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第86話 ヤルス小隊の救出

 「小隊毎に散開しろ!」

 「魔法兵と弓兵は、遠距離で攻撃してくる敵を先にやれ!」


 多数のゴブリン集団の奥から、ゴブリンの断末魔の叫び声が聞こえる。


 『ソフティー、奥の方行くよ!』

 『アイサー』


 またどこかで、変な挨拶を覚えたらしい。

 気にはなるが、今は状況の確認が先決だ。

 樹上を飛び移りながら、カレン達の上にたどり着いた。


 『カレンとヤルスは、まだ余裕がありそうだけど、4人が厳しそうだな。』

 『援護する?』

 『いや、必要無い。厳しいけど、これも勉強だ。マラソンと戦いでは、スタミナの減り方が違うって事を知ってもらわないとね。』


 王都の周囲を回るだけのマラソンでも、適度に緊張を与える為に妨害をしたり、罠を張ったりしているが、命がかかっている訳では無いから、どうしても楽しんで対応してしまいがちになる。

 戦場では、命の危機に瀕している分、緊張して警戒に意識を過分に向けてしまう事がある。

 それ自体は駄目な事では無いのだが、今回の様な、継戦能力が問われる場面では、力んだ警戒を長時間続ける事が、自分自身のスタミナを削ってしまうのだ。

 落ち着いていれば、余計な力を抜くのは簡単な事なのだが、全方位を囲まれる様な状況では、カレンの様に実戦をある程度(こな)すか、同様の状況を抜け出す様な経験でも無い限り、難しい。

 ましてや、今日初めてゴブリンとの戦いを経験したばかりなので、落ち着き払えと言っても無理な話だ。

 そんな中にあって、ヤルスは、カレン同様に落ち着いてゴブリンに対処しているのは、それだけ彼が優秀なのだろう。

 他の4人は、真面目に訓練をやって来なかった事が、仇になっているのだ。

 ただ、顔つきを見るに、全く諦めた様子は無く、スタミナを回復させる事ができれば、まだ続けられそうだ。


 『カレン、ヤルスに一人ずつジュースを飲んで、スタミナを回復しろって言ってやれ。本隊は後方で戦闘に入ったから、もうすぐ助けが来る。それまで頑張れ。』

 『アルティス様?助けてくれないんですか?』

 『カレンが居るんだ、問題無いだろ?』

 『判りました。もう少し頑張ります。』

 「ヤルス、一人ずつジュースを飲む余裕を作れ。本隊がすぐ近くまで来ているから、もう少し頑張れ。」

 「ジュース?スタミナを回復ですね?了解しました。」


 ヤルスが後ろを振り返った瞬間、右耳を矢が貫通した。


 「ぐっ!」

 「ポーションを飲め!」


 ポーチからポーションを取り出し、一息に飲み干して小瓶を投げ捨てた。

 ヤルスの耳に開いた穴が、みるみるうちに塞がった。

 その様子を4人はチラチラと横目で見ていた。

 そして、事前に配布されたポーションで、多少の怪我は治せると知った4人の士気が上がった。

 ほんの些細な事ではあるが、ヒーラーが来るまで怪我に苦しむのと、即座に治せるのとでは、戦い方自体が違うのだ。

 怪我を恐れて消極的に戦うか、怪我を恐れず大胆に戦うかは、結果に大きな差が出る。

 装備を配布された時の説明を、真面目に聞いていなかった4人の戦闘力は、この数十秒で大きく上がる切っ掛けを得たのだ。

 更に、ヤルスの怪我を見て集中力が一瞬途切れた4人は、それぞれゴブリンの持つ武器の攻撃を受けてしまったのだが、斬られた筈が切れておらず、殴られた筈が痛みが無く、刺された筈が刺さっていない事を経験し、訓練で培った剣術という技能を最大限()つ、大胆に使い始めた。


 「動きが変わった?いい傾向だ。」

 「一人はジュースを飲め。4人でカバーするぞ!」

 「「「「了解!」」」」

 「アルスから飲め!」

 「はい!」


 カレンを除く4人が四方に分かれ、一人が中央でジュースを飲み始めた。

 カレンは、一人飛び抜けた強さの為、ゴブリンが近寄って来なくなったので、飛んで来る矢や魔法を剣で捌き、4人を守っている。

 ゴブリンは、通常はそんな事はしないのだが、今襲ってきている集団には指揮官が居る為に、強敵のカレンを避ける指示がでているのだろう。


 『もう大丈夫だな。』

 『へーきみたい。』

 『こっちは砦とやらに向かおう。残りの兵力がどれくらいか、見ておかないとね。』

 『アイサー』


 アルティス達は、砦の近くの樹上にやって来た。

 砦は、野球場くらいの広さで、土塁の上に木で作った壁があり、外周には堀があった。

 堀は、土魔法を使って土塁を作った時にできた副産物を利用しているものと思われ、入り口の門前には、跳ね上げ式の橋まで作ってあった。

 正直、ゴブリンにこんな物を作る技術力も知識も無いと思っていたのだが、上位種になれば頭が良くなる分、この手の知識をどこかで得られるのかもしれない。

 魔獣の上位種というのは、解明されていない部分が多数あり、ゴブリンやオーク等の人型魔獣の上位種は特に、不可思議な事が度々みられるのだ。

 今回のこの砦に見られる様に、やけに建築技術が高い場合もあれば、真新しい武器を持っている場合もあり、襲撃した街や村で使われていた技術を模倣している可能性もある。

 ただ、模倣するにしても、それなりの観察力や思考力が必要になり、跳ね上げ式の橋などは、使ってみなければ模倣したいとは思わない筈なのだ。


 『それなりに頭の良い、冷静な上位種が居るみたいだな。弩の再現はできていないみたいだけど、あの丘の上に見えるのは、バリスタみたいだな。撃ち出すのは丸太っぽいけど、撃たれるのは厄介だな。攻め込む前に、ちゃんと作戦を考えないと駄目だな。』

 『今壊しちゃえば?』

 『ダメダメ、今回は兵士達の訓練も兼ねているから、戦略も考えさせないと駄目なんだよ。彼等は、訓練させる為に居るんじゃなくて、戦う為に居るんだから、戦う時の方法を考えて、作戦を立案してもらわないとね。』

