第71話 ネイバー王国に神罰が下った
ネイバー王国の方は、とりあえず謎の病気の原因を突き止めたので、その対処方法を考える事にする。
まず、状態異常によるアメジストの結晶化は、本来体内にある二酸化ケイ素、所謂シリカと呼ばれる物質が水晶化した物で、魔法としては石化から派生した物だと思われる。
遭遇した事は無いが、クリスタルゴーレムの攻撃やクリスタルリザードのブレスを浴びる事で、水晶化する事が知られている。
壺に刻印されていた魔法陣は、その水晶化する現象を真似して作った魔法だと思う。
どうやって魔法陣を確認したのかは知らないが、この壺を作った奴は、石化の魔法を使えるのだろう。
アルティスは、石化の効果はブレスや視線でしか見た事が無いので、状態異常として存在を知っていても、魔法を発動する事はできない。
まぁ、土属性の魔法なので、やろうと思えばできるだろう。
だが、効果自体があまりにも残酷な結果を齎す事になるので、使いたいとは微塵も思っていない。
で、今回問題になっているのは、水晶化という魔法なのだが、体内に含有されているシリカの量が、水晶化してもそれ程の結晶を作れる訳では無い為、魔石を粉にして水に混ぜ、対象者に飲ませて結晶化を促進させているのだと推察する。
何故そんな事をしているのかと言うと、借金奴隷を生み出す為というのが、狙いだろう。
治療と言って、高額費用を請求し、払えなければ借金奴隷として、死ぬまで使役できるのだから、効率がいいのだと思う。
だが、この方法には穴があって、マッチポンプである事を証明してしまえば、借金自体が帳消しにできるので、借金奴隷は全員解放されるのだ。
世界の理である以上、詐欺による借金など、世界が認める訳は無いのだ。
では、どうやってそれを証明するのかと言えば、契約主が詐欺である事を認めるか、その原因を作った奴を捕縛するかだ。
どちらが簡単か考えれば、作ったマッドサイエンティストを捕縛する方が簡単だろう。
ただ、問題点としてあるのが、万能薬を使った際に、何故か一気に症状が進む事だ。
護衛の妹に万能薬を飲ませた時に、体中のシリカが一気に水晶化し始めて、皮膚や関節、爪などが水晶になりかけたのだ。
その原因を突き止めなければ、患者の治療ができないという事になってしまう。
『うーん、何で進行したんだ?理由が判らないな。リズ、使った万能薬はどれだ?』
「使ったのは、病気を治す万能薬です。」
『病気を治す?どの病気に対する万能薬だ?』
「心臓の病に効く?万能薬です。」
『あぁ、それでか。』
心臓の病に効く万能薬とリズが理解している万能薬は、実は万能薬ではなくて、ただの薬だ。
万能薬として渡しているのは、説明しても理解されないからだ。
何に効く薬かと言うと、動脈硬化や血栓などの血液関連に効く薬だ。
これは、酒飲みや甘党が倒れたら飲ませろと言ってある薬で、効能としては血液をサラサラにする効果と、血管の詰まりを解消する効果があるのだ。
頭痛薬に魔法の効果を追加した感じかな。
それが何故、水晶化を促進したのかと言うと、血行が良くなって水晶化が進行している部分に、シリカが運ばれて行った結果、促進されてしまったのだと思う。
まぁ、万能薬とだけ指示したのがいけなかった。
「すみません。私のせいで悪くなってしまったんですね。」
『いや、俺がちゃんと指示を出して居なかったのが原因だ。すまない。妹さんには、痛い思いをさせてしまった。』
「いやいや、ちゃんと治してくれたんだ。有難いと思ってる。妹の病気を治してくれて、ありがとうございます。」
『結果オーライになっただけだ。後は、奴隷契約の件だが、流石に白金貨100枚をおいそれと出す訳にはいかないんだ。だから、少し待っていてくれ。ただ、ここに居ると別の者が来て、お前を連れて戻ってしまう可能性が高いから、別の所に連れて行く。そこにいれば、安全だ。』
「どこに連れて行きますか?」
『亜空間だ。』
「あぁ、確かに安全ですね。」
『解放された奴はもう逃げたから、お前の安全を確保するだけだな。妹と一緒に入ってろ。』
「あくうかん?」
『空間拡張した部屋だよ。外からは見えないから、安全なんだよ。』
「そんなのどこにあるんだ?」
『そこの外壁に作る。壺は貰って行くぞ。』
あばら家の外に出て、街の外壁に亜空間の入り口を作り、中に兄妹を入れて閉じた。
亜空間を作り出す魔道具は、触れない様に空間の天井に貼り付けて、ソフティーの糸でカバーを作って被せた。
『では、大本の所と冒険者ギルドに行くか。』
「はい。」
「冒険者ギルドまで案内するか?」
『必要無い。お前はここで妹が目を覚ますまで待っていろ。大丈夫、すぐに解放されるさ。』
「判った。」
また礼を言いたそうだったのを制止して、外に出た。
『カノエ、調査はどうだ?』
『商人に問質したところ、壺を作ったのは王城にいる魔術師で、タカール商会の手の者だそうです。』
『名前は?』
『エステルです。』
『そうか。マッドフォレストのアイツもそうだったんだな。全く、どうしようもないな。奴の動向は監視しておけ。数日は大人しい可能性が高いが、すぐに襤褸を出すだろうよ。』
『はっ!いつそうなっても良い様に、厳に指示をしておきます。』
『よろしく頼む。』
『お任せ下さい。』
この国の魔術師の名前が同じだったことから、マッドフォレストの魔術師もグルだった事が確定した。
タカール商会がどういう組織なのかは判らないが、ただの商会では無い事は確かだ。
本部を叩けば全て良しとはならないと思うので、一つ一つ潰して行くしか無いのだろう。
エステルは、ホムンクルスでは無かったので、生身の人間だとは思うのだが、知らない魔法で作られた可能性や、クローンの可能性もあるかも知れない。
そう思えるのは、勇者を召喚したヨートンハイム公国が、高度な文明を築いていた為、魔法だけでは無く、科学も発展していただろうと思われるからだ。
ただ、勇者の伝記では、それらの高度な文明の部分がすっぽりと抜けている為に、どれだけの事をやっていたのかが、判らないのだ。
勇者がその文明を滅ぼしたのは、もしかしたら、高度になり過ぎた文明に危機感を抱いた結果なのかもしれないとも思える程に。
