第2話 従魔契約、そして世界は広がった
この世界に降り立ってから約2ヶ月、あちこち回ったけど、この森には街も村も無いし、人が住んでた形跡も無かった。
池を挟んだ向こう側には、あまり探索に行って無かったから、西の方へ進んでみた。
西に行くにつれて、人間の死体を偶に見る様になってきた。
生きてる人間はまだ見てないけど、だんだん人間の街に近づいている気がする。
早く料理されたものが食べたい!、塩味が欲しい!、人間居ないかなぁ。
魔法もだいぶ覚えたし、アイテムボックス代わりの[ディメンションホール]って魔法も覚えた。
もう、一人でできる事は無いかなぁって思いながら走っていると、微かに川の流れる音が聞こえてきた。
それと共に金属の音も聞こえる。人間がいるのかな?キンキン鳴ってるから闘ってるのかも。
気になるので、近くに行ってみよう。
「おん・・・よ!、もう・・・って!!」
「おれ・・・かまが・・・らって・・・!」
「そ・・・した、・・・ま・・・きに・・・とお・・・よ!」
川の横の道で6人の茶色い男と、銀色の鎧を着た女の人が闘っている、6対1だ。
当然の事ながら何を言っているのかさっぱり判らない。
所々の発音だけ聞き取れる感じだ。
銀鎧の人はハーフプレートにガントレット、持ってるのはロングソード?両手持ちはバスタードソード?結構重そうなのに、重さを感じさせないくらいに軽々振っている。
というか、鎧もガントレットも結構な重さがあるよね?なのにあの身のこなし、戦士なのか騎士なのか判らないけど、かっこいいね。
対して茶色い方はショートソードとバックラー、ナイフだけのもいれば短槍の人もいる。
着ているのは、こげ茶色の厚みのあるチョッキみたいな物、肩当が付いているのもいるし、これがレザーアーマーって奴かもしれない。
10メートルくらい離れたところに木の上から弓で狙ってる奴もいる。
もしかして、こいつら盗賊ってやつか?、こんな感じなんだな。
全体的に肌が日焼けしていて、汗でテカテカしてるのと、ズボンとかシャツとかが汚れてて汚い。
髪もぼさぼさだし、無精ひげもあるので、間違い無いだろう。
剣で闘ってるのなんて初めてみたので、ワクワクしながら見ていると、弓矢が銀鎧の左肩を貫いた。
やばいっ!、ボケっと見てる場合じゃなかった!
助ける義理なんてこれっぽっちも無いし、正直戦闘シーンなんて初めてだから、見てる方が面白い。
だが、判官びいきか?、多勢に無勢で闘ってるのを見てると、加勢したくなってくる。
あの中に入るのは、正直言って怖いよ。
だって、魔獣はほぼ直線的にしか来ないけど、人間の方はフェイントも使ってくるし、狡猾だからね。
だが、みすみす見殺しにするのも気が引ける。
弓を持ってる奴の下にこっそり近づいて、男が乗ってる枝を確認してから、他の木を使って、三角飛びで背後から〈猫キック〉!
ドゴッ!!・・・ゴシャッ!
力を入れてスキルで背中を蹴ったら、おおよそ猫の様な小動物が出す音では無い、凄い音がして6メートルくらい吹っ飛んでいった。
地面に転がった男は、腕の関節が増えてる様に見えた。
背中には、肉球の痕が付いており、背骨が折れているのか、背中が凹んでいる。
突然背後から凄い音がして、振り向いた盗賊達が、地面に転がる仲間を見て何か喚きはじめた。
「な・・・!?だ・・・た!は・・・ふく・・・のか!?」
「やば・・・よ!せ・・・おれ・・・い・・・ぜ!」
銀鎧の人も驚いた顔をしていたが、木の枝に乗る俺と目が合った瞬間、表情がニヤリと好戦的な顔になり、混乱している盗賊の手前側にいた3人を切り伏せた。
「ミャ」『[鑑定]』
茶色い奴らの職業は盗賊と暗殺者だった。
数値は、ザッと見た感じ、2桁しか無かったので、割愛するよ。
銀色の方も見てみよう。
「ミャ」『[鑑定]』
名前:アーリア・モースケル 状態:重症・疲弊
職業:専属騎士
HP:120
MP:720
STR:163
VIT:70(+260)
AGI:120
INT:158
MAG:177
攻撃スキル:スラッシュ ダブルスラッシュ 両断
感知スキル:気配察知 殺気感知
耐性スキル:苦痛耐性
魔法:火魔法 自動回復 生活魔法
銀色の方は専属騎士という職業になっていて、状態は重傷・疲弊になっていた。
元々両手で持っていた剣を片手で振り回したせいか、振り抜いた剣の先が下がったのが見えた。
乗り掛かった舟だ、中途半端で放置するつもりも無いし、残りも加勢しておきますか。
枝から飛び降りて、残りの3人に襲い掛かった。
盗賊の3人は、向かって来たのがちっこい動物だった事に驚いた様子だったが、2人は馬鹿にした様な顔で鼻で笑い、脅威ではないと判断したのか銀鎧の方を向き、もう1人がニヤけた顔で、けん制しようと短槍を連続で突き出してきた。
10m程度なら1秒かからないので、突き出された槍を左に躱して、相手の右脇腹に右前足で〈猫パンチ〉をお見舞いしてやった。
「ミャ」『猫パンチ』
ドフッ!!
