第3話 モコスタビアの街
太陽が、中天を少し過ぎたお昼ごろに目が覚めたが、二人の雰囲気からすると、町まではまだ時間がかかりそうだった。
ところで、捕虜はどうやってついて来ているんだろう?
箱馬車には、前後の確認ができる窓が存在しておらず、御者と会話する為の小窓が存在しているだけで、後ろが殆ど見えないのだ。
アーリアに聞いてみたら、後ろにロープで繋いで歩かせているそうだ。
兵士達も訓練を兼ねているので、御者役以外は、基本は歩いてついて来ているらしいが、自動回復を任意にしなければ、無駄な足掻きと言えるだろう。
兵士達は、歩き疲れたら御者役と交代して休憩するらしいが、捕虜はそうはならない。
捕虜たちは、転ぶとそのまま引き摺られる事になるので、必死に馬車について来てる様だ。
馬車に乗ってる方も動けない分、腰や尻が痛くなったりするし、馬も水分や塩分を補給しなければいけないので、時々休憩を挟みながら進んでいるらしい。
『次はいつ休憩するの?歩いている兵士は、疲労を感じるの?』
「今さっき休憩したばかりで、次はお昼だから、目的地の少し手前だよ。兵士は滅多に疲れたとは言わないな。」
なんと、休憩の時に起こしてくれなかったそうだ。
兵士については、ですよねーって感じ。
「起こしたらきっと狩りに行くだろ?」
『あれくらいじゃ足りないから。』
ここで、ペティセインに、甘やかしたい心理が働いた。
御者役の兵士に、町に入ったら屋台の串焼きを買うよう、お願いしてくれたのだ。
町まで、あとどれくらいで着くのか聞こうとしたところで、窓の外の風景に気が付いた。
窓の外には、広大な黄金色に輝く麦畑が広がっていて、町まで、もう間も無く着く事を教えてくれていた。
数時間後にやっと到着した町は、高さ5メートル程の壁に囲まれていて、外側には幅5メートルくらいの堀があって、澄んだ水が流れていた。
きっと川から引いているんだろうと思うが、畑の範囲が思ったより広くて驚いた。
とはいえ、歩きで追いつける程のスピードしか出ていない事を考えれば、時速3キロと仮定すると、10キロ前後しか進んでいないという事になるね。
元の世界の感覚のままだと、車に乗って進んでいるつもりで考えてしまうから、誤差が凄いよ。
街中から流れてくる肉の焼ける匂いで、考えてた事が、かき消されてしまった。
門の前には、街に入る人々が列を作っていて、馬車はその横を進んで行く。
門番の検閲をスルーして、壁に開いたトンネルをくぐると、賑やかな街の風景が広がった。
串焼きの屋台の前で停まり、御者のコルスが何本買うか聞いてきた。
いつの間にか、両脇を歩いていた兵士と、後ろの盗賊達は居なくなっており、衛兵の待機所に盗賊達を引き渡しに行った様だ。
コルスは、2本の串焼きを購入した。
1本の串焼きをアーリアに渡して、もう1本は自分の分らしい。
串焼きは、竹の皮の様な模様は無いが、光沢のある薄い木質感のある物に包まれていて、湯気が立っていたが、アーリアの膝の上に広げて、串から外して冷ましてくれた。
『いただきまーす!』
タレが少し、しょっぱい気がするが、美味い。
はぐはぐ食べてる様子を、二人が微笑ましく見ていた。
食べ終わってしまった、包みに付いたタレを舐めとるが全く足りない・・・。
『あるじ、あと10本買って!』
「いやいや、そんなに食べられないでしょ?」
窓の外の風景を眺め、通り過ぎる屋台の肉を眺めていると、屋台の親父が青色のタレを肉にかけているのが見えた。
青い香辛料は多分、山椒だと思うんだけど、串焼きに真っ青なタレが塗られているのは正直言ってキツイ。
『うげぇ、青いタレ不味そう』
『あっちの鶏肉美味そう』
忙しなく、馬車の中を動き回って、ミャーミャー鳴きながら、キョロキョロするアルティスに、アーリアが注意した。
「館に着いたら、晩御飯食べられるからね、大人しくして。」
『いいじゃん、初めて街の中を見たんだから、もっと見せてよ。』
「お屋敷に着いたら、暇な時にでも街を散歩するから、それまで待てない?」
『待てない。』
即答したら、首根っこを摘まみ上げられて、お嬢様の腕の中に押し付けられた。
えー、お嬢様の胸は固いからあんまり嬉しく無いんですが?
「何かイラッと来たわ。」
20分程で、町の中心にある領主の館に着いたらしい。
門扉と柵と、内側の道の両側に広がる林は見えるが、建物が全然見えない。
相当に広いのか?
門の周辺の建物は、石造りの2階建てが多い様子だ。
地震や災害が無くて、温暖な気候だから、柱も少ないし、石材が剥き出しの建物でも、問題が無いのだろう。
門を通過して100メートル程進むと、これまた広い庭園の向こうに3階建てのでかい建物が見えた。
どんだけ広いんだよこの屋敷・・・、町の真ん中にこんなでかい屋敷があったら、町の反対側に行くの大変だろうな、街の端っこなのかな?。
門からロータリーまでの道は、幅が6メートルくらいあって、馬車がすれ違う事もできる様だ。
エントランスには、屋根付きの車寄せがあり、ロータリーに接続されていて、ロータリーの左側には広い駐車場の様なスペースがある。
自動車と違い、馬が引っ張ってるから、停める際に馬が前後に動くスペースが必要になるんだと思う。
ロータリーの真ん中には噴水があって、上には何かの像が乗っかってるみたいだけど、何を模っているのかわからなかった。
少なくとも、小便小僧では無い事は確かだ。
ロータリーには、反時計回り方向から入り、車寄せに馬車が停まった。
ザ・執事って感じのイケおじが馬車の扉を開け、アルティスと目が合った瞬間、驚いた様に目を見開いたが、動いたのは目だけで、声も出さずに即座に平静を装いながら、脇に避けてお辞儀をしていた。
アルティスを見て緊張したのか、警戒したのか判らないが、額に薄っすらと汗が滲んできていた。
熟練の執事をビビらせるような事は、何もしてないんだけどな・・・。
鳴いたら腰を抜かすかもしれない。
馬車から降りる時に、アーリアの腕の中に納まり、首だけを動かして、並んでいる人を観察した。
アキバで見た様な、ひらひらは全く付いていない地味なメイドメイド服を着た、メイド達が並んでお辞儀していて、真っ白いエプロンもフリルは無く、外国の修道院の人みたいな印象だ。
頭の飾りもそれぞれが付けている、髪飾り程度しかないが、髪の色は様々で、赤、金、紫、オレンジ、青、緑、茶、黒、灰色で、目がチカチカする。
灰色の髪の子は、それ程老けてないと思えるんだけど、白髪みたいな髪色だからか、老けて見えるよ。
前を通り過ぎる途中、小声で「きゃー」「かわいい」「くっ」と聞こえた。
最後のやつは一体・・・?
