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第85話 ゴブリン帝国との前哨戦

 「戦闘用意!」

 「魔法準備!範囲攻撃は使うな!単体を狙え!弓兵は奥の方を狙え!」


 アーリアの号令に続き、リズとカレンが魔法兵と弓兵に指示を出す。

 外縁部では、各小隊長と中隊長が前に出て、剣を鞘から引き抜いた。

 訓練では、まず魔法兵の攻撃があり、その後弓兵が手前の魔獣の背後に隠れる魔獣を射抜き、数を減らしてから突撃していた。

 今、目の前に居るのは大型の魔獣で、背後に隠れる魔獣に矢が届くとは考えられない。

 歩兵はそう考えていたが、弓兵はエルフ達の下で大型の魔獣背後から狙って来る、小型の魔獣を狙う訓練もしていた。

 所謂曲射という手法で、本来、直接狙うのは難しいのだが、訓練を重ねる事である程度命中率を上げる事ができていた。

 向かい風の場合では、風の影響を受けやすい弓矢では、撃った矢が自分達の頭上に降り注ぐ事もあるのだが、風魔法で矢を保護する事で、風の影響を無くし、僅かだが落下地点を修正する事も可能になっていた。

 指導をしていたエルフ達なら確実に命中させるのだが、弓を習い始めて間もない人間には、到底無理な話だ。


 「ってい!」

 シュバババッ!


 魔法兵から不可視のウインドカッターが撃ち出された。


 ギャアアアゥゥ

 「弓兵!撃てぃ!」

 シュシュシュシュッ!


 魔獣の顔面を切り裂いたが、傷が浅い。


 『馬鹿野郎!硬い顔面を狙うな!足か腹を狙え!』


 大型魔獣の殆どは、ペルグランデスースやブラックベアばかりで、どちらも顔面の皮が厚く、多少の傷では致命傷に至らない。

 ペルグランデスースは、大きな顔が邪魔で腹を狙うのは難しいが、足は見えているので狙えるはずだ。

 ブラックベアは立ち上がっているので、弱点の腹を狙うのは容易なのだ。

 だが、魔法兵達は何故か顔面を狙ったのだ。

 それは、恐怖で意識が赤く光る目に向いていたからだろう。


 「落ち着け!冷静に弱点を狙わなければ、命が幾つあっても足りないぞ!」

 ギャッ!ガウゥッ!


 曲射で撃ち出された矢が、後方の魔獣に幾つか命中した様だ。


 「弓兵は撃ち続けろ!魔法兵は魔獣の足を狙って撃て!」

 「敵が向かって来るぞ!抜剣!」


 魔法兵の初弾が命中した直後、怒った魔獣が走る体制になり、(せき)を切った様に突進してきた。


 ドドドド!


 突進してきた魔獣が、魔法兵の2射目を受けて転倒した。

 だが、その巨体の背後から、身軽な狼系の魔獣や鹿系の魔獣が飛び出してきた。


 ウォオオオン!

 シュパッ!


 兵達の前面に立っていた中隊長が、向かって来た狼に対し、剣を縦に一閃した。


 べシャッ


 中隊長の両側に、綺麗に真っ二つに切り裂かれた狼の死骸が落ちると、魔獣の姿に怯えていた兵達の目に、光が(とも)った。


 「突撃ー!」

 うおおおおおおおお!


 剣を構えた兵達が、陣地を取り囲む魔獣に向かって、一斉に駆け出した。

 魔法兵は撃つのを止め、剣を持った兵達が突撃するのを見守った。

 突撃した一人の兵は、突進してくる狼に斬り付けると、まるで素振りでもしたかの様に殆ど抵抗も無く振り抜いた。


 「な、何だこれ・・・。」


 この装備は本物だ。

 ただの量産品なんかじゃねぇ!本当に切れ味抜群の武器だ!そう思った瞬間、巨大な物が兵士を襲った。


 ドガッ!


 狼を斬り裂いた瞬間、あまりの切れ味に驚き、飛び散る血飛沫や勢い余って自分に向かって来る狼の体を避けそこない、跳ね飛ばされた。


 「うわあああああ!」


 兵を跳ね飛ばした狼は、既に絶命していた。


 『[エンバンクメント]』


 アルティスは、魔法兵と弓兵が狙いを付けやすい様に、地面を土塁の様に盛り上げた。


 『弓兵と魔法兵は、歩兵の援護をしろ!』

 「怪我をした者は、速やかに後ろに下がり、ポーションを使え!」

 「ボケっとするな!驚くのは後だ!前を見ろ!」


 兵達の士気は、鰻登(うなぎのぼ)りに上がった。

 自分達を取り囲む魔獣達の大きさに圧倒されていたが、剣を訓練通りに振れば、まるで狼が二つに分かれて自分を避けて行く様な錯覚を覚えた。

 「勝てる!」迫る狼に剣を振り抜いた兵士達は、皆そう思った。

 その感情は、言葉に出さずとも後ろの兵士に伝わり、あっという間に兵士達の間に広まった。

 そして、戦場の空気が変った。

 もうそこには、怯えた顔をした兵士は一人もおらず、一様(いちよう)に自信に満ち溢れ、平静さを取り戻していた。

 数十秒前までは、迫りくる死の恐怖に怯えていたが、最早それらは敵ですら無く、前を塞ぐただの障害物でしか無くなった。

 動きは単調、剣が間に合わなければ避けるだけでいい。

 そうすれば、後ろにいる別の兵士が斬り倒してくれる。

 それは、自分の持つ武器に対する信頼と、同じ鍛錬、同じ訓練を経て、同じ戦場に立ち、同じ剣を持つ仲間への信頼があるからこそだ。

 背中を預けられる戦友、それこそがこの戦場を支配した感情なのだ。


 向かって来た狼の魔獣は、グレートウルフと言う4級冒険者でも梃子摺(てこず)る魔獣で、群れを成している事が多く、群れのボスは一回り大きくて、頭から背中にかけて生えている(たてがみ)がご立派なのだそうだ。

 体長は、平均2m程あり、ボスの体長は3m程あるそうで、ボスは狩りにはあまり参加しないらしいので、今もそれらしき影は無い。

 まぁ、そんなサイズの狼が突進してきてぶつかれば、人ひとりくらいは簡単に吹き飛ばされるという事だ。


 『鬣がご立派って、どういう事だよ?』

 「まぁ、見れば判りますよ。」


 大隊長の一人に聞いたのだが、何故鬣の言い回しが下ネタチックなのかは、見れば判るそうだ。


 戦いは、こちらが優勢である。

 そりゃそうだ、4級冒険者が梃子摺る筈の魔獣が、スパスパと斬り飛ばされて行くのだから、少し前までの緊張など消え去ってしまう。

 気を付けるのは、すぐ近くに居る仲間を斬らない様にする事だけだ。

 そうこうしている内に狼は居なくなり、魔法兵が足止めした巨大な魔獣の目の前に到達した。


 「でけぇ。」

 「こいつは頭を狙っても、剣が刺さり難い。この剣であっても、分厚い頭蓋骨を貫通させるのは難しい。」


 中隊長がペルグランデスースの顔の前に立ち、部下達に講義し始めた。


 ザクッ!

