第37話 領主会議と復興支援
エキシビジョンマッチが終わり、混成軍が行進して戻ろうとした時に、一部の貴族がエルフに馬鹿な事を言った為、返り討ちに遭い運ばれてきた。
「おい!馬鹿なエルフ共に罰を与えろ!私を傷つけたんだぞ!?」
『最初に行ってある筈だが?馬鹿な事を言う貴族には、攻撃していいと言ってあるってな?もう忘れちゃったのか。耄碌するの早いな。貴様の成績は・・・足し算しか正解が無いとか、馬鹿だな。しかも、領の運営については、空白?文章の理解ができなかったのか?』
「ペンのインクが出なかったんだ!」
『試し書きもしてないのに?書こうとした形跡すら無いな。来た時に渡したこの書類に、何が書いてあるか言ってみろ。』
「・・・」
『お前、もしかして文字が読めない?まさか、本当に読めないのかよ。ディスレクシアなのか、単に覚えてないだけなのかは判らないが、良くそれで貴族なんてやっていられたな。』
「わ、私だって、勉強したんだ!でも、覚えられないんだよ!意味が理解できないんだよ!」
『[アナリシス]』
『ふむ、脳に異常がある訳では無いのか。精神的な問題だな。いや、あるな。カビの胞子か。』
この世界にも、色々な病気がある。
その中でも奇病と言われる中で、一番奇妙な病気が、カビによる脳への寄生だ。
アルティスは、そのカビの病気を、ブレインモルト症候群と命名した。
そのカビは、宿主が死ぬと成長を始め、頭蓋を割って外に出てきて、胞子を飛ばすのだ。
見つけたら燃やすのが普通ではあるが、胞子を飛ばし始めた時点で、近くに居る人間は、ほぼ感染していると言っていい程に、強い感染力を持っているのだ。
そのカビは、人が死んだ時に発症する事から、殆ど警戒されずに、放置される事が多い為、感染者が多かったりする。
胞子は脳に入り潜伏する訳だが、潜伏場所に依っては、障害や死を齎す原因になるのだ。
寄生された人が生きている間は、菌糸を伸ばす事も無く、胞子のまま存在をしているが、取り除くことができない。
取り除くことができれば、障害を無くすこともできるのだ。
防疫なんて概念が無いこの世界には、布で胞子や菌が防げると信じている者が、大多数を占めているため、過去には、このカビを研究しようとした者が、突然狂い始めるなんて事もあったようだ。
今回は、頭のおかしい伯爵の解析をした結果、その胞子が、脳の中に存在している事を発見した為、それが原因かどうか判らないが、排除してみる事にした。
『[アポート][ターゲット・モルト・イラディケーション]』
「な、何を・・・」
『読めるか?』
「よ、読める!?読める様になってる!!あ、あああ、ああああああああああ!」
突然泣き出した伯爵。
アルティスが発動した魔法は、原因となるカビの胞子を取り出し、取り出した胞子を対象として、効果範囲内の胞子だけを死滅させるものだ。
この魔法は、範囲を500m広げると、消費MPが3倍増になるので、広範囲に放つ場合は、気を付けなければ、アルティスでさえ、MPが枯渇する恐れがあるのだ。
今回は、半径100m以内だけを範囲としたが、それでもMPが15000かかる。
つまり、王都全域をカバーするには、半径10kmを対象としなければならず、確実にMPが枯渇する。
死んじゃうよ。
女王の錫杖により、王城の蓄積MPを全部使っても足りない。
王城に貯められる総MP量は、500万なのだ。
王城の敷地の直径は1kmで、王城だけなら直径100mなので、王城内には効果があった為か、劇的な変化が生じた様だ。
今まで、数字を理解できても、計算ができなかった者、感情を読み取る事ができなかった者、すぐに変な所のスイッチが入ってしまう者などの異常が、消えたのだ。
領主では無いが、王都に住んでいる貴族達の中にも、仲の良い領主が来る事から、王城に居た為に変化が起きていて、今までの愚行を思い出して、頭を抱えていた。
殆どの貴族たちは、それぞれに女王陛下に謝罪をし、アルティスに対しての忠誠を神に誓った。
あまりにも劇的な改善が認められたため、王都の歓楽街でも試してみる事にした。
今回の効果範囲は、半径1km以内で、消費MPは4万5000。
アルティスのMPの約2割を使った。
夜の歓楽街には、冒険者の他にも、一般労働者や盗賊ギルド員などが、多く集まり、賑わいをみせている為、まとめて死滅させるには、もってこいの場所である。
また、範囲内には、冒険者ギルドや、冒険者の定宿も多数存在している為、トラブルを引き起こす代名詞とも言える冒険者達に、どの様な変化が起こるのか、楽しみでもある。
『[ターゲット・モルト・イラディケーション]』
発動直後に、街が静まり返ったが、次の瞬間には、大騒ぎになった。
叫び始める者、泣き始める者、放心状態になる者、倒れて動かなくなる者と様々だ。
この内、倒れて動かなくなった者を調べてみると、脳内がスカスカのスポンジ状になっていて、死んでいた。
大量の胞子が脳内にあって、それが一気に無くなった為に、胞子が溜まっていた所に空洞ができてしまったのだろう。
暗部の調査によると、路地裏には、頭蓋が外れた死体が複数あり、常に胞子が供給されていた可能性がある様だ。
王都の地図に、今回と前回の効果範囲を書き込み、魔道具で代用できないか検討してみる事にした。
夕食後に試作品を作り、効果範囲を限定的にすると、長期間持続できる事が判った為、暗部を使って、王都の外壁の門と市場周辺、貴族街入り口、歓楽街入り口、噴水のある広場、冒険者ギルドの上、商人ギルドの上、大聖堂の入り口、裏路地の交差点等に、夜の内に設置した。
もちろん、王都内の各孤児院にも設置してある。
隙間なく設置するのではなく、要所要所に設置する事で、移動している内に範囲内を通過するのだ。
たとえ、どこかで吸い込んだとしても、王都内を歩き回れば、どこかで通過して、胞子を消し去るという事だ。
ついでに、微弱な回復魔法も各所に設置してあって、胞子が抜けた穴を塞いでいる。
夜中に色々やって疲れたので、いつもより、少し早めに寝た。
翌朝、昨日とは打って変わって、晴れ晴れしい顔をした貴族たちが、王城内の庭園に散歩に来ていた。
地下牢に入れていた連中を見に行くと、立ちション貴族のドーイー・テンダーは死亡しており、魔族に武器を供与した馬鹿のビットレイド・コックブレインは、自害していた。
大馬鹿貴族は、軒並み放心状態というか、何というか、涎を垂らして虚空を見つめている。
調べるが、全員スポンジ状態だった。
試しに[治療術]を使用してみるが、変化は無かった。