エントランスホールは吹き抜けになっていて、奥にはでっかい2足のトカゲの剥製?、その両側には壺を肩の上に担いだ、女性の像(裸婦では無い)が左右対称に立っていて、壺には、花が生けられていた。
その外側には、カーブした階段、床は赤い絨毯、壁は乳白色の大理石っぽい石で、アクセントに金の装飾が輝いていて、品がある高級感がいい感じ。
天井にぶら下がっているのは、シャンデリア程の華美な物では無く、大きな燭台の様だが、蝋燭では無く、ガラスでも無い宝石みたいなものが設置されている。
今は使っていない様だが。
ホールの真ん中に、高身長で細マッチョ、30代くらいの髭を生やした、厳ついおっさんと、ペティセインにそっくりだが、豊満な女が並んで立っている。
これが伯爵夫妻かな?、お嬢様の胸は誰に似たんだ?発育不良か?
む?殺気!?
「お父様、お母さま、ただいま戻りました。」
「おかえりなさいペティ、怪我は無いですか?」
「おかえりペティ、疲れてるとは思うがすぐに話を聞きたい。アーリアも一緒に報告に来なさい。」
「畏まりました。」
こういうのって、ハグとかしないのか・・・、お辞儀だけで終らせたな。
奥さんの視線が、アルティスにロックオンされていて、平静を保ちながらも、指先がピクピクと小刻みに動いている。
夫妻が先に歩き出し、その後ろに続き、廊下を歩いて行く。
廊下には、4色のモザイク柄の毛の短いカーペットが敷かれていて、中世と同時代と考えると、この柄はかなり先進的な柄だよな。
手織りだったら、すげー手間だと思うんだけど、長い廊下に隙間なく敷き詰められているので、日本のオフィスの様な、パネル式のカーペットを敷き詰めているのかも知れないと思った。
廊下の壁には、街全体の風景画や、農作業をする人などの絵が飾られていて、所々に高そうな壺や、白でラメが入っていそうな、半透明の台の上に、陶磁器っぽい花瓶に活けられた花が飾られている。
花には詳しくは無いが、パステルカラーの花もある様で、花のびらの形もギザギザだったり、縦ロールだったりして面白い。
天井近くには、照明が光っているが、天井が煤けていないので、火を使っていない別の何かで光らせている様だった。
廊下の両側には部屋があるが、通路幅が広く、3m程の幅がある為、圧迫感は無い。
玄関ホールから、廊下の突き当りまでの長さが凄くて、50m近い距離がありそうだ。
突き当りには、大きな扉がある部屋になっていて、その手前で廊下は右に曲がっている様だ。
全員でぞろぞろと歩いているから、部屋に着くまでが長く感じる。
ペティママの歩幅が多分50cm程しかないから、奥のあの部屋に行くなら、1分はかかりそうだと思った。
目的地は、扉の両側に全身鎧の甲冑がある、観音扉の部屋の様だ。
甲冑は、人が入っている訳では無く、魔力を帯びていて、防御も兼ねた魔道具なのかもしれない。
首が無ければ、リビングアーマーになりそうだが、そういうブラックジョークの様な事はしないのだろう。
扉は重厚な作りで、艶消しのワックスで磨かれていて、蝶番とドアノブ、ドアノッカーが純金でできていた。
だが、重厚な作りのドアを支える程の強度は、純金には無いので、純金は装飾で、内側には鋼鉄の蝶番が付いているのだと思われる。
扉の前には、右に執事、左にメイドが立ち、観音開きの重厚な扉を音も立てずに開いた。
扉の中に見えた部屋は、想像の5倍は広い部屋で、応接セットの奥には、横幅のデカい執務机が見えた。
連れていかれたのは、応接間ではなく、執務室だった。
でかい机に電気スタンド?いや、コードが無いな、魔道具とかか?、インク壺と羽ペンがある、紙は羊皮紙では無く、薄茶色の紙だ。
部屋は20畳くらいの広さがあって、窓には板ガラスっぽいが、質感が違う何かが嵌まっている。
透明だが、どこかで見た様な筋が入っている板で、まるでトンボの羽の様な線が何本も入っている。
部屋の中央に応接セットのソファーとローテーブルがある。
ペティと伯爵夫妻が向かい合って座り、アーリアは、ペティの斜め後ろに立っていて、エカテリーヌ夫人の視線がチラチラとアルティスを見ながら、手をワキワキさせている。
執事は扉の横に立ち、メイドがワゴンの上でお茶と茶菓子の準備を行い、3人の前にティーカップを置いていく。
ワゴンの中段には、ミルクの入った器と、茹でたであろう何かの肉が載った皿があり、アルティスの鼻がヒクヒクと反応していた。
「こちらはどこに置きますか?」
メイドが、アルティス用の皿をどこに置くか聞いた。
「私の膝の上へ」
「おい!」
奥さんのボケに、即座に突っ込みを入れる旦那。
ペティが固まり、目を見開いて驚くメイド、アーリアの口からは小さく「え?」と声が漏れた。
「冗談よ、テーブルの上に置いてちょうだい。」
「全く、冗談はほどほどにしなさい。」
メイドが、奥さんの正面に皿を並べ、音も立てずに部屋から出て行った。
「さ、アーリア、その子をテーブルに乗せてちょうだい。」
「大人しくしてなさい。」
少し戸惑いながらも、アーリアがテーブルにアルティスを乗せ、小声で注意した。
「ミャ」『暴れた事など無いのに、心外だ。』