盗賊の腹に右前足がめり込み、固いものに当たった感触があった瞬間、右側の森に錐揉み回転状態で飛んでいった。
まるで、フィギュアスケートの何回転アクセルだったか?あんな感じで回ってた。
残りの盗賊を見てみると、錐もみ状態で飛んで行く仲間を見て、目を見開いて驚いた表情をしていて、銀鎧騎士の顔も、目が見開かれていて、驚いている様な表情をしていた。
持っている剣は、俺から見て左側の奴に向けていたので、右側の奴の背中に向けて、攻撃した。
「ミャ」『引っ掻き』
シュパッ
何の抵抗も無く、どうやってそんな所まで、攻撃が届いたのか判らないが、盗賊の男は腹から上下に別れ、血を吹き出しながら倒れた。
左側の盗賊は、顎が外れそうなくらいに口を開けて驚いていたが、銀鎧に袈裟懸けに切り伏せられた。
戦闘が終わり、銀鎧の女は片膝をつき、俯いて左肩に刺さった矢を右手で握り、歯を食いしばって一気に引き抜いた。
鏃の大きさは、幅2センチ、長さ3センチ程もあり、当然返しも付いているから、肩から血が飛び散った。
かっこいいな、それ!と思ったが、感心している場合では無い。
俺は騎士に近づき、荒い息をしている騎士の膝に前足を乗せ、初めて治療術を使った。
「ミャ」『[治療術]』
騎士は、驚いた顔をしながらも、痛みが和らぐのを待ってから立ち上がり、剣を鞘に納めると、俺に向かってコクリと頷き、まだ僅かに痛む肩をグルグルと回しながら、背後に見える物体に向かって走りだした。
さっきは視界に入っていなかったが、40メートル程離れた場所に、馬車が横転しているのが見え、その周りには、くすんだ銀色の防具を着た兵士らしき物と、血まみれの盗賊の死体があった。
護衛の兵士かな?貴族の護衛ってところか、銀鎧は隊長って感じかもしれない。
馬車には馬が一頭だけ繋がっているが、尻に矢を受けて苦しんでいる様子だ。
馬なんて全然親しみが無かったなぁ、競馬もやらないし。
俺にとっては、馬と言えば馬刺し!好きなんだよね。
馬刺し食いたいなぁ・・・。
この状況で場違いかも知れないが、そう思った瞬間馬が急に暴れ始めた。
昔、何かTVで、馬の厩舎の取材か何かで、「人間の感情にとても敏感なんですよー」とか言ってた気がするが、今ので勘付かれたかもしれない。
いや、食べないよ?デカ過ぎるし。
馬車に近づき、馬の顔が見える位置に行くと、口から泡を吹き、何かを訴える様な怯えた目でこっちを見てきたが、無視した。
魔力感知では、馬車の中に二人いて、中で二人が話しているのが〈振動感知〉で判った。
倒れていた兵士は、戦闘が終わったと思ったのか、自分で[回復魔法]をかけて、起き上がった。
俺の知らない[回復魔法]だな。
起き上がった兵士がこちらを見たが、状況が理解できていないのか、無害だと思われたのか、無視された。
馬車の方に近づくと、中からヒラヒラが付いた薄緑色のドレスを着た女が這い出てきて、直後に銀鎧も、[回復魔法]でも使ったのか、両手を使って、軽々と馬車から出てきた。
横転した馬車の上に立つ女は、俺を見つけると、目をキラキラさせてガン見してきた。
銀鎧は、馬車から飛び降りるとドレスの女が降りるのを手伝っていた。
そして、俺の前に膝をつき、ガントレットを外して、柔らかく微笑ながら手の平を上にして差し出してきて
「○△✕◎、か$%&▽□*、た○か&た。$△□¥う。」
俺は銀鎧の手に右前足を乗せた。
銀鎧が喋った内容は、聞いた事のない言語で、何を言っているのかさっぱり判らなかったが、何となくニュアンスで、さっきのお礼を言われていると感じた。
「ミャ」『どういたしまして』
お礼を言ったところで、彼女らには、鳴き声にしか聞こえていないだろう。
差し出された手に前足を乗せたら、銀鎧の魔力が俺の中に流れ込み、何かが繋がった気がした。
後ろにいたドレスの女が、手を顔の前で組みながら満面の笑顔でなんか喋りながら近づこうとしたが、鼻を衝く強烈な何かが臭い!。
咄嗟に逃げた、鼻が曲がりそうなほどに強烈な臭いで、近づく事ができない。
無理無理無理無理、臭い!目に染みる!!何だこれ!?香水の匂いでも、足の臭いでもないけど無理!
「フシャー!」
しつこく追いかけて来ようとしたので、威嚇したら泣き始めてしまった。
ドレス女に向かって、威嚇したのを見て、兵士が剣を向けてきたが、銀鎧騎士が兵士と俺の間に立ち塞がり、攻撃の構えを見せた兵士を制止し、俺を両手で包むように抱き上げた。
何だこれ?、魔力が流れ込んでくる、俺の魔力と混ざり合い、何だか凄く暖かくて気持ちがいい。
が、それも長くは続かなかった。
銀鎧がドレス女の方に振り向いた途端、また強烈な臭いが襲ってきたのだ。
包み込む手をこじ開けようと、ジタバタ藻掻いてると、銀鎧が顔を覗き込み、苦笑いを浮かべて話しかけてきた。
「き%&¥○▽$お*@%#✕かい?」
何かを言われたが、知ったこっちゃないと手の中から飛び降りた。
地面に座り銀鎧の方を見ると、青白い紐の様な物が、繋がっていて、頭の中に【従魔契約を行いますか? YES/NO】という言葉が浮かんできた。
従魔契約?俺テイムされるの・・・?、条件はこの青白い紐の様な物なのかな?
俺との相性がいいのか、それとも、魔力が混ざり合った結果なのか判らないが、〈YES〉が正解だと思った。
10秒くらいして、俺と銀鎧騎士の足元に青い魔法陣が煌めき、すぐに消えた。
「ミャ」『ステータス』
ステータスを確認すると、名前が入るだろう空欄の後に《対等》、すぐ下に《契約者:アーリア・モースケル》と書いてあり、更に魔法に[言語理解]というのが増えていた。
『よろしく!あるじ!』
アーリアは困惑していた。
突然、目の前に【従魔契約を行いますか? YES/NO】という窓が開き、意味が判らなかったから、何度も読み返した。
従魔が何なのか判らなかったが、目の前の小さな生き物との間に青白い繋がりが見えたので、〈YES〉を選んだ。
直後に、魔法陣が足元に浮かび、今度は【従魔の名前を決めて下さい】という窓が開いたのだ。
アーリアは、何かの名前を決めるなどと言う事は、今まで一度もやった事が無かった。
従魔の名前!?この子の事?