伝記の編纂を神聖王国がやっていた事を考えると、かなり改変したんだと思うんだよなぁ。
1000年前の原作とか残ってないかな?あったら是非読みたいんだけど。
「アルティス様、お待たせして申し訳ございません。」
『遅いぞ。気付くまでに何日待たせるんだよ。』
「大変ご迷惑をお掛け致しました。」
やっとワラビが来た。
『向こうは済んだのか?』
「はい。地下にあった悪魔の門は、破壊して参りました。王子の封印については、既に宝珠が壊れていまして、王子は既に亡くなられていました。国王については、どうする事もできませんので、馬人族のペレスさんにお願いして参りました。」
『まぁ、仕方ないな。コルスはどうした?』
「コルスさんは、エスティミシスの暗部の方達を使って、各地の状況の確認と、対処をするそうです。」
『コルス、アラクネが多すぎる様なら、戻していいからな。』
『はい。というか、また仕事をしているんですね。いい加減休んでください。』
『お前に言われる筋合いはねぇよ。』
『私は休んでますよ?基本的に暇ですし。』
『まぁ、隔離していないと臭いからな。』
『酷い!!』
コルスは、コリュスとの呪い合戦を未だに続けていて、地上に下ろすと異臭騒ぎになる為に、空中にある魔道具に亜空間を取り付けて、そこに隔離している。
コリュスには、呪いをかけようとすると自分に帰ってくる呪いをかけてあるのだが、どうやってかコルスの呪いが復活してしまったのだ。
もう面倒くさいから、コルスを隔離して対処する事にしたんだよ。
因みに、コリュスはハンザ領で執事の厳しい説教を毎日聞いているそうで、その鬱憤をコルスに八つ当たりしているみたいだね。
あの二人が同じ場所に居ると、周囲から虫も魔獣も居なくなる程に凄い状況になるから、引き離すしかないという、どうにも対処のしようが無い状況だ。
ほら、王城には獣人が多いから、コルスがいるとみんな一斉に風上に逃げ惑うんだよね。
収拾がつかなくなるから、王城への立ち入りが禁止されてる程なんだよ。
最近は、フィルターを抜けて来るから、困るんだよね。
『さて、ワラビはとりあえず、違法な借金奴隷の方を対処してくれ。』
「違法な借金奴隷ですか?」
『マッチポンプで莫大な借金を背負わせて、奴隷を量産しているんだよ。』
「証拠になる様な物はありますか?」
『この壺だな。水晶化の状態異常が刻印されていて、中に入っている液体は、クリスタルリザードの魔石の粉を溶かし込んでいる。』
「確認します。[アナライズ]間違いない様です。[アナリシス]・・・よく解りませんが、魔石の魔力を使って、水に魔力を含ませている様ですね。大量に作る必要があるので、魔法で生成するのではなく、魔石を利用しているという事でしょうか?」
『そうだな。それと、クリスタルリザードの魔石を使う事で、水晶化を促進している様だな。』
「判りました。聞いてみます。」
ワラビが片膝をつき、祈りを始めた。
すると、周囲からワラワラと人や小動物が集まり出した。
『[ホーリーボックス][ディフェンスバリア]』
念の為と思い、光の箱と防御結界でワラビを包み込むと、寄って来た奴らがワラビを攻撃し始めた。
防御結界は、すっぽりとワラビを囲っている為、地面からの攻撃も全て防いでいるのだが、攻撃者に意識が無いのか、血まみれになっても攻撃を続けている。
『洗脳されている?それだけじゃないな。洗脳と混乱とバーサクか。』
寄って来た者達は、精神魔法と状態異常魔法に因って、ワラビに襲い掛かっている様だ。
『[ディスペル]』
一瞬だけ消えたが、意味は無さそうだ。
『[イレーズ]消えたな。』
て事は、結界を除外して、魔道具の魔法のみを消去する方法で・・・いや、アメジストが原因か?こんな効果があったとはな。
『[パーティキュラー・エフェクトサーチ][バーサク・イレーズバリア]』
とりあえず、混乱と洗脳は置いといて、バーサクだけを消す結界を追加した。
すると、ゾンビの様にのそのそと近寄って来るものの、特に何をするでもなく、ワラビを取り囲むだけになった。
「あ、アルティス様、まだ足りないそうです。」
『ここに集まった群衆を見ても、まだ足りないのか?ここにいるのは、水晶化の症状が出ている者達なんだぞ?何人居ると思ってんだ?ソフティー、ワラビの結界を宙に浮かせられる?』
『できるよー。いくね。』
ワラビを囲む結界を宙に浮かせると、ワラビの視界に1000人以上の人々の姿が写った。
その瞬間、空から街の中央にある城に光の柱が落ちた。
ドゴーン!!
城の一部が砕け、光が収まったと同時に、城の中から使用人や兵士などが、ワラワラと走り出て来た。
街中では、奴隷から解放された人々が、何が起こったのか判らず右往左往していたが、奴隷から解放された事が解ると、焦った様に家々へと駆け出して行った。
水晶化が発現していた者達は、体から水晶が消え去り、病が治った事を喜んだ。
『よし、首謀者に神罰が下ったな。ワラビ、よくやった。ソフティー、ワラビを降ろしていいよ。下に居る男が、顔を赤らめているからな。』
「キャア!?」
「わわわ!?違う!見てない!!俺は何も見てないんだー!」
顔が赤い男達は、変な走り方で逃げて行った。
「この土地特有の走り方でしょうか?」
『男は興奮すると、あんな感じの走り方になるんだよ。ポジジョンが悪い奴だけだがな。』
「ポジション?何の?」
『気にするな。』
奴隷契約に関する誓約には、人が約束を破ったり、誇大解釈で不幸に陥れる様な事をした場合には、神罰を受けると書いてあった。
特に今回の件については、原因を人間が作り、わざとばら撒き、それによる限度を超えた借金を背負わせる事で奴隷を量産していた為に、神が重い腰を上げたのだ。
そこには、ワラビの悲痛な感情が伝わったのも、いい結果を齎した一因だろう。
いい結果とは、神罰だけに留まらず、救済も齎された事だ。
人が原因だったとはいえ、数万人にも及ぶ被害者が居て、彼等の叫びや苦痛に目を向ければ、神が気が付かない筈は無い。
但し、今回もまた何も言わずに終わっているので、どの神が何をやったのかが、よく解らないのだ。
