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第51話 ドラゴンスレイヤーとギレバアンの新領主

 ホルフウンダウェーブの街に到着したが、街に活気が全く無かった。


 『本当に有能なのか?活気が全く無いぞ?[鑑定]・・・魔薬中毒患者ばっかりだな。しかも禁断症状が出ている者ばかりだ。悪魔がいなくなって、魔薬の供給が切れたからかな?』

 「そうみたいですね。治していきますか?」

 『先に官吏の屋敷に行こう。こういうのは、官吏の責任で対処するべき事だ。』

 「判りました。では向かいましょう。」


 官吏の屋敷に到着するが、ボロボロで廃墟の様相を呈している。


 『中に10人いるな。殆ど動かないから、中毒者かもしれない。』

 「入ります。」

 ギィィィ


 入り口の扉を開けると、軋む音が鳴り響いたが、誰も反応した様子を見せない。


 『執務室にいるのが、きっと官吏だと思うから、行ってみよう。』


 執務室に入ると、机に突っ伏した男が居て、例に漏れず中毒者だった。


 『治してやれ。話を聞いてみよう。』

 「はい。」


 官吏らしき男の口に、万能薬を一滴垂らすと、瞬く間に魔薬が抜けて目を見開いた。


 「な、何を!?中毒症状が消えた!?」

 「貴様が官吏か?」

 「そうです。貴方は?」

 「私はカレン。アルティス宰相の騎士だ。こちらの方が、アルティス宰相様だ。名を名乗れ。」

 「わ、私は、ホルフウンダウェーブの官吏で、マサト・ホルフウェーブです。爵位は男爵です。私の魔薬中毒を治して頂き、ありがとうございます。」

 『何で魔薬中毒になんかなったんだ?』

 「食事に魔薬が混ぜられていた様で、年末に街中で中毒者が出ました。何に入っていたのかは判りませんが、数日前に禁断症状が出始めまして、体力のない者達が次々と死んで行ってしまい、困っていたのです。私自身も禁断症状が出まして、真面に考える事ができなくて、諦めかけていた所でした。」

 『カレン、井戸の水、水瓶の水、小麦、パンを調べろ。年末に全員が口にする何かに入っている筈だ。』

 「了解!」


 今日は1の月の5日だから、三が日辺りで禁断症状が出始めたのかも知れない。


 『痕跡が残っていればいいんだがな。魔薬が執務室にあるぞ!』

 「な!?無いですよ!?」


 カマかけたが、引っ掛からないな。

 魔薬中毒になっているとはいえ、街中が罹患しているのなら、他の街に救援を依頼するとか、やり様はある筈で、この街の領主がギレバアンの屋敷にいるんだから、話が行かないのは、不自然過ぎる。

 つまり、怪しすぎる事、この上ない。


 『集まった奴の口にこの薬を一滴垂らせ。そうすれば治る。まずは、この屋敷の連中を治さないとな。』

 「な、なるほど。私が使用人達の中毒症状を治すのですね?」

 『当然だ。お前は官吏だからな。この街の責任者である以上、この街の住民全員の命は、お前に責任があるんだよ。お前の証言が本当の事ならば、お前が証明してみせろ。』

 「畏まりました。」


 執務室に集まって来た使用人達に、魔薬と嘘をついて飲ませて行き、全員が回復した。

 一人のメイドの挙動が、少し変だな。


 「ホルフウェーブ様!良かった。回復できて何よりでございます。我々を助けて頂き、ありがとうございます。」

 「うむ、私も役に立てなくて申し訳なかった。これから、街の中で苦しんでいる者達の回復を急ぐぞ。皆で手分けして人々にこの薬を一滴ずつ飲ませるんだ。」

 「一滴だけでよろしいのですか?」

 「一滴だけだ。それで十分だ。」

 『それ以上飲ませると、逆効果なんだよ。症状が悪化するから、一滴以上飲ませてはいけない。』

 「!?喋った!」

 「この方は、この国の宰相様だ。無礼は許さん。」

 「も、申し訳ございません。知らなかったとはいえ、大変失礼いたしました。」

 『許す。では、急いで対応をしてくれ。』

 「「はっ!」」

 「さあ!皆の者!街の人々を助けるぞ!」

 『コルス、監視を頼むな。特にメイドの一人が怪しいから、注意して見ていてくれ。』

 『了解です。』


 今回の件、万能薬を渡した時と、与えすぎると逆効果になるという嘘を教えた時に、酷く反応した奴が居たのだ。

 メイドの一人が、万能薬を受け取った時に額に汗が浮かび、嘘を聞いた時に口が歪んだのだ。

 コルスには、言う必要も無いとは思ったのだが、一応気付いている事を教える為に、態々指示を出したという訳だ。

 執務室にカレンが戻ってきた。


 「アルティス様、水瓶の中と小麦に混ざっていました。街全体に蔓延しているという事は、井戸と小麦に混ぜられていたという事でしょうか?」

 『そうだな。小麦自体に掛けたとして、焼いても効果が残っているかは疑問だが、井戸に濃度の高い魔薬が入れられたとすれば、小麦の方に効果が無くても問題は無いだろうな。街の中央の井戸に万能薬を入れて来てくれ。それと、状態異常解除の魔道具も沈めておいてくれ。』


 全く、何を目的としてそんな事をやったのか、さっぱり判らないな。

 テロリズムだとしても、政治的に価値のある街でもなければ、声明を出している訳でも無い。

 無差別に街全体を巻き込む理由が無いのだ。

 テロリストに理由を求める事自体が、無意味なのかもしれないが、普通は何らかの主張があるものだ。

 それが全くないとなると、突発的にキチったか、残り少ない魔薬を使った詐欺の可能性もあか?・・・無いな。

 全員から回収などできる訳がない。

 カレンにも理由が判らない様子だ。


 「畏まりました。アルティス様、メイドの目的は何なのでしょうか?」

 『下らない私怨か、誰かの指示か。いずれにせよ、そんなに深い理由は無いと思うぞ。』

 「何千人も苦しめているのに、深い理由が無いのですか?」

 『一時の感情に流されたとか、そんな難しく考えないんだろうな。悪魔の線は薄そうだし、人の不幸を喜ぶ奴もいるからな。本人に聞いてみなけりゃ、真相なんて判らんよ。ただ、組織的な犯行とも思えないんだよな。ギレバアンのゴロツキの犯行の可能性もあるにはあるんだが、街の人間全員を殺す意味が判らないし、魔薬が在庫以外で手に入らない以上、中毒にする意味も無いからな。前回のギレバアンの騒動も2ヶ月前の話だし、王都の魔薬騒動だって、1ヶ月前の話だ。自殺の道連れとか、名を残したいとかその程度の可能性が高いと思うよ。』

