第65話 エスティミシス王国の悲劇
ティニークラーケンの検証が終われば、次はフィンバックホエールの解体だ。
セイレーンの村の中では置く場所を確保できないので、近くの岩場の上に出した。
姿は潜水艦の様な形で、上に飛び出している瘤は、中に脂肪の塊の様な白い肉がぎっしり詰まっており、食べてみると馬肉の鬣の様な食感で、とても美味だった。
寄生虫の類は内臓に集中している様で、肉の方には全く居ない様子で、クイタイの時の様に捌いている途中で、寄生虫がコンニチワする事も無かった。
肉質は、魚の様な肉の様な、どっちつかずの感じで、背側の身は肉っぽいが、腹側の身はマグロの様な食感だ。
皮は分厚く、皮下脂肪があり、脂は生臭みが全くなく、サラッとしていて脂身を食べても、諄さを全く感じなかった。
『この脂身はいいな。大量にあるし、潤滑油にも使えそうだが、食べると美味い。』
「太りますよ?」
『魚系の脂は、多少食った程度じゃ太らないんだよ。常温で固まらないから、サラッとしてて食べやすいな。っと、忘れてた。[鑑定]・・・やっぱり、食べ過ぎには注意した方がいいな。』
「どうしたんですか?」
このクジラの脂は、消化しにくいらしく、大量に食べると消化されないまま垂れ流す様になるみたいだ。
たしか、深海魚でそんな油を持つ魚が居た筈だ。
身は大トロだが、脂が消化できないから、食べ過ぎるとやらかす奴で、脂は漏れ出て来るらしくて、食べたい人は出し切るまでおむつを履いて過ごすのだとか。
このクジラの脂も同様の性質があるらしく、食用として使う場合には、危険が伴うらしい。
危険とは、やらかすって意味だろう。
『この脂は、食用にすると、下から出て来るらしい。別の用途を考えた方がいいな。』
「下から出て来る?どういう意味ですか?」
『尻から漏れ出るって意味だよ。』
「・・・止めるにはどうすれば・・・?」
『試食した分程度なら、大丈夫だと思うよ。食べ過ぎた場合にやらかすって意味だよ。』
「ほっ。よかった。」
この皮下脂肪は、厚さが20㎝程もあり、クジラの長さが60mあるから、相当な量が取れる事になる。
魚の餌にしてもいいのだが、折角だから別の用途で使ってみよう。
『この脂を搾り取って、ランプの油として使えないかな?』
「ちょっとやってみますね。」
ランプの油は、通常は動物性の油を使っていて、オークや猪系の脂身を搾って作られているので、香ばしい肉の焼ける匂いがするのだ。
他には、ハニービーの巣の蜜蝋を使う事もあるのだが、蜜蝋は燃えると甘い香りがして、それはそれで空腹を刺激するそうだ。
こいつの油は、どんな匂いになるのやら。
「どうですか?匂いますか?」
『うん、美味しそうな匂いにはならないな。パラフィンオイルの様なケミカル臭か。燃え方も激しすぎないし、オイルランプ用のオイルとしていいんじゃないか?』
「一度に大量に獲れますけど、獲るのが大変な分、少し割高になりそうですね。」
『そうだな。オークの油よりも高く、蜜蝋よりも安くって感じでいいんじゃないか?』
「この油を搾る工場を作っても、安定供給できなければ、収益に繋がりそうに無いですよね?」
『お、勉強の成果がでてきたじゃんか。いい線行ってるぞ。油の搾汁をやる工場は、普段はティニークラーケンを処理するのでいいんじゃないかな?』
ティニークラーケンを獲る時に、偶然倒す感じになりそうだし、専門でやるよりも、時々やる事にした方が、安定して稼げるだろう。
心配なのは、ティニークラーケンを餌としているので、獲り過ぎるとティニークラーケンが増えて、バランスが崩れてしまう事になりそうな点だな。
『シーア、ティニークラーケンは時期的なものなのか?』
「そうですね。普段はもっと深い所に居るんですが、今の時期になると浮いてくるらしいです。」
『シールと何か関係があるのかな?セイレーン達に調査をしてもらった方が良いな。ティニークラーケンを獲り過ぎるとフィンバックホエールが減るだろうし、フィンバックホエールを獲り過ぎると、ティニークラーケンが増えすぎるだろうから、バランスよく漁をしないと、魚も減ってしまう可能性があるな。』
「畏まりました。生態調査をする様に伝えておきます。」
クジラの解体をしていて判ったのは、胃袋の中から大量のティニークラーケンが出て来たので、数が減るとティニークラーケンが増えすぎる結果を招くだろうという事だ。
対して、ティニークラーケンの胃袋には、小魚の破片がぎっしり詰まっているので、ティニークラーケンの数が増えれば、魚の数が減り、セイレーン達にも人間にも影響が出てしまうだろうという事だ。
フィンバックホエールもクラーケンと同じくらいの数がいるとしても、その巨体さ故に絶対数は少ないと思われ、獲り過ぎには注意しなければ、絶滅もあり得る話だと思う。
因みに、フィンバックホエールは鰓があって、肺が無いので、魚認定したよ。
哺乳類なら、背中の瘤に呼吸器官がありそうだと思ったのだが、気道になりそうなものは無く、ベルーガの頭の瘤の様な、センサーや通信用の感覚器官としての役割があるのかもしれない。
将又、浮力を得る為の浮き輪代わりかもしれないし、単なる栄養タンクの様な物かもしれない。
いずれにせよ、調べてみない事には何も判らず、現時点で解っているのは、美味しいという事だけだ。
「この瘤の部分の脂も消化できないんですか?」
『[鑑定]ふむふむ、こっちは大丈夫みたいだな。皮下脂肪というよりは、内臓脂肪の方なのかも知れないね。身の方に入っている脂も問題無いみたいだし、気を付けるのは皮下脂肪だけでいいみたいだね。』
「となると、1頭だけでもの凄く大量のお肉が採れるって事になりますね。」
『そうだな。歩留まりの良さは、圧倒的だな。』
「ぶどまり?」
『この場合は、労力に対して得られる物の多さだな。』
実際のところ、現時点でも可食部の多さと、食べられなくても利用価値のある物が、大量に得られている。
更に、まだ確認していない部分についても、利用価値が高いと思われる部位はある為、ほぼ余すところなく活用できると思われる。
「確かに、労力と言っても、シーアの放ったショックインパクト1発ですもんね。これ全部を売ったら、とんでもない金額になりそうですね。」
『そうだな。でも一度に売るのは不可能だから、少しずつ売るしかないだろうな。加工する事も視野に入れて、どんな料理に使えるか、検証してみてくれ。』
「判りました!」
新しい食材を使って料理ができると思うと、楽しくて仕方が無いのだろう。
カレンの返事には、力が籠っていた。
アルティスは引き続き、他の部位の確認を続けることにする。
まず、内臓については、腸や胃袋には寄生虫がわんさかいるものの、表面にへばりついているだけで、食い荒らしている様な感じは無く、寧ろクジラが食べた物を食べている感じで、取り除くのも容易にできる様だ。
寄生虫の大きさは、デカい物で長さ4mにもなり、太さも20cmで、鑑定の結果ではサンドワームの近縁種で、これも一つの進化先になっているのだと思う。
他の小さな寄生虫については、小さいと言ってもアルティスと同じくらいのサイズがあり、セイレーン達は釣りの餌にできると喜んでいる。
他の臓器については、心臓と肝臓が巨大で、虫も居らず毒も無い事から、食べられそうだと思う。
それ以外の臓器については、錬金術で薬の材料に使えるそうだが、薬というよりは栄養剤?的な感じで、弱った肝臓に効くとか、ダイエットにいいとか、そんな感じだった。
オルニチンかな?
