第84話 冒険者ギルド本部の制圧と遠征軍
翌朝、冒険者ギルドの総本部に、バネナ王国軍と警備隊が踏み込んだ。
「きゃあ!」
「な、なんだっ!?」
「我々は、バネナ王国軍だ。私は、指揮を任された近衛騎士団グリフィス・ストーンブリーツだ。冒険者ギルド本部の不正により、家宅捜索を実施する!捜索中は、全員外出を禁止する!両手を机の上に置き、大人しく指示に従え!」
「と、突然何なんですか!?我々が何をしたと言うのですか!?そもそも、冒険者ギルドは国とは別の組織です!あなた方に踏み込まれる筋合い等ありません!」
「国とは別の組織だから何だと言うのだ?商会や商人ギルドだって国とは別の組織だが、犯罪を犯せば罪に問われるのが当たり前だと言うが?貴様等冒険者ギルドは、犯罪を犯しても罪に問われないとでも言いたいのか?」
「そんな事は言っておりません!不正行為に身に覚えが無いと言っているのです!」
「責任者を呼べ。罪状について説明してやる。」
アルティスの命令により、バネナ王国軍と警備隊が協力して、内部の捜査を開始、ギルド本部周辺については、暗部の者達が上も下も封鎖している。
罪状については、逆粉飾決算による脱税と、幹部による横領、盗賊ギルドと共謀して、貴族の暗殺や国営工場への破壊工作、誘拐と人身売買、魔石や素材の横流し、グランドマスターへの成りすまし等で、その証拠を押さえる為の捜索を実施した。
「グランドマスターは、ここには居ない!」
「それは知っている。サブマスターなり、お前らの上司がいるだろ?私は、責任者を呼べと言ったのだ。グランドマスターを呼べとは言って無い。ここを取り仕切っている責任者を呼びたまえ。」
「わ、私が責任者だ。」
「貴方の上司は?別の部屋に上司が居るんだろ?呼ばないと言うのなら、踏み込ませてもらうが宜しいか?」
「・・・ご自由にどうぞ。」
自分を責任者と言った男は、責任者の居る部屋に踏み込む事への返答と共に、騎士から視線を逸らした。
「よし、各個室に踏み込むぞ!タンクは前に!踏み込め!」
ドドドド!
小部屋に踏み込んだタンクの盾には、殺意高めの炎魔法が飛んで来たが、大楯に仕込まれたマジックシールドで、全て防がれた。
「中に居る奴を捕縛しろ!部屋の四隅に魔力反応!気を付けろ!」
ガタンッ!
部屋の中に小隊が踏み込むと、床が抜けて落とし穴が開いたが、日頃の訓練の成果で、足元にウインドボードが展開されて、誰も下に落ちる事無く部屋の奥に到達した。
「げえっ!?何で誰も落ちねぇんだよっ!」
「甘い!我々は、この程度の罠に引っ掛かる者等居ない!観念しろ!」
「くそっ!」
「捕縛しろ!」
部屋の中に居た男は、速やかに捕縛され、部屋の四隅に隠れていた男達も、敢無く捕縛された。
部屋にある執務机の上には、魔獣の魔石や金貨が散らばり、応接セットのテーブルの上には、飲みかけの紅茶と金貨の詰まった箱があり、全て証拠品として押収された。
最上階には、グランドマスターの執務室があるのだが、部屋の中には誰も居らず、埃が積もっている事から、数年間の間、誰も使った様子が無い様だった。
「よし、グランドマスターの部屋は立ち入り禁止として封鎖、下の階の責任者の部屋を捜索して、書類を押収しろ!」
「机の引き出しは、全て上げ底になっていますね。他にも隠蔽された収納があると思われます。」
「徹底的に調べ上げろ!床下、天井裏、壁の中、ベッドの下やクローゼットの中も徹底的にだ!」
兵士や暗部の中にも、振動感知を使える者が居て、床や壁をコンコンと叩くだけで、扉や通路などの空間を見つけ出す事が可能だ。
特に、木造の家屋では無い為に、壁の中に隙間がある訳では無く、石造りの建物の場合、壁は外壁兼内壁になっている。
部屋を仕切る壁にしても、通常は石材が中に入っており、その表面に漆喰や魔獣の体液等を接着剤にして、板を直接貼り付けている場合が多いのだ。
地震がある訳では無いので、それで事足りてしまうのだ。
そういう所に扉や通路、小部屋などを作れば、振動の変化や音の変化ですぐに判るのだ。
「本棚の後ろに空間がありますね。」
「隠し部屋か。本の埃を調べろ。よく動かす本であれば、埃が積もっていないからな。置物は、手垢が付いていないか調べろ。特に、やけに綺麗な置物があれば、怪しいと思え。それと、全員ヘルメットを装着しろ。罠として毒ガスが噴き出るかも知れん。」
「はっ!」
隊長の知識が凄い事になっているが、これは王城の部屋を徹底的に調べた経験と、貴族の屋敷を調べた経験から覚えた事だ。
王城の部屋は、殆どが客室ではあるものの、一部は長い歴史の中で、大臣や王族の私室として使われていた事もあり、部屋と部屋の間の壁が異様に分厚かったり、真下に部屋が無い部屋が複数存在していたのだ。
要人を警護する上で、隠し扉や隠し通路、小部屋や罠等があれば、それを知っている必要があるのだ。
陛下の執務室や寝室については、知っているのは一部の者のみだが、それ以外の客室については、ギミックも含めて徹底的に調べ上げてある。
最近では、城の中を走り回るピカ族が、隠し通路や隠し部屋を幾つも発見しており、そこに至るまでの経路やギミックの確認を随時やっているのだ。
毎日そんな事をやっていれば、自ずと詳しくなるのも当然の話だ。
ギルド本部内の捜索は日が暮れた為、各部屋にオプティカル・カモフラージュを使用したアラクネが配置されて、初日の捜索を終えた。
押収した書類は、全てマジックバッグに入れられて、王城に持ち帰ってケットシーに引き渡された。
暇を持余すケットシー達は、持ち込まれた書類を徹底的に調べ上げ、数日後には報告書に纏め上げられて陛下に報告される事となる。
