「ズルい」と言われて婚約者を奪われた姉ですが、今では結構幸せです。
ざまぁ等はない、みんな幸せエンドのラブコメです。
私の事を「お可哀想に」と言う令嬢やご夫人は多い。
ある者は同情に満ち満ちた美しい心で。
またある者は、嘲笑を含んだ嫌味な言い方で。
まあそりゃあそうでしょう。幼少期から決められた婚約者、それもリチャード王子殿下を、血をわけた家族であるジェニーに奪われたんだもの。
私は「別に悲しくは無いわ。これで良かったのよ」って返すけれど、それも殆どの人には強がりだと思われてしまう。困ったわね。
今の私は結構幸せなのに。
「良いなぁ……ジュリア姉様のドレス、凄く綺麗……」
最初、ジェニーはキラキラした瞳で私にそんな事を言っていた。そこには憧れの感情しか見えなかったし、その時のジェニーは天使のような愛らしさを持っていてとても可愛かったわ。
それが、徐々にエスカレートしてきてだんだんジェニーの言動はおかしくなってしまったの。
「ズルい! ジュリア姉様ばっかり綺麗なドレスを着て!」
「ジェニー……」
「ズルいわ! 宝石だってアクセサリーだって姉様ばっかり!! 私にも頂戴よ!!」
「ジェニー、そんな言葉を使っては駄目とお父様もお母様も言っていたでしょう」
私が窘めるとジェニーは声をぐっとつまらせた後、一気に爆発して大泣きしたの。
「馬鹿! ジュリア姉様の馬鹿! 大嫌い!」
そうして部屋を飛び出していったジェニーに、私はどう声をかけてよいのかわからず途方にくれるばかりで。
父も母もジェニーのワガママにはほとほと困っていたわ。長女の私が王子の婚約者である以上、数年後には家を出る事が決まっている。そうなると家を継ぐのはジェニーしかいない。けれど私を羨むばかりで領地の勉強も疎かにし、自分を着飾る事に執着するジェニーに果たしてその役目を全うできるのか……私達家族は皆疑問に思っていたの。
家に居るとジェニーが私に付きまとい「良いなぁ、それ」「ジュリア姉様ばっかりズルい」「私に頂戴」攻撃を仕掛けてくるので、私は何かと理由を付けてできるだけ外出をするようになったわ。でも仮にも「未来の王子妃が遊び歩いている」なんて噂になっては大問題よ。だから必然的に王宮に足を向ける頻度が増えたわけで。
「おや、ジュリア様、またいらしたんですか」
「まあ、生徒に対してそんなに嫌そうになさるの?」
王宮内の図書室の管理者であり、私の王子妃教育の教師の一人でもあるポルト様にひどい挨拶をされたので、こちらも毒を交えて返答すると眼鏡をかけた優男はクスクスと笑ったの。
「嫌だなんてとんでもない。今日はどういった本を?」
「詩集を。このうららかな日に思わず諳じたくなるような美しい詩を集めたものを貸して下さいな。このあと王妃殿下とお茶をする予定ですの」
「ほう。王妃殿下の前で詩の暗唱を披露したいと?」
ポルト様の銀縁眼鏡がキラリと光る。
「またそんな意地悪を仰って。あの方の前で付け焼き刃など披露してもすぐに見抜かれるとおわかりでしょう?」
「まあそうでしょうな」
ポルト様はまたクスクスと笑う。王妃殿下は才媛で、中でも文芸に秀でていらっしゃる。彼女は私と趣味が同じとわかると大変喜ばれ、お茶を共にし語らう機会がとても増えた。
リチャード王子殿下と私の仲は良くも悪くもなかったけれど、妃殿下に可愛がられているという事実は確実に私の後ろ楯になっていたわ。
「それで、これがポルト様のオススメの本ですの」
図書室から借りてきた詩集を開き、事前にこれは使えるとチェックしておいたページを妃殿下に見せると、彼女は頬をゆるませた。
「ジュリア、流石ね! この詩の表現、素晴らしいわ……恋をする二人のもどかしい心が手に取るようにわかるもの」
「ご参考になりましたでしょうか」
「ええ、ええ。そのまま盗むのは勿論御法度だけれど、お陰でインスピレーションが沸いてきたわ……!!」