皮については、乾かしてもパリパリになる事は無く、水を良く弾き、弾力もあるビニールシートの様になるので、4m四方のシートにして、折りたたんだ物を売る様にした。
体のサイズから計算すると、700平方メートルくらいのサイズになりそうなので、ざっくり計算しても40枚以上は取れそうだ。
4m四方のサイズに揃えるのは、雨具としての加工も考えられるが、テントの方が重宝しそうなので、大きめのサイズで売れると思うのだ。
また、口の中を見てみると、釣り竿に使えそうな髭がびっしり生えており、1本切り出してみると、適度な強度があり、撓りも良く、折れず曲がらず、そして軽い事が判った。
『これ釣り竿に丁度いいんじゃないか?』
「凄くいいと思います!シーサーペントが食いついても、折れそうにないですし、長持ちしそうですね。」
長い物は5m程もあるのだが、短い物は1m程しかなく、短い物は要らないのか、ホイホイ投げ捨てている。
『短い物も使い様はあるんだから、そんなに粗雑に扱うなよ。取り急ぎ解体作業を先に終わらせて、取り出した部位の取捨選択は後回しで頼むよ。早くしないと肉が腐り始めるぞ?』
「そうでした!?先に解体を済ませます!」
かなりの大きさがあるので、解体作業が大変だったのだが、かなりの量の可食部とそれ以外の素材を確保する事ができた。
肉の方については、カレンが色々な料理を作っており、刺身、鍋、シチュー、ステーキ、塩焼き、漬け丼にフライまであった。
大きいだけに、部位ごとに食感も味もかなり違い、魚特有の臭みも無く、肉の様に加熱すると硬くなる事も無く、赤身の部分は加熱すると少しパサつく事はあっても、総じて食べやすく美味しい事が判った。
『これは、本当に狩り過ぎないように気を付けないとヤバいぞ。こんな金の生る木じゃ、狙う奴が多くなりそうだぞ。』
「狩れる者がいるでしょうか?」
一見、難易度が高そうに見えるのだが、居る所まで来る事ができれば、ショックインパクトは初級魔法だし、運搬は・・・無理か?だが、そこまで考えが及ばない連中は多いので、倒してから考えると言う奴もいるだろう。
『倒すだけ倒して、運搬は後から考えるって奴も居るだろうからな、無いとも言えないだろう。』
「そういう事ですね。でも、大丈夫だと思いますよ。ティニークラーケンが岸に寄るのは今の時期だけですし、ホエールもそれに合わせて上がってきているだけですから、普段いる深海で狩られる事は無いと思いますよ?」
『セイレーンが自分達の為に狩るだけなら問題無いんだが、人間が絡むとなると、バランスが崩れると思うぞ。』
「私達では、食べきれないので、狩らないと思います。」
まぁ、それはそうなんだが、前の世界でも、油を採る為だけに乱獲していた国もあったんだよなぁ。
こちらの世界とは違うと言っても、人間の意地汚さは変わらず、本質は同じと言っていいのだ。
魔法がある分、科学技術の発展は遅れているが、前の世界だって技術革新が起るまでに3千年かかってるんだから、こちらの世界でも同様に時間が掛かっても、その内科学技術が発展すると思う。
その一役をアルティスが担っている感は拭えないが、前の世界の悪い部分を知っているだけに、防げるところは防ごうと思っている。
『人間に頼まれる事もあるかも知れないから、セイレーンの掟なり禁忌なりにして、乱獲しない様にして欲しいんだよ。バランスが崩れたら、予想外の事が起きると思っておいてくれ。』
「畏まりました。」
この世界には神が実際にいて、どこぞの教義では、神は人の行く末を見守っているなんて、良い事っぽく言っているが、要は何もしたく無いから傍観しているだけ。
悪くなりそうな時に軌道修正してやればいいものを、放置してるから、後で慌てて手を打つ事になるって、未だに気付かないんだよな。
だから、あんなニートに頼らずに、できる方策を考えなければならない。
そう仕向けてる?無い無い、偶然そうなっただけなのに、自分達の功績だと言い張る、無能貴族と同じだよ。
何でそう思うか、それは豊穣神がサボってるから、半年間一回も雨が降らないし、偶に降らせても、水のたまったバケツをひっくり返すだけで、ジョウロに移し替えるとかしていないだろ?あれはきっと豊穣の神などでは無く、土石流の悪魔だよ。
『さて、腹も膨れたし、今後の事について話をしようか。』
「はい。」
『漁師たちは、魚を獲り過ぎないように、以前の状態に戻ると思うが、セイレーンはどうする?』
「私達も以前の生活に戻るのでは駄目なのですか?」
『駄目とは言わないが、近隣の街との交流を持って、飢え死にしない様に対策をとる必要があるよね?』
「保存食を蓄えるのと、商売を通じて危機に瀕した時に協力を仰ぐという事ですか?」
『そうだね。そんなに積極的に交流する必要は無いけど、獲り過ぎた分を売ったりするのは、やった方が良いと思うよ。』
「ここでも海運会社を運営するというのはどうですか?」
『んー、どうだろね。時期的に厳しい時が出て来ると思うよ?ティニークラーケンがウジャウジャ居る時は、引っ張るの大変だろうし、フィンバックホエールが浮いて来てぶつかると、乗せてる荷物が潰れかねないね。やる前に、安定して牽引できるルートの確認はしておいた方がいいよ。やりますって言って、できませんでしたじゃ、高額の賠償金を吹っかけられても、文句言えないからね。』
