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第7話 タックアーン事件

 森を抜けると、また草原。

 ここの草原には毒性は無くて、シープキャトルっていう動物がいるんだとか。

 羊牛?バッファローかな?美味いらしいが、大群で居るので、攻撃すると大群が襲ってくるらしい。

 だから、はぐれを見つけるか、罠に嵌めて倒すしか狩る方法が無いのだとか。


 ホントにそうか?、狩りに行こうとしたら止められた。

 驚かしても塊のまま逃げるだけで、滅多にはぐれになる奴はいないらしいんだけど、怪我とかで走れなくなると、あっさり見捨てるらしい。


 『なら、そういうのを作ってやればいいんじゃね?』

 「どうやって?」

 『小さい障害物か、穴で転ばせる』

 「それは攻撃になるんじゃ?」

 『突然目の前に穴が開いたとして、術者が誰か判る?』

 「「「・・・」」」

 『火の玉飛んで来たら、飛んで来た方向見れば撃った奴は判るだろうけどね』

 「とりあえず、街まであと少しだから進みましょう、狩るかどうかはその後で。」

 「次の街は[タックアーン]ですね。」

 『たくあん?』

 「タックアーンだよ」


 やっぱり、昔日本人が転移だか、転生だかして来たんじゃなかろうか。

 次辺り「ミソシール」とか、シオジャーケかも。

 やめておこう。日本食食いたくなってきた・・・。


 『あそこに鹿がいるよ?、あれ狩ってきて!』

 「あれは、ツイストホーンディアだね、行くぞ!」

 『もみじ肉か、臭みも少なくて美味いんだよね。血抜きしっかりやれば、ほんのり甘い香りで、焼肉とか美味そうだな。』

 「首を狙え!」

 「アーリアがまた、張り切ってるんだけど、一体どうしちゃったの?」

 「アルティスさんの料理が、凄く美味しいらしいんだよね。だからじゃない?」

 「私、アルティスさんの弟子になろうかなぁ」

 「ちょ、真面目にやらないと、刺されますよ!?」

 「誰に?」

 「両方に!」


 バリア、リズ、カレンが呑気に会話してるのを、ルースがツッコミを入れたが、両方って何だ?。

 6頭居た鹿も、瞬く間に倒された。

 兵士も参加して、一人一頭ずつ倒した様だ。


 「やってやりましたよ!、どうです?見直しました?」

 『メビウス、お前の屁っ放り腰はウケ狙いか?、真面目にやってああなのか?』

 「あれは、偶然刺さっただけじゃないですかね?」

 「石に躓いてたもんね!」

 「あれは、作戦ですよ!作戦!」

 『シープキャトル見つけたら、メビウスの為に一頭捕まえてやるから、狩って見せてくれよ。』

 「すいません!、調子にのりました!。偶然刺さっただけです!」

 『じゃぁ、夕飯の後でリズから剣術の特訓してもらえ。』

 「ぐはぁ、そ、それだけは、ご勘弁を・・・」

 『リズ、嫌がられてるぞ?』

 「私、嫌われてるの?、何もした覚えないんだけど?」

 「え?、違いますよ!、特訓が嫌なだけです!、リズさんは嫌じゃないですよ!」


 メビウスの言葉に、頬を赤く染めるリズ、ちょろ過ぎだろ。


 『バリアに切り替えるか。』

 「私やりますよ?」

 『ちょろいお前じゃ、(ほだ)されて特訓でき無さそうだからな。真面目で、信頼性の高いバリアにやってもらおう。』

 「私にやらせて下さい!」

 『だーめ、バリアにやらせる!。メビウスの実力を上げないと、メビウスの命に係わるんだぞ?』

 「でも・・・」

 『駄目だ。甘言に踊らされるお前じゃ、役に立たない。』

 「ぐっ・・・、私は役立たずですか・・・」

 『違う!、お前が駄目なのは、メビウスに対してだけだ!。それ以外は、期待しているし、信頼もしている!。』

 「判りました・・・。」


 『好きなのは判るが、仕事とプライベートは、しっかり分けろ。お前の都合で、メビウスを死なせたくは無いだろ?』

 「はい、死なせたく無いです。」

 『なら、ここは我慢しろ。これは、仕事だ。遊んでたら、アイツは強くなれない。今の時点で、メビウスが一番弱いんだからな?、タックアーンの向こう側には、強敵がいるんだろ?。今のままでは、死ぬぞ?。』

 「判りました、申し訳ありません。我儘を言ってしまいました。」


 『判ればいい。乳繰(ちちくり)り合うなら、[カントラセプション]使えよ?』

 「ちち・・・しませんよ!、何ですか!?その魔法は!」

 『避妊だけど?』

 「「「ぶほぉっ」」」

 「こら、アルティス!、なんて事を教えてるんだ!」

 『アイツ手が早いんだよ。先に教えておかないと駄目でしょ?』



 タックアーンに着いた。

 何か、街に大根が溢れてるが、たくあんが特産とは聞いてないが。


 『大根だらけ?』

 「あれはスイートラディッシュっていう野菜だね」

 『砂糖大根か、砂糖が作れるな』

 「え?ホントに!?」


 ペティの食いつきがいい。やっぱり甘い物に目が無いのかと思ったら、この街の特産品を作りたいらしい。

 この街には大根以外には、たまに狩れるシープキャトルくらいしか無いので、全然発展しないと嘆いてた。


 『発展しないのは、特産品が無いからじゃないだろうけどね。』

 「どういうこと?」

 『簡単に言えば、気合が足りない。』

 「気合・・・」


 要は、住民のやる気次第で、どうにでもなるって事だ。

 特産品があっても、やる気が無ければ、発展なんて夢のまた夢。

 すぐ近くに茸の森もあるんだから、いっぱい活用したらいいじゃんか。


 「あの森で狩りをすると、行方不明になって数日後に、茸の沢山生えた白骨死体で見つかるらしいわ。」

 『なにそれ、怖い。』

 「でしょ?、だからあまり人は、あの森には近づかないのよね。」

 『でもさ、あそこには木が生えてるじゃん?、あの木はなんで無事なのさ?』

 「さぁ?」

 『倒木にも茸は生えてなかったよね?、皮が剥がれた倒木には、沢山生えてたけども』

 「そういえば、そうだった気もする」

 『あの樹皮でマスク作ったら、状態異常を防げるようになるんじゃないの?』

 

