第60話 王都の試験とオーガストの結末
戻ってきた時には、丁度夕飯の支度をする時間帯になっていたので、エビと蟹を料理する事にした。
蟹はそのまま出すとして、エビは1匹が頭も含めて3mで、身の方だけで2mもあり、太さは直径50cmもある。
『頭は角と目玉を取り除いて、黄色い肝も別に分けて、殻は一旦乾煎りしてから、煮込んで出汁を取ってくれ。肝はバターで炒めて裏ごししてから、香味野菜と合わせて、出汁を入れて煮詰める。ミルクを入れて一口サイズに切ったエビをアンジョと炒めてから合わせる。塩で味を調えたら、スープの出来上がりだ。フライは細長く切って、小麦粉を振って、溶き卵にくぐらせて、パンを砕いたパン粉を付けて揚げる。』
「タレはどうしますか?」
『マヨネーズにセボラ、茹で卵、ペレジー、ルモンを混ぜて、タルタルソースにつけて食べよう。』
「このタレは、ヤバいですね。凄く美味しいです。」
『これだけをパンに挟んで食べない様に注意してな。』
「こっちは天ぷらですか?」
『うん、揚げ物ばっかりだけど、こっちはつゆで食べるから、さっぱりしてるんだよ。おにぎりに入れても美味い。コルツと水に晒した薄切りのセボラを混ぜて、千切りしたセヌラも混ぜて、野菜もバランスよくしてあげてくれ。』
ケットシー達にもおすそ分けしたら、蟹が気に入った様だった。
「これ!凄く美味しいです!何なんですかこれ!食べ応えありますし、美味しい!」
「毎日これでいいです。」
『駄目だよ。栄養が偏ってしまうよ。週1回ならいいが。』
「あぁー毎日食べたいですー!週1回なんて殺生なー!」
『だーめ、煩いともうあげないぞ?』
「・・・我慢します。」
調理担当の狼人族に、蟹を渡しておいた。
栄養失調の子も、顔色が大分よくなってきて、料理の勉強をしたいと、意気込みを語っているそうだ。
『この街の孤児は、まだ居るんだろ?』
「いっぱいいるよ。前は教会に孤児院があったんだけど、教会の神父さんや司祭様が居なくなっちゃったんだよ。」
『コルス、至急街の孤児院の実態調査を進めてくれ。なるべく全員助けたい。』
『そう来ると思いまして、調べています。聖職者が居なくなった教会が10ほどありまして、そこの孤児院では、近所の方達が面倒をみていますが、生活が苦しいようです。』
『聖職者が居なくなった理由は?』
『判りません。悪魔だった可能性もありますが、何かをされた形跡もありませんし、神像も残っているので、違う理由があるのかも知れません。』
『探し出して理由を調べてくれ。』
『了解』
『神父が居なくなったところは、ちゃんとご飯を食べられているのか?』
「あんまり食べられていないみたいだった。」
『連れて来てほしいな。』
「明日行ってくるよ。歩けない子もいるかもしれないけど、運んでくれるのか?」
『もちろんだ。騎士を連れて行ってくれ。』
「判ったよ。」
明日は、文官の試験日なので、一旦王都に戻った。
試験内容は、既に完成しており、チェックも済ませてある。
内容は、軽い計算に掛け算と割り算、課税か減税か、道徳の問題に、貴族制の問題点についてを書き出してもらう。
この貴族制についての質問は、凄くいいと思ったよ。
受けたのが貴族なら、本質を理解しているのか居ないのかが判るし、平民なら、下から見た問題点が浮き彫りになるのだ。
もちろん、質問の意図を読み解く事ができずに、ゴマ擦りの様な回答をする平民もいるだろうが、本音を書く者も出て来るだろうと思う。
なにせ、最後の貴族制についての設問には、誹謗中傷を書いても、捕縛される事は無いし、犯罪者にされる事は無い事が記載されているのだ。
その上で、忌憚のない意見や考え、何でもいいから書けとなっていて、後日、本人から直接聞き取るのだ。
その回答に期待している。
問題と答案用紙に最終チェックを入れると、数枚の不正が見つかった。
不正とは、答案用紙に先に答えを書いておくのだ。
受付は、二日前から開始され、既に3000人を超えた応募者が集まっている。
回答の記載された答案用紙は、縦列で配られた際と横列で配られた際の両パターンで対応できるところに入っていた。
『ふむ、試験番号423番の伯爵の倅と、文官のエイブラハムを捕縛しろ。それと、伯爵家の執事だな。』
捕まえた3人は、パープル伯爵の次男ライト・パープル、その執事、執事に脅されて加担した文官のエイブラハム・サイクルの3人だ。
『エイブラハム、不正に加担した理由は?』
「私の母親が、ムラサキ領におりまして、協力しなければ危害を加えると、脅されたのです。」
「そんな事は申しておりません。貴方もムラサキ領の出身なら、パープル伯爵の為に働きなさいと言っただけでございます。」
「そんな小細工は、必要が無いと言ったでは無いか!何て事をしてくれたんだ!!大バカ者!貴様はクビだ!」
『執事は、重犯罪者として捕縛したと、パープル伯爵に通達しろ。エイブラハムは降格処分、ライト・パープルは試験の結果によって、罪の過料を決める。』
「??どういう事ですか?」
『高得点なら、貴様の言い分を信じるが、平均点以下なら、信じるまでも無いだろ?それと、魔道具だらけで来た様だが、全部外せ。生命維持以外の魔道具は、一切認めない。』
「拒否したら?」
『失格だ。』
「これを外したら、答えが判らないのですよ。」
『それを不正と言うんだよ。魔道具が無ければ計算ができないのでは、困ると言っているんだよ。つまり、貴様も執事と同罪が確定したって事だよ。連れていけ。』
試験会場には、ガッチリと結界を張って、中に入れない様にした。
結界の中は、真空状態だ。
試験開始直前まで、この状態を維持する事になっている。
だって、既に中に死体が数体転がってるんだから。
翌朝、試験当日になると、試験会場の入り口前には、姿は無いが魔力は複数ある状態になり、アーリアがそいつらの後ろに立ち、魔力を乗せた柏手一発で、魔法が解除されて20人の捕縛者が出た。
