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第24話 カレースパンの魔族とメビウスの嘘

 『コルス、状況は?』

 『街は静まり返っています。人通りは全くありません。捕らえられている人達は、見つけましたが、様子がおかしいですね。虚ろと言うか、意識が無いというか。』

 『寄生虫の影響?』

 『確認できませんでした。首以外に付いているのかも知れませんね。』

 『判った。何かあれば、念話をくれ。』

 『了解』


 コルス達は、カレースパンに潜入している。

 彼等は、全員、小さな神像を懐に入れていて、悪魔が近づけない様にしている。

 この世界の神は、信仰しないと助けない等と、下世話な事は言わないんだよ。

 全ての民が庇護対象だそうだ。

 ま、当たり前の話だ。

 自分を信用してくれる人以外は、助けたくない!なんて言ってる時点で、そいつは()だからな。


 現在の時刻は午後6時、夕飯の時間くらいだ。

 潜入班には、特製干し肉とピタパンを渡してある。

 

 船が港に到着するのは、明日の昼過ぎの予定だが、様子を見ながら待機する予定だ。

 船のコントロールが、敵側に掌握されている以上、遅くも早くもできてしまう為、到着時間に誤差がある前提で準備を進めている。

 現在は、明日の戦闘準備の為、食事をしながら作戦会議を行っている。

 食事の支度は、カレン、リズ、ヒマリア、ウルチメイト、他メイド達が行っており、ヒマリアとリシテアは、満足げな顔で、食べている。


 「敵の戦力は、未だ不明のままか。」

 『見つからない様だね。街の外にも見に行ったらしいけど、居なかったらしい。』

 「地下に隠れているとかでは?」

 『魔力感知に引っ掛からない様だから、そもそも居ないとみてもいいかもね。』

 「居ないとはどういう事だ?」

 『場所的に言えば、オークの森の傍だから、オークを味方に付けるべく、動いているとみて、間違いないと思うよ。』

 「つまり、魔族の精鋭とは、オークの事だと?」


 『いや、魔族の精鋭プラスオークの軍勢って事だと思う。』

 「数が増えている可能性があるという事か。」

 『住民たちは、外には全く出てこない様だけど、洗脳されている可能性が高いみたいだね。』

 「だが、オークが数を増やすには、女性が必要だと思うが、街から連れて行かれた形跡は無いのか?」

 『まだ、接触を控えているから、本物なのか、幻影なのか見分けが付かないと思う。』

 「何か確認する方法は無いものか・・・。」


 『あるよ。魔王軍は、セイレーン達を怒らせたからね。魔族共が来たら、セイレーン達の歌が始まるよ。』

 「怒らせたとは?」

 『悪魔に憑りつかせたのさ。怪我人も何人か出たから、カンカンに怒っていたよ。』

 「そうか、それは心強いな。」

 『ただね、歌は無差別に聞こえるから、アミュレットを外していたりすると、状態異常にかかっちゃうんだよ。』

 「ねぇ、アルティス様?、何でアーリアの指輪は、左手の薬指についているの?」

 『あるじだもん。当然でしょ?』


 「・・・やっぱり私も薬指に、あれ?抜けない!」

 『ふっふーん、一度嵌めたら抜けない様にしたのだ。』

 「えー!?、ずるいですよ!アーリアだけなんて!」

 『そお?、カレンからは、忠誠だけで十分だよ?』

 「アルティスー、私もみんなと同じマントが欲しい。」

 「リシテアも欲しい。」

 『マントか。用意しておくよ。』

 「ヒマリアの髪飾り可愛いね、アルティスに作ってもらったの?」

 「うん!ヒマリア達を守るお守りなんだって。」

 「私達には?」

 『あげないよ?戦うときに邪魔になるからね。』

 「ぐぬぬ・・・」

 『子供じゃないんだから、欲張らないの!』

 「以前、コルスに見せていた、パワードスーツというのは、出さないのか?」

 『あんなの街中で使ったら、街が壊滅しちゃうよ?』

 「それは不味いな。」

 「アルティス様は、今回どう動くんですか?」

 『高い所から指揮を執るよ。』

 「高い所って、さっきテストしてた奴ですか?」

 『街中じゃ、多少高い所に登っても、死角が多いからね、街の真上から見てる予定だよ。』


 「さぁ、無駄話はいいから、動きを決めてしまおう。」

 『まず、先陣だけど、バリア大隊が港の確保、状況次第でキュプラ投入、前が開いたらリズ大隊教会までの道を確保、光魔法の魔道具を設置後、教会の建物の確保、中に入るのは、罠を解除してからだ。』

 「罠の解除は、扉を開けてみないと判らないって事ですね?」

 『んーそうだが、扉を開ける前に扉の罠を調べろ。扉が開いたら魔道具を起動して投げ入れる。中に悪魔がいれば、影に居ない限り無力化できるだろう。以後、リズ大隊は、ワラビを加えて、悪魔対応が主な任務だ。』


 「何故、私の部隊がその役目なんですか?」

 『メビウスがポンポン洗脳にかかるからだよ。』

 「メビウスは、何でかかるんでしょうか?」

 『あいつは、下らん事にMPを使いまくるから、いざって時にMPが殆ど残ってないからな。』

 「・・・。」


 『カレン大隊は、街全体の敵を殲滅しつつ、保護対象の確保、コルスと連携して安全の確保だ。』

 「はい、了解しました。」


 ソフティーとミュールが抜けている事に気が付いたバリアが聞いた。


 「ソフティーとミュールは?」

 『ミュールは、カレン大隊の斬り込み隊だよ。ソフティーは船を守る。』

 『あるじとキュプラも船を守るが、苦戦する様なら応援として呼べ。』

 『バリア大隊は、港の安全が確保でき次第、カレン達と合流して掃討戦だ。』


 『教会の鐘楼に魔道具を設置できれば、結界が張られるから、その後は魔族も大人しくなるだろう。』

 「やっぱり、悪魔が憑りついていると?」

 『可能性は高い。魔族を取り押さえたら、速やかにブローチを外せ。』

 「今回は捕縛メインじゃないんですね。」

 『数が多すぎるのと、実際に、何人いるのかの把握もできて居ないからな。住民を助ける方が優先だ。結界を張った後、ワラビの浄化を一度撃つ。それで、隠れている悪魔も倒せるだろう。』


 「ワラビを狙って悪魔が来たら?」

 『悪魔は、ワラビには触れないよ。物理的な攻撃以外は、無視していい。』

 「物理的というと?」

 『建物を崩すとか、石が飛んでくるとか、弓矢とかだな。一応自動防御は働くが、完全ではないのでな。』

 「了解です。」

 『リズは、むっつりメビウスばっかり見てるんじゃないぞ?』

 「何ですかそれは!?」


 翌朝、割と近くにカレースパンの街が見えている。

 やはり、到着時間をずらしてきた様だ。


 『コルスおはよう。』

 『おはようございます。魔族戻って来たようです。人数は120名、後ろにオークジェネラル、オークメイジ、オークウォーリアが続き、ハイオーク200、オーク200程が続いてます。』

