表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/99

第70話 インフラ整備といくつかの懸念

 『おっと、忘れる所だった。タカールのマジックバッグの登録解除をやっておくのと、使用人用の保護アイテムを作るよ。』

 「できるのですか!?」

 『多分ね。やった事は無いけど、多分マスター管理者が解除できる様にしてあるだろうから、そこを書き換えてしまえば、問題無いと思うよ。』


 確証は無いものの、魔法である以上は魔法陣があって、それを解析する事で解除する方法も見えて来ると思うんだ。


 『[アナライズ]フムフム・・・[アナリシス]ホウホウ・・・[モディファイド・マジックサークル]』

 ジャラジャラジャラ

 「開いた!?」

 『まぁ、簡単だったな。認証と言っても、単に台詞を使ってロックしていただけだったよ。』

 「というと?」

 『決まった台詞を言えば、誰でも開く事ができるって事だよ。馬鹿馬鹿しい。この指輪にある紋章は、この国のでは無いんだろ?』

 「これは、タカール商会の紋章ですね。」


 趣味の悪い紋章だな。

 積み上げた貨幣の絵なんて、身に着けたい奴いるのかよ。


 『だろうと思ったから、開くセリフをマヌケの巣窟タカール商会に変えておいたよ。中身を全部出したら、この指輪はもらって行くな。代わりにこれをやる。』

 「これはマジックバッグ!?」

 『国の金はこれに入れておけ。そんで、身に着けるのはこっちだ。ワイバーンの革でできているから、身に着けている以上、盗まれる事は無いし、お前の魔力を登録するから、盗まれたとしても開く事は不可能だ。破壊した場合は、即座に切り離されて、金庫の中のマジックバッグに繋がる様にした。この金庫も少し変えるか。今のままでは、タカール商会の密偵に、簡単に開けられてしまうからな。』


 マジックバッグの仕様は、ベーグル用に作った物だ。

 総督に任命すれば、命や物を狙われやすくなるから、盗られない為の防御策だ。


 「そんなに凄いマジックバッグを貰えるなんて・・・」

 『バネナ王国では、兵士はほぼ全員持ってるぞ?入れ物だけなら、ワイバーン1頭から2万個程作れるし、魔法陣もテンプレートがあれば、俺じゃなくてもコピーできるからな。使用人全員に配るから、こっちに来い。売ろうとしても、自分にしか使えないから売れないぞ。それに、これを売っても代金を持ち歩ける入れ物が無いからな。途中でどこぞの商人に奪われて、大損するだろうよ。』

 「マジックバッグなら、白金貨200枚程度では無いですか?」

 『それは、布製とかボアの革製の話だろ?ワイバーンの革製の小物でも、かなりの値打ちなのに、マジックバッグが付いていて、そんなに安い訳ねぇだろ?』

 「確かに。」

 『狡賢い商人なら、弱そうな小娘が、ワイバーンの革製のマジックバッグを持って歩いているのを見て、白金貨2000枚で売れとか言うだろうな。だがそんな金を小娘が持ち歩く事はできないから、店を出てすぐに私兵に襲わせて、金を回収。これで商人はぼろ儲けだ。』

 「でも、それでは普段使いできないのでは?身に着けているだけで危険なのは変わらない訳ですし。」


 いい質問だ。

 エステルも馬鹿では無いという事だな。


 『そこで、このブローチだ。指輪も着けておいてくれ。薬指に着けると、婚期が遅れるぞ?着けられないが。危険な状態に陥ると、コボルト達に緊急連絡が入るから、街の中なら助けて貰える。悲鳴を上げるか、助けてと念じればいい。』

 「コボルトさん達は、強いの?」


 最年少の元奴隷少女が聞いてきた。


 『強いぞ。ガウスよりもな。』

 「コボルトでさえも俺より強いってのかよ。もう世界を征服できるんじゃねぇのか?」

 『何でそんな面倒くさい事をする必要があるんだよ。征服したところで統治できなけりゃ、意味が無いんだぞ?バネナ王国とベーグルだけでも休む暇が無いってのに、そんなに広い国を作って、誰が統治するんだよ。』


 征服した瞬間に、全ての人族が服従するのなら、できない事は無いとは思うが、そんな事は絶対にあり得ない事だから、やろうとなんて思わないよ。

 世界征服なんて、自己満足にも程があるってものだよ。


 「世界の覇者になる気は無ぇって事ですかい?」

 『そんな者になってどうすんだ?このちっぽけな国の中で、商人どもが横暴を働いてるのに、国としての体裁どころか、役目も果たせてないんだぞ?そんな地域を一手に引き受けて、何が楽しいんだ?』

 「頂点に立てたら、気持ちいいじゃねぇか?」

 『その気持ちいいのは、一瞬だけだろうよ。すぐにどこそこで紛争が、どこそこで暴動が、どこそこでスタンピードが、と寝る暇も無く舞い込んでくるんだぞ?逃げた処で、全土を征服したばかりだから、逃げ場なんて無いんだぞ?自分で逃げ場を無くしたんだから当然だな。城に戻れば、詐欺、謀略、暗殺者がわんさかと押し寄せて来るし、側近が偽物だったりもするだろう。そうなれば、何が本当で、何が嘘かも判らなくなるし、一人二人信用できる相手が居たとしても、心休まる時なんて1秒たりともできないだろうな。』

 「そんなの部下に丸投げすりゃぁいいじゃねぇか。」

 『その部下が、自分の知らない所で反乱軍を立ち上げるかも知れないし、各地で反乱を起こしたら?何でもかんでも丸投げする愚王なんぞに、人々はついて来ねぇんだよ。国ってのは人の集合体だ。人が居なけりゃ動かねぇし、飯も食えねぇ。人が居たいと思える国を作らねぇと、人がどんどん離れていくんだよ。そうなれば、寄って来るのは、タカール商会の様な下衆な商人と、自分で動けねぇ奴隷だけだ。奴隷は裏切ら無いが、嫌われてれば言うまで動かないし、商人は金だけ受け取ってとんずらするだろうな。最後にこう呼ばれるだろう。至上最悪のクズってな。』

 「ひいいいぃぃぃ!私はこの国だけで十分です!!」

 「ちょっと悲観的過ぎやしないか?」

 『現状を見てもそう思うのか?城内に居ても暗殺されそうになってるのに、中央大陸全域を支配すれば、そんな事には成らないと思うか?』


 つい先ほどまで、弩で狙われていたし、商人に殺されそうになっていた事を思い出し、他にも同じような国がある事も思い出した。

 弩で狙われた事についても、たまたま防具に当たったからいいもの、頭を狙われていたら死んでいただろう。

 アルティスの部下が敵ならば、知らぬ間に首を掻き斬られても可笑しくないのだ。

 そう考えると、世界征服がどれだけ馬鹿げた話なのかがよく解る。

 それに、ついさっきの話だが、世界は広いって事を思い知らされたばかりなのだ。


 「俺は考えが浅はかだったんだな。酒場で世界征服がどうとか話していたが、確かに征服する所までしか、考えていなかった。」

 『そうだな。って事で、お前は1週間、エステルの仕事を手伝え。治政がどれだけ大変な事かを経験しろ。』

 「うがっ!?本気で言ってんのか!?」

 『本気だよ。他人の仕事なんて、経験してみるまで判らないだろうからな。経験してみろ。お前ら戦士が、戦士として戦えるのは、裏方で寝床から装備まで全部揃えてくれる奴がいて、初めて戦えてるって事を経験しろ。兵士になるのは、その後だ。』


