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第55話 ベーシスと囚われた魂の解放

 アルティスの殺気を受けた妖狐族達は、ずっとアルティスを避けたまま、寝てしまった。

 妖狐族達は、エルフ達から借りた魔道具を使って、久々に安心して眠りに付いた。

 バネナ王国の軍には、安全に野営ができる様にする魔道具を渡してあり、二人用テントから大人数用の天幕までを結界で出せる様にしてあるのだ。

 二人用テントは、全ての団員が持っている。

 騎士団もエルフ隊も、小隊や分隊で行動する事が多い為、単独任務でも安全に眠れるスペースの確保を簡単にできる様にしてあるのだ。

 逆に大人数用の天幕などは、中隊長以上のみに支給してあり、階級が上がれば団体行動が多くなる為、戦略的にも必要不可欠である。

 結界は、光学迷彩や分割迷彩、単色迷彩などがあり、基本的には周囲に溶け込む様にして、隠れられる様にしてある。

 また、中に居れば、中で騒いでも音が漏れず、気配を消す事が可能となり、魔力偽装や鑑定偽装も付いている為、見つかりにくくなっている。

 そして、アルティスの配下だけは、簡易風呂を持っているのだ。

 それは、壁に使う事で、空間拡張により壁の中に、ユニットバスを出現させるのだ。

 壁状の物は、板でも丸太でも家の壁でも問題無く、垂直に立っている物なら、何でも使えるので、海と砂漠と空中以外、殆どの場所で使えるのだ。

 ダンジョンの中では、逃げ場のない罠にかかった場合に、一時的に壁の中に入る事で回避ができる様になる。

 今回は、廃墟の壁で使って、ボロボロの妖狐族達に使わせて、汚れを落としてあげた様だ。

 服は、アラクネ隊が作ってあげた。

 首都が滅んでいるので、昔の対アラクネ用の結界は既に無くなっていた様で、ルングベリの捜索に参加しないアラクネを数名寄越してもらった。

 安全に野営ができるとはいえ、見張り無しという訳にはいかないので、寝ないアラクネ達が周囲の警戒をしていた。

 そこに真っ黒い服を着た者が、微かな音を立てて近づいてきた。

 ソフティーのゴーグルの簡易鑑定では、野盗(ベーシス密偵)と表示されており、アラクネの暇つぶしの対象にされた様だ。


 総勢15名の黒服達を取り囲み、誘導する様に音を立て、一か所に集める。

 密偵達は、念話を使えない為、手信号や口笛で仲間とやり取りをするのだが、使おうとするたびに邪魔が入り、仲間の位置を把握できずに居た。

 全員が夜目という暗視の下位スキルを持っているのだが、真っ暗が半月の夜くらいになる程度で、それ程見える訳では無い。

 しかも、全員黒い服を着ている為、良く見えないのだ。

 全員が中央にオブジェらしきものがある広場の周囲にやってきた。

 気配が幾つかある事を感じた為、慎重に周りを伺うが、よく解らない。

 広場の中央には、白い壺の様な物があり、それ以外は特に何も無い。

 不意に壺が転がり、中から白金貨が転がり出て来た。

 それを見た密偵が広場に躍り出た!

 壺と白金貨を取ろうと、密偵達が殺到する!

 が、中央の壺が突然宙に浮き、密偵達が上を向くと、そこにはアラクネが居た。


 !?、一斉に散開しようとした密偵達が後ろを振り向くと、アラクネが現れた。

 再び中央に向かって走り出すと、周囲からも黒い影と足音が聞こえ、一人が口笛を吹くと、全員が口笛を吹いた。

 その時、全員ここに集められたのを悟ったのだ。

 そして、正面の仲間の背後にいるアラクネが見えた。

 15人が背中を突き合わせ、見た事の無い数のアラクネに囲まれている事に諦めかけたその時、糸でぐるぐる巻きにされて運ばれ、吊るされた。

 密偵達は、全く眠れずに朝を迎えた。


 『んん?ソフティー達が捕まえたの?15人か。ベーシスねぇ、ちょっと情報を吐いてもらうか。擽りたい人30人募集。』


 そこかしこで笑い声が響き、悲鳴の様な叫びになると静かになり、ボソボソと話す声に変わった。

 それぞれの密偵から集めた情報によると、ベーシスの現在の王は、全方位に敵対していて、国内の事は全く無視している。

 ラクガンスキルに兵を進めている。

 王都には近衛兵のみしか残っていない。

 第三勢力は聞いた事が無いという事だけだった。


 『有益な情報は、王都の兵力だけだな。ルースの活躍を見てから侵攻するか。セリナ、エルフはラクガンスキルに何人残せばいい?』

 「そうですね、100居れば、全域をカバーできます。フォークとリミナがいれば、完璧ですね。」

 『それは、セリナがベーシスに向かう前提だな。残念だが、セリナは居残りだ。リミナとフォークをルースと共に行かせる。』

 「何でですか!?疲れ切って動けないんじゃないですか?あの二人。」

 『それはそれで、教訓になるからいいんだよ。それに、大して強くも無い敵を倒すのに、疲れないだろ?魔獣じゃあるまいし。』

 「ルースさんってそんなに強いんですか?」

 『リズの次くらいには。』

 「強っ!あんまり活躍していないから、強く無いのかと思ってました。」

 『ルースを配置すると、何故か敵が避ける様に進むんだよな。展開もルースが戦わない方に進むし、何かあるのかもしれないな。今回は明日会敵するから、やっと真面な戦闘をみられるよ。』

 「フォークも向かいましたしね。」

 『フォークは空気読めるから、今頃裏ルートの封鎖に向かってるだろうな。』


 その頃、フォークは裏ルートを探し当てて、道の真ん中に陣取っていた。


 「ヘックョン!・・・風邪でも引いたかな?お!やっぱり裏ルートはここだったか。ご主人の活躍の機会を奪う訳には行かぬからな。ここは封鎖させてもらうぞ!」


 正面のカーブから、兵士達が出て来たが、フォークを見て立ち止まった。


 「見ろ!あれはグリフォンじゃないか!?」

 「ヒポグリフの方だぞ!」

 「どっちでもいい!あんなのに襲われたら、ひとたまりもないぞ!撤退だ!」

 「うんうん、いい子だ。」


 撤退した部隊が、司令官に報告をした。


 「何ィ!?ヒポグリフだとぉ!?何であんな場所にいるんだ!ぐぬぬ、仕方ない!正面突破だ。密偵共の報告はまだか!」

 「はっ!、国境付近には兵は配置されていない様です。国境の検問には、人間一人とエルフの女がいるだけだそうです。」

 「ふむ、エルフは儂の妻に迎えてやれと、神の思し召しかもなぁ。蹂躙してやろうでは無いか!」

 ブルッ

 「どうしました?寒いですか?」

 「ちょっと寒気がしました。寒い訳では無いんです。何か嫌な感情が流れてきたというか・・・」

 「大丈夫ですよ。私が必ず守り抜いてみせます。フォークもいますし、無傷で戦闘も終わりますよ。リミナさんも戦闘に加わると思いますが、絶対に無理はしないで下さいね。私は強いので、絶対に死にませんよ。」