『冒険者ギルド本部の家宅捜索1日目が終了しました。押収した書類は全てケットシー達に引き渡し済みです。』
『ありがとう。結果が待ち遠しいな。捕縛した、偽グランドマスターの方はどうなっている?』
『そちらの方ですが、尋問の結果では、本物のグランドマスターの所在は判らないそうです。噂では、大山脈地帯に逃げ込んだとも言われているそうですが、如何致しますか?』
『そこって、エルダードワーフの支配地域だったよな?エルフと仲が良いのか?』
『エルダードワーフとエルフは、特に敵対しているという話は、聞いた事がありませんね。風と水のエルフと土のエルダードワーフでは、相性が合わない可能性もありますが、エルダードワーフは粗暴ではありませんし、住んでいる地域も全然違うので、態々事を荒立てる様な事はしないと思います。』
『それもそうだな。王都に居るエルダードワーフに、連絡できないか聞いて見てくれ。』
『了解しました。』
グリフィスからの報告だ。
本物のグランドマスターは、殺されたのでは無く、殺されそうになって逃げた様だ。
逃亡先と噂されている大山脈地帯とは、大陸の北東にある地域で、神聖王国の北側に位置する広大な山脈地帯になっている。
ここには、エルダードワーフの国があると言われており、ドラゴンの住処やワイバーンの故郷とも言われている為、とても危険で人間には行けない場所とされている。
嘗ての盟友だった人族達が逃げ込んだ先でもあり、人間至上主義の連中が攻め込もうと計画を立てたが、あまりにも危険過ぎて、追跡を断念したという経緯がある。
神聖王国では、何度か攻め込もうとした様だが、その度に大打撃を受けるので、諦めたらしい。
『おいそれと行ける場所では無いから、そっちは暫らく放置でいいか。』
「そうですね、先に緩衝地帯のオーク帝国と、ゴブリン帝国を対処した方が良いと思います。」
『そうだな。一旦王都に戻って、休んでから向かうか。』
「トラッシュの方はいいのですか?」
『悪魔については、調査次第だ。冒険者ギルドについては、クールとケットシーに任せておけば大丈夫だろ。あ、冒険者ギルド本部の魔道具から、各地の冒険者ギルドに対して、当分の間、上納金は不要って通達しておいてくれ。問い合わせが来ても、調査中とだけ伝えておいてくれ。』
『了解!』
そういえば、編成を依頼したまま放置してた事を思い出した。
『あるじー、忙しくて派遣部隊の事を忘れてたよ。明日の朝出発って事でお願い。』
『そうだと思ったから、訓練させておいたよ。明日の朝出発だな、準備しておく。』
『お願いします。』
特に怒ってはいないみたいで助かった。
だが、流石に明日も放置すれば怒られてしまうので、さっさと王都に戻って準備してしまおう。
『コンラッド、王都に戻るから、後の事は頼んだぞ。』
『了解しました。何かあれば報告致します。』
『カレン、リズ、ワラビ、王都に帰るぞ。』
という事で、バネナ王国に戻って来た。
時刻は19時を回った所だが、既に街は静まり返り、開いているのは酒場と歓楽街の店のみだ。
パフェーラの街には、特に街灯の様な物は無く、日が暮れてしまえば真っ暗になるのだ。
家々の鎧戸の隙間から、明かりの灯が漏れている所もあるが、殆どの家では既に寝る準備に入っているだろう。
王城でも、殆どの者が夕食を済ませ、各々の部屋に戻って寝る準備をしている時間帯だ。
『ただいまー。』
「なんだ、戻って来たのか。夕食は食べたのか?」
『まだ食べて無いよ。向こうは忙しいんだよ。』
「そうか。では食堂に行こう。私もまだ食べていないんだ。」
『珍しいね、何かあったの?』
「兵士達の連携でちょっとな。」
『そうか。でも、実戦経験を積めば解消されるんじゃない?』
「それも難しいかも知れないな。」
『どんな問題?』
「派閥ができているんだよ。」
『どんな派閥?』
「貴族派とアルティス派だな。」
『・・・なんだ。下らない。』
派閥とか言うから、女王派と反女王派かと思ったら、貴族派とか言われたよ。
貴族は、残り1年を切ったのだから、今更派閥なんて作っても意味は無いんだよ。
「未だに貴族の血を特別だと言っている者が居る事に、驚いてしまってな。」
『特別な血統だとか言うんなら、貴族派はオーク帝国にでも突撃させようか?』
「死んでしまうではないか。」
『特別ヘタレが多いからなぁ、自覚させてやらないと諦めないと思うよ?』
「いや、5人しか居ないんだよ。」
『関係無いね。完全実力主義なんだから、威張りたいのなら実力を示せって話だよ。』
「まぁ、言いたい事も解らなくはないが。」
どうにも歯切れが悪い。
別の理由が何かある様だ。
『何かあるのなら、言ってよ。』
「実は、母の実家の5男なのだよ。」
『従兄弟だから優遇したいって事?』
「そうでは無い。伯父から、養子縁組の申し出と同時に世話をして欲しいと話があってな、どうしたものかと悩んでいるんだよ。」
『断ればいいじゃん。あるじはモースケル家の当主なんだし、女王陛下専属の騎士という事は、貴族位としては侯爵だよ?近衛騎士団団長よりも上なんだよ?それを養子にしたい?馬鹿じゃないの?』
「え?そんなに上なのか?」
『当たり前でしょ。バネナ王国軍の最高幹部なんだから、陛下に直接意見できる立場が、低い訳無いじゃん。』
「そうか・・・。伯父は伯爵だから、私の方が上なのか。であれば、突っぱねるのが当然だな。」
『当然でしょ。伯父というだけで、大将軍を取り込める訳が無い。そんな奴は、取り潰し対象だよ。そもそも、来年の試験に当主が合格できなければ、騎士爵に落ちるのに、何を言ってんだか。』
おかしいな?こんな事言わなくても判っている筈なんだが?