 『全部街の中に入ってきてるのか?』

 『いえ、オーク達は、街の外にいるようです。』


 『増援部隊って訳か。オークの出所は?』

 『10km離れた場所に村がある様です。』

 『戦闘が始まったら、人間がいないか確認しろ。』

 『了解』


 『人質はいるのか?』

 『まだ見えないですね。』

 『見えたら人数と実体か幻影か確認してくれ。』

 『位置バレしませんか?』

 『狙撃にやらせればいいだろ?』

 『私死にませんか?』

 『貫通できねぇよ。ヘルメットは、被っておけよ?』


 船があと数十分で着岸する頃、人質とされる人々が現れた。


 『人質出てきました。確かめるタイミングはどうしますか?』

 『ちょっと待ってね、この船のスピードと角度から考えると、岸壁に衝突するな。』

 『ソフティー、ちょっとお願いがあるんだけど。』

 『はいはーい』

 『あ、キュプラも手伝って、この船が港に衝突するっぽいから、船首をあっちの灯台を通り過ぎた頃に糸で繋いで、後ろが岸壁の方に振られるから、接岸したら後ろを岸壁に固定して欲しい。勢いがあり過ぎる様なら、間にクッションを入れるか、あっちの堤防に繋いで勢いを殺すかだね。』

 『ほうほう、そうすると、横向きに接岸できるの?』

 『多分いける筈、後ろが固定されたら、前の糸を切って、後ろに少し引っ張りながら岸壁と接岸させれば、完璧だよ。』

 『了解ー、キュプラがんばろー!』

 『おー!』


 ぐんぐん迫る岸壁に、兵士達が焦りの表情を浮かべ始めるが。


 『船首繋いだー!』


 船が灯台を通り過ぎる頃、前に進まなくなり、船尾が横に流れ始めた。

 船体が岸壁に向かおうとするのを、船首と灯台を繋いだ糸が無理やり船を横に向かせて、ドリフトするかの様に船尾が岸壁に接岸した。


 『船尾繋いだー!』

 『船首寄せるねー!』


 ソフティーが船首と灯台を結んでいた糸を切り、岸壁の舫綱(もやいづな)を結ぶ為の杭に糸を飛ばし、手繰り寄せて岸壁に接岸させた。


 『よし、着岸した!、そのまま船首も固定して!』

 『船首固定完了!。アルティスすごーい!』

 『コルス、今やって!』

 『了解!』


 港で待ち受けていた魔族達は、船を岸壁に衝突させて、沈む船から這い出てきた人間共を捕えようと待ち構えていたが、船が突然横を向き、船尾がゆっくりと接岸し、次の瞬間には、船首もやんわりと接岸していた。

 何故そんな事になったのか、全く意味が判らず、予想外の展開に、唖然としていた。

 突然、彼らの頭上で何かが爆ぜ、人質として座らされていた、人間の変装が解けた。

 現れたのは、魔族だった。


 『バリア!行け!』

 「バリア大隊突撃ー!」

 うおおおおおおおおー!!


 魔族達が応戦するが、バリア達に切りかかっても切れず、刺そうにも刺さらず、次々とやられていく。

 10分も経たない内に、魔族が後ろに下がり、代りにオークが前に出て来た。


 アルティスは、戦闘機型の魔道具に乗り、空へと飛びあがった。

 上空からは、地上の様子がよく解る。

 オークが押し寄せて来ているのは、港から北門を結ぶメインストリートで、体がピンク色なので、道路がピンク色一色で埋め尽くされている。

 オークの一部は、区画を回り込み、横から攻撃をしかけようと移動しているのが見えた。


 『リザ!左からオーク4接近、対応しろ!』

 『了解』

 『コルス、狙撃手に外のオークを狙って援護を依頼して!』

 『了解!』


 暗部達の遠距離狙撃によって、街の外にひしめき合っていた、オークの一部が突然爆発したり、倒れこんだりし始めた。

 驚いたオーク達は、大混乱に陥った。


 アルティスが、上空から[ウインドカッター]を放つと、数体のオークが切り刻まれ、隣にいたオークが暴れ始める。

 最後方にいた、オークメイジが、ファイアーボールを撃って来るが、届く前に霧散する。

 左側に回り込んでいた、オーク達は、リズ達により撃退された様だ。


 『最前線の疲れた兵士は、交代しろ!』

 『魔法兵は、水ぶっかけてから雷撃て!』

 『リズ!そっちからでいいから、教会に向かえ、オークが多すぎて前に進めない!』

 『了解!』

 「リズ大隊!教会目指して進むぞ!進軍開始!」


 『キュプラ、オークの上から北門に向けて脅して』

 『りょーかーい!』


 リズ達は、教会へ向けて進み、キュプラは、建物の屋根の上から、オーク達の頭の上に乗り、威圧した。

 突然目の前に現れたアラクネに驚き、威圧で恐慌状態に陥ったオーク達は北門に向けて逃げようとし、北門からは次々と入って来る。

 真ん中辺りは、押し合いへし合い状態になっている。


 『バリア、最前線はオークの足を狙え』

 「足を狙え!」


 最前線のオークが次々と倒れ、それに躓いた後ろのオーク達が、次々と倒れて行き、将棋倒しになった。

 オークの体は、ほぼ全員が体重100ケロ以上あり、厚さ5センチの皮下脂肪を持っている為に、将棋倒しになると皮下脂肪が、隙間を埋めていくのだ。

 一番下のオークの足元には、1ミリも動かせない程に隙間が無く、次々と圧死していく。

 倒れ込む状況は、北門前まで続き、将棋倒しになって倒れたオーク達の上を、北門から入ってきたオーク達が踏みつぶしながら前に進んでくる。

 兵士達は、剣で倒れ込むオーク達を刺し殺しながら進もうとするが、ブヨブヨしていて歩きにくそうだ。

 最前線に[ディメンションホール]を開いた。


 「殺したオークを、穴に入れて行け!」


 たまに弾かれるオークが居るが、速やかに止めを刺して入れられていく。

 最前線が、港から出た。


 『カレン!バリア達と代わって進軍しろ!』

 『了解!』

 「ようやく出番が回って来たぞ!進め!」

 おおおおおおお!!