 『それはフラグというものだぞ?』

 「「ブーッ!」」

 「ちょ、アルティス様いつ来られたんですか!?いるなら教えて下さいよ!」

 『今来たんだよ。そしたら、フラグ立ててたからさ、ついな。』

 「どうされたんですか?」

 『味方の配置図を持って来たんだよ。それと差し入れだ。酒は無いが、ジュースとお茶だ。敵は割と近い所に陣を布いてるから、寝坊しないようにな。俺は上で観てるだけだから、活躍に期待しているぞ?』

 「任せて下さい!今まで大して活躍できていませんからね、この辺で実力をお見せしますよ。」

 『なるべく殺さないようにな。殺気一発でもいいぞ?』

 「・・・戦わせてくださいよ。いい剣を貰ってるのに、全く抜くチャンスが無いんですから!」

 『その剣は、敵を斬る為ではなくて、お前を守る為の剣だ。だから抜くチャンスが無いのはいい事なんだぞ?大丈夫だとは思うが、ヤバくなったら手を出すからな。』

 「「了解しました!」」

 『それじゃぁ、俺は戻るよ。また明日。』

 「ありがとうございます。」


 ルースは、ストイックにやるタイプだから、魔法の練習も毎日欠かさず続けているから、MAGは、騎士の中でトップだ。

 カレンも割とストイックなタイプなのだが、アルティスと共に行動する事が多く、鍛錬している暇が少ないという事もあり、MAGについては、ルースにあっという間に抜かれてしまった。

 ルースは、剣のセンスもいいので、上手くなると思っていたのだが、途中で筋肉マニアになってしまった為、剣の上達がガッツリ遅れたという経緯がある。

 それと、性格にも少し難があって、何でも理論的に考えてしまう為に、技を覚えるのに時間が掛かる。

 ただ、その理論を上手く使って、あらゆる場面を想定した鍛錬をしている為、どんな場でも問題無く動けるし、想定をしながら動けるので、奇襲や偶然に遭遇しても、即座に最適解を導き出す程に、対応力が優れているのだ。

 そして、強敵に会っても、逃げる算段ではなく、どうやったら勝てるかを考え始め、勝てないと悟れば、逃げる隙を作る方法を探る策士でもある。

 それは、隊長の役をしている時でも機能して、部下に気合を入れて、勝つ方法を考えて戦っていた。

 ルースは教官に向いているのか、ルースの下についた者は、軒並み隊長格の素質を見せる様になり、人数が増えてきた昨今でも、問題無く運用できている。

 だから、本当は第二騎士団の団長にしたいのだが、あまり部下が多すぎるとルースが()ねるので、中隊長止まりにしている。

 現在は第二騎士団は騎士団長不在である。

 まぁ、普通に考えれば、ルースの後釜なんて、そうそうできる奴はいないのだ。

 元第二騎士団団長のアントニー・マーブルチェアは、今は近衛騎士団にいる。

 神聖王国滅亡後の混乱を速やかに平定した手腕が買われたのだ。

 本当は偶然なのを知っているが、折角の栄転のチャンス、黙っておいてあげたよ。

 運も実力の内だからね。


 ルースの下から戻ったアルティスは、ブラックベアに襲われた街を訪れた。


 「こちらがブラックベアに襲われた直後に子供が行方不明になった方です。」

 『そうか。こいつらは違うな。デミ妖狐族だ。男の方は殺人容疑があるから、本物の親を殺したのかもしれないな。』

 「首輪着けますね。申し訳ございません。偽物に引っ掛かってしまうなんて、御見苦しい所をお見せしてしまいました。」

 『見苦しくは無いさ。寧ろ殺人犯を連れて来てくれたんだ、罪を吐いてもらえるよ。』


 ワープゲートを開いて、妖狐族の子を呼び出した。

 すると、デミ妖狐族が涙をポロポロと流し始めた。


 「お嬢様!お嬢様が生きておられた!お嬢様、ご無事だったのですね・・・良かっだぁ!」

 「ワグル!?お父様とお母様はどこに??」

 「御屋形様と奥様は御屋敷におられます。すぐに会いに行ってあげて下さい!」


 デミ妖狐族は、使用人だった様で、真偽が判らないので、身代わりとして両親のフリをしてここに来たようだ。


 「でも・・・」

 『一緒に行こう。きっと大丈夫だよ。』

 『たのもー』

 「ちょ、アルティス様!?それ道場破りのセリフ!!」

 ドタドタドタ

 「何奴!!名を名乗れ!!」

 『んー君達では役不足だから、家主を呼んでくれるかな?』

 「貴様!斬り捨ててや「やめろ!お前が敵う相手では無い。今、お呼びするので、それまで待て。」」

 「そんなに強いんですかい?」

 「子供を除く全員がな。恐ろしく強い。多分、御屋形様も太刀打ちできないであろう。」

 「一番強いのを倒してしまえば勝てるんじゃないんですか?」

 「一番強いのが真ん中の小さい獣だ。次が左に居た騎士、あの騎士は、ドラゴンスレイヤーだ。エルフの女が弱い方だが、従魔がグリフォンだぞ?」


 二人の男がやって来たが、片方は若造で、もう片方は一級冒険者並みの実力者だった。

 若造が飛びかかって来そうだったが、それを制止して、代表を呼びに向かって行った。

 途中で誰が強いのか説明すると、若造の方は顔色がコロコロと変わり、最後には絶望した表情になった。


 「・・・道場の命運は・・・?」

 「本気でやるなら、ラクガンスキル自体が滅ぶだろうよ。」

 「御屋形様、道場破りの体で子供を連れた使者が来ております。入り口までお越し願えますか?」

 「判った・・・。」


 『カレン、左奥だ。廊下の一番奥に何かいる。注意しておけ。』

 「了解」

 「お待たせしてすみません。私がここの主、アイヴォリ・アンノンと申します。貴方方は、どちら様ですかな?」

 『俺は、バネナ王国宰相のアルティスと申す。右の騎士がカレン、左のエルフがセリナだ。今日ここに来たのは、聞きたい事があって来たのだが、貴様は自分の子供を売った事があるか?』

 「どういう意味ですかな?嫌味を言いに来たのかね?確かにブラックベアに襲われた日に、我が子が行方不明になってしまったのは、恥ずべき事ではある。が、決して愛娘を売ったりなどはしておらん!」

 『ふむ、この子を見て、何か感じるか?』

 「!匂いは、我が子だ!だが、背格好が違う。どういう事だ?」

 『ウーム、どうやって操作してるのかが、判らん。[アンチ・マジックフィールド]』

 パリンッ

 カキンッ!