「アルティス様は、やりたくないという事ですか?」
『いや、そうじゃなくて、やる前にきちんと準備しなさいって話だよ。例えば、ルート上にフィンバックホエールが急に浮上してきたら、危ないでしょ?1年を通して安全に通れるルートの確認をして、対岸との交易が成立するかどうかを見極めなければ、疲れるだけで利益が無いなんて事にもなっちゃうよ?』
「難しいんですね・・・。」
『そうだね。魔大陸とエルフの森を結ぶルートは、距離がそれ程でも無いのと、大陸が違うから交易が成り立つんだよ。でも、ここは内海だから、大陸は同じだし、対岸とは離れてはいるけど、獲れる物が殆ど一緒だから、物を運ぶというよりは、人を運ぶ方になると思うんだよね。でもそれだと、休みなく引っ張る事になっちゃうよ?』
このリルパーク海の直径は、約1000キロにも及ぶデカい海で、中間地点に島がある訳では無いので、対岸に突っ切る形にすると約10時間引っ張る事になり、いくら引っ張るのが好きなセイレーンでも、途中でバテてしまうだろう。
交代要員を乗せて運行したとしても、その為の人件費を越える利益が出なければ、赤字になってしまうのだ。
「方法は無いのですか?」
『あるにはあるんだけど、事前調査と港を作る必要があるかなぁ。』
「どの様な方法ですか?」
『沿岸の港に寄りながら行く。』
この方法を使えば、休憩をとる事も可能だし、行商人達も喜ぶだろう。
だが、接岸できる港が無ければ、立ち寄る事はできないし、漁師が漁をする漁場の上を通過するなんて事になれば、トラブルを避けられない。
「トラブルに巻き込まれない様にするには、一旦沖に出るしか無さそうですね。」
『そうだね。それに港も作らないといけなくなるから、ずっと先の話になるだろうね。』
「接岸できるような港が無いのですか?」
『マルグリッドにはあるんだけど、ラクガンスキルには無いね。狐人族は水が苦手だから、船には乗らないと思うよ。』
「マルグリッドの港と結ぶのは駄目なのですか?」
『短距離過ぎるのと、地続きだからメリットが無いんだよね。それに、行商人が船を使っちゃうと、途中にある村に物資が届かなくなるから、村が消える事もあるかもしれないね。』
「先日仰っていた、エルフの森と結ぶ航路はどうですか?」
『それこそ事前調査が必要だよね?ざっくり見ても片路1万キロは離れているから、超長距離の運航になるでしょ?途中で立ち寄れる場所が無ければ、無理そうでしょ?』
「確かに。」
『その調査をお願いしたかったのさ。あの運河を泳げるのかどうかをね。』
「泳ぐことは可能ですが、あの運河の途中には、セイレーンの村が4つあるだけで、船が立ち寄れる港は無いんです。」
『そうなのか。じゃぁ、無理だな。』
運河での船の運航は、無理そうだな。
それよりも、エルフ王国奪還作戦の途中で寄った村以外は、大丈夫なのか?
『その途中にある村は、大丈夫なのか?』
「アルティス様が助けた村が援助しているので、今は大丈夫だそうです。」
『そうか。良かった。』
「そう言えば、シールはどうしますか?」
『忘れてた。もう獲ったの?』
「はい。バッグに入っています。」
『カレンに捌いてもらおう。』
シールは巨大なウナギだから、表面はぬめりが凄いのだが、死んでしまえばぬめりを取るのは簡単なので、半身にして蒸してから焼くだけだ。
関西風の蒸さないやり方は、この世界のウナギでは、皮が分厚過ぎて柔らかくならないので、一度蒸してから焼くんだよ。
しかも身の厚さも凄いので、焼くだけでは中まで火が通らず、生の血液には毒性があるので刺身や生焼けで食すのは推奨しないよ。
セイレーン達は、焼き上がったシールを試食して、ふわふわの身とサクサクの皮に驚いている。
そして、皮と身の間にある、厚さ3cm程の脂が焼く事で流れ落ち、身に染み込んでジューシーになり、皮の方をカリカリサクサクに仕上げるのに一役かってるのだ。
アルティスは、シールが産卵の為にこの近くに大量に寄って来るのなら、ベーグルの特産品にするのもいいと思っている。
今回は、産卵後のシールの味が知りたかったので獲ってもらったのだが、産卵後にも関わらず、脂がのっていて美味しかった。
前の世界では、産卵前の魚は脂が乗っていて美味しかったが、産卵後の魚は、脂が無く、身がパサパサになっているのが普通だったので、こちらの世界でも同様だと思っていたのだが、どうやら違う様だった。
『産卵後なのに、脂が乗っていて美味いな。』
「シールは長生きなので、産卵が終わっても、巣に帰る為の体力が残ってるんですよ。産卵前の元気は無いですが。」
『産卵前は元気なのか?』
「えぇ、煩いと思える程に、ビュンビュン泳ぎ回ってるんですよ。でも、シールがこんなに美味しいのなら、獲ってもいいですね。」
『干したりするのには向いてないから、獲ったら食べないと駄目なんだよ。だから、セイレーンの村で食べる分以外をベーグルに卸して欲しいんだよね。』
「畏まりました。」
『ソフティー帰るよ?』
ソフティーは両手にシールを持って、ずっとモグモグしてるのだ。
そんなにシールが気に入ったのかな?
