第104話 ボールドの発毛、散髪屋の嘘
「俺の方から先にやってくれよ!」
「ちゃんと並ばないとやらないぞ?」
「ちょっと!私の方が先にやってくれるでしょ!」
「ほら、お前等、ちゃんと並べ。」
『全然収拾がついて無いな。』
「あ、アルティス様、危ないので近くに来ないで下さい。」
「お!?なんか珍しい獣が居るぞ!売り払って飲み代にするぞ!捕まえろ!」
『[パラライズ]』
バタバタバタ
アルティスを捕まえようとした男達が倒れた。
「何だ!?何が起こったんだ!?」
「全員パラライズにかかってるぞ!?薬が全然効かねぇ!」
騒ぐ男達の前に、リザードマンが一人やって来た。
「こいつ等が捕まえようとした方は、新しいブラスバレル領の領主様であり、バネナ王国宰相のアルティスだ。もう一度下らない事をやる様であれば、不敬罪として叩きのめす!」
集まっていた連中が、ササッとその場を離れ、列に並んだ。
「おい!リザードマンを誘い出していた奴はどうなったんだよ!」
「知らねーよ!」
「はぁはぁ、すまねえ、リザードマンが急に戻っちまった。」
「ったく、役に立たねえな!」
「なんだとおっ!?文句があるってのなら、てめーがやれよ!」
「おお、やってやるよ!」
何かコソコソと喋ってる様だが、丸聞こえなんだよなぁ。
「よお、リザードマンの兄ちゃん、ちょっとこっち来てくれないか?」
「・・・。」
「なぁ、ちょっとこっちで話したい事があるんだよ。な?いいだろ?」
「・・・。」
「なあ、頼むよ。ちょっとこっちで相談に乗って欲しいんだよ。ほら、皆の前では恥ずかしいからさ。」
「・・・。」
なんだこれ?告白でもすんのか?
『そういう趣味なのか?』
ブー!
「アハハハハハ!」
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「ゲラゲラ」
「ち、違うわ!そんな趣味はねえよ!」
「振られてやんの。」
「違うって言ってんだろ!ぶっ殺すぞ!」
目的を知りたいな。
ちょっと煽って、口を滑らせてもらうか。
『で、ゲイ造は何の用だったんだ?』
「アッハッハッハッハッハッハ!ゲイ造だってよ!」
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「ゲラゲラ」
「何でもねぇよ!」
『やっぱ告白だったか。』
「違うっつってんだろ!アイザックの持ってるマジックバッグを奪う為に遠ざけたかっただけだ!」
あぁ、そういう事ね。
「おいいっ!」
「あ・・・、に、逃げるぞ!」
逃がす訳無いだろ?
『[パラライズ]』
「ぐあっ!?」
「ぎゃっ!」
「ぐぇっ!」
『パッチンして。』
「ちょっと、アルティス様煩いんですが?」
『お前の持つマジックバッグを狙った馬鹿共を捕まえたんだよ。』
「な!?ジェイス!?お前まさか、本当にそんな事を狙ってたのか!?」
『ゲイス?』
ジェイスとその取り巻き達の顔が赤くなり、数秒後には青くなって来た。
ジェイスは怒り心頭になったが、パラライズで身動きできず、声も出せずに酸欠状態になり、取り巻きは笑いたいが笑えず、酸欠状態になったのだろう。
リザードマンがパッチンしてくれたから、解除するか。
『[キャンセル]』
「ブハー・・・、てめえ!このチビ助!ぶっ殺してやる!」
『黙れ』
「・・・。」
文句を言いたいが、話せなくなったからか、プルプルと震えているな。
『理解できてない様だから教えておくが、お前等は捕縛されて犯罪奴隷となった。ジャッジメントの判定では、全員25年の刑期だ。その首輪は、刑期を終えるまで外れる事は無い。今後、犯罪行為や逃亡、暴力、暴言は全て制限される事になる。抵抗した場合は、ライトニングが発動するから、覚悟しておけ。』
「刑期25年って、何故そんなに長いんですか?」
『様々な犯罪行為をして来たから、累積でそうなったんだろ。』
「例えば?」
『横領、詐欺、暴行、恐喝、脅迫、殺人、傷害、あらゆる犯罪をやってる様だな。あぁ、捕まって無い仲間にやらせようと思ってる?辞めた方が良いぞ?そいつが犯罪を犯した瞬間、お前等に罰が下る。ライトニングが発動するんだよ。ライトニングが5回発動すると魔法の強度が上がるから、次は火傷になって、跡が残るし、ずっと痛いってなる。ヒールもポーションも効かなくなるから、使っても無駄だぞ。1年間大人しくしてるか、20回の善行で元に戻るが、その期間中に大怪我をしたら、治せないから確実に死ぬ事になる。気を付ける様にな。』
「ジェイス、お前等は俺を騙していたんだな。がっかりだ。」
アイザックはガックリと肩を落とし、仕事に戻って行った。
ジェイス達は、離れて行くアイザックをにやけながら見ていた。
『救えない奴等だな。』
「仕事は何をさせますか?」
『危険な作業で良いだろ。反省を促す必要は無い。』
「了解。こっちのはどうしますか?」
『こいつらも大概だな。同じで良い。』
最初にパラライズした連中も、刑期が20年前後と表示されていて、やってる事も大して変わらないので、同じ扱いで問題無いだろう。
重犯罪奴隷が従事する作業や労働は、危険な作業が多く、安全であっても過酷な作業しか無い。
自由時間も殆ど無く、権利も殆ど与えられない。