 ブモオオオォォォ!


 中隊長が額に剣を突きさすと、ペルグランデスースが頭を振って剣を振り払った。


 「今は、結構力を込めたんだが、脳に達していないから、まだ死んでない。だから、こいつを倒すには、首を狙うか、腹を狙え。剣の扱いに自信があるのであれば、目を狙ってもいいが、目の奥にも骨があるから、殺すには力が要る。」


 そう言って首に近づき、剣を一振りして飛退いた。


 ブシャー


 首を斬られたペルグランデスースの血飛沫が、すぐ隣で藻掻くブラックベアに降り注いだ。


 「あ、馬鹿!?ブラックベアは、魔獣の血を飲むと再生能力が増すぞ!」


 リズが中隊長に注意を促すと、すぐ隣で藻掻いていたブラックベアが立ち上がった。


 「ブラックベアは、腹が弱点だ。腕を振り回すが、ペルグランデスースの頭よりも柔らかいので、こうやって振り回す腕を斬り落としてから、腹を斬ればいい。」

 サクッズバッ


 説明しながら、ブラックベアの腕を斬り落とし、返す刀で腹を横一閃に振り抜いた。


 ドスン


 ブラックベアの体が真っ二つに割れ、血を噴き出しながら上体は後ろに倒れ、下半身は前に倒れた。


 「ちょっと切り過ぎたな。まぁ、こんな感じだから、他の魔獣の息の根も止めてやってくれ。この魔獣の肉は、お前達の飯になるから、血抜きを完璧にやれよ?」

 「了解。中隊長、お見事でした。」

 「あぁ、私からの評価は、昇進には関係ありませんから、おべっかなんて使う必要はありませんよ?全ては、貴方方(あなたがた)の働きによって決まります。判ったらキビキビ動いて下さい。」

 「はっ!お前等、始めろ!」


 前線では大型魔獣の止めを刺す作業が始まったが、そのすぐ後ろにいる兵達は、何をしたらいいのか判らずに棒立ちしていた。


 「手の空いている者は、狼の解体を始めろ。怪我人は陣地に戻れ。狼の下敷きになっている兵を探せ。」


 兵達の初めての実戦であったが、幸いにも死者は出なかった様だ。

 狼に跳ね飛ばされた兵も、重症ではあったが、生きていた。

 まぁ、今回の戦闘は、周囲に暗部候補生達が待機していたので、死にそうな兵が居ても、何とかしてくれていた。

 実際に、焦って(つまづ)いた兵の援護もしてくれていた。

 兵達には見えていないが、ドヤ顔をしていたのが見えたので、あの子達も同じ様な経験をしたのだろう。

 この森は、あの子達の訓練場だからな。

 今回襲って来た魔獣の数は、全部で200頭程。

 殆どが、フォレストウルフとグレートウルフの群れで、それ以外は大型魔獣のペルグランデスースとブラックベア、数頭のダブルホーンディアが居た。

 結局、グレートウルフの群れのボスを見る事は無かった。

 一体、どんな鬣なのやら。


 「ダブルホーンディアは初めて見ました。中々に凶悪な角を持ってますね。Bランクというのも頷けます。」


 リズが、ダブルホーンディアの角を持って来た。

 角は、トナカイの角の様に幅広で、先端に太い棘が付いている様に見えるのだが、よく見ると短剣の様な刃が付いているのだ。


 『そういえば、王都の工房でダブルホーンディアの短剣ってのを見た気がする。これを切り出して柄を付けたのか。』

 「あぁ、ありますね。討伐難易度が高いから、短剣の値段もそれなりに高いんですが、あまり硬さが無いので、戦闘には使えず、芸術品としての価値しかないそうですよ。」

 

 魔獣の頭に生えている角は、魔獣が生きている間は硬くて脅威になるらしいのだが、魔獣が死ぬと、角は柔らかくなって使えなくなる様だ。

 まぁ、柔らかいと言っても骨程度の硬さはあるので、解体や普段使いのナイフ程度には使えるらしい。

 だが、加工しやすくて独特の光沢がある角は、ナイフとして使うよりも、彫刻して美術品として売った方が価値が出るという事だ。

 脅威度Bの魔獣から獲れたナイフだとしても、普段使いしかできないのであれば、ナイフとしての価値は銀貨数枚程度にしかならず、そのままでは赤字にしかならないのだ。

 それに、普通の冒険者では、マジックバッグなど持っている訳も無い為、肉は現地で少し食べた程度で、殆どは放置するしか無く、大きな皿の様な角に価値は無い為、持ち帰るのは魔石のみとなるのだ。

 その魔石も価値は白金貨数枚程度ともなれば、命がけで狩る対象としては、価値が低すぎるという事だ。

 これが、脅威度がもっと低くて、4級冒険者パーティー程度でも狩れるのであれば、もっと狩る価値が上がっていたかもしれないね。


 『肉は美味いの?』

 「あまり美味しくないそうです。まぁ、街に出回る事は殆ど無いですから、冒険者達が野営で串焼きにする程度です。下処理も殆どされていないでしょうから、推して知るべしと云った処でしょうか。」