 バネナ王国では、剣も防具も支給しているが、それを作っているのは魔道具部隊で、毎日飯を食えるのは、狩りをしている部隊だという事をわざと見せている。

 例えば、鍛冶屋がいとも簡単に剣を作っている様子を見て、自分にもできそうなんて思ってる奴らは多い。

 だが、真っ赤に熱された鉄が目の前に在るだけで、どれだけ暑いかを知らず、真っ赤に熱された鉄が、どれだけ硬いかを知らないのだ。

 防具を作るのだって、どれだけの工程があって、使う人の為にどれだけ気を使っているのか、どれだけの根気が必要なのかも、知らない奴は知らないのだ。

 だから、それを教える必要があり、教えれば雑に扱おうなんて奴は居なくなるのだ。

 まぁ、必ずしも全員がそうなる訳では無いが。

 だが、他人の仕事をとやかく言う奴には、その仕事をやらせてみるのが、一番手っ取り早いのだ。

 時々、サクッと終らせる奴もいるのだが、お試しの奴に難しくて、他に影響の出る仕事なんてやらせる訳が無いからな、あっさり終わらせたなら高難易度の仕事をやらせるだけだよ。

 それでもあっさり終わらせる様であれば、そいつは当分の間その仕事をやらせる事になるのだ。

 だって、幹部でも無い限り、兵士なんてものは、突然居なくなっても対応できるように育ててるんだから、そいつが居なくても問題など発生する訳が無い。

 寧ろ、士官だったならば、戦死した場合の対応を訓練できて、有難いとまで思えるのだ。


 『さて、城に関してはもう大丈夫だな。あぁ、暫らくはこの外套を着て街に行ってくれ。弩で狙われたら大変だからな。』

 ??

 「私のローブと同じですね。刺突・斬撃・打撃耐性が付いていて、温度調節もできるという優れモノです。」

 『こっちは、認識阻害と隠ぺいも付いているから、誰かに着けられてると思ったら、認識阻害を使ってから、物陰に隠れて、隠ぺいを使えば逃げられるぞ。』

 「あれ?私のローブには付いて無いんですか?」

 『国王が目立たなくてどうすんだよ。寧ろお前は、命を狙われても平然としてなきゃいけない立場なんだよ。』

 「えー、だって、物語では、王子がこっそり街に出たりするじゃないですか?」

 『王子と国王では、身分も立場も違うがな。国王とは、国の顔だ。顔を隠した王なんて、誰が信用するんだ?』

 「諦めろよエステル国王さんよ。国を背負うには、威厳と権威と強さが必要って事なんだろ?」

 『ガウスってもしかして、頭いいのか?』

 「俺を何だと思ってるんだ?」

 『そりゃぁ、脳筋だろ。それ以外に何があるんだよ?』

 「あんた、もう少し遠回しに言うって事を覚えた方がいいんじゃねぇか?」

 『理解してくれない奴が多かったものでね。ズバリ指摘して怒らせても、全部防ぐ自信もあるからな。』

 「・・・手に負えねぇ。」

 『何言ってんだよ!一番最初に脳筋プレイしてたのは、お前じゃねぇか!第一印象がそれなんだから、脳筋と思われるのは、当たり前だろうが!』

 「あー、すまん。忘れてた。」

 『一回、外の泥の中に沈めてやりたくなったぜ。』

 「おっかねぇ・・・」

 「沈めますか?」

 「判った!判ったよ!謝る!謝るから沈めないでくれ!」


 リズが剣に手をかけて脅したら、あっさり謝罪してきたよ。

 まぁ、ケットシーは兎も角として、元奴隷の子達もエステルも楽しそうに見てるから、良しとするか。


 『とりあえず、コボルトと豹人は配置についてくれ。リズとソフティーは、闇奴隷の解放に行こう。あんな無駄な重労働は看過できない。』

 「はい。いつでも行けます。」

 『はーい。』


 ソフティーが返事をすると、元奴隷達がキョロキョロと声の主を探すが、見つからない。


 『あぁ、そういえば、ソフティーが消えたままだったな。外套の効果を知る為に現れてもらうか。アラクネクィーンだから驚かないでくれ。何もしなければ攻撃されたりはしないから。まぁ、君らが攻撃したところで、傷一つ付けられないけどね。[キャンセル]』


 スゥーっとソフティーが現れると共に、元奴隷の一人の姿が変化した。

 姿が変った元奴隷に、視線が集中した。


 「ひっ!?こ、これは!悪気があってやってたのでは無くて、種族を隠す為にやっていたのです!」

 『判ってるよ。人間の街に獣人が一人で暮らして行くのは、大変だからな。だが、ワーウルフだったとはね。名前も偽名かな?ウルファって知ってるか?』

 「ウルファ!?知っているのですか!?ウルファさんに会う為に旅に出たのです!」

 『んー、嘘っぽい言い訳だな。ウルファは冒険者ギルドでは、超有名人なんだぞ?噂くらい聞いた事は無かったのか?ど田舎の街出身の子供でも知ってたのに、居場所を知らないなんて、冗談だろ?』

 「・・・。」

 『ウルファ、ワーウルフを見つけたんだが、自称お前のファンらしいぞ?』

 『そいつは多分、フィーネの妹のフーネじゃないか?フィーネ、妹も家出したのか?』

 『私家出なんてしてませんよ?ちゃんとお父さんに勝ちましたから、家出じゃないです。』

 『何の話してんだよ。フィーネの事なんて聞いてないだろ?』

 『すみません。フーネは、ウルファ兄の木刀を折ったので、逃亡したのです。』

 『ん?木刀?あぁ、アレか。もう要らないから、フーネにあげたんだが。』

 『ええ!?あんなに大事にしていたのに!?』

 『ん?自分で使う武器なんだから、大事にするのは当たり前だろ?』


 会話はそこで終わったのだが、これってフィーネが絶句したんだよな?後でフィーネの刀の手入れの状態を見ておくことにしよう。


 『ウルファは木刀の事を怒ってないみたいだぞ?』

 「何故それを!?」

 『聞いたんだよ。そしたら、不要になったからフーネに渡した。大事にしていたのは、自分の武器だったからだってな。』

 「名前まで!?・・・ウルファ兄に会いたいです!!」

 『フィーネもいるぞ?』

 「やっぱ止めときます!」

 『じゃぁ、ここで働くって事でいいな?』

 「うう・・・はい。」


 別にバネナ王国に連れて行ってもいいんだけど、愛憎劇とか要らんし、ワーウルフの連中が何かを隠しているっぽいからな。

 自分達の問題として処理できるのならそれでもいいが、あいつら、いつも言うのが遅いんだよなぁ。


 『そうだ、フーネ、この国を出て行くのなら、渡した装備は全部返せ。持ち逃げしたら、地の果てまで追いかけて、身包み剥いでやるからな。渡した装備は、全て貸与品だ。持ち逃げは許さん!』