 アイヴォリ・アンノンが剣でアルティスに斬りかかったが、カレンが剣で止めた。

 アルティスが微動だにしなかった事に、アイヴォリ・アンノンは、驚きを隠せなかった。

 それと同時に視界の中に、愛娘の姿がある事に気が付いた。

 アイヴォリ・アンノンは、剣を落とし、膝をついて愛娘に向かって両腕を開いた。


 『行って来い。』

 「お父様!」

 「アリス!」

 『カレン、捕まえろ。』

 「はっ!」


 カレンが土足のまま廊下を走り、廊下の突き当りにいた、光学迷彩の奴を捕まえた。

 逃げようとしたが、カレンの剣が首筋に当たり、剣が触れた部分の布地がはらりはらりと切れて行くのを見て、逃げるのを諦めた。


 『[ディスペル]ってコイツは、人間だな。竜人族ではないのか?第三勢力の古代竜の(いびき)だっけ?そこの奴か?』

 「古代竜の息吹だよ!い・ぶ・き!何が鼾だよ!」

 「あっさり吐きましたね。煽られ耐性が低すぎますね。」

 『知能が低いんだろ。そんなもんだ。あぁ、アリスの親父は、これを着けろ。精神魔法が解けるぞ。こんな広範囲に精神魔法を掛けるとか、さすが古代竜の鼾だ。』

 「違うと言ってるだろ!息吹だよ!息吹!」

 『いびき』

 「いぶき!」

 『いびき』

 「息吹!」

 『息吹』

 「いびき!」

 『よし、いびきで合ってるそうだ。』


 アルティスと密偵のやり取りを見て、カレンとセリナ、アリスが爆笑した。

 密偵が唖然としながらも、悔しそうだ。


 「ふ、ふざけるな!嵌めやがって!殺してやる!」


 魔道具を発動させたようだが、ここには、アンチ・マジックフィールド空間が広がっているのだ。

 魔道具は発動しない。

 絶望の表情を浮かべた密偵は、大人しく情報を吐いた。

 持っていた魔道具は、自爆用と洗脳用、隠ぺい用の3種類で、隠ぺい用のには、[色眼鏡]という知らない魔法が付与されていたので、貰っておいた。

 色眼鏡という魔法は、効果範囲内の対象者に、視覚情報を間違った内容で伝えるメガネを付けさせるという魔法で、一回使えば、解除するまでMP消費の必要も無く、偽の視覚情報を与え続けるという物だった。


 『幻影よりも限定的な効果しかないが、人の顔を誤認させる程度なら、できるのか。案外使える魔法なんだな。』

 「これが使える魔法なんですか?」

 『例えば、敵軍にかけて、敵の総大将の顔をした兵が攻めて来たと誤認させたら、どうなる?』

 「・・・大混乱に陥りますね。」

 『コルス、面白いからこの魔法で、敵軍の総大将の顔が、面白くなる様にして来てくれよ。』


 シュタッと現れたコルスに、妖狐族達がビビりまくっている。

 今の今まで、いる事に気が付いていなかった為に、焦っているのだろう。


 「どんな感じの顔にしますか?」

 『目を円らな感じにして、頬をピンクにして、眉毛を太く、まつ毛を長く、口をおちょぼ口にして、顎を長く。』

 「それはもう、別人ではないですか?」

 『そうか?じゃぁ、顎はそのままで、鼻の(あな)を拡げるか。歩く時は、両手を顎の高さに組ながら左右に振って、足は内股で歩かせたら完璧だな。』

 「そっち系の人にするんですね?」

 『そうそう。』

 「では、行ってきます。」

 「・・・恐ろしい事を考えるお方だ。」

 『使える手は何でも使うんだよ。戦争やるのに躊躇(ちゅうちょ)しても意味が無いからな。プライドと意地だけで勝てると言うなら、やってみればいい。俺は、俺の兵を守る為ならば、何でもやってやるんだよ。ただの一人も損害にしたくないからな。』

 「兵を守る事に意味があると?」

 『当たり前だろ?兵士にだって命があるんだよ。使い捨てなんかじゃないんだぞ?一人育てるのに、どんだけの労力と時間が掛かると思ってるんだよ?突撃させるしか能が無い愚か者は、俺の部下には一人もいない。居たら即降格だ。突撃兵の先鋒にしてやるよ。』

 「勝つのが難しい相手だった場合は、どうするのですか?」

 『その時は、俺が出る。』

 「貴方様が出れば勝てると?」

 『ああ、勝てるよ。俺に勝てるのは、俺のあるじだけだ。』

 「貴方様に勝てるお人がいるのですか!?・・・バネナ王国とは、恐ろしく強いのですな。敵対はしたくありませんな。」

 『できれば、敵対はして欲しく無いな。ラクガンスキルとは仲良くしたいんだが、今この国は、無政府状態だ。だから、貴殿か別の力のある者に、支配者になってもらいたいんだよ。』

 「無政府状態?おばば様はお亡くなりになられたのですか?」

 『神殿に居たのは、アンデッドだけだったぞ?そのおばば様と取り巻きは、全員ミイラになっていて、砂洲から出たら崩れて消えた。』

 「何ですと!?いつからそんな事に!!」

 『何だっけ?サロマ?サラス?サテン?違うな、サロン?』

 「サウスですよ。」

 『あぁ、それそれ、サウスという賢者となのるゴブリンが何かをやったんだと思うが、詳細は判らないな。』

 「何て事だ・・・」

 『して、お前らはこの街を出た事はあるのか?』

 「何故ですか?」

 『この街に砂洲の様な効果があったら、お前らもミイラになっている可能性があるからな。』

 「試してみますか?」

 『そうだな。妖狐族が絶滅していない事を願うよ。』

 「ウアガミタマ様がお守りして下さっている筈です。」

 『アイツは守ってなんか居なかったぞ?自分の眷属が死ぬまで気が付いておらず、死んだ事を隠すために砂洲に招き入れて、アンデッドのまま生きているフリをさせていたんだからな。神殿を見れば一目瞭然だがな。』

 「見に行く事は・・・」

 『今から行くぞ。見て無い物を信じろと言っても、信じられないからな。[ワープゲート]さぁくぐれ。神殿を見に行け。神殿を見たら、街を見てみろ。自分の目でしっかりと、現実を見ろ。その上で、今後の事を考えろ。手助けはしてやる。』

 「門下生も一緒にいいですか?」

 『全員行け。お前の妻もな。』

 「では、全員で行きましょう。」


 揃ってからゲートをくぐった妖狐族達は、崩れ落ちた神殿に驚愕し、背後に広がる首都の廃墟を見た。

 あまりの光景に愕然となり、あちらこちらから嗚咽が漏れる。


 『アイヴォリ・アンノン来い。ウアガミタマに会わせてやる。奴はオーベラルの手により、俺が作った神像の中に閉じ込められた。神像を壊されると、古代竜の結界が壊れるから、神像自体を結界で囲っているが、お前らの思いは届ける事ができる。奴のやった事が、どれだけの事なのか、判らせてやってくれ。』


