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第79話 キラーホーネットの巣

 翌朝、朝食を食べてすぐに鳥もち現場にやって来た。


 『凄いな。』

 「一面黄色ですね。」


 目の前には、数百匹のホーネットが鳥もちに囚われて藻掻いていた。

 上空には警戒の為か数百匹のホーネットが飛び回り、地面から飛び上がる事ができなくなった蜂を狙う小動物をけん制している様だ。


 「どうやって巣を見つけるんですか?」

 『一匹捕まえて、ビーコンを取り付けてから解放せば、巣に戻るだろ。』

 「その前に襲われそうですが?」

 『自信無いの?』

 「・・・私が倒すんですか?」

 『もちろん手伝うさ。一人でやれなんて言わないよ。』

 「誘き寄せて倒すんですか?」

 『どうしたら楽に倒せそう?』

 「んー、そうですね、あの飛んでる奴の中に、スタングレネードを投げ込んで破裂させるとか?」

 『そうだな。それでいこう。』


 スタングレネードの有効範囲は、地上で破裂させれば数十mだが、障害も何も無い空中であれば、直径100mは届くだろう。

 現在は、開発当初の物よりも効果を高める為に、ショックウェーブ、ソニックブーム、スタンを同時発動して、スタンが聞かなくてもショックウェーブかソニックブームで同様の効果を狙っている。

 閃光については選択方式を使用していて、昼間では効果が殆ど無いのと、光る物と光らない物があれば、より強く警戒をするというもの。

 人は、一つの物に集中すると隙が大きくなる為、暗部達であればスタングレネードが効果無くても、背後からの一撃で制圧が容易になるのだ。

 改造は、ペンタからの提案で、銃タイプと(やじり)タイプと手投げ弾タイプの3種類を作ってある。

 今回使うのは手投げ弾タイプで、カレンの筋力であれば、遠投で十分届くのだ。


 「行きます。」

 『今!』

 パーン!


 スタンに罹った蜂がポロポロ落ちて来るが、全体の半分程度しか落ちて来なかった。

 だが、残りの蜂が一斉にこちらに飛んで来たので、ソフティーが蜘蛛の巣を張って勢いを殺し、向かって来た蜂の3分の1を減らしてくれた。


 『ソフティー、1匹だけ生け捕りにしておいて。残りはカレンと俺でやる。』

 『りょーかい!』

 「来ます!」

 ヒュッ!


 間合いに到達する前に、カレンが剣を一閃。

 空気を切り裂く様な鋭い剣閃が、圧縮された空気の層を作り出し、鎌鼬となって蜂を両断していった。

 カレンの剣で一瞬怯んだものの、再び一斉に襲い掛かろうとした蜂達は、残り数mの所にまで迫って来た。


 『[スリープ]』

 ボトボトボトボト


 雨の様に降って来る蜂を無視して、カレンは剣を振り続けた。

 スリープに罹った蜂の背後には、まだ空を埋め尽くす程の大群が居るのだ。


 『[リフレクトシールド]』

 バシバシバシ


 全方位から放たれた針は、リフレクトシールドによって弾かれた。

 リフレクトシールドは、魔法のみを跳ね返すシールドの為、魔法では無い針は弾かれるだけで終わった様だ。

 だが、針に紛れてウインドカッターが飛んできていた為、魔法を撃った蜂が真っ二つになって落ちて行った。


 「限が無いですね。」

 『もう諦める?』

 「・・・まだやります!」


 そう、これはただの魔獣退治ではなくて、鍛錬として考えている。

 キラーホーネットやスケープゴート等の大群を形成する魔獣を倒すには、技量以外に持久力や力加減などの継戦能力に関わる部分が重要になる為、チャンスがあればどんどん利用したいと思っている。

 もちろん失敗をすれば怪我をするリスクもあるが、カレンもリズもその程度の事でへばる程軟では無い、筈。

 ただ、やはり動き続けていれば体力は減っていくし、鍛錬と実戦では疲れ方も全然違うのだ。

 実戦では、全方位に注意を向けなければならず、常に緊張感をもって対処しなければならない為、肉体の疲労に加え、精神的な疲労も蓄積する為に、体力が尽きるのも早くなる。

 カレンにはルベウスというサポートが居て、体力の回復や傷の回復もやってくれているとはいえ、精神的な疲労には対処できないのだ。


 『カレン、昨日の狼人族を呼んでいいか?』

 「はい、お願いします。疲れて来ました。」


 既にカレンの周りには、数百匹のホーネットの死骸が転がっている。

 カレンは、ホーネットのどこを斬れば殺せるのかを調べながら戦っているので、部位によって硬い部分がある事に気が付いたのだろう。

 ただ、硬いと言ってもカレンの剣で斬れば、豆腐の様に力を入れずとも斬れるので、多少の違和感程度でしか感じない筈である。

 それでも斬れ易くて一撃で倒せる事に拘っているのは、剣術を極める上で重要な要素だと言える。


 『魔法も盛り込めよ。』

 「はい。[ファイアーボム]」

 ドーン!

 『[タービュランス]』

 ゴー!

 『マッドフォレストにいる狼人族10人は、戦闘準備をしろ。キラーホーネットとの戦闘だ。ゲートを開くからこっちに来い。』

 『了解』


 普段狼人族はあまり戦闘に使っていなかったので、訓練の成果を見るついでに戦わせようと思う。

 獣王帝国でのスケープゴート退治の時にも戦わせていたが、正直よく見ていなかった。

 反対側で追い立てていたからね。


 『[ワープゲート]頑張ってカレンの負担を減らしてやれ!』

 おうっ!


 素早く散開した狼人族は、それぞれ配置につくと遠吠えを始めて、キラーホーネットのタゲを取り始めた。


 ワオオオオオーン

 ワオオオオオーン


 彼等はブロードソードを使っていて、ロングソードよりも若干リーチが長い程度だが、飛び上がって横なぎしたり、キラーホーネットを踏み台にして軌道を変えたりと、多彩な動きでバッサバッサと叩き落して行く。