『ワラビ、神の代わりに宣伝してやれよ。どの神の怒りで神罰が下ったのかと、救済した神が誰なのかを教えてやれば、信者が増えるんじゃないか?』
「確かにそうですね。では、宣伝させて頂きます。[ラウンドスピーカー]あ、あ、ネイバー王国の皆さま、聖女のワラビー・ライスケーキと申します。この度、ビオス神にこの街の惨状をお伝えしましたところ、奴隷契約の理の神イシス神の神罰が下り、生命の神ビオス神が救済してくださいました。二柱の神へ感謝の祈りを捧げましょう。神々の救済に感謝致します。」
ワラビの言葉に耳を傾けていた人々が、地面に片膝をつき、手を合わせて祈りを捧げた。
空からワラビに光が降りて来て、神罰でも下るかの様な雰囲気になったが、降りて来たのは髪飾りだった。
『リズ、ワラビを後ろに乗せて、城に行くぞ。神罰を受けた奴を見に行こうぜ。』
「野次馬ですか?」
『ちげぇよ!同罪の馬鹿を捕縛しに行くんだよ!』
「あ、はい。」
まぁ、神罰を受けるとどうなるのか、見てみたい気もするので、間違いではないが。
城の中に入って行くと、屋根にぽっかりと丸い穴が開き、その真下には炭化した死体が4人分転がっていた。周りには魔石を砕いていたと思われる者が、虚空を見つめて座っており、隣の謁見の間にある玉座には、炭化して砕けた欠片が散らばっていた。
『これって、王も一緒に撃たれたって事だよな?タカールとエステルが死んだって事でいいのかな?』
「その様です。向こうの虚空を見つめている者達は、奴隷なので、記憶を消すだけにとどめた様です。」
『記憶どころか、人格も抜けてるきがするんだが、まぁ、その内正気に戻るって事なのかな。』
「今は、神罰を目撃して、ショックになっているのでは無いでしょうか?」
『いやいや、長すぎるだろうが。』
とりあえず、特に気にする必要も無いと思い、城の地下に行ってみた。
地下には当然の事ながら地下牢が存在していて、明かりが全く無かったので、ホーリーライトで照らしてみると、暗闇が大好きな悪魔系の連中が苦しみだした。
「ギャアアアァァァ!」
「グオオオオオォォォォ!」
「[セイクリッドミスト]」
最後の仕上げは、ワラビの神聖魔法だ。
悪魔くん達が消え去ると、残るのは人間を含む人族なのだが、まぁ、予想通り酷い状況だった。
人は、暗闇にずっといると、精神に異常を来たすと言われているが、殆どの人が衰弱状態にあり、悪魔達はその人達の恐怖心をあおって、餌にしていた様だ。
その衰弱している人達の中に、王族の称号を持つ者が居た。
『王族がいるんだが、名前・・・魔族に親戚でもいるのか?』
「どうされましたか?」
『ガッシャーン家って、魔王の側近の名前なんだが?』
「ドンガラ・ガッシャーンさんでしたっけ?」
「ドンガラ・・・知ってるんですか?」
『あぁ、知り合いだ。親戚か何かか?』
「ご先祖様です。未だに生きてる訳が無いのですが?」
『魔族の血が入っているのか。種族は人間となっているから、数百年前の話なのかも知れないな。』
「魔族!?そんな馬鹿な!?そんな話は聞いた事が無い!」
『んー、だがお前のその頭に名残が残ってるじゃねぇか。人間の頭に角なんて生えねぇんだぞ?』
男のおでこの少し上には、小さな瘤の様になった出っ張りがあるのだ。
「こ、これは・・・」
『先祖返りか。血は薄まっても、遺伝子は残る物なんだなぁ。』
「どうされるのですか?」
『外に出すぞ?というか、ここの地下牢には、犯罪者が全然居ないんだよな。全員外に出すか。リズ、状態をチェックして治療してやれ。』
「了解」
『ワラビも行って来い。明かりは、燭台に神聖魔法玉を乗せておけばいいだろ?』
「畏まりました。」
「ちょっと待ってくれ!さっきの魔族がどうとか言う話を聞かせてくれ!」
『こんな所でそんな話をしてもいいのか?他の奴もいるのに。』
ハッとした顔になり、大人しくなった。
魔王軍については、既に解決した事とは云え、1000年以上魔族を敵とみなして来ていたのだから、殆ど情報が来ていないこの国の中で、魔族の血が流れている者を王に担ぎ上げる者等居ないだろう。
その事を理解していれば、こんな耳目の多い所で、そんな物騒な話などできる訳が無いのだ。
地下牢の廊下を歩きながら、囚われている者を確認していると、奥の方からリズと誰かが言い争いをしている声が聞こえて来た。
『何をしてんだ?』
「昔の馴染みに会いまして。」
牢の中には、無精ひげでアル中の中年一歩前くらいの男がいた。
「ああ?何だこの獣は?」
『バネナ王国宰相のアルティスだ。』
「こいつが宰相だって!?笑わせてくれるぜ!こいつを殺しちまえば、俺がバネナ王国の宰相に成れんのかよ。ここでやっちまうか。」
男の言葉にイラついたソフティーが姿を現した。
「うわああああぁぁぁ!?アラクネが何でこんなところにいるんだよ!!」
「アルティス様の護衛だ。殺せる物なら殺してみるがいい。」
「じゃぁ俺がリズの代わりに護衛になってやるぜ!」
『要らん。』
「なんだと!?俺はリズなんかよりずっと強いんだぞ!?」
『・・・どこが?リズなら徒手空拳でも余裕で勝てるだろ。大体、相手の力量も判らないお前に、俺の護衛なんざ務まる訳が無いだろうよ。まずはアル中を治してから、出直してこい。』
ステータスを見ても、一般人と大差無い程度の数値しかない。
「ああ?アラクネの背に隠れてるだけのてめぇに言われたくねぇな!大体、リズはヘタレでオークにビビって逃げたんだぜ!」
『いつの話をしているんだ?』
「私が騎士を目指す前の話です。一時期冒険者をやってましたので。その時のタンクがこいつで、私はアタッカーでした。」
『冒険者ランクは?』
「確か6級になった頃でした。」
6級冒険者でオーク?普通に考えて無理だろ。
駆け出しの冒険者パーティーが、オークなど相手にできる訳が無い。
「こいつは、オークにびびって、俺達を置いて逃げたんだよ!」
『生き残る為には、妥当な判断だな。』
「はぁ!?アタッカーなんだから、オークに手傷を負わせて隙を作るのが仕事だろうが!」
何言ってんだ?こいつ。
『何言ってんだ?それはタンクのお前の仕事だ。一番防御が高いんだから、オークの気を惹きつけて、仲間が逃げる時間を稼ぐのが役目だ。』
