悪だくみは嫌いではない
セシリアはここ数日、工房にほとんどこもりっぱなしだ。
基本的にはいつもそうなのだが、最近は特に、食事をすることも忘れている。
体力が尽きるまで作業を続ける。
そんな生活がずっと続いている。
先の大会のおかげか、大口の注文が入った。
シルバーの指輪や、真鍮のピアス。
意匠もそれぞれ違い、花のモチーフや鳥のモチーフ、表面の文様まで様々な発注を受けている。
セシリアにしてみれば、ありがたい話だ。
今まで何度も練習した成果を活かせる場として、これ以上のことはない。
ちなみに、セシリアが一番好きなのは『打ち出し』だ。
金属を直接変形させて、無骨なデザインを作り出す。
表面は鱗のように不規則にてらてらと輝いて、そこに格好よさを感じる。
――あまり人気はないのだが。
皆、表面の綺麗な細工の方が好きなのだ。
滑らかで、均一に輝いていて、宝石と見紛うような煌びやかな装飾品。
そういう役目はそれこそ宝石に任せておけば良いではないか、と常日頃から思っている。
とはいえ、敵対意識を持っているわけではない。
それぞれ、良いところはあるだろうという話だ。
「さて、と」
独り言を呟いて前髪を上げる。
作業中は流石に髪が邪魔だ。
セシリアは右目が義眼になっている。
小さい頃、病気にかかり、右目を失ったのだ。
そこへおじいさまが義眼を作ってくれた。
なぜだか瞳が白く作られており、怖いと言われたこともある。
だから前髪を降ろして、外からわからないようにした。
その逆の、視えている方の左目は薄い水色で、こちらは視力に問題はない。
そのため、作業中はいつも左目にルーペをつけている。
竜の鱗を加工するための準備には時間がかかる。
素材が来るまでにやっておかなくてはいけない。
彫金の道具を片づけて、小さな窯を机の上に取り出す。
おじいさまから頂いた小さな炉だ。
竜の鱗は専用の炉で、そのエネルギーを発散させなくては、直接手で触れることもできない。
この作業を『ヌケ』と言う。
鱗のもつ性質により、若干手順は異なるが、ヌケの作業は概ね同じだ。
天空の獣を地に落とすため、絶対に必要なのだ。
そして肝心の炉だが、セシリアも触るのは何年ぶりだろう。
おじいさまが教えてくれて以来だろうか。
まず中に入れるのは、小さな銀の塊と、オオカミの牙、それにユニコーンの角の欠片。
銀はドラゴンの嫌いな物。
オオカミとユニコーンはドラゴンと相性が良い物だ。
まずはこれらを炉で五十時間炙り、中をドラゴンにとって極端に良い物と悪い物が存在する状態にする。
この中に鱗を入れることで、鱗は混乱し、そのエネルギーを発散する。
炉の下部に、小さな木片を積み重ね、火を点ける。
この火は今から五十時間絶やしてはならない。
セシリアは小さく背伸びをし、大量に用意した小さな木片の上に手を置いた。
――日が暮れて、バシレウスは部屋から出て来た。
百合花とアンドレイアが、適当な会話をしながら、休息をしているところだった。
「ようやくお目覚めか?」
「ふむ。よく眠れた。昨晩は疲れたのでな」
アンドレイアの皮肉を躱しながら、バシレウスは百合花たちと同じ机につく。
「それで、どうする? 私はこれから重要な用事がある。すぐに出かけるのだが、共に来るか?」
「そんなあっさり同行を提案してくるなんて思わなかったよ」
「顔を見れば何を考えているかなど簡単にわかる。私は構わないが、どうするのだ?」
「同行させてもらうよ。アンドレイア、時間潰しに付き合ってくれてありがとう。文字の件は僕に任せておいて」
「おお、頼むわ」
バシレウスの後ろについて、百合花は店を出た。
すっかり暗くなっており、大通りに点々と街灯がある以外、人の気配も少ない。
「話は目的地についてからにしよう。はぐれないように頼む」
「心配してくれてありがとう」
ずんずんと進んでいく彼の向かう先に何があるのかは気になるが、とりあえずは素直についていくことにした。
大通りを抜けて、彼は真っ暗な脇道をためらうことなく進んでいく。
こんなに大きな町なのだ。
少し脇へ逸れたら、酒瓶などのゴミが転がっており、あまり気分のいいものではない。
道の端に寝転がる酔っ払いなんかもいる。
「もう少し先によい場所を見つけたのだ。広場になっていてな。そこなら静かに話もできよう」
何度目かの曲がり角を抜けると、彼の言う通り建物に囲まれたところへぽつんと何もない広場があった。
しかし、その中央では火が焚かれており、あまり身なりの良くない者たちが虚ろな目でこちらを見ている。