 「居場所が判ると?」

 『当たり前だ。魔力残滓を追って行けば、居場所など丸分かりだよ。』


 まぁ、こういう時に本当の事を伝える奴は、深謀遠慮(しんぼうえんりょ)が足りないと言える。

 何を頼りに追って来るのかが判れば、それを消すだけで逃げ切れるのだから、持ち逃げするのを前提に考える奴に、ヒントなど与える意味は無いのだ。


 フーネの事でスルーされた形になったけど、ソフティーは特に何も無く受け入れて貰えたみたいだね。

 フーネと話してる間に、暇だったみたいで、元奴隷達に服を編んであげてたみたいで、キャッキャと騒いでいたよ。


 『さて、行こうか。』

 「ソフティーさんありがとうございます。」

 『また後で帰って来るからね。』

 「いってらっしゃいませ。」


 城から出て、水を汲み上げている現場に来た。

 そこには、40名程の闇奴隷が、鞭で叩かれながら水を汲み上げては、坂を上った先にあるプールに運んでいた。


 『あの鞭を無駄に振り回してる奴を制圧して、管理してる商会を聞き出そう。』

 「はっ!」


 監視役は全部で10人程だが、全員兵士や冒険者の様な鍛えた者ではなく、ただの一般人がやっている様だ。


 「おい!貴様!ここを管理している商会を教えろ!」

 「ああん?何だおめぇ?ここで働きたいのか?働く前に俺がぐべぇ!」


 馬鹿な奴だ。

 剣を携えてる相手に、何を言おうとしてんだよ。

 リズに本気のビンタされて、5メートルくらい吹っ飛んでいった。

 リズが聞き出している間に、闇奴隷達を集めて、干し肉とエネバーを配布しておこう。


 「おい!てめぇら!何休んでやがんだ!さっさと働ぐぼぁ!」

 『ここは廃止だ。闇奴隷はこっちに来い。干し肉とお菓子を配るぞ!』


 鞭を持って近づいて来た監視役は、ソフティーが投げる石で、次々と倒されていく。

 それを見た労働者達は、次々と天秤棒を投げ出して、こちらに駆け寄って来た。


 「助かった!ありがとうございます。」

 『礼はいいから、これを食え。飲み物はこっちだ。柄杓で掬って、コップに入れてから飲め。』

 「干し肉はもううんざりだよ。」

 『それは食ってから言え。安物の干し肉とは違うんだよ。1個銀貨1枚で売ってる干し肉なんだぞ?』


 アルティスが配っているのは、中ランクの干し肉で、スケープゴートの肉を特製のタレに浸けこんで作っている、王都でも2番目に人気のある干し肉だ。

 特に中級の冒険者達に人気で、安いが最高級の干し肉とほぼ変わらない味で、店ではほぼ毎日売り出している代物だ。

 この干し肉を作っているのはカレースパンで、大規模な工場を作って、大量生産している。


 「この干し肉うんめぇー!こっちのお菓子もうんめぇー!」

 「このジュース飲むと、何だか疲れが取れてく感じがする!」


 配ってるジュースは、世界樹の実を搾って、ファイニスト・ハニービーの蜜で甘みを加えた物だ。

 彼らが食べるのに夢中になっている間に、どんどん奴隷契約を上書きして、解放していく。


 「アルティス様、確認しましたところ、プールの横にある商会が管理している様です。中でも水を綺麗にする作業に闇奴隷を使っている様です。」

 『判った。中の闇奴隷達も解放しよう。』


 建物の中には、女性達が働いていて、プールから引いてきた水を布で漉して、漉した水を別のプールに移し替える作業をしていた。

 ここにも40人程の闇奴隷が働いている様だ。

 監視役の詰め所には、偉そうな髭を生やした男と、下っ端の男達が酒を飲みながら談笑していた。


 「クズしか居ない様だな。殺されたく無ければ、ここの商会の会頭を呼んで来い。」

 「ああ?何だ姉ちゃん、俺達にたごぼぉ!」

 「何だてめぇは!やっ・・・」


 偉そうな奴の股間に、鞘入りの剣が突き刺さったよ。

 あーぁ、泡吹いて倒れたな。

 あんなの食らったら、再起不能確定だな。

 そういう使い方も想定して、鞘の先端を丸くしてあったんだけど、逆効果だったかも?

 他の奴らは、内股になって後退りして、リズから離れようとしてる。


 「とっとと連れて来い!!」

 「わあああぁぁ!」

 「助けてえええぇぇ!!」


 こわっ!


 1分も経たない内に連れて来られた会頭は、部屋の奥で股間に手を当てたまま倒れている男を見て、青褪めた。

 リズは剣を抜き、会頭の首に剣を当て、こちらを向いた。

 いや、お前が何か言うのかと思ってたよ!?


 キンッ!

 『あー・・・』

 プシュー


 金属が跳ね返る音がした瞬間、会頭の首に切れ込みが入り、傷口から血が噴き出した。

 金属の音は、会頭がリズの腹にナイフを突き立てようとした音で、リズの剣の切れ味が良い事に気が付かず、前に乗り出した為に首が切れてしまったのだろう。


 「ひいいいいぃぃぃ!」

 

 首が切れた瞬間を見ていた男は、血しぶきを浴びて、泡を吹いて気絶してしまった。


 「・・・すみません。殺してしまった様です。」

 『今度からは、鞘に入れたままか、水平じゃなくて立てるとかして、脅してくれよ。』

 「はい。申し訳ございません。」

 

 作業を続けている闇奴隷の方を確認したが、解放されていない事から、コイツは会頭では無いのだろう。

 建物の中を歩き、メイドや丁稚に確認しながら、会頭のいる部屋の扉を開け放った。

 丁度、商談中だったらしく、こちらを見た白髪の爺さんが、不機嫌な顔になった。


 「誰が入っていいと言った!?今は商談中だ!出て行け!!」

 『お前は、闇奴隷を使役した罪で、重犯罪奴隷になるか、ここで死ぬか、どちらかしか無い。』

 「何?闇奴隷だと!?それを使役しとるのは、こ奴だ!儂では無い!」

 『[鑑定]どっちも使ってんじゃねぇか。ソフティーよろしく。』

 『はーい。』


 商人をソフティーの糸で捕縛すると、白髪の方が興奮した様子で騒ぎ出した。


 「おい!そのアラクネをこっちに寄越せ!儂がアラクネを最大限で活用してやる!」

 『指か耳なら切り落としていいよ。コイツむかつく。』

 シュッ

 「ギャアアアァァァ!耳がああああぁぁ!」

 『リズ、煩いから雑巾を口に突っ込んで、吐き出せない様に雑巾で塞いでおけ。』

 「はっ!」

 『コボルト2名をバグズ商会に来させろ。闇奴隷を保護して、城に連れて行け。ヒノエは、コソ泥が入らない様に見張ってろ。それと、他にも闇奴隷がいないか、確認しておけ。』