 不意打ちで後ろから飛んで来た針を振り向きもせずに避けたり、剣で軌道を逸らしてキラーホーネットに当てたりと、全方位に隙が無い。

 一人が触覚を切り落とした時に、急に飛行が不安定になったのを見て、他の狼人族も同じ事をし始めたりしていて、仲間の動きをよく見ているのが判る。


 『ソフティーもやっちゃっていいよ?』

 『がんばる!』


 ソフティーがソワソワし始めたので、戦闘に参加してもらう事にした。

 今までは、近くに来た奴だけを叩き落して居たのだが、戦闘に参加してもらえば心強い事この上ない。

 早速横糸を伸ばしてブンブン振り回し始めた。

 横糸は粘着性のある糸で、粘着物はくっ付くと固まる性質を持っている。

 糸にキラーホーネットがくっ付くと、それをハンマー代わりにさらに振り回して、どんどん捕まえている。


 「うわああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ」


 一人の狼人族が引っ付いた様だが、構わず回し続ける様だ。

 足元では、死骸を貪る小動物が多数みられるが、まぁ放置で良いだろう。

 所々にチンアナゴの様な物も見えるが、鑑定したらランドワームの幼生と出た。

 ランドワームは草原や荒れ地に棲息するワーム類で、何でも食べるミミズの様な存在だ。

 ミミズとは違い、蛇の様に頭を持ち上げる事ができるのが特徴で、成体になると直径1m、長さ10m程の大きさになる様だ。

 今は地中から真上に食い進んで、突き破って出て来たのだろう。

 飛んでる蜂の数が減ってきた頃、ソフティーが振り回すのを止めて、降ろした様だ。

 引っ付いた狼人族は、ソフティーに糸から外してもらうと、ポイっと投げ捨てられた。


 『大丈夫か?』

 「は、はひ、こ、こ、怖かったです。」

 『そりゃそうだろう。暫らく休んでろ。』

 「はい・・・。」


 狼人族は、背中に引っ付いて後ろ向きで回されていたからか、後頭部の毛がごっそりと抜けていた。

 何度か蜂に当たっていたから、その時に蜂の足や爪で、剃り上げられたんだろう。

 おも・・・可哀想だから、そっとしておく事にした。

 そういえば狼人族って、割と空気読めない系が多かった気がするな。


 「だっはっはっはっはっ!お前後頭部禿げてるぞ!」

 「うえぇ!?本当だ!俺の大事な(たてがみ)がぁ!」


 がんばれ。

 カレンの様子を見ると、一応立ってはいるが、疲労が見えた。


 『カレン、休憩しろ。』

 「でも、また大群が来てるみたいですよ?」


 カレンの指さす方を見ると、ムクドリの群れの様な黒い塊が飛んで来るのが見えた。


 『ホントに(きり)が無いな。総動員するか。あるじー、キラーホーネットを倒すからエルフとリザードマン借りるね。』

 『キラーホーネット?私も行くか?』

 『暇ならお願い。フ隊も余ってたっけ?大群を相手にするから、暇な子は来てー!』


 ワープゲートを開き、エルフ隊1000とリザードマン隊2000、フ隊の一部とイ隊の半分を呼び寄せた。

 エルフの森奪還作戦以来の大規模戦闘だ。

 エルフは、元々5000人居たのだが、魔大陸の世界樹の守護とエルフの森の守護に1000人、ラクガンスキルとベーシスの警備に1000人、ベーグルに500人を動員している為、王都の守備隊を除けば、今動かせるのは1000人程しか居ないのだ。

 王都に1500人残る形にはなるが、まだまだ敵の多いバネナ王国の王都の守りを(おろそ)かにする訳にはいかず、必要最低限を残している。

 エルフ達は24時間体制での警戒を行う為に500人ずつの3交代制で守備をしているのだ。

 少し大げさに感じるかもしれないが、魔族に悪魔、自国の貴族や盗賊ギルドなど、全方位に敵が居る状況では、多少大げさと思えるくらいが丁度いいのだ。


 『では、向こうに見える黒い影がキラーホーネットの群れだ。万単位で居ると思うが、殲滅するつもりで頼む。奴らは獲物と定めたらとことん追いかけて来るから、逃れるには殲滅するしか方法は無い。久々の大規模戦闘になるが、日頃の鍛錬の成果を遺憾なく発揮してくれ。では、配置につけ!』

 『三日月の陣を布け!アラクネは両翼から内側に追い立てろ!』


 三日月の陣とは、偃月(えんげつ)の陣と同じ形の配置で、両翼が前に出て中央が下がって弧を描く様な形になる。

 両翼の先端にはイ隊とフ隊が陣取り、少し下がった所にエルフ隊が方形陣で弓を構える。

 リザードマンは、アラクネの間を埋める様に弧を描いて布陣しており、ホーネットが攻めて来ればリザードマンが受け止め、エルフが十字砲火で仕留めていく。

 アラクネ達は、横に広がろうとする蜂を中央に集める役目だ。

 遠くに見えていた黒い雲は、近づくにつれ日の光を浴びて黄色い雲に変わり、重低音の羽音を響かせて攻撃を仕掛けて来た。


 ブオオオオオ

 シュババババ!


 突っ込んできた蜂達に対し、エルフ隊の弓矢が飛来して次々と撃ち落として行く。

 ホーネットの頭と胴は、硬い外殻に守られているが、エルフ隊の使う鏃は、タングステンにワイバーンの骨を練り込んであり、非常に硬くて重い為、昆虫の外殻程度であれば、いとも簡単に貫通してしまうのだ。

 また、弓の方も強靭性と弾性に秀でた世界樹の枝に、硬性と復元力に秀でたエルダートレントの枝を合わせ、両端に滑車を付けてコンパウンドボウにした物を使っているのだ。

 弦はもちろんアラクネ絹だ。

 市場に出れば白金貨が飛び交う程の価値があるが、武器は使ってなんぼの物なので、萎縮しない様にエルフ達には黙っている。

 まぁ、既にバレているだろうけどね。

 それと、矢の方もトレント材かチタン製を使っている。

 これは、普通の木で作った矢では、弓の力に耐えられずに砕けてしまうからだ。

 2種類用意しているのは、トレント材の方は魔力伝導率が高く、矢に魔法を付与しやすいという特徴を持っていて、チタン製の方は普通に撃っても直進性が高くて、貫通力も上がったのだ。

 矢に使える素材は幾つかあるのだが、一人に1本だけ渡してある矢がある。

 それはレッドドラゴンの骨を使って作った矢で、軽くて頑丈で魔法も付与出来て折れず破壊力抜群で、使用者の下に戻って来て何度でも繰り返し使える矢なのだ。

 今も何人かがその矢を使っている。

 使用上の注意点は、必ず地面に落ちてから回収する事のみだ。

 この矢は音速で飛ぶので、何の標的にも当たらずに飛んで行くと、角度にも依るが20キロ近くまで届く為、空中にある時に手元に戻すと運動エネルギーを消化しきれずに戻ってくる為に、手が吹き飛ぶのだ。

