6:
暗殺を回避し、長生きをするにはどうするべきか。
オーウェンについて調べてきた俺なら何とかなるに違いない。
ともかく、前世の記憶を頼りに、上手く立ち振る舞い、歴史上から名を消しても、命だけは救われる道を模索しよう。
しかし、鏡を見た俺は目下最大の問題に直面する。
オーウェンの顔立ちが美しすぎる。
古代の彫刻家が好みそうな顔立ちと言えばいいのか。
生きたまま石膏で固めても、高名な芸術家が作ったと言われそうな整った目鼻立ちをしている。
色味も、空色交じりの白髪だ。瞳もアイスブルー。
「おいおい、この顔はないだろう」
どんなに顔を歪めて見ても、美丈夫は美丈夫で変わらない。
「参ったな……」
如月 悠真は、もっとこう、平面的な顔をしていた。髪色だって黒であり、瞳も黒だ。
見慣れない顔というのは、かきむしるほどの違和感を覚える。他人の顔であれば違和感がないのに、自ら表情筋を動かせるがために、複雑な気持ちになる。
俺は、もともと足腰も弱り切ってベッドに寝ている皺くちゃな老人だったのだ。
それも数日前までは。
「顔を見ていると、違和感で死にそうだ」
ナルシストが美しすぎる己の姿を水面に見て、水死した神話があった。
よもや俺が、それに近い、美しい顔に違和感を覚えるあまり、かきむしるほど苦痛によって死にたくなるなど思いもよらなかった。
とにかく、俺は顔を隠したい。
部屋を見回すと、暖炉の上に仮面が一つ転がっていた。
美術館で見たオーウェンの仮面とは違う。
それでも顔を隠せることには変わらない。
その仮面を手にした時だった。
部屋の扉が突如開け放たれた。
「オーウェン、体調はどうだ」
呼びかけながら入ってきた青年は、立っている俺を見るなり、ほっとする。
「良かった。もう起きれるようになったんだな」
茶系の髪と瞳を持つ、清々しい顔をした背の高いこの青年は、オーウェンの義理の兄だ。
つまり、マクガ伯爵の実子になる。
名をレイフ・マクガという。
「はい、もう大丈夫です」
元のオーウェンの記憶では、レイフに敬語を使っていた。
違和感を与えないため、俺も迷わず敬語で話す。
「どうした、手に仮面なんか持って?」
「これは……」
顔に違和感を覚えるから隠すために仮面をつけたいなど言えるわけもない。
俺は適当な言い訳をでっちあげた。
「魔導士たる者、顔を人前に晒さない方がいいかと思いました」
レイフは不思議そうに両目を瞬く。
「かっこつけたいのか?」
「いや、そういうわけでは……」
この時代にも魔導士はいたらしいが、俺が暮らしていた未来ではほとんどの記録が失われいる。オーウェン以外の魔導士がどこで何をしていたのか、分からなくなっていた。
オーウェンの記憶をたどっても、魔導士が仮面を身につける習慣はない。
この言い訳には無理があったか。
仮面と俺の顔を交互に見たレイフが言った。
「好きにすればいいんじゃないか? 仮面ぐらい。父上もダメとは言わないだろう」
思慮深い兄の顔でレイフは俺の言葉を肯定する。
その表情、仕草から、いかに彼が若くとも懐が深い男かを、実感を伴い俺は理解した。
今までのオーウェンも、レイフだけは心から信頼していたのだ。
その後、マクガ伯爵に仮面のことを相談すると、レイフの口添えもあり、了承を得られた。
仮面を身につけた俺は改めて決意する。
―― 暗殺を逃れ、俺は天寿を全うする!