脳神経が、一旦途切れてしまった以上、記憶も経験も、何も無くなってしまうのだろう。
一時的な記憶喪失みたいに、復活するかもしれないので、一応ポーションを飲ませて、放置しておく。
今日は、会議の日だ。
朝食の後、1時間待ってから、議場に集まった。
昨日と同じ用紙を配り、テストを受けさせたが、昨日とは全く違う結果になった。
9割以上のテスト結果が、優秀と言える程の結果となり、数名だけは変わらずの点数だった。
変化が無かったのは、クズ領主として有名だった領の2代目達で、本当に、全くと言っていいほどに、勉強をして来なかった連中だ。
テストの結果が良好だった為、当初の一代限りの新制度を、やめようと言う話もあったが、結局は推し進める事となった。
何故なら、早々に代替わりをした連中をみれば、理由は一目瞭然というものだ。
今まで馬鹿領主だった者達の息子が、いきなり頭が良くなる訳が無いのだ。
中には、アンセアリス兄妹の様に、父親を反面教師として、自分達を律した若者もいるだろうが、そんなのは一部だけだ。
現状、殆どの領では、税率が50%を上回っており、領民たちは働いても食えない事に不満を抱いている事だろう。
税率が一番安い領でも30%で、ギリギリではあるが、食料が買えて、少しばかりの衣服も買える。
だが、贅沢はできず、休むことも無く、毎日せっせと働いているのだ。
日本の様に、電気代やら、水道代が掛かる事は無いが、薪代はかかる。
パンを焼くにも、スープを作るにも、薪は必要なのだ。
また、衣服は、大量には持てず、新品はオーダーメイドで、高額。
庶民は中古の古着を買うのだが、安い物は大抵、安くなる前に、数人の服として着られていて、ほつれやシミは当たり前で、同じ服を毎日着ている状態だ。
これが何を意味するかと言うと、服飾関係の職業が、全く発展しないのだ。
新しく服を作っても、買う人が居なければ、破産してしまう。
新品の服を買うのは誰かと言えば、貴族の屋敷にいる使用人や兵士の家族、それと商人達なのだが、貴族だけが贅をむさぼり、真面な給金を支払わずにいる為、貴族の子飼いであっても、新品など買えなくなってしまうのだ。
裁縫など、針をチクチクできれば、誰でも作れるかと言えば、答えはノーだ。
修繕をするのと、新品を作るのでは、全く違うので、お針子がたくさんいても、貫頭衣に毛が生えた程度の物しか作れないのだ。
他にも、農家などは、収穫の半分を持って行かれてしまう為、残り半分を高く売らなければ、薪や衣服、塩など、生活必需品を買う事ができなくなってしまうのだ。
食料が高騰すれば、当然他の物も値上がりする訳で、農家は更に値上げをせざるを得ないという訳だ。
しかし、そうやって稼いだお金も、税金に半分取られて、結局減ってしまい、食料すら買えないという状況だ。
そのせいで、農民をやる領民が減って行き、食糧自給率が、著しく低い領までが出てきている始末だ。
領内の殆どが、平地であるにも関わらずだ。
しかも、領主が食糧が足りていない事を隠しているのだ。
領民を家畜化何かだと思っているかの様な、酷い対応ばかりが目立つ為、貴族の意識改革を進めなければ、その内にこの国は、本当の意味で、滅んでしまう。
例え、今までカビのせいで、頭が少しおかしくなっていたとしても、今の状態は酷過ぎるのだ。
こんな状態は、貴族は特権階級であるという意識が、根底にあって、民の命を軽んじる傾向があるからだ。
全く、口先ばっかのどっかの国の政治家と一緒だな!
『では、領主会議を始める。まずは、女王陛下のお言葉から。』
「領主の皆よ、昨日は目まぐるしく、色々な事があったとは思うが、本日の会議でもこれからの王国再建の為に、新しい制度を導入する事となる。今までの自分達の行いや、情勢を鑑みれば、大体の予想はつくだろう。だが、先代の王の時代の様な、堕落した時代は終わったのだ。我々は変わらなければならない。今日の会議の内容には、ショックを受けるかも知れないが、新しい王国を作る為にも協力を願いたい。以上だ。」
ザワザワ
『静粛に。憶測を今やっても意味は無い。今回、全領主を集めたのには、理由がある。それは、貴族制度の改革を行うからだ。貴族と言う地位に溺れ、地位を追われないという危機感の無さが、悪魔や魔族の甘言を齎し、隙を見せてしまったが為に、口車に乗せられる羽目になったのだ。そこで、弛んだ心を引き締め直す為に、貴族制度そのものを改革する事にした。』
シーン
『まずは、世襲制の廃止。貴族の子は貴族という間違った認識が成り立つ現在、各地で子女による横暴、略奪、権力の乱用が見受けられる。だが、貴族の子は貴族候補であり、貴族そのものではない。つまり、本来、権力を持たない子女が、権力を振りかざして好き放題やっている。これは、貴族制度自体を揺るがす問題であり、国としては、貴族子女の権力行使を認めない。』
『結論としては、貴族は、毎年試験を行い、不合格者には、騎士爵への降格。合格者には一つ上に陞爵させる事とする。但し、公爵位は王の即位後1年間のみとし、翌年には、準男爵へ降格。試験不合格の場合は、騎士爵まで下がる事とする。例外としては、次期王太子、又は王太女の育成の為に、王から代理を依頼された場合は、王の代理として、一部の権力を除き、認める事とする。』
『ここ迄で、何か質問はあるか?』
「はい!」
『発言をどうぞ。』
「貴族の降格についてですが、侯爵や伯爵であっても、不合格になれば、騎士爵まで一気に落ちるという事ですか?」
『その通りです。昇るに難く落ちるに易し。貴族という地位は、贅沢をする為の地位では無い。領や国を運営するという、重責を担っているから、国から大金を貰えるのである。国から支払われた金は、全てが給金という訳では無く、一部が貴族の給金であり、大半は領の運営資金である。』
『また、領内で民衆から徴収した税金の一部は、国へ治めなければならないのは、理解していると思うが、殆ど支払われていない。税を国に収めた残りの金額は、領内の運営資金として、運用されるべきものであるが、貴族が贅を尽くす為に使われているのが殆どである。このままでは、領民は疲弊し、国は弱体化するばかりで、魔王軍に勝てずに、蹂躙されてしまうであろう。』
『先程行った試験でも、未だに税率を上げれば、税収が上がるなどと、馬鹿な事を書いた者が複数いる。現状の領内の様子を見る事も無く、無駄遣いばかりしていた証拠だ。税金を作り出すのは、領民だ。その領民が減れば、当然税収は減る一方だ。そこで税率をあげれば、領民は食べる事もままならず、更に疲弊し、死んでいく。お先真っ暗なのは理解できるか?』