試験開始1時間前には、流石に会場を解放しなくてはならないので、入り口前に魔法を解除させる為の魔道具を設置し、全ての魔法が解除される様にした。
入り口を通ると、姿が変わる奴がわんさか出るので、会場内入り口前は大混乱に陥った。
「混乱したままでは、開始までに全員が着席する事ができません。」
『仕方ないな。年齢詐称の奴をピックアップできるようにして、着席を優先させる事にしよう。捕まえ方は、天井からアラクネ達にやってもらう。』
試験開始に伴い、身代わりで来た者も固まる。
難関は割り算でと文章問題で、最後の貴族制についての設問が、身代わりの連中には難問だったようだ。
特に、後日直接本人に聞くという部分がネックで、裁量の加減が判らないので、ほぼ書けないのだ。
試験終了後、会場から出た所に、試験失格者の名前と受験番号を貼り出し、武力で脅そうとした者が、何人も制圧されて捕縛されていった。
『試験応募数が5000人で、内失格者が3000人とか、アホか。替え玉を用意した貴族には、使者を送って来年の貴族試験で同じ事をやったら、貴族への採用を永久剥奪すると警告しておけ。攻撃を受けた場合は、叩き斬って良し。』
失格した貴族の分布図を見ると、右上の領が殆どで、どうやらオーガストとの繋がりがある貴族が殆どらしいのだ。
『オーガストとの関係は?』
「・・・。」
『首輪を嵌める前に白状したら、減刑を認めてやるが、嵌めた後の白状は、喋って当然だからな、減刑は認めない。さっさと吐け。』
「・・・。」
首輪を嵌めて喋らせると、やはりオーガストからの者が殆どであった。
『カレン、オーガストを脅しに行くぞ。メアリーの両親にも会わなきゃならんからな。』
「あれ?ルースが攻め落としに行ってるのでは無いですか?」
『連絡来ないからな。まだ落とせていないんだろうな。』
『すいません、捕まってしまいました。氷の中に閉ざされているんですが、溶かせないので、MAGが自分よりも上なのかも知れません。』
『そうか。アラクネはどうしたんだ?』
『判りません。』
『ソフティー、ルースについて行ったアラクネはどうしてる?』
『んー、何かルースが捕まったって言ってる。』
『行ってみないと判らんって事だな。よし、行こう。試験結果については、採点をしておいてくれ。合否で分けて、不合格者には早々に帰ってもらってくれ。あぁ、昼飯は食わせるか、持たせるかしてな。』
オーガスト内のアラクネの魔力を頼りに、ゲートを開いてみると、大きな檻の中に出た。
「わははは、バネナ王国の宰相が罠にかかったぞ!我が国がバネナ王国を下すのも時間の問題ではないか!!」
『何言ってんだアイツ?[イレーズ]物理的に見える魔力製の檻なんぞ、消すのは簡単なんだよな。』
アルティスが、大きな檻をサクッと消した。
オーガストの大笑い男は、笑い声が止まり、声が出なくなった。
『あんなものは、大きさは関係無し、関係あるのはMAGのみ。魔法強度だけって事だ。大方、ルースも目に見える氷を消そうとして失敗してるんだろうが、その氷は首の周りだけで、他は別の拘束だったりするんだろ?子供だましだな。』
「お、檻を消したとて、結界を破らねば、貴様らに自由などあり得んのだぞ!!」
『ご丁寧なご説明ありがとさん。[アンチ・マジックフィールド]』
魔法を無効化するエリアを半径300mとして、ドーム型に展開すると、上の方でギャーギャー騒いでいた男が落ちてきた。
結界の上に立っていたのだろうが、結界が消えてしまった為に、足場を無くして落ちて来たのだろう。
静止状態から300m落下するまでには、10秒程の時間があるので、その間にアンチ・マジックフィールドを解除したのだが、勢いを殺しきれずに地面と激突してしまった様だ。
ポーションを掛けるとHPが増えたので、瀕死で止まっていた様だ。
運のいい奴め。
ソフティーに叱られているアラクネ達を見ながら、ルースの魔力を探してみると、地下に見つけたので、掘り出してみた。
『ルース、その程度なら抜け出せるだろ?』
ルースは、地下室の床に埋められていた。
「暗すぎて良く見えなかったんですよ。」
『ライトボール出せよ。』
「・・・確かに。」
『お前の好きな、ケミカルライトでもいいし、何で出さなかったんだ?』
「そんな事より、出してもらえませんか?」
『自分で出ろ。それもいい経験だろ。馬鹿馬鹿しい。』
ルースの埋まっている地下室の隣には、水槽があり、その中にも魔力反応があるので、壁に穴を開けた。
「ちょ、溺れますって!ヤバい!助けて!アルティス様!ゴボゴボゴボ」
水槽の底には、生命維持状態になったルースが居て、表面を氷、その下には鉄塊があり、力任せでは抜け出すのが難しい状態になっていた。
『ルース、待たせたな。[イレーズ]』
「ありがとうございます。生命維持の空気って、どこの空気をイメージしているんですか?」
『それは内緒だよ。それよりもリミナはどこだ?』
「敵に捕まって、連れて行かれてしまいました。」
『王城ってアレか?』
「はい。この辺は、地震が多いらしく、高い建物が建てられないそうです。」
『リミナ隊は?』
「私が捕まった直後に散開したんですが、周辺には居ない様ですね。」
「私が叩きのめしてきます。」
『じゃぁ、頼むよ。』
カレンがバイクに乗ったまま王城に突っ込んでいき、アルティスとルースは、王城前広場でお茶を飲みながら待つ事にした。
『リミナ隊どこにいるんだ?』
『王都内に潜伏中です。』
『ルースを助けたから、王城前広場に集合。』
周辺からワラワラと集まって来た。
『全員揃ってるか?』
「いえ、リミナ隊長ともう一人が捕まっております。」
エルフの一人がアルティスの問いに答えた、その直後、城の方から怒気が王都に広がったのを感じた。