 神殿の中に入るアイヴォリの後を門下生も含めて、歩ける者全員が着いて行き、神像の前に立った。


 「ウアガミタマ様、何故、お守りして頂けないのですか?おばば様は貴方の願いを聞き入れ、ずっと祈りを捧げ、魔力の補充をしてきたはずです!その結果がこの街の現状なのですか!!我々は一体、今まで何をして来たのですか?悔しいです!私は悔しいです!!」


 マリアが足元に落ちている石を拾い、神像に向けて投げた。

 カーン

 神像にあたりそうに無かったが、途中で軌道が変わり、神像に命中し、小気味良い音がした。


 「ウアガミタマ様のばかー!おばば様に謝れ!街のみんなに謝れ!こんな酷い事をした奴に天罰を与えてよ!酷過ぎるよ!」


 アリスの悲痛な叫びに応えるかのように、神像が明滅し涙を流すが、門下生やアリスの母が神像に石を投げ始めた。

 カカカカーン


 『ウアガミタマ、痛いだろう?俺の魔法とどっちが痛い?貴様はこれから、古代竜の結界を守るという責務(せきむ)が無くなり、妖狐族からの信仰も無くなる。自分のやった事の重さを直に感じながら、信頼の修復を行わなければならないのだ。死ぬ気でやらなければ、信仰など戻っては来ないだろうな。ざまぁ。』

 「話し声は届くの?」

 『届くよ。全部聞こえている。奴が神像に馴染めば、動く事もできる様になるだろう。その時、改めて土下座でもしてもらえ。古代竜は1年以内に神界に引き取られるから、この神殿も役目を終えるな。その時、あの神像をどうするのかは、お前らに任せる。便所に捨ててもいいし、埋めてもいいし、鬱憤のはけ口として、投石の的にしてもいいぞ。』

 「あはは、その時考えます。」

 『うん。それでいい。そんな事よりも、この国の再建の方が重要だ。こんな廃墟は放っておいて、考えてくれ。暫らくは、エルフとアラクネを置いて行くから、国の守りは任せてくれ。お前らは国内の事だけを進めてくれ。』


 アイヴォリ達を一旦屋敷に戻し、鍛錬について話をした。


 『妖狐族全体が弱体化している。だから、この国を守れる人材を育てたいと思う。その鍛錬方法だが、4つの神殿があるだろ?そこに鍛錬方法が彫られた石碑がある。その方法で鍛錬するか、我が国に来て鍛錬するか、どちらかを選べ。』

 「貴方様の国のやり方は、我々にもできるのでしょうか?」

 『できない事は無いな。コボルト族も鍛えているからな。コボルト族は、お前らよりも圧倒的に強くなっている。』

 「コボルト族が我々よりも強く・・・俄かには信じられませんが。」

 『呼んでやろう。コボルト族100名をラクガンスキルに派遣する。選定しろ。』

 『選定完了しました!いつでも行けます!』

 『[ワープゲート]』


 ゲートから、足並みを揃えたコボルト族が現れた。

 コボルト族を見た妖狐族達は、自分達には勝てない事を悟り、生唾を飲んだ。


 『よし、コボルトは分隊に分かれ、各街とその周辺の警備にあたれ。隣国の密偵が侵入している。隠ぺいを駆使して侵入をしてきているから、徹底的に探し出し、捕縛しろ。捕らえた密偵には、最低限の飯を与えるだけでいい。相手の種族を警戒する必要は無い。貴様らはバネナ王国軍の兵士だ!そんじょそこらの雑兵など、貴様らの相手では無い!自信を持って対処しろ。出陣!』

 おう!!

 ザッザッザッザッ

 『どうだ?』

 「我が門下生を貴国の訓練に参加させてください。かつての強靭な妖狐族を取り戻すために!」

 『では、10名を受け入れよう。妖狐族10名が、研修生として鍛錬に参加する。王都で迎え入れろ。では、今からゲートに入れ。持ち物など必要無い。服も装備も全て向こうにある。鍛錬では、自動回復は使えないから、その関係の装備も不要だ。パッシブ魔法は地雷だよ。鍛錬を阻害するだけのゴミだ。ほら、早く行け。貴様らに時間は無いぞ?既に首都が廃墟になっているのだからな。のんびりしていると、ベーシスやルングベリに圧し潰されてしまうぞ?』

 「い、行ってきます!」

 サササササ

 『よし、次にやる事は、首都で死んだ妖狐族の供養だ。生存者は居たが、30人程しかいない。元々はもっと居たんだろ?という事は、それだけの魂が輪廻に戻れずに彷徨っていると思っていい。非業の死を遂げた者達を供養してやらねば、首都に住む事は難しいだろう。』

 「そうですね。ですが、彼等の供養は国中がやるべき事に思います。首都の再開発は先送りにして、この街を暫定的に首都にした方が良い様な気がします。」

 『それでもいいぞ。どこでやるかは自由だ。そんな感じで詰めてくれ。財務や法務が必要なら、人材はこちらからも出せるし、留学も可能だ。』

 「留学とは?」

 『普通の勉強だよ。今までどうやっていたのか知らんが、計算や文学、その他諸々、色々な事に知識が必要になるからな。他種族の事を学ぶのもいいと思うぞ。外交には必須だからな。』

 「人間は差別が酷いですが、関わらない訳にはいきませんね。」

 『そうだな。周りにいるのが、人間やドワーフでは、全く知らないままでは、交渉もままならないだろう。』

 「武力だけではダメという事ですね?」

 『武力を行使すれば、戦争になる。戦争になれば疲弊して、国力が下がってしまう。国力が下がれば、国力がある国に蹂躙されて終わりだ。ギリギリまで話し合いで済ませるんだ。力は、行使する為に使うんじゃない。守る為に使うんだよ。暴れん坊では駄目なんだよ。』

 「テラスメル高原に侵攻したと聞きましたが・・・」

 『そこで、お前の娘を見つけたんだよ。あそこは、元々ドワーフの支配地域だったのだが、ドワーフの主力が魔王軍に参加した直後から、闇奴隷商の巣窟になってしまったんだよ。我々が侵攻したのは、闇奴隷商人を捕まえて、闇奴隷を解放する為だ。そして、ダークエルフを助けたんだよ。目標の人数に届かなかったがな。』

 「ダークエルフの奴隷なら、ベーシスとオーガストに沢山いましたよ。あの両国は、奴隷を持つのがステータスらしいので。」


 予想外の所から、ダークエルフの奴隷の情報が出て来た!