 街官吏の屋敷に着いた。ナットゥの街は、モコスタビアに近いので、伯爵の直轄地として、町長という細々とした雑務を行う人が管理していたが、たくあんじゃなくて、タックアーンは遠いので、官吏という役人が仕切ってるそうだ。

 ここの官吏、昼間から酔っぱらってて、全く仕事をしていない。

 役人として部下が6人働いている目の前で、酒を飲みながら内容も確認せずにサインだけしてる。


 『こいつクビにした方がいいんじゃね?』

 「この人は、これでも男爵で、この人以外の貴族だと騎士爵しか居ないから、官吏になれる人がいないのよ。」

 『平民でもいいじゃん?』

 「官吏になれるのは、男爵以上って法律で決まってるのよ。」

 『じゃぁ、他の男爵を連れてくれば?』

 「街のゴロツキに追い出されるらしいわ。」

 『こいつ真っ黒じゃねぇか!、とっ捕まえて拷問で吐かせようぜ!』

 「物理的な物を先に吐きそうだけど・・・。」

 『速攻クリーンで』


 目の前で物騒な会話をしていると、じろりとこちらを睨み、脅してきた。


 「この街では私がトップだ、勝手なことをする様なら、いくら伯爵ご令嬢でも容赦はしませんぞ?」

 『明確に脅してきやがったな。反逆罪確定じゃねぇか、やっちまおうぜ!』

 

 アーリアが剣に手をかけると、背後に武器を持った男達が現れた。

 スルリと床に降りて、一人の足に猫パンチを食らわす。


 『猫パンチ』

 バシッズダーン

 「ぐおおおぉぉぉぉ」


 男が一回転ちょい横回転して、右手側から床に叩きつけられて悶絶してる。

 隣の男は、何が起こったのか判らずに、オロオロしている所をアーリアの剣の柄で鳩尾を強打されて、気絶した。


 「何か問題でもありますかな?官吏殿」


 なすすべも無く護衛が倒された事で、滝のような汗を流し始めた官吏を、ルースとメビウスに捕らえさせ、護衛の二人の男と共に地下牢に入れた。


 『コルスとペンタは、この街のゴロツキの調査をしてきてくれ』

 『バリア、リズ、カレンは周辺警戒、武装して襲ってきたら撃退していい』

 『あるじもバリア達と一緒にお願い、何かあったら念話で教えて!』

 『判った』


 事務所から一人消えて、5人が唖然としているが、まぁいい。

 コルスがスッと背後に来た。


 「ゴロツキの調査は、既にやってあります。ボスは盗賊ギルド長で、名前はバカッス、じゃなくて、バッカスです。」

 『ワザと間違えたろ、今。』

 「な、何のことかなー?」


 斜め上方向をキョロキョロして誤魔化してもダメ!ダメか?まぁいいや。


 『構成員は何人いる?』

 「40名くらいです。潰しますか?」

 『どこを?』

 「こか・・・と、盗賊ギルドをですよ!」


 最近、コルスが面白くなってきた。

 本音なのか、違うのか判らないが、緊張が解れてきた感がある。


 「コルス・・・下品な人は嫌いよ?」


 ペティが突っ込む。


 「がーん・・・うぅ、今のはアルティスさんが引っかけで・・・」

 『知らんな。』

 「酷い!」

 『良かったじゃないか!名前を覚えてもらえて。』

 「子供達を助けた後に覚えたわよ?」

 『ギルド長だけを脅せるか?』


 「な!流されたー!」

 『後で飯でもおごってやるからさっ、ペティが』

 「マジっすか!やります!やってやりますよ!!、待ってろよ!ギルド長!!」

 「私がおごるの?リアじゃなくて、食べてる時ずっと見てないとダメなの?」

 『たまには、部下を労うのも上司の役目なんだよ、飯くらいでやる気が出るんだから安い物だろ?』

 「そういうもの?」

 『そういうもの。』

 「判った」


 『さて、楽しい拷問タイムの始まりだー!』

 「拷問タイム!イェー!!」


 拷問と聞いて青褪める官吏を椅子に縛り付け、足首を固定して靴を脱がせて、戸惑うメビウスと喜ぶペティが羽を持った。


 「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

 「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

 「ヒーッ・・・やめて、やめて・・くだひゃい!ハァハァ・・」

 「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

 「し、死ぬ・・・やめて・・・話します・・・話しますから・・・もう・・・」

 「今までの悪事を全部!洗いざらい吐きなさい!」

 

