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第103話 ダブルバレルの救済

 リズの見ている方を見ると、牢屋の中には、確かに皮の余った女と、皮の余った子供が寝ていた。


 『親子そろって皮が余ってるな。脂肪吸引でもしたかの様な感じだな。』

 「何ですか?脂肪吸引って。」

 『リズには縁の無い話だよ。それにしても、普通はそういう痩せ方をすると、タンパク質も同様に減っていくから、皮は余り余らない筈なんだけどな。』


 牢屋の中に寝転がる親子は、大の字になったら、空を滑空できそうな程に皮膚が余っているのだ。

 どうやったらこんな風になるのか、不思議でならないな。


 『とりあえず、[鑑定]ん?んん?寄生虫に感染している?』

 「あぁ、脂虫を使ったんですね。」

 『油虫?Gの事か?』

 「違いますよ。脂虫というのは、脂肪分を好む虫で、普通はオークの脂肪分を食べさせて、軽くする時に使うんですよ。貴族の間で、脂虫を使って痩せる人が居ると聞いてはいましたが、本当にやっていたとは。」

 

 便利な虫も居るんだな。

 ただ、これ、やり過ぎると内臓脂肪だけでなく、皮下脂肪も食われるんじゃないか?コントロールできるのかな?

 人体には、無いと困る脂肪があって、例えば細胞膜を包み込む脂肪や、心臓や腎臓などの重要な臓器を守る脂肪、神経伝達物質としても脂肪が必要だ。

 これらの脂肪が無くなると、衝撃に弱くなったり、神経系の機能が失われたり、細胞が機能しなくなる等の障害が発生してしまうのだ。

 だが、脂肪を好むという虫に任せていれば、全ての脂肪を食べ尽くされてしまい、日常生活も儘ならなくなってしまうリスクがあると思われるのだ。

 それこそ、細胞膜の脂肪を食べられてしまえば、細胞の形を維持できなくなり、重大な機能障害を引き起こしてしまうリスクがあるだろう。


 『とりあえず、魔道具の起動をしてくれ。それで寄生虫は消えるだろ。』

 「そうですね。起動したら、どこに設置しますか?」

 『通路の天井で良いだろ。』

 「了解。」

 『ソフティー、こいつら用にこんな感じの肌着を作ってよ。』

 『わかったー。』


 ソフティーに頼んだのは、コンプレッションウェアだ。

 アラクネ絹製と言うだけでも凄いのだが、強度も自在に変えられるのだ。

 そして、動かず食うだけのこいつ等に着せるのは、矯正ギプスの様な強度の肌着だ。

 全身に常に30kgくらいの加重を掛ける事にした。


 「何ですか?それは。」

 『強制的に運動させる服だ。』

 「入るんですか?」


 大量に余ってる皮膚が入るかどうかって話だとは思うが、それは問題無いと見て良いだろう。

 何故なら、エネルギーになる筈の溜め込んだ脂肪が無いのだから、代りとなるエネルギー源を皮膚から取り始めるからだ。

 外からエネルギー源を取れなくなれば、脂肪を溶かしてエネルギー源とするが、その脂肪が無ければ余分な肉を消費し始めるのだ。

 こいつ等の場合、皮膚だな。

 そして、その活動を維持する為には、水分が必要となる為に、水を飲ませるのだ。


 『こいつ等に飲ませる水は、当分の間は1%の塩分を入れてやれ。』


 塩分は、人間の活動には必須の栄養素で、筋肉を動かす、体温を調節する、細胞の水分量を調節する、神経伝達の補助、栄養素の吸収を助けるという機能がある。

 人間が生きるには、水分が必要なのは有名ではあるが、塩分も同様に必要なのだ。

 そして、塩分の摂取量が少なければ、胃液の量も減るので、痩せさせるにはもってこいなのだ。


 『官吏の方は、問題無さそうだからピタパンとスープでも与えておけ。どうせ犯罪者だから、暫らく地下牢で過ごしてもらう事にする。で、使用人達の方だが、全員出てもらうぞ。お前等の居る場所はここでは無い。』

 「出ろ。ん?お前は違う。」


 リズが使用人を牢の外に出す時に、一人だけ違う奴が居た様だ。


 『こいつは?[鑑定]・・・こいつがクルード・カルキュレーソンだそうだ。罪状は、反逆罪?』

 「私は、領主様の考えに納得がいかなかったのです。」

 『オスカー・ブラスバレルに従わなかったって事か?』

 「あの男の言う事を聞いてはなりません!」

 『死んだぞ?』

 「は?」


 カルキュレーソンの目が点になった。


 『死因は知らないが、多分毒殺だろう。嫡男が毒にやられていたからな。』


 元に戻った。


 「で、では、今は誰が領主になられているのですか?」

 『俺だ。』

 「は?」


 また目が点になった。


 『バネナ王国宰相のアルティスだ。貴殿の娘?のエリア・カルキュレーソンに話を聞いて、召喚しに来た。』

 「へ?」


 今度は、鼻の穴が広がった。


 『計算が得意と聞いたんだが、違うのか?』


 どっちも元に戻った。


 「あ、いえ、間違いでは無いです。ですが、私の罪はどうなるのでしょうか?」

 『オスカー・ブラスバレルは死んだし、アレックス・ブラスバレルも死んだし、リオネル・ブラスバレルは恭順したから、罪は不問とする。』


 また目が点になった。

 忙しいなこいつ。


 「外に出る事ができるという事でしょうか?」

 『外に出て、ブラスバレルで領主代理の補佐として働くか、王都に来て数学を学ぶかだな。』

 「数学を学ぶ?」

 『直径10センツの真円の面積を求めよ。』


 元に戻ったが、下を向いてしまった。


 「・・・判りません。」

 『78・5だ。そういうのを学びたいと思わないか?』


 顔を上げたカルキュレーソンの目は、好奇心でキラキラしていた。

 が、すぐに現実を思い出したのか、キラキラが消えて、真面目な顔になった。


 「学びたいです!・・・ですが、ブラスバレルの治政も心配ではあります。オスカー様の補佐だった頃の事業は、殆ど覚えておりますが、その後の事業は殆ど実施されておりませんが、その費用がどこに行ったのか、調べている途中でもあります。」


 こんな所に凄い情報を持った奴が居たよ。

 すぐにブラスバレルの街に連れて行かねば!


