第5話 3騎士との出会いと自重なんてどこ吹く風
騎士団という、新しいワードも気になるが、その前に言わなきゃならない事がある。
「アルティスが、この街に来た時に、魔族を見かけたそうです。昼間は見なかったそうなので、どこかに潜伏している可能性があります。また、今日の教会の件に、関わっている可能性も捨てきれませんので、街の警戒を強めた方がよろしいかと思います。」
「何だと!?、この街で魔族を見たのか!?。ぐぬぬ、教会の件が片付いたと思えば、別の問題が増えるとは・・・」
伯爵が頭を抱えたが、話はまだ終っていない。
「それと」
「まだあるのか!?」
「はい、こちらの金貨なのですが、偽造の可能性があります。」
「偽造金貨だと!?、本当か!」
「はい、秤を使えば判りますが、本物と重さが全然違いますし、色も少し赤みがかかっているのが、判ると思います」
「む?、確かに少し赤みがかっている様にも見えるが・・・」
「金は含まれていない様です。」
「何だと!?、それでは、作った者は丸儲けではないか!!」
「そのくらいの利益が無ければ、偽造する意味が無いと思いますが。」
「確かにそうだな。偽造するにも燃料か魔力が必要になるからな。材料の仕入れにも金がかかるとすれば、大規模な組織が関わっている可能性もあるな。」
「ちなみに、偽金貨の材料は判るか?」
「黄鉄と銅だそうです。」
「黄鉄と銅か、確かに黄鉄は、金に似ているからな、騙される者もたまにいるが、銅を混ぜると、こんなにも金と見分けがつきにくくなるのか。これは、大問題だぞ。」
「金貨として使えるのなら、そのままでも良いのでは無いですか?」
ペティが、聞いてきたが、問題はそこではない。
金貨に偽物が混じっている事が知られれば、本物の金貨の信用度が落ちて、価値が下がってしまうのだ。
紙幣とは違い、金貨は貨幣自体の価値が重要だ。
また、大量の金貨の中に大量の偽金貨が混ざっていれば、大幅に資産が減少する破目になる。
そんな事になれば、この街の経済は破綻しかねないし、敷いては、この金貨を使う各国の経済にまで影響を及ぼす可能性すらあるのだ。
下手したら世界恐慌だ。
ましてや、金の含有量を市井の人々が見分ける事などできない。
つまり、金貨が信用できなければ、金貨を使う事ができなくなるという事になる。
使えない貨幣等には、最早価値など無くなってしまい、鋳潰されてしまうのだ。
また、金貨と同様に偽金貨が通用するとなれば、金貨を鋳潰した方が儲かるというものだ。
「そんなに簡単な話ではないのだよ、金貨に価値が無いと判れば、金貨を使えなくなるんだよ。商人や貴族の資産が減れば、商品を買えなくなるからね、破産する者も出るかもしれない。」
伯爵は、経済に詳しいらしい。
あとは、偽金貨を判別する方法があれば、影響を少なくできるが、判別機でも作ってみるか。
「とにかく、作戦を練る必要があるな。できるかどうか判らないが、考えてみるとしよう。」
執務室を辞して、アルティスが聞いた。
『さっき言ってた騎士団って何処にあるの?』
『伯爵家にも騎士団があるんだよ。』
『へー、観てみたい。』
『明日、騎士団の訓練場に行ってみようか。アルティスには退屈かもしれないけど。』
『あるじも騎士だよね?、騎士団所属じゃないの?』
『私はお嬢様の専属だから、別口で雇われてるんだよ。』
『そうなんだ、何か理由があるの?』
『元近衛騎士団員だったんだ。』
アーリアは、元近衛騎士団所属だったという。
近衛騎士団といえば、騎士の中では、花形だと思うのだが、抜けた理由も気になるところだ。
伯爵家所属ではない理由が、何かあるのかもしれない。
翌日、朝食の後に騎士団の訓練場へ向かった。
訓練場の横に騎士団の倉庫と宿舎があり、宿舎の隣には水浴び場が設けられているが、とても臭い。
まるで、ブーツを脱いだ後の、アーリアの足の臭いの数倍臭い。
『何か今とても失礼な事考えていなかった?』
『ギクッ、そ、そんな事ないよぉ?』
『ホントに?』
『ホントホント。』
セイッ!セイッ!セイッ!、30人程のプレートメイルを来た男達が、整列して、大きいロングソード?で型の練習をしている。
女騎士は、最後尾でハーフプレートを着て、細身のロングソードを持っている。
士気が低いのか、全然動きが揃っていないし、剣筋も頼りない。
訓練が終わり、女騎士がこちらに気が付いて近寄ってきた。
「アーリア!帰ってきたのね!」
「アーリア久しぶり!元気にしてた?」
「アーリア来るの遅い」
3人の女騎士がそれぞれ挨拶してきたが、胸に抱かれたアルティスを凝視している。
「アーリア、その子何?パンサーの子供?」
「か、かわいい・・・ねぇ、ちょっと抱かせてよ」
「リズが抱いたら、臭くて怒るんじゃない?」
「な、なんでよ!?え?あたし臭いの?ねぇ、臭い?」
「アルティスと言うんだ。私の従魔になったんだよ。言葉も判るから自己紹介してあげてくれ。アルティスも挨拶を。」
「ミャ!」
「「「キャー!可愛い!」」」
3人の名は、そばかすこげ茶ポニーテールがバリア、青髪ショートヘアがリズ、オレンジの髪でツインテールがカレンだそうだ。
ちなみに全員汗臭いが、悪い汗ではないので、気にならない。
『別に平気だけど、先に水飲んで来た方がいいんじゃない?』
「全員口臭いから、水飲んで来いって言ってる」
「「「ガーン、うがいしてくる!」」」
『言ってないよ?』
3人が離れると、隊長らしき顎の割れた、ニヤけたおっさんが近づいてきた。
「よう、アーリア、久しぶりに扱かれに来たのか?お嬢様の護衛ばっかりしてるから、毎日訓練してる俺達には、敵わないだろうがな!」
『弱そうなおっさんだな。叩きのめしてあげたら?』
アルティスを地面に下ろし、余裕な表情で訓練場に入っていった。
木剣を二本取ったおっさんが、一本をアーリアに渡そうとしたが、自分で選らんだ木剣を使う様だ。
「おいおい、俺が選んだ木剣じゃぁ気に食わないってかぁ?」
「持っても、折れてるかどうか判らんのか?、私は、見た時から折れてると判ったがな。」
いいね、挑発を挑発で返したよ。
おっさんは、ムスッとして構えた。
「ふんっ!、後で吠え面かくなよ?」
「フッ、命を懸けた闘いもした事が無い奴に、負ける気はしないな。」
特に合図は無いが、立ち合いが始まった。
「おりゃぁ!」
「子供の剣だな。」
カッ
「おわっ!ととっ」
ドスッ!