 『『了解』』


 捕縛した二人の商人は、足に糸を着けて、引き摺りながら城に連れて帰った。

 闇奴隷を扱うという事は、この世界の理に反する行為で、神との約束を反故にする行為なので、闇奴隷の契約主は全員、斬首刑か、軽くても重犯罪奴隷として重労働に科されるのが、妥当な刑罰となる。

 まぁ、最終的には、その国の法律に委ねられるんだけど、この国ではエステルが王になったのだから、エステルに決めて貰えばいいね。

 例え、法で決められて居なくても、王の一存でどうにでもなるのが、王権の良い所だよね。


 『エステル、闇奴隷を使役していた商人の処罰はどうする?』

 「水汲みでもやらせればいいんじゃないですか?」

 『それを決めるのは、王であるエステルの役目なんだよ。そんな曖昧な回答じゃ、誰も動けないから、やるならやる、やらないならやらないと、ビシッと決めてくれ。』

 「アルティス様、エステル王はまだ初心者ですので、協議して決めたいと思っています。一先ずは、地下牢に投獄という事でお願いいたします。」

 『判った。ワンタ、お前この国の宰相になれ。そんで、誰かに引き継ぐまで、この国で頑張れ。』

 「よろしいのですか?」

 『やりたいんだろ?』

 「はい。」

 『じゃぁ、それで決まりだ。ポチとクロマルの役職は、ワンタとエステルに任せる。』

 「畏まりました。」

 『護衛も警備のコボルトも、バネナ王国からの貸与って事でいいな?最長10年間、貸し出す。但し、戦争に使う場合は、必ず俺か、バネナ王国の女王陛下に許可を貰う事。防衛戦力としての利用は問題無いが、国内だけの利用に限る。国外への派兵が成された場合は、バネナ王国への敵対行動と見做す。以上。』

 「畏まりました。では、その様に契約書を作成しておきます。」

 『よろしく頼む。』


 正直、この国に預けるのは不安だし、そんな余裕を見せてる場合では無いのだが、タカール商会の暗殺者が居る以上は、何が何でもエステルを守らなければならない。

 ケットシーも同時に守る必要があるし、この国の内政も正常化する必要がある以上は、致し方ない措置だ。


 『そうだ、結界はどうする?』

 「設置をお願いしたいと思います。」

 『そうか。ではオロシに依頼しておく。それと、タカール商会の隠し部屋で見つけた金なんだが、どうしようか。』

 「マッドフォレストとバネナ王国で、折半ではいかがでしょうか。」

 『白金貨が15万枚もあるんだが、概算で折半でも、この国の10年分の国家予算になるな。』

 「それ程までにあったのですか。それは予想外ですね。」

 『タカール商会の傘下の商会も潰せば、国庫の中身は相当な金額になると思うぞ。そうなれば、他国が攻め入る口実を作り易くなるのと、コソ泥が増えると思うから、徹底的に秘匿する必要ができる。使用人達も攫われる可能性が高くなるから、絶対に口外しない様にな。最悪、君らだけでなく、家族も標的になりうるから、噂話や愚痴でも駄目だからな。周辺が泥に覆われていても、それは鉄壁の守りにはなり得ないと思え。対策は幾らでもあるのだから、常に戦争の危機なんて状態になりたくないのであれば、徹底的に国庫の話はするな。』


 執務室にある金庫は、防備が貧弱で、作りも甘いので、金庫の中に誰も居ない状態にしてから、構築する事にした。


 『[ウォール][ホーリーウォーター]』

 「あ、あの、何をされているのですか?」

 『害虫駆除だよ。中に虫が居るからな。綺麗にしてから細工をしないと、筒抜けだからさ。』

 「はぁ、害虫ですか。」

 『エステルも魔力感知を使えよ。範囲は、半径100mでいいから、使い続けるんだよ。変な方向から魔力が飛んで来たら、それは侵入者だと判るし、判っていれば対策も執れるだろ?逆に、判らなければ、対策なんて執りようが無いんだよ。折角いい魔法を使えるんだから、どんどん使え。魔法ってのは、想像を実現できる力なんだから、いつでも何でもできる様に、鍛え上げろ。お前には、その才能が既に備わっているんだからな。』

 「はい!頑張ります!」

 『そろそろ良さそうだな。[ドライ][キャンセル]』


 金庫を塞いでいた壁を取り払うと、中には干乾びた死体があった。

 この死体は、金庫の中に隠れていた暗殺者で、密かにエステルを殺す隙を狙っていたのだ。

 魔力感知には映っていたので、いる事は判っていたのだが、エステル自身がそれを見つけられなければ意味は無いので、わざと溺れさせて、死体を見せたのだ。


 『魔力感知の威力が判ったか?』

 「はい。こんな近くに暗殺者が居た事にも気付かなかったなんて、使える手を使っていなかった私は、マヌケでした。」

 『そうだな。この金庫は改造して、扉を閉めると中の空気が抜ける様にする。だからこの金庫は、王と宰相だけが使える様にする。一旦使用人達は部屋の外に出てくれ。金庫の秘密は、二人だけ知っていればいいのだからな。知ってる者が少なければ少ない程、秘密は守られる。知らなければ、漏らす事はできないからな。』

 「では、一旦部屋の外に出て下さい。」


 3人だけになってから、サイレントエリアで音声が漏れるのを防ぎ、ブラインドエリアで見えなくしてから、金庫の仕組みを構築した。

 金庫の仕組みは、基本的に普段は書類のみを保管するのに使い、キーアイテムを使った時だけ、亜空間にある金庫を開ける様にした。

 また、扉を閉めると金庫の中の空気が抜けて、真空状態になり、生物は全て死ぬ様にした。

 そして、ギミックも追加して、金庫の扉を逆方向から開けると、別の亜空間が開き、普段使わない重要な物を入れられる様にした。

 このギミックは、王と宰相の魔力に反応して開くので、他の者には開ける事はできないという訳だ。


 『よし、では、最後にこの魔道具を置いておく。これは、この部屋で密談をする場合に、この部屋の中の会話を盗み聞きできない様にする物だ。バネナ王国の王城では、盗み聞きなどできる場所は無いが、この国では違うからな。それと、外に闇奴隷にされていた者達がいるから、部屋を貸してやれ。今日はもう遅いから、晩飯食って、明日に備えよう。』