 『よし、まずはブラスバレル城に連れて行く。王都はその後だ。』

 「それが良さそうですね。」

 『[ワープゲート]』


 ブラスバレル城の執務室に繋げた瞬間、ケットシーが現れた。


 「ん?あれ?ここは一体・・・」

 『タイミング良く開いた様だな。すまない、一旦戻ってくれ。』

 「おや、アルティス様、とするとここはダブルバレルの街という事でしょうか?」

 『そうだよ。』

 「この街の官吏の屋敷に、3年前の事業計画の書類など御座いませんでしょうか?」

 『その話を知ってる人物を連れて行こうとしていたんだよ。』

 「そうでしたか!戻ります!」

 「今のは?」

 『ケットシーだよ。内政事務を担当している。彼等に知っている事を洗い浚い話して欲しい。』

 「畏まりました。ここをくぐればよろしいのでしょうか?」

 『リズ、一緒に行って、説明して来てくれ。』

 「すぐに戻ってきていいのでしょうか?」

 『紹介だけしてくればいい。』

 「了解しました。」


 リズが、ガシッとカルキュレーソンの襟を掴み、引き摺る様にゲートの中に消えて行った。


 「俺はいかなくていいんですか?」

 『行ってどうする?何も用は無いだろ?』

 「・・・。」

 「その声は!?」


 執事がアイザックの声に反応したが、おかしいな。


 『目が見えないのか?』

 「何方か存じ上げませんが、お恥ずかしながら、反乱軍の一人に目を傷つけられてしまいまして、目を開ける事ができないのです。」

 『そうか、仰向けに寝かせてくれ。ちょっと診てやる。[アナリシス]うん、表面の角膜が傷ついているだけだな。治してやる。[治療術]』

 「この感触は・・・?」

 『終わったぞ。目を開けてみろ。』


 執事が目を開いた。


 「見える・・・、ハッキリと見えます!?モノクルが無くても見えますよ!?」


 あれ?やり過ぎた?


 「やって頂いた方はどちらに?」

 「この方だよ。新しい領主様だ。」


 執事がアルティスを見た。


 『バネナ王国宰相兼ブラスバレル領領主のアルティスだ。よろしくな。』

 「・・・はっ!?ははぁー。こ、この度は、私目の目を治療いただき、恐悦至極にございます。また、新たにご領主様になられた事、心よりお喜び申し上げます。」


 ジャンピング土下座したよ、この人。


 『まぁそれはいいとして、君等には元の仕事に戻ってもらう必要があるんだが、まだこの屋敷には民兵が多数いる。ぼちぼち居なくなるとは思うが、民は全員が素行の良い者ばかりでは無い。だから、多少の破損は大目に見てやってくれ。それと、この街の官吏は、アイザックにやってもらう。』

 「新しい官吏はアイザックってのがやる・・・!?はあ!?俺が!?」

 『他に居ないんだから、仕方ないだろ?』

 「いやいやいやいやいやいやいやいや、無理ですよ!?」

 『いやが多いな。補佐は付けるから大丈夫だよ。お前がやれ。命令だ。』

 「本気ですか!?」

 『お前が断ると、前の官吏にやらせる事になるぞ?』

 「それは駄目です!」

 『じゃぁやれ。』

 「くっ・・・、判りました。」

 『という訳だ。執事を続けるのが嫌なら、辞めてもらっても良い。』

 「いえ、アルティス様には、お返しできない程の御恩を頂きましたので、天地神明に誓い、この命尽きるまでこの屋敷を守り抜く事をお誓い致します!」

 『誓いは一つだけにしておけ。それと、人間至上主義は金輪際辞めろ。この世は、全ての人族に等しく分け与えられている。人間だけが優遇されるなんて事は、絶対に無い。依って、この屋敷にも獣人が入っている。今後の食事は獣人が作る。この屋敷を守るのも、この街を守るのも、当分は獣人が行う。執務室にも獣人が入る。判ったな?』

 「畏まりました。」

 『それと、この屋敷の中に孤児院を作る。この街で孤児が出たら、すべて受け入れろ。例外は無い。躾も世話もお前等がやれ。孤児は、この街の未来を担う、大事な人材だ。決して(ないがし)ろにする事の無い様に、大事に育て上げろ。』

 「承りました。」


 執事は、顔を伏せていて、表情は見えないが、首の後ろには汗が球の様に吹き出しており、かなり焦っている様だ。

 この執事はプライドの高い系であり、それは牢屋に入れられていたのに、身だしなみが乱れていない事からも伺えるのだ。

 今まで獣人や孤児を蔑ろにしてきた可能性が高く、そのプライドの高さが、街を守る為に戦っていた民兵達に対し、口うるさくしていたのだ。

 何も、どこぞの家政婦みたいな事をしろと言ってる訳では無いが、この街の最高権力者の家の使用人になったというだけで、同様の権威を持ったと勘違いしていたのだ。

 それが、今後は獣人が屋敷の中をうろつき、獣人が食事を作り、孤児を養えと言われているのだ。

 焦らない訳が無い。

 この街の孤児達が生き延びていれば、今までの事をハッキリと覚えているのだからな。

 プライドを持って仕事をするのは、悪い事では無い。

 だが、その方向性を間違えてはならないのだ。

 プライドを持つのは、屋敷を守り抜く為の仕事に対して持つべきで、屋敷で働いている事に対して持つべきでは無いのだ。


 『何か焦っている様だな。どうしたんだ?』

 「い、いえ、何でもありません。」

 『お前のプライドは、どこにある?仕事に対してか?ここで働いている事に対してか?お前のプライドは、仕事を全うする事に対してなら許すが、ここで働ける事に対してなら、クビだ。変わりは幾らでも居る。今まで何をして来たのか知らんが、今後は監視が居る事を自覚しろ。俺が見ていなくても、信頼のおける部下が見ているからな。』

 「これからは、心を入れ替えて仕事に励む所存でございます。」

 『そうしてくれ。』


 執事に背を向けた直後、執事の顔の前には、リズの抜き身の剣が刺し込まれていた。

 執事が、懐に手を入れて、何かを取り出そうとしているのを、戻ってきたリズが見たのだ。

 執事は、突然目の前に現れた銀色の物が判らなかった。

 だが、よく見ればそれは、見慣れた物であり、瞬きの間に目の前に現れるなんて事は、滅多に起こる事では無いのだ。

 驚きの余り、手が滑った。

 というより、手に力が入らなくなったのだ。


 カラン


 焦った執事の手から、ポケットから取り出した物が滑り落ちた。

 それは、ナイフだった。

 まぁ、判ってたよ。

 こいつの中身は悪党なんだよ。

 命を助けて貰った訳でも無く、目を治した程度で、天地神明に誓い、命尽きるまで屋敷を守り抜く?する訳が無いだろ?

