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生み出した風に乗り、飛行する俺は無数の火球を生み出した。
火球の飛行スピードは、俺の飛行速度より少し遅くしている。
地上に降り立ち、俺が逃れるまでの一瞬を稼ぐ間を予めあけておくのだ。
前前世の俺は、魔導士の姿を見た瞬間に、光に包まれ意識を失っている。
どのように死んだのか、あの時はさっぱり分からなかったことが、事細かに背景まで含めて分かっている現状は、なんともいえない気分になる。
世界の事情を何一つ知らない無知な俺はいったいどんな顔をしているのだろう。
会いたい人物に会える喜びがあふれて、百年以上生きてきたくせに無性にわくわくする。
前前世の俺の生活には鏡もろくになかった。
どんな顔をしていたのか、実はよく知らない。
とにかく顔が見たかった。
どんな姿で、どんな陰気な顔をしているのか。
心躍らせているうちに、ミデオ国の野営地点上空に到着する。
最前はきちんと隊列が組まれている。
スピア国の兵と向き合っている体裁はとられていた。
後方の指揮系統が集まるテントも整然としている。
前線と指揮系統の間に一本の道があり、両脇にテントが無数に張られていた。
(あの雑然と張られるテントの間を俺は歩いていたのか)
前前世では停戦間近という認識が広がり、傭兵たちは気が抜けていた。
どうして、あのような状況だったか。
なぜ傭兵たちは次の戦いの場に行かず、とどまっていたのか。
前前世では知りえない裏事情を今の俺は知っている。
傭兵たちを留め置いているのは割高な日当だったのだ。
前前世の俺は知らなかったが、通常金額を日当を受け取り、停戦すればその同等の金額を一括で払う契約が約束されていた。
要は、ここにいる傭兵や兵たちを一網打尽にする罠の餌だ。
次の時代には用済みとなった者たちを刈り取るために。
俺は地上を凝視する。
ありのように蠢く人間のなかから、ただ一人を探す。
背に荷物を背負う#奴隷__ロバ__#だった前前世の俺を。
荷物運びの奴隷は何人もいる。
見分けをつけるのが難しかった中で、真っ先に目についたのは、娼館の馬車だった。
止まった馬車から、女が一人引きずり出される。
前前世では、関わり合いたくないと傍観しながら通り過ぎようとした一場面だ。
まさか、こんな上空から眺めることになるとは思わなかった。
女は前前世の俺が見た時と、同じく嫌がっている。
横から見るか、上から見るかの違いだけで、同じ場面だというのに、まったく違う場面を見ているかのような気持ちになる。
そのすぐ斜め前に、前前世の俺が荷物を背負って歩いていた。
(見つけた!)
俺の背後に火球が迫る。
悠長に過去へ浸る余裕はない。
俺は急降下し、地面に両足をつけた。
翻るローブ。
舞う土埃。
周囲の視線が集まる中で、俺は真横を向く。
そこにいた。
前前世のやせ細った俺が。
頬はこけ、腕も細い。
食料が乏しい中で、よく生きていると思うほど、骨と皮しかないような細さだった。
(生きているオーウェンか)
咄嗟に、名前が閃いた。
そうだ、思い出した。
前前世の俺の名を……。
この時の、俺の名もまた、オーウェンだった。
オーウェン?
なぜ、俺と前前世の俺の名が一緒なんだ?
浮かんだ疑問を解消する余地はない。
後ろから迫る火球は止まらず、迫る。
俺は前を向いた。
移動娼館の馬車の前で、女と店主がぽかんとこちらを見ていた。
女と俺の視線が交差する。
俺は舌打ちした。
ここで女と目が合って、見殺しにしては寝覚めが悪い。
低空飛行で直進した俺は、女だけをかっさらい、空へと逃げる。背後で火球の雨が降り、傭兵たちならびに、そこにいたすべての者たちが巻き込まれる。
前前世の俺も死んだ。
死んでよかった。
あんな骨と皮の姿で生き残ったとて、どうせすぐに乗垂れ死ぬ。
一度はまった不幸のループからは自力で抜け出すことはできないものだ。
人生とはそんなものだ。
不幸を背負い立ち直るのは頭の良い奴らばかり。
結局、普通以下の者は、運も向かず、無間地獄のような現実を堕ちて堕ちて死んでいくことになる。
生れた時に背負った不幸を乗り越える美談はあっても、それはしょせん美談。僅かに生き残った者の戯言だ。その背後に横たわる無数の死屍累々など人は見ない。
前前世の俺よ。
良かったなあ、死ねて。
おまえがここで生き残っても、路地裏でハエにまみれて死ぬだけだ。
生きていればいいことがあるという絵空事を信じるのは、不幸を見て、傷ついた己を癒す俗人の知恵だ。
おまえのような人生には、死よりましな救いはない。
一度きれいさっぱり、死んで、新しく生まれ変わっるといい。
未来を生きる俺の人生は、前前世より、今世より、ずっと恵まれているのだから。