 『それは、本当か!?奴隷を持つのがステータス?ほぼ全員が奴隷を持っているという事か?闇奴隷なら滅亡するかもしれないな。領土は要らないんだよな。あまりにも広い領土を持っていても、管理できないからな。しかも、あの2国は完全に飛び地になるからな。厳しいな。』


 攻めるのはできるのだが、占領後が厳しいのだ。

 ベーシスは、王子が見つかっているので、丸投げでもいいかもしれないのだが、オーガストは伯爵だから、執政に就けるかどうかは微妙だ。かの国の王族がどうなっているのかは、以前聞いたのだが、内戦一歩手前だったか?攻め入れば、反乱軍までもが敵に回る可能性も視野に入れなければならないな。


 「どうにかなりそうですか?」

 『やるしかない、としか言えないな。我が国も魔族の策略によって、国内が滅茶苦茶にされたから、建て直し中なんだよ。だから、あまり人材がいないともいえる。』

 「それは、運営側の人材という事ですか?」

 『どっちもだよ。運営側も治安維持側も足りない。特に兵士は、育成に時間がかかるからな。政治に関しては、決断力と判断力さえあれば、補佐はいるからな。何とかなるんだよ。』

 「アラクネでは駄目なのですか?」

 『全土となると難しいよな。複数個所で事が起これば、対処できないからな。それに、まだアラクネが狂暴というイメージが強すぎて、怖がられてしまうのが難点なんだよ。』

 「妖狐族では、アラクネは友人として見ていますから、問題ありません。」

 『この国にアラクネがいるのか?』

 「3名います。最近は滅多に見なくなりましたが、どこかにいると思います。」

 『探してみよう。』


 アンノン家を出て、首都に移動した。

 ここには、瓦礫の下に埋もれた遺骨を探す部隊がいる。

 遺骨を詳しく調べてみると、剣で刺されたであろう傷や、頭蓋骨の刀傷や陥没、火災になる前に、何らかの形で襲われ、火を放たれたのだと思われた。

 骨は、この国のやり方に倣って、小さな箱に遺骨を納め、家毎に束ねてある。

 ワラビは、骨箱の山に向かって、何時間も祈りを捧げ、供養しているのだが、ワラビの祈りが届いた様子が無いという。


 『ワラビ、少し休め。お前が倒れても、誰もお前の代わりを務められないのだからな。』

 「はい。ありがとうございます。少し休みます。」


 骨箱の数は、既に3000個を超えているが、終ったのはまだ3分の1程度だ。

 頭部が無い骨もいくつか見つかっており、酷い物は粉々になった頭部が見つかる場合もあった。

 本当に酷い状況だ。

 数十年の間、何の供養もされずに放置されていた為、彼等の魂は、自らの体を離れ、どこかを彷徨っているのかもしれないし、誰かが持ち去ったのかもしれない。

 持ち去るというのは、悪魔や呪術、死霊術等で使う為に宝珠や魔石などに魂を入れ、消費するという胸糞悪い連中が居るのだ。

 魂は実際に存在していて、アンデッドになるとゴーストやレイス、クラスが上がるとリッチやノーライフキングなど、災害クラスの魔獣になる事もある。

 魂にも魂のエネルギーが存在していて、死霊術や呪術は、そのエネルギーを魔力で操るのだ。

 悪魔は、魂に刻まれた怨念や苦しみ等の負の感情を餌として生きている。

 魂を捕まえて、魔界に持ち帰って食料にしているらしい。


 ただ、魔界は散々神聖魔法で蹂躙してきたので、悪魔の数は減っているし、消滅した悪魔の持っていた魂は、神聖魔法によって救済されたと思われるので、後で魔神に確認しようと思う。


 今一番知りたいのは、ここを攻めたのが誰かという事だ。

 一番怪しいのは竜人族なのだが、数十年前ともなると、今頃第三勢力として活動している事との整合性が無い。

 ここを蹂躙して、神殿を潰したのなら、その際に古代竜に接触するのが普通だと思う。

 だが、神殿に居たルングベリの兵は、そもそもこの都市が廃墟になっている事を知らなかった様子だった。

 とすれば、ルングベリとは別の勢力が攻め込んだとみるのが妥当だ。

 では、誰が?

 一人のエルフが、その手掛かりを見つけた。


 『アルティス様、ここに攻め込んだと思われる兵の遺体を見つけました。』

 『すぐ向かう。』


 到着したそこには、銀色に光る鎧を着たスケルトンが居た。


 『遺体というか、スケルトンだな。防具は見た事が無い紋章だな。どこの紋章か知っているか?』

 「アバダント帝国の紋章だと思います。」

 『アバダント帝国が何でこんな所を攻めるんだ?どこかに加勢した可能性があるという事か?はぁ、面倒くさい。スケルトンでは、尋問もできないしな。コイツしかいないとなると、なすりつける為に防具を置いた可能性も捨てきれないな。』


 ワラビが心当たりがあるらしく、アルティスの後ろから着いて来ており、スケルトンを見て確信した様だ。


 「アルティス様、神聖王国が攻め込んだのかも知れません。アバダント帝国は、以前、神聖王国と深い繋がりがあり、神聖王国と共に他種族の信仰する神を変えようとしておりました。」

 『こんな大虐殺をしてまで、変える必要があるのか?』

 「その意図は判りませんが、教皇のやった事ですし、虐殺を何とも思っていない可能性もあります。」

 『その頃には、既に狂っていた可能性が高いな。逆算しても120歳前後だもんな。アバダント帝国はまだ存続しているのか?』

 「多分もう・・・」

 『そうか。はぁ、難題ばかりで、気が滅入るな。魂もアバダント帝国にある可能性が高くなっちまったよ。どうしよ。そろそろ休みたいんだよなぁ。』

 「そうですね。アルティス様は少し働き過ぎだと思います。」

 『ワラビが言っても、説得力が無いな。』

 「申し訳ございません。」

 『この世の理の内だから、神に丸投げもできないし、本当に面倒くさい。もう来年まで先延ばしにしようかなぁ。』

 「我慢できますか?」

 『・・・くっ、ワラビに突っ込まれるとは!?』

 「初めて、いい負かしました。」

 『フラグになりそうだから、下手な事言えないし、ストレス溜まりそうだよ!』


 ワラビが隠された歴史を暴露した事で、アルティスは、超面倒くさい事に足を突っ込んでしまった事を自覚した。

 だが、関わってしまった以上は、最後までやらなければ、気が済まない。

 途中で止めたら、神族に文句を言えなくなるからな!!

