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第74話 タカールダンジョン2

 「エララって初めて見たのですが、会った事があるんですか?」


 リズは、暗部全員を知っている訳では無いので、エララの事を知らないのも無理はない。


 『エララはカノエ達と、タカール商会の調査をしていたんだよ。確か、ヒノエのツッコミ役だったかな?』

 「カノエがその役目では無いんですか?」

 『カノエは天然キャラだから、ツッコミ役は無理かなぁ。』

 「酷いです。」


 そういえば、カノエが居たんだった。


 『ヒノエとカノエが、ワチャワチャやってるのをエララが冷ややかに見てるって感じだよ。』

 「私とカレンを見るアルティス様の様な感じですか。」

 『・・・お前、もっと自分の事を知った方がいいぞ?』

 「何でですか!?」


 冒険者達と別れて、ダンジョンの通路を駄弁りながら進み始めた。

 戦闘は、ミュールとクールが担当している。

 今のフロアでは、ホブゴブリンしか出て来ないので、肩慣らし程度にしかならず、ミュールは探知魔法の練習で、クールは剣の扱いを練習しているのだ。

 基本的に獣人は盾を持つ事は無く、両手剣を扱う場合が多い。

 猫系の獣人の多くは、拳闘士や短剣を扱う者が多いが、それ以外では剣か槍が殆どだ。

 どの種族でも、盾を扱う事は滅多に無く、甲羅や硬い鱗を持つ種族のみ、盾を扱う事があるそうだ。

 甲羅と聞けば、亀を思い出すのだが、○ートルズの様に俊敏に動く訳では無く、基本は4つ足で歩くか、低空を飛んで移動するくらいしかできず、戦闘力は皆無らしい。

 硬い鱗を持つ種族は、センザンコウやアルマジロ系を思い出すが、その硬い鱗を狙われて狩られまくり、獣王帝国が保護をしているそうだ。

 狙っていたのは、人間だけでは無く、同じ獣人達からも狙われる事が多く、現在は数百人にまで減ってしまったそうだ。

 闇奴隷の中に居なかったのは、厳重に守られていた為に攫えなかったという事だろう。

 ただ、亀系の獣人も居なかったのは、性格がおっとりしていて、動き出しが遅いからだろう。

 早いのは、防御反応だけで、首を引っ込める時は一瞬で、首が外に出るまでは三日程かかるそうだ。

 もう、遅い処の話じゃ無いな。


 『そういえばさ、ホブゴブリンが出るのって、もっと下の階じゃ無かったっけ?』

 「確か、11階がホブゴブリンって言ってましたね。」

 「我々の足止めの為に、強化された可能性はありませんか?」

 『その可能性が高いな。まぁいいけど。』


 その後も進んで行くが、モンスターの種類が殆ど変化せず、6階層がホブゴブリンとゴブリン、7階層がホブゴブリンとゴブリンアーチャー、8階層がホブゴブリンとゴブリンジェネラル、9階層がホブゴブリンとゴブリンジェネラルとゴブリンアーチャー、10階層がオークとホブゴブリンだった。

 そして、階層主の部屋の前に着いた。


 『こんな所に店があるんだな。』

 「ミスリルリザードのせいで、ここが事実上の最下層ですからね。」

 『みんなここで折り返して帰って行くのか。』


 店の男が話しかけて来た。


 「あんたら、回復薬は要らないか?」

 『回復薬ってポーションじゃない奴だよな?要らないな。』

 「宿泊するなら、部屋は空いてるよ!」


 扉の前のスペースは、割と広めで店が数軒あり、薬屋、宿屋、食堂がある様だ。


 「ささ、部屋は2階だ。」

 『誰が泊まるなんて言ったんだよ。必要無ぇよ。』

 「あんたら、ここのダンジョンは初めてか?うちの宿に泊まらねぇと、タカール商会に命を狙われちまうぜ?」

 「へぇ、来るなら来い。どんな奴が来るのか、楽しみだな。」


 リズが好戦的な言葉で返すと、店主は絶句して固まってしまった。


 『11階層で休もうぜ。』

 「そうですね。そうしましょう。」

 「はぁ!?ミスリルリザードを倒すつもりなのか!?」

 「ホリゾンダル領で倒されたって話を聞いていないのか?」

 「その話は知ってるが、多分弱っていたんだろうよ。あんなの倒せる訳が無ぇ。」

 「我々が倒したんだが、弱ってなど居なかったぞ?そもそも、弱ってたら倒せると言うのであれば、力押しで攻略できるんじゃないのか?」

 「ふん、あんたみたいな事を言う冒険者が、一時期多かったんだよ。全員帰って来ないがな。どうせ死ぬんだから、余計な荷物は全部置いて行きな。」

 「死なないから、置いて行く必要は無い。」


 リズが扉の方に向き直ると、宿屋の裏手からスキンヘッドのムキムキ男が3人出て来た。


 「大人しく荷物を置いて行きな。でないと、死ぬまで俺等のおもちゃにされちまうぜ?」

 「とうっ!」

 ドゴッ!


 ミュールが禿の一人を軽めの回し蹴りで蹴り飛ばすと、宿屋と薬屋の間を抜けて、暗闇に消えていった。


 「「・・・。」」


 絶句した残りの二人は、無言のまま仲間が飛んで行った方向に走っていってしまった。

 宿屋の主人は、禿トリオが消えていった方向を見て、小さくお辞儀をして宿の中に消えていった。


 『さっさと行こうぜ。』

 「はい。行きましょう。」


 扉の中に入ると、ホリゾンダル領の岩山で見たミスリルリザードよりも、一回り大きな奴が居た。


 『じゃぁ、クールとミュールは、殺さない程度に痛めつけてくれ。生皮剥いで、ミスリルを大量にゲットしようぜ。』

 「ど、どうやって?」

 『口を開かない様に縛って、ボコ殴りにすれば、大人しくなるだろ。』

 「簡単に言いますが、できるんですか?そんな事。」

 『前回倒した時は、口を閉じない様にして、口の中に魔法を撃ちこんだんだよ。やり方は逆だけど、ダンジョン産じゃ殺したら消えるんだろ?生きたままあの皮を剥いでやれば、皮が残るかもしれないじゃん?』


 クールがリズを見るが、リズは顎で行けと示し、ミュールはやる気満々、ワラビに至っては目も合わせない。


 「判りましたよ。やればいいんでしょ!やれば!」

 「いくよー!」

 ドカッ!


