第89話 ゴブリン帝国に侵攻
気を失っていた転生者が気が付いた。
「あ・・・生きてる・・・。うう・・・」
『気が付いた様だな。鈴木の愚行に気が付いてやれなくてすまなかった。』
「杖、取り戻してくれたんですね。ありがとうございます。」
『鈴木まさるは、捕縛しておいた。奴は殺人まで犯した重犯罪奴隷になったから、もう大丈夫だ。』
「死罪ですか?」
『そこまででは無いが、刑期が終わるまで生き延びられるかどうか。』
奴の刑期は、48年と出ていた。
今が15歳だとしたら、60歳を超えるまで奴隷のままの生活を続けなければならない。
コツコツと善行を行えば、数年は短くなる可能性もあるが、減っても数年が限度だろう。
「あの人、元の世界では、不良だったそうです。犯罪を犯して逃げてる時に、真っ暗な所に落ちて、気が付いたらこの世界に来ていたって言ってました。」
『次元の狭間に落ちたって感じか。その手の場所は、多そうだからな。』
「そうなんですか?」
『詳しくは知らないが、この世界の魔獣と、日本の各地に残る伝承なんかが、結構類似点がある様な気がしてね。まぁ、魔力は向こうの世界にも存在するとか、在りそうだと思わないか?』
「判りません。」
『そうか。まぁ、転生したって事は、向こうには行けないし、もう関係の無い話でしかないからな。』
前の世界でも、魔法の様な現象や不思議な事が幾つかあり、オーパーツだったり、様々な伝説や伝承、妖怪やら何やらと色々とある。
向こうの世界から、こちらの世界に来れるのであれば、こちらの世界から向こうの世界にも行けるのが当然であり、何か知らの繋がりがあると見ても、間違いでは無いだろう。
ましてや、魔法のある世界では、摩訶不思議な事が起こっても可笑しくないのだ。
例えば、輪廻の輪が幾つかの界と繋がっていたり、魔界や神界が別の世界と繋がっていたりする可能性もあるだろう。
自分も含めて、他にも世界を渡って来た者が居る以上、それら全てを否定する事はできないのだ。
まぁ、態々行く必要も無いし、行くつもりも無いけどね。
「あの!私、何かお役に立てる事はありませんか?」
『あるぞ。料理した事は有るか?』
「お菓子作りが得意でした!」
『うん、お菓子か。王都に戻ったら、孤児院の先生になってもらうのも有りだな。』
孤児院で、自立支援の為の料理教室とか、ヒマリアの店で働く子を育てるとか、できそうな事は幾らでもある。
「戦闘ではお役に立てませんか?」
『辛く厳しい鍛錬と訓練を熟せなければ、難しいな。』
「どのくらいの・・・?」
『ブートキャンプ、見た事無いか?』
「あります・・・あれをやるんですか!?」
『あれはまだ、軽い方だよ。』
「・・・、でも、あれをやれば強くなれるんですよね?」
『なれる。何か強くなりたい理由でもあるのか?』
「鈴木さんよりも強く、堂々と生きたいです。」
『目標が鈴木では駄目だな。低すぎる。カレンかリズ、若しくはアーリアを目標にしないと駄目だ。』
「聖女様でも駄目ですか?」
『ワラビか。あいつどんくさいんだよな。』
「申し訳ございません。」
「え!?あ、せ、聖女様!?」
『ワラビ、一旦戻れ。お前じゃ、ここは危険過ぎる。』
「畏まりました。怪我人が多い様でしたら、いつでもお呼びください。」
ヴン
『じゃぁ、またな。』
「はい。ありがとうございました。」
何がありがとうございましたなんだ?何かやったっけ?
「聖女様が何故此処に?」
『ちょっと用事があってな。さて、もう立ち上がれるか?』
「あ、はい。大丈夫です。何か、いつものだるさがすっかり消えてる様な気がします。」
『あぁ、万能薬使ったからな。腎臓系の病を持っていたから、治しておいたぞ。』
「え?・・・ええ?ええええええええ!?」
『治すのは駄目だったのか?』
「ち、違います!薬代を稼ぐ為に志願したんです!ドラゴンの素材を使った薬を使わないと、治らないって言われたから、そのお金を稼ぐ為に・・・。」
ポロポロと涙を流し始めた。
『そうか。兵士程度の給金では無理だな。ドラゴンの素材を使った薬は、国家予算並みの金額で取引されるからな。』
「ど、どうやってお支払いすれば・・・」
金額を聞いて、スンとした表情になった。
『要らないぞ?勝手に治療しただけだ。頼まれても居ないのに、勝手に治療した費用を請求したら、それは脅迫してるのと何ら変わりは無いからな。金を受け取った瞬間に、俺の罪が確定してしまう。』
「わあああああん」
大泣きし始めてしまった。
リズがジト目で睨んできた。
『病気を治したから泣いているんだよ。』
「あぁ、そういえば万能薬を飲ませましたね。」
『暫らく収まりそうに無いから、天幕の方で休ませてやってくれ。』
「判りました。」
今まで相当に苦しんできたのだろう。
その病が、何で発生したのかは判らないが、その病が原因で熱を出したり、突然倒れたり、感染症に罹り易かったりと、散々親に迷惑をかけまくっていたのだと思う。
彼女のご両親が今も健在なのであれば、この戦場を生き延びて、親元に戻らせた方が良いのかもしれないな。
ナジェリア家は確か、南東の隅にあるマルベリー領の男爵家だった気がする。
ケモナー共和国とマルグリッド王国に隣接する領で、領主はバネナ王国で唯一の辺境伯領だった筈。
