第87話 ゴブリン砦の攻略とゴブリンの大群
特殊任務に向う2つの小隊と魔法師の挨拶が終わると、アルティスが盾持ちの二人を呼び止めた。
『ちょっと盾持ちの二人、こっちに来てくれ。』
「な、何でしょうか?」
『その鉄の盾、重く無いか?』
「・・・正直、とても重いです。冒険者だったのですが、お金が無くて一番安いこの盾しか買えなかったんです。」
『トレント材の盾の方は、ちょっと補修しないと駄目だな。その盾は大事な物か?』
「えっと・・・。」
『誰かの形見とか、プレゼントかって事だよ。こんな所でタンクの心得なんぞ聞かない。』
「あぁすみません。父に買ってもらった物ですが、壊れたら捨てていいと言われてます。」
『そうか、だがトレント材をふんだんに使った盾なら、街の工房で金貨数十枚で買い取ってもらえるぞ?』
ウォールナット隊のタンクは、いいとこの坊ちゃんだった様だ。
大楯とは言え、トレント材を使っている事から、元々は魔法陣が書かれていたのだろう。
付与魔法付きの装備は、武具工房でも作られているのだが、殆どの工房主は簡単な付与魔法しか使えず、買う方も付与魔法付きの装備を自慢したいが為に、魔法陣を表側に書いてもらうのが流行りとかで、タンクが盾で受けないとか、数回の戦闘で付与魔法が消えるという、意味不明な状態が続いている。
普通の大楯は、壊れたら二束三文にしかならず、買い直せるだけの金が無ければ、タンクを続ける事も儘ならない。
だが、トレント材を使っているのであれば、話は別だ。
トレント材は、硬くて軽くて魔力が通り易い万能素材で、魔法のスティックにすれば、最低でも金貨10枚になり、使い古した大楯でもスティックであれば、50本は作れるので、下取り価格でも金貨数十枚は軽いだろう。
木目を合わせて、接ぎ木してやれば杖も作れそうだ。
『トレント材は、補修すれば長く使えるが、俺がここで買い取ってもいい。代わりに渡すのは騎士団仕様の大楯で、騎士団では無いから紋章は付いていないが、性能は騎士団のと変わらない。鉄盾のお前は交換だ。』
「あ、ありがとうございます。うおっ!軽い!」
『それは、今までのが重すぎるから、軽く感じるってだけだからな?』
「凄く軽く感じるって事ですね。いいですね、これなら長く走れそうです。」
「あの、この盾、買い取ってもらえるとして、幾らくらいになりますか?」
『そうだな、金貨30枚ってところかな。』
「変えます!全く文句なんてありません!」
『じゃぁ、これな。ちゃんと装備しろよ?』
「うわっ!?お、重い・・・。」
『早く装備しろ。』
ウォールナット隊の方は、騎士団仕様の盾を受け取り、腕を通したのだが、装備していないので重いままの様だ。
持つと装備するの違いは、気持ちの問題だけなのだが、そこに大きな違いが生じるのだ。
例えば、他人の装備を借りて、試しに装着しても、他人の物という気持ちがある為に、装備した事にはならず、本来の性能を発揮できないのだ。
これは、心構えの一つであり、武器や防具は、自分を守る装備で、自分の命を預ける物なので、体の一部にする感覚を持って初めて装備した事になるのだ。
特にタンクは、その盾が自分と仲間を守る壁となり、タンクである自分も壁の一部になるという気持ちを持って、初めて装備できるそうだ。
「装備しましたが、重くて動けないです・・・。」
『お前、もしかして、今までずっとそんな感じだったのか?』
「そ、そうです・・・ぐぎぎ・・・重い。」
「ウォールナット隊は外れて貰おう。その状態では、流石に無理だ。」
『リズ、こいつに盾を装備する方法を叩き込んでやれ。』
「何故私が?」
『こいつがリズの事を見てたから。』
「タイプじゃないです。」
『だから何?』
「・・・叩き込んできます。」
ムッとしながらも、やってくれる様だ。
その間に、別の小隊がやって来た。
「マカダミア隊着ました。」
ウォールナット隊が弾かれたのを見て、少し委縮している様だ。
「ウォールナット隊の代わりに、お前等が特殊任務に就け。」
『大楯は、ジュラルミンとタングステンか。中々良い盾を持ってはいるが、こっちに変えろ。』
「え?まだこれ、買ったばかりで・・・。」
『騎士団仕様の大楯じゃ嫌か?』
「交換お願いします!」
買ったばかりの大楯よりも、騎士団仕様の大楯の方がいいらしい。
と言うのも、騎士団仕様の大楯には、防御魔法とノックバック軽減、軽量化とHP回復が付与されているので、軽くて頑丈で打たれ強くなるのだ。
材質もチタン合金とタングステン、アラクネ絹とミスリル合金を使っていて、ゴーグルと組み合わせると、盾を構えているのに向こう側が見える仕様になっているのだ。
この仕様により、常に視野を確保できて、広範囲に守り易くなるという利点があり、且つ自分には軽いが、実際は重いので、実力以上の力を発揮できる様になるのだ。
タンクが守りたい者を守れると言うのは、モチベーションアップに繋がる重要な事なのだ。
「うわ、軽い!ありがとうございます!」
今度の奴は、ちゃんと装備した様で、大楯を腕に着けたまま、上に掲げたり左右に振ったりして、感触を確かめている。
「よし、では、作戦の詳細を説明する。ついて来い。」
魔法師と小隊が、アーリアの後ろに着いて歩いて行った。
それを見送って、暇ができたので買い取ったトレント材の大楯を分解して、魔法師用のスティックを作る事にした。
まずは、トレント材を削り出して、スティック状にする。
そこに効果を付与して、神聖属性以外の魔法陣を極小にして刻み込んだ、魔力鉱石を嵌め込み、加工した宝石を被せて完成だ。
宝石を被せるのは、魔力鉱石を隠すのと、ちょっとしたアクセントの為だ。
何の飾り気も無い物よりも、少しだけでも飾り気があった方が、使いたくなるものなんだよね。
魔法師の一人が近づいて来た。
「あの、アルティス様、少しよろしいでしょうか?」
『何か用?』
「そのスティックですが、売る用ですか?」
『んー、売らないというか、多分誰も買えないと思うよ。』
「買えないと言うのは、どの様な理由で買えないのですか?」
『国宝級だからさ。』
あ、目が点になった。
『ちょっと試し撃ちしてみてよ。』
「え?あ、え!?わ、私がですか!?」
『嫌なら他の人に』
「やります!やらせて下さい!」
『じゃぁ、軽くファイア出して。』
「はい。[ファイア]」
ボオッ!
