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第102話 ダブルバレルの乱

 「これがアシントマフ神なのですか?」

 『そうだな。適当に作ったらこうなった。』

 「・・・判りました。」


 何か凄く不満そうに見えるが、こうなったんだから仕方ないじゃないか。

 試しに、おっちゃん型も作ってみるか。


 『[アルケミーモールディング]ん?むむむ・・・んぐぐぐ・・・。』


 普通の土で作ろうとしてるのに、滅茶苦茶硬く感じる。

 いつもなら、サクッとデキ上がるのに、全く形が変わらないのだ。


 『むぅ、かなりの抵抗を受けるな。マッチョに作・・・じゃなくて、女神がいいのか。マッチョな女神?あぁ、違うのか。』


 頭の中でイメージを作ろうとすると、誰かの手がブンブン振られるので、希望に沿う形のイメージを作り上げてから、土塊を成形してみた。


 『こんな感じで良い・・・ああ!?崩れた!?』


 豊満な太ったおばさんの像にしてみたら、崩されてしまった。

 デラックスでは駄目らしい。


 「何をされているのですか?」

 『ん?アシントマフの像を作ろうとしてるんだよ。速攻で潰されたが。』

 「男神では無いのですか?」

 『女神らしいぞ?その絵のデブっちょは違うってさ。それを女神風にして作ったら、一瞬で潰されたんだよ。』

 「あぁ、私にもイメージが降りて来ました・・・、確かに女神の様ですが、妊婦?」


 やはり、本当はデブっちょなのだろう。

 女神のイメージをワラビに見せた様だが、腹の肉を抑えきれなかった様だ。


 『ワラビ、オーベラルにチクれ。』

 「・・・笑っておられます。」

 『いやいや、面白いけど、真面目にやってくんない?』

 「面白いんですね。」

 『面白いよ。面白いんだけど、そう何度も作るのは勘弁だから、次で決まらない様ならもう作らないよ。』


 そう宣言してから作り上げた。


 『うん、太ってるな。』

 「ぽっちゃりですね。」

 「どこかで見た事のある体形です。」

 『王都の大聖堂の近くの食堂のおかみさんじゃね?』

 「「ああ。」」


 リズとワラビが同時に納得した。

 ストックは話について来れずに、ポカンとした顔をしている。


 「うちのお袋そっくりです。」

 ブフッ

 『お前、それ、言わなくていいから。』


 笑うのを堪えないと潰されてしまう!

 耐えろ!耐えるんだ!


 『はぁはぁ、ストックは昼抜きな。』

 「ええー!?何でですか!?」

 「笑わせようとした罰よ。」

 「してませんよ!?」


 とりあえず、ぽっ・・・アシントマフの像は、台座の上の山の頂上に設置しておいた。

 いつもの魔力鉱石は、山の方に入れておいたよ。

 像と山がバラバラにならない様に、アラクネガラスのケースに入れたし、これでいいだろ。

 作業が終わった頃に、兵士達が降りて来た。


 『よし、救出して城に戻ろう。』

 「了解」


 外に出る途中には、コボルト達がぞろぞろとやってきて、リズが開けた縦穴からドンドン中に入って来てた。

 外には、ウルファが待っていた。


 「やっと出て来た。結局どうなったんですか?」

 『うん、多分解決したよ。あぁ、でも、外壁の中に通路が作られているから、外壁は当分の間は補修工事をしないと駄目だな。』

 「そんなのどうやるんです?」

 『土で埋めて、水撒いて、叩いて、土で埋める。これの繰り返しだな。石も入れた方が良いから、結局は一度崩すしかないんじゃないかな?』


 ウルファの質問に答えると、ストックが気になった事を聞いて来た。


 「魔法で直せないんですか?」

 『土魔法は、主に周囲の土を移動するからな。外壁で使うと、外壁の問題無い所か、土台付近の土を使う事になるから、下手すると被害が増大するんだよ。』

 「うわぁ、それは使えないですね。」

 『元々、外壁の外側に堀を作ってあるのなら、その堀が深くなるか、幅が広がるから良いんだけど、そうじゃないから、土台が崩れるんだよな。』


 外壁には、幾つか種類があるのだが、外堀を作るタイプと、外堀に水を入れて川にするタイプ、外堀を作らないタイプという感じで分かれる。

 その内、外堀に水を入れるタイプが一番土台が頑丈に作られていて、土台が弱いのが堀を作らないタイプになる。

 どのタイプも一長一短あって、何から守る為の外壁かによってタイプが分かれるのだ。

 モコスタビアでは、水が流れる堀があったのだが、それは周りに農地が広がっていた事と、モウルやワームから街を守るという意味もあったので、水の流れる堀が作られたのだ。

 王都では、堀が無いタイプなのだが、王都周辺には田んぼが広がっているので、態々堀を作る必要性が無いのと、堀を作るとカエルが寄って来るので作らないタイプを作ったのだろう。