 バリア大隊もオークを片付けるのに苦労して、疲労困憊の者も出てきた。


 『ミュール、前に進めば、生きてるオークがいるぞ?』

 『ホントに!?、行ってやるぜー!!』


 身軽なミュールが、倒れたオークの上をぴょんぴょん跳んで、歩いてくるオークと接敵した。

 その頃、アルティスの方に急速に接近する何かを、魔力感知が捉えた。

 近づいてくる方角を見ると、ワイバーンが3頭近づいてくる。


 ワイバーンは、口をカパッと開けて、ブレスを撃つ体制になっているが、アルティスは水魔法で[ウォーターニードル]を唱えて、発射した。

 アルティスの魔法が、ワイバーンの口の中に消え、ワイバーンは3頭同時に落下していった。


 『ミュール、肉の事は気にするな、沢山あるからバンバン撃っていけ。もうすぐジェネラルが来るから気を付けろ!』

 『りょーかい!』


 オークジェネラルが、ミュールの目の前に立ち、バトルアックスを振り回すが、素早いミュールには掠りもしない。

 ちょこまかと動き回るミュールにイライラが募った、オークジェネラルは、どんどん大振りになっていき、足元には、ジェネラルが降り下ろした斧で、グチャグチャになったオーク。

 ミュールが少し後退すると、ジェネラルが前に出た、その瞬間、足がオークに埋もれた。

 何とか抜け出そうと藻掻くが、すっぽりと嵌っている為抜け出せず、手が血でヌルヌルになっていた。

 ミュールが、ジェネラルに攻撃を仕掛けるフリをして、横薙ぎに振られた斧を回避した。

 斧は、ジェネラルの手から離れ、横に居たハイオークの体を真っ二つにして、建物の壁に突き刺さった。


 ジェネラルの後頭部に手を乗せたミュールは、魔道発勁を撃った。

 ジェネラルの頭が爆散した。

 バリアから、ディメンションホールが遠いと言われた。


 『アルティス様、[ディメンションホール]をもう少し前に進めてもらえませんか?』

 『縁を持って引っ張れば動くよ。クリーン使って血を落とせ。』


 正直、もうオークは要らないと思うよ。

 だが、目の前に積み上がるオークをどかさなければ、前に進めないのも事実。

 一番下のオークなんかは、ペッチャンコに潰れているが、そのままで上を歩く事はできないので、どける為に、ディメンションホールに放り込むしかないのだ。


 『教会に到達、周囲を包囲しました。今から魔道具を『待て』』

 『どうかしましたか?』

 『ワラビ、先に、鐘楼から下にライトを落とせ。』

 『了解しました。[セイクリッドライト]』


 鐘楼から中に入った魔法が下に降りた頃、教会の中では、悪魔の断末魔が響き渡っていた。


 『よし、魔道砲で扉をぶち抜け。扉を触るなよ?罠が発動するから。』

 「魔道砲用意!撃て!」

 ドンッ

 バキャッ


 今回、各部隊には、魔道砲を2門ずつ渡してある。

 撃ち出すのは、スラグとしてディメンションホールに死蔵してあった物で、忙しすぎて、金属を分離するのをすっかり忘れていた物だ。

 一つ一つの大きさは、礫と言えるほどの大きさなので、散弾の様に撃ち出す弾として利用した。

 撃ち出す為の魔法は、ファイアーボムという、爆発する火属性の魔法で、魔法担当の騎士に作らせた。


 扉が壊された直後、モコスタビアで見た檻が落ちてきて、急速に縮み、消滅した。

 その光景を見たリズは、冷や汗が流れた。


 「危なかった、アルティス様が言ってくれなければ、今頃は・・・」

 「中に魔道具を投げ入れましょう。」

 「そうだ、魔道具を投げ入れろ!」


 教会の中に落ちた魔道具は、ひとりでに起き上がり、まばゆく光を放った。


 バリーン、ガシャンガシャンガシャン


 教会の中からは、何かが割れた音の後に、罠が発動した音が鳴り響き、鳴りやむと静かになった。


 『ワラビ、浄化してから、ボックスを出してみて。扉の上に何かあるから、良く調べてくれ。』

 『扉の上のレリーフ、気持ち悪いので、魔道砲で撃っちゃ駄目ですか?』

 『ん?ああ、いいよ。それ悪魔の顔だ。』

 『どの悪魔か判りますか?』

 『なんて書いてある?』

 『ルシ『ルシフェルだな』』

 『[セイクリッドフィールド]』

 『きもっ、顔が苦しみだしました!』

 『ワラビ、鎮魂の祈りを捧げた方がいいな。中でたくさん殺された可能性が高い。』

 『はい』


 ワラビが、扉の前に立ち、頭を垂れ黙祷を捧げる体勢になり、祈りを捧げた。

 アルティスは、神像を鐘楼の屋根の上に設置し、オロシを呼んだ。


 『オロシ、配置はいいか?』

 『はい、大丈夫です。』

 『始めるぞ。』


 神像にアルティスが魔力を注ぎ込むと、街に結界が張られ、ワラビが浄化を唱えた。

 神像が強烈な光を発し、街中から小さな光の粒が空に舞い上がり、結界を通り抜けて天に昇って行った。


 教会の入り口にあった、レリーフは崩れ去り、薄暗かった教会の中が明るくなった。

 生き残った人々は、窓から顔を出し、教会が見える場所で、教会の鐘楼の上から、天に伸びる光の柱を観て、その場で両膝を着き、教会の鐘楼の上の光に向かい、手を合わせた。

 教会の周囲にも、近隣から集まった住民達が膝をつき、両手を胸の前で組み、涙を流しながら祈りを捧げた。

 リズ大隊の兵士達も、あまりの光景に普段は教会にも行かないが、その場で信仰する神に祈りを捧げた。


 『カレン、オークの状況はどうだ?』

 『ハァハァ、まだ北門付近にいる様です。ハァハァ』

 『バリア達と交代しろ。疲れた者は、船に戻り休憩だ。メビウス、バリアの援護に行け、リズ、教会は少人数を残し、オーク殲滅に向かえ。』

 『『『了解』』』


 『コルス、暗部達と残った魔族の捕縛に向かえ、キュプラを残し、ソフティーはオークの殲滅、ペティは警戒を怠るな。』

 『アルティスさん、人使い荒いですって。私いまオークの集落に来ていますので、他の者に任せていいですか?』

 『あぁ、すまん、それでいい。集落に人影はあるか?』

 『人骨多数あります。生き残りは十数名だけみたいです。』

 『洞窟は無し?』

 『ありますけど、罠がありそうな雰囲気です。』

 『判った。とりあえずは、外の生き残りの確認に向かえ。』


 アルティスは、教会の前に降り立ち、中に入った。

 罠が発動したが、穴が大きすぎて簡単にすり抜け、中を見回すと、壁には手の跡が沢山付いている事に気が付いた。

 罠が他にもいくつかある為、一つ一つを[ウインドカッター]で潰した。


 『オロシ、まだ鐘楼の上にいるか?』

