第30話 聖女は大人に、アラクネはクイーンに
「オロシさん、あまり奥に行かないで下さい。」
「でも、行かないと結界を張れないですよ?」
「まだ魔道具の光が見えないのです。」
「そういえば、そうですね。まだこの先に何かがあると?」
「あると見ていいでしょう。」
「[ディスペル]」
ガシャーン
現れたのは、壁に磔にされた、歴代教皇達の遺骸だ。
そして、部屋の中央には、祭壇があり、真っ赤な直径30㎝程の球の上に、赤黒い渦巻が渦巻いていた。
ワラビは、その渦巻の中に、持って来た魔道具の中では、最大級の威力を誇る物を取り出し、オロシはゴーグルを偏光グラスモードに切り替えた。
オンにすると、眩い光が迸り、ワラビはそれを渦の中に放り込んだ。
オロシは、素早く祭壇を結界で囲み、被害が自分達に及ばない様にした。
渦巻の中からは、いくつもの叫び声が響き、一瞬だけ背筋が凍るような感じがしたが、すぐに消えた。
真っ赤な球にヒビが走った。
そして、バカッと音を立てて割れると、渦巻が消え去った。
オロシは、割れた球をポーチに入れ、結界を張った。
壁に磔にされていた、教皇たちの遺骸は壁から落ちると、ひとりでにそれぞれの棺へと納まったが、二つの遺骸が、一つの棺を奪い合っていた。
『これは儂の棺じゃ、お前のはあっち!』
『儂はこれに入りたいのじゃ。この材質、質感、色合いも儂好みじゃ。どうじゃ?交換せぬか?』
『する訳無かろう!。これは儂が丹精込めて自分で作った棺じゃ。誰にもやらん!』
「おじいちゃん、もう死んでるんだから、大人しく棺に入って下さいね。」
オロシが言うと、遺骸がオロシを睨んだ。
『誰がおじいちゃんじゃ!儂は第397代教皇じゃぞ!おじいちゃんなどと呼ぶな!」
「ボケちゃったんじゃないのかな?自分の棺が判らないなんて。」
『ボケてなどおらん!儂はこの棺で眠りたいのじゃ!』
「そちらの棺では、見送った方々が悲しむのではないでしょうか。」
『うぐっ・・・お主は今代の聖女か。仕方ない。お主に免じて諦めてやるわい。感謝しろよ。』
「ありがとうございます。」
「感謝されるのはこ「駄目です」うーうー」
「[クリーン]」
ワラビが部屋の汚れを落とすと、白く綺麗な壁が現れ、部屋が明るくなった。
大聖堂の地下の奥には、宝物庫があり、中は空っぽだった。
いや、本が1冊だけ残っており、ワラビが本を取り開いた。
本は、建国の祖の聖女の日記だったが、内容があまりにもアレなので、すぐに閉じて元に戻した。
「何が書いてあったんですか?」
「昔の聖女様の日記だったようですが、内容がちょっと・・・」
「読んでみますね。って、あれ?ふんっ・・・・・はぁ、取れませんね。」
「一緒に読みますか?」
「いいんですか!?読んでみたいです!」
宝物庫には、何も無いので、本を持って部屋の外に出た。
日記の殆どは、勇者との日常会話の内容や、聖女が勇者の事をどんなに好きかという事が書いてあったのだが、一部に悪魔の事について、記載があった。
「私、見ちゃったんだけど、こんな事、勇者に話していいのか判らないから、日記に書いて忘れない様にしておくわ。悪魔が神の姿に変わったの。真っ黒だったのが、振り向くとぴかーって光る柱になったんだよね。これってさ、神と悪魔は、表裏一体って奴?なのかな?それとも、悪魔が神を演じてるのかもしれないよね。どうなんだろ?」
「魔王を倒しきれなかった。でも、勇者が魔王に約束させた。だけど、私からしたら、約束の内容が、曖昧過ぎて穴だらけなんだよね。これじゃぁ、あの狸おやじは止まらないよ。だから、私は決意したわ。聖女の国を作って、この世界を守り抜く盾にしようって。私が神だと思うのは、オーベラルじゃなくて、イシス様なんだけど、イシス様って豊穣の神だから、戦闘向きじゃ無いのよね。だから、アルテウス様も対象にするわ。イシス様とアルテウス様の二本柱よ。オーベラルにしないのは、前にも書いたけど、あいつは表裏一体なのよ。だから、駄目。アイツだけは駄目。教義にも書いておくけど、やっぱり創造神って、中性なのかなって思うの。全ての神でしょ?それって、善も悪も作ったって事になるから、表裏一体になってるんだと思うのよ。この世界を守る為には、表裏一体では駄目よね。他の国では、創造神を奉ってるところが多いけど、本当の姿を知ってる私は、絶対に嫌よ。」
「私が国を作るって言ったら、勇者も国を作るんだって言ってた。私、最近思うんだけど、何であんな馬鹿な奴を、好きになったんだろうって、本気で思うわ。あの勇者の名前ってちょっと変だと思わない?、エキスマキナって。エキスって何よ。エクスマキナの間違いじゃないの?まぁ、今更だけどね。だけどさぁ、王家の家名がエキスマキナって何よ。最初はバナナエキスとか言ってたんだよ?馬鹿だよね。私、あんな名前になりたくないから、プロポーズ断っちゃったわ。もう、やだ。笑いのツボが古いのよ。まぁ元々おっさんだったらしいから、それが普通なのかもしれないけどさ。他の事については、凄く頭いいんだけど、何で名前でボケるかなぁ。名前って後世に残るんだよ?ばっかみたい。」
ワラビが日記を閉じた。
オロシは、コルスから聞いた、アルティスの発言を思い出していた。
「どうでしたか?」
「この内容について、アルティス様が以前仰ってたそうですよ。創造神の事なんですが、創造神は無属性だと。全ての物を作り、全ての人を作った、つまり、人間も魔族も神も悪魔もって事を仰ってたそうですよ。」
「あと、後半のエキスマキナのところですが、これも、エクスマキナだろ?ってツッコミいれてたそうですよ。国の名前と王家の名前についても、バネナ王国をバナナ王国?って聞き返していたって言ってました。」
「アルティス様は、転生者という事ですか?」
「あれ?聞いて無いんですか?そうですよ。転生したって言ってましたよ。初代勇者の話を聞いて、多分同じ国の同じ時代か、少し後だなーって言ってたそうです。」
「やはり、アルティス様は勇者様なのですね。」
「そうみたいですね。でも、断ってるって言ってましたよ?」
「そうですね。私も聞きました。神も信じていないと仰られましたし。」
「不思議な方ですよね。でも、判る気がしますね。勇者の伝記を見ると、何でもかんでも勇者任せで、何にもしなくなってますもんね。あれ見たら、私でも嫌ですよ。無報酬でドラゴンと戦えとか、オークキングと戦えとか、散々こき使われてましたよね。」