 では、ブラスバレルではどうかというと、この街の周辺には、牛系や羊系の魔獣が多い為に、堀を作らないタイプにした感じだ。

 堀有のデメリットは、偶に落ちる奴がいるという事で、打ち所が悪ければ死ぬ事もあるのだ。

 魔獣が落ちる事もあるのだが、そういう魔獣の肉は、内出血が酷くて食べられない事が多く、廃棄するのが大変な作業になる事もあり、空堀はあまり使われない様だ。

 水堀の場合は、偶に人が落ちるのは変わりは無いが、大量の水が必要になる為、川の近くで無ければ使えない事になる。

 また、水の流れが遅いと汚く見えるのと、下水の処理施設を街の中に作らなければならなくなる為、難易度が高いのだと思う。

 モコスタビアは、大量の水が湧き出す泉があった為に、それなりの水流の堀が作れたのだろう。

 流れが早ければ、堀の出口で下水を混ぜても問題が無いという事でもあるし、畑の栄養にもなるのだ。

 ブラスバレルの街の外にも畑はあるものの、水源は井戸しか無いので、水堀を作る余裕は無いのだろう。

 大河に隣接した領ではあるものの、ブラスバレルの街の位置は大河から離れているので、大量の水を使う事ができないという訳だ。


 「水を引いてくるのは駄目なんですか?」

 『堀の水を飲みに魔獣が寄って来るだろ?』

 「それもそうですね。」


 魔獣では無く、動物であれば問題無いのだが、魔獣は気性が荒いので、人間と鉢合わせになると、ほぼ確実に襲い掛かって来るのだ。

 そうなる事が判っているのに、態々巨大な水飲み場なんて作る訳が無いよね。


 『それに、地下水もそれ程深く無いから、畑の水もほぼ問題無いみたいだしな。』

 「ああ、そうですね。あんなに浅い井戸は、初めて見ました。」


 ブラスバレルの殆どの井戸は、深さが3m程しかないのだ。

 薬物を隠すのに利用しようとした様だが、浅すぎて水面ギリギリにするしかなくて、水位が上がった時に溶けだしてしまった様だ。

 別の方法を考えればいいだけなのに、馬鹿な連中だ。

 まぁ、浅すぎる地下水は、それはそれで問題があるのだが、変な化学薬品を取り扱う工房は無いので、今の所は問題にはならないのだ。


 『とりあえず、井戸も深層地下水を利用できる様にする必要もありそうだな。』

 「深層地下水とはなんですか?」

 『深い所に流れる地下水だよ。さっき地下の様子を見る為に超音波で調べたろ?その時に視えたんだよな。』


 大量のネズミに追われた事を思い出したのか、ストックの顔色が一気に青褪めた。


 「あのネズミはどうするんですか?」

 『ピカ族のご飯か、カエルの餌だな。湿地の魔獣を釣り上げる為の餌にも使えそうだが。』

 「食べる訳では無いんですね。」

 『食べねぇよ!お前の食事にしてやろうか?ネズミへの恐怖を克服する為に。』

 「ギャー!止めて下さい!」


 因みに、捕まえたネズミは、全部大人の男の拳程度の大きさで、結構でかい上に角まで生えているのだ。

 と言っても、角は硬い訳では無く、ぷにぷにの感触で、センサーの様な役割があるんじゃないかと言う噂だ。

 角が硬いと、狭い所に入れなくなるからね。


 『さて、救出も殆ど終わったかな?』

 「地下に居た人々の救出は完了しました。」

 『ゲート出すから、戻るぞ。』

 「ありがとうございます。どうやってお城まで移動するか、悩んでいたんです。助かりました。」


 救出作業をしていた兵士から、お礼を言われてしまった。

 が、こいつは兵士では無いな。


 『お前の所属は?』

 「え?」


 ウルファが身構えた。


 『ブラスバレル兵は来ていない筈だが、何でアミュレットを装備していないんだ?』

 「え?えぇっと・・・、私はおしゃれでは無いので、アミュレットは付けてないぐはっ!?」


 言い訳を聞いたウルファが、偽兵士を背負投げで地面に叩きつけて制圧した。


 『全く、油断も隙も無い。こいつはコックローチかな?』

 「違いますよ?クロルローチですよ?何ですか?コックローチって。」


 ストックにツッコミを入れられた。


 『つい間違えてしまうな。』

 「く、クロルローチを敵に回せば、お、お前等は破滅だ!」

 『・・・こいつを囮にして、誘き寄せられるかな?』

 「無理ですよ、こんな下っ端では切り捨てられて終わりですよ。」


 ウルファに下っ端と言われてカッとなったのか、顔がみるみる内に赤くなって来た。


 「ふ、ふざけるな!俺はこの街のクロルローチのナンバー3なんだぞ!?」

 「調べた結果では、リーダーの下に6人のサブリーダーが居て、サブリーダーの下には120人程の下っ端が居るそうですよ。」

 『うん、確かにナンバー3・・・か?』


 言ってておかしい事に気が付いた。

 確かに上から3番目ではあるが、普通はサブリーダーの中の序列で、2番目の奴がナンバー3と言われる筈だよな。


 「ちっげーよ!俺はサブリーダーだ!」

 『だそうだぞ?下半身だけ脱がせて、街中を歩かせてやれよ。』

 「いやぁ、こいつ、女ですよ?」

 『この街は、トランスジェンダーが多いな。じゃぁ、こいつの中毒を治してから、事情を聞いて対処してやれ。ティンプにやらせればいい。』

 「ティンプですか?」

 『あいつ、ストックばっかり呼ばれるって拗ねてたぞ。』

 「まぁ、そうですね。頼んでみます。」


 城に戻って来ると、孤児達が元気に夕飯を食べていた。


 『お、丁度夕飯の時間か。』

 『アルティス・・・。』

 『あぁ、行ってきていいよ。』

 『ありがとう!』


 ソフティーは、孤児達を見て心配になったのだろう。

 孤児の中には、仲の良かった友達が突然消えてしまって、泣き出した子も居た様だ。

 何故悪魔が子供をあやすような真似をしていたのかは判らないが、拠り所の無い子供と言うのは、どんな相手であろうとも話し相手になってくれたり、そばに居てくれるだけでも信用してしまう事があり、怯える子供の感情を食らっていたのかも知れない。

 負の感情は、食べられると忘れてしまう為、怖がる子供の側としては有難い事かもしれないが、教育的にはあまり良いとは言えないだろう。

 悲しみや恐怖というのは、感情を身に着ける為には必要な物であり、悲しむ事で泣く事を覚え、恐怖する事で駄目な事を覚えるのだ。

 怖がるのは、人間が人間として成長する為には、必ず必要な感情であり、時には身を守る為の技術を得るきっかけともなり得るのだ。

 子供と言うのは、様々な経験を経て感受性を身に着け、成長していく物である。

 放置していれば、感情表現に乏しく、悲しい時に泣かない等の弊害も出て来るだろう。

 感情を食われるというのも、その時覚えた筈の感情を忘れてしまい、感情表現ができなくなる可能性が高くなるのだ。

 ここで夕食を食べている子の中にも、無表情で食べている子が居る事から、感情を食べられ過ぎて、上手く表現ができなくなってしまったのかもしれないね。

 ソフティーは、余り食が進んでいない子の所に行き、慰めている様だ。

 王都から連れて来た兵士達の中には、兄弟の多い者も多く、家では弟達の世話をしていた経験がある為か、次々と孤児達の方へ行って、世話を始めている。

 故郷に残してきた兄弟の事を思い出しているのかも知れないね。


 『眺めていても仕方ないから、救出した者達にシャワーを浴びせてやれ。少し綺麗にしてやらないと、席に着かせるのも憚られる。』

 「この城にも作りますか?」

 『そうだな。作りたいが、水源がなぁ。』


 この街で銭湯をやろうにも、湯舟に張る水の量を考えれば、普通の井戸では難しいだろう。

 それに、そんな井戸を使っていては、排水も困る事になる。

 下水道に直接流してしまえばいいのだが、お湯を流すという事は、その下水道の中は暖かくなるという事で、害虫やネズミの温床となる可能性もあるのだ。


 『当分の間は、銭湯では無くて、シャワー室で対応してもらおう。』


 そんな事よりもまず、中毒と洗脳状態を解除しなければならない。

 地下で労働に従事していた人々は、クリアスカイという薬の中毒にかかっており、その薬の効果によって、真っ暗な所でも見えていた様だ。

 クリアスカイという薬は、数種類ある麻薬の内の一つで、暗闇の中に居ても昼間の様に明るく感じるという。

 依存性は低いのだが、長く服用し続けると、日中に出歩く事ができなくなり、薬なしでは生活できなくなってしまうのだとか。

 まぁ、対応すると言っても、万能薬を一滴飲ませるだけなのだが。

 シャワー室から出て来た時は、見違える様に人間らしくなっており、子供も多数含まれている事が判った。

 ただ、ほぼ全員が無表情で、感情が全く見えないのだ。

 食事を堪能した子供達の中には、シャワー室から出て来た子供の中に、消えてしまった友人を見つけたのか、駆け寄って話しかけた様だが、当然向こうは知らないので、また泣き出してしまった様だ。


