いだったんだよ。強力な術ではないが、深層心理に働きかける術だから、ふとした瞬間に影響を及ぼす可能性がある。防ぐには、イレーズをヘルメットに付与して、頭にかけられるのを防ぐか、魔力感知を鍛えて、言霊自体を手で払うしかないな。』

 「可能なのですか?」

 『俺は尻尾で払ったぞ?』

 「アルティス様は規格外ですから、できただけでは無いのではないですか?」

 『そうかも知れないが、見える様になれば、打てる対策は増える。シールドに付与してもできるからな。』

 「判りました。日々の訓練に取り入れましょう。」

 『見回りに行ってる団員にも、イレーズをかけてやれ。で、早急に見回りでチェックする扉を確認しろ。鍵がかかって無い可能性があるからな。』

 「直ぐに手配します!おい!扉のチェックに行け!」


 ターレスが指示を出すと、兵舎に居た団員が一斉に飛び出して行った。

 近衛騎士団は、城内の安全についての全責任を負っている為、普段から即応する事を訓練でやっている。

 我が国の要であるという自負の下、命令が下されれば、たとえシャワーを浴びている途中であっても、即座に行動に移す様に訓練されているのだ。

 有事はいつ何時起こるか判らない。

 だから、普段から動ける様に、体に覚え込ませる必要がある。

 そして、常に身だしなみを整え、任務を忠実に、厳格に実行する。

 それがエリートと言われる所以(ゆえん)なのだ。

 近衛騎士の乱れは、国の乱れ。

 近衛騎士団が、国を守る最後の砦だと訓示している。

 因みに、彼等は常にパルファムを使用していて、汗臭さを表に出さないようにしている。

 香りは、全員ラムーンの匂いを使わせていて、違う匂いをさせている者は、即座に拘束しろと言ってある。

 これは、近衛騎士のフリをして侵入しようとする者が居ても、匂いの違いで判別ができるのと、色んな匂いが混在すると、臭いと感じるからだ。

 例えば、香りと呼べる物は、フルーツ系、フラワー系、ハーブ系等があるが、組み合わせによっては、生ごみの様な臭いになってしまうのだ。

 生ごみの臭いのする近衛騎士団なんて、余りにも残念過ぎるからね。

 レモンとライムのいいとこ取りみたいな、爽やかな香りのラムーンの香りがすれば、暑苦しい連中も爽やかな雰囲気になるのだ。

 もちろん、香りを付けるだけでなく、臭う所には臭いを消すオードレスを使っている。

 デオドラントとの違いは、デオドラントは消臭魔法で、オードレスは無臭になる魔法で、デオドラントを使うと、パルファムの効果を打ち消してしまうのだ。

 効果範囲が狭いので、足の裏や腋の下、股間などで使っている。

 庶民は基本的に臭いので、近衛騎士から良い匂いが香って来ると、印象が良くなるのだ。


 「報告上がってきていますが、1ヵ所だけ鍵がかかっていなかったそうです。ただ、門番のいる所の脇戸でしたので、問題無いとは思いますが、念の為、周辺を調査させています。」

 『そうか。門番のヘルメットにイレーズを付与する様に指示を出しておけ。魔道具部隊にヘルメットにイレーズを付与できる様に変更させるか。』

 「常時付与では駄目なのですか?」

 『んー、基本的には内側にしか付与していないが、イレーズは外側だから、連続して魔法を撃ち込まれると、MP消費量が増大するんだよな。問題無いっちゃ問題無いんだが、MP枯渇の危険性が無い訳では無い。検証も含めて指示を出しておくよ。』

 「お願いします。いつの間にか消えていて、気が付いて無かった時が怖いですからね。」

 『そうだな。問題がある様であれば、別の方法も考えてみよう。』

 「そうですね。」


 次から次へと色々な問題が出て来るが、魔法の自由度が高いからこその問題でもあるので、諦めるしかないだろう。

 最近読んだ本では、長い詠唱で希望する結果を唱えると、単語を知らなくても魔法を発動できると書いてあったので、多分それが詠唱魔法と呼ばれる魔法で、俺が単語で済ませているのは、短縮詠唱と呼ばれる物なのだと思う。

 詠唱魔法というのは、ファイアーボールを撃つ時に、属性、形状又は状態、威力、対象、範囲、効果を文章にして唱えるそうで、その文言は人によってそれぞれ違うらしい。

 使用するMP量を言う場合もあるらしく、細かく調整すればするほどに長くなり、強度が上がるそうだ。

 強みとしては、MAGがそれ程高く無くても、それなりの威力を出せるそうなのだが、詠唱が長くなればなる程に実戦向きでは無くなり、使用できる場面が限定的になるそうだ。

 しかも、詠唱を覚える為に口に出してその文言を言えば、発動してしまう様で、練習する場所に困りそうなのだ。

 そんな詠唱を覚えるよりも、MAGを鍛えて単語だけで使った方が、何倍もいいよね。


 『それじゃぁ、後の事は頼むよ。俺は、本来の仕事をしに戻るからさ。』

 「はい。ありがとうございました。」


 という訳で、本来の仕事をする為に、ケットシー達のいる事務所へ向かった。

 もうね、何をするのかサッパリ忘れてるんだよね。

 貴族関連の何かをするんだと思うけど、何だっけ?