すると、目の前の小動物から声が聞こえた。
『よろしく!あるじ!』
喋った!?、話せるのか!、そうか、挨拶するには、名前が必要かぁ・・・うーん、どうしよう・・・。
名前に悩んでいると、小動物が周りをグルグル回りながら、『あるじーあるじー』と急かす様に言ってくる。
神様の名前をもじって考えるとして、アルテウス様がいいな。
あ・・・ある・・・あるてぃ・・・す、アルティス!
一瞬、何て呼ぼうか考えたが、名前の呼び捨てもどうかと思ったので、あるじでいいと思った。
従魔契約後、挨拶すると、アーリアの顔は驚きで目が点になっていた。
直後、妙にオロオロし始めたと思ったら、頭を押さえたり、腕を組んで考えてたり、首を横に振ったかと思えば、突然頭を抱えてうんうん唸りだした。
『あるじー?』
『ねぇどうしたのー?』
『あーるじー』
アーリアは、何かに夢中で自分の呼びかけに応えない。
アーリアの周りをグルグル回りながら呼んでも、頭を抱えたままブツブツと何か言っているだけで動かない。
突然左手に右手を打ち付けたアーリアは、従魔の方を向いて、考え抜いた名前を告げた。
「よし!、今いい名前が思いついた!!君の名はアルティスだ!」
突然名前を告げられたが、視界の中心から、光が弾けた。
『いいね!俺は、アルティスだ!』
「私の名前は、アーリアだ。没落した元貴族だから、家名は名乗らない事にしている。よろしくな。」
『よろしく!』
ふと、川の方から微かに呻き声が聞こえた。
声のする方に行ってみると、川の土手に兵士が俯せに倒れていて、うーうー唸っていた。
血の匂いがしているので、どこか怪我をしている様だった。
怪我の箇所を確認したら、足が変な方に向いているのが見えて、骨が飛び出していた。
解放骨折だっけ?
兵士の手の平に右前足を置き
「ミャ」『[治療術]』
アルティスの右前足が光り、その光がどんどん兵士の体に広がっていく、と同時にアルティスの体から、何かがずるずると引き出されていく感覚があり、兵士の足の傷が塞がり、足の向きが勝手に正常に戻ったところで、光と引き出される感覚が消えた。
正直、足が治る時の動きが気持ち悪いと思った。
ステータスを見るとMPがごっそり減って、半分になっていた。
なんか吸い取られてると思ったら、重症だったからか、MPを大量に消費した様だ。
「凄いわ!この子今、回復魔法使ったのよね!?、見た?今の見た!?」
「ミャって鳴いてましたよね?」
「普通の回復魔法とは、違う様でしたね。」
背後から声が聞こえたので、振り向いてみると、少し離れてドレス女と兵士二人がこちらを見ていた。
見られてるとは思わず、少し驚いたが、[治療術]を使ってMPが減り過ぎたから、ちょっとフラフラするが、どやっとしてみた。
主が、フラフラな俺を抱き上げて撫でてくれたよ。
ふわぁ・・・
欠伸が出て、頭がコテッと落ちた。
アーリアは、腕の中で眠り始めたアルティスを見て、愛おしく思いながら、大事な事を思い出した。
抱いているアルティスを倒れた馬車の上に置き、倒れている兵士を担ぎあげ、荷物の傍に降ろした。
先に復活していた兵士は、盗賊の死体を調べてから、川に投げ入れている。
横倒しの馬車の上に降ろされたアルティスは、ごつごつした感触に変わった事で、寝付けずにボーっとしながら、死体が川に投げ込まれる様を見ていた。
川に投げ入れられた盗賊の死体が水しぶきを上げて浮かび上がると、水中から巨大な魚の頭が飛び出し、盗賊の死体に食いつくと、全身をさらす事無く水中へ戻っていった。
驚いた俺は、目を見開き、口をあんぐりと開けて、シェーのポーズをしていた。
「ブフォッ・・・クククッ・・・ププッ」
アーリアが吹き出して、腹を抱えて堪える様に笑っている、どうやら見られていたようだ・・・。
笑うのを止め、深呼吸を数回したのち、咳払いで誤魔化したアーリアは、兵士達とどうやって馬車を起こすか、検討し始めた。
馬車は貴族用の箱馬車で、大きめの車輪が四つ付いているだけで、箱に車輪が付いた軸を付けただけの、シンプルな構造だ。
車輪の大きさが、直径150cm程ありそうだから、車輪がでかい分車高も高く、重心の位置も高そうだ。
慎重に起こさないと勢いで反対側に倒れる可能性があると思う。
馬車なんて、実物は初めて見たので、マジマジと見ていた。
ベアリングの様な物はついておらず、サスペンションも無い。
車軸は回らない様に馬車に固定されているらしく、車輪が独立して回る様だ。
まぁ、そうじゃないと4輪は、曲がれないか。
ブレーキ的な物は、付いているが、ブレーキパッドには革?を重ねた様な物が付いている。
一応、梃子の原理で両側の車輪を抑えられる様になっているが、手動なので、あれでは急ブレーキは難しそうだ。
車輪は鉄製で、スポークは金属の様なので、鋳造で作ったのだろう。
箱馬車は、リベットが見えるので、多分金属製だと思われる。
車体が重ければ、車輪が変形しやすくなり、変形を防ぐには、厚みを持たせるか、衝撃を和らげるかしないといけないのだが、バネは付いていないので、頑丈に作ったのだろう。
引っ張られるだけだから、グリップ力は大して考慮されていない様で、車輪の表面はツルツルだ。
ドア部分の下には、箱の様な物があるので、展開してステップになると思われる。
屋根の上に荷物を乗せられるように、低い柵が付いているのが見えたが、荷物は道の脇に積みあがっていた。
上に載せたら、重心が高くなって倒れやすくなると思うのだが、その手の知識が無いのかもしれない。
話が纏まったのか、各々が配置に着いた。馬車を持ち上げる位置にいるのがアーリア一人、反対側に兵士が3人いた。
STRの数値と影響力が判るかもしれないと思った。
「よし、起こすぞ、準備はいいか?」
「「「はいっ!」」」
「いくぞっ!・・・へ?」
ふんっ!とアーリアが気合を入れて全身に力を入れると、意外とすんなり膝を伸ばせたので、顔が呆けていた。
いかにも重そうな物を、気合を入れて持ってみたら、軽かった!?と驚いたのか。
アルティスはその理由には気付いている。
その後も、ひょいと馬車を立てたアーリアは、両手を見つめながら、目が点になっていた。
驚きつつも、割と軽々と馬車を引き起こしたアーリアは、油断していた。
馬車が起きた瞬間動き出しそうになったのを見て、咄嗟にレバーブレーキをかけて止めた。
力を入れすぎて、金属製のレバーが曲がったのか、直している。
今はステータス共有してるからね、俺のステータスに合わせた形になるけど、気がついて無いのかな?