 ミュールが勢いよく突撃し、ミスリルリザードの顎を蹴り上げた。


 「そらよっ!」

 シュルシュル


 クールが上を向いたミスリルリザードの顎に、ソフティーの糸を巻きつけ縛ろうとした。


 「よし!これで引っ張れば!うわっ!?」

 「クール違う!(またが)れ!頭に跨って押さえつける、そして縛る!」

 「お、おう、すまん、次は任せろ。」

 

 クールが、ミュールの的確なアドバイスに驚いているが、アルティスは言うのが遅いと思った。

 突っ込む前に軽く打ち合わせをして、頭に跨って縛れと言っておけば、二度手間にならずに済んだ筈だ。

 結果論の様に感じるかもしれないが、拳闘士と剣闘士の間合いの違いに、ミュールは考えが及ばなかったのだ。

 アルティスとしては特に言わないが、ここには遊びに来ているのでは無く、鍛錬の一環として来ているつもりの為、個人プレーのままでは駄目なのだ。

 では、何故その事を伝えないのかと言えば、軍人としている以上は、組織的に行動をする必要があり、同じ軍の主要メンバー同士の連携を何も言わずともできる様になってほしいからだ。

 当初は、ウルファとクールという、常に一緒にいる二人の連携を見るつもりだったのだが、ウルファが使えなくなってしまった以上は、あまり交流のない者同士での連携をさせる方向に転換せざるを得ないと考えた為だ。

 アルティスが育てた者達は、確かに強いと言える程の戦力を持つ、だが、それ以上に強い敵が居ないのかと言えば、そうとは限らないので、いざと云う時に連携が上手くいかずに対抗できないでは、困るのだ。

 個々の戦力が高いとしても、その戦力が連携を取れる様になれば、その戦力は2倍にも3倍にもなれるのだ。


 「もう一回行く!」

 ボッ!ドンッ!


 ミュールが地面スレスレで飛び、ミスリルリザードの鼻っ柱を勝ち上げた。

 上を向いたミスリルリザードに糸を巻きつけつつ、クールが頭の上に跨った。

 だが、まだ口が開かない様に、固定したとは言えない状況だ。


 ドゴッ!

 

 ミュールが再びミスリルリザードの顎が地面に着く前に、膝蹴りで上を向かせる。

 その瞬間に合わせて、クールが糸を2周回した。

 どうやって縛るのかと思っていると、糸の先端に輪を作って、巻いた糸の下に挟みこんでいた様だ。

 糸を輪に通し、反対向きに1周させて、結んだ様だ。

 ロープを使う時の結び方だな。

 結び終えると、そこからは二人によるボコ殴りの時間なのだが、相手はミスリルリザードで、打撃にも斬撃にも強い魔獣なのだ。

 多少の力で殴っても、大したダメージには成らない。

 数分待ってみたが、殆どダメージが入っておらず、元気に頭と尻尾をブンブン振り回して居るのだ。


 『背中なんかいくら殴った所で、何のダメージも入ってないのが判らないのか?柔らかい所を狙えよ。いつまで続けるつもりなんだよ。』

 「ううー、判った!」


 返事はあったのだが、ミュールが力技でひっくり返そうとし始めた。


 『違うよ!ロックリザードと同じ方法だよ!』


 クールが剣を抜き、片目を掠る様に切ると、難なくひっくり返った。

 すかさずミュールが後ろ足を地面に縫い付け、クールは前足の関節を脱臼させ、ようやく柔らかい腹側を攻撃して大人しくさせる事に成功した。


 『時間かかり過ぎだ。もっとよく考えろ。硬い相手を攻撃する時は、必ず柔らかい所を探して、そこを集中的に狙う様にしろ。』

 「すいません。」

 「ううー、殺さないの難しい。」

 『ミュールは、一撃必殺を禁止。』

 「ええー!?アルティス厳しい!!」

 『攻撃にレパートリーを増やせよ。何で発勁使わないんだよ。胴を狙わなくても、尻尾の付け根とか足だけでも撃てるだろ?無力化させる方法を学べ。』

 「判ったぁ・・・。」

 『クールは何でミュールに遠慮してんだ?言いたい事があるなら、ちゃんと言葉にして伝えろ。お前らに上下は無ぇよ。命かかってる時に、上だ下だなんて関係ないからな?ハッキリと伝えろ。折角の実戦の機会なんだから、最大限で生かせ。』


 二人に指導をしている間に、リズがミスリルリザードの皮を剥いでいるが、切り離した途端に塵となって消えていくのが見えた。


 『駄目みたいだな。クール、止めを刺せ。』

 「はい。」


 先程は、背中を何度か切ったが、全く歯が立たなかったので、気を落ちつけて首に斬りつけた。

 すると、先程とは違い、スライムでも切るかの様に、殆ど抵抗を感じる事無く首が落ちて、床に剣が突き刺さった。

 クールは、何かを感じ取った様だ。

 何故、背中に斬りつけた時は全く歯が立たず、今回は背側から斬り付けたにも拘らず、すんなり斬れたのか。

 クールは剣を見つめて考えた。

 今とさっきで何が違うのか。

 その理由として、大きく違うのは集中力の差だ。

 だが、それだけでは無い。

 闇雲に斬り付けようとした時は、色々な角度から振り下ろしていたのだが、両手では無く片手で振り下ろしていた。

 立った状態で、足元近くの物を斬ろうとすると、どうしても体全体を動かさなくてはならない。

 すると、上半身のブレと手首のブレが影響して来る事になり、刃の向きがズレてしまう事に気が付いた。

 普段の素振りでは、自分と同じ背丈の敵を倒すイメージで振っていた為、今回の様な地を這う敵に対する有効打を撃てなかったのだ。

 ワーム系の様に、体表面が柔らかい魔獣であれば、多少刃が傾いても斬り割く事は可能なのだが、硬い表皮を持つ魔獣に対しては、力が刃に伝わらず、分散してしまう事で、斬る事ができなかったのだ。

 クールは、集中していなかった事を反省した。


 『ドロップはミスリルのインゴットか。』

 「これが通常で出るとしたら、ここを攻略するだけでボロ儲けじゃないですか?」

 『そうとも言えないんじゃないか?俺達は倒し方を知っているから、ポーションも何も使う事無く倒せるが、普通の冒険者達は違うからな。』

 「・・・それもそうですね。」


 先に進もうとした時、入って来た扉が開いた。


 「い、生きてる!?あ、あんた等!ミスリルリザードを倒したのか!?」

 『挑戦して死んだ奴の遺品を回収しようとしたのか。残念だったな。』

 「ドロップ品を売ってくれ!」

 『無視していくぞ。』

 「了解。」

 カキンッ!