あるじを鑑定してみた。
『その連絡は、手紙で来たの?本人が言ってきたの?』
「手紙で来た。珍しい紙を使っていたな。」
『その手紙、後で見せてよ。もしかしたら、何か細工がしてあるかもしれない。』
精神魔法とは別の手法で、思考を誘導する方法がある。
それは、閾下知覚を刺激する方法、所謂サブリミナル効果と言う奴だ。
無意識に働きかける効果ではあるものの、疲労がピークに達している時に見たとか、ストレスにさらされた時に見たとかで、不安を煽る様な事が書いてあれば、無意識のうちに影響を受けてしまうかも知れないのだ。
前の世界では、清涼飲料水の広告に利用して売り上げを上げたという事例があったと思う。
だが、魔力という謎エネルギーが存在するこの世界では、その効果に魔力を乗せる事で、意識的に効力を上げる事が可能になるかも知れないのだ。
そんな効果に気付く者が居るのか?という疑問はあるにせよ、転生者や転移者が居たとすれば、その効果を知っている、又は利用した者も居ないとは限らない話なのだ。
前の世界の様な印刷技術が無いとしても、書いた文字を縮小して書き写す手法は存在しており、魔道具の作成に利用もしているのだから、できないと断言もできないのだ。
しかも、この世界の人間の視覚は、異常とも言える程に高いのだ。
視力20なんてのはザラで、視界の端に微かに見える異変をも感じ取れてしまう程に鋭敏なのだ。
だから、手紙に使っていた紙に、小さな文字で繰り返し暗示させる様な文言が書いてあれば、そう思い込むのも難しくは無い可能性もあるのだ。
「そんな事があるのか?」
『まだ、可能性があるってだけで何とも言えないけど、方法が無い事も無いからね。』
「恐ろしい話だな。」
『その手紙って、陛下も読んだの?』
「いや、見せていない。」
『早急に確認した方が良さげだな。別口の手紙や献上品で使われているかも知れないからね。』
「これを食べたらすぐ戻ろう。」
部屋に戻って手紙を見せてもらった。
『あぁ、当たりだね。この紙には、小さな文字で養子縁組を承諾するって書いてあるよ。コルス、ボーネン・フーリッシュ伯爵の身辺調査を頼むよ。出入り業者も含めて、全て調査してくれ。』
『了解。』
「この手紙を読むだけで、洗脳に近い状況に陥ったという事か?」
『そうだね。この世界の人は、異様に目が良いからね、無意識に文字を認識してしまうんだと思うよ。読んだつもりは無くても、手紙を読むと同時に紙の模様に偽装した文章も読んでいるんだよ。それを繰り返し読まされる事で、無意識下でそう思い込まされたんだと思うよ。』
「アルティスは読んでも平気なのか?」
『この手の手法は、判っていれば問題無いんだよ。あくまでも無意識下に擦り込むだけだから、意識して読まないと思っていれば、視界から追い出せるんだよ。それと、視力が低い人には効果が無いから、ケットシーにも効果は無いだろうね。』
「あぁ、彼等はメガネに大喜びしていたからな。」
ケットシーの視力は、あまり良くない。
彼等は、狩りなどしないし、常に認識阻害やオプティカル・カモフラージュを使って移動しているので、外敵を気にする必要が無いのだ。
行商人をしていた頃でも、幻影魔法を使って逃げ回っていたのと、視界が悪くても髭や眉毛、耳等を使って、空気の振動を感知するので、不意打ちで襲われても瞬時に視覚情報を奪って逃げ果せていた。
ただ、匂いで追跡される事も多い為、人間から逃げる事はできても、魔獣や獣から逃げられる確率は低かった様だ。
今は、バネナ王国の庇護の下に生活をしている為、アミュレットやネックレスなどで怪我をすること自体無くなっており、生存率も高くなっている。
メガネに大喜びしたと言うのは、キラーホーネットの複眼がレンズとして使える為に、それを使ってメガネを作ってあげたのだ。
作ったのは魔道具部隊で、オロシのメガネを何度か作らせているので、大量に手に入ったレンズで、試作品を作ったのだろう。
『メガネだけじゃなくて、双眼鏡や望遠鏡も作って欲しいんだけどね。』
「それは、そんなに良い物なのか?」
『離れた場所の様子が、目の前に居るかの様に見えるんだよ?いいに決まってるじゃん。』
「普通に見える気がするんだが・・・」
この世界の連中は、100m離れた場所に落ちているコインの模様を見分けられるんだよね。
だから、1キロ先の草むらに隠れている角ウサギも見つける事ができるのだ。
それ程の視力があれば、望遠鏡や双眼鏡など必要が無い様に思えるが、実はそれ程便利な訳でも無いのだ。
例えば、遠くの物を見る為には、意識を集中させる必要があり、それは無防備な状況を作り出す原因となるのだ。
そして、遠くの物を見続けるという行為は、非常に疲れるものなのだ。
それが、望遠鏡や双眼鏡で視力を補助してやるだけで、長時間の監視にも耐えられる様になるし、それらを固定する事で、視線を外す度に標的を探していたのが、探す必要が無くなるのだ。
もちろん標的が動いてしまえば探す必要が出て来るのだが、動かない間は視界を共有できるし、探し直す手間も無くなるのだから、使わない手は無いのだ。
以前、暗部達の為に狙撃用スコープとして作成をしていたが、あれは魔力を使って遠くを見ているのだ。
レンズを使って遠くを見れるのであれば、その視認距離をさらに伸ばせるという事になる。
しかも、レンズで距離を稼いでいる分、魔力の消費量も抑えられるのだ。
いくら魔力を潤沢に使えると言っても、石油と一緒でドバドバ使っていれば、その内枯渇する可能性もある。
例えば、世界樹が枯れてしまったら?ダンジョンが増えすぎてしまったら?世界的に魔力の消費量が増大してしまったら?可能性は無限大に存在しているのだから、今ある資源を無駄に消費しないというのが、更なる発展を促すきっかけになると思う。
判り易い例として考えると、前の世界の電気が良い例だろう。