 『狼人族に期待だな。』


 魔獣の解体作業は、お昼前迄かかった。

 時間が掛かった理由としては、解体未経験者が殆どだったからだ。

 元冒険者も多いのだが、そもそもが低級止まりの者達で、角ウサギ以外の解体をした事が無い者が殆どで、自分の体より大きな魔獣など見たのは、今回が初めてだったのだ。


 『いい機会だから、解体を教えてやれ。寝起きでいきなり戦闘なんかしたし、午前中は解体に当てても問題無いだろ。』

 「そういえば、朝食もまだですしね。」


 戦闘中、陣地の中央では、狼人族と料理人達がせっせと朝食を作っていた。

 料理人達は非戦闘員な為、巨大な魔獣に囲まれて怯えていたのだが、狼人族にとっては、数は多いが大した脅威でも無く、落ち着いて朝食の準備に取り掛かっていたのだ。

 それもその筈、今回の遠征軍のトップは、バネナ王国軍で一番強い4人が参加しているのだから、万が一にも負けるとは思っていないのだ。

 例え、ワイバーンが来たとしても、動揺する事は無いだろう。


 「作業の終わった者は、朝食を食べろ。食べた者は少し休憩したら、作業を手伝いに行け。」

 「集めた肉は、輜重(しちょう)部隊の所に持って行け。」


 陣地中央に並べられたテーブル席では、作業から解放された兵士達が、朝からモリモリと肉を食べている。

 これからまだ、力仕事が残っているのと、午後には森の中へ入って行く予定になっている事を考えれば、今の内にエネルギーを蓄えておく事は間違いでは無い。

 この世界の人々の間では、朝食を軽めにする人の方が少ないのだ。

 寧ろ、夕飯にステーキを食べる方が少ないらしい。

 カロリー換算で言えば、朝2万、昼2万、夜1万という感じだろうか。

 桁が違う気もするが、車も電車も無いこの世界では、歩きが基本で、馬や馬車が偶にという感じなので、カロリー消費が激しいのだ。

 特に、楽そうに見える馬なんかは、馬のリズムに合わせて体を動かすので、歩いた方がカロリー消費量は少ないんじゃないかな?しかも、こっちの世界の馬って、でかいんだよね。

 サラブレッドよりも倍くらい違うんじゃないかな?馬車を引く馬を初めて見た時は、まだこの体にそれ程慣れていなかったから、馬のサイズが可笑しい事に気が付いていなかったんだけど、馬に跨る人の胸が、箱馬車の屋根と同じ高さになるのって、やっぱり大きいんだよね。

 西部劇とかで、馬車から馬に乗り移るシーンとか見たのを思い出してみると、こっちの世界の馬では無理そうだし。

 そんなでかい馬に乗って、振り落とされたら普通に骨折しそうだね。

 馬の種類も、以前は2種類を教えてもらっていたんだけど、実際はもっと多いらしくて、角が生えていたり、羽が生えていたり、鱗があったりするらしい。

 ユニコーンとペガサスとケルピーの事じゃ無いよ。

 あれらは馬型の魔獣であって、動物じゃないからね。

 野生種の生息地の環境に応じて、進化した種が居るって話だよ。

 その内、どこかで会えるといいね。


 『ダブルホーンディアの肉、美味しかったな。』

 「やはり、調理方法によって、大分変るんですね。」

 「グレートウルフの肉は、少し硬かったな。」

 『あれは、煮込み料理に使った方がいいかもね。』

 「次に期待しよう。」


 今は昼食後の休憩中だ。

 午前中の解体作業で、鍛錬では使わない筋肉を酷使したせいで、兵士達がバテてしまったのだ。

 解体した魔獣の肉の内、グレートウルフとダブルホーンディアの肉は、前評判が悪かったので先に味見をしたのだが、グレートウルフの肉は不評だったのだ。

 兵士達には、肉の量の多いペルグランデスースの肉を食べてもらった。

 ペルグランデスースの肉は脂身が多いのだが、臭みは無く脂身には甘みがあり、足以外の肉であれば柔らかいのだ。

 足の肉は、その巨体を支える為に筋肉が発達しており、脂身も殆ど無い為、シチューの具として煮込んだり、余った脂身と混ぜて腸詰にした方が美味しく食べられるのだ。

 森の中では、カレーの様な匂いの強い料理はできないが、ポトフやシチューであれば問題無いので、輜重部隊は既に調理に取り掛かっている。

 煮込み中の料理は、亜空間の中で数名の料理人の手により、じっくり煮込まれるのだ。

 今回の輜重部隊には、無限軌道の荷車を渡してあり、移動式トイレ兼亜空間の設置場所として使用している。

 無限軌道車にしたのは、森の中を進むという事から、地面には木の根による凸凹がある為に、走破性能を考慮した結果である。

 無限軌道車の場合、直進性は高いのだが、移動しながらの方向転換がし難いという欠点があるので、ケッテンクラートの様なハーフトラックタイプにしようかとも思ったが、前輪部分と後輪部分を分離させるだけにした。

 荷車なので、自走できる程の動力は付けていないが、アシスト機能程度の補助は付けてある。

 これは、魔道具では無く、バネの復元力を利用しただけの仕組みで、車軸の中に仕込んだバネが、前側で縮み、後ろ側で解放されると、そのバネの力が車軸を押す力を生みだすという原理である。

 この仕組みは、前の世界でモーターを使わないアシスト自転車として、何年か前にTVで紹介していたのを覚えていたので、作ってみたのだ。

 その時見たのは、確かシリコンゴムを使っていたと思うが、そんな物は無いので、普通にコイルスプリングで作ってみただけだが、下り坂の途中で止まると、手を離した瞬間に勝手に動き出してしまう様だ。