 「悪名でも名を残したいと云う人間がいるんですか?」

 『有名になれれば、手段を選ばない手合いは腐る程いるよ。ゴロツキがいい例だろ?』

 「・・・確かに。」

 『まぁ、当の本人に聞くまで、真相は判らないんだがな。』


 真相は実行犯しか知らないのだ。


 「そうですね。下らない内容だったら、大人しく聞いていられるか不安でもありますが。」

 『殺すなよ?そういう奴は、簡単に死ねると、思わせたく無いんだよ。』


 こんな事をした奴をそう簡単に殺す訳にはいかないな。

 大勢を苦しめたんだから、その対価を支払ってもらう必要がある。


 「どうするつもりですか?」

 『ワラビの世話役かな。』

 「大丈夫なんですか?」

 『人々の悩みを聞かせるんだよ。愚痴や悩みをただ聞くだけってのは、思ったよりきついんだぞ?それを続けさせる。』

 「どんな感じになるんですか?」

 『ワラビ2号ができるだろうよ。ワラビの負担を軽減させないとな。』

 「そんなに大変なのですか?」

 『大変だぞ?下らない相談事から、愚痴、誹謗中傷、訳の判らない事を延々と話す奴や、自分だけが儲かる事を、さも皆が幸せになる様に話す奴、自分に協力すれば王になれるとか、金持ちになれるとか。金に興味が無いと言えば、金さえあれば色んな事ができるとか説得してくる奴もいる。』

 「そんな人の話をどうするんですか?」

 『聞き流して、宥め(なだめ)透かして帰らせるんだよ。金が儲かるとか言ってる奴には、今の財産状況を聞くけどな。』

 「そう言う人はお金持ちなんですか?」

 『持ってる訳が無いだろう?。中には白金貨2000枚を持ち歩いてるなんて奴も居たが、白金貨2000枚って、1枚30gあるのに2000枚も持ってたら、60kgだぞ?マジックバッグも無しに、持ち歩ける訳ないだろ?』