『気に入ったの?』
『うん!美味しい!』
『でも、もうやめておいた方がいいんじゃないかな?お尻から糸出てるよ?』
勢いよく後ろを振り返り、糸が出そうになっている事に今気が付いた様だ。
それを見て、アルティスは良い事を思いついた。
『シーア!リールに糸を巻きつけて!』
「はい!」
クジラの髭で、竿はたくさんあるのだが、リールに巻く糸が無かったのだが、ソフティーが糸でお腹がパンパンになっていると言うのなら、話は早い。
リールに糸を巻きつけてしまおう。
アラクネ絹製の糸は、釣り界隈では最高級品でアラクネ絹の糸が巻いてあるリールは、お値段なんと白金貨20枚程の価値があるのだ。
リールに白金貨20枚も支払って、どうやって元を取るんだと思うかもしれないが、シーサーペントがかかっても絶対に切れない糸で、塩水に濡れてもほぼ劣化せず、長く使い続けられるのだ。
また、天然成分なので、万が一切れたとしても自然に帰るので、エコロジーだ。
まぁ、腐る前に絡まった場合は、ほぼ助からないと見ていいが。
現状、切る事ができるのは、アーリアとアルティス、それとアラクネ達だけなのだ。
今はシーアが、ボビンの大きさが直径1mもある、大きなリールにテンションをかけてソフティーの糸を巻き取っている。
巻き取る機構として、ネジとナットを使ったレベルワインドを装着している。
リールを回すと左右に動いて、均してくれる奴の事ね。
仕組みとしては、ネジ山を切る時に、クロスする形のネジ山を作ると、端まで動いて折り返して反対方向に動いてくれるのだ。
売ってるリールのも、同じ仕組みだよ。
あ、ベイトリールの話ね。
釣り糸として使う場合は、普段の太さでは太すぎるので、髪の毛程の太さで出してもらっているから、もの凄く大量に採れるんだよね。
量としては、ソフティーのお腹のサイズと同じくらいの量の糸が出るので、樽一つギッチギチに入るくらいの量が出る。
なので、シーアが糸を巻きつけているリールの2個分程の量が出るのだ。
セイレーン達にとっては、食料を獲る為に必須の道具なので、普段はトラクターを捕まえて来て、糸を採取しているそうだよ。
トラクターというのは、畑を耕す機械じゃなくて、芋虫の魔獣の事だよ。
このトラクターという魔獣は、芋虫で生まれて芋虫のまま寿命を向かえるらしく、ずっと森の中でモグモグ葉っぱを食べてるそうだよ。
ただ、食性は雑食で、目の前に角ウサギや小動物が来ると、糸を吐き出して捕まえるらしいよ。
糸の強さは、アラクネ程では無いにせよ、それなりの強度を持っているそうで、トラクターの糸を使った防具は、鉄製でも白金貨1枚程度の価値が出るそうだ。
以前、オークの森で見た奴も、このトラクターの近縁種の様で、一般的な絹糸の材料なのだとか。
自然の摂理から言うとトラクターとは、土に潜らないミミズみたいなものか。
ソフティーの糸を巻く作業が長引いて、結局夕方までかかったよ。
ソフティーが原因で、遅い時間になってしまった事を悔やんでる様子だったので、急いでベーグルの孤児院に戻った。
『アルティスごめんなさい。私のせいで時間遅くなっちゃった。』
『気にしなくていいんだよ。セイレーン達も喜んでいたじゃん。あんなに沢山の糸を貰えたんだから、少しくらい遅くなったって、問題無いよ。』
『うぅ・・・。』
『ソフティーは、気にし過ぎだよ。夕飯食べたら、今日はゆっくり休んでね。』
『うん。』
夕飯は、孤児院でくじらの肉で済ませたよ。
夕食にシールを食べると、寝れなくなっちゃうからね。
ルベウスは、子供達と遊び倒して、夕飯も食べずに寝てるよ。
子供達も遊び疲れたのか、夕飯を食べてる途中から船を漕ぎ始める子が続出して、アメリア達とカレンがベッドに寝かしつけに連れて行って、大忙しだった。
ゆっくり食べてる時間も取れない程に大忙しだったので、ちょっとご褒美出そうかな。
「ふー、やっとゆっくり食べられる。」
「昼間は、相当に楽しかったみたいですね。」
『お疲れさん。頑張ってくれたから、ファイニスト・ハニービーの蜜で作ったミードを分けてあげよう。』
「マジですか!?ファイニスト・ハニービーのミードって、最高級品ですよ?呑んじゃっていいんですか?」
『脱ぎ始めるとか暴れるとかじゃ無ければ、この瓶を空けてもいいぞ。』
「じゃぁ、アメリアは駄目っすね。」
「何でだよ!?」
「いつも酔うと脱ぎ始めるじゃないっすか。」
「そんな少量じゃ酔わないよ!」
『あぁ、それ、蒸留酒だから量は少ないけど強い酒だぞ?』
「ほらぁ、アメリアは飲めないって事っすよね?」
「そんなぁ・・・」
『弱いのもあるから、こっちを飲め。甘いから飲みすぎ注意だけどな。』
「アルティス様ぁ大好きぃ!」
『やっぱり出すのやめようかな。』
「何でだよっ!」
つまみはゴートラディの酢漬けと、マンドラゴラの沢庵漬けを出したよ。
マンドラゴラの根の方は、薬草として使うのが一般的なんだけど、畑で栽培しているので薬草として使うだけでは消費しきれないので、漬物として色々試した結果、沢庵漬けとべったら漬けが美味しくできたのだ。
作り方は、若干違うのだが、大根では無いので、一度凍らせてから干すやり方で、フリーズドライとまでは乾燥させないが、凍らせる事で繊維質が解れるみたいで、適度な歯ごたえを残して、味が染み込んでくれるので、美味しくなる様だ。
アメリア達にも大好評で、凄く酒にも合う味に感じたらしいんだけど、マンドラゴラって効果の薄い万能薬なんだよね・・・。
『マンドラゴラの沢庵食べ過ぎると、酔えなくなるぞ?』
「へ?・・・そういえば、効果の薄い万能薬で、毒消しにも使われるって・・・」
一本丸かじりしていたゲハルトが固まった。
ボリボリ食べながら、今日は全然酔いが回って来ないなぁと思っていたらしい。
「なんて物を出すんですか!?」
『忘れてたんだよ。すまんな。』
「ん?酔わないって事は、そっちのきつい方を飲めるんじゃないのかい?」
『あぁ、そういえばそうだな。蒸留酒はチビチビ飲むと美味いんだよ。氷出してやるから、溶けた氷と混ぜながら飲んで見な。』
「冷たくすんのかい?」
『まぁ、飲んでみろって。』
「美味い!!甘い香りとコクのある味わいが、冷たくする事でスッキリとして飲みやすくなってる!!」
ゴクリ
「な、なぁ、アルティス様、俺達にも氷を出してくれませんか?」
『出してやるから、コップ出せ。』
「ありがとうございます!」
「美味い!温い方もそれなりに美味かったが、氷が入るとこんなに美味くなるなんて、知らなかったですぜ!」
