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2・生徒会室で

 授業が終わり、帰宅やクラブに散っていくクラスメイトを見ながら、本日のミッション「生徒会室へ行く」の実行を果たすべく、鞄に教科書などを詰めて帰り支度をしていた。


 ラスボスに向かう主人公はこんな気分かもしれない、と眉間に力が入る。


 美少女ゲーム実況なんてものが、お嬢様学校に通う生徒にばれるはずがないと思い込んでいた。

 事実八猫の待ち受けを見られても、クラスメイトはなんの反応もしない。むしろ知っているなら友達になれるだろう。

 そもそも、SNSのアカウント作成が禁止、などと、昨今どうやってクラブの連絡網や慈善奉仕活動の募集連絡をとればいいのか。

 守っている生徒がいるとは思えない。


 昨日は衝撃で回らなかった思考が回転を始めていた。


 あのあと、茫然と悄然とふらふらと、駅前のスーパーに行き、牛乳を買ったつもりが飲むヨーグルトを買ってしまい、お釣りを取り忘れて店員さんに追いかけられ、何度か自転車と自動車にひかれそうになりながら帰宅し、母にもしこたま注意を受けるという踏んだり蹴ったりな状況だったのだ。


 なぜ、バレた。


 偶然とか、カマをかけられた? まだチャンスはあるのだろうか。昨日は呼び出しに恐れをなしていたが、なんのことでしょう? とかとぼけてみるか。

 どうしても、ゲーム実況をやめたくなかった。これをするために、勉強もがんばった。自由になる時間すべてを費やした。


 クラスメイトに、和泉野宮真沙妃がどんな人物か聞いてみた。

 中等部受験組はよく知っているらしく、聞いたらさすが、すごいお嬢様だった。

 毎日運転手付きの送り迎えがあり、聞いたことある企業の創設者の血縁で、成績もトップクラス。生徒会副会長の三条院千香と仲がいい、ということも聞いた。


 生徒会と風紀委員長のタッグ…こちらは校則違反容疑者一名。負けフラグ確定イベントのようだ。


 この学校に通う生徒は、基本実家がお金持ちのお嬢様が多い。

 有名企業の役員や、医者や弁護士等々。

 もちろんサラリーマン家庭の生徒もいるが、どことなく一線が引かれている。普段の生活では見えないが、春休みに行った旅行先、買い物に行く場所、ブランドなど。百貨店の外商が持って来る、なんて家も少なくない。

 サラリーマン家庭の自分が、浮きまくっているという自覚もほぼない中、会話の一瞬の疎外感。賢く教養のある人たちの、悪意なき線引きだった。


「遥、今から帰り?」「うん、まあ、もう少ししたら帰る」「クラブ入らなかったね、もし気が向いたら声かけてね」「ありがとう」

 会話も普通にできる。廊下を歩きながら、学校だけの友達と声をかわす。生徒会室がある特別棟へと向かう。


 行きたくないけど…。

 昨日現れた、壮絶な美貌と、ゲームのお嬢様と重なった。



***


「どういうことですの、真沙妃様」


 生徒会室にしつらえた、木製の重厚な机の前で、長身の彼女は呼ばれて振り向いた。

 黒皮の応接セットに、ガラスの猫足テーブルといった、見目麗しい家具に囲まれ、床には毛足の長い赤いじゅうたん。寄付された、といわれるそれらの調度品は、値の張るもののように見受けられる。それに臆することなく長身の彼女は革張りのソファに腰を掛け、小柄な少女を見つめた。