 今回は、蜂を吹き飛ばしながら飛んでいく為に5キロ程で落ちる様だが、それでも地面に落下する前に戻すのは危険なのだ。

 現に落下地点には、爆弾が落ちたかの様な土煙が立ち上がっているのだ。

 エルフがリボーンを使うと矢が戻って来るのだが、それは新品の様な輝きを放っていた。


 リザードマン達は地上付近にいる蜂を槍で貫き、叩き落しているのだが、上空をエルフの弓矢が飛び交っている為、大半の蜂は地上付近を低空飛行で向かって来る。

 だが、リザードマンの振り回す槍は三叉槍(さんさそう)と呼ばれるタイプで、ギリシャ神話のポセイドンが持っていた槍と似ている。

 武器としてだけではなく、(もり)としても使える為にリザードマン達が好んで使っているのだ。

 柄はチタン合金製で両端にタングステンが付いていて、振り回す時に遠心力が働いて勢いが付く様にしてある。

 穂先の三叉はミスリル合金にワイバーンの牙を練り込んであり、薙ぎ払いでの斬撃能力は無いが、刺突攻撃ではミスリル製の鎧なら、いとも簡単に貫ける性能を持っている。

 技量によっては、オリハルコンでも貫く事が可能だ。

 穂先は敷き(わら)をかき取るフォークの様な形をしており、中央のフォークだけが両刃の刃が付いていて、両側のフォークには返しが付いている。

 返しの部分には刃が付いていないが、魔力を流す事で返し部分にシャープネスが付与され、抜けやすくなると同時に加害範囲が拡大する。

 リザードマン達は、魔力の扱いが苦手だと思われがちだが、泳ぐときに水流を魔力で操作しているし、ギル・ブリージングという魔法を使って、呼吸に必要な空気を得ている様だ。

 主に使うのは水属性の魔法で、生活に必要だからそこそこ使える様になった様だ。

 バネナ王国軍のリザードマン達は、主に湿原で狩りをして王都の民達の食料事情に貢献している。

 冒険者達が水田に潜むキャトルフロッグを狩る事で、肉の供給を助けてはいるものの、キャトルフロッグは小さいので、獲れる肉の量はそれ程でも無く、円形山脈内の各街にも供給される為に、王都に供給される量としては少ない。

 供給量が少なければ需要に追いつけず、値段が高騰してしまい、庶民の口に入らなくなってしまうのだ。

 また、家畜も居るには居るが、畜産農家を貴族が囲っている為に、流通量が極端に少なく王都でも一部の貴族にしか手に入れる事ができなかった。

 だが今は、スケープゴートの肉や、湿原の魔獣の肉が大量に出回る様になった為に、今は庶民にも肉が簡単に手に入る様になり、家畜の肉の値段は暴落している。

 リザードマン達は、水辺の環境整備に貢献していて、水質の改善能力に秀でている。

 貴族達に目の敵にされる理由は、厳つい顔もそうだが、ゴミを捨て来るとそれを阻止される為に嫌っているらしい。

 というか、貴族達は水源の水が汚染されると井戸水も汚染されるとは考えていないらしく、態々(わざわざ)水源まで来てゴミを捨てているそうだ。

 無知とは恐ろしいものだ。


 「アルティス様、何か考え事してます?」

 『ん?あぁ、していたな。』

 「アーリアがど真ん中に歩いて行きましたけど、何をするんです?」

 『んー、多分柏手(かしわで)打つんだろ。全員バリアを張れ!柏手来るぞ!!』


 殺気を放ちながら中央まで歩いて行ったが、殺気が抑えられたので蜂を自分の周囲に集めて、柏手で少しでも多くの蜂を落とそうと考えた様だ。

 どのくらいの魔力を込めるのか判らないので、バリアを張らせた。

 柏手は、掌に集めた魔力同士をぶつける事で、小さな魔力爆発を引き起こし、衝撃波を発生させる物理攻撃だ。

 だが、魔力爆発による魔力を帯びた衝撃波も同時に来るため、魔法攻撃とも言える。

 魔力を帯びた衝撃波を魔力波とでも呼びたいが、実はこれ、マジックバリアでは防げないので物理攻撃になる様だ。


 『[マルチシールド]!!』

 バンッ!

 ブワッ!


 半径2kmにも及ぶ範囲に砂埃が舞った。

 初見殺しの技?を食らった蜂達は、急激な気圧の変化と外殻を破壊する衝撃波により、内側と外側を同時に破壊され、ボトボトと地面に落ちて行った。


 『今ので、2000は倒したな。後続は警戒して近づかない?』

 『アルティス、地下から振動が来る。』


 ソフティーが地下から近づいてくる振動を感じ取った様だ。


 『じゃぁ下に降りて[ウルトラサウンド・エクスプロレーション]』


 この魔法は、超音波検査と言って、超音波を放って帰って来た音波を受信する事で、地中にある物の形を浮き彫りにしてくれるのだが、シールドモウルの様な目が退化して、振動波で地中にある餌を探る様な魔獣には、効果覿面(てきめん)の攻撃手段となる。

 今回も同様の効果を期待していたが、地中にいる振動の原因を調べる事が主な目的である。


 『地中にトンネルが掘られている様だけど、ホーネットの亜種かもしれないな。』

 「ワームでは無いんですか?」

 『ワームは食いながら糞を後ろから出すからな。トンネルが細くなるんだよ。それに、今感じた奴の大きさはワームでは無くて、ホーネットと同じ大きさだった。』

 「まだ居るんですか?」

 『居るけど、瀕死だな。[カーボンダイオキサイド]これで死ぬだろ。』

 「??」

 『シーオーツーの正式名称だよ。どっちも同じだけど、威力が変るのか試してみたんだよ。』

 「あぁ、あの無色無臭の毒ガスの事ですか。」

 『毒ガスでは無いんだけどな。呼吸すれば、カレンも吐くからな。それを毒ガスって言うと、毒ガスを吐く女って、自分で言ってる様な物だろ?』

 「う、気を付けます。」


 トンネルを掘ってる奴の後ろには後続が居たのだが、目の前で仲間が死んでいくのを見て数匹が戻って行った様だ。

 追って行けば、巣の近くまで行けるのだろうけど、普通は途中で閉じ込める為の罠を張るだろうし、下手すれば落盤させられる可能性も高いだろう。

 なんせ、巣に直接繋がっているとすれば、開けっ放しのままでは、敵を巣に誘導している様な物だからな。

 呼び込んだ敵の退路を塞ぐという手だとしても、それが有効なのは勝てる相手だけだ。


 『そういえば、休憩はもういいのか?』

 「はい。ゼリーとエネバーも食べましたし、体力も回復しました。」

 『残りの蜂も来ないみたいだし、そろそろ巣を襲撃してもいいかもしれないな。』

 「行きましょう!」

 「行くのか?」

 『行こうか。』


 巣に行く前に、軍の休憩もやってしまおう。

 遠くの空に、ホーネットが蚊柱の様に飛んでいるのが見えるので、巣はその下にあると見ていい。

 だが、まだその数が居る事の証左でもある為、4人だけで突撃するという訳にはいかないのだ。


 『全員体力の回復及び休憩をしろ。怪我をしている者は、ポーションで治しておけ。30分後に巣に向かう。アラクネは、交代で警戒。地下からも来るから、何かあれば報告する様に。』