コクコク
殆どの領主が頷いているのに対して、首を傾げている3バカトリオがいる。
その内の一人は、船の上でエルフを寄越せと煩かった、ラシビアス家だ。
アスホールでは無い様だが・・・。
『そこの3バカトリオ、首を傾げている様だが、何が判らないんだ?』
「3バカとは何だ!?、貴様のせいで兄は両腕を失ったんだぞ!!」
『あぁ、船室に行くときに腕をぶった切られたのは、ケツの穴子爵だったのか。誘拐未遂犯の処遇としては、最善だな。』
「け、ケツの穴だと!?、我が領軍で成敗してやる!!」
『お前の名は?ビーンズボールか?』
どっ!ワッハッハッハッハッハッハッハ
「ふざけるな!、私の名はアノホール・ラシビアスだ!!」
『あの穴?お前の名付け親は、ジョークが上手いな。』
どっ!アッハッハッハッハッハッハッハ
『衛兵、3人共牢にぶち込め。足し算もできない馬鹿に、任せる領は無い。それと、ラシビアスは反逆罪だ。』
『ラシビアス領の隣は、グレートジョイ領か。併合しろ。イーニス・グレートジョイできるな?』
「はっ!お任せ下さい!」
『あの3バカの領は一つ飛びで並んでいるのか。ではその隣のユースレス領をマーティン領に併合しろ。ストゥーピッド領は、オーネスト領に併合だ。ラシビアスもユースレスも、ストゥーピッドも名前を残さないでいいからな?それぞれ、わいせつな、役立たず、愚鈍という意味だから、住んでる奴が可哀想だ。』
「「「畏まりました。」」」
『広くなると同時に、お荷物領を抱える事になるが、騎士団から指導役を一人ずつ送ってやる。ビシバシ訓練してもらえ。特に魔の森南端に接している分、戦力は無いと困るからな。』
「「「ありがとうございます。」」」
『さて、話が逸れてすまなかった。話の続きだ。次に、平民の登用についてだ。貴族を1年でやめる所も出てくるだろうから、平民にも試験を受けてもらい、有能な奴はどんどん登用する。各領も平民から会計又は、補佐を登用してもいいぞ。頭のいい奴は、下衆じゃないなら、居ても困らないからな。寧ろ、蹴落とされる可能性もあるが、そこは、努力次第で何とかしてくれ。』
「質問よろしいでしょうか?」
『発言をどうぞ』
「我々も努力次第では、宰相を目指せるという事でしょうか?」
『目指していいぞ?寧ろ、早く私を引き摺り降ろしてくれ。忙しくて死にそうだよ。』
どっ!ワッハッハッハッハッハッハッハ
『但し、宰相になる為には、経営戦略を練られる程の実力が無ければ駄目だ。試験項目は、貴族になる時よりも当然多くなる。その他の大臣についても、財務大臣と外務大臣だな。頭脳明晰であれば、成れるチャンスはある。そこの二人が財務大臣と外務大臣だが、たったの2週間で、げっそりとしてきた様だ。そんなに仕事あったか?』
「アルティス様がどんどん増やしてくださるので、休む暇がありません。」
「私も、今まで外交などした事も無かったのに、マルグリッド王国との折衝が増えまして、覚える事が多くて、疲れが溜まって来たようです。」
『と、まぁこんな感じだ。今まで暇してた分、急に忙しくなって疲れたんだろう。外交の事は、後で聞く事にしよう。』
『他、質問はいいか?』
「はい、質問があります。」
『どうぞ』
「平民の登用の件ですが、平民も、試験に合格すれば、貴族になれるという事でしょうか?」
『なれます。その為の試験で、現役貴族の降格なのだからな。』
「その場合、いきなり領主になる可能性もあり得るという事ですか?」
『空きがあればなれる。空きが無い場合は、官吏として使うかも知れないな。今、領主が居ないのは、コックブレインとバウンドパイクだ。』
「バウンドパイク!?侯爵はどうなさったのですか?」
『領主の館にいるぞ?牢屋の中だがな。悪魔の召喚に手を貸し、ゴロツキを使って領民を悪魔召喚の生贄に使っていた。終いには、カレースパンを魔王軍に占領されていたな。それと、領民の蜂起もあった。港町だから、気が荒い領民が多いのも原因ではあるが、そもそも、執事が悪魔だったからな。』
ザワザワ
「侯爵様も、カビにやられているのかも知れないのでは無いですか?」
『可能性はあるが、領兵をゴロツキで固める程だぞ?そこまでの事をやるには、カビだけでは説明が付かないな。』
「悪魔に洗脳されていたのでは?」
『されてはいたが、解除しても変化は見られなかった。』
「バウンドパイク侯爵様は、私の恩人なので、信じられません。」
『恩人ねぇ、貴殿は、最近記憶が途切れたりはしていないか?』
「何故それを!?」
『その首に下げているネックレスだが、闇魔法が使われているな。貴殿は魔力障害を患っているのか?魔力障害とは、強い魔力に晒されないと、発症しないという事は知っているな?どこかで、強い魔力に晒された経験でもあるのか?』
「子供の頃に、侯爵様とダンジョンに行きまして、そこで強い魔力に当たりました。」
『それは、マッチポンプというんだよ。貴殿が子供の頃というのは、30年ほど前の事かな?侯爵が貴殿を魔力障害になる様に仕向け、そのネックレスを渡した。その時に、高名な魔術師に作らせたとか言ってたんだろ?その魔術師が執事の事だな。』
「その悪魔の名前は?」
『何故その悪魔に名前がある事を知っている?』
「!?」
『私に言わせたいのだろうが、そうはいかない。まぁ、あの程度の悪魔如きには負ける事は無いが、周りの者を巻き込むからな。ワラビ、頼む。』
「[セイクリッドレーザー]」
バリーン!
「ぐあぁぁぁ」
ワラビの神聖魔法で、ネックレスを破壊したが、貴族が苦しみだした。
アルティスは、苦しむ貴族の席に飛び乗り、治療を開始した。
『[アナライズ][治療術]』
解析の結果では、体外のマナを集める、魔力器官という臓器の吸収機能が暴走している為に、魔力を際限なく吸収してしまい、MPを最大値以上に貯めてしまう様だ。
簡単に言えば、しゃっくりが止まらない状態と言える。
「[セイクリッドフィールド]」
何かを感じ取ったワラビが、神聖領域を発動すると、急激に暴走状態が治まって行き、落ち着いた。
『ワラビ、これを着けてやってくれ。』
「畏まりました。」
「ワラビって、ワラビ・ライスケーキ様ですか!?」
『そうだよ。いつもは、大聖堂にいるんだが、今日はこっちに来てもらったんだよ。』
「聖女様だ!」
「何故聖女様がこの国にいらっしゃるのですか?」
『神聖王国が滅んだからだ。』
ええええええー!?