 『アルティスー、どうしたらいいの・・・?』

 『時間を掛けるしかないよ。地下から戻って来た彼等は、悪魔に感情を食われ続けて無表情になっているのと、そもそも孤児と仲が良かったのは悪魔が化けた子供であって、本物とは違う人だったのだから、話しかけられた方も知らない人から突然言われて困惑しているかも知れないね。』

 『治せないの?』

 『治す治さないの話では無いから、ゆっくりと友達になってもらうしかないんだよ。』


 ソフティーからしたら、どうにかしてあげたいという気持ちなのだろうけど、こちらからしたら、どうにもならないので、対応のしようが無いのだ。

 ただ、カレーを食べた瞬間に表情が動いたので、案外すぐに戻るかもね。

 子供は、可能性の塊なのだ。


 『問題は大人の方だな。』

 「そうですね、このままでは戻っても混乱を招くだけでしょうね。」


 大人の方は、元々はこの街で普通に暮らしていたのだと思うが、捕まって感情を食われ続けたからか、目は色々な所を見ているのだが、感情の機微を全く感じさせる事なく、黙々と食っているのだ。

 これでは、家族の下に戻ったとしても、まともに生活できるか判らないのだ。


 『まぁ、なる様になるしかないか。案外家族と再会したら、感情が溢れる可能性もあるからな。』


 そこはもう、当人に任せるしかないのだろう。


 食事の後で、執務室に行ってみた。


 『凄いなコレ!』

 「片付いてる!?」


 なんと、部屋を埋め尽くしていた書類が片付いているのだ。

 書庫に全部入れただけかも知れないが、部屋が広いって事をやっと知る事ができたって感じだよ。


 「アルティス様、おかえりなさいませ。書類との突合せはまだ途中ですが、3分の1は片付きました。」

 『マジか!?凄い頑張ったな。』

 「前領主の日記がかなり役に立ちました。ですが、公共事業が実際に実行されたかどうかの確認はまだですので、少し人員を割いてもらう必要があるかも知れません。」

 『どんどん使っていいぞ。こっちは最優先事項だからな。それと同時に、運営もやらないといけないのだから、大変だが頑張ってくれ。』

 「畏まりました。」

 『それでだな、街の南東の外壁だが、全面改修の必要が出て来たから、人員の募集と図面の作成、作業スケジュールの作成を頼みたい。』

 「それ程に酷いのですか?」

 『外壁が脆くなっているからな。一度崩して、作り直す必要がある。放置していたら、早晩崩壊する事が目に見えているからな。』

 「それは急がなくてはなりませんね。早速明日にも作業を開始しましょう。」

 『で、リオネルはどうした?』

 「食事に行ったきり、戻って来られませんね。」

 『コルス。』

 『食事に顔を突っ込んで寝てますね。』

 『・・・、もう寝かせてやれ。』

 「仕方ないですね。」


 今までこんな事をした事が無いのに、勉強から始まり、内政についてのスパルタ教育が続いたのだろう。ケットシーのペースで進めると、本当に小休憩も無く続くので、集中力を保つのが本当に大変なのだ。

 その辺のやり方については、少し配慮させる必要があるよなぁ。


 『お前達も少し、やり方に配慮してやれ。事務仕事なんて、今までほとんどやった事が無いのだろうし、ケットシーのペースについていくのは、俺でも厳しいと感じるんだからさ。』

 「・・・申し訳ございません。夢中になって来ると、時間を忘れてしまいますので・・・。」

 『時計持ってるだろ?タイマーを使えよ。』


 ケットシーに限らず、時計にはタイマーとストップウォッチを付けてある。

 特にタイマー機能については、自主鍛錬のやり過ぎを防ぐ為には、重要な機能となっているのだ。

 鍛錬のやり過ぎは、体に悪いからね。


 「明日から使う様に致します。」


 こう言ってはいるが、ケットシーの場合は、集中し始めると本当に何も聞こえなくなるらしく、タイマーのベル程度では全く気付いてもらえないのだ。

 なので、先日、ケットシー用のタイマー連動式のハリセンを作ったのだが、痛みも無く音だけのハリセンでは気付いてもらえず、最終的に木の棒で叩くという魔道具を作ってしまったのだ。

 作動すると、スコーンといい音が鳴り、ケットシーが頭を抱えて悶絶するという光景が繰り広げられる事になる。

 当然ケットシー達にしても痛いのは嫌な訳で、仕事に集中できないと苦情もあったのだ。

 だが、孤児院の先生やケットシー以外の人との作業の場合は、時間を守らせないと翌日に響くので、使わせる事にしている。

 いや、本当に、放っておくと1日中やってるので、ケットシー以外はぶっ倒れるんだよ。


 「それとは別にですがよろしいでしょうか?」

 『いいよ。』

 「孤児院の運営資金についてですが、どこから捻出致しますか?」

 『これで。』

 ゴト


 ディメンションホールから、ゴールドナゲットとルビーを出した。


 『これで当分は足りるだろ。』

 「金の塊とルビーですか。オークションにかける必要がありますね。これは一体いくら位になるのでしょうか?」

 『金が白金貨5枚くらいで、ルビーは正直判らないな。』


 ゴールドナゲットの大きさは大体10kg程で、ルビーは直径が5cm程の大玉だ。

 このサイズの宝石で、内部にクラックの無い物は、滅多に無い。

 金剛石もあるにはあるのだが、そっちは陛下から売るな!と厳命されているので、出す事ができ無いのだ。

 この世界での宝石の使い道は、主に装飾品と魔道具となるが、魔道具に使われる宝石は、大体小さいのが普通なのだ。

 大きい物は、主に貴族の家宝になる事が多い。

 宝石は、価格が変動する事が多く、上手く行けば価値が上がる事が見込める為に、資産として持つ事は普通にあるのだ。

 金の方は、装飾品を作る時に使われる物なので、取引量はかなり多いと言えるのだが、やはりこの世界でも愚者の金が売りに出される事があり、貴族達は品質が保証されているオークションを利用する事が多いのだ。