「キャッ!?え?え?ええええええ?」
魔法師は、薪に火を点ける小さな火を出すつもりで唱えたのだが、自分の体と同じくらいの大きな火が出て驚いてしまった。
「な、何なんですかこれ!?」
『凄いだろ?魔力を50%増やして、発動者には耐火と熱耐性、更に魔力鉱石の効果で30%アップするから、合計80%アップの効果になるんだよ。それでいて消費MPが3分の1になるから、沢山撃てるし、疲れない。こんなの売りに出したら、白金貨数千枚出しても買えないだろ?』
「た、確かに。国宝級というか、伝説級の様な気がします。」
『それは君にあげるよ。』
「へ?ええええええ!?」
『使用者登録をしたから、君以外には使えないんだよ。って事で、味方を巻き込まない様に、頑張ってくれ。』
「は、はひ。」
『あ、そうそう、名前教えてもらえる?』
「あ・・・、申し訳ありません。私の名前は、マリア・グレートジョイと申します。よろしくお願いいたします。」
『グレートジョイ?イーニス・グレートジョイ男爵の関係かな?』
「あ、はい。妹でございます。兄が大変お世話になっております。」
『そうか。ラシビアス領を併合させてしまったから、領の運営が大変になったと聞いている。助力してはいるが、まだまだ足りていない事もあると思うから、何かあれば言ってくれと、兄上殿に伝えておいてくれ。もし、どこかで弾かれている様なら、直接手紙でも送ってくれ。』
話している間に、どんどん表情が暗くなって来たので、どこかで相談したが、誰かに断られたのかもしれない。
「今、言っても宜しいですか?」
『いいぞ。』
「書類の量が増えすぎてまして、寝る間も惜しんで仕事をしております。ですので、事務処理のできる者が欲しいと、毎日ぼやいておりました。」
『あぁ、それは領主になったばかりの者は、陥りやすいんだよな。余裕を持てと言っても、そんな暇は無いと言って、寝る時間を割いて、フラフラになりながら処理しようとするんだよな。だけど、それがまず間違いなんだよ。睡眠は、毎日必ず6時間は取れ。睡眠というのは、頭を休ませて、記憶を整理し、精神を落ち着かせる効果があるんだよ。疲れているなら、余計に眠らないと駄目だ。食事もちゃんと摂って、毎日規則正しい生活を送る様に心掛けるんだよ。焦れば焦る程疲弊し、体は疲れて行く。だから、毎日きちんと寝て、朝食を食べ、昼食も食べ、夕食も摂る。週に一度は、午前中だけでもいいから休んで、体を動かすといい。閉じ籠っているのは駄目だ。』
「それと同じ事を王城でも言われたと言っておりました。」
うーん、ドツボに嵌っている様だ。
仕事が遅い奴は、自分で自分を追いつめている事に気が付かないんだよね。
頭が疲弊していると、考えが纏まらなくなるし、余裕も無くなってくる。
周りが見えなくなっている事を、集中していると勘違いしている事も多いのだが、それは違うと言いたい。
集中している時は、何を言われても、雑用をしていても仕事に戻れば再開できるのだが、周りが見えなくなっている時は、頼まれ事をされると、イラついたり、物に当たったりして、攻撃性が増す事がある。
つまり、全然余裕が無くて、気が回らなくなっているのだ。
それは、決済をする立場の者としては、最悪と言っていい状態だ。
『王城に来る余裕があるのなら、その余裕を休息に充てればいいじゃ無いか。グレートジョイから王都に来るのに、馬車だと早くて、1カ月くらいかかるだろ?』
「教会の転移陣を使って行ったそうです。」
『魔力はどうやって補ったんだ?』
「魔石を使ったそうです。オークの魔石を3つ使って王都に行ったと言ってました。」
『グレートジョイは、魔の森の南側にあるから、そのくらいは採れるのか。だが、余計な出費だよな。まぁ、追い詰められているという事なら、ケットシーを派遣してやろう。すぐに暇になるが、その分仕事が増えると思うんだよなぁ。』
忙しいと思っている者程、突然暇になると手持ち無沙汰になって、仕事を探し始めるんだよね。
余裕ができたのなら、休めばいいのに。
「暇になるのに、仕事が増えるのですか?」
『突然暇ができると、仕事を探す様になるんだよ。その状態は、精神的に疲弊している状態で、考えが纏まらないから、いつかはやらないといけない事に手を出すんだよ。そういう物に限って、じっくりと検討した上で始めないと、後手に回ったり、不正があったり、抜け落ちたりするんだよ。』
一旦焦り出すと、視野が狭くなり、そればかり気になる様になってしまう事がある。
本当は、そう云う時こそ一旦立ち止まって、深呼吸して落ち着いたら、周りをよく見て本当に今すぐやる事なのか考えるべきなんだよね。
「はぁ、兄であればやりそうですね。・・・その、ケットシーさんは止めてくれないのですか?」
『ケットシーさんて、獣人だが聞く耳持てるのか?』
「あ、そこは大丈夫だと思います。兄は、獣人の子が好きなので。」
『んー、普通の獣人とは違うんだよな。俺を真っ黒くして、お前の身長くらいにした感じと言えば判り易いか?』
「あー・・・、うーん・・・、えーっと、どうでしょう?」
ドーン
砦の方角から、爆発音が聞こえて来た。
作戦が実行された様だ。
「整列しろ!」
ザザザザザ
号令と共に、兵士達がアーリアの前に整列した。
一人だけ森の中に居るが、タイミングが悪かった様だ。
「これより進軍する。特殊作戦により、敵陣に火が放たれた。魔法師と小隊が二つ最前線にいる。我々は、速やかに敵陣の砦を攻略する事とする。偵察隊は先に進め!前進!」
今回の偵察役の小隊が前方に駆け出すと、本隊は歩いて前進を始めた。
少し離れた森の中に居た者も急いで本隊に合流する事ができたようだ。
バブルウォッシュを使えば、拭いて無くても問題無いのだ。
『ソフティー、先に行こう。』
『アイサー』