「そ、それは、アルティス様がやられたのですか?」
『あぁ、教皇も枢機卿も、大司祭も悪魔だったからな。ワラビは、数年前に気が付いて出奔したんだよ。神聖王国が、子供を買っていたのは、食らう為だったんだよ。現に、神聖王国王都の大聖堂には、数多の骨が、うず高く積まれていた。子供を生きたまま、食らっていたのを見たしな。』
「しかし、私は昨年大聖堂に行っておりますが、その様な事はありませんでしたぞ?」
『それは、幻影魔法で見えなくしていたんだよ。臣民も騙されていたしな。教皇はリッチになりかけていたよ。』
「リッチ!?」
『何故神に仕える者が、悪魔なんぞに魅入られたのかは知らないが、教皇は、生に固執し過ぎて、悪魔の甘言に乗ったんだろうな。』
『そこでだ、貴族には、貴族院証というバッジを着けてもらう。これは、魔力鉱石を使用している為、とても高価な物だ。売却したら反逆罪に問う。持ってない奴は貴族とは認めない。偽物を作ってもすぐ判る様になっているから、売り払ったらバレバレだからな。判ってて購入した者も罰する。お前達がつけて歩くだけで、カビが消えるし、精神魔法耐性と闇魔法耐性も付いている。価値としては、国宝レベルだ。これは貸し出す。貴族じゃなくなったら、返却してもらう。無くした場合は、弁償してもらうからな。』
『詳しく説明しよう。その貴族院証は、本人以外は着けてはならない。貴族本人が一任しても駄目だ。死んでも手放すな。子供の悪戯で子供が付けてしまった場合は、貴族位をはく奪する。平民に真っ逆さまだ。あずかり知らぬ所で、他人が身に着けた場合は、禁固1年当然貴族位は、はく奪する。相手が家族でも駄目だ。嫁がどうこう言おうが、絶対に渡すな。』
「スリにあった場合は?」
『隣の奴のを取ってみろ。』
「これを・・・取れませんね。着けて居れば取られないから、着けていない時に、気を付けろという事ですか?」
『そうではない。外している時に他人が触ると、ライトニングが発動する。抵抗力の無い子供なら、即死だ。危ないと思うかも知れないが、例え顔が溶けていても、この証が着いていれば、本人だと判るのと、盗まれて悪用されない為の措置だ。逆に、何ものかに拉致された場合、この証を渡してしまえば、相手は感電して、暫らく動けなくなる。』
「外せないのでは?」
『外れろと思えば外れる。試すと感電するぞ?』
「あわわわわ、そうだった。」
『手で触らずに持ち去った場合、50m離れると勝手に戻って来るが、ディメンションホールや、マジックバッグに入れられた場合は、そこから出るまで発動しない。出す時に触れば感電、触らなくても出した瞬間にその場から消えるから、盗むだけ無駄ではあるがな。盗んだ奴は死罪だ。』
『身に着けている時に、何らかの理由で貴族位を外された場合、遠隔で付与魔法全てが消去される。ライトニング以外な。そして、10分以内にこちらに戻される。故意に阻止した場合は、処罰の対象となるので、注意したまえ。』
「あの、質問です。」
『どうぞ。』
「あ、バッジの件は理解しましたのでいいのですが、爵位の件でよろしいでしょうか?」
『問題無い。』
「貴族の陞爵の条件は、試験合格のみでしょうか?」
『あぁ、説明して無かったな。陞爵の条件は、試験だけではなく、王国に対して、多大なる貢献をしたと陛下が認めた場合と、増税以外での納税額が、ある一定の基準を越えた場合だ。額は言えない。貴殿らの仕事は、領内の安定化と発展だ。例えば、領内で金鉱山を発見した場合、領の経済は良くなるだろう?だが、それにより領内が発展せず、掘って金は増えるが領が豊かにならないのであれば、それは国への貢献とはならない。金鉱山が無くなっても、経済が持続する様にする事こそが、本当の貢献となる。』
『発展する手段は、犯罪に関わる事以外なら、何でもいいが、少しでも犯罪が絡んでいた場合は、貢献とは認めない。貴殿らが、厳しく取り締まれ。』
『それと、商売の許可だ。今までの貴族法では、貴族自身の経営する、商売を認めていなかったが、認める事となる。』
『但し、逆に貴族特権を廃止する。特権として認められるのは、門の出入りくらいだ。商売事に貴族の話を持ち出すな。初期資金についても、個人資産で始める分には構わないが、領の資金を銅貨1枚でも使用した場合は、爵位のはく奪だ。』
『つまり、会計書類は、厳密に管理しなくては、商売など始められないという事だ。個人資産と領の資金を明確に分けて管理しろ。』
『それと、毎年行われる試験への代理人の利用は禁止だ。領主本人の能力を問う試験だからな。他人の力で受かっても意味が無い。変装の魔道具を使ってもバレるから、無理だ。ちゃんとしっかり勉強をして、身に着ける事。今回のテストも、身代わりを寄越した者が3名程居たが、そいつらは地下牢に放り込んである。』
『今の貴族位は1年後、再来年の1月初旬に第一回目の試験を執り行う。試験内容は、今回の問題よりも難しい内容と戦闘術だ。戦闘は、最大5人まで参加を認めるが、現在レベルの戦闘力では、不合格だ。エキシビジョンマッチで見せた騎士レベルまでは要求しないが、オーク程度は、容易く討伐できるレベルまでが、必須だと思え。』
「はい!質問です!」
『どうぞ。』
「騎士の方に、ご指導いただく事は可能でしょうか?」
『可能だ。だが、王都の守りを、疎かにする訳にはいかないのと、騎士の数がそれ程多くない為、全ての領に派遣する事は難しい。だから、指導は1週間集中的に指導する。それ以降は、自主的に訓練に励む様に領主自らが指導しろ。』
『これは、兵士がいくら強くても、領主が兵士の信頼を勝ち得て居なければ、何の役にも立たないからだ。金で釣るのも駄目だ。士気を上げろ。兵士には士気が無ければ動かない。士気とは、兵士を動かす力だ。原動力だ。士気が高ければ、命がけで守ってくれる様にもなる。』
『兵士の力を信頼し、兵士は貴族の力を信頼する。それが無ければ、兵士は命がけで戦ったりはしない。兵士が自惚れていると感じた場合は、遠慮なく相談しろ。伸びきった鼻っ柱をへし折ってやる。』
「質問です!」
『どうぞ。』
「兵士が自惚れているというのは、どの様な場合でしょうか?」
『そうだな、例えば、魔王軍なんかちょろいから、簡単に倒せますよ!とか言ってる奴だな。戦った事も、見た事も無い相手を、侮っている奴がそれに該当する。相手の力量も測れない奴に多いな。』