『そうか。二人共救出されたっぽいが、カレンがヤバいな。激怒した。』
「何かあったんですかねぇ?」
『怒らせたんだろうなぁ。』
「どうやってですか?」
『要らんものを召喚したとか?』
「センチピードですか?」
『チラッと見えたが、可能性が高いな。』
ルースは、カレンを何度か怒らせた事があるのだが、エルフ達にはカレンが起こった所を見た者がおらず、怒らせる方法が判らなかった。
アルティスは、城の屋根が崩壊する瞬間に、チラッと見えたので、それが原因だと思ったのだ。
センチピードは、昔カレンが生まれた村の近くで、一人の男が召喚し、そのまま解放した事で、暴走したセンチピードが村を襲い、両親が死んだ経験から、カレンに見せると激怒するトリガーになるのだ。
城の中から、リミナとエルフが転がり出て来た。
「はぁ、はぁ、はぁ、アルティス様、カレン様を止めて下さい!」
『止める理由が無いんだよなぁ。カレンがああなったら、しっかりとした止める理由を言わないと、止まらないんだよね。ましてや、ここは敵地だし、相手もカレンを弱らせる為に出したんだろ?センチピードを。あれ、逆効果なんだよなぁ。』
「おかわり飲みますか?」
『リミナ達に入れてあげろよ。逃げ回って喉乾いてるだろうし。』
「お茶飲んでる場合じゃ・・・」
『カレンとカレンを怒らせた奴しかいないんだからいいじゃん。好きなだけやらせておけよ。』
ガラガラガラズズーン
城の一部が崩れた。
センチピードが、崩れた場所から外に逃げ出そうとしたが、バラバラに切り刻まれて死んだ。
『限が無いから、ルース、ちょっと行って首輪着けて来いよ。』
「どっちに着けるんですか?」
『楽な方でいいだろ?』
「はぁ、僕もセンチピードが嫌いなんですけどね?」
『はぁ?』
「ああ!もう!行ってきますよ!」
ルースの言い訳をスルーしたら、ヤケクソ気味に向かって行った。
まぁ、騎士にもなって、センチピードが苦手って言われてもねぇ、聞く耳なんて持つ訳ないじゃん?
サクッと首輪を着けて、引き摺って帰って来たよ。
「任務完了です。」
「殺していいですよね?」
『カレン、落ち着け。こいつが親の仇なのか?』
「はい。間違いなく、村の近くにセンチピードを放した奴です。」
『お前はバネナ王国で、召喚したセンチピードを放逐した事があるのか?』
「100匹程放したよ。」
『確定だな。じゃぁ、センチピードの体液を塗り付けて、磔にしておくか。民衆用の投石も用意して、放置でいいだろ?』
「・・・。」
『カレン?いいよな?』
「何故殺しては駄目なのですか!?」
『空しいだけだぞ?一瞬で楽にさせるのか?苦しめてやらないとな。後でご両親のお墓にお参りに行こうな。』
「うん・・・」
磔にするのは、ルースとソフティーで、エルフ達はセンチピードの死体を男の体に擦り付け、投石用の石を用意した。
少し離れた所で様子を窺っていた市民が近寄ってきた。
「この石をぶつけても、家にセンチピードが湧いたりしないのか?」
『そんな事があったのか?まぁ、湧いてもコイツの足元くらいだから、投げてみるといいぞ。ルース、一回投げて見せろよ。』
「調整難しいんですがね、本気で投げたら穴が開いてしまいますしねぇ・・・ほいっと」
ルースは軽ーく下手投げをしたつもりだが、結構な勢いで顔の右側に石が当たり、ルースを睨んだ。
普段は睨まれると、足元に沢山のセンチピードが湧いてくるらしいのだが、今日は睨んだ本人の足元に湧き出し、次々と這い上って行く様だ。
センチピードとは、ムカデの事なのだが、その辺に居る奴の大きさも半端なく、デカい。
よく見かけるのは、幅3cmで長さが30cm程もある奴で、咬まれるとパラライズにかかる。
今召喚されているセンチピードもこの小さい方で、拡がると危ないので、結界で頭を残して囲ってやった。
普段召喚されるのは、もっと大きいジャイアント・センチピードと呼ばれる魔獣で、小さいが魔石もちゃんとある。
昆虫ではなく節足動物で、ジャイアント・センチピードの肉は、食べる事ができるのだ。
このムカデは、肉食で群れる習性があり、大きさも幅40cmで長さは3m程もある巨大なムカデだ。
咬まれると猛毒で、咬まれた部分から壊死が広がり、遅くても10分程で死に至る程だ。
通常、ジャイアント・センチピードの生息域は、森の奥深くかダンジョンの中なのだが、召喚しやすく従えにくいので、召喚の練習に使われる事が多いが、放逐する事など、普通はしないのだ。
自分が狙われる事も多いのが普通なのだが、こいつはアクセサリーで、センチピードの敵意が、自分に向かなくなる様に仕向けていたのだ。
つまり、放逐は悪意を持ってやった事である。
こいつの名前は、ボイル・クレイフィッシュという名前だが、オーガストの王らしい。
オーガストは、クレイフィッシュ家が治める国で、オーベラル連合の中では比較的真面で、誠実な王が統治していたのだが、数年前に王が死に、ボイルが王になった様だ。
だが、元々狂っていた性格の為、国が荒れ、第三勢力のルングベリの侵入を許し、センチピードの召喚をする事で、恐怖によって支配をしていた様だ。
先にあった、結界の上から落ちた男は、ボイルの兄で、ベイク・クレイフィッシュと言う奴だ。
ボイルに脅されて、狂人のフリをしていた男である。
一時は瀕死になっていたが、ギリギリ助かったので、そのまま傀儡の王として治めさせるつもりだ。
今は、泣きながら小さいムカデに齧られ、民衆から投石されている弟を見ている。
今までずっと、やりたくも無い国民への嫌がらせを強要されていた為、やっと解放されると安堵している、そんな表情をしていた。
ボイルは、全身を咬まれてパラライズが全身に回っている状態だが、それが理由で瀕死の状態になっている。
パラライズは、痺れて痙攣を起こしている状態の総称だが、毒として血液中に成分が混ざっている状態だ。
