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第78話 マッドフォレストの新王

 バウンドパイク領の事は一旦置いておいて、メビウスの事を報告しなければな。

 朝食の後、陛下の執務室にやってきた。


 『陛下、メビウス・カルパッチョの事でご報告があります。』

 「入って下さい。」

 『報告します。メビウス・カルパッチョは偽者でした。ホムンクルスに誰かの魂が憑依した後に、指輪に籠められた悪魔が支配する事により、メビウス・カルパッチョとして振舞っていた様です。』

 「そうですか。アレが来た時に嫌悪感がありましたが、それは何かに反応していたという事ですか?」

 『はい。陛下のアクセサリーには、悪魔を嫌悪する付与が付いていますので、それが反応したのですね。』

 「謁見の時に、目の前に小さな火花が散っていましたが、それも関係がありますか?」

 『それは、精神魔法防御が魔法を弾いていたという事ですね。』

 「玉座に座っていれば、防げるはずですが。」

 『魔法は日々進化をしていますので、1000年前の防御魔法が、今も通用するかは疑問があります。1000年前は今より魔法が強かったとはいえ、それは魔法強度の問題であって、魔法の性能の事では無いのです。昔には無かった系統の魔法であれば、今は防げるとは限りませんので、慢心する事無くアクセサリーは常に身に着けておいて下さい。』

 「判りました。」


 王城は、円形山脈の内側全体に張った結界と、王都に張った結界の他に、王城全体をカバーする為の結界を張ってある。

 だが、その結界は対魔法結界であり、物理的な物は防げない。

 寧ろ、防いでしまったら雨も風も全て遮ってしまい、空調設備が必要になってしまうのだ。

 ただ、物理的な物を全く防いで無いという事では無いので、王城の壁には対物理結界を張っている。

 これは、アラクネ達の爪による傷を防ぐと共に、あらゆる攻撃にも耐えられる様に作ってある。

 正に、ドラゴンの体当たりにも耐えられるという事だ。

 結界を張る意味は、魔獣や悪魔などの脅威から守る為であり、大規模魔法を防ぐ為でもある。

 雨が降ると災害になるとはいえ、雨を防げば風も防いでしまい、空気の対流が無くなってしまうのだ。

 物理結界を空中に留まらせる事はできず、傘の様に広げるには、必ず柱を作らなければ落ちてきてしまうのだ。

 そして、結界を張ってもすり抜ける事は容易で、何でもかんでも完璧に防げるという物では無い。

 例えば、門から入れば魔獣や悪魔も入って来れる様になっている。

 これは、侵入経路を限定する事で、確実に防ぐ事が可能となり、たまたまなのか、攻撃を受けているのかが判別できるし、今までにない方法であれば、即座に王城に報告が届き、それに対応できる魔道具を設置する事が可能となる。

 万が一、中に侵入されたとしても、常駐している兵士が取り押さえるか、門を閉鎖して侵入を防ぐ事ができる様になっている。

 戦時に於いても対応できる様に、門の周辺は特に厳重な造りになっている。

 だが、そこまでしても防ぎきれないパターンも存在している。

 それが、メビウス・カルパッチョのパターンや、小さな昆虫や小動物を介して侵入してくるパターンなのだ。

 メビウスの様なホムンクルスを使った場合、それが人間なのかホムンクルスなのかを判断するのは、ほぼ不可能に近い。

 ホムンクルスとは、人族の体のパーツを繋ぎ合わせて人の形に成形し、そこに魂を入れる事で人となる。

 鑑定で人かそうで無いかを判断する場合、鑑定魔法は魂の情報を確認するのだが、死霊術には疑似的な魂の外殻を作る事が可能で、その外殻に別の魂を入れる事で、鑑定結果を操作できてしまうのだ。

 その鑑定結果を操作する部分だけを抜き出したのが、鑑定偽装という魔法だ。

 人は信じたい物だけを信じるという性質があり、それを増幅させるだけで簡単に騙せてしまうのだ。

 つまり、多少違和感を感じても、精神魔法で信じ込ませてしまえば、簡単に信じてしまうのだ。

 王国の兵士達には、全員精神魔法耐性を付与したアクセサリーを着けさせているが、それも簡単にスルーできてしまう手法が存在していて、接触している瞬間に精神魔法を使われると、瞬間的にではあるが、精神魔法に罹ってしまうのだ。