「この子のお名前は、何と言うの?」
「アルティスでございます。」
「アルティスさん、私の名前はエカテリーヌ・ホリゾンダルで、この人の名前が、ケイン・ホリゾンダル伯爵よ。よろしくね」
「ミャー」『アルティスといいます。よろしくお願いします。』ペコリ
「今、挨拶とお辞儀しなかった!?」
「そんな訳無かろう、偶然だよ、偶然。ニャーとしか言ってないじゃないか。」
「いえ、自己紹介しました。「よろしくお願いします」と」
「判るというのか?、信じられんが・・・」
「はい、意思疎通はできます。」
「!?、おりこうさんね、遠慮せず食べていいわよ。」
一応、アーリアを見ると頷いたので食べる事にした。
「ミャ」『いただきまーす』
エカテリーヌ夫人の顔がデレっとした。
ミルクは、牛乳っぽいが少しとろみがあり、濃厚で少し甘みのある味わい、搾りたての牛乳が、こんな味だと聞いた事が有る。
肉は鶏肉を茹でた感じで、ちょっと歯ごたえがあって味も濃いめ、地鶏っぽい。
異世界にブロイラーなんて居ないだろうから、当然といえば当然か。
「ミャー」『少し塩味が欲しいんだけど、駄目かな?』
「少し塩をかけて欲しいそうです。」
執事がスッと近づいて来て、胸ポケットから塩の入った小瓶を取り出して、パラパラと振りかけて、戻って行った。
「ミャ」『ありがとうございます』
胸ポケに塩を入れてるとか、珍しい執事だな。
肉があっという間に無くなったのを見てエカテリーヌ夫人が言った。
「お肉の追加をお願い。」
おお、気が利くねぇ、奥さん。
でも、俺はこっちのお菓子が気になるぞ。
「お持ちしました。」
早っや!まだ数秒しか経ってねぇぞ!?
「えっ?もう来たの?」
即座に皿を交換した、執事の行動にペティが驚いている。
「は、早いわね」
「はい、今日の夕食で使う予定だった肉でございます。丁度ゆであがった物がありましたので、メイドに持たせておりました。」
うんうん頷くエカテリーヌ夫人、アルティスはお菓子の方をスンスン気にするが、遮る様にペティが手を置いた。
アルティスとペティの間に、一瞬火花が散った様に見えた。
「こほん、それでは報告を聞こうか。」
ペティセインの報告が始まった。
「学園が長期休暇に入ったので帰省する途中、魔の森に差し掛かったところで11名の盗賊に襲われました。馬車をなんらかの方法で横転させられ、戦闘で兵士二人が死亡し、盗賊4人を撃退しましたが、残りの盗賊が逃げ出しました。」
「アーリアが、逃げた盗賊に追撃をしまして、途中から加勢してくれた、アルティス君と共に、全員撃退しております。」
「また、盗賊に襲撃されたために、魔の森を日が出ている間に抜ける事が、難しくなった為、魔の森の手前で野営を致しましたが、その際にも5名の盗賊と兵士1名の裏切りにより襲撃されかけましたが、アルティス君が盗賊5名を撃退し、事無きを得ました。」
「アーリア、17人もの盗賊から、よくぞペティを守ってくれた、ありがとう礼を言うよ。」
「いえ、私は職務を全うしただけです。逃げた盗賊を追いかけて、危うく死にかけましたが、アルティスが加勢してくれたおかげで、お嬢様とここまで帰ってこれました。」
「アルティス?、この小動物がか?そんなに強そうには見えないが・・」
「アルティスは、盗賊を8人倒していますし、魔法も使えるんです。アルティスが回復魔法を使えたおかげで、兵士の命も助かりました。」
「しかし、兵士の裏切りとはな、教育をもっとしっかりしなければならないか。」
呟くケイン伯爵と、執事が一瞬視線を交わした。
そんな呟きは無視したのか、エカテリーヌ夫人が驚きの声を上げると、直ぐに切り替えた、ケイン伯爵が詳しい説明を求めた。
「まぁ!そんなにお強いの?こんなに可愛いお姿なのに?」
「アーリア、そのアルティス君に助けられた時の状況を詳しく聞かせてくれ。」
「はい、私は逃げた6人を追いかけましたが、追いかけたのが私一人だったのと、弓を持った盗賊が、木の上で待ち構えていまして、盗賊達が振り返って、私は、6人の盗賊と1人の弓兵と相対しました。」
「今思えば、私はその者達に釣られたのでしょう。先に倒した者よりも手練れで、少々苦戦していたところ、盗賊の背後からの弓矢で左肩を撃ち抜かれてしまいましたが、直後に弓矢を撃った盗賊が、アルティスに跳ね飛ばされて地面に転がり、盗賊がいた木の上のアルティスと目が合いました。」
アーリアは、アルティスと共闘した時の様子を説明し、アルティスとペティの様子を茶化す様に話した。
「当面の危機を脱したと判断できましたので、すぐに馬車に戻り、お嬢様の安否の確認と馬車から救出しまして、そこで後ろをついて来ていた彼にお礼をしました。」
「お嬢様は最初は嫌われている様子でしたが。」
「ちょっと!、それはアミュレットのせいでしょ!?」
「まあ!、胸が小さいのはお嫌いなのかしら?」
「お母さま!?それは関係無いですよね!?」
この家族、超面白い。
「魔除けのアミュレットが駄目だったらしいです。外したらお嬢様も抱っこできるようになってましたが。」