 エルフとリザードマンが休憩に入る中、一人のエルフがやって来た。


 「恐れ入ります。ホーネットの解体は行わないのですか?」

 『欲しい素材でもあるのか?』

 「ホーネットの毒針は鏃に使えますし、胴の外殻は軽くてそれなりに硬いので、肩パットや脛当て等に使えます。冒険者志望の孤児達の防具の材料として、使えると思います。足もそれなりに硬いので、ナイフや剣の鞘、中にある筋は弓弦(ゆみづる)に使えます。」


 大量の死骸が目の前にあるからか、そのまま放置するのは勿体ないと思った様だ。

 軍の装備として使えるとは思えないが、元闇奴隷達の装備品としては使えるという訳だ。

 因みに、腹の方は小動物やランドワームが食い荒らしていて、見える範囲では殆ど残っていない様だ。

 特に角ウサギが目立つのだが、どこにそんなに隠れていたのか、数百匹が蜂の腹にかぶりついてモグモグしている。

 動物でも魔獣でもそうなんだが、彼等は真っ先に美味しい所を食べるので、胴や足、頭等がそこら中に転がっているのだ。


 『胴と足を集めてくれれば、ディメンションホールに入れて、王都で解体してもいいぞ?』

 「了解しました!皆に伝えて来ます!」


 今日は、足腰の鍛錬が免除になったからか、元気が有り余っている様だ。

 エルフ達は蜂の死骸に駆け寄り、角ウサギが食べているのもお構いなしに、胴と足の切り離し作業を開始した。

 角ウサギもすぐ横にエルフが居ても、無視して食べ続けているのだ。

 その光景を見たカレンは、まだ綺麗な蜂の腹を持って来て解体し始めた。

 当然の話だが、蜂の腹には、外殻の部分以外に筋肉は無く、その筋肉もごく少量で食べられる程の量が無い。

 針に繋がる部位に毒袋があるのだが、錬金術で見ても血清以外の使い道が無く、針が注射針の様に使えそうだと思った程度で、殆どがゴミにしかならない様だ。

 しかも、全体的に毒感知の反応が出ており、これには流石のカレンも諦めた様だ。


 「特に食べられる部分は無いみたいです。」

 『幼虫に期待だな。』


 と、言いつつ他の部位も見て見ると、羽と複眼に価値がありそうだと感じた。


 『羽と目を採取してくれ。』


 カレンが羽と複眼を持って来てくれた。

 羽は軽くて水を弾き、粉にしてもその性質は変わらなかった。

 複眼は、表面にレンズの様な物がビッシリとあって、一つを外してみると凸レンズの様な形をした物だった。


 「何かに使えそうですか?」

 『これはレンズだな。オロシのメガネに使えそうだ。』


 このレンズは、魔力を通せばズームアップが可能で、メガネだけでなく望遠鏡にも使えそうだ。

 エルフ達に複眼と羽も集める様に伝えて、結局集めるのに1時間かかってしまった。


 『では、ホーネットの巣を攻撃する為に進軍する。』

 「進め!」


 誰に見せる訳でも無いが、エルフ2列縦隊をリザードマンが挟む様に並んで行進している。

 これは、前衛職であるリザードマンが側面を守り、中央のエルフが上空から近づく蜂を警戒する為の隊列で、整然と行進をしているのは、息を合わせる為である。

 普段はあまり共闘する事の無い組み合わせで、ある程度の所までは連携しなくても戦えるのだが、蜂の巣を攻略するにあたり、全くの連携が取れない状況と言うのは、死を意味すると言っても過言では無いのだ。