カイゼル髭が立派で、強面マッチョな巨躯爺さんだったな。
マルベリー領に隣接するケモナー共和国領は、森しか無くて街道すら通っておらず、深い森には大型の魔獣やオークが多いので、屈強な騎士団を備えているらしい。
見た目が屈強なのか、実力が屈強なのかは判らないが、マルベリー領の約半分が森林になっていて、資源は豊富だが、森から時々魔獣が出て来るのだとか。
爺さんの印象としては、魅せる筋肉は凄いが、使える筋肉は少ないと思っていた。
『辺境伯領に行く、いい口実ができたかもしれないな。』
っと、今はそれどころじゃ無いな。
とはいえ、材料が無くなったから、何もする事が無いな。
「アルティス様獲ってきましたー!」
トレントを探しに行っていたアラクネ達が戻って来た。
後ろには、糸でグルグル巻きにされて、身動きができなくなった生きたトレントと、引き摺って来たのか、ゴブリンが枝にたくさん絡まっていた。
枝に絡まっているゴブリンは、枝が体に突き刺さり、みるみるうちにシワシワになって行くのが見える。
全て既に死んでおり、トレントの養分として吸収されている様だ。
近くの樹上では候補生数名が居て、苦笑いしながら頷いているのが見えた。
きっと、豪快にトレントを捕獲して、引き摺って来るのを止められなかったのだろう。
『おかえり。生きたまま持って来たんだね。ご褒美はあげるけど、アーリアに怒られると思うよ?覚悟はいい?』
「なんでー!?」
『ソフティーも怒ってるね。ソフティー、教育お願いするよ。』
『あいさー!』
ソフティーは、キュプラの子を糸で繋いで連れて行った。
その直後に、キュプラが念話して来た。
『あの、アルティス様、少しよろしいですか?』
『珍しいな。どうした?』
『ソフティーから怒られたんですが、何かありました?』
『あぁ、キュプラの子があまりにもあんまりだから、怒ってるんだよね。キュプラ最近、コレクションにご執心で全然働いて無いし、子供達も放置してるでしょ?』
『こ、ここ、コレクションって何の話で、ででで、でしょうか?』
『言ったよね?怠けてると殺すよ?』
『はいっ!全力で教育致します!』
キュプラは、アルティスには勝てない事を自覚している。
何度か模擬戦をやったが、一向に勝てないのだ。
最初は、アルティスに糸を付けて、ブンブンと振り回したが、いつの間にか自分がグルグル巻きにされて、身動きが取れなくなったところで丸焼きにされそうになった。
2回目は、網で捕まえようとして、頭を何度も蹴られて気を失った。
3回目は、いつの間にかに背中に乗られ、降参するしか無かった。
ソフティーと常に行動し、アラクネの弱点を全て知っているアルティスには、全く勝てる気がしないのだ。
そして、そのアルティスと互角に渡り合うソフティーにも、勝てる気がしなかった。
その二人が、何故か怒っているのだ。
何とかしなければならないが、兎に角謝ろうと、目の前に居る訳でも無いのに、ジャンピング土下座をした。
「はい?」
「へ?」
キュプラの居る場所、そこは謁見の間であり、今は女王の後ろに立ち、謁見中の陛下の護衛をしていた。
謁見していたのは、ケモナー共和国から、バネナ王国では採れない果物を土産に、女王を油断させてから隙を見て暗殺しようと企む、行商人を装った暗殺者だった。
突然自分に向かって、ジャンピング土下座をして来たアラクネクィーンに驚いたが、これは好機だと見た。
噂では、バネナ王国には、無敵の護衛騎士と2匹のアラクネクィーンが、鉄壁の守りを敷いていると聞いており、詳しく調べて後日襲撃しようと思って居た。
だが、実際に謁見をしてみれば、無敵の護衛騎士は居らず、アラクネクィーンしか居なかったのだ。
そして、そのアラクネクィーンも何故か、自分に対して土下座をしている状況に、よく解らないが自分にはアラクネクィーンを従える何かの能力があるのだろうと思った。
「おい、アラクネクィーン、お前の手で女王を殺せ。」
キュプラは、突然訳の分からない事を言われて、今の状況を思い出した。
起き上がって周囲を見ると、知らない男が自分に向かって、女王陛下を殺せと言って来ているのだ。
「ああ?何でてめぇの言う事を聞かなきゃいけねぇーんだよ!殺すぞ。」
キュプラが殺気を出しながら、見知らぬ男を威圧した。
「キュプラさん?捕縛してください。殺しては駄目ですよ?」
「ひいいいぃ」
「畏まりました、陛下。」
キュプラは速やかに、アルティスに習った方法で男を縛り上げた。
その方法は、背中側で両手を組ませて固定し、首に一周させた紐で組んだ手を吊り下げるという物。
腕を伸ばすと首が絞まり、首を守ろうとすると腕が辛くなってくるので、そのまま放置しておけば、助かりたい一心で洗い浚い自白するという。
暗殺者は、歯に毒を仕込んでいる事があるので、スライムの死骸を加工して作ったマウスピースを着けられている。
吐き出されない様に、猿轡も装着済みだ。
「陛下、大変御見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。」
「何かあったのかしら?」
「アルティス様とソフティーに叱られまして・・・。」
「あらあらまあまあ、今の事を言ったら大変な事になってしまいそうですね。」