 『じゃぁ、確認だけして戻るの?』

 『うん。大体判ったから戻るよ。』

 『アイサー』


 カレン達の上に戻って来たが、本隊の方もかなりの数を倒して前進して来ていて、後10m程進めば合流できそうだ。

 今攻めてきているゴブリンは、9割がゴブリンで、1割がホブゴブリン、若干数のゴブリンアーチャーが居る程度で、数で圧し潰そうとした様だ。

 だが、カレン達が善戦した為に、大幅に数を減らしただけで、成果を得られなかった様だ。

 カレン達は、撤退しようとしていた為、積み上がるゴブリンの死体の間を抜けながら、徐々に後退しながら戦っており、真っ直ぐ伸びるゴブリンの死体でできた回廊が、30m程できている。

 本隊の方を見ると、魔法師がカレンの居る方を狙って、火魔法の範囲魔法を撃とうとしているのが見えた。


 『やばい![ディスペル]』


 魔法師が放った魔法が、即座に消失した。

 放った魔法師は、突然魔法が消え去った事に困惑し、オロオロしている。


 『あるじ、残り数メートルだから、背後に向けて魔法撃つのをやめさせて。フレンドリーファイアになっちゃうよ。』

 『フレンドリーファイア?そこにカレン達がいるのか。判った。』

 「手前のゴブリンを狙え!残り数メトルで合流できるぞ!踏ん張れ!」


 この指示を聞いて、前線の兵士達が強引に前に出て、合流に成功した。


 「よし!合流した!残るは残党のみ!あと少しだ!」


 本隊は、横に広がって徐々に内側に巻き込む様に進んできた為、ゴブリンの数が減る毎に最前線で戦う小隊を間引いて、交代で戦わせた様だ。

 森の中は、然程(それほど)地形が変化しない平坦な土地な為、大群を殲滅する為に背後にも兵を配置して、囲む様に攻めた方が効率がいいのだが、今回は偵察任務の小隊が、群れの中で囲まれていたので、背後に回ると全方位から押し出す形になってしまう為、三日月の陣で攻めたのだ。

 当初は、両サイドに遠距離の弓兵と魔法師を配置して、十字砲火の如く後詰めを攻撃していたのだが、前線の縮小に伴い、中央に集まっていたのだ。

 既に日が落ちて、ゴーグルを装備してはいるが、死角も多く、奥の方まで見渡すのが難しくなっていた為、火魔法で視界の確保を狙っていたらしい。

 だが、戦線が縮小したという事は、最後尾が近くなっている証拠でもある為、その背後に範囲攻撃を行うのは、間違いだ。

 特に、火魔法での範囲攻撃は、火災という副次効果を生み出してしまい、目的である小隊の救助を困難な物にしてしまう可能性があった。


 『後で、魔法師部隊には、状況の変化を読むって事と、魔法を撃った後の事も考える様にする様、教育してやらないと駄目だな。』

 「今からやるのか?」

 『今日は、ここで野営だよ。』

 「臭いが、仕方無いか。」


 ゴブリンの血と体臭が混ざり合い、ドクダミの様な臭いと、腐ったタマネギの様な臭いが混ざり合い、とても臭い。

 臭いは慣れるとは言え、臭気に慣れるには時間が掛かる。

 この臭いは、魔獣を遠ざける効果があるのだが、周囲には1万匹近いゴブリンの死体が転がっており、そのど真ん中で食事をする気には、到底なれないだろう。


 『仕方ないから、亜空間を使おう。この先にある砦の兵数も少ないし、夜襲を受ける可能性は低いけど、ここで寝るのはかわいそうだよね。』

 「うむ。今回は、夜遅くまで頑張ったから、ご褒美として使う事としよう。」


 と、それっぽい事を言ってはいるが、ここで寝たくないと言うのが本音だ。

 そう思う理由としては、臭い以外にもあって、ゴブリンは足が早い、つまり、腐りやすいという事だ。

 これは、人型の魔獣に共通する特徴ではあるのだが、基本的に人型の魔獣は、体を清潔に保つという事をしないのだ。

 普通、動物や昆虫、魔獣であっても体を清潔に保つのは変わらない。

 常に毛繕い等で、汚れを取り除いたり、分泌液を塗り拡げたりして、身を守っているのだ。

 だが、そう言う事を人型の魔物はやる事が無いのだ。

 水浴びもしないし、体を拭く事も無く過ごしている。

 体毛が少ないというのも理由とされているが、鮮度落ちが早い事に関連しているのだと思う。

 オーク以外は食べる訳では無いのだが、腐敗が早いとなれば、周囲には腐敗臭が漂う事になり、あらゆる腐肉を食べる生物が集まって来るのだ。

 何故、そんなに腐敗が早いのかは知らないが、陸上の鰯みたいな位置づけなのかも知れない。


 『その辺の木に設置するより、地面に直接の方がいいかな?』

 「木でいいんじゃないか?この太さなら、ペルグランデスースでもそうそう倒せないだろうし。」

 『トレントじゃない事を確認してね。一つ設置できれば、中で何個も繋げて拡げるから。』

 「空気穴はどこに設置する?」

 『それは、砦の近くがいいね。砦を監視するのにも使えるし、小型の魔獣も寄って来ないだろうし。』


 ゴブリンは雑食性らしいが、自分達より小さい小動物系の魔物や、力の弱い人間を優先して襲い掛かるので、ゴブリンの近くに居座る小動物は居ないのだ。

 亜空間の空気穴は、小動物や魔獣に塞がれる事が多く、地上でも樹上でも関係無く巣穴でも見つけたかの様に入って来る。

 その為、最新の空気穴は、マイクの様な形状になっている。

 透明度を高くするか、背景に同化させてしまえば、案外見つからないのだ。


 亜空間の入り口を設置するのに最適な木を探す途中で、エンシェントトレントを見つけたのだが、特に攻撃してくる訳では無い様だ。

 トレントは、若木が濃い魔力に(さら)されると生まれるのだが、長い年月を生きると、エンシェントトレントに進化するそうだ。

 長い年月がどれくらいなのかは判らないが、最低でも1000年は下らないと言われている。

 以前、茸の森で見つけた白木のトレントは、レアトレントではあるが、白樺の様な木が魔獣化した物で、白木のエンシェントトレントは発見例は無いそうだ。

 今回見つけたのは、残念ながら白木では無く、何かの果物の木が元になっているらしく、赤い実をたくさんつけていた。


 『上の方に実が生ってるね。一つ採ってみようか?』

 『行こう行こう!』


 トレントに生る実は、超レアな果物として売買されており、一つ白金貨数十枚で落札された事もあるらしいので、一つ採ってみたのだが、鑑定しても甘くて美味しいとしか出ないので、特に何かの特殊効果が得られるという訳でも無い様だった。