「君たち、すまないが少しここを使いたい。空けてもらえないか」
彼の知り合いなのか、と百合花は漫然と待っていたが、彼らがそこを離れる気配は一向になかった。
「はて? なぜ空けてくれない?」
「知り合いじゃないのかい?」
「いや、知らない」
彼は当然のように首を振る。
「ここは俺たちの場所だ。誰がお前なんかに使わせるか」
背後から声がして、振り向くと、ボロ布を着た男たちが押し寄せていた。
「それは困ったな。使わせてもらうつもりだったのだが」
「くたばれ!」
殴りかかられたバシレウスは、さっと百合花を盾にする。
「おい!?」
「すまない、助けてくれ。私は戦えないのだ」
「いや、君さあ!?」
百合花は喋りながらも、殴りかかってきた相手のひとりを掌で打ち、悶絶させる。
動きは体が覚えているが、頭が全く追いついていない。
相手はその一連の流れに慄いたのか、次は誰も迫ってこようとしない。
ここぞとばかりに、百合花は叫んだ。
「ちょ、ちょっと待って! 君たち! 僕は争いにきたんじゃないんだ。本当に少しの間だけここを貸してくれないか!」
凄まじい演技臭だ。
しかしそう言うと、すでに意気消沈している彼らは、すごすごと引き下がっていく。
「どういうことだ!?」
「いや、なに、まだ占有権の主張までしていなかったのだ。場所を見つけただけでな……。たまたまお前がいてくれて助かった」
彼はあっけらかんと言う。
たまたまではなく、利用したのだろう。
「はあ、もういいや。で、ここなら話ができるって?」
「そうだ。周囲は全て廃屋だ。聞かれても問題ない」
「何を? 君は聞かれて困る話があるとでも?」
「いいや、私ではない。聞かれて困るのはそちらではないか?」
百合花は眉をひそめる。
「……何のことだい?」
「部下の造反のことではないぞ。あれは起こるべくして起こったことだ。私が入れ知恵したことには気がついているのだろう? 承認欲求の強そうな男にわざと印象づけたからな」
「じゃあやっぱり、お前は敵か」
百合花が拳を握りながら言うと、彼はわざとらしく大きく手を振った。
「早計だ。あのタイミングでなければお前は死んでいた」
「何?」
「奴らは商会の倉庫から盗みと横流しを働いている。鱗に限らず、武器、火薬、薬品。覚えがあるのではないか? 彼らがもし万全の準備を整えて、お前を消そうとしたら、たとえどれだけ肉体が強くても防げなかっただろう。裏切りに気がついた時には死んでいる」
「それで、あえて計画を早めさせたと……」
「きちんと救援も寄越したではないか。感謝されこそすれ、恨まれる通りはない」
確かに、衛兵が来なかったら全員を動けなくなるまで叩きのめさなくてはならないところだった。
「それもこれも、お前に狙われる理由があるからだろう。なあ、グリフィン商会の会長?」
百合花が表情を強張らせる。
専属喧嘩師が実は商会の会長。
その秘密は知っている者を消さなければならないくらいの内容だ。
明らかに殺意の色を浮かばせていることに彼も気がついているようだが、全く意に介していないようだ。
「……なぜ、知っている」
「簡単な推理と少しの情報収集。誰も顔を知らない商会長。まさか最前線で活躍しているとは誰も思うまい。雑務は部下に任せているのか?」
百合花は考える。
彼がどうやって知ったのか、経緯はどうでもいい。
しかし、知られてはならないことを知られてしまった。
「――私を殺すのはやめた方がいい。というより、殺せない。試してもいいぞ」
彼は涼しい顔で言う。
虚勢には見えない。
試しに腹部に強めの掌底を入れる。
その瞬間、脳裏に浮かんだのは、巨岩。
まるで岩か、岸壁か。
とにかく、とてつもなく、巨大で強固だ。
「何だ、この身体……」
「生まれつきだ。種が違うのだ。しかし、この世界に来てからどんどん衰えていっている。この身体を維持するための魔力も常に空気中に霧散し続けている。あと一年もすれば通常の人間と変わらぬ身体になるだろう」
「……いったい、どうなっているんだ。君も、アンドレイアも。こんな人間たちがいるなんて、聞いたこともない」
「説明が面倒だ。理解する必要はない。ただ、知っていてもらえたらいい。ちなみにこの話はセシリア店長殿にも話してある。彼女は興味がなさそうだったがね」
「……受け入れるしかないようだね。いいよ、これは事実として認識しておこう。それで、本題は何だい? まさか秘密の暴露だけではないのだろう?」
「察しがよくて助かる。私の疑いは晴れたようだな」
「それはまだだ。だが、先に君の話を聞く」