 神の存在が近くない世界なら兎も角、神の存在が近いこの世界で、天の神と地の神、その他の神に誓って、絶対に嘘をつかない、絶対にやり遂げなければ、神罰を受ける可能性が出て来るんだよ?

 近眼が治った程度で、そんな事を誓う訳が無いじゃん。

 現に、神に誓った直後に、それを破棄して屋敷を守り抜く事と言い訳しているのだから。

 そう、何でもかんでも簡単に誓っていい物では無いんだよ。


 『まぁ、非戦闘員が本職の戦闘員に勝てる訳が無いんだから、諦めろ。』

 「貴方は宰相だと思いますが?」

 『だが、全ての戦場に居たな。』

 「部下にやらせるだけでは無いと?」

 『基本的にはやらせるが、戦場に居る以上、自衛くらいできなくては、足手纏いになってしまうだろ?』


 リズの顔が、ん?という表情になった。


 「アルティス様が自衛できないのであれば、我々にも無理では?」

 「は?」

 『そうとも言う。』


 この会話で、誰に手を出そうとしたのかを理解した様だ。

 理解力が高いのは、執事兼官吏補佐としての素質故なんだろうな。


 「判りました。煮るなり焼くなり好きな様にして下さい。」

 『そうだな、執事として働け。』

 「はあ?」

 パチン

 「・・・刑期85年、何をしたらこんなになるんですか?」

 『[クライムキャリア]あぁ、殺人鬼だな。死ぬまで働かせるか。』

 「別で雇った方が良く無いですか?」

 『いればいいんだが。』

 「他に居た場合は、私はどうなるのでしょうか?」

 『汚物まみれか、農家として重労働に就くかだな。』


 サーッと青くなった。

 そういう肉体労働が嫌で執事になったのに、ここに来て、肉体労働をやらされる事になりそうだと思ったのだろう。

 年齢的には、まだ30代前後だが、今までの素行が良く無かった為に、その報いを受けさせられる事になるのだ。


 『コルス、いい人材居ないか?』


 執事が誰に話しかけているのかとキョロキョロしている。


 『居ますよ?トンブリが丁度いいかと。』

 『近くに居るのか?』

 『館の屋根の上に居ます。そちらに行くよう指示を出しました。』


 トンブリは暗部の一人で、先日20歳になったばかりの男だ。

 あまり男の暗部は多くないのだが、その中でもトンブリは体格が良過ぎて、あまり活躍できないでいた。

 情報収集が基本の暗部達に女が多いのは、小柄で軽い為に、隠密行動に適して居る者が多いのが理由だ。

 女でも体格のいい者は居て、体格が良い者達は、要人警護や警備任務に就いているのだ。

 要人警護の場合、気配は消すが、忍ぶ必要が無い為、体格に関係無く遂行できるのだ。

 シュタッと降りて来た。


 「お呼びでしょうか?」

 『トンブリは執事ができると聞いたんだけど、できそうか?』

 「やります!やらせてください!」

 『じゃぁ頼むよ。』


 目の前に立つと、やはり体格がいいな。

 ハーフエルフでやや童顔ではあるが、甘いマスクという訳でも無く、平均的な顔立ちのややイケメン寄りと言う感じの顔だ。

 ハーフエルフは長命ではあるが、エルフ程では無く、実年齢20歳では、人間の15歳くらいの雰囲気になる。

 トンブリの本名は、トーン・ブリスケットと言う名前で、あだ名でトンブリと言われているだけだ。

 俺が付けたのだが。

 師匠であるセバス執事に憧れていて、執事の仕事を叩き込んでもらったらしく、日頃から執事になりたいと願っていたらしい。


 「謹んでお受けいたします。」


 おお、執事っぽい。


 『後で、ソフティーに執事服を作って貰え。暗部の服は、仕舞っておけ。使う日が来るかもしれないからな。』

 「畏まりました。」

 『って事で、お前は用済みだ。重犯罪奴隷として、肉体労働に従事してもらう。』

 「・・・。」

 「アルティス様、ちょっと理解ができないんですが。」


 アイザックには、理解が追い付かなかった様だ。


 『どうした?』

 「まず、暗部とは?」

 『我が国の諜報機関だ。』

 「つまり、密偵って事ですか?」

 『そうだな。』

 「執事兼暗殺者って事ですか?」

 『暗殺もできなくは無いが、本職では無いな。どちらかと言えば、情報収集がメインだな。』

 「強くないって事ですか?」

 『アイザックよりは強い。』

 「どのくらい?」

 『圧倒的に。だから、執事兼護衛だな。アイザックにも服を作らないとだから、アラクネを増やすか。』

 『イ隊呼ぶ?』

 『3人くらいでいいよ。一人はブラスバレルに常駐させよう。』

 『呼ぶねー。』


 やり取りを見ていたメイド達は、ぽかんとしていた。

 地下にあるこの場所で、突然男が降りて来たり、今まで聞こえなかった声が突然聞こえたりと、理解を超える出来事が目の前で繰り広げられているのだ。


 『メイドは、一番後ろの奴以外は、上に上がって掃除してこい。』


 ハッと気が付いて、急いで階段を上がって行った。

 最後尾にいたメイドも追随しようとしたが、リズに止められた。


 「な、何か御用でしょうか?」

 『どこの密偵だ?』

 「な、何の事でしょうか?」

 『言い逃れできる状況だと思うか?』

 「・・・、はぁ、降参です。ブラスバレル軍情報部所属のレータムと申します。」

 『そうか。その仕事、続けたいか?』

 「情報部の方ですか?」

 『そう。』

 「何とも言えないです。潜入調査が多いんですが、今までまともに給金を貰った事が無いので、生活は苦しいですよ。」

 『トンブリは生活が苦しいと思うか?』

 「お金を使う暇は無いです。ですが、恵まれているとは思います。」

 『だそうだ。』

 「寝返ろと?」

 『寝返るも何も、バネナ王国だが?』

 「私はブラスバレル軍の兵士です。」

 『そのブラスバレルは、バネナ王国の領だ。』

 「独立を宣言したと聞きましたが?」

 『アレックスがほざいたらしいな。』

 「アレックス?あの者はホリゾンダル領にいるのでは?」

 『残念ながら、当主だったオスカー・ブラスバレルは死に、リオネル・ブラスバレルが継いだが病に倒れ、アレックスが統治し始めてから独立を宣言した様だ。』

 「・・・、仲間との連絡が取れないのも、その影響ですか?」

 『かも知れないな。というか、情報が届いて無かったのか?』

 「本来なら、1週毎に連絡係が来る筈でしたが、来なくなってから久しいです。」

 『昨年の14月にアレックスが実権を握ったから、その辺から来なくなったんだろ?』

 「はい。今、ブラスバレルはどうなっているのですか?」

 『アレックスは死に、領主が俺になり、リオネルが領主代理になっている。』

 「アーファー兄弟は?どうなったか知りませんか?」

 『アーパー兄弟?馬鹿なのか?』

 「アーパーでは無く、アーファーです!」