 メビウスが引いてる。


 この官吏の名前は、トーマス・デヴアック。

 デバッグなのかデブ悪なのか・・・まぁいいや。

 汗かいて涙と、鼻水と、涎でグチャグチャで汚いので、起こさずそのままで尋問した。

 護衛の二人は牢屋の隅でカタカタ震えていた。


 白状した悪事は、多岐に渡る。脱税、ピンハネ、横領、脅迫、殺人、人身売買とやりたい放題で、街の金を使って豪勢な暮らしをしているそうだ。

 こいつと盗賊ギルド長は、死罪決定だな。

 と思っている所に、コルスが盗賊ギルド長を連れて帰ってきた。

 盗賊ギルドの長といえば、イメージ的にはごっつい強面のおっさんだが、こいつはヒョロッとした小賢しそうなおっさんだった。


 『[鑑定]、こいつ本当に盗賊ギルド長なのか?、ステータスがゴミだし、コルス、こいつ鑑定したら、()()()って出たぞ?。名前もコンフィだぞ?』

 「あ、はい、影武者です。本物はどこにいるのか判らないので、拷問して吐かせます。」

 『ペティ、マテ!、お座り!』

 「キャン」


 「あのー、仮にも伯爵令嬢なので、犬扱いはやめてもらえませんか?」

 『なんか動きが犬っぽかったから、つい・・・すまない。』


 何かペティの背後に、尻尾がフリフリしてる様な幻視が見える。

 とりあえず、この影武者のコンフィに、本物の居場所を吐いてもらうか。


 はい、吐きました。

 ってこいつ、1分持たないでやんの。

 ペティさんが欲求不満気味にジト目で睨んでるよ。


 このコンフィって奴は、影武者ってより、支部長的な立ち位置らしい。本拠地にギルド長がいるらしくて、本拠地ってのは王都にあるそうだ。

 本来の盗賊ギルドってのは、裏社会をコントロールして、平和に寄与するってのが役割の筈だけど、こいつは私利私欲に目が眩んで、必要悪以上の事をやっていた。

 面倒だから、処分は本物のギルド長に任せよう。

 本部から派遣されていた、お目付け役も殺しちゃったみたいだし。


 ここの地下牢って、殆ど使ってないってデブ悪が言ってたんだけど、奥から何やら声が聞こえる。

 行ってみると、鎖に繋がれた獣人が居た。


 『[鑑定]』


 名前:ウルファ・スティングレイ     状態:弱体化

 種族:ワーウルフ

 職業:1級冒険者

 HP:299

 MP:9960

 STR:154

 VIT:179

 AGI:121

 INT:153

 MAG:498

 攻撃スキル:柔術 剣術 刀術 槍術 投擲

 感知スキル:魔力感知 空間感知 振動感知 聴覚強化 毒感知 嗅覚強化

 耐性スキル:状態異常耐性 精神異常耐性 刺突耐性

 パッシブスキル:言語理解

 種族特性スキル:獣化

 魔法:自動回復 水魔法 回復魔法 身体強化 念話


 強いな、狼なのかエイなのか判らん名前だが、執事より強いかもしれない。

 惜しむらくは、捕縛されてた時間が長かったためか、大分瘦せていて、状態も弱体化になっている。


 『何でこんな所で、捕まってるんだ?』

 「だ、誰だ!?、な、なんでこんな所に、レオパードの幼生体がいるんだ!?」

 『レオパード?俺が豹に見えるのか?』

 「・・・ちっこいな。」

 『で、質問の答えは?』

 「街で暴れてるゴロツキを叩きのめしたんだよ。それで、官吏に呼ばれたから、褒章でも貰えるのかと思ったら、捕まったんだよ。ったく、アイツが親玉だったとはね、ふざけてやがるぜ。」


 まぁ、この街のゴロツキの本拠地になってたからねぇ。


 『今助けてやるから、暴れるなよ?。コルス外してやれ。』

 「了解っす、メビウスやっちゃって下さい。」

 『何でメビウスに振るんだよ!』

 「私ばっかりやってたら、他が育たないじゃないですかぁ。」

 『・・・それもそうか、ってかメビウスは鍵を開けられるのか?』

 「ムリです。」

 『無理だってよ?』

 「・・・今度教えますよ。」

 『教えてないのに、やれとか言ったのか?、酷いなお前。』

 「いや、だって、鍵とか普通に外せません?」

 「『外せねぇよ』」


 アルティスとウルファの声が、重なった。


 「あんたの友達は、窃盗でもやってんのか?」

 「やってませんよ!」

 『元、じゃないか?』

 「違いますよ、シーフを目指して勉強したんですよ。」

 「遺跡探索者志望が、何で兵士なんかやってるんだ?」


 ウルファの枷が外れた。


 「色々あったんですよ。色々。」

 『そんな事より、外に出るぞ。』

 「官吏の野郎をぶっ飛ばしてやる!」

 『もう、牢に入ってるよ、そこにいるだろ?豚が』

 「お、本当に居やがった。ぶん殴っていいか?」

 『こいつは死罪確定だから、後で首を切らせてやるぞ?』

 「その裁定は、伯爵の関係者しかできない筈だが?」

 『そこにいる、ペティが伯爵の令嬢様だよ』

 「なるほど、じゃぁやらせてもらうか。」

 『ウルファの装備はどこかにあるのか?』

 「ここには、無さそうだな。売られちまったのかも。あの剣、高かったのになぁ、くそっ。」

 『どんな剣だ?、作ってやろうか?』

 「できんのか?」

 『できるぞ?』

 「どんな材質でできる?」

 『ミスリルがあるぞ?』

 「はぁ!?、金なんか持ってねぇぞ?」

 『要らないよ、働きで返せ。』

 「働き?何をすればいいんだ?」

 『後で考える。そんな事より、剣の形とか大きさを教えろよ。』

 「バスタードソード使ってたんだが、いまいちだったんだよな。次は、何を使おうか、迷うな。」

 『しっくり来るのが無いのか?』

 「あぁ、長い方が使い勝手はいいんだが、壊れやすくてな。バスタードソードをつかってみたんだが、邪魔くさくてなぁ。」

 『()()()()()()()()は、試した事あるか?』

 「何だそりゃ?、聞いた事が無い名前だな。」

 「私も、知らないです。」

 『判った、作ってやる。』


 ディメンションホールからミスリルとタングステンを取り出し、グリップの材質は何にしようか迷ったが、少しだけチタンを混ぜて作ろうと思う。


 『[アルケミーセパレーション]』


 まずは、鉱石から材料の金属を分離する。


 『[アルケミーミクスト]』


 材料を混合して


 『[アルケミーモールディング]』


 成形する。

 少し幅広に作ってやった。

 グリップエンドには、狼の意匠、ガードの真ん中にも狼の意匠と、目にルビーを嵌めてみた。

 鞘は、トレントの木材を使って作った。

 鯉口には、斬撃耐性を付与したプラチナで、吉祥文様の流水文様を作ってみた。

 厄除けの意味があるから、コイツにはピッタリだと思う。


 『できたぞ、振ってみろ。』

 「刃は付けないのか?」

 『こんな所で振り回したら危ないだろ?』

 「そうか、ふんっ!」

 ザクッ


 床に深々と刺さる剣、目が点になるウルファ。


 「床に刺さったのに、無傷だ・・・、しかも振りやすい。」

 『グリップが少し細いな。もう少し太くしてやる。[アルケミーモールディング]』

 『こんなもんかな。』

 「おお!さっきより握りやすいし、力が入りやすいな!」

 ブンッ!