『ある程度実力が備わってくると、見ただけで自分より強いか、弱いかが判断できるようになる。その状態になったら、一般に強いとされる魔獣を相手にしてみるといいだろう。』
『但し、冒険者ランクを参考にして、Eランクの敵を倒せる様になったら、Dランクの敵を倒しに行く、Dランクの敵を倒せたら、Cランクの敵と言う様に、段階を踏ませろ。そうしないと、折角育て上げた兵士が死ぬ事になる。』
『死んだら生き返らないからな。また一からやり直しだ。自惚れが過ぎる奴と、大言壮語が過ぎる奴が、隊長をやっている場合は、解任するのがお勧めだ。』
「そういう人を解任すると、恨まれるのでは?」
『それを納得させるのは、大将である貴殿らの仕事では?』
「・・・そう、ですね。でも、我々が強くなっては、守らなくなるのでは無いですか?」
『忠誠を尽くす相手は、何も自分より強い相手だけでは無いだろ?現に、私に忠誠を誓う者達は、私の強さだけに忠誠を誓っている訳では無い。私よりも弱い部下はたくさんいるが、体を張って守ってくれるぞ?』
「コツとかありますか?」
『信頼。それだけで十分だな。黙っているだけでは、伝わらないから、言葉にするのも重要だがな。』
「アルティス様、それだけではありませんよ?」
『何だ?カレン珍しいな。』
「私は、アルティス様の理念と、私に対する愛情を感じた為に忠誠を誓いました。」
「あ、愛情!?」
「アルティス様は、我々を仲間と言い、絶対に死なせないと言ってくださいました。我々は騎士としての誇りを胸に、戦いに身を置いていますが、何とも思わない相手を、命がけで守るのは難しい事なのです。もちろんアルティス様の命令とあれば、命がけで命令を死守しますが、それは、万が一があっても、アルティス様なら助けてくれると信じているからでもあります。」
『改めて言われると、照れるな。』
「うーん、難しいですね・・・」
『まぁ、自分が、他人を信用する時の条件が何かを考えれば、判るんじゃないか?』
「他人を信用する、ですか。他人を信用した事が無いですね。」
『お前、それは、友達がいないと言ってる事と同じだぞ?』
「あー・・・そうかも知れませんね。」
『自分の妻も信用していないのか?』
「私、数年前に離縁しまして・・・」
『そうか、疑心暗鬼になってるんだな。じゃぁ次回の試験は多分無理そうだな。』
「ぐっ、ゲホゲホゲホ、そんなこと言わないで下さいよ。」
『だって、他人を信用できないって事は、会計も任せられないって事だろ?いつ勉強するんだ?一人で全部なんてできないぞ?』
「何とか頑張ります。」
大した混乱も無く、会議は終了した。
反発も予想していたのだが、特に反発される事も無かった。
昼食では、食事の味について、色々聞かれたが、狼人族を派遣して、メイド達に料理法を教えるという事で納得してもらった。
まぁ、出汁の美味さを知ってしまったからには、もう以前の料理には戻れまい。
狼人族を派遣するにあたって、条件を付けた。
それは、平民にも伝える事だ。
それと、600人の子供達をそれぞれの領に戻さなければならない。
『サンダルーン伯爵、ちょっと話がある。』
「は、はい。こ、子供達の件でしょうか?」
『そうだ。600人も居て困っているんだが、全てお前の領の者か?』
「いえ、ドラムカーン領の子供もいる筈です。」
『ドラムカーン領?魔王軍に相当遣られたって聞いているが?孤児か?』
「私の領に難民として入ってきました。親を殺されたか、途中で逸れたらしく、こちらにも食料に余裕がありませんし、どうにもならなかったのです。」
『コルスー』
『ドラムカーン領は、酷い状況ですね。領都は無事ですが、領都の周辺には、難民が溢れています。』
『そうか、支援の申し出が無いのが不思議だな。』
『来てないのでは無いですか?』
『居た筈だ・・・あぁ、あの子供か。と言っても成人はしていたな。領主の行方は判らないのか?』
『いえ、戦死しています。最初の王都攻撃の際に。』
『戦ったのか?』
『逃げてる途中で捕まって、命乞いをしたら殺された様です。』
『そうか。判った。ありがとう。』
『とりあえず、サンダルーン伯爵は、子供達に謝れ。詫びろ。それで許してもらえるか判らんが、人身売買に手を出した事には、変わりは無いからな。』
「し、しかし、我々も苦肉の策として決断したまでです。我が領の食料にも限界はあります。」
『それが何故、子供を売ると言う結論に達するのか、意味が判らないな。国に対して、救援要請もしていないじゃ無いか。今もまだ難民がいるんだろ?』
「その政策を執ったのは父でした。私ではありません。」
『父の政策?先代の領主か?自分では無いから、自分には責任が無い、そう言いたいのか?。それは違うぞ。先代の領主という事は、現領主では無いよな?許可は誰が出したんだ?』
「父が勝手にその様な命令を出して、手続きをしました。」
『では、その父は、立派な犯罪者だな。捕らえたのか?捕らえてないのか?。領主の責任とは、そういうものだ。例え、父親であろうと、犯罪者を野放しにするのは、間違っている。』
コルスからの補足情報が届いた。
『サンダルーンの先代は、数年前に死去しています。』
『数年前に逝去したはずの父親が、何故命令を出せるのだ?』
「!?」
『ドラムカーンこっちに来てくれ。』
「はっ!、お初にお目にかかります。ジャム・ドラムカーンと申します。父が逃亡先で亡くなった為、代理領主として参上いたしました。」
『ドラムカーン領は殆どを蹂躙されて、住民が居ないと聞くが、現在はどうなのだ?』
「はい、今回は、我が領には来ていない様で、被害はありませんでした。難民として、サンダルーン領に逃げていた領民も、殆どが戻ってきており、領内の再建の為に動いております。ただ・・・、子供達が帰ってきておりません。親達も心配しております故、何とか探す方法を模索している所でございます。」
『サンダルーンが売りに出してしまったからな。』
「な!?それは本当ですか!!サンダルーン!貴様ぁ!我が領民を売りに出すとは!!」
ドラムカーンが剣を抜いた。
「お、お助け下さい!わ、わた、私も必死だったのだ!」
『サンダルーン、貴様には、助かる方法は無い。ここで潔く斬られるか、後で斬首刑に処されるか。そのどちらかしか、選べないな。』