『ステータス上ってるんだよ?』
「え?・・・ホントだ・・・凄い上って・・・MPが12万超えてる!?」
馬車をよく見てみると、ボディーの鉄板の厚さは5ミリ程あり、かなり重いだろう事が判る。
こんなのを一人で持ち上げたアーリアを見て、兵士達が引いている。
「ふぅ、凄いなアルティス、スキル共有で大幅にステータスが上ったよ!」
『あるじ強くなったよね?』ドヤァ
「アルティスのステータスはどうやれば見える?」
『従魔のところから』
また頭の中に文字が浮かんできた、【アーリアがステータスの閲覧を求めています。許可しますか? YES/NO】
〈YES〉
メッセージは名前呼びなんだね。
「あ、開いた!・・・ふむふむ・・・やっぱり私より強いんだ・・・そんなちっちゃくて可愛いのに、STR244ってやばくないか?」
ステータスのSTR値は、60もアップしたのだが、人間の基準だと凄い数値になるらしい。
自動回復を切ってからのSTRの伸びがやばかった。
『普通の平均ってどれくらい?』
「普通は100超えるか超えないかくらいだよ、MPだって20000超えてる人なんて、見た事無いよ。というか、MAG高すぎじゃないか?」
『そんな事言われても、判らないよ。MAGはどんどん増えるし。』
「いんてっ・・・賢者でもINTは300ちょっとと言われてるのに、それに近い数値という事は、相当頭がいいのか・・・」
『計算は早いよ?』
子供の頃は、そろばん塾に通うのが、割と普通の事だったからね、暗算は得意なんだよ。
最近は、そろばん塾なんて、すっかり見なくなってしまったけど、暗算が得意だと凄く便利なんだよ?、数学も割と成績がいい方だったしね。
「計算が得意・・・商人になれるかも?」
『人間の貨幣価値を知らないよ。初めて会った人間があるじだし。』
「それは後で、教えてあげよう」
「馬車の点検完了しました!」
兵士が、馬車の点検を完了したので、出発するのかと思ったが、馬が片側に寄って繋がれているから、2頭立ての馬車だったのか。
1頭居ないな、どこかに逃げているのかと思い、魔力感知で確認してみると、隅っこの方に兵士が二人いるので、その辺に馬が逃げていたのだろう。
繋がれている馬は、さっき驚かせた馬が、回復してもらって繋がれている様だ。
アルティスが見ると、顔を逸らされた。
『ここから街まで遠いの?』
「そうだな、ここはモコスタビアとナットゥの間にある街道で、モコスタビアに向かっている途中なんだが、モコスタビアまではまだ、半日以上の距離があるんだよ。ナットゥまでは近いんだが、戻っても宿が取れるかどうかって所だな。」
馬が戻って来ないと、1頭では、馬車を引くのが難しく、日暮れまでに帰れなくなるらしい。
そんな事より、ナットゥってねばねばしてそうな名前だ。
「今回の旅程では、野営をする想定はしていなかったから、多少の保存食は持っているが、それ以外は特に食料となる物が無いのだよ。だから早く馬に戻ってきて欲しいのだが、厳しそうだな。」
保存食ってアレか?、干し肉と焼しめた黒パン、黒くなるのは少量の小麦と、ライ麦を多く使うからで、焼しめるというのは、カッチカチになるまで水分を抜くって事らしい、ってネットで調べた事がある。
固く焼く事で、湿気に強く、カビ難く、1ヶ月くらいは持つパンになる。
小麦は粉の状態では、保存に向かない為、旅路ではパンを焼く事はしない。
市街地以外では、比較的薪が手に入りやすく、火を付けるのが簡単なこの世界でも、パンは保存用である可能性は高い。
ライ麦パンも、スーパーで売ってる様な、薄茶色ではなく、黒糖の様な色のドイツパンの様な感じのパンだ。
天然酵母を使っていれば、多少は柔らかくなっていそうだが、使ってなければ、本当にカッチカチのレンガの様なパンだろう。
スープやワインに浸さないと食べれないパンだ。
『ナットゥに戻るのは駄目なの?』
「駄目では無いのだが、宿の支配人の話では、今晩泊めるのは難しいと言っていたのでな。街中に居ながら、馬車の中で寝ると言うのは、メンツ的にも難しい相談だな。」
メンツ的に厳しいというのは、貴族のプライドとして、街中での車中泊は、体裁が良くないって事だろう。
「正直、保存食は食べたくないんだよ、美味しくないし、硬くて口の中が血まみれになる。」
カッチカチのパンを、そのまま口に放り込めばそうなるのは、必然だろうね。
「ふやかさないの?」
「普通は水やワインに浸すらしいんだけど、器が無い時は、口の中でふやかすんだけど、トゲトゲの石を口に含むと、どうしてもね・・・。」
どうやら、コップも持ってないらしい。
クッカーセットとか無いのだろうか?、そもそも煤で汚れるから、重ねて収納するっていう発想が無いのかもしれない。
まぁ、薄くて軽い物なんて、まだ作れないだろうしな。
[ディメンションホール]から、器をだしてみた。
「うぉっ!、ディメンションホールも使えるのか!?、しかも、この器は、錫か?」
『俺が作ったヤツだよ。』
「どうやって?」
『錬金術で成形したんだよ。』
アーリアとの話に夢中になっていて、警戒が疎かになっていた。
そういえば、ドレス女はどこにいるんだろう?と疑問に思い、魔力感知を見ると、森の近くに二つの点がある事に気が付いた。
その方向に向いてみると、ドレス女と殺気を帯びた赤い目が二つ、アーリアに呼びかけつつ、ドレス女を襲おうとしている目に向かって走った。
『あるじ!ドレス女が危ない!』
「ドレス女!?・・・と、とりあえず分かった!」
「お嬢様!下がってください!!」
「え?」
ドレス女がアーリアの警告に反応して振り向いた瞬間、光る目が襲い掛かった。
アルティスはドレス女の横をすり抜け、飛びかかろうとする敵目掛けて、猫パンチをワン・ツーで振り抜いた。