 直接皮膚に触れるという問題はあるものの、そんな物は装備を外す様に仕向ければいいだけの話だ。

 そして、今の所それに対する対応策は存在していない。

 機械的に魔道具に判断させようにも、魔法陣の構造が複雑すぎて、量産する事はほぼ不可能と言える。

 そもそも、鑑定の魔法陣が複雑すぎて、コピーできないのだ。

 ゴーグルに簡易鑑定の付与をしてあるが、あれは鑑定の魔法陣をコピーできなかったからそうなっただけだ。

 そして、簡易鑑定ではホムンクルスを見破れないのだ。


 「マッドフォレストの統治はどうしましょうか。」

 『どうしましょう・・・。』


 本当にどうしようか悩む。

 騎士団に任せるという方法もあるにはあるが、マッドフォレストは独立国家であり、領地では無いのだ。

 違いは、バネナ王国の国法の下に統治するのではなく、法律も税も完全に独立しているので、統治する者はそれらを自ら考えなければならないという事だ。

 ケットシーや狼人族を派遣しているとはいえ、簡単に属国とするのはどうかとも思う。

 慎重に進める必要があるだろう。


 『一度現地に戻って、現地民で探してみます。誰も居なければ、暫定政府を設置して、後任の育成を行うしか方法がありませんね。』

 「ではそうして下さい。」


 陛下は、考える事を放棄した訳では無いが、放置する訳にもいかず、取敢えず現地の状況を見てから判断する事にした様だ。


 『では、今から行ってきます。』

 「よろしくお願いします。」

 『カレン、マッドフォレストに行くぞ。』

 『了解』


 カレンは、執務室の中には入らず、扉の前で待機している。

 執務室に入る時には、中に入りたそうな顔をしていたが、たとえアルティスの護衛だとしても、女王陛下の執務室に許可なく入る権限は無い。

 少なくとも、カレンが中に入らなくても、常時暗部とアラクネが警備をしているので、何かあっても問題は無いのだ。


 『訓練場でゲートを開く。準備しろ。』

 「了解」


 という訳でマッドフォレストまで来たのだが、祭りでもしているかの様な賑わいだ。


 「お祭りでもしているのでしょうか?」

 『タカールが消滅したのを喜んでいるのかも知れないな。』

 「マッドフォレストってこんなに栄えていたんですね。」

 『もっと少なかった筈だが、商隊でも来たのかな?とりあえず王城に行こう。』

 「あ!アルティス様!お戻りになられたんですね。」


 城のメイドが街に居た様で声をかけて来たのだが、周りに居た連中の視線がアルティス達に集中した。


 「アルティス様?あの女騎士がアルティス様なのか?」

 「小さい獣って聞いたぞ?あっちの空中に浮いてる方じゃないのか?」

 「マジかよ!?あんな小いせぇのか?」

 「あれでガウスに勝ったとか、信じられねぇな。」

 「それより、あの女騎士の乗ってるアレは何だ?」


 二人の護衛を引き連れた商人らしき男達が、カレンに話しかけて来た。


 「おい、そこの女、その乗り物を金貨1枚で売れ。」


 カレンは全く反応を見せず、完全無視だ。


 「おい!聞いてんのか!さっさと寄越せ!」

 ヒュッ


 カレンが縦に一閃、剣を振って鞘に戻した。


 パカッ

 「うわああああ!俺の鎧が!」


 商人の護衛の防具と肌着が真っ二つに割れ、モロ出し状態になった。


 「キャー!」

 「ワハハハハハハハハ!粗末な物が丸見えだぞ!」

 「ひいいいぃ」

 「あの馬鹿商人め、良いザマだぜ!」


 野次馬達が口々に商人達を茶化していると、コボルト達がサササと集まり、商人達を引き摺って連れて行った。


 『さぁ、城に行こうか。』

 「はい。」


 城に着くと、先程の商人達が前庭に置かれた檻の中に入れられていた。


 『おい、アレはあのまま放置されんのか?』

 「ああーん?何・・・アルティス様!?も、申し訳ございません!あの者達は地下牢に入りきらないので、空きが出るまでそのままです!」


 門番に聞いたら、面倒くさそうにこっちを見て、目を見開いてから土下座で謝罪と説明をした。


 『そうか。一応言っておくが、お前等門番はこの城の顔だ。ただ立ってるだけで暇なのは判るが、お前らはこの城を訪問する者達と最初に顔を合わせる事になる。お前らの素行が悪ければ、城の人間全てが同様に見られると思え。お前らがビシッと姿勢良く立ち、キビキビとした対応をすれば、城の者達も同様に見られる様になる。だから、門番としてでは無く、この城全体を守るつもりで誇りを持って仕事に励め。』

 「「はっ!」」


 門番に注意すると背筋を伸ばし、先程までのだらけた感じが無くなった。

 城の中に入り、執務室に入ると、そこには書類と睨めっこするガウスと、サクサクと書類を処理するケットシー達が居た。


 『元気にしてるか?』

 「ああ!?アルティスてめぇ!エステルをどこへやったんだ!」

 『閉じこもっていた部屋から居なくなったのか?』

 「アルティス様お帰りなさいませ。エステル様の姿が忽然と消えてしまいましたが、何か理由を知っておられますか?」

 『アイツはタカールの作り出した分身だった様だから、消滅したんじゃないかな?』

 「タカールの分身!?」

 『他の国にもエステルが居たからな。生きてる時に会って無いが、ほぼ同じ顔だったんじゃないかな?』

 「だが、奴はタカール商会の排除を頑張ってたんじゃないのか?」

 『その意図の意味は判らないが、大方、タカールの分身が暴走し始めたから、エステルを使ってガス抜きでも狙ってたんじゃないかな?』

 「ガス抜き?」

 『鬱憤を晴らす為の茶番劇をやったって事だよ。』

 「そんな事に何の意味があるんだ?」

 『タカールに反抗する勢力を立ち上げれば、賛同する連中が集まるだろ?そいつらと軍を戦わせれば、合法的に殺せるし、オレを巻き込む様に仕向ければ、バネナ王国が殺してくれるって訳だ。だが、実際は殺される事なく戻って来てタカールが倒されてしまった。でも、エステルもタカールの分身なのであれば、タカールとしては問題が無いという訳だ。オレもまんまとその茶番に利用されてしまったという訳だ。』


 アルティスの話を聞いたケットシーが、(おとがい)に手を当てて考え込んでから、思い付いた事を話し始めた。


 「タカールを玉座から引き摺り降ろす事に成功した事で、エステルに実権を握らせて統治させようとした。だけど、我々ケットシーが加わった事で、エステルの存在価値が薄れてしまった。だから天罰を理由に部屋に閉じこもって、別の誰かを擁立させようとしていたとか、考えられませんか?」

 『それは無理な話だろうな。マッドフォレストの王として契約を交わしたのはエステルだからな。数年後ならまだしも、数日で挿げ替えるのは現実的では無い。それはタカールであっても理解できる筈だ。閉じこもったのは別の理由があったんだと思うね。存在の維持が難しくなる様な要因があったとか。』


 ふと、頭に浮かんだのは神獣の卵の事だ。

 何故、こんな所にそんな物があったのか。

 ここ、マッドフォレストは地脈の近くにあるという訳では無く、地下水の噴出地というだけでマナは近隣地域よりも若干薄いのだ。

 つまり、神獣の持つ魔力を分身の維持に利用していたと考えれば、ここにあった理由にも一応の納得がいく。

 その卵を全て持ち去ってしまった為に、維持に必要な魔力を得る事ができなくなって、部屋に閉じこもったと考えれば説明も付くだろう。

 神罰を恐れたと言っても、神罰には石造りの城を破壊する程の威力があるので、普通の館でしかないこの城のどの部屋に閉じこもったとしても、神罰から逃れる事はできないのだ。

 現にネイバー王国の城の屋根を貫通した事を知っているのであれば、逃れられない事は理解していた筈だ。


 『地下牢にいた前王はどうなっていたんだ?』


 この疑問に答えたのは、メイドだ。


 「タカールは服だけを残して消えてしまいました。」

 『じゃぁ、間違いは無いな。この国はマナが薄いから、神獣の卵を使って魔力の補充をしていたんだろう。だが、それを持ち去ってしまったから、体を維持する事ができなくなって消滅した。エステルも同様に維持が困難になって来たから、神罰を理由にして部屋に閉じこもった。』