重犯罪奴隷は刑であり、保護でも隔離でも無いという事だ。
都市国家群では、戦争の道具として使われる国もあり、犯罪者には人権など無いという国が殆どなのだ。
ただ、バネナ王国では、重犯罪奴隷も貴重な労働力として考えており、楽な仕事はさせないが、危険な仕事や誰もやりたがらない仕事をやらせるのだ。
他国よりも緩いと思うが、他国は他国、うちはうちだ。
緩い管理で危険な仕事か、厳しい管理で重労働のどちらが楽かは、人それぞれ思う事があるだろう。
「あのー、犯罪奴隷になった者達の返還金はどうしたらいいのでしょうか?」
『割符を見せてみろ。』
犯罪者が素直に納税したという事に疑問を感じた。
『[アナライズ]これは偽物だな。本物の割符と比べてみろ。材質が全然違うし、サイズも違うだろ?インクすら同じでは無い。こんな物に惑わされるな。』
「・・・では、誰のお金なんでしょうか?」
『死んだ者か、怪我人や病人の代わりに受け取って来ると言って騙したんじゃないか?徹底的に調べ上げろ。』
「どうやって?」
『死人や病人怪我人の中から、その名前の奴を探し出せばいいだけだろ?少しはてめえの頭を使えよ。何でもかんでも聞くんじゃねえよ。考えてから聞け。でないと、いつまで経っても、仕事なんて覚えられねえぞ?』
「・・・はい。」
元々平民で、学も無く、強引に仕事を引き受けさせられたという思いだからか、段々と元気が無くなって来た様だ。
だが、前任の官吏に仕事を任せるのは嫌だと思ったのであれば、誰か適任となる者を推挙すればいいのだ。
ただ単に否定するだけでは、話が進まず、いつまで経っても改善される事は無いのだ。
そもそも、この街に住んでいる訳でも無いのに、相応しい者を知っている訳もなく、自分にはできないと言うのであれば、自分よりも頭の良い者を教えるなりすればいいのだ。
『厳しい事を言われて落ち込むのは結構だが、貴様は民兵の代表として接触して来たのだから、代表者としての振る舞いをする責任がある。自分には無理だと言うのであれば、できそうな者を推挙するなり、すればいいんだ。どう考えているのかは知らないが、頭が良いと思える者が居るのなら、そいつにチャンスを与えると思え。』
「じゃあ、大トラ亭の店主を推薦します。俺には官吏なんてやれる頭は無いですし、代表を押し付けられただけですから。」
酒場の店主を推薦か?こいつもそこそこ頭が良いと思うのだが、人の上に立つという事が向いていない性格なのかも知れないな。
『では、そいつを連れて来い。』
「あそこで腕を組んでこっちを睨んでる人です。」
アイザックが右を向いたので、そっちを見ると、がっしりとした体格の壮年の男が居た。
頭は寂しいが、マッチョで活力にあふれた風貌をしている。
『呼んで来い。』
アイザックが男の方へ歩いていき、言葉を交わしてから連れて来た。
「俺が呼ばれたと聞いた。何か用か?」
『アイザックに官吏の仕事をさせようと思ったんだが、どうもやる気が無いみたいでな、できそうな者を推挙しろと言ったら、お前を推薦したんだよ。』
「・・・はぁ、アイザック、お前は何でそうなんだ?悲観的に考えるなと、何度言ったら判るんだ?お前は頭が良い、だから冒険者なんかより、もっと稼げる仕事に就ける筈だ。」
「俺には無理です。今日だって、何度も叱られてるし。」
「お前に冒険者は無理だ。だから、官吏をやれ!」
『おい、禿げ、お前こそその言い方は無理だぞ?それで説得してるつもりか?何を以てアイザックに冒険者が無理だと断言したんだ?』
「あんた、宰相様だろ?こいつの覇気の無さを見れば、冒険者が無理だと判らないのか?」
『理解できないな。コイツの覇気の無さは、ただ自信が無いだけだ。自信が無いのであれば、自信が付く様に鍛えてやれば良いだけだ。』
「これでも鍛えてやったんだぜ?」
『一般人に毛が生えた程度で鍛えた?冗談にも程があるぞ?リズ、こっちに来い。』
リズを呼びだした。
「何でしょうか?」
『この禿げが、アイザックを鍛え上げたそうだ。お前の評価はどうだ?』
「評価?無理ですね。一般人ですよ。全然鍛えられていませんね。」
「このねーちゃんがどうだってんだ?」
『お前には、絶対に勝つ事ができないよ。』
「ほー、俺が勝てないってのか。しかも絶対に?こんなねーちゃんに俺が負けると?冗談きついぜ。」
「・・・こんなのと模擬戦をやれと?殺しかねませんよ?」
「ああ?でかい口を叩くじゃねえか。俺はこれでも、元2級冒険者だったんだぜ?それでも勝てると言うのか?」
「私、S級ですが何か?」
「はあ!?S級にあんたみたいなねーちゃんはいない筈だぞ!?」
『最近、大量にS級が増えたって話、聞いてないのか?』
「・・・まさか、あんたらが?」
「そうですよ?我が軍には、1級以上しか居ませんから。」
「面白れぇ。いっちょ模擬戦してくれや。あんたに勝てれば、俺もS級になれるって事だからな。」
「良いですけど、怪我しても文句は言わないで下さいね?」
「文句なんて言わねえよ!」
「では、私は木剣でいいですから、禿げは真剣でいいですよ。」
「ふん!S級なんだから当然だ!」
「いつでもどうぞ。」
「ほざけ!」
開始の合図も無く模擬戦が始まった。
カッカッカッ!シャシャッ!
ドゴッ!