 世界を正常化する為には、現地に赴いて真実を知らなければならない。

 情報通信技術が全く発達していないこの世界では、嘘も感情も混ざっていない情報を得るには、現場に赴かなくてはならないのだ。


 ただ、その前にできる事が、無い事も無い。


 『ワラビ、アバダント帝国が滅亡しているとして、アンデッドが蔓延っている可能性はどう思う?』

 「いると思います。かの国は、国境に低い山が連なっていますので、光魔法を発する魔道具で囲む様にすれば、外に漏れ出る事を防げるかもしれません。」

 『魔界にばら撒いたアレで、いいんじゃないか?』

 「まだ残っているのですか?」

 『追加で作ってあるよ。悪魔の存在は必要な部分もあるのは理解しているが、俺の方針とは、真っ向からぶつかるからな。悪魔の関与が薄っすら見える部分も多々あるし、増えすぎた悪魔は、磨り潰してやらないとな。』

 「では、それをアバダント帝国の上空に浮かべるのはいかがですか?」

 『執事の話では、空から見ると繁栄している様にしか見えないそうだよ。ただ、魔力反応が殆ど無いらしいがね。』

 「というと?」

 『つまり、結界か何かで日光を遮断していて、生命は殆ど存在しないという事だ。そして、上空に浮かべても、恐らく地上に光は届かない。』

 「ばら撒くのもダメなのですか?」

 『何かに跳ね返されるそうだ。そして攻撃される。』

 「何かがいるが、生命では無いと?」

 『そうだな。地上に届ける方法は、いくつかあるんだが、それを試すには危険が伴う。やる意味はあるが、危険が危ない。』

 「危険が危ない?どういう意味ですか?」

 『危険と思われる物が、どのくらいの危険性を孕んでいるのか、判らないんだよ。だから、危ないとしか言い様がないんだ。』

 「方法はあるのですよね?」

 『あるが、連発はできないな。これから初号機を作り始めるんだが、最悪の事態を想定しなければならないんだよ。そこでワラビの意見が必要になるって事だ。』

 「最悪の事態は既に経験済みではないですか?」

 『え?いつ?』

 「魔神様にお会いした時です。」

 『・・・あれが最悪なのか?じゃぁ遠慮なく撃ち込むか。』

 「どの様な攻撃方法ですか?」

 『弾道ミサイルだ。空高くに打ち上げて、落とす。』

 「それだけですか?」

 『それだけだよ。打ち上げるのが大変なんだよな。斥力を公開する訳には行かないから、どうやって飛ばすかが問題なんだよな。』

 「斥力とは何の事ですか?」

 『普通は知らない現象?いや、知っているが、意識した事が無い現象だな。カレンのバイクが空を飛べるのは、この力のおかげだよ。』

 「???」


 理解できないのは判るが、魔法を知られてしまえば、バレるのは時間の問題だ。

 斥力が理解できてしまえば、ロケットエンジンを魔法で再現する事も可能になってしまう。

 そんな事になれば、核よりも安全で大量虐殺が可能な極大魔法を積んだ、ICBMが作られてしまう可能性があるのだ。

 この世界には、放射能を発生させずに、広範囲に被害を齎す(もたらす)事が可能な、魔法が沢山存在していて、多目標に一斉に放たれたら、世界は一瞬で滅亡してしまうのだ。

 それを可能にする可能性を秘めているのが、斥力という訳だ。


 まぁ、実際には、シールドで防いだり、結界で守られたりしているのだが、不意打ちで撃たれれば、()けられる可能性は低い。

 そんな危険な状況の中で、生活したいとは思わないので、可能性を少しでも減らす為に、不用意に新技術を漏らす様な事はしない。

 VF作って乗ってる奴がいう事では無いと言われそうだが、扱える者が限定される為、爆弾を撃ち出す為には使えないから、いいんだよ。


 ルースのいる北の国境には、リミナとリミナの部隊が待機している。

 最近は、エルフ達も近接戦闘を習っているので、接近されても問題無く対処が可能で、対近接魔法もある。

 最悪の場合は、テントを展開する事で、中に立て篭もる事も可能だ。

 更に、アラクネの援護もあるし、フォークもいるのだ。

 負ける可能性は、限りなく0に近いだろう。

 だが、1%でも可能性があるのならば、その1%を0%に変えるべく動くのがアルティスだ。

 攻めてきたら、アルティスも上空で待機する予定にしてあるのだ。

 そこまでするのには、理由がちゃんとある。

 それは、かつては大陸一と言われたほどの、強力な魔法を撃つ妖狐族に、貧弱な人間が攻め入るには、何らかの強力な切り札でも持っていなければ、おかしいと言えるので、ゲームチェンジャーと言える様な何か秘策があると警戒するのは、当然の事だ。

 何も無い可能性も高いのだが、戦術としては、あるのが普通なので、無いとは考えない、考えられないのだ。


 『アルティス様、予想よりも早いですが、北の国境で、間も無く接敵します。』

 『まぁ、想定内だな。ルースは把握しているか?』

 『もちろんですよ。いつ来ても問題ありません。』


 敵の偵察は、昨日のとは別で、既に10人程を捕えており、敵に情報を与えない様に動いていたのだとか。

 偵察が帰って来ない事に焦れた敵が、威力偵察をして来ることは、織り込み済みという事だ。

 今回の北の国境の援護に行くアラクネは、4人だけだ。

 現在、アラクネ達は、周辺の野生のアラクネ捜索とルングベリ国内の竜人捜索に動いており、殆ど居ない。

 ソフティー曰く、野生のアラクネが居るには居るが、弱っているそうなので、何としても探し出して、助けようと思っている。

 もちろん打算はあるのだが、それを抜きにしても、助けてやりたいと思った。

 ソフティーの意見としては、助けなくていいらしい。

 それは、アラクネの世界では、殺される方が悪く、死ぬのなら死んだ奴が悪いのだ。

 だが、助けて貰うというのも、運命として受け入れられるものなので、アルティスの意見には反対はしなかった。

 仲間になるのなら認めるし、成らないのであれば、助けて貰った分の恩を返せば、後は自由にしていいらしい。

 アラクネ達は知能が高い分、無暗に殺し合いなどはせず、黙っていても弱い方が離れていくので、問題が起こる事の方が少ない様だ。


 アルティスとカレンは、国境の上空に転移した。

 時間は午後3時、暗くなるまで、それ程時間が無いのだが、本隊が侵攻してくる様だ。

 敵が陣を布いた所までは、徒歩で半日程度だった筈で、休まず歩いてきたとすれば、兵士達は疲労困憊だと思われる。

 それでも攻めるという判断をしたのは、数名しか居ないという誤情報しかもっていないからであろう。

 1日前の情報など、ゴミにしかならないとは思ってもいない様だ。


 国境の検問所の前に、ルースが立ちはだかるが、敵軍は止まる様子が無い。

 ルースが殺気を放つと、先頭が止まった。

 ルースが前に一歩出ると、集団が下がろうと藻掻く。

 国境のここは、谷になっていて、両側には垂直の崖、崖の上には森があり、国境を境に荒れ地に変わる。

 崖上から崖下に降りるには、高低差100mを降りなければならず、森の中を軍隊で進むのは難しい為、実際に軍隊で進軍できるのは、谷しかないのだ。

 谷は、幅20mもあり、軍隊で進むには十分な広さがあるのだが、戦闘をするには手狭ではある。

 だからここに国境があるのだ。

 まともな指揮官なら、ここでの戦闘は避けるのがセオリーなのだが、真面では無かった様で、完全に無視して来た様だ。

 まぁ、無視できるように仕向けたのだが。

 ルースがずんずんと軍団の方に歩いていくと、錯乱した敵が斬りかかってきた。


 「きええええええぃ!」

 ヒュヒュヒュ・・・チン

 バラバラバラ


 ルースの見えない剣捌きで、手足と首が胴体からサヨナラしたのを目撃した者達が、死に物狂いで逃げ始めた。

 真後ろに逃げる事が出来ない為、崖側に沿う形で逃げて行くのだが、新たに先頭に立った者達が、次々と転がる死体を見て逃げ始め、ベーシス軍は、たった一人の兵士の死を以て、大混乱に陥り、投降者続出、負傷者多数で、最後尾に居た貴族が、いつの間にか最前線に来ていた。