「ギャッ!」
パシッ
「くそっ!」
馬鹿正直に正面から突っ込んだおっさんに対し、アーリアは剣で受け流し、体制を崩させて、鎧でカバーされていない二の腕に一撃入れ、首の横を軽く叩いた。
アーリアが圧勝した。
全く相手にならないな。
「くそっ!何をしやがった!」
「今まで、訓練と称して何をしていたのか知らんが、児戯に等しい拙い剣だったぞ?何をされたのかも判らない様では、剣のセンスが無いとしか言い様が無いな。不満なら何度でも来るがいい。」
「こんのっアマぁー!」
ここの騎士は、レベルが低いのか、騎士に有るまじき暴言といい、受け流されただけで、足が縺れる下半身の弱さ、踏ん張りも利かず、剣の振りも遅い。
アーリアの技術には、遠く及ばない事がよく解かる。
「さっすがアーリア!、豚い長が敵う訳ないよねー!あはは」
隊長を豚呼ばわりとか、士気が低いにも程があるね。
「くそっ!くそっ!くそっ!!覚えてろっ!次は絶対オレが勝つ!そして土下座させてやる!」
雑魚の捨て台詞を、初めてリアルで聞いたアルティスは、感動していた。
何で、攻撃されると目を瞑る奴が、隊長なんてやってるのか、不思議だ。
『あれが隊長?、攻撃されて目を瞑ってたよ?士気が低い原因だろうから、伯爵にクビにする様言っておこうよ。』
宿舎の方から、物が壊れる様な音がしている。
「向こうで暴れてるんだろうけど、片付けは自分でやってくれないかなぁ・・・」
「あっはっは、久々にすっきりしたねぇ!。リズ、それ本人に言っちゃだめよ?」
「言わないよ、面倒くさくなるだけだもん。」
「それが正解・・・」
カレンが、面倒くさそうな顔をしている。
アイツの八つ当たりに、うんざりしてるって感じか。
『あれでどうやって隊長になれんの?』
「確か侯爵家の三男?だったか、親の権威でなったのだろう。」
『侯爵家の権威って言っても、アレは侯爵じゃないじゃん?』
「普通は、こんな伯爵家の騎士にはならないが、侯爵家から下賜されたという噂だ。」
『それは、追放と同義じゃないの?』
「あぁ、そうだが、伯爵の立場では、無碍にできないのだろう。」
『ところで、みんな自動回復使ってるんだね。任意にした方が良いよ?』
「そうなのか?何でダメなんだ?」
『筋肉ってのは、負荷を掛けなきゃ育たないんだよ。自動回復を使ってると負荷がかからないでしょ?つまり、筋肉が付かないて事。』
「バリア、リズ、カレン、今すぐ自動回復を任意にするんだ!それを使ってると、筋肉が付かないらしいぞ!?」
3人は、一応自動回復を任意にしたが、半信半疑だったのだが、翌朝驚愕する事になる。
女騎士3人がアルティスを抱きたがったが、付かず離れずの距離を保って、追いかけさせた。
「はぁはぁ、わざと追いつけない様にしてるみたい?」
「ちょ、待って、待ってよぉ」
「ぜぇぜぇ、抱っこするっだけなのっにっ、つ、疲れた。」
この後、お昼までの間、姦しい3人相手に訓練場を逃げ回りまくった。
「はぁはぁ、すばしっこくて全然追いつけなかったぁ。」
『3人とも身体強化は使えるの?』
「身体強化って使えたっけ?」
「一応使えるよ。使うと全身筋肉痛になるけどね。」
『身体強化を使うと、使ってない時の体が使ってる時の状態と誤認するんだよね。つまり、身体強化を使った時の筋肉を再現しようとするから、STRの伸びが良くなるんだよね。』
このトレーニング方法は、欠点があって、余り繰り返し過ぎると、本当のバケモノになってしまうのだ。
『あるじはやらなくていいよ。やったら、本当に人間を辞める事になるから。』
「私は身体強化を使わない方が良いという事か?」
『既に必要無いでしょ?』
「・・・まぁな。」
『普通に自動回復を切るだけで良いと思うよ。』
今の状態は、常時身体強化使用状態で、基本のステータスに補正が付いている状態だから、アーリアの体は、その補正を0にするべく強化されて行っているのだ。
つまり、その内に素でアルティスと同等のステータスを手に入れる事が、約束されているのだ。
そこに身体強化を入れてしまうと、大変な事になってしまうのは、想像に難くないのだ。
くわばらくわばら。
騎士団視察の後、すれ違うメイドさん達が、アルティスに一礼して去って行く。
プリンのお礼かも知れない。
『湯浴み場の事話したら、改善されるかなぁ?』
『言ってみればいいんじゃないか?』
執事に、お嬢様の居る場所を聞いてみる事にした。
「何か御用でしょうか?」
「ひっ!?」
『もう、来るの判ってるから、驚かないよ』
「それは残念で、ございます。」
「わざとなんですね・・・。」
やはり、わざとだった様だ。
「お嬢様に、アルティスが湯浴み場の事で話したいので、居場所を教えてください。」
「え?湯浴み場がどうかしたの?」
執事の後ろから、ペティが顔を出した。
『湯浴み場を、お湯に浸かれる様に、深くできないかと思ってね』
「んー、アレね、お湯運ぶの大変なんだよね。本当はお城みたいに湯舟にしたいんだけど、お城は魔石使って汲み上げてるから、ここで同じ事やったら破産しちゃうってお父様が前に言ってたのよ。」
王城にはお風呂があるらしいが、経済的な面で不可能なのか。
『汲み上げるのが楽になったらお風呂にできる?』
「多分できると思うけど、燃料の事もあるから、同時に解決しないと無理だよ?」
『よし!お風呂の仕組みを考えてみる』
「え?できるの!?、あ、でも、魔石を使うのはダメだよ?」
『多分、要らないよ』
「本当にできるの!?やってやって!、お父様に話してくる!」
走って行ってしまった。
ポンプを作る方法は、幾つかあるし、密閉ができれば方法は、いくらでもある。
手押しポンプでもできるし、ヘロンの噴水で有名な方法でもいい、水路の水を使っているなら水車を使う手も考えられる。