「ぐふっ・・・。」
禿げが不意打ち気味に突きを3発繰出し、リズはその場から一歩も動かず、木剣の腹で全て逸らし、横薙ぎの攻撃を受け流して右の脇腹がリズの方に向いた瞬間、左手の手刀を脇腹に打ち当てた。
禿げはそのまま蹲り、木剣が首に当てられて終了となった。
「ま、参りました。まさか、ここまでの差があるとは。」
「話になりませんね。まず、足が駄目です。突きを出すのに両足で踏ん張るとか、舐めてるんですか?貴方の軸足は両足だとでも?引退した理由は足の故障ですか?一歩前に出すとか無いんですか?」
「俺は、この足でずっとやって来たんだ。だが、肩を壊してしまってな。」
『そりゃそうだろ。重心がずっと変わらないから、腕だけで剣を振ってるんだから、肩に負担が行くのは当然だ。そんなんで良く2級になれたな。冒険者ギルドの程度が知れるな。』
「ねーちゃんだって、一歩も動かさなかったじゃねえか。」
「地力が違いますから。」
そう言いながら、鍛錬用の剣を取り出した。
「これを使って鍛錬してますから、木剣の様に軽い剣を振るのに、力なんて必要無いですよ。」
「ブロードソード?そんなので鍛錬?ロングソードよりちょっと重い程度じゃないか。何でそんな物でそこまで鍛えられるんだよ。」
『持てばわかる。』
「持てばわかる?うおっ!?何だこの重さは!くっ・・・、片手で振り回すだと?」
『止めておけ、手首が折れるぞ?』
禿げは、ブロードソードをアイザックに渡した。
「ふん!んぎぎぎ・・・、上がりませんよ!何で先端が重いんですか!?」
『アイザックは足腰が弱いから、まずは走り込みからだな。毎朝、街の外周を全力で20周走り込め。それと、自動回復を任意に切り替えろ。』
「え!?」
『筋肉ってのは、疲労を感じるから鍛えられるんだよ。疲労も何も感じないのでは、体がそれ以上の筋肉は必要無いと思って、強化しようとしないからな。自動回復は罠だ。鍛えたいと思ってる間は、自動回復は切っておけ。』
「今までの鍛錬も無駄だったと?」
『あぁ、無駄だった。』
アイザックが膝をついた。
『だが、今からでも遅くは無い。すぐに自動回復を切って、鍛錬をしろ。』
「切り替えました。」
『では、明日の朝、日の出と共に走り出せ。コボルト達やリザードマンが走るから、お前も一緒に走れ。』
「判りました。」
「俺も走ろう。」
『お前は、官吏の仕事もあるから、そこそこにしておけ。』
「あ?俺がやる事になったのか?」
『推薦されたからな。アイザックに押し付けた罰だ。』
「罰って・・・、俺はアイザックに頭脳を生かした仕事をして貰いたかっただけなんだが?」
『本人が冒険者になる事を夢見て頑張ってるのに、ロートルのお前がその夢を否定してまで、責任を押し付けたんだろ?』
「ロートル・・・、言い方って大事だとは思わねえのか?」
『じゃぁ、老害。』
「ろうがいってなんだ?」
『害にしかならない老人の事だ。』
「チビ助、いい加減に口を慎めよ?捻り潰せるんだぞ?」
「貴方には無理。」
リズがバッサリ切り捨てた。
「このチビ助が俺より強いなんて言うんじゃねえぞ?」
「私でも勝てないのに、貴方に勝てる訳無いでしょ?」
「・・・そんなに強ぇの?」
「ロックリザードを瞬殺する程ですし、ワイバーンを水魔法で3頭同時に倒す程に。」
禿げ頭の男は、口をポカンと開けたまま固まった。
『で、お前の名前は何だ?』
「ボールド・ハーゲイだ。」
ブフッ
「笑わせないでよ、プププ。」
『ハゲハーゲイ?』
「ボールドだ!」
『家名があるが、貴族か?』
「元な。俺は3男で、家を継がなかったから、今は平民だよ。」
『じゃぁ、そこそこ教養はあるって事だな。』
「・・・多少は。」
『リズ』
キキン!
「な!?何だ!?」
針が2本飛んで来たが、リズが剣で弾いた。
『コルス』
『捕縛しました。暗器を使った様です。』
「おい!大丈夫なのか!?」
『捕縛済みだ。だが、囲まれている様だな。』
「対処しますか?」
『いや、必要無い。コボルト達が対処してくれる。』
魔力感知で、囲まれている事が判ったのだが、それぞれにコボルト達が即座に反応して、背後から近づいて行ってるのが判ったので、こっちで何かをする必要は無いと判断した。
「ちょっといいかな?」
『何か用か?』
一人の男が話しかけて来た。
「あー、包囲させてもらってるんで、そのマジックバッグをこっちに渡してもらおうか。」
『既に対処済みだ。リズ、捕縛しろ。』
ゴスッ
「!?」
いつの間にか男の背後に回っていたリズが、鞘に入った剣を男の足の隙間から振り上げ、股間にヒットさせた。
ちょっと、していい音では無いので、キュッとなったよ。
「ヒー、痛そう。」
「よ、容赦ないな・・・。」
『泡吹いてるじゃないか。』
「がら空きだったので。」
まぁそうなんだけど、少しは手加減してやってもいい気がして来た。
今更だが。
『まぁ、パッチンして、地下牢に放り込んでおけ。』
「二人共、何をしているんですか?」
『気持ちは判るがな。』
アイザックとボールドが、自分達がやられた訳でも無いのに、ぴょんぴょん跳ねていた。
「想像したら痛くなって来たんですよ。」
「俺もだ。」
男にしか判らないが、痛みを想像できてしまうんだよな。
だが、その想像よりももっと痛そうだぞ?鞘に入ってるとは言え、もろに入ったからな。
ちょっと俺も痛くなって来たかも。
『あ、リズはそいつの尋問を頼むよ。』
「直ぐに終わらせます。」
かわいそうな気もするが、一番効果が高いから仕方ない。
『ところで、全員に返し終わったのか?』
「え?いえ、まだ来てない者が居ます。」
『書類で判る様になってるなら、ハゲに引き継いでおけ。』
「ハゲって言うな!」
『剃ってる訳じゃないんだろ?」
「これは、キマイラの毒をかぶったら、生えて来なくなったんだよ!」
『毛生え薬やろうか?』
「本当に生えて来るってのなら、欲しいね。」
『生えて来るぞ?多毛の霊薬だからな。』