「ミャ」『[鑑定]猫パンチ!』
スカッ、ドスッ
「ギャン」
明るい所から暗い森の中を見ていた為、目が光ってる事しか判らなかったが、[鑑定]では、フォレストドッグと出た。
名前:フォレストドッグ
HP:83
MP:98
STR:126
VIT:80
AGI:134
ING:89
MAG:73
攻撃スキル:噛みつき 毒爪 爪撃
感知スキル:振動感知 嗅覚 聴覚
耐性スキル:毒耐性
魔法:土魔法
〈猫パンチ〉の初撃は空ぶったが、二発目が鼻先に当たり、〈フォレストドッグ〉の顔を横に向かせて、鼻先をえぐる事に成功、脳震盪くらいのダメージにはなったらしく、立ち上がろうとしていた所に、追いついたアーリアが剣を首に刺してとどめを刺した。
ドレス女はアーリアの方を向いていて、〈フォレストドッグ〉が飛びかかってきた瞬間を見ていなかったが、危ない目に合った事は察したらしく、真っ青になってへたり込んだ。
アーリアはドレス女に怪我が無いか確認し、ドレス女を馬車に乗せた。
「アルティス、お嬢様の事をドレス女とか呼んでた?」
『うん』
「私はお嬢様を守る騎士で、お嬢様はホリゾンダル伯爵家のご令嬢です。なので、今後一切ドレス女などと呼ぶ事を禁じます。お嬢様の事をどう呼べばいいのかは、本人に直接聞いて許可を貰ってください。」
『お嬢様はこの声聞こえないよ?』
「え?聞こえるのは私だけ?ちょっと待ってて・・・お嬢様、この子はアルティスといいます。私の従魔になりました。この子がお嬢様を呼ぶときは、何と呼ばせればよろしいですか?」
「この子が従魔?、リアの?、従魔っておとぎ話の中だけの魔法じゃなかったんだ。ミャーミャー鳴くこの子と、会話してる様子だったから、何かと思ってたわ。名前はアルティス君に決まったのね、私は、ペティセイン・ホリゾンダルよ、アルティス君よろしくね。私の事はペティか、リアと同じ呼び方でいいわ。」
「ミャーミャー・・・周りにはそう見えるんですね・・・」
出発準備も粗方終わったが、もう一頭の馬が、まだ戻ってきていない。
馬車に乗り込むと、お嬢様から匂っていた刺激臭は、綺麗さっぱり消えていた。
腋の下を洗ったのかな?
「何か失礼な事考えて無い?」
うぐっ、鋭いな・・・。
とぼけて首を傾げた。
「お嬢様は〈魔獣除けのアミュレット〉を身に着けていたから、アルティスにだけ刺激臭が感じられたんだよ。」
アミュレットはネックレスになっていて、肌に直接触れていないと、魔力を供給できずに効果が消えてしまうらしい。
安全の為には、常に身に着けていなければいけないが、着けるとアルティスに触れなくなってしまうので、危機が迫ったら着けるという条件で外した直後に、森に近づいてしまった為に、襲われた様だ。
アーリアを説得した意味が無いんじゃないか?と思ったら、屋敷に帰ったら父親から怒られる予定なんだそうだ。
ここまでしているのに、近寄らなかったら、怒られ損になっちゃうから、お嬢様の膝の上に乗ってあげたら、涙を流して喜んでたよ。
「ミャー?」『そんなに触りたかったの?』
「あはは、お嬢様はアルティスに逃げられて、ホントに悲しんでおられたからな。」
「だってー、リアには懐いているのに、私には威嚇してくるんだもの、悲しくもなるわよ。」
兵士が逃げた馬を連れて帰ってきた。
馬を繋ぎ、先に進むのかと思ったが、どうやら違う様だ。
「この先、暫らくは森と川に挟まれた道になります、夜になると逃げ場が無くて危険なので、少し戻ると森から離れた場所に野営できる場所があるので、そこで朝まで野営しませんか?」
そう発言したのは、いつの間にか復活していた兵士だ。
この兵士は、なんか臭いが変なんだよな。
微妙に革鎧の臭いがして、気になる。
「ミャ」『[鑑定]』
名前はカート、職業は兵士(盗賊)となっていて、特に偵察や罠関係のスキルなどは持っていない様だ。
「ミャ!」『どっちだよ!』
「どうした?アルティス、何かあったのか?」
「ミャ」『ちょっとね。』
太陽の位置はだいぶ傾き、あと1、2時間で暗くなりそうだった為、アーリアは、お嬢様に確認してから了承した。
アーリアが、兵士達に野営場所に移動する指示を出し、兵士の操縦によって馬車が、方向転換をした。
アーリアが、兵士達の名前を教えてくれた。
「野営の進言をしてきたのが、カート、今馬車の御者をしているのが、ルース、馬車の右側を歩いているのが、コルス、左側を歩いているのが、メビウスだ。」
アルティスが治療した兵士は、メビウスだった様だが、メビウスも何となくちょっと変な感じなんだよね。
一応、全員の匂いは覚えてはいるが、カートは鑑定した結果、盗賊と兵士を兼任していて、コイツだけが何故か苦い臭いをしているのだ。
盗賊と一言でいえば、通常は悪者になるのだが、職業にも盗賊がある可能性があるのだ。
RPGではよくあるパターンで、盗賊=罠の発見や偵察役としてシーフ(盗賊)という場合があり、単独行動しているのを考慮すれば、普通に偵察役としての役割を果たす為の職業としてみれてしまうのだ。
だが、そうはいっても、スキル構成を見てもカートだけは、警戒した方がよさそうだ。
馬車に乗ってる時は、魔力感知以外は役に立たなかった。
窓の外は、アーリアの肩に乗るか、体を支えてもらわないと、高くて空しか見えない。
この世界に来た当初と比べれば、少しは大きくなったのだが、産毛の状態から普通の毛に変わった程度で、大きさも一回り大きくなった・・・かも知れない程度だ。
子猫サイズには変わりが無いので、目視の警戒は、兵士達に任せる事にした。
暫らく進むと、馬車が止まり、野営できる場所に着いた様だ。
右手には野原と小さい丘、左手側は川、後ろには森、野営は小さい丘の上でやるのかと思ったら、街道横の平らな所でやるらしい。