 城内の城では無く、その隣にある棟に行政を行う為の事務所がある。

 城は、王族の家だから、渡り廊下で繋がる隣の建物に行政区画があるんだよ。

 まぁ、城は、要塞の役目もあるから、攻め難い構造になってるんだよね。

 だから、複雑で判り難いので、中に行政区画があると、職員が迷子になるのさ。

 昔は城の中にあったらしいけど、晩餐会や外交なんかで、しょっちゅう通路が通れなくなったりするから、別の棟に移したそうだよ。

 一応、戦争中で王都が攻められた場合には、立て篭もれる様にはなっているらしいけど、それ程大きい訳でも無いから、攻め込まれても後回しにされるとは思うけどね。

 執務室は王城の中にあるから、書類のやり取りをする際にはタイムラグがあって、面倒くさいと思ったりするんだけど、これってやっぱり、前の世界で身に染み込んだ癖なのかね?


 『ただいまー。久しぶりー、元気かー?』

 「お帰りなさいませ。お久しぶりです。皆元気に仕事に励んでおります。」

 『そっかー。ところで、俺の仕事知らない?』

 「山積しております。」

 『・・・そんなにあったっけ?』

 「はい。大量にあります。まずは、貴族関連からご確認お願いします。」


 うへぇ、何か部屋の片隅に書類が山積みになっていると思ったら、全部俺の仕事だった様だ。


 『全部決済待ち?』

 「はい。我々で対応できる物は全て処理してありますが、各貴族からの要望や依頼などは、我々では、判断が付きかねますので、ここに山積みになっております。」

 『判った。じゃぁ、取敢えずは、書庫と転送装置とインデックスを設置するか。』


 フロアにいるケットシー達の動きがピタッと止まり、全員がこちらに振り向いた。

 長い尻尾がピーンと立って、先っぽがプルプルと震えている。


 『とりあえず、各机にボックスを設置するから、この魔道具を並べてくれ。それと、書庫の方は部署ごとに分散配置するか。責任者用はこれな。』


 各地の執務室に設置してきたシステムを、簡単に設置できる様にする為に、木製の机上ラック型にして作っておいたのだ。

 二分割されたラックには、一時保管用と提出用に分かれていて、一時保管用は作業中の書類用で、提出用は上司の机と繋がっている。

 上司の机のラックには、承認用と否認用があり、それとは別に書庫に繋がる窓も設置してある。

 それと、転送用の魔道具も設置して、執務室と繋げれば、書類を持って行く手間が省けるのだ。

 PCとまでは行かないが、物理的な電子申請システムみたいな感じかな。

 インデックスも付いているから、題名の付いている書類であれば、簡単に取り出せるようになるんだよ。


 「おお!これが最新バージョンの!効率が上がります!ですが、仕事にあぶれる者も出てしまいますね。」

 『そうだな。数名を相談センターに行かせよう。そこで、相談内容の傾向の取りまとめと、集計をやってもらって、業務の効率化を図ってもらおう。それから、冒険者ギルドの方はいいとして、子供達の識字率を上げる為に、学校を作る。そこで教鞭をとるのと、教科書の作成だな。給食も出せば、勝手に集まるだろうしな。それから、研究所だな。研究の内容は、魔獣と魔法がいいかな。図書館ってまだ作ってないだろ?そこで管理人と写本だな。羊皮紙の本を、紙の本に写す作業だ。』

 「そういえば、紙の生産はどうされますか?」

 『スラムに工場を作って、元闇奴隷の子供達に仕事をさせよう。ついでに、紙の開発もしてもらう。』

 「では、それらの計画書の作成を進めます。」

 『よろしく頼む。』


 やっと、やろうと思っていた事を進める事ができる様になったよ。

 王都内の事は、一先ずはそれでいいだろう。


 『山積みの書類は、執務室に行って処理する事にするよ。』

 「あ、執務室の方にも書類がありまして、部屋に入りきらない物がこれです。」

 『・・・』


 執務室って、20畳くらいの広さじゃ無かったっけ?

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