 「確かに。大きさもそれなりになりますし、入れる袋もすぐに穴が開きそうですね。」

 『大聖堂には、そんな嘘をつく馬鹿が大量に押し寄せているんだよ。』

 「・・・嫌すぎる。」


 今の王都の大聖堂には、大人しいワラビを言いくるめて、何とか金をせしめようとする連中が押し寄せて来ているのだ。

 だが、ワラビはのらりくらりと(かわ)している。

 アルティスを裏切る事に、未来を見いだせないし、お金についてもアルティスから大量に預かっているので、儲けようなどとは思わないのだ。

 アルティスから預かったお金とは、各地の潰した教会が、貯め込んでいたお金を回収していた為、それを教会の財産として受け取ったのだ。

 アルティスから貰ったマジックバッグに入れてあるのだが、白金貨にしたら4万枚程になる。

 国家予算並みの金額を、投げ渡されて呆れているくらいだ。

 アルティスは、ワラビが相談者の相手をして疲れていると思っているが、ワラビはお金の使い道に悩んで、胃がキリキリと痛んでいた。


 『メイドが動きました。万能薬を多目に飲ませています。』

 『捕らえろ。尋問するぞ。』


 マサト・ホルフウェーブと共に捕縛されたメイドが、官吏の屋敷に戻ってきた。


 『さて、魔薬をばら撒いたのはお前だな?』

 「何の事でしょうか?」

 『万能薬を多目に飲ませた事は知っている。目的は何だ?』

 「言っている意味が判りません。」

 『正直に言わないと、拷問にかける事になるが、話す気は無いのか?』

 「拷問にかけられる理由がありません。」

 『この魔道具は、お前の犯罪履歴を示す為の魔道具だ。違法か合法かは、ラウテミス神の加護により判断される。自分が無実だと主張するのなら、ここに手を乗せてみろ。』


 メイドの片手が解放されるが、手を乗せようとしないで、拳を握っている。

 捕縛する時には、後ろ手に縛るのだが、首に繋いでいるので、後ろから見るとWの形になっていて、片手だけを解放する事ができる様になっている。

 現代人とは違って、体が柔らかいから後ろ手に結んだだけでは、抜け出せる奴が多いのだ。

 首と背中側で繋いでおけば、手を使う事はほぼ不可能で、無理に動かせば、首が絞まるだけだ。

 だが、自殺されると困るので、今回は絞まらない様になっている。


 『どうした?手を置かないのか?犯罪履歴があると証明している様なものだぞ?』

 「[ウインドカッター]」

 キンッ

 「何で効かない!?」

 『お前程度では、そこの官吏以外に魔法で傷つけられる奴はいないぞ?』

 「私はMAG値が500以上あるんだぞ!」

 『俺は1万以上あるが?』

 「1万!?・・・バケモノめ。」

 『お褒め頂き光栄です。おかげさまで、前魔王を瀕死に追い込めましたよ。』


 傍で聞いているだけなのに、官吏が白目を剝いてぶっ倒れた。


 「アルティス様、今殺気が漏れていましたよ。」

 『あぁ、すまん。メイドも気絶したな。[ウォーター]』

 バシャッ

 「うーん・・・ハッ!?た、助けて!」

 『助かりたかったら、早く手を乗せろ。』

 「は、はい!」


 魔道具から、ヘッドアップディスプレイの様に窓が立ち上がり、メイドの犯歴が表示された。


 『殺人に窃盗、脅迫、詐欺、誘拐、暴行、放火ねぇ。ゴロツキと変わらないじゃないか。というか、ゴロツキが隠れ蓑としてメイドになったってとこか。』

 「酷いですね。魔薬のばら撒き以外にも、色々とやっていそうですね。」

 「雇う時に犯歴を調べた筈なのですが・・・」

 「ふん、あんな物を誤魔化す方法なんて、いくらでもあるんだよ!」

 『安物の宝珠か。アレはゴミだな。こっちのを官吏にも使って貰おうか。』


 官吏の顔が青褪めた。


 『何か不都合でもあるのか?』

 「い、いえ、ありませんよ!」

 『カレン』

 「はい、じゃぁ、手を乗せますね。」

 「ぎゃぁ!痛い痛い!離して!痛いですよ!」


 カレンが無理やり官吏の手を魔道具に乗せた。


 『官吏とこいつは、やっぱりグルか。どうせ、下らない事で意見が分かれて、相互に魔薬を盛ったという事だろう。で、何故街にばら撒いたんだ?』

 「ち、違うんです!私は、この女が水を浄化できる薬を持ってると聞いて、その薬を井戸に入れただけなんです!」

 『効能を確認もせずに、井戸に入れた?馬鹿なのか?前評判では、優秀と聞いていたんだが、ただの馬鹿じゃないか。来て損したな。』


 女が笑い出して、噂の人物と違うと言い始めた。


 「アハハハハ、馬鹿言ってんじゃないよ!コイツの弟が優秀なだけで、兄のコイツは無能で脳無しで、頭が悪いのさ!」

 『無能も脳無しも頭が悪いも、全部同じ意味だな。お前の頭も大概だぞ?』

 「知ってるよ!」

 『で、その優秀な弟はどこにいるんだ?』

 「地下牢に閉じ込めたってさ。」

 『コルス、どうだ?』

 「連れてきました。中毒ではないですし、食事も摂っていた様で、至って健康ですね。」

 『他にも捕らえられている者は居たか?』

 「この方のご家族が居ましたので、応接間でお食事をされています。」

 「助けて頂きありがとうございます。この街の官吏をしていました、マサヒト・ホルフウェーブと申します。」

 『官吏の職を簒奪されたという訳か。』

 「はい。その女は、私の部下で元ゴロツキだったのですが、命を助けた事で恩義を感じた様で、手足となって動いてくれていました。」


 驚きの事実を話し始めた。

 このゴロツキメイドは、本物の官吏の部下で、信頼に値すると。

 裏事情に詳しいから、治安を守るのに便利だった様だ。


 『だが、街の人を殺そうとしていたぞ?』

 「本当か?」

 「結果的にそうなっちまったんだよ。手の震えが出て、一滴と言われていたけど、二滴以上になっちまって、捕まったのさ。」

 『魔薬を浄化薬と偽ったのは?』

 「魔薬だなんて知らなかったんだよ。商人から浄化する効果があるって聞いて、金貨100枚で買ったのさ。でも、結果は違った。商人のいう事を真に受けた私が馬鹿だったのさ。罪は償うよ。好きな様にしてくれ。」

 『手の震え?病気じゃ無いな。ビビリなだけか。それは治せないな。』

 「仕方ないだろ!直接人助けなんてした事が無いんだからな!」

 『威張れる事では無いな。まぁいいや、とりあえず、お前のやった事は、(わざ)とでは無いにせよ、犯した罪は大きい。なので、罰として鍛えなおしだな。王国軍に短期留学して、スペシャルブートキャンプをやってもらおう。で、本当の罪人は、偽官吏の方なんだが、弟は何か申し開きか、情状酌量を求める事はあるか?』

 「いえ、ありません。街を窮地に追いやった罪を償ってほしいです。」

 『男爵家の嫡男だったか?』

 「いえ、私が男爵家を継いでいますので、兄に爵位はありません。」

 『そうか。マヌケには、コールセンター業務はきついな。ゴロツキと一緒に兵役させるか。』

 「兄に兵役は無理ですよ?訓練をサボりますし、すぐ逃げ出しますから。」

 『カレン、そうなる可能性はあるか?』

 「ありませんね。サボる場所がそもそもありませんし、酷い場合はちょん切られますね。」


 カレンが股間の所でスパッと手刀を切った。


 『そんな事されるのか。ちょっと内股になっちゃうよ。』

 「ひいいぃぃ」

 『コイツを王都に連れて行く。[テレポート]』

 シュン

 シュン

 『で、女の方の名前は?』

 「で、じゃないよ!テレポートって伝説の魔法じゃないかい!!」

 『今はもう、伝説では無いんだよ。マヌケは向こうに預けてきたから、次はお前の番だ。名を名乗れ。』

 「私の名前は、エリーゼだよ。」

 『よし、エリーゼ、お前もブートキャンプ行きだが、うちの騎士コースをやってもらう。厳しいから弱音を吐きそうになるが、頑張ればここにすぐに戻れるぞ。カレン並みには成れないが、近い所まではいけるからな。頑張ってこい。』

 「この女が強いのかい?全くそう見えないが。」

 『ペルグランデスースを一刀両断する実力者だぞ?』

 「「!?」」

 「世界一強いんじゃ・・・?」

 『3位だな。』

 「はあ!?それで3位!?1位はどんだけ強いんだよ!?」

 『これからお前が師事する相手が1位だ。薫陶(くんとう)を受けられるかは、努力次第だが、まぁ、半年以上やらないと無理だろうな。お前の順位は最下位だが、1週間もすれば100位以内には入れるかもしれないな。』


 エリーゼの顔は、これから受ける訓練の厳しさを想像してか、青を通り越して白くなり、上司のマサヒトの顔は青くなった。


 「自信が付くようになるのかい?」

 『いや、恐怖を感じられなくなる。』

 「言い過ぎですよ。怖い事を諦められる様になるだけですよ。」

 『同じだろうが。言い方変えただけじゃんか。』

 「ニュアンスが違いますよ。」

 『だそうだ。』

 「諦めた!?」


 カレンの言うニュアンスの違いは、理解できないので、早々に諦めた。


 『そうそう、マサヒトに会いに来た理由なんだが、バウンドパイク領の領主になれる頭を持っているか調べに来たんだよ。問題を出すから、答えろ。税収を増やす方法を答えろ。』

 「ぜ、税収ですか?それは、税率を下げて住民を増やし、街を発展させる事で税収が増えますが、数年かかります。あと、治安を良くする必要もありますので、数年間は赤字になると思います。」

 『では、治安を守れる兵が20名いる場合、治安維持にかかる年間予算はいくらで計上する?』

 「領主会議の時に決められた兵の給金が、一人頭、年に銀貨240枚だったので、20名で銀貨4800枚、金貨で48枚ですから、食費込みで金貨130枚程でしょうか。」

 『兵の給金を幾らって聞いたんだ?』

 「年240枚と聞きました。」

 『14ヶ月で割り切れるか?』

 「いえ。無理ですね。端数が出るので、面倒くさいなぁと思いました。」

 『誰に聞いたんだ?』

 「父上です。」

 『ケチりやがったのか、そもそも話を聞いていなかったかの、どちらかだな。給金は月額銀貨20枚と、年2回褒章として銀貨120枚ずつだ。合計で何枚になる?』

 「えっと、銀貨520枚、金貨5枚と銀貨20枚になります。これなら計算が楽ですね。これを聞き間違えていた?いや、少なく見積もったのでしょう。父上はケチですから。」

 『よし、お前をバウンドパイク領の領主に任命する。補佐として、ケットシー2人と騎士20名を与える。募兵については、先程の給金で雇え。騎士の給金は国が持つ。騎士は月額金貨1枚だ。その分を年1回渡すので、毎月分配しろ。』

 「あの・・・貴方様のお名前をお伺いしておりませんが、どちら様でしょうか?」

 『あ、そうか。俺はバネナ王国宰相アルティスだ。このカレンは俺の騎士。そして、アラクネクイーンのソフティーが親友だ。』

 「い、いつからそこに!?あ、アラクネクイーン!?」

 『ずっといたぞ。姿を消しているだけだ。』

 「あの、西の山にアラクネが住んでいまして、少々やんちゃなのですが、どうにかできませんか?」


 この近くにアラクネ?ソフティーとキュプラが居なくなったから、新しく住み着いたのか?