砦の前に来てみると、メラメラと燃え盛る砦と防壁の内側には、燃えてはいないが熱で倒れたのか、ゴブリンとホブゴブリンの死体から、白い湯気が上がっているのが見えた。
魔法師と小隊が居たので、状況を聞いてみた。
『作戦は成功した様だな。』
『あ、はい。一応成功はしたのですが、消しにかかる様な素振りはありませんでした。特に叫び声も聞こえず、何事も無く完了しました。』
『叫び声も無かったと。これは、既に撤退した後かもしれないな。何かの作戦かも知れん、本隊と合流するまで、気を抜くなよ。』
『了解しました。』
叫び声がしなかったのであれば、中で死んでいるゴブリン達は、既に殺されていた可能性が高いだろう。
となると、こちらの作戦を予想されていた?その可能性も考慮しておくべきだろう。
そして、情報を持ち帰ったとしたら、次に打つ手は一気に来るか、波状攻撃か。
幾らこちらの兵が精鋭だったとしても、10倍近い数の攻撃を凌げるかと言えば、難しいと言わざるを得ない。
全軍をこちらに向けるか否か、いずれにせよ情報が少なすぎるのだ。
この森は、ゴブリン帝国の領域であり、生かす生かさないに関係無く、ゴブリンの持つ情報量と我々の持つ情報量には、雲泥の差がある。
こちらが持つ情報は、通って来た場所の周辺と、向かう先の情報しかないのだ。
敵であるゴブリン帝国の情報も殆ど無く、奴等の情報源がゴブリンだけと考えるのは、時期尚早だろう。
今回の撤退が、我々が居ないと思っての撤退なのか、誘き寄せる為の撤退なのかは判らないが、この先に何が待ち受けているかを、見極める必要があるだろう。
グギャギャギャギャー
不意に何かの叫び声の様なものが聞こえて来た。
『何の声だ?』
『これは、ヒクイドリだね。砦の炎に誘き寄せられたのかも。』
ソフティーは叫び声の主を知っていた様だ。
『人間も襲う?』
『食べないけど、襲われるかも?』
『火を食べるだけだけど、火を消そうとする奴を襲うって事?』
『ううん、違うよ。火を食べるとテンションが上がって、そこら中を走り回るの。その進路上にいると、跳ね飛ばされるだけ。』
『食べられる?』
『美味しいよ!』
『狩らせるか。』
『楽しみ!』
ヒクイドリは、火を食べる鳥で、群れになって空を飛んでいるらしい。
火を食べると言うのがいまいち解らないが、燃えている木や、木炭が好きなのかも知れない。
考えていると、次々とヒクイドリが降りて来て、激しく燃える砦の中に飛び込んで、バクバクと食べ始めた。
中心の温度は、摂氏800度以上もあると思うのだが、火耐性が高いのか、炎の中で燃えている木では無く、何も無い所を啄んでいる。
『何を食ってるんだ?』
『火だよ?』
『火ってのは、化学反応が目に見えているだけで、そこに何があるって訳では無いんだけどな。』
『よくわかんない。』
火と言うのは、火元にある燃焼物と酸素が結合する化学反応によって生じる光で、そこにあるのは、化学反応中の物質である。
火を食べるというのは、化学反応中の何かを食べている?としても、火として見えるのは、それが連続して反応しているから見えているだけで、単発であれば、火花の様に一瞬だけ光って終わるのだ。
それを食べる?ちょっと、何言ってるのか判らないね。
だが、今まさに目の前でバクバクと火を食べている鳥が居るのだ。
火を食べているのだから、火も段々治まって来るのでは?と思うかも知れないが、それはあり得ないし、現に火が治まる様子も無い。
この鳥は、火元を食べているのでは無く、火自体を食べている。
つまり、火の発生源はそのままに、化学反応の光だけを食べている為、燃焼する物質に、熱と酸素が供給されている限り、燃え続けるのだ。
火災現場で、火元では無く火に向けて放水しても、全然火が消えないのと同じだ。
違うのは、火災現場で撒くのは水で、ヒクイドリは火を消す物は何も無いという事だ。
まぁ、態々食事を減らす様な事をする奴は居ないわな。
『うーん、ずっと見てるけど、アイツらが啄んだ火が動かなくなるという事以外、何も判らないな。』
『うん。』
よーく見てみると、啄んだ所の炎だけが、時が止まったかの様にピタッと止まるのだ。
そして、それを啄むと、嘴の形が残っているのが見えるのだ。
だが、それで止まった炎は、数秒で動き始めるので、啄むのを止めるとすぐに燃え始めるのだ。
空を見上げると、煙の量は確かに減っている気がする。
もしかして、煙の量を減らして、火事の発見を遅らせている?発見が遅れれば、逃げ遅れる魔獣も増えるかも知れないが、風の余り吹かないこの世界では、山火事が起こっても、拡がるのはそれ程早くないだろう。
火を見てから逃げたとしても、足の早い魔獣や動物であれば、余裕で逃げられる筈だ。
火災を拡げるにしても、セコイアの様に植物が周りのライバルを排除して、繁殖する為に火災を引き起こすなら兎も角、この鳥が拡げる意味が判らない。
森の再生を促している可能性も捨てきれないが・・・、暇になったら、観察してみよう。
『あんなに火の中に居たら、走り回った時に火災が広がったりしないの?』
『するよ?広範囲に広がる。』
『広がるのか。じゃぁますます、討伐しないと駄目だな。兵士達が焼け死んでしまう。』
『そっか。人間って足遅いもんね。』
『ちなみに、今までどうやって狩ってたの?』
『洪水の時に流れて来た奴を食べた。』
『あぁ、そう言う事ね。』
話していると、本隊が到着した。
「アルティス、あの鳥は一体・・・?」
『あれは、ヒクイドリって奴らしいよ。食べると美味しいらしいのと、食べ終わると走り回って、火事の範囲を広げるらしいから、討伐対象ね。』
「魔法師は、水魔法であの鳥を狙え!タイミングを合わせて、一斉に行くぞ!てーっ!」
上空に水の玉が沢山現れて、一気に下に落ちて行った。
一つだけ水の玉が巨大だったのを見て、皆が目を丸くしていた。
バシャーッ!!