「はあ!?本当にあるのか!?存在しているのか!」
『まぁ、伝説の霊薬と言われていたからな。ドラゴンの素材が必要だから、誰も作れなかっただけだが。』
「ど・・・、払える金が無い。」
『要らないぞ?大量に作れる割に、お前みたいなのにしか使えないんだよな。当の本人には切実な問題でも、周りは別にどうでもいいと思ってるからな。』
「下さい!」
『ほら、これを飲み干せ。苦いから吐き出すなよ?』
「ありがとうございます!飲みます!」
一気に煽って悶絶しだした。
あれさ、ゴーヤとケールと渋柿を合わせた様な味で、苦くて渋いんだよ。
何かこう、口の中に苦味の膜を張られる感じ?暫らくは、何を食っても味が判らなくなるのだ。
で、胃の中に入ると効果が発揮されるんだけど、胸焼けも凄いんだ。
試しに飲んだ時は、かなりヤバかったんだよ。
抜け毛も凄かったが。
「うおおおおお!生えて来た!」
うーん、生えて来たけど、毛が硬そうだな。
アフロヘアの様なボリュームのある、ストレートヘアって感じで、ヘビメタでこんな感じのを見た気がする。
「ちょ、これ、どこまで伸びるんだ!?」
『止まれって念じろよ。早く止めないと、お前の体がボロボロになるぞ?』
「止まれ!止まれ!お、止まった・・・、ふぅ。」
4mくらい伸びたところで、やっと止められた様だ。
これ、他の体毛は長さが限られているからすぐ止まるんだけど、頭髪は際限なく伸びるみたいだ。
でも、髪の毛の材料であるケラチンは、タンパク質だから体組織が原料になっていて、伸びてる間ずっとどこかの体組織を消費しているのだから、放っておくとドンドン痩せて行くみたいだ。
『早く止めないから、ちょっとスリムになったみたいだぞ?』
「そんな事は無いだろ。ちょっとナイフを取って来る。」
パサッ
ボールドが動こうとした瞬間に、ズボンが落ちた。
「殺されたいんですか?」
「うおあ!待てっ!事故だ、事故!」
この世界のズボンは、ベルトで留めてるか、紐で留めるタイプの物しかないんだよね。
ゴムなんて物が無いから、急激に痩せると、ズボンが落ちてしまうのだ。
そして、庶民には下着という文化も無いから、普通にパンツなんて履いていないんだよね。
肌着を身に着けるのなんて、貴族か裕福な商人くらいしか居ないんだよ。
だから、ボールドのズボンがずり落ちた時、モロ出しになっちゃって、リズがキレそうになったんだよ。
『ナイフならこれを使え。』
「ありがてえ。って、なんだこれ!?切れすぎじゃないのか!?」
『解体用だからな。ワイバーンも切れるナイフだ。』
「怖えぇよ!」
まぁ、間違えて指に当たったら、指が落ちるからな。
だが、ビクビクしながらも切った様だ。
「何の冗談?」
「散髪屋を探して切ってもらう。」
『おかっぱ。』
「何を言ってるのか判らねえが、馬鹿にされてるのは判るぞ?」
ワカメちゃんみたいな髪型で笑えるんだけど。
こいつの髪を、普通の散髪屋が切れるのか、甚だ疑問だな。
ドワーフの血でも入ってるんじゃないかってくらいに、立ち上がってるんだよ。
この髪型を見て、笑うなって言う方が難しい。
『とりあえず、散髪屋で角刈りにしてこいよ。』
「角刈りってなんだ?」
『いいから行って来い。』
説明するの面倒くさい。
この世界にも角刈りという髪型があって、勇者が広めた由緒ある髪型らしいんだよ。
だから、散髪屋に言えばやってくれる筈。
『とりあえず中に入ろう。』
コボルト達とリズが捕まえた男は、既に地下牢に放り込まれたよ。
「お帰りなさいませ。返還は終わりましたか?」
「いや、半分くらい終わって無いです。」
「そうですか。では、誰かに行ってもらいましょう。アイザックさんはこちらに来て下さい。」
『あぁ、アイザックは官吏から外す事にしたよ。』
「そうなんですか?ではどなたがやられるのでしょうか?」
『今、髪を切りに行っている。』
「ふむ、人間というのは、つくづく不便な生き物ですねぇ。」
『毎日抜け毛を気にしなくていい分、楽だと思うぞ?』
「でも、抜け毛にはお金はかかりませんよ?」
『その分掃除は大変だけどな。』
「・・・それもそうですね。」
抜け毛の処理は、毎日毎日結構大変なのだ。
コロコロなんて物は無いから、メイド達がデッキブラシでゴシゴシして、カーペットについた毛を取ってるんだよ。
ブラッシングをやっても、一時凌にしかならないからな。
『何か、外が騒がしいな。』
何やら外から騒ぎ声が聞こえて来た。
バンッ!
「アルティスの旦那!さっきのナイフを貸してくれ!」
『切れなかったのか?』
「あぁ。そしたら、剣で一気に切るとか言い出したから、逃げて来たんだよ!」
あぁ、それは恐ろしいな。
ウイリアム・テルの様にリンゴを射抜くとかでは無く、剣で薙ぎ払うとか恐ろし過ぎる。
『ヘルメットの天頂部分に穴を開けて、やってもらうとか?』
「殺す気か!」
『冗談だよ。貸しても良いが、ちゃんと返してもらえよ?ミスリル合金だから、持ち逃げされたらお前の給金から引くからな。』
「げ!?幾らするんだ?」
『白金貨3枚ってところか。』
「何でそんなに高いんだよ!」
『ワイバーンの骨入りだからな。』
「・・・。」
市場価格で言えば、もっと高くなるんだが、安く言ってるのが判った様だ。
「私が切ってやろうか?」
リズが戻って来た。
『リズが切れるのは上だけだろ?』
「横は厳しいですね。」
「殺す気か!」
死ぬ事は無いだろうけど、耳が危ないな。
『散髪屋の使ってるのはナイフなのか?』
「他に何があるんだ?」
『ハサミとか。』
「どんな道具だ?」
『こんなやつ』
ディメンションホールからハサミを出してみた。
「初めて見る道具だな。こんなので切れるのか?」
『切れるが、それは駄目だぞ?それもミスリル合金だからな。』
「もっと安いのは無いのか?」
『作れば。』
「作るのにどれくらいかかるんだ?」
『3秒』
「さん・・・、作ってくれ!」
『ほい。』