「そうですね。勇者様ばかりに頼っていて、人々が、努力する事を止めてしまったのかもしれませんね。」
「今でも、アルティス様が、何でもかんでも頼まれ事をされてる様に感じますが、あの方は、人を使いますからね。一人で何でもやると言うよりは、みんなに振り分けて、人を育てまくってるって感じですよね。」
「はい、私も色々手伝わされてきましたが、おかげで強くなれました。でも、まだまだ慢心するなって言われてます。」
「アルティス様は、みんなが慢心しているのを見て、怒鳴ったそうですよ?凄いですよね。どのくらい上を見ているのか、判らないですけど、今の実力では、まだまだヒヨッコなんでしょうね。アルティス様に関わった仲間たちも、メキメキと強くなっていますから、きっと、強くなって、世界を自分達で守れって言いたいんだと思いますよ。」
この世界の人族は、自動回復のせいで、成長を阻害されていて、且つ、魔族に弱体化させられてしまったと考えている。
本当の実力とは、苦難を乗り越えた先にあるもので、楽をしていては、強くはなれないのだ。
地道な努力と鍛錬を積み重ねる事で、今の何倍も強くなれるのだから、アルティスは、そうなる様に仕向けているだけだ。
勉強をして、色々な事を学び、考える事を覚え、自分の可能性を広げていく、そんな当たり前の事が、この世界ではできなくなっているのだ。
人の可能性は無限大、どこかで聞いた話ではあると思うが、間違いではないのだ。
「そう、ですね。私は今まで勘違いをしていたのかと思います。聖女だから、勇者様について行って、勇者様の為に頑張ればいいと思っていましたが、そうではなくて、この世界の為に頑張れって言われてるのだと、今やっと理解できました。聖女という枠に囚われずに、何でもやっていいのですものね。もっともっと頑張りますわ。」
ワラビは、大聖堂の宝物庫の中に日記帳を戻し、大聖堂の外に出た。
空は夕暮れの赤に染まっていた。
その頃、アルティス達は、傭兵団を捕縛し、子供達を引き連れて、シルクの下へ戻ってきた。
傭兵団の連中は引き摺って、子供達は歩いてきた。
『シルクただいまー』
『アルティスおかえりー』
『ご飯上手く炊けた?』
『多分?』
『ソフティー見てみて』
『うん!いい感じ!』
『じゃぁ、カレー出すよ。みんなお皿とスプーン取って並んでー』
『シルクは、カレーをよそってね。お皿の半分にご飯を寄せるから、空いてる方にカレーをこのお玉一杯分を入れる。具も多めに入れてあげてね。』
『はーい』
総勢158人の子供が並び、カレーをよそってもらうと、ニコニコしながら適当に座って待っている。
『よそってもらった人は食べ始めていいよ。冷めちゃうからね。よく噛んでゆっくり食べてね。』
あちらこちらから、美味しいと叫ぶ声が聞こえてくる。
並んでいる子達も、早く食べたくて足踏みをしている。
早くも食べ終わった子が、おかわりをねだって来るが、全員に行き渡るまでお預けだよ。
「私もお腹空きました。」
コルスが現れた。
『コルス、今日なんかやった?』
「やりましたよ?ここでシルクさんの護衛を。」
『それだけ?』
「あとは、配下たちに指示を出してました。」
『まだ足りないな。』
「ハンザ神国の情報を整理してました。」
『まぁ、いいだろう。許す。』
「ありがとうございます!」
みんなが食べ終わり、捕らえた傭兵団が腹減ったと煩くなってきた。
『うるせぇな。お前らにやる飯はねぇよ。』
「あんだとこらぁ、アラクネの力を借りてるだけの癖に、潰してやんぞ!」
スパーン
ビンタを食らった男は、気を失った。
それを見た他の連中は、言葉を失い黙った。
『コルスー、ハンザ神国の情報はー?』
『はい、パッと見た感じでは、問題無かった様子らしいのですが、話しかけても無反応で、目は虚ろ、口は半開きで、生気が無いそうです。』
『街の中を見ても、人影は無く、まるでゴーストタウンの様だったそうです。』
『生きてる人はいるのか?』
『魔力感知に反応はあるので、生きているとは思われますが、ゾンビである可能性も捨てきれないとの事です。』
『万能薬持って行ってるんだろ?一滴飲ませてみろよ。』
『何か変わりますか?』
『何かの状態異常か、魔薬中毒か、又はゾンビかなんだろ?、状態異常と魔薬なら治るし、ゾンビなら聖水に反応する。』
『やらせてみます。』
『何か作物を作ってるのか?』
『甘芋を育てている様ですね。』
『それ以外には?』
『無いようです。万能薬を使用した結果は、元気になったようです。が、栄養が足りて無いのでは、ないかとの話です。』
『悪魔の形跡は?』
『今の所は無いそうです。』
『そうか、干し肉以外の肉は持って行ってないのか?』
『持ってますが、量がそれ程ではない為、分け与えるとしても、全然足りないですね。』
『教会やポートはあるのか?』
『あります。それと、行政府がある様ですが・・・』
『クソがいるんだな?』
『はい。』
『殺せ。』
『執政はどうしますか?』
『暗部の育成に使えばいいんじゃないか?』
『いいのですか?』
『執事はどう思う?』
『最高の提案でございます。』
『アジトのエルフ達をどうにか動かしたいな。何かいい方法無いか?』
『ポートを作れれば、転移で行けると思いますが?』
『解析してみないと、何とも言えないな。』
『難しいので?』
『あぁ、魔法陣の半分以上がダミーだからな。何度か動物実験をやらないと、転移したら肉塊になってる、なんて事になりかねない。』
『それは怖いですね。検証はどこでやるんです?』
『バネナの方の大聖堂だな。』
『そうですか。了解です。』
『聖騎士団の一行はどこまで来てる?』
『もうすぐ到着すると思います。』
『判った。』
程なくして、聖騎士団が到着した。
全員ヘトヘトになっている様子だ。
『ご苦労。今日はゆっくり休んで、明日作業開始だ。』
「野営ですか?」
「この辺りは冷え込むんですよね。」
『これをやる。温度調整できるから、寒くならないぞ。』
「これは、何の革ですか?」
『ワイバーンだ。』
「え!ワイバーン!?こんな薄いのに?まさかぁー」
「ふむ、質感は確かにワイバーンだな。薄過ぎるが。」
『便利だぞ?薄くて軽くて、斬撃耐性に刺突耐性、防水に温度調整、フードには聴音まで付いてるぞ。』
「う、そ、そうですか。これ売ったら幾らになるんだろうか・・・。」