キュプラの顔がサーッと青褪めた。
「言いませんよ。でも、お仕事に集中して頂きませんと、困ってしまいますね。」
「申し訳ございません。お仕事に集中します。」
後日、遠征から戻って来たアーリアによって、キュプラはベアクローの罰を受けた。
『さて、さっさとトレントを〆て捌くかな。』
「行ってる台詞がもう、クラーケンの時と同じなんですが。」
『何だよ?やる事は同じだろ?まぁ、こいつに脳は無いから、生き締めはできないんだけどさ。[アポート]』
「魔石をいきなり抜くとか、普通はできないんじゃないですか?」
『うん、こいつは、何か魔石が浮いていたんだよね。転がされてる間に、中で魔石が暴れて剥がれちゃったんじゃないかな?』
「そんな事あるんですか?」
『解体して魔石を取り出す時に、魔石には肉も臓器も張付いてないじゃん?って事は、魔石は臓器とは直接繋がっていないって事だろ?』
魔獣の魔石を取り出す際、魔石には膜や管が張付いている事は無く、そこに埋まっているだけなのだ。
つまり、臓器の一つとして埋まっていると言うよりも、異物としてそこにあるという感じで埋まっているという事。
どうやって魔力のやり取りをしているのかは判らないが、何かの組織で支えられているという訳では無いのだ。
トレントの魔石も同様に、木の中に埋め込まれた様な形で存在しており、まるで成長の途中で巻き込まれた石かの様に入っているのだ。
幾ら硬いとはいえ、更に硬くて重い魔石が中にある状態で、上下左右にシェイクされたら、周りの組織が潰されて隙間ができてしまう可能性もあるんじゃないだろうか。
特に、生きているトレントは、死んだトレントよりも柔らかいのだ。
寧ろ、柔らかくないと動けないしね。
「まぁいいです。それより、何本程作れそうですか?」
『ん?これを全部スティックにするとなれば、数万だな。しないけど。』
「魔法師全員に行き渡りますね。」
『一部の連中は駄目だな。こんな物渡したら、自滅しかねん。』
「あの50名ですか。」
『その50名の内の約半分だ。アレは味方を背後から撃ちかねない。』
「そこまでですか?」
『ライバルを罠に嵌めて貶めたいと思って居る連中だからな。そんな奴らに背中を預けたいと思うか?』
「無理。」
『あの程度の火力じゃ、リズやカレンにダメージが入る事は無いが、気が散るからな。戦闘中にやられると、たとえ相手がゴブリンであっても、危機に陥るかも知れん。そんな可能性を抱えたまま、渡す訳にはいかないな。』
「アーリアは渡しちゃいそうですよ?」
『その時は、あるじに責任を取ってもらうさ。』
「犯人は捕縛ですか?」
『首を刎ねろ。生かす必要なんて無い。』
「厳しいんですね。」
『当たり前だろ?仲間として戦ってる最中に、背後から撃つとか、そんな事を躊躇いも無くやる奴なんざ、更生するとは思えねえな。』
「アーリアにはそう伝えておきます。」
話ながら作ったスティックをリズに渡すと、走って行った。
首を刎ねるというのは、厳しい対応と思えるかもしれないが、貴族社会では普通の事だ。
寧ろ、犯罪者を殺さずに犯罪奴隷として生かしておく方が甘いと言えるのだ。
犯罪者は生かすのに、意図的な同士討ちは殺すというのは、理由が無い訳では無い。
軍隊とは、仲間同士で協力し合って戦うのが絶対条件であり、それができないのであれば、それはもう軍隊ではなく、魔獣の群れと何も変わらないのだ。
仲間を信じられなくなれば、士気が下がり、戦闘力が格段に落ちる事になり、最悪の場合、それがきっかけとなって瓦解する事もあり得る話だ。
それはもう、ただの一人の自己満足では収まらず、軍全体に波及する程の影響を及ぼす事になる重大事案になるだろう。
そんな魔獣が紛れ込んでいるのであれば、排除するのは当然の事であり、最初に実行に移した奴は、見せしめとして粛清するのだ。
その予備軍が何十人もいるのであれば、監視対象とするだけでなく、強力な武器も渡す事など以ての外だ。
マサル・スズキも同様に思えるが、まだ戦闘中にやった訳では無く、野外で戦闘終了後という目の届きにくいタイミングだった為、ただの殺人未遂として処理をした。
普通の街中で起きた犯罪とは違い、軍という組織の中で起きた犯罪は、普通よりも罪は重くなる。
何より許せなかったのは、ステファニーと交換したと言う杖が、ただの木の枝だった事だ。
自分が今まで使っていた杖やスティックを渡していたのなら、まだ情状酌量の余地があったのだが、その辺で拾った木の枝を押し付けていたという点が、怒りを買った。
これは、ステファニーを生かすつもりが無いという事を示している。
この森が危険地帯である事は認識していたのだから、真面な武器も持たさず、森の中に放置するなど許せる筈も無い。
それが日本人のやった事ともなれば筆舌に尽くし難く、厳罰に処す事としたのだ。
ただ、死刑とする事ができるかと言うと、それは難しいと言わざるを得ない。
それとは別に、こちらの世界に転げ落ちて来る者が多い事が気になる。
次元の狭間がなぜ生じるのかは判らないが、きっとどこかに存在しているのだろう。
何が原因なのかは判らないが、時空を管理する神がサボっているのは確実だな。
後でワラビにチクってもらおう。
ワー!