 『さっきより、剣速が上がったな。これでいいだろう。刃を付けるから貸せ』

 「これに刃が付いたら、ヤベーんじゃないか?」

 『悪戯で人に向けるなよ?、サクッと半割になるからな?[アルケミーモールディング][シャープネス]』

 『よし、その椅子に刃を置いてみろ』

 「おう、はぁ?」

 スー・・・トン


 椅子の背もたれに刃を置くと、抵抗も無くそのまま床に落ちた。

 ウルファの表情は、唖然としたように、口を半開きにして、目が点になっている。


 「自分の足を切らねぇように、気を付けねぇとヤベェな。」


 何とか絞り出した台詞がこれだった。



 ワーウルフのウルファは、約1か月程囚われていたらしく、ガリガリに瘦せていた。顔は武骨な人間だけど、耳は頭の上にあって人間の耳の部分には何もない。

 尻尾があって、体は毛深い。

 でも、栄養が足りてないから毛並みはボサボサで、所々抜け落ちていて痛々しい。

 狼らしく、歯には犬歯が生えていて、笑うとちょっと怖い。


 この街の武器屋も、官吏の手下みたいなので、後でしょっ引くか。


 『コルス』

 「・・・何か嫌な予感が・・・」

 『この街の、官吏に関係してる連中をリストアップしてきて。』

 「・・・はーい。」

 『執事さん、今大丈夫?』

 『何でございましょうか?アルティス様』

 『伯爵にタックアーンの官吏を牢に入れたから、代わりの官吏を派遣してって伝えてー』

 『そんだけっすか!?、反応薄くないっすか!?』

 『コルスうるさい、相手は後でしてあげるから、今は真面目な話中。』

 「しょぼーん・・・」

 「どうした兄ちゃん?」


 『偽ギルド長も捕らえたから、街の維持に必要な警備隊も、一緒に連れてきて』

 『畏まりました。ゴロツキについては如何しましょうか?』

 『こっちで、処分しようか?』

 『できるのなら、お願いいたします。』

 『了解。終ったら連絡しますね。』

 『お待ちしております。』


 さすが執事さん、対応が超早い。


 『あるじー、外の様子はどお?』

 『特に何も無いよ?30人程しかゴロツキ来てない。』

 『それは、あったと言うべきじゃ?。』

 『片手間の話だ。大して何もしていない。』


 『コルスに官吏の手下をリストアップしてもらうから、今日中に片付けちゃおうよ』

 「私の仕事、多くありませんか?」

 『有能なんだから、仕方ないじゃん?』

 「有能・・・褒めても何も出ませんよ?」

 『そうか?、嬉しさが溢れまくってるぞ?』

 『ペンター、残りの10人の始末お願い。』

 『私一人でですか?』

 『突撃して来ないって事は、頭がキレるって事の証左だから、騎士3人かルースとメビウス使って、とっとと始末してきて。』

 『りょーかーい。』


 ホント執事さんの部下は有能過ぎて使い勝手がいい!。

 ペンタは普段、飄々とした感じだけど、コルスと違って細かい事に気が付くんだよな。


 『何か今失礼な事考えませんでした?』

 『何で判ったの?』

 『酷い!』


 コルスは勘がいい。

 ただ、探索は得意だけど、戦闘が苦手らしい。

 投擲は得意らしいから、ちょっと長い針でも持たせてみようかな?