 ブフッ


 背後でリズとアイザックが、腹を抱えて笑ってる。


 『アーファーか。聞いた事が無いな。』

 「白い軍服で、金の刺繍が派手な剣士です。」

 『どっかで見た気が・・・。』

 「エキドナに居たアレな奴では?」

 『ああ、アレか。腕を斬り落としたアレね。』

 「んな!?ブラスバレル軍の中では、一番強い剣士だったのですよ!?」

 「うちの平騎士に腕を斬り落とされてましたね。アレで一番となると、期待できそうに無いですね。」

 『そうだな。』

 「国軍は、百戦錬磨と聞いていましたが、それ程とは・・・。」

 『百戦もやってないが、まぁ強いな。では、続ける様だから、とりあえず上に戻ろう。』


 1階に戻って来たが、廊下には相変わらず民兵がおり、家に帰る様子が無い。


 『アイザック、家に帰る様言って欲しいんだが?』

 「ああ?家に帰れだって?未だに包囲されているのに?馬鹿言うなよ。」


 近くに居た民兵が反論してきたが、未だに包囲されている?

 屋敷の外に出てみると、首輪を着けた兵士達が建物を包囲していた。


 『おすわり!』

 ザッ

 ブー!

 「あっはっはっはっはっは!笑わせないで下さいよ!」

 「凄え・・・。」


 リズは爆笑し、アイザックは感嘆した。


 「これは一体・・・。」

 『貴様等は、全員武器を収め、庭で正座しろ!』

 ザザザザザ


 兵士達は武器を鞘に戻し、小走りで屋敷の前庭に集まり、正座で座った。

 慣れない正座で座り難そうだが、特に問題は無いだろう。

 兵士達が居なくなると、その後ろから現れたのは、コボルトに連れられた孤児と負傷者たちだった。


 『メイドは毛布を持って、前庭に集合!負傷者の寝る場所を確保しろ!』


 屋敷の中から、各々毛布を持って外に出て来て、庭園の芝生の上に毛布を敷き始めた。


 「治療に行って来ます。」

 『おう、行って来い。』


 孤児達も怪我人が多いが、運ばれてくる怪我人の殆どは大人で、骨折や裂傷が多い様だ。

 リズは、メイドにもポーションを渡して、治療を始める前にトリアージして、メイド達に指示を出している。

 裂傷や切傷の場合は、瓦礫の下から助け出された者も多く、殆どが瀕死の重傷だ。

 瓦礫の中から助け出された場合、瓦礫の破片などが傷口に付着している場合が多く、この場合はポーションでは無く、ヒールで治療する必要がある。

 違いは、内側から治すか、外側から治すかだ。

 ヒールの場合は、魔法で自己治癒能力を引き出し、魔力で補助しながら内側から治すのに対し、ポーションを傷口にかけた場合、傷口の皮膚側から治癒が始まる事が多く、浅い傷なら兎も角、深い傷を治すのには適さないのだ。

 外側から先に治ってしまった場合、木片や小石が体内に残る可能性もある為、応急処置以外では推奨していないのだ。

 ここが戦場で、滞在が長くなると危険になる場合は、ポーションをかけて無理やり治してから、安全地帯に連れて行く必要がある為、ゴミが入ろうが兎も角応急処置だけして連れ出すのだ。

 そして、その手の訓練は、必ず全員やる事になっているのだ。


 『うーん、中々に多いな。治療班出動準備!怪我人多数!急げ!』


 王都に連絡した。

 ゴブリン帝国遠征以来、バネナ王国軍は一度編成を見直したので、部隊名とかが変わったところも沢山ある。

 ヒーラーの部隊も再編制したのだが、そもそもが普段から活動している部隊でもあるので、緊急でも対応できる様に待機している小隊も居るのだ。


 『準備完了しました!』

 『[ワープゲート]』


 ゲートから出て来た治療班のメンバーは、毛布の上に横たわる人々を見て、挨拶もそこそこに怪我人の下へ駆け出して行った。

 治療班は、5人一組で1小隊として構成してあり、二人が状態の確認と、ゴミなどの除去を行い、二人がヒール役、残り一人は重傷者に対処する為と、指揮を担当している。

 ヒールにも種類があり、ヒール、ハイヒール、グレーターヒール、エクストラヒール、マキシマムヒールの5段階に分かれている。

 エクストラヒールから上は、潰れたとか炭化した様な、殆ど再生と変わらない様な治療ができるのだが、人間で使えるのはワラビくらいしか居ない。

 資格という意味では無く、使用するMPが膨大なので、MAGが低いと命に関わるので使えないのだ。

 そして、欠損の完全再生は、マキシマムヒールでしかできないのだ。

 嘗ての教会の神官が、MPポーションを大量に飲みながらやっていたのは、このマキシマムヒールなのだそうだ。

 治療班は、常日頃から王都の中にある治療院で治療を行っており、治療パターンの勉強と練度の向上を図っているのだ。


 「アルティス様、欠損の患者が居ます!お手伝い願えますか?」

 『問題無い。』


 患者の下へ行くと、成人前の女の子の左膝から先が無くなっていた。

 傷口は、綺麗に切られている事から、戦闘に巻き込まれたのだろう。

 斬られてから数日経っているのに、傷口に瘡蓋(かさぶた)も何も無いのが気になるが、まぁいいだろう。

 本人は、足を斬られたショックからか、放心状態で無くなった足を見ており、幻肢を感じているのかも知れない。

 幻肢とは、失った足や手を感じる感覚の事で、無い筈の部分に痛みを感じたりする事を幻肢痛と呼ぶそうだ。

 失った直後は、脳が失った部位を認識エラーとして処理をする為に、失った部分の痛みを感じた様な感覚になるらしい。

 そして、再生させるなら、今が一番いいタイミングという事だ。

 何故なら、まだ脳が失った足を認識していないので、今再生してしまえば、リハビリも大して必要無いという事になる。


 『よし、治すぞ。[治療術]』


 少女の傷口から骨や筋肉が伸びて来て、血管、神経、そして皮膚ができあがり、綺麗な足が再生された。


 「お見事です。」

 『他にも居たら、呼んでくれ。』

 「了解しました。」


 足が治った少女は、絶望の放心状態から、驚きの放心状態へと変わっていた。


 「わーん!」


 少女が泣き出した。

 そして、目の前まで来て土下座した。


 「ごめんなさい!私の足は以前から無かったんです。」

 『そうか。戻って良かったじゃないか。大事にしろよ?』


 あっさりと返されたからか、驚いてキョトンとしてから、今度は笑い泣きになった。


 「ありがとうございました。」


 誰かがわざと怪我人を装って再生させる様に仕向けた様だ。

 治療術では、再生させるのに最低5000MPが必要になるが、膝から下くらいであれば、最低MPで再生できるのだ。

 マキシマムヒールでは、2万って言ってたかな?MAGが300くらいだと、MPが6000ちょいしか無いから、MPポーションを4本くらい使わないと、神官程度では治せなかったという事だな。