 『いえ、移動しましたが、戻りますか?』

 『いや、確認しただけだ。ワラビ、中に入っていいぞ。まだ悪魔が一匹残っている様だしな。』


 アルティスは、教会の中の魔力感知で見える点の上に立っている。

 振動感知で、調べると、祭壇の下に階段が隠されている事が判ったので、祭壇を蹴飛ばしてどかし、地下に降りた。

 地下には、魔法陣とその中央に、直径30cm程の赤い魔石が乗っていて、何かの儀式を行っていたと思われる部屋があった。

 その隣の部屋に行くと、鎖に繋がれた男がいた。

 顔は見えないが、アルティスには、見覚えがあった。


 『こいつは、メビウスか?』

 「え?メビウスさんなら外に・・・、まさか、入れ替わっていたのですか?」

 『お前はメビウスか?』

 「ああ?誰が喋ったんだ・・・?」


 『リズ、カレン、メビウスに気を付けろ、そいつは偽物だ。』

 『え?どういう事ですか?』

 『バリア?』

 『リズ、バリアはどこだ?』

 『オロシ、バリアを探せ』


 『バリアさんなら、官吏の屋敷方面に向かって歩いています。』

 『キュプラ、バリアを止めてくれ。』

 『了解!』

 『お前の名前は、()()()()()()()()()()()で間違いないか?』

 「あぁ、俺の名前はメビウス・カルパッチョだ。お前は誰だ?」

 『俺はアルティスだ。モコスタビアから来た。』

 「あぁ、そういえば、俺の偽物が、モコスタビアに行くとか言ってたな。」

 『お前は、何で生かされてるんだ?』

 「俺は、1000年前の勇者の子孫なんだとよ。おかげで、ずっとここに閉じ込められてるんだよ。」

 『そうか。外に出たいか?』

 「あぁ、出してくれ。」

 『[ディスペル]』

 パリンッ


 鎖が外れ、メビウスが床に崩れ落ちた。

 キュプラの報告の後に、リズからメビウスの事について聞かれた。

 

 『アルティスー、バリア確保したよー。何か様子が変だよー?』

 『一旦あるじの所に連れて行って、置いたら、メビウスを確保して。』

 『りょーかいー』

 『アルティス様!メビウスが偽物って何の話ですか!?』

 『オーク終わったか?』

 『もう残り少ないです。』

 『じゃぁ、教会の地下に来い。』

 『判りました。』

 『メビウスも確保したー。』

 『教会の地下に連れてきて。』

 『りょーかいー。』


 キュプラが偽メビウスを連れてきた、すぐ後にリズが来た。

 リズが牢屋の中の男を見て、絶句した。


 「うそ・・・メビウス?、じゃぁ、こっちは誰?」

 『すっかり騙されてたなぁ。偽メビウス君。君はホムンクルスかな?』

 「あーぁ、バレちゃった。王都まで持つと思ってたのに、ホントこの獣は、勘がいいよね。殺したいくらいにさ。」

 『カレン、こっちに来てくれ。リズの介抱を頼む。』

 『判りました。』

 『ずっと、おかしいとは思ってたんだよ。鍛えても変わらないステータスに、変わらない技術、スキルも増えないし、洗脳されやすく、ワザとらしく間違える。』

 「ずっとって事は、いつからおかしいと思ってたんだい?」

 『王都で装備を身に着けた辺りからだな。良くなってた筈が、急に駄目になったからな。アレは、ワザとじゃなくて、本気でなってたんだな。お前のマントが、いつの間にか別の魔物の皮にすり替わっていたのも、お前がやった事だったんだな。』

 「あは、結構騙せてたのに、残念、魔石の記憶容量がいっぱいになったから、一部を消去したんだよねぇ、失敗だったかな?」

 『そうだな、失敗だったな。』

 「でもさぁ、色々装備貰っちゃったし、本気を出せば、皆殺しにできるんだけど、どうしようかなぁ?」

 『やってみせてよ?』

 「じゃぁ、いくよー?」


 偽メビウスが腰の剣を握ろうとして、無い事に気が付いた。


 「・・・・・アレ?」


 『残念、俺はそんなに甘くないんだよね。お前の事を疑い始めてから、いつでもパージできるようにしておいたからさ、今のお前は、一般兵士よりもゴミだ。』

 「ま、いいや、俺の本体は向こうにちゃんとあるし、精神だけこっちに来てるだけなんだよね。接続を切ってやれば、こっちはただの肉塊さ。」

 『やってみろよ。リモートコントロールって奴だろ?俺は色々魔法を解析して、実験もしてるんだよ。その魔法の仕組もちゃんと理解してるぜ?その繋がってる魔力線を切れば、お前の本体は死に、魂はその体から抜けて、本当の死を迎えるって訳だ。』

 「まさか・・・戻れなくしやがったな!?」

 『まだ繋がってるよ?一部の魔力線が[ディメンションホール]の中を通ってるだけでさ、あ、寸断してるから、向こうは死ぬのか。』


 「やめろ!俺を誰だと思ってやがる!?」

 『えーと、大司教のオナラクサイヤツだっけか?』

 「ブフッ・・・」

 『違ったっけ?じゃぁ、オナホクサッテルかな?』

 「ブワッハッハッハッハッハ、お前面白いやつだな。アッハッハッハッハッ」

 「きさまぁ!」

 「本当に大司教様だったのですね。やはり、神聖王国はもう、駄目なんですね。」

 『諦めがついたか?』

 「はい。もう無理です。」

 「ふん、お前らには置き土産があるからな、せいぜい楽しむがいい。」

 『バリアの話かな?、バリアー起きたかー?』

 『はい、申し訳ありません。何か薬を打たれた様で、朦朧としていました。』

 『残念、バリアは、もう復活したようだよ。』

 「何故だ!あれは、伝説の万能薬が無ければ、解消する事等できない筈だ!」


 『あぁ、お前が隠れてサボってた時にな、万能薬を作ったんだよ。念話もお前を除外して話していたしな。』

 「そうか、では製法を教えろ、そうすればゆるしてやろう。」

 『誰が教えるか。馬鹿だな。今はお前の命を、俺が握ってるんだよ。お前に交渉できる権利など無いんだよ。』

 「俺の会話は、全て記録されてるんだよ、お前らを抹殺する事だって可能なんだぞ?」

 『今は寸断されてるから、この会話は伝わらないがな。』

 「くそー!」


 全て、アルティスの掌の上に握られている事を知った大司教が、悪態をついた。

 本来の作戦では、バレたら速やかにリンクを切り離し、元の体に戻る算段であったが、アルティスにリンクを妨害されており、自分の肉体に戻れなかった。

 置き土産として、夢遊病という珍しい状態異常を掛けてやったが、対処された。

 本国に私の状態を知らせる筈の盗聴も、機能していないのならば、もう打つ手が無いじゃないか!?