シュー
滝の様な大量の水が降り注いだため、火が一気に消え去り、真っ白い水蒸気がもうもうと上がった。
魔力感知では、ヒクイドリの位置は変わらず、身動き一つしていない様だ。
大量の水蒸気が空に消え、ヒクイドリの姿が現れると、全てのヒクイドリが、立ったまま気絶していた。
「首を刈り取れ!」
『ストーップ!ストップ!!止まれ!!』
「何故止めるんだ!?」
『あの中に突っ込んだら、大火傷を負うんだよ!ウインドカッターで刈り取れ!水魔法もまだ撃ち続けろ!』
アルティスは、白煙揺らめく中に突っ込もうとする兵士を止めた。
火災が消火された直後は、水蒸気が充満している状態で、その水蒸気の温度は、まだ高温の状態なのだ。
その高温の中に突入などすれば、喉は焼け付き、顔も火傷で酷い事になってしまうのだ。
火災現場で真に怖いのは、炎では無く、熱と水蒸気という事だ。
ましてや、水魔法が降り注ぐ中に飛び込めば、装備の隙間から内側に水が入り込み、その水が高温に曝されれば、一気に水蒸気に変わり、全身を蒸し焼きにされてしまうのだ。
前の世界でも、消防士の着ている服は、防火服では無く防水服が主流だった。
見える炎よりも、見えない水蒸気の方が怖いと判った結果だ。
ヘルメットの後ろに着いている帽たれも、襟元から服の中に水が入るのを防ぐ効果がある。
だが、兵士達の装備には、そんな物は当然付いていない。
止められて困惑している兵士もいるが、諦めてもらうしかない。
「[ウインドカッター]」
シュパシュパ!
ヒクイドリの首が地面に落ちると同時に、燃え上がった。
「[ブリザード]」
スティックを渡したマリアがブリザードを発動し、ヒクイドリの周囲が真っ白い雪に覆われ、ヒクイドリの体はプスプスと音を立てながら水蒸気を放出し、急速に冷えて行った。
魔法で作った氷は普通の氷とは違い、中々溶け無いのだ。
その仕組みは、魔法で氷を作る場合、魔力が水分の熱を奪い続ける為、その魔力の供給が無くなるまで続くのだと思われる。
魔力の供給源は、当然発動者のMPである。
つまり、火災の火を消す時に氷魔法を使わないのは、高温の中に発動してしまえば、膨大なMPを消費する羽目になり、最悪倒れてしまう事になるのだ。
今回も、氷魔法を使って直接ヒクイドリを冷やそうとしていたら、MP切れで倒れていただろう。
倒れなかったのは、ブリザードを使用した事が功を奏したのだ。
ブリザードは、氷魔法と風魔法の併用と思える効果だが、氷魔法の範疇なのだ。
強烈な気温低下による、下降気流の発生という感じだと思うが、指定範囲内の温度を氷点下に落とす効果が発生し、急速に熱を奪っていく。
この時発生した風は、放出された熱を拡散する事に役立ち、その副次効果がMPの消費を抑えてくれる為、彼女の判断は正しいと言える。
だが、ヒクイドリの体温が思った以上に熱かった為、予想以上にMPを消費して、フラフラしている。
『良い判断だ。』
「おい!彼女を寝かせてやれ!」
「アルティス、さっきのは何だったんだ?」
『水で火が消えた直後に、水蒸気がもうもうと上がっていたでしょ?水蒸気が上がるって事は、そこはまだ熱いって事を意味していて、上から水魔法が降り注いでいる中に入り込むと、当然びしょ濡れになるよね?でも足元は高温という事は、装備の中は蒸し焼き状態になるって事だよ。』
「それは危なかった。止めてくれてありがとう。」
他にも理由はあるんだけど、それを説明しても判らないだろう。
例えば、サウナの中を想像してみて、熱源の上にある石に水を掛ける、ロウリュをしても水蒸気はすぐに消えてしまう。
本当の水蒸気というのは、無色透明で見えないのだ。
サウナで水蒸気を出すのは、空気中の水分濃度が高い方が、体感温度を上げられるからだ。
対して、消火直後の真っ白い煙は、実は水分の粒子で、厳密には水蒸気では無いのだが、そんな場所でも温度は100度以上の高温なのだ。
人は、高温環境下で活動できる様にはなっておらず、一瞬で通り過ぎるだけならまだしも、数分間であっても全身が高温に曝されるのは、熱中症や火傷のリスクがあるのだ。
「さて、ヒクイドリの解体を始めるぞ。」
ヒクイドリの様子を遠くから眺めていたが、大きさは白鷺程度かと思っていたら、体長3m程もあった。
毟り取られた羽は結構な熱を持ち、大体50度程だろうか、暖かいのだ。
魔力を加えてみると発熱するのだが、燃え盛る程では無く、高温になっても紙を燃やす事もできない事から、200度前後だと思われる。
燃えにくく暖かい羽毛という事で、バネナ王国での需要は無さそうだが、魔大陸や獣魔大陸、大山脈地帯などでは大いに役立ちそうである。
『後で、ケーシーに聞いてみよう。』
「何をですか?」
カレンが、両手にブッチャーナイフを持ちながら聞いてきた。
『この羽毛が大山脈地帯で売れるかどうか。』
「寒い地方には良さそうですね。」
『火山でも役に立ちそうではあるが。』
「火山には、サラマンダーの皮がありますから。」
『そうか。』
サラマンダー、体長6m程のトカゲで、火炎のブレスを吐き、溶岩の中を泳ぎ回る魔獣らしい。
討伐難易度はS級と言われ、ドラゴンの次に強いらしい。