 『何か、期待外れだな。この果実よりも、こっちの巣の方が興味深い。』

 『何の巣だろう?』

 『鳥の巣っぽいけど、卵も羽も無いから、判らないね。魔道具を設置して、監視しておこう。』


 採りに行った場所の近くに、鳥の巣があったので、映像を撮れる魔道具をトレイルカメラの様に設置して、何の巣なのか調べようと思う。


 「トレントの実を採って来たのか。何か効果でもあるのか?」

 『特に無いね。甘くて美味しいと出るだけだね。ただ珍しいってだけで、高値が付いたのかもしれないね。』

 「ぎゃっ!」

 「おい!大丈夫か!?パラライズに罹ってるぞ?」

 「ちっ、登れねえのか。諦めるしか無さそうだな。」


 兵士達が、実を欲しそうにしていたが、登ろうとするとヌルヌルの樹液を出して来て、触った兵士がパラライズにかかったので、諦めた様だ。

 俺は、ソフティーに登ってもらったので、難なく枝まで行けたのだが、近づいても何もして来ないエンシェントトレントであっても、登られるのは嫌ということなのだろう。


 『実はソフティーにあげるよ。』

 『いいの!?ありがとー!』

 「ああ・・・、白金貨数十枚が食べられていく・・・。」


 採ってきた実は、ソフティーがガン見していたので、あげたよ。

 丸かじりで食べていたけど、もっと美味しい甘味に慣れた口には、期待していた程の美味しさには感じられなかったみたいだ。


 「宰相殿は豪胆ですなぁ。」

 『ただ珍しいだけの果物なんか、オークションで売れたとしても、最初だけだと思うぞ?』

 「その一回で大金が稼げるだけでも、俺等には嬉しいんですがね。」

 『一度にそんな大金貰ったって、持ち歩ける訳でも無いし、商業ギルドに行かなきゃ両替もできないし、何より盗賊ギルドから命を狙われるだけだぞ?』

 「そんなに重くないから、持ち歩けるんじゃねえですかい?」

 『そんな大金持って、王都の中を歩き回れる程の度胸があるのか?』

 「・・・無理。」

 『冒険者ギルドに預けるにしても、冒険者じゃないお前等では、手数料払うのも嫌だろ?確か1割だったから、白金貨数枚取られるって事だからな。宿に置いておく事もできず、持ち歩く事もできず、盗賊ギルドに命を狙われて寝る事もできず、どうやって生活するんだ?』

 「オークションの出品者は、秘匿されるんじゃないんですか?」

 『オークションの主催者に、盗賊ギルドの幹部が含まれているから、無理だろ。』

 「城内まで、警備隊に警護してもらうってのはどうですか?」

 『金貨50枚で、要人警護を請け負ってた筈だが、引き受けるか判らないな。あ、それと、高額収入には税が2割かかるから、白金貨数枚持って行かれるな。』

 「そんなあー」

 「このポーチに入れれば解決するんじゃないですか?」

 『奪えないから、命を狙われるんだよ。殺してしまえば持ち去る事はできるからな。』

 「そう言う事か・・・。」


 今回の兵士達に支給したポーチは、ディメンションホールでは無く、空間拡張を使用している。

 特に理由は無いのだが、兵士として働いている間は、鮮度を維持する様な物を入れる事を想定していないので、作成時のMP負担が軽い空間拡張を使用しただけだ。

 ディメンションホールにしても、空間拡張を使用しても、取り出す時にはインデックスを使用しているので、利便性としては、時間停止が付くか付かないかの違いと、逆さにして振ると、中身が出るか出無いかしかないのだ。

 ディメンションホールの場合は、中の時間が停止しているので、逆さにして振っても出て来る事は無いのだが、空間拡張の場合は、中の時間と外の時間は同じで、ポーチを逆さにすれば、拡張された空間も逆さになるので、中身が出てきてしまうのだ。


 『設置する木は、こっちの木でいいね。入り口は複数作るけど、通気管の設置場所は木の上が良さそうだね。』

 「中の方はやっておきます。アルティス様は、通気管の設置をお願いします。」

 『判った。』


 カレン達には、元々体育館位の広さのを数個渡してあるので、それを繋げて広くしてもらう予定だよ。

 亜空間ハウスの魔道具には、亜空間ハウスを作るバージョンと、空間を拡張するバージョンがあって、今回は体育館サイズの部屋を数個繋げてもらう事にしたよ。

 亜空間の中で設置するんだけど、外に繋がる出入口は、外に出入り口を設置して、亜空間の部屋に繋げてもらうだけ。

 空気穴と方法は同じだよ。

 今回は、中に14000人も入る事になるので、通気口は良いとしても、排気口は風魔法で外に吹き出す様にしてある。

 原理は、羽の無い扇風機みたいに、(ふち)から風を吹き出して、内側の空気を巻き込みながら排出させる方式だよ。

 こんな方法を使っているのは、風魔法の魔道具というのは、周りの空気を動かしているのでは無く、魔道具から空気を噴き出しているので、その場が真空であっても関係無く風を出せるんだよね。

 つまり、風を出せば周りの空気も巻き込まれて吹き出されるとしても、中央に穴を塞ぐような魔道具を設置してあるよりも、配管に添う様に空気の流れを作ってやった方が、効率よく流れを作り出す事ができると思ったのさ。

 ただ、室内の二酸化炭素濃度が上がる様なら、ベンチレーションを使って外の空気と入れ替えるよ。

 エア・エクスチェンジでもいいんだけど、元の空気がある場所を確認する必要があるというのと、フィルターを通せないので、何かが混じる可能性があって、リスクがあるのと、確認作業が必要になる分、時間が掛かるんだよね。