「アルティス様ぁ、酔えるようにできませんかぁ?」
『パニックでも掛けるか?』
「アッハハハハハ、そりゃぁ混乱するだけですから、酩酊の方じゃねぇっすか?」
『そうか。[ドランクネス]』
「うぃー・・・」
バタッ
「強すぎますって。」
『初めて使ったから、加減が判らなかったんだよ。でも一番弱くして発動した筈なんだが、酒が入ってる分強く出たのかもしれないな。』
「ま、俺達は、飲める分が増えるんで、都合がいいんですがね。」
『起きたらそう言ってたって言っとくよ。』
「ちょ!?」
因みにカレンは、酒の匂いに酔って、早々に寝ちゃってるよ。
赤くなってる訳じゃないから、疲れてたんだろう。
今日は、子供の世話からセイレーンの島でのイカ料理と、フィンバックホエールの調理と、シールの白焼きまでやって貰ったからな、かなりお疲れだったか。
ゆっくり休ませてあげよう。
酔っぱらい共には、イカの刺身を出してやったよ。
ヴァイスは、それが何なのか知ってるから、手を出そうとしなかったんだけど、サンガに絡まれて無理やり食わされたら、モリモリ食い始めたよ。
やっぱり、食わず嫌いは駄目だね。
翌朝、アメリア達は、子供達に踏まれて起きた。
「アメリアが酔っぱらって寝てるぞー!踏んでやれー!」
「痛たたた!?ああ!あんたら何やってるんだよ!ほら、さっさと顔を洗ってきな!」
「アメリア酒臭いぞー!」
「久しぶりに酒を飲んだから、少し残ってるのかねぇ?顔を洗ってくるかね。おらっ!とっとと起きな!」
八つ当たりである。
早朝にワラビからエスティミシスの報告があった。
『おはようございます。エスティミシスの件でご報告致します。玉座に座っていたのは、やはりマミーでした。アンデッドではなく魔獣ですので、燃やしておきました。次に、闇魔法の魔道具の方ですが、回収してマジックバッグに入れてあります。お城以外にも、街の中の数カ所に設置されていましたので、全て回収済みです。王族の方にお会いしましたが、食糧難に陥っているとの事でしたので、調達して頂きたくお願い致します。』
誰だコイツ?声はワラビだが、神聖な気配が全く感じられないな。
『んー、ワラビ、聖句言ってみて。』
『何故でしょうか?』
『朝のお祈りまだだろ?俺も唱えるから、一緒にやろうぜ?』
『い、いえ、もう朝のお祈りは済ませました。』
『いつもより早いんじゃないか?まだ6時になってないぞ?キノエ、お前は大丈夫か?』
『はっ?どうかされましたか?』
『コルスのお守りにしている、布に書いてある言葉を知ってるか?』
『笑ったら負け、ですか?』
『何でそんな事を知ってるんですか!?』
『キノエは正常みたいだな。ワラビが可笑しくなってるから、何かに憑りつかれているかもしれない。確認してくれ。』
『了解。』
『私の質問は無視ですか!?』
『本人確認に使っただけじゃん。ギャーギャー騒ぐなよ。』
『ムキー!』
キノエが確認した結果は、偽物だったそうだ。
本物は、城の地下牢に閉じ込められていて、犯人はマミーを操っていた死霊術師の男だそうだ。
死霊術師は、生きている人族の男で、神聖魔法に反する魔法ではあるものの、生きている者に対しては効果が低く、光魔法も直接攻撃する魔法では無い場合は、効果は限定的になる。
神聖魔法に効果があるのは、アンデッドに片足を突っ込んでいる場合や、悪魔信奉者だった場合のみである。
今回の死霊術師は、人間らしいのだが、エスティミシスで何をしているのかと言えば、死霊草を栽培して、配下となるアンデッドを増やそうと画策している様だ。
『如何致しますか?』
『そんな奴、スタングレネードで制圧できるだろ。首輪嵌めてやれ。』
『了解。』
数分後に救出されたワラビから念話が来た。
『助けて頂きまして、ありがとうございました。マミーの後ろに死霊術師が隠れていたなんて、予想外でした。』
『うん。本物だな。朝のお祈りは済ませたのか?』
『いえ、まだやっていません。ご一緒に如何ですか?』
『聞くだけにするよ。』
『そう、ですか。では、始めます。』
ワラビの唱える朝のお祈りは、神聖教の教義にある真言というお経みたいな物で、ワラビにはよく解らない言葉らしい。
アルティスが初めて聞いた時は、昔の聖女が適当に祈っただけの言葉なのが理解できた。
つまり、日本語で今日も1日守ってねって、小難しい言葉で言ってるだけで、大した内容ではないと思ったのだ。
仏教のお経が、サンスクリット語の中国語訳で、韻を踏んで読んでるだけなのと一緒だね。
元が外国語だから、それっぽく聞こえるのだろうと思うよ。
ただ、アルティスは神頼みで守ってもらおうなどとは微塵も思わないので、ワラビにお祈りを誘われても、唱える事は無いのだ。
『で、状況は?』
『はい、死霊術師は捕縛しました。魔道具の回収も終わっています。マミーは火耐性が付いておりましたが、先日教えて頂いた、セイクリッドファイアで燃やし尽くしました。王族の方は、陛下と王妃様がご病気に罹っておりましたので、万能薬で治療致しました。』
『そうか。偽物が食料が足りないとか言っていたが、どうなんだ?』
『足りてはいないのですが、闇魔法を先に処理しなければ、毒に変わってしまいますので、まだ持って来る事はできません。』
『判った。闇魔法には神聖魔法じゃ対抗するのは難しいから、光魔法の魔道具で対処してくれ。それと、ヘルメットをちゃんと被れ。また闇魔法で動けなくなるぞ?』
『うっ・・・畏まりました。』
話に出て来たセイクリッドファイアは、神聖属性の火を発生させる魔法で、アンデッド系魔獣で、火耐性が付いている場合に有効な魔法だ。
普通の火魔法と何が違うのかと言うと、神聖な高温の光という感じなのだ。
火の大精霊イフリートも同様の火を出せるそうだが、見た事が無いので、よく解らないな。
闇魔法については、ワラビから聞いた話によれば、濃い闇魔法に触れた食物は毒性を持ってしまい、食べられなくなるという物だった。
闇魔法は、高位魔法以外では、直接加害する魔法が無く、吸い込んだり、体内に取り込む事で作用する為、アルティス特製のヘルメットを装備していなければ、吸い込んでしまう事になる。
エスティミシスの死霊術師が、食糧支援を求めていた事から、民衆に配って配下を作ろうと考えていたのかもしれないね。
既に捕縛したみたいだし、もう大丈夫だろう。
『ソヒ、元気か?』
『うーん、死霊草美味しくないです。』
『食うなよ。アンデッドになったらどうすんだ?』