ヒクイドリの討伐難易度は、Aらしい。
そもそも炎の中に居て、炎という壁に遮られて攻撃が届かないという事らしいのだが、別にファイアーウォールを使っている訳でも無いので、普通に矢で射抜けるんじゃ無いのかな?と思っていたが、狩ろうとした事がある者の話では、直前で矢が逸れて当たらないそうだ。
なので、今回あっさりと討伐してしまった事に、驚いたのだとか。
今まで試していた攻撃方法は、全て横からの攻撃だった為、真上から水の塊を落とすというやり方には、目から鱗が落ちる思いだったとか。
そいつには、押して駄目なら引いてみろと言っておいた。
ヒクイドリの肉は、案の定、火が通らない。
火耐性が強すぎて、焼いた程度ではどうにもならない様だ。
『煮ても駄目か?』
「やってみます!」
で、やって貰った結果、表面の色は変わった。
「やりました!火が通るみたいです!」
『中心までは、火が通らないみたいだな。これは、鳥刺しってやつか?いや、たたきか?どっちも同じだった気もするけど、あまり覚えていないな。アドゥを摺り下ろして、ポン酢で食べればいいんじゃないかな?』
「だ、大丈夫でしょうか?」
『[アナリシス]大丈夫だな。そもそも、ヒクイドリ自体が高温になるんだから、細菌や寄生虫の類は生きられないだろ。』
「では、味見してみます。あむ、・・・ほわぁ、何なんですか?外側のしっかりした歯ごたえと内側のねっとりとした感じがいいですね。肉もほんのり甘みが感じられますし、旨味も感じられます。アドゥのピリッとした辛みと、ポン酢の酸味が調和して、肉の旨味が引き立てられます。凄く美味しいです。」
カレンの表情を見て、料理人達が残っている切り身を次々と取って行った。
『料理人の手が早すぎて、取れなかった・・・。』
「なっ!?こらっ!アルティス様を差し置いて、何をしている!」
『まあまあ、もう一つ作ってくれよ。』
カレンが剣に手を伸ばしたのを見て、直ぐにもう一つ作る様頼んだ。
この程度の事で殺傷沙汰なんて、冗談にもならない。
「しかし・・・。」
『俺とソフティーの分、頼むよ。』
「判りました。」
ソフティーの落ち着きが無くなって、グラグラ揺れてるんだよ。
それに、料理人達は狼人族に胸倉を掴まれて叱られているし、それで十分だろ。
怒気に充てられて、泡吹いている者も居るし、もう許してやれって。
「これをお二人でどうぞ。」
カレンが、新たに作ったたたきを皿に盛って、ソフティーと俺の分として出してくれた。
ソフティーが早速一切れ食べて腰砕けになっている間に、俺も一切れ食べた。
『うん、美味いね。これは、セボラの薄切りと食べても美味いんじゃないかな?柚子胡椒が欲しい所だけど、作って無いしな。ゴートラディの塩漬けと合わせても美味いかも?』
「ゆずこしょうって何ですか?」
『柑橘の皮とペッパを塩で漬けた物?』
「何で疑問形なんですか?」
『作った事ないからさ。自分で作るのは、少しハードルが高かったんだよ。青いゆずなんて、手に入らなかったし。』
「どんな味なんですか?」
『さわやかな香りと刺激的な辛み、そこに強い塩味があるんだよ。好みが判れる味ではあったけど、俺は好きだったな。』
「作りましょう!」
『熟す前の柑橘が必要だな。ペッパも売ってる奴じゃなくて、生の熟す前の奴じゃないと駄目だ。』
「・・・難しくありませんか?」
『難しいんだよ。だから作った事が無いんだよ。』
「王都に戻ったら、探してみます!」
難しいだろうなぁ。
そもそも、柚子の様に香り高い柑橘が見つかるかどうかも判らないし、ペッパなんて、ケモナー共和国でしか作ってないからな。
王都に届く頃には、カラカラに乾燥しちゃうんだよね。
ジョロキアを使う方法もあるけど、激辛過ぎるんだよね。
まぁ、それは置いといて、解体も終わったし、先に進みますかね。
砦を燃やし始めたのが、朝の7時頃だったから、まだ9時になったばかりで、お昼にはまだ早いのだ。
それに、砦跡は狭すぎて、全軍は入りきれないのだ。
『そろそろ先に進むよ。っとその前に、マリア、ちょっとこっち来て。』
移動する前に、この砦を本当に制圧したのかを確認する必要があるので、マリアを呼んだ。
「はい、何でしょうか?」
『ウルトラサウンド・エクスプロレーションを使って、地下に何か無いか調べてよ。』
「判りました。[ウルトラサウンド・エクスプロレーション]」
バサバサバサ
マリアが発動すると、周辺の森から一斉に鳥が飛び立った。
超音波は、発動地点を中心に全方位に広がるから、地上に居る振動に敏感な魔獣や、地下に居る魔獣なんかは、驚いてしまうのだ。
「地下に大きな空洞があります。入り口らしき物がすぐ近くにある様です。」
『判った。あるじ、地下にゴブリンが逃げてる可能性があるから、捜索して。』
「判った。地下にゴブリンが潜んでいる可能性がある!入り口らしき穴を探せ!」
砦跡の中で、一斉に兵士達が動き始めた。
すると、砦の瓦礫の下から、地下に通じる通路が出て来た。
「よし、穴の中にスタングレネードを投げ込め!ゴブリンが出てきたら殲滅せよ!」
穴を見つけた兵士が、カレンからスタングレネードを受け取り、穴の中に放り込んだ。
バンッ!