 「無理やり扉を開けて入ったら、ベッドで丸まってたのもそのせいか。」

 『姿を見られたく無かったと見ていいだろう。』

 「あのぅ・・・私、その顔見てしまいました。」


 なんと、メイドの一人が閉じこもる前のエステルの顔を見たそうだ。


 『どうなってたんだ?』

 「顔がドロドロに溶けていました。エステル様には、誰にも絶対に話すなと言われまして、部屋に閉じこもる理由も神罰が怖いという事にしろと・・・」

 『そうか。じゃぁ確定だな。でだ、王が居なくなってしまったので、誰か居ないか?』

 「エステルの元部下達はどうなんですか?」

 『あぁ、アレはこの国の者ではなくて、周辺国の密偵だろう。普通の民が密偵の真似事なんて、そうそうできる筈も無いしな。』

 「弩で暗殺を狙った連中も漏れなく消えたし、この国には人材はいねぇな。」


 取敢えず現地に来てみたが、収穫無しの様だ。

 どうするか。


 「あの、兵士さんの中に元王族の方がいらっしゃいますが、その方はどうでしょうか?」

 『元王族?』

 「はい。この国がタカールに取られてから、まだ30年程なのですが、それまでこの国の王をやっていたクロップ家の末裔だそうです。」

 『収穫ね。いい名前だが、会ってみない事には何とも言えないな。連れて来てくれ。』

 「クロップ?アルティスが隊長にした奴じゃないか?」

 『あぁ、それで槍術を覚えていたのか。確かケニーだったよな?』

 「そいつだな。」


 タカールを拷問する時に、小隊長に任命した兵士が、実は元王族だったとはね。

 となると、何故そんな事を知っているのかが気になる。


 『お前は人間に見えるが、別の種族という事か?』

 「あ、私はハーフエルフです。」

 『そうか。人間寄りのハーフエルフも居るのか。』

 「私の母は人間で、父がエルフでした。父は魔王軍に行ってしまいましたが、今はどこに居るのかさえ分からずじまいで、多分もう生きてはいないのかと思っています。」

 『父親の名前は?』

 「ヘリアンサスと言います。」

 『ひまわりか、いい名だな。ちょっと聞いてみよう。王国のエルフでヘリアンサスという者は居るか?』

 『何か御用でしょうか?』


 居た様だ。


 『お前がそうか。娘は居るか?』

 『はい、居ます。ハーフエルフとして生まれましたが、人間の方の影響が強く出てまして、殆ど人間と変わらぬ姿をしております。・・・レイラにどこかで会いましたか?』

 『うん。目の前に居る。マッドフォレストの商人の嫁だったそうだ。』

 『マッドフォレストですか。婿殿は生きているのですか?』

 『死んでる様だな。何か気がかりでもあるのか?』

 『はい。我が娘は、不幸を引き寄せる力がある様でして、マルグリッドでの蝗害(こうがい)に始まり、ベーグルでは戦争に巻き込まれ、避難先のマッドフォレストで夫まで失ってしまうとは・・・。』

 『それは、旦那の方が原因じゃ?商人なら災害や戦争で儲ける事を考えても可笑しくは無いし、避難先で年老いた男に若い妻が居れば、狙われるのは仕方の無い事だろう。運という物は、感じ方次第で幸運にも不運にもなる物だ。お前には不運と感じても、本人には幸運だったかもしれないだろ?あまり悪い方に考えるな。そういう思いが不幸を引き寄せる原因にもなるんだからな?もっと楽観的に考えろ。』

 『はっ!ありがとうございます!』


 今の話で旦那が原因だと思ったのは、商人というのは物の動きに応じて価格変動を予想し差額で儲ける。

 マルグリッドで蝗害の兆候があると聞けば、麦をかき集めて売りに行く。

 ベーグルで戦争があると聞けば、武器や防具を仕入れて運ぶだろう。

 だが、当然そこにはリスクが存在していて、リスクを回避するには、徹底した調査が必要となる。

 つまり、噂話だけを鵜呑(うの)みにして情報を得る事を(おろそ)かにすると、大きなしっぺ返しに会う事になる。

 その大きなしっぺ返しが不運となる訳だ。

 情報の大切さを理解できていなければ、酒場で聞いた噂話を掘り下げようとはしないだろうし、他の商人を出し抜こうとすれば、現地から来た商人に情報を貰おうともしない。

 そして、現地で大損した事を知るのだ。

 マルグリッドでは主食が米であると知り、ベーグルでは重装鎧がメインで購入すらしていないと知り、失意の中、安全地帯だと聞いて向かったマッドフォレストでは、妻を借金の形に奪われた挙句、殺されてしまったのだ。

 正に不運だったのは、旦那の方だろう。

 だが、その不運は、なるべくして成ったと言える不運であり、やり方次第では幸運になっていた筈である。

 噂話を元に情報を集め、吟味し分析し、最適解を導き出せたならボロ儲けだっただろう。

 話を聞くというのは、時には嘘や欺瞞(ぎまん)、個人的見解や大袈裟に盛った話もあるだろう。

 だが、それらの話を分析し、取捨選択をする事で答えを導き出すというのは、商人であれば誰もがやっている事であり、それができなければ大成するなど夢のまた夢。

 その男が商人を目指したのが、最大の不運だったのだろうな。


 『ん?ヘリアンサスはその話を何処で聞いたんだ?』

 『マルグリッドに住む妻から聞いております。』


 疑問に思ったのは、マルグリッドの蝗害は100年前の話だが、ベーグルの戦争は4年くらい前の話だ。

 マッドフォレストの方はつい最近の話だな。

 となると、レイラの旦那は長命種だったという事になる。

 そして、レイラが父親の消息を知らないとなると、レイラの動向を知る別の情報源が無ければ辻褄(つじつま)が合わなくなるのだ。


 『お前の父親は生きているぞ。バネナ王国にいる。』

 「本当ですか!?会う事は可能ですか!?」

 『連れて来てやろう。ところで、マルグリッドの蝗害はいつの話だ?』

 「マルグリッドで蝗害を経験したのは、全部で4回ありました。最初は100年ほど前で、その次が80年ほど前です。大体20年周期で起きていましたから、結婚した後にも1回経験しています。母がマルグリッドの森に住んでいますので、母とは何度か手紙でやり取りをしていました。」