机と同じ要領で、ステンレスで作ってやった。
「さっきのとは違う形だな。細いし、重いな。」
『これはステンレス製だからな。ミスリルは入っていないが、錆びにくいし、長持ちするんだよ。』
「どうやって使うんだ?」
『穴二つの方に、人差指と中指、フックに薬指、穴一つの方に親指を入れて、開いたり閉じたりして切るんだよ。』
「ほー、これを使わせてみる!ありがとな!」
部屋から走り去っていった。
「渡してしまっても良かったんですか?」
『どうせ真似できないし、良いだろ。』
ハサミというのは、単純な構造だが、製造難易度は高い。
鋳造や鍛造で作るにしても、刃と刃を合わせる所の隙間が大きければ切れず、隙間を無くそうとすれば、精密さが要求される事になる。
ドワーフなら作れない事も無いだろうけど、この街の鍛冶屋は人間らしいので、コピーすらできないと思う。
刃も直線では無く、僅かに湾曲している事を見抜くのは難しいと思われるので、自分が発明したと宣言しても、同じ物を作れないのでは、信用すらして貰えないだろう。
特に、自分で作ったとか考えた訳でも無いのに、発明したとか言えば、鍛冶職人達から総スカンを食らう事になるのは、確実だろう。
まぁ、その手のデマを言う奴はこの世界にもたくさん居るので、散髪屋が言い出したら詐欺で捕縛だな。
「また煩くなってますよ?」
『放っておけ。』
廊下からギャーギャーと騒ぐ声が聞こえて来て、段々と近づいて来た。
「アルティスの旦那、散髪屋がさっきのハサミとやらについて聞きたいって言ってるんだが、この部屋に入れても良いか?」
『駄目に決まってんだろ?官吏の執務室だぞ?応接間で聞いてやるから、そっちに連れて行け。』
「知らないんだが。」
『メイドに聞けよ!』
「それもそうか。」
ボールドの頭、ちゃんと角刈りになっていたな。
刈上げの部分もちゃんとできていたし、あっという間に使いこなした様だ。
『応接間に行ってくる。』
「お供します。」
というか、リズが居ないと運んでもらえないんだよな。
貴族の屋敷って、廊下の絨毯がフワフワの所が多いから、歩き難いんだよ。
今は、ソフティーは孤児達の所に行っていて居ないよ。
ベーゴマも沢山持ってるから、最近は仲良くなるのも早いんだよね。
ある程度大きくなった子供は、最初は怯えるんだけど、小さい子が気兼ねなく近寄って行くから、段々気にしてるのが馬鹿らしくなるみたい。
で、寄って来た所でベーゴマの登場だよ。
これで、殆どの子供はイチコロだ。
娯楽の殆ど無いこの世界では、わら人形ですら玩具になるんだよ。
応接間に入ると、散髪屋がソファーの上で縮こまっていた。
『待たせたな。まずは、茶を飲んで落ち着け。』
メイドに、マンドラゴラの葉を乾燥させた物を渡して、お茶の様に出してもらった。
「美味い茶だな。紅茶でも無いし、何の茶だ?」
『マンドラゴラだよ。』
「・・・、もっと普通の物は無いのか?」
『麻薬蔓延るこの街には、丁度いいチョイスだと思うが?』
「まるで、俺等が中毒者とでも言いたげだな。」
『違うとは言い切れないな。』
「その理由は?」
『井戸水。』
「まさか、混ぜられてるってのか!?」
『それ以外にどうやってここまで広められるんだよ。』
「対策を考える必要があるって事だよな?」
『そうだな。幸い、屋敷の井戸には入れられていない様だが、ここの井戸だけを使って、街の者全員の喉を潤すのは不可能だからな。』
「ぬぅ。」
「あのー、ハサミの件をお聞きしたいのですが。」
『俺は、バネナ王国宰相兼ブラスバレル領領主のアルティスだ。お前の名前は?』
「わ、私は、トゥーフ・デンガルと申します。散髪屋をしています。」
『豆腐田楽?美味そうな名前だな。』
「ち、違います!トゥーフ・デンガルです!」
『冗談だよ。で、何を知りたいんだ?』
「これです!この道具をどこで手に入れたのか教えて下さい!」
『俺が作ったが?』
散髪屋はボールドを見て、俺を見た。
ボールドはすまし顔でお茶を飲み、散髪屋を無視した。
「つ、作っている所を見せて頂きたいのですが?」
あぁ、真似すれば簡単に作れると思ってるのだろう。
だが、たとえ鍛冶屋の様に作ったとしても、真似するのは至難の業なんだよなぁ。
『ほい。』
カチャン
「・・・。」
『どうした?真似して作って、自分が発明した物として、売りだそうとでも思ったのか?』
「・・・。」
『無理だぞ?素人が簡単に作れる代物ではない。それを直に見て、簡単に作れそうだと思ったのなら、猶更無理だな。』
「店を・・・、店を早く再開しないといけないんです!」
『すればいいじゃないか。椅子と刃物があれば、再開できるだろ?』
「それでは駄目なんです!」
『何故?』
「クロルローチから借金をさせられていて。」
『あぁ、返さなくていいぞ。』
「は?」
『借金ってのは、するもので、させられる物では無いんだよ。無理やり借金をさせられたのであれば、それは立派な犯罪で、犯人を捕まえてしまえば、帳消しだ。』
「し、しかし!前官吏が認めてしまったんですよ!?」
『官吏如きにそんな権限はない。官吏ってのは、街の統治をするのが仕事で、借金のあれこれを決める権限を持つのは、領主以上だけだ。で、債務関連の権限を官吏に委任するなど、王の許可なくできない。領主ってのは、領の王では無く、王から領地の管理を委任された役人だ。ある程度の権利は持ってるが、横暴を働ける程の権力は無い。特に債務債権に関する事をどうこうする権利など持っていない。そんな物を自由にやらせたら、領民全員が債務者にさせられかねないからな。』
「?つまり?」
『クロルローチからの借金は、無効だ。クロルローチが別の所から借金をしているというのであれば、それはクロルローチの借金であって、お前の借金では無い。』
「債務を売ったと言われました。」
『債権を売る事はあっても、債務を売る事は無い。そんな事が許されるのであれば、借金奴隷なんか居なくなるじゃないか。それにクロルローチに債権管理の許可を出した覚えも無ければ、出す気も無い。』