 いや、ブレーキ付いてるんだから、使えよ。


 「そろそろ出発するぞ。ダラダラしていると、尻から根が生えて来そうになるからな。」

 「休憩終わり!出発する準備を整えろ!」


 元々、鍛錬でスタミナを鍛えて来ただけあって、号令をかければ、整列までは早かった。

 筋肉に疲労感はあっても、それは歩く為には使われない筋肉なので、特に問題は無いのだろう。

 立つ鳥跡を濁さず、野営陣地のあった場所には、骨一つ残さずに出発した。

 少し離れた場所には、解体した時に出た内臓が山積みになって放置されているが、それは周辺の動物や、魔獣によって綺麗に食べられるのも時間の問題だろう。

 血溜りもあちらこちらにあるのだが、それらもワーム類や昆虫によってあっという間に吸い尽くされるだろう。


 森の中に入ると、中は鬱蒼としており、日の光もあまり届いていない為、薄暗い。

 魔力感知には、そこかしこに小動物や魔獣の魔力が見えているのだが、襲い掛かって来る事は無かった。

 一時間程進んだ所で、ゴブリンと遭遇した。


 『あれが天然の野生ゴブリンか。天然のゴブリンは、何気に初めて見た気がする。』

 「ん?ゴブリンは見た事無かったのか?」

 『セイレーンの島のダンジョン産しか見た事ないよ。魔の森でも見た事無かったし、エルフの森でも見なかった。オークの森にも居なかったよね?』

 「そうか。割とどこにでもいる筈なんだが、トラッシュのダンジョンでも見てないのか?」

 『見なかったね。ホブゴブリンとか、ゴブリンアーチャーとか、ゴブリンメイジは見たんだけど、普通の天然ゴブリンは初めてだね。』


 トラッシュのダンジョンでも、1階層と6階層に居た筈なのだが、ゴブリンだけは全く見かけなかったのだ。

 というか、ミュールが先行して倒してしまうので、見る機会が無かったのだ。

 見てみたいとミュールに言っても、持って来た死骸は散弾で撃たれてボロボロだったりで、真面に生きている天然ゴブリンを見たのは、今回が初めてなのだ。

 セイレーンの島のゴブリンは、ダンジョン産ゴブリンで、トラッシュのダンジョンにいるゴブリンは、ゴブリン夫妻が産んだゴブリンなんだよね。

 大して違いは無いんだけど、何か感動した。


 『弓を持ってないゴブリンアーチャーだね。』

 「アイツらに偵察してもらおう。」


 アイツらとは、貴族家出身の連中の事だ。

 一番態度のデカかったフーリッシュ5男は、早朝に魔獣に食われて死んだ挙句、ウインドカッターで切り刻まれてしまった。

 今は、取り巻きの4人と次男の小隊長だけになってしまったのだが、早朝の戦闘では特に戦果を挙げた訳でも無く、屁っ放り腰で震えているだけで、全く役に立っていなかった。

 次男の小隊長だけは、なんとかグレートウルフを1頭倒した様だが、他の4人は、途中から誰それ構わず滅茶苦茶に剣を振り回し始めたので、カレンが気絶させたのだ。

 戦闘終了後は、皆から睨まれて憔悴(しょうすい)しきっていたのだが、特に擁護(ようご)もせずに放置した。

 散々高貴な血がどうとか言ってたのに、いざ本番となると何もできないのでは、責め立てられるのは当たり前の話で、声のでかいフーリッシュ5男の後ろに隠れて威張り散らしていたのが、仇になっただけだ。

 因果応報、自業自得だよ。


 「ヘタレ貴族小隊、偵察任務了解しました。行って来ます。」


 カレンは、ヘタレ小隊の監視役として一緒に行動する。

 カレンの後ろには、小隊長を始め、4人の元取り巻きが居るのだが、偵察任務と聞いて手をブンブンと振って、できないアピールをしている。


 『そこでできないアピールをしてる4人は、自分達の立場をよく考えた方が良いぞ?戦闘で役に立たず、偵察もできず、一体何ができるんだ?鍛錬で、筋力とスタミナが付いてるんだから、周辺を探る程度の事くらいできるだろ?王都に戻す事もできるが、その場合は3か月間のブートキャンプな。楽なんてさせねえよ。』

 「長期間の苦しい鍛錬にするか、短期間だが、命の危険がある遠征任務を頑張るか、どちらか一つという事だ。この場で選べ。」

 「て、偵察任務をが、頑張ります。」


 かくして、ヘタレ小隊は偵察の為、前に進んで行った。

 5人は、本隊から100m程先行した場所までやって来た。

 小隊長のヤルスは、弟の取り巻きだった4人が邪魔で仕方ないのだが、自分の部下である以上は、死なせれば自分の評価が下がる為、どうにか情報を掴んで無傷で帰還できる様に考える。

 4人は、ずっとビクビクと怯えていて、周囲はキョロキョロと見ているのだが、足元は全く見ていない為に、先程から小枝を踏んでは音に驚いてヒーヒー言っているのだ。

 座学で偵察の方法と、注意点を学んでいた筈なのだが、全く実践できていないのだ。

 ここが、周りに味方の居ない森の中で無ければ、今頃は怒鳴り散らしていただろう。


 ヤルスは、ずっと貴族貴族と(うるさ)かった弟の事が、(わずら)わしかった。

 伯爵家は長男のローグが継いだので、自分達は外に出て、自分で稼がなくてはならないのだ。

 しかも、昨年の領主会議の時に、来年の試験に合格しなければ、貴族位も無くなり、準貴族の騎士爵になるというではないか。

 貴族特権も領主会議の時に全て廃止となり、特権として残っているのは、王都の出入りの際の列に並ばなくていい事だけで、何も無くなってしまったのだ。

 家は、元々北東にあるオーガンド領の領主をやっているのだが、領主会議の時に税率を下げられてしまった為に、生活が苦しくなった。

 周囲の領でも領民を奴隷の様に扱い、搾取(さくしゅ)していた為に、父も同様に平民から様々な物を奪い取っていたのだ。

 だが、領主会議以降から、貴族特権の廃止が周知され、税も減税された為に生活費として使い込んでいたお金が入って来なくなり、今までの様な生活ができなくなってしまったのだ。

 父は、領主の特権として、勝手に街の税率を引き上げて、生活費を(まかな)おうとしたのだが、突然訪問してきたケットシーと豹人族の一団により、帳簿の確認が行われ、税金の横領で捕まってしまったのだ。

 女王陛下が下したのは、父の処刑と兄の叙爵(じょしゃく)、これにより次男から下の兄弟は、家を出なければならなくなってしまったのだ。

 ウェルは最後まで食い下がっていたが、ウェル以外の弟達は、素直に従って出て行った。

 その頃、王都では兵士を募集していると聞き、王都で無事に王国軍の兵士になったのだが、何故かそこにウェルも居た。

 王都での鍛錬は、とても苦しく厳しいものだったが、言われた通りにしていただけで、たったの2週間でステータスが倍になったので、非常に驚いた。

 剣の訓練でも、家に居た頃に幾ら頑張っても覚えられなかった剣術が、習い始めて3日で覚えたのだ。

 上官の話では、頑張れば騎士にもなれると聞いて、鍛錬も剣の練習も頑張り、座学も必死に覚えた。

 今回の遠征隊の話があった後、ウェルから宰相暗殺を手伝って欲しいと言われたが、断った。

 ウェルがどこからか、ファイアーボムの魔道具を手に入れたらしく、成功率は高いと言っていたが、無理だと思っていた。

 ウェルは全く剣の練習をしていなかったので、毎日夕方に訓練場で繰り広げられる模擬戦を見た事が無いのだろう。

 オーガンド領軍もかなり強いと思っていたが、国軍の獣人兵や騎士達の練度は、それ以上なのだ。

 そして、その頂点に立つ将軍の強さは、段違いだったのだ。

 更に、その将軍の次に強いのが宰相だと聞いていたのだ。

 大食堂では、時々宰相の武勇伝が噂されていたし、それによるとワイバーンを水魔法で倒したとか、クラーケンの群れを初級魔法で倒したとか、アーミーラプトルを殲滅したとか、とてもでは無いがファイアーボムが通用する相手とは思えなかった。