 宿屋の主人に背を向け歩き出そうとした時、リズの背中に弩の矢が当たって落ちた。


 『やっていいぞ。』

 「では。」

 ダッ

 ヒュヒュッ

 「ぐぇっ!」


 背後から狙えば殺せると踏んだのかもしれないが、リズを倒しても、ミュールやクールが居て、ワラビもいるのだから、どちらにしても死ぬ運命だという事が理解できなかった様だ。

 そもそも、何百年もの間、誰も倒す事ができなかった、ミスリルリザードを無傷で倒した者を、弩如きで倒せると思った理由が判らないな。

 持っていた弩は大型の物で、弦を足と手で引くタイプなので、連射ができず、どうやって全員を殺すつもりだったのか、聞いてみたい気分だよ。

 弩を撃った宿屋の主人が倒され、一緒に弩を持って入って来た男にも攻撃をしようとすると、弩を手放して両手を上に上げた。


 「ま、待ってくれ!俺達は攻撃の意思は無い!殺さないでくれぇ。」

 「ひいい、お、お助けを!」

 「わ、私達は、トロンと落ちた装備を拾いに来ただけで、こ、攻撃する意図なんて無いんだ。」

 『カノエ、後は頼む。』

 「はっ!」

 『リズ、そんなの放っておいて、先に進むぞ。』

 「命拾いしたな。さっさと外に出ろ。」

 「わ、判った!」


 二人の男は、転がる様にして部屋の外に出て行った。

 カノエは、男達が再び扉を開けて入って来ない様に、アルティス達が部屋から居なくなるまで、扉の前で見張っていた。


 11階層に降りたが、敵はオークとピッグブルで、ミュールとクールがサクサクと倒すので、暇で仕方が無い。


 『そういえば、休憩するんだったな。どこかに良さげな部屋は無いか?』

 「そこに部屋があるよ?入る?」

 『入ってみよう。』

 「りょーかい!」


 部屋に入ってみると、宝箱がある小さな部屋だった。


 『宝箱か。』

 「開けますか?」

 『ミミックだぞ?』

 「倒しますね。」

 『放っておけ。触らなけりゃ動かないし、放置で良いだろ。』

 「そうですか。」


 ミミックは、宝箱に擬態するモンスターで、宝箱を空けようとすると、触手で頭を掴んで中に引き擦り込むが、自分では歩けないので、触らなければどうという事は無い。


 『昼飯にしようぜ。』


 街中で孤児達に施しをしていたが、その時はまだ午前8時を過ぎた辺りだったので、朝食だな。

 冒険者達を助けた時は、ソフティーは食べていたが、アルティス達は食べておらず、ミスリルリザードの相手をする前が丁度お昼前だったのだ。

 普通の冒険者であれば、食べられる時に食べておく事は必須事項なのだが、アルティス達は安全を確保する手段があるので、間食などする必要が無いのだ。


 『ソフティーはどうする?』

 『食べる!』

 「さっき食べてたんじゃ・・・?」

 『アラクネは糸を作る為に、栄養を沢山摂る必要があるんだよ。』

 「今日のお昼ご飯は、オムライスです。」

 『やったー!』


 オムライスは、オムレツの作り方を教えたついでに作ってもらった物だ。

 この世界では、卵料理のレパートリーが少なく、目玉焼きとゆで卵が殆どだったので、だし巻き卵やオムライス、ポーチドエッグに茶碗蒸しを教えてある。

 茶碗蒸しは割と好評で、王都ではバケツ茶碗蒸しなるメニューまでができあがっていた。

 途中で飽きると思うのだが、ピクルスを入れて味変させれば、一人で完食できるそうだ。

 最近は、ピクルスの生産が安定してきたので、ゴートラディとマンドラゴラのピクルスが、常時食堂に置いてあるのだ。

 肉類多目のメニューが多い為か、さっぱりとした味のピクルスは、人気が高い様だ。


 探索を再開して12階層に来たが、モンスターはオークアーチャーとオーク、13階層がオークメイジとオーク、14階層がハイオークのみで、15階層がハイオークとオークアーチャーだった。

 特に階層主は居らず、3階層は何だったのだろうか?


 『このダンジョンは、ミスリルリザードを倒しても、その後を通り抜けるのは至難の業じゃないか?普通の冒険者には無理だな。』

 「オーク相手では、高ランク冒険者じゃないと厳しいですよね。」

 『そもそも、ここのダンジョンは何階層まであるんだろうな?』

 「深かったらどうしますか?」

 『軍で攻略してもらうか。』

 「冒険者登録させますか?」

 『冒険者・・・何人かで冒険者登録してもらって、ダンジョン攻略してもらうか。』

 「コボルトも含めて、全員S級になってしまいますよ。」

 『そういえば、S級冒険者ってまだ会った事が無いな。』

 「確か、このダンジョンにも挑戦していたS級が居た筈ですが。」

 『ソロで挑戦してんのか?』

 「そうですね。その筈です。」

 『干し肉と水だけしか持たずに入ったら、10日くらいしかもたないだろうな。』

 「そうですね。一応干し果実や干し野菜も持って行きますが、それ程量は持っていないでしょう。」

 「既にミスリルリザードに噛み砕かれているんじゃないですか?」

 『いや、あの宿屋に居た様だな。』


 アルティス達がミスリルリザードを退治した後、一人で後ろから着いて来る者が居たのだが、途中で(はぐ)れた様だ。

 アルティス達が昼食を食べている時に、追い抜いて進んで行った様だが、途中で道を間違えて、違う方向に行ったらしい。


 『カノエ、そいつはどこにいるんだ?』

 『別の階段から12階層に降りた様です。どうやら、フロアが別になっている様で、ここからはたどり着けないものと思われます。』

 『そうか。別口の階段もあるのか。中々面白い構造をしてるじゃないか。』

 『向こうのフロアのモンスターは、ゴブリンらしいです。』

 『もしかして、遠回りだがモンスターが弱いコースと、近道だがモンスターが強いコースに分かれているのか?』

 『その様ですね。10階より上の階層では、分かれていない様なのですが、エリアによっては弱いモンスターしか居ないという噂はありました。』

 『そうか。まぁいいや。あとは、リポップの時間とか調べて欲しいんだけど、可能か?』

 『リポップとは?』

 『部屋に湧いてるモンスターが、元の状態に戻るまでの時間だよ。』

 『部屋に居れば、出るまで湧かないそうです。誰も居なければ、大体3時間程度で元に戻るそうですが、湧かなくなる条件は、モンスターを倒した人が居る場合のみです。』

 『他の奴が倒した部屋に居れば、その内湧くって事か。判った、ありがとう。』


 リポップの条件が適用されるかは判らないが、そうそう変わる事は無いだろう。

 そう思う理由としては、個別に設定していたら作業が大変過ぎるし、これだけの広いダンジョンで、一つの階層に小部屋など数百はある筈で、何も湧かない部屋があったとしても、そんな安全地帯を探し出すのは、至難の業だ。