 つまり、息を合わせて隣の動きに合わせる事で、簡易的ではあるものの連携の為の基礎を身に着ける事ができるのだ。

 連携するには、仲間の動きを見て自分の動くタイミングを計り、お互いに助け合う事が大事で、好き勝手に動いていては邪魔にしかならないのだ。

 今回の行進訓練の肝は、リザードマンに合わせるという事で行っている。

 リザードマンはトカゲの獣人で、尻尾がある為に密集する事ができないのだ。

 尻尾の長さは大体3m程もあり、後ろを歩く為には4m程開けなくてはならず、離れれば隊列を組むのに基準とする前の人が遠くなってしまうのだ。

 離れれば、他に基準となる物が無い草原では、位置取りが曖昧になってしまい、右へ左へとフラフラしてしまうのだ。


 「そこ!ズレてるぞ!自信を持って歩け!」


 これは精神論だな。

 まぁ、実際の所、鍛錬は精神論と密接な関係があるので、致し方無いのだろう。

 精神が弱いと、戦えなくなるのは当然で、体に自信が無ければ勇気も湧かない。

 心が弱いと体を鍛える事ができないし、他の鍛錬が楽に見えてしまうだろう。

 だから、一人が駄目なら、同期の全員が同じ鍛錬を続ける事にしてあるのだ。

 もちろん何かの技術に特化して秀でた者は居るが、鍛錬も訓練も基礎を作る為にやっている事なので、英才教育等はやっていないのだ。

 今や、殆どが獣人だからか、上を目指す為に自主練は日常になっているよ。

 だから、個々の能力を伸ばすのは、個々人の努力で何とかするのが、バネナ王国軍の方針になっている。

 因みに、ゴマすりで幹部を狙う者は一人も居ない。

 何故なら、幹部である筈のカレンやリズ、バリアや近衛騎士団達は、毎日アーリアとの模擬戦が待っていて、木剣とはいえボコボコにやられるのだ。

 そんなのを見せられたら、幹部になれば楽ができるなんて思わないよね。

 実際は、アミュレットのVITや防具の耐性が利いているから、見た目ほど酷い状況ではないみたいだけどね。

 知らない人が見ると、人がポンポン何十メートルも飛ばされてる景色は、心臓に悪いんだろうね。

 ともあれ、軍の実力は基礎訓練と個々の努力によって、日々進化してるのだ。

 個々の実力と連携による相乗効果で、どこまで強くなるかは未知数だけど、どこまでも強くなって欲しいね。


 「中々近づきませんね。」

 『そうだな。あの辺はウィルダネスの街の近くかな?徒歩で1日かかる距離だから、まだ半分くらいしか進んでないだろうな。』

 「お腹が空きました。」

 『そろそろお昼か。休憩にするか。』

 「ぜんたーい!止まれ!」


 3時間の行軍で、大体半分程進んだのだが、これは普通の人の歩く速度の約3倍で歩いた距離だ。

 これは、行進が大股に近い歩幅なのと、足首と脹脛(ふくらはぎ)を使って地面を蹴る様に歩く為に、スピードが速いのだ。

 コボルト達の様に小柄な種族では難しいが、今回はエルフとリザードマンが殆どなので可能になった。

 エルフの平均身長は190センチで、リザードマンは210センチ、狼人族も190センチ程なので、今回の行進には全く問題無く着いて来ている。


 『昼休憩に入る。全員テントを設置して、その中で休憩しろ。休憩の時間は2時間、ホーネットの偵察が来ても無視して足を休めろ。』

 ザザザザザザ


 道から外れてテントを設営して全員が中に入ると、3000人の姿が一瞬にして消えた。

 テントの中では、エネバーを齧り、世界樹の実をスクイーズしてファイニスト・ハニービーの蜂蜜とロイヤルゼリーを混ぜたジュースで腹を満たし、それぞれ休養に入った。

 アルティス達は天幕を張り、その中で同じ物を食べて休憩する。

 ソフティーを筆頭とするアラクネ達も、アラクネ用の天幕を張って交代で食事を摂っている。

 その光景にホーネット達は焦った。

 突然、目の前に迫っていた敵が一瞬にして消えてしまい、大好物の蜂蜜の匂いが充満し始めたのだ。

 偵察の為に数匹が近くまで行ったのだが、敵の姿が全く無く、気配も魔力も感じる事ができなかったのだ。

 代わりにその一帯には、濃密なファイニスト・ハニービーの蜂蜜の匂いがあり、出所を探そうにも全方位から漂っている為に訳が分からない。

 報告に戻り、本隊の一部を引き連れて戻ってみれば、蜂蜜の匂いは消え去り、何も無い荒野だけがそこにあった。


 『ホーネットの一部が偵察に来たよ?』

 『無視でいいよ。今頃混乱しているだろうから、上手く行けば蚊柱が消えるかも知れない。』

 『巣のある所に偵察に行かせる?』

 『ヒノエ達が行ってるんじゃないの?』

 『報告します。ホーネットが次々と巣に戻って行きます!』

 『巣の方はどこにある?』

 『岩場の地下にある物と思われます。岩場は、50ケロ離れた場所にあり、ウィルダネスの街から10ケロの距離しか離れていません。ウィルダネスの街にも偵察に行ってますが、街の中は閑散としており、住民の殆どは息を潜めて家の中に篭っている様です。』

 『戦闘の跡はあるか?』

 『街の周囲に錆びた武器や防具が転がっていますが、死体は見当たりません。』

 『死体は持ち去られて、餌にされたんだろう。街の中の様子を詳しく探ってくれ。餓死しそうな者には、ジュースを分けてやれ。足りないだろうから、オロシと相談して、物理結界の展開と物資の輸送、狼人族も手配を頼む。』

 『了解!』


 ウィルダネスの街がホーネットの巣から近い為に被害を受けているのであれば、救済措置をする事に問題は無い。

 ただ、ここも都市国家である以上は、王家があり政府がある筈で、それらの現状も確認する必要がある。

 勝手に始めてもいいのだが、変な横槍を入れられてトラブルになっても意味は無く、寧ろ状況が悪化してしまう可能性もあるのだ。

 こんな所まで来て、要らぬトラブルに巻き込まれるのは、正直回避したい。

 しかも、トラブルになった場合、ほぼ確実に暫定政府を作る羽目になるのだ。

 まぁ、既に王家が潰されている可能性もあるのだが、そうなっているのであれば、その後の事はこの国が決める事として、さっさとマッドフォレストに戻るだけだ。

 孤児と闇奴隷は引き取るけどね。


 「ウィルダネスの状況が悪いのか。どうするつもりなんだ?」

 『まだ何とも。情報が無いからどうにも手の付けようが無いね。王族が居るのか居ないのか、居ないなら居なくなった理由を調べないと、何ともならないよ。』

 「民の方はどうするんだ?」

 『王族次第って処だね。勝手にやったとしても、貴族が横槍を入れて来る可能性が高いし、トラブルになってもこちらに利は無いからね。スケープゴートを渡すと言えば諦める可能性もあるけど、空腹なら持って行くだろうね。』

 「たとえ持って行ったとしても、民への配給を阻止する可能性もあるという事か。」

 『その可能性もあるし、そうならない可能性もある。いずれにせよ、ヒノエからの報告が無ければ、何とも言えないね。一応個人レベルでの救済は指示しておいたけど、結果が出るのは明日以降かな。』

 「結界を張る事はできないのか?」

 『多分、1日しか持たないよ。偶に来る攻撃に対するのなら有効だけど、常時攻撃されるのであれば、耐久力をゴリゴリ削られるからね。』

 「ホーネットの巣を破壊する方が早いって事か。」

 『そういう事。』

 『アルティス、入り口の周りを囲って、外に出られない様にする?』


 ソフティーが提案してきたのは、巣の入り口周辺をアラクネ絹で包み込み、蜂を閉じ込めてしまおうという事だ。

 強靭なアラクネ絹で包み込んでしまえば、蜂が外に出る事は難しくなるだろう。

 でき無いと言えないのは、いくら強いとはいえ継続してダメージを受け続けていれば、アラクネ絹と言えども綻びが生じる事もあり得る話だからだ。

 繊維である以上、一カ所でも綻んでしまえば、そこから穴が拡大する事もあり得る話で、ホーネットの情報が不足している事を考えれば、想定外の攻撃方法を使って来る可能性もあるのだ。


 『横穴を開けられたらどうする?』

 『全部塞ぐ!ホーネットと戦ったアラクネも居たみたいで、巣の入り口を塞いで横穴も全部塞いだら、数日で全滅したみたい。』

 『栄養が足りてないから、巣の中で餓死するのか・・・。倒した後の巣の中はどうなっていたの?』

 『空っぽだったみたい。居たのはクィーンだけで、周りに羽と足が積み上がってたんだって。』

 『数日で兵も幼虫も食い尽くしたのか。どんだけ食うんだよ。とりあえず、幼虫は欲しいから中で戦えるスペースは欲しいかな。』

 『幼虫美味しいらしい。』


 カレンが包丁を取り出した。


 『気が早いな。それは撃退してから出せ。』

 「攻略するのが楽しみです。」

 『じゃぁ、ソフティーお願いするよ。』

 『任せて!』


 ソフティーは天幕をササッと片付けて、子供達と巣の方に走り去った。

 ホーネットの巣の近くに来たアラクネ達は、まず巣の入り口を囲む様に横糸を張り巡らせて、巣から出て来たホーネットを絡め捕る罠を仕掛けた。

 数人は横穴が無いか、周囲の偵察に向かわせ、ソフティーを中心として巨大なドームの作成に取り掛かった。

 ドームとは言っても、円形にする必要は無く、寧ろ半円形にした方がホーネットの活動できる範囲を狭める事ができる為、ほぼ半円に近い形に作っている。

 完全な半円にしないのは、活動する余地が無ければ横穴を作る可能性が高くなる為で、少しでも飛び上がる為のスペースがあり、多少の余裕を持たせておけば、横穴を作るよりも僅かな余裕さえあれば戦えると思わせられれば、高慢なホーネットが固執すると踏んだのだ。