つまり、パラライズが体内でも発生していて、肺と心臓を含む内臓も罹っているので、臓器不全といえる状態になっている。
この状態でも、脳は働いているので、ジャイアント・センチピードを召喚した様だ。
だが、ボイルは狭い結界に囲まれた空間にいるので、放逐したジャイアント・センチピードに足の先から食われて死んだ。
召喚主を食った事で、進化条件に達したのか、サイズが今までの倍になった様だが、そこは狭い結界の中なので、即座に窮地に立たされた様子。
ジャイアント・センチピードが進化すると、タイラント・センチピードになる。
サイズが倍になるのだが、ジャイアント・センチピードが体長3mという事は、タイラント・センチピードが体長6mになる訳で、シングルベッド程の幅しかないスペースに、そんな物が入り切れる訳も無く、自らの体に押しつぶされて自滅していった。
カレンは、結界を解き、肉塊となったソレを城の堀に落とした。
城の堀には、リルパーク海に繋がる運河から、水を引いて来ており、堀の中には海水に紛れて一緒に汲み上げられた魚が泳いでいて、肉塊が落ちて来ると同時に肉塊に群がっていた。
その様子を眺めていたベイク・クレイフィッシュが、アルティス達の前に土下座してきた。
「私は、オーガスト王国宰相のベイク・クレイフィッシュと申します。この度は我が国の独裁者である、我が弟のボイルを討伐して頂きありがとうございました。ボイルは、センチピードを使い、我が父である前王を殺し、王位を簒奪しました。国の統治でも、センチピードを使って、人々を脅し、従わせてきました。」
『そうか。だからと言って、貴様の所業が許される訳では無い事を理解しろ。』
「はい、理解しております。自らの死に怯え、弟の脅しに屈してきた事に、我が事ながら忸怩たる思いでございます。ですが、王族として、この国を統べる家系としての責任がありますので、私の質問にお答え頂きたく申し上げます。バネナ王国は、我が国をどうするおつもりなのでしょうか?」
『どうするつもりも無い。我々の目的は、闇奴隷の解放及び頼まれ事の調査だ。それらが済めば、この国に用は無い。我々も中央大陸のあちらこちらに領土を持っても、統治しきれないのでな。ベーグルの様な小国なら問題無いのだが、この国は広すぎるのだよ。』
アルティスの言葉に、疑問が浮かんだ。
「その様な事の為に、何故攻めて来たのですか?」
『たったの一人だけ、使者として書簡を持たせて送り込んだのに、攻めた?どこが?被害妄想もいい加減にしろよ。』
「私が聞いた話では、3万の軍勢という話でしたが?」
『バネナ王国に3万もの軍勢は居ねぇよ。全部合わせても2万弱にしかならねぇし、領土の守りを削ってまで、他国に攻め込んだりしねぇよ。』
現在のバネナ王国の軍は、ドワーフが抜けた分、つまり4分の1が減った状態で、捕縛したゴロツキと志願兵を合わせても、ギリギリ2万に届くか届かないかくらいしかいない。
『この国の闇奴隷の解放を要求する。すでにこの国には、我が国の密偵が各地に散らばっているから、隠そうとすれば直ぐバレるぞ。万が一、解放を拒否した場合は、捕縛し、犯罪奴隷に落とす。』
どこから3万という数字が出て来て、何を見てそう思ったのかは知らないが、もうこれ以上絡む必要も無さそうだ。
悪政を敷いていた国王は死に、少しは真面な奴が王になるのだから、少し放置してから様子を見に来ればいいだろう。
「我々に歯向かう権利はありません。すぐに通達として出しましょう。」
『トリエノールの街の場所を教えろ。領主のグリルスティングバッハに用がある。』
「かの家は、一人娘が行方不明になり、奥方が病に耽っております。できれば、そっとしておいて頂きたいのですが?」
『その娘についての話だ。とっとと教えろ。』
トリエノールの街は、オーガスト国の南東にある街で、なだらかな丘と平原が広がる、牧畜が盛んな街だった。
領主の館に到着するが、門兵はおらず、ノッカーを鳴らしても執事も出て来ないので、勝手に中に入って行った。
建物の中に入っても、誰も出迎えが無く、執務室に向かうと、やつれた領主が机に突っ伏していた。
『カレン、ポーションを飲ませて、干し肉を食わせてやれ。ルース、奥方を探してこい。』
カレンが領主にポーションを飲ませてから、干し肉を口に突っ込んだ。
『私は、バネナ王国宰相のアルティスだ。貴様はグリルスティングバッハか?』
「え、ええ、そのとおり、です。」
『貴様の娘に関する事で、話がある。』
ガバッと起き上がり、目の下にクマがあるやつれた顔を近づけてきた。
「娘は、娘は一体どこに!?もしや、バネナ王国が誘拐をしたのか!?」
『こんな田舎町の領主の娘を誘拐して、我が国に何の益があるんだよ。それに、誘拐したとしたら、要求を出すのが遅すぎんじゃねぇか?折角、貴様の娘の情報を持ってきてやったのに、酷い言われ様だよな。このまま帰ってもいいんだぞ?』
「うるさい!もう騙されんぞ!」
領主が剣を抜いたが、カレンが剣の先で領主の剣の刃を止め、領主が剣を押しても引いてもピクリとも動かせなくなった。
執務室の扉が開き、領主夫人がルースに支えられながら入ってきた。
「リリー!?起きて大丈夫なのか!?」
「メアリーの情報を持って来て下さったのよ?寝ている訳には行きませんわ!」
「しかし、本当に知っているかどうかも怪しいのだぞ!?」
「バネナ王国の宰相を名乗るお方が、偽物の訳がございませんわ!」
「今までに、何度も宰相の使いとやらが、金をせびりに来ておったのだぞ!?」
『それは、どんな奴だ?人相と背格好を教えろ。何と名乗っていた?偽物はとっ捕まえて、死ぬまで重労働に就かせてやる!』
「そ、そんな事よりもメアリーの事を教えて下さいませ!」