 たどり着くのも大変だし、攻略も困難になれば、冒険者の数が増えないという事になり、ダンジョン側の利が無くなる可能性が高いと思うのだ。

 ダンジョン側の利とは、冒険者がモンスターを倒す事で、魔力を消費する事ができて、モンスターを維持する為のコストを抑える事が可能となる。

 ダンジョンの役割が、濃すぎる魔力やマナの中和だと考えれば、モンスターを生み出し、倒される事で魔力を消費して、濃い魔力を中和できる筈だ。

 これで、冒険者達にモンスターを倒してもらう事に意味が出て来るだろう。

 (よど)んだ魔力が濃くなると、良からぬ存在を生み出すきっかけとなる可能性を考えれば、ダンジョンの存在自体に意味があると言えるだろう。

 文献では、濃い魔力が長期に亘って澱んでいると、悪しき意思を持つモンスターが生まれ、瘴気(しょうき)を放ち始めるのだそうな。

 瘴気というのは、強い毒性を持つ魔力の事で、瘴気の中で生まれた魔獣は、瘴気を放ちながら汚染地域を広げ、緑豊かな土地も荒野に変えてしまうらしい。

 あれ?コルスの体臭にも、同様の効果があった気が・・・。


 『アルティスさん、今とても失礼極まりない事を考えていませんでした?』

 『考えていたかも?』

 『否定してくださいよ!?』

 『考えて無いよー。』

 『ムキー!!』

 『冗談だよ。ちゃんと休めよ。』

 『アルティスさんが変な事を考えるから、悪いんですよ!』

 『そうか。すまん。』

 『え!?そんな素直に謝られると、定期的にチェックしている事に罪悪感が出るじゃ無いですか!?』

 『・・・コルスを捕えて休ませた奴に、干し肉100枚。』

 『ちょ!?なんて事を言うんですか!?あぶっ!』


 相変わらず勘が良いな。

 定期的にチェックしてるとか、全然休んでないみたいだから、手の空いている暗部を使って強制的に休ませる事にした。


 「容赦ないですね。」


 リズの言う様に、容赦ないとは思っているよ。

 でも、目の下にクマを作ってまで仕事をしているのを見ると、心配なんだから仕方ないだろ?


 『休暇中なのに、定期的にチェックなんかしていたら、休めないだろ?休暇中は休むのが仕事だ。いくら仕事してるのが日常だと言っても、疲労は溜まるんだよ。休暇でリフレッシュして、仕事を完璧にこなすのが、プロというものだ。部下を持つ立場なら、自分が抜けても支障が無い程度には、部下を育てるのも仕事だ。それができていない様では、プロとは言えないな。』

 「仕事を奪われそうですが。」

 『奪われない様に努力すればいいだろ?部下より強いんだから、さらに強くなればいいだけの話だ。何もしないで、傍観してるから奪われるんだよ。』

 「それはそうですが、休んでいる間に追い抜かれる可能性もありますよね?」

 『ある訳無いだろ?実戦経験を積んだとしても、お前らの経験を上回るなんて事が、短期間でできる訳が無い。』

 「そうでしょうか?」

 『あるじと模擬戦できるくらいの実力なんて、そうそう付くもんじゃないさ。』


 リズは心配の様だが、あるじの剣を受け止められる者は、そうそう居ない。

 あるじのストイックな鍛錬についていけるだけでも、別格と言える。

 それでいてしなやかな筋肉で抑えているのだから、その努力はしているのだろう。

 腹筋は割れているが、マッチョでは無いんだよ。


 『それはそうと、16階層に行く階段は遠そうだな。』

 「見つからないねー。」


 15階層に来てから、既に30分以上は経っているのだが、未だ階段にたどり着く気配は無い。

 音や臭いに気を配ってはいるが、鍾乳石の垂れ下がった洞窟の様な作りなので、音の反響が乱反射していて、聞き分けが難しいのだ。

 しかも、この階層に入った時に、膜を通り抜ける様な感覚があった事から、臭いで辿れなくなっている可能性も高いと思う。

 上の階層ほどの広さは無いと思うが、狭いとも言い難い位の広さはあるのだろう。


 『そろそろ夕方だな。どこかの部屋に入って、野営の準備でもするか。』

 「そうですね。明日もありますし、早めに休憩してもいいと思います。」

 『じゃぁ、部屋を探してくれ。』

 「了解。」


 ここは洞窟とは言え、部屋になっている所は多々あり、そこには扉が付いている。

 扉は鉄製で、格子になっている所もあれば、普通の扉が付いている所もある。

 扉自体には罠は無いものの、モンスターハウスになっていたり、中に入ると罠があったりと多彩だ。

 暫らく探すと、扉が見つかったので入ってみたのだが・・・。


 『・・・放置して別の部屋を探すか?』

 「助けないんですか?」

 『もう溶けてるかもしれないぞ?』

 「一応引っ張ってみましょう。溶けていたら別の部屋を探すって事で。」

 『まぁ、それでいいか。』


 部屋の中央には宝箱があり、ミミックだった様で、上半身を食われている奴が居た。


 「よっと、溶けてはいない様です。死んでも居ませんね。気絶してますが。」

 『[鑑定]・・・特級冒険者のノール・ウォートだな。こいつがS級冒険者なのか?』

 「ノール・ウォート!?人間族でオーガをソロ討伐してS級になった奴です。それなりの実力はある様ですが、性格は良くないと聞きます。」

 『まぁ、そうだろうな。気絶しているフリをするくらいだもんな。S級の癖にミミックに食われて恥ずかしいのは判るが、礼くらいはするのが普通じゃないのか?』

 「ば、バレてるんじゃしょうがないな。俺がS級冒険者のノール・ウォートだ。助けて貰って悪いな。」

 『そうか。じゃ、礼儀知らずは放置して、他の部屋に行くぞ。雑魚に用は無い。』

 「ああ?雑魚だと?」

 『そのステータスでオーガを討伐したとか、冗談にも程がある。どうせ瀕死のオーガか、死骸を見つけて討伐したとか言ったんだろ。期待外れだ。』

 「てめぇ!ぶっ殺すぞ!!」

 『やれるもんならやってみろよ。クール、相手をしてやれ。うちのコボルトよりも弱いから、余裕だぞ?』


 S級冒険者ってのは、どんな者かと思っていたのだが、STRが180しか無いとは思わなかったよ。

 普通の人よりは強いとは思うが、180ではオークを倒せる程度でしかなく、オークよりも遥かに硬いオーガを倒せる程の力では無いのだ。

 しかも、腹が出ていて、鍛えている様子が無い。

 正直、ガッカリした。


 「コボルト達より弱いって、どうりで誰も戦っている姿を見た事が無い訳だ。」

 「んだとごらぁ!!死んでも泣き喚くんじゃねぇぞ!」


 ノールの武器は薙刀で、鋼鉄製の柄にミスリルの刀身が付いている。

 それなりに良い物ではあるが、使い方が雑なのか、柄が湾曲している。


 『早く始めろよ、待ってるんだからさ。どうやって切り抜けようか考えているんだろうが、残念ながらこのメンバーの中では、クールが一番弱いんだよ。大事な武器を細切れにされたくないのなら、素直にクールとやるんだな。』

 「やってやらぁ!うおりゃっ!」

 キンッ!キャリキャリキャリ、ドゴッ!