馬車は丘の上に上がれないのと、護衛対象のお嬢様が馬車で寝るからだ。
『丘の向こう側が見えないんじゃない?』
「見通しが悪いから、丘の上に見張りを置くんだよ。」
薪は、いつの間にか森の近くで、折れた枝やらを拾って馬車の上に積んでいたらしい。
何か、最初から野営する前提で動いていないか?しかも、この場所が野営できる場所?見通しが悪く、見張りが最低でも二人は必要になるのに、野営に適しているとは、思えないのが不思議だ。
火を点けるのに魔法を使うのかと思っていたら、火打石を使い始めたが、小枝に向かってカチカチやってるのを見ると、どうやら全員焚火などした事が無いんじゃないかと思った。
あるじが火魔法を使えるのに、何で使わないんだろ?。
『あるじが火魔法か、生活魔法を使わないの?』
「うぐっ、私の火関係の魔法は、何故か爆発するんだよ・・・、死んだ兵士が生活魔法を使えてたからな、私の魔法は使わなかったんだよ。」
それじゃぁ使えないわな。
『火口になる燃えやすい物を使わないと、火が点かないよ?』
『ほら、そこにある毛玉みたいな枯草に、火花を当てるんだよ』
「な、なるほど・・・。コルス、そこの枯草に火を点けてから、小枝を燃やした方がいいぞ。」
大丈夫かな?こいつら、火も起こせないのに、なんで野営しようなんて思ったんだ?火が起せる兵士が生きている前提で考えていた?ちょっと考えが足りないな。
いい加減お腹が減ったので、早く食べたかったんだけど、食事として出してきたのは干し肉のみ。
保存食として常備していたカチカチパンもあるが、誰も食べたがらないらしい。
干し肉は、しょっぱすぎて一口食べたら、頭痛くなってきた。
折角の塩味なのに、塩をそのまま食ってるみたいだった。
仕方ない、何か狩ってこよう。
角ウサギが何匹かいるので、一匹を奇襲して狩った。
気付かれない様に後ろから近づいて、飛び上がったら首を狙ってパーンチ!やったぜ。
アルティスが、自分より大きいウサギを引き摺って来たら、兵士のコルスの目がキラキラ輝いていた。
兵士のコルスが捌けるというので任せ、取り出した内臓を食べようとしたら、アーリアに捕まってしまった。
「内臓は食べちゃ駄目!」
『ああー、美味しいのにー、干し肉の塩味を中和できるのにー。』
野営といえば定番の串焼き、岩塩をナイフで削って、肉に振りかけている。
鍋とか無いからそれしか調理方法が無いんだけど、結構美味かったよ。
「アルティスのおかげだな。最初の一本目は、アルティスの分だ。」
『塩味は最高に美味い!』
この世界に来て、初めての調理した肉だ、肉の焼ける匂いは涎が止まらない。
猫舌で、熱々なものはやっぱり食えないが、冷ましたやつでも十分美味しい。
焼いてる時、みんながこっちをチラチラみてるのに気が付いて、2匹追加で捕まえてきてあげた。
切り分けた内臓をどうやって処理するのかと思って見ていたら、地面に穴掘って入れてた。
埋める前にこっそり食ってたら、探しに来たアーリアに見つかって捕まってしまった。
「そんなに内臓が食べたいのか?」
『内臓が美味しいんだよ?、足とか要らないから、内臓だけちょうだい』
「だーめ!、お腹壊したらどうするんだ?」
『一人の時は内臓がメインだったんだよ?』
「考えておくから、今は我慢しなさい。」
『俺が獲って来たのに!』
食事が終わったら、後は寝るだけなんだけど、テントなんて当然ある訳無いので、アーリアと兵士は荷物を枕に焚火の前で、お嬢様は馬車の中で寝る事になった。
丘の上の番は、カートがやるそうだ。
このまま、何事もなく朝を迎えられればいいんだが、そうは行かない様だ。
風に乗って、革鎧の臭いが漂ってきた。
焚火に使っている木も、妙に生木に近い物が多くて、白い煙が多く出るんだよな。
まるで、狼煙でもあげている様な、白い煙がもうもうと立ち上っている。
丘上のカートは知らない様だが、水分を多く含む薪はよく爆ぜるんだよな。
焚火に近い所に座っていたカートが、爆ぜた焚火の火の粉を被って、慌てていた。
完全に日が沈み、辺りは暗闇に包まれていた。
疲れ切っているのか、ルースとコルスは、小さくいびきをかき始めた。
丘下の見張り役は、メビウス。
なんか、煙草の銘柄みたいな名前だけど、フルネームだとメビウス・カルパッチョ・・・食ったら死ぬやつだな。
超不味そうだし、何かチャラい雰囲気と、何かがおかしいと思える、何かがある。
兵士って大変だね、休む暇が全然無いじゃん。
メビウスとカートは、月が真上に来るまで見張り役をやらせるらしい。
見張り役の順番は、メビウスとカート、コルスとルースの順、何故2交代制なのかというと、日が落ちて暗闇になると寝て、日が昇ると起きるので、大体、20時から朝の4時までが夜になる。
見張りをそれに合わせると、夜中の月が真ん中に来た時に交代すれば、丁度同じ時間ずつで見張りをできるという事らしい。
アルティスは寝る前に、アーリアからこの世界の暦の事を教えてもらっていた。
この世界の月は二連星で、大きい月の周りを5分の1くらいの大きさの小さい月が、大きい月の周りをグルグル回っている。
今は11月の3の週18日で、大きい月アマーティスの満月で、小さい月スクナービクは楕円形に見える。
数日前には、両方の月が満月を迎えて、月宴祭というお祭りをやっていたらしい。
満ち欠けはあるが、アマーティスの満ち欠けと、スクナービクの満ち欠けの周期が違うそうだ。暗月・・・地球でいう新月になると、大小2つの月が見えなくなる。
大きい月アマーティスの満ち欠けは7日間毎に変わり、小さい月スクナービクは1日でアマーティスの周りを一周し、1日毎に少しずつ満ち欠けする。