 インセクトスタンピードとまではいかなくても、小規模の蝗害は何度か起きていたそうだ。

 となれば、旦那が短命種でもあり得るという事になるか。

 マルグリッドの蝗害が20年前に起きていたとすれば、旦那の年齢は30代中ばから40代という事になり、傍目からは親子の様に見えただろう。

 それが夫婦だと判れば幼な妻に見えてしまい、嫉妬の対象にされても可笑しくは無い。


 『とりあえず、ヘリアンサスはマッドフォレストに来い。娘との再会だ。』

 『はっ!ありがたき幸せ。』


 喜んでいる様だが、娘の方の顔が好戦的な表情になったから、修羅場になるぞきっと。

 生き残っているのに、何の連絡もしていなかった事に怒っているのかもしれないな。

 だが、悠久の時を生きるエルフにとって、数か月など大した時間ではなく、連絡を入れていなかったとしても悪気は特に感じていないだろう。

 対して、人間と過ごす時間がそれなりにあったレイラにとっては、数か月は短い期間では無く、その感覚のズレがこの温度差を生んだと言える。


 『[ワープゲート]じゃ、隣の部屋で再会を祝っておいてくれ。ここでは騒がない様にな。』

 「はい。ありがとうございます。お父さん、隣の部屋に行きましょう。じっくりとお話をしましょうね。」

 「ちょっと、何か怒って無いか?」

 「ここでは皆さんにご迷惑をおかけしてしまいます。隣の部屋に行きましょう?」

 「っ、あ、ああ、判った。」


 レイラはヘリアンサスの胸倉を掴んで、隣の部屋に引き摺る様に連れて行った。

 入れ替わりでガウスがクロップを連れて来た。


 「何かレイラ嬢が隣の部屋にエルフを連れ込んで行ったが、いいのか?アレ」

 『父娘の再会だからいいんだよ。それよりもクロップの方だな。』

 「私に何か用でしょうか?」

 『元王族で間違いは無いか?』

 「ええ、私の父は、タカールに奪われる前の王の弟でしたので、一応王族と言えますね。ですが、王とよくケンカをしていまして、タカールが簒奪する時に協力をして、その後タカールの部下に殺されてしまいました。私は鑑定偽装の魔道具で家名を隠していましたので、見つかる事無く生きながらえていました。私の事は、レイラさんに聞いたのですか?」

 『そうだな。何故レイラが知っていたんだ?』

 「彼女に匿ってもらった事がありまして、それが原因で莫大な借金を背負わされてしまったんです。旦那さんは、その時既に奴隷にされてしまっていましたが。」


 匿っただけで莫大な借金を背負う理由がよく解らないが。


 『レイラの旦那が奴隷にされた理由は知っているか?』

 「王がレイラさんを妾にする為に、ハメたんだと思います。詳しくは知りませんが、噂でそう聞いていました。」

 『お前の父親が殺されたのは、最近の話なのか?』

 「ずっと城に幽閉されていましたが、数年前に殺されてしまいました。旦那さんは奴隷にされた後、暫らくベーグルに派遣されていた様ですが、戦争に巻き込まれて逃げ戻ってきた時に、殺されてしまいました。」

 『そうか。まぁ、そうだろうな。』


  奴隷にされた後、商人としてベーグルに派遣されていたと言うのは、店を任されたのだろう。

 そして戦争に巻き込まれて財産を失って戻って来た時に、罰として殺されたという事だろう。

 つまりは、避難してきたのは旦那だけで、レイラはずっとマッドフォレストに潜伏していたのだろう。

 ベーグルの話が繋がらなかったから、可笑しいとは思っていたが、一応辻褄は合う様だな。


 『ところでだ、お前を呼んだのはその事を聞く為では無くて、暫らく王にならないか?というか、王をやれ。』


 突然の話に、ケニーの目が点になった。


 「・・・えええええええええええー!?え?いや、ちょっと、え?王?え?なんで?え?」

 『えが多いな。王をやらせていたエステルが消滅したんだよ。だから、今は王が不在だ。我が国には王を任せられる奴が居ないし、他所から連れて来て王に就かせても、民の反発が予想されるからな。この街出身で元王族が居るのなら、任せた方が無難なんだよ。』

 「いや、でも、悪政を布いていた王族の一員ですよ?反発されるんじゃないですか?」

 『お前の親父は、その悪政を布いていた王を打ち倒す手伝いをしたんだろ?という事は、王族ではあるが、愚王とは別として思われているんじゃないか?』

 「いやいや、父はタカールに利用されて殺された愚弟として蔑まれてますよ。結局何も変わらなかったって悔やまれています。」

 『民衆は愚王を打ち倒す時に賛同していなかったのか?』

 「父がタカールに唆されて立ち上がった時には、喜んでいましたね。」


 んん?どういう事だ?


 『ちょっと待て、お前の親父が愚王を打倒したのか?先頭に立っていたのはお前の親父で、タカールでは無いという事か?』

 「はい。そうですよ?タカールは資金と兵力を出しただけで、王を引き摺り降ろしたのは父です。」

 『お前の話し方では、誤解を生むな。お前の親父は、タカールの手伝いでは無く、謀反を起した張本人で、その手伝いがタカールって事だろ?それなら責められるのはタカールの方じゃねぇか!お前の親父が王位を簒奪した後、タカールが隙を見て簒奪したって事だよな?であれば、責められるのはタカールの方であって、お前の親父では無いんじゃないか?』

 「それを証明できないんです。父が王位に就いた時、父と一緒に戦った兵が街で大暴れしまして、それを指示したのが父だという噂が流れて、タカールが父を幽閉して王位に就いたんです。」

 『あぁ、散々利用されまくって殺されたのか。完全にマッチポンプだが、それを証明できる物が無いって事か。』

 「そうです。否定しても証拠が無いので、愚王を倒した愚王と言われています。」

 『そんで、タカールは愚王を倒した英雄として王座に就いて、少しずつ変えて行ったんだな?』

 「はい。」

 『じゃぁ、お前は王になって、同じ事を繰り返さない様に愚王を反面教師として、国を治めろ。』

 「いや!だから!私では反発が起きるだけですと言っているんですよ!」

 『関係無いな。お前が国民の前で今までの経緯を話し、この国を良くする為に尽力するって、神に誓えばいいだけじゃねぇか。それにバネナ王国もバックアップするって話にすれば、問題は無い。後はお前の気持ち次第って事だ。愚王を目指すのならバネナ王国が矯正するし、善王を目指すのなら協力するだけだ。自信が無いのなら、暫らくは傀儡として王になれ。仕事はケットシーが教えてくれるし、コボルトも狼人族もお前を守ってやる。』