「売るつもりなのか?、俺は売らないぞ。」
「借金が残ってて、何とかしないと、家族がやばいんですよ。」
『ヤバいって何が?』
「妹を借金のかたにされそうです。」
『何に使うんだ?』
「売るんじゃないですか?」
『どこに?』
「・・・売る先が無いですね。」
『妹はどこに住んでるんだ?俺の部下に見張らせてもいいぞ?』
「王都のアパートにいます。」
『アルティス様、その男には、妹はいません。両親も兄妹も既に死亡しています。』
『最後に会ったのはいつだ?』
「・・・5年前・・・です。」
『他の連中で会った事がある奴は?』
「アルバンの家族は、既にいないんだよ。受け入れられなくて、こうして思い込んでいるのさ。」
『放置するなよ。仲間じゃないのか?こいつのそれは、病気なんだよ。何で死んだのかは知らないが、ケアしてやれよ。』
「アルバンが家族に渡した、高級ワインを飲んで死んだらしいんだよ。それで気に病んじまってな。」
『高級ワインって普段飲んでるワインよりも、甘みが強くて香りもいいのか?』
「そうだ。芳醇な香りと濃厚な味わいが堪らないんだよ。」
『それは、ジュースだな。こいつの家族は、食中毒で死んだんだろうな。』
「は?ジュースだって?そんな馬鹿な事がある訳無いだろ!?」
『あのな、果実酒ってのは、甘みが酒精に変わるんだよ。だから、甘い酒には、後から果汁を足しているんだよ。要は薄い酒だな。そして、時には、その果汁が腐ってたりするんだよ。質の悪い酒に腐った果汁を入れて、高級ワインとして売ってるんだよ。そして、その辺の商店で売ってる高級ワインってのは、滅多に売れないからずっと商品棚に残ってて、更に腐るんだよ。』
「じゃぁ、何で飲むんだよ。そんなものを」
『知らないからに決まってるだろ?庶民がそうそう買えるようなものじゃないだろ?しかも息子が買ってきた高級ワインだ。親なら普通飲むだろ。不味くても。』
「妹も死んでいたのは?」
『両親はベッドで死んでいたんじゃないか?体調を崩した両親の看護をしていて、妹も同じ菌に感染した。という仮説が成り立つな。』
「ふざけた事を言うな・・・。それじゃぁまるで、俺が殺したみたいじゃないか!!」
『お前が持って行ったのはそうだが、たまたま当たっただけだ。お前のせいじゃない。』
「うるさい!ぶっ殺してやる!!うがー!」
うつ病のアルバン・コックスが、アルティスに襲い掛かったが、往復ビンタの反撃を食らった。
スパーン
スパーン
『甘ったれてんじゃねぇぞ!てめぇなんかより、もっとひどい目に遭った奴なんか、腐る程いるんだよ。世の中には、目の前で、親を殺された子供だっているんだぞ!。人間なんざ、簡単にコロッと死ぬんだよ。生きてりゃいつかは、死ぬんだ。てめぇは、うじうじしてる暇なんかねぇんだよ。前を向いて親と妹の分まで、生きる使命があるんだよ。』
『天国にいる家族に、胸を張って幸せに生きてます!って言える様に生きろ!生き抜け!それがお前の、お前の家族に対する使命だ!』
アルバンは、現実に引き戻された。
そして、泣いた。
翌朝、何やら傭兵団の雰囲気が違う。
聖騎士団も目がキラキラしている。
『なんだよ。気持ち悪いからこっち見んな。』
「何かお困りの事は無いですか?」
『困ってる事があるよ。傭兵と聖騎士が、気持ち悪い目でこっちを見てきて、気分が悪い。』
「はっ!気を付けます!」
何なんだ一体。
朝ごはんは、魚の骨と昆布で出汁を取った潮汁と、焼いた魚の切り身だ。
潮汁の人気が高く、魚が余るので、潮汁に切り身を入れて食わせた。
子供達は、馬車の荷車に分かれて乗り、一路ウニファームへと向かった。
傭兵団は、情報をベラベラ喋ったが、特に真新しい情報は無く、解放したのだが、いつまでも着いてくる。
『まだ何か用があるのか?』
「アルティス様、我々を部下にしてください。」
『・・・バネナ王国軍になるがいいのか?』
「え?何故軍になるんですか?」
『俺がバネナ王国の宰相だからだよ。』
「「「「「「「「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」」」」」」」」」」
『何だようるせぇなぁ、何で聖騎士まで騒ぐんだよ。』
「何でって、だって!その姿だし、アラクネを引き連れているし、どう考えたって、宰相には結びつかないですよ!?」
『俺だってやりたく無かったよ。でも、手伝ってる内にそうなっちまったんだから、仕方ねぇだろが。』
「という事は、あたしらも正規軍に入れるって事ですかい!?」
『まぁ、民衆を募集するよりも手っ取り早いといえば、そうなんだが。毛が生えた程度ではなぁ。せめて、木剣でオークを倒せる様になってもらわなければ、うちでは役に立たないな。』
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、無理ですよ。」
『なげぇよ。無理じゃねぇ。第二騎士団は全員できるぞ?』
「化け物揃いでしたか。我々も少しだけ垣間見えましたが、あの訓練をずっと続けているのですか?」
『あいつら、馬車で1か月の道程を四日で着いたからな。』
「「「「ブッ」」」」
「いやいや、どんだけ早い足取りで進んだんですか!?」
『あ、そうだ、お前ら訓練しろ。』
「そうだ!ちょっとやる事があったんで、無理ですかね。」
「そうそう、子供達のケアを」
『やらないなら返せ、渡した装備全部。』
「え、いや、うー、判りました。やります!」
「あたしらもやるよ!」
「うへぇー」
『じゃぁ、全員自動回復を任意に切り替えて、馬車の速度に合わせて走れ。』
「それだけですか?」
『それだけだ。』
「アルティスー私もやるー?」
『シルクはやる意味無いからいいよ。何かやりたいなら、何か魔獣獲ってきて。これに入れてもってきて。』
マジックバッグを渡した。
「今渡したのって、マジックバッグですか?」
『あぁ、そうだよ。お前らには、これをやる。容量は小さいが、かさばるが必要な物を入れておくには、便利だからな。』
「ありがとうございます!」
「うおっ!このベルトもワイバーンの革だ。スリも取れないな。」
聖騎士団は、騎士だけに信頼性が高いので、マジックポーチを渡したよ。
総勢30人で、バネナ王国軍の中では、最弱になるが、ある程度鍛えてある分、優秀な人材と言えるので、仲間になってくれるのなら、とてもありがたいのだ。