 『そんじゃまぁ、偽物はもういいや、今頃本体は死んでるだろうしな。そもそも、司教に命狙われてたんじゃなかったっけ?今頃、喜び勇んで、荼毘に付してるだろうな。』


 何でそんな事まで知っているんだ!?司教は私の地位を狙って、殺そうとして来ているのだ。

 私の命が潰えたとなれば、大喜びで墓に埋葬するのは、火を見るよりも明らかだ。


 『リズ、何か言いたいことがあれば、いいぞ?』

 「こいつ殺していいですか?」

 『いいぞ、鳩尾に魔石があるから、そこを一突きすれば、こいつの魂はここで消える。輪廻にはもどれないけどな。』

 「何故そんな事になるというのだ!」

 『だって、悪魔と契約したんだろ?死んだら悪魔に食われるだけだぞ?やつらは、約束を反故にするから悪魔なんだよ。じゃぁ、良い悪夢を見てくれ。』


 悪魔との契約は、魂と生命力を担保に契約を結ぶのだが、契約が満了になれば、魂を貰い、失敗しても相手を殺して、魂を奪うのだ。

 契約内容に含まれない事はやらないし、契約相手が途中で死ねば、その魂を食らう為の魔法を契約時に仕込んである。

 普通は、契約違反については罰則があるのだが、悪魔を召喚、契約したい奴は、大抵の場合、契約違反についての罰則は、自動でつく物だと思ってる為、特に確認されない場合は、知らんぷりしているのだ。

 契約者は、契約違反をされるまで、その事には一切気が付かないのだ。

 では、契約違反をした場合の内容は、何が書いてあるのかと言うと、生命力を消費すれば、契約を解除できるとなっていて、その数値はHPの倍になっている。

 実質、契約解除は不可能という事だ。

 そして、その理不尽さが、悪魔である所以(ゆえん)という事だ。


 リズが、剣を偽メビウスの胸に突き立てた。


 「はっ!」

 「ぎゃああああぁぁぁ」


 倒れて動かなくなった元メビウスを見て、リズの目から大粒の涙がポロポロと落ちてきた。


 「うああああぁぁぁぁん」

 『リズ、ごめんな。俺が気が付かなかったばっかりに、悲しい思いをさせてしまった。』

 「うああぁぁぁぁぁぁ」

 「リズ、アルティス様のせいじゃないよね?外で話そう?ね?」


 リズは、カレンに肩を抱かれて上に上がって行った。


 『ワラビ、隣の魔法陣の内容、判るか?』

 「あの魔法陣は、魂を繋ぎとめる?回収する為の物の様です。」

 『破壊した?』

 「今やっている所です。」

 「あんたら、一体何者なんだ?」

 『ただの通りすがりの、女王候補の護衛さ?』

 「何で疑問形なんだよ。ただの女王候補の護衛って、なんだよ!?」

 「アルティスさんよ、あんたも、アイツの様に遠隔操作してんのか?」

 『してないぞ?この体が本体だ。』

 「マジかよ!?その体で何千年か生きてるのか?」

 『いや?生後4か月だ。』

 「はぁ?4か月でそんな頭良くなるのか?」

 『中々鋭いねぇ、さすが本物だ。』

 「お前、俺の事馬鹿にしてねぇか?」

 『まだ、何とも言えないなぁ。』

 「くっそ、生後4か月に言い負かされてる俺って、何か情けねぇな。」


 『まぁ、とりあえず、これ着けてくれ。』

 「何だこれは?」

 『偽物が、お前の精神を乗っ取ろうと、四苦八苦してるから、防御する為の魔道具だ。』


 本物メビウスが指輪をに装着すると、糸が切れる様な音がした。

 偽物の体に、アルティスが右前足を乗せた。


 『はっ!』


 偽物の体が跳ね、ぐずぐずになって崩れて行った。


 『ワラビ、魔道具持ってる?』

 「はい、使いますか?」

 『お願い。』

 

 神聖魔法の魔道具を起動すると、重い空気が消え、メビウスが眩しそうに目を細めた。

 魔法陣の破壊を終え、魔法陣の上に乗っていた魔石を回収し、教会の中に出た。


 『アルティスー、オークの殲滅終わったよー。』

 『ありがとう、ソフティー。一旦船に戻っておいて。』

 『判ったー』

 『キュプラ、悪いけど、リズを船まで乗せてってくれないか?』

 『うん・・・。』

 「なぁ、この蜘蛛の魔物って、アラクネ・・・だよな?」

 『そうだよ?』

 「お前、ほんっとに何者なんだよ!?」

 『さぁ?』


 目を真っ赤に腫らしたリズが、アルティスの下にやってきた。


 「アルティス様ぁ、抱っこしていいですか?」

 『いいよ。キュプラの背中に乗って、船に戻ろう。』


 横を歩くカレンが、空を見上げて聞いてきた。


 「アルティス様、あの魔道具どうするんです?」

 『勝手に着いてくるよ。』

 「誰か乗ってません?」

 『コルスが乗ってるね。』

 「コルスが操縦してるんですか?」

 『いや、俺しか操縦できないよ。俺の水平距離10m以内に居る様に設定してあるんだよ。』

 「へぇ、凄いですね。」

 『ライトボールが着いてくるじゃん?その応用だよ。』

 「あれを応用できるのが凄いですよ。」

 『カレンなら、案外理解できたりするかもしれないな。』

 「そうなんですか?」

 『だって、計算得意だろ?』

 「何で知ってるんですか?」

 『料理の分量をすぐに計算してるじゃん。』

 「あー、そういえば、そうですね。」

 『俺に隠し事なんて、1年早ぇよ』

 「みじけぇな。」


 メビウスがツッコミした。


 『コルス、暗部達の情報は?』

 『街中の魔族はほぼ全員捕縛しました。総勢30名です。ブローチを外しましたが、反抗的な態度は変わらず、悪魔も特に寄生していない様ですし、本気で魔王を信奉している様子です。』