「アミュレットを外す前、お嬢様が追いかけ回した時に威嚇されまして、兵士との間に私が割り込みまして、兵士を制止して、私が抱き上げたところ、頭の中に『テイムしますか?』という言葉が浮かんできました。」
「テイム?聞いた事が無い言葉だな。」
「勇者様の物語の中で、出てきましたよ?、あのドラゴンを従えた時です。」
「む?そうだったか?、あまり覚えてはいないが、そうか、あの話の中に出てきたのか。」
「ミャー?」『テイムを知らない?この世界ってテイマー居ないの?』
「え?テイマー?ちょっと待ってて。私もおとぎ話の中の話だと思っていましたので、頭に浮かんだ時は驚きました。彼との間に青白い線が繋がってたのと、悪い気はしませんでしたので、、〈YES〉を選択しました。私と彼の足元に青い魔法陣が出て消えたら、アルティスに挨拶をされまして、それと同時に名前を付けろと浮かんできました。」
追加の肉を食べたら眠くなってきた・・・ふわぁ・・・
「本当に会話できると言うのか?」
「はい、彼の鳴き声が言葉として理解できるようになりました。」
「信じられない・・・、こんな話聞いた事が無いぞ!」
「物語の中で、勇者様がドラゴンと会話していた筈ですよ?」
「アーリアちゃん、アルティスさんの考えている事も判りますの?」
「いえ、話す事はできますが、何を考えているかまでは判りません。ただ、彼は人間の言葉を理解できるようです。しかも、頭もいいみたいです。」
「まあ!かなりのおりこうさんなのね!ねぇ、私の言葉は判る?」
「・・・・・・・・・」
「反応しないぞ?」
「・・・申し訳ありません、寝てるようです。」
「あらあら、お腹いっぱいになって眠くなっちゃったのね!」
腹が膨れて眠くなって、つい寝てしまった。
何か暖かい物に包まれた気がするが、気持ちいいのでそのままにした。
伯爵は言葉が理解できるかどうか知りたがっているが、エカテリーヌ夫人が窘める。
「むぅ、言葉が本当に理解できるのか、判らんではないか!」
「あなた、そんなに大きな声をあげたらアルティスさんが起きてしまうじゃありませんか。それに、先程挨拶してたじゃありませんか。」
「いや、しかしだなぁ・・・あれだけでは、確信が持てぬというかだな。」
「あら?、あなたは、ペティを助けて下さった恩人に、無碍な事をする気ですの?。」
エカテリーヌ夫人は、ケイン伯爵をとがめる様に睨み、言い含めた。
「い、いや、そんな事をするつもりは無いが、気になるではないか。会話が成立するとなれば、お前も話してみたいと思うのではないのか?」
「思わない事もありませんが、無理やり起こしてまで、やろうとは思いません。時間はたっぷりありますもの。後でゆっくりお話しできれば、それでいいですわ。だから、今日のお話はお終いって事でいいかしら?」
「うむ、仕方あるまい。今はここまでにして、後でまた話を聞く事にしよう。」
一旦お開きになり、部屋から退室する事になった。
夫人はアルティスを抱き上げた。
「それでは、私の部屋へ連れて行って、寝かせてあげましょう」
「「!?」」
ペティとアーリアが慌てて、夫人を取成しにかかった。
「お待ちくださいお母さま、お母さまの部屋ではリアの出入りに支障を来しますので、私の部屋か、リアの部屋でお願いします。」
「そうかしら?私の部屋にペティが居れば問題ないのでは無いの?」
「アルティス君のパートナーはリアですので、起きた時にリアが居なければ暴れる可能性もあります。」
「大丈夫よ、少しくらい暴れても問題無いわ」
「いえ、先ほども話した通り、一撃で盗賊を殺せる程の力がありますので、奥様を危険にさらす事にもなりかねません。」
「そう・・・わかりました。では、私から奪い取りなさい!!」
「「ええええええ!?」」
「冗談よ、ウフフ」
3人はペティの部屋のベッドにアルティスを寝かせ、アーリアは着替える為に自分の部屋に行き、残った二人は暫らく見守っていたが、全く起きる気配が無い為、ペティは湯浴みをする為に、エカテリーヌ夫人は、娘のベッドで寝る訳にもいかず、自分の部屋に戻る為に部屋から出て行った。
ペティセインの部屋に、メイドが一人やってきた。
彼女の名前はアゼリア、ペティセインの部屋付のメイドで、この部屋に自由に出入りできるメイドは、このアゼリアだけだ。
アゼリアは、ペティセインが5歳の時に担当になり、それからずっとお世話をしてきた。
好きな色や、花の好み、英雄譚、食事の好みから、香水の匂いまで好きな物が全て同じで、ペティセインが好きな物は、今まで嫌いと思った事が無かった。
しかし、アゼリアには一つだけ、ペティセインが好きでも、相容れない苦手な物があった。
それは、動物、毛むくじゃらでフニャフニャで、すばしっこくて、こちらの都合に関係無く突っ込んでくる動物が嫌い。
今まで何度も、辛酸を嘗めてきた事か。
街の中にいる、小さなネズミには、服を齧られたり、突然上から落ちてきたり、大事に残してあったお菓子を食べられたり、買い物途中で、スカートの中に入られたりと、今まで散々な目にあってきた。
友人と一緒にいても、被害に遭うのはいつも自分だけで、友人には笑われるばかりだ。
ネズミとは違うが、似た様な動物が、今目の前にいる。