この屋敷の正面玄関の噴水は、サイフォンを利用しているのではないかと思う。
魔法がある世界だが、物理法則もある。
魔法は、その物理法則をマナを使って再現しているとも言える。
だが・・・一番の問題は、絵でも言葉でも説明できない事だな・・・。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ」
『おかえりー』
「許可貰えたよー、で何をすればいいの?」
『まずは、現状の把握からだな』
「水源の確認からです。」
アルティスの漠然とした答えに、アーリアが補足する。
『知りたいのは、どこから水をくみ上げて、何処に流しているかだね。』
「セバス、案内よろしくね!」
「畏まりました。」
『ペティは知らないの?』
「知ってるよ?、でも、昔溺れかけたから、行きたく無いの」
「小さい頃のお嬢様は、それはもうお転婆でしたから・・・」
「セバス!?、余計な事は言わないでいいでしょ!?」
『目に浮かぶ様だ。』
「アル君!?」
執事に連れられて、地下の水源にやってきた。
水源は、分水嶺がいきなり現れた様な場所で、大量の水が湧き出している。
『この水は、どこから来てるの?』
勢いから考えると、きっとどこかでサイフォンを利用しているんじゃないかな?
「ここは、元々遺跡がありまして、この湧き水を利用してこの町が発展してきました。この屋敷より東側は、この水を利用して、西側は、川から水を引いて水路を形成しております。」
『これは湧き水と言える量では無いよね。遺跡って事は、この技術はロストテクノロジーって事か。』
「ろすとてくのろじー?」
「つまり、失われた技術ということでございますか?」
『この水は、多分上流の川から、地下水路で引いて来てるんだよ』
「この湧き水を人が作ったってこと?」
古代文明に天才がいたか、それとも、水路を引いてみたらこうなったか。
「アルティス様は、この水を湧き出す仕組みが判るということでございますか?」
『こんな大規模にやる方法は知らないけどな、小規模なら判る。』
こんなに勢いよく水が流れているのなら、水車を設置すれば汲み上げるのは簡単だ。
しかし、ここから何処に運ぶかに拠っては、難しくなる事もありそうだ。
「アルティス様、実は、ここと同じ様な施設が他にもありまして、そちらは水が湧き出さなくなってしまっているのですが、理由がお解りになる可能性はあると思われますか?」
『取水口が詰まっているか、途中の水路を潰したか、だろうな。』
「取水口と申されますと、川の中にある可能性もあるのでしょうか?」
『あると思うけど、川沿いに作ってある方が、現実的だよね。』
「川沿い・・・、ふむ」
『あんな巨大魚がいる川で、作業するのは難しいんじゃ?』
「確かに・・・、一度調べてみる価値はありそうですね。」
『水が出なくなった時期って、西側の水路を作った時じゃないのか?』
「!?、まさかその時に、入り口を潰した可能性があるという事でしょうか?」
『既存の設備を使った方が楽だからな』
執事がうんうん頷きながら、何かを考えている様だが、こちらの作業が優先だ。
1階の湯浴み場にやって来た。
湧き水の所からバケツでここの湯沸かし用のタンクに入れてるそうだ。
タンクは500ℓくらい入りそうな大きさがあるから、数人でバケツリレーでもやってるんだろうか・・・ご苦労な事だ。
ちなみに、排水はどうしてるのかというと、それも遺跡に下水道があったから、それを利用しているらしい。下水道にはスライムがいて、常に水に混じる不純物を食べているらしい。スライム有能だな。
『ここの地下には何があるんだ?』
「古代の小部屋があるだけでございます。」
『そこに入れる?』
「こちらから入れます。」
遺跡の小部屋に入ってみたが、小部屋と言うより貯水槽だった。
『ここを使えばいいんじゃない?』
「こちらに水を入れますと、市場が開かれる広場が、水浸しになってしまいまして、現在は閉鎖しております。」
『排水用の水路を下水に繋げるか、水路に戻る様にすれば、いいだけだと思うけど?』
「その場合の工事の見積金額が、かなりの高額になる様でして、実現しておりません。」
『どこを工事しようとしてんの?、花壇の下を工事すればいいじゃん。』
執事の歯切れが悪い。
どうせ、林の下を掘るとか言ったのだろう。
『何か資料があるなら、見せて欲しいんだけど』
「では、先日の部屋でお見せ致します。」
先日の部屋とは、念話の講習をした部屋である。
見積書と計画書を確認すると、案の定、林の下で工事を実施するとある。
これでは、伐採及び切り株の除去、根の排除など、余計な費用が盛り沢山で、金額が白金貨4枚となっている。
また、資料には、花壇を一部だけ掘る事が難しいとの記載もあるが、その理由までは、どこにも記載が無かった。
『これ、何で態々生垣の下を掘る計画になってんの?、こっちの花壇の下を掘ればいいじゃん。』
「・・・確かに、そうですね。確か、生垣の下以外は、許可されないと言っていたと思います。」
『寧ろ、その手前で十分対処できると思うんだけど?、通路の手前は芝生だったよね?』
「はい、その様になっておりますが、そこでは逆流すると言っておりました。」
『排水溝の方が高い位置にあるのに?』
「・・・」
『一旦、排水溝の出口を調査した方が、いいかもしれないな。この見積もりを出した業者が押さえてるかもしれないし。』
「早急に、調査を開始致します。」
調査結果が出るまでの間に、錬金術と魔道具を使って、金貨の判定と、枚数を数えるカウンター付の魔道具を作ってみた。
コインを上から入れると、真偽判定の後に、コインカウンターに振り分けられるという物だ。
真偽判定は、回路にルビーを使って、鑑定の魔法を刻み込んであり、魔石の魔力で動かせる。