 『コルスは、あるじにリストを渡してきて。』

 『はーい』


 ペンタから報告の念話が来た。


 『終りましたが、一人始末できなかったのが居ます。』

 『早いな、えらいえらい、で、残った奴ってのは?』

 『住民が匿ってまして、本当はいい子なんだから、今は、何かが可笑しいと言ってまして。』

 『ほう、何がおかしいんだ?』

 『前神父の息子で、元々は神官だったそうなんですが、神父が死んだ時に性格が、いきなり粗暴に変わったそうです。』

 『教会で、何かがあったんじゃないかと言ってる訳か。』

 『そうです。教会にも行ってみたんですが、特に変な所も無くて。』


 『匂いどうだった?』

 『匂いですか?、ちょっと甘い匂いがしていましたが、それ以外は判りませんでした。』

 『甘い匂いねぇ、今どこにいる?』

 『教会の前です。』

 『そっちに行く。』

 『あるじ、教会に行こう。ウルファも』

 「アルティス、この剣いいな。私も」

 『あるじには、もっといい剣作るから、材料手に入るまで待ってて。』

 「・・・そうか。判った。」


 教会の前に着いた時、何となく異常があると感じられた。

 ペンタが、ちょっと変だ。


 『[鑑定]・・・チャームにかかってんじゃねぇか。』


 そうか。


 『ペンタ、どの辺見た?』

 「中に入って、一回りしただけです。」

 『中に入ろうと思うけど、その前に[ディスペル]』

 「え?、一体何が・・・」

 『お前、チャームにかかってたぞ?、教会に入ったのは、ペンタだけか?』

 「はい、私だけです。」

 『このペンダント付けて。ウルファも』

 「はい。」

 「お、おう。何のペンダントだ?」

 『精神異常耐性付与だよ。』

 「騎士さんはいいのか?」

 『あるじは、MAG4000超えだよ?要らないよ。』

 「マジかよ!、そんな人間、というか、そんな奴初めてみたぞ?」

 『俺も4000超えだ。』

 「と、とんでもねぇな。あんたらには、魔法が殆ど効かねぇって事だろ?、スゲェな。」

 『行くぞ。』


 中に入ると、入り口の扉から入ってすぐの所で、魔力の膜を通った感覚があった。


 『ペンタ、さっきと違う所は?』

 『祭壇の下ですかね、あんな物は無かったと思います。』

 『何か変な所あるのか?』


 アーリアが、アルティスに聞いた。


 『神像変じゃない?、平面的というか・・・。怪しいと思ったら[ディスペル]!』

 ガシャーン

 「な!?、何故破られたんだ!」

 『ナイスあるじ![鑑定]こいつ、魔族だ。』

 『切る!』

 ズバッ

 「ぎゃあああぁぁぁー」


 アーリアが切り伏せたが、HPがまだ残っていたので、拘束した。


 『[ストーンバインド]』

 『ん?倒したぞ?』

 『まだ生きてるよ。HP半分残ってる。ウルファ切ってみて。』

 『おう』

 サクッ


 ウルファが首を落としたが、HPが半減しただけで、死んでない。


 『首を落としても死なないのか。どうやって殺すんだ?』

 『こいつの種族は、魔族か?ヴァンパイアか?』

 『魔族でヴァンパイアの眷属』

 ザクッ

 「ぎゃああああぁぁぁ・・・」

 サラサラサラ


 種族を聞いたウルファが、即座に心臓を貫き殺すと、塵になって消えていった。


 『ヴァンパイアを倒すのは、心臓を潰すのか。』

 『そういうこった。』

 『後は・・・ペンタ、鐘の所に何か魔道具付いて無いか見てきて、あったら破壊して。』

 『はい。』


 鐘には、魔道具が付いており、鐘を鳴らす度に精神魔法が、街中に届く様にしてあった様だ。

 祭壇の下には、別の魔道具があり、チャームと洗脳がかかる様になっていた。

 魔力を使っている魔道具は、魔力感知に引っ掛かるから、設置場所も丸わかりだ。


 「ペンダント返すぜ。」

 『着けたままでいいよ。よっぽどの強い奴以外は、全部防げるから。』

 「いいのか?、売ったら凄い高く売れるぞ?」

 『俺が作った物だから、問題無い。』

 「ありがとよ!、有難く受け取っておくぜ!」

 『帰って飯だな!』


 宿に泊まるのかと思ったら、官吏の家を使う事になった。

 使用人達は、基本的に官吏に脅されてて、殆ど無給で働かされていたらしく、牢屋にぶち込んだって教えたら喜んでた。


 『官吏の裏帳簿確認しないとなぁ』

 「誰がやるの?リア?アル君?」

 『そりゃぁペティの役目でしょ?』

 「無理無理、私そんなのやった事無いし!」

 『でも、俺とあるじは調理場で晩飯の支度しないといけないし、他に判りそうな人も居ないし・・・チラッ』


 コルスをチラ見した。


 「ちょ、ちょっと、何で私を見るんすか?」

 『できそうじゃん?そういうのやってそうじゃん?』

 『ペティも調理場で何か料理の練習する?』

 「美味しいのを作れるようになるかなぁ?」

 『なるなる。将来、好きな男ができた時に、お弁当作ってあげるとかできる様になるよ?』

 「帳簿の確認がんばりますっす!、ペンタ!行くっすよ!」

 「うぃーっす」


 ちょろい。使用人数人連れて調理場で茸を料理したよ。油がたくさんあったから、天ぷらと、鹿肉のソテー、ケバブ等、パンに挟む肉料理を作ったよ。

 使用人の一人が料理スキルを持っててね、指示するだけでサクサク作れるんだわ。

 そして作った料理も美味しい。

 出汁の取り方を教えたら、目をキラキラさせて見てたよ。

 ピタパンも作ったことが無かったらしく、凄く喜んでた。

 モルトファンガスを漬けた水も正解だったらしく、イーストとして使えたよ。だから、樽の中から少し分けてあげて、干しフルーツと一緒に壺の中に保存する様に教えてあげた。

 ホントは密閉した方がいいんだけど、瓶もコルクも無いからね。

 新しい官吏に、ふかふかのパンを作ってあげたら、きっと喜ぶよ。


 作り方は、思ったんだけど、あれってやっぱり、薪オーブンで作る時の方法そのまんまなんじゃないかってね。

 生地捏ねて、一時発酵の時、オーブンの上に放置すると温度が丁度いい感じになるし、二次発酵は成形してからオーブンの準備ができるまで放置して、鉄板の上に置いて焼くって感じで。

 温度は、薄くした木片を入れて燃えないくらいに冷えたらって感じで。

 オーブンは、本場のピザ窯みたいに、中で薪を燃やして余熱、薪を減らして温度を調節して焼くって感じ。温度間違えると5分で真っ黒になるの。

 細かい温度調節は判るみたいだし、後は自分たちで試行錯誤して作ってね!


 晩飯には、ウルファも一緒に食ったよ。

 あまりの美味さに目がキラキラしてて、「俺、アルティスさんの弟子になる!」とか言ってたよ。

 加えるかどうかは、あるじに任せる。

 晩飯にはちゃんと、コルスとペンタも呼んだよ?忘れそうになったけど、今日は影の薄かったルースが覚えてた。


 「アルティスさん、忘れてませんでしたか?」

 『お、覚えてたよ?ちゃんと!』


 アブねぇ、こいつ勘だけはいいんだよな、勘だけは。

 ほら、ペティお手製のちょっと焦げたパン食べてあげなよ!


 「ペティ様うま『ペティ様だと?』い・・・お嬢様美味しいです!」

 『てんぷらは?』

 「天ぷらも美味しいっす!、これがあのファンガスだなんて信じられませんよー」

 『余計な事バラすなよ、ウルファが驚いて喉詰まらせたじゃないか!』

 