 「そうですね。では、みんなも一緒に晩御飯にしましょう。」


 マッドフォレストは、1日だけ見て回るつもりだったのだが、1日で終わらせるのは、無理だった様だ。

 商人の街なだけあって、曲者揃いで一々面倒くさいんだよ。

 先程捕まえた奴もそうだが、アラクネを物か何かだと思っているのもムカつくし、元々の住民を闇奴隷にして重労働をさせてるのもイラつく。

 明日は、ヒノエ達に闇奴隷を探させて、徹底的に潰してやろうと思う。


 翌朝、カノエが闇奴隷のいる場所を伝えに来た。

 特に指示は出して居なかったのだが、どうせ指示されるだろうと思ってか、自主的に調べ上げていた様だ。


 『この商会は、全部タカール商会関連なのか?』

 「そうです。この街のインフラを独占して、値段を釣り上げてボロ儲けしているみたいです。」

 『本来なら、インフラは国のやるべき事業だからな。商人がやっていればそうなるか。』


 そして、道具を使えば楽になる作業でも、全て手作業でやらせている為に、重労働になっている様だ。

 例えば、排水に関してだが、小高い丘の上にあるのだから、そのまま流れ落ちるに任せればいいのに、態々途中に貯水槽を作って、バケツで汲みださせているとか、下水を作って、スライムに処理させればいいのに、天秤棒で運ばせているとか、荷車を使えばいいのに、人足で運ばせているとか。

 何でそこまで苛め抜くのか、意味が判らない。

 まぁ、脳みそが腐りかけてる連中だから、人を減らせば儲けが増えるとか、そんな下らない考えの元でやっているのだろう。

 だが、労働力が減れば、その作業を自分達がやらなければならなくなるのは必然で、他所から労働力を連れて来るにもコストがかかり、結局のところ利益が減るという事に気が付かないでいるのだ。

 全くのアッパラパーの唐変木だな。

 普通の商人であれば、10年先の未来を見越して動くのが普通なのに、そんな事も考えずに今を磨り潰して行く脳無しだ。

 未来への投資を考えられない奴に、商人などやる資格など無い。


 『よし。今日はその商人どもを排除する。丁稚も含めて全員捕縛するぞ。』

 「了解」


 朝から、街のあちらこちらで騒ぎが発生している。

 労役についていた者達は王城に連れて行かれ、商人達は捕縛されて市中引き回しされて、城の地下牢に放り込まれる。

 当然財産も没収されて、財産は国庫に入れられていく。

 商人が捕まれば、インフラが停止してしまうのだが、数日でどうこうなる程では無いので、どんどん進めるよ。

 ただ、飲料水についてだけは、早急に目途を立てなければならないな。


 『エステル、飲料水についてだが、職人はどこかにいないか?』

 「何の職人ですか?」

 『鍛冶と大工だな。』

 「もしかして、外側の池から汲み上げようとしていますか?」

 『他にあるのか?』

 「あります。王城の地下に湧き水があるんですよ。」


 何となく予想はしていたのだが、排水されている様な様子が無いので、判らなかったのだ。

 まぁ、普通に考えれば、水の確保に苦労する場所に、町など作る筈もないよね。

 エステルに案内されて、城の地下にある水源にやってきた。


 『タカールは、これが目当てだったのか。』

 「これは一体・・・?」


 ここに湧き出る水は、滝の様に流れ落ちて来るのだが、その滝つぼには、砂金が溜まっていたのだ。


 『この砂金を独占する為に、王位を簒奪して水を外に出さない様にしていたんだな。』

 「砂金がここに溜まるのであれば、水は関係が無いのではないですか?」

 『水の中にも、微量だが金は含まれているんだよ。金は重いからどんどん下に溜まっていくんだけど、目に見えない位の金は、水の流れに流されて、街に流れていくからな。量的には微々たるものだが、それすらも許せなかったんだろう。』