『この草食べてもアンデッドにはならないよ?』
『下地はできるから、今すぐ万能薬を飲みなさい。』
『はーい。』
全くもう。
ソフティーの監視が緩むと、すぐこれだ。
『ソフティー、エスティミシスに行ってる子供達の状態を診て。死霊草を食べちゃったみたいだから、確認よろしく。』
『はーい』
ソフティーは朝から朝食の準備を手伝ってるんだけど、いつもとはちょっと雰囲気が違う。
きっと、昨日の事を反省しているんだと思うけど、そんなに気にする必要は無いんだけどなぁ。
アラクネは、その優しくて献身的な性格から、糸の提供くらいでは貢献したとは思わず、自分が頑張ったと思ったら初めて貢献したと思えるそうだ。
糸を吐き出す事は、生きる為に必要な事だから、手伝ってもらっている感覚なのだろう。
アルティスからすれば、たとえ生きる為に必要な事だとしても、貴重な糸を貰っている事には変わらないので、糸を出すだけでも十分貢献していると思う。
そして、その自分への低評価を何とか改善しなければ、将来またアラクネの反乱が起ると断言できてしまうのだ。
長く付き合えば付き合う程に、過去の反乱の原因がアラクネ達にある事を実感してしまうのだ。
だから、彼女たちの意識改革を促さなければならないだろう。
『アルティスー!ソヒがアンデッドになりかけてる!』
『すぐに行こう!』
ソフティーが慌ててやってきたので、すぐに背中に乗ってカレンに念話した。
『カレン!ソフティーを連れて、エスティミシス王国に行くから、厨房の方を頼む!』
『判りました!』
エスティミシスのソヒの下にテレポートすると、地面に座り込んで、何かに耐えている様子だった。
『[鑑定][アナライズ]!』
鑑定のすぐ後にアナライズを使ったのは、鑑定で状態を確認してから、アナライズで対処法を探る為だ。
状態は混濁、つまり意識が混乱して、何かに乗っ取られそうな状態にあると見たので、まずは外界との接触を遮断した。
『[ホーリーボックス][ホーリーミスト][ディスペル・ダークネス]ソフティー!万能薬を飲ませて!』
『ソヒ!飲みなさい!』
ソフティーの声にソヒが反応して、万能薬を飲み干した。
すると、ソヒの口から蟲が這い出てきた。
『[バインド][ホーリーボックス]エスティミシスにいる全配下に緊急連絡!ヘルメットを被っていない者は、全員聖水入りの万能薬を飲め!1本全部吸う様に飲め!飲んだらすぐにヘルメットを装着しろ!急げ!』
ソヒの中から出て来たのは、蟲と言われる呪術で使われる妖魔で、昆虫では無く魔法生物と呼ばれる人工的に作られた生物だ。
寄生虫の様に体内で育ち、術者の意のままに操れる人形に変えてしまうというもので、意識を刈り取って乗っ取る事から、一度殺してアンデッドにしてから操るのだと思う。
この蟲という物は、何にでも効果がある訳では無く、獣人の内の草食系の獣人には効果が無いらしく、その理由としては、彼等は反芻する為に、成虫になっても磨り潰されてしまうからだそうだ。
他には鳥人族にも効果が薄いらしく、鳥人達は消化能力が弱い為に、小石を飲み込んで胃の中で攪拌する為に、成虫に成れないそうだ。
蟲は、成虫に成れなければ効果を発揮する事ができず、魔力の濃い原料に戻ってしまうのだとか。
原料は、蟲毒などという危険な物では無く、通常は寄生虫や芋虫などが使われるらしく、それらの虫を磨り潰してから蟲の形に成形して、魔法により仮の命を吹き込むそうだ。
この知識は、コルスとコリュスの呪い合いを見て勉強した結果で、姉妹喧嘩が鬱陶しいので、コルスからコリュスに対して、呪うと全身が痒くなる呪いをかけさせて、終結させたのだ。
アルティスは、呪術の弱点を見抜き、それをコリュスに試してみて確信した。
呪えなくしてしまえば、二度と使えなくなるって事だ。
捕まえた死霊術師にも、同様の呪いをかけてやろうかと一瞬思ったが、そもそも生かしておく必要性が無い事に気付いて、処刑する事にした。
ただ、エスティミシスの法では、死刑は存在せず、どんなに極悪非道な行いをしても死刑にする事はできず、隷属までしかできない為、バネナ王国の法で裁く事とした。
「我が国の中で、バネナ王国の法を適用するのは、如何な物かと存じ上げます。やるなら国外でやって下さらぬか?」
エスティミシスの王の発言である。
『我が配下をアンデッドにしようとした罪で、死罪だよ。王都を我が軍に救ってもらいながら、こちらの意見に反対すると?』
「救ってもらった事に感謝はしています。ですが、我が国では死罪は禁じております故、国外での執行をお願いしております。」
『その法律は誰の為の法律なのだ?民を救う為の法か?それとも民を害する罪人の為の法か?』
「我が国の信仰では、イシス神とビオス神を信仰しております故、命を絶つ行為は行えません。」
『そうか。では封印する事にしよう。石化の刑だ。これなら文句は無いだろ?殺さずに石に変えて封印するんだからな。』
「結果的に死んでしまうのでは無いですか?」
『それは経過により死ぬだけで、死罪ではない。隷属して重労働をさせて過労死するのと、大して変わらないな。』
どちらがより厳しいかは、一目瞭然だ。
死霊術師はサイコパスなので、苦しめてジワジワ殺す方が、より苦痛を味わう事になるのだが、アルティスとしては、生かしておくのは、リスクしかないと思っている。
この手の連中は、とんでも理論で自分を正当化する事に必死になるのだが、そのとんでも理論が時に法の抜け穴を突いてしまう事があり、意図せず解放されてしまう事が考えられるのだ。
特に隷属した時の禁止事項には、穴が多く存在している為、悪あがきで抜け出せてしまう可能性が高いのだ。
禁止事項だけで人を縛るなんて事は、ほぼ不可能に近く、有効的に使えているのは、頭の悪い連中しか居ない為、穴に気が付かないだけだ。
例を挙げれば、死霊術と呪術を禁止すると、他の魔法は使っていいという事になり、人に向けるなと言えば、殺したい相手の頭上を狙うだけ。
つまり、見方を変えれば、いくらでも方法はあるという事だ。
「それ以外の方法は無いのですか?」
『貴様の民を何千と殺されたのに、それでもこいつを生かしておきたいと?』
「まだ、死んだとは言えないのでは無いですか?ここにこうして普通に居るでは無いですか。」
『そこのメイドは、既にアンデッドになっているから、既に自我は無いぞ?見た目が腐敗していないから、判らないだろうが、数日で腐臭を放つ様になり、来週にはドロドロに溶けだすだろうな。蟲に支配された者達は、生きたまま彷徨う事になるだろう。食事は食べるが、野菜は消化できないから、肉しか受け付けなくなり、この街には肉が少ないからすぐに不足して、目の前を歩く肉を襲い始めるだろうな。』