「し、試験は、ご、合格だった筈ですが!!」
『答えは合っているが、お前の回答には、途中式が抜けているんだよ。そして、この下をチラチラと見る仕草、左手が机の下に隠れている事から、何かを見て書いているよな?』
「そ、それは、暗算で計算できるのです!」
『そうか、では135かける16は?』
「うぐっ・・・」
『暗算ができていないようだが?カレン、こいつの服を開け。』
「はっ!」
服の下には、計算の答えと思しき、数字が表示された魔道具があった。
だが、最大2000までしか表示できない様で、2000になっている。
「に、2000でございます。」
『残念、2160だ。魔道具に頼っていたなんてな。ドラムカーン、斬っていいぞ。こいつは駄目だ。反省も無いし、嘘つきだ。領主としての、才覚に欠ける。』
「くそぉ!」
アルティスに飛びかかろうとしたが、何かに阻まれた様に止まった。
横では、カレンが、いつでも剣を抜ける体制をとっている。
「サンダルーン覚悟!やあぁ!!」
ズバッ
『カレン、証を回収してくれ。ドラムカーンよ、今日よりドラムカーン領は、サンダルーン領を併合し、統治せよ。王都からは、復興の手伝いとして、新兵50名を派遣する。ルース、お前が新兵を統率して、復興作業にあたれ。』
「了解しました。」
『それじゃぁ、帰らせる前に、黒歴史をお披露目してから帰そうと思う。コルス頼む。』
「はい、それでは、本日の会議に合わせて、王都での工作を企てていた、密偵の紹介をいたします。まずは、ムラサキ領パープル伯爵の密偵4名です。4カ所で同時に騒ぎを起こす予定だったそうですが、理由が判りません。何をする予定だったのですか?言わないと毒蜘蛛を顔に貼り付けますよ?」
「わー!やめろ!やめて下さい!話しますから!」
「はい、じゃぁどうぞ。嘘を言ってると判断したら、有無を言わさず貼り付けます。」
「嘘は言わない!騒ぎを起こして、街中を混乱させろと命令されたんだ!」
「・・・この広い王都で、4カ所程度で騒ぎを起こして、混乱に陥れる?稚拙な計画ですね。無理だと思いますよ?パープル伯爵様はどお思います?」
「も、もも、申し訳ございませんでした!」
『今後に期待だな。次』
「はい、お次はフェルナビック伯爵の密偵8名です。本当は、各領主様の馬車から、装飾品を盗む予定だったそうですが、馬車が数台で、装飾の施されていない、シンプルな馬車だった事で、目的を失って、王城の屋根の上で飲み食いしていました。」
『ゴミは?』
「屋根の上にポイ捨てされていました。」
『ハンザ神国行でいいんじゃないか?』
「そうしますね。」
『何が何やらって顔をしているが、農業以外何も無い国だ。農業を楽しんでくれ。南に行けば、アバダント帝国があるが、密入国者には容赦しないらしいからな。西は山脈、東は大河、北は元神聖王国だが、うちの騎士団が駐留しているから、密入国はすぐにバレるぞ。逃げ場は無いし、娯楽も店も無いからな。毎日甘芋食って反省してろ。』
その他に、13領からの密偵がお披露目された。
目的の中には、玉座の調査もあった様だが、謁見の間には・・・死ぬほどの恐怖を味わった様で、ちょっと精神が飛んじゃった様だった。
「最後に、先程斬り倒された、サンダルーン領の密偵なのですが、ソフティーさんお願いします。」
シュピッ
ドサッ
何も無い空間から、天井の何も無い空間に当たり、何かが落ちた音がした。
『[キャンセル]』
アルティスの詠唱と共に、黒ずくめの女が現れた。
「な、何故!?」
『最初から知ってたよ?テレポートの消費MPが、1人分多かったしね。その迷彩は、動くとバレるんだよな。まぁ試験中に接触するのかと思ってたら、何もしてない様子だったし、護衛のつもりだったのかな?最後、阻止されて残念だったね。』
『君は、領主も代わった事だし、うちで鍛えなおしてあげようかね。』
『それでは、私に連れて来られた方々は、そこに集まってくれ。[ワープゲート]』
『自分の住んでいる領主邸の玄関を思い浮かべながら、通ってくれ。違う領に飛ばされても、帰る手段が無くなるだけだから、しないとは思うけど。一方通行だから、違う所に行っても知らないからな。』
『ドラムカーンは残ってくれ。手続きがあるからな。』
全ての領主を帰した後、謁見の間で、ドラムカーンの叙爵を行い、子供達の下へ向かった。
元スクラータム領で子供達と顔を合わせた子爵が、喜び合っていた。
孤児は既に王都の孤児院に送ってあり、残りのサンダルーン領出身の子供達は、先に各街に送り届けた。
スクラータム領の名前は、新しくスクランプシャス領に変わっている。
で、そのスクランプシャス領には、新兵50人が来ている。
「あれがアルティス様ぁ?なんだよ、どんな凄い人かと思ってたら、ちっこい動物じゃねぇか、あんなのちょろいちょろい。」
「きさまぁ!!」
『待て待て、ルース、お前がいくら怒鳴っても、馬鹿には通じないからさ、体験しないと駄目なんだよ。脳みそがちっちゃいから。』
「んだぁとごぶぁ!ぐべぇ!」
煩いので、鳩尾に頭突きから、顎を蹴り上げ、後ろ回し蹴りで50m先まで吹っ飛ばした。
『とまぁ、こんな感じだ。かなり手加減してやったが、瀕死だな。ポーションを飲ませておけ。お前らは、我が国の新兵だ。いつまでも舐めた口利いてる様なら、大河に放り込んでやってもいいんだぞ?新しい隊長のルースは、カレン以上に苛烈だから、下手な口を利くと、三日三晩休み無しで走らされるから、気を引き締めておけよ?』
『貴様らは、これから、魔王軍に蹂躙されたドラムカーン領の復興支援に向かう。向こうには、廃墟しかない程にめちゃくちゃにされた街が多いから、綺麗で頑丈な建物を作ってやれ。それ以外にも、領民が困ってる様なら、何でも手伝ってやれ。ルース、サボってる奴を見つけたら、首を斬り落としても構わない。』
「はっ!」
最後の脅しを聞いて、真っ青になったが、そのくらい脅さないと、やらないくらいの馬鹿が集まっているから、仕方が無いと思う。
『では、[ワープゲート]行って来い。ドラムカーン子爵は、先にサンダルーン家に行って、資産を押さえてこい。カレン行ってやれ。ドラムカーン領に送ったら迎えに行ってやる。』
「了解!、あ、アルティス様、何か肉残ってませんか?」
