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1、天蓋-2

 背の高い迅龍はぶら下がる鳥かごにしきりに頭をぶつけながらも、さして気に留めずにずんずんと店の中を進んでいった。

 棚に延ばした彼の手が掴んだのは、綺麗な緑色に輝く鳥かごだった。柵にあたる部分に、翡翠色の龍が巻き付き、威厳に満ちた顔をこちらに向けている。近づけば何らかの鉱物を掘り出したものであるとわかるが、光の反射のせいか、明滅を繰り返す姿は生きて呼吸しているかのようだ。大層、繊細な細工だ。鳥かご、というよりもはや芸術品の域に達している。

「鳥かごに限ったことじゃないが、実用品というのもある程度の度が過ぎると一種の芸術に足を踏み入れるものだ。こういうのはやんごとなきお方が好むような調度品として売られていることもあるのさ」

 ひっくり返したりつついてみたりしながら迅龍は目を細める。どうやらその価値は、彼の眼を奪うに値するようだ。

「ここは街でも一番の鳥かごの専門店でね、親父さんには悪いが、満天堂が商うソレとはちょっとばかし次元が違う」

 迅龍の解説がなくとも既に乱花は、あちらこちら宝石のように煌めく鳥かごの数々に目を奪われ、くらくらし始めていた。

 そのうちひとつ、入ってきたドアのようにステンドグラスがはめ込まれた鳥かごを、吸い寄せられるように手に取ってみる。

 柵の間にきらきら光る色とりどりのガラスがはめ込まれ、見ているだけでもうっとりするほどに美しい。

 ただ——

「けどこれ、中の鳥さんがよく見えない気がするんだけど」

「ああうん、まあそういうとこもあるな。調度品だからさ」


「こんなのもあるぜ」と迅龍が棚の高いところから降ろしたのは、真っ黒な鳥かごだった。やはり何かの鉱石を切り出して作った物だろうか、触れるとひんやりと冷たい。しかし、よくよく見ると小さい金箔の粒があちこちに塗りこめられている。だから、光があたるとキラキラと星のように輝く。

 宇宙の鳥かごである。宇宙で鳥かごをつくったのである。

 ひとつの鳥かごのスケールに驚嘆している間に、迅龍によってほらほらこれもこれもと次々に奇妙奇天烈、珍奇ながらも絢爛至極な逸品たちが目の前に突き出される。

 大木の木材を使ったという深く渋い色の重たい鳥かごに、針金を紡ぎ合わせた鳥の巣のようなアートチックな鳥かご、柵と柵の間に桜の花びらが彫り込まれた春らしい鳥かごに、柵に木彫りの蛇が巻き付いたおどろおどろしい鳥かごなんかもある。真っ赤な鳥かごの中を開いてみると、中には可愛らしい鳳凰のヒナ、の人形がちょこんと鎮座していた。

 正しくよりどりみどりだ。

 見ているだけでも、乱花は遠き異国を次々と旅しているような感覚になる。もし彼女が鳥を飼っていたなら——あるいはそれこそ、もし自分が鳥の立場だったら。きっとこの店で朝から晩までだろうと費やすことが出来ただろう、と頂上にオルゴールのついた鳥かごをいじくりながら乱花は思った。

「満天堂のやつもそうだが、龍天街を訪れた観光客にとって、この街の珍奇な土産のひとつとして鳥かごってのは中々人気でね。まあ……物珍しくて綺麗ならなんだっていいんだけどよ、土産物なんて」

 そういう迅龍はひと一人を簡単に閉じ込められるほど大きな鳥かごの前で、その扉をきぃきぃと弄んでいた。「恐らくハシビロコウ用の鳥かごだろうな」と嘯いている。

「凄い……凄いね! どんないやらしい店に連れていかれるかと思ってたけど……まさか迅龍がこんなに綺麗で素敵なお店を知ってたなんて思わなかった!」

「うむうむ、そうだろうそうだろう、前半なんて言った?」

「……あ、でも……」

 この店は面白い。興味深く、浪漫が溢れていて、素敵である。

 だからこそ、どうしてこんな人気のない、迷いこまなければ訪れないような場所で商売をしているのか。乱花はそれが気になった。もっと大通りでやっていれば乱花の耳にだって入ってきていただろう。