 「あんたがやれば良いじゃ無いか。」

 『俺はバネナ王国の宰相で、ベーグル共和国の総督でもあるんだよ。これ以上仕事を増やされても、真面にできる保証は無い。寧ろ、大した生産能力も無く、軍事的要衝でも無く、どこからも攻められない国である以上、積極的に関わる意味が無いんだよな。農業を復活させて、そのまま放置するだろうな。』

 「・・・。」


 このマッドフォレストという国は、地政学的に見ても特に要衝となり得る場所では無く、攻め難くて守り易いとはいえ、四方を小高い丘に囲まれた谷にあり、ここを無視したとしても特に問題にならないのだ。

 周囲の街道を見渡せる位置にある訳でも無く、丘に登っても街道が見えず、食糧自給率も低く、泥は豊富でも飲料水には乏しく、補給を絶ってしまえば勝手に滅ぶ様な町など、ただのお荷物にしかならない。

 人口も現時点で1万人を切っており、今後増える予定も無いとなれば、住民を他所(よそ)に移住させて街を潰した方が楽なのだ。

 農業を復活させれば、多少は重要度が増すとはいえ、生産量が少なければそれ程重要とはいえず、地下水に多少の金が混ざっていたとしても、産出量が微々たるものでは話にならないのだ。

 つまり、この国を存続させたいと願うのは、この国で生まれ育った者達以外には居ないという事だ。


 「判りました。私が王をやります。ここで生まれ育った者として、この国を魅力のある国に変えてみせますよ!」

 『では、人口を5万に増やす事を目標として、食糧自給率を100%、貿易収支の黒字を第一指標とする。達成できたら、その時傀儡状態をどうするか決める。』

 「傀儡というのは変わらないんですね。」

 『仕方ないだろ。王とメイド以外にこの城に居るのはバネナ王国の者だし、国政の殆どをケットシーが担っている以上、この国の人間だけで運営できる様にならなければ、傀儡状態を解く事には成らないんだからな。』

 「独立を果たすには、まず人を育てなければならないという事ですね?」

 『いや、国を造るという事は、人を育てる事以外にやる事は無い。人が育たなければ、国を維持する事等できないからな。人を育てる為の設備として必要な物があれば、それを作ればいい。作れる者が居なければ、作れる者を育てればいい。知識が無ければ、知識のある者を雇い、教えてもらえばいい。』


 そうと決まれば話は早い。

 さっさと王位継承を宣言させて、丸な・・・じゃなくて任せてしまおう。


 『取敢えず、前広場に兵士を集めて王位継承を宣言してしまえ。玉座にも特に継承の為の魔法がある訳でも無いんだろ?』

 「無かった筈です。」

 『では、問題無いな。さっさと面倒くさい作業は済ませてしまえ。』

 「そんなにすぐに集まるんですか?」

 『賑わっていたし、問題無いだろ。ほら、とっとと外に出ろ。』


 外に出る前に、エステルが着ていたローブを着させて、アミュレットと腕輪を装備させた。

 来る時の賑わいは、多分タカールの後釜を狙った商人達が集まっていたのだと思ったのだ。


 『カレン、新王が狙われるだろうから、守ってやれ。』

 「了解」


 外に出ると、王城前広場に兵士達が整列して待っていた。


 『うん、中々に様になってるじゃないか。鍛錬はまだまだ甘いが、1週間弱でこれなら兵士見習いになるのもそう遠くないな。』

 「今が兵士見習いなのでは?」

 『まだまだだよ。今は雑兵レベルだな。ゴロツキに毛が生えた程度って事だ。[ラウンドスピーカー]皆の者よく聞け。先日王となったエステルは、タカールの分身であった事が判明し、消滅した事が確認された。現在は王不在となる為、バネナ王国がマッドフォレストに助力する事として、暫定の新王としてケニー・クロップを指名した。クロップ家の前当主は、以前の愚王の圧政を打破する為に立ち上がり、打ち倒したが、タカールの策略により悪評を流され、タカールの雇った傭兵により濡れ衣を着せられてタカールにより殺された事が判った。だが、そのタカールも今は消滅した。我々バネナ王国は、前王エステルを推挙した手前、タカール商会関連の者と金に目が眩んだ商人による統治を認めない事として、旧王家の血筋の者を新たに推挙するものとする。新王には、過去の愚王による圧政を反面教師として、善政による統治を徹底させる事をここに宣言する。』

 「新しくマッドフォレストの王に指名されたケニー・クロップだ。我が父は愚王を倒した愚王と呼ばれていたが、バネナ王国宰相殿の説明にもあった様に、全てタカール商会の手の中で踊らされていただけであった。騙された我が父も思慮が足りなかったとは思うが、今後は過去の愚かな王達と同じ事をしないと誓う。我はまだ未熟者である為、バネナ王国から役人を派遣してもらい、協力して治政を行うものとする。暫らくは、玉座を狙う者が押し寄せて来るやもしれず、忙しくなるとは思うが、街の警備を全力で果たして欲しい。今まで苦労してきた分、これからのマッドフォレストを住みやすい国にして行く為にも、皆の協力が必要不可欠だ。我はイシスの神に誓う。マッドフォレストを都市国家群随一の住みやすい国にする事に我が人生を懸ける。」


 中々にいい演説をしてくれたからか、兵士達が一斉に片膝をつき、臣下の礼をとった。

 だが、それを邪魔する者が現れた。


 「今のうちに殺せ!儂を王の座に連れて行くのじゃ!」

 「うおおおおおー!」


 50人程の軍勢が攻め込んできた。


 「コボルト隊前へ!」

 ザッ

 「コボルトなんかに負けるとでも思ってんのか!舐めやがって!!ぶっ殺せ!」


 コボルト隊は、日々街の治安を守っていたのだが、今攻めてきた連中は、コボルトの強さを全く知らない様だ。


 『首謀者を含め、全員捕縛しろ!』

 「舐めんなー!」

 ズドドドド


 一瞬だった。

 コボルト達30人は15人ずつで横に2列に並び、前列のコボルトが突撃してきた傭兵の腹を短槍で打ち払うと、後続の者を巻き込みながら5m程跳ね飛ばした。

 2列目のコボルト達は、倒れた傭兵たちに次々と首にパッチンバンドを打ち付けて行き、たじろぐ傭兵の足を払い倒し始めた。

 1列目だったコボルト達が、追加で倒れた傭兵たちの首にパッチンバンドを打ち付けて行くと、1分も経たずして首謀者の前にたどり着いた。


 「な、何が起こったというのじゃ!?」

 パチン!