 ベンチレーションと今の方法と何が違うのかと言うと、吸気口の周囲の空気を吸い込むか、別の所の空気を巨大な風船に入れて、強制的に吸気口に送り込むかの違いかな。

 吸気口には、フィルターファンガスを使っているので、室内に入って来る空気に、変な物が混じる事は無いのだ。


 『よし、もう夜も遅いし、全員中に入れ。入る前にバブルウォッシュを使って入れよ?ゴブリンの血で汚れたまま入ると、中が臭くなるぞ?』


 中に駆け込もうとしていた兵士が立ち止まり、入り口前に設置したウインドボードの上でバブルウォッシュを使ってから、中に入って行った。

 輜重部隊は既に中に入っており、調理済みの料理を配給する準備を整えている。

 レイアウトとしては、入ってすぐの部屋が食堂で、その奥に宿舎として使う為に二段ベッドを設置してある。

 いくら広いと言っても、1万人以上が雑魚寝できる程のスペースは無いので、二段ベッドを作ったのだ。

 だが、それでも全然足りていないので、天井を低くして、その上にもう一部屋作り、そこにも2段ベッドを並べた。

 これでやっと12800人の寝床を確保したので、残りの1200人は食堂で寝てもらう事にした。

 食堂の方は、ある程度余裕があるので、天幕を中で張り、大きくなったルベウスをベッド代わりにして寝る事になった。


 『アルティスさん、少しよろしいですか?』


 突然陛下から念話が来た。


 『はい。どうされましたか?』

 『フーリッシュ伯爵が、謀反を起しました。』

 『今の状況は、どんな感じですか?』

 『近衛騎士団と混成軍が、王都周辺に展開しています。』

 『コルスー、対応よろしく。』

 『了解。』

 『これで大丈夫です。』

 『判りました。』


 緩衝地帯の対応で、将軍と宰相が居なくなった隙を突いたのだろう。

 その考えは、ある意味間違ってはいないのだが、今回動かしているのは新兵だけで、騎士の殆どと混成軍は王城に残っているのだ。

 何かの作戦があるのだろうとは思うが、精神操作では無く、心理戦で来るのかもしれないが、閾下知覚(いきかちかく)を刺激する物に対する対策は、既に指示済みである。

 気になる事は、早めに対策を考えて、さっさと対応させてしまうのが、最善なのだ。

 具体的な策は、ゴーグルが閾下知覚を刺激する物を見つけると、警告を出すだけだ。

 正直、全てのサブリミナル効果のある物を知っている訳では無いのだが、閾下知覚に作用する物を指定するだけで、何とかなりそうなのだ。

 サブリミナルパーセプションという魔法又は、効果を防げばいいという事だ。

 そして、閾下知覚に作用するだけであれば、意識するだけで防げてしまうのだ。

 あくまでも無意識に行う事だけにしか効果を発揮できないので、陛下を暗殺するとか、誰かに命令するとか、勝手に開けてはいけない扉を開けるとか、そういう強制力は無いという事だ。

 ただ、毎日毎日、扉を見る度に開けてみたいとか思っていると、あっさりと誘導される可能性があるので、そういう所をコルスに対応してもらう為に指示を出した。

 後は任せておいて大丈夫だろう。


 翌朝、近衛騎士団長のターレスから報告があった。


 『おはようございます。アルティス様、今よろしいでしょうか?』

 『フーリッシュ伯爵の件かな?』

 『はい。早朝に侵入しようとした者が居ましたが、全員捕縛済みです。素性を調べましたところ、全員がフーリッシュ伯爵の手下で、話が違うなどと喚いてましたが、何かご存知でしょうか?』

 『あぁ、閾下知覚を使ってなんかしたんだろうな。騎士達に異変が出た者はいるか?』

 『騎士には居ませんが、使用人が一人裏口の扉を開けようとした者が居まして、捕縛しております。』

 『裏口って、馬房(ばぼう)の前にある扉の事?』

 『はい。何の為にある扉なのか、知りたかったそうです。』

 『開けて見せてやれば?』

 『今は、そこに閉じ込めてあります。』

 『あー、出して地下牢に入れ替えてやれ。あそこの部屋は、Gが大量に湧くんだよ。今頃ヤバいと思うぞ?』

 『今対応しました。少し錯乱していますね。悪い事をしてしまいました。』

 『寧ろ、侵入者を放り込んでおいた方がいいんじゃないか?』

 『よろしいので?』

 『入れる時に、助けて欲しければ、洗い浚い全て話す事だ。って言っておけば、多分ベラベラ喋る様になるぞ。』

 『試してみます。』


 侵入者になった事を後悔するだろうが、王城に忍び込めば、斬り捨てられても文句は言えないのだから、たかがG攻め程度、比べ物にならない程に軽いお仕置きにしかならないのだ。

 こっちの世界でも、Gは掃除屋として棲息していて、街中に居る奴は小さいが、森に居る奴は体長30センチ程もある奴がいる。

 その大きさでも、素早さは変わらず、食性も殆ど変わらないそうだ。

 王城の中にそんな物が居るなんて、とんでもない事の様に思えるかもしれないが、小さい奴は、数ミリの隙間にも入り込み、あらゆる隙間から侵入してくる為、排除するのはとても難しいのだ。

 また、Gが居なければ、たい肥を作る事もままならないのも事実で、前の世界でもGが絶滅したら、自然への影響がもの凄い事になるとまで言われていた。

 だから、表に出てくる奴だけを駆除して、裏に居る奴等は放置しているんだよ。

 ピカ族達のおやつでもあるしね。


 『もうひと眠りするか。』


 真夜中に起きて、亜空間の外に出た。

 外の木の上には、暗部の候補生達が居て、亜空間の入り口を守っている。


 『異常は無いか?』

 『はい、ありません。こんな時間に起き出して、どうされましたか?』

 『いつもの事だよ。それより、明日は頼むな。』

 『はい。お任せください。』


 話をしていたのは、暗部候補生の隊長をやっている、ピーカンという名でクルミの弟だ。

 クルミは、休暇を使ってハンザ領に行った暗部で、帰って来た時はニッコニコだった。

 今は、オロシと一緒に休暇中だ。

 候補生達は、セバス執事の指導の元、この緩衝地帯でゴブリンやオークを狩りながら、暗部としての修業をしている。

 今回は、遠征軍の援護を見つからない様に遂行するという使命を受けて、情報収集や兵士達の危機を救ったりしている。

 この森は、彼等にとってはホームみたいなもので、この森で狩りをして食料を調達していたのだが、最近はゴブリンが増えすぎて、食料にする魔獣が大型の物しか居なくなってしまい、狩るのに苦労していたそうだ。