「こ、これは!?、これがあれば、偽金貨が判別できるのだな?」
『これを、低価格で売り出して、偽金貨を受け取らない様にすれば、偽金貨を作ってる連中が破綻する事になる。』
「しかし、露店などでは使えないのではないか?」
「旦那様、そもそも露店で金貨を扱う店など、殆どございません。」
「では、これの作成費用で、赤字になるのではないか?」
『経済が破綻してしまえば、赤字もクソも無いと思いますが?』
「確かに・・・、では、大量に作って安く売るとしよう。」
『その前に、伯爵の資産の金貨で動作確認をしなければなりませんよ?』
「くっ・・・、やらざるを得んか。」
伯爵所有の金貨の4分の1が、偽金貨だった様だ。
この魔道具、鑑定魔法が刻まれたルビーは、アルミの塊でブラックボックス化したので、錬金術で分離すると、ルビーも分解される、つまり、肝心な部分は取り出せない。
回路の隠ぺいには、混乱、睡眠、バーサク、麻痺の魔法を入れたので、解読を試みると状態異常にかかり、一度分解するとアルティス以外、組み立てられないのだ。
劣化コピー品は出回るかも知れないが、本物が安価なので、儲けも少なく、やるだけ無駄というものだ。
また、転売防止の為に、ナンバリングもしてあるので、販売許可制にして、購入者の魔力登録を販売店で行えば、転売は不可能となる。
『さて、相手はどうでるか見ものだな。』
「調査結果が出ましたので、ご連絡にまいりました。旦那様の執務室でご報告いたしますので、お越し願えますでしょうか?」
『はいはい』
「調査結果ですが、この見積もりを作成した商会が、購入した土地にありました。本来は、水路に流れる様になっていた様ですが、破壊して広場に流れる様にした様です。」
『詐欺未遂で取り潰せないの?』
「やっておく。私を騙そうとした報いは、受けさせると誓おう。」
『破壊された水路を直せば解決だね。』
「そうなりますね。」
古代の貯水槽は、完全に水没する形になっていて、天井に穴を開けて、パイプを刺すだけで、水が上の階で垂れ流しになる。
オーバーフローした水は、下水に流せばいいだけで、使い放題だ。
貯水槽の位置も、厨房と湯浴み場の間にある為、どちらにも水を出せる様になる為、利便性にも優れている。
今まで使えなかった水路には、泥などが溜まっていたので、捕らえた商会の連中を使って掃除させる事になる。
『これで、水の問題は解決だな。次は風呂場の改築なんだけど』
「お風呂は広い方がいいでしょ?、30人くらい入れるお風呂にしようよ!」
『そんな広いの作ったら、燃料代が高くなるぞ?』
ボイラーを作ればいいのだが、燃料が薪では、熱量が足りてないし、魔法ではMP消費が激しすぎて、燃費が悪い。
石炭でもあればいいが、そんな物は、多分無いだろう。
『風呂自体は、最大10人が入れる程度で、湯舟とは別に洗い場で、お湯が使える様にすれば、いいと思う。仮設の風呂を作って試すのがいいだろうね。』
「それはいい考えでございます。早速職人を手配致しましょう。」
翌日、職人がやって来た。
さすが執事だ。仕事が早い。
「こちらが職人のチゼル・カーペンター、こちらが計画立案したアルティス様です。」
「お、おう、あんたが言うなら本当の事なんだろうけど、こんな小っこい獣が計画立案者と言われてもなぁ。」
『気持ちは判るよ。だが事実だ。よろしく頼むよ。』
「うぉっ!?念話が使えるとなると、優秀みてぇだな。疑って悪かったな。よろしく頼むぜ。」
職人への説明は、執事がやっている。
何となくイメージがある様子で、仮設の風呂を作るスペースと木材の材質、大きさ等の図面を書き殴りながら、どんどん話が進んでいく。
風呂を作る構想から、職人を交えて図案の作成に既に4日経っている。
水路の調査から商人の捕縛、水路の清掃まで、急ピッチで進んでいるが、同時進行で、偽コイン判別機の作成も行っている為、アルティスには暇がない。
アーリアは、騎士団と兵士の訓練教官をやっている。
一旦、職人は帰って行ったが、アルティスの錬金術で作った模型に職人魂を刺激され、翌日には設計図を持って来た。
図面を見るに、特に問題は見られない為、着工の指示を出した。
ペティと職人とアルティスが、仮設風呂建築作業を見ながら雑談している。
『街にも風呂を作ったら、儲かりそうだな。』
「街の人用のお風呂を作るの?、みんな入るのかなぁ?」
「場所がねぇだろ?」
『場所なんざ、空き家を改造すればいいだろ?、壁を取っ払うから補強する必要はあるが、脱衣場・洗い場・風呂・トイレを2つずつ作れば、入場料を取る場所と窯は一つで十分だし、簡単そうだろ?』
街には、商人が住んでいた様な、豪邸がいくつかあるが、先日潰れた、バカッス商会の建物を使えば、街の中心にも近いし、大通り沿いだから場所もいいだろう。
しかも、水路の真上にあるのだ。
「どうやって作るんだ?」
『真ん中に、入り口・番台・窯を作って、左右に男用と女用の風呂場を作れば、作業効率も良くて、管理もしやすいだろう。』
「アル君が経営するの?」
『伯爵家がやれば、いいんじゃないの?。情報収集にも使えるし、スラムの雇用にも繋げられるかもよ?』
夕方、伯爵から銭湯について聞きたいと、執務室に呼ばれた。
「その、銭湯というのは、どんな物なんだ?。」
『平民が入る為の共同浴場です。石鹸も販売すれば、疫病を防ぐのにも役立つよ。』
「平民が風呂に入る様になると?」
『気持ちいいと思えば、金払ってでも入るだろ?』
「伯爵家が経営するとは、どういう意味なんだ?」
『冒険者や職人が、仲間内で一緒に入れば、仕事中に聞いた噂なんかもベラベラ喋るし、井戸端会議の場としての役割も担うだろう。清掃や窯炊きの人員も必要になるから、スラムの雇用にも繋がる。情報収集、雇用創出、疫病抑止。料金次第では儲かるかもしれないね。』