ついさっき、玄関でお嬢様をお出迎えした時に、アーリア様に抱かれていたコイツ。
一体何者なのか・・・、見た事の無い姿で、丸い頭に小さな体、2色の模様があるが、土の色と黒で正直綺麗とはいい難い。
顔は・・・可愛い?、小さな鼻が呼吸をする度に、ヒクヒクと動いていて、時折耳が動く。
前足は三つ葉の様な形をしていて、足の裏には、ピンク色の皮膚が見えていて、たまに、にぎにぎと窄める様な動きをする。
顔には白い髭が何本も生えていて、眉の辺りにも同様の毛が生えている。
街の外で見たウサギにも似ている様な気がするが、大きさが全然違うし、ネズミよりも大きい、尻尾は20cm程の長さがあるが、ペシペシと布団を叩いたり、ぶんぶんと振り回したり、動きが止まったかと思えば、先端だけがクネクネと動く、全く動きが読めない。
ペティセイン様のベッドを整えたいが、動物が寝ているので作業はできそうにない。
恐る恐る髭を触ってみた、するとゴロンと仰向けになり、人が立っている時の様な姿勢になった。
所謂へそ天である。
「か、可愛い・・・」
アゼリアは、この小動物に心を射抜かれた。
もっと触れてみたくなり、手を伸ばすと、尻尾で叩かれた。
もう一度手を伸ばしてみても、また尻尾で叩かれた。
「この尻尾には、別の意思がある?まさかね。」
少しムッとしたので、頭の方から触ろうとしたが、前足の甲で叩かれた。
段々と面白くなって来たから、色々な方向から両手を使って、触ろうとしてみる。
「うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃ」
パシパシパシパシパシ
手数を増やしてみたが、前足と尻尾に阻まれて、触る事ができなかった。
うーむ・・・。
アーリアがペティの部屋に来ると、アゼリアがベッドに向かって何かをしているのが見えた。
「何してるんだ?アゼリア」
「ひゃいっ!?」
突然後ろから、アーリア様が話しかけて来たので、びっくりして、変な声で返事をしてしまった。
急に後ろから話しかけられたアゼリアが、飛び跳ねる程に驚き、焦りを見せていた。
「こ、この小動物が、触らせてくれないので・・・、ちょっと面白くて・・・はい。」
アルティスの姿勢は、お腹を上にして、足と尻尾を振り回していた。
「フフフ、この体制は可愛いな、これでは触りたくなっても仕方が無いな。でも、怒らせると危ないから、邪魔なら私が動かすよ。」
怒らせると危ないという言葉が気になったが、動かしてもらえるのならありがたいと思った。
アーリア様が抱かかえると、目を開けて鳴き声をあげた。
『あるじが来てくれてよかった、さっきから煩いんだよね、このメイド。』
「起きてるなら、起きればいいのに。」
『何か顔が怖くて。』
ニャーニャー鳴く声と、会話をしているアーリア様を、不思議に思いながら見ていると、アーリア様が私の方を向いて、顔を覗き込んできた。
「アゼリアの顔が怖い・・・ホントに怖いね、鼻が広がってるぞ?」
「え?きゃぁ!?し、失礼致しました・・・。」
顔が熱くなってしまいました。
鼻が広がる程に興奮していたなんて。
「あはは、あんまり怖がらせると、アルティスに相手にして貰えなくなるぞ?」
「そ、それは、気を付けます。と、とりあえず、ベッドを掃除しますので、どいて頂けると、ありがたいいのですが。」
「では、私の部屋に連れて行くよ。邪魔して悪かったね。」
「アルティス、夕食ができるまで、私の部屋に行こう。」
アーリアの部屋に来た。
屋敷の2階の端っこにある部屋で、窓からは林と、所々土が見えている、広場しか見えない。
広さは8畳間くらいで、やっと落ち着けそうだ。
この世界の事をもっと知りたいので、色々聞いてみる事にした。
『色々聞きたい事があるんだ』
「どんな事だい?」
『お金の事とか』
「お金か、アルティスが使う事は無いと思うけど、一応説明しておくよ。まず、コインは5種類あって、銭貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の5種類で、銭貨が100枚で銅貨1枚、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚になるんだよ。単位はリーブラだけど、殆ど使われないね。5000リーブラって言っても、貨幣に換算できる人が少ないんだよね。アルティスは判る?」
『銅貨50枚』
「せ、正解だ、計算早いね、私より計算早いんじゃないかな?、あはは・・・はぁ」
銭貨を見せてもうと、[鑑定]で、ジュラルミン製と出た。
『ちょっとくすんだ銀色をしていて、軽いけど、アルミ程軽くは無いな。』
錬金術が存在する以上、合金の研究が進んでいても、可笑しくは無い。
「白金貨は何リーブラ?」
『1億リーブラ』
「この質問すると、殆どの人は三日くらい、答えるのにかかるんだけどね。」
そう言いながら、それぞれの硬貨を取り出した。
銭貨以外は大体10g前後で、鋳造ではなくて、プレスして加工されているっぽい。
「ミャ」『[鑑定]』
でも、この金貨、金の含有率0%って可笑しくね?