何か、軍の居る方が騒がしいな。
カレンに聞いてみるか。
『何かあったのか?』
『スティックを渡した魔法師が、目の前に居た別の魔法師に攻撃魔法を撃ちました。』
『怪我の状況は?』
『欠損等は無く、重症でしたがポーションで回復済みです。』
『犯人は?』
『リズが即座に対処しましたので、犯人は死亡しました。』
『犯人の名前は?』
『ナード・テンダー、テンダー家の5男です。』
テンダー家とは、元テンダー領領主家で、領主会議の際に王城内で立ちションして捕まり、牢屋内で死亡しているのが見つかった、元子爵家だ。
この子爵家では、オーク肉を生焼けで食べる習慣があり、4男は王都警備隊にて騒ぎを起こし、他の兄弟も生存が確認されていない。
寄生虫とブレインモルトの駆除を行った際に、多数の死者が出たのだが、穴だらけの死体が多かった為に、身元の確認も儘ならない者が多く居た。
もしかしたら、その中の身分証も何も持っていない者の中に居たのかもしれない。
テンダー家は5人兄弟と聞いているので、行方不明の3人を除く二人が死んだ事になる。
『周囲に居る魔法師の表情で、にやけている奴と無表情の奴をピックアップして、マーキングしてくれ。』
『了解。』
ナード・テンダーが凶行に走った理由は判らないが、今まで生き残っていたと言うのは、寄生虫に寄生されていなかったか、対処が早くて影響が無かったのだろう。
魔法師部隊の中では、先の50人を見る限り、陰鬱とした感情を持つ者が少なからず居た事が考えられる。
それが、個人的にそうなったのか、誰か他の者がそう仕向けたのかは判らないが、スティックを受け取った直後というのが気にかかる部分ではある。
性能試験に仲間を使う事は考えられず、脅されたとか、唆された結果として考えた方が納得がいく。
アミュレットに仕込んである記録データを確認する必要があるな。
『被害者にもマーキングを頼む。』
『何か問題が?』
『無いとは言い切れない。』
『了解しました。』
まずは、マーキングされた魔法師の直近の会話からチェックしてみるか。
「おい、いい子にしていたから、高性能のスティックが配布される様だぞ?いい子ちゃんのフリをしていた甲斐があったな。」
「お前もその対象になっているのが不満なんだがな。」
「フ、俺は訓練なんかしなくても優秀だからな。お前等の様な雑魚と一緒にされては困る。お?テンダー、お前も高性能のスティックが支給されるみたいだぞ。お前ちょっと、お前のライバルのコニーに向けて、軽く攻撃魔法を撃ってみてくれよ。」
「嫌ですよ。怪我させたら怒られるじゃ無いですか。」
「ああ?お前誰に向かって言ってるのか判ってんのか?」
「・・・わ、判りましたよ。軽くでいいならやりますよ。」
「んー、じゃぁ、ウォーターなんて撃たれても面白くないから、ファイアーボムを撃て。」
「え!?そんなの撃ったら、騒ぎになるじゃ無いですか!嫌ですよ!!」
「うるせえ!やるんだよ!お前は俺の奴隷なんだからな!俺の命令に逆らうんじゃねえ!」
いきなり当りを引いた様だ。
『カレン、バ二ティ・コンシートを捕縛しろ。そいつが首謀者だ。』
『了解。』
いきなり首謀者を引き当ててしまったが、まだ確認しなければならない者がいる。
それは取り巻きや煽った者の確認だ。
周囲に居た全員を見る事はできないので、笑って観ていた奴を中心に確認して行こうと思う。
『アルティス、作業しているところ悪いが、選考方法に不備があったと見ていいのだよな?』
『そんな事は無いよ。今は平時では無いから、多少の事には目を瞑るのも仕方の無い事だと思うよ。』
『だが、混乱が起きたせいで、全体の士気も下がってしまった。』
『そうだね。』
まぁ、戦闘開始から時間も経って、3日目、4日目ともなれば、何もしなくても士気は下がるのが普通だよね。
そこに、こんなトラブルが発生すれば、士気が下がるのは確実となるだけ。
とはいえ、まだ何も解決していない現時点で、士気が下がり過ぎるのは、今後の作戦に影響が出ないとも言い切れないので、被害を最小限に留める為には、指揮官側の毅然とした振る舞いと、行動力にかかっていると言える。
『とりあえず、首謀者とその行動を煽った者をピックアップしたから、全員捕縛の上で処罰を与えよう。その上で、軍内に広がる不安要素を取り除く為に、事の顛末を伝える。とは言っても、簡潔に言うだけだけどね。それと、忠告する事も忘れないようにね。同様の事をすれば、首謀者は斬首。もちろん逃亡すれば、重犯罪奴隷にするし、煽った者も同様に捕縛するとね。隠しても無駄だとも伝えておいてね。』
『判った。』
今回の事は、元々の魔法師部隊の中で、貴族学院卒業から直接志願して来た者達が、学生時代のカーストをそのまま持ち込んだ事による、いじめが原因だった。
元冒険者の兵士は、止めたり注意したりしていたのだが、全く聞く耳を持たず、治す様子も無かったそうだ。
そのままの状態で今回の遠征に来てしまった為、命令した方は冗談のつもりだったが、威力が倍増した為に撃たれた方は重症になってしまったのだ。
そして、即座に首を刎ねられたのを見て、驚きと焦りで苦笑いになってしまったという事らしい。
その尋問の様子を見ていたが、苦笑いになったという所だけ嘘を言っていた。
『苦笑いになったと言うのは嘘だね。』
「なっ!?嘘じゃない!本当なんです!信じて下さい!」
『俺はね、嘘を見抜けるんだよ。まぁ、獣人なら殆どの者が嘘を見抜けるんだよ。残念だが、今の弁解も嘘だったよ。』
「ふ、ふざけるな!俺の事を誰だと思ってるんだ!コンシート伯爵家を敵に回す事になるんだぞ!」
『敵に回るならどうぞご自由に。一族郎党皆殺しになるがな。』
「・・・。」
「という事で、死亡したナード・テンダーと同罪と見做す。連れて行け。」
『取り巻きの方については、弁明したい奴は居るか?』
「わ、我々は、何の罪に問われるのでしょうか?」