『問題は、燃料だけど。共同のパン焼き窯も併設すれば、近隣の燃料消費量が減る可能性もあるかな。』
「だが、それだけでは、燃料問題の解決には難しいであろう。他に何か案はないか」
『湯を循環させるとか』
「じゅんかんとは何だ?」
循環って言葉は理解できなかったか。
『再利用することだよ、多少冷めても暖める仕組みがあれば、少ない燃料で暖まるだろ?』
「排水してろ過した湯を、再度暖めるのか。それなら確かに暖めやすいな、でもずっと同じ湯を使ってたら、毒になるぞ?、それに、地下からどうやって上に汲み上げるのだ?」
説明できないな、汲み上げる仕組みを、作って見せるしかない。
『きれいにする仕組みなら、スライムで解決できる。溢れたお湯を下水に流し、底から出したお湯を、暖める。温度調整に水を使うから、そのうち入れ替わるという仕組みですよ。』
「風呂場建設の着工指示を出したそうだが、資金の工面が厳しくてなぁ」
ディメンションホールから、100gのサファイアを出して、渡した。
不純物も無く、亀裂も入っておらず、綺麗にカットされたそれを見て、エカテリーヌ夫人がうっとりしているが、すぐに、商人ギルドで売り、資金にするそうだ。
『奥様には、こちらを』
カットした時に出た、細かい宝石をふんだんに鏤めた〈髪飾り〉をあげた。
各種耐性と、自動でシールドを展開する魔法が付与されている。
反応は、まぁ、言葉になってなかったので、割愛。
価値は、国宝級とか言ってたかな。
仮設の風呂場になる小屋は2日でサクッと完成した。木造だから小屋ならすぐできるらしい。
湯舟は結構難しいらしく、ただの箱では、水漏れが酷くて使い物にならない。
当然ながら、ほぞとかだぼとかの技術が無い為、簡単なほぞ継をだぼで固定する方法を教えた。
だぼは、圧縮した木を使うから、騎士団のマッチョを数人連れてきて、1日中1センチ角に切った木材の束を木槌で叩きまくってもらった。
普段鍛えてない筋肉を鍛えられて、いい訓練になるみたいだから、喜んでいたらしい。
作業風景は、暑苦しいの一言に尽きるが。
だぼを使うと釘で固定するよりも、水を吸った木材が膨張して密着するから、水漏れの心配も無いし、木が腐らない限り使い続けられるのだ。
この世界には大工が使う魔法があって、まるで電動工具の様に使えるらしい。
だから大工の癖に、金槌以外の道具を持ってないから、詐欺だと思ってた。
ほぞを教えた代わりに、その魔法教えてもらったよ。攻撃にも使えそうだったからね。
「そんな簡単にできる訳ないだろ、わはは・・・・はぁ!?」
電動工具をイメージしながらやったら、簡単に習得できた。むしろ、ドリル系をイメージして、ねじ穴とねじを作る様な事もできたから、逆に教える羽目になった。
ステータスを確認してみると、大工魔法を獲得してた。
アーリアも、目の前で見ていた為、簡単に習得した様である。
仮設の風呂場には、専用の窯を作って、本番でもそのまま流用する予定である。
窯の上に銅とアルミで作った鍋があり、銅のパイプを通してあり、ボイラーの仕組みを一部採用してある。
空焚きは怖いので、常に水が貯まっている事にして、水量が減ると、温度調節用の水タンクから、勝手に給水される。
仕組みはトイレのタンクにある、フロートの上下で開閉させるだけだ。
お湯のタンクは、熱湯が入る事になるので、サウナ室に利用できそう。
水風呂も作ってあるよ、のぼせたら大変だし、サウナを作る前からあった方が、サウナも作りやすくなる。
段々、アルティスの趣味に偏りつつあるが、知らない振りをして進めた。
仮設の風呂場は、合計3日で完成した。
火の管理を誰がやるかで、少々揉めたが、試運転で風呂に入ったメイド達が、率先してやる様だ。
仮設の風呂の為にやり過ぎた感が否めないが、多分仮設の風呂は残されるだろう。
メイドや騎士・兵士が、ひっきりなしに入りに来る様になったが、朝から火を入れるのは燃料代が高騰する事になる為、夕方から火を入れ、寝る前に消すルールを作った。
黙ってると、朝から入ろうとする者が現れたからだ。
ペティならいいが、騎士・兵士・メイドは、見つけたら、特別メニューの仕事をやらせた。
騎士・兵士は、伯爵邸の外周を5周走らせる。
広さは、皇居とほぼ同じくらいだから、5周で50kmだな。
メイドは、風呂掃除と騎士宿舎の清掃、違反者は直ぐに出なくなった。
肝心の本工事も滞りなく進み、4日で完成した。
この世界の工事は、職人の力が半端ないので、重たい石材も一人でサクサク運ぶ、掘削も5分かからずに終るし、脚立も使わずに高所の作業ができて、配管の接続も一瞬だ。
しかも、金属部品の作成も、その場でできるから、時間のかかるあれやこれやが、かからない。
魔法様様だ。
職人の中に、ドワーフが居たので、後で工房に遊びに行く事にした。
やっと完成した風呂場を見て、伯爵夫妻とペティが大はしゃぎだ。
仮設風呂、入ってたよね?。
「完成したか。王城の風呂に入ってから、忘れられなくてどうにか実現したいと思っていたが、やっと・・・、やっと・・・。」
「ねぇ、早く入りましょう。まだ入れないの?何故?湯が沸いてない?早くして頂戴、まちきれないのよ」
感涙に咽びながら喜ぶ伯爵と、入る準備を始めるて止められる夫人。
「キャー、お風呂よお風呂!感激!ああ、神様、私はなんて幸運に恵まれたのでしょうか・・・!!!!」
大喜びではしゃぎまわってたら、扉に足をぶつけて悶絶するペティ・・・。
仮設風呂、入ってましたよね?、まぁ、親子水入らずでゆっくり入ってくれ。
完成して数日で問題発生と言われた。
何かと思えば、メイド達が入ってるのを知らずに伯爵が入って行ったらしい・・・。
そんなの、入浴中の看板作るか、時間帯決めろよ!