 首謀者は齢80を超えていそうな老人だったのだが、唖然としている間にパッチンバンドを付けられて無力化された。

 周辺の屋根の上にも弩兵が居たが、それは既にヒノエ達が処理済みだ。


 『よし、暗部は後ろにいる後続の商人を捕縛しろ。』

 「はっ!」


 後ろに居た商人達は、傭兵たちが攻め込んだ時にニヤニヤと下卑(げび)た笑みを浮かべていた連中だ。

 コボルトに傭兵が跳ね飛ばされた瞬間、笑みが消えて青褪めていたのが面白かったが、明らかに関係者だろうから纏めて捕縛したのだ。

 ヒノエ達も事前に調べていた様で、一人残さず全員捕縛した。

 捕縛完了までたったの1分で終わった。


 『よし、反逆者は全員牢に入れておけ。首謀者とその取り巻きはここへ連れて来い。』

 「す、凄いですね。あっという間に終わりましたよ?」

 『当然だ。我がバネナ王国軍は、世界最強なんだよ。こんな4級冒険者崩れの雑魚など、相手にもならないな。』


 捕らえた傭兵共は、馬鹿にしていたコボルトに一瞬で制圧されて、茫然自失と言った感じだ。

 そんな事はお構いなしに、兵士達で手分けして傭兵の選別を行い、分けている。

 分ける理由としては、犯罪者が紛れ込んでいるからだ。

 傭兵という稼業(かぎょう)生業(なりわい)としている為か、荒事(あらごと)と犯罪を一緒くたに考えている連中も多く、傭兵であれば多少の犯罪は見逃してもらえると思っている様だ。

 だが、そんなのを許してしまえば、刑法など意味が無くなり、犯罪が横行する街になってしまうのだ。

 実際に隣接する都市国家では、傭兵の一部の犯罪を見逃した為に、傭兵が激増して収拾がつかなくなっているとか。

 バネナ王国では、現行犯以外の犯罪者が無罪を主張した場合は、裁判によって成否の判断を行っている。

 情状酌量の余地があろうと無かろうと関係無く、全て捕まえてから判断を下す事になっている。

 幾ら暗部が居ると言っても、全ての人々の内情を知っている訳では無いので、捕縛された時点から調査を開始して調べ上げるのだ。

 だが、そんな事ができるのは、国力があるからという理由もある。

 国力の弱い国では、調査を行う余裕も無い為、判断が王に委ねられる事になる。

 だが、王になったからと言って、全ての王が大岡越前(おおおかえちぜん)の様に成れる訳でも無いので、演技力の高い悪人が街に溢れかえる事になる。

 そんな事になっては元も子もないので、マッドフォレストでも裁判所を設立して、公平な取り締まりを行おうと思っている。

 暇を持て余しているケットシー達の仕事場にもなるしね。

 ケットシーは、計算能力も高いが語彙力(ごいりょく)読解力(どっかいりょく)傾聴力(けいちょうりょく)、言語化能力も高いので、適当な事をまくしたてて喋る奴が相手なら、攻撃力高めなのだ。

 以前、リザードマンのマシンガントークの奴がケットシー5人に囲まれて、質問攻めにあってるのを見た事があるのだ。

 最後は、リザードマンが失神して終わったのだが、ガタイの良いリザードマンが、小柄なケットシーに囲まれて小さくなっているのが、見ていて面白かった。

 ただ、ケットシーは小柄で愛嬌のある顔立ちなので、舐められやすいという欠点があるので、威圧感を与えず存在感を強調できて、身を隠せる様な人形が必要だ。

 バネナ王国の王都ではコケシにしてみたが、逆に威圧感が出てしまった。

 マッドフォレストでは、マトリョーシカみたいな顔にしてみようかな。


 『さて、何がしたかったんだ?』

 「この国は我々が仕切る!大人しく我々に引き渡せ!」

 『何故この国が欲しいんだ?商人のお前らには使い勝手が悪すぎるだろ?商人が利用価値を見出せる何かがあるって事か?』

 「・・・。」

 『後ろ手に縛られて、首に隷属の首輪を着けられているのに、よくそんな大口が叩けたものだな。』

 「解放してくれたら、タカールの資産の半分をくれてやろう。だから、早く解放しろ!」

 『あぁ、あの白金貨の山が目当てか。あれならとっくの昔に全て回収済みだよ。まぁ、俺の資産の1%未満だったがな。』

 「その白金貨を寄越せ!お前の様な獣には過ぎた物だ!」

 『黙れ。』

 「・・・。」

 『こいつ等の資産を全て回収しろ。全部マッドフォレストの国庫に入れておけ。捕らえた連中の使役権をケニー・クロップとワンタ他2名に移譲。貴重な労働力として、こき使ってやれ。』


 捕まえた商人と傭兵達は、全て重犯罪奴隷として生涯この地で労働力として使われる事になる。

 ケニーは、商人との話の中に出た白金貨が気になる様で、聞いてきた。


 「あの、先程の話にあった白金貨とは何の事ですか?」

 『タカールが溜め込んでいた(かね)の事だよ。それは、この国が復興する為の資金になるんだから、無駄遣いするなよ?できないが。』

 「できないとは?」

 『ケットシーにしか取り出せない。』


 王になれば、国の金を自由に使える様になるとでも思っていたのかもしれないが、そんな訳は無い。

 王にだって給金はあるし、国庫と王の資産は別として扱わなければ、国民が飢えてしまうのだ。


 『王の給金は、毎日の食事代を差し引いた残額を毎月支給する。元金は白金貨5枚だ。』

 「そんなに貰えるんですか!?」

 『当たり前だろ?国王になれば、毎日24時間休みなく働く事になるんだから、この程度の給金は当然の報酬だ。例え寝ている時であっても、災害や有事があれば、即時対応するのが国王の役目だ。お前は、この国を良くする為に身を粉にして働くと神に誓ったんだから、国民に仕事を与え、国民を教育し、外敵から国民を守り、国を豊かにする為に努力をしなければならない。これから暫らくは、この国を乗っ取ろうと目論む連中が攻めて来るだろう。だから、いつか我々バネナ王国からも独立して、この国の国民だけで守り抜く力を付ける為に、兵士を育て、忠臣を育て上げるんだ。人間の一生は短い。だから、教訓を忘れてしまわない様に後世に引き継ぐんだ。国王の行いは国民の模範となる。だから、お前自身もそのつもりで正しい道を歩まなければならない。大変だが大変だと思わずに、楽しんで仕事をしろ。』