『テラスメル高原で闇奴隷だった処を助けてやったんだよ。事情を聞いた時は、親に売られたと言っていたから、両親に聞いて来てやると約束を交わしたんだよ。』
「メアリーは無事なのですか!?」
『あぁ、我が国で保護しているからな。飯が美味すぎて、帰りたく無いと言うかもしれないな。』
剣を抜いていた事を謝罪もせずに、シレっと会話に入って来た。
「しかし、会う為には貴国迄行かねばならぬという事ですか。遠いですな。妻の体調が回復してから迎えに行きたく存じます。」
『・・・何か、会いたく無さそうに聞こえるのは、気のせいか?』
「我が国の王に見つかれば、碌な事にならない事は明白、もう少し大きくなってから連れて来た方が安心できるのではないかと、思っております故・・・」
『それは、ボイル・クレイフィッシュの事か?奴は死んだぞ?新王は、ベイク・クレイフィッシュがなるそうだ。』
王が代わると伝えたのに、二人共浮かない顔をしている。
「ベイク殿下は、ボイル王に無理やり従わされていたという体でしたが、本質はあまり変わらないのです。我儘で傲慢な所は同じですし、違うのは良心が在るか無いかで、それ以外はほぼ代わりがありません。」
『途轍もなく大きな差だと思うがな。少なくとも、冷徹では無いという事じゃないか。その新しい王をどうするかは、貴様ら家臣がどう扱うかで決まって来るのでは無いのか?初めから諦めていては、王も間違った選択をしてしまうのでは無いのか?王も人間である以上は、間違いを犯すし、万能では無い。それを貴様らが補佐として修正してやれば、問題無いのではないのか?イエスマンしか居ないから間違いを正す事ができないのだぞ?』
何言ってんだ?こいつら、傲慢で我儘な王なんて、どこの国に行っても当たり前の話だぞ?良心があるのなら、いいじゃねぇか。
ベーグルの元首なんて、良心の欠片も持ち合わせていなかったんだぞ?悪政を敷く王と善政を敷く王の違いは何かというと、良心が在るか無いかだけだよ。
寧ろ、傲慢さを無くしたら、何もできないただのオジサンになっちまうよ。
横にいるカレンの左手が、剣に乗せられた。
『奥方は、バネナ王国で療養した方がいいだろう。ここには、執事も使用人も居ないから、病人が過ごすには少々不便そうだ。』
アルティスと領主が話をしている間に、ルースは部屋を出て、地下室に向かっていた。
地下には牢屋があり、中には執事と使用人達が捕えられていた。
つまり、領主は偽物か、メアリーが戻って来ると困る様な何かがある者という事で、警戒すべき相手という事が確定した。
だから、体調を崩している夫人を残して行く訳には行かない。
だが、寝込む程に娘の事を心配していた癖に、すぐに迎えに行くと言わない事に、違和感も感じるな。
『じゃぁ、そう言う訳で。表でワープゲートを出すから、戻る奴全員連れて来い。』
執務室から出ようとすると、魔道具で攻撃魔法を撃ってきた。
が、その程度の魔法で傷がつく者は、夫人くらいしかいない為、無視して部屋から出て行った。
ワープゲートから一旦、バネナ王国の王城に出たが、執事及び使用人を捕えて、尋問の為に連れて行ってもらい、夫人だけはメアリーの下へ連れて行った。
『メアリーこっちに来てくれ。』
取り巻きを引き連れて、メアリーがやって来た。
この取り巻きの意味が判らないのだが、何故かいつも一緒にいるのだ。
『この取り巻きは一体何なんだ?』
「この子達は、同じ奴隷の仲間で・・・」
『違うぞ。こいつらは、元奴隷では無い。オーガストの密偵?いや、特殊部隊か。そして、母親役のこいつが、その上司という訳か。メアリーに何か秘密があるという事だな。』
「それ以上の詮索はやめて頂きたいのですが?」
取り巻きと母親役の女の正体を暴くと、母親役が演技を止めて詮索を止める様言ってきた。
だが、バネナ王国を巻き込んでいる以上は、黙ってみている訳には行かないんでね。
『その使命は、メアリーの人生を奪ってまで遂行しなければならない事なのか?』
「我らオーガストの命運がかかっている事です。貴方には関係ありません。」
オーガストの命運?何の話だ?古代竜の復活に手を貸さないと、ルングベリに滅ぼされると思ってる?いや、古代竜がオーガストを滅ぼさない様に、頼んでやるとか言われたのかも知れないな。
『オーガストの命運?ルングベリに脅されたのか?ルングベリは滅亡したぞ?』
「「「何ですって!?」」」
『ルングベリの王族は死んでいたし、一人生き残ってはいるが、王になる気は毛頭ないらしいから、マルグリット王国に統治してもらうんだよ。操っていた竜人族は排除したし、ドラゴンはほれ、そこにいるだろ?』
「な、何て事だ・・・、し、しかし、レッドドラゴンが居ないでは無いですか!?奴が生きている限り、我々に未来は無いのだ!!」
レッドドラゴン?古代竜を取り込んだとかだっけ?見せてやるか。
『レッドドラゴンってこいつか。あ、狼人族集まれー、ドラゴンの解体をしてくれー!』
ディメンションホールからレッドドラゴンを出そうとした所で、丁度王城に戻ってきているので、解体を依頼してしまおうと思ったのだ。
『解体用のナイフは持ってるよな?じゃぁレッドドラゴン出すから、解体してくれ。肉は調理したいが、硬くて食えないから、食えるように研究を頼む。内臓は、それぞれが薬の材料になるから、切り取ったらマジックバッグに入れておいてくれ。血液は既に取り除いてあるから、臓器と喉袋を頼む。魔石は一つだが、心臓は二つあるから、動いている方はさっさと切り刻んで、マジックバッグに入れておいて欲しい。止まってる方の心臓は食ってもいいぞ。動いている方は駄目だ。呪いがかかるから、取り出したら、開いて刻んでマジックバッグに入れておいてくれ。』
「「「了解」」」
「ま、まさか、レッドドラゴンを狩ったというのか!?我らオーガストは、数百年の間、このレッドドラゴンに怯え、暮らしてきたというのに!!」