省エネを頑張ってきた国では、電気の消費量が増大しても停電になる事が殆ど無いが、省エネの概念が無い国では、発電量が消費量に追いつかずに、停電が日常化してしまっていた。
切羽詰まってから開発を始めても、実用化するには年月が必要で、他国の技術を使っても、それを管理する能力が無い為に余計な経費を支払う羽目になっていた。
技術というのは、見様見真似でできるものでは無く、長年積み重ねて来た経験と実績が物を言うのだ。
だから、その時点から開発を始めても、何十年も前から開発をしてきた国に追いつくのは、困難を極めるのだ。
『魔力の消費量を抑えるのは、必要不可欠だと思うよ。現に、昔は手に入れる事ができた魔石でも、今はほぼ不可能でしょ?今は潤沢に手に入れられるけど、再びそれができない状況に追い込まれるかもしれないんだから、今の内にそうなっても大丈夫な様に、技術力を高めておくんだよ。』
「確かにそうだな。我々の時代の産物が、後世でも普通に使える様にしなければ、国が滅んでしまうかも知れないしな。」
『この国は、一歩手前まで行ってたんだから、再びそうならない様にしないとね。』
「うむ。」
話が大分逸れたが、ボーネン・フーリッシュについては、調査報告を待ってから対処する事にするよ。
どうやってこんな物を作り上げたのか知らないけど、悪事に利用されるのであれば、この技術そのものを禁忌として封印するか、技術者ごと消すかだよ。
技術自体に罪は無いとしても、心象が悪くなれば忌避されるのは当然の話で、使う者次第とは言え、悪事に利用されるのであれば、封印されても仕方が無いよね。
「転生者がいると思うか?」
『判らないね。過去に居たのかもしれないし、今現在居るのかもしれないし。どちらにせよ、調査結果を待つ以外に方法は無いよ。』
「転生者が居た場合、どうするつもりなのだ?」
『どうもしないよ?頭は良いだろうけど、悪人なら断罪するし、闇奴隷や孤児なら保護するよ。ただ、監視対象にするという事だけが違う部分かな。』
「悪人の可能性があるという事だな?」
『判らないから監視するんだよ。馬鹿正直にベラベラ喋るとは思えないからね。』
「同郷という可能性があってもか?」
『そうだね。全く同じ世界という可能性の方が低いと思うし、同じ世界の友達だったとしても、同情はするけど優遇はしないよ。』
「そうか。」
転移者や転生者についても、調査結果待ちとするしかないだろう。
万が一、転移者が居たとしても、不当な扱いを受けていない限り、保護したいとは考えていない。
悪事に加担しているのであれば、捕縛対象として考えるし、危険な様であれば殺害も辞さない。
寧ろ、知能が高い分、この世界の住人以上に危険視する必要があると考えている。
鬼だ鬼畜だと言われても、俺はこの国の宰相なのだから、一番重要なのはバネナ王国の国民の安全なんだよ。
それを害する者は、神であろうが異世界人であろうが、関係無い。
徹底的に排除するのみ!
「ところで、トラッシュの方は大丈夫なのか?」
『何とも言えない部分があるけど、クールを一時的にギルドマスターとして任命して、ケットシーも補助として派遣したから、冒険者ギルドの方は大丈夫だと思うよ。王に関しては、一応防衛軍司令官として任命したコンラッドに任せてあるよ。屋敷の中は魔道具でガッチリ固めたし、街中もパフェーラと同じくらいの魔道具を設置する予定だよ。だから、大丈夫だと思うよ。』
「悪魔の対処は、それで問題無くなるという訳か。」
『無理だと思う。』
「そうなのか?」
『二番煎じだからね。』
「二番せんじ?」
『パフェーラでやってる事と同じ事って事だよ。悪魔が魔獣であれば、その状態でも効果はあるんだろうけど、知能があって狡猾だからね。同じ手では、対処されるのがオチだろうね。』
「奴らも進化するという事だな。」
トラッシュでやっている事は、パフェーラでやっている事をアップグレードしてやっているだけで、基本的な部分については、何も変わっていない。
悪魔が何を狙っているのかは判らないけど、街の中で活動したいと思っているのなら、隙や穴を突いて来る事は間違いないだろう。
有象無象の下級悪魔であれば、力も無いし能力も低いから、対処するのは簡単だとは思うのだが、契約をしている所を見ると、レッサーでもノーマルでも無く、グレーターかその上の可能性も捨てきれない。
ランクが上がれば、それだけ長く生きた証拠であり、ステータスだけでは計り知れない程の能力を持っている可能性もある為、今後も注意する必要があるだろう。
その戦いは、まさに鼬ごっこと言えるもので、対処をすればそれを超える対処をされる事になり、どちらかが折れればそれで終わるが、終わらなければ際限無く続く事になる。
『終わらせるには、諦めさせるのが一番良いんだけど、その為の情報が全然足りてないんだよね。』
「情報?どんな事だ?」
『神聖や聖以外に、何を嫌がるか。』
「・・・嫌がらせをして諦めさせるのか。」
『結構大掛かりになるんだけどね。』
相手を怖がらせるだけと言っても、簡単な様に見えて簡単では無い。
お化け屋敷の様な物として考えても、客は歩いて進路を進むだけだが、怖がらせる方は特殊メイクや人感センサー、照明や効果音も駆使して頑張っているのだ。
やろうとしている事は、お化け屋敷どころの話では無いし、命の保証も無い罠を張ろうとしているのだが、嵌める為の労力は多分変わらないだろう。
ただ、悪魔の性質を全て知っている訳では無いので、どこかで上位悪魔を捕まえて、魔界の仕組みや理、悪魔自体の性質も含めて、徹底的に調べ上げなければならないだろう。
他にも知りたい事が沢山あるから、詳しく聞いてみたいんだよね。
悪魔に捕まった魂の行方とかね。
「何か面白そうだが、その続きは明日聞く事にしよう。今日はもう寝るぞ。」
『それもそうだね。っとその前に。[バブルウォッシュ][ヘアコンディショニング][ドライ]』