 そう考えると、教会で欠損を治すのに、大金が必要と言われる事に納得が行く。


 「アルティス様!こちらにも欠損の方が居るので、お願いします!」

 『判った。』


 次の患者は、明らかに何かに右腕を潰されたと思われる傷だった。


 『よし、始めるぞ。[治療術]』


 痛みで苦痛に歪んだ表情が、腕が再生されると穏やかな表情に変わり、寝息を立て始めた。

 数日間、痛みに苦しみながら耐えていたのだろう。


 『気が付くまで、安静にしてやってくれ。』

 「ありがとうございました。」


 治療班の者にお礼を言われるのも変な感じだが、彼等も苦しむ患者を診るのは、心苦しい思いなのだ。

 ヒールを使う時は、内側から治すイメージを持たなければ、痛みを和らげることが難しい。

 見える範囲だけを治しても、見える範囲の奥が傷ついていれば、痛みが和らぐ事は無いし、最悪、死に至る事もあるのだ。

 怪我にしろ、病にしろ、耐えられない程の痛みというのは、心を弱らせ、気力を消耗させてしまうのだ。

 気力が無くなれば、心が疲弊して、痛みから逃れる為に死を選ぶ、人とはそういう物なのだ。

 ヒールと言う魔法は、体の構造を理解していなくても使えるのだが、万能という訳でも無い。

 例えば、傷の奥に異物が入っていた場合、それに気付かず治療してしまえば、異物が体内に残ってしまう事があるのだ。

 それを防ぐには、ヒールをかける者が、異物を除去してから治す事を意識する必要がある。

 今回の様な、戦闘が原因で傷ついた場合は、特にその意識を持つ事が重要となる。


 「アルティス様、患者の数が多すぎて、手が足りません。人員を増やして頂けないでしょうか?」

 『何チーム必要だ?』

 「あと3チーム程居れば、今の所は間に合いそうです。」

 『治療班の増員が必要だ。手の空いている治療班は、出動準備をしてくれ。取り急ぎ3チーム必要だが、今後も患者が増える可能性があるので、待機してくれ。』


 すぐに王都に向けて念話をした。


 「ありがとうございます!」


 今回の件は、治療班にとっていい経験になるだろう。

 王都での対応でも様々な怪我の治療をしているが、ここに運ばれてくる患者は、重傷者が多く、怪我の内容も様々だ。

 元々は、軍の一部であり、戦時の治療を主目的としている為、ここでの経験が、今後の活動にも活かされる事は間違いないだろう。

 だから、経験を積む事ができて、ついでに治療もできるのだから、呼び出す事に否やは無い。


 『3チームの準備が整いました!ゲートをお願いします!』

 『[ワープゲート]』


 再び開いたワープゲートから、15人の治療班が出て来て、既に治療に当たっている治療班の所へ走って行った。


 『アルティス様、私も行ってもよろしいでしょうか?』


 ブラスバレルに居るワラビから念話が来た。


 『来てくれ。ヒールの効果を上げる為にも、セイクリッドフィールドが必要だ。』

 『畏まり』

 「ました。」


 念話で返事をしながら飛んで来た。

 何か、驚かそうとしている気がする。


 「[セイクリッドフィールド]」


 重い空気が軽くなった気がした。

 セイクリッドフィールドは、聖域を作り出す神聖魔法なので、光魔法との相性が良く、効果を高めてくれるのだ。

 更に、怪我人が多いと、負の感情が悪い空気を呼び込んでしまう為、それを打ち消す事ができる清浄な空間を作り出す効果もある。

 正に今、この場に必要な魔法と言えるだろう。

 そして、聖女の出現という事自体が、この街に広がる陰鬱とした空気を変える役目を果たすのだ。


 『この街の空気を変えてくれ。』

 「畏まりました。」


 ワラビは、館の屋根の上にテレポートして、魔法を使った。


 「[セイクリッドピュリフィケーション]!」


 ワラビの持つ杖から、一筋の光が天に伸びて、一気に街全体に広がった。

 光が収まると、街を覆っていた濁った様な空気が一掃されて、爽やかな空気に変わっていた。

 効果の程は判らないが、朝露が朝日を浴びて煌めく森の中にいるかの様な、静謐とした雰囲気を感じたのだ。

 一瞬、周りの喧噪が途切れて、静寂が訪れた様な気がした。

 官吏の館から人々が外に出て来て、屋根から降りたワラビの前に跪き、祈りを捧げ始めた。

 と同時に、街のあちらこちらから、光の粒が舞い上がり、次々と空に消えて行った。


 『この騒動で亡くなった人々の魂が、輪廻の環に旅立つ事ができた様だな。』

 「今回の悲劇で亡くなられた人々の為に祈りましょう。」


 ワラビが片膝をつき、天に向かって両手を広げると同時に、演出の為の光の柱に見えるスポットライトをワラビに当てた。

 何も知らない民衆は、神の奇跡を見たとばかりに、目を見開き口を半開きにして驚いていた。

 チラリとワラビがこちらを横目で見てきたが、これで良いんだよ?お膳立てできたじゃないか!


 『ほら、信仰を広めるチャンスだぞ?』

 「余計な演出は控えて下さい!」


 プンスカと頬を膨らませたワラビに怒られてしまった。

 まぁいいじゃないか。

 バレなきゃいいんだよ。


 『正門の前の広場に、ワラビの像でも建立するか。』

 「おやめください!恥ずかしいです!」

 『何でだよ?信者を増やすチャンスだぞ?』

 「建てるなら、ビオス神の像にして下さい!」

 『ビオスじゃ貧相じゃないか?胸が。』

 「怒ってますよ?」

 『本当の事を言って何が悪い。エスティミシスの像は、ちょっと盛り過ぎたからな。反省してるんだよ。』

 「あの、あまり怒らせる様な事はなさらないでください。」


 怒らせるなって言ってもなぁ、本当の事言っただけだよ?


