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伝書鳩の夏休み 第十三回

 十三 星造の失踪、残り八袋


 北府刑事が訪れた時、ジニア荘には大変な混乱が起こっていた。

 ドアノッカーを五回も鳴らして、ようやく執事の平田が扉を開けた。堅物な彼には珍しい焦燥の表情に、北府刑事はすぐに緊急事態を察した。「何があったんです?」

 平田は彼女の後ろで扉を閉めながら震え声で言った。「実は昨夕、野崎様が倒れて救急車で病院へ搬送されたのですが、未だ意識が戻らず、さらには……」

「さらには?」

「星造坊ちゃまのお姿がどこにも見えないのです!」

「それは、いつから?」

「活良木様によると、早朝には確かに部屋にいたそうです。ああ、お二人は昨晩は同室にいたそうで……」

「警察には通報した?」北府刑事は鋭く冷静だった。

「いいえ、つい先ほど朝食の席で気が付いたものですから……」

 北府刑事は、すぐに屋敷内の電話から署に連絡をした。

 “何が起こっているのかしら……”

 北府が受話器を置くと、背後から知鶴の弱々しい声がした。「あの、刑事さん……」

 北府が振り返ると、頼もしく知鶴を支えている戸黒と目が合った。

 “やっぱり、私の予想通り! 天才! ”

「どうされましたか。」

 知鶴はしばらくためらっていたが、やがて決心したように話し出した。「関係があるかは、分からないのですが……私の部屋の棚に入れていた睡眠薬が足りないんです。」

「どのくらい足りないのですか?」北府は、相手を怯えさせないように落ち着いて言った。

「あの、すごくたくさん……ええと、二週間分くらい……」

 北府刑事は極めて穏やかに聞いた。「よく思い出してください。無くなっているのに気が付いたのは、いつですか?」

「今朝です。あの、私、青山君が眠れないと悩んでいたので、一週間前から毎晩一袋ずつあげていたのです。」知鶴は上目遣いで北府を見て聞いた。「刑事さん、青山君の死因は……」

 北府刑事は戸黒と頷き合って、それから告げた。「睡眠薬の過剰摂取による自殺、と我々は考えています。」

 警察官や屋敷の者たちが、火芝の捜索をしている間、北府刑事と相沢、山郷、三蔵の四名は野崎の入院している病院へ見舞いに向かうことにした。

「あなたたちは、野崎君が倒れたことと星造君がいなくなったことには関係があると思う?」北府刑事は自動車の運転席から聞いた。

「あるね、あいつは俺を殺そうとしたんだ!」相沢が憎々しげに叫んだ。

「相沢君、ずっと言ってるね。」相沢の隣に座った山郷は、やや不思議そうに言った。

 北府刑事は聞いた。「あいつって、星造君の方? 野崎君じゃなくて相沢君(あなた)を殺そうとしたの?」

「あいつは俺に毒入りのカステラを食わせてたんだ! 俺が食べる様子を見てどんどん量を増やしていったんだ! だけど野崎は、いきなり大量の毒を食べちゃったからあんなことになったんだ。」相沢は、座席を手のひらで何度も叩きながら訴えた。

相沢君(あなた)、星造君と何かあったの?」

「知らないよ。知らないもん。」助手席に頭突きを繰り出しながらわめいた。

「けど、北府刑事が来てくれて良かったね。僕たちだけじゃどうにもできそうになかったから。」山郷が言った。

 北府刑事は、自分がわざわざジニア荘まで来た理由を思い出して、あっと言った。「私、青山さんの検死報告に来たんだった。青山さんの遺体から、致死量の睡眠薬が検出されたわ。」

「そうしたら、やっぱり自分で死んじゃったのかな。」山郷が窓の外を見ながら少し沈んで言った。

「けれど、何か引っかかるのよねえ。」

 三蔵は、信号待ちで車が停車した時、懐紙に何やら書き込んで北府の膝の上に放った。

 北府は三蔵の方を向いて、目線だけを紙に落とした。「――そうねえ、いなくなったことは気がかりだけど、星造君には動機が見当たらないから、無関係じゃないかしら。」

 やがて車は町外れの小さな個人病院に到着した。野崎の病室は、清潔ではあるが狭かった。それゆえに、四人が入ると途端に賑やかな雰囲気になった。

 野崎はまだ眠っていたが、看護長は「命に別状は無い」と言い、その言葉を聞いた一同はホっと息をついた。

 そして、看護長は重要なことを教えた。「さっきお帰りになられた火芝星造さんのお知り合いですか? 忘れ物をなさったので、お渡しくださると助かるのですが。」

「火芝君が来てたの?」山郷君は、丸い目をさらに丸くさせた。

「アイツ、何か言ってた?」

「野崎さんのそばに座って、じっと顔を見て『ごめんね。』と何度か。」

 山郷君が窓の外をを見ながら言った。「火芝君、どこに行っちゃったんだろうね。」

 火芝の忘れ物とは、上等なシルクのハンカチーフだった。

 看護長が出て行ったあとで、北府刑事は言った。「とにかく、野崎君は無事みたいね。三蔵君(・・・)、この後時間ある? ちょっと話したいことがあるんだけど。」

「あー、内緒話しようとしてる。僕たちには言えないコト話そうとしてるんだぜ。」相沢が気の抜けた姿勢で言った。実のところ、誰よりも野崎を心配していたのは相沢だった。

「うるさいわねえ。あなたたちは、しばらくここで待ってるがいいわ。野崎君が目を覚ますかもしれないし、星造君が忘れ物に気付いて戻ってくるかもしれないし。」

 ――数分後、二人は病院に隣接したカフェテラスにいた。

 喉が渇いていた北府刑事はアイスコーヒーを一気に飲み干すと、知鶴から聞いた睡眠薬が約二週間分足りないという話を三蔵に聞かせた。

 三蔵は向かいに座る北府の仮説を聞きながら、自身の頭でも考え事をしては手帳に色々なことを書き込んでいた。

 北府は興味本位で覗いてみたが、速記文字で記されていたので何一つ読むことはできなかった。

 その時、さっきの病院の看護師が北府刑事のところへ駆け寄ってきた。「刑事さん、戸黒さんという方から病院にお電話がありましたよ。」

 二人は病院のロビーへ戻り電話を折り返した。「もしもし?」

「もしもし、北府刑事ですか。たった今、青山の荷物を確認していたのですが、その中に|知鶴さんにもらっただけの睡眠薬が入っていたんです。《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》」

 北府刑事は少し黙っていたが、やがて「青山さんは手持ちの薬を使わなかった……どうしてかしら。」と小さく言った。「とにかく、すぐにそっちへ戻ります。荷物はそのままにしておいてくださいね。」

 野崎の病室で退屈を持て余していた相沢と山郷を回収して、四人はジニア荘へ戻った。エントランス・ホールで待っていた戸黒の案内で青山の部屋へ向かうと、開かれたボストンバッグの中に七袋の睡眠薬が未開封のまま入っていた。

「私、青山さんが自殺だと思えなくなってきたわ。」

 すると、三蔵は手帳に何やら書き込み戸黒に渡した。

「約二週間分という言い方はまずかったですね。正確には十三袋でした。」

 北府刑事は腰に手を当てて計算した。「被害者のそばに落ちていたのは五袋。アルコールと混ぜて飲めば致死量として申し分無い――とすると、|残り八袋がどこかにあるはずだわ。《・・・・・・・・・・・・・・・・》」

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