『この金貨おかしくない?』
「え?可笑しいって何が?」
『他の金貨見せて』
金貨の標準がこの金を全く含まない金貨の可能性もある為、別の金貨も確認させてもらう。
「あ、あぁ、いいけど、何か変なところでもあるのかい?」
「ミャ」『[鑑定]』
金貨が20枚追加で出てきたが、5枚だけ黄銅でできている。
『この6枚は偽物だね』
「え?ええええええええ!?」
『重さが全然違うよ?』
「ちょ、ちょっと待って、どうやって見分けたの!?」
『色と重さと鑑定』
「色と重さ?色は・・・少し赤っぽい?、重さはそうだね、全然違うね。よく鑑定しようと思ったね、金なんて見た事あるの?」
ディメンションホールからゴールドナゲットを落とした。
ゴールドナゲットというのは、砂金が集まって、川底等で塊になった状態の物だ。
延べ棒にしてもいいが、使い道を全く考えていないので、そのままにしてある。
「これは何!?、金の塊?これが金なの?」
『これは、川で見つけた金』
「川にこんなのがあるの?、これ、重いね、この量なら、相当な価値になるよ。」
『あるじ、喋り方変わってない?』
「え?、あぁ、プライベートだからね、仕事中とは違うんだよ。しかし、こんな物をどれくらい持ってるの?」
『この部屋が埋まるくらいの金と宝石の原石があるよ。』
森での生活で、川の底を掘りまくった結果である。
「へ?、そんなにたくさんあるの!?、もう働かなくても生きていけそうだね。」
『自分じゃ使えないから、あげるよ。』
「うーん、私は、騎士に命を懸けているから、要らないよ。」
『じゃぁ、必要な時に使ってね。』
「そうだね。」
お金に執着しない二人であった。
他の気になった事を聞いてみた。
『コルスって女の子だよね?』
「そうだね、気付いちゃったかぁ、本人は気付かれてないと、思ってるらしいんだけど、普通に気付くよね。でも、兵士達には気付かれてないから、言わないであげてね。」
『何で偽装をしてるんだろう?』
「それはね、兵士には男しかなれないからだよ」
『そうなんだ。』
すぐにバレそうな気もするけど、意外と男は気がつかないのかもしれない。
それ以外にも事情がありそうではあるが。
『他種族はいるの?』
「他種族?ドワーフとかのこと?、いるよ。エルフ、ドワーフ、魔族、ヴァンパイア、獣人族、リザードマン、サハギン、セイレーン、ピクシー、ケットシー、竜人族、鳥人族に馬人族、人族として確認されているのは、このくらいかな?、本当はもっとたくさん居るって話だけど、知っているのはこのくらいだね。」
『ケットシーってのは?』
「やっぱりそこ気になる?、私も最初は、アルティスの事をケットシーの子供だと思ったんだけどね、違うみたいだね。ケットシーっていうのは、もっと大きくて、私の胸くらいの高さかな?、黒い毛で覆われていて、手足の先だけ白いらしいね、顔はアルティスと似てるんじゃないかな?、本で読んだだけだから、詳しくは知らないんだよね。」
『この街にはいないの?』
「この街の異種族は、ドワーフとハーフエルフくらいかな。他の種族は、滅多に人間の近くには来ないね。」
『魔族は?』
「魔族は敵対してるからいないよ、街中に居たら大騒ぎになるよ。」
『さっき見たけどなー』
「なんだって!?、魔族どこで見たの!?」
『街にいたよ?』
「何でその時に教えてくれなかったんだ・・・、街に魔族が紛れ込んでいるなんて事が知れたら、パニックになりかねない。」
『だって敵対してるなんて知らないもん。』
「うっ、そ、そうだね・・・。ごめん。」
魔族は、敵対してるのか、何が原因なのかは知らないけど、共存できればいいのにね。
『何で魔族と敵対しているの?』
「人間の国は、今魔王軍に攻められていて、魔族は魔王の手下だからだよ。」
何と、魔王軍と戦争中なのだとか。
だから、街中に魔族が居ること自体が、おかしいとなるのだろう。
何かの裏工作をされていても困るからね。
『この国の地図は無いの?』
「地図?、地図は戦略的に重要だから無いよ、この大陸のならあるけど。」
『見せて』
「あれがそうだよ」
指さす方に顔を向けてみると、壁に地図が貼ってあり、そこにはほぼ長方形の陸地が書いてあり、上側の隅に『魔』、下側の隅に『獣』と書いてある陸地がちょっとだけ書いてある。
この長方形が大陸?ホントにこんな形してんのか?略式だとは思うが、本当にそんな形をしているのならば、全く雨が降らない事も関係しているのかもしれないね。
元の世界でも、ユーラシア大陸の中央付近には、あまり雨が降らない地域が広がっていた筈だからね。
ただ、その割には、外壁の外側のお堀に綺麗な水が流れていたし、街を囲む広大な畑は、不毛では無い事を示していると思う。
真ん中に富士山みたいな絵が描かれてるのと、右側の4分の1に巨大な山が描かれている。
真ん中の富士山と比べると50倍くらいの大きさがあり、それ以外は小さな山脈と湖?と川?が描かれている。
「この真ん中のこれが、この国の王都がある、円形山脈で、右側の大きい山が、テラスメル高原、円形山脈から右端まで、馬車でも2年はかかるらしいよ。」
『馬車で2年?、凄い距離あるんじゃない?』
直進できたとすれば、馬車が時速5kmだとすると、1日14時間で70kmで、392日だから27,440km、2年で54,880kmって事になる。
「真っ直ぐじゃ行けないよ?、途中、山脈を迂回したり、テラスメル高原を乗り越えたり、ここには内海もあるからね、地図だと小さいけど、対岸が見えないくらい広いんだよ。ここの海には確か、クラーケンがたくさん居て、船が出せないって書いてあったかな?。」
実際は、真っ直では行けなくて、川の幅が1kmの所もあれば、広大な湿地帯が広がっていたり、魔獣の巣窟の様な大森林があったりで、かなり迂回しなくてはたどり着けない様だ。
途中の内海は、円形だが直径が1000km程あり、クラーケンの巣窟になっているらしいし、その内海に繋がる川の河口の幅は20kmもあるので、南下して内海を回り込むしか方法が無いらしい。
『イカ食い放題だな。いや、タコだったか?』
「クラーケンを食べる気!?」
『南端まではどれくらい?』
「南端までは、早いよ。平坦な道があるからね、4ヶ月くらいだったかな?」
『毎日進んで、約8000kmかぁ、それでも結構な距離あるね。』