 遠征軍の出陣式で、ウェルが暗殺に失敗したのを見て、兄である自分にも責任を問われるかも知れないと思い、あの場から逃げようとして捕まった。

 ウェルの前に連れて来られた時、魔道具は私がウェルに渡した事になっていると聞き、絶望した。

 言い訳をしても聞き入れてもらえないだろうと思い、特に否定しなかった。

 だが、沙汰が下される事も無く、カレン様の直属として鍛えられると聞いた時は、安堵した。

 しかし、その安堵も束の間だったのだ。

 夕飯の時に弟の不要な発言のせいで、弟は袋叩きにされた挙句、カレン様にこっぴどく叱られたのだ。

 小隊長の自分も一緒に怒られる羽目になった。

 そして、早朝の見張り番をしていた弟がやらかして、死んでしまったのだ。

 終わった、本当にもう終わりだ。

 言い訳ばかりで何もしてこなかった弟のせいで、私の人生は今、正に崖っぷちだ。

 今回の任務だって、弟のご機嫌伺いしかしていなかった連中と偵察だなんて、死ねと言われている様な物だ。


 「おい、ヤルス・フーリッシュ。おい、聞いているのか?」

 「はっ!?も、申し訳ございません、少しボーっとしていました。」

 「・・・貴様が何を考えているのかは、何となく判るぞ。どうせ弟のせいで殺されるとでも思っているんだろう?」

 「・・・はい。」

 「貴様がここに居るのは、貴様のせいだ。弟は関係無い。貴様が、弟を言い訳にして、何もしていないのが原因だ。」


 言われた瞬間、心臓がぎゅっと何かに掴まれた様な気がした。


 「貴様の弟が死んだのは、貴様が何も言わなかった事が原因だ。」


 頭を殴られた様な気がした。


 「貴様の部下がこんななのは、貴様がちゃんと導いてやらなかったのが原因だ。」


 さっきとは違う方向から殴られた気がした。


 「貴様がこの隊の隊長となってから、どれくらいの時間が経った?その間に何をした?あの魔道具を何故取り上げなかったんだ?貴様は何がしたいんだ?」


 自分の視界に、キラキラと光る粒が沢山見えた。


 「私は・・・、強く、なりたい、です。」

 「他人に興味の無い貴様には無理だ。」

 「何故ですか!」

 「他人に興味が無いから、相手が何を考えているのか判らず、見る事もしない。自分善(じぶんよ)がりで、臆病で、(かえり)みない。それは、一言で言えば、何も考えていないという事だ。だから、部下や弟を育てようとは思わず、一人で突き進もうとする。その結果が今だ。貴様は、ウェル・フーリッシュが魔道具を使って、アルティス様の命を狙っていたのを知っていた。だが、止めなかった。何故か?」


 何故止めなかったのかを聞かれている。

 止めなかったのは、言っても聞かないから?・・・違う、自分の知らない所で勝手に死ぬのなら、勝手に死んで欲しいと思ったからだ。


 「宰相の暗殺未遂は、一族郎党皆殺しが原則。ちゃんと考えたのか?失敗した時に、どうなるのかを。」


 そうだ、何故気が付かなかった?覚えていなかった?いや、覚えていた。

 だが、その時は全く思い浮かばなかったのだ。

 あの時、魔道具を取り上げて止めていれば、ウェルだって死ぬ事には成らなかったかもしれないのだ。


 「訓練の時、真面目に取り組んでいないのを見て、何故注意してやらなかった?座学の時に、聞かれても無視していた理由は?」


 王都の周囲を走る鍛錬をサボる事はできなかったから、ウェル達も真面目にやるしか無かった。

 だが、訓練に入ると、サボるのは容易だったのだ。

 だから、ウェル達はやってるフリだけで、真剣には取り組んでいなかったのだ。

 それを知っていたが、無視していた。

 座学では、家で習っていた事を復習するだけだったので、ウェルが何を聞きたがっていたのか判らず、無視していた。


 「訓練をやってるフリしかしない部下をみても、無視していたのは、自分には関係無いと思っていたから。だが、お前の小隊だ。その訓練をサボっていた結果が、今の状況だ。」


 剣もまともに構える事ができず、周囲の状況を見る余裕も無く、小さな物音ひとつで腰を抜かす。

 今の状況は、正に訓練で教え込まれた事の応用で、何とかなる筈だ。

 剣をすぐ抜ける様に準備して、自分の周囲の状況を確認し、心を落ち着かせる。

 小さな物音が、どこから、どの方向から聞こえて来たのかを理解すれば、自分が小枝を踏んだ音だと気付ける筈だ。

 だが、彼等はその訓練をサボっていた。

 結果、彼等と一緒に居る自分の安全が脅かされているのだ。


 「我が軍で教えているのは、戦う術と、自分を守る術だ。基本ができていれば、この場で何をすればいいのか判るだろう。だが、貴様が無視した結果、部下の命だけでなく、自分の命さえも危険に晒している。これが貴様のやりたかった事なのか?」

 「違います。」

 「自分一人だけ強くなりたいのであれば、軍隊では無く、冒険者をやれ。軍とは、群れを意味する言葉の通り、人々が協力し合って敵を討ち果たす集団だ。自分以外に興味の無い貴様は、軍隊には必要のない者だ。」

 「しかし!カレン様は今、単独で活動しているではありませんか!」

 「我は、軍の将である前に、アルティス様の騎士だ。アルティス様の命は、我の命を賭してでも成し遂げる。だが、今は貴様の監督役として、共に行動しているではないか。」


 確かにカレン様は、小隊と共に行動している。

 だが、偵察任務を受けているのに、低い姿勢では無く、直立しているのだ。

 これは、自分の任務をじゃましているのでは?だが、不思議と魔獣やゴブリンが来る事は無く、平然と話をしている?何故?