「そんな事をしたら、俺が死ぬじゃねぇか!!」
『シールドバッシュ・・・は持ってない、というか盾術すら持ってないじゃねぇか。タンク初心者で、よくオークがいる所に行く気になったな。どうせ過信で突っ込んだんだろうけど、それを冷静に判断できない時点で、お前にはタンクの資格は無いな。』
「そうですね。誘われてパーティーに参加しましたが、この男は口ばっかりで、殆ど役に立っていませんでした。」
『盾を持つ力があるとか、その程度でタンクになろうとしたんだろうが、センスのある奴は、盾で数回魔獣の突進を止めれば、スキルが取れるんだがな。』
「そうなんですか?」
『騎士のタンクもスケープゴートの突進を止めたら、スキルが発現したって言ってたぞ?』
まぁ、実際それをやるには、しっかりとした足腰の強化が必要で、ちゃんと鍛錬を積めば、スケープゴートの突進を止めるのは、簡単なんだとか。
「うるせぇ!パーティーメンバーなんだから、仲間が襲われてたら助けるのが普通だろうが!」
『その時のお前は何をしていたんだ?びびって小便でも漏らしてたんじゃねぇのか?勝てないもんな。アタッカーが攻撃をするには、タンクがちゃんと仕事をこなして、敵の動きを制限する必要があるんだよ。それができてない時点で、攻撃なんてできる隙が無いし、ましてや6級でオークだと?3級でもソロ討伐すらできないのに、6級が攻撃して、手傷を負わせられる訳ねぇだろが。』
「あの時のコイツは、盾ごと吹っ飛ばされて気絶してましたから。」
『気絶してたのに、何でリズが逃げた事を知ってるんだ?』
「さぁ?」
『気絶したフリをして、隙を見て逃げる算段でも立ててたんだろうな。結局その時はどうなったんだ?』
「他のパーティーに助けて貰いました。後で凄く怒られましたけど。」
『当然だろ。叱ってくれたパーティーに感謝するんだな。』
「えぇ、感謝しています。・・・あ」
『ん?どうした?』
「叱ってくれたパーティーの一人がウルファに似ていた気がします。」
『ウルファだったんじゃないか?』
ウルファは、冒険者に登録してから3年で1級冒険者になったが、ずっとソロでやっていた訳では無く、臨時でパーティーに入ったりして、活躍していたのだろう。
リズが騎士になったのは2年程前で、その前に冒険者をやっていたのであれば、ウルファと時期も被るな。
「何で人間の俺が、獣人なんかに感謝しなきゃいけねえんだよ!」
『弱っちぃんだから、助けて貰ったんなら感謝するのは当然だ。その時助けて貰わなければ、今頃オークの糞になってただろうな。』
「そうですね。後でウルファに聞いてみます。」
「クソがっ!」
『自分の力量も判らず、謙虚にもなれず、仕事もできず、口ばっかりで役に立たない。ただのクズじゃんかよ。まぁ、弱い奴ほどよく吠えるんだよ。どこからその自信が来るのか不思議でならないが、鍛錬も何もしていないから、実戦になると何をしたらいいのか判らずに、踏ん張る前に突き飛ばされて、何もできずに仲間が終わらせてくれるパターンだな。今何をしているのか知らないが、冒険者では無さそうだし、何の仕事をしてんだ?』
「何をしてるんですかね?コイツは放置してもいいですか?」
「何でだよ!出せよ!」
『あぁ、こいつは犯歴があるな。窃盗だが、捕縛されたんだろう。勝手に出す訳にはいかないな。』
「ま、待ってくれ!出してくれよ!頼む!」
『無理だろ。犯罪を犯したんだから、この国の役人にでも頼め。俺等はこの国に頼まれた訳じゃ無いからな。勝手に犯罪者を出す訳にはいかないんだよ。』
「覚えてろよ!絶対にぶっ殺してやるからな!」
『はいはい。俺の傍に到達できる事ができるなら雇ってやってもいいが、まぁ、無理だろうな。』
「私が必ず守ります。」
『頼りにしてるよ。』
鑑定で、職業が空欄の奴は初めて見たな。
ゴロツキですら、何かしらの職業が表示されているのに、アイツには何も無かったのだ。
冒険者をクビになった直後だったのかもしれないが、モコスタビアからこの国まで来るのも、結構大変な筈なんだけどなぁ。
『そもそも、冒険者をやっていたのって、モコスタビアでの話じゃないのか?』
「違いますよ。モコスタビアで受けられる依頼は、4級以上の物しか無いので、低級冒険者は魔の森から離れた領でなるんですよ。ホリゾンダル領内では、モコスタビアとナットゥとタックアーンは、中ランク以上じゃないと仕事がありません。私が登録したのは、グレートジョイ領の南にある、ファーフェルト領でした。」
『そこの領内にオークが出るのか?』
「南の国境付近に行けば、出る地域がありますね。ケモナー共和国から来るみたいです。」
『へぇー。そんな話は聞いてないが、冒険者で対処ができているんだろうな。』
「そうですね。ケモナー共和国の冒険者もいますから、特に問題は無いのだと思います。」
国境が、何の目印も無い平原や森の場合は、明確に国境が示されている訳では無いので、街に無断侵入さえしなければ、密入国とは見做されない。
特に、冒険者は登録証を提示すれば、自由に出入りできるので、国境付近ではケモナー共和国の冒険者とバネナ王国の冒険者が入り混じって、討伐をしているのだろう。
冒険者登録は、成人前から可能らしく、10歳でも登録は可能なのだそうだ。
但し、12歳未満では外壁の周辺での狩りや野草の採取が主で、森や山に入って魔獣を狩る様になるには、12歳以上で且つ冒険者ギルドの実技試験に合格した上で、パーティーを組んでいなければ駄目なのだそうだ。
獣人の場合は、5歳から狩り系の依頼を受けられるそうだ。
運動能力が全然違うのと、獣人は成長スピードが速いからね、人間には大人と見分けが付かないからだと思うよ。
リズは13歳で登録して、アレに誘われてパーティーを組んだものの、タンクが役に立たないので、6級に上がるまでに、1年かかったそうだ。
真面であれば、3カ月もかからず上がるのにだ。
そうこうしている内に、地下牢から犯罪者以外の解放を済ませた。
『狼人族3人を一時的に派遣する。炊き出し要員だ。ネイバー王国で今日だけ炊き出しを行う。』
『準備完了。』
『[ワープゲート]』