「・・・エミリアがアンデッドになっているのですか?エミリア、弟は元気か?」
「アー・・・アー・・・」
『[ホーリーミスト]』
アルティスがメイドの周りに霧を発生させると、全身から煙を出しながら膝をつき、口から蟲を吐き出した。
「な、なんて事だ・・・。」
『こんな感じの人々が数千人居るんだが、貴様はそれを放置するのか?隷属したところでこいつは反省などしないし、自分の身に起こってる事では無いから、痛みも判らないだろうよ。ワラビ、ビオスはこの状態をどう思っているのか、判るか?』
「はい。ビオス様はアンデッドになってしまった人々の救済を願っております。」
『死霊術師に対しては?』
「死を望んでおられます。ただ、神罰を下すには至らない様です。」
『王はどうする?神の意に反するか、従うか、決めてくれ。』
「死罪とする。」
その言葉を聞いた死霊術師は、ニヤリと笑みを浮かべた。
『ワラビ、フィールドで囲んでくれ。退魔結界を組んで、インフェルノで焼き尽くせ。』
「承りました。」
アルティスとワラビの会話を聞いた死霊術師は、余裕の表情を浮かべているが、アルティスが絶望させる一言を放った。
『ワラビのMAGは5000を超えたんだっけ?』
「はい。とうに超えています。MPにも余裕がありますので、MPタンクが無くても行使できるかと思います。」
死霊術師の顔が歪み、恐怖に怯え始めた。
「止めろ、耐えられないじゃないか!死んでしまう!この国の法に、死罪は無い筈だろ!」
『ん?無いが、それがどうしたってんだ?人間の法など、神の意志の前には、何の効力も持たないし、貴様への行使は、神罰の代行だよ。どうせ死ねばリッチになれるとか思ってたんだろうが、ノーライフキングになっても、俺が倒してやるよ。安心して死んでくれ。』
「[セイクリッドフィールド][モンスタープリズン][セイクリッドインフェルノ]」
死霊術師の命乞いを聞いたワラビから、怒りのオーラが立ち昇り、立て続けに魔法が行使された。
この男の言葉は、温厚なワラビにしても、聞くに堪えない台詞だった様だ。
結界の中には白い炎と青い炎が入り乱れ、あっという間に骨になった直後に燃え尽きて塵になった。
『[アナライズ]・・・結界は解かずに小さくして神界に渡した方がいいな。コントラクションで小さくして、ワラビのディメンションホールに入れてから、ビオスに持ってってもらえよ。冥府の神って誰だっけ?オシリ?タルダゾイ?ハゲッス?』
「暗黒神が混ざってますが、全て違います。ヨモツ様です。」
『神道の方か。イザナ・・・やめておくか。』
別名を言おうとした瞬間に、ヒンヤリとした空気が感じられたので、途中でやめた。
神は嫌いだが、余計な一言で不興を買うのはしたく無い。
ねちっこいから、面倒臭くなるだけだからな!
『さて、街の方の対処に移るか。ワラビ、大丈夫か?』
「申し訳ございません。少し休んでから向かいます。」
『判った。ソヒ、ワラビの護衛を頼む。』
『りょーかい!』
ワラビは、セイクリッドインフェルノを発動して、MPを大量消費した為に、魔力酔いを起こした様だ。
神聖魔法は、ただでさえMPの消費が激しいのに、そこにインフェルノを合わせた為に、総MP量の4割を一度に消費して、フラフラになったのだ。
発動に800を消費して、1秒に800ずつ消費していくのだから、3分間の発動で14万ものMPを使った事になる。
アルティスはMPの大量消費を何度も経験している為に慣れてしまったが、ワラビはそれ程経験をしていない為、今回の様に大量にMPを消費すると、目を回してしまうのだ。
ソヒは、自らの過ちで心配をかけてしまった事で、名誉挽回とばかりに、意欲的に仕事を全うする気になった様だ。
エスティミシスの王都に出てみると、暗部と馬人族達がせっせと治療を施して、治せる人々を救っている姿があり、所々に主を失った蟲に操られたアンデッドが徘徊している。
いや、魔法生物である蟲は、創造主を失った事で魔力を維持できなくなり、アンデッドになった宿主の中で溶けだしているのだと思われる。
その証拠に、腹が異常に膨れたアンデッドが、そこかしこに立っているのだ。
腹の中の蟲が消えたアンデッドは、魂が抜けた状態になるので、そこに浮遊する魂が入り込む事で、ゾンビとして活動を始める可能性があるのだが、ゾンビになる為には一定量の闇属性の魔力が必要で、現在の王都には闇の魔力は無くなっている為に、死体に入り込んでも、定着する事なく抜けてしまい、ただの骸になる可能性が高い。
自然発生するゾンビは、生前の怨念などが闇属性の魔力を持ち、その魂がゴーストやレイスへと昇華する事により、ゾンビへと変わる為の骸と魔力を得る事で発生する。
だから、そのままの状態で死体を放置する訳にもいかない為、ソフティーや暗部達にも手伝ってもらいながら、ホーリーフィールドをかけて回る事にした。
ホーリーフィールドは、光魔法の中の上級くらいの魔法だが、アルティスが発動したのを何度か見た事のある者であれば、発動する事は可能だ。
聖人の力を借りなければいけないが、ワラビが聖人に該当するので、問題無いだろう。
アルティスを聖人として使えるかというと、かなり微妙だと思われる。
聖人とは、優しいだけでは成れないのと、尊敬はされていても、鬼だと思われている節もある為、多分無理だと思われる。
「お待たせして申し訳ございません。」
『もう大丈夫なのか?』
「頂いたマジックポーションとMPタンクで回復できました。」
『顔色がまだ悪いな。ジュース飲んでおけよ。』
ジュースとは、世界樹の樹液を世界樹の実のジュースで薄めた物の事で、約1時間の間だけHPとMPの回復量が増加する効果がある。
要は、頑張る時に飲む栄養ドリンクだよ。
味は全く美味しくないので、人気は無いのだが、回復量を考えれば、飲まないという選択肢は無いだろう。
何とか美味しくなる様に工夫をしてはいるのだが、苦味が強すぎてハチミツが負ける程だ。
あまり甘すぎても飲みにくいので、今はプロポリスとロイヤルゼリーを混ぜて、一気飲み推奨で配布してある。
苦さの度合いは、青汁に苦瓜の種も含めてスクイーズした物を混ぜてる感じかな。
この世界で苦い物と言えば、麦で作ったエールが苦いのだそうだが、このジュースを飲んだ後でエールを飲むと、エールが甘く感じるらしい。