 『教会ってこの街にあるのか?』

 「さあ?判りません。」


 屋敷の屋根の上から、街を見た筈のワラビにも教会が見えなかった様だ。

 焼け落ちたか、集中的に破壊された、又は元々無かったか。

 独自に諜報部隊を持ってる程だから、早々に神聖王国の情報を掴んで、取り壊していた可能性があるな。

 いずれにせよ、この街で信仰を広めるには、教会を作る必要があるな。


 『ワラビは、ブラスバレル領に神官を派遣して、各街に教会を建ててやれよ。』

 「畏まりました。すぐに派遣致します。」


 神聖王国という黒歴史があるにしても、信仰の力は必要な物だ。

 だから、バネナ王国では、ワラビを筆頭にした教会を推している。

 但し、寄付?お布施?まぁその辺の資金源になりそうな物全ての金額は、国で決めさせて貰ったけどね。

 自由にさせるから、教皇みたいな勘違い野郎が生まれるんだよ。

 今後は、諮問機関を作って、教義に反する者を厳しく取り締まっていく仕組みを作っていく予定だ。


 『ソフティー、孤児達の人数はどお?』

 『たくさんいる。』


 こういう紛争地域には、孤児がたくさんいる様にも思えるのだが、多分半分くらいは民兵の中に親が居ると思っている。

 戦場に子供を連れて行く馬鹿は居ないからね、捨てた訳では無く、被害の及ばない所に預けていたと考えた方がいいだろう。

 この街では、薬物による中毒者があまりいない様で、中毒が広まる前に自浄作用が働いた結果が、蜂起だったのかもしれない。


 『アイザック、ここの官吏が集めた金はどうした?』

 「どこにも見当たらないですね。」

 『コボルトの中で、鼻の良い者を2名、官吏の屋敷に寄越してくれ。』

 「コボルトなんて呼んでどうするんですか?」

 『コボルトの鼻を舐めるなよ?お前のへそくりもすぐ見つかるぞ?』

 「じょ、冗談ですよね?」

 『探させる事はしないが、探させたら速攻でバレるからな?』


 官吏が重税で集めた金をどこかに隠している様だが、そんなものはコボルトに任せてしまえばすぐに見つかるだろう。

 どういうロジックで嗅ぎ分けているのかは判らないが、マジックバッグに入れた物でも、どのマジックバッグに入っているかを当ててしまうのだ。

 その能力は、たった一枚のコインでさえも探し当ててしまう程で、そんな超優秀な能力を遊ばせておくのは惜しいので、街の警備隊として活躍してもらっているのだ。


 「コボルト隊到着しました!」

 『来たか。この街の官吏が集めた金が見つからない。隠し場所を調べてくれ。』

 クンクン

 「見つけたかも?」


 え?もう?早くない?


 「こっちです!」


 ダッと走り出したコボルトを追いかけると、執務室の前に来た。


 『この部屋の中にあるのか?』

 「この部屋の中の床下にあるです。」


 執務室の中に入ると、ケットシーがこちらを見た。


 「何か御用でしょうか?」

 『この部屋の中に官吏の貯め込んだ金が有るらしいんだよ。』

 「ほう、どこでしょうか?」

 「ここの下にあるです。」


 コボルトが示した場所は、部屋の入り口のすぐ横で、そこにはカーペットの模様が一つあるだけで、カーペットには切れ込みなどは無いのだ。

 コボルトがナイフで手早くカーペットを切ると、床に木の板でできた蓋が現れ、その蓋を開けると、中にはマジックバッグが隠されていた。


 「す、凄いですね。」

 『本当に凄いな。どうやって分かったんだ?』

 「官吏の匂いは、街のあちこちで匂ってるから、その匂いを辿りました。」


 何を言われているのか、さっぱり判らないな。

 会った事も無い官吏の匂いをどうやって嗅ぎ分けたのかが判らない。


 『官吏の匂いはどうやって知ったんだ?』

 「官吏のサインが入った割符を見つけたから。」


 あぁ、何枚か同じ物を見つけて、同じ匂いがしたらそれが官吏の匂いになるって事か。

 徴税官の匂いも付いている筈だが、離れた家でも割符を見つけているのであれば、共通する匂いがあれば、それが官吏の匂いという事になる。

 そして、その官吏の匂いとコインの匂いを合わせれば、匂いを辿れるという事なのだろう。

 俺には無理だな。


 「さっぱり判りません。」

 「さすがコボルト族ですね。できれば、私のメガネを探して欲しいのですが。」


 ケットシーが探し物をしているらしいが、その答えなら俺にも判るぞ?


 『頭に何か付いてるぞ?』

 「はて、頭に何が・・・、あ、メガネ見つかりました。」

 「捜索に戻っていいですか?」


 コボルトは、ケットシーをスルーした様だ。


 『あぁいいぞ。今回の褒美だ。』

 「ありがとうございます!」


 干し肉を20枚渡しておいた。


 「ケットシーって・・・。」

 『愛嬌があって面白いだろ?』

 「はぁ・・・。」


 詰められると怖いが、それは言わないでおこう。


 『よし、それじゃあ、アイザックの官吏業務開始だな。』

 「うぐっ・・・、本当にやるんですか?」

 『やるんだよ。』

 「この方が官吏なのですか?」

 『前任は牢屋の中だからな。アイザックが新任の官吏だ。』

 「畏まりました。では、承認のサインを頂きたいですね。」


 官吏の席に座ったアイザックは、書類を読んでみたものの、何をするのか判らない様子だ。


 『何をしたらいいのか判らないのか?』

 「サインをするんですよね?でも、この書類の何を確認したらいいのかが判らないです。」


 ほう、いい傾向だ。


 『この書類は、誰に幾ら返還するのかが書いてある。左側の数字が、この者の収入、その右側が60%で徴収された金額、その右側が20%の金額、一番右がその差額だ。今回返還される金額は、一番右の金額だな。』

 「こんなに返金されるのか。この通りに返金したらいいんじゃないですか?」

 『それを承認するのが、アイザックの役目だ。金を使う時には、アイザックの承認が無ければ、駄目って事になる。その証明の為にサインをするんだよ。』

 「俺の責任でやるって事ですか?」

 『そうだぞ。この街の事は、全てアイザックの承認が必要って事だ。』

 「??今までそんな許可を貰った事は無いですよ?」

 『当たり前だろ?街の金を使う事全てをアイザックが決めるって意味だよ。住民の寝食生活全てを決めろなんて言う訳無いだろ。』

 「街の金とは?」

 『税収だよ。住民から税を取り、その税の一部がアイザックの給金になり、税の殆どは街の金となる。街の金は、街の設備の修繕や管理費用、兵士の給金と支給品の購入費用、警備隊の給金と装備品の購入費用、ライフラインの整備費用と管理費用、スタンピードが発生した時の冒険者ギルドへの依頼料、その他諸々だ。』