そうそう、地下から汲み上げる仕組みだけど、湯舟から落としたお湯をろ過して、垢はスライムで処理、ろ過されたお湯は次のタンクに入り、空気圧で押し出されたお湯が上から出てくるという仕組みだ。
タンク内の水の量が減ると、フロートが下がり、パイプの途中に穴が開いていて、そこから余分な空気を抜く。
フロートが上に上がれば、穴は塞がり、空気が漏れなくなる。
パッキンは、カエルの皮だそうだ。
フロートはガラス製なので、重さもあるし、使い勝手がいいね。
ガラスは、透明度が低いので、窓ガラスとして使うには厳しいらしい。
透明なガラスを作るには、炭酸ナトリウム、石灰石、硫酸ナトリウムが必要で、この世界で作るには、技術的に難しいのかも知れない。
このフロートの仕組に興味を持ったのが、ドワーフの職人で、名前は、エリック・クラプトフ。
海外アーティストみたいな名前だが、身長以外は似てるかもしれない。
他のドワーフは、3頭身で髭もじゃだったが、目の前のドワーフは、5頭身マッチョで、無精ひげだ。
ギター持たせ・・・やめておこう。
工房で同じ様な模型を作ってあげた。
「面白い仕組だのう、この模型は貰ってもいいのか?」
『問題無いよ』
「礼は何がいい?、欲しい物があれば、作ってやるぞ?」
『鋼鉄製の玉が欲しい。』
「鍛冶屋にアニキがいるから、そっちに玉の素を作ってもらうか。」
『鍛冶屋とは別なのか。』
「当たり前ぇだろ、俺は大工もできる彫金師だからな、鍛冶師じゃねぇよ。」
『鍛冶師の名前は?』
「ジュリー・クラプトフだ。」
いちいち危ないんだけど。
『女みたいな名前だな。』
「女だからな。」
『アニキって言ったじゃん?』
「そう言わねぇと怒るんだから仕方ねぇだろ?」
女ドワーフって、ラノベでは、色んなパターンがあったからな、見るのが楽しみだな。
「で、幾つ必要なんだ?」
『100個くらい?』
「何で疑問形なんだよ!」
『作ったら、多分注文殺到するから。』
「何だと!?、そんなに凄い物なのか?」
『馬車には、必須だからな、欲しい奴は多いだろう。』
「おっし、アニキんとこ行くぞ!」
斜向かいの鍛冶工房に着いた、所要時間10秒だ。
「おうっ!アニキいるかー!」
「うるせぇな!、目の前に居んのが見えねぇのかよ!」
威勢のいいおば・・・お姉さん?、見た目は20代の女だが、筋肉質で髭は生えてない。
人間との違いは、耳の形と髪の毛か、剛毛で張りがあり、量が多そう、支え無しで燈篭鬢(江戸時代の女性の髪型)が結えそうだ。
まるで、ぶっとい注連縄の様にして、後ろに下げていて、結い紐を外したら爆発しそうなくらい、ぱつんぱつんに見える。
「何だ?、俺の髪に興味があんのか?、解いたら炉の火で燃えるから、纏めてんだよ。」
思った通り、爆発するらしい。
「で、何の用だ?」
「鋼鉄の玉の材料を作ってくれ。」
「ああ?、鋼鉄の玉だぁ?、んなもん何に使うんだよ!?」
「儲かるらしいぞ?」
「嘘つけ」
『職人なら、物を見てから判断しろよ。』
「ん?念話か?、お前か?、このちっこいのが念話したのか?」
「ふむ、判った。作ってやろう。」
素直に作ると言った姉に、エリックが驚いている。
「いつもは、捏ねまくるのに、素直になった!?」
「煩いねぇ!、俺より強ぇんだから仕方ねぇだろ!?」
「マジか・・・。」
「お前も、口には気を付けな!、怒らせたら捻り潰されちまうよ!」
『口調はそのままでいいよ?、しおらしいドワーフなんて、気持ち悪いから。』
「そりゃそうだな、すまないな、気を遣わせちまったね。」
『そんな事はどうでもいい、鍛冶屋に来たついでだ、もう一つ頼みたい事があるんだ。』
「どんな話だい?」
『板バネを作って欲しい』
「板バネ?、バネなら弟の方だよ。」
『もっと分厚いのが、欲しいんだよ。』
「詳しく聞いていいか?」
『板バネを作れば、馬車の乗り心地が良くなるんだよ。』
「さっきの玉と、関係があんのかい?」
『玉も、馬車の部品だよ。』
鋼鉄の玉は、ベアリング、板バネは、サスペンションだ。
ベアリングの方は、試作したのがあるので、見せた。
「これが売れるのか?、何かガタガタしてるんだが。」
『錬金術では、これが精一杯なんだよ。玉が丸く作れないから、あんたらに頼むんだ。』
「そうなのか?、この中の玉は、どうやって入れたんだ?」
『玉を偏らせるんだよ。外側の枠も、作れるなら作ってくれ。但し、板を丸める方法は駄目だぞ。』
「何でだ?」
『接合部分が滑らかにならないし、多分強度も低いだろ。納得できないなら、作ってみればいい。』
「よし、やってやろうじゃねぇか!。おいっ!フィリップ!、仕事だ!こっちに来い!」
奥から、もう一人のドワーフが出てきた。
旦那か?