 「楽しんで仕事をする・・・。」

 『こうやるんだよ。』


 アルティスは前広場に集まって来た民衆の方を向いた。


 『本日を建国の日とする。今日は祭りだ!飲んで騒いで新王の即位を祝え!宴だ!』


 集まった民衆は驚きに満ちた表情をしたが、ワイワイと騒ぎ始めた。

 まだ圧政から解放されて間もない為、元気のない者が多いから静かだが、それは仕方の無い事。

 これからの英気を養う為にも、飲んで食って楽しんでもらいたい。


 『狼人族2人では間に合わないな。狼人族10名をマッドフォレストの祭りの為に派遣する。食材を持って来い!』


 ワープゲートから出て来た狼人族達は、足早に街に向かい、道にテーブルとイスを並べて料理を作り始めた。

 何故か狼人族と共にハニービーが白い玉を持って出て来たが、ブーンと飛び上がり、周辺をグルグルと飛び回って、西側にある汚水槽に白い玉を落として戻って来た。

 人々は初めて見る厳つい顔の獣人におっかなびっくりの様子だったが、次々と出される料理の良い匂いに誘われて集まりだした。


 「凄い・・・。」

 『この国はまだ疲弊しきっているから、人々に活気が無い。だが、国を豊かにすれば祭りの活気は、これを遥かに上回る。そうなる様に励め。』

 「判りました。頑張ってもっともっと元気な国を作って行きます!」


 ケニーは、広場の一番奥に置いたテーブルに座り、並べられた食事を食べ始めた。

 ケットシーがアルティスの下にやって来た。


 「あの、アルティス様、今回の費用はどうされますか?」

 『全額俺の小遣いでいいよ。計上は任せる。記録して後日、ケニーに見せてやれ。それと、毎年2の月の2日に建国祭を開いて、バネナ王国から食料を援助してやれ。』

 「畏まりました。西側の排水処理槽に浄化の木が植えられましたが、ハニービーの巣の為に建物を建てた方がよろしいでしょうか?」

 『え?あの白い玉って、浄化の木の種だったの?ハニービーに聞いてみるか。巣を作る様なら、この国の防衛力も高まるし、丁度いいかもな。』

 「左様ですね。まだ国民の数も少ないですし、兵士の数も全然足りていませんから、住み着いてもらえると有難いです。」


 周囲を見回してハニービーを探すと、カレンの頭の上にとまってた。


 『いつの間に仲良くなったんだ?』

 「アルティス様が構ってくれない仲間ですよ。」

 『そ、そうか。』


 忘れてたなんて言えないな。


 『ハニービーに聞きたいんだけど、この街に巣を作るつもりで植えたの?』


 ハニービーは首を横に振った。


 『アプリコットに女王バチを送ってもらう事はできる?』


 ハニービーがコクコクと頷いた。


 『じゃぁ、お礼に名前を付けてあげよう。君はプラムだよ。』


 ハニービーの体が光り、金色とオレンジ色の縞模様になった。

 今回の名前もバラ科の果実から取った名だよ。

 次はビワかピアだな。


 『ありがとうございます、アルティス様。中々活躍できる場が無くて、申し訳ございません。』

 『いやいや、俺もあんまり連れて行かなくてごめんね。どうしても戦闘に巻き込まれる事が多くて、中々連れて行けないんだよ。』

 『戦闘でしたらお任せ下さい!ファイニスト・ハニービーに進化しましたので、ハニービーの時よりも強くなりました!』


 そう言って尻を丘の頂上に向けると、針を撃ち出した。


 バシュッ!・・・ドンッ!

 『えええ!?ファイニスト・ハニービーの針って、そんなすごい威力なの!?』

 『ハニービーを外敵から守る為の火力です。』


 そう言っているが、毒を注入するとかではなく、針を飛ばして着弾地点には小さなクレーターができる程の破壊力があるなんて、知らなかったよ。


 『ところで、呼んだハニービーはどうやってくるの?』

 『飛んできます。』

 『え?結構離れているけど、大丈夫なの?』

 『大丈夫ですよ。1時間程で到着する予定です。』


 ナットゥから一直線に来るつもりみたいだけど、途中の魔の森の上空とか大丈夫なのかなぁ?

 魔の森には確か、天敵の魔獣も居た筈だけど。


 『魔の森の上を飛んで来るの?』

 『いえ、魔の森は避けて飛んで来る筈です。あの森には天敵の魔獣が沢山居ますので。』


 魔の森は避けて飛んで来るみたいで安心した。

 魔の森に住むハニービーの天敵は、ミラージュカメレオンやダークホーネット、シャドウスナイパーなどがいる。

 ミラージュカメレオンは光学迷彩で、完全に姿も気配も隠して行動するトカゲで、動きも素早いらしい。

 ダークホーネットは、真っ黒いスズメバチで大きさが1mほどもあり、群れで行動する為に怒らせたら災害になると言われる程に危険度が高い。

 シャドウスナイパーは、真っ黒い何かとしか言えない魔獣で、倒すと消えてしまう為に、瘴気が関連しているとも言われている。

 他にも昆虫系の魔獣がハニービーの天敵と言われている。

 ハニービーは、人族との共存を選択した為に、知能を得る代わりに単体での戦闘力を失ったと言われているのだ。

 だが、実際は単体で行動するハニービーの目撃例が無いのと、雄が単独で行動している事から、それ程弱くも無いのかもしれない。

 考え込んでいたら、プラムがルベウスと遊び始めた。

 プラムがルベウスを抱いて高速でブンブン飛び回り、エルロンロールからバレルロールに繋げて、インメルマンターンで戻って来たと思ったら突然の急上昇で、最後は錐揉み状態で落ちて来て、地面スレスレで速度を緩めて着地。

 ルベウスは白目剝いて気絶していた。


 『楽しそう。』

 「えええ!?アルティス様やめておいた方が良いですよ!アレはかなりきついんですから!!」


 思わず溢した呟きにカレンが反応したのだが、こいつ、経験者だな?