 「そんな水を飲んでも平気なんですか?」

 『何の害も無いよ。寧ろ健康にいいとさえ言われているくらいだな。まぁ、殆どは水瓶の底に溜まるだけだが。・・・それで排水の方も水を貯めていたのか。』


 金というのは、案外色んな所に含まれていて、海水にも数%の金が含まれていると言うのを聞いた事がある。

 特に、この街の下にある大きな岩には、金鉱脈があるのかもしれず、その金鉱脈の中を通って来る地下水に金が含まれるのだろう。

 そして、その鉱脈の一部が吹き出す泥に削られて、外に出てきている可能性があるのだと思う。

 金は、宝飾品以外にも利用価値の高い金属で、酸に強く、硫酸や塩酸、硝酸にも溶けず、熱伝導率が高く、腐食しないという特徴がある。

 酸は、王水と呼ばれる、硝酸と塩酸を1:3で混ぜた酸でしか溶かす事ができない為、酸に曝される所では利用価値が高い。

 また、合金にするのも容易で、加工しやすい為に貨幣やアクセサリーに使われる事が多いのだ。

 この世界には、電気製品は無いので、通電性は関係が無いが、魔力の通りも良いので、利用価値の高い事には変わりなく、魔法関連の道具に使用される事もある。

 魔道具で言えば、王城や貴族の屋敷の魔道ランプがいい例だろう。


 『とはいえ、それ程産出量が多い訳では無いな。これなら、まだ魔の森の方が産出量は多い。』

 「他にも何か秘密があるかも知れませんね。」

 『あると思うよ。[アナライズ]・・・うーん、塩分を含んでいるくらいしか無いな。』

 「それは、何かに使えるのですか?」

 『体への吸収率が上がる程度だな。それと、塩の消費量が減るくらいか。濃い味にすると、塩分摂取量が増えて、病気になり易いくらいかな。』

 「駄目じゃないですか。」

 『まぁ、気を付ければいいだけの話だよ。』


 この泉の水には、塩分が1%未満含まれているので、多少の塩気を感じる程度ではあるだろう。

 この水に甘みを付けてやれば、まんまスポーツドリンクになるだろう。

 それ以外では、鉄製の道具で汲み上げる機構を作ると、腐食が激しくなって、すぐに使えなくなりそうだ。


 『とりあえず、ここの水を汲み上げて、地上で一旦貯めてから分配する様にすれば、問題は無いな。』

 「地上で一旦貯める?何故そんな事をするんですか?」

 『平等に分配する為だよ。』


 アルティスの考えでは、滝の流れ落ちる力を動力にして、水を地上に汲み上げて、貯水槽に入れる。

 貯水槽から、街の各所に小さい貯水槽を作り、そこから各家に分配する様にすれば、平等に分け与えられるという訳だ。

 オーバーフローした水は、排水溝を流れて汚物を街の外に流す様にすれば、そこに労働力を割く必要は、ほぼ無くなるという訳だ。

 だが、その汲み上げる仕組みを鉄で作ると、どうしても腐食性が上がってしまう為に、腐食しにくいステンレスか、金を使うのが良いだろう。

 ただ、金を使うと盗まれる可能性が高いので、ステンレス一択かなぁ。


 「一旦貯めると平等に分配できるようになるんですか?」

 『そうだよ。配管に繋いで分配しようとすると、水に圧力をかけないと、一番遠い配管まで届かなくなるから、一旦貯水して、そのタンクから各方面に伸ばすんだよ。』


 その理屈とは、所謂分水嶺というもので、モコスタビアの領主の館の下にあった仕組だね。

 田んぼの水利施設としても利用される仕組みで、平等に水を分配させる仕組みとして、いい方法だと思うよ。

 とりあえず、城に職人が呼ばれてやって来た。

 大工も鍛冶屋も人間だが、タカール商会が絡まないと聞くと、ニコニコし始めた。


 「タカールの野郎は、てめぇの利益ばっかりで、金を出し渋るからよう、毎回何か作る度に足が出てたんだよ。」

 「そうそう、アイツはクズだから、値切り方がえげつないんだよな。拒否すると殺すとか脅してくるしよう。」

 『とりあえず、自己紹介をしよう。王から頼む。』

 「新しく王になったエステルです。よろしくお願いします。」

 『バネナ王国宰相のアルティスだ。設計案を出させてもらうよ。』

 「うおっ!?バネナ王国ぅ!?このちっこい獣が宰相たぁ、バネナ王国ってのは懐がでかいんだな!俺は、カーペンターのベースだ。」

 「俺は鍛冶屋のピンサーってんだ。よろしくな。」

 『早速だが、城の地下にある水源から、早急に街全体に水を送る為の仕組みを作る必要がある。その為に人手と仕組みを作るのを手伝って欲しいんだ。』

 「以前使っていた物じゃ駄目なのか?まぁ、一番遠い家には、殆ど水が届いていなかったんだけどよう。」

 『今度の仕組みは、全てに平等に水を届ける為の仕組みだ。』

 「そんな事が可能なのか!?」

 『まずは、水が入るタンクを設置する。そのタンクから、東西南北に8等分に分配して、末端にもタンクを設置する。そのタンクから周辺の家に分配するんだよ。』

 「つまり、タンクに貯まった水が各エリアに分配されると。それなら平等に分けられそうだな。だが、使わない時はどうするんだ?」

 『栓を塞げばいい。使う時だけ栓を開ければ、必要な水が出て来る。使わないなら栓を閉じればいいだけだ。』

 「その栓ってのはどう作るんだ?」

 『簡単だよ。逆止弁にすればいいんだよ。』


 つまり、配管の中に球を入れて、出口が球より小さい穴であればいいだけだ。

 水を出す時は、球を押せば水が出るし、手を離せば勝手に止まるのだ。

 水圧が弱いから、完全に止まる事は無いかもしれないが、水瓶でも置いておけば、問題無かろう。

 各家に作らないのであれば、洗濯場の様な水槽を作って、飲み水もそこから汲めばいいだけだ。


 「なぁ、王様よう。このアルティスさんは、頭良すぎじゃねぇか?」

 「頭がいいから、バネナ王国の宰相なんだよ。」

 「でもよう、城の地下から汲み上げるのは、人力なんだろ?」

 『馬鹿言うなよ。街中のタンクに水が貯まる様にするのに、何年かけるつもりなんだよ。』

 「じゃぁ、どうすんだ?」

 『滝になってるから、水車を回して、下に溜まった水を汲み上げるんだよ。鍛冶屋には活躍してもらわなければならない所だな。』

 「だが、鉄ではすぐに錆びちまうぞ?」

 『ステンレスを使えばいい。』

 「すてんれす?」

 『鉄とクロムとニッケルで合金を作るんだよ。クロムを18%、ニッケルを8%、残りは鉄だ。この合金であれば、殆ど錆びないんだが、一度加工すると再加工が難しくなる特徴がある。だから、配管を作る時は、板を丸めるのを一気にやる必要があるな。』


 ステンレスの加工で、一番難しいのは、鋼管を作る作業だと思う。

 特に工場の様な設備が無いので、加工が難しい金属を扱うのが大変なのだ。

 だが、代わりにといっては何だが、この世界には錬金術という物があるのだ。


 「板にして丸めるまでを一気にやるのか。筒状に押し出すのはできないのか?」

 『かなり硬いぞ?鉄よりも粘りが強いんだよ。錬金術でやると、かなりのMPを持って行かれそうなんだよな。』

 「配管は、既存のを使えばいいんじゃねぇか?地下から汲み上げる仕組みと、タンクだけを作るんじゃ駄目なのか?」

 『見てみないと判らないな。』


 鍛冶屋がサンプルとして持って来ていたのは、陶器製の配管で、マッドウッドの泥を焼き固めた物らしいのだが、それなりの厚みと重さがあるが、それなりに硬いそうだ。

 特に地震などがある訳では無いので、陶器製の配管でも問題は無い様だ。


 『これの太さが違うのもあるんだよな?』

 「あるぞ。この街は、外側が低いから、天井の方に配管が通ってるんだ。だけど、垂れ流しだったから、一番外壁に近い家では、水が殆ど流れて来ないんだよ。」


 この街の屋根の上に管が見えると思っていたのだが、水道管だった様だ。

 街全体が山なりになっていて、その頂点に城があるから、枝分かれした配管を外側に向けて通していた様だ。


 『そうか。じゃぁ、メインの配管はそれを流用しよう。』


 ということで、地下の水源にステンレス製の水車と水を運ぶ桶を作り、水源の上にタンクを置いて、配管のルートを確保する所までを手伝った。


 『じゃぁ、残りは中腹にタンクを設置して、配管を繋げて、各家に逆止弁付きの配管を設置すれば、大丈夫そうだな。』

 「タンクは家の屋根の上じゃ駄目なのか?」

 『家が重さに耐えきれなくて、潰れるぞ?』

 「そりゃ確かに駄目だな。だが、そのタンクを置く場所の確保ができねぇ。」

 『大丈夫だよ。タカール商会の傘下の商会を潰したから、その商会のあった場所を使えばいいだけだ。』

 「おお!!そりゃぁいいな!」

 「アルティスさんは、もう帰るのか?」

 『そうだな。帰らないと怒られるんだよ。』

 「そうか。あんたとは、もっと色々話をしてみたかったぜ!」

 『偶に遊びに来るから、その時で良いだろ。』

 「そうか!!街に来たら声をかけてくれよ!待ってるからよ!」

 『判った。声をかける様にするよ。では、引き続き作業を頑張ってくれ。』

 「おう!やったるぜ!」

 「任せときな!」


 城に戻ると、エステルが深刻な表情になっていた。


 『何かあったのか?』

 「そりゃぁありますよ。アルティスさんが帰られるんですよ?」

 『その為にワンタが居るんじゃねぇか。ポチもクロマルもお前の指示を待ってるんだぞ?早く指示を出してやれ。迷ったらワンタに相談すりゃぁいいんだよ。宰相ってのは、その為に居るんだからな。仕事に余裕があるんなら、何が必要か考えて、相談して、実行するだけだ。失敗が怖いか?そんなもの誰だって失敗するんだよ。だがな、その失敗を教訓にして、方策を考えて実行するのがお前の仕事だ。失敗を恐れるな。』