 『だろうな、本気で倒すつもりだったんだろうからな。虎の子を出してきたって感じか。』

 『虎の子って何ですか?』

 『秘蔵してた、秘密兵器って感じだよ。』

 「あれでですか?」

 『あんなのでも、普通の人間には、脅威だろ?』

 「まぁ、そうですね。」


 アルティスがコルス、カレンと話をしていると、疑問に思ったのか、メビウスがカレンの立場について、聞いてきた。


 「なぁ、カレンさんだっけ?、あんたは、このアルティスの何なんだ?」

 「私は、アルティス様の騎士です。」

 「・・・ホント、何なんだよ、このちびっ子は。」

 「ちびっ子じゃ、ありませんよ?アルティス様は、料理も凄いし、魔法も凄いし、知識も凄い、何でもできる賢者様ですよ。」

 「賢者様ねぇ、すげぇ面白いって事だけしか知らねぇから、よくわからんな。」

 『カレン、干し肉あげてみれば?』

 「あ、そうですね、これ食べてみてください。」

 「干し肉か、もう食べ飽きてるんだよな。まぁ、腹減ってるしいいか・・・何だこれ!?」


 メビウスが干し肉を口に入れた瞬間、目を見開き、うんうん頷きながら食べ始めた。


 「これを作ったのがアルティス様なんですよ?」

 「もっと無いのか?」

 『船に戻れば、晩飯の時間だよ。それまで待て。』

 「晩飯もアルティスさんが考案したのか?」

 「もの凄く美味しいですよ?」

 「おい、早く行こうぜ!、腹減って死にそうなんだよ。」

 『その割に、元気だな。』

 『ワラビ走れる?』

 「大丈夫です。」

 『少し急ごう。』

 「「「はい」」」


 船に戻ると、甲板に夕飯が並べられていた。

 その光景にメビウスが感嘆の声を上げ、今にも飛びつきそうな反応を示すが、カレンが止めた。


 「すげぇ、これ食ってもいいのか?」

 「待ちなさい。」


 アーリアが、リズに抱っこされているアルティスを心配している。


 「アルティス、大丈夫か?」

 『リズのお供してるから、部屋に連れて行って欲しい。あと、このむさいおっさんが、本物のメビウスだよ。』

 「むさくて悪かったな。おっさんって、俺はまだ19だぞ!?」

 『冗談だろ?30代後半かと思ってたよ。』


 アルティスとメビウスの会話を聞いて、リズが乾いた笑い声をあげた。


 「アハハハハハハハ」

 「おい!笑うんじゃねぇよ!ヒデェちびっ子だなこいつ!」

 『メビウスに飯を食わせてやって。それから、キュプラの背中にある装備は、偽メビウスの着けてた奴だよ。保管しておいて。』

 「判った。あとはやっておくよ。」


 リズに抱かれたまま、リズの部屋に来た。


 「ねぇ、アルティス様、私の恋は、夢だったのでしょうか?」

 『夢ではないよ。本物の恋をしていたし、相手もちゃんといた。でも、相手の方は嘘をついていただけだ。夢だったのは、メビウスのフリをしたあの男の存在だけだよ。』

 「騙された私がバカだったんですか?」

 『俺も騙されてたから、俺も馬鹿だな。二人とも馬鹿だったんだな。』

 「もう、アルティス様がそんなに優しいと、カレンみたいに恋しちゃいますよ?」

 『俺に恋しても、成就しないから、ちゃんとした人間を選びなさい。』

 「でも、もう男なんて信じられないかもしれないですよ?」

 『それは、時間が解決してくれるさ。』


 「アルティス様に勝てそうないい男っていましたっけ?」

 『うーん、真面目というか、馬鹿正直な奴はいるけどな。』

 「それって、ウルファの事ですか?」

 『そうだな。アイツは、今も真面目に孤児院を守ってるからな。あの誠実さは、俺は好きだよ。いい奴だと思う。』

 「他には居ませんか?」


 ルース?あれは駄目だろ。

 筋肉馬鹿になる可能性150%だからな。


 『なんかさぁ、周りに男って少なくない?』


 「そうですね、アルティス様が素敵だから、女の子ばっかり集まるんですよ。」

 『そうかぁ、もうちょっとクズになるか?』

 「今のままがいいです。」

 『まぁ、性格なんて、そうそう変えられないからな、下衆にはなれても、クズにはなれないかもな。』

 「下衆なんですか?」

 『オークの玉を勧めてみたりしたじゃん?』

 「そういえば、そうでしたね。本当に渡されなくて良かったです。」

 『あぁ、まだ純潔を守ってたか。』

 「当たり前じゃないですか。会ってまだ1月も経ってない相手に、体を許すほど甘くはないですよ?」

 『甘々だったから、いんぐりもんぐりやってんのかと思ってたよ?』

 「何ですか!?いんぐりもんぐりって!?」


 キュー

 『何の音だ?』

 「・・・。」

 『パーっと飯食って憂さ晴らししようぜ!』

 「あの、本物のメビウスはどうでした?」

 『まだ、判らないな。面白い奴だとは思うよ。偽メビウスがモコスタビアに来たのが1年前だろ?という事は、1年以上あそこに繋がれていたのに、腐ってないからな。根性はあるのかも知れないな。』

 「そうですね。」

 『リズって、あーいうのが好みなのか。そうかそうか。』

 「顔は好みですね。」

 『顔よりも、性格で決めた方がいいぞ?』

 「頑張ってみます。」

 『うん。』


 少し元気になったリズと、夕飯を食べに行って、楽しく食事ができた。

 夕飯のあと、港に[ディメンションホール]を出して、兵士達にオークの回収をさせて居た時、セイレーンのシーアが船を訪れた。


 『どうしたの?』

 「アルティス様にお願いがあります。」

 『お願い?』

 「私ともう一人、セイレーンをお供に、連れて行っていただけませんか?」


 なんと、セイレーンが着いて来たいと言って来た。


 『殆ど地上の行動ばっかりだけど、大丈夫なの?』

 「鱗を消せば、歩けます。」

 『水が必要じゃないの?』

 「人間よりも必要になる水の量は多いですが、100年くらいは地上に居ても大丈夫です。」

 『魔王軍との戦いだけじゃなくて、神聖王国とも戦う事になるけどいいの?』

 「アルティス様の敵であれば、私達セイレーンの敵です。」

 『村長さんは何て言ってるの?』

 「何としても許可を貰って行って来いと。」

 『あるじー』

 『ん?どうした?』

 『セイレーンが仲間になりたいって言って来た。』

 『アルティスはどう思う?』

 『問題無いと思う。』

 『伯爵夫人に聞いてこよう。』


 アーリアが、夫人にお伺いを立てている間に、シーアに待つ様にお願いをした。


 『俺の一存では決められないから、ちょっと待ってね。』

 『移動に支障が無いのであれば、問題無いそうだ。』


 夫人の許可が下りた様だ。


 『じゃぁ、セイレーン2人入るね。』

 『判った。』


 『許可出たよ。』

 「ありがとうございます!」

 『で、もう一人はどこに?』

 「もうすぐ来ます。」

 ザパッ


 船の甲板に、セイレーンが飛び上がってきた。

 水面からそれ程高さは無いとはいえ、2mはあるのだが、ペンギンが流氷の上に乗る様に上がってきた。


 「ごめーん、遅れちゃった。あ、アルティス様、シーアの友達のスーアだよ。よろしくね!」

 ゴッ


 軽いノリの挨拶に、シーアが拳骨を落とした。


 「いったーい!」

 「アルティス様に失礼でしょ!、しゃんとしなさい!」

 『あぁ、いいよ、畏まらなくていいから。いつも通りでお願いするよ。』

 「ほらー、いいっていってるじゃん。」

 「そういうのは、確認してからやるのが礼儀なのよ!」

 『元気がいいな。とりあえず、移動中、君らの乗れる馬車が必要になるな。どこで調達するか・・・。』

 

