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伝書鳩の夏休み 第十二回

 十二 推理の時間 その二


 恐慌が過ぎ去ると、後には疑念と寂寥が残った。

「犯人死亡で一件落着? まさか。」そう言って相沢は口にスコーンの残りを放り込んだ。

 僕が相沢の部屋で過ごしていると、火芝君がお菓子を持ってやって来て、そんな火芝君を探しに活良木君がやって来て、話し声に釣られた山郷君が――という風に、とうとう全員が集合してしまった。

「おしまいだね。」と、山郷君。

「本当に自殺なのかな。」と、火芝君。

「横領を隠せなくなったから死んで逃げた、って点は納得がいくが。」と、活良木君。

「でもさ、お嬢は現物資産を山ほど所有してるって噂だろ? 夫ならそれを換金すればいいだけだし、やっぱ死ぬのは変だよ。」と、相沢。

 皆、口々に言い合う。

 青山氏が赤沢氏を殺害したので無いなら、あの遺書は第三者(真犯人と呼べるかもしれない人物)によって捏造されたものということになる。

「けれど、待って。青山氏が殺害されたとはまだ言い切れないのではないかな。青山氏は自殺だったが、遺書は、真犯人が赤沢氏殺害の罪を青山氏に着せるために捏造したという説も、まだある。」と僕は口を挟んだ。「それなら、まだ誰かが本当の遺書を処分できずに持っているかもしれない。」

「その場合、犯人は横領のことを知っていたことになるね。」火芝君が含みを持たせた口調で言った。

「それは、本当の遺書を読んで知ったのかもしれない……」僕は、やや自信を失った。

 すると、微笑んで聞き手に回っていた山郷君が言った。

「そっか。赤沢さんを殺した真犯人さんは幸運だったんだね。」

「え?」

「だって、たまたま(・・・・)昨日の夜、たまたま(・・・・)青山さんのお部屋に行かなかったら、遺書も遺体も見つけられずに、せっかくの大チャンスを逃していたんだもん。」

 その意見に、ようやく僕は、自分の意見の穴に気が付いた。

「もっとも、真犯人が毎晩、青山克海を訪ねていて、たまたま(・・・・火芝君火芝君)その夜も同じように行動しただけという説もあるがな。」相沢が、瞬間的に僕をいじめる表情に切り替えて言った。

「いいや、やはりできすぎている。」と僕は素直に考え直した。

 活良木君が僕の意見に付け足した。「それに、本当に死ぬ気があるのかも絶対じゃない。死ぬ死ぬ言うやつほど、長生きしたりするもんだ。」

 あの遺書が本物なのか、今のところは何とも言えない。

「白灘さんが、『青山は被害者なんかじゃない』と叫んでいたね。保険金が目的なんだと暗に示唆していたのかな?」と言って、火芝君は乾杯のジェスチャーをした。

 相沢が声高に言った。「共犯者がいたんだ。青山克海は共犯者と保険金詐欺を企て赤沢林檎を殺害。毒を盛ったのがどっちかは知らないけど、。とにかく大した金は手に入らず、青山克海は裏切られて殺されたのさ。」

 僕たちは、飽くまでも殺人の説を推した。

 

 大きな落日が、山の向こうに消えていく。

 ノックの音とほぼ同時に扉が開かれた。これは相沢だ。

「邪魔するぜ。野崎クンにお届け物だ。」

 見ると、いつものカステラが半分以上残されたままでケーキ皿に乗っていた。

「食べないのか?」

「今日のは、まずいんだもん。」そう言いながら皿を机に置いた。「変な食感がする。砂を噛んでるみたいなさ。」

「食感がおかしいものを、わざわざ持ってきて食わそうとするな。いつもの通り火芝君が持ってきたのならば、お前が行くべきところは火芝君のところだ。」

「本当にお前は冷たい男だな!」呆れたといわんばかりに肩をすくめて、僕のベッドに横になった。「借りるぜ。眠いんだ。」

 カステラの見た目に違和感はない。どうせ、ざらめが湿気で固まったのではないのか。僕は食べかけのカステラと一緒に乗っていたフォークで、一切れを口に運んだ。初めのうち、それは全く滑らかだった。相沢が変な食感(・・・・)だと脅していたのは、やはり天面の、ざらめがたくさん敷かれた部分のことだった。確かに、ざらめの中になかなか溶けない細かい粉が混じっていた。「なるほど、それに少し苦いな。」

「――とか言いながら全部食べちゃった。野崎クンは馬鹿舌で幸せ者だねえ。」あくび混じりに毒を吐くと、さっさと枕に埋もれていった。

 いつの間にか空は濃い紫色に染まっており、視界は彩度を失い始めていた。

 照明を付けようと立ち上がった、その瞬間――。

 全身から力が抜けて、僕は膝から崩れ落ちた。机に脚が当たって皿が落ちた。

 ――「野崎っ。」駆け寄ってきた相沢が、僕の名前を叫びながら体を揺すっている。何か返事をしようと努力したが、体は動かず、やがて視界は闇に覆われた……

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