スクナービクは1ヶ月で新月になるらしい。
つまり、1日に新月から始まり、28日に新月で終るという周期らしい。
アマーティスは、半年周期で満ち欠けするのだが、見える部分の大きさで、大体の何月で何週目なのかが判るという事だ。
判らないのは、上半期か下半期かだけで、街に行って人に聞けば判るし、最悪判らなくても、気候が変わらないので、大した問題では無い様だ。
不思議なのは、アマーティスの満ち欠けと、スクナービクの満ち欠けが同期していないという事だ。
それはまるで、あの月は、リバーシブル的な色分けになってるのかの様だ。
アマーティスに、スクナービクの影が無いなら、太陽が照らして光ってる訳じゃないって事の証明になるのだろうか。
表側が白くて裏側が黒いなら、それぞれが自転しながらこの星の周りを回っていると考えれば、なんとなく納得できる気がする。
アマーティスは、自転がゆっくりなのだが、衛星のスクナービクの公転速度は滅茶苦茶早いという事になる。
いや、アマーティスはこの星の衛星だが、スクナービクはアマーティスの衛星って事だな。
だが、地球に照らし合わせるとしたら、太陽から地球を見た状態って事になるのか。
そう考えれば、スクナービクの公転速度は月と同じなんだよね、だから可笑しいって程の事でも無いのだ。
因みに、スクナービクの公転を斜め上から見ている状態になっていて、スクナービクは、アマーティスを斜め45度の角度で、常にこちらを正面に見据えながら回っているという事になる。
スクナービクの自転がどうなっているのか、謎過ぎる。
夜間は、スクナービクの位置で、大体の時間も判る事になり、スクナービクの位置がアマーティスの正面に来ると、12時という事になるらしい。
この世界は月齢で暦が分かる、太陰暦らしく、1年は14か月で1か月28日。1年の日数は392日になる。
「ミャー」『1年392日あるって事だね?』
「え?もう計算したの!?」
年末年始と7の月の末日と8の月の最初の日が暗月で、その日は闇を吹き飛ばすって意味でお祭りが各地であるんだそうだが、夜は外出もしないし、家の中でじっとしているらしい。
真っ暗な中で出歩くと、オイルや薪などの燃料代が余計にかかるから、庶民は態々そんな日に、夜に出かけたりはしない様だ。
お祭りは他にも、4の月の中ごろと11の月の中ごろに両方の月が満月になるから、月宴祭っていうお祭りがあって、武闘大会とか何かを競い合う様な催しがあるらしい。
気候は比較的穏やかで、特に四季みたいな変動は殆ど無く、12の月から2の月までが、少し肌寒くなる程度の様だ。
他は、獣と魔獣の違いとか聞いてみた、角ウサギと小さい蛇は獣の部類で、目が赤く光ってるのは魔獣なんだって。
『魔獣にあたる奴なんて、ペルグランデスースとフォレストウルフくらいしか見た事無いな。』
「ペルグランデスースだって!?どこで見たんだ!?」
『森の中だよ?60日くらい前の事だけどね。』
「二月以上前の話か。なら大丈夫そうだな。」
川の中の巨大魚もそうだが、あんな巨大な物が、猛スピードで追いかけてきたら、馬車などひとたまりも無いだろう。
ハイエースのサイズに、みっちりと肉を詰め込んで、猛スピードで突っ込んでくるようなものだから、箱馬車程度の硬さであれば、ペシャンコになっても可笑しくないのだ。
だが、アルティスは今のアーリアなら、何とかなるのではないかと思っている。
いや、何とかするには、装備が少し心許無いか・・・。
「何を考えているのだ?私では、止めるのは無理だぞ?」
『剣と鎧を何とかすれば、いけるかもしれない。』
「何とかできる剣や鎧があったら、それは国宝級だぞ!?」
他にも色々聞きたいことがあったが、翌日も早い為、町に入ったら教えて貰うって約束して、アルティスは寝たふりをアーリアの影で始めた。
月が中天を過ぎて、見張り番がコルス達に代わって少し経った頃、カートが動いた。
魔力感知には、森の方から近づいてくる点が出てきた。
カートは、しばらく歩いたところで、ズボンも脱がずに突然しゃがみ、何かの鳴き声の真似をし始めた。
すると、返事を返すような同じ鳴き声が森の方から聞こえてきたので、カートが合図を送って、それに仲間が呼応したという事だろう。
魔力感知に5人が近づいて来ているのが見えている。
カートはそのまま焚火の方へ引き返して行ったが、アルティスはアーリアの影のカートから見えないところに隠れていたので、居ない事にはきっと気付かれないだろう。
アルティスは、近づいてくる5人の方を草に隠れて監視していた。
5人の身なりは、昼間の盗賊に似た服を着ていて、それぞれ腰の剣に手を置き、ゆっくりと近づいてきた。
ほんとは、こいつらを鑑定したかったのだが、唱えると声が出て見つかる恐れがあったので、背後から奇襲するべく息を殺して待つだけにした。
今盗賊たちが、アルティスの傍を通り過ぎる時に臭いを嗅ぐと、カートと同じような苦い臭いがしてきた為、こいつらはやっぱり一味なんだろうと思った。
盗賊がアルティスの横を通り過ぎ、3メートル程離れたところで、行動を開始した。
「ミャ」『頭突き!』
「ミャ」『猫パンチ!』
「ミャ」『[ウインドカッター]』
1人目には、尾てい骨辺りに頭突き、2人目は脇腹に猫パンチ、3人目は魔法でウインドカッターを食らわした。
突然叫び声が聞こえた残りの二人は、反転して一目散に逃げ出した。
攻撃を食らわせた3人は、食らった瞬間は叫んでいたが、地面に落ちた時には、二人は気絶して、一人は死んでいたので、そのまま放置して戻る事にした。
焚火の前に戻ると、アーリアが剣を抜いていて、傍らには気絶したカートが転がっていた。
丘の上で見張り番をしていたコルスが、気絶したカートを見て苦笑していた。
ん?苦笑?