「ギャッギャッギャッギャッ!」
「ギャギャッギャギャッ」
穴の奥が俄かに騒がしくなったと思ったら、穴からホブゴブリンが出て来た。
「倒せ!」
「ギャー!」
出て来たホブゴブリンが次々と倒されたが、そこから後が続かなかった。
残りのゴブリンが出て来ないのだ。
『うーん、出て来ないな。中に突入するって手もあるけど、危険度が高すぎる。アレ、使ってみる?』
「まさかオークのか!?」
『違うよ。ファイアーボムの魔道具の方だよ。』
「あぁ、そっちか。球にした奴か。それで何とかなると思うか?」
『多分、十分役に立つと思うよ。ただ、ここに大穴が開くと思う。』
「では、退避させよう。使うのは、候補者を募ろう。」
「退避しろ!砦の外に退避ー!」
使おうとしている魔道具とは、ウェル・フーリッシュが使おうとしていた魔道具を改造した、オキシゲンをばら撒いてから、ファイアーボムで爆発させる手榴弾だ。
高濃度の酸素が充満している密室で、小さな爆発を起こせば、かなりの破壊力を持つ爆発が起こるのだ。
それは、地下10mの場所であっても、地上に影響が出る程の爆発が起きると思われる程だ。
「投げ入れます!」
ダッ!
投げ入れた兵士は、即座に走って、防壁を越えて砦跡の外に出た。
投げ入れた魔道具は、通路内を転がり、ゴブリンジェネラルの目の前で止まった。
ゴブリンジェネラルがそれを掴もうとした瞬間、オキシゲンが発動して球の2箇所から酸素が吹き出し、クルクルと回りながら地下空間を転げまわり、オキシゲンが止まると同時にファイアーボムが発動した。
ドカーン!!
轟音と共に地下からオレンジ色の火の玉が、空へと舞い上がり、その直後には爆発によって吹き飛ばされた土が、兵士達の上に降り注いだ。
爆発の起きた辺りには、土埃が舞い上がり、周囲にはゴブリンの死体が散乱していた。
「もの凄い威力だな。」
『穴蔵に隠れている奴を倒すにはもってこいだね。』
「生き残りが居ないか、確認しよう。」
砦跡の中に入ると、バラバラになったゴブリンの死体が散らばり、中央には直径が10m程の大きな穴が開いていた。
「中に入りますか?」
『入る前にヘルメットを装着しろ。空気が無い可能性が高い。それと、残った天井が崩れる可能性もあるから、用心しなければならない。』
「はっ」
穴の中に2小隊が入り、中を調査したが、生存しているゴブリンは居なかった。
ゴブリンジェネラルは、ぱっと見では無傷で壁にめり込んでいる様に見えたが、実際はめり込んでいるのでは無く、背中側が消し飛んだ状態で、壁に寄りかかた様に死んでいただけだった。
地下空間には、特に何かがある訳でも無く、単に撤退したかの様に見せて、我々が居なくなるのを待っていただけの様だ。
想定では、魔界のゲートがある可能性も考えていたのだが、その痕跡も含めて、見つかる事は無かった。
『じゃぁ、改めて先に進もう。』
「斥候隊は先に進め!」
「整列しろ!」
「前進!」
再び前進する。
道なき道には、そこかしこに罠があるが、斥候役の小隊が罠の発動点に赤い印を付けておいてくれているので、かかる者は居ない。
罠という物は、罠本体ではなく、罠を発動させる為のバネに触れなければ、発動する事は無いのだ。
唯一、バネが無く、本体に触れる事で発動するのが落とし穴で、これは既に斥候役が、蓋の部分を除去してくれているので、余程の事が無い限りかかる者は居ないだろう。
数も少ないし、万が一落ちても、穴の底に槍衾がある訳でも無いので、パニックにさえならなければ、ほぼ大丈夫だろう。
穴の底にあるのは、バグワームと言う魔獣で、ワームと付いているがワームでは無く、地中に住む昆虫で、体長2m程の大きさで、穴に落ちて来た魔獣や動物を食べる。
ただ、ワームの様なトゲトゲのすり鉢では無く、歯がスライサーになっている口があるだけなので、噛まれても防具で防げるのだ。
ワームみたいな口だった場合は、交互に回転方向の違う牙の付いたリングが、我が軍の誇るスケイルメイルとは相性がばっちりらしく、柔軟性に富んだ防具の中で、揉み解されて死んでしまう様だ。
後は、ゆっくりと長い腸で分解されて行くだけだ。
強力な魔獣には、必ずと言っていい程に滅茶苦茶硬い部分があり、殆どの場合は死ぬと硬さを失う。
硬さを失わないのは、外敵からの攻撃をじっと耐えてやり過ごす魔獣の外皮や外骨格だけで、それ以外はほぼ変わるのだ。
ワームの歯も生きている間は、オリハルコンをも磨り潰す威力があるのだが、死ぬと象牙程度の軟らかさになる。
生きてる間は、硬さが必要な部分に、本能的に魔力を込め続けているという事だ。
だが、何でも食べるワームと違い、バグワームの場合は硬い物は吐き出すので、パニックにならなければ落ち着いて対処できるのだ。
「ご報告致します。10ケロ程先で森が途切れていて、そこにゴブリンの大規模集落があり、地上を埋め尽くす程の数でした。」
「地上を埋め尽くす程の数だと!?何匹居るんだそれは!」
「軽く見積もっても10万は下らないかと。」
『とんでもない数だな。』
「上位種の存在は確認できたか?」
「小山の上に洞窟らしきものがありまして、その入り口を守る様にジェネラルが2匹見えました。」
洞窟を守るジェネラルが2匹居たという事は、洞窟の中にはキングが居るという事を示している。
だが、森の端から、たったの30キロ程の距離に本陣らしき物があるという事に、違和感を感じる。