 『ソフティー、アラクネの気配ある?』

 『無い。アルケーならいるよ。』

 『アルケー?下位種族?』

 『うん。姿は似てるけど、少し頭悪いよ。』

 『そうか。捕まえよう。』


 アルケーとは、聞いた事がある魔獣ではあるが、あまり情報は無い。

 蜘蛛の魔獣で、時々アラクネと間違われるらしいが、あまり目撃情報が無い。


 『人里近くにいるなんて、珍しい。』

 『何か理由がありそう?』

 『多分ある。』

 『ワクワクするな。』

 「はぁ・・・」

 『嫌なら来なくていいぞ?』

 「行きますよ。行きますけど、その巻き込まれ体質、何とかなりませんか?」

 『トラブルのネタになる者が居るのを知っていながら、放置しろと?』

 「・・・いえ。」

 『じゃぁ、カレンの同意も得られた事として、サクッと捕まえて来るか。』

 『ごー!』

 「・・・。」

 『何だよ。カレン元気無いぞ?』

 「寒気がするんですよ。何か嫌な予感がします。」

 『ソフティー、気配出して。』

 『はーい。』


 ソフティーが抑えていた気配を抑えるのを止めると、アルケーの威圧が消えた。


 『カレンどうだ?』

 「消えました。何なんですか?」

 『アルケーが威圧していたんだよ。一応アルケーも強者だからな。だが、ソフティーには負ける。ソフティーが気配を消していたから、気付いていなかったんだろう。』

 「結局、アルケーって何なのですか?」

 『魔獣のアラクネ?』

 『アラクネじゃないよ。アルケーだよ。』

 『まぁ、見れば判る。』

 「強いんですか?」

 『どうだろうな。ドラゴンの次くらいかな?』

 「滅茶苦茶強いですよね!?」

 『カレンなら勝てるぞ?多分相手にならない。今、気配消しているだろ?出してみろよ。』

 「ふぅ。どうですか?」

 『気絶したかも?行こう。』


 山の中腹に仰向けになって転がるアルケーを発見した。


 『死んでるフリしてんのか?』

 『気絶してるよ。』

 『とっ捕まえて尋問しよう。二人共気配抑えて。』


 二人が気配を抑えると気が付いた様だ。

 ひっくり返った状態から、起き上がった。

 アルケーの体は、蜘蛛の体に人の胸から上がくっ付いている状態で、ソフティー曰く、まだ若い個体なのだそうだ。

 歳を重ねると、人の下半身を手に入れて、人の体の背中に蜘蛛がくっ付いた様な姿になるそうだ。

 人に擬態できる分、人族にとっては厄介極まりなく、蜘蛛界隈では劣等種としての地位を確立しているんだとか。

 アラクネが人族として存在し、多くの蜘蛛族がアラクネを通じて、人族と暮らす事を選択するのに対し、アルケーは人族を食う為に、多くの蜘蛛族が、人里近くから排除するのだそうだ。

 だが、コイツは街の近くに居て、威圧までしている事から、餌場にしている可能性もあるのだ。


 『アルケーがこんな所で何をしているんだ?』

 「オマエニハカンケイナイ。ウセロ」


 アルケーの言葉にソフティーが殺気を放った。

 アルケーの体が硬直し、8つの目が周囲を見て、アラクネを探している。


 『真面目に答えないと、次は体に穴が開くぞ?』

 「ドコニアラクネガイルンダ!?」

 『答える必要は無いな。こっちの質問に答えろ。』


 アルティスの問いを無視して、アラクネを探す事に専念しているのを見て、カレンが気配を出してアルケーの頭をガシッと掴んだ。


 「アルティス様の問いに答えなさい。」

 「ガガ、ガ・・・コ、コタエル・・・ヤマノウラガワオイダサレタ。ココニ、ニゲテキタ。」

 『山の裏側に何が居るんだ?』

 「ドラゴンイスワッタ。オレニゲタ。」

 『ドラゴンか。カレン、ドラゴン狩ろうぜ。薬の材料としても、装備の材料としても優秀だし、肉も大量に獲れるからな。』

 「ちょ、オーク狩りに行くみたいに、軽く言わないで下さいよ。ドラゴンは全ての魔獣の頂点ですよ?勝てるんですか?」

 『ソフティーもいるんだぞ?勝てない訳が無いだろ?肉、調理してみたくないか?ドラゴンステーキとか。』

 「「ドラゴンステーキ!!」」


 アルケーとカレンの言葉が重なった。


 『とりあえず、アルケーは邪魔だから、どこかに吊るしておこう。』

 「ナゼダ!オマエヨリオレツヨイ。」


 アルティスが魔力を一部開放すると、アルケーは口から泡を吹いて気絶した。

 ソフティーが光学迷彩を解き、姿を現したのだが、額には大粒の汗が吹き出し、顔を少し顰めていた。


 『アルティスの魔力ヤバい。』

 『ごめんごめん。もうやらないよ。』

 「魔力の大波に攫われた気がしました。」


 この時、山の裏側では、ドラゴンが膨大な魔力の波を受け、飛び起きた。

 ほんの一瞬ではあったが、小規模の魔力暴発でも起こったかの様な、膨大な魔力が通り過ぎたのを感じ、一瞬で目が覚めてしまったのだ。

 気持ちよく寝ていた所を無理やり起こされた為、機嫌が悪く、暴れたい気分になった様だ。


 「ギャオオオオオオオオオオオォォォー」

 『ドラゴンの雄たけびか?怒ってる様だな。さっさと倒しに行くぞ!』

 「了解!」


 ドラゴンの声を聞いて、放置するのは不味いと感じた様子で、カレンが返事をした。

 初めはドラゴンと聞いて、弱音を吐きそうな感じだったが、やる時はやれる騎士である。

 アルティスは、そんなカレンが大好きだ。


 山の裏側に着くと、斜面の一部が平らになっており、そこに赤いドラゴンが居た。


 『カレン、行け。倒してこい!』

 「え!?アルティス様は!?」

 『雑魚ドラゴンだから、カレンより弱いだろ。倒してドラゴンスレイヤーになってこい!』


 山の裏側は、ちょっとした丘陵地帯になっていて、ポツリポツリと街が見えているのだが、ドラゴンの雄たけびに驚いた動物や魔獣が、スタンピードの様になって襲い掛かっている様子が見えた。


 『ソフティー!街を助けに行くよ!カレンはドラゴンを頼む!ソフティーは集落を援護して!』


 ドラゴンが雄たけびをあげるだけで、周囲では大騒ぎである。

 最初の原因がアルティスの魔力だったとは、誰も知らないのでノーカンだが、そこに居るだけで迷惑極まりないドラゴンは、とっとと排除するに限るのだ。


 街の周囲には防壁が聳え立ってはいるが、門はどうしても作りが弱い為、魔法使いや弓兵などが迫りくる魔獣から門を守る必要が出て来る。

 魔獣は、ドラゴンの怒気に当てられて、攻撃性が高まり、街に攻撃を仕掛けている様だ。


 『[ショックウェーブ]』

 ブワッ!