『へー。』
アルティスには、特に何を言う必要も感じなかった。
人間がドラゴンを狩ると言うのは、非常に難しい事と信じられてきたのは知っているが、こいつを狩ったのは、紛れも無く人間で、ほんの数か月前までは、領都の一般騎士だったのだ。
装備は、ロストテクノロジーの錬金術を使って作った物だとしても、カレンはアルティスの鍛錬で鍛え上げた騎士で、何も特別な事はしていないのだ。
数百年の間、ドラゴンを狩る対象として来なかったのは、最初から狩れる訳が無いという決めつけがあったからに、他ならないだろう。
狼人族には、動いている心臓の取り扱いについて話をしたが、古代竜の心臓が未だに鼓動をしているので、生きているらしい。
だが、ディメンションホールに入るので、生物としての扱いでは無い様だ。
解体を指示するアルティスと、レッドドラゴンを見ても何の反応も無く、解体作業を始めた狼人族を交互に見ていた女が、やっと立ち直った。
「アルティス殿、このドラゴンはアルティス殿が狩られたのですか?」
『カレンだよ。俺はコイツとは戦っていない。』
アルティスが説明すると、驚愕に震えている様な顔になって、バケモノでも見る様な顔で、カレンを見ている。
『で、結局何なんだ?メアリーの本当の親はどこに居て、メアリーは何の使命を背負っているんだ?』
「メアリー様は、ルングベリの姫君なのです。5年前にルングベリの使者から、メアリー様を預かり、育ててまいりました。」
何で、この期に及んでもまだ嘘をつくんだよ。
もう、面倒くさいなぁ。
『嘘つけ。ルングベリは狐人族の国だぞ?メアリーは人間だし、狐人の因子も持っていない。適当に嘘を教え込まれて、丸投げされただけだろ。称号にも王族とは無いし、生まれもオーガストだぞ?メアリーこの女は母親か?』
「違います。私が姉と慕っておりましたのは、狐人族でしたが、私は狐人族とは無関係です。」
『じゃぁ、本当の両親はどこに居るんだ?』
「領主の館に居る執事とメイドです。」
『もう、そう言う嘘はやめてくれないか?こちとら忙しい身でね、お遊びに付き合っている暇は無いんだよ。』
「遊んでいる訳ではありません。妖狐族の国ラクガンスキルに封印されている古代竜の結界を守る為の儀式を行わなければなりません。私は、その為の巫女なのです。」
『あぁ、それ、もう解決したから、やらなくていいぞ。古代竜の欠片は、神界に持って行ってもらう事になったのと、そこのレッドドラゴンが欠片の殆どを保持していたんだろ?[アポート]これが古代竜の欠片って奴だな。[コンテインメント]』
結界の中に取り寄せた古代竜の欠片を、魔法強度を高めに封印すると、MPを4000も消費した。
通常は最大MAG2000で消費MPが400になるのだが、アルティスのMAGは14389、このMAGで込める魔力を10倍にして、封印の術を掛けた。
これで、当分の間は安心だと思ったのだが、古代竜の欠片から、焦りの感情が漏れ出し、次に怒り、泣き、懇願の思念が感じられた。
スルーして追加の魔法を重ねがけしてから、ディメンションホールに放り込んだ。
余りにも雑な扱いで、ディメンションホールに放り込まれたのを見て、オーガストの面々は困惑し、バネナ王国の面々は、溜息を吐いた。
「そんなに雑に扱っても大丈夫なんですか?」
『何か思念で泣きが入っていたけど、相手にするだけ面倒くさいじゃん。サイレントとシャットアウトを交互に20回重ねがけしたから、話しかけられる事も無いと思う。』
「ずっとディメンションホールに入れっぱなしにするんですか?」
『いや、その内なんかに使うと思うよ。核融合炉作るとか、別の何かに使うか、虚数空間に放り捨てるとかかな。』
「今やらないのは何故ですか?」
『核融合の場合、発生するエネルギーを活用できないからで、虚数空間は、単純にまだ放り込めないからだ。』
核融合炉の中心として使えば、古代竜自身がマナを作り出しているから、永久機関として使う事ができそうな気がするが、そのマナを使う為の物が無い。
虚数空間というのは、落ちたら二度と戻って来れない空間として、ラノベでは割と有名な空間だったりするのだが、その理論が確立できなければ、空間に穴を開ける事すらできないのだ。
『数学は苦手だったからなぁ。神界に放り込んだ方が全然楽だよなぁ。』
チラッチラッチラッ
空を何度もチラチラ見るアルティスのから、古代竜の気配が消えた。
「何かされたのですか?」
『ん?古代竜の詰め合わせBOXを神界に送り届けてあげたんだよ。新年のご挨拶代わりかな?』
「物騒な挨拶ですね。」
『故郷に送り届けてやったんだから、感謝こそされ、恨まれるなんて事はあり得ないからな。』
さて、メアリーの役目は無くなった訳だが、どうするんだ?まぁ、残っていたとしても、そのMAGではやるだけ無駄だろうが。
『メアリー、お役目が無くなっちゃった様だけど、どうする?』
「お、お役目が復活する可能性は無いのですか?」
『無いな。何千世代か後なら可能性があるんだろうけど、流石にその時まで放置なんて事は無いだろ?封印の方法も違うし、儀式?をやっても意味は無いよ。MAGの低い奴が命を糧に儀式をやった所で、何の影響も無いしね、まずは訓練をやりなさい。メアリーと補佐の二人は、孤児院に入れ。』
魔法の訓練と、一般常識、一般教養を学ばせる為に、孤児院に入れさせることにした。
執事と使用人達は、ラクガンスキルかベーグルで、孤児院の経営でもやってもらおうかな?ベーグルの方にするか。
本国の試験は、5000人中3000人が不正で失格になり、残りの2000人中、何人かは、不正を良しとしない発言をしていた貴族の子息である。
テストの点数で、過料を決める事にしていたが、いかほどなものか。
『期待値は低いんだが、気になるよな。』
「殺気を出さない様にお願いします。」