 王都に何度か報告を上げていたのだが、全然対応してくれないので、クルミに伝えて欲しいと言ってあったそうだ。

 クルミからは、そんな報告は受けていないが、それは黙っておくよ。


 『アルティス様、お願いがあります。』

 『後で届けさせるよ。というか、領都にスケープゴートの肉を置いてきたから、肉を食えると思うよ。任務中は、輜重部隊の狼人族に言えば、食べられる様にしておくよ。』

 『何で判ったんですか!?』

 『ペルグランデスースの肉を見て、目をキラキラさせてたのを見たからな。ハンザ領にいる狼人族も、偶には訓練に連れて行ってやってくれ。料理ばかりしてると、鈍って来るからな。』

 『それは、師匠には伝えてありますか?』

 『言ってあるよ。馬人族も戦えるし、この辺の魔獣程度なら、余裕で狩れると思うぞ?』

 『師匠がそれをさせて居なかったのは、何故だと思いますか?』

 『そりゃぁ、君らの訓練の為だろ。』

 『そうですか。でも、倒せるんですが、肉を持ち帰るのが難しいんですよね。』

 『マジックバッグも渡しておいたから、次からは持って帰れるよ。肉は大事だからな。特に君らは。』


 暗部候補生達は、基本的に成人前の子供で構成されているので、体を作るにはタンパク質が必要だ。

 野菜でも多少のタンパク質を摂れるのだが、ヴィーガンを見ても判る様に、ガリガリになってしまうのだ。

 ムキムキのゴリラになられても困るのだが、常日頃から、飛んだり跳ねたり、走り回る彼等が、筋肉ダルマになる事は無い。

 全身の筋肉を使って動き回っているので、体が勝手にその動きに対応した筋肉を作ってくれるのだ。

 その筋肉を作る為にも、肉を食べてタンパク質を補充する必要がある。


 『ありがとうございます。アルティス様の為にも、頑張って早く一人前になれる様、努力致します!』

 『焦りは禁物だよ?一つ一つ確実に技術を身に着けて、頑張ってね。』

 『はい!』


 因みに、今回の遠征軍にもアラクネ達は同行して来ているのだが、今はまだ出番が無いので、ハンザ領にて暗部候補生達の為に服をせっせと作っているよ。

 セバス執事が、王都に来た時にちょいちょい持って帰っていたんだけど、半分くらいの子がツンツルテンの状態だったのを見て、我慢できなかったらしい。


 『そういえば、アミュレットが古いままだね。更新しておくよ。それと、腕輪も渡しておくよ。』

 『ありがとうございます。』


 王都の暗部達とほぼ同じ装備を身に着けているんだけど、基本的にはお古の装備を使っているだけで、最新では無いのだ。

 ハンザ領には、敵となる人間が殆ど居ないので、最新の装備を身に着ける必要は無いとセバス執事は思っているのだそうだ。

 だが、今回の遠征軍派遣に伴って、悪魔や小賢しい貴族がちょっかいをかけて来る可能性が出て来るので、最新装備を身に着ける様に言っておいたよ。

 悪巧みをする者には、脅威でしかない暗部が、こんな所で育成されていると判れば、ハンザ領をどうにかしようとしてくるのは、理に適っているからね。


 『ついでに、今後使う可能性がある魔道具も渡しておくよ。』

 『判りました。』


 暗部候補生達がいる樹上から下を見ると、ゴブリンの偵察がウロウロしているのが見える。

 基本的にゴブリンは、通常であれば偵察なんてできる訳が無く、食べ物を見つけては食べ、疲れたら寝て、起きたらまた食べ物を探すという行動パターンで生きているのだ。

 だが、今は統率する者が居る為に、脇目も振らずに偵察というか捜索を続けている様だ。

 ただ、そうは言っても、元々頭の良い連中では無いので、同じ所をグルグルと探し回る程度の事しかできない様だ。

 この徘徊しているゴブリンを殺せば、先程の様に魔道具で警報を鳴らして、仲間に居場所を伝えるのだろう。

 疑問なのは、その魔道具をどうやって手に入れたのか、気にならない訳が無い。


 『あのゴブリンが持っていた魔道具の出所は判るか?』

 『多分ですが、神聖王国の行商人が身に着けていた魔道具を流用したのでは無いでしょうか?』

 『あぁ、仲間を逃がす為に鳴らすとかか?』

 『いえ、野営する時に鳴子として使うんです。繋いだ紐が、引っ張られたり切れたりすると、警報が鳴る仕組みです。』

 『それを持たせて、頭から紐を降ろしているのか。それの使い方を教えた奴がいると考えた方が良いな。』

 『調べますか?』

 『多分、本隊の方に居るんじゃ無いかな?』

 『砦には居ないという事ですか。アイツらを殺せないのは、ちょっと厳しいですね。』

 『そんな事無いぞ?他の場所の奴を殺せば、そっちに集まるからな。こっちは手薄になる筈だ。』

 『流石です。それで対応しましょう。』


 そんな単純な手に引っ掛かるかは判らないが、元がゴブリンなだけに判らないんだよな。

 どちらにせよ、やってみるのが良いだろう。

 欺瞞(ぎまん)だとバレたとしても、確認の為に手下を差し向けなければならないのだから、多少でも戦力の分散ができるのであれば、やる意味はあるという物だ。

 ゴブリン帝国と呼べるほどの規模になっている事から、ゴブリンキングから更に進化したエンペラー級が居る可能性もある。

 エンペラー級は、伝説として伝わっては居るのだが、今までに目撃例は1度きりなのだ。

 それも、遠くからそれらしき姿を目撃したというだけで、本当に居たのかは判らないのだ。

 そもそも、誰も見た事が無いのに、何故それをエンペラー級だと思ったのかが理解できないので、その目撃例も眉唾である可能性が高いと思っている。

 何故なら、人間というのは、善か悪かは別として、基本的に嘘つきなのだ。

 嘘をつく相手は、自分の場合もあるし、他人の場合もあり、家族や恋人、職場の上司や全くの他人など、対象となる相手は様々。

 エンペラー級に関する事についても、真偽の程が判らなくても、経験則や見た目で脳が勝手に判断して、嘘をつく。

 特に、確認できない事、つまり魔獣や自分の体の事に関しては、嘘をつき放題なのだ。