「旦那じゃねぇぞ?、俺は俺より、鍛冶の腕が上じゃなきゃ、認めねぇよ。」
「誰がこんなバーサーカーなんぞ、好きになるんだよ!、願い下げだ!」
「んだとごらぁ!、ぶっ飛ばすぞてめぇ!」
『仲がいいな。』
「「「どこがだよっ!!」」」
試作品の完成まで、数日かかるらしいので、3日後に来る約束をして、帰った。
屋敷に戻る途中、アルティスはアーリアに、王都に帰る予定の日を聞いてみた。
『ペティが王都に帰るのは、いつ?』
『ペティ・・・、12月2の週の8日だよ。』
『という事は、馬車の改造は、すぐやらないと、試運転もできなくなるな。』
『試作品完成が4日だからね、あんまり時間が無いね。』
さて、暇ができたな。
『あるじー、王都に行くメンバーって決めてあるの?』
『騎士の方は、決まってるが、兵士はまだだな。』
『騎士ってもしかして、あの3人?』
『そうだが、問題でも?』
『うーん、問題あるような、無いような』
『どっち?』
『リズがちょっと、剣術に難ありかなーと』
『3人を特訓しよう。』
3人の3日間の特訓が決定した瞬間だった。
3日後に鍛冶屋に行ってみると、ベアリングの材料と睨めっこしているクラプトフ姉弟がいた。
「何をやっているのですか?」
「おう、来たか。作ったはいいんだけどよう、中にどうやって玉を入れるんだ?」
『玉は6個か、あるじ、2つの輪っかの小さい方を偏らせて、空いてるところに玉を全部置いて、置いたら嵌める、そして回す。』
アーリアが言われた通りに玉を入れ、内側の輪を玉を挟む様に戻し、内側の輪を持って回した。
玉が徐々に広がり、外側の輪が回り続けている。
「何で回り続けるんだ?、どうなってんだ?」
「凄ぇな・・・、これを馬車の車輪に付けるのか。確かに売れまくるだろうな。」
『板を丸めて作ったやつは?』
「こっちだよ、こっちにも玉をいれて・・・回す・・・、あれ?何かカタカタ言ってるな。」
『継ぎ目に、目に見えないくらいの段差があるんだろうね。』
「そういう事か。だけど、そっちの作り方だと、旋盤の滑りが・・・!?もしかして」
『このベアリングを旋盤に使えば解決だねぇ』
「こりゃぁ・・・大発明じゃねぇか!、おい!、この製法いくらで売るんだ!?」
『伯爵に協力してもらって、この街の特産にできたらいいよね?、何なら、初期投資してもいいくらいだよ?』
「つまり?」
『製法はただでいい、その代わりに、大至急8個作れ。今日中に』
「お安い御用さ!」
「おいおい、板バネもあるんだぞ?」
「そうだったね、こんなのでいいのか?」
『この厚さにしかできないの?』
「これ以上厚みがあると、殆どバネとしての意味が、無くなっちまうよ?」
『こんなの付ける馬車は、貴族用くらいだよ?』
「あぁ、そういう事か!、重いんだな?、箱馬車用って事だな!。」
「そうか、それならもっと厚みがあってもいいか。」
『もっと小さくてもいいんだけど、作ってみる?』
「小さいタイプのをかい?」
『40cmのを向かい合わせに組むんだよ。それを4つそれぞれの車輪に付ける。』
「それだとどう違うんだ?」
『下のバネが衝撃を受け止めて、上のバネが下のバネの衝撃を受け止める。』
「より揺れなくなるってぇ事か!、アニキ!やってみようぜ!」
「ちょっと待て、合わせる接合はどうするんだ?」
『蝶番にするんだよ』
「そうか!、それで破損を防ぐんだな!?」
ジュリーが箱の中から蝶番を出した。
「蝶番ってここに入ってる・・・これの事か?」
『それだな』
「これを両側に付けるのか。」
『後付けではなくて、端をその形にするんだよ。そうしないと、剥がれたら大惨事だ。』
「強度が足りないだろ?」
『3回巻けばいい』
「ふむふむ、厚みが出るから壊れにくいって事か。やってみよう。」
『どれくらいかかる?』
「急ぐのかい?」
『8日に王都へ出発する』
「急ぎだね!今日の夕方までには、終らせるよ!」
「ちょっと相談いいか?」
ディメンションホールからエメラルドの粒を50個出した。
『先立つ物なら、これを使って、金に換えてもいいし、彫金でアクセにして価値を上げてもいいぞ?』
「あんた、すげぇな。これもそうなんだが、騎士さんが着けてるあの髪飾りだけどよぅ」
『あれは、駄目だ。あるじの為に作ったやつだからな。売ったら国家予算が飛ぶ。』
「ははは・・・、だろうな。髪飾りじゃなくて、ブローチかネックレスにした方がいいぞ。」
『それじゃぁ、役に立たないんだよ。不意打ちに対応できなくなるからな。』
「じゃぁ、腕輪とかでいいんじゃねぇか?」
『あぁ、そっちの方がいいか。』
「掏られる心配が無くなるからな。」
『あるじ、ちょっと貸して』
アルティスは、髪飾りを腕輪に作り替えた。
『これでいいな。』
「俺も錬金術覚えようかな・・・。」
夕方、再度鍛冶屋に向かった。
『できてるかー?』
「おう!できたぞ!。いい感じになったぞ。」
クリプトフ弟が返事をした。