 「では、資金はこれで解決としましょう。それと、孤児院のオーナーは、アルティス様でよろしいのでしょうか?」

 『そうなるな。ブラスバレル領にあるとしても、領の税収で運営する事にはしない予定だから、領主の直営という事にしておいてくれ。』

 「畏まりました。では、教師についてですが、何方か伝手はありますか?」

 『孤児として保護したアキナを王都の孤児院で研修させよう。その上でこっちの孤児院の先生として迎え入れればいい。あの子は転移者だから、この世界ではかなり頭が良い方だぞ。』

 

 あ、目がキラキラしだした。


 『数日間は、ゆっくり休ませる様に。』


 今度は意気消沈って感じになった。


 『他には何かあるか?』

 「いえ、特には。」

 『じゃぁ、切りの良い所で切り上げて、早く寝ろよ。おやすみ。』

 「おやすみなさいませ。」


 明日からは、領内の他の街を回る予定だ。

 カリキュレーソン家の訪問も結局できてないし、領内のクロルローチの状況もよく解っていないからな。

 ちゃっちゃと回って対処しなければ、いつまで経っても終わらないのだ。


 「あ、アルティス様、どこで寝るんですか?」


 リズが来た。


 『さあ?』


 よく考えたら、寝る為の部屋を用意させて居なかったんだった。


 「部屋を明け渡してもらいましたので、そこで寝ましょう。」

 『明け渡すって、脅したのか?』

 「違いますよ?執事が用意してくれました。」


 言い回しを間違えたのか、本当に脅して奪い取ったのか判らないんだよな。

 やらない可能性の方が低いから、本当に心配だ。

 翌朝、廊下で執事と会ったのだが、リズの顔を見て怯えていたので、悪い方が当たってると確信した。


 『リズ、お前は執事を脅して部屋を明け渡させたんだな?』

 「そ、そんな事はありませんよ。アルティス様の部屋を聞いて、私もその部屋で寝ると言ったら拒否されたので、ちょっと脅しただけで、あ・・・。」

 『土下座で謝って来い。でき無ければカレンと交代だ。』

 「謝ってきます!」


 食堂の隅っこで縮こまってる執事の前で、土下座してるのが見えたので、それで良しとした。

 食堂には既にソフティーが待っていた。


 『おはよう、子供達の朝食は終わったの?』

 『おはよう、終わったよー。子供達は外に遊びに行ったから、アルティスを待ってたの。』

 『ソフティーの朝食は食べたの?』

 『まだだよ?』

 『じゃあ一緒に食べよう。』

 『大盛で!』


 食べてる途中で、ウルファとストック、ティンプが来たので、今日の予定を伝えておいた。

 あれ?ガウスはどこにいるんだっけ?


 『そういえば、ガウスは?』

 「外で子供達に捕まってましたよ。」

 『あぁ、そうなんだ。朝飯はまだなんだろ?後で持って行ってやれよ。』


 ガウスって、何故か子供達に大人気なんだよね。

 でかいから登りがいがあるというか、なんというか。


 「来た様ですよ。」

 『何だアレ?』


 ガウスの体には、あちらこちらに手形が付いていた。


 「シャワー室ってどこにあるんだ?」

 『使用人の控室にあるぞ。泥まみれの手でやられたのか。[バブルウォッシュ]』

 「ありがとさん。ガキんちょには参ったぜ。」


 そう言いながら、満更でも無い表情なんだよな。


 『ガウスは今日は、子供達と遊んでろ。護衛としてな。まだ見つけられてない孤児が来るかもしれないから、頼んだぞ。』

 「りょうかい。あ、特盛4つで。」

 『ウルファは、冒険者ギルドでクロルローチの聞き込みの後、クロルローチの調査な。ストックは外壁補修の為に、ケットシーが現地調査をすると思うから、その護衛とこの街の職人との交渉だ。詳細はリオネルに任せるが、外壁の補修ができる職人の棟梁を探すのと、城に出頭させる役だな。』

 「アルティス様はどちらへ?」

 『リズと各街の視察だ。コルス、クロルローチの調査状況は?』

 『芳しくないですね、実態が掴めません。構成員は大体判るのですが、首魁が判りません。どこからか、念話が届いている様ですが、念話では無いのかも知れませんね。』

 『念話では無い?通信中に耳を押さえているとかか?』

 『はい、押さえていますね。』


 通信機器を使う時に、雑音を抑える為にイヤホンを耳に密着させる仕草の様だが、この世界で通信機器を作った?まさかね。

 可能性があるとしたら、真空管を使って作った可能性が考えられるが、電気系はからっきしなので判らないんだよなぁ。

 電波を使っているとすれば、電磁波か。

 確か、エレクトロマグネティックウェーブだったかな?


 『[サーチ・エレクトロマグネティックウェーブ]うわ、本当に見えたよ。』

 「何ですかそれは?」

 『電磁波って奴だな。これを説明するのは難しくて無理だが、何と言ったっけ?スーパーヘロヘロ団みたいな名前だったっけか。覚えてないな。』

 『発信地域は判りますか?』

 『ちょっと待って、マップに表示させる。』


 マップと言っても、何も無い画面に印を付けるだけだ。

 地形図なんて物は存在していないので、位置情報を基に座標を指定する感じ?作った時に、方眼紙の様な升目を設定してあるので、その升目の一点に印を付けてあげれば、その点を目指して向かう事はできる様になる。

 位置情報の基準は、方位と距離で、それはどの世界に行っても変わらないだろう。

 地球でも、緯度経度で座標を割り出せば、ピンポイントで位置を把握できる様に、中央大陸に碁盤の目を作り、登録したのだ。

 あくまでも、自分で作ったからできる事であり、全員が同じ基準で作られた装備を身に着けているので、地形を考えず、大地を平面として捉え、そこに1m四方のマスを敷き詰めたイメージで作ったのだ。