「ああ、それはな」

 迅龍はひとつ鳥かごを手に取った。

 白磁のような色合いの美しい鳥かごだ。アールデコ調で、繊細な薔薇の姿に彫り込まれている。その気品は、どこぞの王宮からくすねてきたと言われても信じてしまいそうなほどだ。

「高いんですよ」

 ひっくり返して見せられた底の値札は、確かにお値段もロイヤルだった。

 普通の鳥かごに比べてみれば桁が一つ、あるいは二つほど違う。とても乱花のお財布から出る値段ではない。

 というか、鳥かごの値段ではない。インテリア、高級調度品の値段である。

「いくら品が豊富でも質が良過ぎれば、知る人が知る店で良いってことさね」

「そ、そういうものなの……?」

「まあ、ここの場合はちゃんと名は知られていてね。ほらさっき、“紫の小道”を通ったろ?」

 知らない名前だったが、何を指しているかは乱花にもぴんと来た。さっき通った、紫色のドアが立ち並ぶ狭い路地のことだろう。

「種明かしをすれば、アレは一室一室が占いの店でね。有名な観光スポットなのさ。人生に迷いを抱いた若い女の子なんかには大人気だ」

 けろっと言われて乱花は驚いた。占い。たしかに神秘と秘密を秘めこんだようなあの扉とは似つかわしい気もするが、まさか観光地だとは思わなかった。彼女の思っていたよりも、この街に訪れる客人は怖いもの知らずで、好奇心旺盛らしい。

「んで、あそこで占われた女の子なんかは、占い師から聞いてこぞってこの店を訪れるんだよ」

「この店を……?どうして?」

 占いと鳥かごの相関関係が、彼女には分からない。

「それはな」と迅龍が答えようとし時、


「それはね、ここの鳥かごは青い鳥を飾る鳥かごだからよ」


 良く通る女性の声が遮った

 振り向けば、いつのまにか女主人がすぐ近くに立っていた。長い髪をかきわけ、きらきら光る大きくて凛々しい瞳が、乱花のことを見下ろしている。

「青い鳥って、幸せの……?」

 見知らぬ人に話しかけられて乱花の腰はひけるが、頼ろうとした従業員は曖昧な笑みを店主に向けると、説明もうっちゃり静かに店の暗がりへと姿を消してしまった。

 店主が苦手なのだろうか。それとも、彼女に借金のひとつもあるのか。キィ、と扉の閉まる音がしたから、あの大きな鳥かごの中に逃げ込んだのかもしれない。

「悪いね、話を遮って。でも、可愛い金糸雀にそんなに囀られちゃったら仕事になりそうもなくてね」

「ご、ごめんなさ、乱花達うるさくて……」

「いいのよ、仕事なんてしてなかったから」

 冗談なのか判断つきかねる発言だったが、笑顔を見せるでもなく店主は平然としたものだった。彼女の指先が棚をついと撫でて、ほこりを集める。

「青い鳥っていうのは、探したり捕まえたり、まして普通に飼うようなものじゃない。それはね、ただ“気づく”しかないの。そこにいるってことを、ただ気が付くだけのもの……わかる? 青い鳥の話、知ってるかしら?」

 乱花は、こくこくと顔を上下させた。

「そう、賢い子ね」

 既に20歳は越えている彼女は子供といわれるような年齢でもないと思うのだが、目の前の大人びた雰囲気の女性には何も返すことが出来ない。彼女はいくつぐらいなのだろうか。まだ乱花とそれほど変わらない年齢にも見えるし、見ようによっては、老成した雰囲気すら感じられる。