「凄いじゃないかあんた!、こんな凄い技術を教えてもらえるなんて、嬉しいよ!。次からは、あんたからの頼みなら、何でも協力するよ!」
『それは、よかった。伯爵邸から使いを寄越すから、伯爵の馬車を全部改造してくれ。費用は、伯爵から払ってもらうから、ちゃんと受け取れよ?』
「いいのかい?」
『飯のタネなんだから、当然だろ?、飢え死にしたいのなら、止めないが。』
「「したくねぇよ!」」
「ま、伯爵様のおかげで、クロムローチも大人しくなったし、後は材料さえ届けば、ガンガン作れるようになるな!」
『材料の在庫が無いのか?』
「あぁ、奴らのせいで、手に入らなくてな、もう殆ど残ってないのさ。」
『何が必要なんだ?、倉庫はどこだ?』
「まさか、持ってるなんて事は・・・」
『あるぞ、鉄、銅、クロム、錫、鉛、銀、金、タングステン、ミスリル、オリハルコン、アルミ、ニッケル、亜鉛、マグネシウム、プラチナ、チタンがあるぞ?』
「・・・オリハルコンまで持ってるなんて、とんでもないな。」
『少ないけどな。』
「鉄、クロム、銅、錫、アルミ、マグネシウムがあれば、十分だよ。」
『判った。鉄とクロムを多めにして、次いで、銅、錫、アルミ、マグネシウムでいいか?』
「あぁ、それで十分だよ。すまないね、材料まで貰っちまって。」
『余ってるからな、大丈夫だよ。』
倉庫一杯に入れておいたが、マグネシウムだけは、危険なので、鉄製の箱で、蓋に穴を開けて置いておいた。
屋敷まで戻り、伯爵に報告して、馬車の改造の手配を頼んでおいた。
「ちょっと聞きたいんだが、チタンって何だ?」
おっと、チタンを知らないとは、意外だな。
『鉄より軽くて硬い金属だよ。合金にしたら、強度も更に出るし、成形が大変かも知れないが、中々に使い勝手のいい金属だぞ。』
「実物は無いのかい?」
『これだ。』
出したのは、解体用に作ったナイフだ。
チタン合金製だが、軽くて硬くて疲れないのだ。
「本当に軽いねぇ!硬さも申し分ないし、こりゃぁ、シーフ系やハンターが持つナイフにしてやれば、売れるかも知れないねぇ!」
『レイピアやサーベルなんかに使ってもいいかもな。』
「まぁ、その辺はあんまり人気が無いんだけどな。」
という訳で、チタンも鉱石とインゴットを渡したよ。
合金を作る時の配合率も教えたけど、バナジウムは知らないらしいので、アルミと錫の配合を教えておいたよ。
夜、工房主達は酒場で話し合う。
「スゲェ奴と出会っちまったな。」
「ああ、アルティスさんはスゲェな。あんなに器の大きい方は初めてだよ。」
「フロートに始まり、ベアリングに板バネ、たったのこれだけを教わっただけで、工房の作業の半分が不要になったな。」
「あぁ、特に旋盤がブレなくなったのがデカい。」
「あれだけで、削り出しも成形もすんげぇ楽になったからな!ガッハッハ」
「しかも、原料まであんなに置いて行ってくれるたぁ、驚いたぜ。」
「あんな事されたら、モコスタビアに骨をうずめなきゃなんねぇな!」
「俺は初めからそのつもりだったぞ?」
「何言ってんだよアニキ!少し前まで、ナットゥ行くとか言ってたじゃねぇかよ!」
「あれは、材料が手に入らねぇから、一時的に行こうかと、検討しただけだよ!」
「俺の言う通り、行かなくて正解だったろ?」
「ああ!正解だったな!感謝してやるから、エールを驕れ!」
「ああ!?感謝してんなら、アニキが驕れよ!」
「ケチケチすんなよ!命をたすけてやっただろうが!」
今夜も、ドワーフの賑やかな声が、酒場に響いていく。
王都に向けて発つ日まで後3日、迅速な執事のおかげか、馬車の改造も終わり、ベアリングと板バネ装備の4輪独立懸架方式となった。
これ、王族の馬車よりも豪華になった気がする。
試し乗りとして敷地内をグルグル回ってみた結果、多少の凸凹は見事に吸収し、中でお茶が飲めるまでになった。
「素晴らしい乗り心地でございます。」
「殆ど揺れを感じませんね。」
ベアリングが装備されていると、下り坂でのブレーキ操作が重要となってきたが、今までの革を使ったブレーキでは、耐久性に問題が生じ始め、色々試した結果、ペルグランデスースという魔獣の革が、排熱性と耐久性に優れ、効き過ぎず程よく滑る為、採用された。
元々は手で操作する物がついていたが、手動では制動力が弱い為、フットブレーキとサイドブレーキも装備した。
フットブレーキは、梃子の原理で圧力が増す様にしてあるが、サイドブレーキも併用できるようにしてみた。
長い下り坂では、サイドブレーキを少し引くと、軽くブレーキがかかる様にしてある。
但し、連続使用は禁物だ、燃えるからな。
金属部品が大量に増えたが、鉄パイプとアルミ合金を多用した為、全く問題ないレベルに納まった。
あとはぬかるみに入ると沈みやすくなったが、元々車輪が細いので、大した抵抗にはならなかった。
沼地の様な深い場所はムリだが、それはどの馬車も同じ事なので、考慮してない。
そもそも、そんな所にペティを連れて行く意味も無いしね。