「我ら3人炊き出しせ『そういうのはいいから、準備しろ。』はい・・・。」
またポーズ取りそうだったけど、阻止してやった。
今回の炊き出しで使う食器は、王都で子供達が作った木工の器で、大量生産しているので、一つ銅貨5枚程度で売っている物を配布する。
一応回収して、クリーンをかけてから再使用するんだけど、毎回炊き出しを行うたびに、器が幾つか返却されずに持って行かれるので、コストダウンの為に作ってもらっていたのだ。
手動の旋盤を使って作っているので、手彫りと比べると、仕上がりはかなり上質に見える程だ。
動力は、じっとしているのが苦手な、犬系の獣人や、げっ歯類系の獣人が、回し車で走って回している。
運動不足にならない様に、試しに作ってみたら、長蛇の列になる程の人気のアトラクション?になったんだよ。
作ったのは技巧系の子供達で、アルティスは仕組みを教えただけだ。
何度か失敗があった様で、軸が外れて転がっていったり、歯車が割れたりしたそうだけど、今は問題無く動いているそうだ。
小型化して動力を別の物にすれば、工房を作る事が可能なんだけど、今はまだ、回し車を無くすのも、小型化するのも無理だから、運動場の方で作ってもらってるよ。
『炊き出しは狼人族に任せて、冒険者ギルドに行こうぜ。』
「私は炊き出しの方を手伝っていても、よろしいでしょうか。」
『あぁ、いいぞ。』
ワラビは炊き出しの横で、布教活動をやるみたいだ。
カルトになるのは困るけど、朝晩祈る程度の宗教なら、特段気にしたりはしないよ。
そういう心の支えみたいな物は必要だと思うからね。
冒険者ギルドに来てみると、建物はボロッボロで、ギルド員も誰も居なくて、冒険者の姿も無かった。
近くにある露店で聞き込みをしてみた。
「冒険者ギルドは、いつからあんな感じなんだ?」
「あぁ、あれは流行り病が出始めてから、段々あんな感じになっちまったんだよ。借金奴隷が増えすぎて、冒険者が居なくなっちまったからな。肉が出回らなくなって、高額になっちまったから、俺も仕方なくこんな値段で露店をやってんのさ。これでもギリギリなんだぜ?利益も殆ど無いんだ。できれば買って欲しいんだが。」
「10本くれ。」
「毎度ありー!」
ここの串焼き屋は、1本銀貨40枚で売ってるから、外壁の近くの屋台よりも格安で売ってる様だ。
肉は角ウサギの背中の肉で、後ろ足の肉は超高級品になってるらしい。
「冒険者ギルドがあんな状況では、情報を得る事ができませんね。」
『そうだな。この先の街でも同様な感じがするな。今日はこの街で一泊して、明日隣の街に行ってみよう。何か、今日はもう疲れたよ。』
「そうですね。では、護衛を入れた亜空間の近くに作りますね。」
『そうしよう。』
色々あったが、時間はまだお昼を過ぎた頃で、商人の護衛とその妹とお昼ご飯を食べて、ゆっくりと休養を取った。
夜は夜で、法外な借金を背負わせて奴隷を使っていた商人が、血祭りにあげられて居たりと、中々に賑やかだった様だ。
流石に火を放ったりはしていない様だが、商人の店や館は、襲撃に会い、殆ど何も残っていなさそうだった。
因みに、炊き出しでは、夜の炊き出しの時に、ロイヤルゼリー入りのデザートを配っていた様だ。
その頃は、ワラビは亜空間で寝ていたよ。
夕方戻ってきた頃には、疲労困憊って感じだったからね。
翌朝、街から出ようと、西門の所にやって来たら、地下牢から出した王族の男が吊るされていた。
既に死んでいる様で、見物人に確認してみると、タカールに乗っ取られる前の王族も、かなり酷い連中だったらしい。
タカールが攻めてきた時も、戦わずに国から逃げようとしたらしく、折角外に出られたのに、またもや逃げようとした為に捕まって、殺されてしまった様だ。
まぁ、どうでもいいね。
暫らくは荒れるかも知れないけど、それを選択したのは、この国の国民なのだ。
ワラビを国王にしようとする動きもあった様だけど、やる気のない者を祭り上げた処で、良い国なんて作れるはずも無く、結局は守銭奴の傀儡にされて、良い様に使われるだけだ。
それに、バネナ王国が許す訳無いだろ?ケットシーを派遣する?馬鹿言うなよ。
指導者も居ない所にケットシーを連れて来ても、支持される訳が無い。
そもそも、獣人を差別してる人間の国なんだから、ケットシーが国王になるって言った途端、内戦が始まるだろう。
因みに、マッドフォレストのエステルは、ネイバー王国のエステルが神罰で死んだ事を知った瞬間から、部屋に篭ったっきり出て来なくなったそうだよ。
ガウスが部屋から引きずり出そうとしたらしいけど、ケットシーが止めてからは、様子見しているらしい。
『隣の国は何だっけ?』
「ファクト王国ですね。」
『従兄弟・・・とりあえず、行ってみるか。』
「はい。」
ワラビはリズの後ろに乗せてるよ。
バイクの中身は、殆ど空っぽだから、後輪に沿う様に椅子を作って、そこに入ってもらってる。
リズにしがみ付かせると、リズがくすぐったいらしく、横座りでしがみ付く体勢は、ワラビの腰に来るらしい。
この周辺は、都市国家が密集している地域らしくて、馬車で半日進めば着く程度の距離しか離れていないので、あっという間に着いたよ。
この国の中は、思ったより落ち着いていて、借金奴隷もいないし、闇奴隷も見かけない。
ただ、何もしていないのだ。
『解放された直後って感じだな。』
「ネイバー王国の影響でしょうか?」
『多分そうだろ。神罰が下ったんだ、同じ様な事をしている国は、相当にビビっただろうな。』
「これからどうしますか?」
『スルーでいいだろ。この国がどんな選択をするのかは、俺達には関係が無いし、首を突っ込んだ所でヨートンが存在している以上は、面倒くさいだけだろうからな。』
「それもそうですね。では、スルーしましょう。」
という訳で、ファクト王国はスルーしたよ。
メインストリートを進む途中で、リズの前を塞ごうとした奴を何人か跳ねたけど、武器を構えて待ってるんだから、仕方ないね。
ヨートンに向かう途中で、ファクトリアを脱出したであろう商人が、リズのバイクを奪おうとしてきた。
「あの乗り物を奪え!」
『闇奴隷が乗ってるぞ!?』
「成敗してやりましょう。」
ヒュッ!