「コンディショニング?何だそれは?」
『これやると、毛がサラサラになるんだよ。』
「私でもできるのか?」
『んー、できないかも。』
「難しいという事か?」
『陽イオン界面活性剤を知らないと無理だね。』
「難しそうだな。」
陽イオン界面活性剤というのは、前の世界のシャンプーやコンディショナーに含まれている界面活性剤で、皮膚に与える影響力が強めだと言われていたのだが、こちらの世界では、そもそもの抵抗力というのがかなり高い為、多少の刺激物程度では影響が無いのだ。
それは、普通に泉や川で水浴びするのが普通で、飲み水も井戸水や湧き水を飲んでいる為、病原菌や細菌に対する抵抗力が高いのだ。
寧ろ、抵抗力の弱い者は、長生きできないと言える程だ。
湯浴みに使うお湯にしても、お風呂に使うお湯にしても、殺菌などされておらず、ぬるま湯を作って水で微調整をする程度なのだから、当然と言える。
平民であっても、湯浴みなどするのは三日に一回が普通で、銭湯に行くのは月に数回程度しかないのだから、敏感肌の人が居たら、常にガサガサだろう。
肌荒れの薬もあるにはあるが、肌に効く薬草の搾り汁を塗りたくるか、ラードに混ぜて塗るだけなので、雑菌だらけだし、民間療法なので、効果も薄い。
医療レベルも怪我には強いが、病気には弱く、衛生観念もかなり低レベルで、大体ペストが流行る前のヨーロッパ辺りのレベルしか無いだろう。
ただ、魔法が使える分、この世界の方が進んでいるのだ。
生活魔法でも、簡単な治療が行えるし、それこそチチンプイプイで擦り傷や切り傷も治ってしまうのだ。
但し、生活魔法で治せるのは、転んで擦りむいたとか、包丁で指を切ったとか、程度の軽い傷までが限度だが。
「本当にサラサラだな!」
『フフン』
因みに、魔法を使った場所は床だが、バブルウォッシュで出た毛やゴミは、ディメンションホールに全て入れてある。
床に残すと、メイド達が毛をクッションなどに使ってしまい、獣人達や暗部達の間で高額取引されてしまうので、後でこっそりスライムに食べてもらうのだ。
翌朝、訓練場に整列した討伐隊をハンザ領に送り出そうとしていると、貴族派の5人がやって来た。
「宰相殿、私は、フーリッシュ伯爵家5男、ウェル・フーリッシュと申します。少しお話をさせて頂きたいのですが。」
『何だ?』
「我々は、貴族ですから、指揮官として頂きたい。」
『貴族特権は廃止した筈だが?』
「我々貴族の血は、平民の血とは違うのです。一緒にして頂きたくありませんな。」
『貴様等は、貴族家出身の者だが、貴族では無い。貴族とは、貴族としての爵位を持つ者を指す言葉だ。爵位を持たない貴様等は、貴族には当たらないし、家を出て軍に所属した以上は、一般兵士だ。それと、何の実績も無く、基礎鍛錬を済ませた程度の雑兵を指揮官などにできる訳が無いだろ?兵法は全員が覚えた筈だし、湿原での戦闘で何の評価もされていない時点で、指揮官としての素質が無いと言える。遵って貴様等を指揮官としては認めない。以上。』
「我が一族が、敵に回りますぞ!」
『いいぞ。寧ろ来年まで待たなくていいのなら、都合が良いな。お前の様な馬鹿貴族を排除する為の貴族特権廃止と試験だからな。試験する前に始末できるのなら、その方が好都合だ。』
ウェル・フーリッシュとその取り巻きが、腰にぶら下げた袋の中から魔道具を取り出すと、瞬時に5人の首に刃が当てられた。
後ろの4人は、即座に気絶して崩れ落ちそうになったが、後ろからアラクネ達が襟に糸を付けて、吊り下げて立っている様に見せかけた。
「その魔道具を使って何をするつもりだ?」
カレンがウェルを問いただすと、冷や汗を流しながら、必死に歯を食いしばって恐怖に抗おうとしている。
『[鑑定]ファイアーボムを撃ち出すと同時に、自爆する魔道具みたいだな。どこで手に入れたんだ?そんな物を使っても、貴様等以外誰も傷つかないぞ?』
「これは、我が兄に頂いた物だ!自爆なんてする筈が無い!」
『なら使ってみろよ。貴様の体がバラバラになるだけだが、軍としては、貴様の様な不穏分子は必要無いから、奴隷にする必要が無い分、手間が減るな。』
「なっ!?ならば受けてみよ!死ねっ!」
シーン・・・
『発動に時間かかるのか?あぁ、魔力不足か。5人が発動しないと撃てないみたいだぞ?ファイアーボム。発動にMP30くらい必要だった筈だけど、1個で30も無いとなると、ゴブリンの魔石使ってるのかな?』
「おい!お前等何で発動させない!」
『無理言うなよ、首に刃を当てられて気絶してるんだから、発動なんてできる訳無いだろ?』
「立ったまま気絶してる!?」
『そんな訳無いだろ。崩れ落ちない様に支えてるんだよ。凄いだろ?お前がグダグダやってる間に、指揮したんだよ。ここまでやれとは言わないが、部下が正気を保っているかの確認や、自棄を起こさない冷静さを求められるのが指揮官なんだよ。貴様がやったのは、部下を死地に追いやったのと、冷静さを失って部下諸共自爆しようとしただけだ。それも失敗したがな。今まで何を学んで来たのか知らんが、部下と自分の命すらも守れず、作戦も失敗に終わった。そんな貴様に任せられる兵士など居ねえよ。』
「この者の小隊長はどこだ?」
カレンが、この貴族派の連中の小隊長の事を確認すると、暗部がすぐさま連れて来た。
「逃げようとしたので、捕縛して連れて来ました。」
『[鑑定]ヤルス・フーリッシュ、フーリッシュ伯爵家次男か。弟を殺そうとしたのか?酷い奴だな。この6人は、カレンが戦場に連れてけ。向こうで先鋒として運用してやれ。』
貴族は、時として自分の地位を確立させる為に、血の繋がった家族でさえも手にかける事がある。
こいつは冤罪の様だが。
貴族の切った張ったは、前の世界でも普通にあった事だし、この世界でも変わらない。