アルティスには毒耐性が有るので、酒を飲んでも酔う事が無く、態々酔えもしない酒を飲む意味も無いので、味見程度しかした事が無い。
ただ、前の世界では、ラガービールを飲んでいたので、エール程度の苦味では、苦味を感じる事は無かった。
ジュースを飲んだワラビの顔色が、さらに悪くなったように感じるが、日も大分傾いてきたので、さっさと終わらせようと思う。
『ワラビ、回復したら浄化してくれ。今ならビオスが援助してくれんだろ?』
「ビオス様の神像を作って頂けませんか?」
『ヨモツの方がいいんじゃないか?』
「ヨモツ様は冥府の入り口をお守りする神ですので、地上は見ておられません。ですからビオス様の神像の方が良いと思います。」
『そうか。姿絵は?』
「こちらです。」
スレンダーな姿絵で、両手を前に出して、魂の炎を手に乗せている姿だったので、像の胸を少し盛って、作ってみた。
「もの凄く力が溢れて来ていますが、何故でしょうか?」
『少し盛ったからな。喜んでるんだろ。』
「・・・。」
その像を王城の一番高い所に置くと、強烈な光を放ち始めた。
その神聖な光は、エスティミシス全土に広がり、一番離れた場所にある村からも見える程に輝いた。
「[セイクリッド・ピュリフィケイション]」
今回のワラビは、神像の威光を背に発動する為、いつもの聖句を省いて、魔法を発動した。
魔法発動と同時に、ワラビの杖から波動が全周囲に広がり、エスティミシス全土を包む同心円状に影響を与えた。
一部は海に届き、一部はテラスメル高原にまで達した。
各地から光の粒が空に舞い上がり、空にはベーグルでも見た虹色の輪が現れた。
ワラビは、再び大量のMPを消費した為、気を失い、ソヒの背中に倒れ込んだ。
神像の光の一部が、ワラビの体を包み込み、ワラビのMPがぐんぐん回復を始めるのが見えたので、王城の天辺にある展望台で、ワラビが目を覚ますまで見守る事にした。
殆ど風は無く、展望台も地上40m程の高さしかない為、それ程冷え込む事は無いのだが、寝ている時は体温が下がる為、ワラビの下にはスケープゴートの毛皮を敷き、マントを掛けてある。
寒くはないと思うが、大変な作業をしてもらったのだから、ここに放置して行く訳にはいかないだろう。
『ワラビ、大活躍だったな。今日は、ゆっくりおやすみ。』
地上の状況を確認するが、アンデッドは全て倒れて動かなくなり、生き残った人々が遺体を火葬する為に活動を始めたそうだ。
アンデッドが存在するこの世界では、遺体をそのまま埋葬する事は無く、火葬するのが常識としてある。
通常のアンデッドは、日中に行動できるのは、森の中や日の光が届かない場所以外には無く、夜中の就寝中に襲ってくるアンデッドは、恐怖でしかない。
寝込みを襲われ、生きたまま肉を咬みちぎられるのは、痛みと恐怖と混乱が綯交ぜになり、PTSDになってしまうのだ。
アンデッドに襲われてPTSDになった場合、暗闇を恐れる様になり、夜に出歩く事は元より、寝る時に明かりを消す事もできなくなり、燃料代が嵩む事によって生活ができなくなってしまうのだ。
たとえ、大きい街の歓楽街に行ったとしても、ずっと明るい訳でも無く、明かりの下に浮浪者が集まっていれば、当然排除される為、暗闇に放り出されて恐怖の中で狂い死んでゆく。
そして、その魂は、この世に恨みを持って彷徨う事になり、負のスパイラルの出来上がりだ。
だから、アンデッドとして復活しない様に、火葬して形を無くしてやる必要があるのだ。
バネナ王国では、遺体が少なければ火葬するのだが、多い場合はスライムの餌として処分する。
人間の味を覚えて、襲う様になるかといえば、ほぼなる事は無い。
スライムからすれば、毛の有無など特に意味は無く、人も魔獣も同じ肉でしかなく、人を襲うヒュージスライムになるのは、生きた生物を多く食したスライムだけが、進化できるのだ。
だが、普通のスライムにはそれも難しく、ヒュージスライムになれるのは1万匹に1匹いるかどうかと云った処だ。
話は戻るが、エスティミシスは広い平原の国で、元々森林が少ない土地で、今回の様な大量に薪が必要になる事は、今までに一度も無いそうで、薪に困っているらしい。
『バレイショを使えよ。食糧難の解決と薪の確保ができるんだから、一石二鳥だろ。協力して作れ。』
『了解』
バレイショの成長は異常に早く、芋ができるまでに1日もかからず、種ができるまで1日しかかからないのだ。
だから、植えたら実が生るのを待って、実が生ったらすぐさま切り倒す。
実を収穫して、茎や枝はドライで乾燥させれば、薪ができあがる。
実の方も、可食部を取り除いた後の皮を乾燥させれば、火口として利用もできる焚きつけの完成だ。
バネナ王国の北部の領では、兵士の訓練に利用しつつ、栽培をしている。
バレイショは、肥沃な土地では育たず・・・いや、育つには育つのだが、成長速度が普通になる。
土地が肥沃になれば成る程、成長が遅くなり、実の数も減って行くという、訳の分からない植物なのだ。
だが、この植物のおかげで、荒れた土地は分厚い腐葉土の下に埋もれ、森を形成する土台ができ、スケープゴートという豊富な肉資源を生み出し、それを食べる魔獣が集まって来るのだと思う。
だが、このサイクルは、人族にとっては諸刃の剣となり得るので、栽培には細心の注意の元、行わなければならないのだ。
『狼人族をエスティミシスに派遣する。30人来い。バレイショで料理を作りまくれ!』
エスティミシスは、肥沃な平原が広がる土地ではあるが、全ての土地が肥沃という訳では無く、枯れた土地も多い。
枯れた土地は、嘗ては畑だったが、繰り返し作物を育てる事で、痩せてしまったのだ。
この国の民は、作物を育てるのには長けているのだが、土を育てるのは苦手な様で、肥沃な大地を転々と移動しながら作物を作っている様だ。
だから、王都の周囲には痩せた土地が広がり、その外側に畑が広がっているのだ。
そのやせた土地を使って、バレイショの栽培と伐採を行う事にした。
まぁ、今日はもう日が暮れるので、明日の日の出を待つしかないが。
狼人族は、それぞれ肉と野菜の入ったマジックバッグを受け取り、パフェーラから連れて来た。
パフェーラは、バネナ王国の王都の名前だよ。
今夜は死者を弔う為の料理を作り、生き残った者は、生きている事に感謝しながら、死者を弔い、魂の安寧を願うのだ。
明日からは、バレイショの収穫と栽培を繰り返し、狼人族にバレイショを料理してもらう予定だ。