ガシャン!ガリガリガリ
横を通り抜け様に剣で車輪を真っ二つに斬った。
片側に傾いた荷馬車は馬で曳けなくなり、街道を塞ぐ形で止まった。
「何をする!馬車を弁償しろ!その乗り物を寄越せば、許してやってもいいぞ!」
「全然釣り合っていないだろ。闇奴隷を解放しなければ、神罰が下るぞ?」
「ひいいいぃぃぃ!か、解放する![解放]![解放]!お、お助けを!」
神罰と言っただけで神妙になったけど、別にリズは神ではないからな、助ける義理は無いんだよ。
そもそも、街から逃げ出してる時点で、相応の理由があると言ってる様な物なのだから、助ける必要性も無いんだよ。
護衛は、盗賊の真似事をしたくなかったのか、速攻で逃げて行ったよ。
馬車の中には、商人の妻と子が乗っていたのだが、妻は借金奴隷で、子はその妻の連れ子なのだそうだ。
「あの男を殺して頂き、ありがとうございました。アイツは、私の夫を殺して、私を妻にしました。その時、この子を殺そうとしたので、子が死ねば私も自害すると脅して、殺されずに生かされておりました。」
嘘は無い様だ。
『で、これからどうする?ヨートンに居場所は無いと思うし、ファクトリアにも無いだろ?』
「バネナ王国に戻る事は許されますでしょうか?」
『どこに住んでいたんだ?』
「ヨークバル領のカスターンです。」
ヨークバル領のカスターンと言う街は、領都の隣町である。
領都の名前はヨークバルだったのだが、今はヨークナルに変えてある。
没落した家名そのままなんて、不吉以外の何ものでもないからな。
『元夫はその街で殺されたのか?』
「いえ、ヨークバル領は税金が高くて、生きていけなかったので、脱出したんです。ですが、隣のデーシャバル領でタカール商会の者に殺されてしまいました。」
『そうか。では、ヨークバルへの移住を許可する。キース、そっちに二人の移住希望者を送る。住処を与えてやれ。』
『え?移住希望者ですか?判りました。』
「今のは?」
『新しい領主だよ。持って行く荷物を持て。』
「特にありません。あの男からもらった物は、全部要りません。」
『そうか。じゃぁ、送るぞ。』
シュン
「闇奴隷の方はどうしますか?一応契約主が死んだので、保留になっている様ですが。」
『あの野郎、解放して無いとか、全く反省無しだったんだな。獣人と・・・天空人?』
「て!天空人!?」
『有名なのか?』
「おとぎ話に出て来る人ですよ。天空に浮かぶ島に住む人の事を天空人と呼ぶのです。本当に居たなんて、信じられません。」
『落ちて来たのか、降りて来たのかは判らないが、何か事情があるのかもしれないな。一応保護しておくか。』
この二人の闇奴隷は、どちらも成人しており、解放したら二人の意志に任せようと思っていた。
だが、人間の方は天空人という珍しい種族で、放逐するには問題がありそうだった。
獣人の方は、リンクス族という、こちらも珍しい種族で、山猫の類だ。
とはいえ、成人した獣人なのだから、自由にさせてやりたいと思う。
『隷属は解除したから、行きたい所があれば行っていいぞ。君は自由だ。』
二人は顔を見合わせて、同時に頷くと、シュタッとばかりにアルティスの前に跪き、口上を述べた。
「我ら、天空の里より地上へ降り立った天空の民、不意を突かれて奴隷に身を窶しておりましたが、今より猊下の僕の末席に加え賜わりたく、奏上奉ります。」
『二人共天空関係なのか。うーん・・・まぁ、足手まといにはなら無さそうだし、いいか。カノエ頼むよ。』
「はっ!」
二人の後ろで返事をしたカノエに驚いて、二人が飛び上がった。
「い、いつの間に!?」
「解放直後からです。お二人には、アルティス様のお力に成れるべく、鍛錬をしてもらいますので、まずは研修から。」
「お、俺達は、天空の里でみっちり鍛えて来たから、直ぐにでも役に立てる!」
「イマイチだから鍛えるのですよ。」
カノエの反対側から、今度はヒノエが話しかけた。
全く存在に気付いていなかった様で、息がかかる程の近くに居たヒノエに、驚愕の目を向けていた。
『君らの里がどれ程の能力なのかは知らないが、この周りにはまだ4人隠れているんだよ。そのレベルに達してもらわないと、正直使えないな。』
「武力ではどうですか!?」
『どうなんだ?』
「こればっかりは、やってみなければ何とも・・・」
『じゃぁ、リズは木剣で、二人はナイフでやってみようか。』
「二人でも敵わないと?」
『判らないが、渡したナイフでは、リズに傷を負わせるのはできないからな。』
「では、やります!」
『始め!』
カカカン!カンカン!カカンカンカン!
「ハァハァ、何て実力!」
「ハァハァ、無理かも・・・」
二人は、開始と同時に左右に分かれ、ほぼ同時に攻撃を仕掛けるが、木剣でナイフの向きを変えられて、色んな方向から斬りかかろうにも、振りかぶった時点で木剣が飛んで来るので、真面な攻撃ができずに実力の差を思い知った様だ。
少し前までは、ダメダメだったリズが、ここまで実力を伸ばしてきたのは、獣人やコボルト達との訓練が原因だろう。
獣人達は、トリッキーで立体的な動きで相手を翻弄し、力の乗った攻撃で打ち倒すスタイルなのだが、豹人とコボルトの攻撃は、視線誘導とテレポートとディメンションウォークを組み合わせて、攻撃をして来るのだ。
その攻撃を捌けるようになれば、今の攻撃を捌くのは簡単な事だろう。
そして、アーリアの剣捌きを見切る訓練も続けて来たのだから、多少早い程度では、避けるのは簡単なのだ。
剣速だけで、鎌鼬を出せるアーリアの剣捌きは、伊達じゃないのさ。
『不意打ちは止めておけ。怪我するぞ。』
模擬戦を止めていないので、油断させたところを狙って撃とうとした一撃をアルティスに指摘されて、驚いた様だ。
「訓練を受け入れます。我らでは太刀打ちできないのは、理解しました。」
『天空の里か。隠れ里みたいな物だとは思うが、外の世界を知らないと、本当の実力を計れないんだよ。どうせ近隣の村や街では通用するから、強いとか思ったんだと思うけど、井の中の蛙大海を知らずだな。』
「その言葉!?意味は解るのですか!」
『井戸の中に入れるカエルが居ないから、想像できないんだろうけど、井戸の中に住むカエルは、外の世界を知らないから、自分が一番強いと思っている。外の世界には、大きな大きな海があるって事を知らないって事だな。まぁ、君らの実力は、闇奴隷にされている事から、推して知るべし。意表を突かれた?忍はあらゆる可能性を考えて、最善の選択を常に迫られる存在。そこには意表など存在せず、どんなに僅かな可能性でも、その可能性をも想定して動くべし。とは言っても、そんな事ができる者は、極少数しかいない。だからそれを会得する為に訓練をするんだよ。君らの意表は、甘えと驕りだ。もっとこの世界の理を知るべきだな。』