 この手のイメージは、某シミュレーションゲームを思い出す事ができる、この世界の人間では無い自分にしかできない芸当だろう。

 因みに、ゴーグルで方位を見る時は、戦闘機のHDに表示される様な感じにしてあるよ。

 流石にピッチ角までは表示して無いよ?邪魔だし。


 『確認しました。すぐに向かわせます。』


 これ、魔法が科学を凌駕していると言っていいかも知れないね。

 だって、科学では電波の発信元を探るのに、衛星やら複数のアンテナを使わなければ特定できないけど、魔法なら視覚情報として見えるんだもんね。

 そう考えると、もう元の世界には戻れないね。

 便利な物を知ってしまえば、不便さを受け入れる事は難しいって事だよ。


 『とりあえず、クロルローチの事はコルスに任せて、まずはダブルバレルに向かおう。』

 「私の調査は必要ですかい?」

 『当たり前だろ?下っ端の連中を放置なんてできないんだからさ。』

 「それもそうですね。では行って来ます。」


 ティンプは既に、昨日捕まえたクロルローチのメンバーの所で尋問を開始している。

 街の中では、コボルト達が孤児を探してうろつき回り、中毒患者を見つけては万能薬を一滴飲ませて回っている。

 領主の城には、朝から子供の親だと言う人々が集まってきており、執事やガウスが対応に当たっている。

 城に詰め掛けて来た者は、薬物中毒になり、子供の世話ができなくなっていた為に、子供を捨てたと証言しているそうだ。

 そして、子供達は詰めかけた大人達を窓から見ているのだ。

 親を見つければ言うだろうし、会いたく無ければシカトするだろう。

 いくら中毒になっていたとは言え、一度捨てた親を親と思えるような生活をしていなかった為に、殆どの子供は無視している様だが。


 『リズ、行くぞ。』

 「はい。」


 最初に行くのは、ダブルバレルの街だ。

 ここには、クルード・カルキュレーソン、エリア・カルキュレーソンの父親が居るという。

 元官吏で、今はあまり良くない状況なのだと思われるのだ。

 ただ、数学が得意というのであれば、何としても採用したい処だ。

 他の転生者や転移者は概ね採用していて、一人は犯罪奴隷として扱っている。

 ただ、やっぱり数学については、それ程覚えている者は少なく、転生者の場合は幼少期を経ている為かあまり覚えておらず、転移者の方は数学が苦手だったらしい。

 アキナの様に転移からそれ程日が経っていなくて、受験勉強から解放された直後であれば、多少苦手でも鮮明に覚えている様だ。

 だが、カルキュレーソンは数学が好きらしいので、期待が持てるというものだ。

 俺も数学は得意では無かったものの、仕事でそこそこ使っていた為にある程度は覚えていた。

 学生の頃は、流体力学を勉強していた時期もあり、大人になってから少し面白いと思う様になったんだよね。

 今は、流体云々は全く使う事が無いのだが、三平方の定理は使う機会があると考えている。


 ダブルバレルの街は、ブラスバレルの街に行く途中で住民が蜂起しているのを見たのだが、今はどんな状況なのやら。


 『蜂起は収まっている様だな。』

 「どうでしょうか。」


 外から見ている分には、火災も無いみたいだし終息している様に見える。


 『街の中に入ろう。』

 「そうですね。」


 街の入り口に来たが、門番がおらず、門も閉まっている。


 『ノックしたら出て来るかな?』

 「上から入った方がいいのではないでしょうか。」

 『そうだな。外壁の上から街の様子を見てみよう。』


 外壁の上に昇って、街の中を見た。


 『大分荒れてるな。』

 「門番はいない様子ですね。このまま入ってしまいましょう。」


 外壁の上から見た街の様子は、瓦礫が散乱していて、建物の1階部分が崩れている所が多数あり、まるで内戦の後の様な感じだ。

 爆弾が爆発したりは無いので、廃墟という訳では無いのだが、人影は無く、荒れ果てている。


 『とりあえず、街の人を探してみよう。中心地に向かえば何か手掛かりが見つかるかもしれない。』

 「そうですね。行きましょう。」


 ダブルバレルの街は円形の街で、各門から真っ直ぐ街の中心に向かって道が伸びている。

 途中には、崩れかけた家や屋台の残骸、火災の跡が所々に見られ、激しい戦闘があった事が伺える。

 ある程度は片付けられている様だが、瓦礫の中には遺体もちらほら残っており、魔力感知も使っているが、今の所生きている人間は見つかっていない。


 『少し範囲を広げてみよう。ん?中心部に人が集まっている様だな。』

 「急ぎますか?」

 『急ごう。どうやら、包囲している様だ。』

 「どちらが包囲しているんでしょうか。」

 『さあな。』


 街の中心部にある、官吏の屋敷前に来た。

 官吏の屋敷を取り囲んでいる者は、お揃いの防具を身に着けている事から、ブラスバレル軍だと思われる。

 となると、官吏の屋敷を占拠しているのは、民衆って事かな?


 「何だ貴様は!連中の仲間なら容赦はせんぞ!」


 ブラスバレル軍と思しき連中に取り囲まれた。


 「貴方達はブラスバレル軍かしら?」

 「そうだ!」

 「官吏の屋敷を占拠しているのは、この街の民衆かしら?」

 「奴らは民衆などでは無い!我がブラスバレル軍に反旗を翻した反乱軍だ!」

 「そうですか。中に入りたいので、道を開けて欲しいんだけど?」

 「貴様は反乱軍の一味だな?捕らえろ!」


 リズが殺気を放った。


 「ぐおおおお!な、何だこの重圧は!」

 「私は、バネナ王国宰相アルティス様の騎士、リズと申す。我が主、アルティス様と共にこの街の平定の為に来た。今すぐ武装を解除し、こちらにおわす宰相アルティス様へひれ伏しなさい。」

 「さ、宰相アルティスだと?この宙に浮く獣がか?」

 ゴッ!


 リズが鞘に入ったままの剣で、指揮官と思われる男の顔を右から殴った。

 男は、勢いよく飛ばされて、道の反対側にある半壊した建物の1階に消えた。


 「今後、アルティス様を獣などと愚弄した者は、斬り捨てます。死にたく無ければ、言葉を慎む様に。」


 リズ、今言っても、殴り飛ばした男以外は全員気絶してるから、聞こえて無いと思うぞ?