 「魔獣に襲われないのは、貴様の小隊が魔獣に見つかりまくっているから、結界で隠ぺいしているのだ。だが、指導が終われば結界を解く。貴様が小隊長として隊を率いるのであれば、アルティス様に偵察任務を解く様進言してやってもいいが、どうする?」

 「結界をこのまま維持して頂く事は?」

 「やる気が無いのであれば、強引にでもやる気を出させるしかないな。」

 「どうやって?」

 「向こうに居るゴブリンの群れの中に、貴様等を放り込むだけだ。高々(たかだか)50匹程度、一人の死者も出さずに切り抜けられるだろ?どうする?」


 やる気があるフリをして、任を解いてもらおう!


 「小隊を率いて頑張ります!」

 「では頑張れ。」


 カレンは、5人を一人ずつ前方に放り投げた。


 「何でええええぇぇぇぇ!」


 落ちた所は、ゴブリンの集団から10m程離れた場所で、落ちた時の音と呻き声にゴブリンが反応して、近づいて来ている足音が聞こえて来た。


 「痛てて、何で放り込まれたんだ?何を間違えた?いや、今はそれどころじゃない!ゴブリンをどうにかしなければ!」

 「(われ)に嘘をついて誤魔化そうとは、いい度胸をしているな。反省しろ。」


 遠くからカレン様の声が聞こえて、嘘を見抜かれた事が判った。

 一緒に放り投げられた部下達は、(うめ)き声を上げながら、のそのそと起き上がろうとしている。


 「早く起きろ!ゴブリンが来るぞ!剣を構えろ!」

 「ひいいぃぃっ!」

 「嫌だ、死にたくない死にたくない。」

 「助けて・・・」


 真っ先に投げられた部下は、白目を剝いて気絶している。

 気絶した部下に、ポーションを振り掛けて、足音のする方に向かって剣を構えた。

 こいつ等は戦えそうにない。

 だが、一人で50匹ものゴブリンを相手に、部下を守り抜ける気もしない。


 「早く起きろ!剣を抜け!振り回すだけでもいいから、戦え!でないと、本当に死ぬぞ!」

 「は、はひぃ!」


 4人が立ち上がると、最初のゴブリンが姿を現した。


 「ぎゃああ!ゴブリンに殺されるー!?こっちに来るな!あっちに行け!」

 「ひいいぃぃっ!た、たす、助けて・・・」

 「騒ぐな!ゴブリンが寄って来るだろ!」

 ドタッ

 「ギャッ!ギャッ!」


 一人が、木の根に足を引っかけて、仰向けに倒れた。

 それを見て、ゴブリンが倒れた部下に襲い掛かった。


 「ぎゃああっ!こっちに来た!あっち行け!」

 スパッ


 すぐ横に居た仲間が、自分に襲い掛かって来たと思い剣を振り回すと、ゴブリンの体が上下に分かれた。


 「へ?」

 「ぎゃー!食われる!食われる!助けて!」

 ズザザザザ


 上下に斬られたゴブリンの上半身が、倒れた部下の腹の上に落ちると、パニックになって、ゴブリンの死体を蹴飛ばしながら、後退(あとずさ)った。

 ゴブリンを斬った男は、斬った瞬間の感触に驚いて固まったが、すぐに立ち直り、好戦的な笑みを浮かべた。

 だが、それも長くは続かなかった。

 目の前の藪をかき分けて、5匹のゴブリンが現れたのだ。


 「周囲を確認しろ!囲まれるぞ!」

 「ギャッギャッ!ギャー!」

 「ムリムリムリムリ!こんなに沢山は無理!」


 ゴブリンを斬り倒して、勝てると思ったのに、もう怖気(おじけ)付いてしまった様だ。

 だが、ゴブリンは構わず襲って来る。


 「ひいいぃぃっ!来るなっ!こっちに来るなっ!」

 「怖い怖い怖い怖いっ!」

 「!!」


 3人が襲って来るゴブリンを遠ざけようと剣を滅茶苦茶に振り回した。


 バラバラ

 「ぎゃー!血が!血が!」

 「ハァハァ、く、来るなあ!」

 「後ろのお前!3人を援護しろ!」


 前に居る3人が、向かって来たゴブリンをバラバラに切刻んだのを見て、驚いた表情をしていたが、すぐに立ち上がって剣を構えた。

 その表情には、もう怯えた雰囲気は無くなっていた。


 4人の正面には、次々とゴブリンが現れた。

 4人を背後から狙おうと、横からもゴブリンが現れたが、後ろから援護する一人が、ゴブリンを倒していく。

 3人の元取り巻きは、剣の扱い方が滅茶苦茶ではあったが、当たれば切れるので、徐々にではあるが落ち着いて来て、剣を真面(まとも)に振るう様になって来ていた。

 ヤルスは、自分に向かって来るゴブリンを斬り倒しながら、部下の4人の様子を見ている。

 その様子を見ていたカレンは、うんうんと頷きながら見ていた。


 不意に、ゴブリンが現れなくなった。

 周囲は静まり返り、ゴブリンの足音も聞こえない。

 5人は、ゴブリンの集団を倒しきったのだ。


 「はあー、疲れた。おい、休憩するから、この場から少し離れるぞ。ここじゃぁ、臭くて敵わん。ついて来い。」


 ヤルスは、剣についた血糊を振り払い、鞘に戻して部下に移動する事を伝えた。

 4人は、興奮冷めやらぬ顔をしていたが、周囲を見渡してから、ヤルスの真似をして剣を鞘に戻した。

 5人が元居た場所に戻ると、カレンが腕を組んで仁王立ちしていた。


 「指揮、上手かったぞ。貴様等も、ちゃんと戦える様になったな。休憩する前に、アミュレットを操作して、体についた返り血を落とせ。」


 5人はそこで初めて気が付いた、自分達の体が、ゴブリンの返り血で汚れていた事に。

 それぞれアミュレットを使って、バブルウォッシュをかけてから、地面に倒れ込んだ。


 「助かったー。」

 「俺達、ゴブリンを倒したんだよな?あんなに怯えてたのが、不思議なくらいだ。」

 「安心したら、どっと疲れが・・・」

 「疲れたけど、気持ちいい。」

 「よくやった。初めは不安しか無かったが、お前等が頑張ったおかげで、乗り切る事ができた。ありがとう。」


 初めは、腰が引けて膝がガクガクと震えていたが、後半は訓練通りに剣を振る事ができていた。

 何度かゴブリンの持つ棍棒で打たれてはいたが、防具のおかげで怪我も無く、痛みすら感じていなかった。

 錆びたショートソードを持ったゴブリンに、腕を斬られた筈が痛みも無く、冷静に反撃する事ができていた。

 ちゃんとした防具と、よく斬れる剣のおかげで、生き残る事ができたのだ。

 そして・・・。

 元取り巻きの4人が立ち上がり、ヤルスに対して頭を下げた。


 「今までご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした。隊長が励ましてくれたおかげで、危機を乗り切る事ができました。ありがとうございました。これからは、訓練も頑張って、もうご迷惑にならない様に頑張ります。これからもよろしくお願いします。」