「どこに行っていたんだ?」
『こいつの仲間を3人しばいてきた』
「しばいてきたとは?」
『懲らしめたってこと。』
「ああ、さっきの叫び声はそういうことか」
『5人いたけど、2人逃げたよ!』
「殺したか?」
『二人は生きてる。』
「そうか、ありがとう」
「コルス、ルースとメビウスを連れて、気絶してる連中を捕縛してきてくれ。」
『俺も行ってくるよ』
「3人いれば平気だと思うが?」
『逃げた二人が戻ってくるかもしれないし』
「そうか、なら頼む」
3人と一緒に行くと、倒した盗賊の近くに、逃げた二人が戻ってきていて、近づいてくる松明の明りに怯えながら、必死に気絶した仲間を起こそうとしていた。
位置を調整して2人が一直線に並ぶようにして、1人目にストーンバレットを食らわせた。
食らった奴は3メートル程飛ばされて、後ろにいた、もう一人を巻き込んで地面に転がった。
騒ぎに気が付いて、コルス達が走ってきたので、追加の2人の上でライトボールを出して、捕縛してもらった。
持ってきた縄は、ビニールひも程度の太さしか無く、長さもそれ程余裕がある訳では無いので、盗賊達は後ろ手に結ばれて、倒れた所から引き摺ってこられた。
服には、草の汁が滲み、泥だらけになっていて、内1人はズボンが足首の所まで下がっていたので、他の3人の体で隠すように転がされていた。
カートは防具を脱がされ、手首と足首を繋ぐように結ばれていて、起きても身動きできない様にされていた。
口にはボロ布を詰めて、猿轡をされていた。哀れ罪人となったこいつらは、牢に入れられたらどうなるのだろうか?気になったので聞いてみた。
『こいつらどうなるの?』
「町の衛兵に引き渡したら、犯罪奴隷になって死ぬまで鉱山で働かされるんだよ」
『尋問しないの?』
「多分すると思うけど、喋らないだろうな。」
『拷問はしないの?』
「尋問が所謂拷問のことだ」
『効率のいい拷問方法があると言ったら?』
「どんな拷問だ?」
『擽る』
「そんなので喋るのか?」
『あるじで試してみる?』
「面白そうだが、早く寝なければな。明日に響く」
『チェ』
なんやかんやあったけど、捕縛完了までそれ程時間もかかっていなかったので、再度眠りについて、朝日が出て空が白み始めた頃に朝食となった。
干し肉を出されたが、塩辛くて食べられない。
『こんな塩辛いの食べたら死んじゃうよ、他に無いの?』
他の保存食を出してもらったが、カッチカチの固いクッキーの様なもので、カビの様な臭いがしたのでやめておいた。
アルティスは狩りに出たが、ウサギが居らず、野鼠を捕まえて戻って来たが、アーリアに取り上げられて、川にポイされてしまった。
『あぁー 俺の朝飯がぁー・・・。』
[ディメンションホール]に何か食べられる物が無いか探してみると、食べかけのウサギの肉があったので取り出すと、またもやアーリアに取り上げられて、今度は、焼くまで待たされた。
「いい匂いが・・・」
コルスが匂いに釣られて、肉の前に座ったが、アルティスはコルスの前に鎮座し、取られない様に守りに入った。
コルスの手が肉に伸びてきたので、叩き落す。
反対の手が、上から伸びてきたので、[ファイアーボール]を撃った。
「ミャ」『[ファイアーボール]』
「うわっ、あっぶなー」
「コルス、その肉はアルティスの朝食だぞ、お前は干し肉を食べただろ?」
「はっ!?、すいません、いい匂いでつい・・・、少し分けてくれませんか?」
「ミャー」『足1本だけなら』
「足1本くれるそうだ。」
「ホントですか!、アルティスさんありがとうございます!」
横で様子を見ていたお嬢様が、呆れた顔でコルスに話しかけた。
「よく貴方、朝から肉なんて食べられるわね」
「昨日の夜動いたので、お腹が減っちゃって、てへへ」
焼けた肉から足1本もぎ取ったコルスは、ニコニコしながら食べていた。
アルティスは、冷ました肉を急いで食べた。
野営地を出発した時、アルティスは、ペティセインの膝の上に乗ったが、撫でられたり、抱き上げられたり、口の中を覗かれたりと忙しないので、アーリアの方に逃げた。
「ああー・・・」
『煩くて眠れないよ』
「お嬢様が弄るから、うるさくて眠れないと」
「あーん、ごめんなさいー、触らないからこっちきてー」
『ヤダ』プイッ
「ぐすん」