この世界で、債務を買う?なんて奴が居る訳が無い。
債務の売買が可能だとしたら、誰かの借金を買って、陥れたい奴に無理やり買わせる事ができてしまうじゃないか。
そんな馬鹿な話が許される訳など無い。
「取り立てに来たら?」
『捕縛すればいい。』
向こうから来てくれるのであれば、願ったりだな。
まぁ、こういうのって、来るか来ないかで言えば、殆ど来ないんだけどね。
だって、嘘つきセンサーが反応しているんだもん。
眉がピクピクしてるし。
あまりにもあっさりと否定されたからか、滝の様な汗をかいている。
『この街には、詐欺師と馬鹿しか居ないのか?』
「ん?もしかして、こいつが詐欺師だと言いたいのか?」
『汗びっしょりだし、話してる最中に眉毛がピクピク動いていたからな。嘘をついていたって事だ。』
「本当かも知れないだろ?」
『じゃぁ、クロルローチに聞いてみるか。』
「知り合いなのか!?」
『馬鹿言うなよ、捕まえて来るんだよ。』
「どうやって?」
『リズ、捕まえて来て。』
「一人で良いですか?」
『うん。』
「行って来ます。」
リズが部屋から出て行った。
代わりにソフトが部屋の中に入って来た。
トゥーフの次の行動を読んだ様だ。
「捕まえ・・・、ヒィ!?」
「アラクネ!?何でこんな所に!?」
トゥーフが手を伸ばして捕まえようとしてきたが、ソフトが姿を現し、手を払い除けたのだ。
『俺の護衛だが?』
「アラクネが護衛!?あぁ、そう言えば、宰相はアラクネに守られてて、アラクネが居なければ何もできないと、噂が立っていたな。」
『試してみるか?』
「いや、やめておく。リズさんが勝てないって言っていたのに、忠告を無視する程俺は馬鹿じゃない。」
バシッバシッ
「痛ぇ!?何しやがんだてめえ!」
トゥーフが右手を伸ばしてきたので、尻尾で弾いたら、トゥーフの右側に座るボールドの顔面に裏拳が入ってしまった様だ。
「ぐああああ。」
トゥーフは、左手で右手を押さえて呻き声をあげている。
「何だ?」
『右手を怪我した様だな。』
「俺の顔面を殴っただけで怪我をした?ひ弱過ぎんだろ。」
「違っ、こ、こいつを捕まえようと、しただけだ。」
「・・・、お前、俺の話聞いてただろ?しかし、どうやったんだ?動いて無かった筈だが。」
『尻尾で打ち払っただけだぞ?』
ボールドは目を見開き、トゥーフの右手を見て、ゆらゆらと揺れる尻尾を見た。
「おっかねえ尻尾だな。トゥーフの右手の骨が折れてるぞ?」
『自業自得だ。』
「じごうじとくが何なのか判らねえが、こいつのせいって事だな?」
『そうだ。』
「煩いから治しても良いか?」
『治し方判るか?』
「判るよ。2級だって言ったろ?トゥーフ、痛いが我慢しろ?」
バンッ!
「ぎゃあああああ!」
「ほら飲め!飲まないと痛みが引かないぞ!」
ボールドが飲ませようとしているのは、ポーションでは無く、薬草を煮詰めた薬だ。
効果が低く、味も青汁を煮詰めて濃縮した様な感じの、とても不評な薬だ。
『未だにそんな物を持ってるとはな。』
「最近流行りのポーションって奴は、効き目が強くて味も良いと聞いて試したんだが、全然効かなかったんだよな。だから、実績のあるこっちを使ってんだ。」
『早くも偽物が出回ってるのか?それか、一回開けて蓋をしたかだな。』
「え?開けると駄目なのか?」
『当たり前だろ?密封して劣化しない様にしてるんだよ。』
「どんな感じかと思って、少しだけ試し飲みしたんだが・・・。」
『よく腹を壊さなかったな。』
ポーション類は、とても足が早い。
蓋を一度でも開けたら、その日の内に使い切らなければ、翌日には毒になってしまうのだ。
毒と言っても、要は腐敗してしまうという事だが、人間には毒として扱われるのだ。
「むぅ、買って来るか。」
『これを使ってやれ。リズの練習で作ったポーションだ。』
まだまだ大量にあるんだよな。
『飲ませる時は、口を押えてやれ。』
「不味いって事か?」
『時々そういうのがあるんだよ。』
「美味いと信じて、さあ飲め!」
ズボッと口に押し込み、そのまま口を押えた。
「んー!んー!んー・・・」
「おい!死んだぞ!?」
『死んでねぇよ!』
無理やり飲まされたトゥーフは、藻掻き苦しむような仕草からぐったりとしたので、傍から見たら死んだ様に見えただろう。
だが、ちゃんと手の怪我は治っているし、死んでも居ないのだ。
「はぁはぁ、か、辛い。舌がヒリヒリする。」
本当にどうやってそんな味の物を作れるんだよ!
ヒールリーフに辛くなる要素なんて無いんだぞ!
辛みの原因がカプサイシンであれば、クエン酸で分解できるのだが、多分違うので和らげる方法が判らないんだよ、すまんな。
「戻りました。」
リズが戻って来た。
左手には、パッチンを付けられた男が、襟を掴まれて引き摺られて連れて来られた様だ。
『他の奴らは?』
「一応門の中に入れておきましたよ。」
『そうか。[鑑定]クロルローチで間違い無いな。』
「ヒィ!」
『何をそんなに怯えているんだ?』
「な、なな、何でもない。」
トゥーフは、クロルローチの存在に怯えている様だが、本音はウソがばれるのが嫌なだけだろう。
「おい!クロルローチは、この男に借金を背負わせたってのは本当なのか?」
「誰だコイツ?」
「んん?この街に住むゴロツキじゃないのか?この街出身であれば、この男を知らない訳はないんだがな。」
「俺は、ブラスバレルから逃げて来たんだよ!あの町はもう終わりだ!」
『何が終わりなんだ?』
「領主のアレックス様が死んだからだ!」
『情報が早いな。』
アレックスが死んだのは一昨日の話だ。
一日以上経っているので、知っていても可笑しくはない。
『アレックスは死んだが、リオネルが領主となって統治し始めたぞ?』
「嘘だ!リオネルは死んだ筈だ!」
ん?重体だった事は公表されていない筈だが、何でこいつが知ってるんだ?