 「「「よろしくお願いします。」」」


 4人の言葉に驚いたヤルスは、一瞬思考が止まったが、立ち上がって頭を下げた。


 「俺の方こそ、今まで(ないがし)ろにしてすまなかった。いつもウェルの後ろに居た君達を真面に見ていなかったのは、隊長として失格だったと反省している。これからは、君達の隊長として、精鋭と言われる様頑張ろうと思う。これからもよろしく頼む。」

 「お手柔らかにお願いします。」


 5人が一斉に笑った。

 苦労はあったが、やっと小隊としてまとまる事ができた瞬間だった。


 「さあ、まだ任務は終わっていないぞ。エネバーを食べて、少し休憩をしたら偵察任務を再開するぞ。」

 「もうヘトヘトなんですが。」

 「エネバーを食べて、ジュースを飲んだら、疲れなんて吹っ飛ぶ。さっさと食え。」


 場が和んだのを見て、カレンが指示を出した。

 ヤルスは、ゴブリンとの戦闘の疲れが出ている事を訴えたが、カレンに突っぱねられてしまった。

 非常食として支給されていた携帯食料を食べたくらいで、疲れが取れる訳が無いと思いながら、5人で輪になって食べた。


 「何だこれ!?疲労感が消えた!」

 「何か、王都の周りを3周くらいできそうに感じる!」

 「美味しい!もう一個食べようかな。」

 「エネバーは、1個だけにしておけ。2個目を食べると、動けなくなるぞ?」


 エネバーは、小麦を主原料として、ナッツとマンドラゴラの粉、甘藷やビーポーレン、ファイニスト・ハニービーの蜂蜜を混ぜて押し固めた物で、高カロリー高たんぱくで、食べると胃の中で膨らむのだ。

 そして、支給されたジュースは世界樹の実の搾り汁に、ファイニスト・ハニービーの蜂蜜を混ぜた物で、疲労回復効果が高い。

 両方を摂取する事で、疲労感が無くなり、エネルギーを取り戻し、元気になる。


 「あ、何かもう食べられない気がする。」

 「お腹が膨れた感じだね。これは2個目は食べられないよ。」

 「暖かい食事も美味いが、これも美味いな。バネナ王国軍って、恵まれすぎじゃないですか?」

 「これも全て、アルティス様のおかげだ。エネバーは常に改良を重ねられているが、ファイニスト・ハニービーの蜂蜜を使っている所だけは変わっていない。」

 ブッ!

 「ファイニスト・ハニービーの蜂蜜!?超高級品ですよ!?」

 「何を驚いている?ジュースの方は、世界樹の実の搾り汁で、こっちにもファイニスト・ハニービーの蜂蜜が入っている。」

 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!世界樹の実って、不老不死になるんじゃないんですか!?」

 「なる訳が無かろう。寿命を延ばすなどできる訳が無い。そんな事を言っていたら、世界樹の実を食べた獣や魔獣が全て不老不死になってしまうでは無いか。」

 「・・・それもそうか。でも、よくそんな物を大量に集められますよね。確か、世界樹の実って、拳大の大きさで白金貨数十枚って聞いた事がありますよ?」

 「アルティス様は、世界樹の精霊様と友誼(ゆうぎ)を交わされているのだ。だから、消費しきれない程の量を毎日貰っているのだ。」

 「消費しきれない量?・・・もしかして、大食堂のゼリーとかジュースって・・・」

 「知らなかったのか?」

 「「「「「知りませんよ!!」」」」」

 「さあ、もう少し休んだら出発しなさい。時間かかり過ぎたから、もう今日は移動しない可能性もあるが、任務は任務だ。遂行する事。」

 「了解しました。」


 カレンの説明に驚いたが、有無を言わせない雰囲気に、質問を続けることを諦めた。

 装備を受け取った時にも感じたが、受け取った物を一つでも売れば、一生遊んで暮らせる程の稼ぎになるのだ。

 そんな物を惜しげも無く一般兵に支給するなど、普通の軍隊ではあり得ない話なのだ。

 そう考えれば、世界樹の実のジュースなど些細な事に思える・・・か?


 「いやいや、そんな訳あるかあ!」

 「ど、どうしたんですか!?」

 「あ、いや、何でも無い・・・。」

 「そろそろゴブリンの集落がありそうな雰囲気ですので、静かにお願いします。」

 「あ、ああ、すまん。」


 戦闘前は、4人とも腰が引けてて、ビクビクしながら歩いていたから、足元にある小枝を踏みまくっていたのに、今は足元に気を付けながらあるいている。

 偵察だから、立って歩く事は無いんだが、腰が引けて歩くのと、腰を低くして歩くのでは、こうも違うんだな。


 「見つけました!凄い数が居ます!」

 「位置は、出発地点から10ケロ程の距離か。このまま情報を集めようにも、少し危険だな。上位種は見えたか?」

 「はい。集落というよりも、砦と言った方が近いと思います。木を組んで作られていましたが、弓を持ったゴブリンが数体見えました。」

 「よし、じゃぁ戻ろう。巡回のゴブリンに会っても、無言で斬り捨てよう。できれば首を狙って、声を上げさせない様にな。」

 「了解」


 訓練の時の座学では、偵察の方法も教わっていた。

 先生役は、暗部と呼ばれる密偵部隊の少女で、授業中の居眠りやお喋りを許さず、いつの間にか首にナイフを当てられていて、殺すぞと脅された事が何度もあった。

 ウェル達も、先生役があまりにも怖いので、真面目に授業を受けていたらしい。

 というか、ウェルは(しょ)(ぱな)に喧嘩を売る様な事を言ったので、立ち上がる事も、首を動かす事もできない様にされて、2時間の間ずっと小刻みに震えていたそうだ。

 声を出すと、金属製の針が机に刺さって、ああ?と低い声で言われるので、相当にビビっていたらしい。

 まぁ、自業自得だな。

 俺が授業を受けていた時、チンピラモドキの生徒が真っ青な顔で、冷や汗をダラダラと流しながら授業を受けていたので、同じ様な制裁を受けていたんだろう。

 教室に入る時には、特徴的な髪型だったのに、出る時は髪が全部剃られていて、泣いていたのを覚えている。

 そいつは、鍛錬の時に警備隊の隊長に何度も注意されていて、教官が替わった直後は顔の原型が判らなくなるくらいに腫れ上がっていた。

 それが今は、小隊長として部下を率いるまでになっている。

 俺も頑張らなくてはな。


 「待て、何かいるぞ。」

 「ゴブリンが4匹、こちらに背を向けています。」

 「よし、排除しよう。叫ばれない様に首を狙え。アルス、ウォーレン、トール、ワルター、外すなよ?」

 「任せて下さい。」

 「よし、行け!」


 4人が一斉にゴブリンに襲い掛かり、首を斬り落とした。


 ビー!ビー!ビー!


