表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/23

伝書鳩の夏休み 第十回

 十 知鶴の話


 平田という名前の老執事は、北府刑事を知鶴の部屋に案内した。

 深い色をした上等な木製家具には、当然のように過剰な装飾が施されていた。このようなデザインを、「悪趣味なうえ非実利的」と批判する人も世の中にはいるだろうが、少なくとも北府刑事の目には、憧れの品々として映った。彼女は、この職業に就いてからめっきり帰る頻度の減ったあの手狭な借家と、この部屋を思わず比べてしまったことを後悔した。

「はじめまして、火芝知鶴さん。」北府刑事は簡潔に自己紹介をした。

「はじめまして。あの、私は列車には乗っていませんでしたので、お話できることは何も無いと思いますが……」知鶴は申し訳なさげに言った。

「ええ、ですから火芝さんには他のことをお聞きしたいのです。」北府刑事はそこで少し間を置いて、知鶴の様子を観察してみた。

 “彼女は何を聞かれるのかと緊張している” “常識的に考えて、全く別のところにいた彼女が犯人なわけがないわ……緊張しているのは、ただこの状況が非日常的だからね” “あら、彼女のスリッパ、とっても素敵な薔薇模様……”

 北府は頭の中で論理を組み立てることが苦手だった。

 知鶴が、相手がいつまでも黙っていることを不審に思い始めた頃、北府はようやく本題に取り掛かった。「先の事件のことで、嫌疑のかかっている五人について、御存知のことをお話しいただきたいのです。」

「五人って、誰のこと? 嫌疑って、何のことですの。」疑問ではなく、警戒を含んだ口調で知鶴は言った。

 北府の口調が、形式的な刑事らしい言い方に変わった。「赤沢林檎さんが死亡した一件で、赤沢さん殺害の容疑がかかっている五人です。つまり、緑野千草さん、青山克海さん、白灘久光さん、水口奏介さん、戸黒耀一さん……」

「私は何も知りませんわ。皆、良い人たちです。」知鶴は強情だった。

 北府刑事は、その態度に友情以外の何か(・・・・・・・)を感じ取った。「そうですか。まあ、それはいいや。」彼女は、唐突に言葉を崩して話題を変えた。「私たちの年になると、なかなか友達も集まるのも難しくなりますね。予定は合わないし、時間は無いし、仕事も忙しい!」

「ええ、集まることができたのは奇跡に近いですわ。でも、こんなことに……」

「ジニア荘は、とっても素敵なところですね。」北府は知鶴の言葉を遮って彼女の平常を保った。

「ええ、そうね。」知鶴は一瞬当惑したが、すぐに「森の暮らしは良いものですわ。」と言った。

 少しの間、二人は外から聞こえてくる自然の音に耳を傾けていた。――もっとも、北府にとっては、捜査を円滑に進めるために必要なだけの退屈な時間だった。彼女はいつしか、いつもの妄想(・・・・・・)に夢中になっていた。つまりは、豪奢な宮殿の彼女の寝室に、若く背の高い執事がモーニング・コールにやってきては、起きない彼女に手を焼く……

「けれども、時々は寂しいでしょう? だって、客人のいない時期は使用人も減るでしょうし……」

「そうでもありませんわ。」

「文通に忙しい?」

「――え?」

 北府刑事は、知鶴の背後に置かれた書斎机を指し示した。「封蝋が溢れた跡がたくさんあるので、筆まめな性格なのかと思いまして。」

 ほんの一瞬のことであったが、知鶴が “どうやって乗り切ろうか” という表情をしたことを北府刑事は見逃さなかった。

「お手紙って何を書きますの? 私はいつも分からなくなってやめてしまいますの。」思慮の浅いふりで抜け目無く情報を集めてくるのが、我らが北府女史の基本戦術だった。

「なんでも構いませんのよ。普段、会ってお話するみたいに、飾らない調子で書きたいことを紡いでいく方が良いのです。」

「『会ってお話するみたいに』。私、いつも気負っていたみたいです。もっと軽い調子で彼に書いてみますわ。男の人って、女からの手紙をちゃんと読んでいないでしょうし。」

「あら、そんなことないですわよ。もちろん、そういう方もいらっしゃいますでしょうけど――」

「知鶴さんのお相手は素敵な方なんですのね。」

「ええ、まあ。」知鶴の顔がほんの少し赤くなった。

「ねえ、一枚だけ――一枚だけ読ませてくださいません? 私、本気で彼の返信が欲しいんです。」

「私の手紙を? それとも……」

「|都合の良い方で構いませんわ。《・・・・・・・・・・・・・》」

 知鶴はやや困惑したが、彼女は目の前の刑事を一人の娘として好いていたので、前回送った分の下書きと、それへの返信を北府に見せた。

 しばらくした時、不意に北府刑事が立ち上がった。「もうこんな時間!」いかにも “やっちゃった” という風だった。

 しかし、本当はこんなことを考えていた。

 “彼女とああやって話をする男性に心当たりがある……”

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