「どうやってそんな数字が出るのだ?」
『馬車の速度が、大体5キロだから、1日14時間あるいたとして、70キロ。4ヶ月だと112日だから、7840キロ。だから、大体8000キロって事』
「・・・計算早いね、何を言ってるのか、何となくしか判らないよ。でも距離は確か、7000キーロくらいだった筈だよ。」
『あぁ、休憩時間を計算に入れて無かったか。』
だが、南端までが7000kmくらいだとすると、この大陸は本当に横に細長いのかもしれないね。
地図の気になる事を聞いてみよう。
『この西側のデカい川の向こうは森しかないの?』
「あぁ、その川は、幅が数キロあって、深さもかなり深いから、橋を架ける事ができなくて、向こう岸に渡れないんだよ。唯一渡れるのが、神聖王国に繋がるこの部分だけで、ここには橋の様になっている浅瀬があるんだよ。川は下の方で繋がっているらしいよ。」
『ここからしかいけないんじゃ、この土地を持ってる意味が無いね。』
「そうだね、この辺りは強力な魔物が多くて、よくスタンピードを起こしているらしいから、開発する気にもなれないみたいだよ。」
行くのも大変、開発するのも大変では、放置したくなるのも頷ける。
『あるじ、お風呂いこ』
「お風呂?って何?」
『え?お風呂無いの?』
「お風呂・・・?聞いた事が無いよ?」
『湯浴みで判る?』
「あぁ、湯浴みね、ここの沐浴場は深いけど平気かな?とりあえず、行こう!」
沐浴場というのは、体を洗う専用の場所の事だ。
通常の宿や、一般の民家は凡そ水浴びか、濡らした布で体を拭く事を基本としていて、中級以上の宿では、湯浴み用の盥とお湯がサービスとして、有料で提供される事があるらしいが、銀貨1枚くらい取られるらしい。
お湯使うだけで1万円とか、ちょっと余裕が無いと使わないわな。
普通の貴族は沐浴場という、専用の場所がある程度で、湯舟があるのは、王侯貴族のみだそうだ。
沐浴場には、水浴び用とも言える窪みがあり、深さは30cm程しかなく、暖まるのではなく、その中で体を洗う為だけに利用される。
平均気温が高いので、シャワー感覚なのは判るのだが、湯に浸かるというのは、日本人には必要な行動なのだ。
「はい、体を洗っちゃうね。うわ、お湯がどんどん茶色くなってくる。結構汚かったんだね。」
『酷い』
「・・・・お湯、入れ替えるね」
やはり、[クリーン]だけでは、落としきれない汚れがある様だ。
アルティスとしては、日本式のお風呂に改造して欲しいと思うのも仕方は無いが、小さいので、あまり変わらないであろう。
だが、アーリアには、お風呂の良さを知って欲しいと思った。
魔法があるんだから、お湯なんて作るのは簡単な筈なのに、何故普及しないのか、理由が判らないな。
久々のお風呂は気持ち良かった。耳の中にお湯が入るとヘドバンしてしまうが、湯に浸かるのはやはり気持ちがいいのだ。
アーリアが寒そうだったのが気になる。
脱衣場では、[ドライ]を掛けたら、驚かれた。
人間の間では、[ドライ]は、危険な魔法と認識されているらしい。
アルティスも、長い森での生活の中で、ドライを何度か試しては失敗を繰り返していたのだが、魔力操作を覚えてからは簡単になったのだ。
『[ドライ]』
「ちょ、アルティス!?、その魔法は危険だから、禁止されてるんだよ?」
『危険?ちゃんとイメージしないからだよ。定義付して、体組織以外の水分を乾かせば失敗はしないよ。』
「たいそしき?、体の一部?どういうこと?」
『体の表面の水分のみ乾燥させるの。』
「定義づけとは?」
『この魔法を使うときは、必ずこうするって決める事だよ。』
「でも、たまに失明しちゃう人もいるんだよ?」
『それは、「体の表面の水を全て」と定義付して、目を開けたままやったんだよ。』
「あぁ、目を瞑っていれば、失明しないって事か。」
『そういうこと。』
「でも今、やってもらった時は、目を閉じていなかったよ?」
『うん、俺は、体の形と体液を除外してやってるからね。』
「難しいなぁ、私には無理そうだね。でも、人間の体液なんてよく知ってるね?」
『元人間だからね。』
「え!?、元人間?、どういう事?」
『元々は別の世界で人間だったんだよ。で、気が付いたらこの姿になってたの。』
「別の世界っていうのは、何で判ったの?」
『文明が全く違うからね。魔法が無かったし、もっと発展してたからさ。』
「ほぇー」
『空を飛ぶ乗り物があったり、馬無しで走る車が有ったり、あの野営した場所から、この街までの距離だったら、多分1時間くらいで到着できるくらいに、早い乗り物があったんだよ。』
「??どのくらい早いの?」
『うーん、馬が走るスピードの倍くらい?』
「それは早いね。それは、王侯貴族が乗る物だったの?」
『違うよ?庶民の乗り物だよ。』
「ええ!?」
『王侯貴族ってのは殆ど居なかったけど、国の偉い人やお金持ちは、もっと早い乗り物で、空を飛んで移動してたよ。』
「もっと早い乗り物!?」
『もちろんリスクはあったよ?でも、何千キロも離れた所に、一晩で着くとかだったからね。』
「全く想像もできないよ。その世界に戻れたら戻りたいと思う?」
『んー、判んない。まだこの世界の事を何も知らないからね。』
「そっか。そうだね。」
『さぁ、早く部屋に戻ろうよ。』
「うん、そうだね。」
[ドライ]の話から、流れで元異世界人である事をカミングアウトしたが、アーリアが理解しているのかどうか、よく判らなかった。
アーリアの部屋に戻ってきた。
『そういえば、お昼は食べたの?』
「着替えたついでに食べたよ?、アルティスは寝ちゃってたからね。」
『そっか、夕飯はみんなと同じ食事、食べられるのかな?』
「同じのがいいの?」
『元人間だからね。』
「そっか、ここの料理が口に合うといいね。」
『どう違うのか楽しみ!』
「ちょっと、執事さんに話してくるよ。」
『お願いします!』
アーリアが扉を開けると、執事が立っていた。
「うわっ!?、びっくりしたー!」
「何か御用がある様子でしたので、丁度伺おうとしておりました。」
「どうして判ったんですか!?」
「長年の勘、という奴ですかな。ほほほ」
『くっそ怪しい奴だな、こっそり聞き耳でもしていたんじゃないのか?』
「ちょっと執事さんが、怖くなってきました。」