 そして、多少広いとはいえ、数千匹のホーネットの死体が積もれば、邪魔になる事を見越して死体を移動させるルートも確保した。

 ドームの作成はそれ程の時間もかからず完了した。


 『アルティス、終わったよー!』

 『早っ!?もう終わったの?ありがとー!』

 「ソフティーが頑張ってくれたんだな。ご褒美に干し肉をたくさんあげないとだな。」

 『子供等の目的はそれだろうね。ソフティーにはシールの白焼きがいいかもね。』

 「私も食べたいのだが・・・?」

 『あるじにあげたら、皆にも配らないと不公平になるじゃん。というか、ジュース飲んだのにシール食べたら、寝れなくなるよ?』

 「う・・・、明日の朝食べるとしよう。」


 あるじには白焼きでは無く、蒲焼を出す事にしよう。

 休憩後は、ドームの傍まで進んでから、野営の準備を始めた。

 既に日は傾き、2時間程で日が沈むだろう。

 夜間の戦闘は、できない事は無いにせよ、ドームがあって安全が確保されているのだから、無理に戦闘をする必要は無いのだ。

 ゴーグルで視界は確保できるとは言え、隅々まで見える日中とは違い、夜間は遠くまで見通す事ができない為に、命中率が低くなる傾向にある。

 逃げ場がない訳でも、切羽詰まっている訳でも無い以上、無理な戦闘をする必要など無いのだ。

 それに、取れる休息は取っておいた方が、パフォーマンスが上がるという物だ。

 翌朝、ホーネットの偵察部隊が外に出ようとして、網に引っ掛かった。

 ドームの中からは羽音がブンブン聞こえている。


 「朝から賑やかだな。」

 『そんな事より、朝飯食べよう。』

 「何か良い匂いがするな。甘くて香ばしいこの匂いは、何を作っているんだ?」

 『蒲焼だよ。ご飯の上に乗せて食べると、凄く美味しいんだよ。』


 山椒かけると、ちょっとやばそうだけど。

 こっちの山椒は、真っ青なんだよね・・・。


 「アルティス様、準備完了です!」

 『じゃぁ、食べようか。』


 うな重には厚みがあり過ぎてできないから、全員皿に盛ってあるよ。

 まぁ、重箱サイズでは全然足りないからお皿に盛ったんだけど・・・、それでも無理があるかも。

 見た目は4合炊きの炊飯器で炊いたご飯を、そのままお皿に盛って蒲焼のタレを塗りたくった、厚み10㎝のTボーンステーキが乗ってるみたいに見える。

 殆どの人は箸なんて使えないから、スプーンで食べてるよ。

 流石に焼くのに時間が掛かるのでおかわり自由とはいかないけど、一人二杯まで食べられる事にしてあるよ。


 「あの、アルティス様。少しよろしいでしょうか?」

 『ん?どうした?』

 「今日の朝食に出て来たあれは、シールですよね?」


 聞きに来たのはリザードマンで、確か故郷が湖の畔にあるとか言っていた筈。


 『そうだぞ?』

 「実は、私の故郷でもシールが獲れるんですが、皆食べ方を知らないので獲れても捨てているんです。それで、こんなに美味しく食べる事ができるのなら、その調理法を故郷の村に教えてあげたいのですが・・・。」

 『そうか。狼人族を一人向かわせるか?』

 「よろしいので?」

 『色々注意事項もあるからな。この戦いが終わったら、お前と狼人族をお前の故郷に向かえる様手配してやろう。』

 「ありがとうございます!」


 リザードマンは尻尾をビタンビタン地面に打ち付けながら、喉をゴロゴロ鳴らして戻って行った。

 リザードマンのあの喉の音、恐竜映画とかで恐竜が鳴らす音みたいで、怖いんだよな。

 気持ちが昂ると鳴るみたいで、あの音が貴族達に恐怖を与える原因になっているらしいよ。


 「アルティス、白焼きも良いが蒲焼も良いな!」


 出発するのかと思ったら、感想だったよ。

 因みに、食後のお茶はハーブティーで、心を落ち着かせる効果のあるものだよ。

 シール食べると元気になり過ぎるから、興奮を抑えさせる為に飲んでもらってるよ。


 「では、これよりキラーホーネットを殲滅する!アラクネ達が作ったドームの中での戦闘となる!巣が近い為、昨日よりも厳しい戦いになるかも知れない。だが、我々はこの程度の戦いで命を落とす事は無い!そして!奴らを殲滅する事でマッドフォレストを守り、ウィルダネスも守る事になる!我らバネナ王国軍は、騎士だけでなく一般の兵士でも最強である事を世に知らしめるいい機会だ!心してかかれ!前進!」

 『アラクネ隊は配置につけ!既にドームへの攻撃が始まっているかも知れないから、穴が開かない様に補修しろ!』

 『らじゃー!』


 どこで覚えたんだ?そんな返答。

 まぁいいけど。


 ソフティーはドームの天辺でアラクネ隊の統率をするので、あるじのバイクに乗って中に入ると、阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 天井からぶら下がる幾つもの横糸に絡まる仲間を助けようとして、次々と絡まったと思われるホーネットの柱が乱立し、地面には首や腹の無い死骸が転がり、ホーネットが忙しなく飛び回っている。