 「甘えたいだけなんですかね?」

 『そうだな。だが甘える相手は、俺じゃなくてワンタだ。って事で、俺は帰る?違うな、トラッシュに嫌がらせしてから帰る!』


 トラッシュとは、タカール商会の本拠地がある、勇者に滅亡させられたヨートンハイム公国の首都だった場所にある、ヨートン共和国の街の名前だ。

 別に畜産がメインという訳では無いが、そういう国の名前なのだ。

 本当に共和制なのかは怪しい所だが、タカール商会の本拠地があるのなら、嫌がらせの六つや七つくらいしてもいいだろう。

 ヒノエとカノエは既にトラッシュに向かっていて、マッドフォレストには4名が残っているだけだ。

 この措置は、早朝にオロシが結界を張って行った事と、エステルの事を100%信じている訳では無い為だ。

 一見、エステルのアルティスを誘い込む企みは、辻褄が合うかに思えるのだが、子供を攫うという行為はやり過ぎだ。

 それと、派遣した密偵に毒を飲ませるという行為も、おかしい。

 先を見越しての行動であれば、死なせるなんて事を選ぶはずは無いのだ。

 そして、一番怪しいと思ったのは、エステルは一度も暗殺者に狙われていないという事と、タカールを処刑してなかった事だ。

 本当に簒奪したのであれば、タカールを生かしておく必要性など無いのだから。

 だから、バネナ王国の兵士とケットシーを貸し出しているのだ。

 ケットシー達は、アルティスから魔道具を受け取っており、MAG2000程度ではかすり傷程度しか付かない様にしてあり、アルティスを裏切る様な行動に出た場合は、即座に帰国する様に言ってあるのだ。

 ガウスについては、裏切る事は無いと思っているが、防具以外は特に何も渡していないのは、エステルが裏切った場合にガウスが気付くだろうと思ったからだ。

 ガウスは脳筋の様に思えるが、案外頭がいいのと勘もいいので、アルティスが居なくなった後で、様子が変ればきっと気付くだろう。

 アルティスとしては、裏切って欲しい訳では無いが、そう簡単に信じ切るのもできない相談で、バネナ王国の宰相という立場である事から、バネナ王国の利益を最優先に考えるのは当然だ。

 少しでも怪しいと思ったのであれば、用心するのは当然の事なのだ。


 「大丈夫なのでしょうか?」

 『こればっかりは、様子を見るしか無いからな。単純な性格なのか、裏があるのかは、見た目や普段の態度では判らないからな。』

 「でも、嘘はついていなかったんですよね?」

 『嘘をつかなければいいだけだからな。余計な事は言わず、何で?どうして?そうだったのかぁって言ってるだけなら、嘘をつく事は無いからな。』

 「確かに。」


 言葉と言うのは難しいもので、嘘を見破れる相手を騙そうとするのであれば、本当の事は言わないが、嘘もついていないという言葉を選んでいれば、見破る事は困難になる。

 エステルは、基本的に相槌だけでアルティスと会話をしており、真面に話したのは魔法についてだけだ。

 自分の身の上も話さず、王と言う立場に不安そうな態度ではあっても、危機感をあまり感じていなさそうだったから、あいつもタカール商会の関係者である可能性はあると思っている。

 ま、エステルについては、成る様になれ、だな。


 『さて、ヨートン共和国に寄ってから帰るぞ。』

 「私も一緒で良いんですか?」

 『敵地に乗り込むのに、護衛無しで行けっての?』

 「護衛無くても、無双しそうですが?」

 『対外的に体裁を保てないだろ?』

 「気にしてたんですか?」

 『酷っ!?』

 「どうやって行くんですか?」

 『走って行くしかないだろ。ついでに廃墟の探検でもするか。ダンジョンとか無いかな?』

 「そういえば、都市国家群の中央辺りに、ダンジョンあった様な気がします。」

 『途中の街の冒険者ギルドで聞いてみるか。』

 「あったら入るんですか?」

 『行ってみたいな。』

 「では、その様に伝えておきます。」


 1時間もかからずに隣の国に到着した。

 隣の国は、ネイバー王国といい、都市名はネタッコスというらしい。


 『この街の冒険者ギルドで聞いてみようぜ。』

 「寂れた国ですね。」

 『タカールに集られたんだろ。』

 「借金奴隷だらけですね。」


 街中の住人らしき人々には、ゴーグル越しに借金奴隷と解る色が付いていた。

 露店の串焼きの値段を見ても、1本銀貨60枚とかなっていて、モコスタビアの120倍の値段だよ。


 『この街は、超インフレ状態にある様だな。まぁ、馬鹿らしいから、この街では買い物はする必要は無いな。』

 「そうですね。」


 メインの通りを歩いていると、商人が護衛を引き連れて近づいて来た。


 「お嬢さん、その乗り物を買ってやる。金貨1枚だ。今すぐ寄越せ。」


 丁寧だったのは、最初の一言めだけで、殆ど脅迫だな。


 「殺されたく無ければ、失せろ。」

 「この国で商人に逆らうという事を知らない様だな。奪い取れ。」

 「悪いな、嬢ちゃん。俺等も逆らえないんでね。」

 「我々はバネナ王国の者だ。外交問題にさせたいと言うのならば、力ずくで奪いに来るがいい。」

 「我々?あんた以外には、ちっこい獣だけしか居ねぇじゃねぇか。」

 「ちっこい獣ではない。バネナ王国の宰相様だ。」

 「へえ。バネナ王国の宰相には、アラクネが付き従ってるって聞いてるが、居ないみたいだが?」

 「姿を見せると、迷惑がかかるのでな。姿を消してもらっているんだよ。」

 「はいはい。そんな戯言に騙される訳ねぇだろ?とっとと寄越しやがれ!」


 吠える護衛の背後に、カノエが現れた。


 「アルティス様、この商人をどうしますか?」

 「へ?いつのまに!?」

 「商会長をころ・・・放しやがれ!」

 『今、殺しやがれって言いそうになってたぞ?本音が漏れそうになったのか?』

 「言ってねぇだろ!?」

 『捕縛して攫ってやれ。どうなるのか知りたい。』

 「はっ!では。」


 スッとカノエと商会長とやらが消え、その場から居なくなり、護衛二人が焦り出した。


 「おい!商会長をどこにやった!?俺達は商会長から離れすぎると、殺されちまうんだよ!!」

 『へぇ。借金の証文みても、そんな事は一言も書いてないな。指示書も入っていないし、証文もこれ、無効じゃねぇのか?暴利過ぎんだろ。』

 「ど、どういう事だ?」

 『借金奴隷ってのは、正当な借金契約に基づいた時のみ有効とされるんだよ。元金に対して利子が発生するのは、借金奴隷になっていない場合のみで、借金奴隷になった瞬間から、金利は無効になるのが借金奴隷の利点なんだよ。奴隷になった挙句、自由を奪われて利子が4割とか、返せねぇだろうが。世界の理で、利子は消失するって決まってるんだから、ここに書いてある借入金は、嘘っぱちだな。』