『騒乱教唆と騒乱幇助だ。それと、コンシートの行いに協力していたよな?これは、明確な軍規違反だ。』
「そんな証拠がどこにあるんですか?」
『君等は、アミュレットがピカピカ点滅しているのを見た事は無いか?赤く点滅していたと思うが。』
「何度か見ました。」
『あれはな、会話の内容をジャッジメントで判定している点滅なんだよ。問題ありと判断された場合は、赤く光るのとは別に、会話が録音される。我が国には、未だにスパイ活動の為潜入している者が居るからな。見つける為にそういう機能を付与してあるんだよ。で、一番後ろの奴がスパイだな。どこのスパイかは後で聞くとして、普通はスパイ活動中に不穏なグループには参加しないと思うんだが、お前は馬鹿なのか?』
「・・・」
『まぁいい。どうせすぐに話す様になるからな。』
「では、ここに居る7名は、全員重犯罪奴隷の刑に処す。連れて行け。」
ジャッジメントとレコードの連携は、カレンの発案で採用したもので、普通の会話を全て録音してしまうと、チェックするのが超絶大変な事になってしまい、とてもでは無いがチェックしきれないのだ。
それをどうしようかと悩んでいた時に、会話の内容をジャッジメントで判定して、駄目な会話だったらレコードが発動する様にすれば、余計な会話を録音しなくなるのでは?と言われたので、それを採用したのだ。
アミュレット自体は全員支給されていて、持ち歩かない者は注意される様にしてある。
3回注意しても治らない場合は、除隊させる事になっている。
精神魔法耐性と状態異常耐性が一番必要な機能なので、常に身に着けていてもらわなければ困るのだ。
基本的に、志願兵しか採用していないとは言っても、入隊時に試験などは行わず、犯罪歴の確認だけしかやっていないので、何らかの隠蔽魔法や魔道具を使って、犯歴を偽っている者も居る事を想定して、マジックポーチの支給は行っていないのだ。
禁制品の運搬に使われても困るからね。
スパイや犯罪者のあぶり出しは、それ以外の場所でも行っていて、浴場や宿舎のベッド、食堂やトイレなどでも逐一チェックを行い、今までに5000人程を捕縛している。
そこまでやっても捕まらない奴は居て、その手の連中は、体内に魔道具を埋め込んでいるのだと思われる。
居たからね、体内に埋め込んでいる奴。
柔軟体操をやらせた時に、痛くて飛び上がった奴を詳しく調べたら、尻に埋め込んでいたんだよ。
どこの国がスパイ活動をしているのかと言うと、都市国家から送り込まれてくるのが殆どで、一部知らない国から来ている者も居た。
知らない国がどこにあるのかもはっきりとしないのだが、大陸の西端は全く行った事が無いので、その辺にある国なのだろう。
この世界には、天空人が居るのだから、地底人もいるかも知れないのだ。
前例として、テラスメル高原があるのだから、居ても可笑しくは無いのだ。
「スパイの男はどうします?」
『そいつは、王都で尋問の上、地下牢に放り込んでおいて。流石に軍内に組み込む訳にも行かないからね。』
こんな所で尋問なんてしないよ。
正体を明かしたところで、ここでは何の役にも立たないからね。
因みに、重犯罪奴隷として奴隷部隊に放り込んだ連中は、魔法師としてでは無く、剣士として戦ってもらう事になるよ。
まぁ、元魔法師であれば、簡単なヒールくらいは使えるから、少しは役に立つでしょ。
下らないゴタゴタがあったせいで、午前中が潰れてしまった。
さて、どうするべきか悩むなぁ。
「アルティス、威力偵察の件だが、どうする?」
『偵察部隊からの報告はどう?』
「かなり先に行った様だが、ゴブリンが多すぎて奥の方は全く見えない様だ。ただ、円を描く様に布陣しているらしく、時々奥の方で戦闘をしているから、オーク帝国を包囲しているんじゃないかと言っている。」
『じゃぁ、もうゴブリンを先に攻めるって事で良いと思うよ。こんな所で停滞していても意味は無いしね。』
「そうか。では、攻めに入るとしよう。」
『魔法師で広範囲に先制攻撃を仕掛けたいから、小分けにして範囲魔法を撃たせよう。5人ずつくらいで、2人に範囲魔法を撃たせて、残り3人で中近距離の援護と負傷者の応急処置でどうかな?』
「そうだな、範囲魔法は何を撃たせるのが良いだろうか?」
『ファイアーボムとトルネードが良いと思うよ。』
「ファイアーボムでは、範囲が狭すぎないか?」
『火を点けるのが目的だよ。燃え上がった所にトルネードが近づけば、火力があがるからね。』
「トルネードではなく、オキシゲンを使わせるのはどうだ?」
『かなり遠くで爆発させないと、こっちにも被害が出ると思う。』
「そんなに凄いのか・・・」
『凄いんだよ。』
ふと、ハイドロゲンという言葉も思い浮かんだが、その考えは直ぐに消し去った。
本当にシャレにならないからね。
昼食後、遠征軍がそれぞれ配置についた。
今回は、奇襲での攻撃開始の為、演説は無しだ。
相手が人間の場合であれば、演説で檄を飛ばすのもありなのだが、相手はゴブリンの大群である為、演説で気付かれてしまえば、一気に雪崩れ込んで来る事になり、こちら側が劣勢になってしまう可能性がある。
ゴブリンの方が数が多い為、少しでも数を減らさなければ、ジリ貧なのだ。
範囲魔法で倒せる数は、見える範囲の総数の1割行けばいい方で、それ以上の効果を期待するのは、難しいだろう。
ショックウェーブで将棋倒しを狙ったとしても、精々5000行くかどうかと云った処でしかない為、ここは素直に爆発系範囲魔法と暴風系範囲魔法で、副次効果を狙った方が効率が良さそうなのだ。
今回はアラクネ達も参加するので、魔法師に余裕があれば、移動砲台としての運用も考えている。
ソフティーはいつも通りだが、ソフティーの再教育を受けたキュプラの子達は、少し顔色が悪い気がするが、まぁ戦闘が始まればはっちゃけるだろう。
総指揮はアーリア、副官にカレンとリズ、アラクネ隊の指揮はソフティーが担当する。
『魔法師、範囲攻撃準備!てー!』
ドドドドドドン!
ゴー!