『合格者は居たか?』
「あ、アルティス様、採点終わりまして、合格者21名で、ほぼ満点です。最後の問題についても、合格者の回答は、我々の意見と一致しました。」
『回答用紙を見せてくれ。』
回答用紙を見せてもらうと、一人を除いて、全く問題は無い様子だった。
『こいつは不合格だ。ゴーグルを外して見てくれ。』
どうやったのか知らないが、ゴーグルを通した時だけ、文字が浮かび上がる様にした様だ。
魔法に関するセンスはある様だから、文官では無くて、別の方向で雇うのもいいかもしれないと思い、会いに行ってみた。
『君がこの回答を?そうか。ラミアって魔法に造詣が深いのか?』
「そうですね、下半身が蛇ですから、魔法無しでは生きていけません。」
『仲間はどれくらいいるんだ?』
「今はだいぶ少なくなりましたが、5000程でしょうか。魔族が中央大陸から消えましたので、我々に危害を加えて来るような種族は、居なくなりました。」
『ラミアって♂はいるのか?』
「居ません。全て♀のみですが、人族の♂となら、番になる事は可能です。」
『この回答用紙だが、ペンで紙に書かずに、魔力で書いたのは理由があるのか?』
「我々は、力が強い為に、その、ペンを握るのが不得意なのです。」
『力が強いというのは、どのくらいだ?内の軍にも力が強い者は多いのだが、その者達でも問題無く握れるように作ったんだがな。』
「我々は、握れるペンが無いので、文字を書くのが苦手で、魔力で文字を書いたのです。」
『だから、ゴーグルを通さないと読めないという事か。だが、文官がそれでは問題があり過ぎる。悪いが今回の試験は不合格とさせて貰うよ。だが、文字が書けない事以外は、全く問題が無い様だから、別の部署に採用しようと思う。ラミア族が今の生活に不便を感じているのなら、仲間も採用しても構わないぞ?』
魔法が得意な人種の様だから、兵士の魔法の修練に、教官として雇うのも有りだと思う。
あとは、孤児院の先生もいいかもね。
「私以外のラミア族が、人族の中に混じりたいと思うかどうかは判りませんが、我々を見て驚かない人族が、本当に少ないので。」
『殆ど見かけない種族だから、多少驚く者は居るとは思うが、それ程時間もかからずに慣れると思うよ。ドラムカーンにも一人いるしね。』
「何故そう思うのですか?」
『うちにはアラクネがいるからね、ラミアを見ても、またか、で済むと思うよ。』
「アラクネ?見ていませんが?」
『じゃぁ、全員解除で。』
ラミアの周りにキュプラの子とソフティーが表れると、ラミアは息を飲んだ。
「いつの間にこんなに大勢に囲まれていたのですか・・・?」
『俺の周りは、いつもこんな感じだよ。アラクネが多いから、ラミアならすぐに受け入れられると思うよ。』
「ドラムカーンにいるラミアというのは、お名前は何というのですか?」
『シトラさんだよ。魔王軍侵攻の際に目を斬られたそうで、治してあげたんだよ。』
「失明した目を治せるのですか!?もしかして、その魔法は治療術という術ではありませんか!?」
『よく知ってるな。』
「過去に、我らラミア族が秘匿術としていた時期があったのですよ。しかし、後任が全く行使できず、途絶えてしまいました。」
『それは仕方ないだろうな。人体のあれやこれやを知らなければ、使えないからな。INT200は最低でも必要だと思うよ。』
試しに、魔法理論を聞いてみると、彼女たちは普段の暮らしの中でも、日常的に魔法を使って生活をしているらしく、MAGが平均で4000近くあるらしい。
住んでいるのは、洞窟やダンジョンの中が多いらしいが、ダンジョンの中に長く住んでいると、ゴルゴンやメデューサ、蛇系の魔獣に変わってしまう事があるので、殆どは山の中腹にある洞窟に住んでいるらしい。
普段は、感知系を主に使用しているらしいが、無意識に空間感知を使用していて、気配察知や魔力感知を常時使用しているらしい。
狩りに攻撃魔法を使う事があっても、それ以外には使う事は無い為、攻撃系の魔法には弱いものの、身体強化や回復系、錬金術や光魔法、生活に密着している魔法については、かなり詳しかった。
『軍で森での魔法を使ったサバイバルや、孤児院で魔法の使い方や応用か何かを教えてもらうのが良さそうだ。それと、ペンを渡しておくから、文字を覚えてくれ。先生は、孤児院にいるから、大丈夫だな。』
「よろしくお願いいたします。」
『おっと、忘れる所だった。住む場所は普通の人族用では無いんだよな?』
「はい。できればベッドを少し変えたいのですが。」
ラミアは、蛇の体に女性の体がくっ付いているのだが、蛇の部分の長さが、約4m程もあり、先端が感情に合わせて動いている様だ。
体が大きい分、普通の部屋では住み難そうではあるが、だからと言って広い部屋に入れる訳にもいかないが、少しでも窮屈にならない様に、工夫はしてあげたいね。
とは言っても、王城の部屋は広く、最低の広さでも10畳くらいの広さはあるので、問題は無さそうだ。
ちなみに、軍所属にする場合、彼女の身分は自動的に魔法騎士団団長か、魔法教官として教導隊に組み込むから、王城住まいとなるよ。
『どんな形がいいんだ?』
「大きな盥の様な感じにしていただければと思います。」
『マットレスは必要か?』
「布を敷いてあれば、問題ありません。」
『ソフティー判る?』
「うん、判るよー。でも、糸が足りないから敷くのは毛皮がいいかも。」
『シープキャトルの毛皮でも大丈夫か?』
「あるのですか!?」
『スケープゴートの毛皮もあるし、ペルグランデスースの毛皮もあるぞ。』
何か驚いて、目が点になっているな。
『とりあえず、他の連中との面談の後で昼飯に行くから、その後で孤児院に行こう。』
他の20名との面談もしてみたが、特に問題のある様な者はおらず、元々は王城内で内政事務をしていたのだが、前王の不正を指摘した時に解雇されたのだとか。