「ここの鳥かごはね、その“気づく”ために使うものなの」

 店主は棚の奥から、華奢な両腕で苦労しつつ、青色の鳥かごを引っ張り出した。

 近くで見るとそれは、海の色をした鳥かごだった。澄んだ青の鉱石に、目を凝らさないと分からないほどに刻みが入れられている。だから光があたると、水底を覗き込んだようにゆらゆらとその輝きが変わるのだ。

 彼女はその扉をそっと開く。

 中には、何もいない。

 何もいないけれど、彼女が開くその時、乱花の視線はその鳥かごの中に吸い寄せられた。一瞬だけ、その鳥かごと同じ色をした、青い鳥の姿を見た——そんな気もする。

「何かいる、って期待するでしょ? 鳥かごってそういうもの」

 私、思うんだよねーと、今度は上半身ごと棚の奥へと身体を突っ込んだ。がさごそと、その奥をかきわける。

「実際は何も飼ってなくても、鳥かごを通して見たら誰でもその中に“何か”を想像するでしょ? それはさ、他の容れ物とはちょっとばかし違うわけ。どっかに飾られてて、自分でその中身を見る、眺めるためにぶら下げておくもの……って考えるとちょっと特殊じゃない?」

 身体を引っこ抜いた店主が乱花の当惑した顔に目を向けると、ニカっと歯を見せた。

「わかるような、わからないような、って感じ?」

「え、あの……えと、その……」

 図星を突かれれば、乱花は狼狽えてしまう。だが店主は、そうした客の姿にも慣れているようだ。

「もし貴方がさが、そうやって“目に見えるところに飾っておきたい、眺めておきたい、自分にとって大切で、自分にとって忘れちゃいけないモノ”——って言われたらさ、何を、想像する?」

「自分にとって忘れちゃいけない……」

 鳥かごは鳥を閉じ込めるもの。

 飛び立ち、消えてしまう青い鳥を閉じ込めて、眺めるためのもの。

 だが青い鳥は捕まえられない。けれどもそれに飛んで行ってもしまわない。それは最初から自分の中にしかないものだからだ。

 だから気が付いて、心にとめて、忘れない、というのがそのお話の教訓のわけなのだが、それでは青い鳥とは現実的に何のことなのだろうか。

 彼女にとっての青い鳥とは。

 はたと考えてしまってから乱花は鳥かごに目を向ける。自分がこの中に入れておく見失いたくないものは何だろうか。

 お金、という言葉が一瞬過って大きく首を振った。

 それは大切ではあるが、どちらかというと忘れたくても忘れられないものだ。

「青い鳥は、気づくだけ。鳥かごがあれば人はその中に青い鳥を見る。自分の大切な、普段は忘れているよう何かを」

 店主は歌うようにそう言った。

 自分の心の中にあって、気づかなければ忘れてしまう。けれど、決して自分から引きはがしてはいけない、大事なもの。

 乱花は我が身を振り返ってみる。お金以外でそんなものは自分にあるのだろうか、と。

 あって欲しいものだ。無いというのではあまりにも寂しすぎる。

 何だろうと頭を悩ませる。そんな様子が面白いのか店主は薄い唇を釣り上げた。

「大切なもの、大切なこと、大事なもの、忘れちゃいけないもの、占いに来るような惑いし若人たちは、みんなそういうものが分からないから迷子になっているわけでしょ? だから占いに来て、自分の悩みとかを相談して、アドバイスを受けたり——」

 それからちょっとばかしの未来を聞いて。と彼女は続けた。

 普通ならば気休めかもしれないが、龍天街なら未来視という神秘も平気で隠れていそうである。

「そーしたあとさ、見つけるわけよ、なんとなーくの自分の指針とか、寄るべきヨスガ、みたいなの? けどそれだって放っておいたら日常の中に薄れて忘れちゃう。だから、だからなのよ、占いの人たちはウチの鳥かごを紹介するわけ」