天空人がどんな所に住んでいるのかは知らないが、彼等は普通の人族で、生活習慣としてのスキルを有している様だ。
だが、今も使っている様子は無く、生まれた場所で生きていく為に必要だから覚えただけで、特に訓練などはしていないのだろう。
彼等の生活習慣とは呼吸法の事で、どんなに激しく動いていても、落ち着いているかの様な呼吸ができるというものだが、少し動いただけで、息を荒くしていた。
前の世界でも高地トレーニングやフリーダイビングで、その手の呼吸法を会得している人は居たので、珍しいスキルではあるものの、それ程熟練している訳では無い様だ。
種族名から察するに、高地に住んでいる人族なのだろうとは思うが、住んでるだけで会得したスキルだから、それ以上の鍛錬はしていないのだろう。
例えば、高地に住む人達は、薄い酸素を取り込むために、肺活量が自然と増えて、心拍数が減るのだが、地上に降りても高地と同様の呼吸を続けていれば、地上の空気に慣れてしまい、それ以上熟練度が増える事は無くなってしまう。
だが、地上で呼吸を抑え続ける事で、熟練度を上げる事は可能で、それは呼吸を意識する事で、初めて持続できるのだ。
人族とは、適応能力の高い生き物ではあるが、それは劣化も含めての話であり、何も意識せずに続けてしまえば、たとえ生活習慣であったとしても、劣化してしまうのだ。
『折角いいスキルがあるんだから、それをもっと昇華できるように鍛えろよ。地上に慣れるな。今のお前等では、里に戻った時に苦しい思いをするだけだぞ?』
「彼等はハンザ領でいいですか?」
『あぁ。執事にみっちり仕込んでもらえ。』
「了解」
『[ワープゲート]行って来い。』
彼等の名前を聞くのを忘れていたが、鑑定では人間の方がシデンで、リンクス族がシウンと言う名前だった。
和風な名前なのは、勇者の仕業かもしれないし、それ以前に転移者か転生者が居たのかもしれないね。
次はいよいよヨートンなんだけど、近くの丘から様子を窺ってみた。
巨大な遺跡の一画に街があって、その街のすぐ横から膨大な魔力が吹きあがっているのが見えた。
『・・・あれ、やばくね?』
「あれが爆発したら、どのくらいの被害が出そうですか?」
『マッドフォレストまで消し飛ぶんじゃないか?』
「どうにかならないんですか?」
『近くに行ってみないと、何とも言えないな。禍々しさは無いが、少し闇属性が混ざっているな。あれの基は・・・地下に何かを・・・捕えている?』
まだ遠すぎて魔力視も振動感知も使えないが、膨大な魔力が、地下から吹きあがっているのは視える。
となれば、あの地下には魔力を生み出す何かがあるという事だ。
「何かがいるんですか?」
『地脈に接続するか、ドラゴンを使うかくらいしか、魔力炉で魔力を生成する原因が無いからな。無から魔力を作り出すのは、不可能なんだよ。』
「ドラゴン・・・倒せそうですか?」
『単色のドラゴンなら余裕だけど、エンシェントとか神獣の類は判らないな。1000年以上もあそこに捕らえられたままの奴が、真面だとも思えないしなぁ。』
『あれは、鉱物系ドラゴンで、オリハルコンだね。どうやって捕まえたのか知らないけど、アイツのブレスを浴びると、オリハルコンに変わっちゃうんだよ。』
ソフティーが魔力を感じて、埋まっている者の正体を明かしてくれた。
ブレスを浴びると、オリハルコンに変わる?石化系の能力か?だが、大体判った。
『金蔓だな。』
「『え?』」
「まさか飼うなんて事を考えてませんよね?」
『あれは無理だよ?アルティスでも無理だよ?アイツのブレスで、アマーティスとスクナービクがああなったんだからね?』
『え?月の表面の明るい方は、全部オリハルコンなの?あの範囲をブレスで・・・、距離があるから広がった可能性はあるにしても・・・伝説としては、面白い話だな。』
アルティスは、誇張された話として、スルーした。
アマーティスとスクナービクがどれ程の距離にあるのかは知らないが、実際問題として、そこまでブレスが届くかどうか怪しいのと、惑星の半面全体を覆う程のブレスなど不可能だ。
小さな礫が沢山転がっていて、その反射光だったとしても、明暗がはっきり分かれる事等ある筈も無し。
遠すぎて凹凸の変化が見えにくいとしても、境目がデコボコにならない理由が判らないし、暗い部分の説明がつかない。
つまり、太陽の光の反射で光っているのであれば、暗い方も見えるのが普通で、あの月の暗い部分は、影の様に真っ黒にしか見えないのだ。
万が一、本当にドラゴンのブレスで光る様になったのであれば、その前はどうやって月を認識していたのか。
スクナービクも同時にブレスを浴びたのなら、アマーティスにスクナービクの影が無いのはどうしてなのか、理由が付かないのだ。
スプレーアートで、惑星や月を描く時に、丸い物を被せて塗料が塗られない様にする、あの効果がアマーティスに無い理由も判らない。
横並びの時にブレスが来た?じゃぁ、隙間を通り抜けたブレスは、重力に引き寄せられずに通り抜けたと?ブレスを吐いた直後に色が変わったと言うのなら、そのブレスの速度は、光より早いって事になるよ?どうやってブレスを認識したんだ?光の筋が見える程の時間照射された?そんなの避けられないし、地上で吐かれたら地形が変るどころの話では無い。
ブレスを浴びたあらゆる物がオリハルコンに変わると言うのなら、吐いた瞬間に空気もオリハルコンに変わり、ボトボト落ちて来るし、次の瞬間には、暴風が惑星全体で吹き荒れるだろう。
ましてや、惑星を破壊できる程の力など、神であっても持っていないのに、そんな神をも超える様な存在を作る理由が無いのだ。
『オーベラルが本当にそんな奴を作ったと?神界をも破壊しかねない存在になるのに。』
「魔神が作ったとか?」
『魔神にそんな能力は無い。眉唾もいいとこだよ。あり得ないって断言できるね。そもそも、ブレスでオリハルコンができるのなら、一度は地上に吐いたって事だろ?なのに何でオリハルコンが少ないんだ?』
「さぁ?」
『ワラビはどう思う?』
「嘘だと思います。」
ワラビがキリッとした顔で言っているが、髪がすごい事になっていて、笑いそうだ。
『ワラビ、髪がすごい事になってるぞ?ヘルメット被れって言ったのに、被って無かったのか。』
「グチャグチャですね。メデューサみたいになってますよ?」
この世界には、サラサラヘアなんて無いから、強風に煽られるとボッサボサになるんだよ。
リンスを使ってはいるけど、結局は油だからね、ポマード使ってる様な物なんだよ。
で、その油という物は、埃や砂をよく吸着するので、バイクの後ろでヘルメットも被らずにいると、色々と絡まってメデューサの頭みたいになるんだよ。
舗装された道なんて無いからね。
「とても重たいです。」
『ウォーターボールで洗えよ。汚過ぎて触る気にもなれない。』
「がーん。すぐに洗ってまいります。」