「そう怖がらないでください。聞き耳など立てておりませんから。」
『襟に虫がとまってるよ?』
執事が襟を手で払った。
『[鑑定]』
名前:セバス・ノーフェイス
職業:執事 諜報員 指導者 指揮者 暗殺者
HP:259
MP:634
STR:151
VIT:167
AGI:155
INT:168
MAG:498
攻撃スキル:柔術 剣術 杖術 槍術 投擲 糸操術
感知スキル:魔力感知 空間感知 振動感知 聴覚強化 毒感知
耐性スキル:状態異常耐性 精神異常耐性 呪い耐性 打撃耐性 幻影耐性
魔法:鑑定 自動回復 火魔法 風魔法 水魔法 土魔法 時空魔法 闇魔法
回復魔法 身体強化 念話 盗聴 言語理解 契約魔法
『アルティス様、私のステータスについては、秘密にして頂けないでしょうか?』
『何で?』
『私は、伯爵家で密命を受けてございますので、敵ではございません。』
『俺とあるじに念話を教えてくれるならいいだろう。』
『畏まりました。』
執事のステータスが、凄い事になっていた。
アルティスは、人に対しては[鑑定]を使いたくは無かったが、今は仕方が無いと言える。
なにせ、アルティスの言葉を理解していたのだから。
「何?どうしたの?、二人で何か話してるの?」
『ごめん、あるじ、ちょっと話してた。』
「執事さん、アルティスと話できるんですね。凄いです。」
「ほほほ、執事の嗜みというものでございます。」
『嘘つけ!』
「では、アーリア様のご要望をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、アルティスの夕飯を、私と同じメニューにして欲しいんですが。」
「ほう、アーリア様と同じメニューでございますか、畏まりました。厨房へ伝えておきます。」
「では、私の話の方でございますが、明日でもよろしいでしょうか?」
『それでいいです。』
「はい、ありがとうございます。では、失礼致します。」
執事が戻って行った。
「アルティス、執事さんと、何の話をしていたの?」
『ステータスを秘密にしてくれだってさ。』
「そんなに凄いの?」
『まぁ、あるじには勝てないよ。』
「そうなんだ。で、明日でいいというのは?」
『あの人、念話が使えるんだよね、だから明日教えてもらう約束をしたんだよ』
「念話?」
『覚えたら、無言で会話できるようになるんだよ。』
「それはいい事なの?」
『ミャーミャーいう相手と話してるって、思われなくなるよ?』
「それはいい事だね!、是非覚えよう!」
『それと、多分遠距離でも話せる様になると思う。』
「それは凄いね、是非欲しいねそれ!」
『遠距離で会話するには、相手も覚えてないとダメだからね?』
「アルティスと覚えれば、離れてても話せるんだよね?」
『そうそう』
「何が何でも覚えなければ!」
念話が使える事のメリットを、アーリアが理解すると、凄いやる気を出した。
昨日、ペティに言われた事が、相当ショックだった様だ。
夕食に呼ばれたので、アーリアに抱かれて食堂へ向かった。
食堂は、30人が座れる程広く、長いテーブルとたくさんの椅子が、並んでいた。
ここで食事をするのは、4人と1匹だけなので、上座とその近くだけを使う様だ。
食事は、大皿と小皿に盛られていて、主食はパンだが、無発酵のフラットブレッドだった。
もしかして、酵母を知らない?、ふかふかのパンがあるのに、わざわざ無発酵のパンを主食にはしないよなぁ、特に上流階級となれば。
『このパンは、普通なの?』
「ん?そうだけど?」
やはり、無発酵パンしか無い様だ。
この世界に酵母が無いなんて事は無いと思うが、天然酵母を作れるかどうかは微妙だよな。
食べ始めようとすると、何やらお祈りを始めた。
豊穣の神イシス様へ感謝を込めて、うんたらかんたら言ってから、食べ始めていた。
アルティスは、そのままでは食べ辛いので、メイドが小さく切り分けてくれる様だ。
『うーん、このスープは美味しくないね。』
「そうなんだ。」
『あ、返事しなくていいよ、伯爵達には美味しいって言ってるって伝えていいから。』
『肉は美味しいけど、うーん』
『厨房の人に、料理を教えてあげようかな?』
「できるの?料理」
『教えるから、作るのはあるじだよ?』
「私が作るの!?」
アーリアが声に出して驚くと、お嬢様が茶化してきた。
「え?何々?リアが料理するの?、死人が出なきゃいいけど・・・。」
「お嬢様!?、私の料理が不味いと思ってますか?」
アーリアは、野営や森での行軍訓練で、長期間の滞在になると、保存食では無く、角ウサギや蛇を捕まえて、ちょっとした料理をする程には、嗜んでいた。
そういえば、野営の時の串焼きはアーリアが作ったし、岩塩を持っていたのも、そういう理由があったからかもしれない。
「あらまあ、ペティはアーリアの料理を食べた事が無いのねぇ?」
「お母様は食べた事あるんですか?」
「あるわよ?、昔クッキー焼いていましたよね?」
「あぁ、あのクッキーは中々に美味しかったな。」
「え!?お父様も食べた事があるんですか!?」
「アーリアは、お料理上手いのよ?」
伯爵夫妻によって、アーリアの料理への期待値がどんどん上げられていく。
『ハードルがどんどん上るね。』
「あの・・・それくらいで、ご勘弁を・・・」
「でも、どうして急に、料理するなんて言い出したのかしら?」
「それは、アルティスが料理を教えてくれると言ってまして。」
伯爵親子の顔が青褪めた。
代表して、伯爵が聞いてきた。
「生肉という訳では無いのだよな?」
『違うよ?ちゃんと加熱するよ?』
「ちゃんと火を通す料理だそうです。」
伯爵は半信半疑だ。
「そんな事ができるのか?」
「自信はある様ですが。」
『まずは、パンとスープを変えたい!』
「パンとスープを変える?種類をって事かな?」
『ふかふかのパンに、味に深みのあるスープを作るよ。』
「ふかふかのパン?と深みのあるスープ?」
「ふかふかのパンって、お城で出される様なパン?でもアレは、あの料理長にしかできない筈だし、どうやるの?」
『天然酵母を作れば、できる筈。』
「てんねんこうぼ?」
「天然酵母の作り方を知っているのですか!?」
伯爵夫人がもの凄く食いついてきた。
「天然酵母は、1000年前の勇者様が欲しておられましたのです!」
『作れなかったって事か?・・・まさかね。』