 こいつ段々調子こいて来てないか?口調も最近下っ端臭漂う感じになってきたし。

 ジト目で睨んでたら


 「口調戻します・・・」


 心を読まれた!?どんだけ勘がいいんだよ、まったく。


 「アルティスさんの尻尾は正直ですからね!」


 尻尾かぁ・・・、無意識に動くから制御難しいんだよなぁ・・・。



 食事後、茸の森の話題が出たので、状態異常耐性の話をした。

 ナットゥからタックアーンに向かう途中で、毒の平原ときのこの山・・・じゃなくて森という、状態異常のオンパレードを経験したので、アクセサリーを作ってみる事にした。

 とは言っても、茸が生えて来る現象は、状態異常の種類が判らないので、放置するしかないね。


 『森に入ると数日後に白骨化して、茸の苗床になっているという現象については、判るよ。』

 「判るのか?どういう理由なんだ?」

 『状態異常にかかって、衰弱死、そこに茸の胞子が入って、茸の根が育ち、肉体を栄養に変えられながら茸が育つんだろうね。』


 「茸の根とは?」

 『茸ってのは、育つ時は木から生えて来るんだよね?つまり、歩き回るアレは、実は花の部分で、本体は倒木の中にあるんじゃないかと思うんだよね。』

 「アレのどこが花なんだ?」

 『花というか、種をばら撒く為の物だね。』

 「動き回って種を広範囲にばら撒く為にあると?」

 『そう言う事。種の保存という点から見ても、広範囲にばら撒けるから、生き残る確率が高くなるでしょ?』

 「確かに、一か所に群生するよりも、生き残る可能性は高くなるな。」


 「でも、状態異常になるのはどうしてですか?」

 『少しでも栄養を得る為に、状態異常にして衰弱死させる為?』

 「そう言う事か。」

 「状態異常を防ぐ方法はあるんですか?」

 『アクセサリーに状態異常耐性と毒耐性を付与するか、あの木の皮のエキスを染み込ませた、布をマスクにして、胞子を吸い込まない様にするしかないね。とりあえず、全員分の状態異常耐性付きのネックレスね。』

 「これは宝石?初めて見るい色合いですが、凄く綺麗です。」

 『オパールだよ。虹色に輝くでしょ?色んな状態異常に対応するから、そういう多色系の宝石を使う方が効果が高いんだよ。』


 「こっちの腕輪は何ですか?」

 『男性用かなぁ。宝石を付けると、どうしてもおっさんには似合わなくてね。』

 「確かに。」

 『ウルファには、状態異常耐性と精神異常耐性の両方を付与した物を渡しておこう。』


 「それも宝石ついているんじゃ?」

 『キラキラしない様に、表面をツルツルにしてあるんだよ。ダイヤモンドだけど、これなら目立たないからね。』

 「ダイヤモンドにする理由ってあるんですか?」

 『ダイヤモンドは、組成が多面体だから、オパールよりも多くの対応能力があるんだよ。これの上となると、魔力鉱石くらいしかないから、これが一番妥当なんだよ。魔力鉱石にしたら、ウルファの命が狙われるからな。』

 「それは、本末転倒ですね。」

 

 魔法を付与する物には、今の所、必ず宝石か魔石が必要になる。

 魔石は含有魔力量、宝石はモース硬度か圧力量が必要で、宝石の場合は種類や組成元素の種類によって、付与できる物、できない物、適して居る物とそうでない物に分かれて来る。


 例えば、ブラックオパールやブラックオニキスには、光魔法の付与ができないが、闇魔法ならすんなり入るとか、アクアマリンやサファイアに、火魔法は付与できないとかね。

 適して居る物とそうでない物というのは、付与はできるが、効果が限定的になってしまう場合の事だ。


 今回の様に、状態異常耐性を付与したい場合は、全ての状態異常、睡眠、麻痺、混乱、気絶、酩酊、毒、バーサク、フリーズ、石化、木化などの種類も属性も多岐に渡るので、単色の宝石に付与する事ができないというか、難しいのだ。


 因みに、状態異常の内、石化と木化については、即座に治さないと、死んでしまう可能性が高い。

 どちらも、石になるか、木になるかの違いでしかないのだが、変質した部分の血管は当然潰れるので、境目では壊死が始まり、放置するとどんどん広がっていく。

 頭や心臓がかかってしまえば、即死判定になる。


 とりあえず、複数の効果を付与する時は、オパールやアンモライトの様な多色に光る宝石が適しているのだ。

 しかし、その定義に乗らない宝石もあって、それがダイヤモンドという事だ。

 ダイヤモンドとは、炭素分子の12面体で構成されている為、その12面を使って付与をするイメージだ。


 この付与の方法については、分子構造を知っているアルティスだからこそ可能な方法でもある。

 ただ、本当にそんな付与方法かといえば、多分違う。


 あくまでも、魔法はイメージの再現により発動する物として考えているから、そう言うイメージで付与をしているだけなのだ。

 分子構造云々で言うと、オパールの分子構造なんて調べた事は無いので、同じ付与ができないしな。


 アルティス曰く、宝石には色々な引出しがあって、どの引き出しを使っても、行き着く先は同じ所で、端子が何種類もついている様なモバイルバッテリーみたいな物ということらしい。

 魔石の場合は、ポータブルバッテリーみたいな物で、大容量の魔力、複数の端子があって、消費魔力の少ない魔法を1個だけ付ければ、数十年は持つらしい。

 魔力吸収端子を付けてやれば、半永久的に稼働させる事が可能だとか。


 但し、魔石は劣化するので、長期間の使用には向いていない様だ。

 ただ、劣化するのは、数百年後の話なので、劣化しても問題無い物に使うのなら、当分の間は交換の必要も無いし、便利に使える物だろう。


 そして、チートなのが魔力鉱石だ。

 これは、宝石の特徴と魔石の特徴を併せ持って、且つ、小さな魔力融合炉を持っている鉱石で、MPが切れる心配が無いのと、劣化もせず、複数の魔法を付与しても余裕があるくらいの、大容量なのだ。


 魔力鉱石は、超高圧力で高濃度の魔力に晒されると、稀にできるらしく、現在見つかっている魔力鉱石の中で、最大な物は、ペティの拳くらいの塊らしく、それだけで白金貨1000枚の価値があると言われている。


 アルティスは、森の岩場でいくつかの魔力鉱石を見つけているが、最大でも4㎝程の大きさしかないのだ。

 それ程に貴重な鉱石ではあるが、アルティスは使える場所があれば、あっさりと使ってしまうだろう。



 『コルス、夜襲の警戒よろしくね』

 「えー!?人使い荒くないですかー?」

 『元々やる気だっただろ?』

 『何でバレてるんす・・・ですか!』

 『口調難しいなら小物臭漂う「っす」って付けてもいいよ?』

 『警備は、ルースとメビウスもちゃんと使ってやれよ?』

 『使っていいんですか?』

 『使わないとダレるし、夜なら邪魔されずに探知方法教えられるだろ?』

 『まぁ、そうですね・・・、お嬢様の料理で手を打ちます!』

 『執事ー』

 『わーっ!わーっ!、判りました!やりますっ!』

 『アルティス様、何か御用でしょうか?』


 コルスを脅すためにコルス宛に言っただけなのに、執事が返事してきたよ!?