 「お前がベーシス軍の大将か?」

 「余はベーシスの王である。頭が高い。無礼であろうが。ひれ伏せ。」

 「俺の王は貴様では無い。貴様の様な豚などに下げる頭は無い。」

 「おい、あの男を殺せ。・・・おい!聞いているのか!?」


 この時既に、ベーシスの王の横に居た護衛達は、回れ右をして逃げて行った後だった。


 「誰と喋ってるんだ?ここには、俺とお前しかいないぞ?お前の部下は、既に逃げた後だ。一人で何もできないのなら、土下座するのは貴様の方だ。さっさと神輿から降りて、地面にひれ伏せ。」


 不安定な舗装もされていない道に置かれた神輿(みこし)の上で、推定120kg超の体が急に立ち上がれば、どうなるか。

 支える者の居なくなった神輿は横転し、ベーシスの王が転がり落ちた。


 「ぐうぅぅぅ、誰か立ち上がるのを助けろ!おい!」

 「殺してぇ。」

 『捕縛だな。殺すのは我々の仕事では無い。ベーシスには王がちゃんと居るんだからな。そいつらに対処してもらうとしよう。お前が殺した兵士は、ちゃんと焼いておけよ?アンデッドになるからな?』

 「殺気で済ませたのは、間違いでしたかね?」

 『俺的には正解だが、お前には不正解だろうな。殺さずに捕縛すると誓うなら、進軍を許そう。』

 「誓います!絶対に殺しません!リミア行くよ!」

 『待て待て、コイツも持って行けよ。何無視しようとしてんだよ。お前の担当だよ。』

 「うへぇ、これ、台車に乗せて運んでもいいですか?」

 『背負って戦えなんて言わねぇよ。寧ろ、コイツの命は重要だと思え。万が一、コイツが死んだら、このベーシスの次の王はお前になるし、そうなれば、リミナとの交際も後回しになる。判るか?』

 「はい!判りました!この豚の命を守りながら攻め入ります!」


 マジックバッグから出した、キャタピラ付の台車の上に、襟をつまんで持ち上げた王を乗せ、首輪を着けてから、結界魔法で包み込んで、大急ぎで進軍を再開した。


 『フォーク、後は任せたぞ。』

 『了解』


 ルースの進軍は、順調に進んだ。

 国境から敵陣地までは、徒歩で半日だが、バネナ王国軍では3時間もかからない。

 ダラダラと歩く等という無駄な動きは、しないのだ。

 特に鍛錬マニアのルースでは、40km前後の距離などジョギングにもならず、散歩程度の距離なのだ。

 陣地を目指して敗走する兵士達を抜き、先に陣地に到着したルースとリミナ、そして、リミナ隊の者達は、夕飯を済ませて、陣地の中心にテントを張って寝た。

 ベーシス王の天幕の中には、数名の奴隷が残されていたのだが、奴隷紋が闇奴隷だった為に、アルティスが回収してラクガンスキルに連れて来ている。


 『よし、上書き完了。そして、奴隷解除。今はまだその首輪を外す事はできないが、無害であれば開放する事は可能だ。だが、その前に、豚お・・・ベーシス王について知っている事を全部話せ。』


 で、彼女らの話を聞くと、ベーシス王の首飾りが、実は空間魔法によって牢屋の様になっていて、中に奴隷が入っているらしい事が判った。

 なので、サクッとテレポートで向かい、ネックレスを含め、アクセサリーを全て取り上げて戻ってきた。


 『フムフム、確かに中に人が居るな。だが狭いな。独房?畳1畳ほどのスペースしかないのか。酷いなぁ。さっさと出すか。これを出すには、ここをこうで、豚の認証?偽装すれば問題無いな。こっちはダミーだから、こっちの回路・・・スイッチオン!』