確かに森の奥に行けば行くほど、強力な魔獣が多くなるとは言え、その大量のゴブリンを養う為の餌を確保する必要があり、ほぼ使い捨ての様な扱いだが、戦力になるゴブリンが大量にいるのだから、大型の魔獣を狩る方向に向くと思うんだよね。
増えすぎたゴブリンも減らせるし、進化できる個体の選別にも使えるのだから、頭の良い人間程度の知能を持っているのであれば、実行すると思う。
抗えない何かを警戒して、奥地を避けているのであれば、近くにオーク帝国もあるという事だろう。
「その中にキングが居ると見ていいだろう。」
『だとすると、近くにオーク帝国もある筈なんだけど?』
「そうだな、オーク帝国と争っているという話だったな。近くにオーク帝国か、オークの痕跡が無いか調べてくれ。ゴブリンの方は、見える場所に魔道具を仕掛けておいてくれ。」
「了解!」
斥候役の所から、伝令として戻って来ていた兵士は、走って戻って行った。
ゴブリンの監視を魔道具でやると聞いた時に、ホッとした顔をしていたのが見えたが、その大軍を見続けるという事は、見つかれば死ぬというストレスに耐え続けなければならない事を指しており、魔道具に任せられるのを喜んだのだろう。
そして、みんな忘れかけていた、オーク帝国の存在だ。
ゴブリンと争っているという事は、生活圏が重なっているか、隣接しているという事で、争いの種は餌の問題だろう。
ゴブリンが森の奥を目指さない理由が、強力な敵との対峙や別の脅威を恐れているのであれば、オークも同様に森の奥を避けていると考えていいだろう。
オークは、ゴブリンよりも知能が高いので、危険察知能力も高い。
であれば、森の奥から離れようとするのは、頷ける話だ。
とまぁ、ここまでが横並びだった時の話だ。
別の仮説として、オーク帝国が森の奥へ行く道を塞いでいる場合だ。
つまり、縦並びだな。
森の奥に行きたいゴブリン帝国と、立ちはだかるオーク帝国と言う構図なら、争っている理由も解るし、奥に行けない理由も解る。
基本的に、オークはゴブリンよりも強く、オーク1頭に対し、ゴブリン20匹でも勝てるかどうかという程の戦力差がある。
オークにも、ゴブリン同様のアーチャーやメイジ、ウォーリアが居て、上位種であればゴブリン数百匹と対峙してトントンくらいだ。
勢力拡大の為に、森の奥に行きたいゴブリンと、森の奥はオークの領域だと言わんばかりのオークが対立しているのであれば、納得が・・・いや、オークを餌と考えている可能性もあるか。
オーク1頭で、数十匹のゴブリンの腹が満たされるのであれば、100頭も狩れば数千匹の餌になるのだから、沢山居るのであれば、効率が良いのかもしれない。
ただそれは、通常ではあり得ない話で、ネズミが豚を襲っている様な物なのだ。
蝗と同じで、餌が無くなれば何でも襲うって事か。
「オーク帝国は見つかると思うか?」
『何とも言えないね。どういう位置関係にあるのか判らないから、ヒントになる様な物でも見つかればいいんだけど。』
まぁ、無ければ無いで、それも一つのヒントなんだけどね。
「ご報告致します。オークの痕跡見つけました。が、オークの骨が積み上がっているだけで、生きている物は発見できませんでした。」
「どの辺まで探したのだ?」
「ゴブリンが多くて、かなり大回りをして、20ケロ程進んだ所で骨の山を発見致しました。」
『ちょっと配置を図にしてみた方が良いね。』
「そうだな。地図は無いから、簡単な位置関係で良いから、書いて見てくれ。」
伝令をアーリアのバイクの後ろに乗せて、簡単な地図を書いてもらった。
今は森の中という事もあり、浮かせて移動している。
フロートと言う魔法を使っているのだが、これは浮き上がるだけで、進む事ができないのだ。
なので、兵士がロープで引っ張っている。
浮いてる高さは約50センチ程で、横に向けても推進力に変わったりはせず、対象物が浮くだけだ。
森の中をタイヤで走るのは、乗り心地が悪いと言われたので、急遽魔道具を作って、胴体下部に取り付けたのだ。
まぁ、これで兵士達の進軍速度に合わせる事ができるので、丁度いいのかもしれない。
それに、この魔法はバランスを取る事までは対応していないので、体重移動でバランスを取っている。
浮くという意味の単語は幾つかあるが、ボヤンスという単語は浮力と言う意味で、これを魔道具で発動すると、魔道具が浮くだけになるのだ。
だから、バイクを浮かせるには、バイク自体に魔法陣を書く必要があって、一度発動するとバイクを止めるまで、発動しっ放しになるのだ。
高さ調節ができるという面では、自由度が高いのだが、斥力よりも効率がいいのかな?要研究だね。
「ふむ、ゴブリンの勢力は、横に広がっているという事か。骨はどれくらいあったのだ?」
「かなりの量がありました。数千頭分くらいでしょうか。」
「多いな。ゴブリンの食料にされたと考えるのが妥当だな。」
『ゴブリンの薄い所を突破してみて、オークが居るかどうか確かめてみるのが良いかもね。確認したら、そのまま引いて、本隊の方は数が多いから、間引きながら減らすのが良いかもね。』
アーリアの目はアルティスを見ているが、考えている事は判っているので、アルティスは知らんぷりをしている。
「アルティスの『駄目だよ。』・・・半分だけでもか?」
『何の為にここまで来たの?』
「ゴブリン帝国とオーク帝国の殲滅と、新兵の実践訓練の為だ。」
『将軍の指揮訓練も兼ねてると思ってね。いつまでも俺の指示と魔法に頼ってるだけじゃ駄目なんだよ?』
「むぅ」