 ノールが袈裟気味に斬りかかったが、クールが冷静に剣の腹を柄に添わせ、軌道を逸らせてから前蹴りで腹に一撃を食らわせた。


 『気絶したな。放置して行くぞ。荷物も無い様だし、何も考えずに全て食いきったか、落としたかしたんだろ。俺等から奪うつもりで居た様だが、残念だったな。』

 「起きたんですか?」

 『朦朧としている様だぞ?背後に気を付けろよ?絶対狙ってくるから。』

 「S級冒険者が、そんな姑息な真似をするとは思えませんが、まぁ気を付けておきます。」


 先程の戦闘を見るに、棒術は持っているものの技術は(つたな)い。

 というか、薙刀というのは槍では無く、リーチの長い刀という扱いになると思うので、棒術と剣刀術か斧術と棒術が必要になるんじゃないかと思われる。

 槍術という線も捨てきれないが、薙ぎ払いが主な用途である事から、突き主体の槍とは使い方が違うのだ。

 突きができない訳では無いが、片刃で反りがある穂先だから、貫通してしまえば抜くのは簡単では無くなる。

 突いた時に、峰の方が切れないので、引っ掛かる可能性が高いのだ。

 貫通した場合に、素早く引き抜けばいいのだが、棒術と槍術では、その辺の技術が違うので、引き抜くのも難しい筈だ。

 槍術と棒術の違いは、棒術は打撃に重きを置き、槍術は刺突に重きを置いている点だ。

 棒術では、ダメージを稼ぐ為に、インパクトの瞬間に押し込む動作をするのだが、槍術では刺さったら引っ込める動作に入る。

 何故引っ込めるのかと言えば、生物というのは痛みを感じると防衛反応によって逃げようとするので、槍の場合は貫通した穂先を折られる可能性が出る。

 貫通により死亡した場合は、力が一気に抜けて、体ごと地面に倒れ込む為、敵の体重が圧し掛かる事になり、死ななかったとしても、物質という物は下に落ちる為、貫通してしまうと、肉やら内臓やらが下がり、引き抜く際にそれらが抵抗になって引っ掛かってしまい、穂先どころか柄までも折られる可能性が出る為、突いたらすぐ引く動作を覚えるのだ。