 因みに、今回は目撃された訳では無く、ゴブリンの規模が数万を超える程に膨れ上がっている事から、その規模を端的に伝える為に、帝国と言っているに過ぎない。

 ゴブリンキングの統率できる規模は、今までの討伐記録の最高数が4000匹強だったので、それを遥かに超える今回の群れは、常軌を逸していると言っていい。

 その異常性を端的に、たったの一言で言い現わした報告者は、有能だと言える。


 『今回のゴブリンの群れを帝国って言い始めたのが誰か知ってる?』

 『えっと・・・私です。少し大げさに言ってしまったかと、反省しております。』

 『そうか、ピーカンが最初か。いい報告の仕方だよ。端的に大規模って事が伝わったからな。いい判断だ。』

 『ありがとうございます!』

 『ご褒美に、特製ポーションと干し肉をあげよう。ポーションは20本、一人1本使える様にしておく。欠損は治らないが、瀕死でも治るし状態異常も治るから、誰かが重症を負ったら、気兼ねなく使ってやれ。干し肉は、最高級の奴な。ポーチに入れておかないと、匂いでゴブリンにバレるから、食べる時には気を付けてな。』

 『わあー!』


 ピーカンの後ろにいる子達が、キラキラした目で干し肉に目が釘付けになっている。

 一人で全部食べる様な事はしないと思うし、どう使うかはピーカン次第だよ。


 今回の遠征軍に支給されたポーションは、アルティスが以前作り続けていたポーションの在庫と、カレンとリズが寝る前に作っていた物が9割を占め、残り1割はMAGを育てたい兵や騎士がコツコツと作った物をシャッフルして配布してある。

 ピーカンに渡したのは、別で作った特別製で、マジックリーフとヒールファンガスも入れたので、エリクサーに限りなく近い物になっている。

 遠征軍に渡したポーションをシャッフルした理由としては、錬金術の練度が高いアルティスが作った物は、当然高品質になり、アルティス以外の作った物の品質はバラバラで、その品質の差を体感してもらう為であり、その経験がポーションを作る意欲に変わるのを期待しているのだ。

 よく効くポーションと、あまり効かないポーションの両方を使えば、何故そんなに品質にバラつきがあるのか気になり、作り方が簡単だと知れば、自分で作ってみようと思ってもらえる。

 最初は低品質だとしても、作り続けていれば品質は徐々に高くなり、同時にMAGも上がって来る事になる。

 そうやって、一人でも多くのポーションを作れる人が増えれば、たとえ戦場でポーションが切れても、現地で作れる様になり、作戦行動が長期になっても問題が無くなるのだ。

 そうやって身に着けた技能は、軍を辞めたとしても金を稼ぐ手段になり、ゴロツキになる可能性が減るのだ。

 もちろん、早々に諦める者もいるが、方法を知っているのと知らないのとでは、大きな差になるのだ。

 大量に作られる様になれば、当然価格は下がる。

 だが、作り手の少ない地方に行けば、高値で取引されている所も沢山あるので、王都への一極集中も防ぐ事に繋がるかも知れない。

 今すぐに結果の出る事では無いが、将来的にそうなる事を考えて、種をまく事も治政には重要なのだ。


 『もうすぐ夜が明けるから、俺は戻るよ。後は頼むぞ。』

 『了解です!』


 亜空間の出入口は使わずに、直接テレポートで中に入った。


 「外に行っていたのか?」

 『あ、おはよう。そうだよ、暗部候補生達と話してきた。』

 「そうか。外の様子はどうだった?」

 『ゴブリンが必死に探し回ってるけど、問題無いよ。』

 「罠をどうやって回避するかだな。」

 『簡単だよ。首を斬り落とさなければいいんだよ。頭を一突きで倒せば、多分鳴らないよ。』

 「そうか、判った。」


 ピーカンの話では、紐を引っ張るか切れるかで鳴る仕組みと言っていたから、首を狙うのではなく、頭を狙ってしまえば音が鳴らないという事だ。

 例え鳴ってしまったとしても、砦に残っているのは、数百のゴブリン、100ちょいのホブゴブリン、その他上位種が居る程度らしいから、こちらは数で押してしまえばいけるだろう。

 昨日の戦闘で数が減ったから、統率しているゴブリンジェネラルが、応援を要請していないとも限らないが、片やオークとも戦闘中ともなれば、そうそう応援を出す事もできないだろう。

 ゴブリンが、こちらを餌として認識しているかどうかで決まる問題かもしれないが、数千匹を殲滅した相手ともなれば、大幅な戦力低下に繋がる様な真似はしないと思っている。

 それがゴブリンだとしても、罠を使って居場所を特定する程の知能を持っているのだから、戦術的思考の持ち主である可能性も高いのだ。

 籠城している可能性は低いにしても、砦の向こう側には、こちらの進行速度を落とす為の方策が仕掛けられている可能性もあり、そんな所に頭の悪いゴブリンを派遣するような()は犯さないだろう。

 罠を仕掛けてある所にゴブリンを派遣なんかしたら、仕掛けた罠にはまりまくって、罠が使い物にならなくなるばかりか、兵力も落ちてしまうのだから。


 夜が明けると、次々と兵士達が起き上がって歩き出し、立ち並ぶ2段ベッドにぶつかって転んだり、未だ寝ていた兵士に圧し掛かったりして、殆どの兵士が目を覚ました。

 朝は、ほぼ全員が顔を洗い、ケバケバの木の木片を使って歯を磨くのが習慣となっている。

 ケバケバの木は、酵素を含む樹液が歯磨き粉の役割を果たし、木の繊維は切れると横に飛び出して毛羽立つので、昔から歯ブラシとして利用されているのだ。

 多少泡立つ程度だが、酵素が歯の汚れを落とし、歯を健康に保つ役割を果たしてくれるのだ。

 生活魔法のクリーンでも歯の汚れは取れるが、効果が人によって差があり、汚れを上手く落としきれていない場合は、虫歯になってしまうのだ。

 虫歯は、怪我でも病気でもないので、痛くなるまで放置しなければ、ヒールやポーションを使う事ができず、使ったとしても削れた歯は元には戻らない為、虫歯が再発しやすく、液体を飲むと沁みるので、殆どの人はケバケバの木で歯を磨くのだ。