 「では、行きましょう。」

 『お、おう。』


 屋敷の敷地内に入ると、屋敷の中から武装した民衆が出て来た。


 「何しに来た!関係の無い奴は帰れ!」

 「関係があるから来たんですよ。ここにおられるアルティス様は、この度、ブラスバレル領の領主になられましたので、この街での事も全て関係ある事になります。」

 『バネナ王国宰相のアルティスだ。この街で住民が蜂起したのは知っているが、その理由を教えてくれ。』

 「ブラスバレル領の領主だと!?オスカーはどうしたんだ!」

 『先日亡くなられた。嫡男のリオネルは一命を取り留めて、今は領主代理としてブラスバレルの街で、仕事をしている。』

 「ダブルバレルの街は、独立を宣言する!」

 『駄目だ。認めない。余計な事を言って、事を荒げるな。今の宣言は聞かなかった事にしてやるから、放棄した理由を教えろ。』

 「軍の奴等は、俺達を奴隷だと思ってやがるんだ!食料も金も奪われて、これからどうやって暮らして行けと言うんだ!」

 『食料か。ここに居る者は、全員飯は食ったのか?』

 「官吏の屋敷にあった食料は、全部無くなったから、昨日の昼から何も食べていないんだよ!」

 『では、くれてやろう。で、ブラスバレル軍は一旦、こちらで引き取る。代わりに、バネナ王国軍が治安維持に当たる事とする。略奪行為を行った者は、全て捕縛の上、犯罪奴隷として街の中の些事に従事させる。他に要望はあるか?』

 「この街では、税率が6割取られてるのを何とかして欲しい。」

 『バネナ王国の全ての街で、税率は一律2割だ。これは国法であり、官吏や領主の裁量で変えて良い物では無い。官吏の屋敷を明け渡してくれ。書類の確認を行い、取り過ぎた税に関しては、近日中に返還するつもりだが、書類は燃やしてないよな?』

 「・・・燃やした。」


 おい。

 金額を確認できないじゃないか。


 『割符は残してあるか?』

 「家が燃えていなければ、残ってると思う。」


 燃えた分については、返還は無理だな。

 違う物で補填してやるしかないか。


 『証拠となる書類が無いのであれば、返還する事はできない。だが、生活ができないのでは困るから、別の方法を考えておこう。とりあえずは、武装を解除して家に戻ってもらっても良いか?』

 「あそこにいる軍はどうするんだ?」

 『リズがいれば問題無い。リズ、対処してくれ。』

 「はっ!」


 屋敷を取り囲む兵の一部が、屋敷の敷地内に入って来たのだ。

 見える範囲にしか居ない様だが、全員が抜き身の剣を持ち、余裕が在るかの様に、構えるでも無く下に下げた状態で歩いて来ている。

 リズが門から入ってきた一人と対峙したが、怯えるどころか舐め切った様子で薄ら笑いを浮かべ、下卑た視線をリズに向けた。


 ドゴッ

 ガシャン!ガシャガシャ


 瞬歩で一気に懐に入ったリズが、甲冑を着た兵士の腹を守る蛇腹状の部分に拳を叩き込み、数m飛ばされた兵士は地面に叩きつけられて、転がった。

 仰向けで気絶した兵士の甲冑は、腹の部分が大きく凹んでいた。

 リズを包囲する様に歩いて来た兵士は、拳一つで気絶した兵士を見て立ち止まり、唖然とした表情で固まった。

 リズがゆっくりと左を向き、左側から歩いて来た兵士を見ると、兵士は剣を手放して両手を挙げた。

 その様子を見た他の兵士も、次々と剣を手放して両手を挙げた。


 「そこから4歩後ろに下がり、地面に伏せて両手を頭の後ろに乗せなさい。」

 『コボルト隊を20名とリザードマン10名、狼人族1チームをダブルバレルの街の治安維持隊として派遣する。また、ケットシー2名と護衛の豹人族2名を、官吏代理とその護衛として派遣する。』


 こんな街ばかりだったらどうしようとも思うが、とりあえずでもいいから、治安を取り戻さなければ混乱は収まらないのだ。


 『どこかのコボルトを引き上げようかな。』

 「トラッシュで良いんじゃないですか?」

 『うーん、マッドフォレストも捨てがたいな。』

 『準備完了しました!』

 『よし、ゲートを開く。[ワープゲート]』


 官吏の屋敷にゲートが開き、中からコボルト達とリザードマンが出て来ると、屋敷を取り囲む兵士達からヤジが飛んで来た。


 「ギャハハハハハ!どんなに凄いのを呼ぶのかと思ったら、コボルトとリザードマンかよ!」

 「そんな奴らは、簡単に蹴散らしてやるぜー!」

 『コボルト隊、蹴散らしてこい!』

 「やったるぜー!」


 気合を入れたつもりの掛け声は、間延びした喋り方のせいでズッコケそうになったが、コボルト達は気にしないとばかりに飛び出して行った。

 先頭でブラスバレル軍の兵士と対峙したコボルトは、振り下ろされた剣を短槍で受け流してから跳ね除けて、たたらを踏んだ兵士のどてっ腹に槍の柄を叩き込んだ。


 ドゴッ!


 太さ3cm程の短槍から、凡そ鳴りそうにない音を響かせて、ブラスバレル軍兵士の体がくの字に折れ曲がると、隣に居た兵士を巻き込みながら、弾き飛ばされて行った。

 目が飛び出るほどに驚いた兵士達は、剣を振り回して牽制しようとするが、リーチの長いコボルト達の槍により次々と倒されていき、10分ほどで戦闘終了となった。


 『全く話にならんな。』

 「弱すぎですね。」

 「こ、コボルトが強い?いやいや、コボルトが強い訳が無え!あのコボルトみたいな奴らは、何なんだ?」

 『コボルトだが?』

 「そんな筈は無えだろ!コボルトは普通、ゴブリンと同等かそれ以下じゃ無えのかよ!」

 『鍛え上げたんだよ。そんな事より、狼人族は官吏の屋敷の中の厨房で料理を始めろ。昨日の昼から何も食って無いらしいから、美味い飯を作ってやれ。』

 「はっ!行くぞ!」

 『ケットシーと豹人族は、執務室で書類のチェックを始めてくれ。書庫セットと事務机と椅子だな。暫らくは、官吏代理として街の再建を進めろ。それと、税率を勝手に変えて徴収していたらしいから、判る分だけでも返還してやれ。書類は燃やしたらしいからな、残っていればいいが。』

 「畏まりました。」

 「了解。」

 『リザードマンは、瓦礫の撤去と生存者の捜索、遺体はマジックバッグに入れてくれ。コボルトは、負傷者と中毒者の治療と孤児の捜索だ。孤児は屋敷に連れて来てくれ。ここに孤児院を併設する。』

 「了解。」

 「了解しました!」


 それぞれに指示を出すと、狼人族とケットシーと豹人族は屋敷の中に、リザードマンとコボルトは街へと走って行った。

 次は、民衆の掌握と屋敷の接収だな。


 『で、お前は誰だ?』

 「う・・・、そういえば自己紹介がまだだったな。俺は、反乱軍のリーダーのアイザックだ。この街はどうなるのか教えてくれ。」

 『どうなる?正常な状態に戻すだけだが?他に何かあるのか?』

 「い、いや、反乱軍を捕縛するとか、処刑するとかするのかと。」

 『街に民衆は必要だ。その民衆を捕縛してどうする?民の居ない街など、残す意味が無くなるだろ?』

 「俺達は無罪放免って事か?」

 『犯罪歴はチェックするぞ。殺人犯を野放しにはできないからな。』

 「・・・兵士を何人か殺してしまったが・・・。」

 『何を言ってるんだ?戦闘で戦った結果、殺したのであれば問題無い。殺人ってのは、敵では無い者を殺した場合に成立するんだ。お前が殺した相手は、悪事を働くブラスバレル軍の兵士なんだよな?ブラスバレル軍は、バネナ王国に反旗を翻していたから、反乱軍として戦った場合は、バネナ王国側の反乱、つまりブラスバレル軍側が反乱軍で、お前等は民兵という扱いになる。但し、同じ民衆を殺した場合は、殺人罪に問う。理解できたか?』