 彼女は棚の奥から、古びた、木造りの鳥かごを取り出す。他に比べればみすぼらしい。けれど何とも、素朴で懐かしくも感じられる。

「ひょっとしたらそれはその人にとっての“心”って呼ぶものかもね」

 次に取り出したのは、可愛らしい野ばらが巻き付いた薄紅色の鳥かごだ。気だるげな雰囲気の店主が持つと、少々ギャップがあるようにも感じられる。

「あるいは、“夢”と呼ぶかもしれないし」

 野ばらの鳥かごを戻すと、黒くシックな鳥かごを引っ張り出す。綺麗な正方形で、これまでものに比べると無機質だが、洗練されているようにも見える。

「もしかして“未来”ってやつかもしれないわけ」

 次々と目の前に差し出される鳥かごに目を奪われ、乱花も一緒に棚の奥を覗き込む。棚にはまだまだ、いくつもの鳥かごが並んでいる。

 恐る恐る彼女は鳥かごとのひとつを指さした。

「“愛”とか?」

「いいじゃない、それならこっちは?」

「……“想い出?”」

「イカす、それじゃこっちは“友情”かしらね」

「これはえーと……”祈り”とか?」

 店主の手がぽんと乱花の肩に置かれた。驚きのあまりに飛び上がりそうになる。

「分かってるじゃない、そういうこと、そういうこと。自分が大事にしたいけど、眼に見えないし、忘れがちなものってあるわよね。だからこうやって鳥かごの中に仕舞うことで、見えるようにしているってわけ。迷わないように、自分にとって大切なものをいつでも見定められるように。それを私は“青い鳥”って呼んでるの」

「青い……鳥……」

 乱花は想像する。

 自室の中、窓際に、外の空が見えるように置かれた鳥かごを。

 愛おしい愛鳥を眺めるように視線を向ける、自分の姿を。

 その中にいるものは?

 その中に、いるものは。

「確かにうちはお値段高めだけど、それなりのものも無いわけじゃない。折角なら色々見ていきなよ、悪くない出会いがあると思うよ」

 セールストークだけどね、と茶化して笑った店主の顔は、今はとても優しさを含んだものに見えた。


 結局、迷いに迷った結果、乱花はひとつの鳥かごを買うことに決めた。

 それほど豪奢なものではないが、先端に黒猫が一匹、くっついているのが気に入った。お座りの姿勢で、真面目そうにくっと前を向いて澄ましているのだ。

 普通なら鳥を狙う黒猫が、逆に鳥を守ろうというのがなんだかおかしかったのだ。

 鳥かごを包みながら店主は「良い選択だと思うよ」と言った。誰にでも言っていそうな言葉だが、そうでもない、と思わせるのは彼女の纏う雰囲気のせいだろう。

 気だるげだが、愛情深い視線を向けながら、彼女は店を出ようとする迅龍と乱花に手を振った。

 店の扉に手をかけた時に、迅龍がそっと顔を近づけて囁いた。

「どうしてこんなところで店をやってるか、って言ったよな?」

「え、うん、それは——」

「噂があるんだ」

 そういう迅龍の顔は、悪戯小僧のように口元を吊り上げていた。

「あの店主は鳥かごと、その中の鳥が好きで、好きで、たまらないほどに大好きなんだと」

 それは、そうだろう。と乱花も頷く。

 そうでもなければ、流石に鳥かごの専門店などやりはしないだろう。

「そうだろ? だからさ、彼女はどーーーーしても、奈落ビルの内側に窓がついた部屋を借りたかったのさ」

 迅龍に促されて、そっと店の中へ振り向く。

 店主は、カウンターの後ろにある窓の外を眺めていた。奈落ビルの内側、天から地の底へと貫く巨大な穴へ。

 その時、窓の外を一人の鳥人が飛んでいくのが見えた。飛行種族なら、わざわざ階段を使うよりも飛んだ方が楽なのだろう。よくよく見れば、あちこちを様々な種族が飛び交っているのが見える。

 ほうらな、と迅龍が言った。

「やっこさん、こうして世界の方を鳥かごに閉じ込めちまった、ってわけさ」

 窓から眺める店主の顔は、満足気で、それから遠い遠い、何か愛おしいものを見つめているように見えた。

 彼女にとっての、青い鳥を。


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