 『今の聞こえたの?』

 『いえ、呼ばれた気がしただけです。』

 『そっか、特によう・・・あ、そうだ、新しく部下を作る場合、何か必要になる事ある?』

 『アルティス様の部下ですか?、お嬢様の護衛にですか?』

 『俺の部下かな?ペティの護衛にも使うけど。』

 『アルティス様の部下なら、特に問題はありませんが、ホリゾンダル伯爵が関連することだけは、必ず伝えて下さい。』

 『判った、獣人だけど差別とかある?』

 『いえ、特にありません。魔族以外なら大丈夫です。』

 『ありがとう。』

 『お役に立てて、光栄に存じます。』


 特に問題無いらしいし、あるじが連れてくって言っても大丈夫だな。

 あれでも一応、一流冒険者らしいからな、戦力アップになるぜ。


 夜は、特に何事も無く、朝になった。

 使用人達は、新しい料理法に夢中になって、沢山作ったパンの試食会チックな朝食になった。

 丸パン、フランスパン、ライ麦パン等色々あったが、ライ麦パンには問題があったので、食べるの禁止にした。


 何故かというと、毒の反応があったからで、鑑定してみると麦角(ばっかく)入りとなっていた。

 毒と聞いてあるじが剣に手を添えたが、止めた。


 『麦角って知らないんだね。』

 「何ですかそれ?」

 『ライ麦の病気なんだけど、ライ麦の中に黒かったり、異常にデカい粒が混じってたりすると、人間には毒になるんだよ。』

 「それは弾けばいいのでは?」

 『粉になってたら判らないでしょ?』

 「ここは小麦を粉で買っているのか?」

 「はい、いつも粉を買っています。」


 本当は、粉曳が弾いてくれればいいんだけど、知らないのなら弾かないだろう。


 『ライ麦は麦角になりやすいんだよね、だからライ麦に混じってたっぽいね。』

 「食べ続けるとどうなりますか?」

 『発熱、壊疽(えそ)、痙攣なんかが症状としてあるね』

 「あ、一人熱が治まらなくて休んでる人がいますし、痙攣も殆どの使用人が出ています。」

 「治療法は?、あと、〈エソ〉って何ですか?」

 『食べなきゃいいだけ、で壊疽っていうのは、体の先端が黒くなって、腐り落ちる事だよ。』

 「ライ麦は平民の殆どが食べていますので、食べないとなるとその・・・。」

 『ライ麦がダメなんじゃなくて、麦角菌に感染してるライ麦がダメなんだよ、だから粉にする前に取り除けば大丈夫。』


 説明を聞いて、ほっとした様子だが、更に爆弾を落とした。


 『それ以外にも、早産や不妊の原因になるから、早急に改善しないと駄目なやつ。』

 「え?妊婦にも影響があるんですか?、早く原因を取り除かないと駄目ですね!」

 「!?」

 「私、子供が生まれなくて、昨年離縁されたんです・・・ううう」


 不妊になる原因は、一つでは無いが、少しでも原因を潰せるのであれば、潰さなければならないのは、道理だ。


 『あるじ』

 「粉曳に通達を出さなければ!」

 『この街の粉曳だけでもいいから、早急に手を打ちたいね。』

 「この街には何軒粉曳がある?」

 「私が知ってるのは・・・3軒です。」

 「あ、でも内一軒は、盗賊ギルドの・・・」


 あいつら、こんな所でも迷惑かけてんのかよ!