 「判った。民衆を殺した奴なんて居ないと思うが、確認するというのなら、協力する。」


 ダブルバレルの街で放棄したタイミングは、ブラスバレルの領主に会いに行く途中での事だから、蜂起した民衆の相手は、バネナ王国に反旗を翻した反乱軍となり、正規軍とはならないものの、バネナ王国に与する民兵として扱われる事になる。

 ただ、ここに来る途中で見た遺体の中には、剣以外で殺されたであろう者が散見されたので、民兵がブラスバレル軍の関係者を殺害した可能性があるのだ。

 この街で兵士になったのであれば、この街に家族や親戚が居る事になり、それら関係者は民間人である事には変わりがない為、殺害したとなれば罪に問われる可能性が高くなる。

 いくら命の軽い世界だとしても、そこには秩序があり、ルールがある。

 戦争だからと民間人を殺していい理由にはならないし、盗みを働いていい事にもならないのだ。

 そんな事が許されてしまえば、そこには秩序なんて物は無くなるし、最早魔獣の群れと何ら変わりが無くなってしまうのだ。

 ただ、民間人であっても武器を持って戦えば、戦闘員扱いとなってしまう為、殺されても文句は言えないし、殺した方も罪にはならなくなるのだ。

 但し、この世界の理として存在する魔族に対しては、魔王軍で無くても罪には問われないというルールが存在していた。

 今は、魔王がバネナ王国に帰属している為、その理の適用外となっている。

 帰属と言っても、バネナ王国の属国では無く、一つの国家として存在をしているが、魔王がバネナ王国に帰属意識を持っている為に、敵対していない状態にある。

 魔族の国とは、近々正式に和平条約を結び、本格的に国交を樹立する予定だ。

 あと、早く国名を決めて欲しいかな。


 『中に入ろう。ここに居ても仕方ないからな。』

 「そうですね。」


 屋敷の中に入ると、何やら喧騒が聞こえて来た。


 「だから、駄目だって言ってるだろ!ここは俺達が占拠しているんだ!獣人は出て行け!」

 「そう言われましても、私はバネナ王国の宰相様の命令に従わなくてはならないのです。」

 「知らねえよ!その宰相とやらをここに連れて来いってんだよ!」

 『来てやったぞ。問題無いなら、さっさと明け渡せ。』

 「はあ?こんな獣がさ・・・」


 リズが剣を男の喉元に突き付けた。


 『リズ、やめろ。』

 「はい。」

 「バース、明け渡せ。俺達には到底太刀打ちできねえんだからよ。殺されない内に離れろ。」


 騒いでいた男の名前は、バースというらしい。

 昔、タイガースに居たな。


 「アイザック!こんな連中に良い様に使われろってのか!?」

 「その部屋から出ろってだけだ。」

 『いう事を聞かないのなら、制圧するだけだが?』

 「はんっ!できるもんならやってみろ!てめえら全員ぶっ殺してやるぜ!」

 『リズ、殺気も殺しも無しだ。制圧しろ。』

 「はい。」


 スッとリズが前に進み、姿が消えた。

 と同時に、部屋の中に居た者が、崩れ落ちた。


 「は?」

 『連中を運び出せ。』

 「ちょ、ちょっと待ってくれ、今何が起こったんだ!?」

 『瞬歩で入り様に顎に触れただけだよ。』

 「顎に触れた?たったそれだけ?そんなんで倒れたってのか?」

 『そうだよ。』

 「魔法を使ったとか?」

 『触れただけだ。』

 「??」


 人間の急所は、体の中央に集中していて、顎を殴られたり掠る様に揺らされると、脳や三半規管に影響が出て、瞬間的に立っていられなくなったり、意識を失う事があるのだ。

 意識はあっても、平衡感覚が乱れたりして、立ち上がる事ができなくなる。

 ボクサーが顎を引いているのは、これを防ぐ為だ。


 『よし、ケットシーは取りかかれ。豹人族は部屋に人間を入れるな。正当防衛を許可する。』

 「はっ!」


 廊下にも多数の人々が居るのだが、あまりの手際に何もできずに傍観しているだけだ。


 『これより、執務室への入室を禁ずる。許可なく侵入を試みた場合、骨の一本や二本は覚悟しろ。殺す事は無いが、犯罪奴隷堕ちになるから、やらない様に。』

 「厨房に向かいましょう。」

 『そうだな。アイザック、案内しろ。』

 「お、おう。」


 厨房にやって来たが、ここでも言い争いをしていた。


 「獣人の作った飯なんて食える訳無いだろ!」

 「食えるかどうかは、味見してから言え。」

 「駄目なものは駄目だ!出て行け!」

 『とっとと制圧しろよ。急いでんだからさ。』

 「許可が出たので、押し通る!」


 狼人族が強引に前に出ると、一人が短剣を抜いて、腹を刺し貫こうとした。


 ガキンッ!

 「な!?刺さらねえ!?」

 「無駄だ。」


 狼人族が、厨房に居る男達を掴んでは投げ、掴んでは投げて追い出した。


 『それ程汚れてはいない様に見えるな。だが、綺麗では無いな。』

 「[バブルウォッシュ]」


 厨房は10畳程の広さだが、狼人族が自分でバブルウォッシュを使って綺麗にした。


 『とりあえず、厨房の周囲に居る女性に、味見してもらえよ。作り置きあるんだろ?』

 「そうですね。ピタパンとスープを味見してもらいます。」


 狼人族がマジックバッグからピタパンとスープ鍋を出し、厨房の前に居る女性達に配り始めた。


 「美味しい!何これ!?」

 「これを作れるの!?私手伝う!」

 「レシピ教えて!お金は払うわ!いくらで売ってくれる?」

 「レシピは無料でお渡しします。できれば、手伝いながら覚えて下さい。」

 「手伝うわ!何でも言って頂戴!」


 あっという間に人手が集まった様だ。

 狼人族が配ったスープは、オーク肉のソーセージを使った、ポトフだ。

 ピタパンも、茹でオークを刻んで、野菜と一緒に挟んだ物で、マヨネーズとヨーグルトを混ぜて作ったタレをかけてある。

 王都では、一般家庭でも普通に作って食べているのだが、日持ちしないので広がらないのだ。

 レシピは公開されているのだが、ヨーグルトの存在が知られていない為に、タレ自体も広がって行かない様だ。

 まぁ、ミルク自体が高級品なので、仕方ないか。

 王都の方は、うちの連中が定期的にゴートキャトルの雌を捕まえて、ミルクを大量に採取してるから、ミルクの状態では高級品だけど、ヨーグルトは高級品では無くなってるんだよね。