魔法師のファイアーボムとトルネードを皮切りに、戦闘が始まった。
今回追加で作ったスティックには、効果範囲30%増の効果を付けたので、エクスプロージョンでも使ったかのような爆発が、広範囲で起こった。
続けて放たれたトルネードも、F5級の竜巻かよってくらいの範囲でゴブリン達を巻き上げている。
『ちょっと盛り過ぎた感があるな。』
『凄い。』
あまりの威力に、撃った魔法師達も驚いている。
ゴブリンは、突然始まった爆発と暴風に慌てふためき、右へ左へと走り回っている。
夜間の偵察で何も見つからなかった為、安心しきっていた様だ。
第一波の魔法攻撃が終わり、範囲魔法を撃った魔法師達は、一歩後ろに下がり休憩している。
消費したMPは大した事が無い程にしか消費していないのだが、攻撃はまだ始まったばかりであり、周辺地域に散開していたゴブリン達が押し寄せて来る事を想定して、一旦待機させている。
魔法による土埃が晴れると、無数のゴブリンの死体と、こちらに押し寄せて来るゴブリンの大波が見えた。
『前列抜剣!構え!』
ゴブリンの大群は、まだ50m程先に居る為、態々ゴブリンの死体が転がる一帯に攻め込むのではなく、足場の良い場所で開始する予定だ。
『前列前進!』
今回は、突撃するのではなく、歩いて前進する事になっている。
これは、長丁場になる事が確定している為、先鋒の前列が先に戦い、抜かれた場合は弓兵が対応し、後列は前列が疲れたら交代するという戦い方だ。
交代したら、スタミナ回復の為にジュースを飲み、落ち着いて休憩を取る。
ゴブリンが密集してきたら、魔法師が再度範囲攻撃を行い、前線に居るゴブリンの数を調整する。
遠征軍の両端にいる魔法師達は、集まって来るゴブリン達への攻撃と牽制を行い、後ろに回り込まれるのを防ぐ。
両端の隊は、攻撃範囲が広くなり過ぎる為、アラクネ達がその援護を行う事になっており、既に4人の魔法師が移動砲台となって、牽制に動いている。
アラクネの一部は、経糸を横に張り、すし詰め状態で移動して来るゴブリンが上下に分かれる様にしている。
ゴブリンの体は、人間とさほど変わらない程度の軟らかさなので、1ミリにも満たない細さで伸縮性も無く、切れない糸に押し付けられると、いとも簡単に切れてしまうのだ。
しかも、そのゴブリンの隣にいるゴブリンには、糸が全く見えていない為に、次は自分の番になる事も知らずに、横に居るゴブリンをグイグイと押しているのだ。
糸は、柔らかいゴブリンの腹の位置に張られている物と、ゴブリンの頭より少し高い位置に張られている物があり、時々混ざるホブゴブリンや上位種のゴブリン達を切断していく。
最初は次々と勝手に死んでいくゴブリン達を面白がって観ていたアラクネ達が、段々飽きて来て落ち着きが無くなって来たが、ソフティーが突撃しそうなアラクネ達を制止している。
ソフティーから見ても、この数のゴブリンを相手にするのは、リスクが高いと思って居るのだろう。
アラクネなら、数千のゴブリンを相手に無双できるとは思うが、幾ら硬い外皮を持っていても、何度も叩かれれば罅が入り、割れてしまうという事を知っているのだ。
それは、嘗て人間との諍いで敵対者となった時に、大勢の人間にたくさんのアラクネが殺された経験から、アラクネとて無敵では無い事を知っているからだ。
ソフティー自身は、その戦いのあった時はまだ生まれても居ないのだが、母であるクィーンから聞いた話と、自身がクィーンとなった時に得た記憶から、突撃にはまだ早いと言っているのだ。
戦闘開始から約一時間経った頃から、前衛を務めていた前列からポロポロと交代する者が出て来た。
『後列抜剣!前列交代準備!魔法師援護射撃準備!』
『後列前進!魔法師射撃開始!』
ドドドドドドン!
『前列交代!』
前列と後列が交代し、一時間戦った兵士達が休憩に入った。
先に交代していた者は、交代せずにそのまま戦っている。
ゴブリンの様子は、範囲攻撃が来るたびに混乱するのだが、それも直ぐに立て直し、次々と空いた隙間を大群が埋め尽くして行く。
その動きは、決して烏合の衆という感じでは無く、誰かが統率しているであろう動き方で、揃ってはいないが組織的に動いているのがよく解る。
倒したゴブリンの数は、3万から4万程だろうか、次々と積み上がっていくゴブリンの死体は、時々魔法師がショックウェーブで吹き飛ばして行く。
吹き飛ばされた死体は、後ろのゴブリン達の頭上へと降り注ぎ、少しだけゴブリンの数を減らす事に役立っている。
また、地面にはゴブリンの血溜ができているが、それも定期的に排水口を開けて、地下に流し込んでいる。
普通にこの森の地下にも、フォレストワームが穴を開けまくっていて、縦穴を作るだけでどんどん吸い込まれて行くのだ。
ただ、ゴブリンの血はフォレストワームもそれ程好きでは無いのか、ある程度時間が経つと、満タンになったかの様に吸い込まなくなるのだ。
ゴブリンの死体の山も、ある程度放置していると、ボコッと嵩が減る様に沈み込むので、何かが下から食べている様である。
だが、それが起こるタイミングがまちまちで、一々積み上げる余裕も無いので、吹き飛ばして排除している。
アルティスとソフティーは、前線に一番近い木の上から観察しているのだが、ゴブリンの大群が減る度に、時々見え隠れする地下に続く穴が気になっている。