 死体を片付けるルートは、トンネルを作ってその中をアラクネ達が横糸を使って、外に送り出す仕組みになっている。

 横糸をベルトコンベアーみたいに使って送り出すから、途中に糸が地面を抉らない様に保持する要員が居れば、6人で大量の死骸を運べるのだ。

 ドーム内では二人のアラクネが経糸(たていと)を使って、ブルドーザーの如く死骸をトンネルに集めている。

 王城でメイド達に糸を捨てないで欲しいと言われているからか、集める為に使った経糸は、捨てずに丸めて再利用している。


 「配置につけ!エルフは飛んでいる奴を狙え!ってー!」


 アーリアの号令に合わせて、エルフ達の弓矢が空中に居るホーネットを捉え、次々と撃ち落とされていく。

 それに合わせて弧を描く様に三日月の陣で布陣していたリザードマンが、一斉に前に進み始めた。

 エルフの内の半分はリザードマンに合わせて前進し、前進したエルフ達が弓を撃ち始めると、残りの半分が前進するという、輪流(りんりゅう)射撃の様な方式を採用している。

 弩では無い為、一発毎に入れ替わる訳では無いが、この方法では移動中に上空から狙われる心配も無く、効率よく前進する事ができるのだ。

 エルフ達の弓矢の扱いは、昨年のエキシビジョンの時よりも精度が上がり、3本の矢を同時に撃って3匹のホーネットを撃ち落とす事ができる様になっている。

 これは、アルティスが数百発のロックバレットを縦横無尽に飛ばして、コルスに撃墜させたのを参考に、弓の訓練に採用している為にできる様になったらしい。


 『凄いなエルフ。弓の練度が凄まじい。』

 「最近は4本の矢を同時に撃つ練習をする者まで居るんですよ。流石に難易度が高くて成功した者は居ない様ですが。」

 『いやいや、4本の指の間には3本しか挟めないだろ?どうやって4本目を持つんだよ。』

 「親指で挟むって言ってました。」

 『曲芸としては有りだが、3本で速射の練習をした方が良いんじゃないか?』

 「それはもう既に習得したって言ってましたよ?」

 『じゃぁ次は、ホーミングの訓練だな。』

 「ホーミング?」

 『魔力で誘導するんだよ。一撃必殺では無くて、一撃確殺の技術だな。』

 「今のままでも確殺できるのでは?」

 『障害物の裏側には届かないだろ?だから誘導して軌道を曲げるんだよ。例えば、真横に撃った矢が正面に居る敵に当たれば、意表を突けるだろ?』

 「確かにできそうですが、ただの初見殺しでは?」

 『模擬戦ではそうかも知れないが、今回の様な集団戦の場合なら、初見殺しにはならないだろ。大量に飛んで来る矢の内の数本が、明後日の方から飛んで来るとなれば、敵からしたら全方位を警戒しなくてはならなくなるからな。』

 「なるほど。警戒する範囲が広がれば、避けるのが難しくなるという事ですね?」

 『それだけじゃないぞ?遮蔽物の陰に隠れても、意味を成さないって事だからな。逃げ場なんて無いに等しいって事だ。』

 「そんな事ができる様になったら、歩兵必要無くならないですか?」

 『何度も言うが、我が軍は殺戮部隊では無くて、国を守る為の軍隊だ。今は攻め込んだりしているが、基本的には闇奴隷の解放という聖戦だ。私利私欲の為に他国を攻め滅ぼす為に鍛えている訳では無い。だから、弓だけで無力化できるのなら、その方が良いんだよ。だが、そうならなかった時の為に歩兵は必要不可欠だ。それに、今回の様に地下に入る必要がある場合には、弓兵では対応できないだろ?』

 「ですけど、エルフ達も歩兵として動ける様に育ててますよね?」

 『それは敵地に取り残された場合や、不意打ちに対処する為の護身術だよ。矢を使い果たした時にも使えるしな。あくまでも、弓兵は弓の専門家、歩兵は歩兵の専門家なんだよ。何でもできる兵を育てても、器用貧乏にしかならないからな。』

 「器用貧乏ですか。暗部がそれに近いのでは無いですか?」

 『彼等は諜報や偵察が任務だよ。ちょっとした戦闘はあっても、集団戦には向かない。彼等は一撃離脱が基本戦法なんだよ。』


 カレンと話をしている間に、巣穴の入り口前に到達した。

 リザードマン達は、2列の三日月の陣で前後を守り、エルフ達が巣穴に向けて弓を構えて待機している。

 既に巣穴からホーネットが出て来る事は無くなった。

 成虫に成ったホーネットの数が残り少ないのか、魔力感知で穴の中で待ち伏せしているのが視えている。


 「アルティス、巣穴の中はどうする?」

 『シーオーツーで良いんじゃない?攻め込む必要なんて無いでしょ。狭い所に入り込むなんて、リスクしかないんだから。』

 「私がやれば良いのだな?」

 『エルフとリザードマンがやれば良いじゃん。皆MAG2000超えてるんだから。』

 「そうか。では、巣穴の周りに配置して、やらせよう。」

 『発動する時は、左手で体を支え、右手の掌から出すイメージで、継続させる様に。気分が悪くなった者は、無理をせず速やかに交代する事。中に落ちたら、命は無いと心得ろ。これは、俺でも死ぬ程の強力な毒だから、少しでも違和感を感じたら、すぐに交代しろ。無理した奴は、ブートキャンプな。』

 

 ブートキャンプと言ったら、全員の顔が怯える様な表情になった。


 「では、巣穴の周りにつけ。ヘルメットを装着して穴の中に水を流し込むつもりで、シーオーツーを発動しろ。開始しろ!」


 パパッとエルフとリザードマンが巣穴の周りに跪き、掌を巣穴の上に突き出して、魔法を発動した。

 二酸化炭素は空気より重い為、掌から下に落ちて行く。

 ヘルメットを装着したのは、二酸化炭素を吸い込む事を予防する為と、呼気による気流の乱れを防止する役目を果たす。

 巣穴の周りは、ドーム状のアラクネ絹で囲われているので風が無いのだが、出すのが気体である以上は、少しの風でも舞い上がる可能性が高く、十数人の呼吸だけでも気流が乱れる為に、ヘルメットを使って呼気による乱れを無くしたのだ。


 『ヘルメットを使って気流の乱れを抑えるなんて、良く思い付いたね!?俺もそこまで考えていなかったのに!』

 「・・・んん?」

 『え?』


 どうやら違っていた様だ。


 「い、いやぁ、この人数で発動したら、万が一吸い込む可能性もあると思ってだな、念の為使わせたんだが、そんな副次効果もあるとは驚いたなー。」

 『偶然だったか・・・。あるじも頭の回転が良くなって来たのかと期待したけど、残念。』

 「すまない。アルティスの様になるには、まだまだ知識が足りないみたいだから、知識を得る為にもアルティスが私に教えて欲しいのだが?」

 『ムリ。』

 「早っ!?」


 だって、執事の念話講座の時だって、早ければ30分で終わるところが、2時間もかかったんだよ?科学や物理学の話なんかしたら、速攻で寝るに違いない。


 「あ、諦めるの早く無いか!?」

 『魔法の練習もやってくれないのに、勉強なんてできる訳無いじゃん。ムリムリ。』

 「いや、それはその・・・。魔法を練習したら教えてくれるか?」

 『暇があればね。』

 「がんばる。」


 その言葉、何度聞いた事やら。

 そうこうしている内に巣の中に充満した様で、魔力感知の点が全て消えた。


 『よし!ホーネットは全滅したから、ベンチレーションで空気の入れ替えをしてくれ。』


 換気をする魔法は幾つかあり、ベンチレーションは周囲の空気を送り込む効果で、エア・エクスチェンジは指定した範囲の空気を丸ごと入れ替える事ができる。

 エア・エクスチェンジの場合だと、空間を把握する必要があり、今回の様な巨大な空間の入れ替えとなると、最低でもMPを1万は消費する事になるだろう。

 蜂の巣は、ハニービーの巣では並列方式や円錐型になるが、ホーネットの巣では積層型が一般的だろう。

 その違いの意味は、ハニービーの巣の場合は、蜜を貯める為に小部屋を横向きにする必要があり、溢れた蜜が一箇所に集まる様な仕組になっている。

 ホーネットの巣の場合は、蜜を貯める事は無く、餌は魔獣等の肉やクィーンが分泌する何かになる為に、小部屋が縦に連なっていた方が糞等の処理が楽になり、小部屋を清潔に保てるのだろうと思う。