『何故そう思う?』
「俺が食事に薬を混ぜて、毎回出させて居たんだから、間違いない!」
『暗殺未遂だから、罪が重いな。他の罪と合わせて30年か。』
「ふざけるな!俺は悪く無い!アレックス様に命令されたからやったんだ!」
『命令されたとしても、駄目な物は駄目だ。お前が奴隷で、命令に逆らう事ができない状態だったのなら、情状酌量の余地はあるんだが、そうではないからな。それに、薬物依存症って訳でも無い様だし、重犯罪奴隷として働かせるしか無いな。』
「くそー!覚えてろよー!必ず仕返ししてやるからなー!」
で、当初の目的のトゥーフの件については、判らずじまいだな。
『リズ、集まってたクロルローチを全員連れて来い。』
「仕方ないですね。」
集まって来た連中は、全て門の中に放り投げられていて、全てにパッチンを付けられているので、リズの後ろに着いてぞろぞろと入って来た。
「こいつを知ってる奴は居るか?」
「散髪屋だ。」
「散髪屋がどうかしたのか?」
「まさか毛を剃られるのか!?」
『そんな事しねえよ。』
トゥーフの嘘が確定した。
「何で嘘なんてついたんだ?こんなくだらない事で罪を犯してまで、何をしたかったんだ?」
「店を持つ為には、金が必要なんだよ!」
「だからって、こんな嘘をついて小銭を稼ぐよりも、正直に相談した方が良かったと思うぜ?」
「こんなちっこい獣だったら、簡単に騙せると思ったんだよ。」
リズが剣に手を乗せた。
『リズ、やめろ。』
「アルティス様を獣呼ばわりした者を許せる訳がありません。」
『獣なんだから仕方ないだろ?2回目以降まで我慢しろ。』
「命拾いしたな。」
ボールドの顔が真っ青だよ。
「ボールドなら負けないだろ?」
「手も足も出なかった。」
「はあ!?何で!?」
「リズさんは、S級なんだよ。」
「S・・・」
トゥーフは、ボールドの隣に居たが、ボールドの背中に隠れてしまった。
『散髪屋は散髪屋として働いてもらうか。豆腐建築で、中にシャワーと鏡とバーバーチェアだな。それと、有平だな。』
「何ですか?あるへい?」
『床屋のマークだ。』
床屋の前にあるクルクル回る看板だよ。
正式名称、アルヘイ棒って言うんだよ。
「床屋って何だ?」
『散髪屋の事だよ。店名はバーバー床屋で良いか。』
官吏の屋敷の前の広場の一画に、バーバー床屋を作った。
建物は、豆腐建築でコンクリート製、砂利の代わりにスラグを使って、アラクネ絹を混ぜ込んだ。
打ちっ放しの壁だが、壁には大きな鏡、バーバーチェア、洗髪用のシャワーと洗面台、掃除機とおしぼりウォーマーを設置した。
『よし、トゥーフはここで散髪屋をやれ。ハサミは3種類、バリカンは髪を短く切る時に使う。ハサミは微調整とか髪型を整える時に使う。すきバサミは、ボールドみたいに髪の量が多い時に使うと、髪の量を調整できるハサミだ。髪を切り終わったら、ここで頭を洗ってサッパリさせて、おしぼりを取り出して、冷めない程度に拡げて畳んで鼻から下を覆う。』
「何だこれ!?気持ちいいな!」
『待ってる間に粉せっけんを泡立てて、おしぼりを取ったら泡を塗り付けて、髭を剃る。』
「髭の跡が消えた!?」
『泡をおしぼりでふき取って完了だ。』
「なんて爽やかなんだ!」
『これを最高級メニューとして、銀貨1枚。髭剃り無し、おしぼり無しで銅貨50枚、洗髪髭剃りおしぼり無しで銅貨10枚。これで営業しろ。』
「この椅子も良いな!座り心地が最高で、寝ちまいそうだ!」
『切った髪は、毎回箒でここに集めて、ペダルを踏めば吸い取る。下でスライムが食ってくれるから、ゴミも出ない。』
「こ、この設備を買うのか?」
『ここで、後人を育てろ。』
「散髪屋を増やせと?俺の稼ぎが減るじゃないか。」
『他の街に行かせればいいだろ?』
「例えば?」
『王都だ。』
「俺が王都に行きたいんだが?」
『お前一人では捌き切れないな。』
「判った。散髪屋を育てよう。」
不満たらたらだが、実際に王都で出店したら、毎日100人くらいは来そうだからな。
今回、散髪屋を作ったのには理由がある。
それは、散髪を生業とするのを初めて見たからだ。
普通は、髪を切るのが自分でナイフで切るとか、雑貨屋に頼むとかで、ボッサボサの奴が多いのだ。
貴族は、メイドがやってくれるので整えられているのだが、平民は母親がやるとか、雑貨屋がやるとか、斬らずに束ねて結ぶ程度しかないのだ。
中世ヨーロッパには散髪屋があったらしいが、何故か散髪屋が歯医者をやってたりと、理容外科医だったかな?そんな感じだったらしい。
この世界には散髪屋が無く、散髪だけで食っていけるとは思われていないのだ。
これは、チャンスだと思ったので、散髪屋を広めようと思ったのだ。
所謂、隙間産業という奴だ。
髪を切りたい人が居る、だが切ってくれるところが無い、だから切ってくれるところを作った、という事。
これは、隙間産業を考える上での参考になるんじゃないかと思う。
目敏い人なら、色々思い付くと思いたい。
「ほう、こんな事でも商売になるという事か。」
『他にも、包丁研屋とか、焚き付け専門とか、煤払いとかな。』
「焚き付け専門とは?」
『火口って判るか?』
「何だそれ?」
『基本的には、火魔法か生活魔法で火を点けるが、それができない連中の集まりだと、火打石やナイフを使って火を点ける必要があるだろ?それ用の最初に燃やす物を作って売るんだよ。』
「そんな物売れんのか?」
『王都では結構売れるぞ?』
「何でそんな物が売れるんだ?」
『家庭の竃に使うからだろ。火口から小枝までをセットにすると、かなり儲かるって言ってたな。』
これは、孤児院の子達がお小遣い稼ぎの為に始めた商売で、火口はその辺の雑草を乾燥させて叩いた物、小枝は貴族の屋敷の庭掃除をしながら集めた物で、それらをサイズ別に束ねて売っているのだ。
貴族の屋敷の庭掃除は、意外と頼まれる事が多いらしく、ちょっとした林のある屋敷も多い為に、庭師だけでは手が足りず、孤児達に手伝ってもらっているそうだ。
そこで集めた草や枝を持ち帰り、小さな束に纏めて売ると、一束銅貨2枚程になるそうだ。