「ふむ。再三申しているが、私は今情報収集の最中でな。この世界のことをもっとよく知りたいのだ。ある程度は把握できてきたが、まだ生態系やその周辺については調査が足りない」
「ずっと気になっていたんだけど、君たちって、生き物に対して興味を持ちすぎじゃない?」
「そう思われても仕方がない。人間はいくら調べても人間だからな。この世界のことを知るには生物のことを調べた方がよくわかる」
「……僕もセシリアさんを見習って、君たちのことは話し半分に聞いておくことにするよ。質問ばかりで話が進まないからね。それより、僕がグリフィン商会の会長であることを指摘して、何がしたいんだい?」
「竜の住処を調べてもらいたい」
「君もか!」
「ということは、アンドレイアも同じようなことを言ったのか。まあ、そうだろうな。我々は今、早急に竜のことを調べなくてはならないのだ。大切な足がかりだからな」
「彼にも説明したけど、竜の討伐はそう簡単には――」
「知っている。正規のルートで行くつもりはない」
「どういう意味?」
「我々だけで相手をする」
「はあ!?」
内密な話をしていたことすら忘れるくらいに、百合花は大きな声をあげ、すぐに深呼吸をして落ち着いた。
「ふたりでどうにかなるものじゃないよ」
「実のところ、竜が我々の知っているものとどう違うのかを知りたいのだ。倒せるのであれば倒してしまいたいが、不可能なら逃げる準備もしてある」
「……もし、僕が断ったらどうするつもりなんだい?」
「別の方法を探す。何せ力を持つ竜のことだ。そう難しいことでもあるまい?」
百合花に選べるのは、関わるか、関わらないか。
彼は暗にそう告げている。
「条件がいくつかある。まず、準備の詳細を僕に報告すること。そして、もしも、ありえない話だけど、討伐できたなら、その竜の所有権はグリフィン商会が持つ」
「良かろう。我々は大量の資材を消費する術を持っていないのだからな。しかし一応我々はセシリア装飾店の従業員なのだ。一度そこを介すが構わないか?」
百合花は頷く。
「……でも、本当にやるのかい? 鱗だけなら無償で提供すると言っているのに」
「考えが変わったのだ。もちろん、鱗は鱗でもらい受けるが、竜そのものも調べたいのだ」
「死ぬよ?」
「これくらいで死ぬのなら、死んでおいた方がよい」
彼の目は冗談を言っていない。
本気でそう思っているのだ。
何が彼をそこまで突き動かしているのか、百合花には全く理解できない。
「これは取り引きではないのだが、もし成功した暁には、お前の持つ『逆鱗』について、詳しい説明をしてもらってもいいか?」
「断れば、自分で調べるって言うんだろう?」
「それはわからない。調べてわかるようなことではないと思っている。少し調べたが、グリフィン商会は企業秘密を守るという点において、厳重な会社だ。末端は阿呆が多いが、そこを管理する役職から上は精鋭揃い。お前が身分を隠していられるのも、彼らが信用できるからだろう。――勘違いするな。余計な詮索はする気はない。我々は竜のことが知りたい。お前は運が良ければ大量の資材が手に入る。両方に利益のあることだ。断る理由があるか?」
百合花は少し考えて、言う。
「君たちはふたりとも、手綱を握っていないといけないタイプみたいだね」
「手綱ならセシリアが握っている。彼女がするなと言えばしない約束だ。問題はない」
「そうかい? 君がそのつもりならいいんだけど。竜のことは、もう少し待ってもらえるかな? 可能なら次の討伐隊にねじ込んでみてもいい」
「無理ではなかったのか?」
「勝手に暴れられると迷惑だろう。だったら多少怪しくても手順を踏んだ方がいい。でも、それまでの間、君がまいた種はきちんと刈っておいてくれないか?」
「種をまいたのは私ではないと思うが」
よく言う。
焚きつけたのはバシレウスだろうに。
「それが終わったら、僕は安全に逆鱗を持ってこの町を出られるし、君たちを竜と関わらせてあげることもできる。それでいいかい?」
「聞いている割には返事がひとつしか用意されていないな。しかし、良いだろう。拷問すればまだ行動を起こしていない内部の裏切り者もあぶり出せる」
「そこから先は君には関係のない話だ。勝手なことはしないでくれ。ただ生け捕りにしてくれればそれでいい」
「……それもそうだ。ならば、終わったあとの細かい流れを決めておこうではないか」
彼は嬉しそうに言う。
「この話、そんなに楽しいかい?」
「いや、こういう悪だくみは嫌いではないのでな」
そう言ってクスクスと笑った。