外で洗う時は、ウォーターを出して、そこに頭を突っ込んで、ウォーターを左右に回すと洗える様になる。
『うわ、一瞬で真っ黒になったぞ!?どんだけ砂を咬んでるんだよ!』
「凄いですね。あ、蛇が出て来た!?」
『一体、どうなってんだ?その頭。』
まるで、そこに巣穴でも有るかの様に、蛇が出て来た。
一旦、水を入れ替える為に頭を出したのだが、小枝やら小石が絡まっているので、リズが櫛で梳かしながら取り除き、新しいウォーターで洗って乾かした。
『全く、ちゃんとヘルメットを被りなさい。危険だし、また髪が酷い事になるぞ!?』
「はい。申し訳ございません。」
『ワラビ、ポンコツ。』
「ぐふっ」
『というか、顔も茶色いのは泥じゃないのか?ちょっとゴーグル外してみろよ。』
ゴーグルを外すと、ゴーグルの跡がくっきりと出て来た。
「アハハハハハ!顔!顔!」
「洗ってきます。」
顔には、保湿クリームを塗ってるんだけど、保湿クリームはリンスと全く同じ成分で、油を乳化させた物だ。
つまり油なので、埃や砂を吸着させてしまうのだ。
リズに爆笑されて、やっと自覚した様だな。
『さて、泥んこシスターが身綺麗になったから、行きますかね。魔力炉とやらもどうにかできる様なら、してやりたいしな。』
「そうですね。あれが爆発したら大変ですから、何とかしたいですね。」
「泥んこシスター・・・」
街の近くまで進むと、街の外側に何やら大勢の人の姿が現れた。
街に入りたい人々という訳では無く、外側を向いている事から、何かを警戒しているのだと思う。
『何だと思う?』
「我々を警戒してるんじゃないでしょうか?」
「こちらに敵意が向いていると思います。」
『蹴散らす?』
『ソフティーが出るまでも無いと思うけど?』
群集から50m程離れた場所に到達すると、先頭にいた人間とは思えない様な巨大な玉が近づいて来て、無言のまま持っていたモーニングスターを振り上げた。
「遅い。」
キンッ
リズが鉄球を鎖から断ち切り、鉄球が明後日の方に飛んで行くと、鎖の繋がったグリップを持ったまま逃げて行った。
『何しに来たんだ?』
「さぁ?」
リズが前に進むと、別の男が出て来た。
『殺さずに制圧して。』
「了解」
「舐めんな!うおりゃあああぁぁ」
ヒュヒュヒュ
ガランガランガラガラ
男がバスタードソードを振り下ろしたが、リズが右足を引いて半身になって避け、地面に到達する前に4分割した。
ってか、バスタードソードの中が空洞になってるぞ?ある意味凄い技術だとは思うけど、実用性皆無だな。
「・・・中心が空洞とか、幾らで買ったのか知らんが、騙されてるぞ?」
「金貨30枚もしたのに!!」
「高いな。ただの鉄製で、その値段は高い。バネナ王国なら金貨5枚で買えるな。」
「鉄製じゃねぇ!ミスリル製だぞ!!」
「ミスリル製とは、こういう色合いになるんだぞ。転がってる剣だった物と見比べても、全然違う。」
リズが腰に挿していたミスリル製のナイフを見せてやると、男は武器屋に騙された事を知った様だ。
ミスリル製の武器は、鉄との合金であっても、ほんのり青みがかった銀色になるので、判り易いのだ。
「何をしておるのだ!纏めてかかれば制圧できるだろ!早くやるのだ!」
「悪いな姉ちゃん、雇い主がそう言ってるんでな。」
リズの周りにいた連中が、一斉に飛びかかった。
「ごっ!」
「がっ!」
「げえっ!」
短い呻き声と共に、ポンポン舞い上がる男達を眺めていると、近くに飛ばされた男がアルティスに掴みかかろうとした。
『悪いが、向こうに行っててくれ。』
ドカッ!
掴もうとした男の顎に、前蹴りがクリーンヒットして、3m程の高さまで打ち上げられてから、地面に落ちた。
リズの周囲には、数十人の男が倒れており、全く歯が立たないので、攻撃の手が止まった様だ。
『リズ、下がれ。俺がやる。』
「すみません。」
『気にするな。数が多すぎるだけだよ。[ショックウェーブ]』
ズドドド!
数百人の群衆が一斉にひっくり返った。
『[スライドソール]』
「うわっ!?滑る!」
「うおっ!た、立てない!」
ひっくり返った奴らの靴底を滑る様にしてやった。
地面は砂利混じりだが、魔法で滑るようにすると、地面と靴底の間に滑る層が形成されて、どこに居ても滑るようになるみたいだ。
『さて、街に入るぞ。』
「邪魔な奴はどかします。」
街道の上に寝そべっている男の首根っこを掴み、無理やり立たせてから、尻を蹴飛ばして横たわる奴らの上を滑らせて排除し始めた。
途中で誰かが起き上がると、躓いて飛ばされている。
ぶつかった奴は足だけだが、ぶつかられた奴は、脇腹や頭に当たって痛そうだな。
『ソフティー、殺さない様に気を付けてね。』
『ううー。』
アルティスに注意されて、ソフティーは不服そうだ。
だが、殺さなければいいとばかりに、手を伸ばした奴の手を蜘蛛の足でザクザクと刺し貫いている。
空間把握能力がある者は、そこにアラクネがいる事に気が付いて、近くに来ても、じっとして見ているだけにしている。
『[ヘビーフォグ]』
周囲一帯に濃い霧が立ち込めた。
街の外壁の上と地面に横たわる男が、弩で狙っていたのだ。
だが、急に濃い霧がたちこめた為に狙いをつける事ができなくなり、諦めた様だ。
門をくぐり街の中に入ると、そこにも数百人が待ち受けていた。
『面倒くさい。[スライドソール]』
「うわわわ!なんだ!?ちょ!」
ガシャン!
「わー!ズボンにしがみ付くな!!脱げる!」
キャー!!
面倒くさいので、スライドソールで処理をしたら、阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
庶民達は、野次馬で集まっていたが、突然の出来事に驚きつつ、爆笑している。
何せ、大男が生まれたての小鹿の様に、足をプルプルさせて武器や壁にしがみ付いているのだから、笑わずにはいられないようだ。
「どこに向かいますか?」
ドカッ!
『そうだな、王城でいいんじゃないか?』
バキッ!
「了解」
ドコッ!
話ながらも、足元で邪魔をしようとする奴を蹴飛ばしている。
門前の広場の一番奥に、地面に座り込んだ馬と、動けずに立ち往生している馬車があり、その中にはヨークバルで見た商人が居た。
『ヨーク・タカールがいるな。こいつに案内させよう。どうやってそっくりな奴を揃えているのか知らないが、ヨークバルで見た奴と瓜二つだな。』
「変装しているのではないですか?」
『そんなにこの豚の姿を気に入ったってか?特殊な趣味過ぎるだろ。』
「人それぞれですから。」
「この姿は、偉大な王のお姿だぞ!」
『この国も豚王がいるのか。』
「ぶ!無礼者!」
『王の姿を真似て、意地汚く、汚名を広める様な事をしてるお前の方が、無礼者じゃないのか?』
揚げ足取ったら、真っ青になったよ。
というか、悪事に加担している事を自覚してんのか。
救えない奴らだ。