 だから、槍の穂先というのは、片鎌や十文字も含めて、全て両刃なのだ。

 ハルバードの取り扱いには、技術が必要というのも、その辺に原因があるのかもしれないね。

 兎も角、ノールにはS級冒険者としての実力を感じる事は無いという事だ。


 『ところであの部屋のミミックは、リズが倒したのであれば、その内復活するって事だよな?』

 「・・・そう云えばそうですね。」

 『すぐに動き出すのなら問題無いが、寝静まるのを待つとしたら、また食われる事になるんだろうな。』

 「そうですね。」


 別の部屋を探していると、水の音が聞こえて来たので行ってみると、とある部屋の中に泉が作られていた。


 『[鑑定]ふむふむ、HP回復とMP回復ができる泉らしい。汚染されているが。』

 「汚染?一体何が・・・」


 泉の大きさは、壁から半円形のプールと花の形をした彫刻があり、プールの幅は50㎝程で、深さは1m程ありそうだ。

 水は花の彫刻の所から湧き出しているのだが、プールの底にモンスターが居て、溜まっている水が汚染されてしまっていた。


 「アレを倒せば、少なくとも3時間は真面に使えるって事ですね?」

 『リポップする場所は、違うんじゃないか?まぁ、殺さずに部屋の外に出してやれば、リポップしないんじゃないか?』

 「どうやって倒さずに取り出せるんです?」

 『釣りすればいいじゃないか。針に肉を付けて、ソフティーの糸で吊るして、あぁ、肉に痺れ薬を染み込ませておけよ?』


 泉の底には、イソギンチャクの様なモンスターが居て、触手をウネウネさせているのが見えた。


 「ちょっとやってみますね。針に肉・・・ピッグブルの肉に痺れ薬を捩じ込んで垂らす・・・掛かった!」

 『待て待て、まだ食ってない。触手で掴んだだけだから、食うまで待て。』

 「ああ、中々口に入れませんね。」

 『焦るな、落ち着け。お、口に入れたぞ、もう少し待て。』

 「まだ駄目ですか?」

 『触手が垂れ下がった、今だ!』


 リズが糸を手繰り寄せると、パラライズに罹ったモンスターが引き上げられた。

 モンスターは、水棲の様にも見えるのだが、れっきとした陸生で、グロスアネモニーという魔獣だ。

 触手には、鉤爪状の棘が無数に生えていて、頭の中心にある口の中に引き擦り込んで、粉砕機の様な歯で細切れにしてしまうそうだ。

 あまり移動しない魔物ではあるが、腹足(ふくそく)という巻貝の足の様な物を持っており、ゆっくりだが移動する事が可能だ。


 『こいつは、途中の通路に置いておけばいいんじゃないか?』

 「そうします。」


 泉の底からイソギンチャクを取り除くと、排水口から一気に汚染された水が排出され、本来の泉に戻った様だ。

 泉を汚染していたのは、イソギンチャクのぬめり成分で、水に溶けると寄生虫をばら撒くのだ。

 ここの部屋は、セーフティーゾーンとしての機能もある様だが、だからと言ってオークが入って来ない保証は無く、入り口が開かない様にする必要はあるだろう。

 まぁ、ソフティーに頼むだけだが。


 『さぁ、晩飯食べて、シャワーを浴びて寝ようぜ。』

 「シャワーも設置してしまいますね。」

 「寝るのはここでか?」

 『寝る時は、入り口をソフティーの糸で塞いでもらうから、大丈夫だよ。』

 「そうか。それなら大丈夫か。」

 「素が出てますよ?」

 「うおっ!?す、すいません。」


 クールが謝って来たけど、気にしないのにな。

 慣れない敬語を無理に使わせると滅茶苦茶になるから、笑っちゃうんだよね。

 別に敬語なんか使わなくたって敬意は感じられるし、寧ろ自然な言葉の方が、緊張感も伝わって来るから判り易い。

 敬語に気を取られて、警戒が(おろそ)かになるよりはマシだ。

 今は、ダンジョンアタックの最中なんだから、特にね。

 覚えたいのなら、暇な時にでも練習すればいいんだよ。


 『別に普段通りでいいぞ。リズだって、時々怪しい敬語になってるしな。』

 「はぅっ!?気を付けます。」


 騎士達は、基本的に威厳やら格式やらを気にしているから、なるべく敬語を使う様にするのは理解している。

 今いる騎士達は、全員ホリゾンダル領から連れて来た者達だから、ホリゾンダル領で執事にビシバシ教育されていた経緯から、割とマシな敬語を使ってはいる。

 いつか、ハンザ領から執事が来た時に、タメ口使ってるのがバレたら、お説教が待っているそうだしね。


 「今夜は、ミートローフとサラダ、バーニャカウダ、ピタパンとシープキャトルのテールスープです。」

 「私はピタパンとサラダだけ頂きます。」

 『じゃぁ、早速食べよう。頂きます!』

 「「『いただきまーす!』」」


 ワラビは相変わらず、神への祈りをしてから食べ始める様だ。

 バーニャカウダは、小魚の塩漬けを作ったので、アンジョとオイリーの実から作ったオイルを混ぜて、暖めてから裏漉ししたソースだ。

 カレースパンでは魚醤を作っているので、小魚の塩漬けが大量にできるのだが、食べ方を知らない者達からすれば、ゴミにしかならないので、ソースやマリネなどの料理の試作を作ってもらっている。

 もちろん小魚の取り過ぎには、注意してもらっているよ。

 乱獲して、資源が少なくなってしまっては、意味が無いからな。

 ただ、小魚とは言っても、そこは異世界の生物なので、ピラニアの様に狂暴だったり、異様な生命力を持っていたりと多彩だ。

 シラスの様な小魚が、獰猛な肉食魚の場合もある為、漁には危険を伴う事が多い。

 だが、目の前に広大な資源の宝庫があるのだから、利用するのは当然だよね。

 肝心なのは、獲り過ぎない事と、荒さない事だよ。

 これさえ守っていれば、安定した収入になるのだから。

 それ以上を求めるのであれば、別の海産物を利用する方法を考えればいいんだよ。

 同じ物ばかりを獲り過ぎたり、海を汚したりしていれば、その内減って来るのは、目に見えているのだからね。


 今回の料理では、バーニャカウダがソフティーのお気に入りになった様だ。

 あまり野菜は好きでは無かった筈だが、魚を使ったソースが、(いた)く気に入った様だ。


 『じゃぁ、シャワー浴びて寝よう。』


 シャワーは、ラクガンスキルでも使っていた魔道具で、壁に設置して使ったよ。

 やっぱり、一日の疲れを取るのなら、お風呂かシャワーは外せないね。

 寝る為にハンモックを出したら、クールが大人しくなったんだが、なんでだろ?


 翌朝、いつも通りに4時過ぎに起きた。

 リズとクールは、毎朝の日課の剣の訓練をやり、ワラビは座禅している。

 座禅は、毎朝ボーっとしているワラビに、精神統一の為に教え込んだのだ。

 俺は魔道具を作ってるよ。

 夜中に叫び声が聞こえたが、眠かったので無視して寝た。

 昨日、コボルト達に1階層と2階層の掃除を指示していたけど、それも寝る前には終わって帰ったそうだよ。

 エララも無事に冒険者達を地上まで送り届けたので、夜は宿に泊まってゆっくり休む様に言っておいた。

 カノエは部屋の中に居たので、夕飯を食べさせて、ハンモックで寝てもらったよ。

 叫び声を聞いて、静かに見に行った様だけど、戻って来ても特に何も言わなかった。


 『カノエ、夜中のはどうだったんだ?』

 「丁度食われている所でしたので、そのままにして戻ってきました。」

 『そうか。問題無しだな。さて、朝食食べて探索を再開しようぜ。』

 「今ご用意します。」


 朝食は、ピタパンとハンバーガー、サラダとスープだったのだが、軽めに食べるのかと思っていたら、特大バーガーを4つも平らげていたよ。

 リズが。

 クールはそれを見て、引いていた。


 『さあ、朝飯も食べたし、探索再開の準備を頼むよ。』

 「いつでも行けます。」

 「俺も準備完了だ。」

 「私も大丈夫です。」

 『よし、では出発!』


 通路に出てイソギンチャクの居る方を見ると、イソギンチャクの口から足だけが出ていた。


 「あの靴は、昨日のS級冒険者の物ですね。昨日の叫び声は、あの男だったんですね。」

 『そうだな。分不相応な場所に居たのだから、仕方が無いな。』

 「武器が落ちてますが、拾っていきますか?」

 『貰っておくか。[アポート][ディメンションホール]この武器は、合金じゃないんだな。ミスリルの刃だが、ミスリルってのは、合金にしないと柔らかいんだけどな。』

 「魔法の付与もされていないんですか?」

 『何も付いて無いよ。意味が判らん。』


 ミスリルという金属は、魔力の通りがいいので、通常は魔剣や杖等に使われる事が多いのだが、柄が鋼鉄製で穂先だけがミスリルになっていると、手元で魔力を通そうとしても、鋼鉄が魔力の通りが悪い為、ミスリルの刃まで魔力が届かない事になる。

 鋼鉄よりも硬いという理由でミスリルを使っていたとしても、正直、ミスリルの無駄遣いとしか思えない。

 槍の穂先に使うのであれば、柄の中心にミスリルの細い線を入れて、グリップの一部に露出させて、穂先のミスリルを鋼鉄で挟み込んでやれば、魔力を通すだけで折れず曲がらず、よく斬れる良い槍になっただろう。

 まぁ、あの男では、扱いきれないだろうが。

 