貴族という肩書を特別な物として認識してしまい、その中でも自分は更に特別な存在だと信じ込む奴が、少なからず存在する。
その特別感を持たせない様にする為に試験を行い、自分達の力量と能力を自覚させるつもりなのだ。
だが、残り1年という短い期間の内に、力を示して現状を変えようとする者がいるのだが、それは、自分達の力量を履き違えているだけなのだ。
実際に魔獣に遭遇した事が無い者や、家が統治する街の中しか知らない者は、それがこの世界全てに通用すると勘違いしているのだ。
だから、上には上がいるという事を見せて、経験させてやる事で矯正する必要がある。
「何故!?」
『他の隊に入れたら同士討ちしそうだし、直接使えそうか見てくれよ。駄目そうなら、ブートキャンプで徹底的に教育する。』
「重犯罪奴隷軍に入れてやればいいじゃないですか。」
『そんな所に放り込んだら、真っ先に殺されるだろうが。』
ゴロツキや犯罪者は、貴族や貴族の取り巻きに恨みを持つ者が多いのだ。
「では、切り捨ててしまえばいいじゃないですか。」
『あのなぁ、一応まだ伯爵家の一員なんだよ。伯爵家如きが怒って攻めて来ても、撃退はできる。だが、国内でそんな事が立て続けに起きたら、詳細を知らない国民はどう思う?フーリッシュ伯爵が市民の支持を受けている奴だったら、その街全体が敵に回る事になるんだぞ?恐怖政治をやってる訳じゃ無いんだから、そんなにホイホイ役人を殺してたら、国の信用に傷が付くだろうが。』
「でも、暗殺未遂ですよ?」
そう、暗殺未遂が実際にあった。
だがその前に、ここは軍内部であり、遠征軍という小集団の集まりの中で起きた事なのだ。
『無かった事にできる場所でもあり、冤罪として立件できる場所でもあるよな。軍内部での出来事を国民が知る事はできないんだよ。それに、貴族家を取り潰しにするには、相応の理由が必要で、国民に説明をしなければならない。軍人として鍛錬をして来た者が反乱を起こしたなんて、体裁が悪いにも程がある。忠誠は偽装できるにしても、教育もしているんだから、マイナスの忠誠をプラスにできないのなら、その教育方針を修正する必要があるって事だ。様々な人々が、様々な思想を持って来ているんだから、その思想を統一して同じ方向に向ける様指導するのが、お前等指揮官の役目だ。考え方、方向性、忠誠心、それらを纏め上げなければ、軍団として組織的に動く事はできない。あらゆる手を尽くして、宥め透かして、全員が同じ方向を向ける様に指導してくれ。』
「・・・判りました。」
不服そうではあるが、軍隊でありながら、主君への忠誠では無く、貴族位への固執を放置してしまった事に問題があるのだ。
ここは国軍であるのだから、その忠誠は常に国と主君に向いていなければならない。
上に登るには、軍人としての力量を示さなければならないのだ。
だから、向上心なのかプライドなのかは判らないが、力による現状変更を望むのであれば、その場を提供してやるというだけだ。
そして、次男は5男に忌避感を抱いている様だから、特別なチャンスを与えてやるのだ。
そのチャンスが、弟を殺す為のチャンスと捉えるか、指揮官として成長する為のチャンスと捉えるかは、本人次第だ。
前者なら奴隷行き、後者なら小隊長のまま。
カレンが監督するのであれば、太刀打ちできない敵に遭遇して、小隊全滅なんて事には成らないし、小隊長の指示通りに動くのであれば、戦死する事も無いだろう。
だが、指示を無視して勝手に動けば、戦死する可能性もあるし、その場合はカレンの助けは期待できないだろう。
『小隊長の力量を見るだけで良い。新生バネナ王国軍初の戦死者が出る事も已む無し。』
どこの軍でもそうだが、命令違反と敵前逃亡は犯罪で、戦場であれば戦死する事も致し方無いのだ。
「では、これよりワープゲートにてハンザ領に向かう。目的地は、ハンザ領の南側にある、バネナ王国領西端の緩衝地帯だ。ここには現在、ゴブリン帝国とオーク帝国の存在が確認されている。この二つの殲滅が目標だ。食料は、配布した非常食以外に現地で配給するので、非常食は陣地に戻れなくなった場合と、本隊とはぐれてしまった時の食料としろ。但し、逃亡と判断した場合は、戦闘終了後に重犯罪奴隷として捕縛する。向かう先の森は、長年放置されて来た為に、ゴブリンやオーク以外の魔獣も多数いると思われる。戦闘中に離脱した場合は、戦闘終了まで助けに行く事はできない。逃亡では無いのであれば、安全を確保した上でビーコンを発動しろ。」
リズが大まかに説明したら、奴隷部隊がざわついた。
今回の編成には、重犯罪奴隷の部隊がいる。
殆どが元盗賊ギルド員だが、一部は年初に窃盗や強盗で捕まった犯罪者達だ。
隷属の首輪を着けてはいるが、禁止しているのは犯罪行為と指定範囲外への移動だけで、それ以外は特に縛っていない。
労働力として使おうにも、既に王都近郊に働かせられる場所は無く、仕方ないので軍属として鍛錬をさせていたのだ。
ただ、戦力として使うからには、無手で突撃させる様な事はせず、ちゃんと武器も防具も装備させた上で戦わせるつもりだ。
戦功を挙げた者には褒賞も与えるし、希望するなら士官候補とする事も考えている。
但し、過去の重犯罪が消える事は無い為、隷属の首輪が外れる事は無い。
だが、士官になれば自由度は増すし、個室も与えられる事になっているのだ。
それが原因かは判らないが、意外に士気は高い様だ。
先程ざわついた理由も、ただ突撃させられるだけだと思っていたら、そうでは無かった事に驚いただけの様だ。
そして、士官になれるという淡い希望も、現実味を帯びて来たという事だ。
『[ワープゲート]』
「では出発する。進め!」
最初に行くのは、ハンザ領の領都の為、先頭は大将のアーリア、その後は歩兵、弓兵、魔法兵、衛生兵、奴隷部隊、リザードマン部隊、狼人族の輜重部隊と続く。
総勢1万4000名の大部隊だ。