『あるぞ?持って行くか?オークとスケープゴート、シープキャトルとロックリザードがあるぞ?』
「麦はありますか?」
『種もみか?二袋持ってけ。あと、野菜類の種だ。これは、甘芋の種芋だ。これ一つで畑一面に広がるらしいから、持って行け。畑作って真ん中に植えれば、一面緑に覆われるぞ。最初は美味いが、作り過ぎると飽きるから、気を付けてな。余る様なら酒の材料にもなるが、復興がある程度まで落ち着くのを待ってからの方がいいだろう。それまでは、新しい保存法や料理の開発をして、特産品にするのがいいぞ。』
「はい!。ありがとうございます。頑張って、早く復興できる様尽力致します。」
ジャムに麦と野菜の種を渡しておいた。
リアスの所に行き、調子を尋ねてみた。
『調子はどうだ?順調か?』
「あ、アルティス様、調子は順調とは言い難いですね。ゴロツキの方も素直では無い者が多くて、どうにも上手くいきません。」
『ちょっと屋根の上を借りるな。』
「え?屋根の上?」
この街の広さは、直径3km程しかないが、アルティスのMPでも辛いので、領主邸周辺以外の範囲は、魔道具をせっちして対応する。
『[ターゲット・モルト・イラディケイション]』
領主邸の周りに居た人々の動きが、一斉に止まった。
そして、次の瞬間には、何事も無かったかのように歩き出す人と、頭を抱えて蹲る人、ゴロツキの中には、突然倒れて、そのまま死んでしまった者も多かった。
領主邸の中に戻ってきた。
「何をなさったのですか?突然メイド達が謝りに来て、驚きましたよ。私には、何が何やら、さっぱり判りません。」
『リアスは、王都の歓楽街には行ってなかったのか?』
「最近初めて行きましたね。あまり酒には強くないもので、飲みに行ったりはしないんですよ。」
『そうか、じゃぁ、まだ潜伏期間中だったんだな。』
「何の話ですか?」
『死ぬと頭が急激にカビる病気があるだろ?あれの胞子が脳に入って、悪さをしている様なんだよ。だから、街の入り口に魔道具を設置しておいて欲しいんだ。街にカビを入れない為にな。』
「あぁ、その病気なら、先日死んだ者がなってましたね。狼人族達は、燃やした方がいいと言っておりまっしたが、そういう理由があったのですね。」
『墓地は街の中にあるのか?』
「いえ、外側にあります。墓地にも設置した方がよろしいですか?」
『設置しておいてくれ。神聖魔法では死滅しないが、この魔道具なら撲滅できるからな。墓地の入り口に設置すればいい。』
「奥の方には要らないのですか?」
『入り口に設置しておけば、出入りする度に胞子が死ぬからな。他には市場が開かれる広場の入り口や、人が多く集まる場所に設置しておいてくれ。ここの屋根の上には既に設置してあるから、冒険者ギルドの入り口とかだな。』
「街の門に設置してあっても、風に乗って来るのもあるって事ですか。厄介ですね。」
『そうだな。だが、国全体から少しでも減れば、被害は減って行くだろうさ。』
「魔族の仕業では無いのですか?」
『判らんな。故意に人を狂わせる物を作れるのかどうかも怪しいからな。』
「そうですね。それ専門の研究者でもいれば、できるのかも知れませんね。」
このカビを根絶する事が可能か否かで言えば、不可能だと思う。
そもそも、人族を殺す為に進化した訳では無く、対象は動物全般だと思われるからだ。
だが、感染した動物や魔獣を見た事は無い、そして、死んだ時の爆発的な成長の意味。
謎は尽きないが、研究していくしかないだろう。
王都に戻ってきた。
王城で、会議の成功と、騎士達のエキシビジョンマッチの成功を祝って、パーティーが開かれていた。
「ルースとカレンが、居ないのが悔やまれるが、仕方が無いな。」
『パーティーよりも、国の安定の方が優先だからね。』
パーティー料理の材料は、魔王軍が連れて来てくれた魔獣たちだ。
魔王も粋な事をしてくれたね。
「そういえば、魔王軍はどうやって撃退したんだ?」
『前回と殆ど同じだけど、食える魔獣が多かったから、食える状態で残る様に処理したんだよ。』
撃退方法は、前回と大して変わらない。
魔獣だけに、マスクなど着けられる訳も無く、前回はオークのを使ったが、今回は死蔵になっていたオークぺマッシュを乾燥させて、粉にして撒いたよ。
さすがに、魔王も馬鹿じゃないだろうから、オークの玉対策はしているだろうと思っての事だ。
対策とは、ズバリ酒だ。
オークは、酒に弱いので、匂いだけでも効果が落ちてしまうのだ。
だが、別の興奮剤であれば、問題無く効くので、使っていなかった茸の効果を試す事にしたのだ。
しかも、今回は、翼人3人だけではなく、鳥人族もいる。
そして、魔王軍には、人族が少なかった為、少ない人族には、コントロール用魔道具を破壊する爆弾を投下して、魔獣たちには、オークぺマッシュの粉末と、スライムファンガスの粘液をお見舞いしてあげたのだ。
興奮した魔獣たちは、スライムファンガスの粘液で転びまくり、イライラを募らせていき、状態異常ではない、発狂状態を作り出した。
魔王軍がしっちゃかめっちゃかになっている状態で、次なる手として呼吸困難にしてやれば、息が荒くなっていた魔獣たちは、バタバタと倒れ、窒息死となる訳だ。
今回も本陣を狙おうとしたのだが、結界で囲まれていて、物理的な物は弾かれてしまう状態だったので、輜重部隊の飲料水に混ぜ込んでおいた。
ワインの樽もたくさん積まれていたので、いくつかを蒸留した酒に入れ替えて、様子を見ていると、結界の中で呑気に食事を始めた本陣に異変が起き始めた。
輜重部隊にされていたケットシー達は、先に救出しておいたから、側近が適当に選んだ酒と食料で作った様だ。
まずは、蒸留酒をワインだと思って飲んだ奴が、酒を吹き出し、水に変えると興奮し始める。
興奮しすぎた奴が、結界を張る為の魔道具を蹴飛ばし、結界が消えた所に、幻覚作用のある魔薬を霧状にして吹き出す魔道具を投げ入れ、興奮状態を加速。
最後に嗅覚強化の魔道具を投入すると、魔王の周りから、蜘蛛の子を散らす様に、側近たちが消えて行った。
一人取り残された魔王が、蹲って動かなくなっている隙に、食える魔獣を全て回収した。
前回は、誰にも相手にしてもらえなかったショックで、寝込んだそうだから、今回はもっと酷い鬱になっただろう。
魔大陸に引き篭もってくれないかな?