 歯医者など居ないこの世界では、歯を抜く事自体が難しく、奥歯が虫歯になった場合は、最悪死ぬ事もある為、歯磨きを怠る者は馬鹿と呼ばれる。

 今回の亜空間には、水場が無いので、急遽、水場を作ってやった。

 朝の準備には時間が掛かる為、朝食は朝の6時からとなっている。

 早々に歯磨きを済ませた者は、スペースを見つけて剣の練習や、柔軟体操をやっているが、殆どの兵士が歯磨きを終わらせると、毎朝のルーティーンを行うスペースが無くなり、混雑した様になってきた。


 『ベッドは片付けよう。朝食もできているのなら、ドンドン食べさせた方がいいね。』

 「そうだな。そうしよう。」


 元々寝る為の場所として用意したスペースである為、それ程広さが無いので、朝食の時間も少し早めて、さっさと外に出す事にした。

 外には、ゴブリンがウロウロしているが、元々ゴブリンを殲滅する為に派遣しているのだから、見つかって本隊が来たとしても、特に問題は無いのだ。

 問題があるとすれば、こちらの準備が整う前に襲われる事くらいで、外に出た時点で準備が完了しているのだから、100人も出してやれば大丈夫だろう。


 「朝食を食べ終わったら、外に出る準備をしろ。外にはゴブリンの斥候がウロウロしているが、警報が鳴る魔道具は、首を斬り落とすのではなく、頭を一突きにしろ。問題の魔道具は、魔道具本体から伸びる紐を斬るか、引っ張るかによって発動する。首を斬り落とせば鳴る可能性が高いが、頭を一突きにするのであれば、発動しない可能性もある。突く時に、剣を立てて突けば、更に紐を避けられる可能性も高くなる。警報が鳴り響いた場合、準備の終わった小隊しか外に出て来ないから、少ない人数で対処する事になるかもしれない。心して対応する様に。」


 現在、準備が完了している小隊は、全部で11。

 総勢110人だけだ。

 1小隊は最大10人で、剣か魔法しか攻撃手段が無い為、人数を増やしても動きにくくなる為に、最大10人を一つの小隊として運用している。

 弓兵と魔法師は、歩兵とは編成が違い、1小隊が8人での運用となっている。

 人数の少ない魔法師の場合は、20人で小隊を組んでおり、接近戦になっても短剣術で応戦できるが、それ程臨機応変に対応できる訳では無い為、援護や補助魔法を使う者も含めて、一つの小隊としている。