「千香、可愛い顔が台無しよ」

 くすくすと笑って、目の前の少女の髪を優しく梳く。少女は頬を桃色に染めながらも、きっと真沙妃を睨んだ。


「…下級生一人と、面談したい、なんて。聞けば普通の生徒ではありませんか。いったい何が」

「ふつうの生徒?」


 揶揄するように首を傾げてみせるが、小柄な少女は気を悪くする様子もない。

「受験時の成績も普通、飛びぬけてスポーツができるわけでもなく、ご両親も会社員。面談など…」

 真沙妃は手元のスマートフォンを操作して、画面を千香に向けた。動画投稿サイトに表示されているのは。


『女子学生が号泣実況・美少女ゲーム・聖ルチアーナ学園で泣いてみた』


 その画面を見て、小柄な少女は顔色を変えた。

「な、んですの、これ」


 明らかに動揺する少女を、真沙妃は面白そうにのぞき込んだ。

「この黒髪のキャラクター、未亡人で相手が享年七十四歳だそうよ」


 真っ青に震える小柄な少女の頭を、優しく労わるように何度もなでおろす。


「誰かのことに、似ているわよね?」

 蒼白になる少女を裏腹に、長身の彼女は面白そうに片眉を上げた。

「どう、いうこと、ですの」

 小さくつぶやく少女の髪を、変わらず撫でながら真沙妃は微笑んだ。

「今から会うのか、このゲームの実況者よ」

 小柄な少女はぎょっとして息をつめた。


「なっ…」

 扉の向こうに、人の気配がする。待ち人がやってきたようだった。

 真沙妃は満面の笑みで立ち上がった。




「あの、失礼します…?」


 おどおどと扉が開き、千香の言う「ふつう」の少女が入室した。

 少女を迎えるべく、千香を置いて扉へ向かう。足取りは軽く、楽し気だ。


「春川さん、待っていたわ。ようこそ」

 黒皮のソファに座るように言われ、少女はちょこんと腰を下ろした。びくびくとこちらをうかがっている。


 真沙妃と千香を交互に見比べる仕草は、小動物のようにせわしない。

「あの、お話、は…。呼び出しされるようなこと、わたし…」

 していない、という言葉を遮って、真沙妃はスマートフォンを操作した。


『皆様、どーも! はるんですっ。今回でゲーム実』

「きゃああああっ」


 叫んだのは、小動物の少女だった。

 しまった、というように茫然と、でも吐く息は荒く、はあはあと肩で呼吸している。


「はるんは、あなたね? 春川遥さん」

 うるっと潤んだ目で小動物少女はこちらを見つめてきた。観念したかのように、震えている。

「あのっ。私、どうなっちゃうんでしょうか…」

 二人のやり取りを見ていた、絶世の美少女がはため息をついた。


「千香、聞いてのとおりよ。どうしましょうか」


 楽し気に言う美女を、美少女はうろんげに見つめたあと、春川遥に向き直った。


「生徒会副会長の、三条院千香ですわ。会長が留学先から戻るまで、生徒会全権はわたくしに」

「あのっ、それで…?」


「…決まっていますでしょう。当校はSNSアカウントの作成、利用、配信は禁止行為ですの。すべての投稿は削除、もちろん今後投稿も禁止ですわ」


「ええっ? 全部…いままであげたのもっ」

 さらに泣きそうな顔に、辟易と美少女は言う。


「罰則も課した方がよろしくて? 先生方、および父母会に報告して、謹慎処分も追加いたしましょうか」


「……そんな…」

 さめざめと小動物少女が泣き出した。


「なら、私も謹慎かしら」

 真沙妃がなんでもないようにさらっと言う。


「は?」

 千香は真沙妃を振り仰いだ。


「はるんの動画にいつもコメント入れているの。アカウント作ってログインしないと入力できないのよ」


 千香の片頬がひくっと震える。『なぜよりによって、今そのようなことを』と言わんばかりに真沙妃を睨む。


「和泉野宮先輩、この動画、みているのですか…?」

 遥が恐る恐る声をかけると、満面の笑みで「ええ」と答えが返ってくる。

「真沙妃っ。ただの動画視聴と、こんなゲームの実況ではやっていることが…」


「こんなゲームじゃないです! すごいゲームですっ!」


 びくびくしていた小動物少女が叫んだ。

 おや、と真沙妃が遥をみつめる。

 態度が急変した様子を、美少女は眉を寄せて、怪訝な表情でみつめた。

「…何言っているの」


「このゲームのテーマは、生きるとは何かを問うゲームです!」


 …真沙妃が爆笑を堪えるように、肩を震わせてそっぽを向いた。千香は「何言っているのこの子」と言わんばかりの無表情でそれを見ている。

 遥は続ける。


「このゲームの女の子たちは全員過去があって、ルチアーナ学園にいるんです。ひどい過去です。その子たちが、ゲーム内で全員死んでしまいます。主人公をかばって死んだり、暴力で死んだり、果ては、自責の念に駆られて自殺したり。私が…主人公がどれだけ愛しても彼女たちは結局、死んでしまうんです」


 しんとなった中、遥は語る。

「ゲームのキャラクターですよ。おかしいでしょう。でも私は泣きながら、彼女たちに死んでほしくない、幸せにしたいと思ってプレイするんです」


 真沙妃は笑うのをやめて、まじまじと遥をみつめた。

 少女はそれに構わずに続ける。


「私は、リリアナ女学院中等部試験に落ちました。当たり前です。学力はおろか、そのほかの能力も、この学校に届かなかった。でも、私は一生懸命勉強している気になっていました。事実、周りの友達よりは、勉強している時間は長かったと思います。ここにいる今なら落ちた理由がわかる気がしますが、その当時、それがわからなくて、目の前が真っ暗になった」


 千香は怪訝な顔をそのままに、でも遥の話をさえぎることはしなかった。


「毎日検索していたのは『受験失敗、うつ病、自殺、生きる価値』。落ちた恥ずかしさと、両親への申し訳なさで、この世から消えてしまいたかった。その時、このゲームに出会いました。そこで、思ったんです。死んではダメなんだって。」


 遥は少しわらってつづけた。

「実在しないキャラクターにさえ、こんなに泣けるんです。絶対に死んではダメなんです。受験に落ちたことなんかより、自殺されるほうが、まわりは悲しむ。そんなことすら、思いつかないほど、自分よがりだったことに気づかされた」


 それに、と遥はさらに続ける。

「このゲーム、救いようがないんです。結末は決まっている。でも、私が実況することで、このゲームが知れ渡って、今より人気が出たら、もしかしたら、製作者がハッピーエンド実装の全年齢版を出してくれるかもしれない。ファンブックが出るかもしれない。私が実況することで、このゲームのファンを増やす、そして製作者がハッピーエンドを作る。これが私のゲームです」



***



 生徒会室での話し合いのあと、遥に言った条件は一つだけだった。『この話はきかなかったことにすること。そのかわり、生徒会で人手が必要になったら手伝うこと。ただし、他の生徒にばれたときは、それ相応の罰則を受けること』


「…真沙妃様、謀りましたわね」

 千香が小さくつぶやいた。真沙妃は「そんなことはないけど」と微笑む。

「で? ハッピーエンドは作るの?」

 くすくすと笑いながら、真沙妃は千香に首を傾げた。

 千香は忌々し気に舌打ちする。

「…下種兄貴。本当にゲームにするなんて」






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