 「酒場の机代は?」

 『酒場が払う金だな。街の金は使えない。』

 「側溝の清掃費用は?」

 『街の金から出せばいい。』

 「その基準は?」

 『公共の物、例えば、外壁の門とか外壁、石畳や井戸の管理、下水の処理とか、みんなが使う設備が主な対象だが、酒場の設備の様に、個人の持ち物については、街の金を使う事はできない。』

 「この屋敷については?」

 『お前が官吏を辞めたら、この屋敷から退去する事になる。つまり、この屋敷は街の物であり、お前の持ち物では無いという事だ。だから建物の修繕費用は出せる。だが、絵画や彫像については、別だな。』

 「うーん・・・。」

 『判らない事は、執事かケットシーに聞け。』

 「ケットシーと執事は判ってると?」

 『少なくとも、お前よりはマシだ。』

 「・・・まぁ、そうか。」


 アイザックに話した公共と民間の違いは、ほんの一例に過ぎない。

 普段目にする光景でも、公共物を個人が占有して使っている事もあるので、一概には説明しきれない事も多いのだ。

 それに、街の金は税金とは言ったが、特に商売をしてはいけないという事も無く、辻馬車や人力車を街が運営しても問題は無い。

 税収が集まらないのであれば、税収以外の収入を考えるのは当然の事であり、それが街の発展に繋がるのであれば、止める理由は無いのだ。


 『ケットシーは、アイザックに計算を教えてやれ。』

 「そうですね。ですがその前に、税の返還をしてきてください。」

 『待て待て、その言い方では駄目だ。金を持って、各家に配りに行きそうな勢いだぞ?』

 「それを考えるのも官吏の役目かと。」

 『だが、こいつは貴族では無いし、やり方も知らないんだから、当分はケットシーが教えてやってくれ。』

 「畏まりました。では、エントランスにテーブルを置いて、そこで本人を呼んで渡してください。代理人は駄目ですから、必ず本人に渡す様にして下さい。」

 「何で代理は駄目なんだ?」

 「本物かどうか確認ができ無いからです。」


 アイザックは納得できない様子だ。

 頭が良いのか悪いのか、よく解らない奴だな。

 こういうのは例え話で説明しないと、多分理解できないだろうな。


 「でも頼まれたから来たんだろ?」

 『例えば、アイザックの知らない所で、アイザックの友人だと名乗る者が、アイザックの代理として受け取ると言ってきたとする。どうやってアイザックの代理だと確認する?』


 自分の事として考えさせる為に、敢てアイザックの名前を使ってみたら、効果があった様だ。


 「・・・確認できないですね。」

 「仮に渡してしまった場合、アイザックさん本人が受け取りに来たら、代理人に渡したと言われます。ですが、アイザックさんは代理人など知らないと言う。どうやって納得させますか?」

 「納得しないだろうな。」


 コイツ、ケットシー相手だとタメ口だな。


 『何故確認もせずに渡したのか聞くだろ?』

 「聞きますね。」

 『この場合、落ち度は渡した側にある事になる。だが、金だった場合、二重で支払いをする事になって、代理人と称する奴には、騙し取られた事になる。さて、その金はどうやって回収する?』

 「・・・。でも、怪我や病気で本当に来られない場合はどうするんですか?」


 流石に回収方法までは思いつかない様で、論点をずらして聞いて来た。


 『そういう場合は、家に直接行って渡せばいい。』

 「初めから渡しに行くんじゃ駄目なんですか?」


 解ってないなあ。

 どうやって見つけるつもりなのか、よく考えさせないと。


 『仕事に行っていたらどうするんだ?帰って来るまで待つのか?家が倒壊していて、どこに居るのか判らない場合は、探し回るのか?何年かかるんだ?それ。』

 「アイザックさんには、仕事があります。長期間戻られないのは困ります。」

 『特に今は、街の復興をしなければならない。民兵と反乱軍の戦闘で壊れた家屋は、個人では無く、街の金で直す必要がある。大工や職人が必要になるが、彼等だって生活をしなければならないから、費用を請求して来るだろ?だがお前が帰って来るまでは、修理費用を支払う事ができない事になる。それに、家が壊れている場合、そこに本人が居るとは限らないだろ?』

 「その間、作業が止まってしまうと?家に居ない時は、探す必要があるのか。じゃあ、怪我や病気で来られない人に渡せないんじゃ?」

 「怪我や病気で来られない人は、家や宿に居ますから。」

 「あ、そうか、動けないからいる所を聞いて、持って行けば良いだけって事か。」

 『そう言う事だ。』


 やっと理解した様だ。

 特に今回のようなケースでは、本人が生きているかどうかも判らないから、詐欺師が大量に来る可能性も捨てきれないのだ。

 下手すると、本人を動けない様にして来る輩も出る可能性があるのだ。

 だから、本人以外に渡すという方法自体を、排除する必要があるのだ。

 性善説が通用する世界では無いという事だ。


 『トンブリは、護衛を指名してやれ。』

 「はっ!」


 トンブリが居る事に気が付いていなかったアイザックが、驚いている。


 「いつの間に来てたんだ!?」

 「最初から居ましたよ?」

 「調査の進捗状況を聞いておりました。」

 「全然気が付かなかった。」


 まぁ、気配を完全に消していたからな。

 とはいえ、気が付いていなかったのは、アイザックだけだ。


 『金を数えて渡す人員も呼んでやってくれ。』

 「金の勘定くらいできますよ?」

 『受け取りに来た奴に囲まれて、やいのやいの言われてる中で、本人確認と金の勘定をやるのか?』

 「あ、いや、その、無理そうです。」

 『可能不可能の前に、効率が悪いんだよ。何でも一人でやろうとするな。制御する人員、確認する人員、勘定をする人員、それを監督するのがお前の仕事だ。』

 「はい・・・。」


 街には、同じ名前の奴も多数いるから、書類には住んでいる地区名も記載されている。

 同じ名前の別人を演じて、複数回受け取ろうとする輩も居ると思うから、それらも判る様にしてやる必要がある。

 そこで使うのは、特殊なインクを使ったスタンプを、手の甲に押して区別する。

 ベーグルでも同様の事をやったが、あっちは数百人しか居なかったのと、戦闘後では無かったので、重複して渡す様な事は無かった。

 アメリア達が、その手の詐欺師を見分ける事ができていたのも大きいんだけどね。

 今回は、人数が桁違いに多いので、重複する可能性が高く、変装したり、兄弟を使ったりと多彩な詐欺師が来る事が予想されるので、徹底してチェックをしなければならないのだ。