妃殿下は手元の帳面にすらすらとメモを取り始めた。私はその作業の邪魔をしないよう、頃合いを見てから声をかける。
「ところでリチャード殿下の事なのですが、最近矢鱈とうちに来ようとするのです」
「まあ、リチャードが? 貴女に会いに……ではないわよね。会いたければこうして王宮で会えるもの」
「もちろん表向きは私に、という事ですが」
私の頭の中にジェニーの姿が浮かぶ。陶器のような白い肌に薔薇色の頬を持つジェニーが笑顔になった時の愛らしさは格別で、誰も彼もがその虜になる。
「困ったわねえ。リチャードも弁えているとは思うけど……万が一そんな事になったら大変よ?」
妃殿下はちっとも困っていないように美しく微笑んだ。思わず私も笑ってしまう。
「ええ、大変ですね」
そして事実、大変な事が起こってしまった。
リチャード殿下が私とお茶をしたいという名目で我が家に訪れた時の事。殿下から贈られた私のドレスをジェニーが勝手に着て私達の前に現れたの。
「ジェニー、殿下の前でなんて事を。下がりなさい!」
「いや、いい。お前も茶を一緒にどうだ」
ジェニーの姿を見た殿下の態度はコロリと変わった。薄々はわかっていたけれど、ジェニーはリチャード殿下の好みのタイプドンピシャだったのね。そしてジェニーから見た殿下も。
私から見ても二人は素晴らしくお似合いだった。逞しい身体を持つ美丈夫の殿下に、折れそうな細い身体の愛らしいジェニー。二人は並んで座り見つめ合う。後ろにはこの状況を象徴するかのように庭園の薔薇が咲き乱れているわ。
「お前はジェネシスだったか。俺もジェニーと呼んでも?」
「殿下……!」
ハアハア……あっ、興奮して鼻血が出そうよ!
後に、その場面を語った時の王妃殿下も私に負けず劣らず興奮されていたわ。
「ハアハア……ヤバイわね。実の息子では萎えると思っていたのに全く問題ないわ」
「私もです……まさか実の弟で興奮するとは予想外でしたわ」
「あの二人、見た目が理想的だものねぇ」
「ええ、完璧なカップルですもの。尊いですわ……」
思わず両手を組んで神に感謝をしてしまったわ。いえ、懺悔かしら。私も妃殿下も罪深いもの。
「ジュリア……新刊、絶対良いものにしてみせるわ!」
妃殿下はバリバリ書き始めた。彼女が匿名で書いている耽美な小説……美青年と美少年が愛し合う物語は、私をはじめ同じ趣味の女性達に絶大な支持を得ている。ああ、新作もきっと素晴らしいものに違いないわね。
私とリチャード殿下の婚約は解消された。代わりにジェネシスが殿下と結婚できれば良かったけれど、流石にそれは無理というもの。今は侍従という名目で殿下の側にいる。リチャード殿下は王位継承権を放棄し、弟君が王太子になる後押しをする事と引き換えに我が儘を通して離宮に引きこもった。
私は姉の特権でたまに離宮に遊びに行って尊い二人を眺めているわ。はあ……こうして目を閉じれば、あの耽美な世界が再生されて……
「ジュリア、どうしました?」
「あ、いいえ、ちょっと疲れただけよ」
「本当に?」
彼は疑わしそうに銀縁眼鏡の奥にある目を細める。ジェネシスが家を出てしまったので私が婿を取って家を継ぐ事になったの。独身で領地経営が出来る頭を持っていてお婿に来てくれるような素敵な男性を急いで探さなければいけなかったから、駄目元でポルト様に打診したらあっさりと受けて下さったのよ。
「ああ、昨夜もあの本を夢中になって読んでいましたからね。夜更かしをしたのでしょう?」
ぎくっ。
「そろそろ王妃殿下にも釘を刺さねばなりますまい。うちの可愛い妻を惑わせるような物語を書くな、と」
ぜ、全部バレてる……。
「今夜は本ではなく、僕だけを眺めて下さいね?」
「そ、それって」
夫はニヤリと笑った。
「さあ? お楽しみに」
重ねて言うけど、婚約者を弟に奪われた身でありながら、今の私は結構幸せなのよ。
お読み頂き、ありがとうございました!
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