メテオレイン一回で、殆どのゴブリンが死ぬ事になるのは解るが、それをやってしまっては、折角1万4千人もの兵士を動員した意味が無いのだ。
そもそも、全部一人でやるのであれば、こんな森の中に入って来る必要など無く、探査してメテオレインを塊狙って撃ちこめばいいだけなのだ。
残った奴は、放置しても良いし、街まで来るようなら、爪で引き裂くだけで終わるのだから、態々兵士を連れて来る意味も無い。
だが、兵士を連れて来たのだから、兵士の実践訓練をしながら、力量を確かめてやるのが筋という物だ。
戦果を挙げれば、士官になれると言いながら、そのチャンスも与えられないと言うのは、嘘をついているのと同じ事だ。
それに、将軍なのに、真面に指揮をした事が無いってのも、問題あるよね。
『あるじが作戦立案して、ゴブリンの殲滅、頑張ってね。』
「アルティスを戦力としては・・・?」
『どうしても勝てない相手なら受け持つよ。それ以外は駄目!』
「じゃぁ、参考として、一斉に攻めてきたらどうする?」
『魔法師で範囲魔法を撃ちまくって、隙間のゴブリンを斬り倒せばいい。どうせ包囲しに来るから、ハンザ領にいるアラクネ達にも手伝ってもらった方が良いね。』
「あの子達に手伝ってもらうのは、構わないと?」
『そりゃそうでしょ?これからのバネナ王国は、アラクネと国を守っていくんだから、当然戦力としても使うのが筋だよね?』
「そうか。」
あるじがアラクネをどう思っているのかは知らないが、キュプラが主にベッタリな内は、どう足掻いてもアラクネ抜きで考えるのは、悪手だと思うよ。
キュプラが怒る事は無いにしても、いじけたら何を要求されるか判ったもんじゃない。
先日王城で見に行ったら、またコレクション増えてたしね。
「やっと呼ばれたー!」
「ワーイ!ゴブリン一杯いるー!」
「こら、静かに!」
アラクネ達がやって来た。
今回同行しているのは、全員キュプラのキ隊の子達で、キュプラが主のグッズにご執心で、放任主義過ぎるから、ソフティーの子達とは違って、空気を読まない子が多い。
ただ、あるじの命令だけは、絶対厳守って言われているから、注意された途端に静かになったよ。
キ隊は、王都と王城の警備をやっていたんだけど、警備隊が充実してきたのと、アラクネ達の熟練度が上がった事により、人数過多になってきたらしく、暇そうに街中で昼寝をしたりしていたので、任務を解除して遠征軍に同行してもらったのだ。
暗部候補生達は200人程いるので、服や肌着を大量に作って来たらしい。
余った時間は、暗部候補生や幼児達の遊び相手をしていたそうだ。
特に、10歳前後の候補生達とのかくれんぼが楽しかったそうだ。
『アルティス様、アラクネを数名、派遣して欲しいのですが。』
セバス執事から念話が来た。
『訓練に使えそう?』
『それはもう、楽しんで鍛えられるので、かなり優秀な者も増えるかと思いましてございます。それに、余程楽しかったのか、泣いている者も居りまして・・・』
『判った。3名程でいいか?』
『はい。今いる中では、キマ、キラ、キヤの3名が人気の様でございます。』
『キマ、キラ、キヤは、ハンザ領に戻って。暫らくそこで、子供らの相手してて。』
執事の話を聞きながらアラクネ達を見ると、キマ、キラ、キヤの3人だけ、雰囲気が暗いんだよね。
だから、戻っていいと言ったら、キャッキャと喜んでたよ。
「アルティス様ありがとうございます!向こうで頑張ってきます!」
『おう。』
あっという間に戻って行った。
キュプラの子達は、生まれたばかりの頃はキュプラの性格を受け継いでいるのだが、育って来るとそれぞれ個性を身に着けて来る。
好みはそれぞれ違って来るし、遊び方にも違いが出て来て、見てると中々に面白い。
ソフティーの子達も、個性がでてきているのだが、ソフティーが結構厳しいので、騒がしくしたり、お喋りしたりが無いのだ。
遊ぶ時も、安全な遊びが中心で、ポーションや万能薬は、使ったらその日の夕方に必ず補充するし、翌朝には全員で点検して、常に最大数で持ち歩いている。
最近では、干し肉を食べるのを我慢する事を覚えた様だ。
「よし、それでは、まずはオーク帝国の確認の為に、威力偵察を行う。斥候の小隊と協力して、ゴブリンの群れを突き破って、その向こう側を確認して来てくれ。」
まずはオークの群れの位置を確認する様だ。
王国軍の本隊は、既にゴブリンの大群から3キロ程離れた場所にまで来ていて、そこで昼食を摂る予定だ。
それまでに威力偵察でゴブリンの小さな群れを突破して、オークを探そうと言うものだ。
オークの存在を確認する意味は、オーク帝国が万が一後方にあった場合、ゴブリンとの戦闘中に攻め込まれる可能が出て来る。
そのリスクを回避するには、オークが居る位置を確認する必要があるのだ。
オークが数頭居た所で、それがオーク帝国か判らないという事は無く、魔獣は上位種の命令には、絶対に逆らえないので、オーク帝国が本当にあるのであれば、この森の全てのオークが、オーク帝国に属している事になるのだ。
つまり、オークを1頭でも見つけられれば、その奥には本隊がいる事の証拠になるのだ。
オークが全く見つからなかった場合は、捜索範囲を広げるしか無く、横方向と斜め後ろ方向も探す必要が出て来る。
いくら兵士達が精鋭であっても、ゴブリンの大群と、オークの大群に囲まれては、生存率が大幅に下がってしまうのだ。
そうならない為にも、情報を得る事はとても重要な事なのだ。