 この街で調達したとしても、そもそもの馬車の速度に、違いがでる。

 モコスタビア製の馬車には、ベアリングが標準装備されていて、馬も疲れにくいから、休憩を挟む必要が無い。

 だが、この辺りの街には、まだベアリングは普及していないから、従来のままだ。

 一日の移動距離が倍近いので、馬を4頭立てにしても追いつけない。


 その時、アルティスは、風呂用の馬車を見た。


 『君らは、風呂用の馬車に乗ってもらう事になるな。』

 「ふろ?って何?」

 『メイドさん達、お風呂用意してあげて。』

 「あ、あの・・・覗かれると恥ずかしいのですが?」


 セイレーン用ではなくて、オークの処理を担当している兵士用ね。

 セイレーンの二人が、風呂がどんなものかを知りたくて、シャワーを浴びる兵士達をのぞき見していた様だ。

 セイレーンの二人には、少し昆布を採りに行ってもらった。

 その間に兵士達には、シャワーを浴びてもらうよ。

 血を洗い流さないと、明日の朝が地獄になるからね。


 『ワラビ、ちょっといい?』

 『はい、すぐ行きます』


 『ワラビ、魔力鉱石に神聖魔法を付与したいんだけど、できる?』

 「それなら、神像を作ってしまえば、勝手に神聖魔法効果を発揮しますが?」

 『じゃぁ、そうするか。うん、それがいいな。ありがとう。』


 夫人の部屋で、会議が始まった。


 『今日の戦闘の被害状況と、戦果の報告をせよ。バリアから。』

 「はい、部隊員1名が負傷、オークのこん棒で顔を殴られた様です。それ以外に怪我人はいません。オーク討伐数は、150程、正確な数字は不明です。オークの片付けも行った為、疲労困憊の人員が殆どです。」


 『次、リズ。』

 「はい、負傷者4名、これらは、教会に不用意に触った者なので、命令違反として、懲罰対象です。オーク討伐数は、80弱、教会の前に居た時間が長かった為、それ程ではありませんが、教会内に潜んでいた悪魔は、全滅させています。」

 「それと、教会の地下牢から男性1名の救助。教会近辺の住民数名に干し肉と乾パンを渡しております。」

 『飢えてるのか?』

 「1週程買物もできず、家に引きこもっていたそうです。」


 『次、カレン。』

 「はい、負傷者8名、主にハイオークと戦っていた為に、増えたようです。討伐数は、オーク180、ハイオーク120程、ハイオークの殆どは、ミュールさんの戦果です。べリウスは、補助役に回っていた為、オーク30程です。」

 「住民の救助については、殆どが、干し肉と乾パンの支給のみ、となっております。」


 『次、コルス。』

 「はい、暗部がオークの集落から、女性18名を救助、人骨836体を発見、ピッグブル80頭討伐、ハイオーク60体、オークメイジ2体、オークジェネラル1体を討伐しました。」

 「オークの集落には、洞窟がありますが、危険な為、まだ中の確認はしておりませんが、入り口付近に、魔道具の設置は行っております。」


 『中の様子は、どんな感じだ?』

 「魔道具を投げ入れましたが、中の様子は確認できませんでした。」

 『闇魔法の効果か。魔道具の効果が相殺されている可能性が高いな。』

 「救助した女性の状況は?」


 アーリアが女性たちの容体を聞いた。


 「3人が妊娠中、他は不明。既に全員済みの様子です。」

 『じゃぁ、全員妊娠中と考えた方がいいな。』

 「そうですね。」

 『官吏の屋敷はどうだった?』

 「官吏は死んでいました。地下牢には、126名の子供が捕らえられておりましたので、全員救助して、食事をした後、ぐっすり眠っています。」

 『メイドは居なかった?』

 「居ませんでした。」


 さて、この街の状況が、あまりにも酷い状況の為、今後の対応を考えなければな。

 決定権は夫人にあるが、困った顔をしている。


 「困りましたね。街を管理する人間が居ないとなると、誰かリーダーになれる人材が必要となりますが、他領ですので、知らないんですのよね。」

 『伯爵領の貴族で、官吏候補の人が居れば、派遣してもいいんじゃないですか?』


 ここで、ふと思った。

 茸の森で、大発生していたのは、これを防ぐためでは無いのかと。

 アルティス達を足止めする為に、最初はお試しの為に、2回目は完全に足止め用として、スタンピードさせたと。

 茸を使う手は、茸の中身は兎も角として、確実にアルティス達の興味を引き、足を遅らせたのだ。

 メイドが居ない理由は判らないが、オークの村にいる女性が元メイドの可能性もある。


 「碌なのがいないのよね。性格的に。」

 「では、街の者から選出するしか無いですね。」

 『船長とかはいたの?』

 「船長と船員は、港の事務所にある、地下牢に閉じ込められていたよ。」

 『とりあえず、明日住民を集めて、投票で決めるとか、家名持ちで決めるとかで、いいんじゃないかな?』

 「そうするしか無さそうですね。今日はもう遅いですし、明日にしましょう。」

 『ちょっと、いいかな?。明日は休息日って事でいいのかな?』

 「兵士達の疲労もありますので、休息日とします。」

 『それじゃぁ、今日はゆっくり休んで、明日は、のんびりできる人は、のんびりする。そういう事で、会議は終わり。解散。』


 会議が終わると、ヒマリアにがっちり掴まれて、部屋に連れて行かれた。

 ヒマリア達は、夫人の部屋で寝泊りしている。


 「あらあら、ヒマリアちゃん、アルティス様を連れて来ちゃったんですの?」

 「アルティスと一緒に寝るの。」


 リシテアは、既に寝ている様だ。

 ウルチメイトは・・・部屋の外か。


 「寂しいのは、判りますが、アルティス様も今日は、たくさん働いたのですから、ゆっくりお休みになられた方がよろしいかと思います。ヒマリアちゃん一緒に寝ましょう。」


 解放された。

 ぬくもりが恋しいだけなのかな?