 仕方ないから、出発は午後からだな。


 『街の粉曳家を回ってから、出発かな・・・?』

 「急ぐわよ!」

 「行きましょう!」


 最初は、一番近くの粉曳家に来た。

 店主に聞いてみると、黒い粒は見つけたら小まめに取り除いているとのこと。

 先代から、黒い粒は呪いの元だと教わっていたらしい。


 粉曳家の会合ってのがあって、そこでも伝えてるから、良心的な粉曳家は殆ど混ざってない筈と言っていた。

 そして、可能性で言えば、盗賊ギルドの粉曳家は、取り除くなんて、やってないだろうと言っていた。

 粉曳家には、黒い粒は、子供を産めなくするから、絶対に取り除くように!と伝えて、手分けして向かった。


 盗賊ギルドの粉曳家は当然アルティスとアーリア、ウルファとペティ、それにコルス。

 残りは良心的と思える方に行ってもらった。

 移動中に伯爵から、国王に連絡してもらえないか相談する事にした。


 『執事さーん』

 『はい、アルティス様、御用でしょうか?』

 『新たに問題が発覚したので、伯爵に伝えて欲しいんですが。』

 『はい』

 『ライ麦の病気にかかった粒を粉にして食べると、不妊や早産、発熱や痙攣を引き起こすので、粉にする前に取り除くよう通達して欲しいんです。』

 『ほう、ライ麦ですか。平民がよく食べてますね。』

 『たまに、黒くて長い粒が混じっている事があるので、これを絶対に取り除くようにしないと、病気になります。』

 『!?そんな事が起こるのですか!!』

 『食べ無くなれば、病気は自然と治るので、王様も知らないようであれば、教えてあげて欲しいのです。』

 『承りました、すぐに調査の上、旦那様へ報告してまいります!』

 『お願いします!』


 これで何とかなるかな?あとは、盗賊ギルド関連か・・・。


 建物の前に着いたが、物音が一切しない。

 ドアを叩くが反応が無い為、ウルファがドアを蹴破り、中へ入った。


 「なんだなんだぁ?ここを何処だと思ってやがるんだ!、盗賊ギルドの直営だぞ!」

 「おう、居やがったぜ。どうする?コイツ。」

 『取り押さえて、中を調べよう』


 ウルファが男を取り押さえ、その間に中を調べていると、ライ麦の袋が山積みになっているのを見つけた。

 石臼で麦を挽いてる様だが、人がいない。

 作業員が一人もいないのだ。

 建物の奥に入っていくと、地下に降りる階段があり、中には粗末な服を着た少年少女が、檻の中に閉じ込められていて、地面にある器の中には茹でたライ麦が入っていた。


 『ライ麦って茹でただけで食べてるのを初めて見たな。』

 「これ、黒い粒が入っているわ、これが麦角ってやつかしら?」

 『そうそれ!、こんなの食べてたら体に悪いよ。』


 檻の更に奥には、体調の悪そうな大人の女性が数人寝ており、長期に亘り閉じ込められている様子だった。


 『この子達を治療する。他の子達は一旦外に出そう。この粉曳家は廃業だ。』


 治療術を使って一人ずつ治療を施し、凄く感謝された。

 本当は、麦角さえ食べなければ治るんだけど、時間かかるし、治るまで辛いからね。


 囚われている子達を檻から出し、外に連れ出した。

 子供達は、奥にいた女性達の心配をしていたが、すぐに歩いて出てきたのを見て、安心した様子だった。


 『一旦官吏の家に保護して、その後は伯爵にお任せしよう。』

 「そうね、連れて行く訳にもいかないし、ここの街で、何とかしてもらうしか無いわね。」

 『ウルファ、そいつを捕縛して官吏の家の牢に、入れておいてくれ。』

 『了解したぜ、アニキ。』


 あるじはウルファをどうするんだろうか。


 官吏の家に連れてきた子供達、奴隷紋があるのかと思いきや、そんな物は無く、食うに困っていた所を雇われたと言っていた。

 しかし、給料はもらえず、奴隷の様な待遇で働かせられていたという。

 使用人達に子供達の世話を頼み、俺達は王都へ向けて出発する事にした。


 「アニキ、俺はついて行ってもいいんですかい?」

 『あるじどうする?』

 「それなりに腕は立つけど、今はまだ弱っているし、この旅は、冒険ではなくて、お嬢様を王都に連れて行く旅なので、取扱いに困るというか・・・。」

 『じゃぁウルファ、ここで子供達の護衛をしながら、体を全盛期にもどしてくれ。次に会った時に、体が戻っていて、旅をするのに問題無い様であれば、その時に連れて行こう。』

 「あの・・・、私達はどうしたらいいのでしょうか?」


 麦角に侵されて寝込んでいた人たちだ。


 「貴方たちも、ここでウルファと一緒に、子供達の世話をしなさい。体調がよくなったら、仕事をどうするか考えて、自立して生きていきなさい。」


 珍しくペティがまともな事を言った。


 『ここの使用人達に、仕事を教えてもらうなり、料理を教えてもらうなりして、やりたい事を探すといい。粉曳家を継いでもいいぞ。』

 『ウルファはこの子達の力では、どうにもならない様な事があれば、手助けしてやって欲しい。新しく来る官吏の事もあるからな。ウルファでもどうにもならない事、つまり、貴族関連だな、そういう場面で困ったことになったら、俺か、ホリゾンダル伯爵家の執事に相談するといい。』

 『承りました。』


 執事さんからの返事も来たし、もう大丈夫だろう。てか、あの人には筒抜けなんだな。

 新しい官吏が来る事になっていて、伯爵から指示を受けて、ちゃんとやってくれるか心配ではあるが、信じるしか無いだろう。


 お昼の時間になった様で、使用人達がご飯を持ってきた。

 丁度いいからみんなで、ご飯を食べてから出発するとしよう。

 お昼のメニューは、残った茸を使って、キノコパイを作ったらしい。

 パイ生地には、酵母は使わないから、簡単に教えられたよ。


 材料は同じでも、作り方次第で、色んな生地になるって知って、驚いたみたいだな。

 ベーキングパウダーは、この世界では、まだ難しいみたいなので、メレンゲも教えてあげたよ。

 小麦粉と混ぜて焼けば、パンケーキ作れるし、お菓子も作れるからね。

 スィートラディッシュの汁を煮詰めて、砂糖を作れるって事も、伝えておいた。

 日本でも売ってるけど、甜菜糖(てんさいとう)が作れるんだよ。

 オリゴ糖がたっぷり入ってるから、健康にもいい砂糖が作れる。


 農家にも教えて、スィートラディッシュの生産量を増やせば、名産になるかも知れない。

 これから、是非色んな料理に挑戦して、発展させていってほしいものだ。

 店出すなら出資するよ?って言ったら、


 「最初は、自分たちで始めます。新しく来る官吏の方にも協力してもらいますので、多分大丈夫だと思います。お気遣いありがとうございます。」


 だってさ。

 ちなみに、助けた子供達は、官吏が来たら多分、追い出されると思うから、ウルファに住む場所を探す様に伝えておいたよ。

 金は持ってないけど、金になる物は腐る程あるから、練習がてらに作ったアクセサリーを30個程と、ウルファ用の防具を作って渡しておいた。

 アクセサリーの売値は、全部で白金貨20枚分くらいあるらしい。

 自分で着けたいものは、使っていいとも言ってある。

 まぁ、全部宝石が付いてるから、アイツが着けても全然似合わないんだよねぇ。


 防具は、ツイストホーンディアの革を使って作ってやったよ。

 間に、チタン合金の板を挟んで入れてあるから、普通の鉄の剣で斬られても、貫通はしないと思う。

 

 使用人さん達には、精神魔法耐性と毒耐性を付与した、ヘアピンをあげた。

 それと、官吏の館の屋根には、精神魔法耐性付与の魔道具を設置しておいた。

 かかってる人が訪れると、精神魔法が消えるから、使用人達には、ちゃんと動いてるかチェックするように、お願いしておいた。


 一応、燃料の魔力は、空気中のマナを吸収する様にしてあるんだけど、空から飛んで来たりすると、解除されたりするからね。

 何事も、完璧に防御する事なんてできないから、定期的にチェックしてもらわないと駄目なんだよね。


 願わくば、これからのタックアーンに、再び災厄がふりかからない事を祈るばかりだ。

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