「あたしらには・・・」
『お前らに渡したら、逃げるだろ?特にそこのデカブツとか。逃がさないけどな。俺の作った装備を身に付けたら、死ぬまで俺の部下だ。やめる時は返してもらった時だ。今なら、逃げてもいいぞ?』
「じゃぁ、俺は抜けさせて貰うぜ。あばよ。」
「あいつ、誰だっけ?」
「さぁ?」
『あいつは仲間じゃ無かったのか?』
「違うよ?あいつは、集落で威張りくさってた、木偶の棒さ。」
立ち去る後姿を鑑定したら、悪魔の奴隷と出た。
ステータスは、多少STRが高い程度で、ただの筋肉自慢のゴロツキだった。
『ソフティー』
『はーい、行ってくるー』
「殺すのかい?」
『あいつは悪魔の奴隷だ。』
「あぁ、だからあの馬鹿力だったのか。」
『行って来たー』
『おかえり』
「早っや!?」
『アラクネは、音より早く移動できるからな。』
『子供達は、手足を動かせー、歩きたい奴は歩いていいぞー』
「手足を動かす?」
『動かないと死ぬんだよ。』
「それでたまに突然死ぬ奴が居るのか。」
輸送中に、突然死ぬ子供が何人か居た様だ。
可哀そうだとは思うが、死んでしまったのなら、今更何もできないので、何もしない。
『そういえば、お前らの名前聞いて無かったな。』
「あたしは、アメリア、右のはサンガ、左のはトモス、後ろは自分で答えな。」
「俺がヴァイス、こいつがゲハルト、こっちがチクリ」
「チコルだよ!」
「あぁ、すまん、あっちがマッケイ、そこのがシェケナ、最後尾の右がゴッデス、左がダンガロイです。」
『シェケナ?』
「よく聞かれます。勇者がよく、しぇけなべいべって呟いていたそうで、そこから取ったらしいです。」
『あー、うん。嫌なら別の名前つけてやるぞ?』
「ホントですか!?変えたいです!この名前は嫌なんです!」
『じゃぁ、シャナなんてどおだ?』
「シャナがいいです!。」
「何か謂れがあるんですか?」
『水の精霊の名前だな。』
「おお!凄い!シャナは水の魔法が得意なんですよ。呼びやすいしぴったりだね!」
「俺の名前も・・・」
『いいじゃん、ゴッデス。神って意味だな。』
「だから信徒達から嫌われてたのか。」
『禿げにして、光を当てれば神々しくなるんじゃないか?』
「やめて下さいよ!」
「あははは、いいじゃねぇか!丸めろよ!」
「わはははは、笑わせんなよ!わはははは」
「笑わせないで下さいよ!?苦しくなりますよ!!」
『バラすなよ。』
「ちょ!ホントに苦しくなってる!?」
「酷いですよ!」
「ブフッ、やめろよ!クックック笑わすな!ハァハァ」
昼の時間だ。
『昼休憩するぞ。』
「ハァハァハァハァ、やっとだー、疲れたー」
『ただいまー』
『シルクおかえりー、何か狩れた?』
『兎20とイノシシ狩ってきたよー』
『じゃぁ、傭兵と騎士で解体よろしく。』
「あの、我々騎士団は解体などやった事が無いのですが。」
『じゃぁ、覚えろ。教われ、傭兵たちから。』
「騎士に必要ですか?」
『急所の位置が判るだろ。必須技能だよ。』
「急所の位置など判らなくても、倒せるのでは?」
『スタンピードになったら、どうすんだ?一匹ずつ時間かけてる事なんかできないぞ?サクサク倒すには、急所の位置に一撃入れるんだよ。いちいち真っ二つにしてたら、100も狩ればヘトヘトだぞ?』
「確かに、囲まれた場合なんかはそうだね。イノシシのスタンピードなんかになったら、あんたら騎士はすぐに死ぬね。」
「判りました。」
『相手の弱点を探る、知るのは、戦いでは当然の事だ。次に戦うのが魔王軍だったとしたら、知恵がある分、余計にしんどいぞ。』
『首や心臓は急所だが、狙いにくい。別の急所、例えば腹とか股間だな。柔らかい部分を探しながら解体しろ。』
「イノシシの頭かってぇな。」
「ほら、血ぃ抜くぞ。」
『獣も魔獣も、生き物である以上は、見える所に急所なんてものは存在しないんだよ。晒している奴がいたら、そいつは負けない自信がある強敵だ。だが、弱点に繋がるとっかかりはどこかにある。柔らかい所を探せ。』
お昼は兎の串焼きと、イノシシの焼肉だ。
ソフティーは、普段は料理の手伝いをやっているが、まだそれ程レパートリーが多いとは言えず、切るのは得意だが、振ったり混ぜたりが苦手で、工程の多い料理は作れないのだ。
それでも、ご飯を炊くのは得意なので、特に問題は無い。
「あたし、米がこんなに美味いなんて知らなかったよ。」
「ホントですね。甘みがあって何にでも合う。腹持ちもいいなんて、最高じゃないすか。」
「こっちのお粥も凄く美味しい。私達が作ってたのとは全然違うよね。」
「もっと臭かった気がするんだけどなぁ」
『それは、良く研いでないからだな。』
「米を研ぐのかい?」
『米の表面には、糠っていう粉が付いているんだよ。それを良く洗い流さないと臭くなるんだよ。』
「へぇ、そのままじゃ不味いって事かい。水があればいいんだね?」
『そうだな。でも、泥水じゃ駄目だぞ?』
「いくらなんでも、泥水なんかで米を洗ったりはしないよ。あたしらを何だと思ってるんだい!?」
『途中で泥水啜ってたじゃないか。』
「あれは、コケたんだよ!」
子供達が笑ってる。
いい感じだ。
「もうちょっと訓練を優しくしてくれないですか?」
『貧弱なのに、優しくしていつになったら強くなれるんだ?今まで怠けていた分、動け。特にバンダナ頭に巻いてる奴、お前腹見せてみろ。必死に隠してる様だが、腹が出てるだろ?』
「はぁ?ヴァイスあんた、腹が出てんのかい?」
「な、何でバレたんだ・・・」
『俺は下から見てるからな。バレバレだよ。』
「くっ、頑張って凹ませるよ!」
『しかし、この辺の草は誰も採らないんだな。』
「この辺の草が何なんだい?」
『これ全部煙草の葉だぞ?』
「お前ら!葉を取って行くよ!」
「「「「「「おう!」」」」」」
「煙草ってあの、貴族がよく煙出してるアレですか?」
『あれだな。1本金貨1枚とか言ってたか。』
「あー、それで採りに行ってるのか。」
「よーし、たんまり採れたよ。これを使ってくるくる巻けば1本金貨1枚になるってもんよ。」
『その前に乾かさなきゃ駄目だけどな。』
「それ、どうやって持って帰るんだ?」
「アルティス様ーどうか、ディメンションホールで持ってってくれませんか?」
『売る為に採ったんだよな?』
「もちろんですよ!」
『ならいいぞ。吸ってたら鼻を削ぎ落すからな。[ディメンションホール]』