「・・・アルティスに計略を任せたら、最強だな。このままこの大陸から追い出せたりはできないのか?」
『どうだろね?ある程度の被害を想定すれば、できない事も無いと思うけど、如何せん、兵士の数が足りない。人間の兵士の数を増やさないと、後々諍いの元になる可能性が高いんだよね。』
「兵士の数か。難しい問題だな。先日集めた兵士は50名だったか。復興支援に回しても良かったのか?」
『経済力で言えば、鉱山が稼働すれば、必要無いのかも知れないけど、人間が居なければ鉱山も動かないし、生活基盤が盤石でなければ、人は育たないからね。』
「確かにそうだが、復興を優先するよりも、魔王軍を排除する方が先では無いのか?」
『戦争には資金が必要なんだけど、その資金をどこから調達するつもり?』
「国の資産では足りないのか?」
『足りるけど疲弊するよね?その分のお金を補填しなければ、国を運営するのに支障が出るよ?』
「だが、今まで税収が殆ど無いにも拘らず、やってきたではないか。」
『俺の金を使ってね。』
「え?アルティスが全部出していたのか?」
『そうだよ?俺の魔力鉱石を使って、俺が魔道具を作って、俺の持ってる金属で筐体を作って、俺自身が設置してきたんだ。子供の保護も俺の孤児院にどんどん入れてるし、メイドの給金も俺の金だし、今まで一度も国庫のお金を請求なんてした事無いでしょ?』
「・・・確かにそうだな。ちなみに幾らくらい使ったと試算する?」
『白金貨2千枚くらい?』
「国庫の金額を軽く上回っているな・・・」
『ちなみに、この試算は、原材料費の分だけね。魔道具の売値は入れて無いよ。』
「入れるとどれくらいなんだ?」
『白金貨200万枚以上かな。なんせ、国宝級の魔道具を今までに5000個くらい作ったからね。』
「そう考えると、アルティスに頼り切ってるんだと、思い知らされるな。」
『まぁ、魔道具はどうでもいいんだよ。俺も作りたくて作ってるんだし、材料もたくさん持ってるから、別にそれはいい。だけど、軍を動かす費用については、駄目だよね?俺が立て替えてもいいんだけど、国としてのメンツを考えれば、それはできない相談だ。となれば、戦線を維持できる程度の、生産能力を回復させないと、攻め込むのは無理って事になるよね?』
「そうだな。食料もままならない今、攻め込んだとしても、食料がもたない可能性もあるって事だな。」
『そう、兵站を維持できない。そうなれば、当然最前線が孤立するから、生きて帰る事ができなくなってしまうんだ。』
「アルティス様が行けと仰って下さるなら、いつでも行く覚悟はありますぞ?」
後ろで聞いていたドワーフが、割り込んできた。
『馬鹿を言うなよ。ドワーフを使い捨てにする訳無いだろ。俺を魔王と一緒にすんな。』
「ですが、いつまでも今の状態と云うのも、難しいのでは無いですかな?」
『別に、温存したい訳じゃないんだよ。戦死者を減らしたいだけなんだよ。特にエルフなんかは、矢が無ければ、軍としての機能を果たせないからな。補給を確実に届けなければ、無駄死にするだけだろ。そんな馬鹿な話は無い。』
「早期決着を試みるのは、駄目なのか?」
『長引いたらどうすんの?例えば、ダンジョンに引き篭もったとか、古代遺跡に立て篭もったとか、何があるか判らないでしょ?魔法だけで済ませられるなら、エルフの森にメテオレインぶっ放せば、一瞬で終わると思うよ?』
「そ、それは駄目です!絶対にやめて下さい!!」
今度はエルフが、話に入ってきた。
『する訳無いだろ。やるつもりなら、とっくにやってる。』
「ほっ、良かった。」
「では、どうしますか?」
コルスもやってきた。
『まずは、国内のスパイを排除しなければ、言えないな。元魔王軍は、全員一度風呂に入れ。全身を綺麗に洗え。』
「それに何の意味が?」
『ハエの悪魔を覚えて無いのか?蚤やダニの悪魔がいてもおかしくないだろ?』
「確かに。」
「湿地帯で散々水に濡れましたが?」
『泥だらけになってたよな?でも、その後風呂に入ったか?』
「いえ、[クリーン]で済ませただけです。」
『じゃぁ、入れ。』
「我々が汚いと?」
『思ってるよ?』
「がーん」
『お前らは、何か勘違いをしている様だがな、[クリーン]じゃ、汚れは落とせても、蚤やダニは落ちないぞ?』
「ええええー!?」
「チッ、これだから毛無は・・・」
『はい、そこの毛無発言のお前、明日は王都の周りを30周な。』
「げぇ!?ちょ、ちょっと待って下さい!アルティス様も思うでしょ?」
『思ってるのと、発言するのでは、全く違う。不和を拡げる原因を作る馬鹿には、制裁を与えるだけだ。不満をぶちまけるなら、俺か上官に言え。お前一人で魔王軍を蹴散らせられるのなら、行ってきていいぞ?負けて戻ってきたら、ハンザ神国行だ。』
「に、二度と口に出して言いません!」
『そうか、じゃぁ、30周がんばれ。』
「免除されなかったぁ!」
「アルティスは、思ってはいるんだな?」
『思ってるよ。でも仕方が無いのも判ってるから、言わないだけだよ。全身に毛が生えていなければ、判らない事だから。』
「そんなに違うんですか?」
『全身を駆け回る痒みなんて、経験した事無いだろ?蚤やダニとはそういうものなんだよ。』
「ひえええぇぇぇ」
『毛だって、手入れを怠れば、絡まって痛いし、抜け毛も多いから、日常的にやらないと終らないんだよ。』
「風呂に入るとどうなるんですか?」
『一気に解決する。』
「あれ?アルティス毎日入ってるの?」
『入ってるよ?カレンとだったり、リズとだったり、コルスとだったり。』
「何で誘ってくれないの?」
『あるじは、寝てるか話中か、かな?話し合い終っても教えてくれないし、誘ってもくれないじゃん。』
「・・・そうだった。」
『リズ、明日の女王の警護は、リズやって。』
「アーリアは?」
『訓練教官』
「警護なら私がやりますよ?」
『バリアは駄目。肉挟まってるぞ?』
「え!?」
『ほら、まだ引っ込んでないんだろ?』
「・・・何故判るんですか!?」
『遠目から見ると判るんだよ。腹が出てるのが。ちなみに、ペンタと、キャッキャウフフしてるのを想像してばっかりだと、想像妊娠って事になるから、程々にしておけよ?』
「ブー!し、してませんよ!?」
「想像で妊娠するんですか?」
『妊娠してる様な気分になるらしいぞ?』
「何か産まれるんですか?」
『ゴブリンでも産まれるんじゃないか?』
「「「産まれませんよ!!」」」
「それで産れるのはサキュバスじゃなかったか?」
『インキュバスじゃなくて?』
「インキュバスは、サキュバスが男に化けている状態なんだよ。だから、産まれるのはサキュバスなんだよ。」
『だそうだ。そういえば、ペンタはどこに行ってるんだ?』
「ペンタは、マルグリッド王国に行ってます。」
『何かあるのか?』
「アルティスさんの事を裏切る事が無いか、監視しています。」
『誰かに代われないのか?』
「ペンタの希望なので・・・」
『あぁ、バリアがしつこいから、逃げたのか。ストーカー気質だもんなぁ。』
「嫌われたって事ですか!?」
「ペンタは案外真面目なんですよ。だから、仕事中に、ちょくちょく来られると困るって言ってましたね。」
『まだ恋の段階だから、不安なのは判るが、仕事中にイチャイチャするのは駄目だな。あるじ、扱きぬいておいてね?』
「判ってる。二度とサボりたく無くなるようにしてやる。」
「あ、陣痛が」
『産まれる前に発勁で潰さないと!』
「嘘嘘!!冗談です!」