『やっぱ、あの穴の中にキングとかが居ると見た方が良いよねぇ。』
『うん、あの穴が怪しい。』
『正攻法で行くなら、指揮官であるキングを狙いに行くのが、一番手っ取り早いんだけど、あの位置ではもう少し減らないと難しいかなぁ?』
『砦で使った魔道具を投げ入れるんじゃ駄目なの?』
『普通に投げたら、穴に入れるの難しいと思うよ。200m位離れているから、調整が難しそうだよ。』
『そっかー。』
『魔法なら簡単・・・、あぁ、そっか、魔法で撃ち込めばいいんじゃん。』
『どうやって?』
『デリバー・・・は使えないか。穴の上にテレポートさせればいいんじゃない?』
『アルティス以外で使える人いる?』
『カレンかリズが使えるよ。』
『使ってもいいの?』
『問題無いよ。指揮官だからね。オブザーバーとしての俺がやるのは問題があるけど、カレンとリズは、将軍として参加しているからね。』
『中を確認してからの方がいいんじゃない?』
『人族は居ないと思うんだよね。居るとしたら、魔人か悪魔、あとエンペラーかな。』
『うーん、何か人の様な違う様な気配を感じる。』
『それもう、人間では無いんだよ。前世が人間だったとかじゃないかな?』
『もし、転生者だったらどうするの?』
『討伐するけど?』
『あっさりしてる!』
『どう足掻いても敵対している事には変わりが無いからね。万が一、人間としての理性が残っていたとしても、放置していい問題では無いんだよ。寧ろ、魔獣に人間の理性があったとしたら、それはもう脅威でしかないって事だよ。』
『アルティスも魔獣では?』
『そうだね。でも俺は、使徒らしいから、何かしらで保護されてるっぽいし、魔獣っても猫だしなぁ。毎日異様に眠いってくらいしか変化ないんだよね。』
『アルティスは脅威にならない?』
『なったらソフティーが思い出させてくれるでしょ?』
『もちろん!』
ソフティーは、穴の中に居る奴の気配が、人間の気配に似てると言いたいらしく、何かを頻りに確認している。
魔力感知で探っても、中に居るのはやたらとデカいゴブリンと、そこそこ大きいゴブリンが2体、見た事の無いサイズのアーチャーとメイジが数十とジェネラル級が数百いる様にしか視えない。
気配察知を使っても、人間らしき姿は何処にも無いのだ。
残念ながら、ソフティー程、気配に鋭敏では無いので、敵性かそれ以外かくらいしか判らないのだ。
万が一、ゴブリンの首魁が元人間の転生者だったとして、大量のゴブリンを生み出して森を荒すと言うのであれば、排除せざるを得ないのだ。
ゴブリンは、小規模の集落程度であれば大して脅威度も無いし、森の中でも最底辺の生物でしかないのだが、ある程度数が増えて来るとその分の食料を確保する為に、脅威度が一気に増す事になる。
個々の戦闘力は低いものの、蟻の大群の様に獲物に食らいつき、多数の犠牲を払いながらも打ち倒し、成長していくのだ。
コロニーを形成する頃には、群れの半分が上位種になり、コロニーに入りきれない程のゴブリンが産まれ、蝗の群れの様にあらゆる物を食らい尽くして行くのだ。
森の中に食料が無くなれば、森に住む魔獣達も森の外に出るしか無くなり、人間を襲う様になる。
人間側は魔獣を排除する為に兵を送り、魔獣と共に疲弊していく。
疲弊した所に颯爽と現れるのは、腹を空かせたゴブリンで、増えすぎたゴブリンは食料を求めて森の外へ出て行くのだ。
そのまま放置すれば、ゴブリンの数はさらに膨れ上がり、やがては国を滅亡に追い込む程の勢力となり、外へ外へと広がる大勢力が世界に齎すのは、荒廃した何も無い世界。
数の暴力を体現するゴブリンは、放置してはいけない存在なのだ。
人族の中では、有史以前より敵とされて来たゴブリンと散々戦ってきた。
古代の人々も、言語の違う他種族との諍いは多少あれど、ゴブリンという共通の敵と戦う事で友誼を結ぶきっかけを得たのだろう。
長い間、ゴブリンとの攻防を繰り返している事が証明する通り、ゴブリンと人族は相容れない存在なのだ。
人間の肉を好物として、人族の女を苗床として使い、使えなくなったら食い殺す、そんな奴らの首魁が人族の知恵を持つ者だからと言って、友誼を結ぶなんて話には、絶対になる事は無い。
徹底的に磨り潰さなくてはならない相手なのだ。
『あるじ、中央にある穴見える?』
『ん?穴?ちょっと待っててくれ。見てみる。』
バイクを浮上させて、高い位置から穴を確認した様だ。
『見えた。あれが本陣という事か。偵察に探させていたのだが、どうりで見つからない訳だ。』
『あの中に、先日の魔道具を放り込めば、首魁が姿を現すと思うけどどうかな?』
『検討してみよう。』
ここから先は、あるじ達の作戦に任せる。
お、カレンが魔道具を手に取った。
バイクに跨って3m程の高さに上がった?と思ったら、バイクごと穴の上にテレポートした。
いやいや、お前ごと行くんかい!
起動した魔道具を穴の中に放り込むと、剣を抜いてバイクに跨ったままゴブリンを蹴散らし始めた。
『あぁ、ゴブリンを穴の周囲に集めようって事ね。』
『カレン大丈夫かな?』
『そろそろ発動する時間だな。あ、上に上がってぐるぐる旋回し始めたね。あ、退避した。』
ズドーン!