 共通しているのは、どちらも巨大な空間が必要になるという事だ。

 蟻やアーミーラプトルの場合は、通路の途中に小部屋を作って育てる、所謂蟻の巣方式で、空間自体はそれ程広くは無いのだが、蜂の巣の場合は、飛び回れる空間が必要になる為と、そもそも個体が大きい為に巣も大きくなるのだ。

 今回のホーネットの巣の大きさは、どこかのドーム球場を二つ重ねたくらいの広さがあるだろう。

 その広さの空気を丸っと入れ替えるとなると、リザードマンもエルフも魔力酔いになる事必至だ。


 「以前言っていた、オーツーでは無いのか?」

 『オーツーも濃度が高すぎると毒になるのと、火花がちった瞬間に大爆発が起こる可能性があるんだよ。だから、周囲の空気と入れ替える方が安全って訳だよ。』

 「そうなのか。」

 『あ、ソフティー、ドームを解体して新鮮な空気が入る様にしておいて。』

 『わかったー!』


 ドームを維持したままでは、ドームの中の二酸化炭素濃度が上がって、皆死んじゃうからね。

 今回作ったドームは糸と粘着液を使っているので、糸だけを取り出す事が難しい為、普段はあまりやらないけど、糸を溶かす溶解液を使ってドームを解体し始めた。

 普段やらないのは、不要になった糸は回収して、孤児院のベッドや城のメイド達に渡したりしているからだ。

 城のメイド達は、アラクネ達から貰った糸で作った綿を使って、布団やクッションを作ったりしている。

 それなりの長さがあれば、機織り機で布を作って、自分達の肌着やシーツ等に活用しているそうだ。

 それ以外にも、魔法部隊の訓練用に使って粉末にして、化粧品にも使われているのだ。


 「空気の入れ替えが完了したら、中に突入する。エルフは10名のみ入り、残りは外の警戒と休憩をしろ。狼人族は、2名を残して中に入る。残る2名はエルフの食事を作ってやれ。」

 『中に入る者はヘルメットを装着したまま入る事。最下層にはシーオーツーが残っている可能性がある為、絶対に外さない事。明かりはカンテラを持って行け。シーオーツーが残っている場合カンテラの火が消えるから、火が消えたらヘルメットは絶対に外すな。外した場合は、最悪死ぬと思え。』


 上から空気を流し込んでいるとはいえ、二酸化炭素の方が重い為に最下部には届いていないと予測している。

 最下部まで空気を届けようとするならば、最下層から上に行く空気の流れを作る必要がある。

 振動感知で感じた広さは、高さだけでも100mはあり、幅は100m以上、積層型の巣は10段以上あると予想している。

 そして、その巣は中央に聳え立つ柱と、側面から伸びる梁に支えられているのだろう。

 つまり、巣の入り口まで直通で上昇気流を通せる場所は無く、普通に排出するのが困難な状況にあるのだ。

 だが、MAGが増えた者達に次のステップを学ばせるチャンスでもあるのだ。

 今までは魔法の基礎を学んで来たが、今回はその応用といったところだ。

 また、別の意味でも今回の事は、教訓として深く心に刻まれるだろう。


 「では!突入!」


 次々とカンテラを持ったリザードマンが、穴に飛び込んでいく。

 穴の中には、階段がある訳でも無く通路も無いのだが、たかが100m程度の自由落下なら、着地時に怪我をする事も無い。

 何故なら、アラクネ達が伸縮性のある糸をリザードマン達に着けているからだ。


 『待ち伏せだ!警戒しろ!』


 中に入ったリザードマンが、攻撃を受けた様だ。

 それに伴って、次々と魔力感知にも反応が出て来た。


 「魔力隠ぺいか!?リザードマンは迎撃態勢を整えろ!敵の数は少ない!殲滅しろ!」

 『やっぱり居たか。』

 「判っていたんですか?」

 『魔力感知で、巣の中央にぽっかりと穴が開いていたからな。』

 「・・・確かに。」


 感知系や探索系の魔法は、使われる頻度が多い為に熟練度が上がり易い。

 当然、それらに対抗する為の隠蔽系魔法も練度や技術が上がっていく事になり、その最たるものが魔力隠ぺいなのだろう。

 だが、普通の魔獣では、魔力の存在に気付く事はない。

 いや、魔力を感じてはいるが、それが魔力だとは微塵も思っていないだろう。

 高位の魔獣であれば、魔力の存在を知っている事があるが、それは長い年月を生きて来た中で気付いた、経験だ。

 社会性のある魔獣であれば、人族の様に代々引き継ぐ事が可能になるが、殆どの場合は、その重要性に気付く事無く終わるだろう。

 ドラゴンの様に永遠に近い寿命を持つ種族なら、子孫に教え込み経験させる事が可能ではあるが、それを自然に経験する事は稀なのだ。

 それ即ち、格上との戦闘である。

 格下との戦闘では味わえない、ヒリヒリとした緊張の中で命の(ともしび)を削られて初めて気づく魔力の存在。

 死ぬ確率98%を生き残った者だけが気付ける魔力。

 その存在を知って、尚且つ生き延びた者だけが気付ける、魔力を隠す事の有用性という訳だ。

 今回、その魔力隠ぺいについて言及しなかったのは、一つの情報だけに頼っている事への危機感を覚えさせる為だ。

 軍隊である以上、上官の命令は絶対だが、その上官も完璧ではない以上、提示された情報を鵜呑みにする事は、自らの命を危険に晒し兼ねないという事を身を以て経験してもらった。

 更なる高みを目指す為には、自らの勘や経験則を元に緊張感を持って挑まなければならないのだ。

 だが、全くヒントも無いままという訳では無く、突入して制圧を目指す事自体、裏を返せば敵が生きている可能性を示唆(しさ)していると言えるのだ。

 全滅が確認されているのであれば、突入では無く探索又は調査という事になるのだから。


 『クィーンキラーホーネットがまだ生きています!』

 『倒せ!』

 『はっ!』


 クィーンキラーホーネットを倒せば、次は幼虫と蛹の回収作業及び、生き残りの掃討に入る。

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