 『では、行って来い。』

 「行ってまいります。アイザック様、行きましょう。」


 プレッシャーからか、トンブリが腰の引けてるアイザックの襟を掴んで、引き摺る様に部屋を出て行った。


 「大丈夫でしょうか?」

 『厳しいとは思うが、やって貰わなければ困る。多少間違えたとしても、それも良い経験にはなるからな。これから頼むぞ?』

 「お任せ下さい。必ずや、立派な官吏に育ててみせましょう。」


 ケットシーは、書類を見るのも好きだが、人を育てるのも好きなのだ。

 そういえば、聞いて無いな。


 『名前教えてくれ。』

 「私は、ドコサと言います。」

 『もう一人はヘキサか?』

 「何故それを?」


 当たってた。

 ドコサヘキサエン酸を思い出したから、聞いてみただけなんだけどな。


 『そうだ、孤児院の運営費は、別会計にしておいてくれ。領主付けで請求してくれ。それと、冒険者ギルドの近くと、中心部辺りに銭湯を作ってくれ。街が運営するという事で、無料では無く、銅貨数枚の料金で運営してくれ。赤字分は、街の税収から負担して、ついでにバレイショの栽培部隊も創設して、薪と食料の確保も頼む。』

 「畏まりました。収穫したバレイショは、売却してもよろしいのですよね?」

 『もちろんだ。』

 「薪は如何致しますか?」

 『薪は、銭湯の燃料と屋敷の燃料、余ったら街で売ればいい。ただ、乾燥させる必要があるから、仕事にあぶれた連中を積極的に雇ってやれ。』

 「畏まりました。」


 暫らくは、復興の為に炊き出しを続けるが、いつまでもそのままでは困るので、早急に食料の確保を始めなければならない。

 幸い、この街の周辺には、そこそこ魔獣の出没があるらしく、草原が広がっている事から、ツイストホーンディアやシープキャトルもいる様だ。

 大河の近くには森があり、フォレストボアやフォレストウルフも居るらしい。

 そういえば、フォレストウルフはまだ食った事が無いな。


 『リズ、そっちはどんな感じ?』

 『大分落ち着きました。重傷者は来なくなりましたので、今は軽傷者の治療が中心になっています。』

 『そうか。下水道では無くて、家の地下室に隠れている者もいるかもしれないから、探索範囲を地下の方にも広げて探して見てくれ。』

 『了解。』

 『それと、治療班を街の方に常設したいな。暫らくは復興の為に建物の修繕をやるだろうから、怪我人も出ると思うしな。』

 『冒険者ギルドの近くにしますか?』

 『いや、そっちはポーションで十分だろう。住宅の多い地区に置いた方がいいと思う。』

 『判りました。場所の選定を進めておきます。』


 後、何か必要な物は・・・。


 ガシャーン

 「何をするんですか!?」

 「うるせえ!ここは俺の家にする!お前等は出て行け!」

 「ここは貴方の家ではありません!」

 「俺が住むと言ったら、住むんだよ!とっとと失せろ!」

 『制圧よろしく。』

 「キャー!」

 「何だてめぇ!ぐはっ!」

 『制圧完了しました。』

 『パッチンしておいてね。』

 『了解。』


 同じ様な事をする輩は多いんだろうなぁ。

 一応損害は確認しておくかな。


 『大丈夫?』

 「あ、はい。私は大丈夫なのですが、花瓶が割れてしまいました。」


 割れた花瓶を見てみるが、良し悪しが全く判らないな。


 『[鑑定]「天空の島バブーンを夢見て」ケニス・トゥースキャニー作。誰だ?』

 「前の官吏様です。」

 『価値は無い。ゴミだ。』

 「あはは・・・」

 『天空の島バブーンって何だ?』

 「さぁ?聞いた事は無いですね。」

 『創作か。』

 「捨ててもよろしいのでしょうか?」

 『いいぞ。』

 「畏まりました。」


 花瓶自体の造りは良い感じだったのだが、大きい破片の模様を見るに、ぼやけた何かが書いてあるらしく、まぁ、ぶっちゃけ汚れにしか見えないんだよ。

 ルネサンス調の内装に全く合わない花瓶が置かれていた様だ。

 あまり落ち着いた内装というのは見た事が無かったのだが、ここの屋敷はルネサンス調とも言うべき、落ち着いた雰囲気の内装なのだ。

 普通の貴族の屋敷は、殆どがバロック調のゴテゴテした感じなんだよね。

 だから、かなり異質に見えるこの屋敷の内装は、割と好きなのだ。

 そんな所に、図工の授業で作った様な花瓶が置いてあるなんて、正直勘弁願いたいものだ。


 『他の部屋の内装も見ておこうかな?いや、やっぱ止めておこう。』


 廊下を歩きながら、ふと壁にかかる絵を見た。


 『どんより曇った空の絵かな?』


 全体に暗めの灰色の絵がかかっているのだが、何の絵なのかが全く判らないのだ。


 『[鑑定]「晴れの日のダブルバレルの街並み」ケニス・トゥースキャニー作・・・、どこが晴れの日なんだ?』

 「この絵の事ですか?」


 さっきとは別のメイドが話しかけて来た。


 『これのどこが晴れの日なんだ?』

 「これは、前の官吏様が貴族学院に行かれる途中で描いた、ダブルバレルの街並みなのだそうですよ?」

 『どの辺が街並みなんだ?』

 「さぁ?」

 『適当に、もっと明るい絵でも買って来るか。』

 「宜しくお願い致します。」


 メイドもこの絵は好きでは無い様だ。

 まぁ、どこからどう見ても、どんよりした雲か、薄汚れた廃墟の民家の壁にしか見えないからな。

 俺自身も芸術関係には疎いのだが、流石にあの絵よりも悪い絵は見た事が・・・、あ。

 ヨークバルの屋敷で見た、ドリアンエキスの絵を思い出した。

 あの時に見た絵も酷かったんだよな。

 まるで心霊写真の様な絵で、窓の枠から誰かの顔が見切れて描かれてたんだよ。

 怖いよね。

 変な物を思い出してしまったので、切替える為にエントランスに向かった。

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