 ゴブリンの首が落ちると同時に、サイレンの様な大音量の音が鳴り響いた。

 ゴブリンに襲い掛かった4人は、突然の音に何が起こったのか判らず、固まった。


 「何だ!?罠か!逃げるぞ!走れ!」


 ヤルスの声に反応して、無言のままヤルスの後を追いかけて走り出した。


 『アルティス様、ゴブリンが魔道具を使って、見回りのゴブリンを囮にして罠を張っていた様です。大音量の警報を鳴らしましたので、大群がこちらに向かって動き出しました。』

 『判った。対応する。そっちの5人を守ってやってくれ。』

 『了解』


 偵察として送り出した5人だったが、暗部の報告では、見違える程に変わったと報告を受けていた。

 今は、ヤルスを隊長として、何かが吹っ切れた様にしっかりとした印象に変わっているそうだ。

 上級貴族の子女(しじょ)には、大抵、取り巻きと呼ばれる寄子(よりこ)の子女がついているが、常にビクビクオドオドしているのは見た事が無かった。

 普通の取り巻きは、虎の威を借る狐の如く、態度がデカいのが多いのだが、ウェルの取り巻きは、度が過ぎる程の臆病さだった。

 フーリッシュ家の寄子だと思われる為、何らかの暗示によって縛られている可能性があると踏んで、ウェルの遺体から遠ざける命令を出していた。

 遺体を調べても、何も手がかりを得られなかったが、遠ざけたのが功を奏したのか、正常に戻った様だった。

 こっちに戻って来たらどうなるか判らないが、多分大丈夫だろうと思っていた。

 だが、戻って来る途中で、ゴブリンの罠にかかってしまったらしい。

 暗部の話では、ゴブリン帝国の本拠地は、もっと奥の方にあるらしく、この周辺にあるのは、勢力拡大の為の前哨基地だけの様だ。

 その前哨基地を仕切っているのは、ゴブリンジェネラルらしく、オークメイジ程には頭が良いとされてはいるが、まさかゴブリンを囮にして罠を仕掛けて来るとは思っていなかった。

 ヤルス達は、その前哨基地を発見した直後に撤退した様だが、敵陣奥深くまで侵入していた為に、慎重に進んでいたらしい。

 つまり、前哨基地からそれ程離れていない所に居るという事で、森の中という走り難い地形では、追いつかれるのも時間の問題だろう。


 『あるじ、戦闘準備頼む!ゴブリン帝国の前哨基地が、ヤルス達を追い立ててる。助けに行くよ!』

 「判った。」


 今の時刻は16時を少し回った所で、夕飯には早いが、夕飯の支度が着々と進んでいる。

 今日の午後は、森の中を進む予定ではいたものの、ヤルス達を何とかしてからで無ければ、奇襲を受ける可能性が高いと踏んでいた。

 人数が多いとはいえ、全員が偵察任務の知識を持っているので、足音で気配を悟られる様な失敗をする奴は居ない筈だ。

 そんな所に、あの腰の引けた4人が加われば、枝を踏みまくり、枝を折りまくって、早々にゴブリンの偵察に見つかっていただろう。

 少々偵察に時間をかけ過ぎという感は否めないにしても、正常に戻ったのであれば、情報以上の収穫はあったと思う。


 「全員戦闘準備!これより森の奥へ侵攻する!相手は、ゴブリンジェネラルが率いる前線部隊である。個々は弱いが数が多い。偵察中の部隊が間もなく戦闘に突入する為、救出に向かう。予想される戦闘地域は、森の中8ケロ先だ。日が暮れると、死角が多くなる。全員ゴーグルを装備の上、侵入せよ!」


 アーリアの号令により、各隊の隊長がそれぞれ部下に指示を出し、陣地内の片付けが始まった。

 とはいえ、テントは既に片付けられており、あるのは輜重部隊の竃とテーブル程度だ。

 兵達は、各々で剣の練習や模擬戦等をしていた為、ポーチからゴーグルを取り出す以外に特にやる事は無く、すぐに整列した。

 輜重部隊は、荷車上の亜空間に調理中の鍋を運び入れ、最後尾を進む事になる。


 「進め!」


 号令と共に、兵達が森の中を走って進んで行く。

 バネナ王国軍は、魔法兵であっても王都の外周を走り込む鍛錬をしている為、たかが8ケロ程度の距離でヘトヘトになる事は無い。

 だが、ここは森の中で、平地では無い。

 そこら中に木の根があり、普通の軍であれば、薄暗い中で森の中を走ろうとすれば、木の根に足を引っかけて転ぶ者がいるだろう。

 だが、常日頃の鍛錬中に妨害をされているのだから、地面に固定された木の根など、ボード系の魔法を展開して平らにしてしまうのだ。

 身体強化など使わずとも、木から木へと飛び移り、助走をつければ軽く10mは飛び越えて行く。

 風魔法を使えば、もっと早く進む事も可能にはなるが、森の中では危険になる場合も多いので、使っていない。

 危険とは、木が乱立する場所では、直線上に障害物が無い所が無い為、長い距離を一直線に進む事が難しいのだ。

 しかも、ここの森に生えている木々は、殆どが直径2m程もある巨木で、セコイアかって程に高く(そび)え立っているのだ。

 万が一、この木に衝突して、それが根元から折れる様な事になれば、前方に居る仲間を圧し潰す原因になる可能性や、ドミノ倒しの様に他の木々も倒しかねないのだ。

 また、倒れなかった場合は、衝突した者が大怪我をする可能性もある。

 戦闘でも無い所で、ポーションを使うなど以ての外だ。

 それに、普通に走っているだけでも、8キロ程度の距離であれば、遅くても十分で到達できるのだから、態々リスクを背負う必要など無いのだ。


 「見えて来たぞ!周囲を警戒しろ!」

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