 うちの連中は、食に妥協しないから、訓練と称してホイホイ行くんだよ。

 ヨーグルトは、ミルクが余るからたくさん作れるのさ。


 『厨房の方は、問題無いな。ここの執事とメイドはどこにいるんだ?』

 「地下牢を見に行った方がいいのでは?」

 『見に行ってみるか。』

 「使用人達は、官吏の仕事とは関係が無いが、いちいち煩いから地下牢に閉じ込めたんだよ。」

 『いちいち煩い?』

 「絵に触るなとか、壺を使うなとかな。」

 『あぁ、高級品だから、汚すなって事だろ?資産なんだからそう言うのは当然だ。白金貨が飛んでく様な値段だからな。』


 アイザックの表情が驚愕した様な顔になった。


 「そ、それは本当の事か?」

 『本物であれば本当の事だぞ?貴族ってのは、見栄を張るものなんだよ。質素だと貧乏と思われて、取引で足元を見られたりするからな。』


 アイザックが自分の足元を見た。


 『そうじゃなくて、足元を見るというのは、弱みに付け込まれるって事だよ。安くする代わりに優遇しろとか、店を出してやるから家賃を安くしろとか言われるんだよ。』

 「そう言われない様に、わざと豪勢に見せるって事か?」

 『金持ちだと思わせた方が、優位に立てるからな。』

 「つ、壺をいくつか割っちまった・・・。」

 『弁償ものだな。』

 「弁償ものですね。」

 「そこを何とか・・・。」

 『返還できない税を諦めさせろ。それと、街の復興を暫らく無料でやれ。』

 「・・・はい。」


 冗談だが、バラすのは後にしよう。


 「地下牢はこの先です。」

 「敬語になりましたね。」

 『余程応えたんだろうな。』

 「お、俺はここで待ってるんで。」

 「責任者として一緒に来なさい。」

 『ここで待ってても同じだぞ?』

 「執事に会うのが怖い・・・。」

 「情けないですね。」


 牢屋のある所まで来ると、()えた臭いがした。


 『死体があるのか?』

 「いや、無い筈です。官吏も殺してはいない筈。」

 『腐敗臭がするな。』

 「[ホーリーライト]」


 パァッと柔らかな光で通路が照らされると、黒い影が暗闇の中に移動したのが見えた。

 シャドー系の魔物かも知れないが、まぁ悪魔だろう。


 『とりあえず、ひとつずつ確認してみよう。』

 「先に行って確認して来ます。」

 『頼むよ。俺は神像を壁に埋め込んでおく。』

 「?」

 『壁に穴を開けてー、アラクネガラスをはめ込んでー、神像を入れてー、アラクネガラスで蓋してー、[フィックス]っと。』

 「ちょっと待ってくれ、今のネバネバした物は、どこから出したんですか?」

 『ん?あぁ、アラクネクィーンがここにいるからな。貰ったんだよ。』

 「・・・まさか、浮いてるのって・・・。」

 『察しが良いな。ソフティー。』


 ソフティーが姿を現した。


 「・・・。」

 『目を開けたまま気絶したのか?』

 「スー・・・、ハー・・・。ずっと居たんだよな?なら緊張する必要は無いって事ですよね?」

 『そうだが、敬語使うの苦手なら、いつも通りでいいぞ。ごちゃ混ぜで話されると、笑っちゃいそうだ。』

 「だ、ですが・・・。」

 『仕方ない、バラすか。さっきの弁償云々は冗談だ。だが、これ以上の破壊はやめてくれ。実際は、本物か偽物かは問題じゃないんだよ。飾るセンスの問題で、駄作でも上手く飾り付ければ、良い物に見せる事は可能だからな。』

 「でも、何かしらの代償は必要なんですよね?」

 『そうだな。それは、君等の頑張り次第だな。』

 『自己紹介要らない?』

 『あぁごめん、自己紹介して。』

 『アルティスの親友のソフティーだよ。よろしく。』

 「喋れるのか?俺はアイザックです。よろしく。」

 『アラクネは、過去には人間の隣人として共存していたからな。』

 「そういえば、うちの爺さんが、昔はアラクネが友人だったって言ってたな。」

 『だった、とは?』

 「爺さんは、マルグリッド出身で、近くの山にはアラクネが居たそうです。仲良くなって、一緒に遊んでいたらしいんですが、親に見つかって、討伐隊が組まれてから見て無いって言ってました。」

 『レーヨンの事だねー。』

 『爺さんは生きてるのか?』

 「ピンピンしてるよ、ますよ。」


 庶民でも、成人年齢は15歳だから、結婚相手が居れば15歳で結婚する者はいる。

 だから、順調に子供が15歳で結婚していれば、爺さんの年齢は40代後半って事だ。

 その位の齢なら、まだ生きていても可笑しくは無いよな。


 『後で、レーヨンを連れて、爺さんの所に会いに行ってみよう。』

 「爺さんの友達になったアラクネって、生きてるんですか?」

 『当たり前だろ?アラクネの寿命は、人間よりも遥に長いんだよ。』

 「そうなんですね。後で爺さんに話しておきます。」


 話をしていると、通路の奥の方で神聖魔法玉を起動した光が見えた。


 『アルティス様、悪魔を見つけました。牢屋の中には、使用人とガリガリにやせ細った男、それと皮の余った女とその子供が居ました。』


 皮の余った女って・・・。

 蜂起から二日しか経ってないのに、何でそんなに痩せるんだ?


 『官吏の奥方に何をしたんだ?』

 「何もしていませんよ?我々が来た時には既に、牢屋の中に居ましたので。」


 何で?


 「多分ですが、ブラスバレル領主がデブが嫌いなので、牢屋に閉じ込めて無理やり痩せさせたとかじゃないですかね?」

 『強制ダイエットか。いや、矯正か?まぁどっちでもいいか。』

 「何下らない事で納得してるんですか。」


 リズって、偶に辛辣になるんだよな。

 下らないって言われて、ショックだよ。

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