毎日大量に集まるので、結構な収入になっているらしい。
そして、灰の回収もやっている。
灰は、捨てようとすると、街の中では舞うので捨てにくく、石鹸の材料になるし、畑の肥料にも使えるので、回収した灰を再利用できるのだ。
前の世界ではサスティナブルとか言って、特別な事の様に扱われていたが、ごく普通の事なんだよな。
煙突の煤だって、集めて肥料にしたり、害虫除けに使ったりできるのだから、棄てるものなんて存在しないのだ。
「この街でもできそうだな。」
『そうだな。他にも、石鹸作ったり、シャンプー作ったり、美容液作ったり、香油作ったりだな。』
「シャンプーって何だ?」
『髪を洗う専用の石鹸だよ。艶々サラサラになるから、貴族に大人気なんだよ。』
「待て待て、孤児がそんなに儲けていたら、狙われるんじゃないのか?」
『王都に国軍を相手にする勢力なんて居ないぞ?』
「国軍?国軍が守ってるのか?」
『当然だ。経営者が俺だからな。』
「・・・もしかして、この街の孤児院もあんたが経営者になるのか?」
『そうだが?』
「国軍が守るのか?」
『いや、ブラスバレル軍だな。』
「守り切れるのか?」
『今のままでは無理だな。国軍の下部組織になれる様鍛え上げるつもりだ。』
現状、ブラスバレル軍の実力は、アイザックと同等か、それ以下でしかない。
それを国軍に近い実力まで底上げしなくてはならないのだ。
ただ、国軍は既に2カ月近くも鍛錬に励み、自主練で技を磨いて来ているので、そいつらと同等になれと言っても無理がある。
だから、2カ月前の実力になってもらうつもりで鍛え上げるのだ。
『とりあえず、トゥーフは髪型をいくつか考案しておけよ?色んなパターンを用意して、少しでも格好良く見える様にしてやるんだ。』
ヘアフォームとか無いので、できる髪型は限られてくるのだが、香油をポマード代わりに使えば、七三分けくらいはできそうかな。
『クロルローチを実験台にしよう。』
七三分けにして、香油を塗ってやった。
「この髪型は中々に良いんじゃないか?受け狙いとして。」
「そうね、この髪型で森の中から現れたら、笑うかも知れないけど、悪く無いかも?」
「この人に可哀想じゃ無いですか?面白くても笑っちゃ駄目ですよ。」
『確かに似合わないが、トゥーフの言葉が一番酷いな。』
「お前ら全員酷いだろ!」
無精ひげも綺麗に剃り上げて、スッキリした顔になったのに、何故か七三分けが全然似合って無いのが面白い。
あんまり人を選ぶような髪型では無いと思うんだけどなぁ。
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!ギース、頭が面白いぞ!」
「そんな事ないですよ!?凄いカッコイイですよ!頭だけ。」
「顔が輝いてる?スゲー艶々してるぞ?」
「髭が無いと、こんな顔になるんだな。中々のイケメンだぞ?ちゃんと髭を剃れ。」
床屋の外に出してやると、連れて来た他の連中にちやほやされ始めた。
表情を見るに、満更でもなさそう。
『次は、モヒカンにするか。』
モヒカンは、余り長くすると立たないので、剛毛の奴を選んで3センチくらいの長さで纏めてもらった。
「これも中々にいいじゃないか。ちょっと馬鹿っぽいが、頭の横側が涼しげでいい感じに見えるな。」
「こんな髪型の奴をどこかで見た気がするんですが、どこでしたっけ?」
「この髪型は、簡単そうで難しかったですね。剃るのが大変でした。」
『ちょい悪っぽくていいんじゃないか?子悪党にはピッタリだな。』
「この髪型気に入った!」
今度は、実験体本人も気に入った様だ。
「うおー!かっけー!その髪型いいなー!俺もこれが良い!」
「そうですか?ちょっと頭悪そうに見えますよ?」
「こいつも顔が輝いて見えるぞ!?」
「お前は髭が無いと、貧相に見えるな。髭を伸ばせ。」
外に出すと、割と好評の様だ。
何故だか知らないが、モヒカンって子悪党には好かれる髪型なのか?
『次は丸刈りだな。』
丸刈りは、どんな髪質でもできるので、一番髪の薄い奴を実験台にした。
「ん?円形脱毛症が目立たなくなってないか?」
「というより、全体的に薄くなった?」
「これは一番簡単ですね。もう全員これで良く無いですか?」
『街中丸刈りだらけとか止めろよ。怖いから。』
「複雑!」
ボールドの言葉に喜び、リズの言葉で落とされたから、複雑な心境になった様だ。
「お、おう、禿げてるのが目立たなくなったな。良かった良かった。」
「そうやれば、禿げても隠せるんですね。参考になります。」
「頭も含めて輝いている?」
「てめぇ、ぶっ殺すぞ!」
コントかよ。
『次は、ショートカットだな。これが一番普通の髪型になると思うぞ。』
上の方は5センチ程の長さで、周りを刈り上げる感じの髪型だ。
「うん、悪く無い、というか無難な感じだな。」
「良いじゃない!私なら、もう少し長めがいいわ。」
「ハサミを一番使いましたね。割とやり易いと感じました。」
『この髪型は流行りそうだな。』
「俺、かっこよくない?ねえ、かっこよくない?」
実験体も気に入った様だ。
「ほおー、中々に良いじゃないか。この髪型も中々に良いな。」
「何か嫌味じゃ無いですか?」
「俺には無理な髪型・・・」
「今なら、酒場のあの子も落とせそう!」
良かったね。
『あとはアレンジしたりして、色んな髪型を考えればいいと思うぞ。但し、失敗するとトラブルにしかならないから、気を付けろよ。』
「判りました!」
屋敷の執務室に戻って来た。
「遅かったですね。」
『この街の官吏の収入源を作って来たんだよ。』
「そんな事より、仕事が溜まってるんですから、こっちを優先してください。」
すっかりお冠のご様子だ。
『悪かった。じゃぁ、ボールドを渡すから、後は頼んだ。』
「え?ちょ、説明とか無いのか?おい!丸投げかよ!?」
『ケットシーの言うとおりにやればいい。じゃ、よろしくな。』
さっさと部屋を出た。
ああなると、ケットシーは怖いんだよ。
ここは逃げるが勝ちという事で。