 復活したルベウスが、プラムを乗せたままお返しとばかりに走り回る様だ。

 空中機動とは違い、地面スレスレで走り回るのは、速度を感じられる分スリルがあるだろう。

 ただ、小型犬サイズのルベウスに大型犬サイズのプラムが乗っているので、絵面がヤバい。

 虫に捕まったルベウスが、必死に逃げようと走り回っている様にしか見えないのだ。


 『圧倒的に絵面が悪すぎる。どうにかならないのか?』

 「サイズを変えさせます。」


 走り回るルベウスの体が、プラムと同じくらいのサイズに変わったが、更に絵面が悪くなった。

 今まではプラムの足の先でちょこんと掴まれている状態だったのが、今はがっしりと抱え込まれた状態になったのだ。

 あちらこちらから小さな悲鳴が聞こえるので、ルベウスが食べられそうに見えているのだろう。

 だが、プラムが悪者になるのは不本意でしかない。


 『ルベウスストップ!プラムと仲がいい事を見せないと、プラムが悪者になる。』

 『うわっ!とと、何で悪者になるの?』

 『ルベウスをプラムが襲っている様にしか見えないんだよ。』


 絵面の悪さに気付いたプラムが飛び上がるが、それも印象が悪くなるんだよな。

 大型の蜂が飛んで来ると、羽音が重低音で聞こえて来て怖いんだよな。


 『プラム、降りてルベウスと大人しくしていなさい。』


 シュンとした仕草に可愛いという声もあるが、大多数は焦点が判らない複眼に恐怖を覚えているのだろう。

 ふとプラムが立ち上がった。


 『どうした?』

 『こちらへ向かってる妹が、ホーネットに追われています。』

 『数は?』

 『6』

 『司令塔がいるな。俺も行こう。』


 ホーネットには、幾つかの種類が居るそうなのだが、あまり知られていない。

 何故なら、目撃した者は軒並み帰って来ない為、情報が伝わらないのだ。

 魔獣図鑑には一部のホーネットが載っているが、その情報は運良く生きながらえた者達が伝えたものだ。

 その多くは水辺で遭遇し、水中へ逃れる事で助かったとされる。

 アルティスが数を聞いて司令塔の存在を示したのは、多くのホーネットは群れで行動し、軍隊の様な統率の(もと)に行動しているのだ。

 少数になったからと言って、指示を出す者が居なくなる可能性は低く、6匹という小隊単位での行動であるならば、組織的に方位する為にもそれを指揮する者が居るのは当然の事なのだ。

 大きな群れを柔軟に動かすのであれば、少数単位を細かく操るリーダーの存在は必要不可欠なのだ。

 プラムの後を追って進むと、数匹のホーネットに追われるハニービーが見えて来た。


 『[バードライム]』


 アルティスが魔法を撃つと、一匹のホーネットが墜落して地面で藻掻き始めた。

 アルティスが使ったのは鳥もちで、動画で養蜂家が粘着シートにスズメバチをくっ付けると、仲間のスズメバチが助けに来て、一緒にくっ付いて動けなくなるというのを見た事があったので、やってみた。

 組織的に動く彼等には仲間意識があり、仲間が負傷した場合には助けるだろうと踏んだのだ。


 『うわあああああ!助けて!動けない!』

 『今助ける!ちょっと待ってろ!うわあああああ!何だこれは!動けない!』


 早々に2匹が脱落した事により、ハニービーが逃げ切れた様だ。

 魔力感知では、上空に指示を出すリーダーが飛んでいる事が判り、仲間が窮地に陥った事により追うのを諦めた様だ。


 『アルティス様、妹を助けて下さりありがとうございます。でも、アレは何なのですか?』

 『アレは鳥もちだよ。殺さずに拘束しただけ。殺せば怒って攻撃が激しくなるけど、元気なまま身動きが取れないだけなら、助けに行くだろうと思ってね。』


 プラムの複眼がキラキラと輝き、ソフティーはニッコニコだ。


 『ハニービーを追うのは中断する!先に仲間を助けるぞ!ギャー!』

 『隊長!今助けます!くっ!これを噛み切れば!うわあああ動けない!』

 『なんて事だ!これは消化液を使うしか・・・馬鹿!動くな!うわあああ!』

 『何か、コントを見ている様で面白いな。』

 『こんととは何ですか?』

 『寸劇、笑いを誘うちょっとした行動の事だよ。言葉が理解できる分、アイツらのマヌケさが理解できて面白い。』

 『あ、全員動けなくなりましたね。』

 『アイツらって、巣と交信してるの?』

 『助けに来ると思います。』

 『殺した方が良い?』

 『恨まれますよ?』

 『効果範囲を少し拡げて、放置するか。[バードライム]』


 半径5mの範囲に拡げて放置した。

 明日また、見に来るとしよう。

 助けたハニービーは、バブルウォッシュで綺麗にしてから怪我を治し、連れて帰った。

 綺麗に洗ったのは、背中にゲル状の物が付いていて、臭かったからだ。

 予想では、それが誘引物質で、その臭いが残っている為に逃げられなくなるんだと思う。

 一応鑑定はしてみたが、キラーホーネットの体液としか出なかった。


 『ただいまー』

 「おかえりなさいませ。ホーネットを調理しますか?」

 『殺して無いよ。』

 「新しい食材が増えるのかと思って、待っていました。」


 カレンは食べる気満々だった様だ。


 『どうせ食べるなら、巣に居る蜂の子の方がいいんじゃないか?』

 「巣を襲うんですか?」


 そんな寝込みを襲うみたいな言い方は、やめて欲しい。


 『言い方。襲う事には変わりは無いけどさ。』

 「討伐ですね。すみません。」

 『明日の楽しみができたな。』

 「美味しいんですかね?」

 『さぁな、それなりに沢山居るとは思うが、どうなんだろうな?』


 宴は夜8時まで続き、真っ暗になる前に終了した。

 今の時期は、アマーティスが三日月程でしかなく、月初めはスクナービクも三日月程にしかならないので、夜は殆ど見えなくなるのだ。

 (しん)の闇という程では無いにせよ、夜道を歩くにはランプや松明が無ければ、足元が見えないので歩きにくいのだ。

 代わりに、夜空には星々が瞬き、とても綺麗だった。

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