「削ぎ落すってどうやって?ナイフも持てそうにないですが。」
アルティスが飛び上がり、近くにあった大木を爪で斜め上から引っ掻いた。
ズズン・・・
「は!?・・・」
「ゲハルト、あんた煙草やめな。ホントにそぎ落とされるよ。」
「おぅ、やめるわ・・・」
一行は、再び進みだした。
16時頃、林を抜け、平原に出た。
ゆっくり進んでいる為か、まだ半分を過ぎた程度の進み具合だ。
「もしかして、この辺りで野営ですか?この辺はあんまり野営したくないんですがね。」
『何でだ?』
「出るんですよ。」
『腹が?』
「違いますよ!?」
『じゃぁ、何が?』
「ゴーストですよ。この平原は、昔、戦争があったそうで、ゴーストとかレイスが出るんですよ。」
『へー、じゃ、暗くなる前に、野営の準備を始めよう。』
「知りませんよ?ゴーストに驚いても。」
『これ、設置しておけ。神聖魔法のライトだ。野営地を四角く囲む様に置いておけば、ゴーストも悪魔も近寄れん。』
「姉さん、このちびっ子は一体何もんなんですかねぇ。」
「聖女様じゃない事は確かだな。」
夕飯が終わり、外は真っ暗だが、周囲から何かがやってきた。
そこにいたのは、白い布を被った人間達だ。
『何か用か?』
「有り金全部出せ。」
『盗賊か?騎士と傭兵が見えないのか?何人いるのか知らんが、死にたいのなら来い。死にたく無いのなら帰れ。』
「この人数差で、無事で居られると?」
『余裕だな。アラクネも居るからな。』
「アラクネだと?そんな物がどこにいると言うんだ?」
『ソフティー』
『はーい』
光の中でアラクネが立ち上がり、シルエットを見た盗賊達は、震えあがった。
だが、盗賊は100人、アラクネは1匹だ。
何とかなる、とそう思った時、もう一匹のアラクネが立ち上がった。
「アラクネが2匹いるだと!?」
その言葉に、集まってきた盗賊達が一目散に逃げ出した。
幾らアラクネといえど、一匹なら何とかなりそうだと思っていたが、二匹はヤバい。
元々は神聖王国の民だったが、この国はヤバいと思った時、村を出た。
あの時、この国はもう駄目だと思っていたが、今度こそ、本当に駄目だ。
あのアラクネが暴れたら、この国は本当の意味で滅ぶ。
ねぐらに戻り、檻を見る。
檻の中には、子供が13人いる。
少し前までは、神官が子供を買い取ってくれていたのだが、今は街の教会に行っても、神官が一人もいない。
売る先が無くなってしまえば、ガキはただの飯を減らすだけの邪魔ものだ。
「殺すしか無いか。」
『殺させる訳にはいかないな。』
「な!?何でここに!」
周囲を見渡すが、誰も居ない。
いや、居るには居るが、横たわっている。
終った。
跪いた盗賊に、アルティスが言う。
『真っ当に働く気は無いのか?』
「前はあったさ。だが、この国はおかしいんだよ。真面じゃない。だから村から逃げたんだよ。」
『そうか、この国は既に滅んだ。そして、バネナ王国に併合された。バネナ王国では盗賊は殺していいんだよ。だが、この地を存続させる為には、人が必要だ。犯罪以外ならなんでもいい。働け。お前らの仲間とあの平原に新しい村でも作って、真っ当に暮らせ。そう約束するのなら、殺さないでいてやる。子供達は解放するぞ。どこで攫って来たんだ?』
「あの道を通った連中から、奪い取ったんだよ。」
『親じゃないのか?』
「違うな。襲った時に、ガキ共とか言ってたからな。」
『そうか。では、子供達はこちらで引き取らせてもらうぞ。それとな、今後は子供を攫っても、教会は買取しない。バネナ王国では、人身売買は死罪だ。二度とするなよ。二度目は無いからな。』
「判った。もうやらない。」
奴らが引き上げた後、腰が抜けた。
チビが喋ってる間、アラクネが笑ってた。
あまりの恐怖に、体が強張って動けなかった。
もし、あの平原で、戦っていたら、きっと死んでいただろう。
あのアラクネの額には、クイーンの印があった。
あれは、俺達が束になってかかっても、絶対に勝てないと確信できる。
あれは、駄目だ。
アラクネクイーン。
それは、アラクネの中のアラクネ。
普通のアラクネと比べても、ずば抜けた能力を持っていて、ドラゴンも捕食する程の力を持つという、伝説の魔獣。
それが、アルティスという特異なる魔獣と共にいる。
『ん?ソフティー、額に何かマークが出てるよ?』
『ん?多分クイーンになったのかも?』
『アラクネクイーンになったの?、そういえば、ステータスが大幅に上がってるね。』
『おお、アルティスの役に立てる!』
『何言ってんのさ、既に十分に役に立ってるよ。ソフティーと仲間になれてホントに感謝してるよ。』
『アルティスー大好きー』
後ろを歩く子供達は、この二人の会話を聞きながら思った。
伝説のアラクネクイーンの食料にされる運命だったのだと。
『食料にはされないから、安心してね?。小さい子は疲れたら背中に乗っても大丈夫だから、言ってね。』
言える訳が無いだろ!そう思う子供達であった。
野営地につくと、子供達はすぐに地面に横たわろうとしていたが、アルティスが毛皮を出し、ソフティーが地面に敷いて、毛皮の上に寝ころんだ子供達に、ローブをかけた。
ローブの中は暖かく、すぐに眠気が襲い、眠った。
翌朝、いい匂いで目が覚めた。
夜には判らなかったが、たくさんの子供が、そこにいたのだ。
子供だけでなく、騎士やよく解らない人達が、子供達と一緒にご飯を食べている。
『お、目が覚めたか。おはよう。朝ごはんできているから、アラクネの所に行って、もらって来な。』
恐る恐るもらってきたご飯は、真っ白い米とスープ、白い何かの肉だったが、量が多い。
一口食べたら、いつの間にか食べ終わっていた。
今までで一番美味しかった。
盗賊達の所では、檻に入れられていたが、ここでは、入れられる事も無く、自由に過ごせるのかも知れない。
でも、できれば、家に帰りたい。
『よーし、それじゃぁ、出発するぞ。家に帰る為に、ウニファームに向けて出発だ。』
馬車に乗ろうとするが、乗れる隙間が無い。
どうするのかと思っていると、アルティスさんが言った。
『アメリア、お前達があぶれた子供達を背負って行け。一緒に走りたい奴は走っていいぞ。アラクネに乗りたいのもいいぞ。』
『おいでおいで』
少年は、信じられない光景を見た。
アラクネの背中に、子供達が乗っているではないか!アラクネも何だか楽しそうにしている!