ゴゴゴゴ
轟音と共に、穴の周囲が弾け飛んだ。
穴の周りに居たゴブリンは、爆発の衝撃と弾け飛ぶ土塊に巻き込まれて、四方八方に飛び散った。
穴の大きさは、最初はカレンとの対比で10m四方の大きさくらいだったのが、今は20m四方程の大穴になっていた。
穴の中で生きているのは、生存に酸素を必要としない、ジェネラル以上の上位種だけの様だ。
魔獣の中でも上位に位置する魔獣の殆どは、呼吸をするが、酸素が無くても死ぬ事が無い物が多いのだ。
呼吸をしているのは、下級だった頃の名残程度でしかなく、魔力があれば問題無く生きていられるのだ。
それは、強化された自動回復によるものであり、当然の如くMPを消費する事になる為、MPが尽きれば死ぬ事になる。
だが、上位魔獣とは、ただ強くなっただけという事では無く、MPの回復速度も異常に上がっている為、周囲に魔力があれば、MPが尽きる事も殆ど無いのだ。
但し、地下空間の様な密閉された空間に、同様の上位種が多数居るとなれば、周囲の魔力も急速に失われる為、弱い者から死んでいく事になる。
だから、今も穴の奥の方に居るゴブリンジェネラルの赤い点が、次々と消えて行くのが見えている。
穴の入り口付近は、爆発により吹き飛んで広がった様に見えているが、中では所々で崩落が起きているらしく、狭い空間に閉じ込められたゴブリンが、次々と死んでいっている様だ。
それに伴い、地上のゴブリン達の統率に乱れが見え始めた。
左右から押し寄せて来ていたゴブリンの足並みが乱れ、そこかしこで将棋倒しが発生し、箍の外れたゴブリンが暴れ回り、その周囲ではゴブリン同士の争いも発生し始めた。
中には、倒れたゴブリンの肉を食らうゴブリンも現れ、ゴブリンの大群は一気に大混乱に陥った。
最前線でゴブリンと戦っていた後列部隊は、目の前に迫るゴブリンからの圧が和らいだ為、少しずつ押し込む様な形で前進しつつある様だ。
『これは不味い。あるじ!前進を止めて!混戦の中に入らせては駄目だ!』
『これは好機では無いのか?』
『隊列が維持できなくなるし、混乱が収まらないとも限らないんだよ?深く入り込んだ後で混乱が収まったら、左右から挟撃される事になるよ!』
『それは不味い!前線を維持しろ!釣られて前に進むな!下がれ!』
未だ終わりが見えないゴブリンの大群全体が、混乱の渦に巻き込まれているが、統率者と思われる上位種が健在である以上、この混乱状態も罠である可能性を考える必要がある。
ジェネラル以上の上位種が指揮を執っていたのは確実だが、社会性のある魔獣の恐ろしさは、最上位の統率者の鶴の一声でまとまる危険性を孕んでいる所だ。
ゴブリンは、上位種の周りに集まるという習性があり、上位種の存在を知ると、小さな集落から続々と上位種の下に集まって来るのだ。
それは、上位種には下位種をまとめる能力が備わっている事を示し、更に上位のゴブリンは、その上位種のゴブリンをまとめる事ができるという事。
つまり、エンペラーらしきゴブリンの一声で、全てがまとまるという事だ。
『何とか陣形を保つ事ができたが、ここからどうやって攻めるかだな。』
『そうなんだけど、何で魔法師の攻撃まで止まってるの?』
『む?そういえばそうだな。魔法師は、密集している所に撃ち続けろ!』
突然の大爆発に驚いて、魔法師の攻撃が止まってしまった様だが、ここで攻撃を止めるのは愚策と言わざるを得ない。
敵が混乱している時が好機なのだから、戦線を維持しつつ、脅威となるゴブリンの数を減らし続けるのが重要だ。
大量のゴブリンが蠢いている現状では、少しでも数を減らす努力が必要なのだ。
不意に、奥の方から火球が幾つも飛んできて、ゴブリンの集団の中に落ちて来た。
「何だ!?ゴブリンメイジの攻撃か!?」
『これは、オークメイジの攻撃っぽいな。敵の敵は味方とはならないが、今の所ではオークもゴブリンを中心に攻撃してくるだろうね。』
『オークの大群が押し寄せて来る可能性があるという事だな?』
『そうなんだけど、ゴブリンの目がオークに向いている間に、撤退した方が良い気がする。』
『何故!?』
『オークは、ゴブリンの数が大幅に減った事を察知して、殲滅にかかるのであれば、第三勢力であるこちらが居れば、攻めきれない可能性があるんだよね。ゴブリンとオークは、自分達の勢力圏を拡げたい、我々は勢力圏では無く、そもそもの数を減らしたい、となれば、ゴブリンとオークが大々的にやりあっているのを眺めているだけで、勝手に数を減らしてもらえるんじゃない?』
『まとめて叩くという手もあるんじゃないか?』
『ゴブリン10万とオーク5万の大戦力を相手に戦うって事?』
『ゴブリンとオークは敵同士ではないか。』
『両陣営の敵だと認識されれば、オークの攻撃がこちらに向く可能性もあるし、結託までは無いにしても、オークに合わせてゴブリンも攻めて来る可能性もあるんじゃない?そもそも、三つ巴で戦うのは、消耗戦になり得るよ?』
『消耗・・・は駄目だ。だが、オークを勢い付かせる必要はあると思わないか?』
『様子見で良いと思うよ。そもそもオークの方まで、届く攻撃が無いでしょ?』
『何かいい手は無い物か・・・。』
『取敢えず、休憩にしよう。今の内に兵達を休ませた方が良いよ。』
『そうだな。亜空間を出すとしよう。』
前線では、バラバラに向かって来るゴブリンとの戦闘が多少あるにせよ、先程までの様な大波が押し寄せる程の圧は無く、前線の集中力も切れかかっていた。
立て続けに魔法を撃っていた魔法師達も、休み休み撃っていたとは言え、初めての大量消費で魔力酔いになっている者もちらほら見受けられる。
このまま戦闘に戻っても、一度切れた集中力はなかなか元に戻らず、集中できていない状態では、誤爆や暴発の危険性を高めるだけだろう。
折角オークがやる気になっているのだから、ここは席を譲って、こちらはゆっくり休ませてもらうよ。
『よし、亜空間展開。前線部隊の後退を援護しろ!先に入るのは、前線部隊からだ!休憩していた者は、援護に回れ!』
『輜重部隊用の煙突を前線に設置して、オークを誘き寄せるのに使えばいいんじゃない?』
『誘き寄せられるか?』
『ゴブリンの肉に飽きたオークがいれば、来ると思うよ。』
『やってみよう。』
遠征軍が撤退した頃、前線だった場所には、肉の焼ける良い匂いが漂い、それに釣られてオークの集団とゴブリンの集団が集まって来た。
鉢合わせになった両軍は、それぞれが良い匂いのする肉を持っていると思い、戦闘に突入した。
それにより、肉の焼ける良い匂いがさらに拡散し、オークの軍勢とゴブリンの軍勢を誘き寄せる事となった。
亜空間では、森林地帯には生息していないスケープゴートの肉を、香辛料をたっぷり使って焼いているので、ゴブリンの肉に飽きたオークと、腹を空かせたゴブリンが殺到した。