 街を取り囲んでいた魔獣の群れが、突然足元をすくわれた様に転倒した。

 防壁の上にいた人々は、何が起こったのか理解できずに、固まっている。


 『魔獣は気絶した!今のうちに急所を狙って撃ち込め!』

 「よく解らねぇがチャンスだ!撃てー!」

 ドドドンッ!


 門が開き、冒険者達が駆け出して、大物に止めを刺す為に剣を振り上げた。

 街の周囲には、小さな集落がいくつかあり、獣人の集落では魔獣から集落を守る為に、防具も着けずに剣を持つ男たちが戦っている。


 『[ロックニードル]』


 魔獣の足元の地面から、針状の岩が剣山の様に針が生え、魔獣たちの動きが止まった。

 周辺には、別の種族の集落が点在している為に、アルティスとソフティーが次々と集落の周りに集まる魔獣の足止めをして行った。

 一方、カレンの方は、ドラゴンを翻弄しまくっていた。


 「はっ!」

 キンッ!

 「ほっ!」

 ザクッ

 「ギャアアアアアオォォォォ」


 カレンは、最初の一撃が鱗に跳ね返された為、狙いを柔らかそうな場所に変え、左目を切裂いた。

 アルティスからは、ドラゴンは薬の材料として優秀だとは言われたが、何処が材料に使えるのかを聞いていない為、特に気にする事も無く、攻撃をしている。

 ドラゴンは、突然攻撃されたと思ったら、左目を切り裂かれ、左側が見えなくなって混乱した。

 左目が痛くて開けられない為、ブレスをまき散らそうと口を開けたが・・・。


 「はっ!」

 スパッ

 ボンッ!

 「ギャアアアアアァァァ!」


 カレンがドラゴンの口が開いた瞬間に、口の中を切り裂いた。

 口の奥に光が見えたが、口の中を切り裂いた事で、ドラゴンが口を閉じ、ブレスが閉じられた口の中で暴発し、叫び声をあげた。

 ドラゴンはブレスの暴発で、脳を揺さぶられた為、脳震盪を起こして横に倒れた。


 「ふっ!」

 ザクッ


 横倒しになったドラゴンの顎の下に、鱗の薄くなっている部分を見つけた為、剣を突き刺した。

 突き刺した剣の先が、頸椎の根元の軟骨を貫き、神経を断裂した為、ドラゴンの心臓が止まり、活動を停止した。


 『アルティス様、ドラゴンを倒しました。』

 『すぐ行く。』


 アルティスが戻って来ると、ドラゴンの傷口に風魔法を固定して、その下にディメンションホールを開いた。


 「ドラゴンの血液を回収するんですか?」

 『血が薬の材料になるんだよ。ドラゴンの素材は、殆ど捨てる所が無くて、使わないのは脳とケツの穴くらいかな。カレンの倒し方が良かったから、血も殆ど流れ出てないし、喉袋も残ってる。素晴らしい戦果だ。ありがとう。』

 「教えて下されば、もう少し戦い方を考えましたよ?」

 『必要無い。倒す事が重要であって、素材はついでだから。倒し方を気にして、怪我なんてしたら、本末転倒だからな。』

 「でも、私の方が強かったんですよね?」

 『戦闘力が強くても、怪我をしない訳じゃないし、当たり所が悪ければ、死ぬ可能性だってあるんだよ。こんなのでも、魔獣の中では最強の部類に入るんだから、万全を期すのは当然の事だよ。背側の表面は硬かっただろ?攻撃できる場所が限られているんだから、それ程素材を駄目にするなんて事も無いからな。』

 「む?それは、私では切り刻む事は無理だと言いたいのですか?」

 『剣を折る覚悟で斬れば、できない事は無いな。でもやらないだろ?』

 「はい。できません。」

 『やれって言ってもやらないのなら、心配する必要なんて無いからな。』

 「剣を折ってもいいなんて、言った事ありましたか?」

 『いつも言ってるつもりだが?渡した剣に、命と天秤にかける程の価値は無いとな。』


 気に入った相手には、特別に作った剣を渡してはいるのだが、剣を大事にするばかりに、命を懸ける傾向にあるので、剣と命を天秤にかけるなと注意をしなければならないのだ。

 いい剣は、友の命を守る為に必要だが、剣に命を懸ける必要は無い。

 アルティスにとっては、剣や防具などは、ただの消耗品だ。

 だから、折れたら、また作ればいいだけの話なのだ。


 『このドラゴンの素材を使って、剣を更新してやろう。防具も新しくして、赤竜騎士団とか作ってしまおうか・・・。とりあえず、仕舞ってしまおう。』

 「せっかく作って頂いた剣を使い捨てにしていいなんて、言われてもできませんよ。」

 『俺にとっては、剣や防具なんかより、お前達の命の方が重要だからな。その為にいい物を作って渡しているんだ。使い捨てにできないと言うのなら、5本くらい纏めて渡しておこうか?』