「・・・昨日乗っておけば良かったかも。」
「あ、こら、暴れるな!」
「あーんおしっこー」
「アルティスさんトイレだってよー」
『してきていいぞ。後から追いつけよ。』
「ひぃー」
昨日より早いペースで進み、昼過ぎには、ウニファームに到着した。
街の入り口でひと悶着あったが、聖騎士団が仲裁に入り、収まった。
「できれば、アラクネ殿には、小さくなって欲しいものですが・・・無理そうですな。」
『子供達が降りてくれないからな。仕方ない。』
「しかし、130人が、随分と増えましたな。」
『傭兵団が集めた30人と盗賊団が集めた13人が増えたからな。総勢171人になった。』
「連れて行くのが大変そうですが、大丈夫ですかな?」
『問題無いが、あちこちで、馬鹿どもがこっちを見てるから、聖騎士で追っ払ってくれ。ポートまで移動できん。』
「おい!チンピラを追い払え!」
「「「はっ!」」」
「しかし、傭兵団までも捕まえて来たんですか?」
『あいつらは、俺の配下になりたいんだとさ。』
「ほう、それで仲間にするとは、豪気ですな。」
『改心するなら、何でもいいさ。だが、甘くないからな?団長も、俺の配下にとか、一瞬思っただろ?円形山脈まで走らせるぞ?他の騎士には渡してある、マジックポーチはくれてやる。容量は少ないが、数日分の食料は入るぞ。』
「うっ・・・、それはきつそうですな。諦めますか。ポーチはありがたく頂戴します。」
『お前達は、この国の治安を守る義務があるからな。終ったら第二騎士団に合流しろ。あいつらも厳しいが、お前らじゃ、束になっても勝てないからな。今以上に強くなって、この国を変えて見せろ。』
「御意」
子供達は無事に親の元へ帰す事ができた。
孤児は、総勢20名になったが、バリアに連絡して、大聖堂から孤児院に連れて行ってもらった。
「あたしらは、どうするんです?」
『お前らは、円形山脈まで走って行け。期限は1か月だ。年が明ける前にたどり着ければ、ごちそうがあるんだが、無理しなくてもいいぞ?』
「が、頑張ります!」
「装備は貰えるんですか?俺ら、剣も持ってないんですが。」
『そうだな、剣が7本に弓が1本、槍が2本てとこか。』
「槍なんて使ってる奴はいませんよ?」
『シャナが弓だろ?ゴッデスとダンガロイが槍だな。』
「バレテーラ」
「はぁ!?お前ら槍使いだったのかよ!何でもっと早く言わねぇんだよ!」
「こき使われそうだったから、内緒にしてたんだよ。」
『装備はこれ使え。ワイバーンの革鎧だ。それとローブとポーチとゴーグルと干し肉だな。路銀はあるか?』
「少しだけありますが、足りないかも。」
『金貨20枚渡す。使い切っていい訳じゃないぞ。食料はなるべく自分達で調達しろ。ポーションも入れておくが、一人二本だ。大怪我した時だけ使え。じゃぁ王都で待ってるからな。』
『あーそうだ、忘れる所だった。大事なアミュレットを渡しておく。聖騎士団もこっちに来い。』
「アミュレット?これが何かあるんですかい?」
『途中アラクネに会ったら、仲間に引き入れてこい。このアミュレットがあれば、他種族の言葉が判る様になるから、トラブルを起こすなよ?それと、念話も練習しとけ。ゴーグルは、簡易鑑定で種族が判るから、悪魔を見つけたら殺せ。魔界へのゲートを見つけたら念話で教えろ。攫われた子供を見つけたら、救出してから連絡しろ。商人の馬車なら、上げ底の場合もあるから、怪しい場合は遠慮なく検分しろ。じゃな。』
ポートではない方に向かった、アルティス達を眺めていたが、アラクネごと突然消えた。
まるで、今までの事が夢だったかの様に、忽然と目の前から消えた。
傭兵たちは、受け取った物が夢でない事を確かめて、安堵した。
アルティス達は、途中で何度も止まる羽目になった。
何故なら、誘拐犯共が居たからである。
見つける度に誘拐犯を殺し、子供達を連れて街に行き、騒ぎになった。
最終的に、面倒くさくなったので、リズを呼びつけて一緒に街に入る事にした。
「止まれ!そのアラクネは街には入れるな!」
「私は女王直属の騎士だ。この街の教会に用がある。中に入れろ。」
「騎士と子供は中に入っていいが、アラクネは駄目だ!」
「何故だ?、見ての通り、アラクネは何もしていないだろ?貴様らが敵対行動さえしなければ、何も起こらない。判ったら早く開けろ。」
「何かあれば、お前の責任だからな!」
門が開くと、ゴロツキ共が待ち構えていた。
「自警団がゴロツキとグルとはねぇ。誘拐が絶えない訳だ。」
「随分と余裕じゃねぇか。この人数差で勝てると思ってるのか?」
「そのセリフもいい加減、聞き飽きたな。死にたく無ければ道を開けろ。」
「殺せ!」
ズバッキンッズバッ
「まだやるか?」
「ば、化け物・・・」
「何を言う。貴様らが弱いだけだ。」
「あーぁ、派手にやっちまったなぁ、お前を殺人罪で処刑する。」
何か、気障な奴が出て来たな。
偉そうな口をきいているが、貴族では無いし、強くも無い。
馬鹿な奴だ。
『やっていいぞ。問題無い。』
ズパッ
「さぁ、行きましょう。」
こんな感じだ。
どこの街もゴロツキだらけで、治安が悪い。
だが、治安を守る兵が居ないのも、事実だ。
リズに念話で、兵士を募集する事を伝えた。
『リズ、国全域で兵の募集をするぞ。』
『集まりますが、危なくないですか?』
『大丈夫だ。上層部がしっかりしていれば、下も安定してくる。街は、今収入が殆ど無くて、犯罪を犯すしか無い状態なんだと思う。』