ここまで膨れ上がったのは、今回の士官は騎士が務めるが、それ以外は全員初期の鍛錬を終わらせた新兵しか居ないからだ。
加えて、増え続ける犯罪奴隷も駆り出された為、これだけの人数になったのだ。
リザードマンは、実力が高いので小隊長と中隊長役だ。
この人数を野戦陣地で休ませるには、流石に数名の狼人族では賄いきれない為、狼人族以外の料理人経験者も含めて、輜重部隊の人数は400人もいる。
一応、野外炊飯用の竃セットはあるものの、やはり厨房とは勝手が違うので、大量に作るとなると大変な作業になるのだ。
だが、元闇奴隷の子供達の食事を作っていた料理人もいるので、何とかなるだろう。
食料は基本的に、米とスケープゴートの肉を持って来た以外は、現地調達で賄う予定だ。
ハンザ領に全員移動した。
ハンザ領領都から森までは、一般人が徒歩で丸2日かかる所を1日で移動する予定だ。
当然、マラソンである。
普段と違い、フル装備でのマラソンとなる訳だが、帯剣した状態で走る事に慣れておかなければ、戦域での移動に支障を来す為、今日のマラソンで慣れさせることになる。
「3列縦隊に整列!各自装備をチェックしろ!」
装備のチェックは、防具の確認とベルトの確認、剣が鞘から抜け落ちるのを防ぐ為の留め具がかかっているかの確認と、ポーチの蓋が閉まっている事の確認だ。
走れば体が上下に激しく動く為、剣の留め具が掛かっていなければ、剣が抜け落ちてしまい、ポーチの蓋が閉まっていなければ、中身が飛び出してしまうので、確認をさせる必要がある。
特に剣は、切れ味抜群な為、落ちた剣を踏んでしまうと、足を怪我してしまう可能性がある為、しっかりと固定されている事を確認させる。
「出発!」
先頭のアーリアは、黒いボディーに黄色く光るラインで装飾されたバイクに乗り、タイヤで走行している。
兵達の走るスピードに合わせる必要がある為、低速で飛行すると燃費がすこぶる悪くなるので、タイヤでの走行にしてあるのだ。
タイヤ走行の時は、風魔法でタービンを回し、レッドドラゴンの脂肪をATFとして利用して、トルクコンバーターを介して動力を伝えている。
レッドドラゴンの脂肪は常温では液体で、熱に強く、温度が上がっても膨張せず、燃え上がる事も無いので、潤滑油として使うのには最適なのだ。
皮下脂肪は殆ど無かったのだが、内臓脂肪が大量にあったというか、内臓と内臓の隙間の殆どが脂肪で埋まっていたのだ。
トランスミッションは、円錐形の歯車を前後に動かす事で、無段階変速ができる様にしてある。
オートバイのトランスミッションの構造は、大まかに知ってはいるが、難しくて再現できなかったのだ。
なので、円錐形のギアを動かす事で回転数を調整する様にした。
これにより、タービンを回す風魔法は、常に一定の出力を出すだけで良くなり、余計なMP消費が無くなったのだ。
まぁ、基本的にタイヤ走行は低速で、街道上でしか使わないので、軽めの出力で十分事足りるのだ。
リズとカレンの乗るバイクのタイヤ走行では、風魔法でタービンを回すのは変わらないが、風魔法の出力調整でスピードを変える方式だ。
こちらは、車体が小さい事に加え、作った時にはまだレッドドラゴンを討伐する前だったので、丁度いいオイルが無かったのだ。
ただ、細長い車体の中に横向きの風魔法タービンを作るのが困難だったのとチェーンを作るのが面倒くさかったので、ユニバーサルジョイントで回転方向を直角に曲げている。
但し、ジョイント部分の強度が弱いので、タイヤへの衝撃がジョイント部分にかからない様に、ショックアブソーバーも装備している。
ショックアブソーバーの作成は困難だったのだが、スライムの死骸を使う事であっさり解決してしまった。
スライムの死骸は、液体にして固体という状態で、中身がゲル状の塊という感じなのだ。
あ、ゼリスは死んでないよ?
筒状の中に詰め込むと、その形に固定化されて、反発しないが戻りが早いという、感触としては空気式救助マットの様な感じになるのだ。
この不思議な物体を利用する事で、悪路走行でも殆ど揺れなくなった。
仕組みも、心太突きの様な形で、密閉する必要も無いので、最新の箱馬車では、標準装備となっている。
但し、欠点もあって、水に濡れるとドロドロに溶けてしまうので、濡れない様にしなければならないのだ。
「今夜はここで野営を行う。この近辺は魔獣が頻繁に出て来るので、警戒を怠らぬように。」
ハンザ領内の行軍は、夕方に森の手前に到達したので、そこで野営をする事になった。
森の手前数キロは、草原地帯になっていて、近辺に人里は存在していない。
この森から度々魔獣が出て来るので、村を作っても長く続かないのだ。
過去には、強固な外壁の街があったらしいが、大型魔獣の襲撃を受けて壊滅したらしい。
まあ、無理やり村や町を作っても、周辺で作物を育てる事もできず、森で採取する事もでき無いので、何のメリットも何も無いのだ。
魔獣を人里に近づけない為の砦を作ったとしても、殆どの魔獣は森から1キロ程離れた所までしか出て来ないので、頻繁に魔獣に襲われる地域に作るより、偶に魔獣が来る所に作った方が、コスト的にもメリットがあるだろう。
どのくらいの頻度で魔獣が出て来るのかと言うと、先頭が野営の準備を始めたと同時に、タイガーベアが襲って来たのと、その数分後にペルグランデスースが出て来たのだ。
その後も数分から数十分毎に襲って来るので、かなり頻度が高い様だ。
だが、食事も終わり、全員がテントの中に入ると、認識阻害と魔力隠ぺい、遮音効果のあるテントのおかげで、魔獣の襲撃が無くなった。
「かなり魔獣が多いな。」
『そうだね。人や食事の匂いに誘われて来たという部分もあるんだろうけど、何か頭の悪い指揮官による戦力の逐次投入みたいだったね。』
「そうだな。だが、実戦の予行演習になって良かったと思う。」
『それと、テントの有用性を実感できる、いい機会にもなったね。』