 基本的に魔法師は、面制圧要員として見ているので、分散させる事を想定していないのだ。

 弓兵も同様に面制圧要員として見てはいるが、魔法師よりも身軽な者が多い為、中隊の援護を主目的として運用する事を想定している。

 飛距離はどちらもそれ程変わらないが、弓の方が命中精度は高いので、敵の遠距離系を主に狙い撃ちする役目を担っているのだ。

 輜重部隊は、戦闘中も食事の準備を主にやってはいるが、手が空いたら衛生兵として、負傷者を運ぶ役を狼人族だけがやる事になっている。

 料理人達は兵士では無いから、戦場を走らせる訳にはいかないからね。

 本陣は、基本的にアーリア、アルティス、カレン、リズの4人しか居ない。

 カレンとリズは、少将で旅団長辺りの役割で、兵士達が太刀打ちできない相手が出てきたら、打って出る事になっている。

 ヤルス小隊は、朝の時点で既にカレンの直轄から外され、一小隊として戦闘に加わる事になっている。

 人数は少ないが、全員が貴族家の子息という事もあり、小さい頃から剣を扱ってきている為、小隊の戦力としてはトップクラスの実力者の筈なのだ。

 昨日の時点で、全方位を敵に囲まれた中で戦い抜いて来たのだから、一番肝が据わっていると言えるのだ。


 「よし、では外に出て、周辺の警戒と徘徊するゴブリンの討伐任務を与える。心して警戒に当たれ。」

 「了解!」


 小隊と共に、アルティスもソフティーの背に乗って外に出た。

 すぐに近くの木に登り、周辺の警戒を始めたのだが、夜明け前に居たゴブリンは既におらず、魔力感知にも引っ掛からない為、そのまま砦の方に向かった。


 『流石に砦の近くに来れば居るな。だけど、この配置は何なんだ?』

 『アルティス、あれ、投石機じゃない?』


 ソフティーが見つけたのは、砦の中央にある城塞の天辺にある、空に伸びた長い木の棒だ。

 今いるのが樹上であっても、その木よりも高い位置にある棒が、よく見えない。


 『うーん、投石機のアームっぽく見えるけど、あの位置に投石機って、荷重に耐えられるのか?木造の城塞で。』


 投石機にも幾つかの種類があるが、共通しているのは、重りを勢いよく落とす、カウンターウェイトの力を使って、梃子の原理で先端のスリングに入れた石を飛ばすというもの。

 単純そうに思えるが、カウンターウェイトの荷重は凄まじく、アームにかかる荷重もかなりのものだ。

 木造とは言え、城塞として使うからには、それなりの強度を持たせてはいるのだろうが、アームの先端にかかる荷重は、それ以上になる可能性が高い。

 今見える棒の先端には、特にスリングの様な物は付いておらず、ただの棒にしか見えないのだ。

 ただ、取り外し可能なスリングか、固定した石ごとスリングも飛ばすという可能性もある。

 飛ばす石の種類にも依るが、もしあれが、巨石を飛ばす様な物であれば、バリアで防げるか怪しい所ではある。

 射程距離はそれ程ではないとしても、森の中を狙う程度であれば、十分な飛距離と言えるだろう。


 『万が一、あれが投石機だったとして、ゴブリンにあれを運用できると思う?』

 『うー、わかんない。』


 一つ一つの動作をやらせるにしても、普通のゴブリンでは非力過ぎて難しく、上位種のホブゴブリンにやらせるにしても、統率者が居なければ多分無理だ。

 その統率者が居るとして考えてみるが、ゴブリンの上位種がやるにしても、ジェネラル以上でなければ、知能的に難しそうだ。

 本での知識ではあるが、ゴブリンの知能というのは、ホブゴブリンまでは自己中心的な思考しか持てず、下位種に指示を出せる様な知能は無いとされている。

 アーチャーやメイジ、ウォーリアはホブゴブリンの亜種で、ホブゴブリンがそれぞれの武器を持ってある程度の経験を得ると、それぞれの亜種に変化するらしい。

 ジェネラルから上の上位種についての発生条件は未だ不明だが、どの個体もある程度の統率力を持つ事が知られている。

 これらの知識は、過去にゴブリンを戦力として活用しようとした国の研究機関が調査した結果が、パピルスの様な物に記録されていた為に、紙に書き写されて本にされたそうだ。

 その国は、突然現れたゴブリンジェネラルに因って引き起こされたスタンピードが原因で、滅ぼされてしまったそうだ。


 『別の方向からも観察してみよう。』

 『わかった。』


 オプティカル・カモフラージュを使って、砦の裏側へ回ってみた。

 砦の裏から見ると、砦自体がハリボテである事が判った。

 裏側には壁が無く、中の構造が丸見えだったのだ。

 そして、釘や(かすがい)の様な物は使われておらず、全て縄で結んであるだけであった。

 そのハリボテの一番上に投石機が設置してあって、柱や梁の接合状態から見て、数発で建物自体が崩壊すると見た。


 『よし、戻ろう。この砦は、大した脅威にはならない事が判ったよ。』

 『なんか、がっかり。』


 ソフティーは、あのゴブリンが建築をした事で、大いに期待していた様で、裏側を見て明らかにがっかりした様子だった。

 通常、ゴブリンが集落を作っても、枝葉を寄せ集めて寝床を作る程度なのが、防壁や建物を造った事が凄い事で、釘などが一切使われていなかったのは、作る技術が無かったのだと思う。

 ただ、防壁自体は、乱雑に並べた壁では無く、整然と並べられた丸太の根元を埋め込み、縄で連結している事から、人間か、同等の知識を持つ何者かが居る事が伺える。

 こんな僻地である事から、人間であれば、アバダント帝国かハンザ神国の出身者、それ以外では、魔族くらいしか思い浮かばない。

 悪魔の可能性は、ほぼ無いと見ている。

 悪魔は、それなりの知能と知識を持っているが、そもそも建物を建てるという概念自体が無いと言われている。

 悪魔の出身地である魔界には、建物が存在せず、常に空間を漂っているだけの精神体なのだそうだ。

 それが、こちらの世界に来ると人型となり、依り代である人の体を手に入れると同時に、その知識や記憶を得て、人族のフリをする事ができる様になるのだとか。

 悪魔のランクは、存在した時間と、得た知識の量で決まり、多ければ多い程にランクが高くなる。

 その知識は、依り代を得るだけでなく、別の悪魔を食らう事でも得る事ができる為、魔界では、悪魔同士の戦いが絶えないそうだ。

 これは、過去の聖職者が捕らえた悪魔から聞いた話を記録した物らしく、勇者と共に召喚された聖女が、神聖王国を興した時に経典に載せたそうだ。

 経典自体を読んだ事は無いが、ワラビがそう言っていた。

 経典は、何度か読もうとしたんだけど、何故か3ページから先に進まないんだよね。

 いつも、気付いたら寝てるのさ。

 この現象は、ヘミングウェイ以来だな。


 戻る道中は、特に何事も無く戻って来た。

 既に部隊は進軍の準備が終わり、進軍を開始していた。

 進行方向の偵察は、6小隊で行っており、砦の近くまでゴブリンが居ない事が確認されている。


 「アルティス、戻ったか。砦の様子はどうだった?」

 『投石機があったけど、多分数発で崩壊するよ。』

 「そうか。投石機らしい物があると報告があったが、間違いでは無いということか。脅威になりそうか?」

 『何とも言えないね。散弾っぽいけど、単発の可能性もある。どちらが長持ちするかと言えば、単発の方が長持ちするけど、奇襲で燃やしちゃえば、撃てなくなるでしょ?』

 「そうだな。だが、魔法では射程距離が短くて、投石機の射程内に入る必要が出て来る。弓矢では、火力が弱すぎて、燃えるまでに時間が掛かる。どちらの方法を選ぶべきか・・・。」

 『そんなの魔法一択でしょ。隠ぺいのローブを着て行けば、見つからずに近くまで行けるじゃん。』

 「そうだが、魔法師単独で行かせるのもな。」

 『火魔法と風魔法の得意な魔法師を二人と、小隊を護衛につければいい。弓矢は砦が燃え始めてからで、問題無いよ。魔法で狙うのは、砦の下の方だよ。』

 「下の方?何故だ?」

 『火ってのは、上に昇るんだけど、下には下がり難いんだよ。だから、下の方を燃やせば、上もすぐに燃え始めるんだよ。』

 「消されないか?」

 『消させない為に風魔法で火力を強めるんだよ。それに、ゴブリンだよ?ゴブリンメイジが居たとしても、その程度では対処できない位の炎を作り出してやれば、問題無いでしょ?それに、ゴブリンメイジが集まって来るのなら、その場所に撃ち込めば、妨害できるよね?』


 アーリアは、火魔法が得意な魔法師と風魔法が得意な魔法師を呼び出し、同時に2つの小隊を呼んだ。

 火魔法が得意な魔法師の名は、アーソン・パイロマニアという、ちょっと危ない名前の男で、目尻から蟀谷にかけてギザギザの痣がある。

 風魔法が得意な魔法師の名は、アンディ・フォアキャスターという、ハーフエルフの男だ。

 何気に、男のハーフエルフって初めて見た気がするが、ぱっと見で成人直後のほんわかイケメンだ。

 二人共真面目な顔のつもりなんだろうけど、アーソンは睨んでる様に見えるし、アンディは笑顔に見える。


 「アーソン・パイロマニア、アンディ・フォアキャスター、二人には特殊任務をやってもらいたいので、ここに呼んだ。特殊任務の内容は、ゴブリンの砦を燃やす事だ。もちろん行くのは二人だけでは無く、護衛として小隊をつける。」


 魔法師への説明の途中で、2つの小隊がやってきた。

 2つの小隊には大楯持ちが居て、片方は鉄製でやたらと重そうなカイトシールド、もう片方は木製で、トロント材を使ったタワーシールドを持っている。


 「チェストナット隊、ウォールナット隊着ました!」


 栗と胡桃か、どちらも硬そうだ。


 「うむ、君等には、魔法師を守りながら砦の近くまで行って欲しい。魔法師は、砦の近くから砦に火を点ける。火を消そうとするゴブリンメイジが居たら、魔法師がそれも攻撃するから、君等は魔法師をアーチャーや砦から出て来るゴブリンから守るのが役目だ。」

 「了解!」

 「魔法師の二人はどうだ?」

 「「やります!」」

 「では、任せる。」

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