 『カノエ、別フロアに居たS級冒険者が昨日の奴か?』

 「いえ、違います。」

 『あれ?じゃぁ昨日のアレは、単独でこの階層まで来たって事か?』

 「判りません。別のフロアから転送されて来た可能性もあるかと。」

 『あぁ、そういう罠もあるのか。中々に凶悪だな。』

 「この階層に飛ばされるという情報はありませんが、1階層も全域が踏破されている訳でも無いので、どこかにあるのかもしれませんね。」

 『あの広さでは、そうだろうな。』


 1階層目の入り口が、城の謁見の間にしか無いとすれば、10㎞四方のエリアを踏破するのは、当分先の話になるだろう。

 右往左往しながら端まで行けたとしても、帰りの食料がほぼ持たないだろう。

 しかも、通路の景色は殆ど変化が無く、目印も無いともなれば、マッピングするのも難しい。

 ゴブリンがどの程度の頻度で遭遇するのか知らないが、休憩や野営も必要となれば、交代で見張りをしながらの探索では、体力的に難しそうだ。

 マジックバッグが一般的な装備では無いので、持てる食料にも限度があるのだから、干し肉と焼き締めた黒パンになる。

 問題なのは、栄養が偏る事もそうだが、水を確保するのが難しいという事。

 大量の水を持ち歩く事ができないから、水魔法で出すという選択肢になるのだが、魔法自体も未熟な者が殆どとなれば、水筒の分しか持ち歩けないという事になり、1日でほぼ飲み切ってしまう量しか持てないのだ。

 その結果、探索期間も1日で精一杯という訳だ。


 『水を出す魔道具を作ったら売れそうだな。』

 「まだ稼ぐんですか?」

 『バネナ王国が売れば問題無いだろ?』

 「この街の商人が儲けるだけになりませんか?」

 『所有者登録させればいい。登録を解除すると、壊れる様にしてやれば、転売できなくなるし、王国直営のショップで売り出せば、襲撃もできないだろ?』

 「売上自体が、それ程多くならないのでは?」

 『他のアイテムも売ればいい。ポーションとかコンロとか糧食とか。』

 「それならやってもいいかもしれませんね。」

 『王都に戻ったら、陛下に提案してみよう。』


 アルティスが商売を考える事には意味がある。

 その理由とは、バネナ王国は現在赤字状態にあるからだ。

 本来は税収によって運営されるのだが、殆どの領地が徴収した税金を納めておらず、領内の情勢も不安定の状況にある。

 前王の執政により、貴族制となって税率が自由裁量となっていた為、高い税率で苦しめられていた領民が、今も尚、苦しんでいるのだ。

 税率を下げたとしても、直ぐに経済が好転する訳では無く、暫らく時間がかかるのだ。

 前の世界でも、税率が上がれば即座に市場価格に反映されるが、税が廃止になっても下がるまでに時間がかかっていた。

 何故時間が掛かるかと言えば、原材料の価格が下がっても、始めは売値を維持して不足分を回収しようとするからだ。

 今まで苦しい思いをして生活をしていたのに、税率が下がったからと売値まで下げてしまうと、苦しい生活が続いてしまう事になる。

 それを回避する為に、売値を維持して生活に不足している分を回収する為に、暫らくは安くなる事は無いだろう。

 そして、普通の生活水準になった頃に、更に儲けを増やそうとして安売りを始める者が出てくれば、物価が下がり始めるという訳だ。

 何にせよ、国内が安定して来ない事には、税収が増える事は無いだろう。

 減税の効果が出てくるまでに、最低でも半年はかかると予想しているので、当面は税収以外の収入源を模索する必要があるという事だ。

 アルティスが以前見つけた、魔力鉱石を市場に出せば、儲かる事は想像に難くないのだが、一度に大量に流せば価格は下落する事となり、それを防ぎながら売るとなると、国家予算を補う程の量を売るのは難しいと考えている。

 また、国家予算を確保する事も大事だが、国内の産業を発展させる事や、活発にさせる事も同時に進めなければならない為、アルティスの得意とする魔道具の作成と販売を行う店をやろうと思ったのだ。

 魔道具師の育成と、商売のノウハウの蓄積、警備や警護の訓練と、エネバーの販売促進、干し肉の販売と生産強化に貢献できると考えれば、やらない手は無い。

 ついでに、ダンジョン攻略部隊の拠点とする事で、長期的な作戦遂行が可能になるのだ。


 「どんな物を売るんですか?」

 『マジックバッグを利用した水筒とか、エネバー、干し肉、各種ポーション、携帯コンロ、水を出す魔道具、結界を作る魔道具、対アンデッド用のライト、毒ガス用のヘルメット、温度調節機能付きの外套とかだな。』

 「武具は売らないんですか?」

 『職人が居るなら売ってもいいが、材料の確保が難しいな。』

 「冒険者の武具の下取りで賄えないんですか?」

 『鉄ってのは、再度利用する場合には、徹底的に不純物を取り除いてから、再び鋼鉄になる様作り直さないといけないんだよ。そのままでは、色んな物が混ざっているからな。』

 「溶かして、形を整えるだけでは駄目なんですか?」

 『駄目だな。何が混ざっているのかをきちんと把握しなければ、何度も溶かす羽目になるんだよ。』

 「錬金術で分ければいいのでは?」

 『できる奴が少ないんだよ。正しい知識を持っていないと、分離するのは難しいんだよ。』

 「ハードルが高いんですか?」

 『錬金術の中では、ダントツに高いな。』


 錬金術で、金属を分離する場合、一種類ずつ分離するのは容易いが、数種類を同時に分離するのは難しいと言える。

 しかも、市井(しせい)の武具の場合、質の悪い鉄を使っている場合もあり、不純物を多く含んでいる場合もあるのだ。

 そして、それら不純物を完璧に取り除くには、不純物自体を知らなければ、取り除く事ができないのだ。

 では、不純物とは何かというと、金属以外では硫黄やマンガン、カルシウムなどが含まれている。

 特に魔獣の爪や歯を混ぜ込んでいるケースもあり、その場合は溶解すると魔獣の効果が消え去り、不純物となってしまうのだ。

 魔獣の爪や歯、骨などを混ぜ込む意味とは、その魔獣の体に含まれている魔力を含む体組織を混ぜる事で、魔力を保持する事が可能となり、硬度が増すのだ。

 だが、再度溶解すると、魔力が霧散して消え去り不純物として残る事で、質の悪い鉄に変わってしまうのだ。

 そして、何を混ぜ込んだかによって、含まれる不純物の種類が変って来る為、含まれる可能性のある不純物を念頭に入れて、錬金術を発動しなければ、分離されずに残ってしまうのだ。

 例え、鍛冶スキルを習得していて、金属鑑定ができるとしても、知らない物質は?マークになってしまい、取り除く事ができないという訳だ。

 ただ、溶鉄の状態の時に、軽い不純物が浮いてくるので、それを取り除いてしまえば残るは金属だけとなり、分離する難易度がぐっと下がるのだが、殆どの鍛冶屋が高炉すら持っておらず、(ふいご)を使ったたたら製鉄の様な低温還元での製鉄を行っている。