 「束が手に馴染んできているので、変わるのはちょっと・・・」

 『じゃぁ、束を使いまわしできる様に、抜き身を渡すぞ?』

 「要りません!折れたらその時お願いします!」


 ソフティーが戻って来たので、ホルフウンダウェーブに戻る事にした。

 途中でアルケーを回収し、ドラゴンを倒したと伝えると驚いていたが、アルケーを山の裏側に戻す訳にもいかず、捕らえたままにしている。

 戻すと、人族の集落がアルケーの餌になってしまうからな。


 『このアルケーはどうしようか。』

 『殺しちゃえば?』

 「容赦ないですね。」

 『だって、魔獣だもん。言う事聞かないし。』


 アルケーは、それなりに高い知能を持っていて、狡猾だ。

 かつては、アラクネと共生していた時期もあったそうだが、アラクネは人族との共存を望み、アルケーは陰に隠れてコソコソと人族を食っていたそうだ。

 だが、人族を食っている事がバレた為に、アルケーはアラクネ達から見放された。

 過去には、アルケーをテイムしていた人族もいた様だが、従魔になっても人族を食らう事は止めないそうで、アルケーの一番の好物が人族なのだそうだ。

 アルケー曰く、人族は毛が少なくて、歩留まりがいいらしい。

 盗賊などを食ってくれればいいのだが、アイツらは臭いので、普通の人族の方がいいらしく、食うに困る状況にならないと、盗賊を食べる事はしないそうだ。

 戻る途中、歩きながらそんな話を聞いていたのだが、ある一言で、3人の機嫌が悪くなった。


 「ニンゲンノコドモガ、イチバンウマイ」

 ヒュッ


 気付いたら、ソフティーとカレンが瞬時に反応していた。

 アルケーは眉間をソフティーに打ち抜かれ、首をカレンに落とされて絶命した。


 『殺しちゃったか。まぁいいや。』

 『生かしておく理由が無い。』

 「同意します。」

 『今度見つけたら、速攻で殺そう。』

 「そうですね。それがいいと思います。」


 アルケーは、特に素材として使える物が無く、燃えやすい以外に使い道が無い様だ。

 死ぬと上半身、つまり人型の部分はすぐに腐り始め、内臓は溶けて油が残り、足はバラバラと落ちる。

 油は石油系の様な毒性があり、食用には適さず、ランプや松明に使える程度の様だ。


 『アルケー使い道が無いな。』

 「でも、煤が少ないみたいですよ?」


 普段使われているランプ用の油は、動物や魔獣の脂を使っているので、燃やすと大量の煤が出るのだが、アルケーの油では煤が少ないので、高級油として売れるそうだ。

 ホルフウンダウェーブの雑貨屋の親父が言っていた。

 外皮は乾燥すると脆く、特に使い道が無いそうで、売れなかった。

 錬金術でも、アルケーの外皮を使う事ができず、唯一使えるのがファンガス類の苗床だった。

 外皮に胞子が付くと、急速にファンガスが成長し、茸部分が次から次へと生えてくるのだ。


 『これ、モルトファンガス増やすのにいいんじゃね?』

 「やりましょう。手元のモルトファンガスの在庫も少なくなりましたので、採りに行きたいと思ってましたから。」

 『麹カビの工場に持って行こう。』


 ホルフウンダウェーブに戻って来ると、マサヒトが旅支度をしていた。


 『あぁ、そんな装備必要無いぞ。連れて行ってやるから、普段着でいい。調度品は持って行った方がいいな。それと、この街を管理する官吏を決めたか?』

 「あ、お帰りなさいませ。この街の新官吏は、従者にやってもらいます。彼は父上の執事をやっていたのですが、常々、父上のやる事に反発していた者で、事の良し悪しをよく解っていますから、信頼がおけます。」

 『そうか。アルケーは退治しておいたから、安心しろ。山の裏にドラゴンも居たが、それも退治しておいた。バウンドパイク領には、他にも街があるんだろ?魔道具を渡すから、連絡用に使え。それと、引っ越しと今後の為に、マジックバッグを与える。バウンドパイク領の運営に生かせ。』


 『第二騎士団、新人の騎士は育っているか?隊長候補1名と部下19名を決めろ。バウンドパイク領の騎士団に任命だ。給金は国からの支給のままだが、新バウンドパイク領の領主に渡しておく。兵は現地調達で、お前らが鍛えろ。』

 『王都に戻って来れる可能性はありますか?』

 『領内が安定して、兵が各街に配置されれば、騎士20も要らないからな。1名残しになる可能性はあるぞ。』

 『兵の育成状況次第という事ですね。判りました。編成します。』


 第二騎士団は、神聖王国から凱旋パレードに参加して、現在はそのまま王都に戻ってきている。

 神聖王国の方は、神聖騎士団が統括をしていて、それなりに人数が居て、第二騎士団が鍛えなおした事で、第二騎士団を戻すと過剰戦力にしかならないのだ。

 第二騎士団は、筋肉馬鹿が多いので、アーリアの扱きは、どんと来いとばかりに喜んで参加している連中だ。

 教導隊として各地に派遣しようかとも思っている程に、戦力の強化にはもってこいの連中なのだ。

 強いて言えば、話ながらポーズを取る様になるのが、欠点かなぁ?アレをやられると、暑苦しくなるんだよな。

 ポーズを禁止してはいるのだが、治ったかどうかの確認はしいていないので、教導隊として任命できていないのだ。


 『第二騎士団ってポーズとるの止めたかな?』

 「最近は見ませんでしたよ?治したんじゃないですか?」

 『治ったのなら、各地に教導隊として派遣したいんだよな。各領の兵士が弱すぎるから、戦力強化をしないと、戦争になった時に使えないんだよな。』

 「必要ありますか?」

 『あるよ。治安維持と領主の地位確立には必須だよ。ゴミレベルの兵しかいないから、治安が乱れるんだよ。実力に不安しかないから、勢いで威張るしか無くなって、暴言を吐くようになるから、ゴロツキに毛が生えた連中が増えるんだよ。ちゃんとプライドを持って働けるように、鍛えてやらないと駄目なんだよ。』

 「実力が伴わないから、民衆に侮られて、治安が乱れると。確かにそうかも知れませんね。恰好付けたくても、実力が伴わなければ、脅す事しかできませんもんね。」

 『そこに、ちゃんとプライドを持って仕事ができるように、給金もきちんと支払って、商人の甘言に引っ掛からない様に、文武両道に仕上げてやれば、騎士や兵士を目指す者も出て来るだろ?』

 「そうですね。頭が良くて格好いいなら、憧れる子供が増えますもんね。」

 『アルティス様、編成が完了しました!』

 『よし、そのまま待機させておけ。』

 『はっ!』


 さて、新領主の準備は終わったかな?


 「準備が完了しました。」

 『メイドも連れて行くのか?向こうにもいるんだが、入れ替えるか。向こうに行ってからお前が決めてくれ。補佐も付けるから、今よりもずっと仕事は楽になる筈だ。子供の教育もちゃんとやれよ?自動的に子供に次がせるなんて事には、ならないからな?』

 「息子の将来も安泰ではないのですか!?」

 『今までそんな制度で、散々失敗してきたのに、何故続ける必要があるんだ?馬鹿なら平民に落ちるし、試験に落ちれば領主から外される。それはお前自身も同じだがな。』

 「完全実力主義という訳ですか?」

 『そうだよ。それと、貴族の責任を果たさない様なら、騎士爵まで落ちる。試験に受からない様なら、そのまま平民まで落ちるな。』

 「再教育とかは・・・」

 『貴族なんだから、自分でどうにかしろよ。勉強する場は作るが、爵位の特権は無しにする。守られない様なら、教師も含めて全員兵役だな。』

 「新法を詳しく知る方法はありますか?」

 『これを読め。穴をついて脱法する様なら全員捕縛する。ゴミと悪人は不要なのでな。爵位も毎年の試験に合格し続けなければ、落ちるだけだ。貴族には、それだけの責任がある。判るな?』