「うむ。このテントがあれば、魔獣が襲って来ないと理解できたのは大きいな。」
『ただ、ペルグランデスースが突進してきたら、意味が無いんだけどね。』
「まぁ、それは仕方が無いだろう。亜空間に居る訳では無く、ただの認識阻害とオプティカル・カモフラージュを使っているだけだから、見えないだけで実体はそこにあるからな。」
今は全員テントの中にいるが、一番外側のテントの傍には、魔獣が接近したら警報を鳴らす魔道具を設置してあり、見張り番についている兵士もちゃんといる。
ただ、外に立っていると魔獣を誘き寄せてしまうので、一人用の専用テントの中から外側を見張っているのだ。
魔獣が近寄ってきた場合は、ウインドカッターの魔道具で攻撃する手筈になっている。
交代の際は、認識阻害と消臭効果のあるローブを羽織り、交代要員と交代する。
今回の遠征隊は大規模なので、見張り番についている人数は500人で、1時間毎に交代する。
夕食時に見張り番につく順番を決めたのだが、フーリッシュ5男が奴隷にやらせろとか吠えて、奴隷達に袋叩きにされていた。
ボロボロになりながら、剣を抜こうとしたので、カレンが剣の柄に置いた手を剣で押え付け、抜かせなかった。
カレンからきついお灸を据えられたので、それ以降は大人しかったのだが、ちゃんと見張り番ができるかどうか。
奴隷部隊の一人は、テントの中で出陣を知らされてから起きた事を思い出していた。
訓練場で剣が配られる時、よく切れるとは聞いていたが、新品であれば切れるのは当然としか思っていなかった。
目の前に山積みにされたその剣は、何の飾り気も無く、武器屋の片隅に積まれている量産品だと思っていた。
自分達は命の軽いただの兵士で、碌な武器も防具も貰えないと思っていた。
だが、若干の色味の違いはあるものの、大隊長と呼ばれる騎士の着ている鎧と、殆ど変わらない物を受け取り、着こんだ時に説明があった。
胸の紋章部分で温度調節ができる?斬撃、刺突、打撃耐性が付与されている?眉唾だと思っていた。
そんな物、国宝級だぞ?俺達兵士にそんな良い物が与えられる訳が無い。
マジックポーチ?まさかね。
普通に買えば、金貨2000枚はする代物だぞ?だが、非常食として渡された、山盛りの食料が本当に入っちまった。
追加で渡されたのは果実水だが、バンブリードという中が空洞の草の茎に入れられていて、それも山盛りで渡されたのに、全部入っちまった。
その後、最近冒険者ギルドでも売られ始めた、HPポーションとMPポーションが5本ずつ、これも全部入った。
再び胸の紋章の説明に戻ったが、説明されたのはヘルメットについてだった。
透明なヘルメットが紋章を操作すると頭を覆ってくれるらしいが、毒も防ぐし、池に落ちても溺れなくなる?なんだそりゃ?
温度調節?という物を使ってみたら、日差しの中で歩いていても、全然暑くならない。
夜は肌寒い筈が、全然寒さを感じない。
遠征に行くから、当然野営もあるだろう?またあの硬いパンと干し肉かと思いきや、昼飯も晩飯も暖かい飯が出た。
汗でベトベトの体も、胸の紋章を操作すれば、スッキリ爽快だ。
夜に見張り番をやらされるらしいが、一刻だけ?全然苦にならねえよ!思ってた軍隊とは全然違うんだからな!
だが、そう思わない奴も居た様だ。
そして、そいつがヘマをしやがった。
「ギャー!」
誰かの叫び声が聞こえた。
周辺に居た魔獣も集まり出した為、叫び声がした方に向かうと、フーリッシュ5男が魔獣に食われている所だった。
『見張り番は、早く魔獣を倒せ!フーリッシュはもう死んでいる!』
左右からウインドカッターが飛んできて、フーリッシュ諸共魔獣を引き裂いた。
『カレン、こっちに来てくれ。あるじ、少し早いけど、もうすぐ夜明けだから、警戒態勢に入って。周囲の魔獣が叫び声に反応して、集まって来てる。』
『判った。』
「魔獣の襲撃だ!起きろ!警戒体制を執れ!」
原因は不明だが、フーリッシュ5男が魔獣に襲われた際に、叫び声をあげてしまった様だ。
予想では、居眠りしていて、見張り用のテントから転げ出てしまったのだろう。
見張り用のテントの中では、見張り番は居眠り防止の為椅子に座っているのだが、そこで居眠りされるとどうしようもなくなる。
テントの外に飛び出してしまえば、匂いや体温で魔獣から隠れる事ができなくなる為、襲われてしまうのだ。
他の見張り番の攻撃が遅れたのは、フーリッシュが口からぶら下がっていた為に、攻撃を躊躇ったのだと思う。
「ったく、朝っぱらから何なんだあ?」
「まだ夜明け前じゃねぇかよ。誰だよ、ったく。」
「愚痴をこぼしてないで、早く支度しろ!」
魔法部隊から、野営陣地の外側に向けて光の玉が撃ち出された。
光に照らし出されたのは、大型の魔獣が数十頭と、狼系の群れが数個。
それを見た兵士達は、大急ぎで装備を身に着け、野営陣地の外縁に集まった。
「アルティス、この数、どう対処する?」
『どうもこうも戦うしかないでしょ。普段からこんな感じに森の外に出て来てるのかな?仲良しこよしでは無さそうだけど、多数の人間を見たから、リスクの少なそうな人間に狙いを定めたみたいだね。』
少し離れた小さな丘の上には、昨日の夕方には無かった魔獣の骨が見える事から、何かがそこで食べ尽くされた様だ。
魔王軍の様に統率されている感じでは無いので、この平原で毎晩、魔獣達の熾烈な争いが繰り広げられていたのかもしれない。
野営陣地の傍には、切り刻まれたブラッディエルクという、巨大な角を持つ鹿と人間の死体が転がり、血溜まりを作っている。
血の匂いに誘われて集まって来た魔獣達の目には、楽に狩れる大量の人間の姿が目に入ったのだ。
他の魔獣を倒すよりも簡単に狩れ、それが大量に目の前に居るのだから、それを狙うのは当然の話だ。
たった一人の怠慢が生んだ危機は、当人の死では飽き足らず、14000人の兵士達の命を飲み込もうとしている。