『判りました。給料はいくらほどでしょうか?』
『月銀貨20枚で、年間280枚になるから、働きに応じて、ボーナス銀貨、最大120枚を年2回だ。』
『判りました。』
今いるのは西門だが、声だけでは街全域に届かない。
だから、魔法を使って、リズの声を街全体に広める。
『[ラウンドスピーカー]』
「聞け!バネナ王国では、兵士を募集する!給料月額銀貨20枚、働きに応じてボーナスを銀貨で最大120枚を年2回支給する!働き口を探している者!力が有り余っている者は、王都まで来い!王城内騎士団訓練場にて試験を行う!また、子供を攫うものは、いかなる理由があろうとも、即座に切って捨てる!買い取り先の神聖王国は、既に滅んだ!子供を集めても売れる事は無い!以上」
『この街の官吏の家には、後で行くぞ。』
『了解』
『バリア、第一騎士団を使い、各町の取り締まりを行う。また、子供を攫った者どもを処罰せよ。全域で兵の募集を宣伝しろ。兵は、常時募集する。徴兵はしない。全て志願兵のみだ。対応しろ。お前自身は王都で新兵の育成だ。』
『街での宣伝方法は?』
『風魔法の[ラウンドスピーカー]で街全体に声が届く。チラシの作製も必要だ。印刷機を工房に依頼しろ。金は女王に言って受け取れ。』
『了解』
『カレン、募兵用の宿舎の整備と訓練メニューの作成だ。ずぶの素人もいる前提で作製しろ。』
『了解』
『アントニー、そっちでも兵士の募集をしろ。それと、多産の家の優遇と人攫いの処罰強化。助産婦の育成、回復魔法師の育成。聖騎士の鍛錬。各町の官吏のチェックと任命。お前の判断でやれ。』
『了解です。』
『アリエン、魔族の鍛錬は順調か?』
『はい、かなり強くなりました。』
『では、王都に連れて来い。混成軍として編成する。大将はお前だ。能力に応じて、騎士と兵士に分けろ。銭湯と食堂の方は、人員を街から募集しろ。育成は任せる。年明けまでにやっておけ。』
『了解しました。』
『ウルチメイト、食堂の方は順調か?』
『アルティス様!?ご無沙汰しております。食堂は順調です。パーレスも真面な料理を作れるようになってます。何か御用ですか?』
『今の人員を入れ替える。街から募集するから、教育を頼む。』
『食堂もっと作りませんか?』
『続けたいのか?』
『ヒマリア様が・・・』
『当分、ヒマリアは先生だ。』
『畏まりました。』
『あるじ、バリアを王都周辺の街の警備隊育成に回して。バッヂの作製は順調?』
『あぁ、順調だ。』
『バッヂを警備兵に着けさせて。』
『判った。いつ頃戻れるんだ?』
『判らないよ。誘拐犯が多すぎて、中々前に進めないんだ。』
『そうか、警備の強化も通達しておく。官吏の任命もやった方がいいか?』
『お願いします。』
『判った。』
バッヂとは、神聖王国に出発する前に、作製を依頼しておいたもので、警備隊用に、簡易鑑定とVIT強化、位置情報と念話機能を付与した物を作成し、コピーを依頼してある。
この世界には、警察なんてものは無いから、警備隊が警察権を行使するのだが、決まった装備を作るには、時間が足りない為、バッヂを着ける事にした。
付与魔法が一般的ではない為、全く同じ物を偽造する事はできないが、似た様な物は作れる。
つまり、犯罪者をあぶり出す為の釣り餌でもあるという事。
保安官のバッヂみたいな物だね。
そして、捕まえた犯罪者たちは、鉱山や農村で働かせる労働力となるのだ。
今いる街は、コニーシキというが、もう突っ込むのも面倒くさいので、スルーだ。
勇者の時代に、街と街の間隔が馬車で三日ほどの距離だったのを、一日に縮める為に、新しく作った街なのだそう。
その時に適当に名前を付けたから、そんな感じになったのだろうとは、容易に想像できる。
つまり、他にも数百の似た様な街があるという事だ。
一々突っ込むのも面倒なのだ。
教会に着いたので、子供達を転送してから、官吏の家に行くと、兵が待ち構えていた。
『何だこれ?』
「何ですかね、我々に抵抗するという、意思表示ですか?」
「ぶ、ぶぶ、武器を捨てろ!」
「声が震えてますよ?怖いのですか?」
「う、うるさい!お前をどうにかしないと、家族が死ぬんだ!」
「あぁ、後ろで剣を突き付けて脅している馬鹿ですか。家族を殺しても、自分が助かる訳でも無いのに、馬鹿ですね。」
スパーン
背後からいい音が聞こえて、門前の男たちが振り返ると、家族に剣を向けていた男が、倒れていた。
アルティスがこっそり近づいて、引っ叩いたのだ。
目撃した人質たちは、小さな毛玉が官吏の男を倒した事に驚いて、目を丸くしていた。
「家族は解放されましたが、まだ続けますか?」
「いや、もうやめる。あんたらはあの官吏を処罰してくれるのか?」
「当然ですよ。犯罪者は捕らえて強制労働の罰を与えます。あの男のこれまでの行いを教えて下さい。」
助けた人質の中には、子供が居ない。
子供の事を聞くと、建物の中に連れて行かれたそうだ。
建物の中には、50人近い子供がおり、出身地は全員コニーシキだという。
アルティスは、官吏を奴隷にした後、解任。
新しい官吏は、先程門前で、リズと会話した男に決めた。
『お前が新しい官吏になったが、この街を安全で暮らしやすい街に変えられたら、貴族にしてもいい。まずは、警備隊を組織しろ。元警備隊は居ると思うが、誘拐に加担していた奴は駄目だ。ゴロツキもダメだ。集めても弱いままでは役に立たないから、このバッヂを着けて強化しろ。一週間お前も警備隊候補と訓練をしろ。訓練は、街中を走る。剣術を習う。体術を習うだ。訓練中に犯罪を見つけたら捕縛しろ。捕縛した連中は、全員街の清掃だ。ゴミを片付けさせろ。』