 「はい。判りました。暗部というのは、常に監視していると思った方がよろしいのですか?」


 何言ってんだ?コイツ。


 『常に監視しないで、何をさせるんだ?』

 「・・・愚問でした。」

 『隠しても無駄だと思え。それと、お前の妻の宝飾類だが、殆ど偽物だな。ワザと買ってるのか?』

 「「!?」」

 「偽物とはどれの事ですか!?」

 『そのネックレスの宝石とか、指輪の石とか、金も違う物だな。本物はイヤリングだけだな。』

 「商人から買った物ばかり・・・」

 『見抜く力を付けるんだな。騙されたお前らが悪い。だが、騙した商人も悪い。商会の名前は?』

 「タカール商会です・・・。」

 『あぁ、もう潰した商会だな。最近も来ているのか?』

 「いえ、14の月の1の週に来て以来、来ておりません。」

 『潰したのが2の週だから、もう来ないだろうな。』

 「没収した資産はどれ位あったのですか?」

 『殆ど回収していないよ。一体何に使ったのか知らんが、大赤字だよ。どこかの国が関与しているのかもしれないが、手がかりが無いから判らんな。』


 ガックリと肩を落としているが、真偽を確かめる目が無かったのは、自分達のせいだから、仕方が無いとしか言えないな。

 そんな事より、こんな所まで来ていたとなると、国内の隅々まで来ていたと推察できるな。

 被害額は、相当な額になると思わなければならない様だ。


 『とりあえず、移動するぞ。騎士も王都に待たせているからな。[ワープゲート]ほら、くぐれ。』


 アルティスの魔法に目を白黒させながら、ゲートをくぐると、ギレバアンの領主の館の敷地内に出た。


 「ここは・・・ギレバアンの領主館ですか?」

 『そうだよ。だいぶ荒らされているがな。侯爵がクズだったから、仕方が無い。[ワープゲート]来い。』

 「第二騎士団20名参上致しました!」

 『よし、では、今からバウンドパイク領の騎士団として新兵の育成、領内の平定を主な任務として遂行せよ。貴様らの上司はここにいるバウンドパイク領主だ。バウンドパイク領は、ホリゾンダル領と同じくらいの広さがあるが、陸上はそれ程広くは無い。円形山脈の外側と内海以外の陸上だけと考えれば、周辺の小領と変わらないからな。速やかに任務を完了する事を期待する。では、隊長から挨拶をしろ。』

 「はっ!バウンドパイク領騎士団隊長 グスタフ・ウォルフであります!」

 『あぁ、一応、騎士団長だ。頑張れ。』

 「はっ!ありがたき幸せ!誠心誠意任務を全うする事を誓います!」

 『とまぁ、少々暑苦しい者だが、実力は確かだ。他の者も、この街のゴロツキに後れを取る事は無いだろう。領内の各街に派遣して、治安部隊の育成をしてもらうと良いだろう。』


 剣の状態も確認しておくか。


 『そうだ、剣見せろ。』

 「はっ!」

 『手入れは行き届いているが、刃がボロボロだな。新しい剣だ。これを使え。』

 「こ、これは・・・」

 『バウンドパイク領の騎士団として、(しめ)しが付かないと駄目だからな。剣は、以前のよりも一つ段階が上だ。今まで以上によく切れるから、慎重に扱えよ?』

 「ありがとうございます!!」


 感涙に咽ぶ(むせぶ)騎士団員を見て、マサヒト領主が切れ味を聞いてきた。


 「ど、どれくらいの切れ味なのですか?」

 『ワイバーンの首ならスライスできるくらいだな。』

 「ワイバーンをスライス!?」

 『子供に触らせるなよ?足の上に落としたら、スパッと骨ごと切れるからな?』


 アルティスの脅しを聞いて、青褪めているが、信じ切っては居ない様子だ。


 「この剣に安全術はかかっておりますか?」

 『安全術?あぁ、封印か。かかってるぞ。お前ら以外には抜けないぞ。』

 「安心しました。」

 『そういえば、ケットシーは来てなかったのか?』

 「来たのですが、呼ばれてどこかに行ってしまいました。」

 『ケットシー、どうしたんだ?』

 『あ、アルティス様、砦の方に帳簿を管理している者がおりますので、そちらの者を使ってやって下さい。』

 『砦?居たっけ?』

 『暗部だけでは、帳簿の管理が疎かになるので、ケットシー達に手伝ってもらっていました。』

 『砦から来れるかな?砦のケットシーで、ギレバアンの帳簿管理してた者は何人いる?』

 『あ、アルティス様ですか?ギレバアンの帳簿の管理は、代わる代わるやっておりまして、ケットシー全員ができます。』

 『内2名をギレバアンの帳簿係として領主の下に就けたいんだが、候補はいるか?』

 『はい。すぐにでも行けます。』

 『じゃぁ、ゲート出すな。[ワープゲート]』

 『お久しぶりでございます。アルティス様。』

 『久しぶりだな。干し肉の売り上げは順調か?』

 『はい。今では転売される程になっております。』

 『転売かぁ。価格差はどれくらいあるんだ?』

 『精々倍額程度ですね。』

 『ならいいか。とりあえず、ギレバアンの帳簿は持って来たな。じゃぁ、領主に自己紹介を頼む。』

 『畏まりました。私は、ケットシーのラクーンと申します。』

 『私は、ケットシーのウィーゼルと申します。二人共々宜しくお願い致します。』

 『アライグマとイタチか。いいのか?それで。』

 『何かありますか?』

 『いや、何でもない。』

 「よ、よろしく頼む。ケットシーとは、言語が違うのでは無いのですか?正直驚きました。」

 『そんな事言ったら、アラクネだって言語が違うし、セイレーンだって違うだろ?』

 「確かにそうなのですが、これは、何かの魔法の効果ですか?」

 『言語理解という魔法だよ。俺の部下には、全員にこの魔法を付与してあるんだよ。では、紹介も終わった事だし、中に入るか。メイド達の顔見世も終わった頃かな?』


 建物の中に入ると、粗方の掃除は終わっているが、元々この屋敷に居たメイド達が、エントランスに座り込んでいた。


 『何をしているんだ?』

 「空腹で・・・」

 『カレン、厨房借りて作ってやれ。』

 「了解。どれくらい食べていないのですか?」

 「5日間何も食べておりません。」

 『お粥と消化にいい物を中心に作った方がいいな。』

 「作ってきます。」


 カレンが厨房に向かったのが意外だったのか、領主達が驚いている。


 「カレン様は、お料理が作れるのですか?」

 『まぁ、食べてみれば判る。』


 30分程でできあがり、食堂でメイド達に食べさせた。

 メイド達があまりにも美味しそうに食べているのを見て、領主たちも食べ始めると、もっと欲しいと言われたが、メインはメイド達の為に作ったので、領主たちの方はお預けである。


 『メイド達に料理を教えたのか?』

 「はい。教えておきました。もっと知りたそうにしていましたが、時間切れですね。」

 『それは仕方ないよな。メイド達がこの恵まれた街で、工夫をする様になれば、メニューも増えるだろうしな。』

 「そうですね、羨ましいくらいに恵まれていますよね。」

 『さて、俺達は砦の方に行くか。当初の目的地は砦だからな。』

 「はい。向かいましょう。でも、ウーリャ達は何処に行ったのでしょうか?」

 『街の方にいるみたいだぞ?ウーリャどこにいるんだ?』

 『アルティス様、街のゴロツキが食材を独り占めして、騒いでいるのです。』

 『グスタフ、早速仕事だぞ。ウーリャの援護に向かえ。』

 『了解!』

 『ウーリャ、グスタフが行くから、引き継いで砦に向かえ。』

 『了解。』


 領主館の門前には、門番の騎士が二人立っていて、その前には大勢のゴロツキが喚き散らしている。

 主張しているのは、金を寄越せとか土下座しろとか、訳が分からない内容だな。


 『全員捕縛しろ。下らん。』

 「「はっ!」」

 パンッ!