 総勢16人もの殆ど裸と言える格好の奴隷達が現れた。

 全員闇奴隷なので、首輪を着けてから奴隷紋を消した。

 狭い空間に長時間閉じ込められていたので、全員フラフラの様だ。

 風呂に入れてさっさと夕飯を食べさせよう。

 念の為、アナライズで検査もしてみたが、特に精神魔法にかかっている訳でも無く、変な魔道具が付いている事も無かった。


 『さぁ、夕飯だ。どんどん食べていいぞ。遠慮はしなくていい。ほら、順番なんて気にするな。早く食え。』


 風呂から上がった彼女らには、ソフティーの作った服が与えられた。

 初めは、脱衣所にある筈の服が、アラクネ絹である事に気付き、戸惑っていたのだが、エルフ達がさっさと着せたので、特に騒ぎになる事も無く、夕食の席についた。

 夕食も、今までの薄いスープと硬いパンではなく、白いふわふわのパンと、濃厚で野菜と肉がゴロゴロ入ったスープ、何かのひな鳥の丸焼きをお腹いっぱいになるまで食べた。

 何かのひな鳥とは、アーミーラプトルの姿焼きの事だが。

 お腹一杯になった彼女らは、天幕の中で寝てもらった。


 アルティスは、スタンドオフミサイルの様な物を作成して、神聖魔法玉をばら撒く箱と、棒状の発光機を撃ち出す飛行体を作って、空軍に渡しておいた。

 どちらも少し離れた場所で起動して、手を離せば、勝手にアバダント帝国の上空に到達して、神聖魔法をばら撒くようになっている。

 動力は、中に仕込んだタービンを、風魔法で回してプロペラを回しているだけである。

 風魔法を後ろに撃ち出すだけでは、斥力(つまり反動)が発生しない為、動力として使えないので、間接的に動力として使うしか方法が無いのだ。

 ジェットエンジンの原理も反動を利用している為、魔法では再現する事はできない・・・いや、できる事はできるが、ジェットエンジンを作るのが面倒くさい。

 ばら撒き終わった箱は、墜落してから、爆発させて粉々にするのだ。

 夜の内に空軍が配達を済ませた様で、効果の程も観察してきた様だ。

 撃ち出してから20分程で、アバダント帝国の平野部が光り、上空に骸骨の形の雲が出たそうだが、すぐに消えた後、無数の小さな光の粒が空に舞い上がったそうだ。

 一部は空軍の周りをくるくると回ってから、天に向かって飛んで行ったらしい。

 あまりの幻想的な光景に、全員涙が止まらなかったと、真っ赤な目で話してくれた。

 中央大陸では、その日の夜中に、夜空に大きな虹色の光を見たという目撃談が多数あった。

 ラクガンスキルでも、夜空に輝く虹色の光に、静かに手を合わせる人々の姿が、各所で観られた。

 中には涙を流す人も居て、理由を聞かれて初めて涙を流している事に気が付いた様だ。

 神殿の廃墟の中心では、神像の中に閉じ込められた神が、空に輝く虹に土下座をしていた。

 目からは大量の涙が溢れ、鼻水を流し、とてもじゃないが神とは思えぬ声で泣いていた。

 旧神聖王国領でも、空に広がる光に祈りを捧げる人々が多数いた。

 人々は大粒の涙に濡れ、まるで許しを請う様に祈りを捧げていた。

 アルティスもその光の奔流をラクガンスキルの首都で見ていた。

 ワラビはアルティスの横で空に祈りを捧げ、虹の一部が骨箱に降りて来たのを見た。


 『ワラビ、今だ。彼等の魂が帰ってきたから、今祈るんだ。』

 「はい!」


 ワラビが祈り始めると、廃墟の各所から小さな光が浮き上がり、ワラビの周りをクルクル回ってから、空へと昇って行く。

 首都の生き残りたちは、ワラビにひれ伏して、謝罪と感謝を繰り返していた。

 彼等は、遺骨に祈り続けるワラビを馬鹿にしていたのだ。

 他神教の者が、自分達の同胞を弔える訳が無いと。

 だが、彼等の考えは間違いだ。

 信仰する神と、死者を導く神は違う。

 信仰している神は、生きている自分への救済で、肉体を離れた魂を導くのは、生命の神の仕事だ。

 だから、生前に誰を信仰しているとかは、関係無いのだ。

 ただ、肉体から離れて、輪廻の輪に入るまでの間に、意思が宿る場合もあり、今回のワラビの周りをクルクルと回って感謝の意を伝えに来た魂がそれにあたる。

 不意に、オーベラルの姿が見えた気がしたので、魔力の塊でぶん殴っておいた。

 大泣きしたくらいで許すなんてあり得ないよ?まだまだ反省が足りてないよ。


 「どうかされましたか?」

 『別に。』


 翌朝、敵陣のど真ん中にいるルース達は、堂々と朝食を食べて首都を目指した。

 陣地の中央に突然現れた人間とエルフに驚き、不思議な台に乗せられた王を見て、さらに驚いたが、攻撃も何もできなかった。

 剣を抜こうとすれば、手を射抜かれ、エルフを捕まえようとすれば、股間を射抜かれたのだ。

 陣地から出る時に、すれ違いざまにエルフの腕を掴もうとした兵士は、腕を斬り落とされた。


 ルース達は、途中で野盗に襲われはしたものの、野盗たちが、磔になっている王を見た瞬間に、王に向かって剣を振り下ろし始めた為、肩透かしを食らった形になった。

 街に行っても、王に石を投げたり、ゴミを乗せたりともの凄い歓迎を受けたが、すべて無視した。

 首都に近づくにつれて、王への憎しみが強くなってきた様で、剣を突き立てられない事に腹を立てた市民達が、ルースに襲い掛かって来たが、全ての攻撃を跳ね返し、平然と立つルースに畏怖し、近づく者は居なくなった。


 ベーシスは南北に短く、東西に長い国なので、首都には午前9時頃に到着した。

 城の門前で門番と少し揉めたが、内容が王の解放では無く、そのまま入るとトラブルになるという事だった為、無理やり押し通った。

 城の中では、すれ違う兵士達よりも、人間では無い種族の者達が襲ってくることが多く、全てを撃退して謁見の間に入り、玉座の前に台座に磔にしたまま放置して、地下牢に入った。


 『ごくろうさん。案外早かったな。トラブルは無かったのか?』

 「街に行くたびに投石やらゴミやらが凄いんですよ。剣を突き立てようとする者も多くて、結界を張っていてよかったです。」

 『相当に恨まれているな。そんなに酷い政治体制でも無い気がするんだが、何か言ってたか?』

 「嫁を返せとか、娘を返せとかですね。後は、死ね、殺せ、地獄に落ちろ、豚野郎、ハゲ」

 『悪口は教えなくていい。嫁と娘か。他にも奴隷が居ると思うから探してくれ。ネックレスをしていたら、それが怪しいから、全部取り上げろ。紐から落ちると中の人が死んじゃうから、丸ごとアポートで奪い去れ。ここにいるのは・・・王族だけか?いや、ワーキャット?』

 「珍しいですね。ワーキャットは、ミュールさん以外では、初めて見ました。」

 『とりあえず全員出すぞ。王が居ても王妃が居ないな。おい、王妃はどこにいるんだ?』

 「王妃は・・・豚の奴隷にされたよ。」

 『ん?助けた中に居たのかな?一旦向こうに跳ぶか。』

 「待ってくれ!私が国を離れたら、国が滅びてしまう。」

 『それは、国の決まり事か?それともお前の意地か?』

 「国に対して、王を譲る時まで国を出ないと誓ったのだ。その誓いを違える時、国が亡ぶと言われているのだ。」

 『そうか、ではまずは謁見の間に行こう。このワーキャットは知り合いか?』

 「この者は、この国の将軍だ。名をシュールと言う。」

 『ミュールの知り合いか?起きたら干し肉やるぞ?』


 のそりと起き上がって、干し肉を齧ると、あっという間に食べ終わった。

 シュールが食べている姿を見て、王が唾を飲み込んだので、2個目はシュールの前を通り過ぎて王の手に渡った。

 シュールが奪おうとしたが、ルースが遮った。


 「何をする!人間の癖に私を妨害するとは!」


 喋りながら手がルースに飛んで行くが、全て撃墜された。


 「はぁはぁ、やるな人間。私の子分にしてやろう。」

 「お断りします。」

 「にゃにぃ!?ワーキャットの子分になれるのだぞ!?誉だぞ!?」

 「ワーキャットならミュールさんで間に合ってます。」

 『そういえば、ほぼ互角だったよな?』

 「あの装備が無ければ、余裕で勝てますよ?でもあの装備はズルいですよ。あんな軌道で動かれたら、対応するのきついですって。」

 『まぁな。あの動きはミュールにしかできないからな。ミュール呼んで、こいつの対応を任せるか。ミュールおいで。』

 「アルティスに呼ばれたー!あ、あれ?シュールの匂いがする!?」


 ミュールがテレポートで現れると、シュールが王の背後に隠れた。

 ルースが首根っこを掴んで引っ張り出すと、ミュールの前に置いた。


 「シュール!?何でここにいる!?村は!?ばあちゃんは!?」

 「姉ちゃんを追ってきた。けど、魔王軍負けたから、死んだと思ってここに流れ着いたの。」

 『その割に隠れていたな。何か(やま)しい事があるのか?』

 「姉ちゃんのへそくり見つかった・・・」

 『へそくり?』


 ミュールを見ると、少し考えてから手を打った。


 「あれはもう要らない。今の貯金は白金貨!」

 「にゃにー!?」


 驚くと(なま)る様だ。

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