「本当に俺が官吏なんてやってもいいんですか?」
『他にできる奴が居るのか?』
「・・・。」
『居ないならお前がやるしかないだろう?』
「判りました。でも、街中のゴロツキが攻めてきたらどうしますか?」
『念話で救援を要請しろ。王都から駆けつけて殲滅してくれる。』
「間に合わないんじゃ?」
『大丈夫だ。アラクネなら10分かからないし、兵士もすぐに到着する。』
「既に集まっていますが・・・」
『リズ、ソフティー、全員捕縛しろ。』
「了解」
『はーい』
1分かからなかった。
「おい!解放しろ!殺すぞ!」
『殺して欲しいそうだ。』
「ぐはっ」
『官吏のお前には、この権利がある。だが、乱用すると支持してくれる人が減る。だから、見せしめの為に、たまにやれ。やらなくてもいいが、馬鹿は死んでも治らないからな、教育するんだ。』
「判りました。」
『奴隷にする相手を指定して、[隷属]と唱えろ。簡単に奴隷にできる。お前が奴隷にできるのは、犯罪者だけだ。私利私欲の為に奴隷を作ると、家族からの信頼が消えるから、気を付けろよ。』
「はい。」
『官吏の家にある金は、全てこの街の復興資金だが、お前らにも生活がある。だから、月金貨1枚を給与とする。1年で14枚だ。生活はその金だけでやれ。それ以外の金は、警備隊の給与、褒章、公的設備の修理、備蓄用麦の買い付け費用等だ。』
「公的設備とは何ですか?」
『個人や商店の持ち物以外だ。例えば、井戸、外壁、道路、下水、スライムだな。あと、官吏の家だ。修繕は認めるが、増築、改築は国に許可を貰わなければできない。街を発展させるには、人を増やして、商売を繁盛させる。犯罪者を減らす。判ったか?』
「税金を取るんだろ?どうやるんだ?ですか?」
『税金は、商人からだな。毎月売り上げの2割を受け取れ。結構な金額になるから、このポーチを渡しておく。ここには、税金以外を入れるな。計算はできるか?』
「小さい金額ならできるが、大きくなると無理だ。」
『奥さんは?』
「私はできます。2割なら判ります。」
『リズ』
「この金額の2割を書け。」
「こうですね。」
「これは、1割だ。2割は、この倍の数字だ。」
「え!?という事は、私、給料を誤魔化されてる!?」
『何の仕事をしてるんだ?』
「煙突掃除です。売り上げの2割が給料だって言われて、受け取ってるんですが、銀貨10枚の売り上げを渡して1枚しか受け取ってないので。」
『誤魔化されているのかもしれないな。だが、ちゃんと契約内容を確認してからにしろよ。2割の給料でも、1割しか受け取れない契約を結んでいたら、悪いのはお前自身になるからな。』
「よく確認します。」
『それと、権力者の取り巻きによくいるが、傘に着て威張り散らす奴がいたら、ぶん殴っておけ。偉いのはてめぇじゃねぇってな。そういうタイプに限って、犯罪を陰でやってたりするんだよ。お前の名前を使ってな。』
「そんな奴が居ても、俺には関係が無いんじゃないのか?」
『お前の管理責任だ。』
「そんなのどうやって捕まえるんだ?」
『取り巻きを認めなければいい。部下と取り巻きは違う。部下とは、お前の指示を聞き、意見を言う者。取り巻きは、お前にゴマ擦って、揉み手で近寄って来る者だ。見極める力を付けろ。特に商人は取り込むな。』
『判らなくなったら聞け。』
二日後、アルティス達は王都に戻って来る事ができた。
何故戻って来れたのかというと、アメリア達傭兵団が、道中で何人もの誘拐された子供を目撃していた為だ。
商人が、馬車の荷台に隠している事もあるが、その場合は、護衛に雇った冒険者達には知らせずに、閉じ込めている場合が多く、商人の筈が、商人に化けたゴロツキだったりと、様々だ。
だが、渡したアミュレットには、魔力感知が備わっており、ゴーグルの機能も活用して、次々と捕縛ないし、処罰をしていったのだ。
ただ、二日もかかったのは、コニーシキのパターンが他にもあったからである。
王都からは、バリアが第一騎士団に指示と編成をさせて、各町の官吏を指導し、悪い場合は挿げ替え、いい場合はそのままで、教育のみ行い、誘拐犯が立ち寄れない街作りを進めた結果、アルティスが取り締まる必要が無くなったという訳だ。
また、ポータルを利用できるようになった事も大きい。
今までは、馬や馬車での移動で、移動に時間を取られていたのだが、ポータルを使えるようになった為に、一瞬で馬車で1週間かかる街まで行ける様になったのだ。
これは、先触れを出してから、査察団到着までの時間短縮に繋がり、不正を隠す時間を与えずに、査察団が到着し、隠し部屋に持って行こうとした不正品が見つかるというパターンができあがった。
各街の官吏や領主達は、念話など使える者が少なく、サクサクと移動する騎士団の動きに追いつく事ができず、先触れから査察団到着までの時間が早いという事実が広まるよりも先に査察団がやってくるのだ。
殆どが、なすすべも無く暴かれる状態になったのだ。
『ふぅ、やっと王都に戻って来れたな。』
『アルティスおつかれー』
『ソフティーも疲れたでしょ?』
『私はそうでもないよ?』
『私はつかれましたぁ。』
リズは、2日間ずっと着いて来ていたので、ぐったりとしている。
『よし、王城に向かおう。』