 「じゃぁ、何で解放されねぇんだ?」

 『労働の対価を稼いでいないって事にされてるんだろ。[ジャッジメント・デット]』


 アルティスが魔法を発動すると、護衛の男の奴隷紋が赤く光り、消え去った。


 「か、解放された!?」

 「お、俺の奴隷紋も消せるのか!?」

 『んー、お前の方は、白金貨100枚ってなってるんだが、何の借金なんだ?理由が判らないとどうしようもないな。』

 「お、俺は、妹の治療費を借金したんだ。」

 『お前の妹は、そんな高額の治療費がかかる様な病気なのか?』

 「この国では、体に魔力結晶ができる病気があるんだよ。その治療には、高額の金がかかるんだ。」


 魔力結晶とは、魔石ではない魔力の結晶の事で、魔力鉱石程の魔力では無いが、魔力が固まって鉱物を形成した物で、多くは色とりどりの宝石の様な見た目で、魔石の代わりとして使う事ができる石だ。

 但し、魔石よりも高価なので、魔石として使う例は少ない。


 『体に魔力結晶ができる病?聞いた事は無いな。高濃度魔力障害ではなくて、魔力の結晶が発生する?魔石では無くて?なんだそりゃ?』

 「説明するのは難しいから、見に来てくれ。」


 護衛の男について行くと、小さなあばら家に着いた。

 中には、10歳くらいの女の子が寝ていて、体の左側に紫色の水晶が付いている様だ。


 『この子か。[アナライズ]・・・んー、病気ではないな。この水晶は、アメジストといって、宝石の一つだ。そして、体の中から水晶が生えて来るのは、そういう魔法を定期的に浴びているからだな。所謂、状態異常に罹っている状態だな。』

 「は?状態異常?この家にそんな魔法を発生させる物があるってのか?」

 『非常に言いにくいんだが、このあばら家に似つかわしくない物があるんだが、可笑しいと思わないのか?』

 「随分と綺麗な壺ですね。」

 『状態異常の刻印入りの壺だな。この中身は、水か。[アナライズ]魔石入りの水だな。これは、クリスタルリザードの魔石の粉を溶かしたんだろうな。リズ、万能薬を飲ませてやれ。アメジストが落ちるから、それを買い取ってやろう。カノエ、あの商人の屋敷を洗え。壺の作成に関わっているか、販売専門か判らないが、どちらにせよ詐欺師だ。』

 「ううう!あああああ!」

 「苦しみだしたぞ!?」

 『[アナライズ][アポート][治療術]』

 カチャカチャ


 少女の体から、水晶を取り除き、水晶化で傷ついた体を治療した。

 これは、早急に対処しなければならない事案だ。


 『クソな魔法を使いやがって!ワラビ!エスティミシスの方は終わったのか!!終わってんなら、ネイバー王国のネタッコスに来い!命を弄ぶ馬鹿共が湧いてるから、ビオスの力を使え!』

 「ワラビが何かやったんですか?随分と当りが強い気がしますが。」

 『甘えたいんだろ。何度も同じことを繰り返すから、ムカついたんだよ。』

 『あの、アルティス様、継承の指輪をまだ頂けないのでしょうか?』

 『一掃するまで渡せねぇよ!まだ終わってないのか?』

 『終わっております。』

 『報告は?何も聞いてないぞ?どうなってんだ?いい加減にしろよ?』

 『ですが、継承の指輪が無ければ、王太子殿下が元の姿に戻れないのではないでしょうか?』

 『だから、元凶を駆逐しねぇと、戻せねぇって言ってんだろうが!表面だけ見繕ったって意味がねぇんだよ!とっととやれ!』

 『元凶?』

 『何で今までずっと使っていたのに、エスティミシスに着いた途端、使うのを止めるんだよ!聖女のお前がそれを使わなかったら、ただのポンコツシスターじゃねぇか!』


 ワラビが聖女である所以(ゆえん)の神託の能力と、聖女の称号は、神から与えられた特別な力だ。

 聖女と言う職業は、狙ってなれる物では無く、神に認められた特別な能力を持つ者だけに与えられる職業だ。

 神に認められた特別な能力とは、神を信じる強い心と神の存在を感じる感性、神の力に耐えられる肉体の事だ。

 その能力は、(みそぎ)を行う事でそれら能力の一部を身に着ける事ができる為、聖職者たちは毎日禊を行い、祈りを捧げて禊の成果を確認している。

 一方、職業は本人の意志でオンオフが可能で、戦士が戦士を辞めると思ったら、その瞬間から戦士では無くなり、そのオンオフは聖女でも同様にできる事なのだ。

 身に着けた能力は、オフにしても無くなる事は無く、戻ると思えば戻る事は可能なのだ。

 だから、聖女が聖女を辞めると思えば、辞める事は可能で、聖女としての特別な力は行使できなくなるが、聖女になれる素質は残っているので、聖女に戻る事が可能なのだ。

 神から任命された職業を止める理由としては、神聖魔法が不利になる様な状況の中では、聖女としての力を発揮できないばかりか、最悪死に至る可能性もある為、必要な時には、一旦聖女をオフにして一般の聖職者になる事で、不利な状況から脱するのだ。

 神聖な力とは言え、その属性は万能では無く、相対する属性が優勢な場所では、能力に制限が掛かったり、体調不良になったりする事がある。

 だが、ある程度、相対する属性を抑え込んでしまえば、力を開放する事は可能で、現時点のエスティミシスでは、聖女の力を開放しても問題が無い程度には回復している筈なのだ。

 ワラビはその聖女の力を封じて侵入し、未だに開放もせずに光魔法と神聖魔法で対応しようとしていた為に、何度も敵に捕まり、アルティスの怒りを買ったのだ。

 だが、MAGが如何に高くなろうとも、神聖魔法が強かろうとも、聖女と言う神に守られた存在では無くなっていた為に、精神魔法に(かか)り易く、正にポンコツシスターと呼ぶにふさわしい状態になっていた。

 精神魔法で忘れさせられているのかもしれないが、開放してしまえば精神魔法などに罹る事は無いし、エスティミシスの元凶もすぐに見つける事は可能になる筈だ。

 ビオスの神像を使って浄化をしていたが、あれは神像の力を利用しただけで、聖女の力を使っていれば、今頃は大本の元凶を潰すに至っていた筈だ。

 だが、原因となる元凶が残っているのだから、何度繰り返しても終わる事の無い作業になっていた。

 そもそも、宝玉や宝珠に魂を封じ込めたのなら、外に魂が出て来て会話するなど、できる訳が無いのだ。

 本当に王子の魂と会話していたのであれば、その王子は既に死んでいるという事に他ならない。


 『た、大変申し訳ございません。今、復帰致しました。すぐに対処してまいります。』


 アミュレットを通じて、聖女の力が伝わって来た。

 やっと戻した様だ。

 最近のワラビは、MAGを上げるのに必死だったのだが、アルティスはワラビがMAGを上げても、MPが増える以外のメリットは無いと思っている。

 何故なら、聖女である以上、MAGの数値に関係無く、人族では成しえない力を発揮できてしまうので、MAGが増えた処で光魔法の威力が上がるだけで、特に意味は無く、神聖魔法は神を信じる信仰心が反映されるので、MAGの数値は関係が無い。

 必要なのは、魔力を制御する能力の方で、魔力操作が覚えられれば十分なのだ。


 『バネナ王国に戻ったら、ちょっと教育するか。』

 「あまり虐めないで下さい。」

 『酷い!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