現在の書類と事務の部屋、書庫などを見て驚いていた。
ベーグルの内務省の書類の管理法をこちらの王城でも採用したのだ。
「な、何というか、非常に便利そうですね。」
『なるべく残業は無しで頼む。どうしてもやらなければならない時はあると思うが、それは平時ではあり得ない事だ。それほど急ぎの仕事は無いと思うが、何かあれば言ってくれ。』
「はっ、ありがとうございます。」
『ここで暫らく業務をこなして、その後議会の方に出てもらう事にするよ。』
「議会ですか?」
『文官とはいえ、国の事を細部まで知っている者の声を女王陛下に届ける必要はある。この国は、女王陛下の独裁では無く、共和制という訳でも無いが、一人で何でも決めている訳では無いからな。現状の報告と、政策の提案をやって欲しいって訳だ。』
「本当に政策を提案してもいいと?」
『是非やってくれ。但し、全てを実現してもらえる訳では無いからな?当然無理な話は無理だ。それとな、学校と孤児院を作る必要がある。君達の後任を育てなければならないからな?』
「どちらを先に作りますか?」
『一度に作ればいい。孤児院に学校を併設する。学校の先生が、孤児院の先生も兼任して、孤児院に住めば、合理的だろ?』
一見、休みなく働かせる様な感じに聞こえてしまうが、そもそも休みという概念が無く、合理性を重んじる?給金がもらえて、住む所と食事がもらえるなら、やりたいと思う者は多いのだ。
『幸い、大貴族の住んでいた屋敷は、沢山余っているからな。それを使って、孤児院と学校、図書館と寮を作る。食堂も作って、食事も提供できれば、問題は無いな。』
「食事が出るのは魅力的ですね。私も利用したいです。」
『ん?王城の食堂を使ってもいいんだぞ?朝昼晩食べられるぞ?』
「え!?利用していいのですか!?」
『いいに決まってるだろ。国の為に働いているんだから、食事から健康管理するのは、当たり前の話だよ。』
王族とそれ以外で食べる場所は判れては居るのだが、食べてる物はほぼ同じである。
違うのは、使われている食器の質とカトラリーが銀である事くらいだ。
銀食器は、腐食しやすい事から、昔から毒の有無を判別する為に、カトラリーとして利用されてきた。
それは、この世界でも同様で、見た目で毒の有無は判るものの、そこは王族としての用心深さと自分達以外の客人への配慮としても、銀食器の利用は必須なのだ。
王族以外の食器は、陶器、陶磁器、ステンレスが主に使われていて、多少の毒が混ざっていても、毒耐性が付くので、解毒される事は無い。
食事の時間になると、王城内又は王都で勤務している兵や騎士、アラクネ達が集まる為に、かなりの賑やかさになる。
アルティス達が文官を案内して食堂に行くと、一瞬シンと静まり返ってから、大騒ぎになった。
『待て待て!?俺達への挨拶は軽くで良いから、昼飯を優先しろよ。』
「ほ、本日は、どの様な件であられますか?」
何やら焦った様な顔で、ケットシーが近づいてきた。
『新しい文官を案内して来ただけなんだが、何か疚しい事でもありそうだな。』
「疚しい訳では無く、アルティス様が来られる時は、いつも新メニューが出されておりましたから、今回もそうなのかと思っただけでして・・・」
『あぁ、そう言う事か。あるにはあるが、全員分は無いな。』
この話で、ピンと来たらしく、ズバリ言い当てられた。
「蟹ですか?」
『夜の方がいいな。』
ケットシーが頻りに背後を気にし始めたので、夜出す事にした。
「そうですね。」
アーリアに呼ばれたから、紹介がてら一緒に食べる事にしたよ。
「アルティス、一緒にどうだ?」
『あるじと一緒に食べよう。ダークエルフ達はどうしてるの?』
「彼等はまだ、基礎訓練の最中だな。エスティアと十数人はそこそこだが、他は駄目だな。」
『そっかー、まぁ、長い間閉じ込められていたからねぇ。じゃぁ、連れてきた彼らを紹介するよ。試験の合格者で新しい文官だよ。食堂を利用するらしいから、仲良くね。入れ替わりで鍛えてもらうけど、兵役に就ける事は無いから、基礎体力だけだね。』
「ええーっ!?体を鍛えるんですか!?」
『鍛えないと太るだけだから、駄目だよ。肥満は思考と行動力を奪うから、太ったら何度でも鍛えるよ。食べる量の管理もちゃんとやらないと、文官から兵士に鞍替えさせる事になるかもね。』
「文官でもだらけるのは駄目と?」
『当然だよ。肥満の一歩手前の二人は、明日から訓練な。豚が治らない様なら、文官では無く、警備兵にするかも?』
小太りな二人が青褪めた。
ちなみに、大臣に任命している3人の貴族は、地下牢に閉じ込められていた間、質素な食事しか貰えなかったらしく、発見した時はガリガリだったんだよ。
最近は、ちょっと戻って来た・・・を通り越しそうだけどね。
「冗談はさておき、そちらのラミアも文官かな?」
『彼女は魔法の教官として働いてもらうよ。感知系の魔法が得意だからね。そういえば、名前なんだっけ?』
「ケリー・ウィグリングと申します。以後、お見知りおきを」
「私は、バネナ王国軍将軍のアーリアだ。よろしく頼む。」
『世界最強だから。』
「装備が半端ないですね。何故鞘が切れないのか知りたいくらいです。」
『鞘の中には触れていないからね。』
「そんな手法があるのですか?」
『切れない部分で固定してしまえばいいだけだよ。』
「グラついてしまうのでは無いですか?」
『グラつかない様にすればいいじゃないか。』
「どうやって?」
『魔法でフィキシングかければいいじゃないか。』
「その魔法は知りませんでした・・・。」
『覚えれば問題無い。自由度は高いから、色々試してみるといいよ。』
「私より、アルティス様の方が造詣は深いのでは無いですか?」
『俺は忙しいから、教えてる暇がないんだよ。宰相なのに、国内より国外の対応がおおいからね。』