 『ウルチメイトは隣の部屋に入れないの?』

 「あの子、夜中にブツブツ煩いんですのよ。」

 『ウルチメイト?夜中に何やってるんだ?』

 『え?アルティス様のご活躍を、メモに残しているだけですが?』

 『お前は、俺の伝記でも書くつもりなのか?』

 『それもいいですね!』

 『良くねぇよ。夜は静かに寝ろよ。夫人に迷惑かけてんじゃねぇぞ?』

 『私の趣味を邪魔しないで下さい!』

 『お前の名前をうんこにするぞ?』

 『ぐぬぬ、判りました。静かにやります。』

 『じゃぁ、命名ウルチ『判りました、寝ます!寝ますよ!』』

 『後からアリエンにでも、聞けばいいじゃねぇか。』

 

 今日のアリエンは、何をしていたかというと、ちゃんとバリア大隊で活躍してました。

 リーチが長い分、連携は不得意だが、単独では、広い範囲を掃討できるので、使い方が良ければ、活躍するんだが、偏見もあるので、中々目立つ事ができないでいる。


 翌日、生き残った住民と、子供達、船長と船員も含めて、朝食を振舞った。

 街の倉庫にあった麦を使って、麦粥と豚骨スープ、揚げパンなど、大満足の様だ。


 「ここに集まった諸君の中から、仮の官吏を決めたいと思うのだが、誰か推薦したい者はいるか?」

 ザワザワ

 「トーマスさんがいいんじゃないか?」

 「あぁ、トーマスか。いいじゃないか!」

 「トーマスとやらは、いるか?」


 立ち上がったのは、角刈りで、がっちりした体形の40代後半くらいの男だ。


 『[鑑定]』


 名前:トーマス・ジョーキン        状態:洗脳

 職業:飲み屋店主

 HP:341

 MP:8354

 STR:161

 VIT:197

 AGI:175

 INT:171

 MAG:418

 攻撃スキル:剣術 斧術 短剣術

 感知スキル:魔力感知 空間感知 振動感知

 耐性スキル:状態異常耐性 恐怖耐性 魅了耐性

 魔法:火魔法 風魔法 水魔法 土魔法 念話


 『リズ、こいつにアミュレット着けて。』

 『[ディスペル]』

 パリンッ

 「な!?、何の音だ!?」

 「洗脳状態から解放された音よ。気分はどお?」

 「素晴らしく、晴れやかだ。しかし、この状況は一体何が起きているんだ?」

 『今日の日付は?』

 「今日は12月4の週26日だ。」

 「トーマスさん、ボケちまったのか?」

 『今日は、13月3の週16日だ。』

 「何だと!?、俺は今まで一体何をしていたんだ!?」

 『お前が洗脳されてる間に、この街は魔族と悪魔に占領されていたんだよ。』

 「なんてこった・・・。メリーは?メリーはいるか!?」

 「おじい、ちゃん?」

 「メリー!?、ああ、良かった。無事だったんだね。よかった。」

 「お爺ちゃん!、元のお爺ちゃんに戻った!うああああん」


 結界に守られたこの街の中にあっても、まだ洗脳状態が解除されていない者が居た事で、アルティスは、全員を調べる事にした。


 『[鑑定 洗脳]』


 住民の中にも、ちらほらと洗脳中の者がいるのと、道端の樽や花壇に洗脳の魔道具がある事が判った。


 『リズ、カレン、バリア、街中の花壇、樽、壺、レリーフを確認して、魔道具が無いか調べてくれ。』

 「「「了解」」」

 『コルス、暗部達にも協力してもらってくれ、ルベウス、お前も屋根の上や、城壁の上を確認して回れ。』

 『了解』

 『判った』

 『ワラビ、洗脳状態を解除する、神聖魔法とか無いか?』

 『あります。何かしますか?』

 『街の中心と、門に解除する魔道具を設置したい。』

 『洗脳だけではなく、精神魔法全般になりますが、よろしいですか?』

 『寧ろそっちの方が有難いな。未だに洗脳状態が解けない理由は、判るか?』

 『可能性としては、その手の魔道具が近くにある場合かと思います。』

 『ふむ、昨日の夜、魔力鉱石の欠片を入れた神像を作ったんだが、配っていいか?』

 『いいと思います。寧ろそっちの方が、効果が高いのではないでしょうか?』

 『商人たちや冒険者が、外で食らってきた魔法を、持ち込む可能性があるからな、入り口には着けておきたい。』

 『判りました。』

 『あるじ、これを配って欲しい。一家に一個ずつ見えるところに飾って欲しいと。』

 「皆の者!、教会の上にある神像と同じ形の像を配るので、家の中に飾って欲しい。神の威光により、皆を守ってくれるであろう。」


 住民達が、神像を手に取り、天に掲げて跪くと、あちこちで割れる音が響いた。

 その音を聞いた住民たちは、家に像を飾ると誓い、持って元の席に戻った。


 『トーマス、この街の官吏は死んだ。街の人々は、お前を官吏に選んだんだが、暫らくやってみないか?』

 「俺が官吏?やっていいのか?」

 『やりたかったのか?』

 「あぁ、今までの官吏がクソだったからな、どうにか打倒して真面にしてやりたかったんだ。」

 『じゃぁ、決まりだな。』

 「それでは、私、エカテリーヌ・ホリゾンダルが、トーマス・ジョーキン、貴方をこの街の官吏に任命します。」

 「侯爵じゃなくていいのか?」

 「侯爵は、ギレバアンの地下牢にいます。あの者は、反逆者に成り下がりました。今この領には、領主が居ない状態にありますので、私が代理で指名を致しました。」

 「ああ、貴方様は、前王の王妃様でしたか。謹んでお受けいたします。」

 おおおおお!

 「「「「おめでとう!」」」」


 ひとまず、官吏が決まった事で、提案をしておいた。


 『一つ運営して欲しい物があるんだが、いいか?』

 「ねぇちゃん、口があるんだから、ちゃんと喋った方がいいぞ?」

 「私ではなく、こちらのアルティス様がお話になられております。」

 「はぁ?このちっこいのが?」

 『そうだよ、んな事はどうでもいいんだよ。銭湯を運営して欲しいんだよ。』

 「どうでも良くない気がするが・・・。せんとうってなんだ?」

 『風呂屋をやるんだよ。湯を沸かす魔道具は作ってやる。湯に浸かるたび、神聖魔法に触れられる、ありがたい風呂だぞ?観光名所になるぞ?』

 「そりゃぁ、いい案だが、儲けはあんたの物か?」

 『街の運営資金に使え。』

 「あんたが大損になるが、いいのか?」

 『俺は、お前が一生かかっても、稼げないくらいの金持ちなんだよ。』

 「・・・ちっこいのに凄えな。」

 『教会が、運営権を渡せとか言って来ても、無視していいからな。』

 「判った。街が運営をするよ。」


 メインストリート沿いの建物を改造して、サクッと銭湯を作った。

 水は、海の水を使い、塩化物と分離させる錬金術と、魔力鉱石で作った神像を沈めたプールから取る。

 塩が大量に採れるので、塩の販売も同時に行う予定だ。

 取れる塩にも、神聖魔法の効果があるので、街の食事にも使われれば、悪魔に乗っ取られる事も無くなるだろう。

 他には、街の外壁の各門と港口、岸壁各所に魔道具を埋め込んだ。

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