 だが、その方法は、大量の木炭を使用する事から、製品の価格高騰の原因にもなっているのだ。

 だから、どうせ売るのであれば、錬金術を利用して、安く高品質なインゴットを作って売った方が、儲かるという事だ。


 『鉄のインゴットでも作って、錬金術師の育成を行うか。』

 「インゴットはどうするんですか?」

 『売ればいいだろ?鍛冶屋に。』

 「店先で売るんですか?」

 『そんな事をしたら、転売されて利点が無くなるじゃないか。直接鍛冶屋に売り込むんだよ。』


 最初から鋼を売ってしまえば、変な不純物の入った鉄になる事は無くなり、全体的に品質の向上に繋がると思うので、いい手かもしれない。

 ダンジョンとは関係の無い話題を話しながら進んでいると、クールと共に先行してモンスターを狩っていたミュールが、階段を見つけた。


 「階段見つけた!」

 『お?やっと見つけたか。』

 「どこにあったんですか?」

 「小部屋の中にあった。」

 『道理で見つからない訳だ。まぁいい。さっさと降りよう。』


 17階層に降りると、そこは洞窟から一変して薄暗く(もや)がかかった沼が広がっていた。


 『随分と様変わりしたな。脇の水たまりは毒沼になっているらしく、主な毒成分はクラーレの様だ。飲むのは問題無いが、傷口に入ると麻痺する可能性が高いから、気を付ける様に。』

 「了解」


 クラーレとは、アルカロイド系の毒成分で、アマゾン流域の原住民が、矢毒として利用していた毒の総称だ。

 口にしても消化管からは吸収されず、毒に侵された肉を食べても、問題が無い。

 血液に混ざる事で罹患し、症状は運動神経の機能不全で、筋肉が弛緩する事で、横隔膜が弛緩すれば呼吸困難で死ぬ事もある。

 前の世界での内容はこんな感じだった。

 こちらの世界でも、同様の毒成分として、痺れ薬の原料に利用されている様だ。

 材料は、ポイズンスネークの毒袋や、ポイズンリザードの毒袋から採れるらしい。

 痺れ薬も大量に吸い込んだり、使ったりすれば死ぬ事になるのだが、魔法のパラライズでは死ぬ事は無い。

 魔法のパラライズは、筋肉を弛緩させるのではなく硬直させるのと、神経では無く、内臓以外の筋肉に作用する為、肋間筋の硬直で多少苦しくはなるものの、死ぬほどでは無いのだ。

 そして、筋肉の硬直とは言っても、()る様なものなので、激痛に耐える事ができれば、動けなくも無い。

 無理に動くと肉離れになって、その後の活動にも影響が出るので、ヒールポーションやMPに余裕が無い時は、素直に固まったまま治まるのを待つ方がいいだろう。


 「何も出て来ませんね。」

 『この階層は多分、設計ミスなんだろう。』

 「設計ミス?」

 『水溜りの底には、ニードルウィードが見えているから、モンスターが歩くと動けなくなるんじゃないかな。』

 「ケルピーなら歩けるんじゃないですか?」

 『そんな上位の魔獣が、こんな低層階に居る訳無いだろ?』

 「そういう事ですか。」


 ケルピーという魔獣は、水辺に棲む馬の魔獣で、性格は大人しい。

 見た事は無いので、一度は見てみたいのだが、滅多に雨の降らないこの世界では、淡水の湖が珍しく、魔の森以外では見た事が無いのだ。

 魔獣のランクについては、冒険者ギルドが強い順にランク付けしている他に、魔獣の種類を分類した本によると、獣に近いと弱く、精霊に近くなればなるほど、強くなる傾向が強いそうだ。

 精霊に近いというのは、姿形(すがたかたち)の事では無く、精霊魔法を使えたり、精霊の眷属であったり、精霊の近くに棲息していたりする事だ。

 精霊というのは、この世界の全てを司る自然の力そのもので、その力に意志を宿らせた神の眷属であり、自然の守手(まもりて)でもある存在だ。

 自然の破壊者である人間や魔獣は、基本的に嫌われていて、滅多に姿を見る事は無いそうだ。

 精霊魔法とは、その精霊が持つ膨大な魔力の一部を借りて行使する魔法で、力加減が難しいそうだ。

 精霊は、魔力を使わなければ姿を見せる事ができず、精霊と契約する場合には、魔力の一部を渡さなければならず、最低でも1万は必要になるらしい。

 人間が精霊と契約するには、最低でも500以上のMAGが必要になり、MPを渡すと残MPが1%を割る為、瀕死状態になってしまうだろう。

 バネナ王国軍では、MAGがインフレ状態にある為、その程度のMPを渡したところで問題になる事は無いが、一般の人達からすれば、ほぼ不可能と言える。

 ただ、要求されるMPは、人族から要請した場合の条件らしく、精霊側から要請した場合には、もっと少なくなる可能性が高いそうだ。

 要は、自然と同じで、気まぐれって事だ。


 「ぬかるんでいて、歩き難いですね。エアボードで足場を良くした方が良さそうですね。」

 『そうだな。』


 バネナ王国軍の訓練の中で、マラソン中にアラクネ達による妨害が行われるのだが、その中には地面に横糸で作った網を仕掛けるトラップがある。

 上に乗ってしまえば、糸に絡め捕られて罰を受ける事になり、捕まえたアラクネには干し肉が与えられる。

 そのトラップを回避する方法として、エアボードを足の裏に貼り付けたり、エアボードで道を作ったりして切り抜けているそうだ。

 複合トラップは禁止しているよ?横糸で作った壁とか、それを許したら、通り抜けるのは不可能だからね。


 『ワラビ以外は全員使えるな。ワラビはソフティーの背に乗ってくれ。』

 「はい。申し訳ございません。失礼いたします。」


 ワラビについては、例外として扱っている。

 理由としては、ワラビの役目は戦う事では無く、救済が主な役目だからだ。

 魂の救済や人心の救済、浄化を主な仕事としている為、体を鍛えるよりも信仰の力で荒んだ心を落ち着かせてもらう事の方が重要なのだ。

 アルティス自身には信仰する神は居ないが、全ての人々が同様の事ができる訳でも無い。

 ちょっとした幸運で神に感謝し、恐怖や危機を感じれば神に救済を求めるのが普通だ。

 そして、この世界には実際に神が居て、その存在を無視し続ける事は、この世界を否定する事になりかねない為、不可能だ。

 その神と人々を繋ぐための存在として、ワラビが居るのだ。

 ワラビは、人々の心を信仰を通して癒やし、神の力を借りて、人々や彷徨える魂の救済を直接行い、神への信仰を取り戻すのが使命だ。

 運動神経がちょっとアレだとしても、守ればいいだけだ。

 唯一無二の存在を守る為の戦力が、ここには居るのだから。

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