 「ギャッ!」

 「目がー!」

 「耳がー!」


 門番がスタングレネードを使ったのだ。

 マジックポーチから首輪を取り出し、次々と首に嵌めて行き、5分と経たずに制圧した。


 『上手い使い方だ。さすがだな。名前は何て言うんだ?』

 「はっ!マーキュリーと申します!」

 『いい名前だ。覚えておこう。励めよ。』

 「ありがとうございます!」


 砦に行く途中で、騎士団長含め3名の騎士とゴロツキの対面現場に遭遇した。

 インテリ風の男が団長に、一生懸命精神魔法を交えながら説明しているが、団長は言っている事の意味が判っていないというジェスチャーをしていた。


 「だからぁ、俺達はこの干し肉を1個銀貨1枚で買った訳よ。でも、少し離れた店では銅貨50枚で売ってたんだよ。で、銅貨50枚の損をしたでしょ?その損を役所に補填して欲しいって言ってるんですよ。悪いのはそんな差額で販売を許しているあんたらだろ?」

 「何でだ?お前らがマヌケなだけだろ?ちゃんと調べれば、すぐに判ったんだから、調べなかったお前らが悪い。」

 「てめぇ、殺されたいのか?」

 「誰に殺されるって?ここにいる連中にか?無理だよ。無理無理。お前らが我々に勝てる訳が無い。諦めろ。」

 「はぁ?寝ぼけてんのか?てめぇ!」

 「仕方ないなぁ、相手してあげるけど、全員捕縛するからな?」

 「ぶっ殺してやる!かかれ!!」

 パンッ!


 こっちもスタングレネード1個で終了した様だ。

 首輪をつけ終わり、後ろを振り返った騎士団長が、アルティス達を見つけた。


 「うわっ!アルティス様見ていらしたのですか。お恥ずかしい限りです。」

 『何が恥ずかしいんだよ。お前の勇姿じゃないか。もっと胸を張れ。初仕事ご苦労さん。だが、もっと早く制圧してもいいんだぞ?こいつらの言い分は、通用するレベルじゃねぇんだから。』

 「いえ、もっと何かあるのかと思いまして、面倒くさいけど聞いていたのですよ。ですが、精神魔法以外、特に何もありませんでしたね。」

 『そうだな。あと、そこの首輪を外そうとしてる奴を捕まえてから、帰っていいぞ。しっかりと黒幕を押さえろよ?ゴロツキに毛が生えた程度の、チンピラがいると思うからな。』

 「はい。必ず捕まえて見せます!」


 そう話している間に、騎士が光学迷彩の女を捕えていた。

 捕まえられるのには、ちゃんと理由がある。

 アーリアの訓練の中で、キュプラの子達に光学迷彩を使わせて、鬼ごっこをやらせるのだ。

 鬼役は兵士達訓練生で、キュプラの子達が逃げ回るのだ。

 素早い上に見えにくいという、難易度高めの鬼ごっこをずっとやっていたのだ。

 捕まえる事ができると、1週間食事に色が付くのと臨時ボーナスのどちらかを選択できるという、微妙な2択なのだが、訓練生達は必死に挑戦しまくるのだ。

 食事に色が付くという方が人気で、ほぼ全員が最高級干し肉を希望するらしい。

 最高級干し肉と言っても、市販価格は1個銀貨50枚で、給金で買えない訳でも無いのだが、市中でも販売開始から数分で売り切れになる程の人気商品なのだ。

 製造しているのは、砦のエルフ達で、肉はスケープゴートのヒレ肉を使っている。

 原価は銅貨10枚ほどで、普通の干し肉の原価が銭貨1枚という安さなのを考えると、原価銅貨10枚は1000倍のコストがかかっている事になる。

 王家御用達とはいえ、普通の干し肉が1個銅貨1枚で売っているので、最高級干し肉が原価の5000倍で売られていたとしても、それ程暴利という訳では無いと思う。

 なんせ、材料を市販品で揃えたら、大赤字になるのだから。


 ギレバアンの砦という立地条件だからこそ、実現可能な価格設定という事だ。


 この干し肉は、ワインを飲みながら齧ると美味いらしく、庶民から貴族まで、幅広い客層に大人気なのだ。

 キュプラの子を捕まえるだけで、1週間毎日貰えるのだから、安いと言える?のかもしれないな。

 そんな訓練をやっているのだから、動かない光学迷彩など捕まえるのは容易いのだ。

 ちなみに、最近は缶蹴りや泥警になっているそうで、終った頃には全員ヘトヘトになっているらしい。

 アルティスも参加したいのだが、「アルティスは参加しないでくれ」と言われて、凹んだ。

 なんでも、神出鬼没のアルティスから逃げられる自信のあるアラクネが居ないそうだ。


 『俺ってそんなに神出鬼没?』

 「自覚無いんですか?」

 『無いよ?』

 「色んなところで目撃されていますよ?」

 『例えばどこで?』

 「廊下の角、天井裏、尖塔の上、訓練場の隅、厨房の戸棚の中や・・・ちょ、殺気!?抑えて!抑えて下さい!!」


 はあ?厨房の戸棚の中だとぉ!?


 『コルス!ペンタ!オロシ!一体どうなってんだよ!天井裏と尖塔の上はまだいいとしても、厨房の戸棚の中だと!!?』

 『それ、コリュスですね。』

 『コリュスですよ。それ。』

 『コリュス・・・』

 『上司に罪を擦り(なすり)付けるとは、良い度胸してんじゃねぇか!!』

 「本人は、微塵もそんな事を考えていないと、思いますが?」

 『思う思わないは関係ねぇな。迷惑を被ってるか、被って無いかが問題なんだよ!今すぐ捕縛して、ブートキャンプに放り込め!』

 『哀れコリュス』

 『自業自得コリュス』

 『魔道具はそのままでいいんですか?』

 『コリュスからは全部取り上げろ!馬鹿な使い方をしたら取り上げるって言ってあるんだろ?二度と貸すな!貸した奴には干し肉は支給しない!』

 『捕縛しました!』

 『どこで?』

 『厨房です。』

 『じゃぁ、ブートキャンプ2カ月な。』

 『ひいいぃぃ!?』

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